フォーラム記事

みなみ
2022年5月21日
In デジモン創作サロン
ーーー5年前、某県E地区警察署襲撃事件から一週間後 暗く冷たい世界。 そこには陽の暖かな日差しはなく。 そこには暖かな思いやりを持つ隣人はいない。 闇の世界、冥府。 ダークエリア。 そこは弱肉強食の世界。 そこは光を嫌ってなお静けさでは満たされないデジモンどもの領域。 その一角で、一体のデジモンが佇んでいた。 デジモンの目前に、大きな時空の歪みが見える。 まるで旧式テレビの砂嵐のようにそこは耳障りなノイズを絶え間なく垂れ流していた。 「ーー奴め、リアルワールドへ…」 ぎりりっ、と歯軋りをたてる。 「すでに血は流れた。時間の問題だ」 ばさり…と大きな鳥の翼が広がる。 かつん、かつんと空虚の空間を踏みしめながら、デジモンの身体をデータの粒子が包み込んだ。 「ロイヤルナイツらに知らせる時間も惜しい。ましてやリアルワールドの問題ではあるが、デジタルワールドの問題となるまでに彼らが動く保証もない。不本意だが、この手で」 データの粒子がデジモンの全身を包み込み、圧縮させていく。 「まさか、この権能を私自身に用いることになろうとは。だがこれしか他に、ダークエリアからリアルワールドへ私自身を顕現させる手立てはない」 その間、この世界の管理は手薄になるが。 そう呟くのを最後に、デジモンはある形へと変わる。 データの粒子は殻のように固まり、丸みを帯びたシルエットへ自らを整えながら歪みの向こうへと消えた。 ーーーー 午後14時。 穏やかな空間に電話が鳴り響く。 受話器を取り、美玖は応対した。 「お電話ありがとうございます。こちらは五十嵐探偵所です。御用件をどうぞ」 『……お久しぶりですね、五十嵐美玖さん』 受話器の向こうから聞こえたのは、穏やかで優しげだが厳格さの伴う老婦人のそれだった。 「…!三澤警察庁長官!?」 椅子を跳ね上げる勢いで美玖は立ち上がった。  『五十嵐さん、先日の殺人事件調査の一件は此方の耳に入ってきておりました。見事だった、と』 受話器の向こうにいる女性の名は三澤恵子。 もうじき60という御歳であるが今なお現役を張る、警察庁においての最高指揮官の一人。 政治家三澤幾三の娘であり、その見かけの柔和さとは裏腹に辣腕と負けん気の激しい事で知られる烈女。 「お久しぶりです。5年前は…その節はお世話になりました。三澤警察庁長官のおかげで、今こうして再び仕事を見つけて励んでおります」 ふふ…と受話器の向こうで笑みが聞こえ、そしてその声音はより一層厳格なものに変わった。 『あなたの調査での貢献ぶりを見込み、私からあなたへ依頼を申し込みたいのですが…よろしくて?』 「依頼…」 『エジプト大使館から報せが入りました。エジプトの考古学の権威の一人が、消息を絶った』 美玖は瞬きした。 「エジプトから?」 『名前は立石晴彦、ニュースでご存知でしょう?ピラミッドでデジタマを発見し、その研究をしている考古学者ですよ』 美玖は新聞の記事を思い出した。 「はい。発掘で新たに発見された石室からデジタマを発見したと…その人が?」 『デジタマそのものも消えた事は、エジプト政府にとっても大事です。しかし、デジモンが関わっている可能性が濃厚であるため、人間だけで動くには力不足。そこで、あなたを推薦し、派遣しようという話になったのです。デジモンを所属においているのは、あなたくらいでしたし』 「…お引き受けします」 美玖は答えた。 デジモンを所属におく警察署はあるにはあるが、三澤の意図によりデジモンの力を借りての調査や公務執行に制限が設けられている。 何故彼女がそうしたか、理由を美玖は知っている。 『ありがとう、五十嵐さん。旅費は此方で全額負担しますわ』 「出発は明後日以内を予定します」 シルフィーモンは今、買い出しで外出中だ。 戻ってきたら、伝えようと美玖はメモに記す。 『……五十嵐さん』 「はい」 『わかっているとは思いますが』 ピリッとした空気に全身が硬くなる。 『良いですか。デジモンは非常に危険な生き物。信じるなとは言いませんが、気を許してはいけませんよ』 美玖は静かに目を閉じた。 『彼らがどんな存在であるのか、あなた自身、身を以てわかっているはず。あなたの助手は大変優秀なデジモンのようですが、所詮は人間と相互理解のできないモノ。その意識は常に保ちなさい。……いいですね?』 5年前。 当時三澤は被害者たる警察官のアフターケアに奔走した。 美玖や当時は巡査だった阿部も含む生き残りの警察官の多くがトラウマを抱えていた中で肉体的、精神的どちらもの介護の支援に三澤は心を砕き尽力していた。 『夢はいつか覚めるものです。その自覚はきちんと持ちなさい』 「…はい」 『では、エジプト大使館には話を通しておきます。現地に着いたら連絡をお願いします』 通話を終え、受話器を置きながら美玖は一人項垂れる。 三澤は彼女にとって恩人だ。 それゆえに、言葉が強く美玖の心に突き刺さる。 「…三澤警察庁長官……でも、私、は…」 喉がカラカラになるのを覚えながら、帰ってきたシルフィーモンに声をかけられるまで美玖はそうしていた。 こちら五十嵐電脳探偵所 第四話 謎のデジタマを追え 初めてのカイロに降り立つも、観光気分とはいかなかった。 「三澤警察庁長官、五十嵐です。只今、エジプト航空に着きました」 『ありがとう、五十嵐さん。エジプト政府からエージェントが迎えに来ているはずです。頑張ってくださいな』 「はい」 三澤への連絡を終え、美玖は携帯電話を懐にしまう。 美玖にとって、大きな都市を見るのは初めてだったが彼女とシルフィーモンが空港へ到着してすぐ一人の人物が出迎えた。 「あんたがミス・イガラシか?エジプト大使館から迎えに来たアラン・K・ミーガンだ。よろしく」 「よろしくお願いします、アランさん」 エジプト大使館に務めるエージェント・アランは一言で例えるなら危険な男だった。 ラテン系の血が入っているのだろう、雰囲気に浅黒い肌、彫りの深く目鼻の通りの良い顔立ちにしなやかな身体。 そのどれもが色香を放っていて、美玖は少しばかり気後れした。 ハリウッド映画俳優かセレブにいてもなんら違和感はない。 「シルフィーモンだ」 「ああ、よろしく」 握手を済ませ、美玖とシルフィーモンはアランの車に乗り込んだ。 白色のボディにスライド式のサンルーフが取り付けられたごく普通の軽自動車。 車体には自動車産業でも著名の日本の会社の名前。 少し古い年代の車種のようだ。 シルフィーモンには少しばかり窮屈だがそこは我慢だとアランは苦笑いを浮かべる。 「デジモンも乗るならワゴンでも用意するべきだったんだろうが…これしかなくてな」 「いや、お構いなく」 「そうかい。文句垂れられてもおかしくないんだが…何かあれば遠慮なく言ってくれ」 雑談を交わしつつ、アランはハンドルを手に大使館へと向かった。 ーーー 「失礼します」 白い建物の中へ通され、美玖は部屋で待つ人物に一礼した。 「よく来られた、五十嵐探偵所長、デジモンのシルフィーモン。私は在エジプト外交官の毛利だ」 「初めまして、よろしくお願いします」 毛利外交官から依頼の概要を聞く。 「デジタマの所在及び教授の身元の捜索をお願いしたい」 「こちらも三澤警察庁長官からお話は伺っております。協力致しましょう」 「ありがとう。実はもう一つ懸念している事がある。こちらは日本政府へ連絡の際必要はなしという判断から話さなかったが…」 毛利外交官は少し物憂げな表情になりながら、続けた。 「立石教授が失踪し、デジタマの所在が不明した頃に前後して今このカイロは化け物の噂で広がっている」 「化け物?」 怪訝な表情で美玖がオウム返す。 「毎晩に渡り化け物が徘徊しているとカイロ中で噂になっているのだ。行方不明者も出ている」 「行方不明者?すでに実害が出ているならなぜ噂のままにしているんだ?」 シルフィーモンの言葉に毛利外交官は俯く。 「事を表わにすれば混乱が起きる。その防止と思っていただければ」 「此方も捜査しようにもままならなくてね。気苦しいがその背景も呑んでもらいたい」 シルフィーモンのその納得のいかぬ面持ちにアランが口を聞く。 「エジプト政府はまだデジモン絡みの事象を解決できなくてな。今回以前から山積みの問題ばかり抱えている程に。対抗策となるデジモンの力を借りたくともこっちに移住しているデジモンの数は少ない。そういう意味でも力をお借りしたいって話だ」 「…なるほど。全面的に納得したわけではないが、わかった」 シルフィーモンは渋々ながら頷いた。 ーー 「カイロでの化け物の噂…」 「デジモンの仕業だろうが、政府が動けないとはな…」 ホテルで昼食を摂りながら美玖とシルフィーモンは調査の予定を話し合っていた。 「立石教授が失踪したと確認がとれたのは1週間前。現場発掘と調査は同じ大学の長野助教授が引き継いでいると」 「ひとまずその化け物の噂を調査もしてみようか。デジタマと何らかの関係性もあるかもしれないからな」 「そうですね。…けれど、デジタマが人間の世界で、遺跡から発掘されるなんて事があるのですか?」 美玖の疑問にシルフィーモンは唸る。 「私も初耳なんだ。デジタマが人間世界になぜ…」 シルフィーモンは言いながら紅茶を口にする。 独特の香りがするフレーバーで、美玖も初めて口にする代物だ。 日本人が口にするには癖があるが、香り高さからして良質な茶葉が使われているのだろう。 人間と違い"ちぐはぐ"な味覚をしている事の多いデジモンからしてはウケは良いようで、シルフィーモンはこれで四杯目のおかわりだ。 「普通、デジタマはデジタルワールドのファイル島にあるはじまりの町に保管される。それが人間世界にあるなど、ありえないはずなんだ。デジモンか、デジタルワールドの安寧を保つ機構ホメオスタシスのエージェントを始めとしたデジタルワールドに関わる者の手によるものか」 「デジタマの件も含めて、まず立石教授と同じ調査チームである長野助教授の元へお邪魔した方が良いでしょうね」 「そうだな」 ホテルはとても広く、手配された部屋も綺麗に整えられている。 ベランダから見えるカイロの風景は非常に見晴らしが良い。 依頼でなければゆっくり観光したかったと美玖は思うのだった。 ーー ホテルのラウンジを出てすぐ、美玖は向かい側から飛び出してきた人物に危うくぶつかりかけた。 「きゃっ」 「おっと…」 相手は40歳ほどの白人男性。 髪型から黒のスーツに革靴と身綺麗に整えられている。 「大丈夫か、美玖」 ラウンジで受付とのやりとりを済ませてきたシルフィーモンが追いついた。 「すみません、大丈夫でしたか?」 手ぶりでシルフィーモンに応えた後、美玖は男性に詫びる。 男性も涼しい顔をしながら、何処か意味深い笑みで返した。 「此方こそ急いでいたものでして申し訳ない。失礼します」 その直後、男は小声で言葉を紡ぎながら、美玖とシルフィーモンを見やりつつ立ち去る。 シルフィーモンはその一連に不可解なものを覚えた。 彼の耳は、確かにその言葉を捉えていた。 「……幸運を」 意味ありげな笑みをより深く口元に浮かばせながら、男は美玖と自身を見たのである。 それに美玖は気づかない。 「シルフィーモン?どうしたの…?」 「……そこで待っててくれ」 「え?」 シルフィーモンは美玖に一言言うと、ロビーへ向かった男の後を追った。 しかし。 「…どこへ…」 広いロビーには視界を遮るものはほとんどない。 だが、そこに男の姿はなく、シルフィーモンは困惑する事となった。 ーー 「何か忘れ物でも?」 戻ってくると、アランがやってきている。 そのまま美玖と談笑していたようだ。 「すまない、気になる事があったがどうやらこちらの気のせいだったようだ」 「合流したところで早速ナガノ助教授の研究室に行くとしよう。ギザのカイロ大学にある。引き続き窮屈な車の中ですまないが勘弁してくれ」 ーーー 太陽を反射し煌めく美しいブルーの水面。 カイロの街並みの中、ひときわ大きな流れで揺蕩うナイル川。 それを見下ろす影がある。 それはかなり大きな影だったが、紛れもなくデジモンのものだった。 「…ここにいたか」 そのデジモンの元へ、別のデジモンが姿を見せる。 あまりにも速く、人間の目では捉えることも難しい。 「まだあれは見つからぬか」 「此方がエジプト政府との交渉を持ち掛けようとした矢先に間の悪い…」 そうやりとりを返しながら、揃ってナイルの流れを見下ろす。 人類史において非常に長い時間と共に人間の暮らしに恵みと脅威を与え続けてきたこの大河は、彼らの目にどう映っているのか。 「他の者は?」 「ダークエリアからこの街に出没しているデジモンの対処に回っているが、数が多すぎる。管理者の存在が不可欠であるというのに、なんと怠慢な」 「まずは所在を突き止め、理由を問うしかあるまいよ。……私は先に動こう」 クールホワイトに輝く姿は、そう言い残してたちどころに飛び去る。 その速さはたった今来たばかりのデジモンを凌駕しかねない。 それを見届け、残された方のデジモンは呟いた。 「ダークエリアの管理者よ。なぜお前はこの世界へ下りた?それほどに急を要する事態が起きつつあるというのか……」 ーーー 「ナガノ助教授の研究室はこちらです」 「ありがとう」 職員に案内される二人と一体。 そこで、美玖はある事に気づき、鍵を開けようとした職員を止めた。 「すみません、少し良いですか」 「…はい?」 戸惑う職員を前に、美玖は注意深く取っ手と鍵穴の周囲を見る。 細かな引っかき傷のような痕跡がある。 警察官であった美玖にはあまりにも見覚えのあるもの。 アランも気づいたようで、取っ手に触れた。 「…開いている。誰かが中に入っていたようだな」 「まさか」 血の気が失せた顔の職員に一礼し、アランを先頭に美玖、シルフィーモンも入った。 この日、長野助教授は研究室を空けており、一度も戻ってきてなければ誰かが入れて欲しいと申し出があるのも美玖達以前に誰もいない。 研究室の中は荒らされていた。 「これはまた酷いな」 「でも一体、誰が…」 本棚からあらゆる研究本と資料が落とされ、引き出しという引き出しが全て開けられて中を乱雑に掻き回されている。 「不審な物音の届け出はなかったのですか?」 「いいえ」 「となると、これは手慣れてるな奴さんは」 美玖がツールのライトを起動した。 つぶさに研究室の中をライトで照らして回る。 しかし。 「……デジモンの痕跡はないようですね。ですが、靴跡が複数人分あります」 「ナガノ助教授と連絡は?」 アランが職員に尋ねる。 「先程電話はしたのですが、生憎留守のようです。掛け直しを検討します」 「頼んだよ」 シルフィーモンは床に落ちた一枚の写真を見つけた。 拾いあげ、そこに写るものを見た。 「これがそのデジタマか?」 遺跡から発掘されたばかりの所を撮影したものだろう。 日付は三週間前。 一緒に写っている人間と比較するとボウリングの球をひと回り大きくしたような、大きな卵がそこに写っている。 殻は白地に黄土色と紫の幾何学模様が描かれていた。 とてもではないが、自然界にある動物の卵に近いものだと言われても信じる者はそういないだろう。 大きなイースターエッグの模型と思われてもおかしくない。 「これがデジタマ…」 気づいた美玖が横から覗き込んだ。 シルフィーモンが写真を渡すと、美玖は記憶にある新聞の写真と比較する。 記事が載っていた写真は撮られた時期が異なるものだったが、特徴的な模様からして同じものに間違いない。 「今は、このデジタマも立石教授の身元同様行方がわかっていない…」 「しかも、こうして場所が荒らされているとなれば、まずい事になっているのかもしれないな」 侵入者の痕跡は靴跡の他はない。 目ぼしい成果もなく、美玖達はアランの車へと乗り込んだ。 「先程掛け直しをした職員から、ナガノ助教授への連絡がないと言われたよ。こちらから出向くしかないようだな」 シートベルトを締めながらアランは助手席の美玖を振り返る。 「ナガノ助教授はタテイシ教授と一軒の家を共有で過ごしている。そこへ向かうか?日を改めても良い」 美玖は時計を確認した。 時刻はもうじき夜も更ける頃で、周囲は暗い。 それにかぶりを振ったのはシルフィーモンだ。 「いや…こういう時は夜中の方が何かと都合が良い。普段は昼間の光を嫌う奴らが活発になるからな。糸口が掴めるだろう」 「変わった理由だが…まあ良い。ミス・イガラシもそれで良いか?」 「……行きましょう。私も嫌な予感がします」 ーー 移動に使われた時間は一時間半。 ナイル川を一望しつつギザからカイロへ戻る。 カイロの南方面、かつては古代エジプトの都市メンフィスがあった場所からほど近い位置に立石教授達が借りている家があるはずだ。 夜のカイロは昼間に見たそれとは景色が一変し、車のライトの連なりやビルの灯りが美しく映える。 車から出てすぐ、あまりの寒さに美玖は持参してきていたカーディガンを羽織った。 教授達の家は白壁に軽薄なオレンジ色の屋根があり、余分な物は置かれていない。 ガレージがあるが、もぬけの殻だ。 「長野助教授は……」 ドアの前まで来て、美玖はすぐに錠前にライトを照らす。 錠前にそれとわかる傷痕。 ピッキングがされた証拠だ。 「…こちらも研究室と同じ!既に手が回ってる…!」 「だとしたら、…お邪魔するぜ!」 家の中も研究室ほどではないが、酷い荒れようになっている。 ツールのライトが炙り出した靴跡は、長野助教授の研究室で見つけたものと同じだ。 ライトを手に家中に入り、美玖は手近の机を探し始めた。 「何か手がかりがあれば…」 アランも頷き、美玖が探すものとは別の机を探りだす。 「デジタマもタテイシ教授も、そして今ナガノ助教授もなぜ行方知らずなのかその訳もわからないんじゃ仕様がないしな!」 シルフィーモンも手伝いに入り、紙の山とメモを漁る。 しかし、どれ一つとして調査の要点や参考書の取り寄せ、領収証と関連が薄い。 「これは…発掘現場の進捗を記したもの…こちらは…」 「ダメだ、これだけ大量の紙が散らばっていると探しづらい。シルフィーモン、あんたの方はどうだ」 アランの問いにシルフィーモンは首を横に振りかけ…そこで、遮るように二人を手で制した。 「どうし…」 「静かに。音が聞こえる」 静かな夜更けの中。 二人の耳は、シルフィーモンよりはるかに遅れてその音を拾い上げた。 ブロロロロロロロロロロロロ……… (車の音?) シルフィーモンが目配せし、頷き返したアランが美玖の腕を引き窓の側へ隠れる。 車の音は近づき、やがてエンジンをふかしながら家の近くで止まった。 複数人の降りる気配。 美玖の耳に、幾らか聞き覚えのあるイントネーションの言葉が聞こえた。 英語ではなく、エジプトで共用語として使われるアラビア語でもない。 (……中国語?) 一人、大きく声を張り上げた男の声があり、足音が近づいてくる。 「相手は?」 「四人だ。そのうち二人がこちらにやって来る。どちらも武器は持っているようだな」 「面倒だねえ」 外の様子を窺うシルフィーモンの言葉に、アランは肩をすくめた。 「ナガノ助教授の研究室を荒らした奴だと思うか?」 「…私は違うと思います。ひとまず、身を隠さないと」 「身を隠す……美玖、前に使った偽装(クローク)のコマンドは使えないか?」 シルフィーモンの言葉に美玖は指輪型デバイスをさする。 「…使えます」 緑の光と、0と1の数字で構築されたテクスチャが二人と一体を覆う。 ステルス迷彩が如く、周囲と溶け込むように姿が消えた。 「へえ、便利だな」 「でも、気をつけてください。これはーー」 美玖が説明しようとしたその時。 玄関、目と鼻の先の距離から二人の男の声が聞こえた。 「くっ、既に先を越されたか。鍵が壊されている」 「ともかくデジタマと立石教授に関わりのある物を探せ!持ち去った奴らに関係する手がかりも!」 二手に分かれ、男達も美玖達が既に探した後を探し始める。 どうしたものか。 美玖は自身達に近い机を探す男の後ろ姿を見ていた。 暗い中で顔まではわからないが、頭髪の色や肌色からして東洋人とわかる。 そして、話し声で再度確認がとれた事により、美玖には男達が中国語、それも共通語として使われたものではなく数ある方言のうち広東語で話しているものとわかった。 (この人達は一体…デジタマと立石教授を探している…?) シルフィーモンとアランの位置は、彼らを覆う緑のテクスチャでわかる。 どうやら同じ偽装をした者同士でなら視認は可能のようだ。 男はしばらく机を漁っていたようだが、何かに気づいたらしい。 「これは!」 美玖が脇から見ると、男が開けた引き出しの奥にはハードカバー表紙の大きなノート。 (…日記かもしれない、なら) 足を忍ばせ、男の側へ近寄る。 そして、男がノートを手に取ろうとしたその瞬間、横から手早く取りあげた。 「!?」 その瞬間、アランが動いた。 美玖と男の間へ割って入るや、拳で男の頬を力強く殴りつける。 「アランさ……!」 あっ、と自身の口を押さえた時にはもう遅い。 複数人に張る分脆くなる性質により、テクスチャは彼女からも剥がれ落ちていく。 殴られた男が顔を押さえながら、もう一人のいる隣の部屋へ叫んだ。 「くそ!不意打ちだ、助けてくれ!」 全力疾走で近づく足音。 駆けつけた男と二人、腰から外すは警棒のようなもの。 テクスチャが剥がれた美玖とアランに対して、二人が襲いかかる。 一人をアランが持ち手を押さえて投げ飛ばす。 もう一人も、身を守ろうと反応が遅れた美玖に容赦なく棒を突き出した。 バチィイ!! ただの警棒ではなく、スタンガンと同様の構造を内包したスタンロッドだ。 スタンロッドの電流が迸り、一瞬だけ昼間のように眩く。 「シルフィーモン!」 美玖の目の前にはシルフィーモン。 美玖を庇いスタンロッドの先端を身体に受けた事で、彼にかけられたテクスチャが剥がれ落ちた。 「く…」 シルフィーモンがくずおれる。 (これは…) 全身に感じる硬直感。 美玖の麻痺光線を受けた時に近い感覚。 「おい、車まで逃げるぞ!」 「シルフィーモン!」 「…少し身動きが取りづらいが私に構うな!」 拳銃を抜いた一人に気づき彼は叫んだ。 「走れ!!」 切迫した声にアランと美玖は走る。 シルフィーモンも二人の後方から続いて、どうにか自由の利く脚を引きずるように、二人が出た勝手口へと走った。 「…おい、今の見たか?」 スタンロッドを手にガタガタと一人が震えた。 「女を殴ったと思ったら何もないところから突然デジモンが現れるとか聞いてないぞ。何がどうなってる?」 拳銃を抜いた方の男が怒声をあげる。 「バカかお前は!デジモン用にモードを切り替えられなかったとはいえ、あのデジモン、身動きが取りづらくなっている。お前は楊さんに知らせて来い!予定は狂うが、あのデジモンの確保も視野に入れる!」 「りょ、了解!」 スタンロッドの男は踵を返し、大慌てでドアから外に出る。 それを見届けて拳銃を持った男が勝手口から飛び出した。 車に向かって走る美玖とアラン、その二人の後ろからよろけるように走るシルフィーモンの背中へ乱射を仕掛けてきた。 シルフィーモンの脚を幾度となく銃弾が掠める。 完全体デジモンともなれば決して大したダメージにはならないし、元より二人への射線を遮る意図で後方を走る事を選択した彼だが。 (意図的に私を狙うか!) 「シルフィーモン!乗って!!」 美玖が後部座席に先んじて入り、彼を呼ぶ。 間一髪、頭を低くしながら搭乗し、ドアが閉まったのを合図に発車した。 ドアに火花が散る。 「大丈夫!?」 「心配ない、脚を少し撃たれただけだ」 応えるシルフィーモン。 美玖は、指輪型デバイスを彼の脚部に向けた。 「……修復(リペア)コマンド、起動」 指輪の水晶体からシルフィーモンの鳥の脚へ目に優しいミントグリーンの光が照射される。 続けて、今度は先程スタンロッドを受けた脇腹へ。 「……さっきまで痺れていたのがだいぶ良くなった。ありがとう」 「それより奴さん追ってきたぞ!」 バックミラーに映る車を視認し、アランが声を出す。 後方から聞こえる銃声、少し遅れて窓にほど近い部位から火花が散る。 「きゃっ…!」 小さく悲鳴をあげる美玖をシルフィーモンが抱き寄せる。 「弾に当たらないよう屈んでろ!少し飛ばすが舌も噛むなよ」 ギギィィィィィイイイイイイッ!!! タイヤが力強く回り、グウっと二人と一体の身体に軽く重力がかかった。 後ろから追う車も、一人が身を乗り出して発砲するに任せて爆発的な速度で迫る。 ギィィィィィィィイイイイイイッ!! ギギィィィギギィイイイイイイッ!!! 留まる車の少ない道路を猛スピードで走る二台。 夜間に忙しく音が響く。 時速70キロを軽く超えたスピードと手荒な運転に激しく揺れる車内で、美玖は片腕にハードカバーのノートをしっかりと抱きしめた。 激しい攻防を繰り広げながら、後方を走っていた車はアランの車に追いつき並走する。 「お前達は何者だ!立石教授とデジタマはどうした!?」 助手席にいる男が英語で問い叫ぶ。 この男がどうやら統率を纏めているようだ。 周りの者も含め、全員東洋人である。 「教える奴がいるかよ!立石教授とデジタマがどこに行ったかなんてのも俺達だって知りたい」 ハンドルを切りながらアランが憎まれ口で返しに出た。 「どのみち我々の邪魔だ。消されたくなければ、そこのデジモンを我々に寄越せ。それでなかった事にしてやろう」 「……なんですって?」 美玖はカッと血の気が上るのを感じた。 「あなた達、デジタマや立石教授が目的のようだけどシルフィーモンをどうするつもりなの?」 「知る必要はない、女。命が惜しければとっとと…」 「ふざけないで!!」 美玖は猛然とシルフィーモンの腕から乗り出して叫び返す。 「美玖!」 「まるでデジモンを道具のような言い方もだけど、信頼も信用も、貴方達よりも彼の方が上よ…!信用できない要望に応えるつもりは毛頭ないわ!!」 「…なら、始末してやる」 シルフィーモンが美玖を抱え直した。 美玖が乗り出しかけた位置に散る火花。 アランが口笛を吹く。 「正直ヒヤヒヤしてるが良い啖呵だ!良いね、シルフィーモン。可愛い所長さんにすっかり愛されてるじゃないか。羨ましい!」 「冗談を言ってる暇はないぞアラン!全くーー」 呆れて言い返しかけたシルフィーモン、だが。 「…!」 突如、彼の背筋が凍りついた。 周囲の空気のせいだ。 アランも、美玖も、異変に気づいた。 「おい、なんだ、このーー」 「凄く嫌なものが…シルフィーモン、これって…」 「…これは」 シルフィーモンの顔を汗が伝い落ちる。 知っている、この寒々とした空気。 知っている…この気配を。 「これは…この、闇の気配は!」 その時である。 シルフィーモンに抱きかかえられながら、車窓の外を見た美玖が悲鳴をあげたのは。 「おい、今度はなんだ!」 「デ、デジモンです!それも……かなりの数が!!」 「な…んだと…!?」 アランも横を見て、愕然とした。 街の隙間から現れる白い影。 一体や十体ではとてもじゃない。 数十…いや、数百。 黒い三角帽子を被った白い布のようなものが、街の至る所から現れた。 瞬く間の出来事で、それらがアランと謎の追跡者達の車にも迫ってくる。 「あ、あれは…!」 美玖がシルフィーモンの腕を抜け出し、後方へツールのカメラを向ける。 『ソウルモン。成熟期。ゴースト型。ウイルス種。呪われたウィルスプログラムで構成されたゴースト型デジモン。ファンタジーに登場する魔法使いのデータを取り込んだバケモンで、黒い帽子のおかげで魔力がアップしている。そのため……』 「間違いない、あれはダークエリアからの者達だ!」 「えっ!?」 シルフィーモンの声に美玖は振り返る。 「どういうこと!?」 「あのソウルモン達はダークエリアから出てきているんだ!この空気は、闇のデジモン達の領域であるダークエリアのもの。だが、なぜーー!」 その疑問に答えられる者は誰もいない。 一方、追跡者達の方も混乱に陥っていた。 車は大きく蛇行し、アランの車との車間距離も離れていく。 「今のうちに彼らから逃げた方が良いだろう。最も、この数からは…」 そう呟くシルフィーモンの脇で、美玖は後方からあの男の叫びを聞いた。 「くそっ!なんだ、あの怪物は!!」 運転手、そして二人の武装した者の声にならない悲鳴。 美玖が後ろを見ると、有翼に四つ足歩行の骨だけの身体を持つ巨大なデジモンが武装した一人を咥えて車から引きずり出すところだった。 「なっ…!?」 なす術もなく口から放り出された男はソウルモン達の絨毯に呑まれたちまち姿が見えなくなる。 車も巨大なデジモンの前脚に跳ね飛ばされ、激しく横転を繰り返しながら近くの建物の壁に激突した。 「あ、あの骨だけの身体のデジモンは…」 「あれはスカルバルキモン!本来はダークエリアのデジモンではない!」 スカルバルキモンの頭骨、その眼窩がボウッと赤く灯り、アラン達の車に狙いを定めた。 シルフィーモンが自身に近い方のドアに手をかける。 「シルフィーモン!」 「スカルバルキモンは私が迎え撃つ。先程美玖に手当てをしてもらってから、身体が楽だ。いける」 「それならサンルーフを開ける!そこからならあんたも迎撃は楽だろ」 がしゃり、がしゃりと足音を立てながら、スカルバルキモンが後方から迫ってきた。 まるで骨格標本をツギハギにしたような見た目ながら俊敏な動きで追いつき、サーベルタイガーのような口からはみ出す長く大きな牙を車体へ突き立てようとする。 「『トップガン』!!」 展開されたルーフから飛び出したシルフィーモンがすかさず攻撃を浴びせた。 顔面に直撃し巨体が怯む。 しかし、スカルバルキモンはそれでもなお追いすがる。 再度シルフィーモンの『トップガン』が飛ぶが、サイドステップでかわしシルフィーモンに向けて跳躍。 『トップガン』を放った直後から動けないシルフィーモンに向けて牙を…… 「グギャウッ!」 跳躍したその身体が不自然に強張り、スカルバルキモンは道路の上でもんどりうって墜落した。 「…!美玖」 足元から身を乗り出して指輪型デバイスをスカルバルキモンに向けた美玖を見る。 そこへソウルモンが数体頭上から襲いかかってきた。 「どけっ!」 シルフィーモンの腕が大きく空を薙ぎ、脚が跳ね上がる。 たちまち風船のようにかちあげられ、ソウルモン達は吹き飛ばされていった。 「どうにか振り切れそうだ。それにしても、なんだったんだあいつらはよ!」 アランが悪態をついた。 ルーフの窓から車内に戻りつつ、シルフィーモンが答える。 「死んだデジモン達が行き着く闇の世界、ダークエリアから来たデジモン達だ。スカルバルキモンに関しては本来、ダークエリアのデジモンではないはずだが…おそらく死んで送られたもののデータをサルベージしてるんだろう」 「それにさっきの東洋人はやられたってのか、冗談じゃない!」 美玖は後方を振り返る。 追跡を諦めたか、ソウルモンの姿は見当たらなくなっていた。 「とにかく、このままホテルへ戻るのはまずいと思います。尾行されてるのかもしれない。近くの民家か何処か、泊まれる場所があればそこに行きましょう」 「賛成だ。あいつらが全滅した保証もないしな」 車は夜のカイロの街を走っていく。 その夜の喧騒がけたたましく悲鳴に近いものとなっているのは決して気のせいではない。 ーー 「くそ…」 足を引きずりながら、一人の男の影がビルの片隅に落ちる。 助手席にいた、あの東洋人だ。 「まさか、あれほどのデジモンが街の中に…なんとしてでも、本部に連絡を」 「何を連絡するつもりだ」 背後から声。 足を庇いながら、男は振り返る。 そこにいたのは、鎧を纏った人のようなモノ。 「…デジモン…!」 「お前達の動きは以前から連絡があった。デジタルワールドへ幾度となく侵入しようとしている事もな」 紫を基調とした色合いの重厚な造りをした甲冑に加え、頭骸骨のような意匠の兜に一振りの巨大な槍。 「お前は今ここで捕縛させてもらう。おとなしくする事だな」 「まさか、ロイヤルナイツ……くそっ…ここまで、か」 ーーー その夜。 小さな格安のホテルに駆け込んだ二人と一体。 シルフィーモンに見張りをして貰い、美玖とアランは眠りについた。 それを遠まきに見ている者に、気づく事もなく夜は過ぎた… 翌朝。 何もない朝を迎えた美玖達は、長居もそこそこに宿泊先だったはずのホテルへと時間をかけて戻ってきた。 念には念をとアランが遠回りの道や土地勘がなければまず迷うような道を選んで行ったためである。 ーー 「お客さま、昨日は部屋へお戻りにならなかったようですが何かありましたか?」 美玖達に気づくなり、ラウンジにいたホテルマンが心配した面持ちで訊ねてきた。 大きなホテルのため客一人一人を記憶するのは大変だろうが、デジモンを伴った宿泊客が美玖以外にいないため覚えられたのだろう。 「外出先でトラブルがあり長引いてしまったんです。ご心配をおかけしました」 美玖が詫びると、ホテルマンは安堵した顔を見せた。 彼にチップを渡すと、美玖達は会議も兼ねて先日昼食を済ませたホテル内のビュッフェスタイルのレストランへと移動した。 「俺はちょっと用事で外す。何かあれば連絡してくれ」 「わかりました」 レストラン前でアランと分かれ、美玖とシルフィーモンは席に着く。 食事を取りに行く時は、ノートが何かの拍子に持っていかれる事がないよう交代することで対策をとった。 「シルフィーモン、それ、気に入った?」 聞きながら、昨日とは違う紅茶を美玖は口に飲む。 エジプトでは砂糖を入れて飲むのが主流だが、一度に大量に入れるため倣った飲み方をするには抵抗があった。 「これは良いな。好きだよ」 シルフィーモンが言いながら、昨日のものと同じ紅茶を飲む。 「それなら、帰る時に買っていきましょうか。ちょうどホテル内で売っているようですし」 昨日にホテルマンからフレーバー名と売っている場所は聞いてある。 「本当かい?…楽しみだ」 そう呟く言葉が心から嬉しそうで、美玖は思わず笑みを浮かべる。 食事を摂りながら、美玖はノートを開いた。 「あの人達が何者だったかにしても、どうにかして教授とデジタマの所在を突き止めないと…」 ーーー その頃、アランはカイロの郊外へと向かっていた。 そこの一画に住む裏社会の情報通、アーリフ・アッ・サルカーウィーを訪ねるためだ。 アーリフは金に汚い悪党で悪い噂が絶えないが、小心者のため情報屋としてエジプト政府のエージェント達から重宝されている。 「さて、アーリフの奴さんはいるかね…と」 知りたい事は多いが、まずは昨日遭遇した東洋人のグループについてだ。 (ミス・イガラシから聞いた限りじゃ、中国人かもしれないって話だしな) こじんまりとした家の前まで来て、アランは言いようのないものを覚え、足を止めた。 ドアから漏れる、饐(す)えたような臭い。 重々しく何か引きずるような音も聞こえた。 「アーリフ!いるのか?」 声を張り上げ呼ぶが、静かなままだ。 いつもならすっ飛んできて開けて、出迎えるだろうに。 嫌な予感を覚え、拳銃を抜く。 そして。 ダァンッ!! 勢いよくドアを蹴破り、銃を構えた。 そこにいたのは、確かにアランの知る姿…アーリフの姿だ。 クーフィーヤと呼ばれる頭衣を着たその姿は、見慣れたもののはずだ。 しかし。 「あんた…」 その姿は変わり果てていた。 両手を前方へダラリと垂らし、ぎこちない動きで歩いている。 よく見れば胸に血の痕。 すでに乾いているがまだ日の経ったものではないらしい。 身体もまだ腐敗が始まっていないのか、腐臭もない。 「B級映画じゃないんだぞ…!」 BLAM BLAM! 拳銃が火を噴き、右胸と腹部から赤く血煙が噴き出す。 しかし、それを受けてなお生ける屍はアランへと向かう。 「……」 (頭でも狙うか?いや、しかし、それで倒れなかったら?) 「あううつあがあぉああああ!」 近寄るアーリフにアランは距離をとる。 今度は頭に狙いを定め発砲。 BLAM BLAM! 一発目はそれたが二発目はこめかみに命中。 三発目を撃とうと、狙いを定めた時。 ビュウッ!! 「ぐぅああ!!」 何処からともなく飛んできた、一本の弓矢。 それは、人間が射るにはかなり大ぶりのもので、アーリフの身体を中央から打ち貫いた。 叫びをあげながら、アーリフの身体はたちまち四散し消える。 「!」 アランが振り返ると、赤い鎧を着た馬のような何かが一瞬だけ見えた。 「今のは…なんなんだ、くそっ」 中へ入ると、そこかしこに血痕が飛び散っており、中で何があったか頭を抱えたくなるような惨状だ。 「すでに死んじまった後だが邪魔するぜ」 中へ踏み入ったアランは、小さな机の上に積み重なったメモを見つけた。 血がいくらか付着しているものの、読めなくはない。 「これは…」 そこには、乱雑に描かれた絵があった。 アーリフが描き残したものだろうか。 「なんだ、これは」 そこに描かれていたのは、土煙のようなものの中で吠えているなにものか。 目を凝らせば、人の身体に四つ足の獣の下半身を備えているように見える。 絵の下にはアラビア語でこう書かれていた。 『我等が神、全能なるアッラーよ どうか我々をお守りください』 「こいつは…」 絵に描かれた影に、嫌なものを感じる。 それを無造作にポケットに押し込み、アランはアーリフの家を出た。 それを見下ろす、人のような胴体に六本の脚が生えた馬の下半身と頭部を持つもの。 赤い鎧を纏い、弩を手にそれはアランを見た。 アランが車へ乗り込んだ後、そのデジモンは踵を返す。 「エジプト政府のエージェントに動きがあった。そちらは任せたぞ」 ーーー ノートは立石教授がつけている日記で間違いなかった。 日記には細かに、その日の発掘で見つけたものや人員の裁量に関する所感など丁寧な筆跡で書かれている。 それは、遺跡発掘という大仕事の中で、平凡な一日としての部分を楽しむような内容だった。 ……ある日付までは。 (日付は……デジタマを発見してから数日くらい) 『昼食中、一人のベドウィンがこんな話をしてくれた。5年前、リビア砂漠のあるオアシスで突如爆音と共に大きな土煙が起こった』 『始めは皆、どこかの国か部族の攻撃かと思っていたのだが、そうではなかった。土煙の中、巨大な何かが地響きと共に恐ろしい声で吠えた。今まで生きてきた中でも聞いたことのない声で』 『その声、山を思わせるその巨大さに皆一様に恐慌状態に陥った。誰もがアッラーに祈りを捧げ、目の前のものがただの幻である事を祈った。そして皆が再び顔を上げたとき、それは本当に幻のように消えていた、と』 『そんな話を聞かされ、私の胸によぎったのは言いようのない恐怖だった。そのベドウィンが描いてくれた、巨大な何者かの姿が、脳裏にこびりついて離れない』 ノートの下部に描かれた絵を美玖とシルフィーモンは見た。 それは、土煙の中、人のものに似た上半身を大きくのけぞらせるように吠えた四本足の獣。 「これは……デジモン?」 「……何処かで見覚えがある」 「本当ですか?」 「ああ。絵はかなり抽象的なものだが、似たような姿のデジモンがいたはずだ。…ダークエリア……まさか、な」 シルフィーモンは言いながら、日記を読む続きを促した。 「……次の日付は一週間前。これが、最後の日付け…」 『私の元を訪れたのは旧友のフェレス氏だった。私が胸の内を明かすと、彼はそれに対し的確なアドバイスをくれ、公私に渡って力を貸してくれた。彼のお陰で私の中の不明瞭な恐れは払拭された気がする。 こんなに素晴らしい友人を持てた事を誇らしく思い そういえば、彼とどこで会っただろうか よく オモイ 出せ ない』 その筆跡は乱れ、最後にはぐちゃぐちゃともはや文字の形すら成していない状態で日記は終わっていた。 「……これって……」 「このフェレス、という奴が立石教授の失踪に関わっている?」 美玖とシルフィーモンは顔を見合わす。 そこへ、アランが急ぎ足で駆けつけてきた。 「おい!大使館へ急ぐぞ」 美玖とシルフィーモンが振り向くと、アランは息急き切って続ける。 「占い師の婆さんがあんたを呼んで欲しいとやってきたんだ、ミス・イガラシ!」 「占い師?…が、私に?」 美玖は目を瞬かせた。 「何の前触れもなく大使館にやってきて、夢に見たものがあるからあんたに知らせたいと名指しで呼んだと連絡があった」 アランの言葉に美玖とシルフィーモンは席を立った。 「すぐに向かおう」 「そうし…あんた達まさかずっと食べてたのか!?」 食器とトレーを片付けに走る一人と一体に、アランは呆れ顔。 日記を読むのに時間をかけ過ぎて片付けるのを忘れていただけだったが…。 二人と一体は車に乗り込み、大使館へ急いだ。 ーー 遡って、二日前。 冷たい空気と薄暗い電灯以外何もないがらんどうとした個室。 パイプ椅子の上に座らされた一人の日本人の男を、人影が取り巻いていた。 座らされている男は三十歳ほどで、丸眼鏡をかけた丸顔。かなり日の焼けた肌とそうでない肌の分け目が目立つ。 それを取り囲む人影のうち、一人が男へ尋問した。 その一人の男こそ、ホテルのラウンジで美玖がぶつかった、あの白人男性に他ならなかった。 「さあ言え、ナガノ助教授。お前だけが抱えている秘密を!」 口を固く引き締めながら震える男。 それを遠巻きに見ていた人型の何かが、唇を歪ませ笑うと両目を怪しく光らせた。 不気味な入れ墨の走る赤い肌。 その目と目が合うと、数度ほどびくりと身体が強張ったのち、長野助教授は抑揚のない声で話し始めた。 「私は立石教授の脇で通訳として招いたベドウィンの民から、不気味に吼える山のように巨大な怪物の話を聞いた時あるデジタルワールドの伝説を思い出した。それは今のデジタルワールドより古い昔」 「それは、全ての生命と進化そのものの理を憎んだとされる非常に強大な力を持ったある存在の話だ。その存在は勇敢で強力な二体のデジモンとの熾烈な戦いによって、闇の世界に封印された。とても、とても古い話」 「ところがその存在のデータを受け継ぐあるデジモンがいた。そのデジモンも同じくあまねく全ての生命を憎んでいた」 「新たに生まれ落ちたそのデジモンは闇の世界で成長し、やがて山のように巨大な身体と、歌い、吠えるだけで並のデジモンならば悉く死滅させるほどの強力な存在となった」 「そのデジモンの名はガルフモン。七日間で世界を滅ぼすといわれる大魔獣。それが人間の世界に本当に姿を現すことになればどうなるか」 「ガルフモンはダークエリアと呼ばれる闇の世界の底に潜んでいる。だがいつか、デジタルワールドを、ひいては人間の世界を危機に陥れる事になるだろうと私は危機感を覚えた。立石教授もそうだった」 「ベドウィンが描いたものがガルフモンである保証はない。だが多くの類似点を抱えている」 男が再び問うた。 「我々が探している場所こそ、そのガルフモンが出現したオアシス。それは何処にある!?」 ーーー 大使館へと駆けつけ、二人と一体はその占い師と面会した。 かなりの高齢とおぼしき老婆で、黒いガラビアというワンピース型の民族衣装を纏っている。 皺だらけの顔が笑顔になる。 「こんにちは。よく来たね、可愛いサイイダ(お嬢さん)。あなたを待ってたのよ」 占い師はアラビア語でそう美玖に話しかけてきた。 美玖はアラビア語に通じていないため、アランが通訳する。 「初めまして、おばあさん。私に用事があるとお伺いしたのですが、私のことをどこから?」 「それはね」 占い師は言いながら、ある物を大事そうに取り出した。 それは、ビロードだろう上品な光沢のある布に包まれた、くすんだ金色の鳥の羽根。 「これを、あなたに届けるよう夢の中で御告げがあったの」 「御告げ?」 「さあ、受け取って。詳しく話してあげるわ」 美玖が受け取ると、占い師は続けた。 「昨晩、夢の中で、大きな鳥の翼にジャッカルのような獣の頭をした方がいらしたの。そして、私にこう頼んできたわ」 『私の声と姿がわかるお前に頼みがある。五十嵐美玖という名の異国の人間が訪れているから、大使館へ行き彼女と会わせてもらうように。私の翼から一つ羽根をお前から彼女に渡せ』 「その方って…」 羽根をしばし見た後、美玖はツールを起動しその場で羽根の解析を行った。 解析は2分とやや長めだったものの、ホログラムが展開される。 それは、占い師が言ったような外見で、ゆったりとした白い布のズボンと垂れ布、足には翼の意匠のサンダルを履いている。 「おばあさんの夢に、この方が?」 美玖の問いにそうだと占い師は頷いた。 シルフィーモンがホログラムを前に信じられないといった様相で言う。 「まさか、アヌビモンが…ダークエリアの監視者にして守護者、デジタルワールドの裁判官がなぜ?」 「アヌビモン…エジプト神話の、アヌビス?」 美玖はホログラムに目を奪われながら聞いた。 シルフィーモンは頷いた。 「アヌビモンは死んだデジモンのデータを常に管理している。善いデータならばデジタマに変え、悪いデータならばダークエリアに送る裁判官。滅多に他に干渉してくることのないはずなんだが」 「まさにアヌビス神と似た事をしてるってわけだ。そいつがなんか関係あるのか?」 アランが言うと、占い師は静かに話した。 「私もその方の事を初めて知りましたが、目の当たりにして心の安らぐ方と感じたのはそのせいかもしれません。サイイダ、その方は、こう言っていました。私が眠っていた場所へおいでなさいと」 「その場所は…」 「デジタマが発掘された場所か!」 二人と一体が顔を見合わせる。 占い師はもう一つ、と続けた。 「その方は、さらに夢を見せてくれたの。深い闇の中を行く何人もの人を。先頭に白人の男と、赤い身体に入れ墨のある人間によく似た悪魔がいた。その人達が大きな扉の前に来たところで、夢は終わったの。そして、私は目が覚めた」 アランが懐から写真を出す。 「その中に、この写真に写っている二人の日本人の男はいなかったか?」 「どれどれ…………ええ、確かにいらっしゃったわ。揃って、後ろ手に縛られて」 美玖とシルフィーモンは頷き合った。 「間違いないな」 「なら、すぐデジタマが発掘された場所に向かいましょう」 占い師は美玖にそばに来るよう手招きをした。 その通りにした美玖の手に、上部分がループ状の楕円となっている十字架を握らせた。 見覚えのある形、アンクの護符。 「御守りに持って行きなさい。冥界に足を踏み入れるのだから」 「ありがとう、おばあさん」 互いに抱きしめ合い、背中を優しくさする。 「急ぐぞ!照明を持っていく」 ーーー 車で片道三時間。 カイロから南西を下り、吹き荒れた土地の中にその遺跡はあった。 焼けるように暑い地面に降り立ち、美玖は周囲を見渡す。 「ここが、その遺跡…」 本物の発掘現場に来るのはこれが初めてだ。 掘り起こされた地面から見える街のようなもの。 足場や風から遺跡を保護するためのシートはそのままだ。 監督を務める教授と助教授、どちらも揃ってない現状である。 「遺跡と聞いてはいたが、随分と質素なんだな。思っていたものとは違う」 「長い年月と共に地面に埋まっちまったものもあるからな。学者さん達は大変だ」 アランとシルフィーモンのやりとりを後ろにもう少し見晴らしの良い地点から遺跡を見回そうと歩きかけたその時。 「な、何!?ツールが!」 ツールのモニター部分が突如輝きだしたかと思うと、アヌビモンのホログラムが飛び出してきた。 シルフィーモンの頭二つ分ほどにまで大きくなるホログラム。 ホログラムは穏やかな面持ちで美玖を見下ろすと、背を向けて歩き出した。 「一体どこへ……」 後ろ姿を追っていくと、アヌビモンのホログラムは階段を降りてその先の闇の中で立った。 美玖達が追いかけると、後ろを確かめるようにちらりと目を向けてから再度歩きだす。 「俺達を導いているのか?」 美玖達も後を追って遺跡へと入っていく。 その後ろへ、ついていく存在があった。 遺跡の中は暗く、ひんやりとした肌寒い空気が流れていた。 外の焼けるような暑さとはまるで違う。 照明にと持ってきたライトを頼りに、ホログラムの後ろをついてくる。 「…あそこ!」 大きな門が見え、美玖が指差す。 そこに横たわる二つの人影。 …立石教授と長野助教授だ。 ホログラムをすり抜け、駆け寄った美玖は二人の脈を確かめ…首を横に振った。 「間に合わなかったか」 アランがかぶりを振る。 美玖は二人それぞれのまぶたをそっと閉じると、少しの間を黙祷に費やして冥福を祈った。 「で、今度は…」 ホログラムは門をくぐり、その先にある部屋の一角で立ち止まった。 何もない壁に見えた、が。 「…"来い"?」 黙祷を終えた美玖が、ホログラムの手振りに気づき、立ち上がる。 ホログラムが頷く。 美玖が近づくと、ホログラムは壁を指した。 触れろというのか。 「でも、この部屋、なにも…きゃ!?」 言いながら美玖が触れた部分から、サッと光が迸る。 そして、ヒエログリフではない別の文字のようなものとピラミッドのような三角形の立方体が表れたと思うと。 すうっ… 壁が消えて、その奥にさらにある道を曝け出した。 ホログラムがその奥へ歩いていく。 「これって…」 「隠し部屋か?よくこんなものがあったな」 「……いや」 シルフィーモンが否定した。 「これはおそらく、始めからアヌビモンが作り出した空間だろう。だからここに美玖を誘導したんだ」 「でも何のために?」 「そこまではわからない、が…」 通路の奥を見る。 「進もう。アヌビモンが見せたがっているものがこの先にあるのなら」 「わかった」 通路を進めば進むほど、空気そのものががらりと変化していった。 霊廟のような、静かで厳かな空気。 ダークエリアの空気を知るシルフィーモンは、似通ったものを憶えながらも包み込まれるものを感じた。 「昨日あのデジモンどもが現れた時のような空気を感じるが…嫌なものを一切感じないな」 「ええ」 アランの言葉に頷く美玖。 通路を抜けると、そこは広々とした空間だった。 至る所に先程と同じ象形文字に似たようなものが刻まれている。 ホログラムは消えていた。 「これは?」 「デジモン文字だ。ほら、私のゴーグルを見てみろ」 シルフィーモンが自身のゴーグルを指す。 その両脇には確かに、赤い印字で壁に刻まれたものと似通うものが刻まれている。 「デジ文字は我々デジモンがよく使うものだ。全てのデジモン達が読めるわけではないが」 美玖はおびただしい文字列に圧倒されるものを憶えながら歩いた。 そして。 「あれ?」 壁に文字とは違うものがあるのに気づいた。 どこかで、見たような…。 どこかで、知ってるような…。 否。 「わ、私!?」 美玖の大きな声にアランとシルフィーモンが振り返る。 そこにあったのは壁画だ。 そこには、自分達の姿が刻まれていた。 壁画の立ち関係は、今の二人と一体の位置そのままだ。 「…!」 「アヌビモン、一体何を…」 しかし、そこにはもう一つ、シルフィーモンとは別のデジモンの姿が刻まれている事に気づいた。 布のようなものを巻いた、小さな竜の姿をしたデジモン。 「…………おい。そこにいるんだろう?何者かの視線を感じてはいたが、そろそろ出てきて話をした方が良いんじゃないか?」 その場に立ち止まったまま、シルフィーモンが誰にともなく呼びかけた。 背後に生じる気配。 「どうやって俺に気づいた?ともあれ、確かに後を尾けていたことは事実だが、俺はお前達の敵ではない。潮時として、協力を持ちかけたい」 姿を現したのは、クールホワイトに輝く身体をした白い竜型デジモン。 鼻先に一本ある黒い角。 首元には赤いマフラーめいた布を巻いている。 成長期デジモンのようだが、その貫禄は成熟期や完全体もかくやというもの。 シルフィーモンは振り向かず、続けた。 「あれを見たからな」 「"あれ"?……こ、これは!?」 白い竜型デジモンが壁画を見て、愕然とした声をあげる。 まるで自身達がここへ来ることを想定していたかのような壁画。 「なるほど、この瞬間を表してるのか……なんてこった」 「あ…ああ……」 「ともあれ落ち着け、ミス・イガラシ。それより」 アランは震える美玖を落ち着かせながら、新たに現れた白い竜型デジモンを見遣った。 「あんた、見たことないデジモンだな。何者だ?」 「……俺はハックモン。お前達エジプト政府側の協力者だ」 その名乗りに美玖は目を瞬かせた。 「私達の……?どうして、尾行していたんですか?」 「俺と、他に同……仲間がいて、お前達エジプト政府とは別にダークエリアの異変の収拾のために奔走していたのだ。そこで、お前達がダークエリアのデジモンに追われているのを見て得る物があるだろうと見込んだ」 言いながら、ハックモンは壁画を見上げた。 「まさか、こんなものを目の当たりにする事になろうとは。差異はあるが、お前達はデジタマを取り戻し、俺達はデジタマを破壊しようとするダークエリアのデジモン達を元いた場所へ押し戻す。たどり着く場所は同じだ」 壁画に描かれているのは、ここに来た事を予知していたかのようなものだけではない。 明らかに特定の出来事に関わるものまであった。 「これ…!」 美玖がすぐ隣の壁画に血の気を失う。 そこには、二本足で立つ山羊のような外見のデジモン。 その周囲には倒れた複数人の警察官と拳銃を構えた美玖、ロケットランチャーを構えた阿部がいた。 「これは…」 「まさか、美玖。君が警察にいた頃の…?」 美玖の顔色に気づいたシルフィーモンが気遣うように、その肩に手を置く。 ハックモンが口を開いた。 「これは…メフィスモンか」 「メフィスモン?そいつもデジモン、か?」 アランが尋ねる。 日本で起きた事件の事は彼も知っている。 ハックモンは頷いた。 「…メフィスモンは、デジタルワールドの黙示録に記されたある存在のデータから生まれたとされるデジモンだ。俺は師匠から聞いた限りでしか知らないが…」 「そいつが美玖のいた警察署を襲った事に関して心当たりは?」 「おそらく、他の壁画が、その答えだろう」 さらに隣の壁画には、砂漠のオアシスだろう場所から現れ咆哮する巨大なデジモンが描かれている。 その姿は美玖とシルフィーモンが立石教授の日記で、アランがアーリフの家で見つけたメモに描かれていたものよりも明確だ。 四足歩行の動物の胸にあたる部位には口があり、背には翼が生えている。 その下には、何かデジモン文字で書かれている。 シルフィーモンが読んだ。 「ガルフモン。……!ダークエリア…そういうことか!」 「なんか知ってるのか?」 アランの言葉に、シルフィーモンは頷く。 「ああ。…となれば、お前とその仲間もこれを知っているな?」 「うむ。…だが」 ハックモンが口をつぐむ。 「わかった。私も全て知っているわけではないんだが…代わりに説明しよう。ガルフモンというのは、そのメフィスモンが進化して到達したと言われる魔獣型デジモンだ。ダークエリアの底にいると伝えられている。嘘か真実かは知らないが、七日間で世界を滅ぼすという話もある」 「おいおい、冗談だろ?」 アランが舌打ちした。 「そんな化け物が5年前にこっちの世界で姿を現したっていうのか!?その間あんた達デジモンは一体何してたんだよ!」 「…こればかりは、こちらも個体の判断では動けなかったのだ、アランとやら。我々はデジタルワールドの危機あらば即座に動くが、リアルワールド…人間の世界には余程な事がなければ無干渉を貫くスタンスだ」 ハックモンは首を横に振り、壁画からアランの方へ向き直る。 「俺も含め、仲間はデジタルワールド最高のセキュリティに属する者だ。だが、このような事態があったことに気づくには遅すぎた。…ダークエリアの管理者の不在にもな」 「それが、これ…?」 美玖はある壁画を指差す。 美玖が指差した場所、警察署での惨殺事件を描き表したものと、美玖達がこの部屋にたどり着く事を予知していたかのようなものとの間にアヌビモンの姿が描かれている。 アヌビモンの身体が光るような描写とその隣に一つのデジタマがあった。 「これって、つまり…」 「アヌビモンがデジタマに?」 そこからさらに、ガルフモンが描かれたものとは逆方向に、壁画が展開される。 立石教授とデジタマ。 立石教授と人間に良く似た悪魔のようなデジモン。 長野助教授を尋問するように取り囲む人々。 美玖があっと声をあげた。 「この人!!」 人々の中に、見覚えのある白人男性を見つけて指差す。 「何か心当たりでも?」 「昨日、ホテルのラウンジを出る時にぶつかった人です!」 「何…!?」 その人々から離れた所に、立石教授と一緒の壁画にいたデジモンがいる。 「このデジモンは?」 ブギーモンのように不気味な入れ墨があるが、顔立ちも体格も遥かに人間に近い。 「フェレスモン!」 シルフィーモンがハッとしたように言った。 「そうか、立石教授は奴に惑わされていた可能性があったのか」 「フェレスモンって…」 「ブギーモンというデジモンの中で出世したものだけがなるとされている完全体デジモン。ブギーモン以上の魔術の使い手だ」 そして、とハックモンが次の壁画を見る。 「フェレスモンとその人間が手を組んで行っていたのが、これか」 山になった人間達の前に立つフェレスモン。 その手に巨大なレンズのようなものを持ち、人間達から抜け出した気体のようなものがそのレンズに吸い込まれている様子。 そして。 次に描かれていたのは、砂漠の中でできたと思われる大きなクレーター。 その中央部には大きな孔があり、その手前に祭壇のようなものが設けられている。 フェレスモンと男が祭壇の近くに立ち、デジタマと生贄と思われる女性が祭壇の上に。 祭壇より手前にレンズがあり、それに太陽光を照射させようと… 「まさか…ガルフモンを完全な姿に呼び出すためのソースに人間の魂を使うつもりか!」 「どういうことです?」 美玖がハックモンに尋ねる。 「究極体デジモンがデジタルワールドからおいそれと来れない事は知ってるな?」 「はい。だから、完全体デジモンまではこちらに容易に来れても、究極体は…」 「特別にイグドラシルが通っても良いと許可したもの以外は、何らかの方法で退化(スケールダウン)を行うくらいしか抜け道がない。おそらくだがガルフモンは、自力でリアルワールドに姿を現したまでは良いが、単独では維持できずメフィスモンに退化したんだろう。そして、協力者を得た」 「でも、それと人間の魂は何の関係が…」 「ダークエリアのデジモンの中には、人間の魂や血液から力を得るものがいる。カイロで夜な夜なダークエリアの手勢がいたのも、フェレスモンが呼び出してガルフモンを完全なカタチにするために必要なエネルギーをかき集めていたからだ」 「デジタマは…?」 美玖の問いに答えたのはシルフィーモン。 「憶測だが…デジタマもエネルギーのソースにする事で、デジタマそのものを亡き者にしようとしているんだろうな」 「え?」 「アヌビモンがここまで干渉しているのは、つまりそういう事なんだろう」 シルフィーモンが壁画の下に刻まれたデジモン文字を見る。 「ここに、こう書いてある。『明日の夜明け、朝日出でる時に実行される。急いでくれ』とな」 「明日……明日!?」 美玖が時計を確認する。 時間的には余裕はある。 しかし…。 「急いだ方が良さそうだな。いつまでもここにはいられん」 「同感だ。仲間に知らせよう。先に大使館に行ってくれ」 ハックモンが言いながら、背を向ける。 「心配はしなくていい。すぐにお前達に追いつく」 ーー 遺跡を出た頃にはすっかり夜になっていた。 あまりの空気の冷たさに上着を羽織りながら、美玖はアランとシルフィーモンに手伝ってもらい、二人分の遺体を車へと運んだ。 「大使館へ急がないと」 大使館へ戻り、毛利外交官に遺体の引き取り等の相談も兼ねて、アランが尋ねた。 「モウリ、ちょっと聞きたいんだが、砂漠の何処かでデカいクレーターができてるって話はないか?」 「それなら」 心当たりがあってか、毛利外交官は地図を取り出す。 「リビア砂漠の北部に、地獄の大口と呼ばれる所がある」 「地獄の大口?」 「5年前まではオアシスだったんだが、巨大なデジモンらしきものがそこに出現して周辺のベドウィン達が狂乱状態に陥ったことがあった」 「立石教授の日記の…!」 「そこに、大型のクレーターが残っていて、底部に大きな底なしの孔がある。それをベドウィン達は地獄の大口と呼んだ」 今でも、ベドウィン達は決してそこに近寄らないと毛利外交官は言う。 「政府の方でも、有人とドローン、どちらの調査も試みたが通信途絶やコントロール不能に陥って以降、目処が経つまで調査は延期となった」 「ここからその場所へ行くのにかかる時間は?」 美玖が聞く。 「車で約四、五時間くらいだ」 「リビア政府と念のため連絡は行った方が良いかと思いますが、それも含めると…手続きなど懸念が」 「飛べばいい」 え?? 三人の視線がシルフィーモンに集まる。 「なら、飛べば良い。ハックモンが戻ってくるなら、彼にも掛け合ってそこへ共に飛んでもらおう」 シルフィーモンは事もなげに言った。 毛利外交官は冷や汗を垂らす。 「た、確かにデジモンなら何処をどう横行されようと国境の問題になりにくい。大事にならねば、だが」 「どのみち夜明け前には到達しなくてはいけないんだ。美玖には私かハックモンのどちらかと一緒に来てもらう」 そこへハックモンが到着した。 「すまん、少し手前が……何の話だ?」 「ちょうどいい所に来た、ハックモン。協力というていで頼みがある」 シルフィーモンがハックモンを手招きし続ける。 「ハックモン、お前は空は飛べるな?」 「ああ」 「それで頼みがある。私とお前どちらかで美玖を乗せたい」 「彼女を、か?」 ハックモンが美玖を見る。 ハックモンのサイズは子ども一人を乗せられるくらいの大きさだ。 「なら、俺の場合進化しないと彼女を乗せて移動は難しいな」 「できるのか…」 「すでに行き着いた所まで進化はしているからな。それに、お前にしがみつかせるより、その方が良いだろう」  「なら、それで」 頷き合った後、シルフィーモンは三人に言った。 「そういうわけだ。美玖と私とハックモンだけでそこへ行く」 「本気でか!?」 アランが思わず天井を見上げる。 「美玖もその気になればどうとはいけるさ。私が保証する。ただ、そのままでは危なっかしいから着替えは必要だ」 「シルフィーモン…」 美玖はその言葉に思わず胸に込み上げるものを覚えた。 「アランは車で良いから別働で迎えに来てくれ。その方が私達と一緒よりは動きやすいだろう」 「そうなんだが…」 毛利外交官と顔を見合わせて、アランは降参とばかりと両手を上げた。 「ええい、畜生!任されたよ」 「美玖は、すぐに支度を。ホテルに置いて来てたよな」 「あれは…うん」 美玖は事前に警察署から貸与された防刃チョッキを始めとした突入のための装備を持って来ていた。 関税にも話は既に通してある。 ーーー ホテルの前まで来て、アランは美玖に戻ってくるよう言った。 「すぐ戻ります!」 装備に袖を通しながら、美玖は警察官時代を思い出していた。 (最後にこれを着たのは…銀行での立てこもり犯の時だったな…) 防刃ベストの重みがずっしりと身体にかかる。 着替え終えた美玖が戻ると、アランは車のトランクを開けた。 中に鈍く光るものがある。 「持っていけ。撃てるだろう?」 持たされたのは、ずしりとした重いもの。 「こ、これ…」 「すぐに持ってけよ。この事はなるべく周りに見られないようにしたいからな」 それは、アサルトライフルだった。 ついでとばかりに、弾薬の箱まで手渡される。 「それじゃ、出発しよう。…この上から」 シルフィーモンはホテルを見上げた。 ーー 渦巻くビル風。 25階建てのビルに加え、冷たい風がより強く美玖の髪をなぶる。 「私の背は乗り心地が悪いと思うが大丈夫か?」 ハックモン…いや、体高、体格、容姿全体が刺々しく大きなものへと進化した姿・セイバーハックモンが尋ねた。 「だ、大丈夫です!」 答えながらゴーグルを装着。 「しっかりしがみついていてくれ。念のためのものも身につけてくれてはいるようだが」 セイバーハックモンの背中に乗った美玖の背にはパラシュート。 万が一のためにとアランが用意してくれたものだ。 「いよいよ行くぞ。美玖、良いか?」 「はい!」 シルフィーモンの声に美玖は強く頷いた。 「…行くぞ!」 ひと言と共にセイバーハックモンが飛び出した。 ぐうぅ…っと迫る上昇感と重力。 シルフィーモンにしがみついていた時とはまるで違う。 ビルの下が見えたのもほんの一瞬、セイバーハックモンの身体が上体を上向ける。 やや離れた脇には滑空を開始したシルフィーモン。 シルフィーモンと並んで初めて気づく。 セイバーハックモンの飛ぶスピードが非常に速い。 ある程度はシルフィーモンや背中の自分に合わせてスピードを落としているようだが、それがなければ振り落とされていたのでは…と思うくらいに。 カイロを西へ。 街並みはたちまち過ぎ去り、砂漠へと到達。 問題の『地獄の大口』はすぐに見つかった。 クレーターの中央部、大きな孔のすぐ近くに祭壇がある。 祭壇には、金髪の女性が意識を失った状態でデジタマのすぐ脇に横たわっていた。 祭壇を挟んで巨大なレンズが設置されており、これから昇る朝日を待っている。 レンズと祭壇の近くに大勢の人間。 さらにそれを囲むようにダークエリアのデジモン達。 いつから到着していたのか、数体のデジモン達がすでにダークエリアのデジモン達と戦闘中である。 (あれがハックモンの仲間…?) 数だけならダークエリアのデジモン達の方が遥かに上回っている。 だが、対するデジモン達はそれを訳なく蹴散らす。 金色に輝く鎧を纏う者の手から放たれたプラズマ球が。 白い鎧を纏った者が放つ飛竜の姿を模したエネルギーが。 人間の男性に良く似た外見の者が投げる巨大なちゃぶ台が。 紫の甲冑に頭蓋骨の意匠の兜を着た者が振りかざす巨大な槍が。 赤い鎧を纏った6本足のケンタウロスのような者が放つ矢が。 一瞬のうちに数十ものデジモンを消しとばす。 遠くからは見えなかったが、その強さは美玖からもよく見えた。 その強さはまさに、『一騎当千』。 「よかった、向こうも到着していたか。さて、どうするかだが…」 「美玖の安全も考えてレンズと祭壇近くの露払いはしておきたい。それからだ」 …いよいよ。 美玖はアサルトライフルを片手に持つ。 拳銃やショットガンとは違う重みが手にくる。 「ある程度距離が近づいたら一斉に攻撃するぞ」 「ああ」 祭壇まで高度600m。 500m。 400m…… 「『トライデントセイバー』!!」 「『デュアルソニック』!!」 両者の攻撃がレンズと祭壇に向けられた。 連鎖爆発が起こり、一部のダークエリアのデジモン達が吹き飛ばされた。 セイバーハックモンが攻撃した先のレンズの周辺は被害が顕著で、取り巻いていた人間達もなす術なく倒れる。 レンズには傷ひとつないが、空から降って来た攻撃に狂信者達は驚愕の声をあげた。 「…エジプト政府のか」 祭壇からシルフィーモンとセイバーハックモンを見上げた白人の男が呟く。 だが、その口元には勝利を確信した笑み。 「だが僅かに遅い。我が計画は…ガルフモンの復活は成った」 空には夜明けの訪れを報せる太陽のわずかな光。 その光はレンズへと…… 「まだ!まだよ!!」 男の目がひん剥く。 レンズの上方より、降りてくる一人の人間。 美玖だ。 その両手に構えたはアサルトライフル。 セイバーハックモンとシルフィーモンが同時に攻撃した直後、セイバーハックモンの背中から飛び降り、パラシュートを開いたのだ。 レンズにアサルトライフルの銃口を向け、引き金を引いた。 その時男は美玖の胸元に淡く光るピンクの輝きを見た。 BATATATATATATATATATATATATATATATA!! 連射のため銃口が絶え間なく火を噴く。 先程はセイバーハックモンの必殺技の余波を受けてもビクともなかったレンズ、だが。 ぴしっ 一発目から走る亀裂。 ぴし、ぴししししっ、ぴしっ!! 亀裂が広がり、 がしゃああああっ!! 大きな音と共にレンズが砕け散った。 「なんだと!?」 男の後方にいたフェレスモンが驚愕した。 「あのレンズは並大抵の衝撃で砕けるものではないぞ!?なぜ」 レンズの脇に降り立った美玖は、殴りかかってきた一人をグリップで殴り倒し、祭壇へ走る。 男はレンズが破壊された直後、着地してこちらへ距離を詰めてくるシルフィーモンに気づくと生贄の女性に駆け寄る。 そして手に持ったナイフを彼女の喉元へ。 「『トップガン』!」 それに構わずシルフィーモンが必殺技を放つ。 しかし、そのエネルギー弾は大きくそれ、大きな砂塵が視界を覆った。 「バカめ!一体どこを狙ってーー」 ナイフを突きつけながら男が叫び…その瞬間、全身が強張り、手からナイフが滑り落ちた。 「あなたを狙ってたんだけど、なにか?」 真横に移動していた美玖が声を発した。 指輪型デバイスの麻痺光線コマンドだ。 男に駆け寄ると、その両手を後ろにし手錠を掛ける。 祭壇に立っているのは、フェレスモンのみとなった。 セイバーハックモンとシルフィーモンに挟まれる形となる。 祭壇やレンズを囲んでいたはずの人間達は、男が倒れたことで混乱に陥っていた。 「さて…どうする。フェレスモン」 セイバーハックモンが問いかけた。 だが、さして慌てる様子もなく。 「今回はここで退かせてもらう。ガルフモンを呼ぶ事も、あれの顕現を阻止する事も叶わなかったが。いずれ始末させてもらおう。必ずな」 そう言い置いて、フェレスモンはたちまち霧のように消えてしまった。 セイバーハックモンがそれに答えるように呟く。 「何度でも止めるさ…何度でも」 シルフィーモンが美玖の腕を引く。 「美玖、あそこに車のライトが光ってる。車種は違うがアランの姿が見えた。回収できるものを回収して撤退だ!」 一方、数体のデジモン達…ハックモンが言う「仲間」は依然優勢で、ダークエリアのデジモン達は確実に数を減らされている。 「急げ!」 「うん!」 シルフィーモンが女性を肩に担いで、片手に男を引き上げ。 美玖がデジタマを抱えて。 アランの運転するジープに向かって走るも、目前を阻むダークエリアのデジモン達。 その時。 目にも止まらぬ斬撃。 クールホワイトに輝く姿が瞬時に横切り、敵が見る間に霧散する。 「先へ急げ、美玖!」 美玖を先に走らせ、シルフィーモンはクールホワイトに輝く"騎士"とすれ違った。 「……協力に感謝する。ロイヤルナイツのジエスモン」 「こちらこそ」 瞬間、より大きく進化し、ロイヤルナイツ最後の一騎ジエスモンが遥か後方へと飛び去る。 その一切のやりとりに気づかず、美玖がジープへ乗った。 遅れてシルフィーモンが、後ろのトランクに男を押し込んだ後後部座席へ跳び乗った。 四輪駆動のジープが激しく砂塵を巻き上げ、走り出す。 「今回の車は伸び伸びとできるな。…乗り心地は良くないが」 「そいつは悪いね!」 シルフィーモンの言葉にアランが吹き出した。 朝日が昇り、砂漠を照らす。 「今回はリビア政府にも無理な事は承知の願いだと伝えて、なるべく急いで来たんだ。後で始末書も書かないとな…エージェントの辛いところさ」 「私の方も、三澤警察庁長官へ報告書を書かないといけませんね」 「そうか、そういやあんたは元々探偵だったんだっけなミス・イガラシ」 女性が身じろいだ。 「あれ…私は…?確かとくダネになる話があるって言われて……それで……」 気怠げに女性がシルフィーモンの隣から身体を起こす。 「大丈夫か?危ないところだったな」 「そうですかーーー………って、ああっ!!」 シルフィーモンを見た瞬間、女性が大袈裟なくらい叫び声をあげた。 「な、なんだ?」 「よ、ようやく、ようやくデジモン見つけたー!!カイロであれだけ探しても中々デジモンに会えなくて…企画丸潰れになるかと思って…良かったああ!!」 女性は飛び跳ねそうな勢いで、服のポケットから手帳とペンを出した。 「私、記者なんです!人間の世界に暮らすデジモンにインタビューする企画をやってまして!」 女性の勢いに気圧されるシルフィーモン。 女性がぐいぐいとシルフィーモンに詰め寄る。 「あの!名前とレベルをお答えしてもらってもいいですか!何処住みかもぜひ!」 「わ、私はシルフィーモン、完全体だ…」 「インタビュー!インタビュー下さい!!」 「おい…」 アランが爆笑した。 「美人から取材までされるとはますます羨ましい限りじゃないか!これは俺も負けてらんないな!」 「冗談を言ってないで助け舟をくれアラン!美玖まで笑わないでくれ!」 大慌てのシルフィーモンに思わず美玖までが忍び笑いした。 ひとしきり笑った後、アランが言う。 「さて、デジタマと男とお別れだな。男の方はどうでもいいが」 「そうですね。本物のデジタマは初めて見ましたが…本当に、名残惜しーー」 ぱきっ 「え?」 かすかな物音。 美玖は気のせいかと思ったが、すぐに音が響く。 ぴしぴしっ、ぴしっ ぴしっ 「まっ、待って!デジタマが、デジタマが孵りそう!!」 「「「えええっ!!??」」」 ーーー その頃、地獄の大口では。 「大方のデジモンは殲滅した。人間達は…逃げていったようだが」 黄金に輝く鎧を着たデジモンが言いながら、他の面子を振り返った。 「まさかダークエリアに直に通じる空間が開いていたとは…」 「エジプト政府と共同していた者達から聞いたが、5年前にここでガルフモンが現れた後にできたものだ、と」 ジエスモン、クールホワイトに輝く最後の騎士の言葉に、人間男性に良く似たデジモンが頷く。 「まさかダークエリアから闇のデジモンを呼び込もうとする動きがあったとは。どうなることかと思ったが、未然に防げてよかったわい」 「それよりジエスモン。先程妙なものを見たんだが良いか?」 紫の甲冑に頭蓋骨の意匠の兜を持った騎士が問いかける。 「妙なもの?」 「あの人間がレンズを破壊した時、一瞬だけだがあの人間に"光"を垣間見た。気がつかなかったか?」 「いや…」 「他は?」 「私も見えた。あれは…、選ばれし子どもの持つ力のように見えたが」 飛竜の鎧を纏う騎士が言う。 その言葉にジエスモンは首を横に振った。 「私の見た限り、彼女はごく普通の人間だったな。デジヴァイスを持っていない。あのシルフィーモンとはパートナーとしての繋がりもなかったのは確かだ。それに近い関係には感じたが」 「ふむ…」 赤い鎧を纏う馬の頭部と6本足のケンタウロス型の騎士が唸る。 「いずれにしても、ダークエリアとの道が閉じれば、我らの任務もひと段落つく。我らが君イグドラシルから何もなければそのままで良かろうよ」 「そうだな…」 ーーー 「早速ですが、緊急独占インタビュー!今回お越しいただいたのは、在エジプト外交官タダシ・モウリ氏!そしてエジプト政府お勤めのエージェントのアラン・ミーガン氏です!」 金髪女性ーー彼女は、ジャーナリストだったーーは、毛利外交官とアランを前に、手帳とペン、テープレコーダーを片手にインタビューを始めていた。 「今回、色々と衝撃的なニュースの連続でしたが、まずは立石教授と長野助教授の逝去ですね。考古学の権威を失ったとなれば、今後の調査に支障が生じると思いますが…」 「今回に関しては、日本との交渉を進めながら、調査チームのメンバーの調整をしていく方針です。カイロ大学に引き継ぎできる人材がいることが救いでしょうか」 「安否が確かめられたのは五十嵐探偵所の方々の助力あってこそ。遺族に連絡し、引き取りの手続きを行う見込みです」 インタビューを進めながら、話題はデジタマになる。 「…ありがとうございます。それで、こちらも大変衝撃的な話ですが…」 金髪女性は言いながら、少し離れた所にいる美玖とそのそばにいるデジモンを見た。 「立石教授が発見したデジタマが孵ったとは驚きです。デジモンの赤ちゃんについて何かコメントは?」 美玖の隣にひっついているのは、子犬と中華まんが一緒になったような外見、そして大きな耳や小さくて丸い尻尾を持つデジモン。 周囲の人間にすっかり怯えてか、ぶるぶると震えながら美玖にくっついていた。 「我々も驚きを隠せません。デジタマというものだねでなくデジモンの幼体に関しても我々にとっては未知そのものでしたので」 「ですよね!あのデジモンについてですが…ここで、追加ゲストをお呼びしましょう。デジモンには同じデジモンに聞くのが一番!シルフィーモンさん!」 「なぜ私が……」 巻き添えになる形で呼ばれ、不承不承に加わるシルフィーモン。 「デジタマから孵ったデジモンについてですが…」 「…私からも聞きたい。あのデジモン、ずっと彼女のそばから離れないようだが、どうしたものか。我々としては、引き続き研究のためにもここに置きたいものだが…何か悪影響が生じるものだろうか」 しばらく赤ん坊のデジモンを見た後、シルフィーモンは首を横に振った。 「引き離すのは、よした方がいい」 怯えた様子のデジモンを美玖が懸命になだめている。 「それはつまり、デジモンにも刷り込みという概念があるということかね?」 「それはない。ただ、デジモンは人間との出会いに強い影響を受ける。ましてやあのデジタマは、デジタルワールドの裁判官アヌビモンと強い関わりを持っていたんだ。美玖から無理矢理引き離すのは勧められない」 アヌビモンと強い縁がある。 そう思わずにいられない事象にはアランも遭遇している。 「なるほど…仕方ない。彼女には、適時レポートを送ってもらうよう要請しよう」 毛利外交官はため息をついた。 ーー こうして、赤ちゃんデジモン…パオモンは、美玖とシルフィーモンに引き取られる事になった。 パオモンは嬉しそうに飛び跳ねながら、美玖やシルフィーモンにすり寄っている。 「いい子、いい子」 可愛らしさに笑みを浮かべながら、パオモンの柔らかな身体を撫でる。 (デジモンの赤ちゃんって、こんなに柔らかいんだ…) 手を優しく押し返すような弾力と手触りの良い毛並みに笑みをこぼす。 幼年期デジモンは初めて目にするが、可愛らしさとひと懐っこさに美玖は虜になりそうだ。 「明日、帰りの便に間に合うよう支度しなくてはな」 「忘れないうちに茶葉買ってきますね」 パオモンを優しくひとなでした後、美玖は部屋を後にした。 「…」 シルフィーモンは荷物の整頓も程々に座り込む。 「きゅ〜きゅっ!」 パオモンがシルフィーモンの方へ跳んできて、脇に寄る。 そのまま、うつらうつらとし始めた。 「……」 シルフィーモンがその身体を撫でる。 「お前は…本当に、アヌビモンなのか…?」 エジプトの正午の日差しが差し込む窓。 それを惜しむ事はないけれど、今だけは。 エジプトのこの時間にしては穏やかな日の光の中。 シルフィーモンはパオモンを撫でながら、美玖が戻ってくるのを待つのだった。
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みなみ
2022年5月14日
In デジモン創作サロン
(ようやく、見つけた) その感情をひと言で表すならば、恋慕だった。 その感情をひと言で表すならば、独占欲だった。 (おれのものにしたい) 水の中で思いを馳せたそれは、道行く一人の女を見つめる。 女は急ぎ足でどこかへ向かっていた。 (おれのものにしたい。おれの、そばに) 渇ききった飢えにも似た感情をそれは覚えた。 こちら五十嵐電脳探偵所 第三話「クエレブレの啼き声」 その写真には男女が写っていた。 穏やかで人の良さそうな好青年と、金に染めたウェーブがかったセミロングにガーリーチックな服装の女性。 「そのご友人の方は、今も連絡が取れていない、と…?」 問いに小さく頷きが返ってきた。 ここは小さな探偵所の客室。 一人の女性と向かい合って、一人のポニーテールの女性とデジモンが座っていた。 「はい…、彼女は、その日は休日で、彼とデートに行ったと聞きました」 「その彼とは?」 「写真の隣に写っている人…奈々美の、彼氏です。鈴木、海人(かいと)といいます」 人間に似ながら獣の腕と耳、鳥の下半身を持つデジモンの問いに客人たる女性は答えた。 ポニーテールの女性はメモを取り、男女の写った写真と書類をファイルに挟む。 「奈々美さんと海人さんの身元は、こちらでも調査を行わせていただきます。進展がありましたら、逐次こちらからご連絡を差し上げますが構いませんか?」 「よろしくお願いします」 女性が探偵所を出た後、メモと書類を手にデスクにつくポニーテールの女性。 「最後に連絡を取ったのは三日前…彼氏さんも同じ日以降連絡がない、か…」 白のシュシュを解いて髪を結い直し、探偵所長である若い女性はメモを睨んだ。 そこへ、ふわりと香るコーヒーのカップ。 「デジモンの仕業の可能性かどうか、早いうちの判別は難しいな。…それにしても、美玖」 「なんですか?」 ありがとう、とカップを受け取りひと口含む女性に、デジモン…シルフィーモンは尋ねた。 「デリヘル、とはなんだい?」 「……っ!!ごほっ、ごほっ」 危うくコーヒーが気管に入りかけ、咳き込む。 「ごほっ……そ、そう、でしたね。デジモンにはその辺りの知識はありません、でしたね…けほっ」 美玖は涙目でティッシュペーパーを取り、口を押さえながら続けた。 「けほ…で、デリヘルというのは、風俗業の一種で…性交渉を目的としたお客様の自宅や待機しているホテルに専属の女性を派遣する事を指します。依頼人や行方不明になったその人は専属の女性です」 「そうなのか…人間というのは変わったものだな」 シルフィーモンはわからないながらも、頭を掻きつつ納得した。 ようやく咳が収まり、美玖はメモに目を通す。 「ひとまず、最後に奈々美さんが派遣で訪れたというラブホテルの近くで調査を行いましょう。彼氏である海人さんとのデートコースと近いという話でしたし…」 今回の依頼は、人探しだ。 依頼人の名前は森元泉。 デリヘル嬢として働く彼女は、同業者にして友人である新崎奈々美が三日も前から連絡が取れなくなった事で探偵所を頼る運びとなった。 奈々美はその日、彼氏である鈴木海人とデートの予定であった。 その日以降、連絡がないと泉の元に海人の両親からも連絡があり今回の依頼に繋がる。 「性を売る、というのは考えようがつかないんだが…普通のことなのか?」 「ある意味、普通…かもですが。けれど今の時代において職業としては一般的ではありません。警察としても、風俗業への扱いはグレーに近いのです。…犯罪の温床にもなりやすいから」 複雑げに話しながら、美玖はラブホテルの店名と住所を確かめた。 ラブホテルの名前は「Ilang-ilang」(イランイラン)。 香りにリラックス効果や催淫効果があると知られる花の名前を店名としたこの店は、A地区にある。 非常に広く、人もデジモンもよく行き交う所だ。 「ひとまず教えてもらった住所に行きましょう。目撃情報を収集しないと」 「わかった。準備ができたなら来てくれ」 コーヒーを飲み干し、シルフィーモンは先んじて外へ出た。 ーーー 空を滑空で行くシルフィーモンに掴まりながら美玖が来た場所は、やや広い範囲に渡って水路が通っている地点だった。 この水路は一部の水棲デジモンがよく通り道に使っており、幅も5mとそこそこのものである。 ラブホテル「Ilang-ilang」は、その水路に囲まれた土地の一つに建っていた。 「この近くで情報があれば良いんですが…」 言いながら、美玖はシルフィーモンの背中から離れた。 ラブホテルの外観はアジアンチックな木製建築で周辺にヤシの仲間らしき木が植えられている。 「ひとまず、…中に、入っ…」 美玖はどこかぎこちない様子でラブホテルへと歩いていく。 その後からシルフィーモンが続く。 ラブホテル内は無人式らしくモニターがある以外は何もない。 モニターを前にガチガチに固まった美玖に、シルフィーモンは後ろから肩を叩く。 「どうした?」 「そ、その………」 振り返ったその顔は赤く染まっている。 「わ、私、その…こ、こういう場所は…」 「なんだ?」 じれったくシルフィーモンが聞く。 「ラブホテルで情報収集は初めてで」 シルフィーモンは赤い顔でモニターを前に止まった美玖をしばし見ていたが、やれやれといった様子で彼女の腕を引いた。 「あっ…」 「仕方ない、ここは後だ。周囲で情報を洗うぞ」 このままではラチがあかない、と判断されたのだろう。 シルフィーモンは美玖を伴い、水路まで来た。 無人形式のラブホテルに戸惑った事もあり、美玖にとってこの対応はある意味ありがたかった。 …シルフィーモンから変な目で見られたのでは、と思わなくもなかったが。 「情報屋に向かう手もあるが、まず水路を利用しているデジモンに話を聞くとしようか」 「水路?」 「ちょうどいいところに来てる」 ぱしゃり、ぱしゃり 水面から覗く大型の刃物のような背鰭。 美玖に目配せした後、シルフィーモンが水路にそった足場へとひと跳びで降りる。 「おうい!」 シルフィーモンが背鰭を出したものに呼びかける。 長い胴体をうねらせ、それが姿を現す。 身体を包む淡い青い鱗が光を撥ね返して輝いた。 急ぎ足で足場を降りる美玖。 デジモンの姿をツールのカメラ機能でスキャンすると、情報が開示された。 『ティロモン。アーマー体、海竜型、フリー属性。“誠実のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の海竜型デジモン。その独特のフォルムから、「深海のジェット機」の異名を持ち…』 姿を見せたティロモンは、シルフィーモンを見た。 「何か用か?」 「人探しの為協力を願いたい。少し聞きたいことがあるだけだ」 シルフィーモンの言葉にティロモンは少し面倒そうな面持ちながら承諾した。 「ありがとう。三日前にこの辺りを通らなかったか?」 「三日前?」 ティロモンは首を傾げた。 「通ったかねぇ?あまり覚えてねえな」 「最近水路で危険なデジモンの噂はありますか?」 美玖の問いにティロモンはまた頭を傾げるようにしながら、思い出すように 「んなもんも特には……そういや…待てよ?ここ二日くらいから、水が妙に臭ぇんだよな」 「水が臭い?」 美玖が目を瞬かせると、ティロモンは鼻先を自分が来た方向へ向けた。 「あっちからな。ついてくるか?」 水路を遡り、やってきたのは水門に近い場所。 元々は平地だった場所がデジモンの暴走による大規模な破壊の影響で水脈に近い地層が削られ氾濫した。 それを整理する目的で作られたのが、今の水路であり水門は水路の水量を調節するために設置されている。 「この辺りなんだが…」 ティロモンの後から滑空でついてきたシルフィーモンが近くの歩道に着地する。 水門の付近は関係者以外立ち入りが禁じられているので降りられないのだ。 シルフィーモンから離れながら美玖は鼻を手で覆った。 「なにこの…生ゴミのような臭い…なぜこんな…」 「この臭いがよ、二日も前からずっとすんだよ」 シルフィーモンが再び中空へ跳ぶ。 そのまま、風の流れに乗るようにしながら、水門の周辺を見渡しはじめた。 「まさか…な。美玖、念の為連絡の準備を」 「…!そうですね」 「な、なんだ?」 やりとりに頭を傾げるティロモン。 まもなく、シルフィーモンは水門のゲート部分を不審げに見やった。 「何か引っ掛かっている…そちらから何かわからないか?」 「えあっ?じゃあ確かめに行ってくる。あの辺が一番臭いがキツいんだけどよ」 シルフィーモンの声にティロモンは潜った。 シルフィーモンの指すゲート部分に近づいていき、少し沈黙をおいて顔を出した。 「おい!人間っぽいのが見えるぞ!?」 「…まさか!」 ティロモンが見つけたもの。 それは、若い男性と思しき人間の死体だった。 ーーーー 「遺体の身元が判明した。お前達が探してる新崎奈々美の恋人、鈴木海人で間違いない。遺族であるご両親からも確認が取れた」 数日後、探偵所を訪れた阿部警部の言葉に美玖は嘆息した。 「解剖による結果だが、両方の上腕部分と一部の肋骨の骨折に内臓破裂。全身の皮膚と一部の内臓に火傷が見られた」 「火傷?」 美玖の怪訝な声に阿部警部は頷いた。 「感電死の可能性が高い。衣服に燃焼の痕跡があるが、着火にしては燃え方が変だ。強い力で上半身を締め付けられ、強い電圧を受けたか」 「…そんな事ができるのって…」 「同じ人間なら、そんな殺し方は余程の準備でもなきゃ無理だろうな…だが、"デジモンなら"?」 美玖はシルフィーモンを振り返る。 シルフィーモンはしばらく考え込んだが、やがて頷いた。 「結論だけ言うなら可能だ。電気の力を扱えるデジモンはそれなりに多い」 「遺体は水門のすぐそばで発見された。となれば、電気を操る水棲デジモンが犯人の可能性はあるが…」 「問題は…奈々美さんの身元。遺体が見つからない以上、まだ殺されていないかもしれない」 美玖の呟きに、阿部警部は尋ねた。 「そういえば、なぜ、依頼人の森元泉に鈴木海人のご両親は連絡を?」 「泉さんと奈々美さん、海人さんは元々同じ学校の同級生だったそうで、三人のご両親も関係はご存知だと伺いました」 「そうかい…」 阿部警部はうぅむ、と低く唸り、そして携帯電話を懐から出した。 「……おう、阿部だ。遺体と現場の調査だが五十嵐探偵所の者を今から同行させる。…ああ、じゃあな」 ーーーー こいつはもう、おれのものだ それは、歓喜に身体を震わせた。 彼女は、恐怖に身体を震わせる。 彼女は、冷えきった手で自らを抱きしめるように擦り合わす。 自身を睥睨するその目は、爛々と輝いている。 害意は見られないが、目の前で恋人を殺して自身を連れ去ったものへの恐怖からただ祈るしかない。 助けて。 ーーーー 「警部、ご苦労様です!」 キープアウトテープの向こうから鑑識が声をかけてきた。 それに手ぶりで返すと、阿部警部は美玖とシルフィーモンに後へ続くよう招きながら入っていく。 「どうだ?」 「遺体の発見された周囲に特に痕跡はありません。ですが、三日前に目撃者がいます」 「目撃者?」 阿部警部の言葉に、鑑識は手に持ったメモ帳を開く。 「三日前の午後20時過ぎ、ここより離れたラブホテルの近くで強烈な光と巨大なデジモンらしき姿を見たと住民からの目撃情報があります」 「巨大なデジモンだと?」 「その時、悲鳴が聞こえたと証言が入っています」 「…!」 美玖は、ツールを起動しながら、鑑識に尋ねた。 「遺体の近くを調査して構いませんか?」 「どうぞ、ぜひ」 「失礼します」 美玖は足場へ下りると、遺体が発見された場所に向けてライトを照射した。 そして…。 「こ、これ…!」 美玖も、いや、シルフィーモンや阿部警部、鑑識達も目を見張った。 「なんだこれ…」 「でかいぞ!」 遺体の周辺に、巨大な何かが這いずったような痕跡が映し出された。 普通ならば人目にわかる形で視認されるだろうが、デジモンの場合は視認しづらい場合が多く見逃しやすい。 そう美玖は教わっている。 更に。 「あそこ…!」 水面ギリギリの場所にライトに照らされ光るもの。 ピンセットを手に、身体を懸命に乗り上げ、どうにか取ろうと手を伸ばし…。   「待った」 見かねたシルフィーモンに背後から抱きかかえられ阻止された。 「私が取る。…これは、鱗か?」 シルフィーモンが代わりに取ったそれは、小さな鱗と思しきもの。 すぐに分析が開始された。 時間をおいて展開されたホログラムは、長大な身体を持つ一本角の蛇のようなデジモン。 「こ、これは…」 意外にも声をあげたのは阿部警部だった。 「このデジモン、こんな所にまで被害を出しやがったな!」 「何か、知ってるんですか?」 怒りに荒らげた声に只事でないと察した美玖は尋ねる。 阿部警部は、ホログラムを睨みながら答えた。 「つい数週間前、一人の女性がこいつと同じ特徴のデジモンに襲われてな。幸いその時は近くのデジモン達が追い払ったので事なきを得たんだが、再犯の可能性を考慮して調査したんだ。だが、尻尾を掴ませてくれなかった」 シルフィーモンへ視線を向ける。 「あんた、このデジモンについて何か知ってるか」 「知ってるも何も」 シルフィーモンはホログラムを見ながら続けた。 「こいつはメガシードラモン。シードラモンの上位種にあたる完全体デジモン。必殺技は超高圧の電撃『サンダージャベリン』」 「電撃…!」 美玖は阿部警部の方を見た。 「こいつはシードラモンでは持ち合わせなかった高い知性を持っていて、しかも用心深く、執念深い。水棲デジモンの中ではそれなりに強力なデジモンだ。状況次第によっては、私だけでは手に余る」 「…なるほどな…」 阿部警部はホログラムを…メガシードラモンの姿を睨みながら呟いた。 美玖はどうして良いか迷ったが、シルフィーモンが傍らで携帯電話を出したのに気づきそちらを見る。 「シルフィーモン?」 「失礼。……シルフィーモンだ、久しぶりだな。…そちらも元気そうで何よりだ」 電話をかけ、通話を始めるシルフィーモン。 阿部警部は怪訝そうに美玖と顔を見合わせる。 「…ああ、それで話があるんだが。………ああ。協力してくれるか、助かる。場所はA地区だ。今から来れるか?……わかった。午後19時にD地区の五十嵐探偵所で待ち合わせよう。……では」 通話を切り、シルフィーモンは振り返る。 「古い知人…デジモンに協力できないか声をかけた。探偵所で待ち合おう」 ………… …その夜、19時。 「よー!!ここで良いんだよな!?お邪魔するぜ!」 勢いよくドアが開かれ、入ってきたデジモンに美玖は目を丸くした。 ひと目で見た印象を一言で表すなら…「人間のような身体を持ったシュモクザメ」。 頭部の左右には、本来のシュモクザメなら持ち合わせないはずのもう一対の目がついている。 凶暴そうな外見の持ち主だが、存外に人の良さげな態度でそのデジモンはシルフィーモンに手を振った。 「おっ、ここで間違いねーな。来たぜ、シルフィーモン!なんかお困りみたいだな?」 「ありがとう、ダイブモン。あるデジモンの追跡と…場合によっては戦闘が想定されるのでその助力を頼みたかった」 「そうかそうか!」 嬉しげにシルフィーモンの背中をバンバン叩くダイブモンと呼ばれたデジモン。 力もそれなりにあるのか、シルフィーモンが少しよろけるのが見えた。 ツールによるスキャンを行った美玖は、ダイブモンの情報を見ている。 「で、お相手さんはなんだい?」 「メガシードラモンだ」 「ほうほう!あいつね!」 ダイブモンは話を聞きながら、近くのソファに腰を下ろした。 「なるほど、そいつは確かにお前の方が分の悪い相手だろーな。それで何処にいるのか見当はついてんのか?」 「A地区で目撃情報があった。痕跡はそちらの彼女が辿ってくれる。美玖、こちらはダイブモン。ディープセイバーズ所属のデジモンだ」 ディープセイバーズ。 海や水辺を住処やテリトリーとしたデジモンの多くが所属する勢力。 それゆえ水中戦のプロばかりであり、所属しているダイブモン自身も水中での戦闘力が高い事で知られたデジモンである。 「よろしく、可愛い人間の嬢ちゃん。後で一緒に水中デートしようぜ!」 「え、あ、はい」 ダイブモンの性格のノリに押され気味になる美玖。 「ダイブモン、デジタルワールドならともかくこっちの海はよせ。人間じゃ耐えきれない」 「なに?……あー…、そいつは仕方ねえなあ」 残念そうにダイブモンは言ったが、握手は忘れていない。 そのまま気分を切り替え、本題に入る。 「で、メガシードラモンを追跡すんだったな。いつ行くつもりだ?」 「今夜だ。同行するのは彼女だけでなく、E地区警察署から刑事も来る」 「ほほー」 シルフィーモンは美玖の方を向いた。 「阿部警部に連絡は取れるかい?」 「もう、取っています。Ilang-ilangの前で待ち合わせを」 「よし、行こう」 ーー 「あんたもまた、変わった知り合いが多いなシルフィーモン」 ラブホテル『Ilang-ilang』前で顔を合わせてすぐ、阿部警部はダイブモンを前に拍子抜けした声を出した。 「ダイブモンってんだ。シルフィーモンとは昔縁あってできたダチさ!よろしくなおっさん」 「誰がおっさんだ!」 「がはは!」 豪快に笑うダイブモンはおいといて、と阿部警部は美玖に聞いた。 「五十嵐、お前さん達の話だと、新崎奈々美と鈴木海人のデートコースはこの辺りを通ってたんだよな?」 「はい。元々、奈々美さんも派遣先にあのホテルを利用していたそうで」 「で、三日前の目撃情報からして鈴木海人は殺された」 阿部警部の言葉に頷きながら、美玖はツールのライト機能を起動した。 「これより痕跡を探します。…あれほど大きな這いずり跡を残していたのなら、ここにも」 痕跡が見つかるまで、さほど時間はかからなかった。 ラブホテルの周囲をぐるりと囲むように痕が見つかったのである。 そして。 「これは」 美玖がラブホテルに近い水路の脇道を照らす。 細かい鱗片が幾つも散らばりキラキラと光っている。 ピンセットで注意深く一つを採取し、ツールの機能で解析を始める。 「……遺伝子データ、一致。同個体のメガシードラモンのもので間違いありません」 「てことは、ここで奈々美さんと海人さんは遭遇したのか」 「ひとまず、奈々美さんが近くで見つからないか探しましょう。ダイブモンさんは水中の捜索をお願いします」 「おう。人間って水ん中じゃ息できないんだよな。いたらすぐ引き上げるぜ」 「……」 何か言いたげな阿部警部だったが、ダイブモンは素早く水路へ身を投げ出した。 水に潜るや、その二本の足が一つの足になったのは気のせいではない。 「ボートを近くに手配してある。二人とも乗れ」 水路に止めたボートに、彼と美玖、シルフィーモンが乗る。 夜22時半。 街灯以外に光がないため、ボートからの捜索は懐中電灯以外シルフィーモン頼りだ。 「痕跡は他のデジモンも混じっているけれど、かなり大きいから見分けが付くんですね」 「あれは水棲デジモンの中でも大型だからな」 シルフィーモンは言いながら、水中に向けて視線を走らせる。 時々、近くを泳ぐダイブモンが横切るが、それすらも邪魔にならないほどメガシードラモンの残した痕跡は大きい。 「…阿部警部。数週間前に、襲われたと言うその女性は、今どうしていますか?」 「現在は再犯防止の為外出ルートの変更だ」 深刻げな顔の美玖に気づき、阿部警部はどうした?と尋ねる。 「いえ、少し気になったのです。シルフィーモンの説明では、メガシードラモンは好戦的かつ用心深く執念深いデジモン、と。けれど」 なぜ人間を襲ったのか理由がわからない。 この水路は何処の誰のものでもない。 縄張り主張ではないはず。 「奈々美さんの無事が心配なのはもちろんですが、仮に無事だったとしたらなぜメガシードラモンは海人さんを殺害し奈々美さんを連れ去ったのか」 せめてラブホテルでの調査に慣れていれば……と、顔を真っ赤に美玖は俯く。 痕跡を追いかけて、やがて海人の遺体が発見された水門まで来た。 ばしゃりっ ダイブモンが水面から顔を出す。 「人間みたいなのは見つからなかったぜ」 「それなら、ここから先は痕跡を辿りながらになるな。ここで痕跡はUターンして別の分岐に向かっている」 シルフィーモンの言う通り、水門から大きく軌道を変えた痕跡は別の枝分かれした水路へと続いている。 水路をライトで照らしながら、美玖はじわじわとくる不安に駆られた。 奈々美の安否のみならず、これから対峙するだろうメガシードラモンを相手にどうすれば良いのか。 そして、水路の中ほどに差し掛かった時。 「!」 シルフィーモンが何かに気づいたように美玖と阿部警部を押し倒した。 「う、わ…!?」 思わずボートに顔をぶつけそうになった二人とシルフィーモンの頭上を、とんでもない質量が猛烈な速度で横切った。 その余波にボートは大きく揺れ、波が激しく水面を波立たせる。 「ダイブモン!」 「おうよ!」 シルフィーモンの声に応じたダイブモンが飛び出す。 「『サンダージャベリン』!」 槍の如き電撃がボートに向かって奔る。 「『リップルエッジ』!」 どういう原理か、ダイブモンの飛ばす刃状の水が電撃とぶつかり、相殺された。 相殺により巻き起こったその水飛沫の中で。 美玖と阿部警部は鱗と甲殻に身を包んだ大蛇のシルエットを見た。 刃のような一本角、兜のような頭部の外殻。 「あれが…メガシードラモン!!」 メガシードラモンは残された痕跡からの想定よりも大きなデジモンだった。 体長だけでもビルを三つ巻きに出来るほどの長さがある。 それに見下ろされるだけで、美玖は手に強く汗を握った。 「おまえら…おれに何の用だ?」 メガシードラモンの声に阿部警部が警察手帳を見せた。 「E地区警察署の阿部だ!鈴木海人の殺人容疑、並びに現在捜索中の新崎奈々美という女性に関与の容疑がお前にある。速やかに投降して署までご同行願おう!」 「……なんだと?」 メガシードラモンの声に殺気が篭もる。 「数週間前A地区の別の水路で女性が襲われ、三日前にラブホテル付近でカップルが襲われ男性が殺害された。お前の仕業じゃないのか!」 阿部警部の追求に、メガシードラモンの角の周りをスパークが走る。 「阿部警部、危ない!」 美玖の言葉より早く、シルフィーモンが動いた。 ダイブモンも必殺技の予備動作に入る。 「おまえらは、おれからあいつを奪うつもりか!」 「…『トップガン』!」 「『リップルエッジ』!」 再び放たれた電撃とぶつかるエネルギー弾と水の刃。 ボートを動かし、美玖はメガシードラモンから距離を置く。 「五十嵐!」 「これ以上は危険です、阿部警部。メガシードラモンは…攻撃態勢に入っています」 「くそっ」 メガシードラモンは巨体から想像できない速さで水中を移動し始めた。 「"あいつ"?やはり奈々美さんはお前がさらったのか!」 シルフィーモンが追撃に飛ぶが、メガシードラモンは身体を大きくしならせ尾を鞭のように叩きつけてきた。 「…っ!」 わずかに掠ったが、それでもシルフィーモンの身体は大きく揺らぐ。 「あいつはおれのものだ!邪魔をするな!」 ……あれがいなくなって、外が騒がしくなったことに気づくのに遅すぎた。 (誰か探してくれてるの?) そうは思ったが、絶望感もあった。 あれは大きいだけでなく人ひとりあっけなく殺すこともできる化け物だ。 目の前で無惨に殺された恋人の、最期の顔が脳裏に未だこびりついている。 それが殊更ここから逃れにくくさせていた。 ーー 「『フィレットブレード』!」 見事なフォームで泳ぎながら身を躍らせ、ダイブモンが肉薄する。 両腕のものをメインに全身のヒレを活用した突撃が、メガシードラモンの身体に傷を負わす。 「ちょこまかと!」 メガシードラモンの身体が大きく畝る。 『メイルシュトローム』を使用する事前動作。 それに気づいたシルフィーモンが空中へと舞い上がる。 ベルトのタービンが高速回転し、シルフィーモンの全身を光が包んだ。 滑空スピードを一気に加速させつつ、シルフィーモンはメガシードラモンへと狙いを定める。 「『デュアルソニック』!」 シルフィーモンが両腕を大きく前へ突き出すと、彼の姿を模した光がメガシードラモンに向かって飛んでいく。 キーーン…… (この音…) あの時。 ワルもんざえモンに踏みつけられながら足掻いた時に聞いた、甲高い音。 衝撃波が発生した時のもの。 光がメガシードラモンに着弾し、炸裂した。 「グウゥッ…!」 衝撃波をまともに食らったメガシードラモンが大きくよろける。 その時、美玖はメガシードラモンが塞いでいた水路の奥がトンネルになっていることに気がついた。 「……阿部警部」 「なんだ?」 「メガシードラモンの脇を抜けてください。僅かな間なら、私がメガシードラモンの動きを止められるかも」 「おいおい!」 気は確かか? そんな顔を阿部警部が向ける。 シルフィーモンと水中戦を得意とするダイブモンを相手にしてなお、メガシードラモンのアドバンテージに衰えは見られない。 下手をすれば、ボートもろとも水中の藻屑と化す可能性はある。 「きっと、奈々美さんは、あの奥です!」 「…」 しばらくメガシードラモンを睨んでいたものの、やがてボートの操縦桿を握った阿部警部。 「クソったれ!五十嵐、いけるか?」 「はい!」 美玖の言葉にエンジンが稼働、ボートが波を裂くように猛進を始める。 「! 一体何を!?」 シルフィーモンが気づき、メガシードラモンの注意もボートへ向く。 メガシードラモンはボートへ角を向けーー指輪をこちらに向ける美玖の姿が目に入った。 「ーー麻痺光線銃(パラライザー)コマンド起動!」 指輪から迸った光がメガシードラモンに突き刺さる。 メガシードラモンの身体が大きくこわばった。 「今です!」 「この隙に飛ばすぞ!」 加速するボート。 (動きは止められたけど…長くは、もたない!) メガシードラモンの硬直度合いからして、麻痺光線の効果が長く続く可能性は低いと美玖は見た。 ボートがトンネルへと近づくと、阿部警部はすぐに人影を見つけライトを向ける。 「おい!そこに誰かいるか!」 「…!」 ライトに照らされたのは一人の女性。 泥や埃に薄汚れてしまっているが、泉から受け取った写真の女性に間違いない。 美玖が声をかけた。 「奈々美さん!新崎奈々美さん!」 女性が動揺しながら、ゆっくりと立ち上がる。 「誰…?」 「警察の者と探偵だ!新崎奈々美で間違いないな!」 「は、はい…」 その時である。 凄まじい咆哮が響く。 「ひっ…!」 「もう麻痺が解かれてる!」 「ともかく乗れ!!」 阿部警部の言葉に、おぼつかぬ足取りながら女性、新崎奈々美はボートへ乗り込んだ。 ーー 「グォォオオオオオ!!」 メガシードラモンが咆哮を上げながらボートへ肉薄する。 その目はボート上の奈々美しか見ていない。 「…っ!」 メガシードラモンの巨体と激昂した様子に奈々美はすくみあがった。 シルフィーモンとダイブモンが追いすがるが、それを振り払ってボートに猛進してくる。 「ダメだ、向こうが速い!」 ボートを加速させながらも、メガシードラモンの迫る姿に阿部警部が叫ぶ。 美玖は指輪型デバイスを見た。 デバイスの水晶部分は黄色の光が点滅している。 麻痺光線機能にはクールタイムが設定されており、撃った分だけ時間がかかる。 メガシードラモン程の完全体かつ巨体の持ち主のデジモン相手を麻痺させるだけのエネルギーを消費した結果だろう。 「このままじゃ、メガシードラモンを止める事はーー」 その時である。 「待ちなさい!!」 上空から白い羽根が降り注ぎ、周囲を凄まじい冷気が包み込んだ。 「なんだ!?」 ダイブモンが顔を上げる。 柔らかな羽毛のようにはらはらと舞い散る霜の中、一体のデジモンが新たに舞い降りた。 真っ白な羽毛を持った、白鳥のような美しいデジモンが。 「あれは…白鳥のデジモン?」 「綺麗…」 美玖と奈々美が呟く。 「……スワンモン」 メガシードラモンが名前を口にした。 白鳥のようなデジモン、スワンモンは、ボートとメガシードラモンの間に割り込むようにホバリングした。 「メガシードラモン、彼女は、シャナではありません!人間はデジモンのように新たな個体として生まれ変わらない!」 「……」 シルフィーモンがスワンモンに向けて声をかけた。 「メガシードラモンと知り合いのようだが、どういうことか説明してくれないか?」 スワンモンはシルフィーモンの方へ僅かに視線を向けたものの、メガシードラモンへ戻した。 「メガシードラモン…シャナを失った悲しみは、私も同じです。ですが」 「だまれ!」 メガシードラモンが怒気を孕んだ声でスワンモンを睨んだ。 「シャナは、あいつはそこにいるんだ!おれはもう一度シャナの声が聞きたいだけだ!!」 「貴方という方は…!」 スワンモンがため息をついた。 「彼女の恋人を殺してまで、連れ去ったとしても共に歌えませんよ」 スワンモンは悲哀を込めた目で奈々美を見た。 「メガシードラモンに代わり、私からお詫びを…。彼は、ある人間の女性を貴女と重ね合わせているだけです。そのためだけに、貴女の恋人を殺めてでも、貴女と歌いたいと願って」 「わ、私は、歌なんて歌えない…」 「それでも、貴女は、似ているのです。彼女に」 そして、とスワンモンは決意の表情で翼を広げる。 「ですから、私のやるべき事があります。メガシードラモン、シャナの為とはいえ、ここは人間の世界。デジタルワールドにはデジタルワールドの、人間の世界には人間の世界のルールがある」 大気が凍てついていく。 「貴方の暴挙を止めさせて頂きます」 ーー 美玖は奈々美の震える肩を抱きしめながら、戦いの行方を見守っていた。 怒り狂うメガシードラモンを、冷気が、エネルギー弾が、水の刃とヒレによる特攻が傷つける。 かといって、一方的な状況とはならず、メガシードラモンは傷ついてなお戦意を失おうとしなかった。 「おれは…シャナを…」 「…理由を知るつもりはないが、お前はやりすぎたな」 『デュアルソニック』を放ちながらシルフィーモンは淡々と言った。 女性を攫おうとし、その上別の女性を襲ってその恋人を殺した。 「赦されるつもりはないだろうが、赦すつもりも毛頭ない!」 吼えたメガシードラモンの角に電流が集まりーー その身体が再び硬直した。 「ぐ、おぉおおお!!」 「……あなたを止めます。それが、私達の役目ですから」 クールタイムが新たに更新された指輪型デバイス。 美玖は静かに言った。 麻痺光線を受けて再度動けなくなったメガシードラモンに攻撃が集中する。 それが限界だったのだろう。 「……シャナ…」 ーーー 意識を失う中で、彼は幻を見た。 <メガシードラモン、だめよ。あなたってどうしてそう乱暴なのよ> ああ、困ったような声が聞こえて。 <今日はどんな歌が聴きたい?何かリクエストがあればどうぞ> ああ、眩いばかりに微笑む顔が見えて。 <…ごめんね、私…> 詫びながら流す涙が見えて。 彼女は、シャナは、病気で死んだ。 デジタルワールドに迷い込んだ人間が長く生きられるとは思っていなかったのに。 デジタマにならなかった。 転生することすらなかった。 (もう、おれは、彼女の歌を、きけないのか) スワンモンも含め彼女の死を悼むデジモンは多くいたが。 だが。 おれは…あきらめたくなかった… ーー どぉおおん!! 大きな水飛沫と波を起こして、意識を失ったメガシードラモンの巨体が倒れ伏していく。 シルフィーモン、ダイブモン、スワンモン、いずれも肩で荒く息をしていた。 「…ず、随分と、粘り強い奴だったな」 ダイブモンが軽口を叩く。 「皆さま、この度は知己が、多大な迷惑をおかけしました」 スワンモンは言いながら、静かに一礼した。 「特にそこの貴女に重ね重ね非礼をお詫びします。彼に必ずこの償いをさせましょう」 「え…あ、うん…」 スワンモンの言葉に、奈々美の目からじわじわと涙が浮かぶ。 やがて、夜に、彼女の啜り泣きが響き渡った。 数日後。 無力化したメガシードラモンに事件参考人としてスワンモンを同行させ署へと戻っていった阿部警部は、再び探偵所へと訪れた。 ちょうど美玖達の元に依頼人である森元泉も訪れており、阿部警部の紹介が成されると頭を下げた。 「刑事さんにも協力していただけるなんて…本当に、信じられなくて」 「まさか、メガシードラモンに襲われた女性が依頼人だったとは」 阿部警部の言葉に泉はうつむいた。 数週間前、泉は派遣先へ急ぐ途中メガシードラモンにさらわれそうになり、近くのデジモン達へ助けを求めたという。 その中に、あのスワンモンもいたようだ。 「そのスワンモンから大方の事情を聞いた」 阿部警部は煙草に火をつけ、一服吐いてから続けた。 「あのスワンモンも、メガシードラモンも、デジタルワールドから来たばかりだったそうだ。メガシードラモンがいない事に気づき、それを連れ戻しに追って来たと聴取で話してくれた」 「そういえば、シャナ、という名前を口にしていましたが…」 美玖の言葉にうむ、と頷きながら、阿部警部は数枚のコピーを取り出した。 「その名前とスワンモンから聞いた外見的な特徴から、海外も含めての行方不明者の中に該当する者がいた」 コピーを渡された美玖は、そこに刷られた顔写真を見た。 かなり年若い金髪碧眼の女性の顔…推定20歳くらいか。 目鼻のくっきりとした、可憐な面立ち。 「シャナ・ジョベート・トルレス。スペイン国籍の、当時19歳の女性だ。9年前に行方不明になった」 「この人が…」 「スワンモンからも同一人物である確認がとれた事で所在が判明している。………彼女はデジタルワールドに迷い込んだ人間の一人だ。スワンモン達に助けられ、救助を待っていたが」 そこで、阿部警部が俯く。 「……亡くなられたんですね」 「詳細は不明だが、病死だそうだ。スワンモンから聞いた話と行方不明者のプロファイルどちらにも一致した情報によれば、幼少期から身体が弱かった。周りのデジモン達も彼女が良くなるよう手を尽くしたが…」 「メガシードラモンはシャナさんの代わりになる女性を求めてここに来た?」 「おそらくな。彼女は歌を歌うことが好きだったという。あのメガシードラモンも、彼女の歌が好きだったそうだ」 泉はこわごわと口を開いた。 「なぜ…なぜ、私や奈々美が、狙われたんですか?」 「あくまで推測だが」 シルフィーモンは泉の髪に目を向けた。 「髪の色だ」 「髪?」 「似てるだろ」 訳が分からず自身の髪に触れる泉に、シルフィーモンは続けた。 「そのシャナという人間は、金色の髪だろ?多少は違ってたとしても、あいつには大した差は関係なかった。あいつや…私も含むデジモンからしたら、人間というのは大体似たり寄ったりだ。あいつにとっての人間が、"シャナ"だっただけだ」 美玖は泉と奈々美、両者の髪の色を思い浮かべた。 どちらも地毛ではない染めたものとはいえ確かにブロンドに近い色味だ。 メガシードラモンからして、大した違いはなかったのだろう。 「泉さんを攫おうとしたメガシードラモンは、デジモン達の妨害を受けて失敗した。その後、同じ髪色を持つ奈々美さんを見つけて…」 「彼女の隣にいた鈴木海人を邪魔者として殺した。というところだろう…」 「……海人……」 泉は目に浮かぶ涙を拭う。 煙草を再び口に含む阿部警部へシルフィーモンは尋ねた。 「メガシードラモンはあの後どうした?」 「今はスワンモンの付き添いで大人しくしている。上層部は処分について論議中だ」 デジタルワールドへ強制送還及び人間世界への出入り制限待ったなし。 そんなところだろうと阿部警部は話す。 「どんな事情があろうと我々は法で以って冷徹に対処しなければならない。ましてや、相手は人間以上に力のある連中だ。既に殺傷を行なっている以上、こうするしかないだろう」 「……」 それからまもなく、静かになった探偵所で。 美玖は仕事しつつもどこか上の空だった。 シルフィーモンはしばらくそれを見ていたが、やがて口を開いた。 「あのメガシードラモンの事か?」 「……」 「事情があるとはいえ、人を殺しているんだ。同情をする必要はない。ハーピモンの時もそうだが、君は……」 「…たかったの」 情に重きを置きすぎだとそう言おうとして、シルフィーモンは出鼻をくじかれた。 「なんだって?」 「行きたかったの…デジタルワールドに」 美玖は言いながら、もう一度シャナの顔写真と書類を見た。 「デジタルワールドに一般人が行く事は許可されていない。でも、いつか行きたい」 「…」 シルフィーモンはしばらく沈黙を守っていたが、話題を変えることにした。 「なぜ、デジタルワールドに?」 「子どもの頃からの夢。子どもの頃からデジモンが大好きで、憧れだった。だから、一度は、行ってみたいと思ったの。デジモン達のふるさとと言える世界に、いつか行ってみたいって」 シルフィーモンは黙っていた。 美玖は続ける。 「警察になったのだって、夢の延長みたいなものだったの。デジモンに関われる、そんな仕事がしたいって学校の発表会で皆の前で言った夢を叶えられたらなって。……でも……5年前の、あの時」 夢に見るほどに大好きで、憧れだった存在が悪意と共に牙を剥いてきた時。 何もできなかった ただ銃を持つ手が強張って 頭の中が真っ白で 目の前で自分を見下ろし、絶望へ叩き落としてやると嗤ったあのデジモンだけが、今も怖い。 「…そのデジモン、何者なんだ?」 「わからない。何もない所からいきなり現れて、気づけば沢山皆が殺されていって。警察署にあるデジモンのデータの中に一致すらしなかった」 美玖は腕のツールを見つめた。 「このツールとデバイスは、私に探偵を目指してみないかと言って弟子入りさせてくれたアグモン…師匠がくれたもの。このツールならきっと、そのデジモンの事もわかるかもしれないとは思う」 「……」 「デジモンへの怖いっていう気持ちはある。でも、好きという気持ちと憧れてた気持ち。どっちもあるの」 でも。 デバイスを嵌めた手を握りしめる。 「それで良いと今はまだそう思いたい。夢も憧れも、私は捨てられない。捨てたくない。そう、思うの」 沈黙。 お互いの会話がない間、パソコンのタイプ音だけが時間の進んでいる事を示していた。 「……私には、君のその感情は理解できない」 「……」 ただ、とシルフィーモンは一言。 「君の言葉に嘘がないのはわかる。でなければ、デジモン相手にああしてまで無茶なんかできるものか」 「…シルフィーモン」 「デジモン相手にあそこまで真っ向に立ったり、戦いに干渉したり…君の無茶はある意味賞賛ものだよ、全く」 シルフィーモンは隣に腰掛けた。 「選ばれし子どもでさえ、あんな暴挙には及ばないさ。…仮に行けたとしても、本当にデジタルワールドに行きたいのか。美玖?私が言うのもなんだが、…人間の世界の方が、君には安全で楽しい世界かもしれないぞ」 「うん」 「またなぜ…」 「そうだったとしても、行きたいの、私」 美玖はまっすぐシルフィーモンの方を見た。 「ずっと憧れてたデジモン達のふるさとに、いつか行って色々見て、色々触れたい。空気とか、地面とか、木とか、人間の世界にあるものとは全然違うって話は何度も聞いてはいるんだけれど、そういうのも含めて。結局、夢なんだけど…おかしい、よね」 「……まあな」 シルフィーモンは答えながら、椅子から立った。 そのまま電動湯沸かしのスイッチを入れる。 「けれど、それは、君が信念を以ってデジモンに対峙した上での答えなら、それで良いんだろう」 「…」 「私は君のその信念や心構えを、嗤うことはしないし、できない。多分、今こうして君の側にいるのはそれに惹かれているからかもしれない」 しばらくしてコーヒーの香りが漂う。マグカップ二つを手に、シルフィーモンは戻ってきた。 「私達デジモンは人間とは根本的に違うが、良くも悪くも人間に左右されやすいからな…。それを思えば、私やひと時の短い間とはいえあのメガシードラモンやスワンモンは恵まれていたということだ」 マグカップの一つを美玖に渡しながら、シルフィーモンは自身のマグカップを手に言った。 「君に選ばれし子どもの資格はないが、デジモンとの関係を結びやすい人間なのかもしれないな。それはともかく、どうせなら、君とこういう場ではなくもっと親密になれそうな場で話がしたい。あのラブホテルにでも行くか?」 ブゥウウーッ!! 美玖は思わずコーヒーを口から噴き出した。 「何してるんだ、汚いじゃないか!」 「ごほっ、だ、だって!」 雑巾を取りに走るシルフィーモンに美玖は咳き込みながら答えた。 「あ、あそこはそういう場所じゃないから!!」 「ホテルなんだろう?泊まるには良い雰囲気じゃないか」 「ホテルはホテルでもあそこはそれだけが目的で泊まる人が来る場所じゃないから!!」 雑巾で床を拭きつつも、顔が火を噴きそうなほど真っ赤だ。 いかがわしい妄想が脳内に浮かんだだけで死にそうな気持ちになる。 ただでさえ、最近見なくなったとはいえあの結婚の夢があるのだ。 意識してしまう。 人型デジモンの中でも特異な見た目とはいえ、シルフィーモン自身の顔立ちも中性的な魅力がある。 だが、性別のないデジモン相手に異性を意識していないはずなのにどうしてこうなった? その日は一日中仕事が手につかず、呆れ返ったシルフィーモンの傍らで真っ赤になった顔を隠したまま過ごす羽目になる美玖だった。
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みなみ
2022年5月05日
In デジモン創作サロン
脇腹に走る衝撃。 (なぜだ) その言葉しか浮かばなかった。 俺は勝ったはずだ。 俺はクリアしたはずだ。 なのに、なのに、なのに。 男の思考は、自身を貫いた凶器と悪意を認められず、既に返り血に染まっていた服を自身の血の色で上塗りしていく。 「なんでだろうねえ?おかしいよね?勝ったのにね?あ、ひょっとしてほんとに出して貰えると思ってたんだ。バッカだなー!」 男の問いを聞いた相手は、ケタケタとさらに腹立たしくなるような嘲笑をあげた。 「あーあ、ほんとこれやめらんない!ちょっと聞き齧って始めたばっかだったんだけどさあ、人間ってよくこんな面白いの思いついたよな!とにかくそーいうこと!ゲームクリアおめでとう!」 「ふざ……け……」 だが、そこまでだった。 ーーああ、こんなはずじゃなかったのに。 男の意識は急激に薄れる。 ここにたどり着く前に見た何人もの顔を、声を思い出す。 知らない顔ばかりだが皆、自分と同じ普通の生活を送っていた人間だったはずだ。 けれど。 (俺のせいじゃない、こいつの言いなりにゲームをやらなきゃ死んでたんだ。まだ死にたくない、許してくれ) そんな、許される保証のない弁解ばかりを並べ立てながら、男の命は絶えた。 ーーーー 「連続殺人事件、ですか」 小綺麗な客室の中、テーブルを挟んで一人の若い女と一体のデジモンが相手からの依頼に目を瞬かせた。 褐色の髪をシュシュで結った若い女の名は五十嵐美玖。 獣のような耳と翼の備わった強靭な腕に猛禽類の下半身、中性的な輪郭をした人間の顔とその目元をヘッドマウントディスプレイで隠した人型デジモンの名はシルフィーモン。 ここは美玖の経営する探偵所。 今回訪れたその依頼人は、気難しい表情で頭を掻いた。 「おう。場所はA地区。それも、ここ4週間の間1週間ごとに一件起き続けている。[[rb:警察 > うち]]だけでなく、お前達も含む幾つかの探偵所と連携の要請が上から来てな」 依頼人の名は阿部宏隆警部。 彼にとって美玖はかつての同僚だ。 「説明する。殺害現場は不特定多数の地点で起きている。死亡者は10から15人までと現場によって異なる。性別年齢職業体格は一致しない」 阿部警部は言いながら、A地区の地図をテーブルに広げた。 死体が発見された現場に赤丸のシールでポイントが付けられている。 「被害者の遺体は一ヶ所に纏められて遺棄されていた」 「凶器は?」 「現場では発見されなかったが、遺体の損傷からして凶器に複数のパターンがある。そして幾つものケースで偏りが見られた」 「偏り?」 美玖の問いに阿部警部は書類を出す。 「ある現場では二、三人の死因は大型の刃物による刺突と断定。それに加え一人は爆発物による損壊が見受けられた」 「爆発物?」 「首元が特に損害が酷かった。これと同じ遺体が他の現場でも最低一人は発見されている」 シルフィーモンが切り出す。 「デジモンの仕業の可能性はあるか?」 「あるかもしれんがな…問題はこの殺害が起きるタイミングと時間だ。ある被害者の遺族は、遺体が発見される数日前の夕方以降不在だと証言している」 美玖は調査書に目を通しながら尋ねた。 「…被害者に、共通点がある…」 「おう、調査の結果、被害者全員ある携帯サイトのメールマガジンを購読している事が判明した。……遺族から了承を得て、押収した被害者の携帯電話がある」 阿部警部が言いながら取りだしたのは携帯電話。 二つ折り式のそれは女性のものらしく、可愛らしいデザインのビーズのストラップが付いている。 柔らかな色合いのパールピンクの機体は、赤黒い色に穢されていた。 「この携帯のメールボックスに保存されたものがある。……これだ」 機体を開いて電源ボタンを長押し起動。 指一本押しでメール機能を選ぶ。 受信メールの一通を開くと、それを美玖とシルフィーモンに見えるよう置いた。 内容は、ごく普通のショッピングに使えるクーポン特集が目白押しのものだ。 「例外なく全ての被害者がこれを定期的に受け取っていたらしい。メールマガジンを配信している広告会社にも確認を取りに行った」 「関係性は?」 「…ゼロだ」 阿部警部は首を横に振った。 「直接関係者との話を行った。だが、事件との関係性が掴めなかったんだ」 「……」 シルフィーモンが携帯電話をつかみ取る。 大きな手ながら器用に操作し、下までメールマガジンの全文に目を通していった。 「どうした?」 「残り香がある」 「え?」 シルフィーモンは美玖の方を向いた。 「美玖、そのツールはこういう画面からもデジモンの痕跡を見つけられるか?」 「え、ちょ、ちょっと待って」 美玖が腕に付けたツールを起動し、ライトをメール画面に照らす。 ライトに照らされたメール画面を見て、阿部警部は驚愕の声をあげた。 「なんだこりゃ!?」 0101110001100111001100001110011100000……… 文字や絵文字が尽く歪み、0と1の羅列が炙り出しのように文字の下から浮かび上がっている。 シルフィーモンは言った。 「プログラム言語による魔術だ。デジモンの仕業なのは間違いない」 「なんだと!?」 ライトを消すと、文字や絵文字は再び元の通りに読めるものへと戻る。 阿部警部はシルフィーモンを見遣った。 「どういうことだ」 「おそらくメールに仕込まれたものだろう。ウイルスのようにな。だから配信側は何も気づかず、爆弾のようになってしまったメールを顧客へ配信し続けていた」 「…それって…」 PRRRRRRR…… PRRRRRRRRRRRR…… 突然の着信音。 出元は阿部警部のポケットだ。 手ぶりで通話に出ることを伝えると着信のボタンを押した。 「阿部だ、…どうした?………おお、おお。……………何?」 険しい表情になった阿部の顔を見て、美玖は不安げになる。 「……わかった。今、五十嵐探偵所だ。探偵所の者を連れてそちらへ向かう」 通話を切り、阿部警部は二人に内容を話す。 「つい先程、今週分の被害者が発見されたんだが、うち一人が突如息を吹き返した」 「息を吹き返した?」 「付き添いに友人だというデジモンがいるそうだ。今から病院へ向かう。一緒に来てくれ、五十嵐」 「はい!…シルフィーモン」 「ああ」 ーーー 場所はE地区の病院。 案内された病室には、一人の少女とそれに付き添う一体のデジモンが佇んでいた。 外見は猫のような容姿を持つテイルモンに酷似しているが、その毛並みはテイルモンのような純白ではなく三毛猫のそれである。 「あ、警察の人…」 阿部警部の姿を認め、デジモンが口を開く。 「……」 頭に包帯を巻いた、中学生の少女。 包帯に染みた血の赤が痛々しい。 警察手帳を見せながら、阿部は自己紹介をした。 「E地区警察署の阿部だ。それと、こちらは探偵所の人達だ。覚えている事があれば、話してくれないか?」 阿部警部の言葉に、美玖は少女へ会釈する。 シルフィーモンはその後ろに立っていた。 少女の名は細川結。 傍らに立つ三毛猫のようなミケモンは彼女の友人で同居関係にある。 両親は海外赴任で家に帰る事は滅多にないと結の代わりにミケモンが話す。 「あなたも、これと同じ会社のメールマガジンを受け取っていたの?」 携帯電話のメール画面を見せながら尋ねる美玖。 結は頷いた。 「週に一回くらいだけど、ミケモンとショッピングに行くのが、好きなの。クーポン使うと安いお店が多いから」 「何処へ、どうやって連れて行かれたか覚えてる?」 少女は困惑したような表情を浮かべた。 「それなんだけど…」 助け船にか、ミケモンが口を開く。 「ユイはね、メールを開いて突然消えたの」 「…消えた?」 美玖の言葉にミケモンはうんと頷く。 今度はシルフィーモンが尋ねた。 「メールマガジンにおかしな工作があった事には気づいてたか?」 ミケモンは小さく頷く。 「ちょっと前…4週間くらい前かな。メールマガジンから変なニオイがして、おかしいと思ってたんだ。でもユイはいつもと変わらず楽しそうだったし、ワタシ達デジモンにしか分からないモノを上手く説明できる自信がなくって…」 「そう、だったんだ…ごめんね、ミケモン」 「ユイが大丈夫ならそれだけで良いよ」 阿部警部は尋ね先をミケモンに変えた。 今の結の状態からして、すぐに話せる状態ではないと判断したらしい。 「消えた、というのは具体的に?」 「ワタシ達デジモンがパソコンとか携帯電話からネットワークを移動できるのは知ってるよね?……あんな感じ」 美玖は口元に手指を添えた。 「…シルフィーモン、さっき言った、プログラム言語による魔術って、どんなデジモンでも使えるの?」 「いや、ウィッチェルニーという特殊な次元のデジタルワールドの出身者である魔法使いのデジモンを除けば、ごく一部のデジモンにしか使えない。メールマガジンに仕込まれた魔術の効果は、おそらく『転移』。指定の場所へ飛ばすものだ」 でね、とミケモンは続ける。 「ワタシ、すぐにユイを助けに"入った"の。いつものように、ネットの中を通じてユイが飛ばされた方へ。でも、そこで壁みたいなものに塞がれて…」 美玖は書類の内容を思い出した。 被害者は全て人間。 となれば、デジモンであろう犯人はなぜ、人間のみを連れ去ったのか? 「という事はフィルターをかけたのか。犯人はデジモンの介入を拒んでいる様だな」 シルフィーモンが言った。 相手が同じデジモンならば打開されては困る事情がある、という事なのだろう。 「となれば、こちらも工夫がいるだろうな。美玖、作戦会議といこう」 「え?」 美玖が瞬きする。 「良いのか?まだ情報は…」 「確かに………一度、聞こう。今、自分に身に起きた事を話せるか?」 シルフィーモンが結に聞くと、彼女の首はぶんぶんと横に振られた。 思い出したくもない、という態度だ。 「だろうな」 「だとしたらどうやって犯人を、殺害方法を探れば良い?」 「だから作戦を練ろうと言ってるんだ」 シルフィーモンは言いながら、ミケモンと結に一礼の後退室した。 「おい!…お前も大変だな、五十嵐。扱いづらい助手が来ちまって」 「いいえ、むしろ、助かってます。ちょっと冷たいけど…。それじゃ、私達はこの辺で。どうも、ありがとう。結さんもお大事に」 「うん。ユイを酷い目に遭わせた奴、絶対にこらしめてね!約束だよ」 ミケモンの言葉に、美玖は力強く頷いた。 これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない。 犯人がデジモンならば、人間よりもより一層『動機』を問う必要がある。 『[[rb:なぜ、やったか? > Why Done It]]』 これが、美玖の探偵としてのスタイルだ。 ……… 五十嵐探偵所の客室に戻ってきた二人と一体。 シルフィーモンは書類を開いた。 「ミケモンから聞いた話も含めて整理しよう。被害者はこれまで全員死亡者が出ていたが、今回"は"仮死状態で発見された生存者が出た」 「おう」 「被害者全員に共通するのは、メールマガジンの購読者であり、人間である事」 美玖が続く。 「被害者はメールマガジンを開いて、その場で消えた。それはメールマガジンに仕込まれていたプログラム言語を使った転移の魔術によるものであり、デジモンが介入できないようにフィルターがかけてある」 シルフィーモンは頷く。 「今回、唯一の生存者である細川結には精神的な疲労やトラウマがある」 「結さんの気持ちはわかる…。私も、聞き出せなかった。ただ、それでわかっているのは、結さんは少なくとも"人が殺害された状況に遭遇して"いる」 5年前の出来事を思い出す。 身震いし軽い吐き気を覚えた美玖の肩に、阿部警部は優しく手を置いた。 「さて。となれば、我々で探る必要は…あるな」 シルフィーモンは美玖が個条書きしたメモを読み直し、そして頷いた。 「囮捜査、だ」 「囮!?」 「被害者はメールマガジンを読んだ事でどこかへ転送された。なら、そのメールマガジンを購読するしか現状の所犯人の元へたどり着く手段はない。危険性を考えれば当然、私も行くべきだろうが、このままでは無理だ。ミケモン同様私も弾かれる可能性はある。何か手段があればいいんだが」 「それなら、あります」 美玖がデバイスを見せる。 指輪型のデバイス。 その水晶体部分が光を受けた。 「このデバイスを使えば、フィルターは潜れると思う」 「本当か?」 「元々このデバイスとツールは、探偵の師匠のアグモンが私にくれたものなんですけれど、デバイスには幾つかコマンドがあって。その中にある『クローク(偽装)』ってものなら或いは」 指輪型デバイスを嵌めた手を軽く握り、シルフィーモンに向ける。 自分にも使えるみたいだけど、と言い置き、美玖はデバイスを起動させる。 「…偽装(クローク)コマンド、起動」 水晶体から放たれた緑色の光がシルフィーモンを包み込む。 0と1の羅列を帯びながら、彼のシルエットが大きく変化する。 形を大きく変え、縮小していく。 緑色の光と0と1の数字の羅列が四散した瞬間、阿部警部のみならず美玖もぽかんと口を開けていた。 「……どうだ?」 「どうだって、お前っ…」 シルフィーモンの姿は細身の人間の男性に変わっていた。 グレーのタンクトップと上に羽織った白のジャケット、下には下半身と同じ色のロングパンツに脚と同じ色の黄色のスニーカー。 キャップを目深にかぶっており、そのキャップの色もヘッドマウントディスプレイとゴーグルの色そのものである。 ただ、中性的な顔立ちと髪だけはそのままだ。 「……こうして見ると、なんていうか、イメチェンしたって感じ…」 美玖が言いながら、シルフィーモンの全身を眺めた。 「変な感じとかはありませんか?」 「いや。むしろこれはこれで悪くない」 シルフィーモンの脚が跳ね上がり、スマートな動きでハイキックを披露する。 「さすがに必殺技を使えばバレるだろうが、普通にこの姿で戦うこともできそうだな。実践するしかないが、フィルターを潜れれば或いは」 「転送された先で犯人との対峙も可能かもしれない」 「そういう事だ」 言いながらシルフィーモンは笑った。 いつもなら口元から覗く牙も、小ぶりの八重歯のようなものに変化しており違和感はなくなっていた。 0001001100001001000101000010001100001100110000010011……… 英文字と数字の羅列。 それは意味のないもののように見えるが、実際は違う。 「よーし、今回はこの組み合わせでいこう。どんな人間どもの争いが見られるかな?」 愉快げに声の主は鼻歌を交えつつ、会社が発信するメールに手を加える。 今のところ、尻尾を掴まれた形跡がない。 今回も上手くいくだろうとほくそ笑む。 「早く見たいなあ!人間達のデスマッチ!」 まるで、お気に入りのテレビ番組を今か今かと待ち焦がれる子どものようだ。 ただ違うのは、これによって始まるのは、血を血で洗う惨劇という血腥いショーであること。 もちろん、参戦の意志がない人間に対する対応はバッチリだ。 参戦の意志の有無に問わず、死を。 ーーーー 「早速メールが来た…」 購読から数時間後。 美玖は響く着信音に、携帯を手に取り開く。 そこに開かれたのは、該当する広告会社からのものと寸分違わぬメール。 「こちらも来た」 偽装(クローク)機能により人間の姿となったシルフィーモンが自身の携帯電話を開く。 元は彼のものではなく、万が一にと美玖が自身の古いものを貸したのだ。 「…魔術が発動を開始した!」 シルフィーモンの言葉が終わらぬ間に、携帯電話の画面が強い光を放つ。 「きゃっ!?」 光の中に吸い込まれる美玖の姿を見届け、シルフィーモンも自身から身を任せるように光へ吸われた。 光に吸われた先は、シルフィーモンに限らずほとんどのデジモンにとって馴染み深い電子の世界。 データとバグとその他の副産物が絡み合うネットワークの空間。 (魔術は発動した。美玖と揃って転移が開始された。問題は…) ミケモンの言葉が正しければ、この先に人間を通しデジモンを弾く一種のフィルターというべき壁が待っている。 まもなく、それが見えてきた。 それは、網目の細やかな格子状の光の壁。 シルフィーモンの身体はその壁と接触しーー ピリッとした感触の後、背後にある壁を視界へ捉えた。 (…すり抜けた!) どうやら、このフィルターのセキュリティ性はかなり低いようだ。 偽装(クローク)をかけられただけでこうもあっさり突破できている。 壁を抜けてすぐ、向かう先に光が見えた。 「…美玖と合流できれば良いが」 個別に転移させられた以上、行先が同じとは限らない。 そして、光の中に、シルフィーモンは再び吸い込まれた。 ーーー 放り出され、受け身を取る。 だいぶ慣らしたおかげで、人間の姿でも対応できるようになったのは幸いだ。 「ここは…」 放り出された場所は、箱が一つ置いてあるだけの簡素な部屋。 見渡す限り、箱の他はモニターと何処かに繋がっているらしいドアのみである。 見渡してすぐ、シルフィーモンは自身の首元に違和感を覚えた。 手に触れると、冷たく硬い感触。 「これは…首輪か?」 それは、プラスチック製の首輪のようなもの。 継ぎ目のようなものすらない。 (…そういえば) 阿部警部の言葉を思い出した。 殺害現場に最低一人は爆殺された遺体が見つかっている。 いずれも、首元の損傷が酷い、と。 「外すのを試みれば、爆発するということか」 そう呟いた時、モニターが着いた。 ≪ ごきげんよう!弱くて惨めな人間のみんなー!君たちの命はぜーんぶこのボクが預かった≫ 嘲笑う声と共にモニターに人影の様なものが映る。 シルフィーモンはモニターの方へ向き直った。 ≪突然の招待だけど君たちには今から殺し合ってもらうよー。あっと、参加したくないとか、その首輪外してもダメだからね?なんてったって、その首輪はボク特製の爆弾さ!ゲームを説明する前に言っちゃうけど、その部屋に30分以上引きこもったり外そうとしたやつは、ボクの手でどかーん!!≫ 「……悪趣味だな」 シルフィーモンは吐き捨てた。 結が話したがらなかった理由は、これで説明がつく。 ≪さーて、ルールの説明いっくよー!≫ モニターの人影は説明を始めた。 ≪君たちの部屋に一つずつ、箱があるよね。その中に武器が入っている。それを使っても、どんな方法でもいい。君たちにはボクが用意した特別ステージで殺し合ってくれるだけで良いんだ!あっと、ステージは脱出できるよ。たった一人しか脱出できないけどね!≫ ≪もちろんただ殺し合うだけじゃ、君たちも面白くないだろ?なので、誰か一人だけ一緒に殺しあうことのできる仲間も作れる決まり事作ったんだ。切り捨てはOK!でも新しいパートナーに乗り換えるのだけはできないから気をつけてねー!≫ シルフィーモンは箱を開ける。 中には消防斧が入っていた。 もちろんシルフィーモンにとっては、相手が人間ならばわざわざ手斧を使う必要も理由もない。 説明は続く。 ≪ちなみにみんなの武器はボクが気まぐれで選んでる。銃とか一回は使ってみたいやつのとこに本物の銃が渡る、そんなラッキーもあるかもしれないね?≫ (だから、凶器に偏りが…) ひとまず、手に取っておいた方が良さそうだ。 その判断から、消防斧を取り出す。 ≪ステージをクリアした暁にはボクから素敵なプレゼントをあげよう。いーかい?30分以上も引きこもったり、殺し合いのパートナー乗り換えたり、首輪外すのは爆殺対象だからねー?よーし、それじゃ、ゲームスタート!!≫ ギィイイイ…… 古風な木製のドアがゆっくりと開く。 シルフィーモンは消防斧を片手にドアの開いた先を見た。 目の前には石畳と石壁でできた、人一人分の幅の通路。 曲がりくねった通路になっているようで、まっすぐいった先に左折となっている。 「迷路のようなものか…?」 シルフィーモンが部屋を出てすぐ、ひとりでにドアが閉じた。 「…」 軽く引いたり押したりしてみたが、堅く閉じられていて開く様子はない。 つまり、真の意味でのゲームスタートということなのだろうとシルフィーモンは理解した。 「美玖と合流しなくては」 こんな状況、デジモンであっても混乱は免れない。 すぐに殺害とはならないだろうが、同じ事に巻き込まれている以上、美玖もこのステージのどこかで迷っているはず。 (共闘できるのは一人まで。美玖と組むのが最善だろうな) 他にも誰かと手を組みたがる人間はいるに違いない。 そして、最後で切り捨てる必要ができた時美玖がどうなるか。 心配でならない。 むろん、美玖と組む相手が自身であっても同じだ。 (…この"ゲーム"は殺し合いだ。譲り合い、などという行動を主催者が良く思っているはずがない) "その時"、どうすべきか。 「ともあれ彼女を探そう。地形は複雑に作られているようだが、一度空間を把握できれば…」 そう考えていた時、彼の耳は近づいてくる足音を拾った。 (…足音は、小股走り。スタミナ切れか継続した走りではない。息遣いも荒い。少なくとも、美玖のものではないな) 冷静に聴き取る彼の前に、一人の男が現れた。 脂肪を蓄えただらしのない身体と顔つきに、不釣り合いな小さな道具。 一見銃にも似ている代物。 シルフィーモンの知識にはなかったが、どうやら釘打ち機のようだ。 「ひ、ひっ…!」 シルフィーモンの持つ消防斧を見て、男は後ずさった。 釘打ち機と斧ではまともな勝負にならなすぎる。 「…君もあのメールを見たのか」 シルフィーモンが口を開く。 太った男は釘打ち機を手にわなわなと震えながら頷く。 「デュ、デュフ…そうでござるよ、き、貴殿もそのようで…」 男は白地にアニメの少女キャラの可愛らしいプリントがされたシャツに、紐を緩めたショートパンツの格好をしている。 走ってきてか汗だくで、すでにシャツの半分を濡らした状態。 至近距離まできて、風に流れて漂う男の強烈な体臭にシルフィーモンは少したじろいだ。 少なくとも、殺しに向くタイプの人間ではなさそうである。 「せ、拙者、死にたくないでござる!間違っていつも開くやつと違うメール開いちゃっただけなのに!」 「…つまり不慮の事故でそうなった、と」 「それそれ!で、話もなんなんですけども……拙者とぉ、是非組んで貰えませんかね!?」 (…そうなるか) 早速の申し出にシルフィーモンはため息を漏らした。 「ほら拙者、釘打ち機じゃないですか!貴殿は斧じゃないですか!」 「それで初対面に共闘を頼むつもりか、君は。少しは警戒心というものを持てよ」 さて、どうしたものか。 男をどう扱うべきかと考えたシルフィーモンは、ふと結の事を思い出した。 彼女は、意識を失った状態から息を吹き返していた。 それは、つまり。 (このゲーム、穴がある…?) もちろん不確定要素だが、試すしかない。 目の前にいるこの哀れな男で。 「…そもそも、私に斧(こんなもの)は不要だ」 「へ?」 ーーー 「…誰も、いないわね」 曲がり角の先を確認しつつ、美玖は足を進めた。 彼女の手にはソードオフショットガン。 普通のショットガンよりも近距離に特化したものだが、この迷路状のステージにおいてかなり危険な代物だろう。 ましてや、美玖も殺害の意志はない。 (シルフィーモンは大丈夫かしら…彼のことだから無事だと信じたいけど) 今のところ他の人間と遭遇はしていない。 が、それはつまり、誰といつ遭遇するかわからないということでもある。 「連続殺人と思っていたけれど、まさかデスゲームだったなんて…」 その手の作品は、美玖も何度か見たり読んだりした事がある。 が、大抵はフィクションであり、ましてや自分がその当事者となるなど夢にも思わない。 それは他の参加者もそうであるはずだが。 「……問題は誰かと出会った時」 緊張感に汗ばむ手がグリップを握りしめる。 ショットガンの撃ち方は警察官時代に指導を受けた事がある。 マスターキーとしての指導が主だったが…。 だからこそ、この武器の扱い方はある程度心得ている。 殺害する意志さえあれば遭遇してすぐに初手の銃殺も不可能ではない。 だからこそ。 「シルフィーモンにかけた偽装(クローク)はあくまで表面のデータの見せかけだけだから、彼なら万が一受けても大丈夫かもしれないけれど」 これを使う事がないように、美玖は祈った。 ーーー 「ぐえ………」 力を失った手から滑り落ちるバールのようなもの。 それを黄色いスニーカーの足が遠くへ蹴り飛ばす。 倒れ伏したチャラけた様相の男を見下ろしながら、シルフィーモンは口を開いた。 「…これで三人目」 シルフィーモンがとった手段。 それは、参加者を無力化、つまり気絶や意識不明の状態に追いやることだ。 結は発見された当時、意識不明の状態だった。 頭部を何かで殴られた形跡があったため、おそらく死亡とは至らず意識を失っただけで済んだのだろう。 ということは。 (ーー意識不明にしてしまっても、ペナルティとはならない) 主催者が監視しているか否かの疑問はあるが、フィルターの件からしてその線があっても判定は甘い方だろうと踏んだ。 そもそも主催者は、ゲームの説明にて"用意した武器以外の方法で殺害するな"とは言っていない。 追加ルールでもない限り、ゲームのルールに穴がありすぎるのである。 「少なくとも、主催者があれ以来何か一言つけて干渉してくる様子はない。つまりそういうことだな」 最初に会った男は絞め落として自身の出てきた部屋の前に放置してきた。 ここまで会った人間のうち、今気絶させた一人はすでに他の誰かを殺害したらしい。 手にしていた武器に血が付着していた。 「…美玖でなければ良いが」 そう意識を探索へ戻した瞬間、近くで銃声が聞こえた。 「…あっちか!」 BLAM BLAM! 銃声と壁が何かを弾く音。 それに伴い聞こえる足音。 シルフィーモンが音を頼りに通路を走る。 足音はかなりの早足で、靴音はおそらくヒール。 「……っ!!」 出会い頭で向けられた銃口。 咄嗟にその銃身を掴み、逸らすと驚いたような表情が目に飛び込んできた。 「シ、シルフィーモン!?」 「美玖!」 見れば美玖の服は所々傷だらけだ。 シルフィーモンが次の言葉を出すよりも早く、美玖が彼の袖を引いて走る。 背後で銃弾が二連続で石壁に弾かれた。 「くそぉ!逃げんなぁ!!」 焦ったような男の怒声が響く。 「その傷は今の相手からか?」 「あの人が別の人を撃ち殺した所に居合わせてしまって、私に気づいた瞬間、撃ち殺しにかかってきたんです!武器はマシンピストル!」 美玖は言いながら、シルフィーモンが来た方向の通路を走る。 後を追うシルフィーモンと足音。 「ひとまずさっきの男をどうにかしないと!」 「この先にT字路がある。そこで不意を仕掛けるぞ」 そのT字路まで来たところで、シルフィーモンは咄嗟に曲がった。 曲がって、ひと目では視認しづらい暗い地点に下がる。 二手に分かれる形でシルフィーモンが曲がり、足音の主も曲がり角を出たところでソードオフショットガンによる威嚇射撃。 「うおっ!?」 ソードオフショットガンの短所は、射撃距離が遠い程、命中率や有効範囲がショットガンよりも落ち使い物にならないこと。 だが、殺害の意志がない美玖としては却って都合がいい。 相手の男性の射撃はかなり射線がブレたものであるため、銃の知識も経験も持ってない事は窺える。 ならば。 シルフィーモンの不意打ちをアシストする上で周囲への注意力を散漫にさせることができれば重畳だ。 後ろへ下がりつつ中折れ式の銃身を折り弾を一発分装填、威嚇射撃を追加で二発。 その後、背を向けて走り出した。 「このアマ!まじでーー」 男が撃ちながら通過しようとした所にシルフィーモンはインターラプトし、その首筋に手刀を叩きつける。 「なっ!?ぐっーー」 よろけた男が苦し紛れにシルフィーモンへマシンピストルを向けようとしたところに。 ガッ シルフィーモンの不意打ちを確認し、駆けつけた美玖がショットガンの銃把を背後から叩きつけた。 気絶には十分だ。 倒れ伏した男を前に、肩で息をする美玖。 シルフィーモンは彼女の手を引き、走り出した。 「ともあれ無事で良かった。誰とも共闘は組んでないな?」 「正直、それどころじゃなかったんです」 「なによりだ。君と合流してすぐ共闘を考えていた」 共闘を組む同意を得て、二人は腰を落ち着けた。 「シルフィーモンは、どうしていたんですか?」 「ここまで会った連中はひとまず"落とした"。殺してはいない」 「気絶させたままに…?」 「さっきの男はそれで大丈夫だったろう?」 「そうですが…まさか、連続殺人ではなくてデスゲームだったなんて…」 身体を互いに近づけて、いつ誰が来てもいい姿勢をとる。 「その、デスゲームというのは何だい?」 「ひと言では説明できないので長くなりますが…、閉塞した空間などに複数人の人間を閉じ込めて殺し合いをさせたり、危険な罠のある場所を探索させたりする一種のシチュエーションです」 美玖は言いながら弾の残数を確かめた。 弾はまだ有る。 「一時期はあるホラー映画や漫画の影響もあって、デスゲームを題材にした作品は多く作られました。…まさか、それを現実に実践するなんて…」 「なら、犯人はデスゲームに参加させられた被害者だというのか」 「そうとも言えます。そしてデスゲームには大抵、課せられた目的を達成した人間に莫大な褒美が与えられますが、決して良い結果ではありません」 具体的には?とシルフィーモン。 「該当とした題材の作品にもよりますが、褒美自体が単なる嘘だったり、勝ち抜いた人物が褒美を貰い受けたその後にゲーム中で負った心傷から精神的な廃人となって精神病棟に送られたり…。そのような最後が用意されている事もあるんです」 「代償も報奨も大きいがアフターケアは一切約束しない、と」 シルフィーモンはなるほどと頷く。 「我々デジモンでも、似た趣向でデジモン同士を騙しては相討ちをさせるような事を好む奴らはいる。ただ、それはあくまで戦略が前提であったり余程の暇を持て余した邪悪なデジモンの話。報奨、などというものもない。ここまで悪趣味と言えるレベルのものはまだ知らないな」 「ひとまず、出口というものがあるかそれを調べましょう」 ーー 「おっ、こっちはやってるやってる〜。逃げ回ってるみたいだけど、早く戦った方が良いんじゃないかなー?」 薄暗い部屋の中。 16分割のモニターに映し出された光景を、主催者は"観戦"していた。 「向こうはヤル気満々だよ〜?…あーあ、捕まっちゃった♪」 モニター越しに響くチェーンソーの可動音と悲鳴。 悲痛な女性の断末魔を聴きながら、ポテトチップスを惰性のまま貪る。 「こっちの人間は…うーん、武器使わないで会った奴ら全員殺してるんだね。変わってるなー。あ、あっちから女が来るけどどうなるのかな?」 モニターに映ったシルフィーモンを見る。 シルフィーモンと美玖が互いに顔を合わせるところだ。 「おっ、撃ち殺しちゃう!?……あーらら、女の方、攻撃かわされちゃってるなー。薄々思ってたけど、あっち、やっぱり手慣れてる?て、女と同じ方に走り出してったぞ。共闘成立みたいだな」 こんな感じで主催者はモニターを見続けていた。 少なくとも、シルフィーモンが人間でないことに主催者はまだ気づいていない。 「……なんだか、今回のマッチングは変わった結果になってきてるな。ちょっと不燃気味だけどー」 そうこうしてるうちに、モニターの一つ、かの『出口』の前に設置されたカメラは。 到着した二人を映していた。 通路を走り抜けながらシルフィーモンと美玖は『出口』を探す。 今の美玖の腕と指にはツールもデバイスもない。 意図的に外されたのは確かで、現状頼りは"共闘相手"のシルフィーモンと手元のソードオフショットガンのみだ。 「入り組んでいてどうなってるのかわかりません…!」 「心配するな」 シルフィーモンは言いながら曲がり角の辺りで壁に手をつける。 「シルフィーモン…」 「気をつけろ。誰か殺されている」 「……!」 壁についた赤黒い染みに美玖はグリップを強く握る。 覚悟はしていたが、それでも決して気分の良いものではない。 その先は分かれ道になっているが、片方は行き止まりになっている。 そして行き止まりの方で、OLと思しき女性が無残な有様で見つかった。 近くにはバタフライナイフが転がっている。 「…ひどい」 一刻も早く犯人…主催者に接触するためにも、出口を見つけなければいけない。 でなければ犠牲者は増え続ける。 気絶させた参加者が無事とも限らない。 シルフィーモンの方を振り向きかけた時、もう片方の道から耳障りな音が聞こえることに気づく。 「この音は…遺体の様子からして、チェーンソーの音です」 音は遠ざかっているようだが、油断はできない。 シルフィーモンは美玖を真後ろへ誘い、慎重に進む。 まもなく、通路を曲がってすぐ相手はいた。 どうする? シルフィーモンを見やると、手振りで答えが返ってくる。 (ここで待て) シルフィーモンが相手を追って通路の奥へ消える。 …まもなく。 チェーンソーの音が突如激しく何か硬いものへ擦り付けたようなものに変わった。 聞けば相手のものと思しき声と揉み合う気配がわかる。 それからしばらく、背後を警戒しつつ沈黙を守っていた美玖の元にシルフィーモンが戻ってきた。 「行くぞ」 チェーンソーの音は断続的に響いている。 通り過ぎた際、美玖はまだ稼働しているその刃に足を切られぬよう進まなければいけなかった。 ーーー 「ここが、その終着点のようだな」 突き当たりに一つのドア。 そのドアにはご丁寧に『おひとり様のみご案内』と印字が刻まれていた。 「主催者は共闘者を切り捨てる事が可能と言っていた。つまり、最後には殺害しなければここを通る事はできない」 シルフィーモンはため息をつきながら美玖に向き直った。 「どうするか、ずっと、考えていた」 美玖も、思い悩んでいたか黙っていたが、やがてソードオフショットガンを彼に向けて構えた。 「美玖」 「…覚悟はできてます。お願いします、シルフィーモン」 「……」 銃声が響く。 ややあって、崩れ落ちたのは美玖の方だった。 意識を失い倒れかかった彼女の身体を抱え、他の参加者に見つからないように陰に隠す。 (さて…) ドアのノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。 その先は…何もない広い空間になっていて、16分割のモニターから漏れる光を除けば真っ暗だ。 シルフィーモンが通るとやはり、最初にいた部屋同様後ろのドアがひとりでに閉まる。 モニターの前まで歩み寄る。 そして映し出された映像を見やった。 (ここでモニタリングを…) 周りを見回すが主催者らしき者の姿が見当たらない。 敢えて、声を張り上げる。 「ゲームはクリアだ。プレゼントがあるんだったな?姿だけ隠して黙っているのは何のーー」 その瞬間、背後からの気配をシルフィーモンは察知した。 身を翻したそのすぐ脇を三叉の槍がかすめた。 「あー、外した!くっそぉ、やっぱりおまえ手慣れてるな!」 不意打ちで殺し損ねた事に悔しがる主催者。 その姿を、シルフィーモンは遂に視認した。 間違いなくそいつはデジモンだった。 人型だがその身体は真っ赤で、全身に不気味な刺青が走っている。 コウモリのような翼に矢尻状の長い尾は悪魔を思わせた。 「…ブギーモンか」 「へ?なんでボクの名前知ってるの?おまえデジモンについて詳しいのか?変な人間!」 ブギーモン。 成熟期の魔人型デジモン。 刺青の数ほど魔法を扱うと言われ、その性質は卑怯そのもの。 先程シルフィーモンに不意打ちを仕掛けた事からも窺えるが、正々堂々とした戦いを嫌い不意打ち等の卑怯な攻撃手段を好むデジモン。 「このデスゲームとやらはお前の仕業だったのか」 「はははっ!面白かったからやってみたくてさ!すっかりハマっちゃったんだよねー。あー…プレゼントはもちろん用意してるよ!死んでもらう事がお前へのプレゼントだ!」 三叉の槍の穂先が再度、シルフィーモンを貫こうと襲う。 「なるほど、影響されてやってみた。それがお前の[[rb:Why Done it > 動機]]か」 美玖の説明からして、ほとんど猿芝居のような模倣だったのだろう。 だから穴がありすぎた。 加えてブギーモンはまだシルフィーモンの人間としての見かけが見せかけである事に気づいていない。 …十分だ。 ブギーモンもまさか自分が格上たる完全体デジモンを相手にしているとは思うまい。 それゆえに。 「お前には死んで…………え?」 殺そうとした人間が、目の前で手に光を集め、くるりと回る動きに目を疑った。 華麗に、優雅に。 女性的な動きと共に新体操のリボンのような動きで尾を引く光。 その光が男の掌の中で、一つに纏まる。 「トップガン!」 「!?」 身を乗り出すようにして掌の光を弾のように放つ。 初めて、相手が人間でないことに気づくには、遅すぎた。 「ぎゃあーっ!?」 吹き飛ばされたブギーモン。 歩み寄る男の身体に、ノイズのような歪みが走る。 男を覆う偽装のテクスチャが剥がれ落ちていく。 ……白い獣毛に覆われ翼を備えた太長く強靭な腕が見える。 金属製の肩当てと胸当てと中央部にタービンのついたベルトが見える。 獣の耳を備え赤いヘルメットのようなヘッドマウントディスプレイとバイザー状のゴーグルを着けた人間のような頭部が見える。 そして、猛禽類の脚と赤褐色の羽毛に覆われた下半身が、見えた。 「お、おまえ…デジモン!?なんで!?」 息も絶え絶えにもがくブギーモンの首根をシルフィーモンは掴み上げた。 「教えてやろうか?お前のお遊びは準備の時点で雑だったんだ」 「ぐぅ…」 「先週のゲームで唯一生き残った少女と彼女の友人から聞いた話が最初の決め手。まさか気絶したのを死んだと見間違えるなどと」 ブギーモンが暴れる。 それを許すシルフィーモンではなく、鋭い爪が肌に食い込むほど手に力を込めた。 二つ、とシルフィーモンは続ける。 「お前がデジモンの介入を防ぐために仕掛けたフィルター、セキュリティの精度の低さ。お陰様で潜り込みは楽だったよ。探偵の助手になってみるものだ」 「探偵!?」 「最初から私と彼女が潜り込むことは、仕込まれていたということに気づかなかったのもお前の敗因」 シルフィーモンは不敵に笑う。 「観念しろよ。ゲームはおしまいだ」 ーーーー 「……っ」 意識が戻り、美玖はゆっくりと瞼を開く。 白い壁と天井。 自分がベッドの上にいるのだとわかって、美玖は怠さで重い上半身を起こした。 「ここは…」 「E地区の病院だ」 ベッドの傍らから声をかけられ、美玖は目を瞬かせた。 「シルフィーモン…」 「他の犠牲者もここに運び込まれている。気絶させた奴らはひとまず無事だ」 そう話すシルフィーモンの表情は安堵していた。 話を聞くと、今回の事件の犯人であるブギーモンというデジモンを押さえ込み、コネでウイルスバスターズと呼ばれる対ウイルス種チームのデジモン達を呼んだという。 ウイルスバスターズへひとまずブギーモンを引き渡し、電子世界からデスゲームに参加させられた者達を遺体含め現実世界に送還するのは手間がかかった。 遺体含め総勢14人。 うち死亡者は5人。 ステージが迷路状だったのが、ある意味幸いだったのだろう。 「ブギーモンは後日こちらの警察に送検する。そうウイルスバスターズには話を通した」 「そう…なんですね」 ふいに鳩尾の辺りに走る鈍痛。 あの時、出口の前でシルフィーモンの拳が打ちつけられた箇所。 「探偵所長なのに、やれる事ができなかったなあ」 そうぼやいた。 シルフィーモンは首を横に振る。 「それは違う」 「え?」 「君が師匠とやらから貰ったという道具を駆使して事件のおおよその要因を解明し、私が解決を妨げようとする荒事を片付ける」 バランスがとれている、と語る。 「それに。初めの頃は少しばかり辟易していたが、私達デジモンと向き合ってなお突っ走る、君の姿は思う所がある。出来る限りを、ではない。やろうとする事をやろうとする。君の力不足が生じるなら、私がそれを手伝う。ちょうど良い」 「……」 牙をチラッと見せニヤリと笑う。 「だから、君が所長である事に変わらない。そんな所長の助手を振る舞い続けるのも悪くないよ」 「……」 「何人か人間とは関わったが、君のようなタイプは初めてだ。これからも助手として、君の助けになり続ける」 ポニーテールの解かれた頭をくしゃあっ、と撫でた。 「…今度、君の事をじっくり聞かせてくれ。今はまだ忙しい」 事件の処理をしなくては、とシルフィーモンは病室を出ていった。 彼が書いたものなのだろう。 サイドテーブルに置かれた書類には、デジモン達が使用するデジモン文字と日本語の両方で事件に関する情報が簡潔に纏められていた。 その書類を手に取り、目を通していく。 少し前は冷たい風にも感じていたが、先程の言葉や撫でた手に優しさを覚えた。 「少しは、仲良く、なれたのかな…」 距離感が掴めず、助手としても居候としても意志の疎通がきちんとできているかずっと不安で悩んでいた。 デジモンと人間。 互いの常識が通じ合えると美玖は思っていない。 …ただ。 ショットガンをシルフィーモンに向けたあの時。 彼を信じた。 デスゲームという極限の状況下で、彼を突破させる事が最善だと信じた。 例えそれで自分が本当に死ぬことになったとしても、悔いはないと振り返る。 「生涯をデジモンに捧げられるような仕事かあ…この仕事が、そうであれば良いな」 子どもの頃授業で発表の題材にあった「将来の夢」。 そんな仕事につきたい!と叫んで周りから驚かれた小学生の頃。 それを振り返りながら、美玖は窓の外に目を移す。 空は夕方のオレンジめいた色に染まっている。 陽も落ちようとしていた。 「……いつか、デジタルワールドに行って……」 望みを呟きながら、美玖は鳴り響く着信に携帯電話を手に取った。
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みなみ
2022年5月01日
In デジモン創作サロン
デジモンと人間の関係中心の説明 世界観 02の最終回から20年後くらいを想定(同じ世界ではない)。 デジタルワールドからごく一部のデジモンが移住しており、人間との関わりが多くなっている。 友好的・非友好的どちらの関係も存在しており、一枚岩ではない。 デジモン達の中には人間と同様手に職を持つ者もおり、人間と携わる職を持つ者もいればデジモンならではの職(ジャンクショップや天使デジモン達の駐屯地管理等)を持つ者もいる。 生態が全く異なる・種族そのものが違うなどの要因から婚姻は認可されていないが、養子縁組等の手続きは可能。 デジタルワールドの行き来は調査や迷い込んだ人間の救助、ごく一部の重要な立ち位置を持つデジモン(ロイヤルナイツ、オリュンポス十二神etc)との対話等の重大かつ特殊な目的でない限り認められていない。 ほとんどの現実世界の人間がデジタルワールドを垣間見る機会は、調査隊の人間が撮影した被写体や直接迷い込んだ先での体験談に限られる。 主な場所 某県の地域一帯。 あるデジモンによる大規模な暴走が起こった関係で更地となった場所を、一部のデジモンの協力を借りて復興した。 五つのブロックに分かれており、人間とデジモンの住む街としては最大規模となっている。 地形は十字の形。 A地区:地形的に十字の上部分。人間とデジモンの割合は5:5程。最も復興が早かった地区であり、全地区の中では最も都市らしい場所。 大型デパートや専門店など物資面も充実している。 B地区:十字の左部分。人間とデジモンの割合は5:5程。最も復興が遅かった地区であり、一部の人間は更地化する前に避難し、戻ってきた人々である。 C地区:十字の中央部分。人間とデジモンの割合は2:8程。最もデジモンの多く住む地区であり、完全体やごく少数だが究極体もこの地区では当たり前に住んでいる。 D地区:十字の右部分。人間とデジモンの割合は7:3程。最も人間が多く住む地区であり、ニュータウンのような雰囲気。 美玖の探偵所はここにある。 E地区:十字の下部分。人間とデジモンの割合は6:4程。公的機関が集中している場所で、美玖のかつての勤務先だった警察署もある。 警察署は謎のデジモンによる襲撃事件以降、自他問わず地区に住むデジモン達の動向に目を光らせている他、一部の探偵社との連携も辞さないという大変変わった体制を持つ。
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みなみ
2022年5月01日
In デジモン創作サロン
ーーー耳鳴りがする。 硬い壁の感触を背にしながら、その女性警察官は血の海の中にいた。 自動拳銃を構える手が震え、まともに照準が定まらない。 他方から同僚達がどうにか反撃のためにと駆けつけ、銃声が響くがそれを山羊のような大きなシルエットは意に介さない。 「ク、ク、クハハハハ!」 「ダメだ!効いてないっ」 「今、他の支部へ救援を要請しています!それまでなんとか…」 舌打ちする者、絶望の表情を浮かべる者。 彼らへ、謎のシルエットの持ち主であるデジモンは手をかざす。 「○○○○○○○!」 次の瞬間、周辺に新たな悲鳴と血飛沫があがった。 (私は…わたし、は…) 苦悶の表情をあげ倒れていく同僚達を前に、何もできない。 血の気の失せた唇は、叫びどころか呟きすら声を漏らすことができない。 山羊のような角を持つシルエットは、愉悦の籠った視線を彼女に投げかけた。 「良いぞ、良いぞ!もっと震えろ!目の前の死に怯え、己の無力に慄く!実に良い!」 高らかに叫ぶシルエットへ、突如大きな火花と共に重量が飛んだ。 少しばかり揺らぐ影。 「立て、五十嵐!そいつから早く離れろ!」 30代後半の、眉間に皺の寄った男の警官が構えるはロケットランチャー。 暴力団から押収したものを引っ張り出してきたのだろう。 「あ、阿部さん…!」 「ちっ」 振り向き、先ほどと同じように手をかざそうとしたシルエットへ一発二発と叩き込まれる。 「おい!こいつに腰道具はダメだ!始末書は俺が書くから、急いで火力のあるブツを担いでくるんだ!」 阿部と呼ばれた警察官の言葉に躊躇するも、数人が急ぎ違法の銃火器や弾薬が押収された倉庫へ走る。 デジモンはなおも阿部を殺害しようと手を伸ばすが、ロケットランチャーを、ホローポイント弾を装填したライフルを、ショットガンを手に警官達が反撃にかかる。 いずれも決定的なダメージを与えられないが、それでもデジモンにとっては阿部の殺害機会を逸するに十分だった。 「…潮時だ」 愉しみを削がれたとばかりにデジモンは先程よりもトーンの落ちた声でこぼし、しかし女性の警察官を…一目し嫌な笑みを向けた。 「まあ良い。…そこの女、今度会う時には徹底的に堕としてやろう。憧れたものへの恐怖に、絶望にな。ハハハハハ!!」 高笑いしたデジモンの姿がかき消える。 「くそ!」 ……… 女性警察官、五十嵐美玖は、デジモンの姿が消えてもなお、拳銃を握りしめた手を離さず虚空に銃口を向け続けた。 そこへ走り寄る阿部。 「五十嵐!もう手は離していい!…五十嵐!!」 ーーーー この事件は、デジモンという存在が浸透しつつあった世界を震撼させ、そして危険性を認知させた。 この事件により、当日非番を除く警察官352人のうち200人近くがたった一体のデジモンにより無差別に殺害された。 警察署のデータに登録されたデジモンの情報に該当する存在はなく、メディアを大いに騒がせる中、生き残りの一人として素性を世間体に広められた美玖は辞職することとなる。 それから数年…。 悪夢に魘され、投薬による日々が続いた美玖に転機が訪れた。 自称探偵のデジモンとの接触。 それが美玖を、デジモンと人間双方を顧客とした探偵への道を進ませることとなった。 デジモン二次創作SS 『こちら、五十嵐電脳探偵所』 美玖は、毎夜夢を見る。 かつて警察官だった頃に起こった、デジモンによる警察官惨殺事件。 山羊のような角と目を持ったデジモンの、自分を見る嫌らしく邪悪な眼差しと笑みを前に迫られる夢。 ぐるぐるぐると無限に続く回廊を、高笑いの響く背後から逃れるため逃げ続ける。 そんな夜が続いていた。 しかし、その夜は、いつもとは違った。 彼女は、光差す教会の中に立っていた。 厳かに、穏やかに響くパイプオルガンの楽曲。 (…この教会は?) 美玖は戸惑いを隠せず、辺りを見回す。 席には何人もの人や、デジモンが座っている。 しかし、出席者の顔が、なぜか認識できない。 (どうして) 見回すうちに、美玖はある事に気づき、驚きに目を見開いた。 (!?) 自身を覆い飾る、白く煌びやかなシルク生地の輝き。 手に持つものは……花嫁の持つブーケではないか。 (こ、この格好…ウェディングドレス!?なぜ私が、これを?) となれば、気になるは相対する花婿だ。 そこへ気配、振り返る。 そこにいたのは、間違いなく花婿だった。 白いスーツに身を包み、胸元にブルースターのコサージュ。 しかし。 (…人間、じゃない?) 人間に近い姿と顔つきではあったが、人間にしては幾分か背が高すぎる。 それだけでなく体格も人のものとは明らかに異なっていた。 なのに。 顔の輪郭以外の特徴がなぜか認識できない。 ただ、確かな事がある。 目の前の『花婿』からは、あのデジモンのような邪悪で嫌らしい、悪意に満ちた雰囲気は全く感じない。 むしろ、穏やかな微笑みを、口元に浮かべてすらいた。 (あ…) 自身の意思とは裏腹に、足が花婿へと歩んでいく。 そして、向かい合う。 声が聞こえた。 それは、新郎新婦に向けての、永遠の愛の誓いの確認。 病める時も健やかなる時も。 これに、やはり夢の中の美玖は、はっきりと答える。 「誓います」 花婿も答えたようだが、声はノイズがかかったように聞き取れない。 美玖は、心の中でただ戸惑うばかりだった。 (せめて、花婿が誰なのかわかれば…) 相手はおそらくデジモンだろう。 しかし、現在までの所、デジモンと人間の婚姻はまだ認められていない。 これは、デジモンに性別がない事も含め特殊な手続きが必要となる可能性を考慮してのものだからだろう。 (私が、そうでありたいからこの夢を?) そう思いかけたが、やはり違う。 なのに、夢には妙な現実性が伴っている。 そこまで考えた時、美玖は指輪を嵌められた事に気づいた。 デザインはシンプルだが細やかな彫金が施された金色の指輪が、静かに光っている。 (いつの間に指輪交換!?待って、なら次は) 『では、新郎新婦共に、誓いのキスを』 (!!) 胸が激しく脈打つ。 (ま、待って!待って、これって…) ベールが除けられる。 むき出しの両肩に花婿の手がかけられた。 毛に覆われた大きな手。 人のそれと同じ唇が美玖の唇に迫り、心臓がバクバクと高まる。 (わ、私、せ、せめてっ) その時花婿の唇が何か囁いた。 読唇術の心得があった美玖は、自分の名前を呼ばれているのだと気づく。 『美玖…愛している』 口元から覗く牙を見ながら、意識は引き戻された。 ーーー けたたましく鳴り響く目覚まし時計に、美玖は勢いよく跳ね起きた。 「……っ!?はあ、はあ、はあ……」 激しく早鐘を打つ胸を押さえながら、美玖は時計のスイッチを切った。 「……はあ、はあ、はあ……。わ、私が、けっ、結婚するなんて!」 夢の内容は鮮明に覚えている。 真っ赤になった顔を両手で覆った。 今のところ美玖に結婚願望はない。 子どもの頃からデジモンへの強い憧れはあるが、それと結婚願望とはどうあっても結びつかない。 なぜ、あのような夢を見たのか。 「さ、さすがに…正夢ではない、はず」 法律的に人間とデジモンの結婚は認可されていない。 なら、気にする事はないはず、なのだが。 (…なんで、こんなに、ドキドキしてるんだろう。相手の顔すらわからなかったのに) それでも、あの悪夢とは違い、安心できるものがあった。 珍しく、朝から薬を飲む事のなかった、一日の始まりである。 ーー 「おーい、美玖ちゃんいるかー?」 探偵所のドアを開けて、顔を覗かせてきたデジモン。 「スターモンさん。こんにちは、どうかしましたか?」 デスクの作業をしながら美玖は声をかけた。 「いやあ、美玖ちゃん今日もかーわいい…ああっ、そんな事言ってる場合じゃなかった。C地区から美玖ちゃんに用があるってデジモンがいてよ」 「C地区…」 移住してきたデジモンを最も多く抱える地区。 美玖が探偵所を置くD地区とは隣同士だ。 「今、その方はどちらに?」 「おう、そうだった。…おーい、こっちだこっち」 スターモンが一度外へ出て誰かを招く。 話し声が聞こえたのち、その相手が入ってきたかドアが開いた。 「失礼。……デジモンを顧客としていると聞く探偵所は、ここで合ってるか?」 入ってきたデジモンは尋ねた。 見慣れない姿のデジモンだった。 人間に近い姿だが、これまで美玖が見てきた人間に近い容姿のデジモンの中でもひときわ異形と呼ぶべきもの。 獣の耳と、白い毛並みに覆われ翼が備わった太長く逞しい腕。 下半身は、アクィラモンという猛禽類の容姿を持つ鳥型デジモンのものに酷似していた。 唯一人間そのものである頭部には、赤いヘルメット型のヘッドマウントディスプレイとゴーグルが装着され、素顔は全く見えない。 (…この、デジモン…) 慌てて、腕に装着したツールを起動する。 「こんにちは、そのままの姿勢で居てもらって良いですか?30秒程で済みます」 「…?別に構わないよ」 ツールを起動すると、相手の全身をカメラ機能によりスキャンし解析。 まもなく、ツールは情報を美玖に開示した。 『シルフィーモン。完全体。獣人型。フリー属性。アクィラモンとテイルモンがジョグレス進化した獣人型デジモン。強靭な脚力を持ち、その跳躍力は遥か上空にまで達すると言われている。……』 (か、完全体…) 「シルフィーモンさん、と言うのですね」 「ああ」 「改めまして、私は五十嵐探偵所の所長の、五十嵐美玖と言います。デジモンのお客様からも、依頼を受け付けさせていただいております。どのような御用件で来たか、是非お聞かせいただけませんか?」 …緊張感で背筋は伸びた。 完全体といえば、デジモンのレベルの中では最上級である究極体の一歩下のランク。 美玖が探偵所を置くこのD地区は人間の方が多く住み、デジモンも成熟期よりさらに上のレベルのデジモンはいない。 (お、お客様初めての完全体デジモン…!失礼のないようにしないと…!) それだけに、美玖は緊張していた。 ーー 「どうぞ、此方へお掛けください」 客室用のソファーへ案内し、シルフィーモンと向かい合うように座る。 手元に書類のファイルとメモ帳を置く美玖に、シルフィーモンは開口一番尋ねた。  「…つかぬ事を聞きたいのだが、まさか君一人だけでここを?」 「はい。なにぶん、開いて日の立っていない所ですので」 「…」 (…そう、なんだよね。私一人だけなのよね) シルフィーモンの問いに答えながら、美玖は心の中で現状に対して苦笑いするしかなかった。 (師匠がいたら良かったのかもだけど…でも、この探偵所任されたからには、頑張らないと) 「…そうか。心配事は募るがーーなら、話そう。正式な依頼を君に頼みたい」 ………… 所変わって、幅広い通路の通る街の中。 多くのデジモン達が闊歩する一方、人間の数は驚くほど少ない。 「ここが、C地区…」 シルフィーモンと並行しながら、美玖は光景に目を見張った。 他の都道府県、例えば東京でさえ、このような光景に出会える地区は幾つあるだろうか。 「この先を右に曲がるぞ」 シルフィーモンの案内に従いながら、美玖は昨日聞かされた依頼の内容を反芻していた。 ーー その依頼とは、デジモン専用の両替屋を襲った犯人の追跡である。 デジタルワールドから移り住んできたデジモン達は、当然ながら人間の通貨を持っていない。 自ら持ち寄ったbitを通貨と交換する。 bitとはデジタルワールドに散らばるバグの中でも非常に小さい電子データで、青く透き通ったガラス玉のような見た目をしている。 通貨のような使われ方をしており、現実世界にも持ち込みが可能だ。 両替屋はデジモンのみならずデジモンと取引をする関係から人間が営んでいることも多い。 「襲われたのはその両替屋を務める人間だ」 シルフィーモンは言いながら新型のデジタルカメラを美玖の前に置いた。 写真が撮られており、店内と思われる建物内が写っている。 「店主は不意打ちによる昏倒で意識不明。bitや日本円の保管庫は力任せにこじ開けられている」 乱雑に開けられ、床に落とされた保管庫の収納箱。 床に散らばった日本札にbit。 店員が倒れた場所なのか、部屋の片隅に血痕がついている。 「警察に連絡はしたのですか?」 「とうにD地区の警察署に連絡は入れているが、未だに捜査が来ない。そこで警察署と連携をとっている探偵所を探していたんだ」 しかし、とシルフィーモンは美玖を見た。 「デジモンから依頼を請け負っている探偵所があると聞いて来てみれば、まさか君という人間女性一人だけとは」 「人手を募ってはいるのですが、未だに人は来なくて」 「構成員が増えることを祈るよ。…ただし、デジモンと敵対するような事があった時、人間だけで相手をするのは非常に危険だ」 「…お気遣い、感謝します」 「ここだ」 シルフィーモンが足を止めたのはそこそこに小さな規模の建物。 農家の集中する地域に見られる精米所のような場所だと美玖は思った。 引き戸式のドアは無惨にもひしゃげガラスが砕け散っている。 「店長はC地区内の病院に入院中だ。まだ目を覚まさない。私は店長の家族から依頼を受けた」 「シルフィーモンさんのお仕事の一貫でこちらに?」 「私はデジタルワールドにいた頃から…傭兵、というべきか何でも屋というべきか。ともあれそのようなものだよ。幾人かパイプに通じてるだろう人間をあたって、君にたどり着いたというわけだ。君には、私と一緒に犯人の特定と追跡をしてもらいたい」 足元のガラスに気をつけて、と一言置いてシルフィーモンは引き戸を開けた。 かなりがたついた引き戸は、人の力ではすんなり開きそうになかったようだ。 「では、失礼します」 言う通り、ガラス片の散らばる地面を避けながら、美玖は建物内へと入った。 写真に写ったままの光景が目に入る。 実際に入ってみると日本札やbitの散らばりようはかなりのもので、整理し直すのは大変そうだ。 「警察が来るまで現状維持していたのですね」 「ああ。いつ来ても良いようにな。…当然その間監視をする必要もあったが」 美玖はくまなく周囲を見回す。 そうしながら、腕に装着したモニター付属のツールを起動し、特殊なライトを点灯する。 照明がついていないため、そのまま薄暗い室内を照らした。 シルフィーモンはその様子を後ろから見ている。 室内を照らすライトは、指紋や足跡に加え、デジモンのデータの痕跡を炙り出すものだ。 デジモンも人間同様毛髪や鱗片、皮膚など無意識に残すことがあるがデータの残片そのものとなって残るため人間の目からは視認しづらい事がある。 例えば、ガルルモンのような獣型デジモンの場合は毛皮の一部がデジタルワールドではなく現実世界で落ちてもそれを見つけられる人間はほとんどいない。 「……あった!」 美玖が声をあげた。 ライトで指し示したは、収納箱付近の壁。 日本札やbitを踏まないように近寄り、カメラ機能を使って痕跡を保存する。 「何か見つかったか?」 シルフィーモンが訊ねると、美玖は腰のポーチからピンセットを出し慎重に何かを摘み取った。 「これは…」 美玖がプレパラートに乗せた物。 それは。 「…羽毛…」 「見せてくれ」 白を基調とした細かな羽毛。 それを見たシルフィーモンは、低く唸った。 「すぐにスキャンします。それで痕跡の持ち主の特定を」 「できるのか?任せよう」 プレパラートから羽毛をツールのモニターの上に載せる美玖。 羽毛をモニターがスキャンし、データを解析する。 データ解析を始めて数分。 モニターは、ホログラムによって痕跡の持ち主を立体的な形に復元した。 「このデジモンは…!」 シルフィーモンがホログラムを睨む。 半人半鳥の容姿をしたデジモンのホログラムを。 「ハーピモンか。まさかC地区で犯罪を冒す個体が出るとは」 「ハーピモン…」 ハーピモンの情報は美玖も持ち合わせている。元より、警察官時代の頃、警察署のデータを閲覧した時このデジモンの情報があった事を覚えていた。 「確か、過去にA地区で五件、E地区で一件ハーピモンによる窃盗事件があったと」 「今回もその線ということか。なら、次は実行犯の特定、という事になるな。…それも可能か?」 「この羽毛の遺伝子のデータが合致すればいけます。ただ、合致する遺伝子を持つハーピモンが、必ずもこの地区にいるとはーー」 「なら、情報屋の元に向かう。少し距離が離れているから移動に滑空しなくては。……外に出よう」 言われるままに外へ出ると、シルフィーモンは美玖の前に屈んだ。 「?」 「掴まれ」 「……」 一瞬、何を言われたのかわからず、瞬きする美玖にシルフィーモンは口を開いた。 「私に掴まれ。ここからは距離が離れているから滑空で行く。…君をここに置いていっても構わないならそうするが」 「あ、い、いえ!し、失礼します」 シルフィーモンの後ろから背負われるように抱きつく美玖。 美玖がしっかりと抱きついたのを確認して、シルフィーモンは立ち上がる。 「良いな…!そのまま掴まってろ!」 少し腰を落としたと思った瞬間。 ごうっ!という空気の唸りと上昇感。 「………わ………」 眼下に広がる街道に美玖は目を見開いた。 シルフィーモンは跳び上がると、重心を前方に傾けるよう姿勢を変えつつ両腕を開く。 両腕の翼が展開し、グライダーのように風を捉えて飛んだ。 (そ、そういえば、上空まで達するほどの脚力を持つって…) 情報を思い出して下を見ないように抱きつく腕に力を込める。 風を受けてシルフィーモンの茶髪がなびく。 風を切る音と飛ぶシルフィーモンに身を任せながら美玖は震えていた。 上空という、拠り所のない高所にいる事への怯えではない。 隠し切れない高揚感ゆえだ。 (デジモンと、同じ空を、飛んでる!) 幼少期を思い出す。 エアドラモン。 メタルグレイモン。 バードラモン。 ユニモン。 自分の頭上をよぎり、空を飛ぶデジモン達。 それに憧れ、目を輝かせながら彼らに向かって手を振っていた頃。 今は、デジモンと自分が、同じ空の高みにいる。 それが、嬉しくてたまらなかった。 さすがに、嬉しさのあまり叫ぶのだけは我慢したが。 シルフィーモンが降り立った場所は、C地区とA地区の境目。 ビル街になっており、この辺りまで来ると往来する人間の数も多い。 歩道に着地すると、シルフィーモンは屈み、降りるよう促す。 美玖がその通りにするとシルフィーモンはビルの間の狭い通路へ目を移した。 「情報屋はこの先だ」 路地裏は人一人分ほどの幅しかなく、複数人が一気に行くには狭すぎる。 人間よりやや大柄であるがシルフィーモンのように細身のデジモンでなければ通るのは苦しいだろう。 ビルの裏側にあるドアの一つを軽くノックした後、シルフィーモンはそのドアを押した。 「よう、景気はどうだ?」 軽薄な声で迎えたのは、簡易デスクに向かいながら一人ソリティアに興じている男。 脱色に近い色彩に染めた髪に、無精髭は清潔感からはやや遠い。 「現在、全地区にいるハーピモンの中で最近地区を移動した奴がいるか知りたい」 「ハーピモンか…奴さんら、何かやったんか?」 「両替屋が襲われた」 シルフィーモンの応えに男はノートパソコンを開きながらタイプする。 「両替屋っつうと保坂さんとこのか。もう犯人が特定されたということはサツが来たのか?」 「いや、特定したのはこちらの彼女だ。警察に連絡はしたのだがまだ来ていない」 情報屋はパソコンから美玖へと視線を移し、そして瞬きした。 「あんた…まさか、五十嵐美玖か!?」 「…知ってるのか?」 シルフィーモンが美玖の方を向くと、美玖はそれが気まずく俯く。 「シルフィーモン、あんた、知らなかったのか。5年前、E地区の警察署をデジモンが襲撃した事件!あの事件の生き残りだった警察官の一人だよ!」 「何?」 情報屋がノートパソコンをタイプしながら話す。 「あの事件、当時はマスコミが大騒ぎしててよく覚えてるんだよ。たった一体のデジモンによって200人近く殺害されたなんて、そりゃデジモンが移住して落ち着き始めてきた頃を考えれば大事件さ。…本当に知らなかったのか」 「……」 シルフィーモンはかぶりを振った。 「私が現実世界に来たのは一昨年だ。まさか、そんな話があったとは知らなかった」 「そうかい。……こんな時に辛い話をして悪かったな、五十嵐さん。何度もテレビで見た顔だっただけについ反応しちまった」 「…いえ、大丈夫、です」 ノートパソコンのモニターに展開された全地区を表示したマップに、幾つかの光点が見えた。 「話を戻すぜ。ひとまず、現在いるハーピモンの位置はこんな所だ。最近移動が確認されてる奴は……」 情報屋はマップのうち、B地区にある光点のひとつを指し示した。 「こいつだ。C地区から移動を確認した」 「B地区…結構離れてますね」 「もう一度滑空しよう。それでB地区に向かうぞ」 シルフィーモンは料金をデスクに置くと、美玖を伴いビルを出た。 「……五十嵐探偵所、ね。確かに警察署と連携した探偵所の一つとして登録されてるわ」 情報屋はモニターを見ながら、椅子の上で大きく伸びをした。 「E地区の心療内科クリニックに受診。現在投薬による治療を継続中。……こりゃ、とんだ厄ネタになりそうだ」 ーーー 田舎然とした町並みが特徴的なB地区。 ここは、かつてある巨大デジモンの暴走が発生した際避難した人々の一部が戻って再スタートの生活を営む場所。 その一角に降り立ったシルフィーモンから美玖は離れた。 「先程のハーピモンの情報はツールに取り込んであるんだろう?一度確認した方がいい」 シルフィーモンの言葉に頷き、美玖はツールを起動する。 モニターに、情報屋が送信したマップと光点が表示された。 「現在地はここで、ハーピモンは…」 場所を指差しで確認する。 ハーピモンの位置を示す光点は、かなりの速さで移動していた。 「ハーピモンの飛行速度は飛行能力を持つデジモンの中ではある程度高い部類だ。人間の足じゃ追いつけない」 「あなたの力を借りなければ、追いつけない…」 「そういうことだ」 シルフィーモンが頷いた。 B地区は避難民用の建物が幾つも建てられてはいるものの、その半分程はまだ人が住んでいない。 落ち着くまでと決めたものの事情が重なって避難先の住所に居ついてしまった者。 戻るに戻れなくなってしまった者。 住み慣れた家に戻るつもりでいる者。 様々な理由から戻っていない避難民は多い。 その建物が、いつしか移住したデジモン達の私物になってしまってきている事がB地区にとって問題となっている。 堂々と自分のものと主張するならともかく、"ちゃっかり"と私物にしているのであれば尚の事だ。 ーー その建物の一つ、カーテンを閉め切った中は、bitや金目のものに埋め尽くされている。 仮面のような顔と眼差しをそれらに向けながら、一体の半人半鳥のデジモン・ハーピモンは両腕の白い翼を畳んでいた。 無機質なように見えるその眼の奥には、ギラついた感情が宿っている。 マダタリナイ マダ、タリナイ 「モット、アツメナイト…」 「何のために?」 不意にかけられる声。 ハーピモンが反応し声の方を向いた瞬間、一条の光線がとんできた。 美玖の指輪型デバイスから放たれた麻痺光線だ。 だが、ハーピモンは素早い反応でこれを回避、カーテンの裏側へ回り込むように滑り込んで外へ逃げる。 「トップガン!」 外で待機していたシルフィーモンが追撃にかかる。 両手に集めて放たれる赤みがかったエネルギー弾をスレスレでかわし、ハーピモンは空中で態勢を整えた。 「……遺伝子データ、合致!あのハーピモンで間違いない!」 カメラ機能によるスキャンで確認をとった美玖は叫びながら中空を見上げる。 「そこのハーピモン、速やかに投降願います!」 美玖の声に翼をはためかせながら、ハーピモンはヒステリックな叫びをあげて急降下する。 速い! 「…っ!」 咄嗟に伏せる美玖の髪の一筋を猛禽類の鋭い蹴爪が切り裂く。 「トップガン!」 再度シルフィーモンが放つ必殺技に今度こそ命中、ハーピモンはよろめいた。 「お願い!投降して!」 「イヤダ!マダ、マダ、タリナイ!」 ハーピモンが叫ぶ。 背中を向けて逃げようとしない所をみるに、シルフィーモンの必殺技『トップガン』を警戒しているのだろう。 百発百中の命中率を誇るエネルギー弾による狙撃は、いかにハーピモンといえどまともにかわすには精神の集中が必要なのだ。 「嫌ならば尚の事撃ち落とす。生憎、被害者の家族から依頼を受けた身である以上温情を向ける訳にはーー」 「Why done it!?」 美玖の叫びに遮られ、シルフィーモンはハーピモンから視線を外さずとも呆気にとられた。 「なんだって?」 「なぜ、貴方は、"やった"の?ハーピモン!」 Why done it、「なぜやったのか」? そう問いかける美玖に、ハーピモンはただ沈黙を守る。 「お願い…あなたは、『まだ足りない』と言っていた。それは、なぜ?少なくともあなたのそれは、悪戯でなければ、単なる思いつきでもない!」 かつて警察署のデータにあった、ハーピモンによる被害の記録。 その記録にある動機は、単なる気まぐれから成る悪戯や、"ただなんとなく"から始まった思いつきであった。 しかし、このハーピモンは、どちらでもない動機によって、強奪を働いている。 「君は話しかけすぎだ、美玖。少し、黙ってーー」 「いえ、まだ!」 ハーピモンはシルフィーモンが怖く逃げ出せない。 ならば。 「!?」 シルフィーモンは身体の硬直を感じ、何が起きたか理解できなかった。 ハーピモンですらも。 「彼に必殺技は撃たせない。だから、投降して、話を聞かせて」 「君は…!」 後ろから麻痺光線を撃たれたと理解し、シルフィーモンはゴーグルの裏で眉根を寄せた。 「……」 ハーピモンは麻痺したまま動けないシルフィーモンと、美玖を見比べた。 「あなたの行為が誰かに強要されたものなら力になる。お願い、理由を話して」 「………」 「話してくれるなら、地面に降りて来て」 美玖は言いながら、シルフィーモンの側へ歩み寄り、腕を押さえた。 『トップガン』を撃たせないために。 「君は何を…」 しばらくお互いに膠着状態は続いていたが、ハーピモンは思い悩んだ様子を見せ続けてやっと決意を固めたようだ。 ふわり、と翼を休めるように地面に降り立つハーピモンに、美玖はしかと頷いた。 「ありがとう」 ……… 所変わって、五十嵐探偵所。 「ワタシハ、アツメルヨウ、イワレタ」 「誰から?」 「………」 探偵所の客室。 美玖とシルフィーモンは、ハーピモンと向き合うように座っていた。 シルフィーモンは未だ不服な面持ちではあるものの、ハーピモンが逃げる様子もなく美玖の言葉に従っているのをやむなしと受け入れている。 「……ワルモンザエモン」 「ワルもんざえモン?」 美玖が聞き返すとハーピモンは頷きで返した。 「ワルもんざえモンって…」 「完全体デジモンの一体だ。もんざえモンは知ってるか?」 「ええ」 「そのもんざえモンとは性質の全く反対なデジモンだ。一言で言えば、意地悪。…つまり、パシられているんだな、お前は?」 「……ウン」 シルフィーモンの問いに震えながらハーピモンは答えた。 「そのワルもんざえモンは、何処にいる?」 「C、チクノ、ニチョウメ…」 ハーピモンが答えると、美玖は案内できるかと問う。 「……アンナイ?ダメ、アイツニシラレタラ、ワタシ…」 「これでも元警察官です、私は。放っておけません」 「…そこまできたら、流石に私は手伝えない。悪いが、ここまでだ」 シルフィーモンは言いながら席を立つ。 美玖はそれに対し、引き止める事はしなかった。 「いえ、お仕事ですもの。ありがとうございました」 「…依頼料はそちらに振り込んでおく」 そう言い残し、去るシルフィーモン。 「行きましょう」 ……その夜。 美玖はハーピモンと共に、C地区まで来た。 ハーピモンはシルフィーモンのように人一人背負ってまで飛ぶ力強さはない。 両脚に美玖の肩を掴み、運ぶのがやっとだ。 「大丈夫?」 「ダイジョウブ。アナタ、カルイ」 ハーピモンとやりとりを交わしながら、車か二輪車の購入を美玖は考えた。 どちらも免許は取得済みだ。 「ココ…」 ハーピモンが翼で指し示したのは、元はダンス教室だったと思われる、スペースの広いフロアがある建物。 中へ入った時、強い圧を美玖は全身に感じた。 奥に、大きな何がいる。 「なぁに?ハーピモン、ちゃんと集めてきてくれた?」 ぼんやりと赤く灯る、二つの目。 ハーピモンは震える。 「ア……」 「駄目じゃないか、ちゃんと集めてきましたーって、持ってこないと。……ん?」 大きな、黒い熊のぬいぐるみがのっそり姿を現す。 だが、その容姿は、美玖の知っているもんざえモンとは雰囲気や細部は全くの別物だ。 特に左腕には、凶悪な造りの鋭い鉤爪のついたパーツが付いている。 「……なぁに、君?ボク、人間を連れて来い、なんて言ってないよ?ねえ?」 ワルもんざえモンのハーピモンに対する圧を込めた陰湿な物言いに、美玖は名乗りをあげた。 「私は探偵にして、E地区の警察官だった者です。こちらのハーピモンから事情は聞きました。…悪い事は言いません。ただちに投降しなさい」 「ええー?警察?探偵?そんなのが来てもなあ」 ワルもんざえモンは左腕の爪をギラつかせながら接近してくる。 「けどまあ、そんなの。やーなこっ」 たー!! 跳躍、急降下。 巨体に似合わない初撃に反応したのはハーピモン。 美玖の肩を掴み、低空飛行で剛腕と爪の一撃をかわした。 ワルもんざえモンの左腕にして得意技である『ベアクロー』が、美玖の立っていたフローリングの床を土台ごと抉る。 「あ、ありがとう!」 美玖はハーピモンに礼を伝え、すぐさま指輪のコマンドを起動。 「麻痺光線銃(パラライザーコマンド)、起動ーー」 だが、起動しきる前にワルもんざえモンが接近。 「『ベアクロー』!」 再度跳躍と共に、ハーピモンの翼を狙う。 「!」 ハーピモンはかわすが、美玖を両脚にぶら下げている分機動力は目に見えて落ちる。 なにより、戦力的に同格として戦えるだろうシルフィーモンは、今この場にはいない。 (心配のないようにしなきゃ。だって、私は、助ける時決めたから) ーーフラッシュバック 血の海、血の匂い、火薬の匂い 拳銃を構えた手の震え。 只々、無力でしかなかった自分と、それを嘲笑う謎のデジモンーー 「なんとかしてでも、抜け出さなきゃいけないんだ!無力で何も出来ないわけに、いかなーー」 「ヒッサツワザガクル、キヲツケテ!」 ハーピモンの叫び。 気づけば、ワルもんざえモンの胸のチャックの隙間から覗く不気味な黄色い光が強まっている。 それが、"眼"だということ気づく前に。 「『ハートブレイクアタック』!」 ワルもんざえモンの放つオーラが立ち所に一人と一体を包み込んだ。 「……ああっ!」 ハーピモンがオーラを受けて墜落する。 地面に叩きつけられた美玖を、ワルもんざえモンは踏みつけた。 「ぐ、ああっ…!」 柔らかいパペットの見た目とは裏腹に、その踏む足にかかる重量は男性よりも重い。 「どんな気持ちぃ?ねえ、人間のくせに生意気にデジモンに刃向かってきて、こうして虫のように踏まれてるのどんな気持ち?」 「ヤ、ヤメテ…」 ハーピモンがもがくが、ワルもんざえモンはその翼を右腕で掴み上げる。 「お仕置きは後だよ。先にこいつを痛めつけてからだよぉ!」 「…ぐ、う…」 悲しみがどっと押し寄せる。 自分でも堅いと思っていた意志が、たちまち力なく崩れ落ちるのを感じた。 わかってる。 自分でも馬鹿な事をしてるんだって。 ワルもんざえモンの必殺技、『ハートブレイクアタック』による影響で、悲しみに心が埋め尽くされる。 自分は無力なんだ。 自分は馬鹿なんだ。 薬がなければ心を正常に保てない程に自分が苦しいのを人に向かって、押し隠してる。 …だけど。 「だけど」 「ん?」 がしっ、と、自分を踏みつけるワルもんざえモンの足にしがみつく。 「それでも、一歩に引けない!私は、あなた達デジモンがいるから、今を生きてるの!悪夢に魘され続けたとしても、こんな悲しみ(弱音)で終われない!!」 叫ぶ美玖の耳に、突如キーンと高く音が聞こえた。 衝撃波がワルもんざえモンを打ちのめしたのはその直後だった。 「ぐえーっ!?」 体勢を崩して壁に叩きつけられるワルもんざえモン。 状況を把握しかねた美玖を、抱き起こす腕があった。 白い獣毛と翼を備えた、太長い腕… 「全く。二人でどうにかなる訳でもないだろうに。様子を見に来ればこれだ」 「ア、アナタハ…」 放り出されたハーピモンが救いの主の姿を見上げる。 「……シルフィーモン」 「仕事で受けたわけではなかったんだがな。あの警察署の腰が重いにも程がある以上、仕方なくだ」 シルフィーモンは言いながら、ワルもんざえモンの叩きつけられた壁を睨んだ。 ワルもんざえモンはよろけながら復帰し、新たに現れた邪魔者を見据える。 「うわあ、また来たんだ。ますますお仕置きをキツくしないといけないじゃないか」 「知ったことか。私はそこのハーピモンとは何の関係もない。だが、要因がお前にあると知ったのではな、悪く思うなよ!」 「『ベアクロー』!」 ワルもんざえモンが先手を仕掛ける。 左腕の爪が唸りをあげてシルフィーモンに振り下ろされた。 だが。 「ぐ、ぬぬぬーっ!」 真っ向から受け止められ、ワルもんざえモンはそれ以上の追撃ができない。 見かけとワルもんざえモンよりも小さな体躯ながら、その力強い一撃をシルフィーモンは素手で止めた。 『ベアクロー』をかわしつつ、その腕を押さえながら背負い投げの構え。 間の抜けた声をあげながら、背中から叩きつけられてワルもんざえモンはうめく。 「……」 (これが、デジモン同士の戦い…) 痛む身体を起こしながら美玖は、その戦いの顛末を見守るしかない。 ワルもんざえモンによる一撃。 それを受けて吹っ飛ばされたシルフィーモン。 ワルもんざえモンが追撃にと突っ込んでいくが、砂煙の向こうから跳んできたシルフィーモンのカウンターをくらい仰反る。 続いて、目にも止まらぬ早さで頬に連続で張り手をかまされる。 これがワルもんざえモンには相当痛いようで、ガードすら許されない。 「ちょ、待った!待った!勘弁してよー!」 「なら!あの!ハーピモンには!もう!関わる気はないな!?それと!さんざか!盗ませたbitや金は!きちんと!返してもらうぞ!!」 「うわー!!」 ーーー 「……アリガトウ」 「何にも、できなかったけどね」 二人だけになり、美玖はハーピモンに笑顔で返す。 ワルもんざえモンは、あの後シルフィーモンにより力づくで警察署まで引っ張って行かれた。 ハーピモンにもひとまずの連帯容疑はあるのだが、シルフィーモンはそれを不問と考えていたようだ。 「ワタシ、タスケラレタ。アノトキ、アナタガイッテクレナカッタラ。ズット、コワカッタカラ」 「良かった」 言葉を交わし、ハーピモンは飛んで帰っていった。 ハーピモンがワルもんざえモンに命令されるままにかき集めたbitや現金は、襲撃を受けた両替屋のみならず、被害を受けた場所へも返される見込みだ。 「……ひどく、疲れた」 呟きながら、美玖は軽い夕食の後、入浴する事にした。 探偵所近くの建物から気配を殺して覗き込む、不審な人影に気づかずに。 風呂でシャワーを浴びながら、美玖は今日の事件を追った一連の出来事を考えていた。 (本当に、この探偵所に、人手集めないとな…デジモンからも来ないかな。来てくれたら嬉しいのだけど) シルフィーモンの事を思い出す。 (シルフィーモンのような強いデジモンだったら、きっと心強いんだろうな) ふと、シルフィーモンに助けられた時の状況を思い出す。 (そういえば、助け起こされたあの時、なんか、妙に引っかかったような……) その時である。 突如、風呂場が、隣りの部屋が、真っ暗になった。 「やだ…こんな時にブレーカー?でもそんなに電気付けてなかったよね?」 シャワーを止め、一旦ブレーカーの様子を見に行くため風呂場を出ようとした。 そこへ、突如何者かが入ってきた。 「きゃーーっ!?」 侵入者に悲鳴をあげ、振り上げられた腕から逃げる美玖。 肩口に走る熱と痛み。 僅かな光を反射して侵入者の手に光るものを認めた時、美玖は風呂場を飛び出した。 そこで、後を追って風呂場から出てきた侵入者の姿をはっきりと見ることができた。 相手はデジモンではなく、人間の男だ。 パーカーのフードを目深にかぶり、電気の落ちた闇の中では顔がわからない。 そして手には、模範的なサイズのナイフ。 「誰!?」 指輪型デバイスは風呂場の方にパジャマと同じカゴの中だ。 (…やるしかない!) タオルすら取る暇もなかったため一糸纏わぬ裸体だがそれを気にしている場合ではない。 再びナイフを振りかざして男が襲ってくる。 「…っ!」 ナイフを持つ手を押さえ、そのまま手首を捻ろうと抵抗する。 男の力は強く、それに抗うのが精一杯だ。 あちらこちらへ互いの身体がぶつかる。 階段の手すりに押し付けるようにして、男の手からナイフを離す事には成功した。 だが。 「ぁう!」 もんどり打って転がり落ちた階段の先、倒れた美玖に男が上乗りになる。 「ぅぐ、ぁ…あ…」 大きな男の手が喉にかかり、締めつける。 空気が、口から、鼻から、少しずつ絞り出されていく感覚。 男の両手を引き剥がそうと必死に抵抗したが、息苦しさに意識が朦朧とし始める。 どくん…… (ーーもう、ここまで、なんだ) 薄れ始める意識の中、そんな考えがぼんやり浮かんだ。 自分はやっぱり、駄目だったんだな。 (でも) 昨日見た夢は一昨日と同じ夢で。 悪夢では全然なくて。 (あんな夢で、良かった…) 柔らかな光の差す教会の中。 そこに立っている"花婿"。 けれど、あの雰囲気は、なぜか昨日見た時には一昨日は感じなかった既視感を覚えた。 せめて。 (誰と結婚する夢だったのか、死ぬ前に、知りたかったーー) 「ぐ、うわっ!?だ、誰だ、うわーっ!!」 突如、男が叫び、美玖から引き離される。 美玖は激しく咳き込んだ。 肺が酸素を取り込もうと起こす、自然的なものからくる咳込み。 目に涙を浮かべながら、何が起こったのかと美玖は見上げ…。 見覚えのあるデジモンが、男の首根を掴み上げているのを見た。 「………シルフィーモンさん!?」 悲鳴をあげもがく男を床に叩きつけるシルフィーモン。 「ど、どうして、ここに?」 男はシルフィーモンの腕力に取り押さえられ、身動きがとれない。 美玖の問いにちらりと視線を彼女に向け、シルフィーモンは言葉少なに答えではなく言葉で返す。 「警察に通報を」 「そ、そうだった…!」 美玖は慌てて電話の受話器を取りに走る。 そして、ダイヤルを押した。 「…もしもし、五十嵐探偵所の五十嵐です!所内に不審者が!!」 ーーー まもなく。 駆けつけたパトカーに、不審者の男は押し込まれた。 「大丈夫か、五十嵐…ケガしてるぞ!」 「これくらいでしたら、大丈夫です」 「いや、待ってろ。救急箱をだな…」 駆けつけたパトカーに乗って来た、美玖にとっては5年ぶりの顔。 周囲を鼓舞しながら、襲撃してきたデジモンに対し抵抗を諦めなかった警察官。 阿部宏隆巡査…現在では警部だ。 美玖のパジャマに滲んだ血を見て顔をしかめた。 「それにしても、お久しぶりです。警部になられたんですよね」 「まあな。カミさんが相変わらずああだと煩いが、んま、ぼちぼちやってるよ。ところで……」 肩口に斬られた痕の手当てをしながら、阿部警部はシルフィーモンの方を見た。 「そこのデジモンはどこの誰だ?」 「私の依頼人です」 シルフィーモンは阿部警部の視線に一礼した。 「そうだ、シルフィーモンさん、なぜここに…」 美玖の問いにシルフィーモンは思い出したように返す。 「少し待っていてくれ」 そう返したシルフィーモンが、少し大きめのバッグを持って戻って来たのを、美玖と阿部警部は訝しげに思った。 「あの…シルフィーモンさん。それ…」 「さん付けしなくて良いよ。むしろ、もっと君は気楽でいてくれた方が良い。…これは全部、私の荷物だ。この地区に家を借りる前に挨拶をしようと思ってな」 美玖と阿部警部は顔を見合わせた。 「つまり、どういうことだ?」 「彼女を手伝うつもりで来た。今日の一件での危なかしさのあまり、そうせずにいられなくてね」 美玖が目を瞬かせる。 シルフィーモンは軽く笑った。 「要は君の助手のようなものになりに来たと思ってくれればいい。さすがにあんな光景を見せられては、尚の事そうせざるを得ないと思ったのはここだけの話だ」 近くに家を借り、そこから探偵所に通うつもりだとは本人の弁。 「それでしたら…」 手当てが終わり、美玖はシルフィーモンの前まで来て一礼した。 「この探偵所に、住み込みでいて下さって構いません」 「…というと?」 「ここは、元々生活用のスペースがあって、かつては一緒にあるデジモンと…師匠と暮らしていたんです。なので、お願いできたらなー……と」 「五十嵐、それは…」 阿部警部が少し心配そうな面持ちで声をかける。 さすがにそれは無防備ではないか…? 「……君がそう言うなら。次からああいう侵入者が来た時、対応はし易いし」 「そういう問題かい」 「…!ありがとうございます」 頭を下げる美玖に、やれやれと呟く一人と一体。 「それじゃ、またな五十嵐」 去っていくパトカーを見送り、美玖とシルフィーモンは探偵所の中へ戻る。 「それじゃ…今日からよろしく頼むよ。美玖」 そう言いながら笑うシルフィーモン。 ふと、シルフィーモンの口元に美玖は既視感を覚えた。 長めの牙を覗かせた口元。 何処かで覚えのあるような。 「……… っ!?」 何かを思い出して顔を真っ赤にする美玖。 それに気づかず、シルフィーモンは階段を上がる。 「荷物はどこへ置けば良い?」 「…あ、ああっ!部屋がありますので、そちらで構いません!」 いずれやってくる時を知らず、二人は共に歩み始める。 人間とデジモンという違う者同士の共に生きる道の形を。 了
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みなみ
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