(こちらは18話・擬似科学殺人事件の後半部分です。こちらから開いてしまった人は前半部へ→Before)
< 目次
聞き込みを終えたシルフィーモンが戻る途中、滝沢邸から数ブロック離れた地区で石原警部補の姿が見えた。
この時どんよりとした、これからの一日を想起させる空模様が広がっているためか。
かなり古びた家の前で石原警部補の聞き込みに応じていた若い女はフードを目深にしてレインコートを着ていた。
「……そうですか、いえ、ご協力に感謝します」
シルフィーモンが着地する頃に、石原警部補の聞き込みは終わっていた。
軽い会釈をして女は去っていく。
「……それで、何か情報は得られたか?」
声をかけると、石原警部補は振り向きながら首を横に振った。
「悪いが、これは警察の管轄だ。探偵には…」
「貸し1」
「なんだと?」
「今ここで返させてもらうぞ。こちらも依頼なんでな」
シルフィーモンの言葉に、石原警部補はやれやれと肩をすくめた。
「……滝沢裕次郎の負傷だが、後頭部に打撲、腹部に刺し傷、腕などに裂傷。鑑識の調査結果で発見現場の血痕が少ない事がわかっている」
「つまり、打撲はともかく発見現場で刺されたとは考えにくいわけか」
「血痕は雨で流されたと、そう上層部は決めつけてるけどな……鑑識班は発見現場周辺で微かな血痕の痕跡を見つけている。おそらく滝沢裕次郎は血を流しながらこの辺りを通ったんだ」
シルフィーモンはうなずいた。
「後は目撃者だ」
「ああ。さっきの女性は昨日何も見ていなかった、と言っていた。この辺りに住んでいるらしいが」
今、一人と一体がいる場所は、木々の茂った中にある住宅地のような土地だ。
目の前にある空き家は、一年と半年前に家主が土地を売り払い買い手がまだついていない状態だそうな。
「この辺りに……あれか」
「ん?」
シルフィーモンの視線の先を見れば、いつからそこにあったのか屋台がある。
明らかに閑静な場所にはそぐわないが、売られているのはベビーカステラ。
一袋360円也。
近場の牧場で絞った牛乳の優しい甘さとふかふかの生地が嬉しい一品。
「…ちょっと行ってくる」
「え、なんで、おいっ?」
屋台へシルフィーモンが近寄ると、主人の男性が営業スマイルで反応した。
「いらっしゃい」
「ベビーカステラを一つ。……裏メニューとセットで」
その言葉を聞いて、屋台の主人の表情が変わる。
「あいよ。何の情報が要り用かね?」
「昨日この近辺で起こった、滝沢裕次郎なる男の負傷事件についてだ。目撃者の情報を知りたい」
数千円と引き換えに、屋台……を兼用した情報屋はシルフィーモンへベビーカステラの紙袋を渡しながら話す。
「直接的な目撃者はいないが、一人この辺りで警察に連行された奴ならいる。無職(フリーター)の男だ。昨晩、居酒屋で呑んで代金に出処不明の金塊を出したもんだから怪しまれて留置所に一泊だ」
戻ってきたシルフィーモンに石原警部補が口を開く。
「なんか買ってきたと思ったらカステラか?」
「ひとまず、いたぞ。目撃者と思しき男が。昨日、出処不明の金塊で金を払おうとして留置所に入れられた…」
「ああ、いたな」
「釈放がまだならそいつへの聴取を今から頼めるか?私は美玖達と合流に行く」
シルフィーモンの言葉に、何か意図があるものと感じたか。
石原警部補はパトカーを停めた方へ歩いていく。
「一足先に署に戻ってるぞ。あんたらが来る頃には全部聞き出してやるよ」
「助かる、任せたぞ」
ーーー
「昨日、取り調べ室にいた男が?」
「ああ。今、石原警部補が取調べ中のはずだ」
美玖と無事に合流し、遅い昼食の時間。
ベンチに腰掛けながら、弁当を開く。
「それと、グルルモン、血痕の臭いは覚えたな」
「アア」
「先程、石原警部補から聞いたが発見現場周辺で血痕の微かな痕跡が残っていたそうだ。出処を追えるか?」
「サテナ…ヨリ血ノ濃イ場所ヲ追エルカドウカハ…コノ天気次第ダ」
言いながら、空を見上げるグルルモン。
先程よりも雲の色は暗くなってきている。
「今日も降りそうね……」
不安げに美玖がつぶやく。
降水確率は70%、そこそこに高い値だ。
ベビーカステラをラブラモンと分けっこして口に入れる美玖に、シルフィーモンは聞く。
「ところで、そちらは?賢者の石について調べに行ったんだろう」
「うん。……やはり、あの石が関係してるんだと思う」
「…あのペンダントの石か」
「直美さんとは別に、あの開かずの部屋にはクローンがいたのは間違いない。ミオナって名前の……」
「こちらも宝石店で聞いたが、一年前に石を持ち込んでのペンダント作製の依頼を滝沢氏が出していたそうだ。…店の者にもどんな宝石かはわからなかったらしい。それを除けば、定期的に金を店から発注していた程度には常連だったようだ」
「……昨日は、頼まれていたという金を受け取って、滝沢さんは宝石店を出た……」
「娘を探して、な。直美さん本人ではなく、ミオナの方なのは間違いない」
ーーー
夕方近く。
昼食を終えた美玖達が長野県警に戻ると、気難しげな石原警部補が立っていた。
「どうした?」
シルフィーモンが聞く。
「シルフィーモン…、あの男、だんまりだ。口を全く聞こうともしない」
美玖が尋ねる。
「私達に、彼と話をさせてもらえませんか?あくまで、聞くだけです」
「……」
それに言葉で返さず、踵を返す。
「……俺は筋トレしてくる。一般人が取調べの真似事なんかするんじゃないぞ」
「……感謝します」
男がいる取調べ室の前まで来ると、シルフィーモンは美玖を振り返った。
「美玖はここにいてくれ。私が話を聞いてくる」
「でも……」
「人間の男というのはどうも、弱い奴に対して態度がデカい奴が多いからな。君が行けばナメられる」
部屋にシルフィーモンが入ると、男は驚きに目を見開いた。
「うおっ、アンタは…もしかして、昨日ここを通ったデジモンだよな?」
「ああ。…少し座るぞ」
さすがに相手がデジモンとなると、男も大人しく、素直に反応する。
パイプ椅子に腰掛け、シルフィーモンが言った。
「お互い、昨日はついてなかったな」
「あ、ああ。そういや、女と一緒じゃなかったか?」
「私の雇い主だ。昨日、彼女と目的地に向かう途中で犯人と間違われかけてな」
「犯人…?」
「身元不明死体の事件のだ。死体を目撃しただけなのに、怪しまれて犯人と断定されかけて、トラ箱に一泊コース。……お前はなぜ捕まった?」
身元不明死体。
その言葉を聞いた男が固まった。
それに追い討ちをかけるため、シルフィーモンは続ける。
「昨日…一人の男が負傷した事件があったそうだな。滝沢裕次郎という、身元不明死体の犯人と目された男だ。宝石店で金を受け取った帰りに、誰かに殴られ、刃物で刺されたらしい」
「な……っ」
男が身体を震わせる。
ぶるぶると唇を震わせながら、
「……して、ない……俺は、…てなんか…」
「なんだ?」
尋ねるシルフィーモンへ、男は思いきった様子でしがみついた。
「お、俺はやってない!刺してなんか、ない!」
「何を、やってないんだ?なら、金の出処が滝沢裕次郎なのは、認めるんだな?」
グスグスと泣きっ面になりながら、男はうなずいた。
ーー昨日の事を、男は話した。
男は、派遣先での倉庫業務を終えて帰る途中だった。
元々町の住人ではなく、バスで一時間と離れた所からの通いだ。
少なくとも、昨日も、いつものようにバス停へ向かっていた途中に。
よたよたと一人の男が暗い道の中を歩いてきて、声をかけてきた。
「すみません」
薄暗い闇の中、顔もよく見えなかったが。
「どうか、どうか、手を貸してくれませんか?」
成り行きで、男に肩を貸し、自宅だという道を共に歩いた。
その最中に、見知らぬ男の名が滝沢裕次郎と聞き、恐怖心に心が満たされた。
ーー今、ネットの大型掲示板で、この町の事件の犯人だと噂の殺人鬼。
ふと、滝沢裕次郎がつまづき、懐から袋が落ちた。
中からこぼれた金塊に、恐怖心はピークに達する。
(こいつは俺を家に連れ込んで殺すつもりだ。この金だって、殺した奴のーー)
「どうした?私の家は、すぐそこ」
咄嗟に。
近くにあった石で裕次郎を殴り、金塊の入った袋を掴んで逃げた。
無我夢中だった。
今夜くらいはバスに乗り遅れようが構うものか、忘れよう、と……
「居酒屋に駆け込んで、呑んで騒いで、気づいたら警察署だった」
「……」
「なあ、頼む!金を取った事を認める!殴ったことも!でも俺はあの男を刺してない、刺してないんだ!殺してない、信じてくれ…」
シルフィーモンは一瞥をくれた。
「なら、昨日どこで滝沢裕次郎と遭遇したか、案内しろ」
「頼む、頼む…!」
「言っておくが私は警察じゃない、お前を釈放するかどうかは警察の仕事だからな。ともかく、おかしな真似はするなよ?石原警部補の極真空手とかいうやつを食らいたくなければな。来るんだ」
シルフィーモンが男を連れ立って取調べ室を出る。
美玖に目配せし、石原警部補を探す。
彼は玄関前に立っていた。
「おい、どうする気だ?」
石原警部補は慌てて美玖達の前を塞ぐように立った。
「ちょうど良い所に、石原警部補。この男が昨日滝沢氏を殴った事を認めた。今からこの男が滝沢氏と会った場所へ案内してもらうから、一緒に来てくれ」
「いくら貸し1にしたからってムチャクチャを言うな!…仕方ねえ、おーい、柏!」
石原警部補は近くを通りがかった若い警官へ声をかける。
「はい!」
「ちょっとこの男を参考人として外部へ同行させにゃならん。一緒に来てくれ。山口と榊原も呼んでこい」
「了解しました」
柏と呼ばれた警官が奥へ引っ込む。
「俺の部下を連れてく。逃げ出されちゃ困るしな」
「感謝する。それじゃ美玖、ラブラモンとグルルモンを待たせるわけにいかない。行こう」
場所は先程、石原警部補とシルフィーモンが合流した地域に移る。
「…この辺りだ。この辺りで、あの男を……」
男は言いながら、十字路を指差した。
「グルルモン」
美玖の言葉にグルルモンが動く。
鼻をうごめかせ、臭いを探す。
今にも泣き出しそうな空が、ついに雨を降らせていた。
まもなく、グルルモンの動きが止まった。
「ココダ、血ノ臭イガ一番濃イ」
見れば、血痕が大きく残っている。
そこから、点々と残っているようだ。
「思い出せ、滝沢氏は負傷していたか?」
「わ、わからない…暗かったし、覚えてない」
問いかけに男は首を横に振る。
美玖がグルルモンに言った。
「滝沢さんの血の匂いを追って、グルルモン。どこから来たか、辿りましょう!」
グルルモンはうなずき、早足で歩いて行った。
そして、たどり着いた先は、石原警部補が若い女に聞き込みを行っていた家の前。
血痕は、そこから続いていた。
「ここで、刺された?」
「ソノヨウダナ。別ノ奴ノ臭イガスル。……人間ノ臭イジャナイナ」
美玖がツールのライトで照らすと、二種類の足跡が入り乱れていた。
裕次郎のものらしき足跡とは別に、もう一つの足跡はどうやら女性のもの。
「……こちらの足跡を追いましょう。グルルモンもついてきて」
美玖がライトを照らしながら、行先を辿る。
そこは、空き家であるはずの家へ続いていた。
石原警部補が部下の若い警官三人に指示を出す。
「突入だ、裏口へ回れ!」
「「「はい!」」」
ーー空き家の玄関にカギはかかっていない。
足跡は暗い建物の中へ続いている。
警官三人とはそこで鉢合わせた。
「そっちもダメか」
「申し訳ありません」
「気にするな」
たどり着いた先はリビングだ。
リビングには家具は大きなソファ以外にない。
そのソファの下に敷かれたカーペットは、たっぷりと水気を吸っていた。
「……もしかして、乾燥を防ぐためかしら?」
足跡はその周辺で途切れている。
周辺の埃から、最近動かした形跡があった。
「ソファとカーペットをどかして下さい!」
「ああ!」
それらの物をどかすと、隠し階段が現れた。
滝沢邸の開かずの部屋にあった、地下への階段と同じ作りだ。
「ここは…下へ降りるしかなさそうだな」
シルフィーモンはつぶやき、石原警部補に言った。
「石原警部補、その男を部下に連れ帰らせろ。それで、急いでさっきお前が聞き込みをしていた若い娘を探させるんだ!……もう一つ、この町の人間に、不要に下水周辺に近寄らないように発令を!」
石原警部補は驚き、尋ねる。
「何が起こるって言うんだ!?」
シルフィーモンと美玖は互いにうなずき合い、こう返した。
「「何かが起こってしまう前に」」
階段を降りた先は地下水道。
真っ暗で、鼻を塞ぎたくなる臭いが辺りに満ちている。
滝沢邸の下と違い、こちらは水の流れが非常に緩やかだ。
シルフィーモンを先頭に、石原警部補、ラブラモン、美玖、グルルモンの順に並んで進んだ。
「石原警部補、これを。壁に掛かっていました」
「これは、懐中電灯か」
単1形乾電池を四つ使用するタイプの大きな懐中電灯。
付いていた汚れを見るに、かなり使い込まれたもののようだ。
「デジタルポイントではないからモーショントラッカーは作動できないようね…気をつけて」
「わかった」
探査機が作動しないということは、相手にこちらの動きを気取られたり逃走や奇襲の予測ができないということだ。
シルフィーモンはうなずき、歩みを進める。
「それにしても、地下水道に繋がってたとはな。こりゃ余程の事とは言わんが、犯罪者の巣窟になる可能性はあるぞ」
石原警部補はうなる。
家に細工をしておけば直通で逃げ道の確保が可能は捜査網には中々厄介な話だろう。
そこで、ラブラモンが美玖を振り返った。
「せんせい、なんかへんなにおいがする」
「えっ?」
前方、10m先。
そこで、何やら壁と地面が、黒く焦げている。
近寄れば、黒く燃えた何かが転がっていた。
「何かが炭化した?」
「誰だ、こんな所でゴミを燃やしたのは」
だが、もっと近寄って明かりを照らせばーー
嗚呼、それは、人体だ。
昨日、美玖とシルフィーモンが目にした…
黒く焦げたトルソーのような胴体、ちぎれた手足が散乱している。
「ここで燃やしてから、外に運んだのね…。燃やせばDNA鑑定はともかく外見での判別が難しくなる」
なにより、DNA鑑定や歯型だけで身元特定のための照合サンプルが必要になり時間もかかる。
必ずも一発で身元が割れるわけではない。
「……?」
手首までちぎれた左手のみのパーツに違和感。
美玖がそちらを見ると、その左手は微かに指を動かしているように見えた。
断面は黒い靄のようなものがかかり、やがて。
「!」
それは、五本の指を支えに動き出した。
「おい、どうし…手だけが動き出した!?」
美玖の反応から異常に気づいた一同が驚いて一歩退いた。
美玖が、震える手でそれを指差す。
「あ、あの手……」
「美玖、何かわかっ」
「はんど君!本物のはんど君だ!!」
「…………は?」
シルフィーモンが呆気にとられて美玖を見た。
彼女は目を輝かせ興奮している。
石原警部補が納得したような声音をあげた。
「ああ、確かに…似てるな」
手はカサカサと這い回るばかり。
「何のことだ?」
「昔にあった映画で動く手だけの…登場人物っていうのか?まあ、映画に出てたそれに似てるって話だ」
「…今一歩理解できないが、人間の身体は切り離されれば普通は動かないんだよな?」
「おう」
「…ひとまず追い払うか」
シルフィーモンの足が跳ね上がる。
ポーンとサッカーボールの要領で蹴り上げられ、動く手はたちどころに姿が見えなくなった。
「あっ、はんど君が……」
「美玖、あんなものに構うな。先を急ぐぞ」
どことなく残念そうな美玖を急かし、シルフィーモンはさらに奥へと進む。
やがて、扉が見えてきた。
扉には複雑な鍵がかかっている。
電子錠でもないため、ツールを使ってのハッキングもできない。
だが、シルフィーモンはそのピッキングに取り掛かった。
「これは難解だが……ここをこうして……」
「大丈夫?」
「ああ」
知恵の輪を解くようなもので、解くのに時間がかかってしまったものの。
「……よし、やっと開いた。手こずったな」
「スゲェな…」
「二年前の仕事の時の方が色々と楽だったよ」
そんなやりとりを石原警部補と交わしながら、シルフィーモンは扉を開いた。
……その先は。
「こ、これは……」
そこは、滝沢邸の研究室と似通いながらもより異様だった。
幾つも並ぶ2mほどのガラス管。
その中には裸体の女性が、一本につき一人ずつ、それが十組以上も入れられている。
ガラス管の培養液の中で揺蕩う、同じ顔、同じ髪の色と長さ。
全員の口からかすれた声で、同じ名前がつぶやかれた。
「……滝沢、直美……」
十数個もの屹立したガラス管、その中を満たす培養液、その中に浮かぶ十何人もの"直美"。
それはまさに、美玖が直美から直接聞かされた夢の一部そのものだった。
しかし、あるものは腕がなく。
あるものは脚がなく。
ある悲惨なものは内側から胴体が裂け、心臓があるべき部分には空洞が広がるばかり。
「こ、これが全部直美さんのクローン!?こんな事が人間にできるのか…!」
「グウゥゥ……コンナモノ、デジタルワールドデモ見タコトガナイゾ」
「おぞましい!おぞましいが…!直視出来ないほどじゃない」
シルフィーモン、グルルモンがたじろぐ一方で石原警部補は呻きながらもその光景を見据えた。
ラブラモンは変わらず、鋭い目つきでガラス管を睨みつけている。
「これまでの身元不明死体は、クローンを何体も作って持て余したものを、処分してたのね…」
美玖はつぶやきながら、部屋に置かれた机を見た。
そこには幾冊もの本と、殴り書きがされたメモが置かれていた。
『1.21ジゴワット』
『心臓は作れない』
『私はだれ?』
『お父さんの本当の娘に』
そんな脈絡のない殴り書きが目に入る。
そして、ある一文が大きく赤ペンで何重にも囲うように書かれ、
『ホムンクルスは短命で長くも二年までしか生きられない』
「ホムンクルス?」
書き込みを見た問いかけ。
美玖はそんな問いかけに答えるため、自身が図書館で調べてわかったことを話した。
「…だから、直美さんのクローン…ううん、ミオナは自身がいつ死んでもおかしくない状況に不安になって、何をするかわからなくなっている」
「それが身元不明死体の真相というわけか?」
「多分、ね…だから、彼女を止めましょう」
その時、突然ガラス管に接続されていたコイルが電気を纏い回り出した。
直後、頭上で大きな音。
「何だ、今の?」
「雷だろ、今の。どっかで落ちたか…音からして結構大きい雷みたいだな」
「それより、見て!機械……が……」
指差そうとした美玖の手が止まった。
「どうした?」
「……皆、ガラス管から離れて!」
「えっ?」
美玖は見てしまったのだ。
ガラス管の一つ、その中で動くものがガラスを内側から殴りつけている姿を。
ガシャーン!!
ガラス管が破られ、這い出る人影。
だらりと垂れ下がった長い髪の間からこちらを見る目には感情が一切宿っていない。
壊れたマリオネットのように立ち上がる姿は、元が美しいだけに醜悪だ。
「…まさか、さっきの雷…」
(そういえば…)
開かずの部屋に置かれていた、フランケンシュタインの本を思い出す。
フランケンシュタインの怪物は、つぎはぎの死体に雷の電力を流し込む事で生み出された存在。
そう、小説の中でしかないと思っていた事が、目の前で起きている。
「……石原警部補!」
バッグから小麦粉を取り出す。
これも買ってきたカッターで袋の一部を大きく切り裂く。
「石原警部補、これを投げつけて下さい!」
「何を……小麦粉!?そんな物でどうするんだ?」
「後で説明します!効果があるとわかるのならこちらとしても助かる事なんです」
有無を言わさぬ彼女から小麦粉の袋を受け取ると、肩に力を込め。
「でぇありゃああ!!」
ほぼ絹を裂くような叫びと共に投げられた小麦粉。
辺りに白い粉が舞い散る。
その中で、こちらに襲いかかるため動き出していたクローンは、先程よりも緩慢な様子を見せていた。
小麦粉をかぶった皮膚は水分を失ってか徐々に老婆の肌のように乾き、皺が寄っていく。
「効果が全くないわけじゃないね」
シルフィーモンもグルルモンも、その様子を、戦闘態勢をとりながら見ていた。
「だが、これで本当に倒せるのか!?」
「それは、わたしがみる」
前へ進み出たのはラブラモン。
「おまえのなかのいのちのありかた…みせろ!」
ラブラモンの赤い瞳が一瞬、緑色へ変化する。
アヌビモンとしての権能だ。
本来ならデジモンの魂の善悪を見抜く力だ。
その力を持って、ラブラモンは目の前のクローンを凝視する。
(……これは……!)
魂のないヒトガタの内部に、幾つもの球状の物質が生成され、それらは互いに"共喰い"をし合っていた。
共喰いを重ねる程に肥大化していくはずの球状の何かは小麦粉をかぶった影響からか少しずつ縮小。
だが、ラブラモン、否、アヌビモンが驚愕したのはその球状の物質。
それは、紛れもなく電脳核(デジコア)だ。
電脳核が電脳核を喰い合う状況。
しかし、デジモンという範疇で、アヌビモンはこれに似たものを知っている。
(まさか、死の進化(Death-X(デクス)か!)
X抗体デジモンに見られたある現象。
死んでなお、存在し続けるためだけに他のデジモンの電脳核を喰らい続けて死にながら生き続けるという、アヌビモンからすれば身の毛のよだつ恐るべきもの。
アンデッド型デジモンに分類されるが、これまでこの死のX-進化(Death-X-Evolution)を初めて行ったのは……皮肉な事に、ドルモンから成る進化形態のデジモン達だ。
だが、アヌビモンとしての権能で視ている間に、クローンはやがて電池が切れたかのように倒れ、動かなくなった。
「……どうなの?ラブラモン?」
美玖が尋ねる。
「…うん。こいつのなかで、でくすりゅーしょんが起こってた。しんじられないことだけど」
「死のX-進化(デクスリューション)だと!?」
シルフィーモンとグルルモンが愕然とする。
「まさか、ドルグレモンのデータを使っていた影響からか?」
「たぶん、そう」
「だとしたら、滝沢氏の研究はかなり危険だったことになるぞ!」
死の進化によって生まれたデジモンの恐ろしさを、シルフィーモン達も知っている。
生存、いや、存在するためだけに他者を喰らい続ける悪鬼が如き在り方。
それは、ミオナにも起こり得る可能性を示唆している。
「ひとまず、☆☆病院へ戻ろう。今頃に目を覚ましているかもわからんが…」
「移動中、石原警部補には、なぜ小麦粉を投げさせたか説明しますので…」
「お、おう!」
ーーー
そして、☆☆病院の受付へ、美玖達は駆け込んだ。
「警察だ。すまないが、滝沢裕次郎の今の容態について聞きたい!」
警察手帳の掲示と共に尋ねる石原警部補。
対応に出たのは、直美を連れて行った時に出てきた看護師とは別の人物だった。
「警察の方ですか、滝沢裕次郎さんでしたら先程目を覚まされましたよ」
「本当か!」
「すみません、今から面談させていただいても構いませんか?至急、滝沢さんにお尋ねしたいことがあって…」
美玖の問いに、看護師は待つよう伝えると、他の看護師と何やら話し合う。
そして、戻ってくると、
「10分の間でなら。御用が済みましたら必ず退室をお願いしますね」
「わかりました!」
部屋番号を教わりそこへ向かう。
美玖、シルフィーモン、石原警部補の三人だけで入室すると、そこには写真で見た男性がベッドにいた。
「初めまして、滝沢裕次郎さんですね?」
「ええ、初めまして。…あなた方は…」
「長野県警の石原警部補です。こちらは、五十嵐探偵所の者達です」
美玖とシルフィーモンが一礼する。
彼女の顔を見た裕次郎は口を開いた。
「あなたは…ニュースで顔を見た事が…」
「五十嵐探偵所所長の、五十嵐美玖です。この度は、あなたを案じたある方からの依頼で身元不明死体の事件を調査しておりました」
「ある方?」
「匿名希望のためお名前は出せません。ですが、依頼人はあなたをたいへん心配しておりました」
そこへ、病室のドアが開かれた。
チャッチャッと爪の硬い音が聞こえ、ラブラモンが入ってくる。
裕次郎はハッとラブラモンの方を見た。
「……けんきゅうしつをみせてもらった。おまえは、きんきをおかしたな?」
「ラブラモン!」
美玖が慌ててラブラモンを抱き上げる。
「すみません、この子は…」
「いや、良いんだ。…あなた方も、私の研究室を見たんだね?」
「ああ」
「……そうか」
石原警部補の返答にうつむく裕次郎。
ラブラモンを抱えながら、美玖は頭を下げた。
「…お願いします、あなたの力を貸してください。このままでは、あなたの…もう一人の娘さんであるミオナが、何をするか…」
「!!」
裕次郎の顔が勢いよく上がった。
「ミオナの事も知ってるのか!」
「…はい」
しばらく黙った後、彼は美玖の目を見ながら言った。
「私は、罪を犯した。だが…あの子に、ミオナに罪はない。約束してくれ。ミオナには手を出すな」
その言葉と目に、強い意志が感じられる。
美玖も静かにうなずいた。
……そこから裕次郎は、昨日の事を話し出した。
その日。
夕方になってもお使いへ寄越したミオナが帰ってこない事に、悪い予感を覚えた裕次郎は。
贔屓にしていた宝石店を初めに町のあちこちを走り回った。
そして、あの空き家の前でミオナを見つけた。
二人はそこで口論になり、そして裕次郎はその最中で"怪我"をした。
……事故だった。
「そこから戻る途中で、無職の男に助けを求めたが、ネットでの噂を鵜呑みにしていた彼に殴られて病院送りになったのか」
シルフィーモンがつぶやく。
元々、ミオナは、直美の延命のため賢者の石を作成に行き詰まった所落ちてきたデジモンから発想を得て生まれたホムンクルス。
そのデジモン、ドルグレモンのデータを消滅寸前のところで抽出し、直美の遺伝子データに加え人体に含まれるとされる成分を元に精製された肉体に注入されて生み出された。
…しかし、成功例は、ミオナ以降いなかった。
「その頃の私は、ミオナを直美の心臓移植用のクローンとしか考えてなかった。…だが」
移植を実行する前に、二人の細胞で実験をした。
その結果…拒絶反応が出た。
「それで、私は気付かされたんだ。自分の愚かさに。直美とミオナ。よく似ているが、他人だったんだと。そこから、ミオナへの感情も変わっていったんだ。どちらも、私の大切な娘だ。片方を犠牲に片方を生かす。そんな残酷な事はできない」
そこで、シルフィーモンは尋ねる。
「念の為に聞きたいが、地下水道にあなたの研究室とよく似たものが作られていた事はご存知ですか?」
「地下水道…?いや、私の研究室は私の家の中だけだ」
「じゃああれは、ミオナが作った研究室か」
かさり
サイドテーブルからベッドへ、一枚の紙が落ちた。
その紙には、短い一文で
『さよなら お父さん』
と書かれていた。
これを見た石原警部補が尋ねる。
「もしかして、直美さんが我々より先に訪ねてきていましたか?」
「いや、私は先程目覚めたばかりだ。…誰も来てない、と思うが…」
「それなら…きっと、ミオナだわ」
美玖が紙を見つめた。
「…それでも、ミオナはあなたからすれば血の繋がらない存在だ。その上、ホムンクルスとしての寿命が近づいているらしい。あなたの本当の娘になるために何をするかわからないぞ」
「そんな!」
シルフィーモンの言葉に裕次郎は目を剥いた。
「ミオナは寿命なんかじゃない!」
「えっ?」
「どういうことです?」
「ミオナはデジモンのデータから強い生命力を引き継がせることに成功したホムンクルスだ。…むしろ、デジモンとホムンクルスのハイブリッド、といっていい。だから……今が寿命だなんて、ありえない」
喘ぐように言う裕次郎。
その言葉に嘘は見受けられない。
「それなら」
「ミオナは思い違いから身元不明死体事件を起こしていたってことになる!」
美玖がラブラモンを下ろして言った。
「直美さんの部屋へ!もうじき面会時間も終わるし、ミオナがここに来ていたって事は」
「直美さんの部屋へ急ぐんだ」
石原警部補とシルフィーモン、ラブラモンが部屋を出る。
一人、敢えて遅れて残った美玖は、しかし背を向けたまま尋ねた。
「……もう一度、確かめさせて下さい。あなたにとって、ミオナは本当に大切な娘さんなんですよね?ただの臓器移植用の道具ではなく?」
裕次郎は答えた。
「ああ、臓器移植のための存在じゃない。ミオナも……私の大切な娘だ」
「……わかりました。必ず、ミオナも直美さんも、無事にあなたの元へ帰せるようお約束します」
美玖が駆けつけると、直美の病室には倒れた男性看護師しかいなかった。
石原警部補が起こしながら尋ねる。
「おい!しっかりしろ、何があった!?」
「な、……直美さんが、ふたり、いて…一人が…」
男性看護師の答えはまるで要領を得ない。
「くそっ、先を越されたか!どこへ行った?」
「それなら近くにいた人に!」
美玖が部屋を出て、近くにいた看護師をつかまえる。
「すみません、この近くでよく似た二人の若い女性を見ませんでしたか!?」
「え、ええ…さっき、階段を上がって行きましたよ」
看護師が言うに、意識のない一人をもう一人が支えていて、心配して尋ねれば
「気分が悪いようなのでちょっと屋上まで、と…」
「屋上か、急ぐぞ!」
「あ、あのっ!?」
階段を駆け上がっていく。
石原警部補が舌打ちした。
「一体何のために滝沢直美を?復讐するつもりか!」
「違う!」
美玖は首を横に振った。
「多分、復讐するにしても見せしめとかではありません!そんな形の復讐なら、とっくにさっきの部屋で殺してもおかしくない」
「じゃあ、何が目的だっていうんだ!」
「……本人に聞きましょう」
「そうだな」
屋上に上がった美玖達。
その先には、意識を失った状態でストレッチャーに載せられた直美と、彼女に接続された謎の機械を操作するミオナがいた。
美玖達に気づくと、傍らの直美にメスを突きつける。
「やめて、ミオナ!」
美玖が叫ぶ。
戸惑った表情でミオナは彼女の方を向いた。
「あなた達、誰!?なぜ私の名前を」
「滝沢さんから聞いたわ。他にも、色々と知ってる!」
「なら…なら、私が紛い物の生命だってことは知ってるでしょ!?お願い…役に立つ形で死なせてちょうだい」
そう訴えるミオナに問いかけを投げる美玖。
「何をするの」
「私の心臓を、直美に移植する。直美はそれで……生きられる」
ああ、だからか。
一歩、進む。
かすかな光を吸って、メスが光った。
「ミオナ、あなたの人生は、あなたの物よ。無理矢理自分を誰かの人生のレールにする必要はないわ」
「そもそも心臓いしょ……むぐぅ」
口にしかけた石原警部補を、シルフィーモンが強引に引っ張っていく。
ラブラモンも空気を読んでかついていく。
小声でシルフィーモンが言った。
(交渉(ネゴシエイト)中だ、外野の我々は様子を見よう)
美玖の言葉にミオナは言い淀む。
「でも…それだと、直美の命が…」
「あなたのお父さんは言っていたわ、ミオナ。あなたも直美さんも大切な娘だ、片方を犠牲にもう片方を生かす。そんな残酷なことはできないって」
「……でも……」
雨の中、涙がぼろぼろとミオナの目からこぼれ落ちた。
堰を切ったように彼女は訴える。
「でも、私……もうじき、死んじゃう……」
(そうだよね、寿命が近いと思ってるから…けれど)
不安を取り除く。
心臓移植ができない、その事実を彼女に知らせるのは…後だ。
「大丈夫よ。あなたのお父さんは言っていたわ。あなたはデジモンの強い生命力を受け継いだホムンクルス。まだ、寿命じゃない」
「え…………?じゅ、寿命じゃ……ない…?」
しばしの間時間は過ぎて。
ミオナはメスを取り落とし、膝から崩れ落ちた。
自分はまだ寿命ではない、父は自分の生存を望んでいる。
それを知ったゆえの脱力感だろう。
その時、頭上を一際大きな稲光がよぎった。
轟音と共に、病院の周辺がまっ暗闇に包まれる。
辺りで驚きの声があがるのを聞いた。
「…終わったようだな」
「それにしてもまたデカい雷だな。しかも停電か……ん?」
突然、何かが屋上へとよじ登る気配。
目の前を飛び出したのがグルルモンと知って、石原警部補は危うく気絶しかけた。
「どうした?グルルモン」
「地面ノ下カラ何カ来ルゾ!」
「地面の下?」
どぉん!!
「!?」
「何?一体なんなの!?」
真下から突き上げるような振動。
シルフィーモンが屋上から下を見下ろし、彼の目は闇の中で道路を引き裂き現れる蛇のようなシルエットを捉えた。
それは、コンクリートの下から汚水と共に現れ、粘土のように自らの形を形作っていく。
蛇のように見えるそれは、そこに集合して合体した全てが、滝沢直美のパーツだ。
やがて、長い首、大きな翼、短い脚に長い尾。
それは、遠目に見ていた美玖達の前でおぞましい吠え声をあげた。
「あれは……」
シルフィーモンがその姿をつぶさに見た。
両目を覆う肉のプレート。
鼻をうごめかす姿。
口からしゅるりと覗く蛇のような長い舌。
姿はドルグレモンに酷似していたが、先程のクローンの様子から大体想像がつく。
つまり……
「デクスドルグレモンになったのか…!あれを野放しにするのは危険だ!」
「いや、それより」
石原警部補がうめく。
「こっちに来るぞ!」
クローンがより集まって生まれたデクスドルグレモン。
それが、猛烈な勢いで病院めがけて地面を走ってきた。
「な、なにあれ、こっちに」
その姿に声を震わせるミオナ。
美玖が咄嗟に振り返る。
「直美さんと一緒に私達の後ろへ下がってて!」
デクスドルグレモンは病院前にたどり着くと、前足の爪を壁に突き立てた。
鼻先を屋上へ覗かせ、匂いを嗅ぐ。
その鼻先は、シルフィーモン、ラブラモン、グルルモンと移動し、ミオナと直美の方へしきりに鼻腔が開閉を繰り返す。
「まさか…直美さんとミオナを狙って…!」
美玖はグルルモンに背負わせていた小麦粉の袋を即座に切り裂き、石原警部補に渡した。
「石原警部補!」
「お、おう!」
「姿と大きさが変わっても弱点は同じはず…頼みます」
渡された小麦粉を、石原警部補は抱えて走る。
そして、鼻先を覗かせていたデクスドルグレモンの胴体めがけてその袋を落とした。
小麦粉の当たった部分が煙をあげ、グズグズに崩れていく。
そんな状態であるにも関わらず、デクスドルグレモンは屋上へ上体を乗り上げようとした。
その時、美玖に見えた。
崩れた肉の間に現れた、大きな球状の塊を。
「あれ、もしかして電脳核?」
「あれを壊してしまえば、動きは止まるかもしれない」
「ヴァルキリモン、出てこい!お前も手伝え!」
ラブラモンの声にヴァルキリモンが出現した時。
タイミングを同じくして、デクスドルグレモンは遂に屋上へ上体を乗せ上がった。
首をもたげ、睥睨しているデクスドルグレモン。
小麦粉を浴びて崩れたはずの身体が、クローン個々にある電脳核の喰らい合いからくる増殖・新陳代謝に似た死の進化の働きにより瞬く間に再生していく。
たちどころに、最も大きな電脳核は見えなくなった。
「傷を修復しやがった!?」
ーーーそのようだ、だが手はあるよ。
「て、誰だあんた!?」
驚く石原警部補にヴァルキリモンは薄く笑んで。
ーーーあの電脳核が弱点ならば砕くこともできようさ。
「そうだな、おまえのけんのれいきなら、でじこあをはかいしつつしゅうへんのさいぼうのでくすりゅーしょんをおさえられるだろう。やるぞ」
「凍らせる事で、細胞組織を破壊し、再生させにくくするんですね」
『フェンリルソード』の冷気を近くで浴びた感覚を思い出す美玖にヴァルキリモンはうなずく。
ーーーさあ、こじ開けてくれたまえ。
「やるぞ…!」
「ええ!」
胸元が熱い。
光の矢で狙いを定める美玖の胸で、光が生まれた。
薄桃色とオレンジゴールドの光を放つ、二つの紋章が、燃えるように輝いた。
(約束したから…必ず、滝沢さんの元に帰すって!)
その想いを込め、美玖はデクスドルグレモンに向けて聖なる光の矢を放った。
小麦粉が投げられ、
「『トップガン』!」
「『カオスファイヤー』!」
「『レトリバーク』!」
集中攻撃を受けたデクスドルグレモンは大きくよろめく。
崩れた体組織がボロボロとこぼれ落ちる中、再びその姿を現した電脳核は、死の進化の影響か不気味な赤い輝きを放っていた。
ーーー『フェンリルソード』!!
高速、斬撃。
ヴァルキリモンの剣が電脳核を真っ二つに切断。
その周りが凍りつく。
魔剣の凍気を受け壊死していく細胞は死の進化を継続する事が難しくなり、電脳核なしで集合体となった肉体の維持ができなくなる。
デクスドルグレモンの形を成していたモノは、形を失い大きく崩壊していった。
「ーーミオナ!」
声に美玖達が振り返る。
石原警部補の部下達に支えられた裕次郎がいた。
「…お父さん!!」
ミオナが駆け寄り、裕次郎はそれを抱き止める。
嗚咽が、屋上に響き渡った。
「……終わったな」
「帰りましょう。直美さんも、元の病室へまた寝てもらわないと…」
………
未だ眠ったままの直美を元の病室へ運び、改めて二人の話を聞くことになった。
先程も伝えられた通り、裕次郎は直美の延命のため賢者の石を研究しており、その途中ホムンクルスの技術と死ぬ間際のドルグレモンから抽出したデータからミオナを生み出した。
一方ミオナは、ホムンクルスが短命と知った一年前から、自らの延命のためミオナ自身のクローンを造っていた事を話す。
しかし、裕次郎と同じように、試みは全て失敗した。
「……殺人事件なんて、最初からなかったんだ」
シルフィーモンがつぶやいた。
あのクローン達も、雷のような強烈な電気がなければただの肉の人形だ。
生命など始めからない状態だったのだ。
「最初から、ミオナと滝沢氏が素直にお互いの事を話していれば」
無職の男が、裕次郎を殴らなければ。
周りの悪意や無意味な義憤、無知が、存在しない殺人鬼の影を作り出していたのだ。
「……でも、良かった。一人も犠牲者が出なくて、本当に良かった」
「ただ、あのデクスドルグレモンもどきの後始末やら、結局滝沢裕次郎に向けられた犯人と見なす向きをどうにかしなければだがな」
「そこは…ほら」
美玖が意味ありげに、シルフィーモンの方を向く。
「うちには、コネやツテを持った優秀な助手がいますから」
「何から何まで私任せにする気か、どいつもこいつも…」
盛大にため息をつき呆れるシルフィーモン。
石原警部補がニヤついた顔を見せた。
「だな、うちの署にも欲しいくらいだ」
ふと、美玖はある考えがよぎった。
そうだ、ミオナは寿命を心配する必要はない。
けれど。
「……シルフィーモン」
「何だ?」
「直美さんの、心臓のことを考えてた」
人間だけでは打つ手がないのなら。
「シルフィーモンのコネで、腕の良い医者なデジモンはいないの?」
「…美玖」
彼女が何を考えているかわかる。
だから。
「美玖、そこは私達の管轄じゃない。いないとは言わないが…それに君が私情を持ってまで対応する必要はないよ」
「でも、なんとかしてあげたい。人間の方で治すのが絶望的なら、デジモンの力でどうにかできない?」
「………」
シルフィーモンは沈黙。
ジッと見つめる美玖。
やがて、観念したように、シルフィーモンは言った。
「いないわけじゃない。腕は確かだ。……だが、人間をやたら手術したがるド変態だぞ。そこに目をつむれば、タダ同然で手術するとうそぶいてるが…やめるなら今のうちだ」
それでも、意思は変わらなかった。
「お願い」
ーーーー
☆☆病院に出没した巨大な化け物の噂は、たちまち病院周辺の目撃者の証言や撮影されてネットに投稿された動画から広まった。
これに対し、一部の報道をシルフィーモンのコネから複数のパブリモン達による情報操作で対応。
数多の誤情報をネットに流すことで、怪物に関する詮索を牽制した。
『怪物はデジモンであり、これまで発見された身元不明のバラバラ死体は怪物による犠牲者のものだった。これに対し、長野県警の石原警部補と出張中の五十嵐探偵所所長とメンバーのデジモン達が応戦。怪物は退治された』
このような話がネットに流され、やがて裕次郎を犯人視する声はなりを潜めていった。
遠くないうちに、死体騒ぎと化け物騒ぎは、忘れられていくだろう。
ーーー
一方、シルフィーモンの紹介を受け、美玖と裕次郎、直美は医者をしている一体のナノモンの元を訪れる。
「おっほほほほほーう!!なんとこれはこれは!本当にあいつの言う通り、人間の患者が来てくれたぁ…ありがたい。これで我が寿命が一年延びるというもの、あっはははー……おっと、失礼失礼!」
エキセントリックな言動に、不安がよぎったものの。
結果的には、手術は成功。
ナノモンが自らのウイルスを改造した医療用ナノマシンを注入することで、直美の体内の弾丸は無事に摘出された。
(…確かに、デジモンは危険な存在だけれど…人を幸せにすることだって、できる)
そんな事を、美玖は思った。
ーーー
裕次郎、ミオナを交えての話し合いで、ミオナは五十嵐探偵所へと同居することになった。
裕次郎は、ミオナが人間らしく暮らせるようにと、以前から戸籍の取得や免許証取得など彼女に取らせていたという。
「これから、よろしくね。美玖、シルフィーモン、ラブラモン、グルルモン」
彼女は笑った。
「こちらこそ!」
その胸に、赤い石が光る。
事件の後に裕次郎がミオナへ贈った、デジコア・インターフェースを模したペンダント。
…その石は、直美のものと同じ、ただの石ではなかった。
賢者の石、完成には一歩及ばずも極めて近い性質を持って作成の実現したものが。
ミオナが生まれた日、ミオナが"寿命を迎える"と怯えていた日に贈られたのである。
結果を言えば、ミオナは確かに、寿命を迎えることはなかったわけだ。
……その後日、五十嵐探偵所を訪れた直美は、美玖にお礼を言いに来た。
「ありがとうございます。何からにまで…父への嫌がらせもなくなって、本当に、感謝しています」
……その様子を、ミオナは陰から見つめていた。
シルフィーモンが声をかける。
(会わないのか?)
(…うん。これからも、私は、直美に会わない方が良い。そう思うの)
ーーー
美玖は、のちに近況報告を、三澤警察庁長官へ行った。
通話のやりとりで、美玖は、今回の事件の事を話した。
「……三澤警察庁長官」
『なんです?』
「警察というのは、やはり、誰かに信頼される仕事であるべき…ですよね?」
『…正義や信念に縛られなくて良いのですよ。五十嵐さん』
三澤の声はいつもより穏やかで。
『肝心なのは、正義や信念に囚われ過ぎず、市民が安心して暮らせる土台を築き、守ることです。……最近は、それをわかっていない者が多いようですがね』
……………
後日。
一通のメールが、探偵所に届く。
送り主は滝沢裕次郎。
内容は、謝礼と人探しの依頼。
『私の友人を探して欲しい』
裕次郎の話によると、友人が姿を消したのは四年前。
時を同じくして、世界各地で、ある事件が起きてもいた。
…デジタルウェイブの研究者が、何者かにより殺害されていたのだ。
『私の兄と、妻の花江も、デジタルウェイブの研究者でした。それが、あんなことに』
裕次郎の兄は、同じ年に何者かによって妻とは別の場所で殺害された。
そして、デジタルウェイブの研究者が狙われ、殺害されていく背後に友人が関わっているという情報を得ていたのである。
『どうか、彼を探して欲しい。デジタルウェイブの研究者はデジタルウェイブを操作・管理する権限を持つ。でなければ…』
25年前に世界中に襲いかかったイーターの脅威。
イーターを制する鍵は、デジタルウェイブにある。
それを制御する者がいなくなったら、誰もイーターを止める術がなくなる。
送られた友人の情報と顔写真。
それを見た美玖とシルフィーモンは、険しい表情になった。
「……こいつが……」
その人物の名は、湯田悟。
その顔はまさしく、数ヶ月前にホテルの支配人と依頼人を装い、美玖とシルフィーモンを罠に陥れたあの男のものに他ならなかった。
近所のじいさんばあさんいいキャラ過ぎる。夏P(ナッピー)です。
一話(分割二話)で解決する事件としてはなかなか大きかった印象。というか、ハガレンでお馴染み人体の構成成分が来た時にゾクッと来ました。人はモノじゃありません神様のバチが当たりますよ!(CVゆきのさつき)
ホムンクルスとフランケンシュタインがどっちも絡んできたので、それこそハガレンとエンバーミングが混ざったかのような展開。てっきりあのフランケンシュタイン軍団が次々と動き出して阿鼻叫喚になるのかと警戒していましたが、そんなバイオハザードめいた展開は無かった。一人動き出しただけで十分怖かったのは内緒。石原警部補絶対殺され役だと思ったし。
終わってみれば殺人事件などなく、一応(?)皆ハッピーに終われたのは良かったですね。De-X-the並びにデクスドルグレモン出てきた時は「アカンこれ多分大量発生してこの街滅ぼされる」と戦慄しましたが、今回も普通に居合わせたヴァルキリモンが有能過ぎる。ヴァルキリモンとラブラモン(アヌビモン)いると大抵のことは何とかなる気がするぜ! しかし金を盗んだ無職の男は普通に悪いことしてるじゃねえかと考えると噴く。
余談ながら、冒頭のじいさん達との会話の後なんか不穏なフラグあったので、美玖サンがまたいつんほおおおおおおしてマッサージの世話(意味深)が必要になる展開が来るのかと内心警戒しておりました。戦闘中にんほぉるとかそんなERO本みたいな展開が……!?
それでは次回もお待ちしております。