これは、そのような"モノ"が出たかもしれないIFの物語。
「……っ」
必死に吐息を押し殺す。
とっさにカバンから出した参考書のページを開きながら、脇をそっと覗き見た。
(やべぇ……距離が、近い)
転校早々にこんなにも心臓が激しく荒ぶるなんて厄年か何かか。
そう思った彼の名前は、縁道達也(えんどう・たつや)。
電ノ宮高校に転校してからまだ日の浅い二年生だ。
そんな彼は今、運命の女神に翻弄されつつあった。
というのも……
(カッコつけて参考書なんて出したけど、さすがにオレの事気づいてたり、知ってるわけねぇよなあ。スマホに夢中みたいだし)
達也の目線の先には同じ高校の制服姿の少女。
栗色の髪をハーフアップに結い上げた美少女の名は淡空愛(あわぞら・あい)。
クラスで評判の美少女と目されている。
よく女友達と話す姿を目にした印象だが、どうやら今は一人のようだ。
バスの待ち時間に、二人きり。
話しかけるには絶好のロケーションだが、達也にはそれを実行できる勇気などあるわけもなく。
(それにしても、ずっとスマホを見てるけど、何だろう?……あ、笑った?)
観察していれば目にする、愛の笑み。
気兼ねない友達と会話をしているかのような様子だが、気が気でない。
(実はもう誰かと付き合ってるんじゃ)
そうだったらガッカリする。
もちろん自分が。
好奇心と興味、不安を抑えきれずに覗き込んだスマホには……
(なんだ、これ?)
一瞬だけ見えた、何かのイラスト画像。
その右や下部分に、何やら色々と画像や文章が載っている。
どうも、SNSの類ではないようだが、かろうじて目に入った単語を思わず読み上げてしまった。
「…【デジタル・クルセイダーズ】?」
ハッとした。
愛が目をいっぱいに見開いて、自分の方を向いている。
(しまった!怒られる!?)
「わ、わわわ悪ぃ!何見てんのかと、つい気になって…」
だが、愛の反応は彼の予想を外れた。
とびっきりに目を輝かせた彼女は、達也にぐぐいっと迫った。
「達也君、PBW(プレイ・バイ・ウェブ)……"デジクル"やってるんだ!?」
「ふぁっ!?」
(何だそれ!?)
名前を覚えてくれてた、という衝撃よりも彼女の食いつきの方に驚かされる。
「……お、おう」
「ねえ、何のデジモンにしたの!?組織(トライブ)はどこ所属!?もしかして依頼かリアイベで会ったことある?……ああっ、待って、待って!聞くのが怖い!!」
(す、すっげえ早口…!嬉しいけど、なんか複雑っ)
茫然となって、しまいには。
「来月、オフ会に来る!?」
「もちろん!!」
勢いに流されて、約束してしまった。
「PBW、PBW……っと」
後悔先に立たず。
ひとまず、どんなモノかわからないことにはと家に帰って検索した。
勢いに乗せられてウソをついてしまった、では愛を悲しませてしまう。
そんな事だけはどうしてもしたくなかった。
なにより、彼女にお近づきになれるチャンスという、不純な動機もある。
「お、出てきたぞ。…PBW…とは?」
PBW。
正式名称はプレイ・バイ・ウェブ。
ウェブ上の遊戯ジャンルのひとつで、文章による通信が重視される多人数同時参加型ゲーム。
インターネットが普及する以前は、郵便を介して文章による通信を行うPBM(プレイ・バイ・メール)なるものがあった。
「……文章が多すぎてわかんねぇな。ついで、デジタル・クルセイダーズで検索っ……と」
こちらもすぐに検索結果にヒットした。
公式ページとされるアドレスにアクセスした瞬間、画像に迫力のあるモンスター達のイラストが表れる。
「うぉ、…て、こいつ見覚えがある。確か、デジモンだったよな…。今もあったのかよデジモン。公式でこんなのが…しかも、ブラウザゲーム」
それ以外、何もわからぬ。
だが達也は諦めない。
諦めては男が廃る。
こういう場合の"攻略法"を、達也は理解していた。
即ち、
「他人に聞く!!」
そうと決まればキャラクター作成だ。
キャラクター作成と書かれたタブをタップすると、説明文とは別に選択枠や記入欄が表示された。
「これは、…デジモンでキャラクターを作るのか」
それも、人間のオリジナルキャラをではない。
デジモンで自分の考えたオリジナルの性格や設定のキャラをデザインするようだ。
それも、成長期から究極体までの、一部を除くほぼ全てのデジモンを。
さすがに外見を大きく変更は無理のようだが、いくつかの外見特徴やアクセサリーを選択する事で識別が可能らしい。
「よし、ならオレは……」
成長期の項目を選び、かつて憧れたデジモンの成長期だったその姿を選択。
究極体にそのデジモンの項目がなかったのは残念だったがそれはそれ。
「この装飾品の項目は……ブレスレットとピアスにするか。後で変更可能だってあるし」
性別の項目があるが、これはデジモンの個性(パーソナリティ)のものだ。
男性的・女性的・中性的の三つ。
女性っぽいグレイモンや男性っぽい口調のリリモンなどを演じる(ロールプレイする)ことができる。
この項目に、男性的、と選択。
こうして、選択と記入を完了し、キャラクターが無事誕生した。
次は……
「次はこの、おあつらえ向きに組織ってある所選びだな」
組織のページには、全く異なる絵柄のイラストのデジモンの顔アイコンと、組織によっては風景などが描かれたバナーが設置されていた。
「これ、デジモンのイラスト、なんか皆絵柄が違うな。オーダーメイドか?…んなわけ、ないよな」
同じデジモンでも絵柄や、絵の雰囲気がまるで違う。
そんな手の込んだゲーム、あるわけなど……
ふと、ある組織に目が止まった。
その名は【Heliolite】。
「お、この組織のリーダーのデジモン、知ってる。ガルダモンだ。この絵の感じはなんか見た事があるな…」
どこで見たかは覚えてないが、ひとまずと組織の詳細を確認してみる。
というのも、組織の詳細には初心者向けとあったり、特定の種族や属性オンリーと記載された所が多かった。
初心者向けの項目はなかったが、運命を感じて即座に入団申請を送信。
もちろん、簡易な紹介文を入力してだ。
申請してから10分後。
「……お、受理された」
早速、組織の掲示板に入ってみると雑談のスレッドにそのガルダモンによる新規入団のコメントが残されていた。
ーーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「新しい仲間が一人来たぞ。リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)。最近、クルセイダーとなった新人のギルモンだそうだ。よろしく頼む」
ーーーー
達也はすぐにレスを返した。
『おう、初めてだ!よろし』
ここまで入力して、思い直す。
「いや、違う違う。こいつのキャラ(性格)なら…」
ーーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「入団受理感謝する。俺はリューガ。若輩者だけど遅れをとるつもりはない。ここに来てから色々教わることも多いだろうから、よろしく頼む」
ーーーー
すると、幾つかのコメントがこの前後に入ってきた。
ーーーー
シラユキ・ダンゴ(お団子は冷たくて丸い・g1025)
「初めましてー!ユキダルモンのシラユキだよ。リューガさんは初めての組織かあ。ゆっくりしていってねー!(にぱっ」
トマ・コマイ(お米は大事・g0081)
「おおっ、新たなオコメニストの降臨……ごほん。初めまして、トマだ。ここが初めての組織だそうだね。是非ともよろしく頼むよ」
ーーーー
トマのコメントと発言アイコンには思わず吹き出してしまった。
ワイズモンなのだが、ポップな絵柄と文字で『お米は 生命!』と書き出されているのに笑いを誘われた。
しかも手にご飯とお箸持ってるし。
一方のシラユキは、綺麗さと可愛さの相まった顔アイコンだ。
ユキダルモンが可愛らしく描き上げられている。
(なりきりは久しぶりだけど、まさかデジモンでこんな光景が見られるなんてな……)
大抵の人にとってのデジモンはアニメなどでイメージが固められてしまう。
しかしここでは、それに囚われない、デジモンをキャラクターとして表現する人達がいる。
それに感心しつつ、他のネトゲでは難しかった完全なキャラクターのなりきりができる事に達也は面白さを覚え始めた。
ーーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「こちらこそよろしくな、リューガ。もし迷うことがあったら、現在のゲーム内の時勢なら【これまでのあらすじ】を、それ以外は各ページのヘルプがある。もし他にもわからない事があれば聞いてくれ」
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「よろしく頼む、皆。皆は俺の先輩だ、これから色々とわからないことがあれば教えを請おうと思っている」
トマ・コマイ(お米は大事・g0081)
「いやいや、先輩後輩と言わずとも新たな団員を我々は喜んで歓迎しよう。ここで会話を楽しむも良し、イラストを頼むも良し、依頼や闘技場に繰り出すも良し。我々クルセイダーの生活の基本だよ」
ーーー
「え、待てよ?」
達也はトマのコメントに目を瞬かせた。
このトマの顔アイコンがまた、絵柄が違う。
先程はコミカルな絵柄だったが、こちらは真剣味のあるものだ。
いかにもワイズモンといった、公式絵とは異なる趣きで描かれた謎めいた魔導士然のある顔アイコン。
「イラストを頼むって……もしかして、始めからゲーム側が用意してくれてるものじゃなくて、全部一点ものなのか!?」
そういえばと、キャラクターのステータスページを見る。
むろん、トマのだ。
すると……。
「すげぇ、描いた人の名前がバラバラだ…!」
顔アイコンの種類が豊富なのはもちろん、上半身だけを描いたいわゆる『バストアップ』イラストに全身イラスト。
さらには、ベガやシラユキ、複数のデジモン達と仲良く生活している光景に、達也には見覚えのある存在を相手に複数のデジモン達と共に戦うような構図も見受けられた。
「このイラストで相手に戦ってる相手、デ・リーパー!?このゲーム、デ・リーパーも出るのか!」
アニメで見たことのある敵だ。
すぐに、リューガでコメントを残すことにした。
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「今、トマのページからアトリエ?っての見てみたんだが、色々と沢山あるんだな。どれもトマが頼んだものなのか?」
ーーー
しばらくして、また新しくコメントが入った。
ハイビスカスの頭飾りを着けたプレシオモンだ。
ーーー
ナギサ・ガリュプデス(プレシオモンのクルセイダー・g3170)
「ベガ団長はDMありがと〜☆こっちも発注文の案が固まったから、今送っとくね!//リューガ君はいらっしゃい!ナギサっていうの、よろしくね!そうだよ、アタシ達のイラストは全部、専属のイラストレーターさん(イラストマスターって呼ぶ)に有料で依頼してイチから描いてもらう、世界でアタシ達だけの絵なの。アトリエってページを一度はチェック、チェック〜♪」
ーーー
「この人は二つ名はつけないのか」
キャラクターの名前とは別に二つ名を設定する事ができる。
未設定の場合は○○○(デジモン名)のクルセイダーと付く。
……それより。
「すげえ……確かにいっぱいイラストがある。これ全部が……」
これが同人等のゲームなら問題だが、デジモン公式によるゲームならばほぼ無問題、といったところか。
装飾品による違いがあるとはいえ同じデジモンでもイラストマスターによる描き分けは見事としか言いようがない。
課金方法についても詳しく調べたところ、入金方法はウェブマネーやクレジットカード等幾つかの手段があるが、どうやらウェブマネーで払うのが一番のようだ。
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「ありがとう、トマ、ナギサ。凄いイラストばかりだ…これが全部公式で一点ものなんて、信じられない」
……数分後……
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「ありがとう、ナギサ。今DMを受け取った。★が用意でき次第リクエストしよう。そちらも用意しておいてくれ。(リューガの言葉に)そう、だが一点ものなのはイラストだけではないぞ。そう、俺達が活躍する物語、つまり小説も一点もの…いや」
ーーー
ここでベガは別のアイコンで新たにコメントをした。
劇画風の、気合いを入れたような顔アイコンを。
ーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「イラスト、俺達が選択した未来を描く小説、全てが一点もののゲームなんだ!」
ーーー
「…そういえば、小説がゲームになるって書いてあったな」
そも、勢いに乗って肝心の世界観を確認していなかった。
そう思い、達也は、図書館とあるコンテンツページに移動した。
……デジタル・クルセイダーズ。
その始まりはこうだ。
時は2000年。
まだ人間とデジモンが、時々干渉しつつも決して交わり合うことのなかった時代。
しかし、とある国の軍事組織が、秘密の実験によって異次元の扉を開いた事で人間にもデジモンにも脅威たる存在を招く可能性を作ってしまった。
デ・リーパー、或いはイーター、また或いは遥か昔に置き去られた"神"の眷属……。
必死の抵抗も敵わず、滅亡へ追いやられていく中、一人の少年の祈りに応えた一体のデジモンをきっかけに多くのデジモン達が人間達の救いを求める声に応じた。
やがてそれは、イグドラシルやホメロスといったOSまでを巻き込む戦いに発展し、ロイヤルナイツやオリュンポス十二神、四聖獣といった勢力らは一時的に人間達を救援する側へ立つことに。
そうして人間を救う側として立ち上がったデジモン達は、クルセイダーと呼ばれた。
クルセイダーとなったデジモン達は、デジタルワールドや現実世界を脅かす存在、或いは七大魔王を筆頭とした敵対勢力と戦いを繰り広げることとなる。
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「そういえば、さっき依頼って言っていたのはそれだろうか?それも一点ものの…?」
シラユキ・ダンゴ(お団子は冷たくて丸い・g1025)
「うん、それで合ってるよー。詳しくはシナリオのコンテンツページを確認して欲しいけど、イラストも小説も含めて全部が一点ものってとこがPBWかな。長くなるからちょっとDMを送るねー!」
ーーー
少しして、ページの左上にあるリューガの顔アイコン(公式イラストのギルモン)に円で囲んだ1の数字が浮かぶ。
すぐにチェックすると、リューガのステータスページのうち、DMとある項目に赤丸で囲んだ1の数字。
どうやらメールが、何通来ているかと言う事を示すためのもののようだ。
***
シラユキ・ダンゴ(お団子は冷たくて丸い・g1025)
「ちょっと長くなると思うからこっちで説明するねっ。シナリオのページにはもう飛んでると思うけど、専属の文字書きさん(通称はマスター)が出している幾つものお話の冒頭が出てるの。
その冒頭、いわゆる話のオープニングを読んで、どのお話に自分のキャラを参加させるか決めるの!」
***
途中まで読んで、シナリオのコンテンツページに飛ぶ。
ここで、様々なタイトルが出てきたので、適当に幾つかのタイトルのオープニングに目を通した。
「本当に小説の冒頭って感じだな…」
内容も様々で、目標の例を大まかに挙げると…
・ショッピングモールが敵対デジモンに襲われた!すぐに駆けつけろ!
・○○県の観光地にイーターの出現が予知された。客を避難させつつ出現したイーターを掃討せよ。
・小学生が下校中に迷子になった。危険な神の眷属と遭遇する前に救助せよ。
…といった具合。
ゲームの設定として、カーネルとアクセスする権限を持つ選ばれた人間達、通称【メッセンジャー】がカーネルを通して得た限定的な範囲の未来予知をクルセイダー達に知らせるものになっている。
なお、このメッセンジャー達の予知から大きく外れた行動をとった場合は、予知とは全く違う事態になる可能性が出るため避けるべきであるようだ。
メッセンジャー達は全て人間で、マスター専属のNPCである。
年端のいかない子どもから、酸いも甘いも噛み分けたような壮年まで様々だ。
そこまで読んで、シラユキのDMの続きに移る。
***
「もし参加したい冒頭のシナリオ、つまり小説が決まったら、『その小説で自分がやりたいこと』を『リューガ君自身の文章』で書く。
その文章、通称『プレイング』がマスターの元に渡って、他の人達の書いたプレイングと組み合わせて、小説の本編を書いてくれる。これはリプレイっていって、全部が無料で読めるよ!
機会があったら読んでみてね」
***
つまり、プレイングを書くに当たって限られた選択肢は少なく、その上で『自分はこういう行動をとる』と宣言するのだ。
確かに面白いかもしれない、けれど。
(でもあまりゲームって感じがしな……ん?)
ふと、数多くある冒頭を眺めていると目に入ったもの。
それは、作戦を相談し合う様子だった。
「そうか、皆で参加する一本のシナリオだもんな!そりゃ、良いプレイングや結果を出すために頑張るか」
ふと、ここで新たな書き込みを見つける。
ベガの発言だ。
ーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「シラユキが説明してくれていると思うので、俺から他に言う事があるとするなら。それはやはり、シナリオに参加し、プレイングを書き、リプレイを読むことで攻略や研究をする楽しさだ。皆と協力し、努力し、選び取った選択の成果がプレイングになってリプレイに変わる。それによってこの世界がどう変わっていくかも変化する。ゲーム内の時間ではなく、現実世界(リアルタイム)でだ。これが、PBWの本質であると共に皆と世界を共有していく楽しさそのもの。覚えてくれると嬉しい」
ーーー
気がつけば、達也はすっかりデジタル・クルセイダーズにのめり込んでいった。
なりきりチャット感覚で話をするブラウザゲームは新鮮であったし、同じ組織所属を中心とした友達ができたからだ。
その経過で、達也は幾つかの事項に取り掛かっていた。
例えば、自身のキャラ…リューガ・コウジンのイラストのリクエスト。
「番号を入力して………よし、買えた」
間違えないよう画面に、ウェブマネーのカード面に記載された数字を入力する。
達也が教わって知った事の一つは、PBWは基本的にお金のかかるゲームということ。
組織や誰もが利用できるフリー掲示板の他、リアルタイムイベントの参加は無料だが、イラスト発注やシナリオへの参加等の一部のコンテンツは有料だ。
特にイラストが最もお金がかかりやすく、絵を発注する基本たるバストアップを頼むだけでも4〜5千円はかかる。
顔アイコンは一つにつき大体1000〜1500円ほど。
それでも月額制や強制的な支払い要求ではないだけありがたいのだが。
「イラストマスターって沢山いるけど……この人の絵、好きだな。頼んでみよう!」
派手で大胆な色使いと力強い線、影の表現がクッキリと特徴的な絵。
見れば色々なデジモンのものも描いており、ウォーグレイモンやジャスティモンといったカッコいい面子が多い事にワクワクしてしまう。
だがまずはリクエストだ。
ナギサやシラユキの説明によれば、絵を注文する際その仕方によって違うという。
「リクエストは発注文を送って一週間までの間に受理されればOKで、発注は発注文を送ってすぐに描いてもらえる、だったな」
今回頼むイラストマスターはリクエストのみの受付をしているらしく、積極的に受付をしている事を示す火の玉のマークがマスター名の横についている。
リクエストを送信するため、絵の種類やリクエストの期限の設定を選択し、発注文の枠へ進む。
発注文の文字制限は300文字まで。
完全なオリジナルキャラならばビジュアルまで委細を書く必要があるが、デジモンならばその工程をある程度省けるので妥当か。
『初めてのリクエストです、よろしくお願いします。
キャラクターイメージはクール。
デジモンはギルモンです。
耳っぽい所にピアスを三つ。
ブレスレットは両腕に着けています。
ブレスレットは赤い石が嵌め込まれた黒いものでデザインはシンプルです。
胸に左から右にかけて傷跡があります。
目つきは鋭くてこちらを睨んでいる感じに。
ポーズは全体的に斜め右を向いています。「やるのか?かかってこい」という風に挑発した感じでお願いします』
「……こんな所でいいかな?」
脱字やアトリエのルールの抵触がないか確認の後、リクエスト送信のボタンをクリック。
後は受理される事を祈るだけだ。
……
リクエスト送信から二日後、初めてのリプレイを送信したその日。
昼休み休憩で弁当を食べ終えた達也は、いつものようにスマホからログインしようとした。
そして。
「……な、なんだこれ」
いつもならメッセンジャーかNPC側のデジモンがいるトップ画面。
しかし、その雰囲気がガラリと変わり、画面一杯に何処かの洞窟の内部のような背景と見慣れないデジモンが出ていたのだ。
デジモンは人型で、天使型のような、しかし魔王のような相反する雰囲気を纏う偉丈夫。
ルビーのように赤い右眼とその周辺を覆う仮面が印象的だ。
トップの下部には、以下のような文章が記されていた。
ーーー
〜デジタルワールド、バグラモン軍団本拠地にて〜
密かに向かわせた尖兵より連絡が入った。
既に自身の預かり知らぬところで多くのイレギュラーが人間の世界への侵攻を果たしている。
ならば、此方も好機と見て動くとしよう。
人間界への侵攻に遅れをとるとあっては、このバグラモンの切望が果たせぬというもの。
待っておれ、神よ。
失墜の刻は必ずや訪れる。
これは、その一歩と知れ…!
ーーー
達也はタダならぬ情報に、慌てて愛の姿を探した。
愛は、ちょうど同じクラスの女子と談話中だ。
「あ、淡空!ちょっと良いか!?」
声をかけると、愛や周囲の女子はもちろんだが、男子の注目も引いた。
「どうしたの、達也君?」
「淡空もこれ、見たか!?」
彼女にスマホを見せる。
すると、たちまち愛の表情が変わった。
「えっ、時限トップが来てる!…そうよね、もうじきオフ会だから事前に何かくるかと思ってたけど」
「どういうこ…」
そこで、授業開始を知らせるチャイム。
「ありがとう、達也君!達也君も、後で予定をチェックしてね。もうじき戦争が始まるかもしれないから!」
「せんっ…!?」
戦争、と物騒な言葉に達也は続きを聞きたかったが。
結局、この日は彼女とのやりとりに下世話な興味を持った男友達から絡まれたおかげで聞けずじまいとなった。
下校してからログインしてみた時には、既に偉丈夫なデジモンの姿は消え、代わりにトップには思いもよらぬ姿のデジモンがいた。
中世の騎士を思わせる白銀の甲冑、赤い竜を模したフルフェイスヘルムの庇(ひさし)、目の覚めるような軽薄な紅のマントに巨大なラウンドシールド……。
「デュークモンだ…!」
アニメで見た時から一番の憧れだったデジモン。
このゲームではNPC、ロイヤルナイツであるためキャラクターとしての作成ができなかった。
「やっぱりデュークモンはカッコいいな……」
トップ画面も少し変わっており、またトップ画面にいるキャラのコメントが表記されるもだがそこにはこうある。
ーーー
「皆の者、メッセンジャーからの緊急予知は届いただろうか。
先刻我らロイヤルナイツの元にも、バグラモンによる侵攻が始まるとの予知が届いた。
バグラモンは長い事人間の世界への侵攻を企んできたデジモンの一人。
バグラモン軍の侵攻を許せば人類にとっても我々にとっても更なる脅威となるだろう。
予知によればバグラモン軍の侵攻が行われるのは一週間後だ。
既に師団を設けている故、希望者は集まって欲しい。
このデュークモンも此度の戦いに馳せ参ずるため、宜しく頼むぞ」
ーーー
組織に向かうと、すでにベガによる専用のスレが立ち上げられていた。
その内容が長いものだったが、リアルタイムで行われる戦争イベントに関する説明だ。
それを読むうちに、達也の表情は青ざめる。
「死亡っ…!?このゲーム、キャラロストがあるのか!」
プレイヤーキャラクターは、難度の高い依頼や戦争イベントへの参加で重傷に陥ることがある。
この状態のまま更なる依頼や戦争への出撃をすると死亡する可能性が高い。
そう、ベガは説明した。
「すると重傷が回復するまで待ってろって話か」
重傷は数ターン経てば回復する可能性があるとベガは言う。
毎回、戦争は最大8ターンあり、リプレイを書く猶予が30分とリプレイによる結果発表がその一時間後なのでかなりの長丁場になる。
その間重傷者はどうするか?
ベガの返答(もといスレッドによる説明)はこうだ。
『他の出撃している者の応援に回る』
これによって、応援した相手の重傷の確率を減らせるのである。
ともあれイベントの予定日は来週の日曜日。
それまでにやるべき事はあるだろうか?
「…いや、待てよ?リプレイの発表予定日って…」
念の為、メールで確認。
予定日はどうやら戦争イベントの前日だ。
「……念の為聞いてみるか」
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「ベガはスレ立てお疲れ様。少し聞かせてもらいたいんだが、依頼での重傷って普通にある話なのか?説明を読んで不安になってな」
数分後……
リィナ・エンジェライト(皆を繋げる光だから・g0052)
「ベガ、スレ立てお疲れ様。もう戦争かあ…しかもバグラモンってますますクロウォみが増してきたわね。//他のPBWなら普通に重傷になるケースはあるけど、デジクルは難易度普通でも重傷になるってケースは稀かなあ。ネタ依頼なら意外とあり得なくはないけど、そんな判定にするMSはいないかも」
ーーー
友好関係を結ぶ別の組織からの人だ。
エンジェウーモンで、左頬にある涙型の戦化粧(ウォーペイント)が特徴的である。
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「初めてのリプレイ返却待ちだったので不安だった、感謝する。…クロウォ、っていうのは?」
数分後。
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「俺もその手のMSにはとんと心当たりがないな。リィナの言う通り、リプレイが返ってきても重傷という事はないから安心していい。クロウォというのはデジモンクロスウォーズの事だな。デジモンの世代関係なく戦えてしまうから異色だの一部のデジモンの扱いだのと賛否両論言われたが、好きな作品だったよ。だから、このデジクルが出た当初からクロウォみたいだと言われていたんだ。バグラモンも、そのクロスウォーズに登場する敵だ」
ーーー
「へえ……そういや確かに、このゲーム、世代関係なく究極体と成長期で一緒に戦えたりしちまうから新鮮だった」
ただ、進化の要素はある。
これも説明を読んで知っていることだが、成長期からスタートしても進化することができる。
逆に究極体から始めても退化することもできてしまうのだ。
ステータスが装備品やパッシブスキルと呼ばれるデジモン個別の技とは別の特技に左右されるため世代が上な程有利というわけもないので、実質上の世代に進化したいデジモンがいた時の"乗り換え"と思った方がいいのだろう。
進化と退化、どちらにもそれぞれ"進化チップ"と"退化チップ"と呼ばれるアイテムが要求される個数分も必要であり、シナリオ参加や闘技場などをこなすことで手に入れられる。
今のところ、達也としては進化先は決めていないので後々したい時のために取っておくスタンスになるだろう。
次に気になって覗いたのは、専用ページとして設けられた師団である。
師団は五つあり、五体のロイヤルナイツがそれぞれ……
紅薔薇師団と担当者ロードナイトモン
賢獅師団と担当者ドゥフトモン
蒼竜師団と担当者アルフォースブイドラモン
公爵師団と担当者デュークモン
竜帝師団と担当者エグザモン
それぞれの師団には既に人が集まっており、戦争に関係する作戦案の相談が始まっている。
挨拶用や雑談用とは別に立てられた専用スレッドで、真剣な計画の相談の交わし合い。
達也にはまだ入れない場だと感じながらも、だからこそ思う。
(皆で相談し協力し合う…これもまた、PBWなんだな)
と。
………
そして、それから一週間が経ち、日曜日。
今日この日の達也は、いつもより早起きした。
「おはよう…」
「おはよう、達也。珍しいわね、まだ8時よ?いつもなら10時くらいまでずっと寝てるのに」
「うん、珍しく起きちまった」
母親とそんな話を交わしつつ、朝食を摂りながら興奮冷めやらぬ様子でスマホを握りしめる。
(リプレイ返ってきた翌日…つまり今日は戦争イベント…緊張する…!)
昨日返ってきたリプレイは、達也にとって興奮の連続だった。
自分のキャラクターが登場した小説なんて、一次や二次創作の世界でしか書いてもらえないものだと思っていた。
そして、他の人達の活躍も余さず書かれている。
(今のうちに感想送っておこう…!)
戦争の予定は以下の通りになる。
9:00 〜 ファーストアタック開始
10:30 〜 ファーストアタックによる結果リプレイと戦争第一ターン開始
12:00 〜 第一ターン結果リプレイと第二ターン開始
13:30 〜 第二ターン結果リプレイと第三ターン開始
15:00 〜 第三ターン結果リプレイと第四ターン開始
16:30 〜 第四ターン結果リプレイと第五ターン開始
18:00 〜 第五ターン結果リプレイと第六ターン開始
19:30 〜 第六ターン結果リプレイと第七ターン開始
21:00 〜 21:30 最終ターン
と、このように長丁場で行われる。
もっとも、戦況によって第六ターンまでを待たず決着がついてしまうらしいのだが。
達也達が参加するのは10時半の第一ターンからで、その前にファーストアタックと呼ばれるものが行われる。
ファーストアタックとは、戦争にて攻め込む戦場が幾つもあり、そこから選んだ戦場に奇襲をかけて戦力を削ることだ。
バグラモン軍には幾つもの戦力があり、バグラモンの元まで一気には攻め込めない。
行き着くまでには幾つかのバグラモン軍団の将が陣取る戦場を攻め、敵の強さを示す規定数値の戦力を削って0にする必要がある。
そのため、有力な敵のいる大きな戦場ほど削るに必要な数値は大きく、戦況によっては二ターンほどかけて一点集中で攻める必要も出る。
このファーストアタックは、その時短ともいえるが、一つの師団につき指定して攻める戦場は一箇所が推薦される。
「ファーストアタックって参加はどうなんだろうな。プレイング出したわけじゃないけど参加した事になるのかな」
作戦師団で達也が参加・発言したのはデュークモン率いる公爵師団。
作戦師団に参加して発言すると、戦争当日に有利なバフがもたらされるのだ。
これはベガが立てたスレッドでも説明されていたものである。
そして、10時半のページ更新。
ファーストアタックの結果が出ているので読み始める。
今回ファーストアタックを行ったのは紅薔薇師団、公爵師団と竜帝師団だ。
それ以外の師団は、人間達からの支持と応援を取り付けるために活動していた。
デジモン達にとって人間の感情や祈りとは一種の動力源にして活力。
賢獅師団が主にマスコミやインターネットを通じて各国首脳との対応を、蒼竜師団が世界の人々の応援の集約をそれぞれ重視して活動する形だ。
ひとまずと集約や報道の部分は飛ばして、達也は気になっていた奇襲のシーンを読み始めた。
ーーー
●奇襲攻撃開始
○○月××日明朝の日本。
光が丘上空のデジタルゲートを、輸送を担当するバルブモンと巨大な紅い竜が通過する。
目指すは通過先で侵攻の準備を整えているバグラモン軍団の陣地。
最初に交戦を開始したのは、竜帝エグザモンに率いられる竜帝師団だ。
「バグラモンか……名も顔も久しい。それが混乱に乗じ火事場泥棒とはな」
そう呟きながらエグザモンが自らの槍『アンブロジウス』を構える。
そして降下。
目指すは戦場の一つ、攻撃先に指定したドルビックモンの陣地。
ドラゴン系デジモンを率いる彼の敷く陣地に、雨霰と攻撃が降り注いだのは一瞬のことである。
「おのれ、クルセイダー!有象無象の輩が調子に乗りおって!」
「ふん、竜帝たる我の前で竜を率いデカい面を晒す貴様が言うか」
赤い二体がぶつかり合い、それを合図に支援と攻撃が飛び交う。
「バグラモンの勢力は今ここで押さえておかないとね」
「合わせるよ!」
有象無象とは言わせない、とばかりに飛び出したのはピノッキモンのピコット・ドゴット(ひょっこりはんの恐怖・g0512)とヨウコモンのサツキ・イナリ(それは僕のお稲荷さん・g1756)。
ドゴットのブリットハンマーとサツキの邪炎龍によるコンビネーション攻撃がドルビックモンに突き刺さる。
二人の攻撃を皮切りに、竜帝師団は確実に戦力を削るため斬り込む。
「竜系デジモンの時代が終わっとることに気づいとらんとは……機能美、進化していく知性、いずれも備えた我ら機械系の時代じゃというのに!」
攻撃を放つハイアンドロモンのゼロ・アイディ(アジモフの魂・g2446)のその言い分に耳を傾けた者がいたかはともかく。
黄金に輝く『フレイア』を駆使し戦況を監視していたヴァルキリモンのリューディア・エルストラム(しろがねの羽根が舞う時・g0041)が潮時と報せた。
「敵が増えつつある、包囲される前に撤退だ」
ドルビックモンの率いる戦力はバグラモン軍の中でも上位に値する。
ドルビックモンとの小競り合いもそこそこに、エグザモンも撤退態勢をとった。
「逃げるつもりか!」
「いや、この勝負は彼奴らに引き継がせる。故に覚えておくがいい。彼奴らクルセイダーは確かに有象無象、烏合の衆なれど侮れば痛い目に遭うぞ…?」
××××××
デュークモン率いる公爵師団が攻撃に指定した先にいたのはネオヴァンデモン。
ここは彼が担当する勢力が陣取り、デビモンやレディーデビモンといった悪魔系デジモンが中心となった戦力である。
配置としては向かい側に位置するブラストモンの陣地と並んでドルビックモンの陣地への行く手を阻む。
しかし、ファーストアタックによる奇襲の前では、それもあまり意味を成さなかった。
「クルセイダー達、このデュークモンの後に続け!」
「はーい!では早速、不良堕天使共には御退場願いましょう!!」
そう叫んだのはラブリーエンジェモンのメアリー・レモリア(おてんば天使・g4206)。
ご挨拶代わりにと必殺技を叩き込めば、暴力という名の聖なる力の嵐に多くの堕天使が倒れ伏す。
「打ち合わせ通り、後追いは厳禁だからねっ!」
「撤退時の合図は任せろ」
メアリーが出張りすぎないようにとブレーキ役を請け負って飛び出すベアモンのジュウベエ・コグマ(子熊物語・g3050)とサジタリモンのソル・レヴェナント(一点狙撃・g4011)。
デュークモンとネオヴァンデモンが小競り合うなか、陣地は一方的な攻撃の雨のもとひっくり返されーー
「頃合いか」
デュークモンはソルが打ち上げた撤退の合図を見るとネオヴァンデモンの齎す終焉の光を聖盾で弾き、マントを翻す。
かくして、奇襲に成功した公爵師団はダークサイドエネルギーに満ち始めた陣地から速やかに撤退したのだった。
××××××
「もうじきバグラモン軍、指定の戦場に入る。皆良いか!?」
此方は紅薔薇師団。
目指すブラストモン担当の陣地。
号令を任されたザンメツモンのキサラギ・トウセン(ここに刃在らば・g2550)。
その声にクルセイダー達は鬨の声を以て応えた。
バルブモンのカタパルトからロードナイトモンの出撃を皮切りに皆が飛び降りた。
「敵襲!敵襲!!」
攻撃が降り注ぎ、ブラストモン直属の配下達が慌てふためき声を張り上げる。
「やっぱり来たわねクルセイダー!こんなに早く来ると思ってなかったけど覚悟なさい」
ブラストモンが鉱石に覆われたその巨体を現すと、その眼前にロードナイトモンが降り立った。
対峙する両者。
その30秒後……
「フッ…」
「ちょっと、鼻で笑ったわね!?」
「そのなりで美を名乗るとは笑止。私のこの優美さ、華麗さに貴様が至る事もあるまい…」
「言ったわねー!!ホンッット、ロイヤルナイツってこう嫌味ったらしいばかり!!」
……他のロイヤルナイツが聞いたらどう思うやら。
「正直どっちもどっちだと思うな…」
そのやりとりにシマユニモンのミドリ・シマオー(みどりのシマウマ・g4116)がぼそり。
それに同意と頷きパッシブスキル【癒しの風】で回復を飛ばすはハーピモンのアウラ・マンゴジェリー(いたずら鳥娘・g0123)。
「敵はそんなに強くないけど数が多いね。本格的に攻める時は広範囲攻撃も視野に入れるかな」
「うん、皆に撤退の合図を送ろう」
既に前座だけでヒートアップするも、撤退時にはこれまたブラストモンの美意識に対しての一言二言物申しを入れて去るロードナイトモンであった。
ーーー
読み終えた後【Heliolite】へ行ってみると、すでに10時半頃から戦争用のスレッドが新たに立てられ、早くも発言数は30を超えている。
それもどうやら、ある程度チャットに近い速度で書き込まれているようだった。
ーーー
ナギサ・ガリュプデス(プレシオモンのクルセイダー・g3170)
「皆、今回は始めにどこを攻める?無視して進める場所が幾つかできたけど、今回師団の方で決まってる(2)へ攻める予定よ〜♪」
シラユキ・ダンゴ(お団子は冷たくて丸い・g1025)
「ナギサちゃんは師団の方針に倣ってかあ。私はベガさんの方針が決まったら同じ所に出撃かな。今回ちょっと師団でもどこ行くか相談してるけど、ファーストアタックのおかげで飛ばせるとこは飛ばせるし、よくて(2)か(4)かなって」
リィナ・エンジェライト(皆を繋げる光だから・g0052)
「私は他の組織仲間と一緒に(2)の予定ね。(3)と(5)は攻めてメリットのある戦場に繋がってないからスルー確定、ならその先の方にある(2)辺りを攻めたいかなって」
ーーー
始めのターンで選べる戦場は、バグラモンの配下が雇ったD-ブリガードと呼ばれる組織が担当している。
一見寒色系の迷彩色に染めたアグモンのようなコマンドラモンが担当している(3)、(5)。
それより上位のシールズドラモンが担当している(2)と(4)が攻撃候補となっている。
そこから順に、バグラモン軍への戦場の足掛けになるのだ。
ーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「ひとまず俺も(2)へ行こうと思っている。(2)と(4)がそれぞれ次の戦場へ地続きになってるしな」
ーーー
概要によれば、今回の戦場は15ヶ所。
クルセイダー達が最初にスタートする攻略不要の(1)。
バグラモン軍団が雇った謎の特殊部隊D-ブリガードの中でも末端が担当する(3)と(5)。
その末端より一つ上等な階級が担当する(2)と(4)。
(2)から続く(6)はマッドレオモンが担当し、(4)から続く(7)はトループモンの軍団が担当している。
(6)と(7)から(8)、(9)、(10)へと枝分かれしてそれぞれをバアルモン、ウェディンモン、ダークナイトモンが担当し。
(8)と(9)と隣接する形でブラストモンが担当する(11)、(9)と(10)と隣接したネオヴァンデモン担当の(12)があり。
この(11)と(12)を撃破しなければドルビックモンが担当する戦場の(13)へ行けないようになっている。
(13)からは(14)と(15)に枝分かれし、(14)にリリスモン、(15)にバグラモンがいる。
「ん?リリスモンって七大魔王、なんだっけ。なんで出てきてるんだ」
説明によれば、バグラモンへ攻撃を開始してから2ターン経過すると、それまでにバグラモンを撃破しなかった場合に限りリリスモンの率いるイーバモンの集団によりクルセイダー側へ強力なデバフがかかりバグラモン側の削られた戦力が回復してしまうらしい。
これについて聞いてみると、ベガはこう答えた。
ーーー
ベガ・エイダック(青空を駆ける焔・g0237)
「クロウォのリリスモンはバグラモンの配下の一人で彼を慕っていたからな。それにイーバモンによる強力なデバフというのは、かつてあるデジモンの集団…騎士団のようなものだが、彼らに同士討ちをさせて壊滅させた原因を作ってる。今回の戦争での動きはそれを意識したんだろう」
ナギサ・ガリュプデス(プレシオモンのクルセイダー・g3170)
「でもその前にバグラモンを落としちゃえば問題ないよ⭐︎だから皆、頑張ろっ。重傷したら絶対、無茶はダメだからね!」
ーーー
「達也ー、お母さんそろそろ仕事行ってくるから!留守番お願いね」
「はぁーい」
母親の声に達也が答えてすぐ、ドアの開閉音が聞こえた。
一度大きく身体を伸ばし、ほぐしてからパソコンに向かう。
「よし、第一ターンの行動を決定するぞ」
戦場はベガが決めた(2)。
プレイングの文字数は100文字までと依頼での文字数よりかなり短い。
ベガのスレッドによれば、依頼のリプレイを書くのと変わりはないらしいが…。
「100文字なんだよなあ、ちょっと難しいぞ」
依頼の時は他の仲間がプレイングを送信する前の草稿を出し合っていたので、それを参考に書けたがそれすらもスレッド内のやりとりにはない。
とはいえ時間もあまりない。
白紙のままプレイングを送信しては、重傷や低い戦績の元になるため避けるべきだ。
そこで思いついた末書いたのは、
『【Heliolite】の皆と行動。中列から邪魔にならないよう必殺技とパッシブスキルで援護するのが俺の役目だ。危なくなったら傷ついた仲間に手を貸して撤退するぞ。』
…これで79文字。
これ以上は特にやりたいというよりも思いつく行動がないため、プレイングはこれで送信することに決めた。
そうなれば、残りは何をするか……。
「一応、スレの確認はしておくか」
スレでは既に、プレイング送信と行動決定の報告が相次いでいる。
達也も、リューガとして報告を残しておくと、一旦パソコンから離れることにした。
もうじき第一ターン目のプレイング送信の期限時間だ。
これを過ぎれば結果発表のリプレイと第二ターンのプレイングスタートが始まるまで一時間待つ必要がある。
「よし……」
ちょうど、今遊んでいるゲームがある。
それをやりながら時間の調整はできるはずだ。
………
「……お、そろそろだな」
もうすぐ12時。
なら、昼飯時でもある。
カップラーメンが棚にあったはずだとゲームをポーズモードにしておいてテレビから離れ、ヤカンを火にかけた。
それからパソコンのスリープモードを解除して、結果を見る。
「お、リューガは重傷しなかった」
初めての戦争なので緊張はするが、まだ初めのうちは大丈夫なのだろう。
(2)と(4)はどちらも制圧成功、(6)と(7)への道が開けた。
次はどっちに行くかだ。
「ベガ達はどっちへ行くんだろう?」
スレを確認するとナギサとリィナが新たにコメントしている。
ーーー
リィナ・エンジェライト(皆を繋げる光だから・g0052)
「次に繋がったわね。こっちは早いうちから(7)→(10)→(12)のルートで行こうって相談で決まったわ。それと、そろそろ裏戦争始まるから★の準備もしたいわね」
ナギサ・ガリュプデス(プレシオモンのクルセイダー・g3170)
「リィナさんとこはもうルート決まったんだ早っ!?アタシは今回のターンは(6)へ行こうと思ってるとこ!それで、誰か良かったらコンビネーションで出撃に行かない?もちろんリプレイ送信の時に感情活性化は忘れないよーに。……裏戦争、今回は出られないなあ。ベガ団長と2ピン出したばかりだし」
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「コンビネーション出撃って、概要に書いてあった奴だよな。俺でもできるのだろうか?あと……裏戦争、って?」
リィナ・エンジェライト(皆を繋げる光だから・g0052)
「コンビネーション出撃は誰か友達と一緒に出撃したい時選べるものよ。もちろん、感情の活性化とプレイングでの指定が前提だけれど、もしリプレイに反映されたらその分気持ちは感無量よ。それに…そうね、リューガは初めての戦争だったわね。裏戦争っていうのは、イベント限定ピンナップの枠取りのことよ。色んな絵師が参加してるけど、それぞれに参加人数が決まっていて人気の絵師の所だとすぐ埋まっちゃうの。だから皆、裏戦争って呼んでるの。本当、取り合いっこみたいなものだから」
ーーー
にわかには信じがたいが、どうやら自分の知らない戦争が他にあったようだ。
達也は少し驚いたが、湯を注いでから4分経っているため急ぎフタを開けた。
ちなみに今日のカップラーメンはカレーである。
ともあれ、リューガはナギサとコンビネーション出撃をすることになった。
「感情の活性化って、ここから行うやつだったな」
何人でも個別に自分のキャラが抱く感情を相手にわかるようにした感情システム。
ステータスページの変更ページから最大10人まで活性化と呼ぶ枠に収めることで、コンビネーションと呼ばれるものを発生させることができる。
コンビネーションとは感情を活性化させた味方との行動順を無視して行動する仕様だ。
先程ファーストアタックのリプレイにて一部のプレイヤーが行ったのはこれである。
それは依頼や闘技場、戦争でも同じだった。
そして、第三ターン。
(6)も(7)も制圧が成功し、次は(8)、(9)、(10)への戦場が開けた。
ここに来て、数人程度かつリューガと旅団仲間の中にはいなかったが、重傷者が出たのを達也は見つけた。
誰が重傷及び死亡したかはターンの結果、一番下のリストに一覧で載せられている。
リューガが重傷したらこのリストに載るのかと、そんなことを達也が考えていた時。
ーーー
トマ・コマイ(お米は大事・g0081)
「諸君、申し訳ない。背後の都合がやっとついて、今からの参加となったよ。ちょっと戦況がどうなってるか結果を見てくる。どこへ行くかは師団を見て決める事にするよ」
ーーー
トマだ。
どうやら今やってきたようである。
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「こんにちは、トマ。今のところ順調に進んでいるよ。ところで、トマも裏戦争というのに参加するのか?」
数分して…
トマ・コマイ(お米は大事・g0081)
「そうだね、ただ、イベピンを取るなら第四ターン以降の枠になる。では、新たなオコメニストの活躍に期待しつつ私は早速プレイングを書く事にしよう」
シラユキ・ダンゴ(お団子は冷たくて丸い・g1025)
「トマさんこんにちは!そういえば最初のイベピン開始はもう始まってるね。私も行動決定したらどの絵師さんが良いか見に行ってこようかな」
ーーー
第四ターン。
(8)の戦力を微妙に残して、(9)と(10)が制圧完了。
(11)と(12)への道が開いた。
ベガからの次の攻撃予定先は(12)、ネオヴァンデモンの担当する戦場だ。
だがここにきて、達也はあっと声をあげる。
リューガが重傷を負ったのだ。
『リューガ・コウジン(g5173)は【迎撃、バグラモン軍団】第三ターンに重傷を負いました』
このような知らせがステータス欄の上部に赤文字で表示されている。
「ナギサさんに知らせとこう」
ーーー
リューガ・コウジン(煌めきの紅刃・g5173)
「悪い……ナギサ、重傷になった。回復するまで応援に専念させて貰うけど大丈夫か?」
ナギサ・ガリュプデス(プレシオモンのクルセイダー・g3170)
「リューガ君大丈夫!?応援の方、了解だよっ!」
ーーー
若干ギャグテイストだが青ざめた顔アイコンで答えるナギサ。
申し訳なさを覚えながら、達也は応援に回ることにした。
応援も出撃選択の際同じページから選ぶことができる。
感情の活性化の欄を、初めての依頼を共にしたメンバーから同じ組織のメンバーに変えておいた。
応援相手をナギサに選択しておき、それに向けたメッセージを残しておく。
「『無理しないようにな』…っと」
こう送っておいてから、椅子を立った。
忘れないうちに掃除と洗濯物の取り込みをしておかなくては。
………
こうして、リューガの重傷が治るのを待つまで、第四、第五ターンと続いた。
仕事から帰ってきた母親と家事の手伝いをしている間の進捗としては。
(11)、(12)は落とせたようだが次の(13)、ドルビックモンの戦場がまだだ。
戦力が多い分削るのに苦労したようだ。
なにより。
(……死亡者が、出てる)
それも、三ターンにかけて数人も。
いずれも知らない名ではあったが、それでも自身が作ったキャラクターもこうした"死"が起こり得る事に動悸が起きる。
正直、達也にわからなかったのは、どうして重傷が出てなお出撃するのかということだ。
そしてそれより。
その第四ターンで、顔知った一人がネオヴァンデモンを仕留めた事が描写された。
トマだった。
ーーー
(12)ネオヴァンデモン
静かなる光と共に敵の生命を奪い取るネオヴァンデモンの力は、多くのクルセイダー達を苦しめるには十分なものだ。
前衛のうちタンクを担当するデジモン達の身体におびただしい傷跡が刻まれる。
癒し手が追いつかない程のBSが重なっていた事がなお、クルセイダー達の負担を増やしていた。
だが。
「貴様らに慈悲をくれてやろう……月の輝きに抱かれてな!」
「ははは、月よりは太陽が好みでね。野菜も米も陽の光あればこそのもの!」
立ちはだかり、『パンドーラ・ダイアログ』でネオヴァンデモンの死の輝きを押し返すはワイズモンのトマ・コマイ(お米は大事・g0081)。
「作物というもの、良い土に水、温度に肥料に害虫防止のケア…色々とあれど陽の光もまた大事なのが奥が深い。お米が月の光で育ちますか?おかしいと思いませんかあなた」
「戯言を!」
ネオヴァンデモンは怒りを込めて攻撃を放つ。
しかし、前列への強化の支援、雨あられと注ぐ攻撃は彼を徐々に追い詰めていく。
周りにいた配下のデジモン達が倒れ伏すなか、ネオヴァンデモンの目に映ったのは別の輝きーー
「ではこれでフィニッシュ。ーー新米の香りに包まれてあれ」
トマの両手にある時空石。
それを見た時にはすでにネオヴァンデモンはその輝きの中へ囚われていたのだった。
かくして…道は開けた。
次なる戦場への進撃に、クルセイダー達は決意を新たにするのだった。
ーーー
「達也ー、ご飯よ!」
タイミングが悪い。
思わず吹き出して、傍らのティッシュボックスに手を伸ばす。
初めての時もそうだったが、トマのキャラが色々な意味で強すぎる。
しばらくは白米を見るたびに笑いが出てしまうのではないかと、そんなことを思いながらリビングへ行くのだった。
……そして第六ターン。
ドルビックモンはまだ残っている。
だが、集中して攻める人が多かったようだ。
第七ターン開始の結果になって、まだリューガは重傷から回復してはいなかったが。
「…この人は……」
ーーー
(13)ドルビックモン
ドルビックモンの残存戦力は残りわずか。
それでもなお、残りの戦力を纏め、自ら戦場を暴れ回るその前に立ちはだかるは漆黒の竜戦士。
ブラックウォーグレイモンのトウヤ・クラサメ(グラディエーター・g2050)は、満身創痍なその様に目を細める。
「あなたに恨みはありませんが、バグラモン軍の侵攻を許すわけにはいかない。その勢いをここで殺がさせて貰いますよ」
「ほざけぇ!!」
痛みに自らの怒りと力をブーストし、必殺技を放つドルビックモン。
前列でアタッカーのトウヤと並び立つタンクを担うデジモン達がそれを受ける。
重い一撃だが、後列のメディックからの癒しが傷を癒していく。
ドルビックモンには自身を治癒する手段はない。
率いている竜デジモンにも、回復手段を持つ者は少ないようだ。
「攻撃こそ最大の防御なり、とはいいますが」
ドルビックモンのポジションは前列、アタッカー。
しかし癒し手やサポートのない攻撃者は、消耗に弱い。
どれだけ屈強だったとしても、いずれは体力を失い力尽きる。
それを理解していないドルビックモンではなかったようだが……。
「あなたの敗北は決まっています。その要因は二つ。一つはこれだけの軍団を率いながら、己の力のみをアテにしたこと。……もう一つは」
跳躍。
ドルビックモンの頭上高くからトウヤの黒いドラモンキラーが襲う。
ドラモン殺しの武器。
様々な強化を乗せた『ドラモンバスター』が、ドルビックモンの身体を引き裂き、その生命をもぎ取った。
「……ドラモン(竜)殺しに弱い軍団を作り上げてしまったことです。エグザモンの忠告を無碍にしたところ、大変申し訳ありませんが、ここまでです。ドルビックモン」
トウヤのその言葉はドルビックモンに届いたかどうか。
その答えは、ドルビックモンの肉体を構成するデータが四散しても得られることはなかった。
ーーー
「この人は、依頼で一緒になった……」
初めての依頼の時参加していた、他の一人だ。
参加メンバー中最もレベルが高く、相談も積極的でリューガへのアドバイスもしてくれたことをよく覚えている。
「また依頼で一緒になることがあるかな…?」
そんな事を思いながら、ふと時間を見た。
だいぶ時間が経っている。
思えば、ここまで一日をゲームを通して過ごしたことはなかった。
もちろん、そんな中都合が悪く参加できなくなってしまう人はいるわけで……。
(シラユキさんは夜勤があるということで抜けてしまったし、やっぱり全部のターンに参加するって日曜日がお休みでないとできないことだよな…)
そんな事を思いながら迎えた最終ターンではリューガの重傷がついに回復。
参加し、バグラモンを退けたという結果を以て、初めてのリアルタイムイベントは終わった。
……………………
そして、二週間後の日曜に迎えたオフ会。
会場のある某市の都立産業貿易センターに向かう達也。
今まで来た事のなかった場所のため、地図を見ながらの道になる。
近づくうち、三〜五人ほどの人の集まりを見るようになり、ついに目的地の建物へ辿り着いた。
「っし、ここだな。エレベーターで三階、と」
案内板や建物内部に設置されたイベント案内板から間違いのないことを確認。
改めて、緊張が込み上げてきた。
今回、【Heliolite】から来るのはベガ、トマ、シラユキの三人。
愛が来ることは前日の金曜日に直に話して確定した事がわかっているため、トキメキな意味でも心臓が止まらない。
(えっと…ベガさんはもう到着したのか。一体どこに……)
そこで、誰かとぶつかった。
「わっ!?ごめん!」
「あいっ……あっ、達也君?」
愛だった。
ぶつかった拍子だろう、何かの紙片が彼女の足元に散らばっている。
拾うのを手伝おうと屈んで、そこで目を疑った。
「……え、ベガ……」
ベガ・エイダック。
見慣れたガルダモンの姿と名前、二つ名とIDが書かれていた。
「あっ、達也君は知ってるかもしれないけどこれは名刺でねっ…」
「いや、淡空、その……」
「えっ?」
紙片を回収する愛に、達也は驚きを隠しきれず口を開いた。
「淡空が、ベガ、だったのか!?」
「……えっ?まさか、達也君…もしかして、リューガさんだったの」
互いに驚き合って、改めて達也が愛に詫びたところで二人の男女がやってきた。
一人は銀縁眼鏡をかけた痩せ型で背の高い若い男性で、スラリとした長い脚が印象的。
一人は小学生かと思う程小柄な女性で、いわゆるアニメ声に近い高い声質の持ち主。
彼こそが、お米推しなワイズモン・トマであり。
彼女こそがユキダルモンのシラユキである。
「この間の戦争はお疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
話しながら会場へ入っていく。
愛だけでなく、トマやシラユキからも名刺を貰い、達也はそれを眺めながら尋ねた。
「この、名刺っていうのは自作なんですか?」
「自作する人もいるけれど、」
と、トマが振り返る。
濃いキャラだったのとは裏腹に、しっかりとした大人というイメージのある人だった。
「通販ページから発注もできるよ。顔アイコンと同じくらいの値段だから、もし次回もオフ会に参加することがあるならリューガさんも頼んでみるといい。確か、イラストのリクはしてるんだったよね」
「はい…バストアップってやつのリクエストが受理されて完成まで一ヶ月待ちです」
「○○絵師は仕事が早い人だから、予定より早く来ると思いますよ。★も安い方だから、後一、二個分は取ってもいいくらいにクオリティの高い絵を仕上げてくれますし」
シラユキもうなずきながら会話に交ざる。
二人揃って、達也からすれば見ず知らずの他人ではあるものの、こうして一つの話題を共通する事に嬉しさがある。
「あ、そろそろ質問会が始まるわね。達也君は初めてだとは思うけど、上様が直接答えてくれるのを聞くのは楽しいのよ」
「かみさま?」
「ああ、デジクルを作った人だ。名義はかみはらっていうんだけど、通称は上様。知らない人はよく"うえさま"の呼び方しちゃうんだけどね」
数人程度で運営をしていると聞き、達也は信じられなかった。
数千人近くのDMのやりとりやこの間のようなリアルタイムイベントの集計などを全て、数人で行なっているのか。
質問会に立った肝心の"上様"は、30代半ばの男性で、会場に設置されていた質問を書く紙が集められた箱がすぐ側の台に置かれている。
ここからランダムに質問の書かれた紙を引き抜き、それに答えていくスタイルだ。
『今回の戦争でバグラモン軍団の中に、登場しなかったデジモンがいますが登場の機会はあるのでしょうか?』
「そうですね。バグラモンは今回初めてクルセイダーの抵抗を受けて引き上げましたが、人間の世界への侵攻を諦めた訳ではありません。また攻めてきた時、そのなかにいるかもしれません」
『新しいデジモンの解放(アンロック)はいつ頃でしょうか?』
「近いうちに新たな動きがあって、それに対する活躍次第では増えるかも…」
……といった具合。
座って聴く者の中にはメモをしている姿が見られる。
その後はフリータイムやビンゴゲームといった流れであっという間に時間が過ぎ。
お開きも近いかというタイミングで、愛が言った。
「絵師さんに頼んだスケブ、取りに行かないと」
ここでは、イラストレーターやマスターも参加することがあり、コミケのようにイラストレーターにスケッチブックに描いてもらう事ができる。
愛はその一人にベガの絵をお願いしていたのだ。
それに付き添って向かうと、分けられた机に座っている数人のイラストレーターの手前、すでに完成したイラストが置かれている。
そのうちの一つを受け取る男性がいたが、スケブに描かれたのは黒いウォーグレイモン。
それも、兜に大きく斜めに刻まれた傷跡に見覚えがある。
「……あの、もしかして」
達也は思わず声をかけた。
ビジュアル系の格好をした若い男性が振り返る。
「もしかして、トウヤ・クラサメさんですか?」
「ええ、こんにちは。どこかで会ったかな」
「は、はい。ええと…」
愛を含め他の参加者は名刺だけでなくステータス欄を印刷したものを持ち込み、自己紹介をしていたが達也はそれすら持ち込んでいない。
「以前に、依頼で一緒した、ギルモンのリューガといいます」
「ああ、こないだの。初めての依頼だったんだよね。どうだった?」
「良かったです!今まで、自分のキャラの行動を小説にしてもらうって体験はなくて。それに、コンビネーションのシーンがマジでカッコよかった!!」
達也がそう言うと、トウヤは穏やかにうなずいた。
聞けば、トウヤはPBMが盛んだった頃からの経験者で、今回のデジタルクルセイダーズも数人ほどキャラを作って動かしているという。
「デジタルクルセイダーズはリリースされてから一年ちょっとだから改善の余地もあるんだけど悪くない。楽しむ人やどうすれば良いゲームになるか考える人が増えれば、もっと楽しくなると俺は思うね」
「うーん…」
考える達也。
そんな彼にトウヤは、こう言った。
「君の所属してる組織や君と一緒に参加した依頼の人達は問題ないけれど、覚えておいて。PBWも他のネトゲとそう変わらない。良い人ばかりじゃないってことだ。そこは、気をつけた方が良い。現に依頼に参加するなかで、PKに走ったりとトラブルを起こす奴はいる」
「PK?」
「プレイヤー・キラー。つまり味方を攻撃する行為の事だよ。ここじゃシステム的に問題はないけど、迷惑行為だから非難の対象になる。すでにそういう常連に、過去にニ、三度は会った事があるんだけどあれはひどかった」
「そんな事があるんですか…」
そこで、愛が呼ぶ。
「達也君、そろそろ閉会だから帰ろう!」
「わかった!」
トウヤへ向き直る。
「それじゃ、俺はここで」
「ああ。良いPBW生活を。またどこかの依頼で会えると良いね」
「はい。また、どこかで」
…………
「達也君、初めてのオフ会どうだった?」
帰りに並んで歩きながら、愛が尋ねる。
男子達の嫉妬を買いそうな状況であるが、今この時を達也は楽しく思っていた。
「言葉に出しきれないくらい、色んな人や情報が多くて…楽しかったけど整理しきれないよ」
「ふふっ。慣れれば大丈夫よ。何かの都合で長い休みに入った人でも、皆が共有してくれたりするしね」
夕日が二人の歩く道をオレンジ色に照らす。
「……そういえばさ」
達也が口を開いた。
「組織の名前なんだけど、あれはなんて読むんだ?」
「……」
愛は立ち止まり、目を閉じるとこうつぶやくように答えた。
「ヘリオライト」
「えっ?」
「私を元気づけてくれた、歌からとったの」
風が、彼女の髪を撫ぜた。
「あるボーカリストがいたんだけど、急病で亡くなってしまったの。その人の歌の中でもヘリオライトが一番好きで。落ち込んだ時とか、悲しい時とかにはよく元気付けられた。だから、何か悲しい事とか苦しい事があっても誰かが助けになってくれるような場所にしたい。特別な事じゃなくてもいい、助けになれる場所が」
それが、組織名の由来。
そう彼女は答えた。
「だから、達也君がいつか誰かの力になれる事があれば私も皆も嬉しい」
「…そうだな」
一緒に歩く夕方の道。
昼の太陽に負けじとばかりに輝く夕日は何より眩しくて。
愛と歩きながら、達也は思う。
明日は、どんな事が待ってるんだろうな。
それはきっと、彼の、リューガ・コウジンの物語の始まり。
創造する世界はきっと、運命を超える。
******
用語集
・★
デジタルクルセイダーズ内の通貨の通称。ほしと読み、お星様とも呼ばれる。個数で数える事が多い。★は一つにつき1000円である。
・背後
中の人、キャラクターを動かすプレイヤー(人間)のこと。背後が同じ別のキャラクターは同背後キャラと呼ばれる。
・絵師
イラストマスターの通称。○○(名前)絵師とも呼び、こちらで呼ぶプレイヤーも多い。
・MS
マスターの通称。文字表記ではこちらを記載する所は多い。
・時限トップ
ゲーム内に何かしらの進展や新たな敵の登場を匂わせる内容の特殊なトップ画面。通称"時限"。
・事後行動
依頼や戦争リアルタイムイベント後、一定期間の間に行うことのできる機能。戦争の結果等から予測したものや、関連した事項等を予知の形で書き込む事により採用されればその通りに事態が動く(こともある)。
・RP
ロールプレイの事。キャラではなく役割を演じる事が強調されたTRPGと異なり、ここではキャラクターになりきる事を指す。
・能力
攻撃や防御力の事で、三つの属性によって左右される。意思や肉体の力強さ等を表す『気魄』・敏捷さや頭脳の良さ、詠唱の早さ等を示す『術式』・感受性の良さや超能力、魔法と関わりのある『神秘』。デジモンの必殺技にも設定されている。
【一例】
ウォーグレイモンのガイアフォース(気魄)
ディルビットモンのバックストラッシュ(術式)
サクヤモンの金剛界曼荼羅(理力)
・BS
バッドステータス、状態異常のこと。毒や麻痺、能力低下を引き起こすバグなど様々。
特殊な状況のみ発生する「はずかしい」「びしょ濡れ」も存在するが、ステータスに一切のマイナスの変化を及ぼすものではなくRP向けのものである。
・解放(アンロック)
作成の際選べるデジモンが追加されること。リアルタイムイベントや全体依頼の結果により増える可能性がある。
・隊列
戦闘におけるシステムの一つ。
通称ポジション。
プレイング送信時は選択必須であり、別ポジションへ移動する事ができるが1ターンかかる。
前列、中列、後列に分かれそれぞれ二種類の異なる役目が存在し、このルールは敵にも適応される。
【前列】
・攻撃をメインとする火力重視のアタッカー
・盾になって敵の攻撃を受ける防御性重視のタンク
【中列】
・命中率と回避率が上がるキャスター
・味方に付与する強化効果や敵に付与するBSの数が倍になる唯一無二の特性を得るジャマー
【後列】
・命中率UPに加え部位狙いが可能になるスナイパー
・回復力や弱体化解除UPの他に攻撃された敵の強化状態を一つ解除するメディック
******
人物紹介
縁道・達也
電ノ宮高校に転向してきたばかりの二年生。
リューガ・コウジンの背後でどこにでもいるような、ごく普通の男子。
淡空愛に好意を抱いているが、なかなか思いを伝えられないようだ。
彼女がきっかけでPBWの世界を知ることになる。
淡空・愛
電ノ宮高校の二年生で、縁道達也とは別のクラスにいる。
ベガ・エイダックの背後。
誰に対しても気兼ねなく話しかける、朗らかな少女でクラス中でも評判の美少女と目される。
パソコン部所属で同じ部の友人からPBWに招待されたのがきっかけで、デジタルクルセイダーズを始めた。
トマ・コマイの背後
22歳の若い男性で銀縁眼鏡がトレードマーク。
農家の生まれで父の後を継ぐため農業大学に入学している。
トマの米好き設定の一因。
シラユキ・ダンゴの背後
小学生並みの小柄な身長が特徴的な女性でトマの背後以上に年上。
オフ会の常連でPBW歴はそこそこ長い。
トウヤ・クラサメの背後
ビジュアル系の衣装やアクセサリーをよく身につける男性。年齢は30歳。
PBM時代からの経験者で、新入りの縁道達也を歓迎している。
普段はビジュアルバンドをやっており、ベース担当。
TRPGは勿論知ってますが、これは知らなかったですね! 夏P(ナッピー)です。
ザビケお疲れ様でした。そして用語は実際に相通ずるものなのかな? 全く未体験の領域だったので、解説や指南に「はえー」となりながら読ませて頂きました。むしろ純粋に新しい世界に触れさせてもらった感が強いかもしれない。MSってマスターだったのか……モビルスーツではないだろうから何だ……とか思っていました。
初めて即出会った人達がいい人ばかりなのベリーグッド。トウヤさんも最後に言ってましたが、ネトゲって決していい人達ばかりではないからな……そしてサクッと判明してくれましたが、淡空さんがベガだったんだ。女子高生がガルダモンチョイスするの素敵、そしてみなみさん作なのでモブ気味ながらチラッと登場していたヴァルキリモンに噴く。
ちょっとルールの把握と、淡空さんベガと認識した上だと面白そうということで、また読み返してきます。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。