新年を迎えた日本において、この時期だからこそ馴染み深い光景。
それは、新年初売りセールである。
正月を迎えて3日にしてすでに大勢の客で賑わうスーパーの中を歩き回りながら、美玖とミオナ、シルフィーモンの二人と一体もセールに加わっていた。
多い人垣を掻き分けながら進んでいた後ろで止まった美玖に気づき、振り向く。
「どうしたの、美玖?」
ミオナが覗き込んだその顔は、やや強張りの表情を見せていた。
その視線の先に目をやれば、プロテインを12缶に纏めたものがまとめ売りされている。
「……プロテイン?美玖、これ欲しいの?」
「う、ううん!ちょっと思い出しちゃった事があって!!」
早口でまくしたてるように振り返った美玖。
その頬を伝う脂汗にミオナはトラウマのようなものかと感じる。
シルフィーモンもそれに気づいたようで、
「ーーああ、あの件の事、まだ染みついてたのか。…私が買おうにも、これ、人間用だしな」
と言うや美玖の腕を引いて離れるよう促した。
ーーー
「……で、あの件って一体どういうことなの。プロテインでなんか嫌なことでもあったの?」
フードコートの席に落ち着いたところで、ミオナは一人と一体に尋ねる。
時計は午後12時を指し、昼食或いは休息の為に席に座る人が増える頃合い。
全国に支店を構える有名なうどんのチェーン店で注文をとり、それを待つ意味での質問に答えたのはシルフィーモンだった。
「……探偵所にまだ美玖と私だけしかいなかった頃の話だよ。その頃、積極的に仕事を持って信頼を得ようと美玖が張りきるので、情報屋にも頼んで請けられる仕事がないか探していたものだ…。まさか、アメリカから受けて向かった先で、ああも悪夢に近いものを見せられるとは思わなかった」
こちら、五十嵐電脳探偵所
えれくとりかるっ⭐︎まっするぱれえど 〜ボディービルダー養成学校より愛を込めて〜
そのメールが届いたのは、シルフィーモンが探偵所に来てから一ヶ月経った頃だった。
探偵としては未熟そのものだった美玖にとって、どうにか少しでも仕事を得てその成果でキャリアを積みたい一心の頃。
この頃すでに、彼女が心療内科に通院している事情を知っていたシルフィーモンはだからこそため息をつく。
「忠告はするが無理は禁物だ。人間や慣れないデジモンとの関わりで精神をすり減らすなんてブザマを晒されるのは見るに堪えないからな」
「でも…仕事である以上、ちゃんと経験は積みたいし、成果を得なきゃお客さんが来てくれない…」
「そうだろうが、雇い主に何かあれば原因次第では私からのフォローはないと思え。私の失態が原因ならまだ私の非で済むが、雇い主が自分の非からくる破綻をどうにもできない状態だと忘れるなよ。自己責任と言われて言い返せるかい?できないだろう?」
「……むう……」
まだこの頃特有の、淡々と、ドライに返すシルフィーモンの態度と言葉に美玖はうなだれた。
どこまでも、一人と一体の距離は離れたままでシルフィーモン側に至っては敢えて距離をとっているようにも思える。
そんな雰囲気を、PON、と軽快な電子音が打ち破った。
「あ、メール。……From L.A(ロサンゼルス)……アメリカからだわ」
送り主はとある食品メーカー。
あまり有名ではないのか、覚えのない名前だ。
内容は、とあるボディービルダー養成学校への潜入をして欲しいというもの。
「ボディービルダー養成学校…食品会社と何の関係が?」
怪訝そうな口調でシルフィーモンは画面を睨む。
そこで美玖はあることに思い当たった。
「そういえば、デジモンにもプロテインってあったよね…?」
「ああ、デジモンの身体のデータを書き換えて能力を一時的に向上させるサプリメントだ。君達人間にもプロテインというものがあったがそちらはどうなんだ?」
「人間が飲むプロテインは、食品工場で作られるので薬品やサプリメントというよりは健康志向や筋肉作りを目的とした食品なの。だからデジモン向けのプロテインとはかなり違うはず」
ボディービルダーにとってプロテインは必須と言って良いものだ。
それが関わった案件だろう。
そうとなると、問題は行くと決まった場合の旅費や現地へのアクセス方法。
これに関して、メールの内容を確認した上でシルフィーモンとの相談になる。
「どうしよう。今回、もし請けるならアメリカに飛ばなきゃいけないし、詳細を伺うのも現地に行かないと」
「請けないという選択を勧める。それを押して行くつもりなら私は何も言わず従うが選択を行う君自身の自己責任だ……さっき私が言ったこと、忘れるなよ?」
かなり長い時間を美玖は悩んだ。
いつもなら気安く請けるところだがメールの所在地は海を越えている。
そうなると運賃はもちろんだがパスポートの申請や航空券を押さえておかなければいけない。
依頼主が負担してくれる事はまずないため、自己負担は痛くなるだろう。
悩む美玖をしばらく眺めていたが、シルフィーモンはコーヒーをひと口啜って尋ねた。
「行くつもりなら穴を突ける旅行法があると聞いたらどうする?その代わり税関を通らないからバレたら捕まるだろうが」
顔を上げる美玖。
彼女に対し、人間ならな、とシルフィーモン。
「デジモンなら誰もがやる移動法だ。君が捕まっていいなら、私が君をアメリカまで連れてってやる」
…………
「……そういうわけで、アメリカに行くことに決めたの」
「待って、即断だったの!?いや、あなたそういう人だったわ!!」
…………
シルフィーモンが提案した方法。
それは、ネットワークを通じて電子の世界を移動することだ。
デジモンがパスポート等を必要とせず国際移動を行えるのはこのためである。
人間側が制限を行ったとしても、デジモン側はその穴を突いて移動ができる。
これは、彼らデジモンにはコンピュータウイルスという側面があるからで、人間側が制限してもその穴を分析できるデジモンを通して学習してしまう。
そして、この方法は、長らくデジモンが人間を連れ去ったりパートナーの選ばれし子どもと共に緊急の移動を行う時に使われた。
25年前のイーター襲撃事件でも頻繁なネットワーク移動を彼らは行ってきたのである。
…それを、ビザを通さない"裏技"としてシルフィーモンは提案した。
選ばれし子どもは国際的な特例でこの方法による移動をしてもお咎めはないが、一般人ならば立派な不法入国。
十分リスキーなその方法を、承知の上で美玖は採用した。
ーーー
そして、場所はロサンゼルスの大都市圏。
高層ビルが立ち並ぶ様は、東京に負けずに劣らないと美玖は思った。
空気も日本とはだいぶ違い、からりとした風が吹いている。
そんな中、専用の端末からリアライズした美玖とシルフィーモンはメールに添付されたマップの場所へ向かった。
…受付でヒスパニック系のスタッフとのやりとりに苦戦しながら、ようやくオフィスに通してもらう事になるとは思わず。
「貴方がたがイガラシ探偵所の方ですね。よくここまでおいで下さいました。どうぞお掛けください」
依頼主である社長が応接室へ一人と一体を通した。
歳は40代ほどの白人男性で、眼鏡とまばらな黒髭がトレードマークの営業マンという印象。
一人と一体がソファに腰を下ろすと、社長も向かい側に着く。
「今回は私どもではどうにもならない案件でして…はるばる日本で、デジモンに関係する依頼を受けていると聞く探偵所の噂を知りメールを送らせてもらいました。本当にありがとう」
「メールに詳細が書かれておりませんでしたが、どういった案件かお話ししていただけませんか?」
「良いですよ。…我々のミスとはいえ、本当に困った事になってしまったのです。危険な事を承知で依頼させていただきたい。我が社のプロテインと××ボディービルダー養成学校の校舎にあるデジモン用のプロテインを交換してきて欲しいのです」
……事の発端は今から三週間前。
ボディービルダー養成学校からの発注を受け、会社は所有の工場で製造しているプロテインを出荷した。
そこで、スタッフのミスが起き、少し前にデジタルワールドから輸入という形で取り寄せていたデジモン用プロテインが誤って出荷されてしまったのだ。
異変は、それから二週間後に会社へ噂話として届いた。
曰く、養成学校に夜な夜な赤い光が見えるという。
また、スラムの不良達が夜中の校舎に侵入し、その翌朝にズタボロになって放り出された事件があった。
…彼らの証言によれば。
「赤い光と乳首……それしか覚えていないとの事です」
「待て、全く意味がわからない」
シルフィーモンの戸惑いの言葉に社長もため息で返す。
「当養成学校とは連絡が取れずの状態に進退極まった我が社は、問題が発覚する前にプロテインの回収を急ぐことに決めた。それにはどうしても、我が社と関係性の希薄な人材が必要でした」
「…つまり、私達は駒ですか」
「いや、危険だろう事はわかっていますがマジで我が社にとって重大な問題なんです!」
シルフィーモンと顔を見合わせる美玖に焦りの声音で返す社長。
目標は当該のボディービルダー養成学校に潜入し、校内にまだ在庫があるだろうデジモン用プロテインと本来の出荷予定の商品だったプロテインをすり替えてくること。
制限期間は…三日間。
社長との面会が終わった後、一人と一体は情報収集に身を乗り出した。
相変わらず、ヒスパニック系の人々と言葉の疎通に苦労はするが、どうにかボディービルダー養成学校に関する情報を揃えて愕然とした。
まず一つ。
依頼主の会社が誤ってデジモン用プロテインを出荷してから一週間後に学校そのものの雰囲気が様変わりしたこと。
なにより深刻なのは生徒達が家に帰っている様子が確認できない。
二つ。
夜中になると校内に生徒らしき人影が大勢闊歩するようになり、赤い光が窓から漏れているのを何人もの目撃者がいること。
三つ。
校長や学校関係者は現在行方が知れず、噂によれば学生と同じく異変に見舞われたかどこかの病院に搬送されたとの話があがっていること。
……そして。
「……俺は、俺は、見たんだ。見たんだよ!」
スラム地区にて捕まえた、養成学校に忍び込んだ事があるという男は震え声でそう始めに切り出した。
「アンタ達もあそこへ入るつもりなら覚悟した方が良い。もうアイツら人間じゃねえ。筋肉の塊をした"ナニか"だ。そいつらが『HELLO!』なんて笑いかけながら、俺のダチを子猫でもつまみ上げるかのように捕まえたのは今思い出しただけでも背筋が凍る」
ーー
「……ねえ、シルフィーモン」
「なんだ」
「デジモンのプロテインを私達人間が摂取した場合、どうなるの?」
「知らん。私だってそんな話は聞いたことがない」
「思うんだけどね……嫌な予感がする」
だが、受けた以上は自己責任。
それはあのメールが来る前のやりとりからすでに交わした話だ。
肩に背負った大容量リュックサックがより重く感じた。
この中には依頼主の会社製プロテインの缶が小分けで詰め込まれている。
一つのリュックサックにつき15個詰まれているのが三つ。
それを、美玖が一つ、シルフィーモンが二つ背負って行くことになる。
決行は、情報収集を行ったその日のうちに行うことになった。
ーーーー
そのボディービルダー養成学校は、ロサンゼルスより西の都市ビバリーヒルズにある。
多くの映画やドラマの舞台としても有名な、青空のよく似合う瀟洒な街並み。
だがこの日の夜になって、ロサンゼルス周辺では珍しい悪天候が迫っていた。
「……なんでこんな天気に」
窓から激しい雷雨を眺め、美玖の顔から血の気が引く。
鍵がかかっていなかったのでエントランスからの侵入は容易だったが、校内には電気一つ点いていない。
だが静けさに満ちた空気に反して人の気配は確かにあった。
ドス……ドス……
ドスドスドス…
およそ、人間がたてるとは思えない足音が、リノリウムの床を伝って一人と一体の耳に届く。
シルフィーモンは目ざとく、エントランスを抜けたすぐ先の廊下に置かれた缶を見つけた。
「あったぞ」
「もう?」
「ああ…写真で確認した通りだ。同じもので間違いない」
ラベルに書かれた、恐竜と薬のカプセルをドットデザインで描いたようなデザイン。
これが、デジモン用プロテインだ。
「これを回収して…」
リュックサックから取り出した缶とすり替えておく。
なぜ廊下に…と疑問には思うが、この後で見つけた場所の数々を思えば些事に過ぎなかった。
手近のロッカールームでもデジモン用のプロテインを見つけ、すり替えていく。
中身が減った使用済みも残さず回収するなか、美玖は開いたロッカーの中に一枚のメモを見つけた。
それは過去にこの養成学校に侵入した誰かが残したもので、筆跡も乱れ読みにくかったがこう書かれている。
『気をつけろ。奴等はプロテインの匂いに敏感だ』
ーードスン。
突如、赤い光がロッカールームの中に差し込んだ。
思わず振り向くと、2m近い人影が入り口の前に立っている。
そいつを注意深く見て、美玖は思わず声を漏らした。
(ひっ…!?)
ひと言でその男を表すならば、筋肉モリモリマッチョマンの変態。
ブーメランパンツ以外のモノを身に帯びておらず、バンプアップされた筋骨隆々の肉体を妙なテカりが覆っている。
極めつけはその見事な大胸筋についた二つの乳首だ。
まるでパトランプのように煌々と輝くそこは、赤い光を前方に向けてサーチライトめいて照らしている。
「HELLO?」
その男が声をかける。
中に気配を察知したのだろう。
シルフィーモンが美玖に目配せし、別の出入り口へ目をやる。
ロッカーそのものを遮蔽物にそちらを目指す。
が、ロッカールームを出たところで美玖の足先に何かが引っかかった。
「っあ…!」
足先にかかった重い感触に美玖がよろけた瞬間。
ドスンドスンドスンドスンドスン!!!
背後から赤い光と凄まじい足音が迫る。
両乳首を誇示するようなポージングで迫る男。
だが、その前にシルフィーモンが立ちはだかった。
その脚が上がり、男の腹部に突き刺さる。
「OH…!」
蹴り飛ばされ、男はロッカーを背に叩きつけられながら倒れ込んだ。
「思ったほど強くなかったのが幸いだな。…立てるか、美玖?」
「う、うん。でも一体何につまづいて…」
つまづいたモノにライトを向ければダンベルが無造作に転がっていた。
それも、よくよく廊下を見れば多くて二、三個ほど転がっている。
「なんでダンベルがこんな…」
「ロクに片づけられていないな。普通に迷惑だーー」
ドスンドスンドスンドスンドスン!!!
先程の音を聞きつけたか、複数人の足音が迫ってきた。
シルフィーモンがやや後方に視線をやれば、赤いライトが乱れてロッカーの後ろから照らしてくる。
「美玖、走るぞ」
「わっ」
軽く美玖を彼女のリュックサックごと脇に担ぐと、脚に力を込めての低空滑空。
跳躍とほぼ同時にロッカールームから三人ほどの筋骨隆々な男達が押し寄せてきた。
……乳首を真っ赤に光らせながら爆速で迫ってくるほぼ裸のマッチョマン。
悪夢の如き光景である。
跳躍した先の廊下の壁を蹴り、曲がった先へ飛ぶシルフィーモン。
だが、前方からも赤い光が差す。
「美玖!」
「ぱ、麻痺光線銃(パラライザー)コマンド起動!」
慌ててデバイスを向け、前方から迫ってきていたボディービルダーの脇をすり抜けた。
仲間(?)に阻まれている間に、廊下を抜けた先の男子トイレに駆け込む。
一番奥の個室に飛び込み、擬装(クローク)コマンドで姿を消すようシルフィーモンは言った。
「本当に大丈夫なの!?」
「いいから!…静かにしてろよ」
ドスン…ドスン、ドスン…
ゆっくりとした足取りと共に一人入ってくる気配。
赤い光がトイレを照らし、それによってなぜか流しにあるプロテインの缶を視認することができた。
コマンドを起動し、息を殺す。
しばらく見守っていると、トイレの入り口から足音が遠ざかっていった。
「……ふう」
「それはともかく、プロテインを回収だ。…なんでトイレにあるんだか」
「…知らない…」
涙目になる美玖をよそに、シルフィーモンは流しに置かれたプロテインを手に取り、リュックサックのプロテインと取り替えた。
男達に見つからないようにトイレを出た後、いくつもの部屋をハシゴしてデジモン用プロテインを回収、取り替えていく。
パソコン室や職員室と思しき部屋では至る所にプロテイン用のシェイカーが置かれているのはボディービルダー養成学校では普通の光景なのか美玖には窺い知れない。
「しかし、君達人間のプロテインにあそこまでの効力はあるのか?」
「それはないです!確かにアスリートやボディービルダーの方々はかなりの量を消費するとは聞いてるけれども…乳首が光ったりはしない…」
「なら、我々デジモンのプロテインを摂取してああなったのか…それにしても、文字通りの悪夢というべきだな、あれ」
足音に耳を傾けながらため息をつく。
途中、気づかれて迫られても、シルフィーモンのインターラプトを受けてノックアウトされたボディービルダー達が増えるだけだったが何人この学校を徘徊しているのかわかりもしない。
…それにしても。
(今日の間に収集できた情報の中で、学校関係者の行方が知れないって話があったわよね。…校長や顧問の関係者は一体どこに?)
ーーーー
「HELLO,HAHAHA!!」
「いい加減しつこい!」
シルフィーモンの肘が一人の鳩尾に食い込み、体勢が崩れた所に回し蹴りを叩き込む。
その後ろから迫ってくる浅黒い肌のマッチョ。
羽交締めしようとしたその腕を逆さ手に掴み、素早く背負い投げで床に叩きつける。
美玖はシルフィーモンが引き付けている間に彼から預かった分のリュックサックからプロテインを取り替えていた。
リュックサックの中身はすでに美玖が最初に背負っていたものとシルフィーモンが担いでいたものの殆どはデジモン用プロテインに替わっている。
他のプロテインもある中探すに苦労こそしたが、マッチョメン達を撃退しながら校内を探索していった。
長かった。
(もうこの部屋で最後のはず…!)
今、一人と一体が駆け込んでいるのは校長室。
ボディービルダー大会のトロフィーや賞状が輝かしく飾られた部屋の中にさえ、プロテインはあった。
開きっぱなしの校長の机の引き出し、そこに入っていたデジモン用プロテインの缶を掴みリュックサックの中に突っ込もうとした。
ーーその時である。
「AHAHAHAHAHA!!」
「!?」
轟音と共に何もない壁が爆裂し、そこから現れた腕が美玖を引っ掴んだ。
他のマッチョと違い、歳のいった男でスーツを身に纏っている。
……ただし、なぜか乳首のある部位だけは破れてパトランプめいた乳首が露出していたが。
「まさか…!」
他のマッチョと明らかに違う格好。
ある事実に気づいた美玖を、その襟首を持ち上げて不気味な程快活な笑みを浮かべた男はひと言。
「You LOSE……!」
「美玖!!」
マッチョの森を掻い潜って飛んできたシルフィーモンが、その男…校長に向けてソバットを叩き込んだ。
よろけた所で、あご下を上へ突き上げるように殴打。
一度では踏みとどまられたので三度の殴打でようやく吹き飛ばした。
投げ出された美玖をシルフィーモンが抱え上げる。
「急ぐぞ!!」
ーーー
そこから先を美玖はあまり覚えていない。
なにせ、シルフィーモンに抱えられて振り返った後ろから迫る、真っ赤な乳首のサーチライトを突きつけるかのようなマッチョの大行進しか。
依頼主の会社へとんで戻り、デジモン用プロテインの詰まったリュックサックを突きつけた後は急ぎインターネットへ帰ってきた。
口座に報酬金は無事振り込まれたものの。
…その後、あのボディービルダー養成学校がどうなったか、あの迫り来るマッチョもとい生徒や校長は元に戻ったのか。
考えたくはなかった。
………………
「あれ以来、美玖はしばらくボディービルダーとか筋肉が軽度のトラウマになってしまってな。プロテインを見ただけもあの時の事を思い出してしまうんだ」
「……思った以上にとんでもない案件だったのね」
ミオナは引き攣った笑いを浮かべた。
うどんが来たが、食べるのに時間をかけているためのびてしまっている。
「てか、バレずに帰ってこれたのはいいけど、……美玖ってホントに元警察?」
「そう思われても仕方ないって思ったけど…もう私は、自分が警察だったなんて思い出したくなかったの。いちから探偵をやるんなら、そこに過去の私は持っていきたくなかった…」
「まあ、ともかく、あれに関しては私もよくまあ無事に帰って来れたと思う。…デジモン用のプロテインは、効果こそあるがデメリットも大きいしな」
デジモン用プロテインは能力の上書きを行うサプリメントだが、誤作動により能力を大きく損なう危険性も高い。
それゆえ、質の良いトレーニングを積むデジモンならばプロテインを使用することはほとんどないだろう。
「デジモンのものを人間が使えばロクな事にならない、か。いい勉強……ナノカナー?」
「逆も当然あっただろうな、それを思い知らされる一夜だった」
もうプロテインはこりごりだ。
そう話す美玖の表情は、疲れて見えた。
正月とは、あけおめことよろとはなんぞや。夏P(ナッピー)です。
てっきり懐かしき二人が出会った頃、ちょっと刺々しい関係だった時期を思い出させるほのぼのとした小さな事件なのかなと思ったら甘かった。それはそうと、デジタルワールドを通っての入国出国はザ・ビギニングで同様にシルフィーモンをパートナーとする京さんがやっていたことを思い出してニヤリ。元とはいえ刑事だった身でそれやっていいのかと思わなくもないですが、この話の肝はそこではなかった。
何やねんこの〇首への熱いこだわり。
Twitter(旧名)のタイムラインにデジアドtri二章でレオモンの胸にばかり着目している天才がいましたが、それを上回る熱いこだわりを感じました。学校の怪談的な怖い話の雰囲気と見せかけて、文章から滲み出るなんか凄いムサさ。エロイムエッサイムというかエロイムムッサイム。
私ぁてっきり「デジモンにもプロテインってあるよね」「ああ、だが人間が摂取するとどうなるかわからん」的な前フリがあったもので、美玖サンが例によって「どうなるか実践するしかないよね(パク)んほおおおおおおおおお」になるぐらいかと思ってたのに、実際はもっと凄かった。そりゃ誰でもトラウマにもなる。
ま、まあこの事件があればこそ今があると思えば……(ホントにそうか?)。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。