8月初旬。
夏休みシーズンの真っ盛りだ。
日光はカンカン、セミはジイジイカナカナと鳴き、そんな中でエアコンや冷たいアイスクリームで暑さを凌ぐのが日常となる季節。
そんな季節ならではの楽しみの一つこそ、やはりプールや海だろう。
……だが、その楽しみが理解不能な状況にぶち壊されるなど誰が思うだろうか。
「はははははは!!!これだけ広ければ壮観よ!!!」
ここはB地区にある市民プール。
天井までわんわん響く程の笑い声が響いた。
人々はプールサイドの上でただ、茫然としている。
(((なんだよこれ)))
40mプールの水は全て抜かれ、代わりにくるぶしまでの高さまで満たされているのは……潤滑剤、またの名を、ローション。
ローションのプールと聞けば誰もがこう思うだろう。
そんなプールあってたまるか、と。
だが現実は非情だ。
無色透明、無香のローションで満たされた40mプールのど真ん中で、一体のデジモンが闘気を燃やしている。
足元をローションでヌルッッヌルにしながら四股を踏む姿はシュールの一言だ。
「さあさあ!!我と思う者はローション相撲にてワシとお相手してくれ!満足すれば出ていくその時まで、この戯れを存分に楽しんでいくがいい!!」
「…….マジで」
プールサイドから困惑の視線を投げかける人々に混じり、ミオナが額を押さえていた。
今日は酷暑ということもあり、探偵所を休業日として揃って出かけた市民プール。
それが、今40mプールのど真ん中を占拠している一体のデジモンに台無しにされていた。
少し暗めに映えるが黄金の甲殻、六対の腕全てに独鈷杵と呼ばれる仏具を持った昆虫型デジモンだ。
力士のつもりなのか、立派な前垂れの付いたしめ縄を廻しのように締めている。
大の大人より一回り大きな姿に、勇んでプールサイドから先へ入っていく人間は一人もいなかった。
「……あれはコンゴウモンだ。なんでこんな真似を」
シルフィーモンがため息をつく。
「知ってるの?」
「アーマー体デジモンの中ではあまり見かけない類だ。ただ、こんなことをするような奴ではないと思ってたんだが……あれは本気でやるつもりだな。説得を試みてもこんなふざけた余興をやめるつもりはないだろう」
「困ったわね…」
美玖がプールサイドを見やる。
普段なら水がなみなみと満たされた場所は、今はヌルヌルのローションで隅から隅まで行き渡っている。
こんなところで相撲をやれというのだ。
「言ットクガ、俺ハ行カンゾ」
日除けの下で暑さをしのぎながらグルルモンは首を横に振った。
毛並みが太陽の光を受けて熱くなっている。
「他にデジモンの姿もない以上私が行くか…外で誰か他にもデジモンがいたら、協力してくれるよう声をかけてもらっていいか?」
「いいけど、大丈夫なの?」
ミオナに聞かれてシルフィーモンは周りを見る。
「……大丈夫だろう」
ライフセーバーも管理人も出てこない。
出てきたところで迂闊に手が出せない。
それは客達にしても同じ事で、ローション相撲を仕掛けようものなら……最悪の場合、放送禁止レベル、これ以上ここには書けない光景が出来上がる。
テレビカメラが入れば編集段階でモザイクと◎に金か禁のマークが飛び交う羽目になる。
「行ってくるよ」
「きをつけて!」
ラブラモンの言葉にシルフィーモンはその頭をひと撫でで応え、プールへと降りて行った。
…え?
シルフィーモンも全裸のようなものじゃないのかって?
ましてや今、防具もゴーグル以外脱いでるし?
……こまけえこたぁいいんだよ!!
「……それより」
ラブラモンが高い視点を見上げる。
そこにいたのはヴァルキリモン。
肉体がないので実体化しない限り、暑さ寒さはそんなの関係ねぇな彼/彼女だがお留守番は退屈なのでついてきている。
「シルフィーモンがダメになる前にお前が行け」
ーーーえっ、ヤダ。
「……………」
さて、八卦よい……のこった。
「ぬおっ、ふんっぬううううう!!」
「はっ、くっ、うっうう!」
がっぷり四つで組み合い出した二者。
しかしローションでヌルヌルと足元が滑る。
あっさりとバランスは崩壊、二体はもんどり打ってプールの槽の床の上でもつれあった。
黄金の外殻と純白の獣毛、赤褐色の羽毛がたちまちヌルヌルに…。
それを見た子供たちが一斉に大笑いしている。
デジモン達がローション相撲という前代未聞な光景がウケたのか。
「ちょっと誰かタケシ達に電話しろよ!今、プールでデジモンが相撲してるって」
「ねえ、どっちが勝つか賭けよーぜ。負けた奴はアイス自腹な!俺、あっちのキンキラのカナブンみたいなやつ!カッコいいし」
「えー、僕はあっちのデジモンが良い」
「ならオレはあっちな!」
「ぼくは虫!」
キャッキャ、きゃっきゃとはしゃぐ子供たち。
大人達は安全の為に子供用プールへ誘導しようとしているが、子供たちからすれば滅多に見られない余興への興味が優ったようだ。
カブトムシとクワガタの対戦を眺めてる感覚なのだろう……カナブン呼ばわりされている事にコンゴウモンとしては気づかない限り幸福かもしれない。
ついでに言うと、プールに来た十組近いグループは出ていってしまっている。
収拾がつきそうにないとよそのプールへ移ったか、帰ったか。
「ぬおっ!…なかなかやるでごわすなっ」
うっちゃられかけるも、ローションのヌルヌルで脱するシルフィーモンにコンゴウモンの息は荒く。
「……願うことならさっさと切りあげて欲しいんだが」
面倒なことになったと、つくづく思う。
完全体のシルフィーモンとアーマー体のコンゴウモン。
アーマー体としてのスペックを考えれば普通に戦って五分五分でもっと早く勝負はつく。
しかし戦いの場がよりによってローションまみれの床という足場の悪さ。
そのせいで、勝負はついてるのかよくわからない状況で時間もかかる。
だから客足も早く遠のきつつあるわけで、早くお帰り願いたいとシルフィーモンは思うのだが……。
「オウオウオウ!!ここが噂の会場ってワケか!!」
……状況の悪い事に参戦フラグが立ってしまった。
入ってきたのは、3メートルを超える人型。
長い手足と背中から生えたイカの触腕のような触手。
深海のダーティファイターと呼ばれるマリンデビモンだ。
「ほほう、新たな参戦者ときたか!是非此処で相撲といこう」
「面白え!!」
「待てっ…!」
マリンデビモンが足からプールへ飛び下りる。
シルフィーモンは止めようとしたが当然間に合うはずもなく……
「ぅ、ウォォオオオオオオオアオオオオオオオオ!!!?」
ヌッッルヌルルルルヌロロオオオオオオオオっ
…と、一面ローションの床に足をとられ、そのまま勢いよく滑っていくマリンデビモン…。
コンゴウモン、シルフィーモンの目の前を凄まじい速さで滑っていき、そのままプールの槽の壁へ激突していく。
ゴッッ
…鈍い音の直後、壁に入ったヒビに数日はプールに入れないだろうなと予感した者が数人。
「おい……」
「ぐっ、やるじゃ…ねえか…」
まだ誰もやってない。
そんなツッコミが皆の心の中で飛び交うも、深海のダーティファイターはお構いなし。
態勢を立て直すや、彼が向かった相手はシルフィーモン。
「まずはテメェから相手しろ!!」
「なっ!?」
触手が絡みつき、長い腕が彼を捕縛する。
ローション相撲から一転してローションプロレスになってしまったはともかく。
振りほどこうともがくシルフィーモンと、より搦め手を使おうとしてくるマリンデビモン。
子ども達は戦局が変わって混乱している一方…プールサイドの別方面からは黄色い声が。
「ちょ、ちょっと待って、ヤバくない!?」
黄色い声の発生源は数人の女性。
若くて20代前半から30代半ばまでが、……シルフィーモンを見て騒いでいた。
「ねぇ、ちょっと待って!メッチャ良い表情してるんだけど!」
「誰かスケブ……ああっ、今日プールじゃなかったら!」
「やっっっば、デジモンでこんなに癖に刺さるなんて思わなかった。あのデジモン、顔良いのをあんな表情させるのクッソ癖なんですけど!?」
さっきまで退屈げにしていたのが、どっかの外人四人が披露したようなポーズの盛り上がりっぷりである。
その声が聞こえたラブラモンとヴァルキリモンはめっちゃ困惑している模様。
「今年の夏コミ新刊落ちちゃったからおちんこでたけど、いきなりこんな燃料投下されたら冬コミにリベンジするしかないっしょ!」
「あっ、今度こそやる?アンソロ。だったら私、後で企画の設定するから連絡くれればいつでもやるよ」
「それにしてもさー、あのデジモン、男か女かどっちなんだろうねー」
「普通に男じゃない?ひんぬーって可能性は微レ存だろうけど」
……シルフィーモンの方は今、自分が同人のネタにされてる事に気づくまい。
マリンデビモン、及び足元のヌルヌルと格闘しながら外野にかまけている余裕がないのだ。
「じゃ私、今帰って早速原稿書くわ!!!」
「あ、便乗して私も!」
「ワイも!」
「ワイトもそう思います!!」
と、たちまち総立ちになってプールから出ていくのを見ながら。
ーーー……人間も随分と強者はいるようだね。魂の問題だが。
「そ、そうだな」
「はぁぁあああああああ!!」
プールの方で裂帛の気合い。
意識を引き戻された二体が見たのは、綺麗な放射線を描いてプールの上を飛ぶマリンデビモンの姿だった。
決まり手はシルフィーモン渾身の投げ技だったか。
あまりの綺麗な飛び方に爽やかな夏のヒットソングが聞こえてきそうだ。
多分サ○ンかTu○e辺りが歌ってる。
♪ 熱いSeason マリンブルー 大空を舞うのさイカ in My Dream
♪ Super Bodyのあの娘(コ)の頭上を ジェット飛行さイカ I'm still in Love
さて、爽やかとは360°ほど遠いイカ(シーデビル)ことマリンデビモン君。
シルフィーモンに投げ技を決められて飛んだ先にはガラス窓。
あなや非情なり。
ガシャンと音を………立てはしなかったが、その手前で落下し、派手に気絶することとなった。
嗚呼、無情。
「ねえ、さっきのデジモンは!?」
「ソコダ」
水着の上にラッシュガード、サンダルをひっかけた姿でミオナが外から戻ってくる。
グルルモンが鼻先で示した先には、気絶したマリンデビモン。
ちょっとホッとした顔をしたミオナだが、今だにローション相撲が続行中であることに変わり無い。
「シルフィーモン、大丈夫なのかな…」
「アノデジモンノ相手ヲシテイタンダ。疲労ガ溜マッテキテル」
先程よりシルフィーモンの動きが鈍ってきている。
グルルモンはそれを指摘した。
……このままコンゴウモンはここに居座ることになってしまうのか?
その時である。
「ハーッハッハッハッハッハッ!!」
何処からともなく笑い声が聞こえた。
腹の底からよく響く、漢(オトコ)の笑い声が。
「コンゴウモンよ、まさかこのような場所に居ったとはな!」
「おおっ!?」
「!?」
思わず試合を中止したコンゴウモン、そしてわずかでも疲労を回復しようと動きの止まったシルフィーモン。
二体の目の前ではためくのは……眩いばかりの白いフンドシである。
そう、Fundoshi である。
「おっ、お主は…!」
「久方ぶりじゃな、コンゴウモンよ。じゃがここは人間の共同の場。ひと試合してから場所を移動しよう。ここは大勢の人間が憩う為の場だからな」
そう言って現れたのは、逞しい裸体をふんどしのみで隠した巨漢。
何処ぞのプロレスラーと言われても信じてしまいそうだが、その身長はまさに天を衝くような大男。
コンゴウモンと同等以上のその身長となれば、どれだけ人間そのものな外見といえどわかる。
この大男もまた、デジモンなのだ。
「そこのシルフィーモンよ、待たせたな。こいつとここで一つひと勝負した後に移動するでな、しばし待つがいい」
「……なら、言葉に甘えて」
そこからは別な意味で危険なマッチングとなった。
男臭い咆哮とヌルヌルテカテカに濡れた肌。
(一体何を見せられてるんだろう)
と、チベットスナギツネめいた目でミオナと美玖は目の前の光景を見ていた。
さっきの同人グループが見ていたら何と言っていただろう。
……だが、それも終わり。
勝負は、数瞬もの駆け引きの後、終わった。
「いや、参った参った!やはりお主には負けるでごわす」
「ぬはははは、まだ勝負は終わらんよ。早速、この場所を退かねばな!」
この間、モップを握りしめて待機していた人達はホッとした。
ヌルヌルを洗い流す作業が待っていたとしても、プールの壁を直す作業が待っていたとしても。
デジモンという存在が引き起こすこれまでの被害を考えれば、あまりにも軽いのだから……。
「ちょっと師匠、なんですかその格好は!?」
「いやあ、人間が使うプールの傍を通りかかれば何やら困っとるというんでな。来てみれば久しぶりに見る顔があったのでハッスルしたまでよ」
「一体なんです、これ?イヤあ、ヌルヌル!!早くなんとかして、着てください!!」
「ノワールもブランも仕方ないのう、これが思春期というやつか」
「「全然違います!!」」
………さらに、この冬の某イベントでは。
とあるサークルが、いわゆるリョナ本のアンソロジーを発行したのだが。
「これ、シルフィーモンってデジモンになんか似てね??」
と、一部の読者にそう思わせたショタキャラが載っていたことが話題となったことを。
我らが五十嵐探偵所の助手が知ることはなかった。
了
隙あらば外人四コマ。夏P(ナッピー)です。何だアイツら、リアル体験を基にリョナ本出すとはできる。
ちょうどまさしく夏休みのギャグ編のような話でしたが、プールと言うからには女性陣の水着に対する言及みたいな話があると期待していた私は愚かだった。む、無念ーッ!
それはともかく、主役はコンゴウモンでしたが語尾がゴワスの力士とはゴワス=力士論の第一人者としては滾る。師匠お前かよとなりましたが、こういった話を作れるのも人間とデジモンの世界が普通に混じり合ってる世界観だからこそですな。眷属だのイーターだの最近ヤバい奴ばっか溢れていた気がしますが気にしたら負け。
ドカモンもといドスコモンの出番が欲しい人生だった。
マリンデビモンは結局、プールにヒビ入れるの以外はリョナネタ提供の為だけに現れたのか!? いやそれならいっそ女性を以下略。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
ミケモン
「いえーい、いつでも心に激しくんほおの心を。クソ作者キャラ一同、カオス回と聞いて誰よりも早く感想を書きに来ましたー!! おっしゃ全力でイジるぞお前らぁ!!」
ベアモン
「レッサー。それはね、感想じゃなくて辱めって言うんだよ。あと今回別にんほお言って無いでしょ」
エレキモン
「未遂ってだけで可能性自体はあったと思うけどな~」
ベアモン
「あってたまるかぶん殴るよ」
ユウキ
「こっわ。というか夏休みシーズンかぁ……デジモン絡みの夏って大体何かアクシデント起きてるよな。いやまぁアクシデント起きない話なんてたいてい書かれn「正拳ッ!!」うぼぁ」
ミケモン
「(ガン無視)で、今回の題材は夏休みの……え、ローション風呂? てかローションって何? 少なくとも俺達のデジタルワールドに無いぞそんなの」
エレキモン
「確かアレだろ? 傷とかに塗ると地獄の痛みがレッツパーリィするとか何とか。敵と戦う時とかに使えそうだよな~(てきとう)」
ベアモン
「普通の使い方は知らないのに悪用の仕方だけはすぐに思い浮かぶの何なのドラクモンなの???」
ミケモン
「デジモンは戦闘種族だって1000年前から言われ続けてるからだろ(てけとー)」
エレキモン
「何でもいいが要するにめっちゃくちゃ滑る場所でスモウを取れって話なんだな。コンゴウモンとはまた言われてる通り珍しいのが……シルフィーモン、よくマトモにスモウを取れたよな。こう、奇跡のデジメンタルで進化したデジモンってのもあるけど、重量とか腕力とかそういうの的に」
ベアモン
「マリンデビモンの介入もあって色々疲れさせられて、危うくなったけどね。なんかよくわからないのがよくわからないパワーで解決してくれて助かったよ」
ミケモン
「ロイヤルナイツがフンドシつけて参上してヌルヌルテカテカになった事実から逃げるな」
エレキモン
「んほおじゃなくてウホッの話だったとはな……これは一本取られたぜ。流石はみなみさん、デジモン創作サロン不動のアダルト枠……格が違う」
ベアモン
「何もうまくないからね? あとみなみさん別にそういうポジションじゃないからね??? 普通に真っ当な物書きさんだからね????? 本編の第一話から見直して?????」
ユウキ(ふっかつ)
「何はともあれ、こうしてローション相撲事件は解決され、後にはシルフィーモン似のショタのリョナ本だけが残された、と。めでたしめでたし」
ベアモン
「何処にめでたい要素があったの?????」
まさか「んほお」ではなく「ウホッ」回だなんて……これがみなみさんの新境地……ッ。
というかこの猛烈な熱気から新作を生み出そうとするクリエイターの皆様には感服いたしました。次回はきっとヴァルキリモンもアヌビモンに蹴り飛ばされて参戦することになるでしょう(強制労働)。毎度ながら、みなみさんの発想には驚かされてばかりです。最近この手の話をあまり書かない自分としても、リスペクトしなくてはと常々思ってます。これからの新作も本編の更新も楽しみにしております!! お疲れ様でした!!(これはなんかイイ話だった風に締めくくろうとしているだけのクソ野朗)。
PS あぁ、次は収穫祭だ……(みらいよち)