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フォーラム記事

組実(くみ)
2023年9月12日
In デジモン創作サロン
【DIGIコレ15宣伝】 こんにちは組実です。宣伝失礼いたします。 2023/9/24 DIGIコレ15@東京ビッグサイト 東6ホール ラ07b「おにぎり大学」でサークル参加いたします。 いよいよエンプレ最終巻です。B6版、394ページの第5巻には新規扉絵、新規立ち絵、新規&リメイク挿絵、最後なのでおまけイラストや作品設定を掲載。 またご購入特典のオマケ本「外伝Ⅱ」にはエピローグ番外編2作品の他、連載当時の挿絵やイラスト、オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTに投稿する前&連載開始時期にノートに描いていたアナログ初期設定画をほぼそのまま掲載しております。 ボリュームたっぷりの40ページです。 オマケなので無料です。 BOOTH、FOLIOにて後日通販も予定しております。よろしくお願いいたします! 組実
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組実(くみ)
2023年8月23日
In デジモン創作サロン
※椿屋四重奏「恋わずらい」を題材に書きましたカノンとベルゼブモンの短編です。 ◆ ◆ ◆  ──燃えるような夕暮れが、白い肌を紅に染めている。  ◆  茜と褐色が滲んだ空。  鈍く光る太陽が、廃墟の廊下に一人の男の影を伸ばす。  影に紛れそうな黒いライダースジャケットを揺らし、男は真っ直ぐにある部屋へと向かう。  仮面から覗く赤い瞳は一度だけ空を見上げ、すぐ廊下へと戻される。静寂に瓦礫を踏む音を響かせながら──ベルゼブモンは、錆び付いた扉に手をかけた。  ぎい、と蝶番が歪に鳴く。  少し遅れて、鈴鳴りの声が男を迎えた。  熱がこもる部屋。窓際のソファに座る一人の少女。  子供と呼ぶには成熟した、けれど大人と呼ぶには少しだけ幼いセーラー服の女学生。ベルゼブモンのパートナーである彼女は、安全を確保できたこの部屋で、男が見回りを終えるのを待っていた。  ベルゼブモンは、廃墟には誰もいなかった事を少女に告げた。暫くの滞在は問題ないであろう事も。必要な言葉だけを告げる短い報告に、少女はありがとうと言って微笑む。  会話はそこで止まった。とは言え決して気まずいものではなく、口数の少ない二人にとってはよくある光景である。普段であればそのまま男が少女の隣に座り、銃の手入れ等を始めるのだが──今は、何故だかそのまま立ち尽くしていた。  どうしたの、と鈴鳴りの声。  ベルゼブモンは答えず、口籠る。  男に向けられた目線。琥珀と金色に彩られた瞳。  透けるような白い肌は差し込む夕陽で僅かに赤らみ、逆光は少女の黒髪を艷やかに照らしている。  茜さすモノクロームの情景。  その美しさに、思わず目を奪われただけの事。それを言葉にできず、伝えられないだけの事だった。  そんな男の、突然立ち止まっては自分を見つめてくる行動は少女にとって珍しくはなく──けれど理由を知る事は無かった。敢えて訊く事もしない。  何事もなかったかのように、少女は小さく手招きをする。隣に来て座るようにと。男は言われた通り側まで来たが、ソファには座らず床に片膝を付いた。  少女はまた、どうしたのと訊く。鈴の音の様な声で、薄桃色の唇を開いて。  男はまた、答えなかった。  ただ──少女の仕草、ひとつひとつに。形容し難い感情が生まれては、胸の中で溜まっていくのを感じていた。  溜まり澱んでいく靄のような感情。この感情の名前を男は知らない。  いつからか抱くようになり、いつからか自覚してしまった何か。非力で儚い少女を守らなければという庇護欲と、失いたくないという恐怖に加え──新たに生まれてしまった何か。  こんなものを表に出せば忌避されてしまうだろうか。怖がらせてしまうだろうか。……などと思考する数秒。無意識のうちに、自身の指先が少女に向けられていた事を自覚する。  慌てて下ろそうとしたベルゼブモンの黒い手に、白く細い指先がそっと触れた。少女はそのまま男の手を引くと、白く柔らかな頬に、男の大きな掌を当てる。  光に溶け入りそうな微笑みに、男は時間が止まったような錯覚を抱いた。  それから、喉元から溢れそうになる靄を押し殺し──触れ合う温もりから意識を遠ざけ、平静を装った。  ……ああ、やはり、やはり澱む。胸の奥に溜まっていく。  斜陽の影のような黒い靄。呼び方を知らない感情。理性と本能が拮抗する、同族への捕食願望とは異なった衝動。  これを抱く対象が、果たして同族であれば良かったのか。それとも電脳生命体として抱く事自体が異端なのか。  自分が抱くから、こんなにも澱んでいるのか。──身を委ねたらどう成るのか。  分からない。誰も答えを教えてくれない。かと言って自分で導く事も、誰かに、ましてや少女に尋ねる事などできはしない。  自分に赦されるのは、このあまりに煩わしい感情をただ、押し殺す事だけなのだろう。  ベルゼブモンは少女の頬からそっと手を離すと、小さく微笑んでみせた。  それから隣に座り、いつものように銃の手入れを始めていく。少女は柔らかな眼差しで、男の習慣を飽きもせず見守っていた。  誰もいない廃屋。熱のこもるコンクリートの部屋。  静かに流れていく穏やかな時間の中で、時折少女の顔を覗きながら──ベルゼブモンは願う。  為す術のないこの澱みを、どうか知られてしまう事がないようにと。 ◆  ──燃えるような夕暮れが、白い肌を紅に染めている。 【 終 】 あとがき フォロワーさんが推してくれた二人のイメージ曲をテーマに書きたくなっただけの超短編。 いちばん短いかもしれないです。無理に長くする事もなかったので。 ちなみにエンプレ正史ではない。筈。念の為。サロンなので全年齢版です。 Pixivの方には年齢制限版を投稿したので覚悟がおありの方は【こちら】か(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20519887)らお進みください。 古の手作りホームページのように。1ページ目は大丈夫です。 心理描写はベルゼブモンがメイン。 どちらもなるべく台詞を少なめに、直球な単語でなく比喩多めを意識して書きました。 ありがとうございました!
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組実(くみ)
2023年7月24日
In デジモン創作サロン
お知らせを失礼します。組実です。 「*The End of Prayers*」、現在書籍版を通販および現地イベントにて頒布しております。 縦書き2段組のB6版。WEB投稿版を校正して縦書きレイアウトに調整&扉絵と立ち絵を掲載。 通販は以下2点にて実施中です。 ◆BOOTH https://onigiridaigaku.booth.pm/ ◆FOLIO(1、2巻と3、4巻で別ページとなります)  https://www.b2-online.jp/folio/21110700761/004/  https://www.b2-online.jp/folio/21110700761/003/ 最終巻である5巻は9/24に東京ビッグサイトで開催されますDIGIコレにて頒布予定です。 どうぞ最後までお付き合い下さいませ。 また、現在Pixivでも掲載しております。(現在22話まで)→ https://www.pixiv.net/novel/series/8014010 こちらもよろしくお願いいたします!
通販告知とイベント参加のお知らせ content media
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組実(くみ)
2023年6月18日
In デジモン創作サロン
今日もまた、長い長い夢を見る。 たくさんの向日葵。一面の黄色。 太陽に向かってキラキラと咲く。 背の高い茎の森。花房の影の下。 紛れるように走る。空を仰いで。 「やあ、やあ。なんて綺麗だろう」 視界を塗りたくる色。太陽の光。 青、緑、黄。鮮やかなパレット。 そんな光景。ありふれた夏の日。 「なのに、なのに。どうしてかな」 来た事があるような錯覚を抱く。 一人だったか。誰かと居たのか。 思い出せない、美しい筈の記憶。 花房が覆う道。同じ景色の迷路。 葉擦れの音。揺れる大輪の黄色。 そんな風景。ある夏の日の瞬間。 「誰かに見せてあげたかったんだ」 或いは、誰かの隣で見たかった。 けれど、それは誰とだったのか。 わからなくて、思い出せなくて。 ひとり泣いてしまいそうになる。   たくさんの向日葵。一面の金色。 終わらない夏の日。繰り返す夢。 「もし、この果てに辿り着けたら」 この夢も終わりを迎えるだろう。 その時は君に出会えるだろうか。 遥かへと続く道。碧に満ちる風。 祈りを胸に、向日葵の夢を往く。
*The End of Prayers* 外伝「ひまわりのゆめ」
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組実(くみ)
2022年12月09日
In デジモン創作サロン
※こちらは2010/8/1~2022/1/22に「オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT」、 「デジモン創作サロン」で連載した完結作品のリマインド投稿です。どうぞお楽しみ下さい。  ──ここは、どこだろう。  気付けばそこは、果てしなく続く黄昏の荒野。  夕陽をぼんやりと眺めながら「どうしてこんな場所にいるんだろう」と考える。  ふと、隣を見る。そこには、自分よりもずっと大きな誰かが眠っていた。  白銀の毛並み。四つ足の大きな獣。……何故だろう。初めて見た筈なのに、どこか懐かしい感じがする。  やがて、銀の獣が目を覚ました。眠たそうに半分開かれた目と、彼を見つめていた自分の目が合った。  ──君は、誰だ。  獣に尋ねられ、答える。自分の名前をすぐに言えたことに驚いた。そこでようやく、今までの記憶がほとんど抜け落ちていることに気付く。  それは銀の獣も同じだった。彼もまた、自分の名前以外を失っていたのだ。  何もない場所で目を覚ました、何もない自分達。行く当てなどあるはずもない。  一緒に行こう。──そう言い出したのはどちらだったか。いつの間にか二人で、一緒に荒野を進んでいた。  この先にどんな運命を背負うことになるのかなど、知る由もなく。  小さな影と大きな影を伸ばしながら、ただ、歩き続けて行く。 *The End of Prayers* 第一話 ◆  ◆  ◆  産まれた時からずっと、里の皆に言われ続けていることがあります。  それはわたしが、世界を救った英雄の生まれ変わりなのだということ。  そしてその英雄と同様、わたしはいずれ、里を災厄から守る救世主になるのだということ。  何度も何度も、まるで念を押すように、わたしに言い続けるのでした。  そんな里の皆は、わたしを敬い、慕い、特別な名前でわたしを呼びます。  だからわたしは、一度も本当の名で呼ばれたことがありません。  そうして育ってきたけれど、そのことを苦痛に感じたことはありませんでした。むしろ誇りにさえ思っています。  何故なら、わたしにとって里がわたしの世界であり、愛しい里の皆が、わたしの全てだからです。 ◆  ◆  ◆  うっすらとした霧がかかる早朝。  里の門番が、とある岩穴を訪れた。 「おーい、コロナモン。ガルルモン。いるか?」 「……いる。あと、起きてる」  返事と共に、大きな白銀の狼──の姿をした成熟期デジモン、ガルルモンが姿を現す。 「おう、相変わらず早起きだな。ガルルモン」 「そう言う君は珍しいじゃないか、ゴブリモン。いつもは昼まで寝ているくせに。コロナモンならまだ寝てるけど、何かあった?」  欠伸を噛み殺しながら、ガルルモンは岩穴の奥に目をやる。彼よりもずっと小さなデジモンが、静かに寝息を立てていた  名前はコロナモン。獅子の子を思わせるような風貌と、赤い毛並みを持つ成長期デジモンである。 「あー、起こしてくれ。天使様がな、お前たちを聖堂へ呼ぶようにって」 「ダルクモンが? わかった。すぐに行くよ」 「おう。そうしてくれ。じゃあ、俺は門に戻るからな」  背を向けて手を振りながら、ゴブリモンは去って行く。しかし途中、思い出したように立ち止まった。 「お前たち、そろそろさ。天使様のことはちゃんと『天使様』って呼べよ。皆そうしてるんだから」  そう言い残したゴブリモンの後ろ姿を見つめて、ガルルモンはため息をついた。  ──天使様とは、この里に暮らすデジモンの一人だ。本来の名はダルクモンだが、里の者は彼女を「天使様」と呼んでいる。  天使型デジモンなので、呼称自体は間違っていない。それでも違和感を抱いてしまうのは、その呼称に固執する周囲の態度が原因だろう。自分達が彼女の名を口にする度、彼らは口を揃えて訂正を求めてきた。  反発心、というわけではない。里に溶け込むためには必要な事だと、ガルルモンもコロナモンも理解している。……それでも、未だに彼女をそう呼ぶ気にはなれなかった。  そんな二人がこの里にやって来たのは、つい最近の事である。  長い旅の末に辿り着いた里。敷地面積は広く、森や池など自然も豊かで、食糧にも恵まれていた。住民達も皆、穏やかで優しい。  そんな平和な環境は疲れ切った二人を癒し、受け入れ──気付けば二人は、この地に定住するようになっていた。  土地の名前は「天使の里」。至る場所に天使のレリーフが見られ、中央の高台には美しい聖堂が建てられている。  その聖堂に暮らし、里を治める長こそが、里の者達に心酔するほど慕われている天使──ダルクモンだった。 「ねえ、ダルクモンが用事って、何だろうね」  コロナモンはガルルモンの背で、眠たそうに目を細める 「あのゴブリモンがわざわざ朝早く来たってことは、結構大事なことなのかもしれない」 「大事なことって?」 「それは着いてからのお楽しみだ。……コロナモン?」 「……うん。おき、てる」  眉間に皺を寄せながら、コロナモンはカクカクと頭を揺らしている。眠るまいとしているが、明らかに眠気の方が優勢だ。 「……」  ガルルモンはにやりと笑って、歩くスピードを一気に上げる。いきなり振り落とされそうになったコロナモンは、慌ててガルルモンにしがみついた。 「なっ、なんだよ急に!」 「ちゃんと起きるんだ。そんな様子じゃダルクモンの話、聞けないぞ」 「起きたよ! 速いよ! もう!」 「待たせたらダルクモンに悪い。ほら、しっかり掴まって!」 「お、俺だって、そのうち進化してガルルモンよりも速くなるし、というかガルルモンは早くダルクモンに会いたいだけ……うわわわわっ」  ガルルモンはスピードを落とさず、真っ直ぐに聖堂を目指す。  きちんと真っ直ぐ向かっていたのだが──背後から「正直に言えばいいのにー」という声が聞こえた気がして、わざと険しい道を通って行くことにした ◆  ◆  ◆  聖堂前の広場で、辺りを見回しているデジモンを見つける。 「ダルクモン! こっちだ!」  ガルルモンはいつもより明るい声で呼びかけた。  すると、輝く二対の翼を抱いたデジモンが、声に気付き手を振ってくる。  顔の上半分に黄金の仮面を纏った、人間の女性のような姿のデジモン。まだ成熟期だが、その身に秘めた力は計り知れない神聖なものだと、住民達は彼女を崇拝している。 「ごめんなさい。こんな早くに呼び出してしまって」  そう言って、ダルクモンは嬉しそうに微笑んだ。 「あら、コロナモン。顔色が良くないですね」 「……うん。乗り物酔い。ガルルモンが走るから……」 「まあ、ガルルモン、走って来てくれたの?」 「あ、いや……その、大事な用事があるのかと思って」  思わず目線を逸らしたガルルモンを、コロナモンはニヤリと眺める。 「……何だよコロナモン」 「なんでもない!」  二人のやりとりを、ダルクモンは小さく笑いながら見つめていた。それに気付き、ガルルモンは恥ずかしさで逃げ出したい気持ちになった  コロナモン曰く、「あれは間違いなく一目惚れ」  里の者達がダルクモンに抱くものとは、明らかに違う感情。それを真っ先に見抜いたのはコロナモンだった。  本人は必死にそれを隠しているようで、当たり前だが、言うと怒る。  コロナモン自身、大好きな相棒が好意の対象を持った事は嬉しく感じていた。周りに言いふらそうだなんて思わない。  ──むしろ、言ってしまっては問題なのだ。  里の民にとってダルクモンは崇拝の対象であり、神聖な存在。ただでさえダルクモンを『天使様』とは呼ばない一人が、その天使に対しに好意を抱いているなんて知れたらどうなることか。  そして当の本人であるダルクモンだが──なんと、気付いている様子だった。  しかし何も言わない。それどころか「里の皆には、『ガルルモンは特にわたしを信仰してくれている』と伝えているから大丈夫ですよ」だなんて言っている。  里の長ではあるが、里の民とは異なる考えを持っているのか────二人がダルクモンを名前で呼んでも、彼女は怒るどころか笑顔を見せた。どこか、嬉しそうに。 ◆  ◆  ◆ 「どうぞ、中へ」  里のシンボルとも言える小さな聖堂。  白い壁に青い屋根。鐘楼塔にかかる鐘は金色。美しい外観だが、その入り口だけは分厚い鉄で出来ている。鉄扉の鍵はダルクモン自身であり、彼女が触れないと開かない仕組みになっていた。  また、この聖堂は里で唯一の「施錠できる建物」でもあった。  この里は、侵入者に対する警戒心が非常に薄い。里の出入口には門番が置かれているが、あくまで形だけのもの。どの家屋も無防備な造りで、コロナモン達に至っては岩穴で暮らすほどである。  別に不満はないし、それでも里は平和だ。けれど今までの旅の生活を思い返すと、その無防備さが少々心配になってしまう。  そんな守りの要たる聖堂だが、里の民が立ち入られるのは礼拝堂までとなっている。それが里の決まりだった。  ──しかし三人は今、その先に続く廊下を歩いている。ダルクモン自ら、二人を奥へ招き入れたのだ。  廊下の壁に窓は無い。天井に飾られたステンドグラスが、陽光を鮮やかに取り入れている。  初めて見る内部に、コロナモンは少々はしゃいでいた。それを止めるガルルモンもまた、好奇心を隠せずにいる。  二人とは反対に、ダルクモンはとても落ち着いた様子だった。 「あちらです。──祭壇の間。里の者を入れるのは初めてなので、皆には内密に」 「それは……もちろんだけど、俺たちが入っていいの?」 「ええ。きちんと説明するには、あの部屋が最適ですから」  廊下の先に見える二つの扉。一方には紋章のようなレリーフが刻まれていた。  レリーフの扉をダルクモンが開けると、これまでの落ち着いた内装とは似つかない、石煉瓦の部屋が姿を現した。  真っ直ぐに伸びる身廊。祭壇。そして──微笑みを浮かべる天使の彫像。  その顔は、ダルクモンが笑った時の顔と、よく似ていた。 ◆  ◆  ◆ 「──それは、『毒の大雨』。あるいは『毒の厄災』と呼ばれています」  祭壇を背に、ダルクモンは二人へ語り始める。 「ガルルモン。聞いたことはありますか?」 「……少しだけなら」 「どんな話だっけ? 俺、あまり覚えてないや」 「昔、毒が世界中に溢れたって話。西の港街で聞いたろう?あまり詳しい事は言ってなかったけど……」 「それ、俺たちが生まれるよりずっと前のこと?」 「ええ。今この地に生きているデジモンの殆どは、この災厄についてを知りません。知っていても物語程度にしか」  生まれる前と言っても、大昔というわけではないらしい。  あまりに多くの命が失われ、それ故に語り継ぐ者も僅かだった。だから現在も知る者が限られるのだとダルクモンは言う。  ──情報をまともに残せない程の災害だったのだろうかと、コロナモンは眉をひそめた。 「毒は『黒い水』と呼ばれていました。水よりは泥や油に近かったようですが。……黒い球体が突然現れ、そこから毒が雨のように降り注ぐのだそうです」 「……じゃあ、今のデジタルワールドは、その災害から生き残ったデジモンたちで成り立った世界なんだね」 「ええ、ガルルモン。毒より生き延びたデジモンは決して多くはなかったけれど、少なくもなかった。毒は致死性のものですが、一部のデジモンには毒性が低かったとされています。  具体的には、ほとんどの究極体……そして、ある程度力を持った完全体……彼らには毒に対する耐性が、ある程度はあったようです。今の世界は、そんな彼らによって造り直されたのでしょうね」  ダルクモンの言葉に、二人は「究極体!?」と目を丸くさせた。  デジモンの進化世代の最終形である究極体、それこそ物語でしか聞いた事のない存在だ。それが実在していたなんて── 「昔のデジタルワールドには、そこまで進化できたデジモンがいたんだなぁ。俺なんか成熟期にもなれないのに」 「まあ、コロナモンもそのうちなれるさ。大丈夫」 「ガルルモンはいいよな。最初から成熟期なんだもん。ちょっと分けてほしいよ」 「コロナモン、何を分けるんだい? ……と、ごめんダルクモン。話の腰を折っちゃって」 「いいえ、いいえ。わたし、二人のやり取りを見るの、とっても楽しいんです。とっても微笑ましくて、本当に兄弟みたいなんだもの」  ダルクモンの微笑みに、ガルルモンは照れくさそうに目線を逸らす。 「それは……僕らをそう言ってもらえるのは、嬉しいよ。……僕は君と同じ成熟期で、里ではきっと強い方だろうけど……その毒には、やっぱり負けちゃうのかな」 「……毒は、成熟期以下のデジモンにとっては致死的とされています。また、ウイルス種のデジモンに至っては、全ての進化の段階で耐性が皆無なのだそうです」 「僕らが成熟期がダメなのは、未熟だからって理由で納得できるけど……ウイルス種はどうして? 完全体や究極体でもダメなんて、変な話じゃないか」 「この毒はウィルス種と性質が似ているのか、彼らと親和性が高いようで……彼らに対しては『致死』以外の影響を及ぼすと伝えられています」  それが、毒がもたらすもう一つの恩恵、『凶暴化』であると言う。  更に具体的に言えば『理性と自我の喪失』、『他者への襲撃と捕食衝動』。それらに支配され、誰のものか分からない本能のまま暴れるそうだ。 「黒い水を浴び、毒に侵されたウイルス種のデジモンは……もう元の彼らとは違う。汚染により歪んでしまった別の存在と成り果てるのです。中には凶暴化の際、歪に進化を遂げる者もいたと聞きます」 「ま……待って、待ってダルクモン。ガルルモンも。その……毒が怖いことはわかったけどさ、それを今いきなり話す理由がわからないよ。どうしてこんな突然なの?」  コロナモンは状況が理解できず狼狽した。対して、ガルルモンは表情を曇らせていた。  旅の最中で聞いた話では、毒に関して詳しく語られていなかったが──確か、毒に耐性を持つ種族もいた筈なのだ。確かそれは──── 「そうですね。突然で驚いたでしょう。本当はもう少し後に、ゆっくり話すつもりだったのだけど。  ……ところで、どうしてわたしが里で『天使様』と呼ばれているか、知っていますか? わたしが天使型のデジモンであるから、という理由だけではないのですよ」  ダルクモンは天使の彫像を見上げ、目を細めた。 「遠い昔に起こった災厄。それを鎮め、世界を救ったのは……幾体かの究極体デジモン。種族名が明らかになっていない者が殆どですが……英雄たちの故郷には、その伝説が語り継がれていくのだと。語り継がねばならないのだと、そういう教えがあるのです。  ──英雄の中には、大天使型のデジモンが三体いました。その一体である『彼女』は聖なる力で毒を浄化し、多くの命を救った」 「……この彫像は、そのデジモンがモデルになってるの?」 「いいえ、コロナモン。これは彼女の姿そのものです。彼女は自らが纏う聖鎧を砕き、里を癒す礎とした。……だから彫像の彼女は兜を纏っていません。残りのデータは、民の治癒と『後身』の継代に充てられました。──わたしは彼女の粒子が形を成して、デジタマとなって、生まれたデジモンがまた命を繋いで出来た天使。わたしたちは『私』から、あらゆるデータを引き継いできたのです。  ……わたしはね、もうすぐ訪れる災厄の再来から……里を守る、皆にとっての『天使様』になるのよ」 「天使型と、聖なる力を宿したデジモンには、僅かですが毒を癒す力があります」  自らを礎に、毒から土地と民を救った大天使。その記録と責務を受け継いだ後身。  ダルクモンの告白に、コロナモンとガルルモンは言葉が出なかった。里の皆は、いざとなったら彼女が犠牲になるかもしれないと──知っていたのか。 「その聖なる力が最も強くなるのは満月の夜。……予知の能力を持つデジモン達から、『半年後に災厄の再来がある』と先日連絡がありました。なので急ぎ、一週間後の満月の夜に『洗礼』の儀式を行います。聖なる英雄の力を宿したデータを皆に分け与える事で、民には多少なり毒への耐性が出来るでしょう。  ……里の皆は黒い水の話も、そして私の役割も、ずっと前から聞いて知っている。でも二人はそうではないから、きちんと話しておこうと思ったんです。……色々と受け入れるにも時間がかかると思ったから。けれどもっと早くに伝えるべきでしたね。ごめんなさい。二人がそんなにショックを受けるなんて、思わなくて……」 「ダルクモン。……門番のゴブリモンは、ウイルス種だよ」  コロナモンは心配そうに、ダルクモンを見上げる。 「門は一番危ない場所だ。あそこにいるべきじゃない。……何かあった時、最初に俺たちが守るべきなのは……幼年期とウイルス種の仲間たちだ」 「その通りです。ええ、安心して。彼には本日をもって門番の職を降りてもらう事になっています。代わりはベアモンが引き継いでくれるわ。……ねえ、わたしがこの事を話したのはね、二人を不安にさせたかったわけじゃない。逆に『ここは安全なんだ』って、皆のように安心して欲しかったから……」 「それは……君が天使だからか。皆は、君が皆を守ってくれるから、だから……そうか。だから皆は、君のことをずっと『天使様』って……」 「……。ガルルモン、そんな顔しないで下さい。これはわたしにしかできない事。わたしの役目であり、運命なのですよ」 「でも君はそれでいいの? 君の出生どうこうの話じゃない。里は、皆は……初めから君じゃなくて、君の中にある過去のデータを崇めてるって事じゃないか。そんなの……」 「わたしはそれを誇りに思っています。だから、いいんです。……里の皆が、嫌いになりましたか?」 「違うよ。俺たちは皆が大好きだよ。この里も好きなんだ。でも……」 「ありがとう。……よかった。あなたたちは、とても優しいのですね。わたしも皆が大好きなんです」  そう言って柔らかく微笑むダルクモンの顔は、哀しいほどに彫像とよく似ていた。 「……だけど、せめてあなたたちだけは……これからもわたしを、わたしの名前で呼んでいて」 ◆  ◆  ◆  陽はすっかり昇りきり、日差しは穏やかに空気を暖めていた。  そんな中、二人は暗い顔をしながら帰路につく。  途中、友人らに「遊ばないか」と声をかけられたが、そんな気分にはなれなかった。 「──ひとつ、思い出したことがあるんだ」  ガルルモンは、背中のコロナモンに語りかけた。 「前に別の場所で聞いた、毒の話だ。……あるデジモンが自分を犠牲にして、皆を守ったって。あれは……ダルクモンと同じ立場のデジモンの事だったんだな」 「……そんな話だったね。でもダルクモンは犠牲になるわけじゃないんでしょ? ダルクモンの前のデジモンだって、鎧や兜だけ使ったなら……大丈夫、きっとダルクモンは犠牲になんてならないよ」 「それでもやっぱり、ダルクモンに全てを委ねる形は嫌なんだ。自分のデータをあげるなんて、成熟期の彼女が無理にやっていい事じゃない。……僕にも、彼女にできる事があればいいのに」 「……それは、俺も思うよ。俺だって……ガルルモンと同じ成熟期なら、もっとできることもあるのにって思う。何かあっても、ガルルモンとダルクモンとで、皆を守れるんじゃないかって。  ふと、改めて思う。毒の脅威が語り継がれていたにも関わらず、里の出身で成熟期なのはダルクモンただ一人。有事の際に備えた訓練も無く、幼年期や成長期達が修行する姿も見た事がない。  コロナモンは旅をしていても成長期のままなので、あまり他者の事は言えないのだが────それでも里の平穏さに対する違和感は拭えなかった。 「ダルクモンがいるから……安心しきって、強くなろうとしなかったんだろう。……でも、いざ毒が出てパニックになった時……外のデジモンが襲ってくるかもわからない。僕は、正直不安だよ」 「……なあガルルモン。ダルクモンは本当に、あれで良いのかな」 「わからない。……彼女はとても優しいから、だからきっと、受け入れる事に抵抗はなかったんだと思う」  コロナモンは、聖堂のある方角に目をやった。 「でも俺、ダルクモンは寂しかったんじゃないかなって思うんだ」 「……」  里の長。里を守る為の存在。遠い過去の大英雄。  住民はそういう認識でダルクモンを崇めている。それは良くも悪くも、彼らと彼女が対等ではないという事を明確にしている。  皆がいるのに、ひとりぼっち。……それはどんなに寂しい事だろう。  始めから「二人」だったコロナモンとガルルモンには、ひとりきりである事の寂しさがわからない。  ガルルモンは、悔しそうに歯を食いしばった。 ◆  ◆  ◆  聖堂の間で、一人。  天使は祈りを捧げていた。  未だに成熟期である自分。  かつての自分には到底至らない、その未熟さに。不安にならない筈がなかった。  ──こんなわたしに、世界を救えというの。  デジタルワールドを救うなど、今の自分には途方も無い話。  ならばせめて、この小さな「世界」だけでも──同胞だけは、何としてでも守らなければ。  悲しみも寂しさも不安も、皆の希望である自分は抱くべきではない。わかっている。  それでもダルクモンは、唯一の心のよりどころである──母に、『私』に、ただ頭を垂れて願い続けた。 ◆  ◆  ◆  音を立てる事もなく、世界が揺らぐ。  数日後。  薄暗い空に太陽が昇る。  ゆっくりと、ゆっくりと。世界に光を注いでいく。  ──それはまるで、血を零したような暁だった。 ◆  ◆  ◆ 「おかしいなぁ……」  聖堂の中の一室。  首を傾げながら、ダルクモンが電話機をじっと見つめていた。今朝からどうにも、里の外部と連絡を取ることが出来ないのだ。  彼女は外部の聖獣型デジモンに、今夜の洗礼の手伝いを頼んでいた。集合時刻になっても来ないので連絡しようと思ったのだが……何度かけても通じない。 「留守……それとも故障?」  ダルクモンは頭を抱える。今日の今日で急に留守にする筈も無いから、恐らく後者だろう。  そうなると、大変だ。急いで電話機を直さなくては。……この里に修理が出来るデジモンなんていたかしら。考えてみるが思い当たる節がなかった。  洗礼を行うにあたり、民への加護を強固にする為にも神聖デジモンの協力は必要不可欠なのだ。  幼年期達も、ウイルス種の民さえ守れる程の力を。加護を。皆を守り切る儀式にしなければ意味がない。同胞の為にも妥協する事は許されない。 「……そうだわ」  なら、直接迎えに行けばいいじゃないか。  ああ、それならガルルモンに乗せていってもらおう。足の速い彼ならば、きっとすぐに辿り着ける。 ◆  ◆  ◆ 「ダルクモンと里の外へ?」 「コロナモン、だから、天使様だってば」  ガルルモンは広場に寄り、野球をして遊ぶコロナモンに外出する旨を伝えた。 「やったじゃん、ガルルモン」 「茶化すなコロナモン。そうじゃなくて、訪ねたいデジモンがいるんだって」 「ガルルモーン、いいなあ。天使様とお散歩だー」 「洗礼までには帰ってくるでしょー?」 「いってらっしゃーい!」  寄って来る幼年期たちに、そしてコロナモンに「行ってきます」と言って、ガルルモンは駆けて行った。 「あれ、ガルルモンどこ行くんだろう。門ってあっちの方向じゃないよね?」 「コロナモン知らなかったっけ? あっちにも門があるんだよ。聖堂と同じで、天使様しか開けられないけど」 「そうなんだ。じゃあ、門番とかもいらないんだね」 「そのとーり! それに、こっちはベアモンがいるから大丈夫だねー」 「ねー」 「……」  黒い水の災厄が近づいているという話が、公にされてしばらく経つ。  しかし里の危機感の無さは相変わらずだった。コロナモンは少しだけ、心配になる。  すると── 「ねえ、あそこにいるのベアモンじゃない? どうしたんだろう」  一人が声を上げ、指差した。  門番を任されていた筈のベアモンが、お腹を押さえながらやって来る。 「ベアモーン! どーしたのー?」 「お、お腹、痛くなっちゃってー……!」  仲間の呼びかけに、ベアモンは青い顔で手を振った。 「大丈夫―?」 「うん……多分。お家帰って休んでくるね……。門番はゴブリモンに代ってもらってるから、大丈夫……」  苦笑しながら、そう言ってベアモンはトボトボと歩いていった。 「……。……本当に大丈夫かな。俺が門番した方が……」 「平気だって。それにコロナモンはゴブリモンより小さいから、敵が来たらやられちゃうよー」 「それに今日は天使様の洗礼もあるし、ベアモンもきっとすぐ良くなるよ! ほらコロナモン。ボール投げるぞー」  コロナモンは慌てて木の棒を握った。放物線を描くボールに狙いを定め、勢いよく腕を振る。  カキーン、と清々しい音を立て、ボールは遠くまで飛んで行ってしまった。 「あー! ばかコロナモンお前……森の方まで行っちゃったじゃないかー!」 「ご、ごめん!」  ボールが飛んで行ったのは、広場から離れた森の中。足場が悪く、普段はほとんど誰も寄りつかない場所だ。 「俺、取りに行ってくるから! 皆は続けててー! まだボールあるよね?」 「えーっ、ひとりで平気!?」 「これでも探検は慣れてるからー!」  大声で返事をしつつ、コロナモンは自信ありげに森へと走って行った。  ──が、森は予想以上に広かった。 「……見つからない……」  大分時間をかけて探したが、見つからない。  ボールを探すついでにゴブリモンの様子も見に行こうと思っていたのだが……気付けば来た道もわからなくなって、それどころではなくなっていた。 「……帰れない……」  このままでは日が暮れてしまう。どうしたものかと、コロナモンは悩んだ。  ガルルモン達は夜までに必ず戻って来る。自分がここにいる事は皆が知っている筈だから、きっと探しに来てくれるだろう。……すぐに見つけてくれる筈だ。ガルルモンは、とても鼻が利くのだから。  それまでになんとか、とりあえずボールだけでも見つけよう。コロナモンは、更に森の奥へと歩いて行った。  ──その頃、里で一体何が起こっていたかなど。  後に偶然抜け道を見つけ、森から出さえしなければ────知ってしまう事などなかったのに。 ◆  ◆  ◆ 「ガルルモンは、人間の世界に興味がありますか?」  里から離れた場所へ駆けて行く。  途中、背に乗ったダルクモンが突然そんな事を言い出した。 「人間の?」 「ええ。リアルワールドに」 「……そうだね。知らない場所に行くのは好きだから」 「今から行く所は聖獣型の子がいる集落なのですが……彼らは今回の厄災に備えて、人間の世界に逃げ込む事にしたんですって」 「へえ、そんな手段もあるなんて驚きだ」 「黒い水は次元を超えられないようなんです。だから確かに、リアルワールドに行くのは安心できる手段なのだけど……次元を越える時、体に大きな負担がかかってしまうとも聞きます。理想的ですが、里の皆が耐えられるかどうか……」 「それじゃあ最終手段だ。せっかく逃げても、向こうで死んだら意味がない」 「ええ、まったくその通りです」 「……毒の事とか関係なく、考えていいって言われたら……ダルクモンは、人間の世界に行ってみたいかい? この里を、抜け出して」 「──……」  ダルクモンは、気まずそうな顔をした。 「……正直に言うと、少しだけ」 「うん」 「広い世界に、冒険に出てみたいって……思った事がないとは、言えなくて。里の皆には絶対、言えませんけど……」 「……いつもそうやって、もっと正直になってくれていいのに」  自分の事は棚に上げて何を言うんだ、と。コロナモンがいたら言われそうだ。 「いつか……毒の件が終わって、次元も安全に越えられるようになったら、一緒に人間の世界に行ってみよう」 「……え?」 「コロナモンも連れて、三人で。少しくらい大丈夫さ。里の皆もきっとわかってくれるよ。……リアルワールドが難しければ、デジタルワールドだっていい。この世界にだってまだ、知らない場所がたくさん広がってるんだから」 「……そうですね。ええ、一緒に行きましょう。きっととても楽しいわ……」  嬉しそうに微笑むダルクモンに、ガルルモンははにかんだ。 「……ダルクモン。僕は……──その」 「あ、見えてきましたよ!」  ガルルモンの声を偶然遮ってしまった事にも、彼の苦い顔にも気付くことなく、ダルクモンは進行方向を指差した。 「……何だ、これは……!?」  辿り着いたのは、黄土色の石で造られた集落。  聖獣型デジモンが仲間達と穏やかに暮らす、静かで小さな村。  ────の、筈だった。  崩れ落ちた家屋のようなもの。  砕け散った櫓のようなもの。  辺りに点々と咲く、血液のデータ跡。 「ど、どうして……昨夜まで連絡、取れてたのに……」 「外部のデジモンに襲撃されたのかもしれない。この壊れ方は普通じゃない……!」 「……二手に分かれましょう! 誰か生き残っていないか探さなくては……!」  ダルクモンは慌てて飛び降り、駆け出そうとして──集落内の異常に気付く。  瓦礫のあちこちに付着している汚泥。  まだ、現れるには早すぎる筈の何か。  そして────遠くの空に  黒い、球体のようなものが 「────ガルルモン!」  ダルクモンが叫んだ。 「此処はダメです!! ──里に戻ります! 今すぐ!!」 「……人間界への扉は、聖なる力を持つデジモンなら……必要なものが揃えば開くことが出来る。だから、あの子はそれをしようとして……」  駆ける、駆ける。  同じ道を、来た時よりもずっと速く駆け戻る。 「それはわたしにも言えること。もう、一人ずつ洗礼をする時間はありません。身体への負担も……もはや天秤にかけられない! 里に毒が広がる前に、人間界へ全員を離脱させます!」 ◆  ◆  ◆  お腹が痛い、と言って、後任の門番が代わりを頼みにやって来た。  解任された自分がやっても良いのだろうか。そうは思ったが、他の所へ頼みに行く余裕もなさそうなので、仕方ない。  ……あー、でも。  いつも思うけど、暇なんだよな、これ。  門に寄り掛かり、日光浴気分。太陽が温かくて心地良い。  いつの間にか眠気が襲ってきて、おれは戦うことなくそいつに負けた。  ────どれくらい、眠ってしまっていたのだろうか。  ガリガリと、何かをひっかくような音で目を覚ます。 「なんだあ? 誰かいるのか?」  音は、門の外側から聞こえて来たようだった。  よいしょ、と門を開ける。  見知らぬデジモンが立っていた。門にしがみ付きながら、苦しそうな声をあげている。  何かあったのか? ひどく具合が悪そうだ。……そうだ、天使様ならこいつを助けられかもしれない。  天使様は凄いんだ。里の者も外の者も皆、天使様が守ってくれる。だから、 「大丈夫か? 今、里の中に────」  手を伸ばす。  手を噛まれる。  何するんだ、こいつ。突き飛ばして、急いで門を閉じた。流石に、危ない奴を中に入れるわけにはいかない。 「……」  ……なんだろう、酷く頭が痛む。後で天使様に診てもらおう。  悪寒がする。身体も痛い。風邪でも引いたのだろうか。後で天使様に、  あとで、天使様に、  天使様に、天使様に  天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様に天使様にてててててててて天使様ままままにににににに?  ────あ、        あれ?  な、んか、腹が、────減っタ、ナぁ────あ、  あ、ぁ────ぁぁぁぁぁぁああああああアあアァアあアあああぁぁあああぁァ ぁああ ◆  ◆  ◆  悲鳴を押し殺しながら、コロナモンは森の中を走っていた  抜け道のようなものを見つけ、森から抜け出したコロナモンが目にしたもの。  ──それは空中に浮かぶ黒い球体。そして所々に転がっている黒い“何か”だった。  その“何か”は不規則に転がっている。不均等な大きさのゲル状の塊だ。原型はわからない。けれどどこか、その形には見覚えがあったのだ。  何故なら“何か”の近くには────見覚えのある野球用のグローブが、泥まみれになって落ちていたからだ。  なかなか戻らないコロナモンを心配し、森の近くで彼を待っていた成長期デジモン達。  散らばる黒い塊の正体が「彼ら」だと気付いた瞬間、コロナモンは全速力で森へと引き返していた。森の方が安全だと、本能が叫んでいる。  遠くから聞こえてくる悲鳴。聞き覚えのある声。聞こえないふりをして、走り続ける。擦りむいた手足の痛みなど気にならない程、必死に。  ──どうして。  何が起こったのかがわからない。どうしていいのかわからない。どこへ逃げたら助かるのかも、わからない。  ガサガサと近くの木が揺れる。風で揺れているわけではない。──もう、こんな場所まで追いつかれたというのか。 「だ……誰! 誰だ!」  たまらずに声を上げる。すると 「……──あ、」  木の陰から出て来たのは、ゴブリモンだった。  黒い泥にまみれた彼は、首を傾け笑っている。 「……ゴブリモン……」  返事の代わりに、ゴブリモンの口から黒い液体が溢れ出る。 「……どうして……」  変わり果てた仲間の姿に愕然とした。もう逃げ出す力さえ無い程、コロナモンの精神は疲弊していたのだ。  ゴブリモンは何かを呟きながら、ゆっくりとコロナモンのもとへと歩み寄って来る。そして、 「────フォックスファイアーッ!!」  森に響き渡る遠吠え。  目の前のゴブリモンが、青い炎に包まれた。  「コロナモン!!」  炎を纏ったゴブリモンが倒れてくる寸前、ガルルモンがコロナモンを咥えて走り出す。  コロナモンはダルクモンの手に掴まり、ガルルモンの背に飛び移った。 「……ガルルモン……っガルルモン!!」 「よかった! 本当に間に合ってよかった……!!」  ガルルモンはそう言いながら、目尻に涙を浮かべていた。  ──ガルルモンとダルクモンが戻った時、里には既に毒が蔓延し出していた。  ゴブリモンをはじめとするするウイルス種は欲望のままに暴れ、同胞達を喰らっていた。  食われずに済んだデジモン達も黒い水を浴びて、その殆どが溶けるように命を落とした。  元々、成熟期までのデジモンしか里には存在していない。加えて里の無防備な造りが災いした。家屋や洞窟に逃げたところで、毒や汚染されたデジモンからは逃げられない。  里の中でも唯一、施錠する事で籠城できたかもしれない聖堂も──ダルクモンがいなければ開けられなかった。  ダルクモン達は此処に来るまで、生き残りを拾っていこうと決めていたが、現状はあまりに絶望的。  里の様子を隈なく見回ったものの────生き残りを見つけたのは、コロナモンで最初だったと言う。   「コロナモン……! 生きていてくれてありがとう……!」  ダルクモンの顔は涙で濡れていた。  同胞を心から愛していた彼女にとって、今の里の光景は、どんな地獄よりもその心を苦しめた事だろう。 「……ダルクモン。皆は……ゴブリモンはどうして……」 「……ごめんなさいコロナモン。わたしが、ずっと里にいれば、こんな事には」 「ねえ、ねえダルクモン……これが毒なの? だって毒は、もっと先だって……洗礼も今日やるんだって、言ってたのに」 「……コロナモン。ダルクモンを責めないで」 「違う! 責めたいんじゃない。そうじゃない! でも……! ……俺たち、さっきまで……普通に、遊んで……」  現実を、受け入れる事ができなかった。  けれどそれは、目の前の二人も同じだ。決して受け入れられない。受け入れたくもない。どうして、こんな事に。 「……これからどうする? ダルクモン」  ガルルモンは、冷静さを保とうと必死だった。 「……──わたしは」  絶望と悲しみに満ちた顔で、口にする。 「聖堂に、向かいます」  ──それは、人間界への逃亡を決行するという意思。目の前の仲間を確実に生かすべく、他の生き残りの捜索をこれ以上継続しないという決定。  ダルクモンとしてではなく、里の長として。何よりも辛い決断だった。 ◆  ◆  ◆  里の外では、黒い水が浅い海を作っていた。  空には黒い球状の塊が浮かび、破裂し──流れ出た黒い水は、天使の里の中を沈めようとする。  高台の聖堂に三人は逃げ込んだ。聖堂の周りにも、既にいくつも黒い球が浮かんでいた。 「────僕らがコロナモンを見つける前のことだ。ひとつ、あの毒でわかったことがある」 「……わかったこと?」 「あの黒い水、僕の炎で攻撃したら……少しだけ動きが止まったんだ。それで何度も助かって……」 「……じゃあ、もし水に襲われたら、俺たちの炎で止められるってこと?」 「多分、そうなる。だから考えがあるんだ」 「……何をするつもりですか、ガルルモン」 「祭壇の間にまで黒い水が来たらいけない。ゲートが開いても、出られなくちゃ意味がない。だから、もし黒い水が来るようなら……扉の前で少しでも動きを」 「それではあなたが危険です!」 「……お……俺も、やるよ……!」 「コロナモン! あなたまで……!」 「俺だって、ガルルモンと一緒で炎が使えるんだ。まだ成長期だけど、それでも……俺だって、ガルルモンと戦える!  ……ダルクモンの言ってた通りだ。あの黒い水……水よりも、泥みたいだった。だからきっと、俺たちの炎で焼き焦がせるよ」  コロナモンは、真っ直ぐにダルクモンを見つめる。 「それに……命を助けてくれた親友が、家族が……命をかけて戦おうとしているのに。何もしないなんてできない」 「……コロナモン……。……」  ダルクモンは、ゆっくりと頷いた。 「……わかりました。今すぐゲートの準備に取り掛かります。急ぐから……お願い。どうか死なないで。ゲートが開いたら、絶対にすぐ切り上げて戻ると約束して下さい」  ダルクモンは祭壇の前に立つと、一冊の書物を取り出す。先代から受け継いだものの一つだ。 「────わたしが『私』から受け継いだ、リアライズゲートへの鍵……」  書物を開く。書き込まれた呪文を唱える。そして最後のページに、聖なる力を宿したダルクモンの血液を垂らす。  すると書物は光を放つ。段々と、その姿を変形させていった。  ──その時、背後から大きな音がした。ダルクモンしか開けれられない聖堂の扉を、黒い水が水圧で押し破ったのだ。 「……っ、もう来たのか……!」 「コロナモン! 僕が先にアイスウォールで壁を作る。君の炎で一緒に攻撃してくれ!」  二人は祭壇の間を出た。礼拝堂前の廊下へ向かい、そのまま攻撃態勢に入る。  祭壇の間では、光り出した書物が白い球体へと変化を遂げていた。  ダルクモンは恐る恐る触れる。指先から、光の内部構造が頭の中に流れ込む。──この光に彼女の力を注ぐで、正式なゲートに変化するようだ。  ……だとすれば少し、時間がかかるかもしれない。焦りと不安に、ダルクモンは下唇を噛んだ。 「もう少しだけ時間がかかります! 大丈夫!?」 「今は、まだ平気だ! ──アイスウォール!!」 「コロナフレイム!!」  礼拝堂から漏れ出した黒い水を止めるべく、コロナモンとガルルモンが技を放っていた。氷の壁が黒い水の侵入を阻み、亀裂から溢れた毒をコロナモンが焼き払う。 「……早く……わたし、早く……!」  ────まだだ。まだ変化が起きない。  早くしなければ。二人は命をかけて、戦ってくれているというのに。  同胞を守れなかった悲しみが、悔しさが、自責の念が渦を巻く。けれどそれらを振り切って、今はただ目の前の事──このゲートを開いて、二人を人間の世界に逃がすことだけを考えなければ。  結局、自分の「世界」すら守れなかった。今のダルクモンにとって、生き残った二人が希望そのものだった。  自分にとっての希望。かけがえのない救い。……今になってようやく、同胞達が抱いていた気持ちを、知る事が出来た気がする。  光の球体が更に形状を変化させる。白い光を包むように、翡翠色の光の帯がその姿を現した。────ゲートが開く合図である。 「ゲートが開きます!! 二人とも戻って!!」  ダルクモンが、戦っている二人に叫んだ。 「コロナモン先に行け! ギリギリまで僕が食い止める!」 「でも、ガルルモン……!」 「早く! 大丈夫、僕のが足は速いんだ!」 「……わかった!」 「コロナモンこちらへ! 急いで!」  一体どこから湧いてくるのか、聖堂を囲んで浮かぶ球体は次々に破裂し、中へと押し寄せてくる。  とうとう白い外壁さえも覆い、まるで聖堂そのものを、押し潰さんとする勢いであった。 「……っ!!」  ──この境地さえ、乗り切ることが出来たなら。自分達は逃げられる。  ダルクモンは気を焦らせ、走って来るコロナモンを待つ。ゲートが安定するまで、自分が離れるわけにはいかない── 「────え?」  その時。  空に雲がかかったのか。ふと、ステンドグラスから廊下に差し込む光が消えた。  徐々に薄暗くなる廊下。  ステンドグラスの外側に付着している────黒い、何かが 「コロナモン!!!」  ガルルモンの叫び声に、硝子が軋む音が混ざる。  ひび割れたステンドグラスは、コロナモンの真上で煌めいていた。 「コロナモン走って! 走って!!」 「あ……あ、あぁ……っ」  コロナモンの足はすくんでしまって動かない。ダルクモンはコロナモンのもとへ走り出す。  ガルルモンも走り出した。コロナモンを咥えて走り抜けようとしたが、 「……! しまった……!」  氷の壁を割って流れ込んだ黒い水が足に付着し、皮膚が焼かれた。皮膚を床に残して、それでもガルルモンは駆けていく。  ──その瞬間、 「────あ────」  ぱりん。  小さな音を立てて、ガラスの一部が割れ落ちた。  そして、 「ああ……ああぁぁぁああぁぁああッツ!!!!」  それを合図とするかのように、ステンドグラスが一斉に弾け飛んだ。 ◆  ◆  ◆  足が言うことを聞かない。  動いてくれない。  身体が、動いてくれない。  突然大きな音がした。  ガラスの割れる音。誰かの叫ぶ声と、自分の叫び声。沢山音が重なって、何が何だかわからない。  ステンドグラスの七色の破片が、キラキラと美しく光る。キラキラとドロドロが一緒になって降り注いでくる。  けれど身体を動かすことが出来ない。身を庇う体勢すら取れず、目を閉じることさえ出来なかった。  その時だ。ふと、視界が急に暗くなった。  何が起こったのか、わからない。  ただ、何かが自分の上に覆いかぶさったということだけしか。  見覚えのある白銀の身体が黒く染まってゆく様子を、呆然と眺める。  ────誰かの叫ぶ声が、聞こえた気がした。 ◆  ◆  ◆  天使の里を静寂が包む。  沢山の死体が溶ける大地を、美しい満月が見つめている。 ◆  ◆  ◆  黒い水に呑まれた聖堂は、その至る所が黒く変色した。  美しい白色を保っているのは、祭壇の間で微笑む天使像。そしてその傍に浮かぶ、リアライズゲートだけ。  祭壇の間と礼拝堂とを繋ぐ長い廊下。凍りついた黒い水。焼け焦げた黒い毒。  先程の喧騒は嘘のように静まり返った、月明かり差し込む廊下。  その途中。自分のすぐ目の前で、「彼ら」が倒れている。  黒い水とガラスの破片を全身に浴びたガルルモン。  毒を浴びる事は免れたものの、床に広がるそれに触れ意識を奪われたコロナモン。 「……」  ダルクモンは虚ろな瞳で二人を見下ろしていた。  廊下をよろめきながら歩く。膝をついて座りこむ。どうやらそこには黒い水が垂れていたらしい。触れた部分の皮膚が焼ける。けれど、そんなことはどうでもよかった。  ──どうして。  どうして、こんなことになってしまっているの。  ────わたしは 「……どうして……」  全てを捧げた。生まれてからずっと、今日までずっと、愛する者達の為に。  少しのエゴだって無い。本当に、純粋な気持ちで。  それなのに。 「……何が、いけなかったって、いうの」  願いの果てに、絶望しか残らない。────なんて、残酷な仕打ち。 「────ダ、ルク……」  その時、声が聞こえた。ガルルモンが薄く眼を開け、必死に自分を探そうとしている。 「……! ガルルモン……生きていたの……!」 「……こ……コロナモン、は……」  そう言われて、ハッとする。これ程の怪我を負ったガルルモンが生きているということは──コロナモンもまだ生きているのではないか?  ダルクモンは急いで二人の側へ寄り、彼の胸の下に倒れたコロナモンを抱き上げた。  ──温かかった。息も、微かだが感じられた。 「……大丈夫! コロナモンも大丈夫……! 毒にも、少しだけしか触れてないから、まだ助けられます……!」 「……良かった」  ガルルモンは、本当に安心したように、微笑む。 「黒い、水が……次元を……越えられない、なら、──まだ、間に合う……」 「ええ、行きましょう! 今すぐに、あなたも一緒に……!」 「……、……──僕、は……いかな、いよ……」 「────え?」 「わかって、いるから。もう……もたない、から。だから──」  その言葉に、ダルクモンの両の目から涙が溢れる。溢れて、零れて、止まらない。 「そんな事ない!! きっと大丈夫だから……! だって、一緒に行こうって……あなたは言ったもの……!」  けれど、現実。  傷口から直接、黒い水が体内に入り込んでしまっては──もう助からない。今こうして話せている事が奇跡なのだ。  それをガルルモンは知っている。気付いている。……ダルクモンも、どこかで理解していた。  ガルルモンは助からない。  そして──このまま次元を越えたとして、衰弱したコロナモンが助かる保証も無い。 「────」  ならば、どうする?  見捨てていくというのか。  見殺しにしろというのか。  里の皆、同胞達のように。  助けを請うように祭壇見上げる。  天使の像は微笑んだまま、何も言わない。  ……しかし、天使の像を見つめているうちに──ダルクモンは一つの考えを抱く。 「……そうだ。洗礼……」  二人だけなら、そう時間もかからない筈だ。  データの一部を分け与え、毒への耐性を生んで────どれほどデータを与えれば、二人はちゃんと助かるだろうか?  考える。  ……──いや。  考えるまでも、ない事だ。  ダルクモンは腰に差した二本の剣を取り外した。そのうち一本を粒子化させ、コロナモンに与える。  僅かに呼吸が整ったコロナモンを、ガルルモンの側へと寝かせた。  そして 「……私、────わたしは」  もう一つの剣を、鞘から抜き出し 「わたしの世界を守るから。だから────」  そのまま、自らの身体を貫いた。 ◆  ◆  ◆  身体を覆う温かさに、目を覚ます。  まだ僕は、生きているようだ。────自分のしぶとさに、我ながら驚いた。  目の前にはダルクモンがいた。やわらかな笑みを浮かべながら、僕の頭をずっと撫でている。  恥ずかしいなぁと思いつつも、嬉しかった。  傍らに、あたたかいものを感じる。目だけを動かすと、そこにはコロナモンがいた。きちんと呼吸をしている。……良かった。僕は、相棒を守り抜くことが出来たんだ。  ダルクモンにお礼を言おうとして、顔をあげる。  さっきまで息をするのも苦しかったのに、簡単に頭を動かせたのは何故だろう。気付けば、身体の痛みも大分消えている。  これはどういうことだろう。ダルクモンの顔を見る。彼女は嬉しそうに、ずっと僕を見つめている。  よく見ると、ダルクモンの周りには、金色に輝く光がたくさん、漂っていた。  ────そこでようやく、僕は笑顔の意味に気付く。 「ダルクモン……──まさか、君は」 「……ごめんなさい。でも、これしかなかったから」  ダルクモンの身体が、足の先から、粒子になって消えていく。 「どこまで浄化出来るか、わからないけど……あなたたちの中に、直接送り込んでいるから、きっと大丈夫……」 「……どうして……。……どうして……!! やめてくれ、君が犠牲になる理由なんて、どこにも……!」  ダルクモンは真っ直ぐにガルルモンを見て、言った。 「それは……わたしが、私だからよ」  周りから言われたのではない、ダルクモンが本心から口にした言葉だった。 「私が、天使になるからよ……」  だから、ガルルモンは何も言えない。  彼が最も望まなかったことだとしても────悩み、葛藤した末の彼女の決断を、否定することなど出来ない。  ……けれど、ただ、悔しくて。ガルルモンは涙を流すしかなかった。 「────ガルルモン」  泣かないで。  そう言ってガルルモンを、そっと、包み込むように抱きしめる。 「……ありがとう。あなたはとても優しくて……わたしは……あなたのことが、大好きだった…………」  そして、最期にもう一つ。心に抱いていた想いを口にして。  ──本当に嬉しそうに、微笑みながら。  ダルクモンは眠りにつくように、ゆっくりとその目を閉じた。 ◆  ◆  ◆  煌々とした月明かりが、砕けたステンドグラスから差し込む。  照らされた壁は白く、そのどこにも黒い液体は付着していない。  粒子化したダルクモンのデータは里を包み込み、黒い水のほとんどを浄化した。皮肉にもこの時になって、秘めていた英雄の力が発揮されたのである。  ゲル状になっていた民の死体も浄化され、データの粒子となって散って行った。  今────この里には、異郷から来た二体のデジモンしかいない。 「……コロナモン」  祭壇の間。天使の彫像が、ガルルモンに微笑みかけている。 「……この悪夢が終わって、記憶を取り戻して……全てを終わらせたら、またここに戻ってこよう」 「……。……違うよ、ガルルモン。帰って来るんだ。ここには……」  コロナモンはガルルモンの背中を抱きしめる。決してはぐれてしまわないよう、しっかりとしがみ付いている。 「……そうだな。……その通りだ」  光の中へ、足を踏み入れた。  リアライズゲートが二人を迎える。あたたかな光で空間ごと包み込み────そして、消えた。 ◆  ◆  ◆  町はずれの廃墟の前に、二人の子供が立っている。 「……ねえ蒼太、私、やっぱり入りたくない……」  同じ程の背丈の少年と少女。少女は少年の後ろに隠れ、恐怖に身を震わせていた。 「………なら、花那。俺だけで行ってこようか?」 「だ、だめ、だめ。頼んだのは私だもん。ちゃんと行く。こんな場所で待つのも嫌だし……」 「なら行こう。早くしないと夜になっちゃうよ。真っ暗になったら危ないし、もっと怖いだろ」 「あああ待って! やっぱり怖い……って、ギャーッ!!」  廃墟を見上げた少女が叫んだ。 「ば、ばか! いきなりでかい声出すなよ! どうしたのさ?」 「そそっ……蒼太、あれ! おばけ……!」  背中にしがみ付く少女に呆れながら、少年は少女の指す方を見た。  廃墟の四階。右奥に位置する部屋が、電気をつけたように明るく光っている。  ……うん、待てよ?  電気なんか通ってない筈なのに、なんで明るいんだ、あそこ。 第一話  終 NEXT⇒ ALL STORIES
*The End of Prayers* 第一話 content media
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組実(くみ)
2022年9月25日
In デジモン創作サロン
 焼けつく陽射しの中、微かに冷えた風が髪を撫でる。  最近までジイジイと滲んでいた蝉の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。  かと言って鈴の様な羽音が演奏を始めるにはまだ早く、この時期の空気はやたらと静かだと思う。  ──なんて、感傷に浸りながら下校する帰り道。  今日は始業式だ。一か月ぶりに制服を着て、中身の感じられない話を聞いて、帰るだけの短い日。  今年も、そうなるだろうと思っていたのだが。 『皆さんに大事なお話があります』  教壇に立って開口一番。担任教師によって語られたのは──クラスの生徒が一人、夏休み中に行方不明となったらしいという事。 『当学校では警備員を増員して、貴女達生徒の安全を──』  そういえば夏休みに入る前、都内各地で起きた誘拐事件に世間が騒いでいた。  自分には関係の無い事だったし、あまり興味も無かったので、気にはしていなかったけれど。  空っぽの机に目を向ける。彼女もそのうちの一人だったのだろうか。それとも別の理由なのか。  夏休みの終わりまで誰もそれを把握していなかった──その事実が、ただ怖いと思う。  その為か始業式は例年より早く終了し、寄り道せず帰るよう、口酸っぱく言われて終わった。  カフェに新作を飲みに行きたい子や、隣の県の遊園地へ行く予定だった子からはブーイングが上がっていたが。  しかし私は校則に従順な模範生徒なので、大人しく真っ直ぐ、こうして帰路についている。  いつもと変わらない道を。駅を目指して、いつも通りに。 「────」  ふと。  坂の多い住宅地。その見慣れた風景の中に、見慣れない道を見つけてしまった。  こんな場所、あったっけ?  思わず二度見をした。戸建て住宅の隙間、周囲の公道よりやや細いその道は、やはり確かに存在している。  理性と好奇心とがせめぎ合い、行ってみるか葛藤し──そもそも私道かもしれないと冷静に考え、ならば入ってはいけないと──大人しく踵を返す。  それから、また、坂の多い住宅地を進む。  平日の昼間だからか誰も見当たらない。閑静な住宅街。車の通りも無い。  秋空の下。ひとり歩いて。 「────あれ?」  歩いているのに。  歩いているのに。  駅に着かない。何故だろう。  見知った筈の住宅地が、何故か、見覚えのないそれに思えてきた。 「あ、──これ、やばい」  道を戻る。セーラー服のスカートを揺らしながら。  だけど、さっきまでの道がわからない。  わからない。  携帯電話は当然の様に沈黙している。  こういう話の時は大抵、知人やらに連絡をして話し合うのが筋だろうに。  しかし現実は甘くない(もはや現実かも分からない!)ので。  私は混乱して、動揺して、頭を掻き毟って、「まだ夜までは時間がある筈」と。  少しでも記憶に近い道を走る。鞄にぶら下げた交通安全のお守りを必死に握り締めながら。  本当に定番な話だが、何でよりによって自分に起こるのか。恐怖が段々と苛立ちに変わってきた頃。  公園に辿り着いた。  知っている場所だ。この公園があるという事は、駅には近づいているのだろう。  そもそもこの公園が、自分の知っているものと同じなのかはさておき。  別に安堵の欠片も無く、うんざりと中へ入る。 「────、は」  思わず声が漏れた。  おかしくなって、声と息が漏れた。  そこには一面の赤。  赤、赤、紅い、朱い、朱い、朱い、赤黒い。  彼岸花の群れ。 「……ははっ──、──」  いいや、元からこの公園には彼岸花が咲くものだったが。  地面を埋め尽くす異常な光景。これには残暑の心霊番組も真っ青だ。  頭がおかしくなりそうな程、面白くて、面白くて、私は笑っていた。  おかしくなったので、朱い群れに足を踏み入れた。  おかしくなったので、朱い花を何本か毟ってみた。  満面の笑みで顔を上げる。  視界の先。澄んでいる筈の空気が歪んでいた。  周りの彼岸花が歪んでいた。  わからないけど歪んでいた。  毟った彼岸花が溶けていた。  わからないけど溶けていた。  ああ、摘んで先祖の墓の前にでも供えてやろうと思ったのに!  溶けて歪んだ赤い色。歪んだ虚空の奥で何かが蠢いている。  真っ白な面を被った、背の高い影がうっすらと見えた。  ──角を生やしたのっぺらぽうの誰かが、彼岸の花の群れの奥。  ぎしぎしと関節を曲げて、ぐねぐねと身体を捻って、ボサボサの赤い髪を振って、こちらを見ていた。 『此処こそは』  がちがちと、のっぺらぼうの首が折曲がる。 『門の、跡であり』  ばりばりと、木刀らしきものを掻き毟る。 『帰れじの我らが、崩れていく』  私は笑っていた。 『お前も、お前も、お前も、お前も』  空が、朱くなっていた。 『そう、お前も!』  気付けば能面が目の前に来ていたが。  割れた木刀の先が皮膚を刺していたが。  咄嗟に溶けた花弁を能面の顔に投げつけ、白い面を赤く潰すと能面が叫ぶ。  スクールバッグでこめかみを殴った。鞄の角にやらわかな何かが付着した。  不快だった。 『嗚呼、還れじの我らよ』  訳のわからない言葉を吐き、白い面は溶けていく。 『せめて、人の子に触れられたなら』  そんな、気色の悪い言葉と共に。  どろりと溶けて、朱い群れの肥やしとなった。 「……」  静寂が訪れる。  ──今のは何だったのだろう。  意味が分からない。理不尽さに苛立ちながら、公園に入った事を後悔する。  しかしこのまま出て街を彷徨っても、また別の不審者と出会うだけな気もするが──とにかく帰りたかった。  帰りたい。早く、夜になる前に。空はもう、彼岸の花の群れと同じく赤黒い。  どうか帰して欲しい。何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな目に。  同じく理不尽な目に遭ってきたであろう誰もが抱く感情を、等しく私も抱きつつ。来た道を無駄に戻ろうとした。  瞬間。涼やかな秋の風が一度、大きく吹いた。 「え?」  公園のベンチに人がいた。自分と同じセーラー服の── 「──■■さん」  教室の空席。行方知れずらしい、彼女の名を呼ぶ。  返事は無い。同級生は陽炎の様に揺らめいて──ただそこにいるだけの、「そこにいた」というだけの、そんな映像を見せられている気分だった。  彼女は教室で見る時よりも無表情で、赤黒い群れの先を眺めていた。  「あっちに行けばいいの?」  返事は無かった。だからそのまま行く事にした。  明日また、学校で。そう言おうとしたけれど。 「ありがとう」  その言葉しか出てこなかった。  示された花の道。踏み潰す赤い色。  振り返る。何故だか遠くに見える同級生。恐らくは本人でない幻。  再び風が吹いて瞬くと、もう、それさえ見えなくなった。 「────はっ?」  意識が急に戻ったような感覚に、思わず声が漏れる。  見上げれば空は青く、夏と秋の狭間。嵩の減った雲が薄く伸びていた。  周囲には見慣れた住宅地。閑静な街並。  前方から、手を繋いだ親子が歩いてくる。  良かった。帰ってこられたんだ。そう思って安堵する。  先程の幻覚じみたものは何だったのか、それは深く考えないように。  きっと季節の変わり目で、眩暈でも起こしただけだろうから。  私は軽く体を伸ばして、澄んだ空気を深く吸って、今度こそ正しく帰路につくのだ。  そして駅までの道。途中にある広い公園。  中を通り抜ける。淡い赤色の彼岸花が、数輪だけ咲いていた。  今度は、手で毟る事はせずに。白い能面が溶けたであろう場所は見ずに。  何事も無く、それらを通り過ぎていく。 「……」  いなかった筈の同級生が、あの場所にいた事も。深くは考えなかったけれど、  ただ、「ああ、そうなんだな」という事だけ。何となく察して、胸の中にしまい込んだ。  焼けつく陽射しの中。微かに冷えた風が髪を撫でる、彼岸には少し早いとある秋の日。  しばらくしたら忘れるであろう──そんな、不思議な出来事を体験した。 終  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ あとがき 皆様お読みいただきありがとうございます。組実です。 書きたくなったら行動あるのみ! 衝動で参加させていただきました彼岸企画。失礼仕ります。 彼岸の時期の不思議な体験。こういうのは大体、突然降りかかっては突然に解放されるのが定番です。 怪奇と出会うセーラー服の学生が大好き。 という訳で。 リアルワールドに来たけど進む事も戻る事もできずに取り残されて絶えたヤシャモンがかわいそうなお話でした。 二枚目の彼岸花の写真の右側あたりをよくご覧ください。 ★追記 採用デジモンとお彼岸との関係を書き忘れてました!失礼いたしました! 内定ヤシャモン →夜叉は仏法を守る善神であると同時に、人肉を喰らう鬼でもある。  彼岸、又は波羅蜜は仏教における悟りの境地である。 →彼岸と此岸が交わる時に現れ、人を喰らう鬼として夜叉のモンを採用しました! 体くねくね! おわり
【単発作品企画】陽炎【彼岸開き】 content media
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組実(くみ)
2022年8月02日
In デジモン創作サロン
最終回後短編。ベルゼブモン達のお話です。  ◆ ◆ ◆  ──世界には色が溢れている。  空というものは青かった。  青であり、藍であり、ある時は朱く、ある時は見慣れた灰色だった。  仕組みは知らない。  ただ、今の時間は「青」らしい。 「光が散らばっているのよ」  隣で澄んだ声が言う。 「たくさんの色の光が、溢れてるの」  ──正直に言えば、その「たくさんの色」は自分には眩しすぎる。  最近まで視界は褪せた白黒だったから、まだ眼球が慣れていないのだ。  だが、目が不自由だった分、代わりに聴力が長けたのか。  今でも目視より先に、物音で気付く事が多い。例えば── 「この先は海だ」  遠く聞こえる波の音。行き止まりだと分かった以上、別の道を探さなければ。  ──すると、 「少し遊んで行っていい?」  そんな小さな願い事をひとつ、彼女は口にする。  自分達に目的地は無く、道を急ぐ理由も無い。肯定の意を込め頷くと、カノンは僅かに口元を緩めた。  海に出る。陽を照り返す砂浜が続いている。  その奥で、海原は銀の波を立てていた。 「綺麗ね」  カノンは少しの間、このやたらと広い景色を眺め──それから靴を脱ぎ、片手に持つ。  白い足先を浅瀬に浸す。波に驚いたのか、小さく踊るように水面を揺らしていた。  スカートは羽のように。  ひらひら、ひらひらと。 「あなたは?」 「……俺はいい」  デジモンだから、人間ほど簡単に服のパーツを外せない。それに── 「見ているだけで十分だ」  そう、と答える鈴鳴りの声。  さざめく波の音。光の海際。  その姿に、胸を締め付けられるような感覚がこみ上げた。 「──カノン。あまり離れるなよ」  思わず手を伸ばす。カノンは少しだけ、恥ずかしそうに苦笑する。  そんな彼女の腕を掴んだ。痛みを与えないよう加減して。  こうでもしないと、少女がこのまま消えてしまいそうな気がしたから。  目を離した瞬きの間に、目を閉じて眠る間に。──そんな不安が過る日は、決して少なくない。  心配性ね、と少女は笑む。 「そんな事はない」 「そんな事あるわ」 「……人の気も知らないで」  思えば、自分の言葉数は随分と増えた気がする。  身体の毒が消えたからだろうか。きっかけは、あの日取り込んだアスタモンの影響だとも思うが。  カノンは、そんな自分の変化を喜んでいるようだった。  俺が冗談じみた小言を零すようになった事も、どこか嬉しそうだった。  やわらかな笑顔。光の海際。  ──また、胸が苦しくなる。  ◆   それは予期せぬ偶然だった。  かつての「同行者」である二体と再会したのだ。  どうやら近くで自分達のにおいを感知したらしい。  二体は自分達に駆け寄り、「久しぶり」と笑顔を見せる。 「俺達、この先の島に行くところだったんだ。塔の瓦礫が見つかったみたいで……。君達は?」 「……行き先は、特に決めていない」  二体は相変わらず、先の件の後始末をしているようだ。他の三体もそうなのだろう。  ──自分達がその面倒事を強いられていないのは、幸いだ。 「君達が元気そうで嬉しい」  白銀が目を細めて言う。 「ええ、あなた達も。──あの子は起きたの?」 「……僕らの声に反応する事はあるよ。意識はまだ戻らないけど……」 「ちゃんと目を覚ましたら、顔を見に来てあげてくれ。神殿まで案内するよ」 「ありがとう。その時はお願いするわ」 「それとウィッチモンが、『たまには健康診断に』ってさ」  そんな赤毛の言葉。カノンは珍しく、困ったように眉をひそめる。 「呼んでくれたら、俺が彼女を連れて来るよ」 「……そうね。……少し、苦手だけど……」 「? 彼女が?」 「いいえ、健診が。昔からなの」 「──それでも見てもらえ。お前の為になる」  只でさえ不安定な身体なのだ。頻繁にとは言わずとも、定期的なチェックは必要だろう。  すると、同行者らは何故だか驚いた様子を見せる。理由がわからず顔をしかめると、赤毛は目を丸くさせたまま── 「ベルゼブモン、喋るの上手になったなあ」  ◆  同行者達とは途中の岬まで共にし、その後別れる事となった。  飛んで行かず、わざわざ船で海を渡るらしい。 「でも、泳げる子がいたでしょう。あの白くて小さな子」 「ユキアグモンは、チューモンと都市の建て直しをしてるんだ。まだしばらく時間がかかると思うけど……俺達とは、それが落ち着いたら合流しようって」  カノンは、小さな赤毛と波打ち際を歩いていた。 「大変なのに、手伝ってなくてごめんなさい」 「謝らないで。君達が自由でいるのは、俺達も望んでる事なんだよ。  君も──あの子達にも、どうか自由で、楽しく生きていて欲しい」  二つの背中を、少し離れた位置から白銀と眺める。  しかしふと、白銀が視線を向けてきた。──思わず目が合う。 「ん?」 「……」  いいや、別に何でも。  そう答えようとして──けれど何となく、適当な用件を浮かべてみる。 「……。……どうして今も、成長期と成熟期なんだ」 「この状態が楽で、ついね。それに究極体だと、速すぎて色々見落としちゃうんだ」  白銀は再び前を向き、「最近はどう?」と尋ねてきた。 「不便はしてない? お節介かもしれないけど、頼れるものはたくさん使っていいんだよ」  ──自分達に対し、これまで同行者らが過度に干渉してくる事は無かった。  これからもきっと変わらないだろう。適度な距離感と言うべきか。  それでもカノンの身を、それなりに案じてくれているようだ。 「……カノンが、我慢していなければ……あいつ用に持っていった物資もある。今は多分、問題ない」  それでも──彼女が元いた世界よりは、何もかも足りていないのだろうが。 「君は? 君自身は、大丈夫?」 「……?」  何故、そんな事を聞いてくるのか。カノンはともかく、自分を気に掛ける必要は無いだろうに。  すると白銀は、「戦いの面では勿論、心配してないんだけど」と前置きして 「心の話さ。悩みとか、色々」 「……。……」 「もちろん無いのが一番だし、僕らに無理して話す必要も無いよ」 「……そうか。…………そうだな」  視界の端で二人が止まる。  何を話しているのだろう。──なんて、思いながら 「……──あいつを見ていると不安になる」  気付けばそう零していた。 「今になって、また、悪夢を──……」  泥の夢は終わり、今では彼女が消え往く夢を見る。  目覚める度に少女を探して、安堵して。自分はいつになれば、夜を克服できるのだろう。  一方で、アスタモンの残滓が現れる夜も稀にあるのだが。  理由は知らない。ただ悪夢よりは、あの気紛れの世間話を聞かされる方がずっとマシだ。 「……だからついでに、眠らずに済む方法も探している」 「おすすめはできないなあ。倒れたら大変だ。──彼女はそれを?」 「言っていない」 「だろうね」 「……」 「君がそうなるのも無理ないよ。……もう二度と、あんな思いをしたくないって気持ちが……きっと君を不安にさせるんだと思う。もちろん、彼女の身体の事もあるだろうけど」 「…………そうかも、しれないな」  視界の先。赤毛の声が風に乗る。  いつか奴らと共にいた、あの人間達の話をしているようだ。 「……それと……これは、毒のせいだとは思うが」 「後遺症が?」 「多分だ」  波打ち際。赤毛は未来の夢を語る。  カノンはそれを聞いている。 「……どうしようもなく、苦しくなる時が」  唇に、小さな笑みを浮かべながら。 「カノンを見ていると────」  ────ああ。  きっと、きっと。毒のせいだろう。  回路という何かのせいだろう。彼女に宿った奴のせいだろう。  自分達を巻き込んだ何もかもが、今も尚蝕んでいるのだろう。 「……君、それは……──」  けれど、白銀は 「──それは本当に素敵な感情だね。どうか大切にするんだよ」  何故だか泣きそうな顔で、そんな事を言ったのだ。  ◆  岬から、海原を行く影を見送る。  小さくなる二つの影。偶然や用事でも無い限り、しばらく会う事は無い。  別にそれを、何とも感じないのだが。 「あの子達、早く皆に会えるといいわね」  カノンは言う。自分の数歩先、揺らめく水面を眺めて。  ──その後ろ姿に、何故だか白銀の言葉を思い出した。  奴がどういうつもりで、どんな意味で、ああ言ったのかは分からない。  あの表情の理由も、きっと知る事は無いのだろう。 「……」  湿った風が吹き、黒く細い髪が揺蕩う。  俺は一歩前に出て、遠くを臨む横顔を見つめた。 「カノン」  名前を呼ぶ。琥珀色の瞳が向く。  どうしたの、と鈴鳴りの声。  沈黙を飾る波。空を映す淡い水面。  そんな、穏やかな時。光の海際。 「……いいや、何でもない。……そろそろ行くか」 「ええ。待たせちゃったわね」  世界には色が溢れている。  それなのに、白い彼女は何よりも美しく思えて。  光の中で笑う姿が、目を焼く程に眩しく思えて。  手を伸ばして掴んでも、まだ足りないと思ってしまって── 「ありがとう、ベルゼブ」  ────この胸の苦しさを、やはり、何と呼べばいいのか分からなかった。  ◆ ◆ ◆  そして、誰もいなくなった浜辺。  砂に残された二つの足跡は、波に溶けて消えていく。 終
The End of Prayers
外伝「ひかりのうみ」
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組実(くみ)
2022年7月13日
In デジモン創作サロン
お久しぶりです。組実です! 今年始めに完結しました連載作品「The End of Prayers」の追加コンテンツ(?)&お知らせです! 長いこと脳内模索してたエンプレキャラクターのイメージボイス&イメージソングたちです。 (記載の版権キャラクターは割と声のイメージが近いもの) よろしければ是非イメージボイスを脳内再生しながら、また当作品をお楽しみ頂ければと思います! イメージソングは雰囲気≦歌詞で選びました。公式動画orカバーor歌詞サイトのリンク付き。 ↓↓↓↓ ◆矢車蒼太:坂本真綾 「黒執事」シエル、「空の境界」両儀式 etc. 落ち着いた少年の声。変声期前なので女性声優。田村睦心さんと迷った。 曲:「夏の銀景」「伝言」藍坊主 ◆村崎花那:冨田美憂 「メイドインアビス」リコ、「かぐや様は告らせたい」伊井野ミコ etc. そこそこ元気で明るい声。突き抜けすぎると他キャラと被るので難しい塩梅。 曲:「CLEAR」、「マジックナンバー」坂本真綾 ◆コロナモン:村瀬歩 「刀剣乱舞」小夜左文字、「イナズマイレブン」稲森明日人 etc. 中性的な少年声。進化するので幅がきく男性声優で。 曲:「宝物になった日」やなぎなぎ ◆ガルルモン:石川界人 「ワンパンマン」ジェノス、「翠星のガンガルディア」レイ etc. お兄さんな感じだけど低すぎず軽すぎず。 曲:「誓い」坂本真綾 コロナモン&ガルルモン 「here and there」やなぎなぎ ◆海棠誠司:釘宮理恵 「鋼の錬金術師」アルフォンス、「宝石の国」アレキサンドライト etc. 元気な少年声。声質が他キャラと被らないように。変声期前。 曲:「君と羊と青」RADWIMPS  ◆ユキアグモン:福圓美里 「かいじゅうステップ」カネちゃん、「ジョジョ三部」イギー etc. ちょっとしゃがれてて可愛い感じ。進化するとトーンが下がる。 曲:「未知の道の道」藍坊主  ◆宮古手鞠:日高里菜 「プリンセスコネクト」ミミ、「SAO」シリカ etc. ふんわり&高めの声イメージで。 曲:「ちいさな約束」霜月はるか ◆チューモン:高垣彩陽 「七つの大罪」デリエリ、「シンフォギア」クリス etc. 姉御系ボイス。ドスが利きつつ、しゃがれすぎないように。 曲:「We Are Innocent」9mm Parabellum Bullet  ◆山吹柚子:宮本侑芽 「SSSS.GRIDMAN」 宝多六花 etc. どこかリアリティのある落ち着いた声で。 曲:「break time」霜月はるか ◆ウィッチモン:内山夕実 「宝石の国」ルチル、「ドキドキ!プリキュア」DB etc. 上品な大人の女性の声イメージ。 曲:「ムーンライト(または“きみが眠る為の音楽”)」坂本真綾  ◇カノン:千菅春香 「殺戮の天使」レイチェル etc. 物静かミステリアス系で低すぎない声を探すの大変でした。現状このCVが個人的ベスト。 オススメあれば教えて下さい。 曲:「約束をしよう」supercell ◆ベルゼブモン:梅原裕一郎 「ジョジョ6部」ウェザー・リポート、「ゴブリンスレイヤー」ゴブリンスレイヤー etc. 喉が焼けてる設定&大男なのでずっしり低めの声で。 曲:「美しい名前」THE BACK HORN  ◆春風みちる:大久保瑠美 「Fate/Apocrypha」アストルフォ etc. とにかく元気にパワフルにハイテンション。悠木碧と迷った。 曲:「青空のラプソディ」fhana 、「眩いばかり」Aimer  ◆ワトソンくん:内山昴輝 「Free!」桐嶋郁弥、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」ベネディクト etc. クールで落ち着いた青年ボイス。低すぎないように。 曲:「ひまわり」AiM ◆ダルクモン:茅野愛衣 「寄宿学校のジュリエット」ジュリエット ◇ブギーモン:奈良徹 「ダイの大冒険」フレイザード ◆アンドロモン:乃村健次 「FGO」鎮西八郎為朝 ◇フェレスモン:速水奨 「暗殺教室」浅野學峯 ◆ホーリーエンジェモン:立花慎之介 「魔道祖師」藍忘機 ◇エンジェモン:島﨑信長 「ツイステ」シルバー ◆アスタモン:中村悠一 「ガンダム00」グラハム ◇海王:神尾晋一郎 「FGO」コンスタンティノス11世 ◆黄金:斉賀みつき 「薔薇王の葬列」リチャード ◇黒紫:森川智之 「FINAL FANTASY」セフィロス 声優さんって選ぶの難しい!でも考えるの楽しいですね!(時間泥棒) 思ってたのと違う!となったら皆様の中のベストCVで是非!笑 以下お知らせです! ↓↓↓↓ 〜お知らせ〜 2022/09/18(日)東京ビッグサイトにて開催されるオンリーイベント「DIGIコレ13」にサークル参加します! 新刊として、書籍版「The End of Prayers」第2巻を頒布予定です! 皆様、是非お越し下さいませ!! (後日FOLIOにて通販いたします!) 第2巻は扉絵、立ち絵だけでなく挿絵も新規で描き下ろしてます! ご購入の方にはポストカードをプレゼント予定! お楽しみに!!
*The End of Prayers*
キャラクターイメージボイス&イメージソング
&イベント参加告知 content media
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組実(くみ)
2022年4月29日
In デジモン創作サロン
皆様お久しぶりです。 2022年5月3日のSUPER COMIC SITY29 にて、The End of Prayers の書籍版を発行、頒布します。 第1巻には全38話のうち1~9話を収録。WEB版の加筆修正&全話に新規の扉絵、選ばれし子供達の新規キャラクター立ち絵を追加。おまけにブックカバーもついてます。 より小説らしくなったエンプレを是非お楽しみ下さい! イベントにお越し頂けない方向けに、後日通販も予定しております。開始時には再度告知させていただきます。 ちなみにこのペースだと1巻あたり9話ずつくらい詰め込むので全5巻となる予定です。 全巻出します。 がんばります。 組実
The End of Prayers 書籍版 イベント頒布&通販告知 content media
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組実(くみ)
2022年1月22日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ────全てを終えたその果てで。  彼らはどんな明日を迎え、生きていくのだろう。 最終話 願いの果て ‐The End of Prayers‐ ◆  ◆  ◆  ────蒼太達の出発から一時間後。 「あ゛ー、体が重いー」  ベッドに倒れこみながら、誠司はそんな脱力した声を吐き出した。  声はコンクリートの壁を跳ね、広い地下室に反響する。数刻前までシェルターの役割を担っていた地下室であるが、今は即席の客間に変わっていた。これまで利用していた三階以上が毒で溶けた為だ。  動く度に軋音を立てる簡易ベッド。疲弊した彼にとっては、羽毛布団と変わらない。  そんな誠司の隣で、ユキアグモンが「ぎぃ」と鳴いた。もう一歩も動けませんと言わんばかりに、硬いマットレスへ顔を埋めていた。  ……とにかく、疲れた。  こんなにごっそり体力を持っていかれる事など、そうそう無いだろう。できれば人生でこれっきりにしたいものだ。 「……あれ、チューモン。宮古さんは?」 「厨房だよ」  ソファーの上から気怠げな声が返ってきた。 「レオモンの奴となんか作ってる」 「えー、いいな。オレもやりたい」  そう言いつつ、ベッドの上でジタバタと動いてみるだけ。 「アンタは休んでなって。蒼太と花那の次にやばかったんだから」 「そこまでじゃないと思うけどなあ。オレなんかより、ユキアグモンとチューモンの方がずっと危なかったんでしょ?」  自分と手鞠がいない間、二人は信じられない程の大怪我をしたらしい。それをベルゼブモンが助けたのだと聞いた時には驚いた。  ただ、残念ながら完治には至っておらず──退化した今も生々しい傷が残っている。  けれど傷の治療は追々。別に後回しでも支障は無いとの事。ウィッチモンが先に腕の治療を受けているが、彼女もある程度回復したら戻って来るようだ。 「二人とも平気? 怪我、痛くない?」 「ぎぃ。痛いけど、大丈夫」 「飯食って寝てりゃそのうち治るさ。ウチらよりもっと、治してやんなきゃいけない奴らがいるからね」  チューモンの言葉はその通りで、現在都市には多数の負傷者がいる。  シェルターで守りきれなかったデジモン達は毒に焼かれた。浴びた量によって軽症から重症まで様々──当然、命を落とした者も。  故に、都市中の天使達が各地域へ飛び、治療優先度が高い者達の救命にあたっている。 「……」  ユキアグモンは都市の様子が気に掛かるようだった。自分の暮らす街なのだから、無理もない。 「……ユキアグモン、行くかい?」 「行きたい、げど……天使様が、まだ外に出ちゃだめっで」 「まあ、無理して死なれてもね」 「……ぎー」 「少し休んだら、もう一回聞いてみようよ。……オレも手伝いたいから」  寝転んだまま、誠司はユキアグモンを撫でる。寝かしつけるように、小さな背中を優しく叩いた。 「戦いは終ったけど、やることたくさんだ」 「……こわれぢゃっだ、街……直しで、また作るよ。みんなで……」 「ああそうさ。だからその為に今は休むんだよ。……ウチらは貴重な完全体だ。あの天使どもに、これからイヤって程こき使われるんだから」  チューモンは悪い笑みを浮かべ、からかうように言った。ユキアグモンは少し安心したのか、それとも疲労が極度に達したのか、眠たそうに瞼を擦り始める。 「で、誠司達には炊き出しでもやってもらおうか」 「いいね! オレがんばるよ、皿洗い!」 「…………ぐー」 「……あ、ユキアグモン寝ちゃった。オレもちょっと寝ようかなあ。チューモン、ご飯の時間になったら起こしてよ」 「安心しな。二人の分は食べといてやるよ」  チューモンはニヤニヤしながら寝相を変える。返事の変わりに、安心しきったような二つの寝息が聞こえてきた。 「……」  チューモンも、目を閉じる。  ──荒野の城から抜け出して、世界を侵す毒も消えて。  後始末はさて置き、これで本当に自由になった。何に怯えて生きる事もない。  だから────これからの日々に、思いを馳せてみる。  さあ、どうやって暮らそうか。世界を救った恩もあるし、贅沢に暮らしたってバチは当たらない筈だ。そう思うとワクワクする。  暖かな寝床に豪華な食事。痛い思いなんてしなくていい、そんな理想の日々が──きっと待っているのだろう。  ──でも、その前に。  あの子達の世界へ行きたい。デジタルワールドを旅したように、コロナモンとガルルモンとユキアグモン、今度はウィッチモンも一緒に──リアルワールドを旅できたら。 「……ああ、我ながらいい考えだ。アイツらが戻ってきたら、相談しよう……」  眠気が襲う。微睡みの中、チューモンは穏やかに意識を落とした。 ◆  ◆  ◆  ────義体の製造から二時間後。 「痛みは?」 「お陰様で殆ど」  大聖堂の祭室では、ウィッチモンがホーリーエンジェモンによる治療を受けていた。  クレニアムモンに焼かれた両腕。大天使のデータを点滴し、彼の羽根で織った包帯を巻き付けている。──幸い、手首を動かせる程度には回復した。 「……すまない。指先を動かせるまでには至らなかったな」 「原因が原因デスもの。仕方ありまセン」 「不運な事だ。その場でなく、亜空間に居たにも関わらず」  どうやらクレニアムモンに逆探知された際、電脳核に干渉されたらしい。腕のデータは書き換えられ、復元は困難だった。  そうなると、通常の治療──他者のデータによる補填では一時的な処置にしかならない。他に手立ては無いか頭を抱えるホーリーエンジェモンに、ウィッチモンは「そういえば」と声を上げる。  ひとつだけ、思い当たる節があった。 「……──以前マグナモンが、ベルゼブモンとの戦闘で負傷した仲間を治シテくれて」  当時の仲間達の損傷は酷いものだった。マグナモンはそれを、自身のデータを使わずに治したのだ。  ラタトスクという名を持つ特別なサーバー。あらゆるデジモンの種族データが、肉体の構成に至るまで記録されているのだという。  先程イグドラシルの領域に接続した際、ウィッチモンはそれを発見していた。 「そこからワタクシの種族データを引っ張ってくれば、恐らく……補修できるのでショウが」 「騎士殿の権限を継いでいるなら可能なのでは?」 「接続する資格はある、というだけ。あの少女を経由しなければ辿り着けまセン。  ……正直それはしんどいので。凄く、凄く」  カノンを媒介として利用する事自体、気が引ける。何より、それが彼女の負担となってはならないのだ。──少なくとも、自分の為には使えない。 「デスが、負傷した民の治療に……という事であれば」 「……それはこの都市の事情だ。私の責任であり、天使達で解決すべき問題。ならば身を削るべきは我々である。  それに君はロイヤルナイツではない。自身の修復だけならともかく、大勢の民にとなれば──過ぎたる行為として何かしら影響もあろう。それは避けたい」  そうですか、とウィッチモンは頷いた。 「けれど何もしないと言うのも、決まりが悪いデスから」 「ならば明日以降に協力を要請する。今日は子供達と共に休みなさい」 「……ではお言葉に甘えて。治療、ありがとうございまシタ」  一礼をして立ち上がる。しかし踵を返した所で、ホーリーエンジェモンに呼び止められた。 「ひとつ、言伝が」 「ワタクシに?」 「世界樹への接続の件だ。……我々の事ではないのだが……」  彼はらしくなく、辿々しい物言いで── 「……あの少女が……後日、塔の後処理を頼みたいと……」 「え?」  変わり果てた天の塔。  取り敢えず、管制室だけ復元したいのだとか。 「ん?」 「……彼女が言うには、『その部屋と座だけあれば、あとはイグドラシルが何とかするから 』だ、そうだ……」 「────」  ウィッチモンはみるみる青ざめて、思わず天を仰ぐ。「大丈夫か」と心配するホーリーエンジェモンに、消え入りそうな声で答えた。 「……。……胃薬、用意して下さる?」 ◆  ◆  ◆  ──水底から、水面に揺らぐ天井を見上げる。  ゆらゆらと、きらきらと、揺蕩う光。  見つめて、見惚れて、息が続かなくなるまでそうしていた。  やがて胸が苦しくなって──カノンは水の中から身を起こす。  そこは大理石の洗礼室。  洗礼盤を満たす聖水が、少女の身体を懸命に浄めていた。  身体が霧散しない為の対処療法──とは言え、付け焼き刃だ。そもそも肉体の粒子化を完全に防げるなら、過去の子供達が死ぬ事もなかっただろう。  現実、天使達に出来るのはここまでだった。  この沐浴も果たしてどれだけ意味があるのか。最初からあまり期待していなかったので、カノン自身は気にしていない。お風呂には入りたかったから丁度良かった。  洗礼盤を囲う亜麻布の向こうでは、ベルゼブモンが背を向けて座っている。  何も言わず、ただ少女が出てくるのを待っていた。 「──」  男は相変わらず寡黙だった。  かつて毒に焼かれた脳は、喉は、もう殆ど治っているだろうに。──やはり元々、性格は静かな方なのだろう。 「カノン」  ふと、名前を呼ばれた。  その度に胸の中で、あたたかな感情が火を灯す。 「どうしたの、ベルゼブモン」 「…………──お前は、これで良かったのか」  男の問いに、カノンは少しだけ間を置いて──「どうして?」と聞き返した。 「あれを使えば、治ったかもしれない」  義体の事を言っているのだろう。人形を人間にするなんて、彼らもとんでもない賭けに出たものだ。  あの赤い魔女がマグナモンの記録と繋がった時、イグドラシルが何を見せて、何を言ったのかは分からない。──ともあれ、あの二人が助かったのは本当に良かったと思う。 「確かに綺麗な人形だったわ。──そのうち、あの子に作ってもらおうかしら」  少しばかり、冗談気味に。 「その時はあなたの分も」 「……俺には、別に」 「あったら便利でしょう? きっと、色々な所に行けるようになるわ」  そんなカノンの言葉からは──自身が元の世界へ戻る意志を一切、感じなかった。 「……」  静寂が落ちる。  水が跳ねる音がした。  水が滴る音がした。  ベルゼブモンは押し黙って、ただ、それを聞いていた。 「ベルゼブモン」  カーテンが揺れる。  亜麻布越しの体温を背中に感じて──けれど男は、振り向かずに目を閉じた。 「私は、これで良かったのよ」  少女は言った。  男は、答えなかった。 ◆  ◆  ◆  洗礼室の扉の前で、手鞠は一人まごついていた。  レオモンと作ったお菓子を忍ばせ、カノンに会いに来たのだが──まだ“治療中”だろうか。中に入る勇気が出ない。  と、その時。内側からガチャリと音が聞こえた。  手鞠は飛ぶように扉から離れる。──中から出てきたベルゼブモンが、訝しげに手鞠を見下ろした。 「……」 「あ、あの……」 「……」 「……お、お見舞いに……」  ベルゼブモンはきっと、自分の気配に気付いて出てきたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。  気まずい沈黙が続く。すると男は、室内に顔を向けて── 「……先に戻る」  そう言うと、行ってしまった。  手鞠はポカンと口を開け、男の背中を見送る。──気を取り直して、けれど遠慮がちに洗礼室を覗いた。  少しだけ広い浴室を思わせる空間。“湯船”を囲うカーテンは開けられていて、セーラー服の少女が濡れた髪を拭っている。  その姿に思わず見惚れていると、少女から「どうぞ」と声をかけられた。 「でも、髪がまだ……」 「乾かしてたら時間かかっちゃうわ。ここ、ドライヤー付いてないでしょう?」  ドライヤーなんて言葉をカノンは久しぶりに発したし、手鞠も久しぶりに聞いた。  この都市には電化製品が照明しか無いのだ。……最初の夜は花那と共々驚いて、コロナモンに熱い風を吹いてもらったっけ。  遠慮がちにお邪魔して、手鞠は椅子らしき台座に座る。さっきまでベルゼブモンがここにいたのか、まだ温もりが残っていた。 「お見舞いに来てくれたの?」 「えっ、」 「さっき、そう言ったわ」 「……は、はい! でも祭室に行ったらいなくて、ホーリーエンジェモンさんがこっちだって……」 「そうなの。あの場所だと、出来ることが無かったんですって」 「────」  ──それはつまり、天使達には成す術がなかったという事だ。……何と言うべきなのか、手鞠は言葉をすぐに見つけられなかった。  だが、意を決したように顔を上げる。忍ばせていた焼き菓子を取り出して、カノンに差し出した。 「? クッキー?」 「わた……いえ、レオモンさんが焼いてくれて。……カノンさんの分も」  すると、カノンは嬉しそうにクッキーを受け取った。年相応の少女の表情で「食べてもいい?」と聞く。──手鞠もなんだか嬉しくなって、笑顔で何度も頷いた。 「ありがとう」  一口齧れば広がっていく、砂糖と小麦粉の味。人間の味覚に合わせて作られた甘さが美味しい。こんなものを食べたのは、いつ振りだろう。 「お、おいしい、ですか……?」 「……ええ、すごく」 「! よかった……! その、レオモンさんも喜びます!」 「何枚かは取っておくわね。ベルゼブモンにも食べさせてあげたいの」 「じゃあ、もっと焼きます! ……良かったら後で、カノンさんも一緒に……」  一緒にお菓子を焼きませんか。  皆でたくさん話をして。それで一緒に、──元の世界へ。  そう、言いたかった。  でも、言えなかった。 「……。……」 「……──手鞠さん」  突然名を呼ばれ、手鞠は目を丸くさせる。カノンは少し不安げに「名前、あってた?」と続けた。 「私を見つけてくれた花のデジモン……彼女の中にいたの、あなたでしょう」  あの時、見つけてくれたから。助けに来たと言ってくれたから。ここにベルゼブモンがいると教えてくれたから。  だからあの時、頑張れたのだ。 「貴女達のおかげよ。本当に、ありがとう」 「……わたしは……。……──もっと早く、カノンさんのこと……見つけたかったです。……それでも間に合ったか、わからないけど……」  口ごもりながら、手鞠は懸命に言葉を繋ぐ。 「……あの、……どうして……」 「……」 「どうして、花那ちゃんたちのと一緒に……カノンさんの義体、作らなかったんですか?」  もしかしたら、もしかしたら。  同じようにやれば、帰れるようになっていたんじゃないか。そう思わずにはいられないのだ。  カノンは数秒、手鞠を見つめ──それから、天井に飾られたモザイク画を仰ぐ。 「……理由なんていっぱいあるわ。私のは別に、急いで作る必要も無いのだし。  それに────もしまた『あの子』が同じ事になったら、傍に行ってあげないと」 「……それって、イグドラシルの……」 「私やあなた達みたいに、人間が攫われるなんて事は……もう絶対にあっちゃいけないから」  ひとつは、そんな理由。 「ベルゼブモンには内緒にしてね。聞いたら怒りそうだもの」  そう、小さく微笑んだ。  手鞠は胸が苦しくなる。 「だからって、そんな……ひとりだけ犠牲みたいな事……!」 「いいえ。もうとっくに、たくさんの人が犠牲になってるわ」  最初に降りた廃墟の街で、命を落としたあの子のように。 「それにね、もっと大事な理由があるの。……私、そんな大層な人間じゃない。私がそうしたいから、此処に残るって決めたのよ」 「……。……じゃあ、本当に……ここでお別れなんですか?」 「そうね。きっと」 「……もっといっぱい、お話……聞きたかったのに」 「……例えば?」 「……。……受験の、こととか……来年、六年生なんです」  手鞠は目を伏せながら、カノンのセーラー服を見る。  それに気付いて──「ああ」と、カノンは納得した。 「受けるの?」 「……今日、決めました」 「ごめんなさい。私、内部進学だから受験してないの」 「そ、そうなんですね。……その、じゃあ……女子校でミッション系って……どんな感じなんですか?」 「……特別、変わった事なんて無いわ。小学校とはやっぱり違うけど、きっと普通の学校よ」  ────懐かしそうに目を細める。  春を彩る桜色。新学期のクラス替えにはしゃぐ同級生達。  夏のプールの後。温い風が乗せていく、ほのかな塩素の香りが好きだった。  秋を彩る金色。体育祭や文化祭の準備に勤しむ同級生達。  冬の雪の日。教室の窓から覗く校庭が、白んでいくのを見るのが好きだった。  そんな、どこにでもある学生の風景。  同じような日を毎年繰り返す、ありふれた普通の日常。 「──でも私、そんな『普通』が好きだった。普通だから大事で、安心できた」  そんな彼女の言葉に、手鞠は顔を上げた。 「……大事だったのに?」 「ええ。それでも」  カノンは胸のスカーフに触れる。  制服本来のものではない、少しだけ大きな赤いスカーフに。 「……私は、ベルゼブモンと──……」  途中で言い澱み、「ほら、自分勝手な理由でしょう?」と誤魔化した。 「だからあなたは気にしないで」 「……」  ──嘘や建前では、ないのだろう。  自分だって、出来ることならパートナー達と一緒にいたい。帰りたい思いと、彼らと過ごしたい思いが錯綜している。  だが、それは義体を作っても同じ事の筈。残るなら、むしろそうすべきだろうに。  なのに彼女は選ばない。それを選んでも、きっと意味がないから。 「────カノンさん、……もしかして……」  彼女は。  帰らないし、帰れないのだ。  残りたいし、残るしかない。  いつか、「あの世界へ帰りたい」と願ったとしても。  もう、あの世界で生きていく事ができないのだろう。 「泣かないで」  穏やかな声。美しい琥珀の瞳は、とうに全てを受け入れていた。 「……すみません。……っ、ごめんなさい……」 「謝らないで。優しいのね」  カノンは手鞠の頭を撫でる。そのまま胸に抱き寄せて、「ありがとう」と言った。 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers* 最終話
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組実(くみ)
2021年7月31日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ────声が聞こえる。  それは、ようやく訪れた雨止みに歓喜する声。  それは、甚大な被害を受けた故郷に悲哀する声。  それは、仲間の生死を知る為に名を呼び合う声。  たくさんの声が混ざり合い、晴れ渡る空へと消えて行く。 *The End of Prayers* 第三十七話 「帰還」 ◆  ◆  ◆  ────聖堂内深部、大礼拝堂。  自然光が照らす堂内は薄暗く、やたら湿度の高い空気に満たされていた。  ステンドグラス越しに民衆の声が聞こえてくる。けれどそれは遠く小さく、背景音楽にさえ成れない環境音。響くより先に静寂へ吸い込まれ、消えて行く。  そこには誰もいなかった。神官も信徒も子羊も、誰もいない空っぽの礼拝堂。  そこに光が現れた。誰が祈ったわけでもないのに、突然。その光は現れたのだ。  光の中から現れたのは、いずれ第三者から「英雄」と称されるデジモン達。  誰に迎えられる事も無く、彼らは拠点としていた都市へと帰還した。 「────」  光が消えると同時に、静けさの中にいくつかの溜息が漏れた。  誰もが疲れ切った様子で堂内を眺める。  側廊には物言わぬ天使の彫像。大理石の身廊。列を成す木製の長椅子。そうして、自分達以外は此処に居ない事を認識する。  連れて帰った“妹”は、未だ兄の腕で眠ったままだ。 「──さっき、言えなかったの」  そう、最初に口を開いたのはカノンだった。  主祭壇の前で、内陣に佇むアポロモンとメルクリモンを見上げて。 「ありがとう。あの子の事、助けてくれて」  アポロモンとメルクリモンは思わず苦い顔をする。それはカノンの琥珀色の瞳に、水晶のイリデッセンスが浮かぶのを見たから──という理由だけではない。  ……この少女は、あの存在を「あの子」と呼ぶのか。 「……どういたしまして、とは……言えないよ。俺達は、結果的にそうなっただけで」 「ええ、それでも」  バラ窓とクリアストリーから差し込む光が、少女と祭壇を美しく照らしている。  その様は、最後に見たイグドラシルの姿とよく似ていて──現実から酷く浮いているように思えた。 『……あの、……カノンさん。身体……』  その異質さを、アポロモン達の中の子供達も感じ取っている。花那の語尾を小さくさせながら、「大丈夫なんですか?」と少女に尋ねた。 「いいえ。……こんなに成っても生きてるの、不思議よね」  カノンは少しだけ、寂しそうに笑った。 「「……」」  ────彼女は、成れの果てだ。  この電脳世界の影響を受けすぎた、人間の成れの果て。  身体は肉体ではなくなり、けれど完全に電脳化したわけでもない。酷く曖昧で儚い存在。  それはかつて、未春や子供達が辿ろうとしていた運命の先でもある。  あの子は、そうなる前に力尽きてしまったけれど。 「だけど、あなた達だって」  そして今────蒼太と花那も、カノンと同じ道を辿ろうとしていた。  電脳化した状態で究極体へ至り、擬似核と電脳核の転移にも巻き込まれた。その負荷による影響は、もう無視できない程膨れ上がっている。  カノンのように成るか、未春のように果てるかは、分からないが。 『……わかってます。私も、……蒼太も、多分』 『……』 『不思議なんです。触れない筈なのに私、メルクリモンのこと触れるんです。でも動くと、一緒になることもあって……』 「……お化けになったみたい?」 『……怖いのは苦手です。まぁここじゃ、オバケもデジモンなんですけど』  なんとか笑ってみせたが、誰も自分の顔を見られないと気付く。  ──大事な友達の中にいるのに、何故かとても寂しくなった。 「無理したのね。無理して、こんなになるまで頑張ったのね」 『……俺たちが、自分で決めたんです』  だから後悔は無いのだと、二人は胸を張って言い切れる。嘘でも、見栄でもない。  ──とは言え、恐怖はあった。  元に戻れなくなるかもしれない、帰れなくなるかもしれない不安。  この声さえ、いつか誰にも届かなくなるかもしれない恐怖。それは拭えない。  彼らと一緒にいたいのは事実だ。一緒に生きていたいのは本音だ。  けれどそれは、二人の隣に立って、背に乗って世界を駆け回って──そういう事なのだ。一体化したまま彼らの中へ溶けていく事ではない。  当人達も少女も、それは理解している。 『やれるだけ、やってみます』  蒼太は言った。一握の可能性を信じて。 『だから……──そんな顔しないでよ。ウィッチモン』  彼の言葉に、アポロモンとメルクリモンが驚いて顔を上げる。  身廊の端、薄暗い影の中──赤いドレスの彼女が、悲痛な顔のまま佇んでいた。 『こっち来なよ。そんな暗い所にいないでさ』 『ねえ、ウィッチモン……手、どうしちゃったの……』  彼女の腕から先はほぼ崩れていた。──が、本人はそれを気に留める様子もない。  ただ、俯きながら身廊を進む。自責の念に全身を潰されそうになる。  そして──画面越しではない、オリンポスの二柱を目の前に、 「──荘厳ですね」  息を呑む。思わずそんな言葉が出た。  リアルワールドで出会った、あのコロナモンとガルルモンが──こんなにも立派な姿になるなんて。 「……。……そうだろう?」  メルクリモンはわざとらしく、おどけたように言ってみせた。 「皆のおかげで、僕達はこの姿になれたんだ。……凄く、誇らしいよ」  ウィッチモンは堪らず目を伏せた。  ──目線を落とせば、そこにはアポロモンの腕の中。今朝見送った仲間が眠っている。  蛇の頭部を模した兜。透き通る蛇の瞳が、自分を見つめているような気がした。 「……そうだ、紹介しないとね。この子は俺達の──」 「知っていマス」  全て終わった。各々の役目も、願いも、戦いも果たされた。  だから────彼らに全てを隠し続ける必要は、もう無い。 「ワタクシとユズコは、……ヴァルキリモンの事だって」  それに、彼らが記憶を取り戻したかどうかなんて。  ミネルヴァモンを大切に抱く姿を見れば、聞かずとも分かる。 「……だから……もっと上手く、できたかもしれないと……ワタクシは」  アポロモンとメルクリモンは──「ああ、そうか」と、目を閉じた。  未春と同じ顔の少女が、ミネルヴァモンだったなら。  彼女にずっと寄り添っていた、彼はやはり── 「──……。俺達は……多分、遅かれ早かれこうなった。でもきっと、これが最善だったんだって、思うよ」 「ありがとう。ミネルヴァと、ヴァルキリモンと、一緒に居てくれて」 「──……ッ」  ウィッチモンの肩が震える。両目から、涙が溢れた。 「──ウィッチモン! 連れて来たよ!」  その時。柚子の声と共に、扉口が勢い良く開かれる。  彼女のすぐ後ろには、再会を待ち望んだ仲間達の姿があった。そして── 「なあ見てよ! ホーリーエンジェモンさんたち来てくれたんだ! オレのこと治してくれたんだよ!」 「花那ちゃんと矢車くんが戻るの、手伝ってくれるって! 遅くなっちゃってごめんね……!」  駆け付けたのは、ホーリーエンジェモンを含む三体の天使達。  ──帰還したアポロモン達の姿に、大天使は目を見張った。 「……──英雄達……。貴殿方は、……オリンポスの」  言葉を失う彼の側で、手鞠と誠司は笑顔を浮かべている。  友人達が無事に戻って来た──それをわかっていても、再会できた事があまりに嬉しい。 「チューモンたちが言ってた通りだ……カノンさんもちゃんと戻れてる! ねえチューモン、良かったね!」 「──……ああ、そうだね」  だが、チューモンとユキアグモンの表情はひどく曇っていた。……先にウィッチモンが合流していたにも関わらず、仲間達がまだ分離されていない。  隣でホーリーエンジェモンが青ざめているのも、目の前に究極体がいるからなんて理由ではないだろう。 「──ペガスモン、大聖堂の周囲全て封鎖するよう天使達に伝えよ。民の誰一人として此処に入れるな」 「……畏まりました。大天使様」 「エンジェモン、この場で彼らの処置を行う。聖水を出来る限り汲んで来なさい。私の手持ちでは恐らく足りない」 「承知した兄上。──選らばれし子らと我らが英雄に、どうか加護あらんことを」  忙しなく動き出す天使達。気付けば身廊を駆け出していた柚子。……そんな彼らの姿に、誠司と手鞠は困惑する。 「え……そーちゃんたち、洗礼室って所に連れてくんじゃ……」 「彼等をこれ以上動かすのは危険だ。──先ずは手当てをしなければ……」  白いローブが揺れる。柚子の後を追うように、足早に祭壇へ向かった。 「……みちるさん……みちるさん!!」  柚子は息を切らせながら、アポロモンの前で膝を付く。  記憶の中の溌剌とした笑顔とは程遠い──壊れてしまいそうな儚い寝顔。掴んだ手は、驚く程に軽かった。 「亜空間の魔女よ、彼らの損壊状況は?」 「──損傷率はアポロモン五十九、メルクリモン六十二、ミネルヴァモンが八十三パーセント。いずれも電脳核の欠損は見られまセン」 「分離する二名は三十パーセントまで下げよう」  ホーリーエンジェモンはその手に聖剣を取る。  自らをロードさせる気だと──察したメルクリモンが慌てて制止した。 「やめてくれ。貴方の犠牲を僕らは望まない」 「それは無論、私にもまだ都市を守る責務がある。……しかしこの身は貴方達の遠き同胞、熾天使が後身。ならば少しでも役に立てる筈だ」  彼はそう言って、刃に自身の掌を押し付ける。  裂けた皮膚から溢れていくデータの光。それを三本の小瓶に凝縮させた。 「一本ずつ飲まれよ。残りはオリンポスの蛇姫へ」 『待って、ウィッチモンにもあげて! 腕、こんなになってるの……』 「いいえ。……ワタクシの事など……貴女達に、比べたら」  どうという事はないのだと、ウィッチモンは頑なに受け取ろうとしなかった。 「……柚子。──俺達の妹を頼む」 「……!! うん……ッ」  ミネルヴァモンがそっと、兄の腕から長椅子に寝かせられる。  柚子は彼女の上半身を起こし、僅かに開いた口へ瓶の中身を流し込んだ。  ──それを見ていた、誠司と手鞠は 「……なあ、宮古さん。……山吹さん、さっき……何て言った?」  彼女が発した一言が、胸に引っ掛かって離れない。 「どういう事だよ……なんで、おねーさん……。……いやでも、あれ普通にデジモン……」 「……わ、わかんないよ。……まさか、みちるさんがデジモンだったって……」 「そんな訳……」  ────嫌な、予感がした。 「……じゃあ、じゃあさ。もし本当に……そこにいるのが、おねーさんなら……──管制室にいたのって」  誠司の口の中がみるみる乾いていく。  管制室で救えなかった、あの白いデジモンの姿を、声を思い出して────暑い筈なのに、寒気と震えが止まらなくなった。 「な……何だ、よぅ……」  隣にいるパートナーも、誰も、どうして否定してくれないのだろう。 「……何か言ってよ、なぁ……山吹さん!」  礼拝堂に声が響く。  柚子はただ目を伏せ、「ごめんね」と言った。 「何で謝るんだよ……何で、おにーさんとおねーさん、ここにいないんだよ!」 「ぜーじ。……ぎぃ、落ち着いで……」 「だってユキアグモン! ──なぁ、ユキアグモンとチューモンは、いつから気付いて……」 「……おでたちも……ちゃんとは、わがらなかっだよ」 「……あの白い奴は、何となくだ。何となくそう感じただけ。声とか、喋り方とかさ」 「────ッ」  白亜の彼は戻らない。  自分達は皆、全員が無事に戻って来たと思っていたのに、そう思いたかったのに。 「……こんなのって無いよ。……これで、そーちゃんと村崎まで戻らなかったら……もうどうしたらいいか分かんねーよぉ……ッ!!」  隣では手鞠が、真っ青な顔で立ち尽くしている。ユキアグモンは黙って、二人の手をそっと握った。 「──アポロモンとメルクリモンの損傷率、三十一パーセントまで低下しまシタ」 「及第点だ。選ばれし子供たちの分離を執り行う」  ホーリーエンジェモンは白いローブから硝子瓶を取り出した。  それを、二柱に渡す。──先程のより細やかな装飾で、どこか古めかしい材質の小瓶。浅瀬の水面の様に透き通る液体が入っていた。 「そちらの少年の応急処置にも使った聖水だ。子供達の“実体”としての輪郭が、僅かだが明晰になるだろう。──我が祖セラフィモンらが、未来に遺したものだ」 「……。……これを……あの時、連れて来た子供達にも?」  アポロモンの問いに、ホーリーエンジェモンは静かに頷く。 「祖が残した記憶通りなら」  一秒でも長く、子供達をデジタルワールドに留める為。  三大天使達は研鑽し作り上げ、自身らのパートナーに飲ませていたという。 「それでも……護れなかったが」 「……パートナーの記憶はあるのか?」 「いいや。……名前も顔も、少女だったのか、少年だったのかさえ。私への記録としては残されていない。……セラフィモンは何故、その記憶を遺さなかったのだろうな。大切なものだった筈なのに」 「……」  彼らは、子供達を連れ去ったのがロイヤルナイツであった事を知らない。  死に追いやったのが騎士達だと知らない。あの日、天の塔で倒れていた子供達の姿を知らない。  ──子供達の肉体を限界まで使い潰したのが、自分達を含む全員である事も、きっと。 「……。……貰うよ、ありがとう」  アポロモンはそう言って、躊躇わずに聖水を飲み干した。メルクリモンも続く。 「君も飲みなさい。美しいヒトの子」  ホーリーエンジェモンはカノンにも瓶を渡そうとしたが、ベルゼブモンが奪い取ってしまった。得体の知れないものを飲ませたくないようだ。  カノンは「いいのよ」とベルゼブモンを宥めるものの、瓶を受け取ろうとはしない。 「この子達にあげて。私は後でいいから」 「しかし……」 「だって私、それだけの量じゃきっと変わらない。だから後でいいわ」 「……──そうか。……君は後程、しっかりと治療をしよう」  ベルゼブモンは半ば押し付けるように瓶を渡す。アポロモンとメルクリモンは苦笑しながら、半分ずつ飲んだ。 「分離処置に移りマス。……お二方、ワタクシの腕を掴んで下サイ」  ウィッチモンは半壊した腕を差し出す。  力を込めれば、それだけで肩まで砕けてしまいそうな腕。アポロモンとメルクリモンは、恐る恐る触れ、優しく握った。 「──走査開始。ソウタとカナの状態を確認」  二柱の中へ干渉を始める。  すると手鞠と誠司が駆け寄って来て、必死の様相でウィッチモンの裾を掴んだ。 「お願いウィッチモン! 花那ちゃんたち大丈夫だよね……!? ちゃんと戻るよね!?」 「だって、だってさ! 時間オーバーしたって……そんな長くなかったじゃんか……!」 「離れな二人共! そんな事して失敗させたらどうすんだい!」  二人を慌てて追いかけ、チューモンとユキアグモンが引き離す。  ああ、気持ちは痛い程わかるとも。ウィッチモンが頼みの綱なら、自分達だって縋りたい。  ウィッチモンは何も言わなかった。仲間達の声は聞こえていたが、意識は既に二柱の内へ向けられていた。 「────」  アポロモンとメルクリモン。電脳生命体の中に、蒼太と花那の存在を確認する。  まだパートナーの中に“溶けて”はいないようだ。聖水の影響か、実体としての輪郭もきちんと捉えられる。  ……ここまでは順調だ。  後は──手鞠と誠司をそうしたように、一体化した子供達の意識体を、パートナーという電子の海から引き揚げればいい。そのまま実体化が出来れば、蒼太と花那は人間として生還できる。 「……──」  ──だが。  ウィッチモンはそこで手を止めた。そして腕を下ろしたのだ。  すぐに不穏さを感じ取った、ホーリーエンジェモンが自身の胸に手を当てた。 「足りなければ我が翼を、四肢を捧げよう。彼らの身を聖水に浸す事だって」 「いいえ。……もう、その段階ではありまセン」  二柱との接続が、切られた。 「──分離は、出来まショウ。けれど実体化ができない。今剥がせば、ソウタとカナはデータのまま霧散します」  蒼太と花那は既に──自身の存在を実体として保つことができない、電脳体からの実体化に耐えられない状態だった。  パートナーと引き剥がした時点で、データの塵となって消えていく。──かつて未春が、ミネルヴァモンの腕の中で散ったように。 『……、……そ、っか』  花那の声は震えていた。 『でも……まだ、全部ダメって訳じゃないし……ねえ?』  自身に言い聞かせるように、仲間達へ同意を求めた。 「「────」」  アポロモンとメルクリモンは言葉を失う。  ……どこかでそんな予感を、抱いていなかったと言えば嘘だ。  二人共、自分達のパートナーが特別な人間だと思っていない。どこにでもいる平凡な、けれどとてもやさしい子たち。だからこそ耐え切れなかったのだろう。  しかしいざ現実を突きつけられると──簡単に受け入れる事など到底、出来なかった。 「……。……僕達は……また──」  パートナーを守れない。  今度こそ一緒に生きて、笑って、帰してあげたかったのに。  ごめんねと抱き締めたくても、大切な彼らは自分達の中。  自分からは触れる事すらできなかった。 「──何諦めようとしてんのさ。死ぬってんなら、意地でも他の方法考えるしかないだろ!」  チューモンはアポロモンの肩に飛び乗ると、金色の鬣を思い切り引っ張った。 「……チューモン、痛いよ……」 「何だいこの程度で情けない。──ウチは嫌だよ。蒼太も、花那も、アンタ達も。このまま終わるなんて最悪だ!」  チューモンは憤る。誰かに対してではない。ただ、この理不尽な状況に。  仲間達はこんなにも頑張った。世界だって救ってみせたのだ。──せめて終わりくらい、笑顔で迎えて何が悪いと言うのか。 「ねえ天使様。何か方法、見づがるまで……たくさんお水のめば、そーだとがな大丈夫?」 「……ああ。少なくともしばらくは、彼らの中で分解はするまい」 「なら……おでたち一緒に、いっぱい考えるから」  ユキアグモンはメルクリモンを見上げ、両手を伸ばす。 「みんな、一緒にいるがらね」 「──ッ……、……ありがとう……」  メルクリモンは膝を着く。ユキアグモンは彼の膝によじ登ると、震える大きな肩にそっと、抱き着いた。 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers* 第37話 content media
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組実(くみ)
2021年6月27日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  私は。  あなたの笑顔を知らない。あなたの声色を知らない。  それでも心からの忠誠を、この名と鎧に懸けて誓う。  あなたの世界をずっと、何としても繋げて行くから。  どうか泣かないで欲しい。哀しまないで欲しかった。  主よ。  あなたが創る世界ならば。あなたが愛す世界ならば。  遍く命は救われるのだ。その過程が如何であっても。  この道こそが、あなたを救済するのだと信じている。 *The End of Prayers* 第三十六話 「ラストワルツ」 ◆  ◆  ◆  ──何かが、  砕ける音を聞く。  これまで数え切れないほど耳にしてきた。  たくさんの何かの、誰かの、砕ける音が。 「──サウザンドフィスト!!」 「──フォイボス・ブロウ!!」  腹部から全身へ伝わる衝撃。露出した胴体に叩き付けられた、二つの拳。  刹那、騎士は思う。この身を守る筈の鎧は、主より賜った黒紫の鎧は、何処へ行ってしまったのだろう。  ……そうか。あの、オリンポスの影か。  この地に辿り着くより前に果てた、名も知らぬオリンポスの子ら──その影が既に、彼らと共に。 「────は、」  そんな声が面頬から漏れた。別に何も、可笑しい事など無かったのだが。  腕を振り上げる。  抉られた肩の断面から生えた──槍を、棘を成す有刺鉄線の両腕。  それは敬意と憐憫、そしてほんの僅かな慈愛を以て、目の前の二柱を抱き締める。  アポロモンとメルクリモンの背中は、文字通り串刺しとなった。  肉を裂き、骨を断ち、彼らがようやく取り戻した電脳核は砕かれた──。  ──筈だった。 『ッ……! 二人とも……!』 『負けるな!! 頑張れ!!』  電子の海で、蒼太と花那はデジヴァイスを掲げていた。輝く紋章の光は、騎士の切っ先が電脳核へ到達する前に二柱の身体を修復させていく。  故に、アポロモンとメルクリモンは止まらなかった。ひたすらに、がむしゃらに突き進んだ。ただ騎士を見据え、真っ直ぐに。攻撃の手を決して止めない。  ならば、と。クレニアムモンは腕に力を込める。──だが、肉に突き刺さった腕が動かない。言う事を聞かないのだ。  気付けば腕が、錆びたようにボロボロと自壊を始めている。  崩れていく。──アポロモンの矢を、そして月女神の影の矢を受け、破裂した部位から広がるように。  腕から解放された反動。二柱が一歩、大きく足を踏み込んだ。 「──再構築を──!」  崩れたなら生み出せばいい。壊れたなら造り直せばいい。  この命が燃える限り、ブラックデジゾイドは何度でも、 「────」  顔を上げた。  瞬間──水晶の反照が、彼の視界で弾ける様に輝いて──── 「「ああああぁあ!!!!」」  轟く咆哮と共に、何かが砕ける音を聞く。  紅と碧の炎を抱いた二つの拳が、騎士の身体を穿つ音だった。  ──軋み、砕けていく。  腹から脇へ、脇から背へ、────全身へ。  ──割れて、散っていく。  鈍く光る黒紫の破片。飛沫を上げた鮮やかな赤。  胴体を貫かれた、騎士の目が大きく見開かれる。  自身の電脳核が撃ち壊される感覚。視界が一度だけ暗転して、次いで光が雪崩れ込んだ。 「──、──」  ──目の前には、自分を討ち取った二柱の獣。  悲願だったろうに。ようやく仇を取れただろうに。何故かちっとも嬉しそうでない。  今にも泣き出しそうな顔で、こちらを見上げていた。 「……哀れ、だな。……オリンポス……」  腹の中から拳が抜かれた。  体内のデータが一斉に零れて、流れ出ていく。  ──そのせいだろう。クレニアムモンの全身から、みるみるうちに力が抜ける。毒で作った仲間の人形共々、崩れ落ちるようにして倒れた。 「……──赦してくれ、ロイヤルナイツ」  近い筈の声が、遠い。 「貴方を止めてでも──僕らは、僕らの世界を守りたかったんだ」  ──ああ。  そんな事は、知っていたとも。 「……」  身体を這わせる。  腕は無いから、脚に、無理矢理にでも力を込めて。 「……、……わが……きみ……」  焼け落ちた天蓋のベール。煤汚れた祭壇。宝石の欠片が小さく煌めいていた。  綺麗に並べた筈の結晶は、すっかり散らばってしまっていて。  集めようとするが、腕が無い。 「────」  見上げる。  水晶の座には輝く光。  かつてと変わらず其処に在る、美しい光。 「……、イグ、ドラシル」  下半身の感覚が消失する。  しかし苦痛より、喪失感より、後悔の念が押し寄せるのだ。  騎士としての責務を果たせなかった。  救って差し上げる事ができなかった。永久の安寧を、差し上げる事ができなかった。  あと少しだったのにと、惨めに思う。  そんな、意味のない思考を繰り返す。 「……」  ────だが、せめて。  遂げられぬなら。叶わぬのなら。  いずれまた、主が涙される未来を憂いながら──それでも祈ろう。  我らのデジタルワールドに、どうか祝福があらんことを。 ◆  ◆  ◆  大きな金属音を立て、騎士の身体が床に叩き付けられた。  肉体の粒子化が始まる。鈍い黒紫ではない、美しいたくさんの光が舞う。  アポロモンとメルクリモンは、その様をただ見守った。言葉を手向ける事も無く、静かに。 「「……」」  ──遠い日に守れなかった少女を想えば、悲しみが増すばかり。  彼らの記憶に触れながら、心に触れながら、蒼太と花那もまた口を閉ざしていた。  きっとこれで、ようやく全てが終わったのに──どうしてこんなに虚しいのだろう。   それが、不思議でならなかった。 『……。……あ……』  花那が声を零した。二人の間を抜けていくように、何かが過った事に気付く。  それは光だった。  水晶の座から、光が枝の様に広がって、伸びていた。  光の枝は、床に転がる騎士の側へ。  胸から下を失った彼の────頬に、触れた。 「────」  黒紫の眼窩に微かな深紅が灯る。  何かが触れた。そう、錯覚した。  けれど温もりは虚無であり、瞳に映る姿は虚像である。  自分が奪ってきた、多くの命とよく似た容。母体の器と良く似た貌。  けれど当人ではない。この「何か」は、彼らの中の誰でもないのだ。  何より── 《────『クレニアムモン』》  聞こえた声は肉声ではなかった。  かと言って機械音でもない。ただ言葉を織り成すだけの音の羅列。  側にいるのは、あまりにも曖昧な存在だ。  だが──クレニアムモンは直ぐに確信を抱く。  だからこそ、わからなかった。 「……」  ──何故。  胸に込み上げた言葉は、もう声にはならない。  ──どうして私なんかに。  言葉の代わりに、どういうわけか涙が零れた。  慈しむように向けられた瞳。  遠く愛してやまなかった、それはそれは美しい宝石の虹彩が──彼を見つめて。 《『────ありがとう。もう、充分です』》  ──光が舞う。  クレニアムモンというデジモンを構成していた、全てのデータが飛散する。  優しい光に溶けるように、イグドラシルの中へ還っていった。 ◆  ◆  ◆  天の塔から全ての騎士がいなくなる。  遠い過去に自らを捧げ、礎となり。  黄金は自らに科した役目を終えて。  黒紫は自らの忠義の果てに倒れた。  長く、永く。けれど消えていく時は泡沫の様。  ……だが、それは誰もが同じ。ロイヤルナイツもオリンポスも、生き抜いて、散って逝く儚さは変わらない。  皆、等しく。  イグドラシルの世界に生きた、電脳生命体の子らである。 《『────』》  瓦礫に成り果てた祭壇で、イグドラシルはひとり佇む。  空っぽになった円卓を、空っぽになった世界を、見下ろしている。  自身を見つめるオリンポスの子らに、人間の子供達に、言葉を紡ぎはしなかった。 「……」  何を、思っているのだろうか。  本来ならば実体を、固定の姿を持たない筈の創造主。その姿がとても悲しそうに見えたのは──きっと、ヒトと良く似た姿を象っていたせいだろう。 「…………俺達は」  言いかけて、アポロモンは口を噤んだ。──何を、伝えるべきか。  責めるべきだろうか。マグナモンに真実を聞かされた時のように。  怒るべきだろうか。遠い昔、パートナーを奪われた時のように。  慰めるべきだろうか。悪意の無いまま、望まぬ殺戮を繰り返した事を。  ……いいや、どれも違う。  そんな事を言いたい訳じゃない。  たくさんの大切なものを失った。毒を憎悪し、毒に悲哀した。もう取り返しはつかないし、何も戻って来てくれない。  今だって胸が張り裂けそうだ。今だからこそ泣き出しそうだ。  それでも、思うのは── 「……──俺達は……生きていくよ。あなたの創った世界を、これからも」  命が果てる最後まで。  ──すると、イグドラシルの瞳がオリンポスの子らを捉える。  水晶の瞳に浮かぶイリデッセンスが、心を描くよう儚げに揺れた。  しかし神はやはり黙したまま、何も言わない。何かを言いたそうでは、あったけれど。  瞳は伏せられ、イグドラシルの輪郭がぼやけていく。──ただの光に戻っていく。  その光も、やがて見えなくなってしまった。 「「……」」  誰もいない水晶の座。  祭壇に散らばっていた結晶も、いつの間に無くなっていた。 『……いなくなっちゃったの?』 「……ちゃんといるよ。僕らには、見えないだけだ」  少女の中で完成したイグドラシルは、座に戻った事で正常に起動した。  たとえ見えなくとも、風のように──そこに在る。  それはきっと、イグドラシルの本来の在り方なのかもしれない。そうメルクリモンは思った。  気付けばクレニアムモンだけではなく、毒の騎士らも姿を消していた。彼等がいた筈の場所には、黒い水溜りの跡だけが残っている。  その上を光の枝が這った。──毒が、吸いこまれていく。   かつて神が流した、たくさんの涙が。  自身の光によって浄化されていくのだろう。少しずつ、少しずつ。 『これで、もう……全部、終わったんだよね? 毒も無くなるんだよね……?』 『……そうだといいな。……間に合って良かったよ。俺たちがあげた加護、もう切れちゃってるもんな』  蒼太に言われ、気付く。いつからだったのか、太陽の加護はその効力を失っていた。  昔はもっと長く使えたのにと、アポロモンは苦笑する。 「俺達、また修行し直しだ」 「……ああ、そうだね」  メルクリモンも口角を上げた。どこか、寂しそうに。 「──下に戻ろう。ライラモンとメガシードラモンが心配だ。ワイズモン達にも、俺達が無事だって……──終わったって、伝えないと」  アポロモンはそう言って身を動かす──騎士に空けられた穴から、ボタボタと血が零れ落ちた。  自分でも驚いて、思わずメルクリモンと目を合わせる。緊張で自身の状態にも気付かなかったのか、メルクリモンも太腿や膝に大きな穴が空いていた。 「……」 「……」  お互い、この状態でよく持ち堪えたものだと感心する。  メルクリモンはアポロモンに手を貸そうとしたが、身体を動かせば血溜まりが増えるだけ。──緊張が解けるにつれて、みるみる痛みも増してきた。 『二人ともそれ、大丈夫か……!? すぐ治すから……!』 「いや……だめだ。これ以上二人に負担をかけたくない。とりあえず俺は傷を焼けるし、飛べば大丈夫だから……」 『……わかった。……それなら、皆の所には俺たちで行ってくるよ。花那とメルクリモンは休んでて』 『……うん、ありがと。少ししたらすぐ追いかけるね』  メルクリモンはその場に座り、腰布を破いて傷を圧迫した。布はすぐに真っ赤に染まり、周囲にじわじわと赤い水溜りが出来上がる。──思わず、苦笑した。  アポロモンは傷口を焼くと、浮遊しながら自分達が来たゲートに向かう。  すっかり瓦礫で埋まっているが、退ければ使えそうだ。屈んで瓦礫を退けていると────その下に、何かが埋まっている事に気が付いた。 「……ん?」  上から崩れたもの、というより、戦闘によって抉れた床下から出てきたものだろう。  白い何かだ。まるで──そう、  マネキン人形のパーツのような 『……!? な──』 『! 蒼太? どうしたの?!』 『いや、これ、……嘘だろ……!?』 「────」  アポロモンは膝を着いて、剥がすように床を砕く。 「……アポロ。そこに、何があるんだ」  床下には人形が埋まっていた。いくつも、埋まっていた。  その何体かは、電脳核らしきものの残骸と共に。 「──ただの人形だ、兄さん。……作り物だ。“あの子達”じゃない」  それはマグナモンとクレニアムモンが作り上げた、ヒトの形を模した義体達。  テクスチャを張っただけの顔は、眠るような表情のまま動きはしない。動くようには作られていない。  かつての「選ばれし子供たち」から、そしてこれまで連れ去った子供達から──摘出した回路を埋め込んだ、ただの容れ物だ。  『に、人形って……え……?』 「花那は多分、見ない方がいいよ。だから、そこにいて」 『で、でも……』  ──アポロモン達の、知り及ばない事ではあるが。  クレニアムモンは一人になった後、この義体達を天の座へと埋めていた。  本来なら義体達は、英雄達のデジコアを介してイグドラシルと繋がれる筈だった。……だが、適合者たるカノンが現れた事でクレニアムモンは計画を変更する。  回路と電脳核を埋めて礎とした祭壇に、母体を──変質を遂げ切り羽化した神を、身籠った状態のまま座して接続。体内で再誕させ世界を飲み込む。……その時には既に、母体は形を成していなかっただろうが。  ともあれ、そうしてデジタルワールドは救済される算段だったのだ。  けれどクレニアムモン亡き今、埋められた人形達はその役目を終えている。  過去の厄災で散った同胞達の核も、また。 『……、……アポロモンの記憶にいた、あの女の子は……』 「……わからない」  ──回路を抜かれた子供達。生きているのは、誠司や手鞠達と共に、あのオーロラの日に連れ去られた子だけらしい。  だから、もしこの中に未春がいたとしても。──それは、ただ似せて作られただけの人形だ。 「でも、あの子は……ミハルだけは、いない気がするんだ」  不思議と、そう思う。  ただの勘ではない。過去と現在の記憶が統合されたからこそ、彼女は此処にはいないと思えたのだ。それは、メルクリモンも同様であった。  「……お前と蒼太が戻った後、一緒に人形達を燃やそう。せめてもの弔いに」 「……うん」 「それと、ワイズモンと連絡が取れたら、あの子達に────みちる達に繋いでもらってくれ。話したい事があるんだ」  神妙な面持ちで言う彼に──アポロモンは、小さく頷く。 「……ああ、俺も思ってたよ。だってさ、あの子の顔は────」 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers* 第36話 content media
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組実(くみ)
2021年5月15日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  太陽が輝く。  燃えるような陽光に向け、短剣が高らかに掲げられる。  ────そんな、祈りの儀式にも似た光景。 *The End of Prayers* 第三十五話 「ふたつ星」 ◆  ◆  ◆  ────目を、奪われた。  ライラモンが、メガシードラモンが、ワイズモンが。  手鞠が、誠司が、柚子が。──誰もが。  黒紫の騎士と対峙する二人の獣に。その神々しさに。  目を奪われて動けなかった。一瞬、時が止まったような錯覚さえ抱く程。  亜空間のディスプレイには、既に自動解析された二つのデータが映し出されている。  紅の獣、その名をアポロモン。神人型ワクチン種。  碧の獣、その名をメルクリモン。神人型ウイルス種。  所属勢力、────“オリンポス十二神”。  それは海底に座するネプトゥーンモンと同じ。そして、“彼女”と同じ。 『……みちるさん……』  騎士は二柱の獣を見据え、槍を構える。  腕を大きく振りかぶり────投擲した。狙いは真っ直ぐ、輝ける太陽へ。  けれど、瞬きの間。  魔槍の穂先は太陽に届かない。それよりも速く、メルクリモンが槍を掴み取っていたからだ。 『……ユズコ! 今のうちに二人の修復を! 急いで!!』  クレニアムモンは表情を変えず、ただ見上げていた。  そして一度、拳を握り締めるような素振りを見せると──獣の手に収まっていた槍が、崩れるように分解を始める。  鈍く煌めくブラックデジゾイドの黒い粒子。それらを払うように、メルクリモンは静かに短剣を振った。 「────スピリチャル、エンチャント」  短剣の刃先が虚空を裂く。切れ間の向こう側、無数の眼光が一斉にこちらを覗いた。  裂け目から溢れ出した幻影の魔物達。濁流の如く、クレニアムモンに襲い掛かる。 「……エンドワルツ!!」  けれど濁流に飲まれて尚、騎士は冷静であった。  瞬時に行われるクラウ・ソラスの再構築。魔物達を薙ぎ払い、巻き起こす衝撃波で切り刻んでいく。  ──肉塊が霧散する嵐の先、クレニアムモンは一筋の光を見る。  それは燃えるような焔の光。無数の矢と成り、アポロモンの背後に構えられていた。 「アロー・オブ・アポロ!!」  放たれる。同時に魔盾アヴァロンによる全方位防御が発動した。  あらゆる攻撃を無効化する三秒間──それを超えても存在し続ける紅い炎。  盾を熔化せんとする灼熱に対し、クレニアムモンは内側からブラックデジゾイドを展開させ続けた。 『アポロモン!』 「……蒼太……っ」 『全力で行っていい! 大丈夫だ、一緒にいるから!』  ──大切な人の声が聞こえる。  背に抱く太陽球が光を増した。炎は一層燃え盛り、轟音を立てながら騎士を焼き続けた。  通常のデジモンであれば瞬く間に消炭となっていただろう。その余波は離れた完全体の仲間達にさえ及ぼうとしていた。──だが、 「────嗚呼、嗚呼。何という」  低い声と共に揺れる煙。  炎の中、騎士はその五体を保ち続けていた。 「紛い者のまま、仮初の核のまま、その姿まで至るとは」  熔解と再生を繰り返す盾の内側。  焼け付く空気で喉を焼きながら、笑顔を浮かべて。 「嗚呼、嗚呼。何て────素晴らしい。これが人間と生み出す奇跡の形……!」  笑顔の理由は騎士にしか解り得ない。  長く永い時の中、イグドラシルを救う為に奔走し──今ここに、彼は二つの結論を得た。  毒による汚染個体さえ癒した少女。我が君の母体。  過去を失くした個体を導く子供達。電脳体の覚醒。 「やはり我らは……正しかったのだ、マグナモン! 人間は我ら電脳体にこれ程までの恩恵をもたらした!」  思い描く形は今も変わらない。遂げるべきはイグドラシルの完全なる再誕だ。  例え母体から切り離されていたとしても、穢れた花の中で眠っていようとも。  例え人間の肉体が電脳分解しようと、生命活動が停止していようと問題ない。  其処に、回路さえ在るのなら 「捧げよう! この場に存在する全ての『奇跡』を取り出して、御身に!」  神は、デジタルワールドは、そうして救済されるのだから。 『────それは、いけない』  騎士が放った言葉の意味を、ワイズモンは誰より先に理解する。  そして、青ざめた。既にパートナーと繋がった回路にさえ、騎士は価値を見出してしまった。  このままでは──奪われる。 『……まず狙われるとすれば……損傷した完全体……! ユズコ、彼らの状態は!?』 『ライラモンはもうほとんど治せてる! でもメガシードラモンがまだ……!』  データ上では、ライラモンの潰れた内臓はその九割が修復を完了していた。  一方でメガシードラモンの修復進捗は未だ六割程度。傷が深い程、修復にかかる時間と人体への負荷が増していく。  最上層への空間外殻の解除にだってまだ時間が要る。幾重にも張られた騎士の防御隔壁は厚く、重く、一枚を破壊するだけでもやっとだった。 『────ッ』  ワイズモンは唇を噛み締めた。──アポロモンとメルクリモンがあれだけ奮戦してくれたにも関わらず、自分達が間に合わないなんて。  ああ、本当に何もかもが足りない。  時間も技術も力も、何もかも。悔しくて情けなくて、叫びそうになる。  しかし──それでも冷静に、ならなくては。 『……──わかりました。致命傷さえ脱したならそれで十分!』 『動かすのはまだ危ないよ! 絶対に傷が開く! 治すのだって、これ以上スピード上げたら海棠くんが……!』 『クレニアムモンはマグナモン同様、デジモンと人間の分離技術を持っている筈。二人が捕まればセイジとテマリが奪われます!』  捕まったまま別の空間に転移でもされたら、それこそ追跡は困難になるだろう。  ましてやライラモンは今、騎士の狙いであるイグドラシルを所持しているのだ。 『ライラモン、メガシードラモン! 聞こえましたね!?』  騎士は行動を開始していた。  槍の狙いはライラモンとメガシードラモンに向けられ、転移を繰り返し接近を試みる。アポロモンとメルクリモンが、必死になってそれを阻む。 『クレニアムモンは彼らが止めてくれる! 今のうちに離脱を!』 「……つまり怪我した完全体は……ウチらは弱いから、先に潰されるから……逃げろって言うのかい。そうじゃないと手鞠達を守れないって……!?」 『……──そうです。ワタクシ達は完全体にまでしか至れなかった。これがワタクシ達の限界だった! だから……!! ……もし残ると言うならパートナーとの分離を。子供達だけでも離脱させます。貴女だってこの子達を死なせたくないでしょう!?』 「わかってる!! ……わかってるんだよ頭では! それでもウチらは……! ……あの子から、イグドラシルを託されたんだぞ……!」  アポロモンの熱が空気を焼いた。煙の中から溶けた槍が投擲され、ライラモンを狙う。──彼女が顔を上げた時には既に、メルクリモンが槍を掴み取っていた。 『この……! さっきから手鞠たちばっか狙って……!』 「ライラモンを殺してから連れて行くつもりなんだ。イグドラシルも、手鞠も!」 『そんなこと絶対させない!! ──メルクリモンあっち! 煙が動いた!』  瞬時に方向転換する。そんな彼を、ライラモンの中で手鞠は見上げていた。 『……花那ちゃん……』  不思議だ。自分達を庇うメルクリモンの背中が、とてもとても遠くに感じる。  ────届かない程、遠くに感じる。 『第二階層とのゲート、繋いだよ! 脱出させるなら急いで!』 『……メガシードラモン。損傷の激しい貴方達から先に行きなさい。早く! 既に修復の工程でセイジにも────』  どうしようもない苛立ちがライラモンを襲う。  ワイズモンの急かす声がうるさい。つい、声を荒立てようとして── 『────ごほっ』  その時。  使い魔の通信から聞こえた、小さな声。──誠司のものだ。 『ぅ……おえ、──』 『……セイジ、……どうしました』 『わ、ワイズモン。……なんか、さっきから……ごほっ、変で……』  胸が痛む。胃の中が逆流しそうだった。左手がやたらと痺れて冷たい。  ──誠司本人も、自身に何が起きているのか理解できずにいた。メガシードラモンが熱風を吸ってしまったのだろうか?  だとしたら大変だ。電脳化した手でメガシードラモンを撫でる。「大丈夫?」と声を掛ける。 「────せい、じ」 『えっと……ゲホッ、……行かなきゃダメなんだっけ? オレたち、ここまでなんだ……』  見上げれば、仲間達が。あれだけ敵わなかったデジモンを相手に果敢に挑んでいる。  拳と槍が、矢と盾がぶつかり合う。その度に空気がビリビリと震えて、こちらまで伝わってくるような気がするのだ。  ──本当に凄い。決して引けなど取っていない。仲間達の戦う姿を見ているだけで、こんなにも胸に希望が湧いてくるなんて。 『……カッコイイなあ。あれ、そーちゃんと村崎だろ? オレもメガシードラモンのこと……あんな風にしてあげたかったんだけど、ごめんなあ』  そうしてまた、メガシードラモンを撫でる。  触れられない筈なのに、さっきからどうして撫でられるのかは、分からなかった。 『…………ねえ、ワイズモン……。……タイマーは?』  柚子は声を震わせた。誠司の異変に対し、ひどく嫌な予感がして。 『タイマー……まだ、……鳴って、ないよね?』  恐る恐る目線を、首を動かす。  パートナーとの同化可能時間。作戦完了までのタイムリミット。  タイムキーパーが存在しない中、安全を管理する為の装置────仲間達の出発と同時にカウントを開始させたタイマーに、目をやった。 『────』  カウントは止まっていた。  残り十八秒、その数字を点滅させたまま。 『──何で』  停止ボタンなんて無い。始まったら止まらない、それなのに。  即座に解析する。誤作動を起こしたわけではないようだった。  ただ、タイマーのシステムそのものが焼き切られていたのだ。 『……────まさか。……さっきの……逆探知された時に……』  ワイズモンは焼け焦げた自身の腕を見つめる。  まさか、 『あの時に、もう』  ────ああ。  ああ、ああ、ああ、自分達は、  何という失態を。 『あの子達は!!』  電脳化した子供達の状態を確認する。つい先刻までは全員、正常だった。  手鞠にはまだ異常が無い。イグドラシルの影響も受けていないのだろう。  誠司は酷く揺らいでいた。パートナーの修復で負荷が掛かりすぎたのだ。  そして、デジモンと一体化したまま究極体へと至った────蒼太と花那は。 『──ッ皆! 聞いて皆!! もう……時間が過ぎてる! 作戦の時間、もう終わってるの!!』  柚子が通信機に向かって叫ぶ。同じ声で、黒猫が悲痛に声を上げた。 「はぁ!? ちょっとおい嘘だろ!?」 『本当にごめんなさい! 私たちのせいで……!』 「その時間って長すぎたらヤバくなるんじゃないの!? それじゃあ──……」  ふと、脳裏を過る。  第二階層で出会った少女の姿を。人間であった筈の彼女が遂げた結末を。 「……──ワイズモン!! この子ら全員……ウチらから切り離せ!」 『!! 待ってライラモン、わたし……!』 「要は此処が逃げられりゃ良いんだろう!? イグドラシルならウチらで手鞠のデジヴァイスを持って行けばいい! ……蒼太と花那だって……抜けてもきっとアイツら大丈夫だ。究極体から戻ったりしないさ!」 『わ、わたしだって大丈夫だよ! まだ一緒にいられる! ここまできたのに!』 「アンタまで『あの子』みたくなられたらウチが困るんだよ!」  手鞠はびくりと身体を震わせた。ライラモンはメガシードラモンに駆け寄り、ワイズモン達に乞うように声を張り上げた。 「分かってるだろ!? これ以上デジモンの中にいたら全員壊れる!!  ウチは手鞠の……この子達の世界を、まだ一緒に見てないんだ!」  だから此処で、こんな所で、この子達を。 「────時間がどうのと、喚いている様子だが」  上空ではクレニアムモンが、アポロモンとメルクリモンに問う。  そして語った。燃え盛る炎の中で、交え合う拳の中で。  人間の電脳化。電脳世界に在る事自体が、肉の生命たる人間の存在を揺らがせる。  その代償が何なのか──お前達が知らない筈は無いのだから。 「記憶の欠落も時間の問題だろう。“契約”は既に終わり、やがて貴様らは思い出す。──かつて貴様らが守ろうとした幼子は、同じ理由で世界に溶けた!  あの日私が連れ去らずとも……! 現実世界になど、二度と帰れはしなかったさ!!」 「──せいじ……せいじ、きみも。オレからはなれなきゃ」 『ならメガシードラモンも一緒に行こう! だってオレが……げほっ、離れたらもう、怪我しても治せなくなっちゃうんだよ!? さっきの怪我だってまだ治ってないのに、抜けられるわけないじゃんか! 一緒じゃなきゃ嫌だ!!』  嗚呼、だからこそ問う。この愚かしくも偉大な二柱に。  その意志で、行為で、今度はどのような結末を選ぶつもりなのかを。 「私は無論、どちらでも構わぬとも。神は此処に、回路は此処に。どこまでも私は追おう」 「「────」」  嗚呼、そして今度こそ。世界が生まれ変わる時、自分達の全てが消えるとしても。  もう二度と障害になど成らないように────今度は、ちゃんと殺しておこう。 『ゲートはまだ維持できる……先に手鞠ちゃんたちを逃がして、矢車くんと村崎さんはひとりずつ! できるよね!?』 「やってもらうしかないさ! じゃなきゃ分離中に全滅だ!」 「ワイズモンはやく! みんな、守って……!」 『電脳体分離システム起動! ……マグナモンの名の下、選ばれし子供たちの肉体復元を! 戦闘領域からの離脱────』 『────俺たちは残る!!』  蒼太が、叫んだ。 『ここで止まらない! 絶対に!!』  そして、花那も。  ワイズモン達の、「そんな事をすれば二人が」なんて制止の声は聞こえない。  決めたから。  進むと、遂げると誓った。何があってもその意志は揺らがない。 『だから……メルクリモン! 私たちで皆を守るよ!』 『アポロモン! クレニアムモンは俺たちが止める!』  そして────蒼太と花那の言葉に応えるように、アポロモンとメルクリモンは咆哮を上げる。 「────それが答えか。貴様達の」  振動が鎧に響く。上空に燃える光に、足元からなだれ込む影に、騎士は目を閉じる。──槍を、構えた。 『……ッ、……対象設定、メガシードラモン、ライラモン……!』 『待ってよ山吹さん! ワイズモン! 待って!! ──メガシードラモン!』 『ねえ! ライラ──……』  直後。  ぷつん、と音を立てるようにして、手鞠と誠司の意識が途切れた。  ライラモンとメガシードラモンの身体にノイズがかかる。  靄のように輪郭を失う彼等の傍らで、分離した光が繭の様な形を成していく。──電脳体から実体への変換。 「ソルブラスター!!」 「スピリチャルエンチャント!!」  人間としての肉体に戻る事は、つまるところデジモンという鎧を失う事だ。 『──出力行程、六十、七十……──』  回路が剥き出しになる。その瞬間を、クレニアムモンは必ず狙う。  ──仲間の所には行かせない。転移の際に生ずる空間の揺らぎを、二人は決して見逃さない。 『……──八十、九十──』  アポロモンは太陽の矢を、全方向から騎士に向け構える。彼が何処へ転移しようと、その炎で捉える為に。 『────出力完了!!』  光の繭が割れる。中から誠司と手鞠の肉体が、水晶の上に転がり落ちる。  それが合図かのように騎士も動きを見せ、アポロモンの矢が一斉に放たれた。 『二人のバイタルは!?』 『……だ……大丈夫! ちゃんと生きてる! 分離できてるよ!!』 「手鞠! 誠司!!」  ライラモンが二人を抱き寄せる。騎士から、そして騎士を包む炎の熱風から守るように。 「……、……ライラモン……」  一体化の時とは違う、肌に感じる温もり。  手鞠はパートナーを見上げた。薄緑色の光が彼女を照らしていて、自分達の背後にゲートが開かれている事を理解した。……隣では誠司が、酷く青い顔をして咳き込んでいる。 「……メガシードラモン……お願いだよ、お前も一緒に……!」 「……オレは……まだ、すこしだけ……ここで戦うよ」 「ダメだよ! だってこのままじゃ……治せないのに、そんな体で戦ったら……!」  咳嗽と震えの混ざった声。メガシードラモンは僅かに目を伏せた。  ライラモンはそれに構わず、誠司と手鞠をゲートに押し込もうとする。 「急ぎな二人とも!」 「てまり! せいじをお願い……!」 「……! ……っ」  ────二人の言う通りだ。それは、分かってる。  ここで躊躇っていても意味が無い事だって。自分達が無理に残れば、むしろ仲間達の枷になってしまう事だって。  そうすれば、いずれどうなるかなんて事も。──だから 「……──、……ねえ、後で、お迎え……。……わたしたち、待ってるから……っ」  言いたい事はたくさんあったのだ。怒りたかったし、悲しかった。悔しかった。  けれど全て飲み込んで、手鞠は握り締めたデジヴァイスを──イグドラシルを宿した聖遺物を、パートナーに渡す。 「……行こう! 海棠くん!」 「宮古さん……! ……ダメだ、ユキアグモン……!!」  そして誠司の腕を掴んで、背中を押して、強引に連れて行った。  振り向く。視界の端に仲間達を見た。転移を繰り返しながらこちらを狙う騎士と、それを阻む友の姿。 「……花那ちゃん、矢車くん……、皆……」  騎士の手は届かない。二人の足は既にゲートに踏み込んだ。熱い風も轟音も、瞳に映るパートナーの姿も全て、光の中に溶けていく。 「……絶対、一緒に帰ろうね」  ────そうして、少年と少女は戦線を離脱する。  その意志を、友に託して。 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers*  第35話 content media
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組実(くみ)
2020年12月31日
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全話一覧 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  その時、ひとつの命が産まれた。  白く、白く、白く、狂おしい程に白く。  美しく透き通った、音の無い世界で。  たった一人を除いて、誰に気付かれる事も無いまま。  ただ静かに、産まれたのだ。 *The End of Prayers* 第三十四話 「光を繋いで」 ◆ ◆ ◆  天の塔、第二階層。  仲間達と別れ、二人。ライラモンと手鞠は奔走していた。  イグドラシルを、その宿主を見つけ出す為に。 「────本当に、頭がおかしくなりそうだ」  進んでも進んでも、同じ景色が繰り返す。  白く塗り潰された空間は、「探索」という行為をするには都合が良いのだろう。視界は明るく、異物があればすぐに見つけられる。だが── 「ずっといたら発狂しちまうね、こんな場所。……手鞠。怖かったら無理しないで言っていいんだよ」 『ううん、平気。ライラモンが一緒だから。……でも』  不思議と恐怖は無い。それは本当だ。  だが、胸の中のざわつきが止まらないのだ。──自分達が戦線を離れた今、その分も仲間達が戦っている。  仲間の現状は把握できなかった。一方的に通信を送る事は出来るが、返ってこない。それだけワイズモンと柚子にも余裕が無いのだろう。  ナビゲートが無い分、探索に対する不安もあった。熱源が接近すれば使い魔の猫が自動で反応するだろうが、効率は非常に悪い。  早くしなければ。早くイグドラシルとその宿主を見つけて、戻らなければ仲間達が危ない。  何より──マグナモンに言われていたタイムリミットまで、もう殆ど時間がない。今この瞬間に迎えたっておかしくはない位だ。  間に合わなかったらどうしよう。自分達はどうなってしまうのだろう。 『……っ』 「焦るんじゃないよ。……ああ、悪いね。生憎とお互いの感情もリンクするみたいだから」 『……ごめん。色々、間に合わなかったらって思ったら……』 「気持ちは分かるけどさ。なるようにしかならないんだよ」  楽観でも傍観でもなく、ただの事実。先の事を悩んでいる場合ではない。  そんなライラモンの言葉に、手鞠は「そうだね」と答えようとして── 『──! ライラモン、柚子さんの猫が……!』 「聞こえたよ。……まずい、向こうからだ」  水晶の壁の影から、異音と共に姿を見せる防衛機。  それも二体。ライラモンは大きく舌打ちした。 「ロイヤルナイツの玩具野郎が……こっちはソロだってのに!」  完全体に進化したとは言え、自身の力量には然程自身が無いのが正直な所だ。  メタルティラノモンの時のように、完全体相手ならまだしも── 「二対一なんてお断りだよ!」  背中の花弁を大きく揺らし、即座に飛び立つ。逃げ行く花を水晶が追尾する。 「……! くっそ速い! 追いつかれる……!」 『ねえ、向こうのやつ……壊したら使えるかも!』  手鞠が示したのは、自分達の頭上に続くマンションの外廊下。  破壊し、その瓦礫で防衛機を止めれば時間が稼げるかもしれない。 「ナイスだ手鞠!」 『でも先回りしないと! ライラモンが潰れちゃう!』 「そりゃ勘弁! 照準合わせるからタイミング見てくれ!」 『わかった! ……もっと離れて、もっと……! ──よし、今なら……!』 「マーブルショット!!」  防衛機が追るタイミングを見計らい、外廊下にエネルギー弾を放つ。  撃ち込まれる衝撃。コンクリートに似た素材は瓦礫と化し、一気に崩落する。  崩落した瓦礫が道を阻む、その隙に一気に距離を取った。  手近な玄関扉を開けて中に入り、部屋を抜けてバルコニーへ、そしてまた外に飛び出す。  外と言っても塔の内部。別の外廊下に繋がるだけだ。ライラモンは再び適当な扉を選んで飛び込み、それを繰り返した。  何度も、何度も、巨大なマンションの迷宮をがむしゃらに巡って──── 「はーっ……に、逃げ切れた……!?」  ようやく、背後からの気配を感じなくなる。  ライラモンと手鞠は胸をなで下ろした。それから閉めた扉にもたれかかると、座り込み、呼吸を整える。 「二体同時はマジで無理……タイマンでも怪しいってのに……」 『逃げられて良かったね……。……あれ?』  視界に飛び込んできた景色に、手鞠はきょとんとして声を上げた。 「どうした?」 『ここ……部屋じゃなくなってる』 「……って、どういう事?」 『だって今まではちゃんと、玄関の中は部屋だったのに』  先程まで、玄関を開ければ廊下があった。奥に進めば広いリビングがあった。そして殺風景な部屋の先は、バルコニーへと繋がっていたのだ。  相変わらず真っ白だが、マンションとしての形状はリアルワールドのそれと同じもの。 ────だったのに。  目の前に広がるのは。これまでの『集合住宅の一室』ではない。  もっと広く、どこまでも続くような廊下だけが在ったのだ。 「うわあ、ウチら何処いんの今」  塔の内装が変わったのか、それとも空間自体が別の場所に変わったのか。  分からないが、とにかく進んで行くしかなかった。幸い防衛機の気配も無い。 『柚子さんたちのガイドが無いと厳しいね……地図も無いし……』 「そもそもこの塔ってロイヤルナイツのものなんだろう? 何でこんな形してんのさ」  第一階層も第二階層も、リアルワールドのものばかりで構成されている。それも、誰が見ても異常な状態で。 『……多分、だけど……確かデジタルワールドの神様って、ベルゼブモンさんのパートナーさんに入ってるんだよね? だからだと思うの』  きっと、その人の中にあるたくさんのものが形になっちゃってるんだよ。  手鞠の推測に、ライラモンは「そういうものかい」と眉をひそめる。やはりよく分からなかったようだ。 『……! ライラモン見て、あそこ……何かあるよ』  言われるがまま首を捻ると、ライラモンの視界があるものを捉えた。  白い道の上に何かが散らばっている。キラキラと光を反射させながら。  近付いて手に取った。美しく透き通る、何かの結晶のようだ。 『石……硝子? ううん、宝石みたい……綺麗だね』 「欲しいなら持って帰るかい?」 『だ、だめだよ。勝手には……』 「まあ、帰ったらマグナモンの奴にでも頼んでみな。……と、向こうにも続いてるね」 『……』  散らばり方に法則性は見られない。  けれどこれは──まるで誰かの足跡を辿るようだ。そう、直感的に手鞠は思った。 『…………ライラモン。追ってみよう』 「罠だったらどうするんだい」 『綺麗な石は、お家までの目印なの。道に迷わないようにって』 「何それ?」 『わたしたちの世界の絵本にね、そういう有名な話があるんだよ』 「……そりゃあ随分ロマンチックだね。オーケー。乗ろうじゃないか」  ライラモンは結晶の道標を辿っていく。  すると程無くして、ライラモンの影の中から黒猫が顔を出した。「にゃあ」と、普段より警戒の薄い声で鳴いた。  黒猫が示す先には──今までと少しだけ外観の異なる、マンションの玄関ドアがひとつ。 『ライラモン……』 「……ああ」  中には一本の廊下が続いていて、美しい欠片が散らばっていた。  その先にはまた、扉がひとつ。  黒猫が再び「にゃあ」と鳴いた。 「……!」  ライラモンは駆け出す。  見た目よりもずっと長い廊下を進んで、扉に手をかける。  別の扉が続いていた。ライラモンは立ち止まらなかった。  開いて、進んで、何度も進んで、扉を開けて、欠片を辿って──。  そして 「にゃあ」  最後に二人を迎えたのは、病室を思わせる白いスライドドア。  ライラモンは、勢いよく開け放った。 ◆ ◆ ◆ ────そこには。  荒廃したエレベーターホールが在った。  昇降機はひとつだけ。電気が落ちていて、中は暗い。  その中に、『彼女』はいた。  白い肌に、艶やかな黒い髪。セーラー服を纏った、儚げで美しい容姿の少女。  俯いて、目を閉じて、じっと座り込んでいた。その腕に何かを抱きながら。 『……──か……カノン、さん……?』  名を呼ぶと、少女は顔を上げる。  長い睫毛が揺れ、琥珀色の瞳がライラモンの姿を捉えた。 「────誰?」  薄桃色の唇から、鈴のような声が零れた。 『……! えっと、すみません。わたし……』 「ライラモンだ。アンタを迎えに来た」  花の妖精は不愛想に答える。カノンはライラモンを見上げると、納得したように「そう」と言った。 「あなたが、“正義の味方”?」 『……え?』 「何の事か知らないけど、生憎そんな大層なもんじゃないよ」 「ひとりなのに、声が二つ聞こえるのね」 「諸事情さ。手鞠はウチのパートナーだけど、今はウチの中に入ってる」 「…………そう、やっぱり……他にもいたの。デジモンと一緒にいる、人間の子」  その声はどこか寂しそうで、けれど嬉しそうだった。 「アンタも入れたら六人か。『選ばれし子供たち』だってさ、アンタやこの子らみたいな奴をそう呼ぶんだと」 『それで、他にも……ブギーモンにさらわれた子が、いっぱいいて……。その子たち、塔のどこかに閉じ込められてるんですけど……』 「マグナモンから聞いてるわ。別の部屋で眠ってるって」 『……』  少女の受け答えは淡々としていて、手鞠は思わず戸惑ってしまう。 「いいじゃないか手鞠。話が早い方が都合も良いってもんだ。  そういうワケで、早速だけど来てもらうよ。アンタの中のイグドラシルも一緒にね」  およそ正義の味方とは程遠い口調で、ライラモンはカノンを指差した。 「えーっと……とりあえずアイツらと合流すりゃいいんだろう?」 『そ、そうだね。階は飛ばせないってワイズモンも言ってたし、まず三階には行かないと』 「──上まで連れて行ってくれるの?」  カノンの言葉に、ライラモンは「当たり前じゃないか」と目を丸くさせる。 「ウチらはその為に来たんだから」  「……よかった。私もう、動けないから」 「足でも挫いたかい? まあ、そもそも人間の体じゃ厳しいだろうさ」 『大丈夫ですよ。ライラモンは空を飛べるから、カノンさんもイグドラシルもちゃんと連れて行けます!』 「そういう事だ。──ほら」  ライラモンは少女に手を伸ばした。 「平気だって、スピード出すけど落としゃしないから」 ────だが、 「どうしたんだい。早く……」 「──私の中で育った、イグドラシルは」  カノンは動かなかった。 「どんどん、おかしくなってるの。私の中にいたせいで」 『……え?』  座り込んで、腕の中に抱えた何かを抱きしめたまま──動かなかった。 「このままだともう、止められなくなるわ。そのうち塔だって維持できなくなる」 『…………カノンさん。それ……』 「だから……止めたかったから。私ね、あなた達が来る前に」 『何……持ってるんですか……?』 「────私は、『この子』を」  イグドラシルをそう呼んだ少女は。  腕の中に抱える「それ」を、見せた。 『……──!!』  手鞠は小さな悲鳴を上げる。  彼女が目にしたのは、決しておぞましいものではない。それどころかあまりに美しいものだった────けれど、 『……嘘、やだ……』 「手鞠、アレが何だって──」 『ここで、何が……あったんですか!? だってそれ……!』  カノンが抱いていたのは、イリデッセンスが鮮やかに輝く水晶の球体。  デジタルノイズを纏うそれが、生命を宿すものであると──そしてその中に眠る存在こそが、世界の神たるイグドラシルなのだと──解ってしまった。 『あなたから……生まれ……、──ッ!』  小学生とはいえ、生命の誕生については既に授業で習っている。この少女の身に何が起きたのか──生理的な恐怖が手鞠を襲った。  しかしカノンは、 「悲しんでくれるのね」  当事者であるにも関わらず、落ち着いた声で手鞠を宥めるのだ。 「ありがとう。でも、いいのよ」 『よくない……!!』 「きっと私、あなたが思ってくれたほど酷い事、されてないから。だからいいのよ」 『……よくないです。そんなの絶対……あっちゃ、いけない事だって……わたしにだって分かるのに……!』 「ただ、この子が宿っただけだわ。私の中に宿って、育って、羽化しただけ」 ──そう、イグドラシル既に完成を遂げた。少女の中で、子供達の回路を通じて──マグナモンが長い時をかけて作り上げた修復プログラムは、ようやく役目を果たしたのだ。  そして羽化した「神」を──カノンは、己が肉体から引き剥がした。  産声など上がらない誕生。自身に溶け込む電脳体の強制剥離。どうやったかは覚えていない。がむしゃらに、直感と本能に従って────たったひとり、人知れぬまま。  だって、そうしなければならなかった。  生まれてこなければならないから、このまま体内にいてはいけないから。  それなのに、 「……駄目だった。私の身体から出れば……この子はもう変わらないって、思ったのに」  気付いた時には既に、体内で変質が進行していた。完了するまでは時間の問題だった。  だから生み落としたのに、どういうわけかそれが止まらないのだ。 「私が側にいたらいけなかったの。近くにいるだけで、この子はどんどん変わってしまう」  デジモンとパートナーとの距離が近い程、その影響が強くなるのと同様に──電脳体の神とその母体も、近くにいるだけで干渉し合ってしまう。  つまりイグドラシルの変質を停滞させる為には、少女が自害するか、物理的に二人の距離を離す必要があった。それこそ階層間の次元を超えれば、距離という条件が満たされる可能性は高いのだ。 「ねえ、この子を連れて行ってあげて。私は置いて行っていいから」  遠く彼方、天の座へ。イグドラシルが在るべき場所へ。  辿り着くべきは少女ではない。彼女が生んだ、光だけ。  「……ちょっと。なあ、嘘でしょ? アンタまで何言ってんの?!」  けれど──少女を置いて行く事を、ライラモン達が受け入れる訳がなかった。 「アンタまでアイツと同じ事言ってんじゃないよ!!」 『カノンさんも行くんですよ! だって……だってパートナーさんが……ベルゼブモンさんが、カノンさんのこと……!』 「────」  二人の言葉に、カノンは大きな瞳を更に見開く。  その言葉が、名前が。嬉しくて、悲しくて、声を詰まらせて────飲み込んで、前を向いた。 「……お願い。この子が居なきゃいけない場所は、私の側じゃないのよ」  わかるでしょう? そう、諭すけれど。  抑えきれなかった涙が溢れていく。零れて落ちて、宝石の欠片と成っていく。  それは、ライラモン達が辿った道標。  目の前の少女の身体が、既に真っ当な人間のものでは無くなっている事を理解するには十分な光景。  そして何より──それを少女自身もまた分かっているのだと、ライラモンは気付いたのだ。 「……。…………わかった。アンタは置いてく」 『ライラモン……!』 「恨んでくれ。ウチらが強くなかったせいで、アンタを今、助けてやれないことを」  もっと力があれば、究極体ほどの力を持っていたなら。  ロイヤルナイツなんてすぐに倒して、この子だって救えたかもしれないのに。  唇を噛み締める。そんなライラモンに、カノンは「ありがとう」と言った。 「────イグドラシル」  そして、腕に抱いていた水晶の球体を差し出して── 「ごめんね。おかあさん、あなたを抱いていてあげるって、言ったのに」  波のように揺らめく光彩が、ライラモンを包み込んだ。 「──!! ッ……な……!?」 『……! デジヴァイスが……!』  気付けば少女の腕に水晶は無く、宿っていたイグドラシルは手鞠が所持するデジヴァイスへと格納される。  勿論、一時的なものである。既に完成を遂げたイグドラシルにとって、手鞠は座へ向かう為の媒介でしかない。  ライラモンは自分の中でそれが行われた事に嫌悪感を示す。同時に、そんなものを宿し続けていた少女をひどく憐れみながら── 「死ぬんじゃないよ。終わったら、あの惚気バカ連れて来てやるから」  そう言って、踵を返した。  手鞠が止めようとする。しかし彼女に肉体の支配権は無い。 『……──カノンさん!』  手鞠は声を上げた。遠くなっていく少女へ届くように。 『わたし……こんなこと言っていい程、色んなこと分かってるわけじゃないけど……! だけどカノンさんはずっと、イグドラシルを……世界を守ってくれたんだって、思うから! だから……!』 「────」 『絶対、イグドラシルを連れて行きます!!』 ──ライラモンが一度だけ振り向いて、手鞠の視界に、もう小さくなってしまった少女が映る。  カノンは微笑んでいた。微笑んで、手を振って。  手鞠とライラモンを──そしてイグドラシルを、見送ってくれていた。 ◆ ◆ ◆ 『……、……これで……良かったのかな……』  乳白色だけが支配する視界に、ぽつりと呟く。 「さあね。……でも、あの子の姿がアンタ達の成れの果てだって言うなら……、……クレニアムモンは、許しちゃおけない」 『…………』 「それにウチらは託されたんだ。託されたなら、もう……前に進むしかないんだよ」 『……うん……』  ああ、どうかさっきの言葉が、無事に彼女へ届いていますように。  手鞠は願い、ライラモンと共に前を向いた。 ◆ ◆ ◆  桃色の花が白に溶けて見えなくなると、カノンは、何も無い腕の中にぼんやりと目線を落とした。  腕の中も、身体の中も、随分と軽くなってしまった。  それが、少しだけ寂しい。そう感じた事を、我ながら不思議に思う。 ──正直。これで、自らの役目は全うしたと思っている。  逆を言えば、これ以上自分にできる事もないだろう。  あとはただ、此の場所で祈るだけ。どんな形であれ、全てが終わるのを待つだけなのだ。  光を託した少女達が、無事に辿り着けますように。  励まし合った彼女が、会いたい人に会えますように。  そしていつか、晴れた空の下。  彼が、生きていく事ができますように。  願わくば、その隣で──── 「──……」  熱い吐息を深く漏らす。……ひどく、寒気がする。身体中が痛くてたまらない。  今に始まった事ではないのだ。自力で立って歩くなど、とうに困難となっていた。  その何もかもが、イグドラシルという高位の電脳体を宿し、そして無理に引き剥がした代償。ここまでずっと、ずっと、我慢してきたが、 「……そうだ」  カノンは震える手をなんとか動かし、スカートのポケットから音楽プレイヤーを取り出す。  ミネルヴァモンが渡してくれた母の形見。電源を押してみると、液晶に光が灯った。本当に充電してくれていたらしい。  そして────イヤホンをそっと、耳にはめた。 「────」  聞こえてくる、懐かしくて愛おしい旋律。  少女の白い世界を、彩っていく気がした。 「……、……お母さん……」  目を閉じる。  瞼の裏に浮かぶ、幼き日の情景。  イチョウ並木の下に母がいる。──今駆け寄ったら、自分を褒めてくれるだろうか。よく頑張ったと言ってくれるだろうか。  夢でも構わないから、このまま── 「…………」   あたたかな雫が零れて、光の粒となる。  目を開けた。現実の白い光が射し込んだ。  涙の雨はとめどなく散っていくけれど。  心は、満たされているような気がして、 「……ああ、でも」  これでいいと、これで良かったのだと、言い聞かせて、 「…………疲れた……」  床へと倒れる。  遠のいて行く意識。美しい旋律の中。  どこかで、鐘のような轟音が聞こえた気がした。 ◆ ◆ ◆
*The End of Prayers* 第34話 content media
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組実(くみ)
2020年12月10日
In デジモン創作サロン
これから読むよ! 序盤までなら読んだよ! という方にも 大きなネタバレにならない平和なお絵かきシリーズです。 (SNS等ではまだ未公開のものたち) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ コロナモンとガルルモン 主人公たち 選ばれし子供たち (本作はベースが無印リスペクトなのでデジヴァイスと紋章の概念があります) (紋章とパートナーは事前情報になっても大丈夫なんだぜ) 各登場人物のお目め設定。キャラごとに描き方をなるべく変えています。 瞳の色は大体イメージカラー。(手鞠とカノン以外) 第三話より抜粋 花那ちゃんは最近まで犬を飼ってました。 亡くなってしまったけど捨てられずにいたドッグフード。 蒼太、花那、手鞠、誠司は同じ小学校に通う小学五年生。(柚子は六年生) 蒼太と誠司が同じクラス。花那と手鞠が同じクラス。 組が離れているからそこまでの接点はありません。(蒼太と花那は幼馴染なので接点あり) 最初の方にちょっとモブの名前が出ます。 誠司くんとユキアグモン。 抱っこするとひんやりしている。 誠司は元々爬虫類が大好き。正直ユキアグモンが可愛くてたまらない。 手鞠ちゃんとチューモン 胸ポケットに入る事も多々あり、おかげで生地がめちゃくちゃ伸びた。 柚子とウィッチモン ウィッチモンの大きな手に包まれると安心する。 みちるちゃんは小学生レディ時代、図書館で出会った探偵モノの小説にドはまりしました。 影響を受けまくった結果はるかに「ワトソンくん」というあだ名を付けて現在に至ります。 勢い且つ一方的。でも後悔はしていない。 カノンと白い部屋 イラストはこちらで以上でございます。ご覧いただきありがとうございました! 初めての方これであなたもようこそ平和で楽しいエンプレワールドへ!!!!! お話の一覧は(こちら)から是非 お読みいただいていた方には心温まるシーンや「あっそういえばそうだったっけ」な、 おさらい設定もあったでしょうか? また機会があればこうやってイラストも載せていきたいですね。 本編の連載は残り話数が僅かとなってまいりましたが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします! 作者:組実(くみ)
The End of Prayers 関連イラストまとめ content media
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組実(くみ)
2020年11月01日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  相棒としばしのお別れをして、待ちに待った“寄り道”に向かう。 「あの子達は第一階層かな? 良いペースだねえ」  なるべく鉢合わせないように、こちらもなるべく正規ルートを外れて移動する。  瓦礫まみれの塔の中。ほとんど壊しきったからか、もう防衛機の皆様からの歓迎は無いようだ。  だから警報も聞こえてこないし、何かが壊れるような音もしない。なんとなく、外から雨の音が聞こえてくるだけ。  その静けさがあまりに寂しいので──つい、気晴らしに歌でも口ずさみたくなってしまう。  さて、何を歌おうか。  長いことリアルワールドにいたくせに、ポップカルチャーな曲はあまり知らないし。  ────そうだ、そういえば。 「……いーつのー、ことーだかー」  養護施設や学校やらで、やたらと歌わされた曲があったっけ。 「おもいだしてごーらん」  あんなこと、こんなこと、あったでしょう。 「うれしかったこーとー、……」  うっわあ、全然気晴らしにならない。完全に選曲間違えた。デスメタルとかにすればよかった。  ……まあ、でも。久しぶりの一人の時間だ。  歌のように、色々と思い出してみるのも悪くない。  なーんて。  ちょっぴりセンチメンタルになってみる、(元)みちるちゃんなのでした! *The End of Prayers* 第三十三話 「Memoria」 ◆ ◆ ◆  自分の世界が好きかと問われれば、実の所はそうではない。  戦う事は得意だし楽しいけれど──知恵を持つ生命体のくせに、戦って強くならなきゃ生き残れない。そんな世界である事に、どこか矛盾を感じてしまうから。  ただ、自分がいるコミュニティは好きだ。  友達も好きだし、家族も好き。アタシの大切で、小さな世界。  家族と言っても、電脳生命体であるデジモンに血縁の概念は無いのだけど。データの塊が孵る卵だって、母体から産み落とされるわけではない。  そもそもデジタマが生まれる理由なんてものは、ほとんどが『転生』『継承』『眷属の増殖』、そして『無からの発生』だ。  アタシ達の関係はとても曖昧。良く言えば、ひたすらに自由とも言える。  だから自分達のように、盃を交わして誓い合うだけで────ほら、簡単に『家族』になれてしまうのだ。 「────我らオリンポス十二神。我らが神域の繁栄と自由の為、共に在り、共に戦い、共に生きる事を此処に誓おう」  オリンポス十二神。  リアルワールドのとある神話をモチーフとした、特定の究極体デジモン達によるコミュニティ。十二神と名乗りながら、まだ六柱しか発見されていないのだが。  各々が自ら統治するエリアを持っていて、気儘に、けれどそれなりの秩序を保つ。それがこの世界で自分達に与えられた役割だった。  誰がそんな役割を、自分達という種族の“設定”を決めたのかは知らない。──きっと、神様だなんて呼ばれる存在がお決めになったのだろう。  しかし家族だ誓いだと言っても、別にいつも和気藹々と仲良しごっこをしているわけではない。堅固な協力関係にある、とでも思ってもらえれば。 「そういうわけで、ネプトゥーン兄の堅苦しいお話はさて置き! 平和に仲良くしようってことでオーケー?」 ◆ ◆ ◆  青い空と青い海。  緑の草地に賑やかな街並み。ああ、なんて美しいデジタルワールド!  ────さて。  そんなデジタルワールドから、本日の天気をお伝えします。  残念ながら青い空と言うのは嘘っぱち。どんよりとした曇天が続いて、既に早数週間。  別に梅雨入りしたわけではない。  ただ、おバグりあそばされたのだ。このデジタルな世界とやらは。  その盛大なバグとやらに、我々オリンポスの六柱も盛大に頭を悩ませていた。──自分達だけではない。あらゆるコミュニティの長達は全員、この事態の対応に追われていたことだろう。 「──報告です! 報告……!」  世界に突如として現れた「黒い水」の存在。  それは、毒だった。地面から湧き出るのではなく、空から降ってくるそうだ。  デジモン達は溺れて死んで暴れ回って、おかげで世界中は大惨事。世紀末とはこういう事を言うのだろう。 「数刻前、■■■モン様の神殿跡地に黒い水が発現! お力添えを……」 「では、このディアナモンが向かいましょう。我が片割れの兄の地へ」  ああ、悲しいかな。見境なく降る黒い水に、自分達の領地も例外なく汚染されていく。  仲間達の各神殿、各領地は壊滅状態。海底に在るネプトゥーンモンの深海神殿だけが、辛うじて難を逃れている状態だった。  何故、どうして。そんな事は知らない。原因を探る技術も余裕も無い。  毎日、毎日、眷属から毒の報告を受けては向かう日々の繰り返し。 「────報告です! 報告……! 山岳地帯で汚染デジモン達が暴走を!」 「ネプトゥーンモン、君の加護を僕に。僕の脚ならすぐ辿り着ける」 「承知した■■■■モン。急いで向かってくれ。私とマルスモンもすぐに追う」  自分達にできる事は限られていた。ただ、起きてしまった事態への対応だけ。広がってしまった毒を焼くだけ。  既に死んだ誰かや、既に破壊された何かを守る事はできない。だって事前に察知するなんてできないもの。  ……自分達の“世界”を侵されるのは、胸が張り裂けそうになる程に悲しい。  それでも下を向いてはいられない。オリンポスの神々は毒を焼く為に、奮闘していた。  ────このアタシを除いては。 「あー、今日もなんて雨日和」  何とこの毒、ウイルス種とは非常に相性が悪いらしい。ばっちりウイルス種である自分は、容易に地上へ出られなくなってしまった。 「でも海の中は平和です。……はぁ」  暇すぎて独り言。  世界がピンチなのは理解しているが、やれる事が無いのだから仕方ない。ささやかな領地もとっくに壊滅してしまったので、残念ながら守るべきものもとうに無かった。  幸い、悲観はしない主義だ。楽観視しているわけでもないのだが。 「────やあ、ミネルヴァ。退屈そうだね」  聞こえてきたのは、抑揚も緊張感も込められていない淡白な声。  石柱の影からこちらを覗く、栗色のフクロウが一匹。 「……アウルモン。兄さん達なら毒を焼きに行ったよ」 「皆に用事があるわけじゃないんだ。ただ、キミが時間を持て余してるんじゃないかと思って」  アウルモンはオリンポスの眷属ではない。皆からはアタシの従者だと思われているが、いわゆる竹馬の友という間柄だ。 「で、楽しいお話でも持ってきてくれたの?」 「楽しくはないけど、外の状況程度なら報告できるよ」  種族としての性質上か、アウルモンは偵察というものに長けている。毒焼きに忙しい仲間や箱入り娘のアタシに、世の中の情勢を集めて報告してくれるのだ。 「メタルエンパイアは半分が稼働停止。機能の一部を切り離して各地へ分散させたって話だよ。これでデジタルワールドの物流ネットワークも壊滅だ」  当然だが、暗いニュースしかない。知らないよりはまだマシ、そんなレベルの話だ。たまには心踊るような大発見をしてきて欲しい──なんて、他力本願をしたくなる程には。 「それと──三大天使がロイヤルナイツに救援を要請するのも、もう何回目になるか分からない。今回もダメだった。いい加減、自分達で何かを企もうとしてるみたいだよ」 「やっぱりかー。マジで上の連中は何で動かないんですかね?」  デジタルワールドの創生に関わったらしい存在は、どういうわけか傍観を決め込んでいる。そこそこ人数いる筈なんだから、少しくらい下界の惨事に人員を割いてもバチは当たらないだろうに。 「事態は悪くなるばかりだし、毒は焼いてもキリがないし、アタシは家にいろって言われるし。あーあ。兄さんは外に出てるのにさ」 「なら、ボクと一緒に行けばいいじゃないか。少しは役に立てると思うけど」 「いや、アタシも再三お願いしてるのよ? 加護よこせって。アウルモンとウイルス種ペア組んでるから、無駄死にするって思われてるのかしら」 「流石にボクだって、外に出る時は進化してるさ」  そう言って、不満そうに羽を膨らませた。 「せっかく究極体になれるのに、どうしてキミはボクに『アウルモンでいろ』って言うんだい?」 「そりゃあ、まあ」  手招きをして、呼び寄せる。  アウルモンは栗色の羽を散らかしながら、差し出した腕に止まってきた。  昔からの習慣だ。互いが究極体にまで進化する、ずっとずっと前から、アウルモンを自分の体に止まらせてきた。 「こうしてアタシの腕に居る方が合ってるからさ」  アウルモンと書いて安心毛布と読む。  笑顔でそう言ってあげると──アウルモンは照れるどころか、自身の羽毛を庇うように丸まってしまった。 ◆ ◆ ◆ 「三大天使がリアライズゲートを開いたそうだ」  ある日。  平和でない世界の中、決して穏やかではない昼下がり。  兄弟の一人、マルスモンがそんな噂話を小耳に挟んできた。 「もう自分達だけではお手上げだと。いよいよ人間の力を頼るのだとさ」  人間と言えば、アタシ達デジモンの生みの親みたいなものだ。  お上連中のロイヤルナイツが動いてくれないから、今度はそっち方向にシフトしたらしい。 「そうか。さぞかし優秀なエンジニアが来てくれるのだろうな。世界のシステムを全て、書き換えてくれるような」  と、ネプトゥーンモンが冗談混じりに言う。しかしマルスモンは神妙な面持ちで 「それが……連れて来られた者の中には、幼い子供が大勢いると聞いた」  これには驚いた。およそ天使がしていい行動とは思えない。恐ろしいなあ、世の中は怖いなあ、なんて思ってみる。子供達だって、まさか天使に誘拐されるとは思わないだろう。  空気が不穏に包まれていく。すると今度はアウルモンが神殿に駆け込んできた。慌てた様子で、一枚の小綺麗な羊皮紙を足に掴みながら。  フクロウ郵便が持ってきたのは勿論お手紙だ。それもなんと、三大天使の皆様からオリンポスの神々へ。  なんでも大聖堂への召集のお知らせらしい。今後の泥への対策について検討したい、と書かれていたが──それが建前だろうと誰もが想像できた。 「────私は向かうが、他に来る者は」  ネプトゥーンモンは兄弟達に呼び掛ける。 「身どもは行くぞ。まさかこの話が真実などと思いたくないが……」 「僕は残るよ。皆が行くなら尚更、各領地を見回って毒を祓わないと。……ヴァルキリモン、よければ手伝ってくれるかい?」 「もちろん、ボクで役立てるなら喜んで」 「俺は先回りして、道中に毒があれば焼いておく。……ディアナモン、ミネルヴァモン、君達は」 「アタシはどうせお留守番ですよー。足の遅いウイルス種ですからねー!」 「兄様、ディアナはミネルヴァと神殿に残ります」  こうして、男性型陣は各地へ出立。女性型陣は神殿にて華麗に彼らの帰還を待つ事になった。──ディアナモンは、無理して残らなくても良かったのに。 「……ディアナモンは気にならないの? 天使の奴らの事」 「気にはなるけど、大丈夫ですよ。兄様達が行くんですもの。私の領地の毒も、今は停滞しているようだし……」 「ま、アタシは寂しくなくて嬉しいけどね!」  毎日お留守番の妹を気遣ってなのだろう。お優しいことだ。  久しぶりに水入らずのティータイムを楽しんでいると──ふと、ディアナモンがこんな事を口にした。 「──実は、相談したい事があって」 「ん?」 「今度ね、マルスモンと領地の奪還を試みようと思っているの」  声には、僅かに不安の色が見えた。 「……奪還って、毒から?」 「私の神殿は空の上。取り戻せれば、地上を追われたデジモン達を避難させられるでしょう? この神殿はあまりに海深くに在るから、逃げ込めるデジモンも限られてしまう」 「領地はともかく、神殿はとっくに毒のプールなんでしょ? 勝算あるの?」 「付近の地上から全員を避難させてから、一気に毒を焼き払います。ある程度の形は残る筈です」 「わあ、それって領地まるごと焼け野原にするってこと!? そういうの大好き!」  と、冗談は置いておいて。 「でもそれ、■■■モンは止めると思うよ。『危ないからダメだ』って」 「だから、兄様には秘密です。貴女にアリバイ工作をお願いしたくて」  ああ、相談ってそういう事。  ディアナモンと二人、いたずらを考えている時のような顔で笑い合う。 「きっと成功したら、兄さんも褒めてくれるね」 「ええ、きっと……」  ────その話を聞いて。  外に出ないアタシは、アウルモンからの話でしか外の事を知らなかったアタシは。  共に戦おうと言わなかった。他の仲間達に相談する事をしなかった。  究極体が二人もいれば大丈夫だと────本当にそう、思っていたから。 ◆ ◆ ◆  夕刻。  海底神殿に、主が戻ってきた知らせが鳴る。  可愛い妹達は飛び上がってお出迎え。神殿の入り口まで駆けて行った。  ──だが、 「兄さん?」  どうしたの、毒でももらった?  そう茶化す事さえできない程、帰還した兄達の空気は張り詰めていたのだ。  話があるんだ────険しい顔で兄は言う。  それから一歩だけ、横にずれて──背後に佇むネプトゥーンモンの姿を見せた。 「……え?」  アタシ達は目を疑った。ネプトゥーンモンの隣に、小さな人間の女の子が立っている。  薄い色の、ウェーブがかった髪を揺らして──神殿を見回していた。ネプトゥーンモンの指を握りながら。 「三大天使が連れてきた『選ばれし子供たち』だ」  神殿でどんなやり取りがあったのかは知らない、──が、とにかくネプトゥーンモンの声は酷く重たかった。 「天使達は本当に、子供達を連れて来ていた。……人間の中の回路を使って、我々デジモンを強化するのが目的らしい。各地の究極体に宛がって、世界を救う為の手段にするんだと……」 「……アタシらの触媒にする為に、誘拐したって事?」  噂には聞いていた、電脳生命体の創造種族である人間が我々にもたらす恩恵。……天使達はそれを信じて、ここまでして世界を救おうとしているのか。  想定外の事態と現実。立ち会った兄達でさえ、未だ受け止められていない様子だった。  すると、 「ねーねー、ネプちん。ここ、おうち?」  可愛らしい声が、とんでもない愛称で兄を呼んだ。 「あ、ああ……。そうだよ。ここなら安全だ」 「広いねー!」  小さな身体が、くるくると踊るように回る。初めて見る建築物が珍しいのだろう。  その姿を呆然と見つめるアタシ達に気付いたのか────少女はパタパタ駆け寄って来て、興味深そうに顔を覗いてきた。  目が、合った。 「こんにちは!」  元気な声で、アタシ達の手を取った。 「わあー女の子! あなたたちも『でじもん』? すごーい!」  「ちょ、ちょっと……」 「お名前は? 私は未春! ミハルっていうの!」  未春と名乗った人間は、自分が置かれた状況を悲観する様子もなく、笑っていた。 「……。……アタシはミネルヴァモンだよ。よろしくね、可哀想なミハル」 ◆ ◆ ◆
*The End of Prayers* 第33話 content media
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組実(くみ)
2020年8月14日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  そして、世界には今日も雨が降る。 *The End of Prayers* 第三十二話 「雨に唄えば」 ◆  ◆  ◆  それは、夏の夕立のような大きな雨粒。  空を覆う暗雲から、一斉に降り注いでいく。  大地に丸く花を描いて、広がって、埋め尽くして。  目の前の水晶の壁には、そんな地上の姿が映し出されていた。  雨音はノイズのようにザアザアと鳴いていた。  まるで、雨の幕でぼやける風景を窓越しに眺めるような……そんな感覚が、ほんの一瞬の錯覚が、不思議と彼らの心を過ったのだ。  だが────めくるめく、映っては消える映像の中。  とある場所の姿が映し出されると、花那が悲鳴にも似た叫び声を上げた。  彼女はそこに、廃工場都市のシェルター地区を見た。聖要塞都市の広場を見た。名前も知らない、けれど見覚えのあるデジタルワールドのどこかを見たのだ。  映るのはほんの一瞬で、雨が降っている事しか判らない。そこにいるであろうデジモン達の安否は不明なまま、映像は次の場面へと移り変わる。  思わず駆け寄ろうとするも、電脳化した子供達には何も出来ない。そんな事をしたところで意味も無い。画面越しに見ていた柚子達も、息を呑み声を詰まらせていた。  どうして。  世界中に、雨が降っているのだろう。 「あれは、何だ」  言葉を失くすフレアモン達に、ベルゼブモンが目線を向ける。 「俺には、わからない」 「…………お前の中にある、毒と……同じものが、降ってるんだよ」  フレアモンの声は震えていた。ベルゼブモンは数度、咳込むと──自身の掌に零れた黒い血と、水晶に映る雨を見比べた。 「なら────あれは、俺がやったのか?」 「違う。……お前だって毒の被害者だ。何も悪くない」 「……。…………毒の俺が……喰い続けて、これから喰っていく事も……お前はそう思うのか」 「……毒があっても無くても……生きる為に命を食べる事は、そもそも俺達の在り方だ。ベルゼブモン、そこに善悪は無いんだよ。──でもこれは違う。この雨は……こんなもの、ただの虐殺だ……!」  クレニアムモンを野放しにすれば起こるであろう事態。  こうなる確証があったわけではなかった。取り返しのつかない事になるだろうという漠然とした予感だけ。──それが、こんな最悪の結果となろうとは。  かつてロイヤルナイツが築いた結界。天上の毒の泉を堰き止めていた、ダムの役割をしていた筈のもの。それが、破壊された。  結界の礎であった仲間の亡骸に────クレニアムモンは一体、何をしたのだろう。 「……そうか。だからさっきの防衛機は、あいつの仲間の形を……」  ワーガルルモンは項垂れ、顔を覆いながら膝を着く。  果たして、この雨はいつから降り始めていたのだろうか。  塔に侵入してからしばらく、クレニアムモンは姿を現さなかった。──きっと、この為の「用事」を済ませていたからだ。雨は自分達が第一階層にいる間、もしくはそのすぐ後から──今まで、ずっと降り続けているのだろう。  きっと、恐ろしい程の被害が出ているに違いない。  自分達を見送ったデジモン達の顔が浮かぶ。出会ってきた同胞達の顔が、浮かぶ。 「僕達は──……また、間に合わなかった……」  自分達は、また。────救えない。 『……、……ッ……皆様……まだ、作戦は続いています。こうしている間にも時間は過ぎていく』  ワイズモンが声を絞り出した。 『早く、移動を。此処で嘆いていたって、何も解決しないのだから』 「…………そう言えるのは……ワイズモンのこきょうが、ここじゃないから……!」 『でしょうね。ウィッチェルニーも時間の問題だとは思いますが』  こんな事、言いたくはない。毒で故郷を失った仲間に、今まさに失おうとしている仲間に、言いたいわけがない。──けれど、 『こうしてる間にも……戦ってくれている仲間が、いるのですよ。ライラモンだって探索を続けてくれている。貴方はそれを無駄にすると言うの?』 「……だめだよ、もう、まにあわない。こんなに毒がふったら、天使様の結界だってふせげない。天使様がふせげないのに、デジタルワールドがだいじょうぶなわけない……!」 「────なら、お前はここにいればいい」  ベルゼブモンが掌で氷壁を叩く。びくりと顔を上げたメガシードラモンの目の前に、黒い手形が擦れて跡を残した。 「結局、アイツを殺せばいいんだろう」  そう、短絡的に結論付ける。そもそもベルゼブモンがフレアモン達を待っていたのは、現状と進路が分からなかったからだ。デジタルワールドがどれだけ毒に飲まれようと、彼が立ち止まる理由にはならない。  ある意味──この状況を悲しまない者が一人でもいたのは、一行にとって幸運だったのかもしれない。 「…………たおしたって、もどらないよ……」 「殺さないなら、食われるだけだ。俺は俺の世界を取り戻す。……奴は何処だ」 『……彼が現在、塔の上空にいるのか、最上層にいるのか……いずれにしても、各層間との接続可能エリアまでは向かわねばなりません』 「そこまで、案内しろ」 『もちろんです。使い魔が示す方へ────』  時間は無く、此処に留まる訳にはいかない。  答えを得たベルゼブモンは、ひとり先に進もうとする。それを見た蒼太達が慌てて声を上げた。 『お、俺たちも行こう! クレニアムモンを止めなきゃ!』 『結界だって、まだ全部は壊れてないかもしれないよ! 早くしないと本当に皆、死んじゃうよ……!』  悲痛な声で訴える。────ワイズモンの言う通りだ。時間は刻々を過ぎていく。いずれは、この子達だって危険に晒される。  ワーガルルモンは顔を上げた。泣き腫らしたメガシードラモンと、目が合った。 「…………メガシードラモン、誠司。……僕達は上に行くよ。でも二人は、無理しなくていいんだ。故郷が……やられるのは、本当に、……苦しいから」 「──が、るるもん……」 「ここにいていい。ワイズモン達の亜空間に行ったっていい。大丈夫、僕達は迎え来るよ。…………だから、どうか無事でいてくれ」  氷壁から、メガシードラモンから、離れていく。 「……あ……」  仲間達は水晶の迷宮へを身を隠す。メガシードラモンは、その後ろ姿を眺める事しか出来なかった。 ◆  ◆  ◆  電子の海を渡る。  水晶の迷宮を駆ける。  既に下界の映像は見えなくなった。だが、雨音のノイズは止まない。 『────反応を確認。数は二つ、防衛機です!』  ワイズモンの通信も、耳を澄まさなければ掻き消えてしまう程。  うるさくて、煩わしくて────耳を塞いでしまいたいと、何度思っただろう。 『十秒後に一機目とエンカウント! 距離は──……』  だが、思うだけだ。  耳を塞ぐことはしない。目を閉ざすこともしない。  時間が無いのだ。前に進まなければ。悲しみに暮れる事も、失意に項垂れる事も、自分達には許されはしない。 「……前にも後ろにもいない!? どこに……」 『フレアモン、壁だ! 突っ込んでくる!!』 「! ────紅蓮獣王波!」  防衛機が壁を突き破ると同時に、フレアモンの拳から炎の獅子が放たれた。  炎が巻き上がり、水晶が砕け散る、毒の焦げる臭いが通路に立ち込めていく。 『あいつ……さっき下で倒したはずなのに!』 「別個体だ! 同じ見た目でも……毒で勝手に、ロイヤルナイツに姿を変えられてるだけ! クレニアムモン、何を考えて……」 「フレアモン! 応戦がいるか!?」 「いや、こっちは俺が押さえる! ワーガルルモン達は次の奴を頼む!」 『────二機目、来ます! 二時方向!』 「フォックスファイアー!」 「クイックショット!!」  確かな手応え。しかし一撃では到底、破壊には至らない。  だが、構わない。一機ごとに破壊する時間は無い。  第二階層での戦闘から、ワイズモンが防衛機の構造を解析。毒で変異しているものの、熱源探知センサーと視覚ユニットを破壊すればしばらく足止め出来る────筈だ。 「紅・獅子之舞!!」  毒の剣で身を裂かれながら、フレアモンは機体の一点に拳を叩き付けていく。  それを繰り返し────騎士が一時的にフレアモンを視認できなくなった。そして時を同じくして、ワーガルルモン達も二機目の「目くらまし」に成功する。 『皆、こっちに続いて!』  黒猫が先導し、三人は壁の崩落部から飛び出した。防衛機の機能が再起動するまで、少なくとも数分は時間を稼げるだろう。 「俺に掴まれベルゼブモン! 奴らを振り切る!」 『走って、走ってワーガルルモン! あんなのいっぱい相手にしてたら時間なくなっちゃう!』 『……そうだ、時間……! なあ、あとどれくらいなんだ!?』 『残りあと五十七分! もう一時間きってるよ!』  そう告げた柚子の声に、一行は動揺が隠せなかった。体感時間と現実はあまりに乖離していて、焦燥感が彼らの鼓動を一気に早めた。  第二階層へ到着した時は二時間半近くも残っていたのに────だが、こうなった原因は明確だ。地上の様子に足を止めていた時間もそうだが、何より戦闘に時間をかけすぎた。  そうは言っても、決して短縮できるようなものではない。防衛機からの離脱だって、彼らにとっては精一杯の状況で行われている。 「……マグナモンの仲間が他の防衛機を壊してなかったら……僕らはどれだけの数を相手にすることになったんだ……!?」  考えるだけでもおぞましい。そして────たった数体としか交戦していないにも関わらず、これだけ時間を消耗した自分達が情けなくてたまらない。 『ねえ、その仲間のデジモンって今どこにいるの? 近くにいるなら一緒に戦ってもらおうよ!』 『そうだよ! きっと防衛機だってすぐ倒せる……俺たちもすぐクレニアムモンの所に行ける!』 『……、……どこにいるかは、私たちにもわからないんだよ。でも──』  二人は来ないだろう。姿を見せることは、ないだろう。  フレアモンとワーガルルモンが、「コロナモンとガルルモン」で在る限りは。 「……くそ……俺達にもっと、そのデジモン達ぐらい力があれば……!」  フレアモン達にとってはまだ見ぬデジモン。名も知らぬ彼ら。  一体どんなデジモンなのだろう。マグナモンの仲間なら、クレニアムモンの仲間でもあるのだろうか。それでも協力し、塔の防御機構を破壊してきてくれた。  一体どんな事情があって、彼らは。  “──まあ、アレらの願いはそもそも、そこにいる『二人の再生』だ。” 「────ッ」  ああ。また、頭痛だ。  雨の音がうるさい。  何かを思い出そうとする、頭の中に、ひどくノイズがかかって。 「……どうした。さっきより遅い」 「! ご、ごめん、スピード落としてる場合じゃないのに……!」  早く、もっと早く。  駆けて、翔けて、この階層を突破しなければ。  クレニアムモンに会わなければ。クレニアムモンを止めなければ。 「おい、まだ着かないのか」 『まだです……! そこから無理に接続しても不安定な空間に出るだけ!』 『ね、ねえ。クレニアムモンがやってたみたいに、私たちも壁ごと壊しちゃえば……!?』 『通路ならともかく、階層壁の破壊は不可能でしょう。残念ながら皆様では火力が足らなすぎる! 試してみても──』  ワイズモンの声を銃声が掻き消す。弾丸は水晶の通路を貫通し、その先へ────だが、空間の果てと思われる壁に跳弾し、落下した。  なるほど、確かに。ベルゼブモンは舌打ちをした。クレニアムモンの鎧にさえ傷をつけた弾丸だが、空間を破壊する程の威力は持っていないようだ。  やはり自力で、移送機の設置エリアまで向かうしかない。  もし空間ごと破壊されることがあれば、それは────全てを終えたクレニアムモンが戻って来たということ。 『────ワイズモン、また防衛機の反応!』 『距離と方角は?』 『五百……来た方向から追って来てる! さっきの奴のひとつ!』 『ならば迎撃は時間の無駄です! そのまま前進!』  瞬時に逃避を選択する。防衛機は残していても構わない。みちるとワトソン────ミネルヴァモン達と邂逅しない範囲まで突き放せば、いずれ彼らが撃破してくれるだろう。  だから、もっと距離を。  遠くまで、もっと高く、もっと上へ────! 『……ッ』  唇を、噛み締める。  事前にマグナモンから提供された塔の構造と、変貌した現在の内部構造。その大まかな位置関係が一致しているなら、この先の上部空間には管制室と動力部が存在している筈だ。 『……管制室を利用すれば、子供達全員の位置関係が把握……、……いいえ、まともに稼働している保証がない。でも天の座を崩落させたくないなら、いずれも最低限の機能は残してるだろうから……』  思考が口からこぼれていく。いっそ破壊してしまえば防衛機も止まるだろうか? ──などと一瞬だけ考えてはみたが、恐らく塔自体が稼働不能となり墜落する。  よって動力部共々、損傷も破壊もさせてはならない。汚染された防衛機が誤射をする可能性も否定できない以上、付近での戦闘そのものを避ける事が望ましい。。  ならば。──管制室と動力部に接触しないルートを再検索。  数秒後、検索を完了。使い魔で仲間達を誘導する。……終ぞ、ここまで子供達が収容されている空間を見つける事はできなかった。  ────すると。 『……あれ、熱源が……』  管制室が存在するであろう位置に、柚子は防衛機ではない二つの反応を感知する。 『わ、ワイズモ……』 『────こちらへ。急いで!』  それを、勘付かれてしまわないように。ワイズモンは仲間達を導いた。 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers* 第32話 content media
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組実(くみ)
2020年7月31日
In デジモン創作サロン
 2010年の8月1日、オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTにて連載を開始いたしました「The End of Prayers」が、この度連載10周年を迎えました。  NEXT掲示板が閉鎖されてしまってからも、こうして創作サロンで連載を継続し、皆様にお読みいただけている事を嬉しく思います。本当にありがとうございます!!  自己満足的なものではありますが、感謝を込めて記念イラストを。これだけ見れば「まあ、なんてふんわりハッピーな物語なんでしょう!」と思うこと間違いなし。蒼太と花那の側に咲かせたお花たちは、彼らの名前の由来でもある矢車草とムラサキハナナです。  あっという間の10年でしたが、連載当時はまさか10年経っても完結していないなどとは思ってもみませんでした。笑   気付けば「エンプレ」という愛称を作っていただけたり、ネットラジオで音声CMなんてものも作らせていただいて……思い出がいっぱいです。まだ連載終わってないのに感無量状態です。このあたりは語り出すとキリがなさそうなので、それはまた別の機会に。  また、連載と同時に開設したエンプレ用のホームページ(http://melancolique37.kyarame.com/)も10周年となります。古き良き懐かしき手打ちHTMLのお手製ホームページです。歴史を感じますね。ストーリーやイラストなどはまとめてこちらからご覧いただけます!(今更のアピール)  ちなみにここで最新話を投稿出来たら最高だったんですけど間に合いませんでした!!!!!  そんな本編ですが、いよいよ残り数話。デジモン達と子供達の冒険はもう少しだけ続きます。どうか見守っていただければ幸いです。ハッピーエンドを目指して誠心誠意キーボードを叩き続けます!  これまでお世話になった方も、これから手に取っていただける方も(ウェルカム!!)  皆様どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。  組実(くみ)  
*The End of Prayers*10周年イラスト&コメント
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組実(くみ)
2020年6月28日
In デジモン創作サロン
全話一覧 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「イグドラシルを連れて何処へ?」  夜明け前。  白い牢獄を彷徨う少女に、黒紫の騎士は背後から声を掛ける。 「部屋に戻りなさい。怪我でもしたら大変だ。道が変わって帰れないという事なら、私が送ろう」  気遣いと威圧が混ざり合う声。  カノンはゆっくりと振り返り、虚ろな表情を騎士に向けた。 「あなた、知らないのね」 「──と、言うと?」 「少しは動かないと、“この子”に良くないわ」  そう言って、痩せた下腹部に手を当てて見せた。──クレニアムモンは思わず目を見張る。 「ほら、“この子”も散歩がしたいって」 「…………君は……自身の状態と言動を、認識できているのかね?」  ええ、もちろん。カノンは躊躇わずに答えた。 「夢を少しだけ叶えてるの。私、おかあさんだから」 「……────」  クレニアムモンは顔をしかめた。軟禁している間に狂ってしまったのだろうか?  確かに、自分が彼女に為した非人道的行為を顧みれば──発狂してしまっても不思議ではないのだが。 「とは言え、変な気を起こして身投げでもされたら困るのだよ」 「その時は助けてくれるでしょう。あなたは私を死なせないわ」  クレニアムモンは顎の下に指を添え、「ふむ」と一考する。どうやら死ぬつもりはないらしい。  ──天の座に配置した義体の回路は、既に塔そのものへ接続している。  イグドラシルが完成した時点で、母体を介したまま同調が開始されるのだ。少女が何処にいようと、それは変わらない。  それに──何かを企んでいるのか、それとも本当に発狂したのかは、さて置き。 「それで君の気が済むのなら、まあ、いいだろう」  何れにせよ、この階層から抜け出す事は出来ないのだから。 「ええ。ありがとう」  カノンはそのまま、細い身体を引き摺るようにして歩いて行く。  彼女の跡形を残すかのように、白い空間は形を変えて歪んでいく。  ────程無くして。  天の塔全体に、侵入者を知らせる警報が鳴り響いた。 *The End of Prayers* 第三十一話 「英雄譚」 ◆ ◆ ◆  ────遠足の前の日は、何回分も目覚まし時計をセットする。  遅刻なんて絶対にできない。  いつもだってしたらいけないのだけど、特別な日はもっとダメだ。  今日は遠足じゃないけれど、特別な日。きっと何にも代えられない一日になる。  ……ああ、そういえば。昨日は寝る前に、ちゃんと目覚ましをかけたんだっけ──── 「────……太。蒼太」 「……ん……」 「時間だ。起きないと。花那はもう起きてるよ」 「……。……! あ、目覚まし……! ……あれ?」 「おはよう、蒼太」 「お……おはよう、コロナモン……」  蒼太は寝ぼけ眼で周囲を見回す。  空には昇り切った太陽の幻影。目覚まし時計の代わりに、どこかから鐘の音が聞こえてくる。生憎と効果は薄かったようだが。  花那は洗面室にいるようだった。──昨晩、自分達がいつ頃寝たのか思い出せない。 「ガルルモンごめんな、お腹で寝ちゃって……」 「気にしないで。むしろ寝心地は良いくらいだったよ」  ガルルモンの腹部の毛並みには、蒼太の寝跡がしっかりと残っていた。花那がいたであろう場所は既にブラッシングされていて、蒼太も慌てて手櫛で整える。 「ちょっと蒼太。早く顔、洗いなよー。時間ないよ!」  洗面所から花那の急かす声が聞こえてくる。どうやら朝食はもう用意されているらしい。  子供達が慌てて身支度をしていると、今度は部屋をノックする音が聞こえてきた。レオモンが迎えに来たのか──コロナモンが扉を開ける。  すると、 「────ホーリーエンジェモン!?」 「ああ、諸君。昨夜はよく眠れただろうか」 「はい、いや、というか、まさか貴方が来るなんて……。それにその手足は……」 「天の騎士殿が復元なさったのだ。……私の行動については気にするな。リハビリとでも思ってもらって構わない」  それは良かった、と。コロナモンは若干後退りながらも笑顔で応えた。──まさか大天使ホーリーエンジェモン自ら、しかも寄宿棟に出向くだなんて誰が思うだろう。早朝とはいえ、よく街が騒ぎにならなかったと感心さえする。 「あれ、花那。ホーリーエンジェモンさん来てるよ」 「ほんとだ! おはよーございます」 「おはよう、選ばれし子供たち。元気そうで何よりだ。朝食を済ませた後にまた会おう」  ホーリーエンジェモンは、蒼太と花那の起床を確認するとすぐに部屋を後にする。誠司と手鞠の部屋に向かったのか、それとも既に顔を見せた後なのか────コロナモンは困惑したまま彼を見送った。  四人が急ぎ足で食堂に向かうと、そこには既にベルゼブモンが着席していた。  準備が早いと言うより、此処で夜を明かしたようだ。案の定、ガルルモンに「部屋で眠れば良かったのに」と言われる。  それから少しして、手鞠とテイルモンが。最後に誠司とユキアグモンが到着した。 「海棠くん、髪の毛ボサボサ……」 「いや、ついぐっすり寝ちゃってさ」 「天使様が起ごしでくれだの」 「起きて目の前にアイツがいるとか、もしウチだったら絶叫してたね」  決戦の朝とは思えないような和やかさで、子供達は並べられた食事──今朝のメニューは手軽に食べられそうなサンドイッチとおにぎりである──に、手を伸ばした。  すると、 『────ザザッ。……──よし、繋がった。────おはよう皆!!』  食堂のスピーカーから柚子の声が響く。 『早速で悪いけど、十五分以内に食べてね。三十分後には出発するよ!』  突然のアナウンスに、戸惑いを隠せない子供達。誠司が「えー」と不服そうに声を上げた。 「よく噛んで食べたい! それに山吹さんの分、まだ用意されてない!」 『いいんだよ、私はもう食べたから』  そう答えた柚子のデスクには、飲み干されたゼリー飲料が広げられていた。 『……』  傍に浮かぶ空中ディスプレイには、二つのバイタルサインがモニターされている。  夜明け前に旅立った、彼らを映す映像は無い。あったのだが、彼らが戦闘を開始してすぐに使い魔を潰され、音声も視覚情報も得られなくなってしまった。  けれど、二人は生きている。生きて今も戦ってくれている。  ────急がなければ。 「なんだい柚子の奴、随分と張り切ってるじゃないの。……ほら、アンタもさっさと食べな。肝心のアンタが遅れちゃパートナーに顔向けできないよ」 「……」  テイルモンに急かされると、ベルゼブモンは目の前の食事を鷲掴み、口の中へと押し込んだ。  無理矢理に咀嚼して飲み込む。それを見た子供達はギョッとして、思わず手を止めた。男の味覚はどうなっているのだろう。 「食った。俺は行ける」 「……そ、そうかい。そりゃ結構……」  テイルモンは苦笑いを浮かべた。男がそのままひとりで出発しようとしたので、コロナモンが慌てて止めに走って行った。  朝食を済ませた一行は、そのまま棟を下りていく。  もう、部屋に戻って行う準備も無い。忘れ物だって無い。そもそも私物を持ち込んでいない。子供達は僅かな寂しさを胸に、世話になった宿舎棟に別れを告げる。 『──そうだ、テイルモン。行く前にチューモンに退化しておいてって、マグナモンが』 『パートナーとシテ回路を繋いだ時の状態の方が、都合が良いみたいデスよ』 「ああそう? まあ別にいい……、……いや嘘。全然良くないわ。コイツの側でチューモンに戻るのめちゃくちゃ怖いんだけど!?」  別に今更ベルゼブモンを厭うつもりはないのだが、うっかり体液でも付着しようものなら汚染は必至だ。テイルモンは渋々ホーリーリングを外すと、そそくさと手鞠の服の中へと逃げて行った。  幸い、当のベルゼブモンは気にしていない──と言うより彼女の言動が理解出来ていない──ようで、何も言わず僅かに首を傾げる。そんなやり取りを微笑ましく眺めながら、ガルルモンが「そういえば」と宙を見上げた。 「柚子。マグナモンが僕らに言った、内部セキュリティの件はどうなってる?」 『……。……“マグナモンの仲間”はもう潜入してる。でも、そっちはそっちで動くみたいだから、皆は心配しなくていいよ。  それと……。……今は私たちも、いつもの部屋じゃなくて、専用の空間にいるから』  専用の空間なんて、そんなものは作っていない。けれども“そういう訳”で、皆には自分とウィッチモンの声しか届かないのだと────部屋にはもう自分達二人しか残っていない現実を、事実を織り込んだ嘘で固める。  仲間達はそれを疑わなかった。  それでいいと、柚子は思った。 ◆ ◆ ◆  玄関ホールまで降りると、そこには一行を待つホーリーエンジェモンの姿があった。 「予定通りだな」  振り返ると、大きな四対の翼が揺れる。明かり窓から射し込む朝陽が、金の髪に反射していた。  そもそも何故、彼は大聖堂を離れ宿舎棟にまで来ていたのだろう。子供達は問うが── 「……外で騎士殿が待っている」  彼は厳かに、その一言だけ。  そして、ホールの両面扉をゆっくりと押し開けた。  扉の隙間から光が漏れる。  子供達の瞳に石畳の広場が、黄金の騎士が映る────その、瞬きの間 「────選ばれし子供たちに祝福あれ!!」  聞こえてきた、エンジェモンが歓呼する声。それに続く高らかな喝采。  そこにはレオモンがいた。ペガスモンがいた。都市のデジモン達が、戦いに赴く彼らを迎え出た。 「そして──誇り高き同胞に、心からの武運を願う!」  民衆が彼らに──毒に侵されたベルゼブモンにさえ送る、言葉の数々。  今までと同じようで、どこか違う。少なくとも、自身らの救済だけをひたすら願うといったものではなかった。  それは彼らの無事を願う言葉であり、彼らのこれまでに敬意を示す言葉だった。  彼らの心を鼓舞するに値する、初めて向けられた感情だった。  思えば、あまりに今更な事ではあるのだが────それでも子供達は驚きと戸惑い、そして気恥ずかしさを胸に喝采を浴びる。ユキアグモンは嬉しそうに、両手を振って応えていた。 「でも皆、いづの間に集まっでくれだの?」 「ユキアグモン、天使様が夜の間にお告げを下さったんだよ!」  ────そう、ホーリーエンジェモンは民衆に伝えていたのだ。我等の命運は明日に決まると。  生き残るか、眠りにつくか、別の何かに生まれ変わるか。──選択権はない。自分達はその命の責任を、最後まで彼らに背負わせるのだから。  そしてエンジェモンは民衆に説いた。「勝てば生き、負ければ死ぬ。何て事はない。デジタルモンスターとして在るべき、弱肉強食の形に戻っただけの事だ」  ……それ故だろうか。心を決めた一部の民は集い、選ばれし者達を見送る事を望んだ。  例えどのような結末を迎えたとしても、彼らは一行の戦いを讃えるだろう。 「……これまでの諸君の尽力に、聖要塞都市の長として深く感謝する」  ホーリーエンジェモンは一行の前へ。地面に膝を着き──驚愕と制止の声も気に留めず、頭を下げた。 「我等は諸君の帰還を心より願っている。……だが、その場所は決してこの都市でなくても構わない。  選ばれし子供たち。我らの同胞よ。どうか健闘と、生還を。その命を決して散らすな」  伝えるべき事は、伝えられるうちに。  それを、感じ取ったのだろう。子供達の表情が引き締まった。ホーリーエンジェモンは、口元に優しく笑みを浮かべた。  そして、大天使は立ち上がり、一歩引く。  黄金の騎士に後を託して、彼らを見送る民衆の一部と成った。 「────各々方、先日の答えを」  まずは、子供達へ。  生身のまま都市に残るか、データ化し自らの足で駆けるか、痛みと恐怖を覚悟し戦うか。  子供達の答えは決まっていた。その返答は、マグナモンも想定しているものだった。  問題はこちらだ。マグナモンはパートナーデジモン達の方を向く。 「……いずれにせよ、双方の意志が一致していなければなりませんので」 「わかってるよ。ウチは手鞠の答え通りだ」 「おでも!」 『ワタクシ達はこのまま作戦に望みマス。単純に人手が必要デスので。……こんな魔女風情が、神の領域に踏み込む代償は避けられないでショウが──』 『大丈夫。ウィッチモンにダメージがいっても、私がカバーするから』  互いに掛かる負荷は覚悟の上だ。彼らの答えに、マグナモンは「分かりました」と頷いた。 「コロナモン、ガルルモン。貴方達は」  選択を迫る。それから『なんて惨いのだろう』と、マグナモンはひどく自分勝手にそう思った。  だって、自分は知っているのだ。かつて二人が守れなかった世界を。守れなかった誰かを。  記憶を失っているとは言え、そんな彼らを────よりにもよって子供達と共に、天の塔に向かわせようとしているのだから。  コロナモンとガルルモンは、蒼太と花那の瞳を見つめる。 「……コロナモン」 「ガルルモン、私たち……」  蒼太と花那は、不安げに自らの紋章を握り締めていた。 「……。……蒼太、花那。君達があの時、俺とガルルモンを見つけてくれたから──……」  コロナモンの声は震えていた。二人の掌の中で、紋章のペンダントが小さな金属音を立てた。 「────っ……」 「……だから今、僕達は此処にいる。君達と、皆でここまで来られた」  村を失くしたあの日。  ダルクモンを亡くしたあの日。  思い返せば、今だって胸は苦しくて──これ以上、大切な人が傷付くのは嫌だった。  張り裂けそうになる程の悲しみを、繰り返す事が怖かった。 「ねえ、二人とも」  それでも、前を向かなければ。  この子達と────未来を生きていく為に。 「……どうか、僕らの隣で、最後まで。この世界を見届けてくれ」 「俺達と来て欲しい。力を貸して欲しい。俺達は……君達と、一緒に戦いたい……!」 「「────」」  その、言葉を────二人はどれだけ、待ち望んでいただろう。  何も知らなかったリアルワールドでの日々から。  ダークエリアで、フェレスモンの城で、自分達の力の無さを思い知った日から。  人間に出来る事を必死に考え、足掻いてみせた旅の日々だって。  手を取って、肩を並べて、共に闘う日。  いつだって、夢に見ていた──── 「……っ……そんなの、決まってる……!」 「私たちはずっと、これからだって……二人と一緒にいるんだから……!」  ────子供達のデジヴァイスが、光を放つ。  放たれた光は空へ昇り、オーロラとなって広がる。リアルワールドで見たものと同じ、美しくて懐かしい光の帯。  それを画面越しに確認した、柚子はウィッチモンと目線を合わせた。彼女達のデジヴァイスが、知識と運命の紋章が輝き────“ワイズモン”は仲間達へ最後の問い掛けをする。 『では、皆様。世界を救う準備はよろしいですね?』  勇気と優しさの紋章が輝く。蒼太はコロナモンと手を握り合う。  友情と愛情の紋章が輝く。花那はガルルモンの鼻先を撫でた。  誠実と希望の紋章が輝く。誠司はユキアグモンと拳を合わせた。  純真と光の紋章が輝く。手鞠は掌のチューモンと微笑み合う。  そしてベルゼブモンは腕のスカーフを握り締めて──空のオーロラを真っ直ぐに見据えた。 「──行こう、コロナモン!」 「ガルルモン、一緒に走るよ!」 「ユキアグモン! オレたちなら上までひとっ飛びだ!」 「チューモン、頑張ろうね……!」 『……やり遂げよう。私たち皆で!』 『────量子変換システムを起動。選ばれし子供たちの電脳化<デジタライズ>を開始します』  子供達の体に光が灯る。目を閉じて、恐怖なく受け入れる。  眠りにつく時のように、意識が遠のく感覚だけを抱きながら──肉体は、ヒトの形をした発光体へと変化していく。 『変換完了。パートナーデジモンとの同期を開始──』 「──ロイヤルナイツの権限より、世界樹への接続を承認。座標、第一階層、第六区画へ」 『……よし。接続オッケーだよマグナモン。展開まであと十秒!』  デジヴァイスが一層に輝く。紋章が鮮やかに煌めく。 『────同期完了です。ユズコ!』  子供達だったデータの粒子は、パートナーデジモン達に取り込まれて──── 『デジタルゲート・オープン!』 「コロナモン進化! ファイラモン……──「「フレアモン!!」」 「ガルルモン進化! ──「「ワーガルルモン!!」」 「ユキアグモン進化! シードラモン! ……「「メガシードラモン!!」」 「チューモン進化! テイルモン! ────「「ライラモン!!」」  響き渡る八つの声。  空のオーロラが降り注ぎ、五つの影が光に埋もれる。  そして──柚子とワイズモンの号令が発せられたのを最後に、彼らの存在は都市から完全に遮断された。 『『────作戦開始!!』』 ◆ ◆ ◆
*The End of Prayers* 第31話 content media
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組実(くみ)
2020年5月04日
In デジモン創作サロン
全話一覧    前の話>> ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  遠い思い出。  それは、雲一つない青空が広がる日。  太陽が眩しくて暑い、夏の日だった。 「ここの施設ともサヨナラだねぇ」  大人の事情で施設を追われ、新しい場所を探すことになったボクら。  役所と施設の大人達が話し合う中、他人事のように外へ遊びに行く。 「あーあ。ここ、そんなに嫌いじゃなかったんだけどなー」 「たらい回しも疲れるね。いっそ出ていって、自分達で稼いだ方がいいんじゃないの」 「働きたくないでござる。それにまだ義務教育のお年頃ですので」  どこかの田舎にあった施設。隔離されているわけではないのに、周りには広大な自然を除いて何もない。  もうすぐ旅立つのだから、せっかくなので付近を探検しようと彼女に言われた。こんな田舎にも何かあるのかもしれないと。  ……正直に言えば、早く切り上げて涼しい場所に行きたかったのだが。 「またそうやってムスっとしてー。何か大発見するかもしれないじゃん!」  背の高い雑草が茂る草原。車の通らないトンネル。  砂利道。林の中。獣道。ここは一体どこなんだろう。  みちるは何も言わず、ただ楽しそうに前を歩く。ボクはその背中を眺めて歩く。  いつもみちるが前を歩いて、ボクはゆっくりと後を追う。昔から、ずっとそうだった。 「──あ、見て! ホントに大発見かも!」  突然みちるが足を止め、声を上げる。 「ひまわり畑だ!」  背の低い彼女の向こうに広がる、黄色い花の大地。夏の青空の下で輝いていた。  みちるがボクの手を引く。そのまま、踊るように走り出す。 「ねえ、もっと楽しそうにしたらいいのに」  弾ける笑顔は陽に照らされて眩しくて、思わず目が眩みそうになる程。 「せっかく生きてるんだから、アタシ達は」  空は碧くて綺麗だった。  太陽はあまりにも輝いていた。  草のにおいが、風に乗って頬を撫でた。  ────そんな、ある夏の日。数少ない、楽しかった思い出の一つ。   ボクらは二人、命溢れる花畑で踊る。 *The End of Prayers* 第三十話 「約束」 後編 ― 静かな夜に ― ◆  ◆  ◆  薄緑色のゲートを抜ければ、そこには見慣れた部屋が広がっている。  古びたアパートの一室。小さいながらも立派な基地。 「ようこそマグナモン。ワタクシ達の亜空間へ」  亜空間の主は黄金の騎士を招き入れる。  部屋の空間を更に狭める豪華な鎧が、白熱電球の明かりを反射し壁を照らしていた。 「……立派ですね。外部と隔絶する個の空間として確立されながら、リアルワールドとデジタルワールドを中継している。……本当に、貴女達がいてくれて良かった。おかげで作戦の成功率も上がりましょう」 「お褒めに与り光栄デスわ。生憎、ゆっくりとお茶をする余裕はありまセンけれど」  時間的にも、空間的にも。  和やかな時間は終わり、あとは、最後の戦いに向けて備えるのみ。  早速取り掛かろうとするマグナモンとウィッチモンを、柚子はどこか落ち着かない様子で見つめていた。声をかけようとして、躊躇って──それに気付いたマグナモンに「どうしましたか?」と問われ、更に焦った様子を見せる。 「何か、気になる事が?」 「…………」  ──せっかく二人が、真実を話してくれる気になったのに。このままでは話せないまま有耶無耶になってしまう。  けれど、マグナモンの調整を後回しにする事もできない。今から行う準備は、大事な仲間達の命に関わるものだ。自分の「知りたい」というだけの我儘で、貴重な時間を割くなんて事は── 「────ああ、そうだ。その前にちょっといいかな」  マグナモンを呼び止める青年の声。柚子は、顔を上げて振り返った。 「この子達に話しておかなきゃいけない事があって」 「…………わ、ワトソンさ……」 「ほら、約束だったし。今やらないと多分、機会無くなっちゃうから」  約束を、ちゃんと果たそうとしてくれている。  それが、少しだけ嬉しかった。──同時に、彼らに対して抱く疑念が胸に溢れて、ひどく気が重くなる。  でも、大丈夫。何を言われたとしても……多少の事ならきっと、受け入れられる。  柚子は自分に言い聞かせて、覚悟を決めた。前を向く青年の横顔を見上げた。  マグナモンは目を丸くさせていた。  それから「それは、もちろん構いませんが……」と言って、首を傾げて── 「────それより、まだ話していなかったのですか?」  少しだけ、呆れたように。青年と少女に言ったのだ。 「食堂でお会いした時の様子から、まさかとは思いましたが……」 「そのまさかですけどー? ていうか前もって話してたら、キミが出てきた時に『あ、あなたが噂の!』ってなるじゃん。……で、そういうワケなんだけどさ、時間へーき?」 「多少であれば問題ありませんよ。二人の望むようにすれば良い」  マグナモンは、まるで旧来の知人のような口ぶりだ。  どうして彼らだけで会話を進めているのだろう。おかしいな。──そんな疑問が柚子の中で渦巻いて、彼女の鼓動を早めていく。 「そうだなあ。どこから言おうか」  青年は悩む素振りを見せる。いつもと同じ、淡白な表情で、 「まあでも、今の流れで察してくれたかな。ボク達、マグナモンの関係者なんだよね」 「────」  それは────なんて、あっけないネタばらし。 「って言っても別にロイヤルナイツじゃないし。あくまで協力関係ってだけなんだけど」  そして「騙しててごめんね」と、これまたあっさりとした謝罪を付け加えて。  ……呆然と口を開ける柚子に対し、ウィッチモンは表情を歪ませながらも冷静だった。  ブギーモンの件を、その真相の断片を、彼女だけは知っている。疑念はあの時から深く抱いていたのだから、反応の薄さはある意味当然だろう。 「……じゃあ……最初から、全部」 「知ってたよ。毒の事だって、デジタルワールドの事だって」  柚子は、言葉を失う。  ──二人とウィッチモンとの間に、ある時から距離が出来ていたのは気付いていた。  自分の知らない所で何かがあったのだと、そして二人は何かを隠しているのだと。だから、それなりに覚悟は決めたつもりだったのに。  ウィッチモンは気付いていたのだろうか?  振り向いて、彼女の顔色を伺う。──その様子から、彼女も核心にまでは至っていなかったと察した。  ただ、自分の何倍も彼らの事を疑っていたというだけ。そうするに値する『何か』に、彼女はきっと気付いていたから。  でも、ウィッチモンは言わなかった。  当然だ。こんな狭い部屋で疑心暗鬼になれば、どんな結末を迎えるかなんて子供でも想像がつく。  だからウィッチモンは隠していたのだろうし、だからこそ、自分で気付けなければいけなかったのに。 「…………そう……です、か」  信じ切っていたわけではなかったけれど、側にいた誰かにずっと騙されていた────その事実は、まだ成熟しきっていない子供の心に深く突き刺さる。  脆い覚悟はあっという間に崩れ去って、柚子は、そう答えることしか出来なかった。 「ああ、それとね。ウィッチモンが気になってるだろうから、これも伝えておくんだけど」  そんな少女に、青年は 「ボクと、みちるは────」  言葉を続ける。  まるで、柚子を追い詰めていくかのように。  淡々と、淡々と、ただ、事実を。 「────マグナモン達が作った最初の義体。  デジコアを動力源にして生きている、肉の人形だ」 ◆  ◆  ◆ 「え?」  柚子の声は上擦って、静まり返る部屋に反響した。  青年が発した言葉の意味が理解できなかった。  けれど、もう一度聞き返す事もできなかった。  この人は────今、自身らの事を何と言った?  義体?  それって、マグナモンが話していた、あの、 「──稼働に問題が無いか、小生はずっと確認したかったのですが。連絡も無いまま再会する事になるとは……」 「ごめーん許して! ちなみに調子はまずまずでーす。メンテすんのサボってたし」  目の前で、彼らは何を話しているのだろう。  ああ、そうだ。二人は義体で──それで、その、原動力が────何だって? 「まあ、生きている事は把握していましたので。破損している様子も無さそうですし」  あれ?  …………あれ? 「──ユズコ。しっかり」  ウィッチモンに声を掛けられ、我に返る。  狼狽する自分とは反対に、落ち着いた様子のパートナー。彼女は、深い溜め息を吐くばかりだ。 「……ウィッチモン……」 「ワタクシが、もっと早くに気付けテいれば良かッタのデスが」  声には苛立ちの色が見えた。勿論、目の前の彼らに向けたものだ。 「……。……何度も……ワタクシは何度も貴女達を……調べたつもり、だッタのだけれど」 「前に言った通りだよ! アタシは『ちゃんと人間の体だ』って! ──ね、ちゃんとしてたでしょう?」  みちるは得意気に胸を張る。 「まあ、そこから本質まで見抜けるかは、キミ次第だったけど」  ────『アタシを調べたけりゃ好きにすればいい。けれどキミは、それでも必ずアタシを見誤る』────。  あの時の言葉が、ウィッチモンの中で蘇る。  ……本当にその通りだ。自分は、自分の力では、この二人を見抜く事が出来なかった。あれだけの疑念を抱いて、正体を探ろうと手を回していたにも関わらずだ。  しかも、まさか、よりにもよって。 「二人が“こちら側”の存在だッタとは」  自嘲気味に笑う。──どうりで。それならブギーモンの事も殺せた筈だ。 「見事に騙されまシタわ。……いえ、これはワタクシの未熟さ故。どれだけ調べても……二人から電脳生命体の反応など出なかッタ……!」 「そうならぬよう、小生らは作り上げたのです。決して貴女の能力が劣っていた訳ではない」 「……ッ」  ……本当に何度も、使い魔を這わせて調べていたのに。  二人の体は間違いなく人間のもの。脳も、心臓も、骨も、血管も、臓器も。欠けることなく備わっていた。データではない、肉と水で構成された、紛れもない人間の肉体だったのに。 「────形だけは、バッチリ揃ってたんだけどねぇ」  みちるが、腹部を撫でる。 「こいつってば、生命維持に必要な器官はしっかり作れたのにさ、消化器官だけは甘く見積もっちゃったみたいで、ろくに動いちゃくれないのよ。  ──だからアタシ達、普通のご飯は食べられないんだ」  ケラケラと笑う。マグナモンは、バツが悪そうに目を伏せた。 「────」  柚子は、ワトソンと共にレストランに行った日の事を思い出す。  彼はあの時、アイスしか食べなかった。普段だってきちんと食事を摂っていたわけではなかったのに。  思い返せば、冷蔵庫の中には最初からゼリー飲料ばかり。買ってきたチルド食品を食べていたのは自分だけ。要塞都市で豪華な食事を出された時も、二人はスープしか飲んでいない。  ────そうか。  食べなかったんじゃなくて、食べられなかったんだ。 「どーせなら、全部完璧にしてくれれば良かったのにねー」  デジコアという電脳核を搭載したことで、人間に酷似した生き物に成り上がった義体は──長年の不自由を、他人事のように笑い飛ばす。 「…………どうして……」 「んー、それは、どれに対しての『どうして』?」 「そんなの……全部に、決まってるじゃないですか……!」 「そっかあ。まあ、そうだよねえ。そうなるよねえ」  口元に指を当てて、悩むフリ。それも全部、作り物。 「事情が色々と複雑でさあ、全部は話せないんだけど。でもこれだけはホントだよ!  アタシ達はアナタの味方。皆の味方。そして世界の味方だ。アタシ達の『世界』を元に戻す為なら何だってする。そう誓ったから、アタシ達はマグナモン達と手を組んだ」  ────遠い日の事を、思い出す。  毒が全てを溶かしたあの日を。自分の『世界』が、目の前で崩れていった日の事を。 「マグナモンの昔話の通り、ロイヤルナイツは自分達のカミサマが毒なんて作ったもんだから、責任取って自分達で結界を作った。でもさ、そんなものがずっと続くわけないじゃん? だって根本が何も解決してないんだもん。古くなったら壊れるし、水が溜まりすぎたダムは決壊するのがお決まりさ」  だからマグナモンは未来に備えた。自分達はそれに乗っかった。互いの目的と利益が一致していた、それだけの理由だ。 「……それなら……デジタルワールドに、皆を送り込むのだって……協力、したんですよね」 「結果的にはね! だってそうしないとイグドラシル、治んないから」 「……」 「まあ、悪かったなーとは思ってるよ。直接アタシらが子供達を襲ったわけじゃないけどさ。お友達の皆が狙われたのは、間違いなく『座標』のアタシ達がいたせいだもんね」  ────二つの義体。その役割は『座標』。  いつの間にか再び、子供達を求めてリアライズする──その時の目印となるように。  それは、お優しいマグナモンが、自分達による被害を広げず対象地域を限局する為。  そして、お堅いクレニアムモンが、有事の際にリアルワールドから援護をさせる為。  その為に、リアルワールドで生きてきた。大した事なんて何もしていない。  自分達は、そこに「在る」だけで良かったのだ。 「……やっぱり分かりません。だって、おかしいですよ。それなら……私たちに、矢車くんたちに協力する事自体、ルール違反だったはずじゃないですか」  イグドラシルに捧ぐ為の生贄を、取り戻さんとする子供達。それに加担する事は──確かに少女の言う通り、裏切り行為とみなされても不思議ではない。 「そこは結構、簡単な抜け道でね。ボク達はマグナモンと手を組んだけど、別に連絡とかは取ってなくて。いつ誰がリアライズするかは知らなかったんだ。……あ、念の為に言うけど、フェレスモンと面識なんて無いよ。そもそもデジタルワールドで生きてきた時代も違うし」 「そしたら見事に襲われましてね! アタシが!! ちょっと情報共有されてなさすぎじゃない? 流石のアタシもキレそうになりましたけども。  で、戦うってなると、ちょっとねー。大事な義体が傷付いちゃったら困るし、どうしよっかなーって。そしたらコロナモンとガルルモンが来てくれたんだよね! おかげで助かりました!」  だから恩返しです! ──と。  みちるは照れた素振りで、自身らの行為の動機をそう言い切った。 「で、その二人を最初に助けてくれたのは蒼太くんと花那ちゃんなワケさ! あの子達が友達を助けに行きたいって言うなら、そりゃ即答で『協力する~!』って」 「首、突っ込んだだけなんだけどね。別に頼まれたわけじゃないから」  それにたった二人を抜いた所で。もし贄が足りなければ補充すれば良いのだし。──とは、話が拗れそうなので言わなかった。 「そもそも、これはボクら……っていうかマグナモン達の所為だから。全部。巻き込んだ上に関わっちゃった以上、責任は取らないと。  あとは────キミ達についていれば、色々と見届けられると思ったから」  だって、自分達の世界だ。  そこで足掻く生命達の生き様を、世界の行末を、自分達の願いの果てを──リアルワールドでただ待つよりも、この目で、可能な限り見届けたいと思った。  それを聞いて、柚子は唇を噛み締める。 「…………。……何も知らない私たちが、これまで必死になって……毒と戦って、世界の事を知って……それを二人は、どんな気持ちで眺めてたんですか」 「流石にそれを笑う程、性格は歪んでないよ」 「……」 「むしろ、感謝してるんだ。だって……巻き込まれて、戦って、挙句には都合良く『選ばれし子供たち』なんて肩書を着せられて。いつだって帰ろうと思えば帰れたのに、キミ達は最後まで、ボクらのデジタルワールドと向き合う道を選んでくれた。  それが嬉しかった。だから────ごめん。でも、ありがとう」  柚子は泣きそうな顔を上げた。義体の青年は作り物の顔で微笑んでいた。  けれどその表情は──今までのどの瞬間よりも穏やかで、柔らかかった。 ◆  ◆  ◆
*The End of Prayers* 第30話 content media
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