◆ ◆ ◆ ◆ ◆
────全てを終えたその果てで。
彼らはどんな明日を迎え、生きていくのだろう。
最終話
願いの果て
‐The End of Prayers‐
◆ ◆ ◆
────蒼太達の出発から一時間後。
「あ゛ー、体が重いー」
ベッドに倒れこみながら、誠司はそんな脱力した声を吐き出した。
声はコンクリートの壁を跳ね、広い地下室に反響する。数刻前までシェルターの役割を担っていた地下室であるが、今は即席の客間に変わっていた。これまで利用していた三階以上が毒で溶けた為だ。
動く度に軋音を立てる簡易ベッド。疲弊した彼にとっては、羽毛布団と変わらない。
そんな誠司の隣で、ユキアグモンが「ぎぃ」と鳴いた。もう一歩も動けませんと言わんばかりに、硬いマットレスへ顔を埋めていた。
……とにかく、疲れた。
こんなにごっそり体力を持っていかれる事など、そうそう無いだろう。できれば人生でこれっきりにしたいものだ。
「……あれ、チューモン。宮古さんは?」
「厨房だよ」
ソファーの上から気怠げな声が返ってきた。
「レオモンの奴となんか作ってる」
「えー、いいな。オレもやりたい」
そう言いつつ、ベッドの上でジタバタと動いてみるだけ。
「アンタは休んでなって。蒼太と花那の次にやばかったんだから」
「そこまでじゃないと思うけどなあ。オレなんかより、ユキアグモンとチューモンの方がずっと危なかったんでしょ?」
自分と手鞠がいない間、二人は信じられない程の大怪我をしたらしい。それをベルゼブモンが助けたのだと聞いた時には驚いた。
ただ、残念ながら完治には至っておらず──退化した今も生々しい傷が残っている。
けれど傷の治療は追々。別に後回しでも支障は無いとの事。ウィッチモンが先に腕の治療を受けているが、彼女もある程度回復したら戻って来るようだ。
「二人とも平気? 怪我、痛くない?」
「ぎぃ。痛いけど、大丈夫」
「飯食って寝てりゃそのうち治るさ。ウチらよりもっと、治してやんなきゃいけない奴らがいるからね」
チューモンの言葉はその通りで、現在都市には多数の負傷者がいる。
シェルターで守りきれなかったデジモン達は毒に焼かれた。浴びた量によって軽症から重症まで様々──当然、命を落とした者も。
故に、都市中の天使達が各地域へ飛び、治療優先度が高い者達の救命にあたっている。
「……」
ユキアグモンは都市の様子が気に掛かるようだった。自分の暮らす街なのだから、無理もない。
「……ユキアグモン、行くかい?」
「行きたい、げど……天使様が、まだ外に出ちゃだめっで」
「まあ、無理して死なれてもね」
「……ぎー」
「少し休んだら、もう一回聞いてみようよ。……オレも手伝いたいから」
寝転んだまま、誠司はユキアグモンを撫でる。寝かしつけるように、小さな背中を優しく叩いた。
「戦いは終ったけど、やることたくさんだ」
「……こわれぢゃっだ、街……直しで、また作るよ。みんなで……」
「ああそうさ。だからその為に今は休むんだよ。……ウチらは貴重な完全体だ。あの天使どもに、これからイヤって程こき使われるんだから」
チューモンは悪い笑みを浮かべ、からかうように言った。ユキアグモンは少し安心したのか、それとも疲労が極度に達したのか、眠たそうに瞼を擦り始める。
「で、誠司達には炊き出しでもやってもらおうか」
「いいね! オレがんばるよ、皿洗い!」
「…………ぐー」
「……あ、ユキアグモン寝ちゃった。オレもちょっと寝ようかなあ。チューモン、ご飯の時間になったら起こしてよ」
「安心しな。二人の分は食べといてやるよ」
チューモンはニヤニヤしながら寝相を変える。返事の変わりに、安心しきったような二つの寝息が聞こえてきた。
「……」
チューモンも、目を閉じる。
──荒野の城から抜け出して、世界を侵す毒も消えて。
後始末はさて置き、これで本当に自由になった。何に怯えて生きる事もない。
だから────これからの日々に、思いを馳せてみる。
さあ、どうやって暮らそうか。世界を救った恩もあるし、贅沢に暮らしたってバチは当たらない筈だ。そう思うとワクワクする。
暖かな寝床に豪華な食事。痛い思いなんてしなくていい、そんな理想の日々が──きっと待っているのだろう。
──でも、その前に。
あの子達の世界へ行きたい。デジタルワールドを旅したように、コロナモンとガルルモンとユキアグモン、今度はウィッチモンも一緒に──リアルワールドを旅できたら。
「……ああ、我ながらいい考えだ。アイツらが戻ってきたら、相談しよう……」
眠気が襲う。微睡みの中、チューモンは穏やかに意識を落とした。
◆ ◆ ◆
────義体の製造から二時間後。
「痛みは?」
「お陰様で殆ど」
大聖堂の祭室では、ウィッチモンがホーリーエンジェモンによる治療を受けていた。
クレニアムモンに焼かれた両腕。大天使のデータを点滴し、彼の羽根で織った包帯を巻き付けている。──幸い、手首を動かせる程度には回復した。
「……すまない。指先を動かせるまでには至らなかったな」
「原因が原因デスもの。仕方ありまセン」
「不運な事だ。その場でなく、亜空間に居たにも関わらず」
どうやらクレニアムモンに逆探知された際、電脳核に干渉されたらしい。腕のデータは書き換えられ、復元は困難だった。
そうなると、通常の治療──他者のデータによる補填では一時的な処置にしかならない。他に手立ては無いか頭を抱えるホーリーエンジェモンに、ウィッチモンは「そういえば」と声を上げる。
ひとつだけ、思い当たる節があった。
「……──以前マグナモンが、ベルゼブモンとの戦闘で負傷した仲間を治シテくれて」
当時の仲間達の損傷は酷いものだった。マグナモンはそれを、自身のデータを使わずに治したのだ。
ラタトスクという名を持つ特別なサーバー。あらゆるデジモンの種族データが、肉体の構成に至るまで記録されているのだという。
先程イグドラシルの領域に接続した際、ウィッチモンはそれを発見していた。
「そこからワタクシの種族データを引っ張ってくれば、恐らく……補修できるのでショウが」
「騎士殿の権限を継いでいるなら可能なのでは?」
「接続する資格はある、というだけ。あの少女を経由しなければ辿り着けまセン。
……正直それはしんどいので。凄く、凄く」
カノンを媒介として利用する事自体、気が引ける。何より、それが彼女の負担となってはならないのだ。──少なくとも、自分の為には使えない。
「デスが、負傷した民の治療に……という事であれば」
「……それはこの都市の事情だ。私の責任であり、天使達で解決すべき問題。ならば身を削るべきは我々である。
それに君はロイヤルナイツではない。自身の修復だけならともかく、大勢の民にとなれば──過ぎたる行為として何かしら影響もあろう。それは避けたい」
そうですか、とウィッチモンは頷いた。
「けれど何もしないと言うのも、決まりが悪いデスから」
「ならば明日以降に協力を要請する。今日は子供達と共に休みなさい」
「……ではお言葉に甘えて。治療、ありがとうございまシタ」
一礼をして立ち上がる。しかし踵を返した所で、ホーリーエンジェモンに呼び止められた。
「ひとつ、言伝が」
「ワタクシに?」
「世界樹への接続の件だ。……我々の事ではないのだが……」
彼はらしくなく、辿々しい物言いで──
「……あの少女が……後日、塔の後処理を頼みたいと……」
「え?」
変わり果てた天の塔。
取り敢えず、管制室だけ復元したいのだとか。
「ん?」
「……彼女が言うには、『その部屋と座だけあれば、あとはイグドラシルが何とかするから 』だ、そうだ……」
「────」
ウィッチモンはみるみる青ざめて、思わず天を仰ぐ。「大丈夫か」と心配するホーリーエンジェモンに、消え入りそうな声で答えた。
「……。……胃薬、用意して下さる?」
◆ ◆ ◆
──水底から、水面に揺らぐ天井を見上げる。
ゆらゆらと、きらきらと、揺蕩う光。
見つめて、見惚れて、息が続かなくなるまでそうしていた。
やがて胸が苦しくなって──カノンは水の中から身を起こす。
そこは大理石の洗礼室。
洗礼盤を満たす聖水が、少女の身体を懸命に浄めていた。
身体が霧散しない為の対処療法──とは言え、付け焼き刃だ。そもそも肉体の粒子化を完全に防げるなら、過去の子供達が死ぬ事もなかっただろう。
現実、天使達に出来るのはここまでだった。
この沐浴も果たしてどれだけ意味があるのか。最初からあまり期待していなかったので、カノン自身は気にしていない。お風呂には入りたかったから丁度良かった。
洗礼盤を囲う亜麻布の向こうでは、ベルゼブモンが背を向けて座っている。
何も言わず、ただ少女が出てくるのを待っていた。
「──」
男は相変わらず寡黙だった。
かつて毒に焼かれた脳は、喉は、もう殆ど治っているだろうに。──やはり元々、性格は静かな方なのだろう。
「カノン」
ふと、名前を呼ばれた。
その度に胸の中で、あたたかな感情が火を灯す。
「どうしたの、ベルゼブモン」
「…………──お前は、これで良かったのか」
男の問いに、カノンは少しだけ間を置いて──「どうして?」と聞き返した。
「あれを使えば、治ったかもしれない」
義体の事を言っているのだろう。人形を人間にするなんて、彼らもとんでもない賭けに出たものだ。
あの赤い魔女がマグナモンの記録と繋がった時、イグドラシルが何を見せて、何を言ったのかは分からない。──ともあれ、あの二人が助かったのは本当に良かったと思う。
「確かに綺麗な人形だったわ。──そのうち、あの子に作ってもらおうかしら」
少しばかり、冗談気味に。
「その時はあなたの分も」
「……俺には、別に」
「あったら便利でしょう? きっと、色々な所に行けるようになるわ」
そんなカノンの言葉からは──自身が元の世界へ戻る意志を一切、感じなかった。
「……」
静寂が落ちる。
水が跳ねる音がした。
水が滴る音がした。
ベルゼブモンは押し黙って、ただ、それを聞いていた。
「ベルゼブモン」
カーテンが揺れる。
亜麻布越しの体温を背中に感じて──けれど男は、振り向かずに目を閉じた。
「私は、これで良かったのよ」
少女は言った。
男は、答えなかった。
◆ ◆ ◆
洗礼室の扉の前で、手鞠は一人まごついていた。
レオモンと作ったお菓子を忍ばせ、カノンに会いに来たのだが──まだ“治療中”だろうか。中に入る勇気が出ない。
と、その時。内側からガチャリと音が聞こえた。
手鞠は飛ぶように扉から離れる。──中から出てきたベルゼブモンが、訝しげに手鞠を見下ろした。
「……」
「あ、あの……」
「……」
「……お、お見舞いに……」
ベルゼブモンはきっと、自分の気配に気付いて出てきたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
気まずい沈黙が続く。すると男は、室内に顔を向けて──
「……先に戻る」
そう言うと、行ってしまった。
手鞠はポカンと口を開け、男の背中を見送る。──気を取り直して、けれど遠慮がちに洗礼室を覗いた。
少しだけ広い浴室を思わせる空間。“湯船”を囲うカーテンは開けられていて、セーラー服の少女が濡れた髪を拭っている。
その姿に思わず見惚れていると、少女から「どうぞ」と声をかけられた。
「でも、髪がまだ……」
「乾かしてたら時間かかっちゃうわ。ここ、ドライヤー付いてないでしょう?」
ドライヤーなんて言葉をカノンは久しぶりに発したし、手鞠も久しぶりに聞いた。
この都市には電化製品が照明しか無いのだ。……最初の夜は花那と共々驚いて、コロナモンに熱い風を吹いてもらったっけ。
遠慮がちにお邪魔して、手鞠は椅子らしき台座に座る。さっきまでベルゼブモンがここにいたのか、まだ温もりが残っていた。
「お見舞いに来てくれたの?」
「えっ、」
「さっき、そう言ったわ」
「……は、はい! でも祭室に行ったらいなくて、ホーリーエンジェモンさんがこっちだって……」
「そうなの。あの場所だと、出来ることが無かったんですって」
「────」
──それはつまり、天使達には成す術がなかったという事だ。……何と言うべきなのか、手鞠は言葉をすぐに見つけられなかった。
だが、意を決したように顔を上げる。忍ばせていた焼き菓子を取り出して、カノンに差し出した。
「? クッキー?」
「わた……いえ、レオモンさんが焼いてくれて。……カノンさんの分も」
すると、カノンは嬉しそうにクッキーを受け取った。年相応の少女の表情で「食べてもいい?」と聞く。──手鞠もなんだか嬉しくなって、笑顔で何度も頷いた。
「ありがとう」
一口齧れば広がっていく、砂糖と小麦粉の味。人間の味覚に合わせて作られた甘さが美味しい。こんなものを食べたのは、いつ振りだろう。
「お、おいしい、ですか……?」
「……ええ、すごく」
「! よかった……! その、レオモンさんも喜びます!」
「何枚かは取っておくわね。ベルゼブモンにも食べさせてあげたいの」
「じゃあ、もっと焼きます! ……良かったら後で、カノンさんも一緒に……」
一緒にお菓子を焼きませんか。
皆でたくさん話をして。それで一緒に、──元の世界へ。
そう、言いたかった。
でも、言えなかった。
「……。……」
「……──手鞠さん」
突然名を呼ばれ、手鞠は目を丸くさせる。カノンは少し不安げに「名前、あってた?」と続けた。
「私を見つけてくれた花のデジモン……彼女の中にいたの、あなたでしょう」
あの時、見つけてくれたから。助けに来たと言ってくれたから。ここにベルゼブモンがいると教えてくれたから。
だからあの時、頑張れたのだ。
「貴女達のおかげよ。本当に、ありがとう」
「……わたしは……。……──もっと早く、カノンさんのこと……見つけたかったです。……それでも間に合ったか、わからないけど……」
口ごもりながら、手鞠は懸命に言葉を繋ぐ。
「……あの、……どうして……」
「……」
「どうして、花那ちゃんたちのと一緒に……カノンさんの義体、作らなかったんですか?」
もしかしたら、もしかしたら。
同じようにやれば、帰れるようになっていたんじゃないか。そう思わずにはいられないのだ。
カノンは数秒、手鞠を見つめ──それから、天井に飾られたモザイク画を仰ぐ。
「……理由なんていっぱいあるわ。私のは別に、急いで作る必要も無いのだし。
それに────もしまた『あの子』が同じ事になったら、傍に行ってあげないと」
「……それって、イグドラシルの……」
「私やあなた達みたいに、人間が攫われるなんて事は……もう絶対にあっちゃいけないから」
ひとつは、そんな理由。
「ベルゼブモンには内緒にしてね。聞いたら怒りそうだもの」
そう、小さく微笑んだ。
手鞠は胸が苦しくなる。
「だからって、そんな……ひとりだけ犠牲みたいな事……!」
「いいえ。もうとっくに、たくさんの人が犠牲になってるわ」
最初に降りた廃墟の街で、命を落としたあの子のように。
「それにね、もっと大事な理由があるの。……私、そんな大層な人間じゃない。私がそうしたいから、此処に残るって決めたのよ」
「……。……じゃあ、本当に……ここでお別れなんですか?」
「そうね。きっと」
「……もっといっぱい、お話……聞きたかったのに」
「……例えば?」
「……。……受験の、こととか……来年、六年生なんです」
手鞠は目を伏せながら、カノンのセーラー服を見る。
それに気付いて──「ああ」と、カノンは納得した。
「受けるの?」
「……今日、決めました」
「ごめんなさい。私、内部進学だから受験してないの」
「そ、そうなんですね。……その、じゃあ……女子校でミッション系って……どんな感じなんですか?」
「……特別、変わった事なんて無いわ。小学校とはやっぱり違うけど、きっと普通の学校よ」
────懐かしそうに目を細める。
春を彩る桜色。新学期のクラス替えにはしゃぐ同級生達。
夏のプールの後。温い風が乗せていく、ほのかな塩素の香りが好きだった。
秋を彩る金色。体育祭や文化祭の準備に勤しむ同級生達。
冬の雪の日。教室の窓から覗く校庭が、白んでいくのを見るのが好きだった。
そんな、どこにでもある学生の風景。
同じような日を毎年繰り返す、ありふれた普通の日常。
「──でも私、そんな『普通』が好きだった。普通だから大事で、安心できた」
そんな彼女の言葉に、手鞠は顔を上げた。
「……大事だったのに?」
「ええ。それでも」
カノンは胸のスカーフに触れる。
制服本来のものではない、少しだけ大きな赤いスカーフに。
「……私は、ベルゼブモンと──……」
途中で言い澱み、「ほら、自分勝手な理由でしょう?」と誤魔化した。
「だからあなたは気にしないで」
「……」
──嘘や建前では、ないのだろう。
自分だって、出来ることならパートナー達と一緒にいたい。帰りたい思いと、彼らと過ごしたい思いが錯綜している。
だが、それは義体を作っても同じ事の筈。残るなら、むしろそうすべきだろうに。
なのに彼女は選ばない。それを選んでも、きっと意味がないから。
「────カノンさん、……もしかして……」
彼女は。
帰らないし、帰れないのだ。
残りたいし、残るしかない。
いつか、「あの世界へ帰りたい」と願ったとしても。
もう、あの世界で生きていく事ができないのだろう。
「泣かないで」
穏やかな声。美しい琥珀の瞳は、とうに全てを受け入れていた。
「……すみません。……っ、ごめんなさい……」
「謝らないで。優しいのね」
カノンは手鞠の頭を撫でる。そのまま胸に抱き寄せて、「ありがとう」と言った。
◆ ◆ ◆
大変遅くなってしまいましたが、完結おめでとうございます! 快晴です。
『オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXT』からこの『デジモン創作サロン』と、2つのデジモン二次創作発表の場を跨いだ伝説の終わりを目の当たりにする事が出来て、一読者としても感動と感謝の気持ちでいっぱいです。
『*The End of Prayers*』は、とにかく読みながら胸の詰まる思いをしてばかりでした。大体ずっと「どうして……どうして……」と呟いていたような気さえします。
本編完結直後に死亡者リストと一緒に振り返って、改めて涙ぐむなどしていました。
誰も悪く無かったのに、どうしてそうなってしまったの? 皆頑張っているのに、どうしてそうなってしまうの? の連続で……。
作中では憎まれ役として選ばれし子供たちとパートナーの前に立ちはだかったクレニアムモンでさえ、あのイラストにもなっていた両腕から有刺鉄線の束のような棘を生やしてまでアポロモンとメルクリモンを追って来た姿を見た時には「もういいから、もういいから……」と、こちらも悲しい気持ちにならざるを得ませんでした。2体とその中に居る蒼太くんと花那ちゃんはもっと辛かったんだろうな……。
しかしこの「誰も悪く無かった」「みんな頑張っている」が、そして全ての祈りが消して無駄では無かったからこそ、物語は組実様の仰っていた通り大団円を迎える事が出来たのですね。
本当に、読んでいてずっとドキドキしっぱなしでした。
絶望的な戦いの様子、再会できないベルゼブモンとカノンさん、強調される選ばれし子供たちとパートナーの同調のタイムリミット、余儀なくされる戦線離脱――戦いが終わってからすら、毒に侵されるミネルヴァモンに、元に戻れない蒼太くんと花那ちゃん、と展開が畳みかけてきて、「今からでも入れる大団円があるんですか!?」と文字をスクロールスクロールする指までおっかなびっくりだった気がします。
ですが、振り返って見れば今からでも入れるも何も、ここに至るまでの圧倒的な積み重ねが、ちゃんと大団円に手が届くところにまで、きちんとみんなを連れてきてくれたのですね。
最終話でのカノンさんと手鞠ちゃんのやり取り「ひとりだけ犠牲みたいな事」「いいえ。もうとっくに、たくさんの人が犠牲になってるわ」が本当にその通り過ぎて、じんわりと心に染みわたりました。
犠牲の部分すらも、誰が欠けても、この結末は迎えられなかったんだなぁと……。
それから順番が前後してしまうのですが、みちるさんとワトソンさんの正体、そしてコロナモンとガルルモンが究極体に至るまでの軌跡には度肝を抜かれました。
ネプトゥーンモンとの邂逅があった辺りから、2体はオリンポスの生まれ変わりなのかな? みちるさん達は前の選ばれし子供だったのかな? 等々妄想を働かせていましたが、何と言いますか、半分当たって大外れ、とでも言いますか……ですが突拍子も無いとかは全然無く、「あ、あ、あ、言われてみればー!? なるほどなー!?!?」と画面を見ながらひっくり返っていました。見せ方が見事過ぎる。
これまでどちらかと言えば不穏な印象がある発言や行動が多かった気がする謎大き美少女みちるさんこでしたが、ミネルヴァモンの視点を見た時に、彼女もまた辛く険しい祈りの道をもがいていたんだなと……ヴァルキリモンと一緒にめっちゃ頑張って来たんだなと……。
最後の最後に毒に侵されかけた彼女を救ったのが、最初に兄弟を救った祈りに連なるものだったシーンには、繰り返しになりますがこの『*The End of Prayers*』という物語の『積み重ね』を感じた事を覚えています。
それからみちるさんから明かされたブギーモンへの条件付けの話なのですが……改めて、彼にもある意味で救いがあったのが解って、なんだかしんみりしてしまいました。
柚子ちゃんに全てを直接明かす事はしなかったみちるさんに、知ってもらいたい事は確かに伝えたワトソンさん。それから、彼女を想って黙っている事もしたウィッチモン。彼女達に囲まれて、少しだけ大人になった柚子ちゃんが嘘を吐く姿が、なんだかほろ苦くて、眩しかったですね……。
そして最後に、本当に。子供達が家に帰る事が出来て、デジモン達が彼らを家に帰す事が出来て、本当に良かった……!
カノンさんはデジタルワールドに残る事となりましたが、でもベルゼブモンとまた一緒に居られるようになって、本当に奇跡みたいな結末だなあと……お幸せに、お幸せに……ベルゼブモンはちょっと寝る時大変そうですが……。
それぞれの道に進みながら、大きくなった子供達の後日談。サマーキャンプという響きに、ワクワクが止まりません。
高校生になっても、やっぱり冒険は初めての事ばかりでしょう。でも今度こそ、彼らが足を踏み入れるのは美しいデジタルワールドだと思うと、ただただいってらっしゃいと、その背中を見送ってあげたい気持ちでいっぱいです。
読者として最後に、彼らの冒険が、未来が。素敵な物であるよう、ささやかな祈りを。
それから、ウィッチモンにめっちゃ効きそうな胃薬を。
そして最高の夏休みを書いて&毎回美麗なイラスト描いてくださった作者様に、最大級の感謝を。
改めまして、『*The End of Prayers*』完結おめでとうございます。
素敵な物語を、ありがとうございました!
遂に完結してしまいましたね。お疲れ様でした。
そして、完走してくれたことに感謝を。
もう12年も経つのですね。
某方もおっしゃっていましたが、一時代の終わりを感じて少々寂しくなってしまいました。
(最終話について)
お別れの時間が刻々と・・・って、体に負荷がかかるから早急に帰らないといけないだと!!
これが要因でウィッチモンが引き続き激務にさらされるという・・・
栄養ドリンクとか胃薬とか、ブラック企業のサラリーマンのごとし!
それでも子供たちが帰れば一息つけるのかなと思いきや、再び子供たちがデジタルワールドにやって来られるようにするため、まだまだやることがいっぱい!
ハゲてしまわないか心配です!!
食事の時に、カノンとベルゼブモンの惚気話になりそうになったところで、
「ウチのスープを砂糖の煮込みに変える気かい?」
というチューモンのセリフにセンスを感じました。
たしかに、甘々になりそう。
(おっと、↑は感想1番乗りの方に持っていかれたか。)
今までの冒険を皆で話すシーンは、良くも悪くも子供たちにとって大冒険。
実に温かく微笑ましいシーンでした。
エピローグは、『いつかデジタルワールドに行ける日を夢見て』みたいな終わり方じゃなくて良かったです。
商業用の漫画やアニメだとそんな終わり方になりがちですが・・・
子供たちが成長して、この時を待っていたぜ的に合流して再びデジタルワールドへ。
実に綺麗で、読み手としても満足な閉め方だったのではないでしょうか。
それでも、あぁ~終わってしまったのか!!!という気持ちにはなりましたけどね。
(全体をとおして)
以前にもお伝えしたかもしれませんが、パートナーデジモンたちはとても個性的で、このシーンで誰が喋っているのかよくわかるようになっていたのは、実に読みやすかったと思います。
個性的で言えば、アンドロモンも捨てがたいですが、やっぱりベルゼブモン!
不器用、しかし渋くて、公式や2次創作界隈でもかなり変化球だったことに愛を感じました。
魔王というより寡黙な騎士だったかと。
末永く爆発してほしいところです。
自分が一番印象に残った(残ってしまったというべきか)シーンは、
廃墟の遊園地でもんざえモンがカノンに対して最後のお客様として接して、こときれるところです。
何か大切な物が無くなってしまった虚無感が押し寄せてきました。
クソみたいな落書きをネットに放ってしまったことをお許しください(汗)
作品自体は、冒頭から重たい雰囲気のスタート、ときどき和む要素といったアメとムチを使い分ける組実さん、実に悪魔(フェレスモン)的でした^^
まだまだ語りたいところですが、長くなってしまったのでこのあたりで。
(主役級のコロナモンとガルルモンのこととか、ミネルヴァモンとデジタマのこととかありますが、きっと他の読者が語ってくれるに違いない!)
また何らかの形で御作に触れられることを『エンドレス祈り』つつ(←言いたかった)、稚拙ながら感想と致します。
あ、でも残酷描写は少なめでよろry 失礼いたしました。
まずは取り急ぎお疲れ様でしたの一言を。それにしたって死に過ぎやろ。まあそれはともかく、足掛け12年に渡る長編の完結お見事でした。夏P(ナッピー)です。
作中時間が凡そ(DW換算で)一月前後ということで「た、たった?」となりましたが、思えばいろんなことがありました。皮肉にも死亡者リストのおかげで改めて作中の出来事を反芻することができましたが、それにしたって短い期間に様々なことがあり過ぎる。ブギーモン君ら何人死んどるんや。アンドロモンだけでなくフェレスモンの城で指の切断や衰弱死しかけていたのが遠い昔のようだ。しかもアスタモンとかいう死亡者リストまで存在感を示す影の英雄。それはそうとサクッと人間の子供も何人も死んでることが明言されて恐怖。感動的なエピローグの後に死亡者リストが来たのでこれよ! アンタって人はーッ!!(CV鈴村健一)
最後にデジタマ戻ってきたのもあって、死亡者リスト込みで「私はやり遂げましたよ」感を漂わせるワトソン君の未来は果たして。ゼリーは回収されてしまったけれど。みちるもといミネルヴァモンはネプトゥーンモン様が最後に従者と「まだ目を覚まさないのか」「は? さっき起きて散々メシ食ってましたけど?」「ハァーーーーーー!!」とかやり取りすると思ってたのに!
カノンちゃんとベルゼブモンの話は良くも悪くも別作品のような雰囲気で、子供達とは全く別の物語が進行しているような感覚でしたが、気付いたら両者の軸は溶け合い、それでも最後には分かたれてしまったのもこれもまた運命か。人力車とか乗り物とかフリあったから最後に突然ベヒーモスで旅に出るかと思ったぜベルゼブモン。そしてレオモンに地味に恐れられてるので不覚にも爆笑。そら別世界で腹ドスで殺されてるしな……思えば最終回で一番目立っていたデジモン(パートナー無し)はレオモンかもしれない。陵南戦で3P一本決めたら勝利の立役者扱いされたメガネ君のようだ。奴も38話頑張ってきた男なんだ……侮ってはいけなかった。地味に見逃せない男女の機微にめっちゃ一家言ありそうなチューモンの姉御の勇姿。甘いスープは不味い。
お幸せにと言っていいのか……彼らは。でも本人達が幸せならそれでいいのでしょう。最後に手鞠と人間界にいた頃の思い出を話せたのは良かったのか悪かったのか。
そして彼ら。Butter-Fly聞こえてきそうな別れを経たので、再会を果たすエピローグが来るのは間違いないと思ってましたが、五年後とは想定外だった! ひゃっほう! こーいう「あれから数年、子供だった彼らも少し大人になって──」みたいなエピローグ大好きだ! しかし「また会えたね」をしっかり描き過ぎて、これエンプレ02を仕込む余地がない……。
最初から最後まで責務多すぎていや戦いで死ななくても過労か胃潰瘍で死ぬやろと思ってたウィッチモンのポジションを、しっかりエピローグの子供達側では柚子が担ってるのが良い。そして地味にというか派手に(音柱)コイツら将来有望過ぎるぜ! ちょっぴり子供達同士の人間関係も変化してそうですが、それを描かず想像させる形で終わってるのもまたニヤリ。
平和になった世界を旅するというかつての彼らの言葉はきっと叶うのでしょう。そういえば完全体に定常すべきとか言ってたな……フェレスモン様も最後の最後でおいしい立場を持っていかれる。初期は完全体になれば毒も怖くないと言ってたのに全然完全体になれんぞとか言ってたのに、気付けば遠くに来たものです。それぞれ二つの紋章及びデジヴァイスをどうするかに性格やこれまでの関わりが出ていましたが、勇気と優しさ……! コロナモンとガルルモン、最終話でとても感動的に帰還したのに地味に死亡者リストに名前記載されてるのでダメだった。
……は? ……ポニテ?
毎回のように取り留めのない感想を書かせて頂きましたが、私の方もこれにて納めさせて頂きます。改めてにはなりますがお疲れ様でしたの言葉を、そして素敵な(+死に過ぎな)作品をありがとうございました!
The End of Prayers
<作中死亡者リスト>
惜しくも作中にてご退場された皆様のご紹介
バクモン……ダルクモンとの儀式の前日、汚染デジモンにより集落ごと全滅。
ゴブリモン……外部からの汚染デジモンに噛まれ変異した。門番故の宿命。
ベアモン……里のデジモン達はゴブリモンを始めとした数人の汚染個体によって命を落としている。
ダルクモン……自らをロードさせる事でコロナモンとガルルモンの汚染を浄化。
天使の里の長としての責務を果たし、二人を守るという彼女本人の願いも叶えた。
ピッドモン……神聖デジモンを探して天使の里に辿り着いたが、里は半月前すでに壊滅。その後救助したデジモンを連れ人間界へ逃れるも、リアライズ負荷に耐えられず絶命した。
テリアモン……ピッドモンらと共にリアライズするも負荷に耐えられず絶命。即死を免れた事でピッドモンにより延命措置を受けていた。最期は蒼太とコロナモンに看取られる。
ツカイモン(サイクロモン)……汚染された状態でリアライズ。負荷よりも電脳核の変異が勝り生存、そのまま進化を遂げた。ガルルモンに喉を噛まれ絶命。
ブギーモン(襲撃個体)……みちるに襲い掛かろうとした所をコロナモンとガルルモンに発見され交戦、撃破される。
ガジモン……汚染個体ではない。ダークエリアはそもそも弱肉強食。
ピコデビモン……毒により変異。しかし進化できる程のポテンシャルは無かった。
ファングモン……汚染ピコデビモンに喰われた。恐らく途中から変異もしている。
タスクモン……才能があり毒による進化を遂げようとしたが、それ以上に優秀なピーコックモンに倒された。
メトロポリスの民……毒の雨、都市機能の崩壊、究極体化した汚染個体の暴走など、様々な要因で八割近くが命を落とした。
ブレザーの女学生……ブギーモンの突発的な怒りによって命を奪われる。実は回路の苗床としてはカノンの次に優秀だった。
ブギーモン(変態)……カノンを嬲ろうと執拗に追い回すうち、ベルゼブモンを幽閉していた地下空間へ。目を覚ましたベルゼブモンに喰われる。ターゲットを見る目はあった。
クリサリモン……ベルゼブモンの銃声に誘き寄せられ喰われる。
デビドラモン……ベルゼブモンの銃声に誘き寄せられ喰われる。
ヴァンデモン……ダークエリア西部の領主は、身を隠した棺ごと毒に飲まれたらしい。フェレスモンの救援は間に合わなかった。
フーガモン……ユキアグモン、ウィッチモンと交戦し、最後はチューモンにナイフで脳天を突かれ絶命。もし生き残ってもフェレスモンのお仕置きで死んでいた。
ブギーモンズ(名無し)……ガルルモンはコロナモンを守る為にたくさん頑張っていた。
ミノタルモン……ファイラモンとチューモンとの戦闘の末、撃破される。目眩ましには弱かった。
ブギーモン(いじめっ子)……コロナモンとガルルモンへの対応が礼節に欠けていた為、フェレスモンによるお仕置きで頭を潰された。
ブギーモン(密告者)……いじめっ子の諸行をフェレスモンに密告したが、虐待を止めなかった事を追及される。逃走を図るもスティングモンに背中を穿たれ絶命。
ベタモン……毒により変異。友人を襲う前にエンジェモンに救済された。
フローラモン……生き残った仲間を探そうと壊滅した故郷に飛び込み、毒に体を溶かされる。天使の光により、少なくとも身を焼かれる苦痛からは解放された。
ピヨモン……東領の壊滅した街でひっそりと生き延びていたが、餓死。最期は自身のデータをベルゼブモンに捧げる。
シーラモン……館の厨房で身を潜めていた。毒の厄災は人間のせいだと思い込みカノンを襲うも、駆け付けたベルゼブモンによって喰われた。
レディーデビモン……東の領主。毒の汚染で自我を失い臣下と領民を喰い漁った。もう“食べられる”状態ではなかったが、ベルゼブモンは彼女を撃った。
人間の子供達……レディーデビモンによって誘拐された子供達。レディーデビモンは彼等の尊厳こそ守っていたものの、実験の過程で多くを死なせてしまった。中には生き残った者もいたが、その後汚染個体に襲われ死亡した。
ブギーモン(RW捕獲個体)……電脳核への条件付けにより死期が固定され、余命より早く命を終える。柚子の心労をこっそり気に掛けていた。ブギーモンの中では幸せな最期。
ゲソモン……食糧を奪われた怒りから誠司とユキアグモンを襲撃。シードラモンにより撃破される。
もんざえモン……アスタモンの機関銃で腹部を撃たれ死亡。遊園地が毒の影響で廃墟と化し、心身喪失していた彼は、最期に一人の来園客と出会えた。
アスタモン……ベルゼブモンとの激闘の末、勝利するも血液から毒に汚染。自害に失敗し毒に飲まれそうになるが、カノンの放った弾丸が彼を救った。分解した自身のデータは全てベルゼブモンに譲渡。戦いの中、彼の命は最期まで輝いていた。
ダークティラノモン……汚染個体。生まれ持った才能によりメタルティラノモンへ進化を遂げる。同じく完全体と成ったフレアモンらにより撃破。
ロイヤルナイツ……世界で最初に毒に飲まれたのがロードナイトモンだった為、毒はウイルス種に適合するように成った。
マグナモン……ほぼ過労死。過去の厄災から現在まで、身を削り天の塔を維持してきた。度重なる実験の中には自らの電脳核でテストしたものもあったという。最期まで良心の呵責に苛まれながらも、選ばれし子達に全てを託した。
ディアナモン……汚染個体との戦闘により絶命。最期は妹に看取られた。
マルスモン……汚染個体との戦闘により絶命。最期は兄に看取られた。
選ばれし子供たち(初代)……ある者はパートナーの戦闘に巻き込まれ、ある者は怪我と疾病で、ある者は肉体を維持できず、また多くはマグナモンとクレニアムモンの未熟さ故に命を落とした。彼らの肉体と回路の情報は、ひとつも無駄にされる事なくマグナモンの研究に活用された。
風無未春……小さな身体は電脳回路の摘出に耐えられなかった。そもそも長期に亘るデジタライズで肉体が変質しており、既にリアルワールドには戻れない状態であった。
クレニアムモン……最後の騎士は侵入者達を相手に善戦、圧倒的優位を取っていたが、死に損ないの不意撃ちと主君の眩い光は彼に大きな隙を生んだ。
ヴァルキリモン……電脳核を代償に、彼は全てをやり遂げた。最期の眠りは愛しい夏の思い出と共に。
コロナモン……何度も死んで何度も生まれた。蓄積された戦闘データが、彼をデジタマから直接成長期の状態で誕生させた。
ガルルモン……何度も死んで何度も生まれた。蓄積された戦闘データが、彼をデジタマから直接成熟期の状態で誕生させた。
<番外:仮死状態からの生還者>
蒼太と花那……電脳化の影響で、少年と少女の肉体はその実体を維持できなくなった。しかし仲間達の尽力もあり、かつての幼い少女と同じ道は歩まなかった。
カノン……毒に侵されたベルゼブモンと繋がった、最初の時点で肉体は変異を始めていた。神を産み落とした肉体は活動を停止させたが、再びベルゼブモンと回路が繋った事で奇跡の紋章が発現。神の奇跡は彼女を蘇生し、その存在を半実体・半電脳体の生命へと変換した。
THE END
<作者あとがき>
2010年8月1日、デジモン創作サロンの前身であるオリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTに第1話を投稿してから約11年半。 この第38話をもって、The End of Prayersは完結いたしました。 予定していた全30話よりもだいぶオーバーし、流石に8年もかかるまいと思っていたのも見事にオーバー。 ですが。高校3年生になる春、NEXTのオフ会に初参加して「私もデジモン小説を書くんや!」と意気込み──そこから練った構想、展開、描きたかったシーン等は、お陰でほぼ書き遂げられたと自負しております。 今は両手を上げてゴールテープを突き破ったような気持ちです。 強いて言えば、もっと挿絵を描きたかった欲はあります。終盤はそこそこ描けましたが前半がやや少ない……。 こちらに関しては、また描きたい時に描いて追加しければと思います。 そして今後の活動ですが、新作というよりは引き続きエンプレに関して
・Pixivでの連載(現在2話まで投稿) ・イベントでちょっとだけ書籍化(直近では5/3オンリーにて) ・いつの日か個人ページを令和版にリニューアル
などなど。少しずつ進めて参りたいと思います。こちらも是非よろしくお願いします。
感傷に浸りつつ11年の振り返りなど。
流れた月日が月日ですので……昔ながらのホームページを作り、エンプレという愛称もいただき、ラジオで自作CMを作ったり、オフ会をしたり、NEXTの閉鎖、サロンの開設など、小説関連だけでもたくさんの思い出があります。 勿論、プライベートでも様々な変化がありました。そもそも当時高3の小娘が17歳と147ヶ月ってヤバすぎません? 大きな怪我や病気もせず、無事に完結できて本当によかったです。 NEXTでは更新が滞っていた時期もございましたが、それでも今日まで投稿を続けたのは皆様という存在があったからこそです。意地だけではきっと、形に残せず妄想のまま終わっていたかもしれません。 ここまでお読み下さった皆様、反応を下さった皆様、見守って下さった皆様。 全ての方に感謝いたします。本当にありがとうございました!! それでは、エンプレらしく最後と最期をかけまして。 ラストは「作中で途中退場された方々」のリストで締めようと思います!!! 皆様、今日まで本当にありがとうございました!!!!
エンディングイメージ曲:KOKIA「そら」(アーティスト様公式動画)
<登場人物達、その後の設定>
蒼太(17)
少年期と同様、比較的落ち着いた青年に成長。昔ほど何かに飛び込むような勇気は無いと思っている。
花那(17)
走る才能を物凄く伸ばした。インターハイ優勝で運動部からは憧れの的。本人はただ自由に走りたいだけ。
誠司(17)
最近は爬虫類カフェが増えてきて嬉しい。エキゾチックアニマルも好きになってきた。蒼太とは今でもよく遊ぶ。
手鞠(17)
中学高校と女子校で穏やかに過ごしている。自分の意見は臆せずに言えるようになった。
柚子(18)
IT機器にはそれなりに強いが、素人の範囲は超えない。もしもの時に受験が枷になるのが嫌で指定校推薦を取った。
コロナモン
ガルルモン共に復興と鎮魂の旅へ。しかし本人らのスピードどワープポイントの活用で深海神殿にはすぐに帰れる。ネプトゥーンモンとの関係も昔通り良好。
仲間達との情報共有は、主に要塞都市か深海神殿で行われている。
ガルルモン
コロナモンと共に復興と鎮魂の旅へ。また、ウィッチモンの依頼で彼女の研究材料を探しに走り回ったりなどしている。
ダルクモンには、今も変わらず片想い。
チューモン
要塞都市の民衆とは適度な距離感を保ちつつ、あまり群れはしない。野菜の皮剥きが異様に上手いと評判になっているが本人は不服。
単身、もしくはユキアグモンと共に情報収集の旅に出たりしている。
ユキアグモン
自身も完全体となりホーリーエンジェモンと対等の世代になったものの、これまでの恩と敬意から、彼とエンジェモンを変わらず「天使様」と呼び慕っている。
また、潰れた声帯は時間と共に回復してきた。
ウィッチモン
ウィッチェルニーにはたまに帰省する程度で、主にデジタルワールドの聖要塞都市を拠点に生活している。
仲間達が回収してくれる情報とマグナモンが遺したデータを元に、子供達を電脳分解から守る防護システム、人間の成体に移植する為の疑似回路の研究開発に勤しむ。
カノン
ウィッチモン曰く「とりあえず生きてはいる」とのこと。
今ではすっかり神出鬼没の流浪民。セーラー服の少女と黒い大男の二人組は、デジタルワールド各地で都市伝説になっている。
大抵の事には動じなくなった。人間界にも未練は無い。翌年あたり、父親の手で失踪宣告が申し立てられるだろう。
イグドラシルとは直接の接触を避けているものの(互いに影響を及ぼさない為)、カノンから生まれた1FAの部位からは稀に連絡があるらしい。
ベルゼブモン
毒が無くなって以降、更に流暢に喋れるようになった。それでも口数自体は多くない。不器用さもそのまま。
流浪の身であり、かつての同行者達とは能動的にはあまり会わない。だが、彼らの復興の旅の最中にばったり再会する機会はあったようだ。
悪夢はすっかり見なくなったが、夜の間も周囲を警戒しているので睡眠は変わらず浅い。たまに熟睡できる時に限って、アスタモンの残滓が夢に現れては一方的に話し掛けてくる。
ミネルヴァモン
深海神殿で療養しつつ、兄と静かに暮らしている。
デジタマから生まれた生命を大切に慈しみながら。
- Epilogue -
◆ ◆ ◆
──長い長い、夏休みが終わった。
俺達は秋を迎えて、冬を越して、春に出会う。
いつもと変わらない夏が来る。いつも通りの夏休みを過ごす。
秋を迎える。金色の銀杏並木の下。
冬を迎える。銀色に煌めく雪の中。
春を迎える。咲き誇る桜並木の下。
そしてまた、夏が来る。
その繰り返し。
デジヴァイスは光ることなく、日に日に埃を纏うだけ。
──あの夢のような日々は、こうして思い出に消えていくのだろう。
勇気に溢れた少年期とも、いつの間にか別れを告げていた。
「大人になるって怖いなあ」
たまらずに独り言。
世間からすれば、自分はまだまだ子供だろうけれど。
デジヴァイスは、今日も静かに眠っている。
──ああ、そういえば。
行方不明の子供のニュースは、あれからさっぱり聞かなくなった。
◆
──走る。走る。
誰よりも早く、どこよりも遠く。
風のように、どこまでも自由に。
──駆ける。駆ける。
そうすればきっと、あの場所に着けるような気がして。
そうすればきっと、彼らの側へ行けるような気がして。
まあ、きっとそんな事は起こらないのだけど。
それでも構わない。夢見るだけで、追い風のように背中を押してもらえるのだから。
──願いを胸に。
私は今日も、グラウンドのトラックを走り抜ける。
◆
あの激動の日々を経て。
わたしは、少しだけ強くなった気がする。
だって、男の子たちがいじめてきても怖くなくなった。
あの子ほど強気にはなれないし、悪態だってつけないけれど、少なくとも泣いたりしない。自分の言葉を、はっきり伝えられるようになったのだ。
だから、受けたい学校も自分で決めた。
入った時にはもう、数人の先生しか「彼女」を覚えていなかった事も含めて──選んだ道に後悔はない。
今では毎日のように、朝にお祈りを捧げている。
そんなわたしを見て、あの子は何と言ってくれるだろう。
いつかその日を楽しみに。こっそり買った、小さなティーセットを眺めて思う。
◆
いつだって前向きに。それがオレのモットーだ。
どんなに凹んだって、なるべく次の日には忘れて切り替える。
でも、流石にさ。あの夏の事は忘れられないよな。
ずっと心に残っているんだ。悲しい事も、辛い事も。
だけど下は向きたくないから、それ以上にたくさん楽しい事を思い出す。
もしも見た目が変わっても、この笑顔で分かってもらえるように。オレはいつだって笑っているよ。
前向きに希望を抱いて。
とりあえず、今年の恐竜展のチケットを予約した。
◆
──分かってはいたけど、私はどう足掻いても凡人だ。
特別な力があるわけでもない。秀でた才能があるわけでもない。成績だってそこそこ程度。
だから、自分の力だけでは道を開けそうもなくて。
そんな現実に、打ち拉がれそうになる日が、時々ある。
けれど────「貴女は貴女のままで」、「キミはキミのままで」、「無理しなくていーんだよ!」「程々にすりゃあいい」って。
彼らならそう言ってくれるだろうと、都合良く思い込んで励ましてもらうのだ。
さあ、明日も頑張ろう。
また巡り合える運命を信じて。
◆ ◆ ◆
「──ちょっと蒼太。なんか同窓会のお知らせ来てるわよ」
ある夏の日。
学校から帰って早々、蒼太は母親に呼び止められた。
「同窓会?」
「小学校のだって。初めてなんじゃない?」
どうする? と母親に問われ、蒼太は少しだけ考えあぐねる。
「……同窓会って言ってもなあ。周りの奴ら大体、中学まで一緒だったし」
とは言え、見ないで捨てるのも気が引けるので、一応。母親からそれを受け取る。
油性ペンで宛名が書かれた茶封筒。中には一枚のコピー用紙。学校が発行するにはあまりに簡素な「お知らせ」が入っていた。
「……────あ」
“八月■日、■■小学校の同窓会キャンプを開催します。朝九時に校門前へ集合して下さい。持ち物は──”
“────山吹柚子。”
「……!」
気だるげな表情から一変。蒼太は手紙を握り締め、慌てたように階段を駆け上がった。
自室に飛び込み、勢い良く扉を閉める。そのままスマートフォンを取り出した。焦りで指先を震わせながら──
「えーっと……花那は多分部活だし宮古は塾だろうし、まず誠司……って電話来た!?
──もしもし誠司!? なあ、お前ん家にも手紙────……え、初デートで爬虫類カフェ行ったら引かれてフラれた? さっき!? 待ってろ今すぐそっち行く! 一発で元気になるもの持ってくからさ!」
◆
誰もいない夏休みの小学校。
塗装し直された校門の前に、二人の男女が立っている。
かつては同じ程の背丈だった二人だが──今は青年の身長の方が、頭ひとつ分高くなっていた。
オーロラ事件から六年。
小学五年生だった彼らは今、高校二年生。
もう、体の中にあった不思議な回路は機能していないだろう。
共に手を取って戦う事は、彼らを支えてあげる事は、できないだろう。
「ねえ。まだちゃんと、見えるかな。皆のこと」
前を向いたまま花那が呟く。
少し高い位置で結ばれた、ポニーテールが風に揺れた。
「声、聞けるかな。……あのピリピリした感じ、もう無くなっちゃってるのかなあ」
「……先輩が連絡取れたんだし、見たり聞いたりは平気だと思うけど」
「……そうだよね。久しぶりだから緊張しちゃって」
「それは……まあ、仕方ないよ。俺もだし」
「……うん」
それから、少しだけ沈黙が流れた。
花那と二人きりで話すのは久しぶりで、何を言うべきか分からなくなる。
──中学生、高校生ともなれば、自然と小学生時代のコミュニティからは離れていくものだ。同じ旅をした仲間であっても。
「……。……あのさ」
「ん?」
「……陸上、インターハイ優勝したって」
「あ、そうそう。七月にね。凄いでしょ?」
「流石にビビった。スポーツ推薦も余裕だな」
「先生にも言われたけど、大学は普通に受けるつもりだよ。……選手になりたいとかじゃなくて、好きに走りたいだけだから」
「……そっか。……自由で良いと思う。そのうち並んで走れんじゃない?」
誰と、とは言わなかったが。
花那は可笑しそうに、「流石に人間やめなきゃ無理だよ」と笑う。
昔と同じ笑顔が、そこにあった。
「……。──あ、誠司来た」
息を切らせながら、満面の笑みで駆けてくる青年がひとり。背丈は伸びても、誠司はずっと変わらない。
「村崎めっちゃ久しぶり! そーちゃん先週ぶり!」
「おう。傷心旅行だな誠司」
「うっせー」
誠司が加わった事で、彼らは段々と懐かしい雰囲気を取り戻していく。
程なくして手鞠と、主催である柚子がやって来た。
仲間達と久しぶりの再会を喜んだ後、柚子は彼らを別の場所へと案内する。小学校はあくまで待ち合わせ場所というだけらしい。
照り付ける日差しの中、熱せられたアスファルトの道を進んでいく。途中でコンビニに寄ったりして、どこか遠足気分だ。
「そういや山吹さん、遊び行って受験とか平気なんすか?」
「めちゃくちゃ平気。指定校取ったからねー」
「うっわーいいな。オレ絶対むりだもん」
「誠司はとりあえず留年するなよ。頼むから」
「手鞠も塾、平気なの? 夏期講習とか」
「うん、大丈夫! この日程ならお母さんたちも行って良いって。それにほら、柚子さんの手紙にも『安心安全の引率者付き』って書いてあったでしょ?」
うっかり誘拐騒ぎにならぬよう、今回家族には事前に説明済み。同窓会の後、そのままサマーキャンプへ行くという事になっている。
「でも先輩。ここ、俺たちしかいないですよね?」
引率者も緊急連絡先も、家族に配慮した架空の物なのだろうか?
すると、柚子はくるりと振り返って──
「嘘じゃないよ。私、“リアルワールドから”引率が付くとは書いてないからね!」
そう、歯を見せて笑う。
遠い昔に出会った、三つ編みの少女を思わせる笑顔だった。
◆
「じゃあ、持ち物確認! 蒼太から!」
誰もいない公園の奥深く。
六角形の屋根付きベンチでひっそりと、青年達は冒険前の最終確認。
「寝袋と着替え」
「え、それだけ?」
「あとアーミーナイフ」
「その便利ナイフありゃ何とかなるって。そんな荷物いらないっしょ?」
「私はちゃんとタオルとか紙の食器とか持ってきましたー」
「わたしも救急箱もってきたよ。怪我しないのが一番だけど、一応……」
そんな様子を微笑ましく見守りながら、柚子は「それより!」と声を上げた。
「一番大事なものあるでしょ? まさか忘れてないよね!」
彼女の言葉に、四人は振り向き口角を上げる。
そして、意気揚々と掲げて見せた。──少し色褪せたデジヴァイスと、紋章のペンダントを。
<────各デバイスの識別情報を確認>
その時だった。突如、デジヴァイスから機械仕掛けの音声が聞こえてきた。
驚いて顔を見合わす青年達。小さな液晶は淡く発光し、二進法の文字列を映し出す。
<残存回路測定、最低値クリア。疑似回路の事前投与は不要です>
「……それって、私たちの……」
「そのままデジヴァイス離さないでね。『皆』が凄く時間かけて、色々用意してくれたんだって!」
<体内にオリンポスのデータを確認。生体防護システムへ変換、作動準備完了>
<リアルワールドの座標を設定──完了。空間接続スタンバイ。声紋による承認をどうぞ>
「え、何。合言葉いるの? 宮古さん知ってる?」
「な……なんとなく、アレかなっていうのは……」
「そうそう、多分アレだよね!」
「あー、多分。というかアレしかないよな」
「……そーちゃんこっそり教えて!」
「皆、平気? せっかくだから全員でいくよ!」
光が溢れ、一瞬。オーロラに染まる夏の空。
五つの声は高らかに────。
「「デジタルゲート・オープン!」」
◆ ◆ ◆
光の道が拓く。
あたたかな道のりを進んでいく。
そこに恐怖は無い。使命感も無い。
多少の不安はあれど、彼らの胸は希望と期待に満ちていた。
いつか聞いた物語のような景色が、きっとそこには在るのだろう。
時間をかけて立ち直って、時間をかけて生まれ変わった──毒のない電脳世界が。
「────」
光の道を往く。
懐かしい道のりを歩いていく。
やがて終わりを迎えると、弾けた泡の様に、彼らの視界が切り替わった。
──青い空が広がっていた。
始まりも終わりも無い。どこまでも高く続いていく、鮮やかな蒼天。
真っ白な日差し。
漂う草いきれ。花の香り。
吹き抜ける優しい風。
そんな、煌めく世界の中で
「おかえり」
声を聞く。
緑滴る大地に、光は五つの影を映していた。
彼らは青年達に手を振り、駆けてくる。あの日と変わらない笑顔のまま────。
The End of Prayers
― 終 ―
◆ ◆ ◆
小学生の子らを見送った後。扉の向こうが静かになる前に、私は彼と踵を返した。
心配な事など何もない。自宅までもきっと、あの子達なら問題なく帰れるだろう。
騒がしそうな外にはまだ出ず、正面玄関の近くでデジモン達が戻るのを待つ。イグドラシル周辺の後処理の事、改めてお願いしなければ。
「────そういえば、あなたの眼」
隣で壁にもたれる彼は、目線だけをこちらに向けた。
「色、見えるようになったのかしら。まだ感想を聞いてなかったわ」
産まれ落ちたイグドラシルが座に着いて、総ての毒は世界樹に回帰した。世界と同様、今の彼にも毒は無い筈だ。
彼が翼を抱いていた時にはもう、そう成っていた気もするけれど。後遺症さえ無ければ──
「……見えるが、お前はあまり変わらない」
すると、ベルゼブモンはそう一言。
「それだけ?」
「それだけだ」
「もったいない」
彼の世界に色が戻っても、どうやら私は「白と黒」らしい。
「でもほら、スカーフだって。前に言った通り『赤い』でしょう?」
私は胸のスカーフを見せる。懐かしい廃墟の遊園地で、交換しあった赤い布。
一方、ベルゼブモンに渡した制服のそれは、すっかりボロボロになっていた。
スカーフの状態に言われてから気付いたのか、ベルゼブモンは気まずそうに眉をひそめる。
その反応が少し面白くて、「気にしてないわ」と私は笑った。
◆
日が高く昇る正午過ぎ。
白い少女と黒い男は、聖なる都市を後にする。
共に戦った「仲間達」は、喧噪の少ない裏門から二人の事を見送った。
多すぎない程度の荷物と食糧、一つの小さな機械を持たせて。
デジヴァイスと呼ばれるそれは、白蝶貝を思わせる純白で彩られていた。
通信用であり、少女が直接イグドラシルへ干渉しない為の媒介でもある。彼らを世界樹へ送る度、使う事になるだろう。
少女の役割は、言ってしまえばその程度だ。
他に責務は無い。何を強いられる事も無い。
二人は今、この世界で誰よりも自由だった。
「────見て。街がもう、あんなに遠い」
気付けば都市は視界の彼方。溶けた荒野に、二人分の足跡が続く。
その足取りは穏やかだ。男が少女に歩調を合わせ、一歩だけ前を歩いていた。
「……ああ、そうだな」
目的も無く街を出て、目的が無いまま進んで行く。
それは果ての無い旅路。けれど、いつかは終わりを迎えるもの。
少女は、人間の生命のルールから外れたが故、およそ永い時をこの電脳世界で生きていくだろう。或いは路傍の花の様に、儚く散ってゆくかもしれない。
しかしそれは、男にしてみても同じ事。
だから互いに、限りある時間の重さは、理解しているつもりだった。
──それでも少女は、ふと思ってしまうのだ。
これからの日々、巡りゆく日常が、かつて夢見た“普通”でなくとも構わない。
少しでも長く、心を彩るこの幸せが続きますように──と。
いっその事、いつの日か。
世界にふたりぼっちになって、夢の様に消えるまで。
「ベルゼブモン。どこに行くの?」
少女は男を見上げ、手を伸ばし──彼の指にそっと触れる。
「……決めていない。適当だ。そのうち、思い付けばいい」
男は手を取り、握り締め──そして少女の瞳を見た。
「カノン」
優しい微笑みで、名前を呼んだ。
「お前となら────ずっと、何処へだって」
モノクロームの世界。灰色だった曇り空。
今は青く、碧く、鮮やかに。どこまでも続いていく。
二人を包み込んで、広がっていく。
◆ ◆ ◆
「────結局、聖要塞都市は都市機能の三分の一を失った」
子供達が帰還した翌日。
大聖堂の告解部屋には、ホーリーエンジェモンの声が響いていた。
仕切り壁の向こうには誰もいない。別に虚無へ語り掛けているわけではなく、彼の手にはアンティークの受話器が握られている。
「結界の展開を地下シェルターの設置区域に限局させた結果だ。……人的被害はそこそこに留められたが」
我が身がセラフィモンであったならと、今も尚思わずにいられない。
ホーリーエンジェモンは自らの力不足を嘆く。嘆いた所で、どうしようもないのだが。
『古き海神が加護を撒いたとは言え──それまで持ち堪えたのは、それこそ天使共の偉業だと思うがね』
それを慰めるかのように、受話器の向こうからは低い声が聴こえてきた。
『その他の地域は? こちらは相変わらず陸の孤島でな』
「廃工場都市は都心の一部区域を除いて壊滅。アンドロモン曰く、鋼鉄の帝国たるメタルエンパイアも完全に機能を停止させたと。先日の『豪雨』が追い討ちをかけたな」
ホーリーエンジェモンは深く溜め息を吐いた。
「──草原や森は焼かれ、山は崩れた。やはり海域から離れたフィールドほど深刻らしい。我らのデジタルワールドは、文字通り『やり直し』となるだろう」
復興には骨が折れそうだ。果たして、真に平穏が戻るのは何時になることやら。
『であれば、今こそ再び「英雄達」の出番ではないかね?』
声は可笑しそうに喉を鳴らす。
『統治者が必要だ。導き手が必要だ。新たな世界としての拡張も。そうだろう?』
「彼ら自身、既に世界の復興に尽力してくれているとも。……しかし広域の統治となると、完全体以上の定常化が求められる」
『と、言うと?』
「うち三体は現状、時間制限付きだ。デジコアの強化は施されているから、時間をかければ叶うだろうが……」
選ばれし子供達は、もうこの世界にいないのだから。
『それで、あの可愛らしい子供達は?』
「帰還した。今度こそ無事に、リアルワールドへ」
『ああ、──それは良かった。実に良かった』
その声色は、本音なのか建前なのか。非常に曖昧であったが、ホーリーエンジェモンにとってはどうでもよかった。
『しかし本当に驚いたな。あの時の幼弱な二体がまさか、かの大英雄であったなんて』
「同感だ。貴様が殺してしまわないで本当に良かったよ。────フェレスモン」
◆ ◆ ◆
「ネプトゥーンモン様、お戻りになられましたか」
──毒の大雨から、二ヶ月。
ネプトゥーンモンが海底神殿へ帰還すると、従者の一人が小包を手に駆けてきた。
「留守の間に変わった事は」
「ございません。ですが、先程お荷物が届きました」
「……覚えは無いな。誰からだ?」
「それが、ウィッチェルニーの民からミネルヴァモン様宛のようで……」
ふむ、とネプトゥーンモンは首を傾げる。
「確か、先日いらっしゃった……アポロモン様とメルクリモン様のお仲間でしたか」
三週間ほど前、弟達は新たな時代の「英雄」を改めて紹介してくれた。──尤も本題は、デジタルワールドの今後に向けての会議であったが。
「……」
──その日。ネプトゥーンモンは彼等から、毒の真相を聞かされた。
聞いた時は、憤りと虚無感とでおかしくなってしまいそうだった。
それでも、弟妹が生き残ってくれていたから。何よりあの子供達が無事に帰還できた────その救いがあったから、辛うじて心が耐えられたのだ。
『今日まで兄さんが知らなくて良かった。もし知ってたら、一人で天の塔に乗り込んでたかもしれない』
メルクリモンはそう言った。──その通りだと思う。血気盛んに、若しくは自暴自棄に、きっとそうしていただろう。
結果だけを見るなら、自分は水底に籠ったままで良かったと言える。情けない話ではあるが。
全てが終わったあの日以降、弟達と仲間達は大忙しだ。ほぼ毎日のように世界樹へ登り、「後片付け」に追われている。
自分は、一足先に各地の復興へ。これまでの不甲斐なさに対する、身勝手な贖罪も兼ねて。
彼等が安息を得られるのは、もう少し先の事になるだろう。
できれば弟達には、早く自由になってもらいたいのだが────
「……それで、如何されますか?」
「ああ、すまない。取り敢えず私が受け取ろう」
荷物を抱いて妹の部屋へ向かう。
小さくノックをし、少しだけ返事を待って──やはり何も聞こえないと扉を開けた。
「……戻ったぞ」
殺風景な部屋に置かれた大きなベッドでは、ミネルヴァモンが穏やかに寝息を立てている。
──核と肉体に負ったダメージは、とっくに修復されている筈だった。
それでも目覚めないのは、精神的なものなのか。それとも別に理由があるのか──ネプトゥーンモンと従者達は看病を続けている。
「お前へのプレゼントだそうだ」
ベッドサイドを飾る向日葵を、少しだけ脇に寄せた。
──弟達によれば、妹は一時期ウィッチェルニーの民と暮らしていたらしい。その時の忘れ物か、それとも見舞いの品でも贈ってくれたのか。
妹の荷物を勝手に開けるのは気が引けるが、保存状態を選ぶものだといけない。心の中で謝罪しつつ、ネプトゥーンモンは慎重に包みを開けた。
「ん?」
添えられた一枚の手紙が目に入る。
「────」
書かれた言葉。姿を覗かせる“贈り物”。
ネプトゥーンモンは驚いたように、何度か瞬きをすると──それを、ミネルヴァモンの枕元にそっと置いた。クリスマスイブの夜のように。
「…………ミネルヴァ。目を覚ますのが、楽しみだな」
────“ これが同一個体なのか、以前と同じ進化を遂げるかは分かりませんが。
ひとまず回収しておきました。あとは貴女に託します。 ”────。
ワレモノ注意の箱の中。
栗色の羽と共に、ひとつのデジタマが収められていた。
◆ ◆ ◆
丘に沈む夕陽を眺める。
深く静かな夜を迎える。
そしてまた、朝が来る。
あたたかな光。コロナモンは太陽に手をかざしながら、少しだけ目を細めた。
「……」
澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んで、青空に向け両手を伸ばす。
そして一歩、草が芽吹き始めた大地を踏みしめた。
朝陽が照らす二つの影。
前を向いて進んでいく、大きな白銀と小さな赤橙。
いつか命を繰り返しながら、旅した時と同じように。
「──ここは、どこだろう」
白銀の背から景色を臨む。
見慣れない風景。毒に溶けて姿を失い、けれど生まれ変わりつつある地平線。
「きっともうすぐだ」
ガルルモンは言った。穏やかな声で、柔らかな目線で。
そうだね、とコロナモンは答える。温もりを感じながら、遠い彼方を眺めていた。
────やがて。
「さあ、着いたよ」
二人は、辿り着く。
「……。……ただいま、ガルルモン」
「……ああ、ただいま。コロナモン」
そこはかつて、天使の里と呼ばれた場所。
始まりの夜。いつか帰ると誓った、約束の場所。
中には誰もいなかった。
“あの日”の半月後に訪れたらしい、テリアモン達の形跡は当然。自分達が暮らしていた痕跡さえ朧気だった。
何もかも、毒の雨に塗り潰されて──もうずっと遠い昔から、廃れてしまっているかの様に。
「……」
そんな故郷を、二人は無言のまま巡る。静かに、遠い思い出と共に。
崩れた木製の門。錆びたレリーフ。瓦礫まみれの家屋。
二人で暮らした岩穴。ボール遊びをした広場。ボールを取りに迷い込んだ森の名残。
高台の上に佇む、小さな聖堂。
「────」
白い壁と青い屋根。鐘楼塔にかかる金色の鐘。
此処だけは────思い出と、何一つ変わらない外観のまま。
「────だめだな、コロナモン」
ガルルモンが声を漏らした。
「……どうして?」
目線の先。ステンドグラスの欠片だったかもしれない、丸い小石が煌めいている。
「だって……──これ以上は、泣きそうだ」
「……」
コロナモンはガルルモンの背から降りた。
重く閉ざされた鉄の扉を、掌でそっと撫でる。中には、入らなかった。
「……いいんだよ、ガルルモン」
扉にそっと額を擦り、俯く。
「たくさん泣いたっていいんだ。声を出したっていいんだ。俺達はもう──」
小さな肩を震わせて。
あの日の思いを、これまでの思いを────何もかも吐き出すように。
コロナモンは声を上げた。幼子のように嗚咽した。もう、我慢なんてしなかった。
ガルルモンは声を堪えた。堪えようとして、けれど我慢できなくなった。
誰もいなくなった天使の里に、二人の泣く声だけが響いていた。
「 」
──ふと、柔らかな風が吹く。
それは二人の頬を撫でるように、溢れる涙を拭うように。
優しく流れて、あたたかな空へ消えていった。
◆ ◆ ◆
幾つもの願いの果て。
広がる世界を、明日も生きていく。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
────懐かしい、薄緑色の光の道を往く。
次に来られるのはいつだろう、なんて思いながら、何度か後ろを振り返る。
来た道は既に消えているのか、光で埋もれているのか、とにかくもう見えなくなっていた。
先頭で柚子が急ぐよう促す。彼女の背中が、何だかとても頼もしく見える。
それからしばらくして、道の終わりが見えてきた。
選ばれし子供たちは、リアルワールドへと帰還する。
◆ ◆ ◆
──最初に感じたのは、夏の匂い。
それから、けたたましい蝉の合唱。
肌に粘り付くような蒸し暑さ。
ゲートの先に繋がっていたのは、とあるアパートの一室。
古臭くて薄暗く、五人も居るには少し狭い。
蒼太と花那がこの部屋に来るのは、デジタルワールドへ発った日の朝以来だ。
少し懐かしそうに眺める二人と、初めて見る部屋に戸惑いながら、そういえば土足のままだと慌てる二人。
そんな彼らを他所に、柚子は持ち込んでいた私物をてきぱきと片付け始める。別にもう、靴を履いたままでも構わなかった。
「……柚子さん、ずっとここにいたんですか?」
そう尋ねる手鞠に、柚子は苦笑しながら「思ったより狭いでしょ?」
「それでも皆よりは全然、気楽だったけどね。たまに買い出しに行くこともあったし。ワトソンさんと……」
そこまで言って、口を噤む。
だが──唇を噛み締め、顔を上げた。
「ねえ、帰りにコンビニ寄ろう。アイス買おうよ」
「え! 行く行く行きます!」
「で、でも、わたしお金が……」
「大丈夫大丈夫。お小遣いもらってるからねー」
誰から、とは言わなかった。
数分で片付けを終え、最後に指差し確認でチェック。ここで忘れ物なんてしたら後で厄介だ。
“元住人”の私物はそのままにするよう言われているが、冷蔵庫のゼリー達だけは持って帰ることにする。
「ごめん、お待たせ」
狭い部屋だが、玄関まで道案内。ドアノブに手を掛けたところで、
「矢車くん、村崎さん」
立ち止まったまま、部屋を見つめる二人を呼んだ。
「帰ろう」
外に出ると、そこには紛れもなく、自分達の暮らす世界が広がっていた。
建付けの悪い扉を閉めて、日陰の廊下を進んで、錆びた階段を下りていく。
焼き付くような日差しが彼らを照らした。眩しさに、誰もが思わず目を細めた。
ジリジリと熱を反射するアスファルト。一歩踏み出すだけで、靴の裏が熱く感じる。
「──あ、人だ」
通行人を見つけて、誠司がそんな声を上げた。
「こっちは全然、平和だなー」
◆ ◆ ◆
懐かしいコンビニの入店音。
懐かしい、店内の有線放送。
肌寒い程の冷房も、何もかも。よく知っている筈なのに、何故だか非現実的な感覚を抱く。
それでも久しぶりに食べたアイスは美味しくて、思わず泣いてしまいそうになった。
──そんな寄り道の後、子供達は小学校に辿り着く。
校門は閉まっていた。今日は休日なのか、それともオーロラ事件の影響で休校になっているのか、とにかく人の気配は感じられない。
とは言え、職員室まで行けば教師が一人くらい居るのかもしれないが──面倒事になりそうなので、誰も行こうとは言わなかった。
「……手鞠ちゃんたちが攫われて……私、大人たちに色々聞かれたから話したんだけどさ。デジモンのことなんて、誰も信じてくれる訳なくて」
柚子は図書室の窓を見上げる。ブギーモンに壊された硝子は、すっかり新しいものに換わっていた。
「こいつはショックでおかしくなったんだーってだけ。あの日、矢車くんとコロナモンが学校に来てなかったら……私ここにいなかったんだろうなあ」
「……俺たちの一人でもいなかったら、きっと皆、帰って来られてないですよ」
「まー、確かにね」
以前よりは自信をもって、そう言える。
「……あ、そうだ。ねえ私、手鞠ちゃんの連絡先しか知らないんだけど」
「そっか。交換しておいた方がいいですもんね。……えーっと、俺と誠司のを花那に送って」
「で、それを私が手鞠に送って」
「わたしが柚子さんに送れば大丈夫ですね。帰ったらケータイ充電しないと……」
「色々バタバタしそうだし、蒼太。夜か明日に連絡ちょーだい」
子供達は子供達同士、これからの事を約束し合って。
あまり長居するわけにもいかないから、程良い所で各自、解散する。
「じゃあ、また学校で」
まるで、いつも通りの下校風景のようだった。
◆ ◆ ◆
皆とは通学路が異なる為、柚子は一人、久々の帰路に着いていた。
高く高く、空を昇る入道雲。
じっと見上げる。まだ感覚はぼんやりしていて、帰って来た実感が湧かない。……また明日にでも、あの狭いアパートから世界を見守るような気がして。
もし、いつか再びゲートが開くなら。
この街で、この場所で。その時きっと、私達はまた出会えるだろうか。
「──でも、」
もう、この街に「座標」はいない。
ウィッチモンが、この場所を記録してくれている事を願うばかりだ。
そう思って────ふと。
「……」
──みちる達の役割が座標であったなら。ただ「在る」だけで良かった存在なら。
彼女達の知らぬ間に、一体どれだけのゲートが開かれていたのだろう。
“初代”の選ばれし子供達から、自分達の間にも、きっと。
ニュースにさえならなかった、行方不明の子供達がいたかもしれない。
……連れて行ったのがマグナモンならいいのだが。
彼ならきっと同じ轍は踏まないから──回路を奪った後で、こっそり帰してくれていただろう。
だが────もし、別のデジモンが、
「……。……」
柚子は考えるのを止めた。
あくまで想像でしかない。既に起きた現実は変わらない。
眼鏡を外して、汗なのか涙なのか、分からない雫を腕で拭う。
そのまま洋服の裾でレンズを拭いて、掛け直した。視界には相変わらず、清々しい夏の空が広がっている。
「……うん。取り敢えず、事故とかには気を付けよう」
せっかく生き残ったのだ。
大切に、生きていこう。
真っ直ぐに前を向いて、家路を進む。
アスファルトに立ち上る陽炎が、揺れながら柚子を包み込んだ。
◆ ◆ ◆
「お母さんとお父さん、怒るかなあ」
ようやくの帰り道なのに、手鞠はそんな心配ばかり。
彼女の親が、やや過保護気味なのは花那も知っていた。別に理不尽さ等は無いらしいので、きっとただ心配性なのだと思う。
自分の親は過保護とまではいかないが──それでもたくさん心配をかけただろう。一体どんな顔で迎えられるのか、正直不安なところではあった。
「そしたらその時は、私も一緒に怒られてあげるね。『どこ行ってたの!』『ごめんなさーい!』って」
なんて、冗談交じりに言ってみる。
「いっそ五人全員で怒られよっか?」
「そ、それは悪いよ……。……でも、ちょっと心強いかも」
「でしょ? じゃあ怒られる時は集合で! なんてね。……あ、でも手鞠、もしかして塾とかやばかったりする?」
「こっちだと、一週間くらいしか経ってないって聞いたから……多分、平気だと思う」
「すごーい! 勉強も問題ないなら尚更だよ! 怒られたりなんかしないって」
花那はそう励まして、手鞠の肩を軽く叩いた。
──その優しい力強さに、手鞠はハッと顔を上げ、
「……花那ちゃん。……ありがとう。今の、すごく元気出た」
首から提げたペンダントに触れて笑う。
友達の笑顔に、花那もなんだか嬉しくなった。
そうして肩を並べる帰り道。青い風が、二人の少女の背中を押す。
◆ ◆ ◆
「あっちーなー、もー」
どこか不満げな誠司の声は、悉く蝉の合唱に遮られていた。
「さっきアイス食べたじゃん」
「もう体のどこにも残ってない! オレたちの世界こんな暑かったっけ?」
「デジタルワールド、別にそんなでもなかったもんなあ。火山とかはあるっぽいけど」
「まじかー。行きてーなー」
「流石に危ないだろ。ハワイあたりの火山で我慢しときなよ」
「え、あれって遊びに行けんの?」
「知らねー」
少年達はそんな、中身のない会話のキャッチボールをする。
出来れば思い出に耽りながら帰りたかったが、暑くてそれどころではない。
「なあ、オレたちちゃんと家まで着けるかな。家だと思ったらサボテンの幻だったとかない?」
「蜃気楼な。あとちょっとだし頑張ろう。家なら冷房も効いてるよ。多分」
「もし親、仕事でいなかったら図書館いこうぜ。寝れるしさ」
「ついでに充電器とか貸してもらえないかなあ」
灼熱の公道に車通りは殆ど無い。学校は閉まっていたが、世間的には平日なのだろうか? それなら最悪、図書館は夕方まで開いているし────。
なんて考えていたところ。その公道を一台のパトカーが走り去る。
まあ、あんな事件があったのだ。見回りでもしているのだろう。すると、それを見た誠司が「あっ」と声を上げた。
「そーちゃん。今わりと重大なことに気付いちゃったんだけどさ」
「え、何」
「オレたち、もしかしてニュースになったりする?」
「……あー」
蒼太は思わず頭を抱えた。
「……そうだよなー。絶対、警察沙汰だよなあ……」
なんとかうまく、適当に切り抜けられないだろうか。ウィッチモン達が用意した台本が、上手くいくことを願うばかりだ。
「そーちゃんの顔映ったら、オレ声高くしてモザイク付けてインタビュー受けるから」
「それだと俺が犯罪者! ……あ、誠司。そろそろお前んち」
「おー、なんかカーテン空いてるしいけそう。じゃあそーちゃん、また学校でなー」
「うん。……学校、次いつだ? まあいいや。てきとーに連絡するよ」
そうして友人と別れ、蒼太はひとり通学路を進んでいく。
相変わらずの暑さのせいか、もしくはそのおかげか、一人の時間に色々考えてしまうという事はなかった。いつもの夏の日と同じように、汗を拭いながら家に帰る。
やがて、懐かしい我が家が見えてきた。
どうやら家族はいるようだ。安心して、胸を高鳴らせ、少しだけ小走りになって────そして、
「ただいま」
◆ ◆ ◆
炎天が続く街の中。いくつかの住宅地、ある五つの家庭で、その日大きな事件が起きた。
もう何日も行方不明だった、自分の子供が帰って来たのだ。
顔はやつれて、少しだけ痩せて。衣服もどこか汚れていて。
けれど、笑顔を見せられる程度には元気そうだった。
親達は大きな声を上げて泣く。怒られる事なんて微塵も無かった。ただひたすら、泣き腫らした顔で抱き締められた。
「無事でよかった」
「怪我が無くてよかった」
「生きていてよかった」
その言葉達は、不思議と聞き慣れていたものだったけど。
何故だろう。それまで堪えていた感情が、堰を切ったように溢れ出して────気付けば子供達もまた、家族の胸の中で泣いていた。
それは、親にとっては約六日ぶり、もしくは八日ぶりの。
子にとっては約三十日、もしくは四十三日ぶりの再会だった。
◆ ◆ ◆
久しぶりの自宅は、特に何も変わっていなかった。
現実世界での時間経過を考えれば不思議でもない。
母親が色々な所へ電話をしている間、蒼太は自室で寛ぐ事にする。
リビングや他の部屋は今まで通りだが、自室はやけに片付いていた。自分が戻ってくると信じて、親が日々掃除していたのだろう。……そう思うと、どこか申し訳ない気持ちが湧いてくる。
涼しい風を受けながらぼんやりしていると、壁掛けのカレンダーが目に入った。
何となく、自分達が失踪していた日に〇をつけてみる。
すると────
「……なんだ。もう夏休みじゃん」
思わず笑ってしまった。
夏休みならとっくに、もう十分味わったよ。
『────速報です。七月■日に発生した児童集団失踪事件。本日新たに五人の児童が発見されました』
『いずれも命に別状は無く、今後は更なる調査を────』
────警察や家族から、行方不明の間に何があったのかを何度も聞かれた。
けれど俺たちは“台本”通りに、「ショックで何も覚えていない」を突き通す。場所も時間も下手に言わず、トラウマにでもなっているフリをして、ひたすら嘘を吐き続けた。
あの夏の思い出は────自分達の心の中だけに、大切にしまい込んだのだ。
そんな事があったので、しばらくの間は大変だった。
栄養状態やら生傷やらで病院にも何度か通い、気付けば夏休みもあと僅か。せめて宿題だけでも免除されないものか。最近の悩みの種はもっぱらそれだ。
特に日記の宿題なんて、本当に書くことが無い。
まあ、例年も適当にでっち上げているのだが。
「……うーん」
鉛筆を握って、何を書こうか考える度────あの日々を思い出す。
思い出す度に、思いを馳せる。彼らは今どうしているだろうと。
コロナモンとガルルモンは、今度こそ自由に暮らせているだろうか。
ウィッチモンは、無事に故郷へ帰れただろうか。
ユキアグモンは都市の復興に勤しんでいるのだろうか。
チューモンは、ちゃんと街の皆と馴染めているだろうか。
ベルゼブモンは今も、あの人と一緒にいられているだろうか。
メトロポリスの皆は。要塞都市の皆は。ネプトゥーンモンとミネルヴァモンは、今────
「……散歩いこ」
鉛筆を置いて、部屋を、家を飛び出した。目的地はないので、適当に周囲を散歩する。
強い日差しが肌に当たってじりじりと暑い。蝉たちはまだまだ、元気なようだ。
気晴らしをして、コンビニで冷たい飲み物を買って、帰り道。
「──ねえ、あのおばけビル、取り壊しになるんだって」
「よかったー。なんか不気味だったもんねえ」
過ぎ去る誰かの、そんな会話が聞こえてきた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
借りていた寝間着と毛布を畳んで、少しばかりの身支度をする。
持って来たものなんて殆ど無いから、あっという間だ。
準備が出来た順に食堂へ集合。カノン達は今回も一番乗り。
レオモンはいつもの朝食の代わりに、温かなスープを用意してくれていた。
「……寂しくなるな」
子供達が帰還する旨は、夜の間に天使から聞かされたらしい。
「ちゃんとよく食べて、よく寝るんだぞ。今日は寝不足みたいだから、帰り道に転ばないよう気を付けるんだ」
それから「景気付けだ」と言って、子供達の背中を軽く叩く。出会った時のように、歯を見せて豪快に笑ってくれた。
「ありがとうレオモンさん。お世話になりました!」
要塞都市でずっと面倒を見てくれた彼に、子供達は感謝を述べる。──次にこの世界へ来られたら、彼やお世話になったデジモン達とまた会いたい。そう、思いながら。
客間から上がった階段を再び降りて、エントランスへ。
そこにはエンジェモンが待っていた。一行と目が合うと、彼は自らの胸に拳を当てる。
「大聖堂まで先導させてもらう」
子供達は彼にも挨拶をしようとしたが、それより先に蝶番の擦れる音が響いた。
次いで扉の軋む音。静けさが満ちるエントランスに風が吹き込み────。
「「デジタルワールドの救世主に喝采を!」」
一斉に、大きな歓声が湧き上がった。
宿舎棟から大聖堂まで繋がれた、民衆の花道。子供達の出発を見送りたいと、何より感謝を述べたいのだと、動ける民が夜明け前から殺到していた。
鳴り止まない賛辞の声に子供達は圧倒される。──それはかつて、彼らが青ざめながら浴びた期待であり、プレッシャーであり、目を背けられない現実そのものであった。
けれど────
「……よかったな誠司。街の皆、笑ってる」
「……──うん。これならきっと、オレが炊き出ししなくても平気だね」
空を舞う紙吹雪の中。無傷の者もいれば、負傷した者もいた。
それでも彼らが生きている事に変わりはない。自分達の戦いで、ここにいる彼らを助けられたのだ。
守れなかったものもあったけれど、たくさんの命だって守った事を実感する。
……そう思うと、嬉しかった。
ここまでやってきて良かったと、今は素直に、そう思えたのだ。
花道の先。大聖堂の前ではホーリーエンジェモンが迎えてくれた。
エンジェモンは一行から離れ、大天使の隣へ。二人は一行を前に膝を着くと、深く深く頭を垂れる。
「──聖要塞都市の長として、諸君に心からの感謝と敬意を送ろう」
それは紛れもない本心。しかし、ホーリーエンジェモンの中には未だ複雑な思いがあった。
英雄たる彼らには富も報酬も無く、ただ名誉や称賛といった無形の物しか送れない。それが遺憾であったし、何より────。
世界を救った余韻に浸るどころか、パートナー達と過ごせる時間があまりに短かった事。それに対し力になれなかった事が、彼には残念でならなかった。
ウィッチモンとの試算の後、天使や民衆には速やかに接見の禁止を命じた。……少しでも仲間同士、水入らずの時間が過ごせていたらいいのだが。
すると──
「ホーリーエンジェモンさん! ユキアグモンのこと頼みます!」
「チューモンのこともお願いします……! おいしいご飯、おなかいっぱい食べさせてあげて下さい!」
誠司と手鞠の声に、ホーリーエンジェモンは顔を上げる。
子供達は笑顔だった。晴朗な笑顔で、ホーリーエンジェモン達に「ありがとう」と言った。照れているユキアグモンをチューモンが小突き、微笑みながら悪態を付いていた。
ホーリーエンジェモンは数秒、呆気に取られると────なんと声を上げて笑い出す。
隣でエンジェモンが驚愕している様も相まって、きっと生まれて初めて、心底可笑しそうに笑ったのだ。
「すまない、すまない。……こちらこそ『ありがとう』。ああ、本当に……」
仮面の下から零れた涙を指で拭い、立ち上がる。純白の翼とローブを揺らし、胸に手を当て敬礼した。
「……我等が英雄に、選ばれし子供達に栄光あれ。異なる世界へ遠く離れようと、この芳恩を我等は決して忘れない。────いつか、また会おう」
そう言って、一行を送り出す。
子供達に負けない位、彼もまた、晴れやかな笑顔で。
◆ ◆ ◆
聖堂の門が開かれると、一行は誰に付き添われる事なく奥へと進んだ。
翼廊の奥の扉を抜け、硝子細工の螺旋階段を上る。
ステンドグラスから太陽の光が差し込む。目を見張るほど鮮麗な空間を抜ける。
階段の先のロビーでは、青銅の大扉が彼らを迎えた。
大扉の向こうは主聖堂だ。リアライズゲートの開放はそこで行われる。
一行は真っ直ぐ大扉を目指すが────
途中で、二つの足音が止まった。
「────」
その事にデジモン達は気付いていた。子供達も、扉の前で気が付いた。
「……────カノンさん」
手鞠は、震える声で名前を呼ぶ。
白い少女は微笑んでいた。黒い男は相変わらず仏頂面だ。それでも、子供達の事をじっと見つめていた。
「お見送り、ここまででごめんなさい」
最後まで見届けられない事を詫びる。
カノンは、リアライズゲートを目にするのが怖かった。帰らないからこそ怖かったのだ。だから主聖堂には入らない。……その選択を、誰が責める事などできようか。
手鞠は言葉に詰まっていた。何か言えば涙が溢れてしまいそうで、けれど最後にそんな顔は見せたくなくて。────その時
「そ、そいつ! 一昨日、惚気てたんで!」
蒼太が、わざとらしく声を上げた。
「後で本人から聞いてください!」
「あと似顔絵は苦手っぽいっす!」
誠司も加わり男を指差す。カノンはひたすら目を丸くさせていた。
同じく困惑する手鞠の肩を、柚子と花那は優しく押しながら──
「カノンさん、ベルゼブモン。二人とも元気で!」
「またねー!」
元気よく手を振る。友人達につられて、手鞠も顔を綻ばせた。
そんな彼らの姿に、カノンは安心したように目を細める。何故だか小学校の卒業式を思い出し────遠い場所へ往く友を送るように、小さく手を振り返した。
「──さようなら、ありがとう。あなた達の世界が、いつだって平和でありますように」
◆ ◆ ◆
側廊に並ぶ天使の彫像に見守られながら、大理石の長い身廊を進む。
クリアストリーとバラ窓からは光が差し込み、聖堂内を明るく照らしていた。
祭壇周辺には、既にゲート開放の準備が施されていた。
手動か、一定以上時間が経てば自動で開く仕組みらしい。「ホーリーエンジェモンも手が込んだ事を」とウィッチモンは感心する。
「リアライズゲートは、ワタクシ達が拠点にシテいた居室に繋ぎマス」
とは言え、ゲート自体は特別なものでも何でもない。開いた後はこれまで通り、ただ終わりまで進んでいけばいい。
「亜空間は既に解除し、リアルワールドとなッテいマスので……」
「そこからは、ひとまず学校まで私が送るからね。あとは現地解散!」
アパート付近の地理は柚子が把握している。路頭で迷い通報される心配もない。幸い、この時間であればリアルワールドも日中のようだ。
「うわー、なんかドキドキすんなー……」
「お、お母さんたちに、連絡した方がいいのかな……。あ、でも電池無いままだ……」
元の世界でさえ、もう何日も失踪している事になっているだろう。普通に帰ってしまっていいものか悩んでしまう。別に悪い事をしていたわけでないのだから、堂々とすればいいのだが。
ちなみに失踪中に何が起きていたか等、問われた際の証言もウィッチモン達は考えてくれていた。子供達でもできそうなシンプルな内容だった。
そうして、最後の段取りについて説明が終わる。ウィッチモンは子供達から目線を離し──
「──では、そろそろ」
その一言に、子供達の胸がどくんと鳴った。デジモン達の表情にも、僅かだが翳りが差した。
ウィッチモンは祭壇の前へ。────進もうとして、
「……。……けど……その前に。ワタクシからも、改めてお礼を」
足を止め、立ち止まった。
「ありがとう皆。ワタクシの大切な仲間達。……ユズコ。帰った後の事は任せマスね」
「──うん。大丈夫だよウィッチモン。私、ちゃんとやれるから」
「何だかんだ楽しかったよ。アンタ達と一緒にいて。だけどまあ、危なっかしい子達さ。これからは程々にしておきな。
それと……──手鞠、しっかりね。アンタ根は強いんだから大丈夫。胸張って生きなよ。……次会う時は、デカいケーキでも一緒に」
「……ッ、……うん。約束……!」
手鞠は涙ぐんで小指を出す。チューモンは、笑顔でそれを握り返した。
「せーじ。ずっど元気でいでね。おでもいつか、そっぢに遊びに行ぐからね」
「オレ……いつか絶対、ユキアグモンのこと母ちゃんと父ちゃんに紹介するから……! 大人でも見えるメガネとか、作ってさ……!」
「でもユキアグモン、今度はいきなり玄関に出てきちゃダメだぞ。俺らじゃなかったら大騒ぎだ」
「へーき、へーぎ。おで、『はちゅうるい』の真似、練習しどくんだ!」
「それは……心配だけど、頑張ってな……」
「ウィッチモン、もしそっちが大丈夫になったら連絡してね! 絶対だよ!」
「ええ、カナ。その時は事前に手紙を送りマスね」
花那はウィッチモンと握手──は出来なかったので、腕と腕とを軽く合わせる。
そのまま、いつものように振り向いて
「ねえガルルモン、コロナモン────」
呼び掛ける。
……呼び掛けたが、
「……えっと」
言葉が続かなかった。
こんな時、何て言えばいいんだろう。
「……その、二人も……元気でね!」
どんな言葉を、言うべきなのだろう。
「またサンドイッチ、作ってくるから……」
「……か、花那。今度は全員分でいっぱいだから、俺たちも皆で作ろうな!」
「うん! あと雨水、あんまり飲んじゃダメだよ。お腹こわしちゃうかもなんだから」
コロナモンとガルルモンは笑って、「そうだね」「わかったよ」と答えてくれる。
だから、自分達も笑顔で。
「デジタルワールド、これからまだ大変だろうけど……皆なら大丈夫だって思うからさ。俺たちも元気でいるから……」
それなのに。
他愛ない言葉を並べるだけで、瞳に涙が滲んでしまうのだ。
「「……」」
────ふと。空にオーロラを見た、あの日の事を思い出す。
子供にしか見えなかったブギーモン。
大人達には見えなかったブギーモン。
肉体の成長と共に衰退する回路の話。
いつか、自分達もそう成るのだろうか。
回路を全て失って、目の前に彼らがいても分からなくなるのだろうか。
────ぎゅっと、デジヴァイスを強く握り締める。
繋いできた想いが、紡いできた絆が。この手から、零れていってしまわないように。
「──大きくなっても、ずっと」
そう、心から願い
「俺たちは、忘れないよ」