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組実(くみ)
2021年5月15日
  ·  最終更新: 2021年5月16日

*The End of Prayers*  第35話

カテゴリー: デジモン創作サロン


全話一覧








◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆






 太陽が輝く。

 燃えるような陽光に向け、短剣が高らかに掲げられる。


 ────そんな、祈りの儀式にも似た光景。









*The End of Prayers*


第三十五話

「ふたつ星」






◆  ◆  ◆





 ────目を、奪われた。


 ライラモンが、メガシードラモンが、ワイズモンが。

 手鞠が、誠司が、柚子が。──誰もが。


 黒紫の騎士と対峙する二人の獣に。その神々しさに。

 目を奪われて動けなかった。一瞬、時が止まったような錯覚さえ抱く程。


 亜空間のディスプレイには、既に自動解析された二つのデータが映し出されている。


 紅の獣、その名をアポロモン。神人型ワクチン種。

 碧の獣、その名をメルクリモン。神人型ウイルス種。

 所属勢力、────“オリンポス十二神”。


 それは海底に座するネプトゥーンモンと同じ。そして、“彼女”と同じ。


『……みちるさん……』


 騎士は二柱の獣を見据え、槍を構える。

 腕を大きく振りかぶり────投擲した。狙いは真っ直ぐ、輝ける太陽へ。


 けれど、瞬きの間。

 魔槍の穂先は太陽に届かない。それよりも速く、メルクリモンが槍を掴み取っていたからだ。


『……ユズコ! 今のうちに二人の修復を! 急いで!!』


 クレニアムモンは表情を変えず、ただ見上げていた。

 そして一度、拳を握り締めるような素振りを見せると──獣の手に収まっていた槍が、崩れるように分解を始める。

 鈍く煌めくブラックデジゾイドの黒い粒子。それらを払うように、メルクリモンは静かに短剣を振った。


「────スピリチャル、エンチャント」


 短剣の刃先が虚空を裂く。切れ間の向こう側、無数の眼光が一斉にこちらを覗いた。

 裂け目から溢れ出した幻影の魔物達。濁流の如く、クレニアムモンに襲い掛かる。


「……エンドワルツ!!」


 けれど濁流に飲まれて尚、騎士は冷静であった。

 瞬時に行われるクラウ・ソラスの再構築。魔物達を薙ぎ払い、巻き起こす衝撃波で切り刻んでいく。


 ──肉塊が霧散する嵐の先、クレニアムモンは一筋の光を見る。

 それは燃えるような焔の光。無数の矢と成り、アポロモンの背後に構えられていた。


「アロー・オブ・アポロ!!」


 放たれる。同時に魔盾アヴァロンによる全方位防御が発動した。

 あらゆる攻撃を無効化する三秒間──それを超えても存在し続ける紅い炎。

 盾を熔化せんとする灼熱に対し、クレニアムモンは内側からブラックデジゾイドを展開させ続けた。


『アポロモン!』

「……蒼太……っ」

『全力で行っていい! 大丈夫だ、一緒にいるから!』


 ──大切な人の声が聞こえる。

 背に抱く太陽球が光を増した。炎は一層燃え盛り、轟音を立てながら騎士を焼き続けた。

 通常のデジモンであれば瞬く間に消炭となっていただろう。その余波は離れた完全体の仲間達にさえ及ぼうとしていた。──だが、


「────嗚呼、嗚呼。何という」


 低い声と共に揺れる煙。

 炎の中、騎士はその五体を保ち続けていた。


「紛い者のまま、仮初の核のまま、その姿まで至るとは」


 熔解と再生を繰り返す盾の内側。

 焼け付く空気で喉を焼きながら、笑顔を浮かべて。


「嗚呼、嗚呼。何て────素晴らしい。これが人間と生み出す奇跡の形……!」


 笑顔の理由は騎士にしか解り得ない。

 長く永い時の中、イグドラシルを救う為に奔走し──今ここに、彼は二つの結論を得た。


 毒による汚染個体さえ癒した少女。我が君の母体。

 過去を失くした個体を導く子供達。電脳体の覚醒。


「やはり我らは……正しかったのだ、マグナモン! 人間は我ら電脳体にこれ程までの恩恵をもたらした!」


 思い描く形は今も変わらない。遂げるべきはイグドラシルの完全なる再誕だ。

 例え母体から切り離されていたとしても、穢れた花の中で眠っていようとも。

 例え人間の肉体が電脳分解しようと、生命活動が停止していようと問題ない。


 其処に、回路さえ在るのなら


「捧げよう! この場に存在する全ての『奇跡』を取り出して、御身に!」


 神は、デジタルワールドは、そうして救済されるのだから。



『────それは、いけない』


 騎士が放った言葉の意味を、ワイズモンは誰より先に理解する。

 そして、青ざめた。既にパートナーと繋がった回路にさえ、騎士は価値を見出してしまった。


 このままでは──奪われる。


『……まず狙われるとすれば……損傷した完全体……! ユズコ、彼らの状態は!?』

『ライラモンはもうほとんど治せてる! でもメガシードラモンがまだ……!』


 データ上では、ライラモンの潰れた内臓はその九割が修復を完了していた。

 一方でメガシードラモンの修復進捗は未だ六割程度。傷が深い程、修復にかかる時間と人体への負荷が増していく。

 最上層への空間外殻の解除にだってまだ時間が要る。幾重にも張られた騎士の防御隔壁は厚く、重く、一枚を破壊するだけでもやっとだった。


『────ッ』


 ワイズモンは唇を噛み締めた。──アポロモンとメルクリモンがあれだけ奮戦してくれたにも関わらず、自分達が間に合わないなんて。


 ああ、本当に何もかもが足りない。

 時間も技術も力も、何もかも。悔しくて情けなくて、叫びそうになる。


 しかし──それでも冷静に、ならなくては。


『……──わかりました。致命傷さえ脱したならそれで十分!』

『動かすのはまだ危ないよ! 絶対に傷が開く! 治すのだって、これ以上スピード上げたら海棠くんが……!』

『クレニアムモンはマグナモン同様、デジモンと人間の分離技術を持っている筈。二人が捕まればセイジとテマリが奪われます!』


 捕まったまま別の空間に転移でもされたら、それこそ追跡は困難になるだろう。

 ましてやライラモンは今、騎士の狙いであるイグドラシルを所持しているのだ。


『ライラモン、メガシードラモン! 聞こえましたね!?』


 騎士は行動を開始していた。

 槍の狙いはライラモンとメガシードラモンに向けられ、転移を繰り返し接近を試みる。アポロモンとメルクリモンが、必死になってそれを阻む。


『クレニアムモンは彼らが止めてくれる! 今のうちに離脱を!』

「……つまり怪我した完全体は……ウチらは弱いから、先に潰されるから……逃げろって言うのかい。そうじゃないと手鞠達を守れないって……!?」

『……──そうです。ワタクシ達は完全体にまでしか至れなかった。これがワタクシ達の限界だった! だから……!! ……もし残ると言うならパートナーとの分離を。子供達だけでも離脱させます。貴女だってこの子達を死なせたくないでしょう!?』

「わかってる!! ……わかってるんだよ頭では! それでもウチらは……! ……あの子から、イグドラシルを託されたんだぞ……!」


 アポロモンの熱が空気を焼いた。煙の中から溶けた槍が投擲され、ライラモンを狙う。──彼女が顔を上げた時には既に、メルクリモンが槍を掴み取っていた。


『この……! さっきから手鞠たちばっか狙って……!』

「ライラモンを殺してから連れて行くつもりなんだ。イグドラシルも、手鞠も!」

『そんなこと絶対させない!! ──メルクリモンあっち! 煙が動いた!』


 瞬時に方向転換する。そんな彼を、ライラモンの中で手鞠は見上げていた。


『……花那ちゃん……』


 不思議だ。自分達を庇うメルクリモンの背中が、とてもとても遠くに感じる。

 ────届かない程、遠くに感じる。


『第二階層とのゲート、繋いだよ! 脱出させるなら急いで!』

『……メガシードラモン。損傷の激しい貴方達から先に行きなさい。早く! 既に修復の工程でセイジにも────』


 どうしようもない苛立ちがライラモンを襲う。

 ワイズモンの急かす声がうるさい。つい、声を荒立てようとして──


『────ごほっ』


 その時。

 使い魔の通信から聞こえた、小さな声。──誠司のものだ。


『ぅ……おえ、──』

『……セイジ、……どうしました』

『わ、ワイズモン。……なんか、さっきから……ごほっ、変で……』


 胸が痛む。胃の中が逆流しそうだった。左手がやたらと痺れて冷たい。

 ──誠司本人も、自身に何が起きているのか理解できずにいた。メガシードラモンが熱風を吸ってしまったのだろうか?


 だとしたら大変だ。電脳化した手でメガシードラモンを撫でる。「大丈夫?」と声を掛ける。


「────せい、じ」

『えっと……ゲホッ、……行かなきゃダメなんだっけ? オレたち、ここまでなんだ……』


 見上げれば、仲間達が。あれだけ敵わなかったデジモンを相手に果敢に挑んでいる。

 拳と槍が、矢と盾がぶつかり合う。その度に空気がビリビリと震えて、こちらまで伝わってくるような気がするのだ。


 ──本当に凄い。決して引けなど取っていない。仲間達の戦う姿を見ているだけで、こんなにも胸に希望が湧いてくるなんて。


『……カッコイイなあ。あれ、そーちゃんと村崎だろ? オレもメガシードラモンのこと……あんな風にしてあげたかったんだけど、ごめんなあ』


 そうしてまた、メガシードラモンを撫でる。

 触れられない筈なのに、さっきからどうして撫でられるのかは、分からなかった。



『…………ねえ、ワイズモン……。……タイマーは?』



 柚子は声を震わせた。誠司の異変に対し、ひどく嫌な予感がして。


『タイマー……まだ、……鳴って、ないよね?』


 恐る恐る目線を、首を動かす。


 パートナーとの同化可能時間。作戦完了までのタイムリミット。

 タイムキーパーが存在しない中、安全を管理する為の装置────仲間達の出発と同時にカウントを開始させたタイマーに、目をやった。


『────』



 カウントは止まっていた。

 残り十八秒、その数字を点滅させたまま。



『──何で』


 停止ボタンなんて無い。始まったら止まらない、それなのに。

 即座に解析する。誤作動を起こしたわけではないようだった。


 ただ、タイマーのシステムそのものが焼き切られていたのだ。


『……────まさか。……さっきの……逆探知された時に……』


 ワイズモンは焼け焦げた自身の腕を見つめる。


 まさか、


『あの時に、もう』


 ────ああ。


 ああ、ああ、ああ、自分達は、

 何という失態を。


『あの子達は!!』


 電脳化した子供達の状態を確認する。つい先刻までは全員、正常だった。

 手鞠にはまだ異常が無い。イグドラシルの影響も受けていないのだろう。

 誠司は酷く揺らいでいた。パートナーの修復で負荷が掛かりすぎたのだ。


 そして、デジモンと一体化したまま究極体へと至った────蒼太と花那は。


『──ッ皆! 聞いて皆!! もう……時間が過ぎてる! 作戦の時間、もう終わってるの!!』


 柚子が通信機に向かって叫ぶ。同じ声で、黒猫が悲痛に声を上げた。


「はぁ!? ちょっとおい嘘だろ!?」

『本当にごめんなさい! 私たちのせいで……!』

「その時間って長すぎたらヤバくなるんじゃないの!? それじゃあ──……」


 ふと、脳裏を過る。

 第二階層で出会った少女の姿を。人間であった筈の彼女が遂げた結末を。


「……──ワイズモン!! この子ら全員……ウチらから切り離せ!」

『!! 待ってライラモン、わたし……!』

「要は此処が逃げられりゃ良いんだろう!? イグドラシルならウチらで手鞠のデジヴァイスを持って行けばいい! ……蒼太と花那だって……抜けてもきっとアイツら大丈夫だ。究極体から戻ったりしないさ!」

『わ、わたしだって大丈夫だよ! まだ一緒にいられる! ここまできたのに!』

「アンタまで『あの子』みたくなられたらウチが困るんだよ!」


 手鞠はびくりと身体を震わせた。ライラモンはメガシードラモンに駆け寄り、ワイズモン達に乞うように声を張り上げた。


「分かってるだろ!? これ以上デジモンの中にいたら全員壊れる!!

 ウチは手鞠の……この子達の世界を、まだ一緒に見てないんだ!」


 だから此処で、こんな所で、この子達を。


「────時間がどうのと、喚いている様子だが」


 上空ではクレニアムモンが、アポロモンとメルクリモンに問う。

 そして語った。燃え盛る炎の中で、交え合う拳の中で。


 人間の電脳化。電脳世界に在る事自体が、肉の生命たる人間の存在を揺らがせる。

 その代償が何なのか──お前達が知らない筈は無いのだから。


「記憶の欠落も時間の問題だろう。“契約”は既に終わり、やがて貴様らは思い出す。──かつて貴様らが守ろうとした幼子は、同じ理由で世界に溶けた!  あの日私が連れ去らずとも……! 現実世界になど、二度と帰れはしなかったさ!!」


「──せいじ……せいじ、きみも。オレからはなれなきゃ」

『ならメガシードラモンも一緒に行こう! だってオレが……げほっ、離れたらもう、怪我しても治せなくなっちゃうんだよ!? さっきの怪我だってまだ治ってないのに、抜けられるわけないじゃんか! 一緒じゃなきゃ嫌だ!!』


 嗚呼、だからこそ問う。この愚かしくも偉大な二柱に。

 その意志で、行為で、今度はどのような結末を選ぶつもりなのかを。


「私は無論、どちらでも構わぬとも。神は此処に、回路は此処に。どこまでも私は追おう」

「「────」」


 嗚呼、そして今度こそ。世界が生まれ変わる時、自分達の全てが消えるとしても。

 もう二度と障害になど成らないように────今度は、ちゃんと殺しておこう。


『ゲートはまだ維持できる……先に手鞠ちゃんたちを逃がして、矢車くんと村崎さんはひとりずつ! できるよね!?』

「やってもらうしかないさ! じゃなきゃ分離中に全滅だ!」

「ワイズモンはやく! みんな、守って……!」


『電脳体分離システム起動! ……マグナモンの名の下、選ばれし子供たちの肉体復元を! 戦闘領域からの離脱────』



『────俺たちは残る!!』



 蒼太が、叫んだ。


『ここで止まらない! 絶対に!!』


 そして、花那も。

 ワイズモン達の、「そんな事をすれば二人が」なんて制止の声は聞こえない。


 決めたから。

 進むと、遂げると誓った。何があってもその意志は揺らがない。


『だから……メルクリモン! 私たちで皆を守るよ!』

『アポロモン! クレニアムモンは俺たちが止める!』


 そして────蒼太と花那の言葉に応えるように、アポロモンとメルクリモンは咆哮を上げる。


「────それが答えか。貴様達の」


 振動が鎧に響く。上空に燃える光に、足元からなだれ込む影に、騎士は目を閉じる。──槍を、構えた。


『……ッ、……対象設定、メガシードラモン、ライラモン……!』

『待ってよ山吹さん! ワイズモン! 待って!! ──メガシードラモン!』

『ねえ! ライラ──……』


 直後。

 ぷつん、と音を立てるようにして、手鞠と誠司の意識が途切れた。


 ライラモンとメガシードラモンの身体にノイズがかかる。

 靄のように輪郭を失う彼等の傍らで、分離した光が繭の様な形を成していく。──電脳体から実体への変換。


「ソルブラスター!!」

「スピリチャルエンチャント!!」


 人間としての肉体に戻る事は、つまるところデジモンという鎧を失う事だ。


『──出力行程、六十、七十……──』


 回路が剥き出しになる。その瞬間を、クレニアムモンは必ず狙う。

 ──仲間の所には行かせない。転移の際に生ずる空間の揺らぎを、二人は決して見逃さない。


『……──八十、九十──』


 アポロモンは太陽の矢を、全方向から騎士に向け構える。彼が何処へ転移しようと、その炎で捉える為に。


『────出力完了!!』


 光の繭が割れる。中から誠司と手鞠の肉体が、水晶の上に転がり落ちる。

 それが合図かのように騎士も動きを見せ、アポロモンの矢が一斉に放たれた。


『二人のバイタルは!?』

『……だ……大丈夫! ちゃんと生きてる! 分離できてるよ!!』


「手鞠! 誠司!!」


 ライラモンが二人を抱き寄せる。騎士から、そして騎士を包む炎の熱風から守るように。


「……、……ライラモン……」


 一体化の時とは違う、肌に感じる温もり。

 手鞠はパートナーを見上げた。薄緑色の光が彼女を照らしていて、自分達の背後にゲートが開かれている事を理解した。……隣では誠司が、酷く青い顔をして咳き込んでいる。


「……メガシードラモン……お願いだよ、お前も一緒に……!」

「……オレは……まだ、すこしだけ……ここで戦うよ」

「ダメだよ! だってこのままじゃ……治せないのに、そんな体で戦ったら……!」


 咳嗽と震えの混ざった声。メガシードラモンは僅かに目を伏せた。

 ライラモンはそれに構わず、誠司と手鞠をゲートに押し込もうとする。


「急ぎな二人とも!」

「てまり! せいじをお願い……!」

「……! ……っ」


 ────二人の言う通りだ。それは、分かってる。

 ここで躊躇っていても意味が無い事だって。自分達が無理に残れば、むしろ仲間達の枷になってしまう事だって。


 そうすれば、いずれどうなるかなんて事も。──だから


「……──、……ねえ、後で、お迎え……。……わたしたち、待ってるから……っ」


 言いたい事はたくさんあったのだ。怒りたかったし、悲しかった。悔しかった。

 けれど全て飲み込んで、手鞠は握り締めたデジヴァイスを──イグドラシルを宿した聖遺物を、パートナーに渡す。


「……行こう! 海棠くん!」

「宮古さん……! ……ダメだ、ユキアグモン……!!」


 そして誠司の腕を掴んで、背中を押して、強引に連れて行った。

 振り向く。視界の端に仲間達を見た。転移を繰り返しながらこちらを狙う騎士と、それを阻む友の姿。


「……花那ちゃん、矢車くん……、皆……」


 騎士の手は届かない。二人の足は既にゲートに踏み込んだ。熱い風も轟音も、瞳に映るパートナーの姿も全て、光の中に溶けていく。


「……絶対、一緒に帰ろうね」


 ────そうして、少年と少女は戦線を離脱する。

 その意志を、友に託して。




◆  ◆  ◆





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組実(くみ)
2021年5月16日  ·  編集済み:2021年5月16日




◆  ◆  ◆




 パートナーの背中が小さくなっていく。


 申し訳ない、という気持ちが胸を渦巻いた。けれど後悔は無い。

 離脱後は何かしらの形で、恐らくはワイズモン達が二人を守るだろう。

 これ以上、負荷をかけることもない。何より生きて帰してあげられる。


 だから──満足だ。


「……アンタは行って良かったんだよ、メガシードラモン。そんなボロボロで」

「ううん。……ケガしてても、完全体でも……力が、足りなくても。……オレたちにはまだ、やれることが、あるとおもうから」

「……そうだね」


 ライラモンはデジヴァイスを見つめ、苦笑した。

 ああ、神様とやら。どうせなら自分達も究極体にしてくれれば良かったのに。


 クレニアムモンの標的は相変わらずこちらに向いていた。自分達の首を刎ねて、イグドラシルを取り返すつもりなのだろう。


「でもさ、誠司の言った通り……次に致命傷くらったらもう、ウチらは治せない」

「……うん」

「ははっ、……上等じゃないか。受けて立つさ! だから──メガシードラモン、覚悟はいいね?!」

「──とっくに!!」


 互いに声を震わせながら、空を仰ぎ、騎士を睨んだ。


 ────刹那。

 そんな二人を掠めるように、何かが空へと昇っていくのを見た。


 光の尾を描いて、高く、高く。

 まるで、二つの箒星のように。





◆  ◆  ◆




 ────白い壁に、白い床。

 白で塗り潰された第二階層。


 手鞠は誠司の肩を担ぎながら、息を切らしてゲートを抜ける。

 そのまま膝を着いた。気付けば首元の襟が、自分の涙でぐしゃぐしゃに濡れている。


 戦闘の喧騒も聞こえなくなり、緊張が解けたのだろう。誠司は手鞠から離れると、床に両手を着いて泣き出した。


「……う、うぅぅ……ッ、ちくしょう……、なんで……」


 自分達だけ帰ってきてしまった。自分達だけ、戦いから逃れてしまった。

 まだ友達が戦っているのに。まだ、戦えたのに。治してあげられたのに。


「宮古さん、なんで! オレのこと置いてってくれなかったんだよ……!」

「──!!」


 感情的な言葉に、手鞠の顔がカッと熱くなる。


「……だって……だって! わたしたち、邪魔になるだけだった! クレニアムモンがわたしたちを狙うなら……わたしたちがいるせいで、皆が余計にケガするかもしれなかったんだよ!」

「でもメガシードラモンは! ……ユキアグモンはまだ全然、治ってない……! あんなんで戦ったら死んじゃうよ! もう治せないのに!」


 誠司の鳴き声は嗚咽混じりで、ひどく上擦っている。

 手鞠は目を伏せた。──ああ、彼の言う事だって尤もなのだ。自分達のパートナーは完全体で、騎士と対等には戦えない。それは自分達以上に、彼ら自身が理解していた事だ。


「なあ、神様……神様いるならお願いだ。ユキアグモンを死なせないでくれ。皆を守ってくれ。お願いだから助けて……」

「…………海棠くん」

「せめて……ちゃんと、治してあげたかったんだ。元気にして、それで……。……そーちゃんと……蒼太と村崎みたいに……最後までユキアグモンと戦いたかった……!」


 それが──いや、それも本音なのだ。彼の、彼らの。


「ッ……悔しい……もっと、強く……させてあげたかったのに……」


 咳込んで、嘔吐した。身体が熱い。左手がやたらと冷たい。

 そんな誠司の背中をさすりながら、手鞠もまた声を震わせる。


「…………わたしだって……自分で約束、叶えたかったよ」


 託されたのに。イグドラシルを連れて行くと誓ったのに。

 理想とは程遠い現実。あまりにも思い通りいかなくて、嫌になる。


「わたしたち、最初も最後も……花那ちゃんと矢車くんに、助けてもらってばかりだったね」

「……」


 自嘲気味な手鞠の作り笑顔が痛々しくて、誠司は思わず表情を歪めた。

 それから、自身の感情を彼女にぶつけてしまった事に罪悪感を覚える。──右手を握り締めて、彼女に謝ろうとした。


 その時だった。

 周囲に突然、軽快な電子音が響き出す。


「「!?」」


 二人は驚いて顔を上げた。心臓が跳ねそうになり、涙も止まった。

 周囲には誰もいないが、音は近い。何コールか鳴った頃、二人はそれが誠司のデジヴァイスから流れているものだと気付く。


 亜空間の柚子達からの連絡だろうか? 誠司が慌てながら適当にボタンを押す。


 すると────



『────あー、テスト、テステス。こちら管制室。こちら管制室』



 聞こえてきたのは、よく知る青年の声だった。


『マイクは生きてるっぽいけど、声、届いてる? デジヴァイスに繋ぐの初めてだからなあ』

「……これ……え、おにーさん? 何で!?」

『まあ大丈夫か。きっと聞こえてるよね』

『やっほー! アタシもいるよー!』


 どうして。それに、何故。戸惑う二人を他所に声は続いた。


『とりあえず用件ね! 今からそのあたりにゲート開くからさー、ちょっと騙されたと思って飛び込んでみ?』


 ますます意味が分からない。止まった涙はすっかり奥に引っ込んだ。

 詳細はともかく理由が知りたい。誠司が二人の名を呼ぶと────



『最後の仕事だ。キミ達に託すよ』



 抑揚の無さは相変わらず。しかしどこか優しさが込められた声色で、ワトソンははっきりと言葉を紡いだ。


「……それって、どういう意味……」

『それじゃあボク達はこれで』

『健闘を祈るぜ! ばいばーい!』

「!? ちょ……おにーさん!」

「みちるさん!!」


 電源プラグを抜かれたような音と共に通信が切れる。

 あまりに突然で一方的な連絡に、やはり戸惑いを隠せなかった。


 互いに顔を見合わせる。突拍子もない言動に、「あの人達ならやってもおかしくない」という思いも僅かにあるのだが──


「……いや、でもやっぱ意味わかんな……」


 言いかけて、止まる。

 誠司はそのまま大きく目を開き、言葉を失った。彼の視線の先には──本当にゲートの光が輝いていたのだ。


 二人は声を上げた。信じられないと、互いの顔とゲートを交互に見た。

 何が起きているのだろう。このゲートは一体、どこに繋がっているのだろう。


 二人の首に下げられた紋章のペンダント。

 小さく音を立て、視界に入り込む。


「「……」」


 ────気付けば、立ち上がっていた。足を前に踏み出していた。


『手鞠ちゃん、海棠くん! どこ行くの!?』


 デジヴァイスからは今度こそ柚子の声が聞こえてきたが、二人は足を止めなかった。

 手鞠は誠司に肩を貸し、誠司は道の先を見据えながら。


『これ……ゲートの反応!? どうして……!? ねえ待って、そっちの状況が映らないの! 何かあったら危ないから──』

「ゆ、柚子さん! えっと、その……」

「なんかカンセーシツから電話きてさ! おにーさんとおねーさんから!」

「それで、この中に行けって……! 最後の仕事だって言ったんです! わたしたちに託すって、言ってくれたんです!」


『────』


 デジヴァイス越しの、柚子の声が止まる。


「勝手にごめんなさい! でもきっと──」

『──わかった』


 その言葉に、手鞠は思わず「え?」と聞き返す。理由を聞かず肯定した柚子の反応に、本当に行っていいものかと逆に躊躇ってしまった。

 だが、柚子はやはり止めない。


『大丈夫。……二人が、そう言ったなら……絶対、大丈夫。

 だから行って。進んで! ……お願い!』


 声は何故だか涙ぐんでいる。その理由を、手鞠と誠司が知ることは無かった。






◆  ◆  ◆





<────“音声データの再生を終了しました。”>


 機械仕掛けのアナウンスが、管制室の中に反響する。