
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
太陽が輝く。
燃えるような陽光に向け、短剣が高らかに掲げられる。
────そんな、祈りの儀式にも似た光景。
*The End of Prayers*
第三十五話
「ふたつ星」
◆ ◆ ◆
────目を、奪われた。
ライラモンが、メガシードラモンが、ワイズモンが。
手鞠が、誠司が、柚子が。──誰もが。
黒紫の騎士と対峙する二人の獣に。その神々しさに。
目を奪われて動けなかった。一瞬、時が止まったような錯覚さえ抱く程。
亜空間のディスプレイには、既に自動解析された二つのデータが映し出されている。
紅の獣、その名をアポロモン。神人型ワクチン種。
碧の獣、その名をメルクリモン。神人型ウイルス種。
所属勢力、────“オリンポス十二神”。
それは海底に座するネプトゥーンモンと同じ。そして、“彼女”と同じ。
『……みちるさん……』
騎士は二柱の獣を見据え、槍を構える。
腕を大きく振りかぶり────投擲した。狙いは真っ直ぐ、輝ける太陽へ。
けれど、瞬きの間。
魔槍の穂先は太陽に届かない。それよりも速く、メルクリモンが槍を掴み取っていたからだ。
『……ユズコ! 今のうちに二人の修復を! 急いで!!』
クレニアムモンは表情を変えず、ただ見上げていた。
そして一度、拳を握り締めるような素振りを見せると──獣の手に収まっていた槍が、崩れるように分解を始める。
鈍く煌めくブラックデジゾイドの黒い粒子。それらを払うように、メルクリモンは静かに短剣を振った。
「────スピリチャル、エンチャント」
短剣の刃先が虚空を裂く。切れ間の向こう側、無数の眼光が一斉にこちらを覗いた。
裂け目から溢れ出した幻影の魔物達。濁流の如く、クレニアムモンに襲い掛かる。
「……エンドワルツ!!」
けれど濁流に飲まれて尚、騎士は冷静であった。
瞬時に行われるクラウ・ソラスの再構築。魔物達を薙ぎ払い、巻き起こす衝撃波で切り刻んでいく。
──肉塊が霧散する嵐の先、クレニアムモンは一筋の光を見る。
それは燃えるような焔の光。無数の矢と成り、アポロモンの背後に構えられていた。
「アロー・オブ・アポロ!!」
放たれる。同時に魔盾アヴァロンによる全方位防御が発動した。
あらゆる攻撃を無効化する三秒間──それを超えても存在し続ける紅い炎。
盾を熔化せんとする灼熱に対し、クレニアムモンは内側からブラックデジゾイドを展開させ続けた。
『アポロモン!』
「……蒼太……っ」
『全力で行っていい! 大丈夫だ、一緒にいるから!』
──大切な人の声が聞こえる。
背に抱く太陽球が光を増した。炎は一層燃え盛り、轟音を立てながら騎士を焼き続けた。
通常のデジモンであれば瞬く間に消炭となっていただろう。その余波は離れた完全体の仲間達にさえ及ぼうとしていた。──だが、
「────嗚呼、嗚呼。何という」
低い声と共に揺れる煙。
炎の中、騎士はその五体を保ち続けていた。
「紛い者のまま、仮初の核のまま、その姿まで至るとは」
熔解と再生を繰り返す盾の内側。
焼け付く空気で喉を焼きながら、笑顔を浮かべて。
「嗚呼、嗚呼。何て────素晴らしい。これが人間と生み出す奇跡の形……!」
笑顔の理由は騎士にしか解り得ない。
長く永い時の中、イグドラシルを救う為に奔走し──今ここに、彼は二つの結論を得た。
毒による汚染個体さえ癒した少女。我が君の母体。
過去を失くした個体を導く子供達。電脳体の覚醒。
「やはり我らは……正しかったのだ、マグナモン! 人間は我ら電脳体にこれ程までの恩恵をもたらした!」
思い描く形は今も変わらない。遂げるべきはイグドラシルの完全なる再誕だ。
例え母体から切り離されていたとしても、穢れた花の中で眠っていようとも。
例え人間の肉体が電脳分解しようと、生命活動が停止していようと問題ない。
其処に、回路さえ在るのなら
「捧げよう! この場に存在する全ての『奇跡』を取り出して、御身に!」
神は、デジタルワールドは、そうして救済されるのだから。
『────それは、いけない』
騎士が放った言葉の意味を、ワイズモンは誰より先に理解する。
そして、青ざめた。既にパートナーと繋がった回路にさえ、騎士は価値を見出してしまった。
このままでは──奪われる。
『……まず狙われるとすれば……損傷した完全体……! ユズコ、彼らの状態は!?』
『ライラモンはもうほとんど治せてる! でもメガシードラモンがまだ……!』
データ上では、ライラモンの潰れた内臓はその九割が修復を完了していた。
一方でメガシードラモンの修復進捗は未だ六割程度。傷が深い程、修復にかかる時間と人体への負荷が増していく。
最上層への空間外殻の解除にだってまだ時間が要る。幾重にも張られた騎士の防御隔壁は厚く、重く、一枚を破壊するだけでもやっとだった。
『────ッ』
ワイズモンは唇を噛み締めた。──アポロモンとメルクリモンがあれだけ奮戦してくれたにも関わらず、自分達が間に合わないなんて。
ああ、本当に何もかもが足りない。
時間も技術も力も、何もかも。悔しくて情けなくて、叫びそうになる。
しかし──それでも冷静に、ならなくては。
『……──わかりました。致命傷さえ脱したならそれで十分!』
『動かすのはまだ危ないよ! 絶対に傷が開く! 治すのだって、これ以上スピード上げたら海棠くんが……!』
『クレニアムモンはマグナモン同様、デジモンと人間の分離技術を持っている筈。二人が捕まればセイジとテマリが奪われます!』
捕まったまま別の空間に転移でもされたら、それこそ追跡は困難になるだろう。
ましてやライラモンは今、騎士の狙いであるイグドラシルを所持しているのだ。
『ライラモン、メガシードラモン! 聞こえましたね!?』
騎士は行動を開始していた。
槍の狙いはライラモンとメガシードラモンに向けられ、転移を繰り返し接近を試みる。アポロモンとメルクリモンが、必死になってそれを阻む。
『クレニアムモンは彼らが止めてくれる! 今のうちに離脱を!』
「……つまり怪我した完全体は……ウチらは弱いから、先に潰されるから……逃げろって言うのかい。そうじゃないと手鞠達を守れないって……!?」
『……──そうです。ワタクシ達は完全体にまでしか至れなかった。これがワタクシ達の限界だった! だから……!! ……もし残ると言うならパートナーとの分離を。子供達だけでも離脱させます。貴女だってこの子達を死なせたくないでしょう!?』
「わかってる!! ……わかってるんだよ頭では! それでもウチらは……! ……あの子から、イグドラシルを託されたんだぞ……!」
アポロモンの熱が空気を焼いた。煙の中から溶けた槍が投擲され、ライラモンを狙う。──彼女が顔を上げた時には既に、メルクリモンが槍を掴み取っていた。
『この……! さっきから手鞠たちばっか狙って……!』
「ライラモンを殺してから連れて行くつもりなんだ。イグドラシルも、手鞠も!」
『そんなこと絶対させない!! ──メルクリモンあっち! 煙が動いた!』
瞬時に方向転換する。そんな彼を、ライラモンの中で手鞠は見上げていた。
『……花那ちゃん……』
不思議だ。自分達を庇うメルクリモンの背中が、とてもとても遠くに感じる。
────届かない程、遠くに感じる。
『第二階層とのゲート、繋いだよ! 脱出させるなら急いで!』
『……メガシードラモン。損傷の激しい貴方達から先に行きなさい。早く! 既に修復の工程でセイジにも────』
どうしようもない苛立ちがライラモンを襲う。
ワイズモンの急かす声がうるさい。つい、声を荒立てようとして──
『────ごほっ』
その時。
使い魔の通信から聞こえた、小さな声。──誠司のものだ。
『ぅ……おえ、──』
『……セイジ、……どうしました』
『わ、ワイズモン。……なんか、さっきから……ごほっ、変で……』
胸が痛む。胃の中が逆流しそうだった。左手がやたらと痺れて冷たい。
──誠司本人も、自身に何が起きているのか理解できずにいた。メガシードラモンが熱風を吸ってしまったのだろうか?
だとしたら大変だ。電脳化した手でメガシードラモンを撫でる。「大丈夫?」と声を掛ける。
「────せい、じ」
『えっと……ゲホッ、……行かなきゃダメなんだっけ? オレたち、ここまでなんだ……』
見上げれば、仲間達が。あれだけ敵わなかったデジモンを相手に果敢に挑んでいる。
拳と槍が、矢と盾がぶつかり合う。その度に空気がビリビリと震えて、こちらまで伝わってくるような気がするのだ。
──本当に凄い。決して引けなど取っていない。仲間達の戦う姿を見ているだけで、こんなにも胸に希望が湧いてくるなんて。
『……カッコイイなあ。あれ、そーちゃんと村崎だろ? オレもメガシードラモンのこと……あんな風にしてあげたかったんだけど、ごめんなあ』
そうしてまた、メガシードラモンを撫でる。
触れられない筈なのに、さっきからどうして撫でられるのかは、分からなかった。
『…………ねえ、ワイズモン……。……タイマーは?』
柚子は声を震わせた。誠司の異変に対し、ひどく嫌な予感がして。
『タイマー……まだ、……鳴って、ないよね?』
恐る恐る目線を、首を動かす。
パートナーとの同化可能時間。作戦完了までのタイムリミット。
タイムキーパーが存在しない中、安全を管理する為の装置────仲間達の出発と同時にカウントを開始させたタイマーに、目をやった。
『────』
カウントは止まっていた。
残り十八秒、その数字を点滅させたまま。
『──何で』
停止ボタンなんて無い。始まったら止まらない、それなのに。
即座に解析する。誤作動を起こしたわけではないようだった。
ただ、タイマーのシステムそのものが焼き切られていたのだ。
『……────まさか。……さっきの……逆探知された時に……』
ワイズモンは焼け焦げた自身の腕を見つめる。
まさか、
『あの時に、もう』
────ああ。
ああ、ああ、ああ、自分達は、
何という失態を。
『あの子達は!!』
電脳化した子供達の状態を確認する。つい先刻までは全員、正常だった。
手鞠にはまだ異常が無い。イグドラシルの影響も受けていないのだろう。
誠司は酷く揺らいでいた。パートナーの修復で負荷が掛かりすぎたのだ。
そして、デジモンと一体化したまま究極体へと至った────蒼太と花那は。
『──ッ皆! 聞いて皆!! もう……時間が過ぎてる! 作戦の時間、もう終わってるの!!』
柚子が通信機に向かって叫ぶ。同じ声で、黒猫が悲痛に声を上げた。
「はぁ!? ちょっとおい嘘だろ!?」
『本当にごめんなさい! 私たちのせいで……!』
「その時間って長すぎたらヤバくなるんじゃないの!? それじゃあ──……」
ふと、脳裏を過る。
第二階層で出会った少女の姿を。人間であった筈の彼女が遂げた結末を。
「……──ワイズモン!! この子ら全員……ウチらから切り離せ!」
『!! 待ってライラモン、わたし……!』
「要は此処が逃げられりゃ良いんだろう!? イグドラシルならウチらで手鞠のデジヴァイスを持って行けばいい! ……蒼太と花那だって……抜けてもきっとアイツら大丈夫だ。究極体から戻ったりしないさ!」
『わ、わたしだって大丈夫だよ! まだ一緒にいられる! ここまできたのに!』
「アンタまで『あの子』みたくなられたらウチが困るんだよ!」
手鞠はびくりと身体を震わせた。ライラモンはメガシードラモンに駆け寄り、ワイズモン達に乞うように声を張り上げた。
「分かってるだろ!? これ以上デジモンの中にいたら全員壊れる!!
ウチは手鞠の……この子達の世界を、まだ一緒に見てないんだ!」
だから此処で、こんな所で、この子達を。
「────時間がどうのと、喚いている様子だが」
上空ではクレニアムモンが、アポロモンとメルクリモンに問う。
そして語った。燃え盛る炎の中で、交え合う拳の中で。
人間の電脳化。電脳世界に在る事自体が、肉の生命たる人間の存在を揺らがせる。
その代償が何なのか──お前達が知らない筈は無いのだから。
「記憶の欠落も時間の問題だろう。“契約”は既に終わり、やがて貴様らは思い出す。──かつて貴様らが守ろうとした幼子は、同じ理由で世界に溶けた! あの日私が連れ去らずとも……! 現実世界になど、二度と帰れはしなかったさ!!」
「──せいじ……せいじ、きみも。オレからはなれなきゃ」
『ならメガシードラモンも一緒に行こう! だってオレが……げほっ、離れたらもう、怪我しても治せなくなっちゃうんだよ!? さっきの怪我だってまだ治ってないのに、抜けられるわけないじゃんか! 一緒じゃなきゃ嫌だ!!』
嗚呼、だからこそ問う。この愚かしくも偉大な二柱に。
その意志で、行為で、今度はどのような結末を選ぶつもりなのかを。
「私は無論、どちらでも構わぬとも。神は此処に、回路は此処に。どこまでも私は追おう」
「「────」」
嗚呼、そして今度こそ。世界が生まれ変わる時、自分達の全てが消えるとしても。
もう二度と障害になど成らないように────今度は、ちゃんと殺しておこう。
『ゲートはまだ維持できる……先に手鞠ちゃんたちを逃がして、矢車くんと村崎さんはひとりずつ! できるよね!?』
「やってもらうしかないさ! じゃなきゃ分離中に全滅だ!」
「ワイズモンはやく! みんな、守って……!」
『電脳体分離システム起動! ……マグナモンの名の下、選ばれし子供たちの肉体復元を! 戦闘領域からの離脱────』
『────俺たちは残る!!』
蒼太が、叫んだ。
『ここで止まらない! 絶対に!!』
そして、花那も。
ワイズモン達の、「そんな事をすれば二人が」なんて制止の声は聞こえない。
決めたから。
進むと、遂げると誓った。何があってもその意志は揺らがない。
『だから……メルクリモン! 私たちで皆を守るよ!』
『アポロモン! クレニアムモンは俺たちが止める!』
そして────蒼太と花那の言葉に応えるように、アポロモンとメルクリモンは咆哮を上げる。
「────それが答えか。貴様達の」
振動が鎧に響く。上空に燃える光に、足元からなだれ込む影に、騎士は目を閉じる。──槍を、構えた。
『……ッ、……対象設定、メガシードラモン、ライラモン……!』
『待ってよ山吹さん! ワイズモン! 待って!! ──メガシードラモン!』
『ねえ! ライラ──……』
直後。
ぷつん、と音を立てるようにして、手鞠と誠司の意識が途切れた。
ライラモンとメガシードラモンの身体にノイズがかかる。
靄のように輪郭を失う彼等の傍らで、分離した光が繭の様な形を成していく。──電脳体から実体への変換。
「ソルブラスター!!」
「スピリチャルエンチャント!!」
人間としての肉体に戻る事は、つまるところデジモンという鎧を失う事だ。
『──出力行程、六十、七十……──』
回路が剥き出しになる。その瞬間を、クレニアムモンは必ず狙う。
──仲間の所には行かせない。転移の際に生ずる空間の揺らぎを、二人は決して見逃さない。
『……──八十、九十──』
アポロモンは太陽の矢を、全方向から騎士に向け構える。彼が何処へ転移しようと、その炎で捉える為に。
『────出力完了!!』
光の繭が割れる。中から誠司と手鞠の肉体が、水晶の上に転がり落ちる。
それが合図かのように騎士も動きを見せ、アポロモンの矢が一斉に放たれた。
『二人のバイタルは!?』
『……だ……大丈夫! ちゃんと生きてる! 分離できてるよ!!』
「手鞠! 誠司!!」
ライラモンが二人を抱き寄せる。騎士から、そして騎士を包む炎の熱風から守るように。
「……、……ライラモン……」
一体化の時とは違う、肌に感じる温もり。
手鞠はパートナーを見上げた。薄緑色の光が彼女を照らしていて、自分達の背後にゲートが開かれている事を理解した。……隣では誠司が、酷く青い顔をして咳き込んでいる。
「……メガシードラモン……お願いだよ、お前も一緒に……!」
「……オレは……まだ、すこしだけ……ここで戦うよ」
「ダメだよ! だってこのままじゃ……治せないのに、そんな体で戦ったら……!」
咳嗽と震えの混ざった声。メガシードラモンは僅かに目を伏せた。
ライラモンはそれに構わず、誠司と手鞠をゲートに押し込もうとする。
「急ぎな二人とも!」
「てまり! せいじをお願い……!」
「……! ……っ」
────二人の言う通りだ。それは、分かってる。
ここで躊躇っていても意味が無い事だって。自分達が無理に残れば、むしろ仲間達の枷になってしまう事だって。
そうすれば、いずれどうなるかなんて事も。──だから
「……──、……ねえ、後で、お迎え……。……わたしたち、待ってるから……っ」
言いたい事はたくさんあったのだ。怒りたかったし、悲しかった。悔しかった。
けれど全て飲み込んで、手鞠は握り締めたデジヴァイスを──イグドラシルを宿した聖遺物を、パートナーに渡す。
「……行こう! 海棠くん!」
「宮古さん……! ……ダメだ、ユキアグモン……!!」
そして誠司の腕を掴んで、背中を押して、強引に連れて行った。
振り向く。視界の端に仲間達を見た。転移を繰り返しながらこちらを狙う騎士と、それを阻む友の姿。
「……花那ちゃん、矢車くん……、皆……」
騎士の手は届かない。二人の足は既にゲートに踏み込んだ。熱い風も轟音も、瞳に映るパートナーの姿も全て、光の中に溶けていく。
「……絶対、一緒に帰ろうね」
────そうして、少年と少女は戦線を離脱する。
その意志を、友に託して。
◆ ◆ ◆
何だこのざわつきは……燃えと恐怖が交互にやってくる! そんなわけで夏P(ナッピー)です。
前回でほえー究極体に進化、完全体に進化すれば毒の影響は無くなり安心できるなと思ったがそんなことはなかった本作ですが、流石に究極体に進化すれば事態も一気に……甘かった(フリーザだけではなかった)。あまりに展開が急すぎて心がいきぐるしい(さっきまで命だったものがry)。ベルゼブモンは究極体ながら本来の力を発揮できてない感がずっとありましたが、ここまで引っ張るに引っ張って一枚絵を背負いながらの「正真正銘の究極体ベルゼブモンブラストモードだぜ(CV高橋広樹)」してきて燃え。ライラメガシーのお二人は正直これ絶対今回死んだやろと思ってすまんかった。超頑張ってた。
みちソンの二人は最後の最後までオメーらどんだけ頑張るんだと言わんばかりの縁の下の力持ちぶりでしたが、どんだけ吐血しようと倒れようと死亡フラグ積み重ねようと死体になるまでは俺は信じねーぞ! 【あるべき展開】「みちソンさんはデジタルワールドの風になったの……」⇒「「おーい」」
クレニアムモンも本人なりの正義と信念があったんだな……となりましたが、あまりにも体は剣で出来ている固有結界の暴走過ぎる。ディアナモンの幻影が出てきたのでグレイスノヴァモン来る―!?
ではいよいよクライマックス感溢れてますが(※ここ数話毎回言ってるような)次回もお待ちしております。
あとがき
みなさんこんにちはこんばんは!
エンプレ35話、お読みいただきありがとうございました!!
前回の投稿からしばらく時間が空いてしまい申し訳ない……
無事に投稿できてよかった!
ついにクレニアムモンとの最終決戦! ドッカン究極体バトル!!
という訳でエンプレ戦闘シーン恒例の赤いものが辺り一面に転がったりやたら飛んだりする展開でしたが、今回はイラスト5枚もお付けして出血大サービスしましたよ! 文字通りな!!
(文章のままイラスト起こすとグロテスクになっちゃうので流石に加減しました)
完全体の二人も見てるだけではありません。最後の踏ん張りを見せてくれました。
コロナモンとガルルモンは皆の力があったからこそ駆け抜けることが出来たんですね。そして何より読者の皆様のおかげで!!
ワイズモン達も頑張ってます。両手ほとんど残ってないけど頑張ってます。戦いが終わった頃にはワイズモンもといウィッチモンは胃潰瘍になってると思う。あとちょっとだから頑張って欲しい。
みちるちゃんとワトソンくんも、戦闘では裏方でしたが頑張りました。頑張ったで賞をあげましょう。
ちなみに積み重なったお兄ちゃんズのダメージ&死亡データが一気に転送されて内部が爆発してます。痛そう。
ベルゼブモンはカノンちゃんの奇跡によってベルブラへと昇華しました。作者はテイマ大好きベルゼブモン推しマンなので、作者個人を御存知の方はもしかしたら登場も想像ついてたかもしれない。
メトロポリスの地下で死にかけてた彼が空で翼を得て、「立派になったなあ」という親心が書きながら湧いてきましたね。
タダでは退場しなかった誠司と手鞠の頑張りによって、拐われた子供達もようやく助かりそうですし、ハッピーエンドまであと一歩ですね!
旅の終わりまでもう少し。
という訳で、次回36話もお楽しみいただければ幸いです!
どうぞよろしくお願いいたします! ありがとうございました!!
それでは!
◆ ◆ ◆
────そこは、純白の空間だった。
天井からいくつも垂れる半透明の布。
ドレープを描きながら、来客を迎えるように柔らかく揺れていた。
「────」
ワイズモン達からの通信は無い。側にいる様子もない。
彼女の使い魔は、きっと此処まで辿り着けなかったのだろう。
全身で感じる張り詰めた空気。あらゆるものを拒絶するように澄み渡る、高位の空間。
とても静かで、穏やかだった。
『すごく、綺麗なのに……息、詰まりそう……』
『……。……ここで毒がでたせいで……こいつらが、────オリンポスの皆が、あんなことに……』
此処が、此処こそが全ての始まり。
イグドラシルが黒い涙を流した場所。膨れ上がる世界を、愛する世界を、自らの手で侵していった──。
「────俺達の、家族は」
天蓋のベールが燃えていく。
ゆっくりと、煙ひとつ立てずに。
「……“あの子”は、もう……戻って来ない……」
炎の向こうには、宝石の欠片が散りばめられた美しい祭壇。
周りには円を描くように、十一の結晶が並べられていた。
そして、その中心に──今は誰もいない、水晶の座が姿を見せる。
「でも……なあ、皆……俺達は、ここまで来たよ……」
──思いが溢れる。
それが涙となって零れそうになるのを、必死に堪えた。肩を震わせ、拳を強く握り締めて。
「……メルクリモン、頼む」
「……ああ」
仲間から託された光を手に、座の前へ。
二人は床に片膝を付くと、深く深く頭を垂れた。
世界の、我らの哀しき創造主に捧ぐ。
メルクリモンは顔を上げ──光を抱く両手を、座に掲げる。
「ありがとう二人とも。これで──やっと、」
「────いいえ、我が君」
後方から、低い声が聞こえた。
「イグドラシル、イグドラシル……我らの、……」
クレニアムモンはやはり追ってきたのだ。
空間を抉じ開け、彼が何よりも大切にした場所へ。
彼の両腕は先程の閃光で吹き飛ばされていた。
それを無理に再生させようとしたのだろう。断面からはブラックデジゾイドが有刺鉄線のように伸びている。
──針の先には既に、誰かの血液がたくさん付着していた。
血走った深紅の瞳は、ただ、目の前の光だけを映して──
「──私の、神……」
変わり果てた騎士の姿。
アポロモンとメルクリモンは、何故だかとても悲しくなる。
「手を、下ろせ。それではいけないのだ」
かつては彼も嘆いたのだ。世界に、子供達に、自らの行為に。
けれどそれ以上に、イグドラシルへの忠誠が彼を突き動かした。今日という日まで動かし続けた。──その結果がこれだ。
「世界が変わらねば、イグドラシルが再誕されなければ、意味が無い。貴様らの行為に意味は無い」
どこからか、いつからから、狂い出した。
「繰り返しだ。また繰り返すぞ。今は逃れても、いつかまた──膨れ上がる命に、世界に!
イグドラシルは悲しまれる。いつか、いつか……──」
故に、騎士は遂げなければならなかった。
後には退けない。退くつもりもない。
これまでの数多の犠牲を無駄にはしない。
私が世界を救うのだ。イグドラシルが愛した、デジタルワールドを。
「──だからこそ私は!! イグドラシル……! もう二度と、御身が涙を流されぬよう──!!」
主よ、盟友達よ。
どうか────未来の世界が、永久に平和でありますように。
「エンド……! ワルツ!!」
腕から伸びた有刺鉄線が絡み合い、歪な槍と成っていく。
断面の肉が捻れようとも、千切れようとも厭わず──クレニアムモンは、双槍のクラウ・ソラスを生み出した。
荒れ狂う衝撃波。
空間を捻るように巻き込んで、守りたかった場所さえ壊していく。
『……! アポロモン!』
「ああ!」
アポロモンが咆哮を上げた。
放たれた光が風を焼き、紅蓮の灼熱と共に騎士を抱く。
熔解する黒紫の鎧。肉の焦げる匂い。
しかし騎士は止まらなかった。弾丸のように踏み込み肉薄する。
狙われたのはメルクリモンだ。けれどアポロモンが咄嗟に前へ出た。
衝撃の全てを、自身の装甲で受け止める。
「ぐっ……!」
槍の先が装甲を貫く。焼けた金属が肉を抉る激痛に、アポロモンは苦悶する。
アポロモンを穿ったまま、槍は柄をしならせメルクリモンを追った。
メルクリモンは振り向き様、片手で短剣を構え──しかし槍の軌道がぐにゃりと歪み、彼の首元を切りつける。
棘まみれの柄をアポロモンが掴んだ。掌に、腕に、身体に穴が空いていくのも構わず食い止める。
「!! アポロ……」
「イグドラシルを!! ──兄さん!!」
「────……!!」
メルクリモンは駆け出した。
ほんの僅かな距離。目の前のゴールに。
そして──
「『──あああぁっ!!』」
美しき水晶の座へ。
神の光が、再び宿った。
◆ ◆ ◆
静寂が訪れる。
ほんの一瞬。──しかし、それだけだ。他には何も起こらない。
四人は困惑する。イグドラシルは間違いなく、あの水晶台に座した筈なのに。
『何で……何も、起きないの……』
やり方が違っていたのだろうか。それとも置くだけではいけないのだろうか。
何かシステムを起動させるなら、ワイズモン達の力が無ければ──
「──────イグドラシル」
けれど騎士の様相が、決して失敗した訳でないのだと彼等に思わせる。
怒りを、憎悪を露に、騎士の眼窩には血のような赤い光が灯っていた。
「御身は、私が」
ああ、嗚呼。アア。
そんな形で座に戻られるとは、なんて嘆かわしい。
戻さなければ。
全部、全部、全部、全部全部全部全てはイグドラシルの為に。
黒紫の鎧の内側から、肉の弾ける音が聞こえた。
「「──!!」」
メルクリモンがアポロモンの腕を掴む。即座に騎士と距離を取った。
アポロモンがいた場所で有刺鉄線が破裂する。その破片は、空間の天井に突き刺さり──
「友よ、盟友達よ、仲間達よ」
ピシ、と小さな音を立てる。
白い天井が、ひび割れていく。
亀裂からは黒い液体が、白い空間を侵すように垂れ始めた。
『……やだ、待ってよ。だって……』
天上の結界が塞き止めていた毒の雲。
その一部が溶けて入り込み、それは──かつての騎士達の姿を模した、防衛機を作り上げていく。
『私たち、今……ウイルス種……!』
「──ッ!! メルクリモンを守れ! 我が太陽、聖なる焔!!」
アポロモンがメルクリモンに太陽の加護を授ける。彼が万が一にでも汚染されたら終わりだ。
だが──オリンポス十二神としての力を取り戻したばかりの彼の能力は、まだ万全ではない。
「気を付けろ! 久しぶりだから多分、長くもたない……!」
「充分だ! ありがとう!」
白い床の上で這い回る防衛機。
毒を溢しながら、二人めがけて襲いかかる。
「──我ら、ロイヤルナイツ。主を護りし騎士なれば──」
剣が、槍が、刃が、拳が、毒を抱いたそれらが押し寄せる。
例え突貫工事の無機物だとしても。クレニアムモンのような強さは持たないとしても。
片手で払い避けられるような代物ではない。何よりもその数が厄介だった。今度はこちらの足止めをすると、言わんばかりに。
「スピリチャルエンチャント……!!」
メルクリモンが短剣を振るう。
数なら数を。幻影の魔物達が溢れ出し、毒の騎士らを飲み込んだ。
騎士と魔物が殺し合う。その中で更に、クレニアムモンがイグドラシルを取り戻そうとするのを食い止める。
炎の壁を築かれ、魔物達がクレニアムモン達に群がる。黒紫の槍が、その肉塊を吹き飛ばしていた。
およそ神が座する場とは思えない光景が、広がっていく。
毒の焼けるにおいと、毒に焼かれるにおいが、鼻を突いた。
『くそ……倒してるのに減らない! 何でだよ!』
「上に毒が溜まってるせいで湧いてくるんだ! ……こっちの手札は無限じゃないっていうのに……!」
天上に溜まった毒から生まれる騎士と違い、幻影の魔物には限りがある。──あくまで数ではなく、メルクリモン側の問題ではあるのだが。
召喚による消耗が激しくなる程、中の花那にも影響が出てしまう。二人共、既に疲弊の色が見え始めていた。
「あの魔物、あとどれくらい出せる!?」
「……二体だ! 流石に僕の中で花那を消したくはない!」
再度、短剣を構える。
襲い掛かる毒の騎士をアポロモンが殴り飛ばした。その隙にメルクリモンは力を振り絞り、最後の二体を召喚する。
──虚空の切れ間から飛び出した、二つの幻影。
「……え……?」
それは────ディアナモンとマルスモンの姿に、よく似ていた。
『あれって……さっき、記憶の中にいた……!?』
『お願い! 私たちに力を貸して!』
月女神の影は無言のままに鎌を振り上げ、毒の騎士の首を切り落とす。
闘神の影が毒の騎士を薙ぎ払う。クレニアムモンまでの道を、切り拓いていく。
「……ディアナ……! ──っ、アロー・オブ・アポロ!!」
《────、──》
炎の矢と氷の矢。
入り交じりながらクレニアムモンを穿つ。有刺鉄線の結び目を溶かし、砕く。騎士の腕を弾き飛ばしていく。
《──、──》
マルスモンの幻影が放つ無音の雄叫び。俊神と共にクレニアムモンへ肉薄する。
二人を狙い毒の騎士らが飛び掛かる。それを上空から、アポロモンとディアナモンの影が撃ち抜いた。
黒紫の腹部に拳を、膝を、叩き込む。
金属がひび割れる音と共に、騎士の身体が僅かに浮いた。
肩から腹部にかけて、欠片を零していく黒紫の鎧。
「……、──私の、ブラック、デジゾイドは……」
露出する肉の部位。
深紅の瞳が揺れる。
「……イグドラシルより、賜りし──……」
──直後。
両腕の断面から、大量の槍が一斉に飛び出した。
あまりに鋭く、長く、短く。
それは無差別の全方位攻撃。
魔物も、騎士も、周囲の全てを貫かんとする黒紫の槍。
穂先は二人の身体中を穿ち、穴を空けていく。
「がっ……!」
「……、──ッ!」
しかし──致命的部位だけは、避けられた。
二人を庇うように、二つの幻影が彼らの前へ出たからだ。
「……!!」
──あくまで影だ。ただ形が似ているだけ。意思も感情も待ち合わせない紛い物。
それでも──「ありがとう」と、アポロモンとメルクリモンは、声を零す。
《────》
幻影は何も語らない。
けれども穏やかに揺らぎ、消えていった。
そして──
「「────クレニアムモン!!」」
──陽炎に轟く二つの咆哮。
真っ直ぐに駆けて往く。目線の先、黒紫の騎士へ。
飛び出した槍が肩を裂いても止まらない。膝を貫かれても止まらない。
進む。
たくさんの仲間が、友が、ここまで繋いで拓いた道を。
進む。
『『いっけえええーっ!!!』』
たくさんの願いを、託された思いを、拳に込めて──
「──サウザンドフィスト!!」
「──フォイボス・ブロウ!!」
第三十五話 終
◆ ◆ ◆
煌々たるふたつ星。
光芒を描きながら空を昇り、第三階層の天高くで動きを止めた。
移送機の残骸が、星の周囲をスペースデブリの如く浮遊し始める。
しかし二柱の獣は、それが何かなど知る由もない。星の輝きを眺める余裕など、彼らには無いのだから。
「──ソルブラスター!! ……っ、また転移を……!」
『向こうだアポロモン! 矢で狙え!!
……メルクリモン! ゲートが開くまでコイツ、止めるから……! ライラモンとイグドラシルを連れて行って!』
騎士は進む。子供達を見失っても尚、止まらない。
目線の先にはイグドラシルが、花に囚われ眠っているのだ。
「メガシードラモン! アイスリフレクトで自分を守れ! アポロモンの熱に巻き込まれるぞ!」
無論、騎士とて状況は理解している。
二人の子供は別の階層に逃れた。しかし今ここで執着する事柄ではない。
第一に求めるべきはイグドラシルであり、回路はあの二柱の中身を使えば良いのだから。
究極体への進化、人間がもたらし得る奇跡の可能性。それをこの目で確認できた事は、ある意味で嬉しい誤算とも言える。
「──くそ、くそ……! もっと速く動け、ウチの身体……ッ!」
ライラモンは必死の様相で高度を上げていく。メガシードラモンは彼女を包むように氷壁を作り続け、僅かでも周囲の攻撃から守ろうとした。
二人の側には影絵の猫。もうとっくに襤褸切れのようで、形を保つのも精一杯。
使い魔に充分割けるようなリソースなど、ワイズモンはとっくに持ち合わせていないのだ。
「上の奴がチカチカ邪魔だし……! ちょっと柚子、ありゃ何さ! あれも壊すのかい!?」
『壊さない! だってあれは……きっとデジコアだから……!』
──それって、だれの?
メガシードラモンが息を切らせながら尋ねた。それに対し柚子は沈黙する。
けれど黒猫はじっと、空で戦う二人の友を見上げていた。
「「…………」」
ライラモンとメガシードラモンは、それに何かを察したようで──それ以上は聞かなかった。ただ深く息を吸い込み、目を伏せた。
「……──なあ手鞠、悪いけど……やっぱりウチじゃ力不足らしい」
自嘲気味に呟きながら、仄かに光るデジヴァイスを握り締める。
「……」
そして──顔を上げた。
現状を確認。空ではクレニアムモンとアポロモンが拳を交えている。
メルクリモンの視線はこちらに向けられていた。自分とイグドラシルを連れて行ってくれるつもりだろう。
ああ、それなら──好都合だ。
「────花那ーーッ!!」
声を張り上げる。
嗄れそうな程の大きな声。メルクリモンと花那は思わず目を丸くさせ──見れば、ライラモンが自分達に向け腕を突き上げていた。
手鞠のデジヴァイスを、高らかに掲げていたのだ。
「……ライラモン……!」
「花那! 蒼太!!
走ってくれ! あいつらの分まで!!」
メルクリモンは手を伸ばした。
こうするべきなのだろうと、お互い、そう思ったから。
『……っ……任せて! アンカーなら得意だから!!』
ライラモンは願いを、イグドラシルを彼等に託す。
そのバトンを──花那とメルクリモンは確かに受け取った。身を翻し、空を目指して駆け出した。
『──、──さん、柚子さん!!』
時を同じくして、亜空間に第二階層からの通信が入る。
『聞こえますか! ゲート、抜けました……!』
手鞠の声だ。柚子は即座に二人の座標を把握し、周囲の電脳生命体の反応──防御機の有無を確認する。
『……防衛機やデジモンの反応はない……動き回って大丈夫!』
みちるとワトソンの行動には意味がある筈だ。意図は分からないが──とにかく二人を安全圏に送った事には間違いないだろう。
だが、まだ周囲の状況が確認できていない。
彼らに付けた使い魔は、その機能を索敵と通信のみに絞られている。ワイズモンのリソース不足が原因だ。おかげで視界は淘汰され使い物にならなかった。
『二人ともそこに何か見える!? 誰かいる!?』
『────……み、“皆”がいます! 柚子さん!』
その言葉に、柚子は目を見開いた。だって──まさか、それは
『マグナモンさんが言ってた収容室だ! ……最初の牢屋で一緒だった奴もいる!』
並べられている衛生的なベッドの数々。
その上で、何に繋がれる訳でもなく子供達は眠っていた。呼吸に合わせて胸部が動き、生きていることが見て分かる。
『そうか……おにーさんたちが、オレたちに……』
『わたしたちに託してくれたことは……!』
手鞠と誠司は、その光景を見て理解した。
かけられた言葉の意味を。自分達が、為すべき事を。
『……──皆を起こして! それと人数の把握! 今からそこにリアライズゲート開くよ!!』
『『はい!!』』
そこは天上の牢獄。
遠いオーロラの日、拐われた子供達が眠る場所。
ふたりの声が、力強く響き渡った。
◆ ◆ ◆
「──イグドラシル」
燃え盛る炎の中。騎士は、神の光が獣の中へと譲渡された事に気が付いた。
その瞬間に標的は変えられる。イグドラシルと、二柱の内に在る回路へ。
身を翻すクレニアムモンの姿を見て、「良かった、これで全力で戦える」と──そう思ったのは他でもない、ライラモンとメガシードラモンだった。
「アイスリフレクト!!」
ありったけの力を振り絞り、水晶の壁に氷岩を張り巡らせていく。仲間達の足場となるように。
『アポロモン! メルクリモン! あれは貴方達のデジコアです!!』
襤褸切れの猫が叫んだ。
『確保して下さい! 絶対に!!』
──転移した騎士がメルクリモンの上空へ。
黒紫の腕を伸ばす。ふたつの光球が騎士を飲み、氷岩に激突させた。
「マーブルショット!」
「ソルブラスター!!」
破裂し、燃え上がる。続けて降り注いだ炎の矢。
クレニアムモンは片手で盾を生成し無効化する。騎士の背後では氷岩が、砕けた結晶が、溶解し騎士を濡らしていった。
無効化の三秒が終わり、そして
「サンダージャベリン……ッ!」
騎士の腕に雷光が落とされた。
これで焼き焦がせたら良かったと、メガシードラモンは歯を食い縛り──しかし自らに言い聞かせる。
僅かでもいい、注意だけでも逸らせるなら──。
『──八番目の隔壁を解除……! 想定、残り五つ……!』
無理にでも身体を起こす。転がったままではいられない。氷壁でただ身を守る、そんな事もしていられない。
「メイルシュトローム……!!」
吹雪を、竜巻を、絞り出す。
メルクリモンはメガシードラモンの名を叫んだが、風の音で掻き消された。──短剣を握る力が、ぎゅっと強くなる。
「……スピリチャルエンチャント!」
「アロー・オブ・アポロ!!」
熱も炎も氷も雷も、吹き荒れる全てが水晶群を砕いていった。
塔ごと崩壊しかねない熱量の中で、騎士は高らかに神の名を呼ぶ。
「嗚呼、イグドラシル! 還りましょう我らが君! 血肉の器、回路の海へ!」
黒紫は舞う。彼もまた、塔を吹き飛ばしても良いと言わんばかりに。槍で巻き起こす嵐で飲み込んでいく。
「憐れな二柱も器と成ろう! ヒトの回路は溶けて混ざり、やがてひとつに成り果てるなら!」
「「────ッ!」」
『聞くな!! あんなの聞かなくていい!』
『だから止まらないで!!』
子供達は叫ぶ。パートナーの手を引くように、声をかけ続ける。
『──十番目の隔壁を解除……! もう少しだけ耐えて、お願い……!』
ワイズモンもまた、天の座への道をひとつずつ繋いでいた。焦げ落ちて骨が露出した指で、セキュリティを次々と突破していく。
『ユズコ、そちらは!?』
『ゲート固定して転送もオートにした! あとは手鞠ちゃんたちに任せる!』
『ではアポロモン達のサポートを! 彼らも無傷ではいられなくなった!』
……もしもクレニアムモンのように空間ごと破壊できたなら、また話も変わってくるのだろうか。
だが現状、アポロモンの太陽球もメルクリモンの短剣も、最上階層への空間には干渉できていない。戦いの最中で穴を空けられる可能性は、残念ながら期待できそうになかった。
『ただ一点に集中させて撃つにしても……その隙にイグドラシルが狙われる……!』
だから早く。
早く、もっと早く──。
焦燥感で吐きそうになる。一枚一枚があまりに重たかった。
どうか耐え抜いて欲しい。一秒でも長く。
どうか十三の壁を越えて。一秒でも早く。
──そんな彼らを見守るように、ふたつの綺羅星が瞬いている。
「……星に……ちかく、なってきた。ふたりとも……」
見上げながら、メガシードラモンは更に自身を奮い起たせ──彼もまた騎士を追おうと空を泳ぐ。肉体を蛇行させる度、激痛が襲った。
「それに、クレニアムモンも……!」
巻き上がる嵐で崩されていく水晶群。上空で折り重なり、物理的な障壁と化していく。
それでもメルクリモンが空へ駆ければ、クレニアムモンは転移して彼の前に現れて──それをアポロモンが止める。その繰り返しだった。
騎士はただイグドラシルと、電脳体の中に埋まる回路を狙って。
「────そうた、かな……!」
奴を止めなければ。
無理にでも、物理的にでも止めないと。……せめて彼らの“星”が確保できれば、あとは防衛に徹するのみ。そこからはワイズモンがゲートを開けるまでの持久戦だ。
けれど時間が経てば経つ程、蒼太と花那には危険が及ぶ。リアルワールドに帰れなくなる。
ああ、もしかしたらもう既に、そうなってしまっているのかもしれない。それでも────
「アロー・オブ……──ッ!」
「エンドワルツ!」
衝撃波が炎を消し飛ばす。振るわれた槍の先が、アポロモンの胸を切り裂いた。
『蒼太! アポロモン!!』
「ッ……大丈夫! 平気だ!」
破壊された装甲の奥から紅い血が噴き出していく。アポロモンはその傷を自身の炎で焼き塞いだ。
槍を回避し距離を取り、メルクリモンを追う騎士に再び狙いを定めていく。
『俺たちが何をされても……言われても! イグドラシルは絶対に渡しちゃダメだからな!!』
その光景を横目に見ながら、ライラモンはメガシードラモンのもとへ。彼の頭部の外殻を両手で掴み、持ち上げるように力を込めた。彼が飛ぶのを少しでもフォローする為だ。
水晶の海を泳ぐ度、メガシードラモンは赤い雨を降らせていく。──傷口は、とうに開いていた。
「……ぐっ……ぅ」
「気張りな!! 血が止まらなきゃウチの片腕くらいはくれてやる!」
「……かんがえ、とく……! それと、ライラモン……」
すると、メガシードラモンは掠れた声でライラモンにある事を伝える。彼の言葉に一瞬、目を見開いたが──二人は互いの目を見て頷き合った。
少しでも空へ昇りながら、騎士の、仲間達の行動パターンを把握する。
──自分達が動けるとしたら、目に追うのもやっとな彼らの攻防の中で見つける、ほんの僅かなタイムラグだけ。
「……あの盾……構えたな。──行ってくる!」
「おねがい……!」
飛び上がる。背中の花弁が千切れても、アポロモンの熱で焼けようと構わない。ただ、騎士に向かって。
『アポロモン! ライラモンが……!』
「……! 来──」
来るな、と言おうとした。
自分の熱波で燃えるかもしれない。巻き込むかもしれない。だから、来るなと。
だが──向かってくる彼女の表情に、覚悟の色が見えたから。
アポロモンは彼女を止めなかった。それどころか放つ矢を更に増やし、クレニアムモンの意識を自分に向けようと──。
ライラモンは両手の花弁から勢い良く蔓を伸ばすと、背後から騎士の脚部に巻き付けていく。
騎士はその事に気付いたが、目線さえ動かさなかった。仲間の熱で既に焦げ始めた蔓に、向けてやるような意識は無いと──自身のみを盾で守り、距離を取ろうとするメルクリモンに衝撃波を放つ。
『!! メルクリモン待って! 上が崩れ──』
「しまっ……」
水晶の瓦礫を避けようとした瞬間、暴風の刃がメルクリモンの足首を捉えた。
腱を切り裂かれ、バランスを崩して落下する。咄嗟に短剣を氷岩に突き刺し、彼の身体がぶらりと浮いた。
「花那!! ──今クレニアムモンに行かれたらまずい!」
攻撃の手を止めてはならない。騎士が抜け出す隙を与えてはいけない。
「……ごめんライラモン……! 耐えてくれ……!!」
騎士と瓦礫と氷岩を、繋ぐように巻き付ける蔦は──アポロモンの熱で焼けていく。ライラモンは苦悶にひどく顔を歪めた。
「ッ、……ぁ、ああああ!!」
──熱い。痛い。
耐えろ。焼けたなら新たな蔓を。アポロモンも、きっと分かってくれている。
急げ、急げ。今の攻撃でメルクリモンのスピードか落ちてしまった。イグドラシルが狙われる。早く──
「昇れ……飛べ! ……っ、来い!!」
「────ドラモンアタック!!」
下方から勢いをつけて飛び上がった、メガシードラモンは身体をクレニアムモンに激突させた。
赤い鱗と血飛沫を舞わせながら。突進によるダメージなど皆無だというのに。
そのままとぐろを巻いて、黒紫の脚部に絡み付く。ライラモンが更に蔦を伸ばし、這わせ、騎士と大海蛇を繋いでいく。
「ライラニードル!!」
攻撃は頚甲に当たり、固い金属音を空しく立てるだけ。騎士は煩わしそうに舌打ちをしたが、やはりそれ以上は構うこと無く──メルクリモンのもう一方の踵を切り裂く為に槍を翳した。
吹き荒れる衝撃波。アポロモンが庇うように前に出て、飲み込まれた。それでも余波はメルクリモンに及び、彼は傷付いた側の半身でそれを受ける。
「柚子、ワイズモン! 二人の修復を急げ! ここはウチらが……!」
そう叫んだ瞬間。「ブチッ」という音が聞こえてきた。
自身の蔦が千切られた音だ。体液が弾け飛び、鎧に付着していく。
「────愚かな」
そして、
『……だめだ……ダメだ離れろ! メガシードラモン!!』
ひどく煩わしそうに、槍が真っ直ぐ振り下ろされた。
「!! ぎ、いぃっ……──! ──ッ!!」
絡み付く邪魔な肉を削ぎ落とすように、深く、深く。
鱗を肉を、貫かれていく感覚に、痛みに、メガシードラモンは声にならない絶叫を────堪えていく。
歯を食いしばって、歯を砕いて、全身を痙攣させて、それでも騎士を締め上げようとした。自らを錘に彼を落とそうと。意地でも二人の傍に転移させまいと。
「……貴様……」
「はーっ、……は、ッ……はな、さない……! ぜったい、行かせない……!!」
だから振り返るな。助けに来るな。
そんな事はしなくていい。託した願いを手に、どうか
「「────進め!!!」」
◆ ◆ ◆
太陽の獣は昇る。
振り返らずに、高く、高く。
碧の獣は駆ける。
傷だらけの足で、前を向いて。
受け取った思いを胸に。
「────クラウ・ソラス」
進む。
「我が槍よ」
進む。進んでいく。
選んだこの道が。この結末が。
本当に正しかったのかなんて、きっと誰にも分からないまま──。
最後に、何かが砕けたような音を聞いた。
◆ ◆ ◆
──槍を突き刺す瞬間。
騎士の瞳に閃光が走った。
どこから放たれたかは分からない。──少なくとも上空からではないだろう。辺り一帯を焼くような、強烈な光だった。
だが、それは瞬きの間だけ。一秒と経たぬうちにそれは消え、何事も無かったかのようにこれまでの風景が姿を見せる。
故に気に留める必要はなく、騎士は目線を足元に落として────
振り下ろした筈の穂先が、絡み付く肉を断ち切っていない事に気付く。
「────」
振り下ろした筈の、腕が。
「────」
消し飛んでいる事実を、認識できなかった。
「何故」
今の光は、衝撃は。
何だったのだろう。
目線の先、遠く。
かつて自らが空けた、第二階層との次元の空洞。
深い深い穴の底。
『────カオス、』
その場所には一人の男がいた。
右腕と一体化した熱線銃を掲げ。
左腕に白い少女を抱きながら。
二つの赤いスカーフが揺らめいて。
二人を包むような──漆黒の翼を広げて。
『────フレア!!!』
銃口の先、描かれた魔方陣。
その中心から放たれる破壊の波動。
閃光が再び空を駆ける。それはクレニアムモンがアヴァロンによる全方位防御を発動するより先に、彼のもう一方の肩を吹き飛ばした。
そして────
『……──結界が……』
ワイズモンの瞳が揺れる。
誰も彼の、彼らの事を視認する事はできなかったが。何が起きたのか、分からなかったが──。
『……割れた……?』
それは、ほんの僅か。
手鏡が割れた程度の小ささだった。
圧縮された高エネルギー波は、第三階層の空間の壁を砕いて──十三番目の防御隔壁の一部を破損させたのだ。
──即座に。
空けられた穴を抉るように、ワイズモンがシステム内へと侵入していく。
『破損によるセキュリティレベルダウン……ファイアウォール突破! ──全ての防御隔壁を解除!!』
繋いでいく。
二人分の道を。空の上まで続く道を。
『最上階層へのアクセスを開始します!
────空間連結完了! ゲート展開!! 接続座標……イグドラシルの天の座へ!
デジタルゲート・オープン!!』
そして、二柱の瞳に、少年と少女の瞳に。
空一面。どこか懐かしい、オーロラのカーテンが広がっていった。
『────メルクリモン! アポロモン!!』
『行け!! 本当のお前たちを取り戻せ!!』
「掴まれ──ガルルモン!」
「……コロナモン……っ!」
伸ばされた手を掴んだ。
しっかりと握り締め、空へ飛び上がった。
オーロラの空。小さなふたつ星。
その輝きに手を伸ばして────。
◆ ◆ ◆
光の中で夢を見る。
一瞬のようで、けれど永遠にも感じられた。
あたたかな何かが、自分の中に溶けていく夢。
遠く、遠く、置き去りにしてきたもの達が。
ずっと大切にしまわれていた記憶の欠片が。
揺らめく水の底。繋がって、結ばれて──。
彼等は思い出す。
「────ああ、そうか」
優しさも、勇気も、友情も、愛情も。
悲しみも、憎しみも、苦痛も、後悔も。
そして──幸せが。
そこには、確かに在ったのだ。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
パートナーの背中が小さくなっていく。
申し訳ない、という気持ちが胸を渦巻いた。けれど後悔は無い。
離脱後は何かしらの形で、恐らくはワイズモン達が二人を守るだろう。
これ以上、負荷をかけることもない。何より生きて帰してあげられる。
だから──満足だ。
「……アンタは行って良かったんだよ、メガシードラモン。そんなボロボロで」
「ううん。……ケガしてても、完全体でも……力が、足りなくても。……オレたちにはまだ、やれることが、あるとおもうから」
「……そうだね」
ライラモンはデジヴァイスを見つめ、苦笑した。
ああ、神様とやら。どうせなら自分達も究極体にしてくれれば良かったのに。
クレニアムモンの標的は相変わらずこちらに向いていた。自分達の首を刎ねて、イグドラシルを取り返すつもりなのだろう。
「でもさ、誠司の言った通り……次に致命傷くらったらもう、ウチらは治せない」
「……うん」
「ははっ、……上等じゃないか。受けて立つさ! だから──メガシードラモン、覚悟はいいね?!」
「──とっくに!!」
互いに声を震わせながら、空を仰ぎ、騎士を睨んだ。
────刹那。
そんな二人を掠めるように、何かが空へと昇っていくのを見た。
光の尾を描いて、高く、高く。
まるで、二つの箒星のように。
◆ ◆ ◆
────白い壁に、白い床。
白で塗り潰された第二階層。
手鞠は誠司の肩を担ぎながら、息を切らしてゲートを抜ける。
そのまま膝を着いた。気付けば首元の襟が、自分の涙でぐしゃぐしゃに濡れている。
戦闘の喧騒も聞こえなくなり、緊張が解けたのだろう。誠司は手鞠から離れると、床に両手を着いて泣き出した。
「……う、うぅぅ……ッ、ちくしょう……、なんで……」
自分達だけ帰ってきてしまった。自分達だけ、戦いから逃れてしまった。
まだ友達が戦っているのに。まだ、戦えたのに。治してあげられたのに。
「宮古さん、なんで! オレのこと置いてってくれなかったんだよ……!」
「──!!」
感情的な言葉に、手鞠の顔がカッと熱くなる。
「……だって……だって! わたしたち、邪魔になるだけだった! クレニアムモンがわたしたちを狙うなら……わたしたちがいるせいで、皆が余計にケガするかもしれなかったんだよ!」
「でもメガシードラモンは! ……ユキアグモンはまだ全然、治ってない……! あんなんで戦ったら死んじゃうよ! もう治せないのに!」
誠司の鳴き声は嗚咽混じりで、ひどく上擦っている。
手鞠は目を伏せた。──ああ、彼の言う事だって尤もなのだ。自分達のパートナーは完全体で、騎士と対等には戦えない。それは自分達以上に、彼ら自身が理解していた事だ。
「なあ、神様……神様いるならお願いだ。ユキアグモンを死なせないでくれ。皆を守ってくれ。お願いだから助けて……」
「…………海棠くん」
「せめて……ちゃんと、治してあげたかったんだ。元気にして、それで……。……そーちゃんと……蒼太と村崎みたいに……最後までユキアグモンと戦いたかった……!」
それが──いや、それも本音なのだ。彼の、彼らの。
「ッ……悔しい……もっと、強く……させてあげたかったのに……」
咳込んで、嘔吐した。身体が熱い。左手がやたらと冷たい。
そんな誠司の背中をさすりながら、手鞠もまた声を震わせる。
「…………わたしだって……自分で約束、叶えたかったよ」
託されたのに。イグドラシルを連れて行くと誓ったのに。
理想とは程遠い現実。あまりにも思い通りいかなくて、嫌になる。
「わたしたち、最初も最後も……花那ちゃんと矢車くんに、助けてもらってばかりだったね」
「……」
自嘲気味な手鞠の作り笑顔が痛々しくて、誠司は思わず表情を歪めた。
それから、自身の感情を彼女にぶつけてしまった事に罪悪感を覚える。──右手を握り締めて、彼女に謝ろうとした。
その時だった。
周囲に突然、軽快な電子音が響き出す。
「「!?」」
二人は驚いて顔を上げた。心臓が跳ねそうになり、涙も止まった。
周囲には誰もいないが、音は近い。何コールか鳴った頃、二人はそれが誠司のデジヴァイスから流れているものだと気付く。
亜空間の柚子達からの連絡だろうか? 誠司が慌てながら適当にボタンを押す。
すると────
『────あー、テスト、テステス。こちら管制室。こちら管制室』
聞こえてきたのは、よく知る青年の声だった。
『マイクは生きてるっぽいけど、声、届いてる? デジヴァイスに繋ぐの初めてだからなあ』
「……これ……え、おにーさん? 何で!?」
『まあ大丈夫か。きっと聞こえてるよね』
『やっほー! アタシもいるよー!』
どうして。それに、何故。戸惑う二人を他所に声は続いた。
『とりあえず用件ね! 今からそのあたりにゲート開くからさー、ちょっと騙されたと思って飛び込んでみ?』
ますます意味が分からない。止まった涙はすっかり奥に引っ込んだ。
詳細はともかく理由が知りたい。誠司が二人の名を呼ぶと────
『最後の仕事だ。キミ達に託すよ』
抑揚の無さは相変わらず。しかしどこか優しさが込められた声色で、ワトソンははっきりと言葉を紡いだ。
「……それって、どういう意味……」
『それじゃあボク達はこれで』
『健闘を祈るぜ! ばいばーい!』
「!? ちょ……おにーさん!」
「みちるさん!!」
電源プラグを抜かれたような音と共に通信が切れる。
あまりに突然で一方的な連絡に、やはり戸惑いを隠せなかった。
互いに顔を見合わせる。突拍子もない言動に、「あの人達ならやってもおかしくない」という思いも僅かにあるのだが──
「……いや、でもやっぱ意味わかんな……」
言いかけて、止まる。
誠司はそのまま大きく目を開き、言葉を失った。彼の視線の先には──本当にゲートの光が輝いていたのだ。
二人は声を上げた。信じられないと、互いの顔とゲートを交互に見た。
何が起きているのだろう。このゲートは一体、どこに繋がっているのだろう。
二人の首に下げられた紋章のペンダント。
小さく音を立て、視界に入り込む。
「「……」」
────気付けば、立ち上がっていた。足を前に踏み出していた。
『手鞠ちゃん、海棠くん! どこ行くの!?』
デジヴァイスからは今度こそ柚子の声が聞こえてきたが、二人は足を止めなかった。
手鞠は誠司に肩を貸し、誠司は道の先を見据えながら。
『これ……ゲートの反応!? どうして……!? ねえ待って、そっちの状況が映らないの! 何かあったら危ないから──』
「ゆ、柚子さん! えっと、その……」
「なんかカンセーシツから電話きてさ! おにーさんとおねーさんから!」
「それで、この中に行けって……! 最後の仕事だって言ったんです! わたしたちに託すって、言ってくれたんです!」
『────』
デジヴァイス越しの、柚子の声が止まる。
「勝手にごめんなさい! でもきっと──」
『──わかった』
その言葉に、手鞠は思わず「え?」と聞き返す。理由を聞かず肯定した柚子の反応に、本当に行っていいものかと逆に躊躇ってしまった。
だが、柚子はやはり止めない。
『大丈夫。……二人が、そう言ったなら……絶対、大丈夫。
だから行って。進んで! ……お願い!』
声は何故だか涙ぐんでいる。その理由を、手鞠と誠司が知ることは無かった。
◆ ◆ ◆
<────“音声データの再生を終了しました。”>
機械仕掛けのアナウンスが、管制室の中に反響する。
<“プログラム起動。転送ゲートを約六十秒間開放します。延長を希望する場合はデジタルデバイスに再度接続して下さい。”>
<“指定区域に他のデバイスは発見されませんでした。自動探知に失敗しました。もう一度再生する場合は────”>
やがてアナウンスの声も消え、管制室を静寂が包み込む。
冷たく硬い金属製の床には、二つの人影が横たわっていた。
「……、……やっぱりさ、録音したやつだと、不自然だよねえ」
自らが吐き出した血液の水溜り。
ゆらゆらと、美しいアクアブルーの髪が揺れている。
「でも、ミネルヴァ。……デジコア、戻した後じゃ……ちゃんと喋れない、からさ……用意してて、良かったよ」
自らが吐き出した血液の飛沫。
白い羽が、鮮やかに染められていた。
「……ところで、第二階層……誰、戻って来たの?」
「手鞠ちゃんと海棠少年、だけかなぁ。あの感じ。……時間、経ちすぎてたから、心配だったけど……人間に戻れて良かった。……ミハルみたいに、ならなくて良かった」
そしてやはり、蒼太と花那は残ったのだ。兄達と共に。
「……」
彼らは辿り着いた。かつての彼らと同じ、そして自分達が夢見た形に。
愛しい仲間と手を取り、共に前を向き、未来へと立ち向かう──絆が生んだ姿に。
だが、足りない。あとひとつ、最後の一押しが必要だ。
羽化したばかりの彼らが、その全てを取り戻す為には。
「────兄さん」
それは流れる星の様に。紅く碧く、激しく燃ゆる二つの電脳核。
中に在るのは遠い記憶。彼らが究極体として生きていた、全てを込めて。
二つの核は持ち主の元へ還って行き、仮初の電脳核と融合されるだろう。
彼らは全てを取り戻す。そんな、あまりに待ち遠しかった今日という日。
「…………」
けれど今日に至るまで、彼らの命は何度繰り返されてきた事か。
美しくて自由で、そして過酷なデジタルワールド。デジタマのまま放り出された彼らは、何度も生まれて、戦って、死んでいった。生きるという事は大変なのだ。
しかしそんな命の代償は、彼らが受け続けてきた累積ダメージデータは全て──電脳核の解放と共に「こちら」へ転送済み。
ああ、予定通りだとも。マグナモンが良心からプログラムしていた通り、何も問題ない。ノーリスク&ハイリターンの、遅くなりすぎた誕生日プレゼントだ。
だから、ここまで。こっちはもう自分の電脳核がボロボロなんで無理です。
イグドラシルじゃない神様がいるならもうすぐ会えるかしら? きっと髭がもじゃもじゃなナイスダンディとみた! という訳で、あとは自分達でなんとか頑張って欲しい。
なーんて。
「……ヴァルキリモン。痛くない?」
「……さあね。最初は、痛かったけど……平気になったよ」
「そりゃ結構。……ありがとねぇ。長いこと付き合わせちゃって」
「…………馬鹿だなぁ。ボクがそうしたかった、だけなんだから」
ヴァルキリモンは力無く笑った。
「あとは、まあ……ボクらがどのくらい、しぶとく転がってられるか……。……わからない、けど」
あの子達が終わるのが先か、自分達が果てるのが先か。
自分達と世界の、どちらが先に静かになるだろう。
投げ出された腕を懸命に動かし、手を握る。
微笑み合う。「大丈夫。一緒だ」──そう、ミネルヴァモンは言った。
「だから怖くないよ。お前も、アタシも」
「……──ああ、そうだね」
けれど────、
「……でも、やっぱりさ、キミは……見届ける、べきだよ」
「────え?」
手を離して、伸ばして、彼女の頬に触れて。
自身の中に残されたデータを、少しだけ。ミネルヴァモンへと送り込んでいく。
「……ヴァルキリモン。何して……」
「ボクは……──キミの鳥。ミネルヴァの聖梟。ボクの翼を、キミにあげる」
どうか彼女を空まで連れて────その願いを。
キミがそれを遂げる姿を、どうかボクに見せてくれ。
「さあ」
どうか、
「行っておいで」
どうか。
「……────お前も馬鹿だね。アウルモン」
ミネルヴァモンは起き上がる。
身体はさっきよりも軽かった。立ち上がる事ができたのだ。ふわりと羽が生えたような錯覚を抱いて、よろめきながら足を動かす事だってできた。
そして、一歩。
また一歩。進んで行く。
振り返らない。彼の意志を、決意の為に。自分の感情が揺れてしまわないように。
「ありがとう」
それだけを口にして、ミネルヴァモンはひとり、管制室を後にする。
彼女の背中を、ヴァルキリモンは微笑みながら見送っていた。
────また、静かになる。
残滓のような命が、どれだけ続くかをぼんやり考えながら、ふとある事に気付いて──ヴァルキリモンはひとり、可笑しそうに笑ってみせた。
「……。……あー、そうだ。寝たままだとモニター、見れないなあ」
◆ ◆ ◆