フォーラム記事

wB(わらび)
2021年4月01日
In デジモン創作サロン
※本作品は、2018年1月28日開催のデジモン二次創作イベント「DIGIコレ6」にてDYNE(@dyne_gcl)様主催のオリジナルデジモン小説アンソロジー「DiGiMON WRiTERS 02」に参加させていただいた際の作品です。 そして、「アンソロ初参加の初短編作品」です。初短編作品です(大事なことなので(ry ************************************************************** デジタルワールドのとある森… 「あ…あぁ…。」 怯えた表情でその場にへたり込むデジモン、「パルモン」の姿があった。その目の前には戦士のような姿のデジモンが一体と、足元に三体の植物デジモンが倒れていた。植物デジモン達は体の所々が凍りついている。 「パール…逃げ…て…」 パルモンに似た姿の倒れているデジモンが、今にも消え入りそうな声で言った。直後、植物デジモン達はデータの粒子となって消えていった。 「僕に刃向かうからこうなる。君は臆病者だから助かったのさ。」 人型デジモンは、そう言うと素早く飛び去っていった。 「アール…ローラ…マーシュ…。」 パルモンは三体が消えていった場所まで這っていき、飛び去っていったデジモンに向かって叫んだ。 「返して…返してよ!平和な森を、私の大切な親友を返して!!」 当然その声はもう届かない。それはすなわち、彼女の力では望むものを取り戻せないことを意味していた。平和な森も、彼女の大切な親友も…。 ――――― 俺の名はゼット、デジタルワールドのとある街で暮らしてる。昔は「はじまりの街」なんて呼ばれていたらしいが、当時は住民もいねぇわ、ろくな施設もねぇわでチャチな場所だったそうだ。ま、今はそれなりに繁栄してるがな。ちっぽけだった肉畑も、俺が経営を始めてからは立派に畑の体を成している。前はベジータって名前のベジーモンがここを管理してたが、俺が買い取ったのさ。貴重な肥料を投げつけるような奴に、経営なんかできるわけねぇからな。 ちなみに、ウチの『Zasso肉』は一口食えばあっという間に満腹になる、極上肉なんか比べ物にならねぇほどの代物だぜ?当然タダでは食わせねぇ。ウチの肉が欲しいってんなら、相応の「ブツ」を持ってきてもらわなきゃな…。 「あ、あの…。ゼットさん…ですか?」 「ああ、俺がゼットだ。森の妖精さんが、こんなところに何しに来た?」 朝っぱらからリリモンが来やがった。お高くとまった妖精風情が、まさかウチの肉を買うつもりか?残念だが、こいつはてめぇらみたいな細身で少食の奴には似合わねぇ。 …そう、これはさっき言ってたべジータがまだ肉畑にいた時の話だ。あいつの極上肉はわりと名の知れたブランドだったみたいでな、妖精デジモンや女性型デジモンにも人気があった。だがそいつらにとって、肉の味なんかどうでもよかったんだ。そいつらは、高級なものを買った自分を周りに見せつけておいて、肝心の肉は半分も食わねぇうちに捨てやがった!しかもべジータはその光景を見て、なぜか嬉しそうにしてた!訳を聞いたらそいつ、「可愛い娘達がウチの肉を宣伝してくれたんだ!最高の気分だよ!」なんて言い始めた。怒りを通り越して呆れたね。 俺は金を貯め、プライドの欠片も無いベジータから畑を買い取った。経営方針を大幅に変えた俺の名は、瞬く間に街中に広まった。特に大食らいのデジモンは、うわさを聞いた途端に毎日列を成して来た。前に来たアトラスって名前のヘラクルカブテリモンは、一度に5個も買ったのをたった3日で食い終えた。最高の気分だったよ、商人冥利に尽きるってもんだ。その時に商売の愉しさを知った俺は、生半可な客との取引を断るようになった。そういうわけで、この小娘も相手が悪かったな。 「私、アロマっていいます。ここの噂を聞いて来ました。お願いします、私たちを助けてください!」 その小娘が言うには、どうやら自分たちの森が危機に瀕しているらしい。…いや知らねぇよ。俺は物心ついた時からこの街で暮らしてるから、正直言って外の事情なんかどうでもいい。小娘は俺が聞いてもいないのに続きを話し始めた。 「私たちの森には、ときどき山の方からトリデジモンがエサを求めてやって来るんです。始めは友好的でしたが、味をしめた彼らは群れで略奪を始めました。やられてばかりという訳にいかなかった私たちは、『ローヤルベース』と結託して抵抗軍を結成しました。」 ローヤルベース…聞いたことがある。確か空中秘蜜基地とか銘打ってたな。森の上空に居を構えるその浮遊基地には、高い飛行能力を持った昆虫型のサイボーグが数多くいるらしい。確かに、空から襲いかかるトリ種族を迎え撃つには、そいつらの手を借りるのがうってつけだな。 「抵抗軍の活躍もあって、それまでの一方的な略奪は無くなりました。でも今度は、戦闘行為そのものが激化して、次第に物資が足りなくなっていきました。今は食料すら足りない状況です。」 ああ、そういうことか。ようやく理解できたわ。 「助けてほしいというのはそのことなんです。一口食べれば満腹になるという『Zasso肉』を、どうか私達に提供してもらえないでしょうか?」 「断る。」 「そんな!どうしてですか!?」 「どうしても何も、俺がおたくらに手を貸す理由が無いからさ。俺は慈善事業をやってるわけじゃね ぇ。対価を払えない奴に、やる肉は無いって言ってんだ。」 「…!」 この小娘、ちょっと脅したらあっさり引き下がった。さて、畑の見回りでもするかね。 「よい…しょっと。」 「?なんだその袋。」 小娘がデカい袋を持って戻って来た。そろそろ営業妨害で訴えてやろうか。 「誰もタダでもらおうなんて言ってません!!ホントは持ってきたくなかったけど、これでどうですか?…ウッ、やっぱり臭い…。」 おったまげたね。中には大量の肥料が、これでもかというほどに入ってた。 「これだけの肥料、どこから持ってきたんだよ。」 「森のガーベモンに手伝ってもらったの。わざと縄張りに入って、バズーカを撃たせたのを集めました。」 「まさか手掴みか?妖精族のおたくが?」 「森を守るためですから!このぐらい、どうってことないです!」 …妖精にも物好きがいるもんだ。しかし参ったぜ、妖精のイメージアップと契約対価を一度に見せつけられちまった。ここまでされりゃあ、いっぱしの商人として逃げるわけにはいかねぇなぁ。 「…引き受けてやる。だがその前に、俺の方から言いたいことが二つ。」 とは言ったものの…うわぁ、めっちゃ嬉しそうな顔してるよ。言いづれぇなぁ…。 「まず一つ、俺に頼みたいことはZasso肉をローヤルベースに届けることで、その対価は袋いっぱいの肥料なんだろ?だったらそれを先に伝えろ。商談において、余計な前置きほど相手をうんざりさせるものはないからな。それともう一つは…」 …だ・か・ら!その「承諾してくれたことで頭がいっぱい」って感じの満面の笑みはやめろ!反省する気ゼロか! 「…ゴホン、もう一つ、これ以降は俺に敬語を使うな。契約が成立した以上、俺たちは対等であるべきだ。おたくにかしこまった態度とられると、こっちも相応の受け答えをしなきゃならねぇ。」 「わかった!よろしくね、ゼット!」 話聞いてんのかい。 「道案内と護衛は任せて!ゼットはお肉を運ぶだけでいいわ。」 「そうかい。それで肝心の肉はいくつ提供すればいい?」 「20個!ローヤルベースまでお願いね!」 やっぱ引き受けなきゃ良かった…。 「急いで!もう戦闘が始まってる!」 「おたくなぁ…、一度にこんな注文した客はいなかったぞ!しかも配達って!」 受け取った肥料を畑に撒き、俺は依頼に取りかかった。20個も注文するだけあってその対価の量は半端じゃなく、作業を終わらせる頃には太陽がもう真上まで来ていた。眼前に迫る森とその上空のローヤルベース周辺では、既にトリ種族とムシクサ種族が熾烈な争いを繰り広げている。…これからあの戦禍の中に突っ込むのか。 「ハチミン!良かった、無事だったのね!」 アロマが森の入口近くにいるデジモンに声をかけた。 「アロマさん!すると、そちらのお方はもしかして…」 「ゼットだよ!お肉を持ってきてくれたの!」 「そうですか!はじめまして、ゼットさん。ハチミンと申します!」 ずいぶん礼儀正しいファンビーモンだな。 「どーも。おたくもローヤルベースの一員か?」 「はい!」 「そいつは良かった。なら俺をそこまで連れてってくれや。…ん?」 森の中からデジモンが三頭ほど飛び出してきた。…どうやらこいつらは穏やかじゃなさそうだがな。 「ニクダ!」 「ニクヲヨコセ!」 「オレタチノモノダ!」 「大変!あれはトリ軍団の尖兵、ディアトリモンだわ!ニオイを嗅ぎ付けて来たのね!」 アロマが驚いた様子でそう言った。 「ここは私とアロマさんで食い止めましょう!ゼットさんはお肉を取られないようお願いします!」 ―――88コール! ハチミンがけたたましい羽音を上げ始めた。どうやら仲間を集めるつもりらしいが、その間おたく自身分は無防備になるようだな。 「ハチミンに近づかないで!」 ―――フラウカノン! アロマの放った光弾が、ハチミンに一番近いディアトリモンを吹き飛ばした。それを見て、他の二頭も足が止まる。 「キョウテキダ!」 「ゾウエンヲヨコセ!」 ディアトリモン達がそう言うと、森の中から増援が次々に湧いてきやがった。 「こっちの増援が来るまで足止めしないと!えい!!」 アロマのキックがディアトリモンの頭部を捉えた。吹っ飛ばされたやつは後ろの連中をドミノ倒しにしていく。…見かけによらずパワーあるな、アロマの奴。 「テキハヤツラダケダ!」 「オクスルナ、ススメ!ススメ!」 だがディアトリモン達の勢いは衰えない。 「キリがないわ!増援はまだ?」 「ローヤルベース周辺も敵が多いみたいです!増援はまだかかりそうです!」 「そっか、ごめんねゼット、もう少し待ってて!…ああもう!近づかないで!」 今度はビンタで吹っ飛ばした。おっかねえ。しかし参ったな、このままじゃいつまで経っても森に入れない。 …仕方ねぇ、あまり戦闘は得意じゃないが、商売のためだ。一つ手を貸してやるか。 ―――デッドウィード! 「ドワッ!」 「ナンダ!?アシガトラレル!」 「あれ?ディアトリモンが転んでる…?」 「悪いが、俺はもう行かなきゃならないんでね。肉は鮮度が命なのさ。見たところ、コイツらは空飛べねぇんだろ?なら足止めするのは簡単だ。」 「なるほど、雑草を操ったのね!」 そう、こういった草原では俺の得意技「デッドウィード」が一番効力を発揮するのさ。ほら見ろ、おもしれぇぐらいに引っ掛かってるぜ。 「コッチニタオレルナ!」 「ナニヲヤッテル!ケンカシテルバアイカ!」 「これであいつらはしばらく動けねぇ。俺は先に行くぞ。」 「うん、後は任せて!私はこいつらを片付けるわ!この森の中央に、一番大きな樹があるの!そこでまた会いましょう!」 俺は無言で頷くと、うっそうと生い茂る森の中に入っていった。 ふー、さすがに20個も持って歩き続けるのはしんどいな。…お、ここがアロマの言ってた、中央の大木ってやつか。周辺が開けてるから、確かに待ち合わせにはピッタリだな。ん?あいつは… 「ゼット殿ではないか!久しいな!」 「なんだ、ご無沙汰だなアトラス。ウチの肉を気に入ってくれたんじゃなかったのか?」 「かたじけない。本格的に戦闘が始まってからというもの、地上部隊の隊長である我輩は手が離せなくてな。ゼット殿に礼を言いに行く暇も無かったわ。…ところで、その大荷物は?」 「おたくの大好物だよ。すぐ真上のローヤルベースに配達するよう頼まれたのさ。」 「そうであったか。ならば、我輩が運んで行く代わりに、少し分けては頂けぬか?」 「おいおい、地上部隊の隊長さんは忙しいんじゃなかったのか?まあ俺を上まで連れてってくれるんなら、今度ウチに来たときに割引してやるぜ。」 ドスッ …え? 「ぐわぁっ!!」 「アトラス!?なんだこれ…矢か!一体どこから!?」 アトラスの羽根に突き刺さった矢を抜きながら、俺は周囲を見渡した。直後、手に持った剣で中央のデカい木を切り倒しながら、攻撃してきたヤツが俺達の前に舞い降りた。木はメリメリと悲鳴を上げながら倒れ、土煙を巻き上げた。 「隙を見せたな、アトラス。大将の統率が無くなれば、君達の勢力も一気に衰えるだろう。」 「き、貴様は…!?」 ――――― 「ハァ…ハァ…。なんとか全部追い払えたみたいね。」 そう呟くアロマの前には、おびただしい数のディアトリモンが横たわっていた。命までは取らなかったため、中にはまだうめき声を上げている個体もいる。その光景を見て、増援にやって来たファンビーモン達は目を丸くしている。ハチミンはアロマのもとに駆け寄るが、彼女は森に向けて飛び始めていた。 「アロマさん!そんなボロボロの体で行くのは無茶です!!せめて応急処置を…!」 アロマを気づかうハチミンに対して、彼女は笑顔を見せ気丈に振る舞った。 「大丈夫よ。それよりゼットが待ってるから、早く行かないと!」 「どうしてそこまで…!」 するとアロマは、顔をうつむかせて話し始めた。 「私ね、この森で生まれ育ったから、ここしか居場所が無いんだ。だから、何をしてでもこの森を守りたいって思うの。アールもローラもマーシュもあいつらに殺されて、もう私には友達も家族もいないから…。」 「アール」と「ローラ」と「マーシュ」とは、アロマがパルモンだった頃、よく一緒に遊んでいた親友のアルラウモン、フローラモン、そしてマッシュモンのことだった。トリ種族の侵略に抵抗した彼らは、運悪く敵の長に殺された。その日以来、当時「パール」と呼ばれていた彼女は、命を落とした彼らをいつまでも忘れないよう、三人の名前の頭文字を用いて「アロマ」と名乗ることに決めたのだ。 「あの子達がいなくなってから、私は強くなりたくてこの姿まで進化したわ。それ以来私は、この森を守るためにできることは何でもしてきた。凶暴なトリ種族のデジモンを何度も追い払って、ただでさえ嫌いなガーベモンの縄張りに入って、頑固な肉畑主に頭まで下げて…。ここまでしてもかつての平和な森を取り戻せないなんて、とっても悔しいじゃない!だから私は最後まで戦う!」 「アロマさん…!わかりました!私も最後までお供させていただきます!!」 ハチミンの決意を聞いて、アロマはいつもの笑顔に戻った。 「さあ、急いで森の中央に行かないと…っ!」 「アロマさん、どうしたんですか?…あっ!」 アロマとハチミンが見据える先で、一番大きな木が切り倒された。森の中央にあたる場所と推測できる。 「あの子達が眠っている樹が…。」 アロマはわなわなと唇を震わせた。 「今、空から森の中に入っていったあいつ…忘れもしない!あいつの名前は…」 ――――― 「ペルセウスか!?おのれ貴様、不意討ちとは卑怯な!」 土煙が晴れ、攻撃してきた奴の姿が明らかになった。黄金の小鳥を引き連れた戦士のようなデジモン…ヴァルキリモンだな。 「生き延びるためさ、悪く思うなよ。とはいえ幼なじみだからな、命だけは助けてやる。」 ペルセウスとか呼ばれたヴァルキリモンは、右手に剣を持ったままじりじりとこっちに歩み寄って来てる。羽根をやられたアトラスは、その場で苦しんでいる。 「君が持っているその食料、渡してもらおうか。」 参ったな、相手は究極体だ。俺ごときがいくら抵抗したって、あいつにかなうわけがねぇ。 「させぬ…させぬぞ…!」 「アトラス!?」 アトラスはフラフラと立ち上がった。羽根を貫いた矢は体にも少し刺さっていたらしく、右腕の一つは左の脇腹を押さえている。 「…まだ立ち上がるか。」 「無理すんなよ。大将のおたくが倒れちゃ元も子もねぇぞ。」 「そういうわけにもいかん!ゼット殿が持ってきてくれた肉は、必ずや我々に勝利をもたらす!その好機を、ここで潰されるわけにはいかんのだ!!」 それを聞いたペルセウスは、やれやれという顔をしていた。 「何か勘違いしてないか?僕らは食料を求めてここに来ている。それをくれれば今日のところは引き上げるさ。…そうだ!ゼットとか言ったな?君が僕達の元に来ればいいんだよ!」 …商談で一番嫌われるタイプだな、こいつ。不意討ちしてきたくせに、相手の態度を見て急に平和的解決に持ち込もうとしやがって。後からならなんとでも言えるさ。 「…確かに、俺がおたくらのとこで肉を育てれば、おたくらの食糧難は完全に解決される。そうなれば、トリ種族とムシクサ種族の争いも無くなって万々歳だな。」 ペルセウスはそれを聞いて、満足そうな顔をしている。 …すぐにそのにやけ面をしかめてやるがな。 「よし、交渉成立…」 「だが俺は商人だ。対価を受け取った以上、仕事は最後まで引き受けるさ。それに俺にはプライドがある。少しでも多くのデジモンに、ウチの『Zasso肉』を食ってもらいてぇのさ。そういう訳だから、欲しけりゃきちんと対価を持ってくるんだな!」 俺は商人として、最高の選択をした。他人がどうとかは関係ねぇ。このデジタルワールドでは、自分に悔いのないよう生きることが一番の幸せなのさ…。 「…。」 ペルセウスの野郎、ずっとだんまりしてやがる。 「どうした?あまりの驚きに声も出ないかい?ペルセウスの旦那。」 「気安く名前を呼ぶなァ!!」 ペルセウスがいきなり大声を上げたもんで、さすがの俺も驚いた。 「この名前は、僕と彼が兄弟の盃を交わした際、互いにつけた名前だ!ザッソーモンごときに呼ばれる筋合いは無いッ!!」 ペルセウス、いやヴァルキリモンはそう言うと、再びアトラスの方に向き直った。 「そう決めたはずだったな、アトラス!?なのに君は、そいつに平然と名を呼ばせている!君に誇りは無いのか?」 アトラスは何も言わず、じっとヴァルキリモンを見据えている。 「アトラーカブテリモンだった頃から何も変わらないな!騎士道精神などと称し、君は誇りを捨ててでも何かを守ろうとする!」 「そう言うお主は変わってしまったよ、ペルセウス。常に正面から戦いを挑み、幼年期達の憧れであったシルフィーモンの姿が、もうどこにも残っていないではないか。」 「それも生き延びるためさ!君のような生き方では必ず身を滅ぼす!それがなぜわからない?…もういい、愚か者である君には、義兄弟として僕自らが手を下してやる!!」 「決闘というわけか。受けて立とう!」 ―――ギガブラスター!!! アトラスの放った電撃の槍が、ヴァルキリモンを貫いた…ように見えた。 「やはり変わらないな、君は。」 ヴァルキリモンに攻撃はかすってもいなかった。 いや、アトラスがわざと外した、と言った方が正しいな。 「僕が連れている『フレイヤ』は、危険を察知すると知らせてくれる。そのフレイヤに反応が無かったということは、僕がかわすまでもなかったということだ。」 「ぐっ…。」 必殺技を放った反動で限界が来たのか、アトラスは膝を地につけた。 「兄弟相手に手は出せないか!?死ぬまでその甘さは直らないようだな!」 ―――アウルヴァンディルの矢!!! 「ぐあぁぁッ!!」 ヴァルキリモンが、背負ったボウガンから素早く何本もの矢を放った。アトラスは、後ろの木に数本の矢で羽根を打ち付けられた。 「超音速で飛び回ると言われるヘラクルカブテリモンも、これでは身動きがとれまい。…もっとも、すでに飛ぶことはできなかっただろうがな。」 「ぐ…!」 「今楽にしてやる…!」 ヴァルキリモンは剣をアトラスに向け、まっすぐに走り出した。 ―――デッドウィード! 「!?」 ヴァルキリモンの足が止まった。正確には俺が止めた。 「悪いが、そこまでにしてくれねぇか?アトラスはウチの大事な上客だ。今後の商売の邪魔する奴ぁ、たとえどんな野郎でも許さねぇぜ。」 「邪魔をしているのは君の方だろ…!」 ヴァルキリモンはこっちを睨み付けてきた。その時、対峙する俺達の脇から、アロマ達が飛んで来た。 「ゼットさん!この状況は…?ああっ、アトラスさん!大丈夫ですか!?」 「ヴァルキリモン…!私の親友が眠っている樹を、よくも…!」 ハチミンはすぐにアトラスの元へ駆け寄った。アロマは、大木を伐ったのがヴァルキリモンであると確信している。どうやらあの木は、戦いで死んだデジモン達の墓だったらしい。 「アールとローラとマーシュの仇、ここで取らせてもらうわ!」 「やれ、フレイヤ。」 「フラウカノ―――うあッ!」 アロマが手首の花弁から砲を出した瞬間、黄金の鳥が彼女の頭部に激突した。アロマは、そのままのけ反る形で仰向けに倒れた。 「痛った…。」 「君ごとき、直接手を下すまでもない。…さあゼット!いい加減考えを改めろ!」 「こいつ…!」 まだ立ち上がろうとするアロマの前に、俺は立ちはだかった。 「ゼット、何してるの?成熟期のあなたがあいつに敵うわけないでしょ!?」 「じゃあ聞くが、おたくはそんなボロボロの体であいつに勝てるのかよ。」 「勝てるかどうかじゃない!死んでいった親友の誇りを取り戻すために、私は戦うの!」 「だったらおたくは生きるべきだ。その方が誰かさんも喜ぶ。」 「あなたに何がわかるの?護衛は任せてって言ったでしょ!おとなしく私を戦わせて!」 「おたくの過去は知らねぇ。だがな、俺の仕事はこの肉を運ぶことで、おたくはその仕事の依頼人でもある。依頼人に先立たれちゃ、こっちも困るのさ。」 「対価はもう渡したわ!これ以上、私に何を求めるの?」 「『礼』がまだだ。」 「…!」 ようやくアロマが口を閉じた。さあ、こっからは俺が話す番だ。 「ただ仕事するだけなら、マシーン型にやらせた方が効率的だろう。だがな、俺は感情を持つデジモンだ。『ありがとう』とか『お疲れ様』とか、取引の相手からそう言われんのが、俺の仕事のやりがいなのさ。だから俺は、一度請け負った仕事は最後までやり通す。」 仮に命を落とすことになっても…な。言わなくても悟ったのか、アロマは目に涙を浮かべている。 「どこまで頑固なのよ…!」 俺はヴァルキリモンの方に向き直ると、こう言った。 「その障害が、ペルセウス!お前のようなやつでもな!」 「その名を呼ぶなと言っただろう…!」 ペルセウスは剣を持つ手に力を込めた。俺はやつを見据えたまま声を上げた。 「アロマ!アトラス!ハチミン!出血大サービスだ!俺が死んだら畑の肉、全部持っていけ!」 「ゼットさん!!」 「ゼット殿!!」 「ゼットーー!!!」 「うおぉぉぉぉ!!!!!」 「はあぁぁぁぁ!!!!!」 俺とペルセウスは、ほぼ同時に駆け出した。 ―――スクイーズバイン!!! ―――フェンリルソード!!! 二つの必殺技が同時に放たれた。 …結果はわかりきってたけどな。 …ずいぶん長い走馬灯だったな。俺はやつの剣で切り上げられて、ちょうど大木が切り倒された跡に落ちた。やつの剣は切りつけたものを凍らせる性質があるらしく、真っ二つに切られた俺の体はみるみる凍っていく。 肉は無事か? 俺は背中の方に目を向けようと、固まった体を無理やり動かした。引きちぎられるワイヤーフレームが悲鳴を上げる。だがこんなことでへこたれちゃ、ザッソーモンの名が廃る!切られようが叩かれようが、絶対に自分の信念は曲げない!燃やせ雑草魂!!! …良かった、肉は一つも凍ってない。後は、この肉を新鮮なうちに、すぐ真上のローヤルベースまで届けなきゃならねぇ。そう、俺の仕事はまだ終わってない。こいつを運んで、アロマに礼を言ってもらわなきゃ…な… …待っ…てろ…よ…… …………… ――――― 「ゼット!!ゼットーー!!!」 アロマは大粒の涙をこぼしながら、ゼットの方に向かって何度も呼び掛けた。しかし、返事は帰ってこない。 「終わりだな。後は食料を手下に運ばせればいい。だがその前に…」 ペルセウスは剣に纏った氷を払うと、アロマ達の方を向いた。 「今の僕はかつてない怒りにとらわれている!ザッソーモンごときに、二度も名を呼ばれた…!この怒り、君達で憂さ晴らしさせてもらう!!」 「何よ…あんたの怒りなんか、私に比べればちっぽけじゃない!上等だわ、返り討ちにしてやる!!」 アロマはなんとか立ち上がり、花弁の砲をペルセウスに向けた。 「ゆくぞ、フレイヤ!…フレイヤ?」 両手でボウガンを構えながら、ペルセウスは友の名を呼んだ。しかし、その姿は彼の傍らにはなかった。 「フレイヤ!どこへ行ったのだ!?」 ペルセウスはなおも名を呼び続け、上空へ飛び立った。彼が見下ろすと、先程切った木の上で凍りつき、完全に生命活動を停止しているザッソーモンがいた。そしてすぐそばには、フレイヤの姿もある。 「何をしている!…これは?」 ペルセウスは目を疑った。ザッソーモンの周りを、美しいオーロラが囲んでいたのだ。 「ペルセウス…お主は自分の力に気づいておらんかったのか。」 「なんだと?アトラス、どういうことだ!?」 ペルセウスが困惑した様子で問いかける。ハチミンに傷の手当てをしてもらいながら、木に持たれかけているアトラスが口を開いた。 「ヴァルキリモンに進化したお主は、特別な力に目覚めている。それは、戦いで命を落としたデジモンのデータに、再び命を吹き込む力なのだ。」 「!…だが、この戦争で死んだ僕の手下には、そのような力は起こらなかったぞ!」 「もちろん、誰にでもというわけではない。お主がそのデジモンを『勇者』と認めん限りはな…。」 「勇者…?勇者だと…!?」 オーロラに包まれたザッソーモンはデータの粒となって、切り株に沈んでいった。 「僕は彼を…無意識のうちに勇者と認めていたのか…!?」 切り株が突然、まばゆい光を発した。同時に、凄まじい地響きが辺りを揺るがす。 「なっ、何!?地震!?」 ハチミンは驚き周囲を見渡した。 「違うわ…あれ!見て!!」 アロマが指差した先で、切り株は急成長し始めた。 「な、なんだ!?」 ペルセウスはフレイヤを連れ、すぐにその場を離脱した。切り株からは新しい命が伸びていき、やがて切られる前よりさらに巨大な樹となって、ついにはローヤルベースまで到達した。 「これが…生まれ変わった命なのか…。」 ペルセウスは棒立ちでその光景を見ていた。驚くべきことに、大樹からは実の代わりに、『Zasso肉』より大きな肉がたくさん実り始めた。戦っていたデジモン達はそれを見ると、一目散にその樹へと集まっていった。 「ゼットさん、最期までお肉を背負ってたから…!」 ハチミンが目を見開いて言った。 「仕事は最後までやり通す、か。有言実行どころか、まさか戦争の原因そのものまで解決してしまうとはな…。」 アトラスがポツリと呟くように言った。 「みんな…みんなあそこにいるんだわ…!アール、ローラ、マーシュ、それにゼットも…!!みんなの願いが、想いが通じたんだ!!」 アロマが涙を浮かべ、笑顔でそう言った。 「…そこのファンビーモン!」 「は、はいっ!?」 ペルセウスがハチミンを呼んだ。突然の呼びかけに、ハチミンは戸惑いながら返事をする。 「ローヤルベースに伝えろ。『増援は必要無い』、とな。…行くぞ、フレイヤ。」 ペルセウスはそれだけ伝えると、手下のデジモン達に命令し、森を後にしていった。 「アトラスさん、これって…?」 「…どうやら、長く続いた我々の戦いに、終わりが告げられたようだな。」 ペルセウスが飛び去った方向を見ながら、アトラスが言った。 「じゃあ、森にまた、平和が戻ったのね…!」 アロマはそう言うと、肉の生る大樹を見上げた。 ―――こうして、トリ種族とムシクサ種族の間で勃発した戦争は、終焉を迎えたのであった…。 ――――― 戦争の終結から一年が経った。ハチミンはタイガーヴェスパモンに進化し、ローヤルベースの隊長として建設作業の指揮官を担っている。アトラスはハチミンの手当てによって回復し、今は森の長老としてデジモン達から敬われている。ペルセウスはあの戦争以来考えを改め、トリ種族とムシクサ種族の間に再び友好関係を築こうと努力している。そしてアロマは… 「ハチミン!久しぶりね!」 「パールさん!お元気そうで何よりです!」 森のデジモン達から『アロマの樹』と名付けられた大樹の根元に、彼女はいた。そう、アロマはあの戦争以来、再び自らを「パール」と名乗ることにしたのだ。彼女は「アールとローラとマーシュは、あの樹の中で生き続けている」と考え、アロマの名を樹に冠したらしい。 「ハチミンすごいじゃない!ローヤルベースの隊長なんでしょ!?立派に進化したのね!」 「いえ、それほどでも…。パールさんこそ、『バンチョー』の称号を獲得したという話がローヤルベースで持ちきりになっていますよ。アトラスさんに代わって、森を守っておられるのですよね?」 進化しても、ハチミンの礼儀正しさは相変わらずのようだ。パールはしばらくハチミンと世間話で盛り上がった後、真面目な表情で話し始めた。 「ハチミン、私ね…山のデジモン達との条約を締結しようと思うの。」 「…ということは、トリ種族と我々ムシクサ種族の間に友好関係を築く、ということですか?」 「ええ。ペルセウスさんのことはまだ許せないけど…彼も信頼を回復するために、できることはなんでもやってるみたいだから。」 「パールさん、それって…。」 「うん、戦争の時は私もできることをがむしゃらにやってたから、その気持ちがよくわかるんだ。あの時私の想いが報われたように、今度は私が彼の想いに報いてあげたい。」 「…わかりました。ローヤルベースの隊長として、私も協力します!」 「ありがとう、ハチミン!」 パールはハチミンに礼を言うと、アロマの樹を見上げながら言った。 「アール、ローラ、マーシュ、見ててね!私はこの森を、もっと繁栄させてみせる!!」 ――――― 多くのデジモン達で賑わう街の一角。今は雑草が無秩序に生えている肉畑に、彼女はやって来た。最後に畑主が撒いた肥料で成長した大量の肉は、彼女の善意によって街中のデジモンに配られた。畑主が最期に残した遺言は、無事に叶えられたのだ。 「やっぱり、あなたへのお礼はここで言わないとね…。」 彼女はそう言うと、畑に生えている雑草を器用に絡ませ、あるデジモンの姿を象った。森を救った勇者の像を、彼の畑に現したのだ。最後に彼女は像にキスすると、小さく、しかしはっきりとこう言った。 「ありがとう、ゼット。」 心なしか、像が照れているようにも見えた。 ―――おしまい
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wB(わらび)
2020年10月06日
In デジモン創作サロン
※本作は、ぼろんごさん(@borongo0)主催のデジモン二次創作企画「ガブモン系統アンソロジー」に寄稿した作品になります。アンソロ内ではまさかの小説枠大トリという大役を任されましたが、自分の中でも童話「オオカミ少年」を原案にデジモン小説として上手いこと昇華できた一作であると自負しております。 朗読動画も公開しているので、そっちも良かったら聴いて下さると嬉しいな(42分と長いけど……) https://www.youtube.com/watch?v=2hYUDR0ci20&t=1s #varlet  あるところに、狼達が群れで暮らしていました。そこは真っ白な雪がしんしんと降り積もる山の中ですから、狼達は皆雪と同じくらいに白い毛皮で身を包んでいました。ところがその群れの中に、一匹だけ違う色の毛皮を持つ狼がいました。星の無い夜空のように真っ黒な毛皮を持つ彼は、仲間達から『トバリ』と呼ばれていました。トバリは群れの中で一番頭が良く、そして一番正直者でした。  ある夜のこと、群れの誰もが寝静まり、空の色がトバリの毛皮と同じ色に染まった頃、誰かがトバリを起こしました。それは、幼年期の頃からトバリと一緒に群れの中で育った『シグレ』でした。トバリはシグレのことを兄弟のように慕っており、狩りの時も食事の時も、いつもシグレと一緒でした。トバリは初めてシグレの方から話しかけてきたことに驚きつつも、山の麓へ降りる彼に嬉しそうに着いていきました。 「どうしたの? シグレ」 「トバリ、頼む。……俺達のもとを離れてくれ」 「えっ?」 トバリは目を丸めました。シグレは苦悶に顔を歪めながら続けます。 「俺達がまだガブモンだった頃に比べて、今の群れの数は倍以上に増えている。だから、もっと狩りを効率的にしたいんだ」 「……そっか、僕は黒いから……」 「流石に察しがいいな。そうだ、雪の中でお前の体は目立ちすぎる。以前お前抜きで狩りに行ったことがあるだろう? あの時は、いつもより明らかに収穫が多かったんだ。その一件で、話し合うことになって……俺が、伝えることに、なった」 シグレは目を潤ませながら、絞り出すように吐露しました。それを見たトバリは、何かを決意するように口元を固く結びました。 「僕、強くなって戻ってくるよ」 「……え?」 今度はシグレが目を丸めました。 「僕がみんなの分のエサを取って来られるぐらいに強くなれば、またここに戻ってきてもいいだろ?」 「……ああ、そうだな……! じゃあ俺達は、お前が戻ってくるのを待ってる!」 シグレの顔がパッと明るくなりました。白い毛皮に良く似合う、爽やかな笑顔でした。トバリも口元を緩めます。 「約束しよう!」 「ああ、約束だ!」 二匹は互いの額を軽く合わせると、笑顔のままで相手に背を向けました。雪化粧の山を離れ、あてもなく駆け出したトバリは、やがて夜の闇に消えていきました。 ──────────  あるところに、とっても嘘つきな少年がいました。木彫りの人形のような見た目をしている彼は自ら『コズエ』と名乗り、周りからもそう呼ばれていました。コズエは嘘つきなだけでなく、とんでもない意地悪でした。だからコズエがたむろしているのどかな原っぱは、いつも彼の周りだけ誰も寄り付かなくなっていました。コズエは今日も大木に寄りかかり、遊び相手という名の意地悪の対象を見定めています。 「あー、暇だなー。ムゲンマウンテン噴火しねーかなー」 そんなコズエに近づく一つの影。コズエはリボルバーのついたハンマーを手に取り、影の正体を確かめようとしました。 「わぁ! その武器カッコいいね!」 コズエが確かめるまでもなく、影の主はトパーズのような金色の瞳を輝かせながらコズエに話しかけてきました。それは、真っ黒な毛皮を持つ狼でした。 「はじめまして! 僕、トバリ! 君の名前は?」 「はぁ?」 「君、ここで何してたの? 他の子達は向こうで遊んでるよ?」 トバリからすれば、コズエが暮らしているこの原っぱは初めて訪れる場所でした。いくら頭がいいと言っても、ここにはトバリの知らないことがいっぱいあったのです。矢継ぎ早に質問をぶつけてくるトバリを、コズエはうっとうしく思いました。 「うるせぇなぁ。誰があいつらなんかと……そうだ!」 コズエは言いかけた後、何かをひらめいたように立ち上がりました。コズエがひらめくことというのはだいたい他の誰かにとって迷惑なことですが、もちろんトバリはそのことを知りません。 「俺様とかくれんぼやろうぜ! お前逃げる方な!」 「え? 僕と遊んでくれるの!?」 「そうさ、百数えるからその間に逃げろよ!」 「わかった!」 コズエの尖った鼻が少し伸びました。コズエが大木に顔を付け数え出すと、トバリは近くの森に向かって一目散に走り出しました。だんだん音が小さくなっていくのを聴き届けると、コズエは途中で数えるのを止めてしまいました。 「バーカ、誰が遊んでやるかってんだよ。帰って昼メシでも食うか」 コズエはトバリに嘘をついたのです。コズエは嘘をつくと鼻が伸びるのですが、もちろんそんなことトバリは知りません。コズエは姿も見えなくなったトバリに捨て台詞を吐くと、森の中へ入っていきました。コズエは森の中にツリーハウスを作り、そこで暮らしていました。重そうなハンマーを背負いながら、5メートルはありそうな縄ばしごをヒョイヒョイ上っていきます。 「さーて、何食べるかな……」 「あ、おかえり!」 「……はぁ!?」 ツリーハウスに帰ったコズエは絶句しました。なんと、さっき追い払ったはずのトバリがツリーハウスでくつろいでいるではありませんか! 「……って、しまった! かくれんぼなのに自分から出てきちゃった!」 「おいテメエ、なんのつもりだ」 「? 何って……かくれんぼだけど?」 コズエは頭を抱えました。だって追い出すつもりが、反対に自分の家に招き入れる形になってしまったのですから。自分の嘘が裏目に出たことを、コズエはちょっぴり後悔しました。 「そうだ! 僕、君に聴きたいことがあったんだ。ねえねえ、どうしたら強くなれるかな?」 「んだよ突然」 「だって君、一人じゃない。それなのにこんな立派な家に暮らしてて、ご飯も満足に食べてる。それって、君が強いからなんでしょ? 僕も強くなりたいんだ、何か秘訣があったら教えて!」 ツリーハウスの中に漂う様々な食材の香りや、椅子が一つしかないことからトバリは察したのでしょう。コズエがここに一人で暮らしていることを、トバリはあっという間に見抜いてしまったのです。ですが、コズエはこれだけ色々と詮索されたにも拘わらず、トバリに強いと言われたためか悪い気はしていませんでした。誰に対しても意地悪で、いつも一人でいたコズエのことです。きっとこんな風に褒められたことなんて今までなかったのでしょう。 「……まあな? 俺様にかかればロイヤルナイツも七大魔王もイチコロよ!」 コズエの鼻がまた少し伸びました。 「スゴい! 『ろいやるないつ』とか『ななだいまおー』っていうのはよく知らないけど、とにかく君は強いんだね!」 「そういうこった! ……しょうがねぇな、俺様が特別にお前を鍛えてやる!」 「やった! ねえねえ、僕強くなれるかな?」 「あったり前よ! 誓ってもいいぜ!」 コズエの鼻が少し伸びました。 「約束だよ!」 トバリが額を軽くコズエの額にぶつけました。そのあまりの勢いの強さに、コズエは危うく窓から木の下に落ちそうになりました。 その日の夜、二人はツリーハウスで一緒に眠りました。コズエはトバリを床に寝かせ、まるで敷き布団として扱うようにその上で寝ました。しかし、群れを離れて以来ずっと一人で寝ていたトバリは、共に夜を過ごす相手がいるだけでも幸せでした。 ────────── 次の日、コズエはトバリを連れて森の奥へ進んでいきました。トバリは、木も草も花もデジモンも初めて見るものばかりで、高揚する気持ちが表れるかのように、しきりに首を振ってそれらを見渡しています。少し歩くと開けた場所に出ました。真ん中には大きな湖が広がり、太陽の光を反射してキラキラと輝いています。木々の木漏れ日も降り注ぎ、トバリはまるで宝石に囲まれているような気持ちになりました。 「うわぁ! なんてキレイなんだ!」 「ここで暮らしてるデジモンはみんなここの水を飲んでる。まあ俺様が来るときは誰も近づかないけどな」 「僕も飲んでいいの?」 「好きにしなよ」 「やった!」 トバリは湖の縁に近づき、舌を使って器用に水を掬い上げます。その間、コズエは湖から少し離れた場所に行き、一体の植物デジモン『ザッソーモン』を見つけて引っ張って来ました。 「おい!」 コズエの呼びかけに、トバリは顔を上げました。 「今から面白いもん見せてやるよ。いくぜ~」 「ちょ、ちょっと待て……ぶげぇ!」 コズエはザッソーモンを乱暴に地面へ投げつけると、持っていたハンマーを野球のバットのように振りかぶり、おもいっきりザッソーモンに叩きつけました。すると、同時にハンマーに込められた火薬が爆発し、ザッソーモンを吹き飛ばしました。 「ギャアアアァァァ……」 悲鳴を上げながら、ザッソーモンは湖の反対岸まで飛んでいきました。ドボンという激しい音と共に水柱が立ち上ります。一連の光景を、トバリは口をポカンと開けながら眺めていました。 「なあ見たか、今の? 面白いだろ!」 「すごく飛んでいったけど……あのデジモンは大丈夫なの?」 「なんだ、そんなこと心配してんのかよ。アイツはすぐ戻ってくるから、次はお前の番な」 「ええっ! 僕もやるの?」 「当たり前だろ。おもいっきり飛ばしな、スカッとするぜ~」 コズエが話した通り、ザッソーモンは湖をぐるりと廻って二人のもとに戻って来ました。ザッソーモンは目くじらを立てています。 「いきなりなにすんだよ! 危うく死ぬとこだったぞ!」 「うるせぇなぁ。お前らザッソーモンはいくら攻撃しても死なないんだからいいじゃねぇか」 「俺の名前はゼットだ! だいたい……」 ザッソーモン改めゼットはわめき散らしますが、コズエは聞く耳を持ちません。 「おい、今がチャンスだ」 「ホントにやるの? かわいそうだよ」 「いいか、これは強くなるための特訓だ。俺と同じところまで飛ばせるぐらいになれば、お前はもっと強くなれるぜ」 コズエの鼻が少し伸びました。トバリはそれを聴くと、パッと顔を輝かせました。 「本当! じゃあやるよ!」 ──アイスウォール! 「ぶげぇ!」 トバリが前肢で地面を思いきり叩くと、ゼットの足元から氷の壁が飛び出しました。コズエが飛ばした時よりも山なりのアーチを描いて、ゼットは湖の方へ飛んでいきました。 「またかよぉぉぉぉぉ……」 湖の対岸……までは飛ばず、山なりに飛んだせいかゼットは湖のちょうど中央辺りに落ちました。ドボンという激しい音と共に水しぶきが上がります。コズエがため息を吐きました。 「あーあ、やっちまったな。アイツしばらく帰ってこないぞ」 「えっ、どういうこと?」 「アイツ泳げないからな。放っておいたら死ぬかもよ?」 コズエの鼻が少し伸びました。それを聞いた途端にトバリの顔が一気に青ざめました。トバリは脇目も振らず湖に飛び込むと、決死の犬掻きでゼットが落ちた辺りまで泳いで行きました。 「マジかよ……バカか、あの野郎は?」 コズエは悪態を吐きましたが、トバリを追いかけようとはしませんでした。コズエは泳げなかったのです。トバリが湖の中央まで近づくと、突然水から出ていたトバリの頭が沈んでいきました。コズエは自分の遊び道具が二つも無くなってしまうのではないかと、不安でたまりませんでした。その時です。 「おーい!」 再びトバリの頭が浮かび上がってきました。口にはゼットのものと思わしき触手を咥えています。コズエはそれを見ると、トバリにバレないように安堵のため息を吐きました。コズエは、ゼットを引き揚げて上陸したトバリの頭をコツンと叩きました。 「何やってんだよ、こんな奴放っておいてさっさと遊ぼうぜ」 「だって放っておいたら死ぬって……」 「嘘に決まってんだろ、あんなの。それよりお前泳げるのな」 「いや? 泳いだのは今日が初めてだよ」 「……はぁ?」 コズエが呆然としました。 「お前、泳げるか分からなかったのにコイツ助けたの?」 「うん、泳ぎ始めたら案外どうにかなるもんだね!」 「……なんで?」 「なんでって……困ってるデジモンがいたら助けるでしょ?」 「いや?」 「そうなの?」 二人の間にしばらく沈黙が続きました。ゼットは二人が話している隙を見計らって、一目散に森の中へ逃げていきました。 「冗談じゃねぇ、あんなイカれた奴等と一緒にいられるか!」 頭の中を疑問で埋め尽くしたトバリとコズエは、ゼットが逃げたことに全く気づきませんでした。その後、夜になってツリーハウスで眠るまで、二人は湖で話したことをずっと考え続けていました。 (どうして彼は助けないんだろう……?) (なんでアイツは助けるんだ……?)
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wB(わらび)
2020年5月05日
In デジモン創作サロン
※タイトルにもある通り、本作は『後編』です。下にURLを載せておくので、先に前編を読んでからこちらに目を通してくださると幸いです。 ・「私が元気になったワケ」前編 https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/si-gayuan-qi-ninatutawake-qian-bian **************************************************  私がおじいちゃんがあまり好きではない。……というのは以前の話だが、おじいちゃんの舌打ちだけは今でも嫌いだった。テレビを観ている時や新聞を読んでいる時にしょっちゅう鳴らすし、何よりそれが怖かったせいで私は幼い頃からおじいちゃんを怒らせないよう気を使い、こうして今に至るまで人の顔色ばかり伺って育ってきたのだから。それでも今回に限っては、その舌打ちに感謝せざるを得なかった。  山の麓に着く頃には、暗闇とオーロラは空全体の四分の一ほどに至るまで広がっていた。顔を上げて改めて見えるその異様なはずの光景に、私は一瞬心を奪われた。 「綺麗……」 ぶつかり合う闇と光。 凝縮された闇の珠は、弾けて広がり夜空となって。 ねじ曲げられた光の波動は、水中を揺らめく絹のようにうねるオーロラとなって。 後光を浴びて輝く六枚の翼を持った巨鳥は、羽ばたく度に細かい光の粒子を星のように散りばめていた。  突然、巨鳥と激しい撃ち合いを繰り広げていたもう片方の怪物が、戦いを中断し私の目の前に降り立った。背丈は二メートル程度しかなく、旅客機ほどはありそうな巨鳥と比較するとあまりにも小さかった。 「『BAN-TYO』トノ接触ヲ確認……。摘出フェイズニ移行……」  怪物は感情の伴っていない声でそう繰り返すと、私の方へゆっくりと歩み寄り、後退りする私を岩壁まで追い詰めた。  ここで私は人生初の『壁ドン』をされたわけだが、脳内に浮かんだ感想は「何コイツ! いきなりカッコつけちゃってさぁ!」だの「この人……綺麗な目してる」みたいな少女漫画的なものではなく、ただただ「あ、コレ私死んだわ」という諦めだけであった。呼吸も忘れて立ち尽くす私を前に、怪物の黄色い絵の具で塗り潰したようなぼんやりと光る目が見開かれた。 「……お前、もしかして……桃子か」 「……はい」  放心状態でそれだけ答えた私は、安堵の深呼吸と共にその場に座り込んだ。 「も~~~~~! ビックリしたじゃん! また私の驚く顔が見たかったワケ? ホント最っ低!」 「元気そうじゃないか、ちょうど良かった。あの鳥を追い払うから、桃子、お前も手伝え」  おじいちゃんが指差す先では、先ほどの六枚の翼を持つ巨鳥が何事も無かったように優雅に空を舞っていた。 「それは別に構わないけど……なんでおじいちゃん、あの鳥と戦ってるの?」 「理由はそのうち教える。俺が引き付けるから、援護は任せたぞ」  おじいちゃんはそれだけ言うと、また巨鳥のところに飛び去ってしまった。  いきなり戦いを手伝えと言われて、困惑しなかったわけではない。けれど、久しぶりに会えたおじいちゃんが私を頼ってくれた事実に、むしろ気持ちは高揚していた。 「ティアーアロー!」  ノリノリで技名を宣言すると、空気中の水分が瞬く間に凍り、手元に氷の弓が形成された。続いて背中の突起からこれまた氷の矢を取り出し、巨鳥に向かってキリキリと引き絞る。弓矢なんて生まれてこの方触ったこともなかったが、使い方は『レキスモン』の本能が教えてくれた。  二体の攻撃が止み、おじいちゃんが距離を離した。今だ。 「そこっ!」  自らを鼓舞するように短く叫び、矢を放つ。……一本ではどうにも心許ないので、二発、三発と続けて放った。少し待ってみるが、反応は無い。それどころか、巨鳥は私が矢を放ったことにすら気づいていないようだった。もしかしたら外れたかもしれない。  おじいちゃんが突然攻撃を中断し、私のところに戻ってきた。 「桃子、なんか別の攻撃無いか?」 「グローブからシャボン玉出せるけど……」 「ふむ、催眠効果か。上出来だ、次はそれを試してみな」  私が説明するより先にシャボン玉の効果を当てられてしまったので、私は肩をすくめた。どうやら、私のスリーサイズを言い当てようとした時の分析能力は健在らしい。 「え、でも眠るかどうかわかんないよ?」  私の不安をよそに、おじいちゃんはまた巨鳥のところへ向かってしまった。私はため息をつきながらも、とりあえず言われた通りに試してみることにした。若干ヤケクソ気味に掌を合わせ、続けて前に突き出す。 「ムーンナイトボム!」  きちんと技名を宣言したからか、『BAN-TYO』の時とは比較にならないほど大きなシャボン玉がすごいスピードで飛んでいった。最早シャボン玉というより水の大砲だ。大きい分反動も強いが、おかげで今度はちゃんと巨鳥に当たるのが確認できた。よろけそうになりながらも、私は巨鳥の反応を確認した。……ダメだ、やっぱりこちらに気づいてすらいない。  おじいちゃんが突然戦いの手を止め、私の前に着地した。いちいちヒーロー着地で登場するの、悔しいけどカッコいいわ。 「桃子、それじゃあダメだ」 「ほらー! だから言ったじゃん、眠るかわかんないって!」 「そうじゃねぇ、お前の心持ちがなってないんだ」 「心持ちぃ?」 「そうだ、あいつを敵だと思うな。そうだな……寝付きの悪い赤ん坊だと思え」 「……、……はぁ!?」  理解が追い付かなかった。 「え、おじいちゃん大丈夫? 頭打った? それとも痴呆? 認知症? アルツハイマー?」 「それともっと近くで撃て。今のお前には愛情が足りん。『ねぐれくと』だ」 「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」 「その二つを意識しろ。いい加減終わらせてくれや、年寄りを働かせやがって」  おじいちゃんは吐き捨てるようにそう言うと、また飛び去ってしまった。ああいうのを老害というのだろう。おじいちゃんじゃなければ蹴り飛ばしてやるところだわ。  そもそも自分からケンカ吹っ掛けておいて、私を頼った上に早くしろだなんて、厚かましいにもほどがある。……と思ったが、よくよく考えれば自分も『BAN-TYO』にケンカ売っておきながら最後はネイビーさんに助けてもらったのだった。ああ、私間違いなくおじいちゃんの孫だわ。  おじいちゃんとの共通点を自覚し、私は恨めしくも少し嬉しくなった。仕方がないので、私と似た考えを持つおじいちゃんの意見に、今回ばかりは従ってあげるとしよう。  険しい岩がゴロゴロ転がっている山道も、今の私は十跳び足らずで登覇してしまった。周りを見渡せばもっと高い山はいくつもあったが、これだけの高さがあれば上空の巨鳥にも手が届くだろう。吐く息が真っ白になるほど気温は下がっていたが、『レキスモン』の体にはむしろ快適なようだ。麓にいた頃よりも元気が湧いてくる。入念にストレッチをしながら、私は山を登る途中で思い出したことをもう一度頭に思い浮かべた。 ──────────  ……そう、あれは確か私が五歳の頃。お正月に家族でおじいちゃん家に遊びに行った時のこと。  薄着で寒空の下近所を探検していた私は、案の定その日の夜に高熱を出したのだ。次の日には帰る予定だったのだが熱は下がらず、仕事のあったお父さんと体の弱かったお兄ちゃんは先に帰ることになった。だがお兄ちゃんがあまりにもぐずるのでお母さんも着いていき、私はおじいちゃんの家に一人預けられた。  寂しくはなかった。家族にうつしちゃいけないことは子供ながらに理解していたし、明日には必ず迎えに来ると言われていたから。どちらかというと怖かった。当時おじいちゃんが暮らしていた家はだだっ広い木造で、廊下や階段は歩く度にギシギシと音が鳴るし、家の周りは街灯一つ無いから夜は真っ暗だし、暖房も無いからとにかく寒いし、おまけに家の主はおじいちゃんときた。RPGのラストダンジョンに、勇者が一人閉じ込められるようなものだ。  寝ようとしても、発熱時特有のハエトリソウに似たバケモノに食べられる夢や、変なモヤがグルグル渦巻く夢を見てしまってなかなか眠れない。寒かった寝室を出て、月明かりを頼りに家の中を進んでいくと、書斎で正座しているおじいちゃんと鉢合わせしてしまった。だがおじいちゃんは怒るでもなく寝かしつけるでもなく、ただ一言「おいで」と言って私を書斎に招き入れたのである。 「桃子、お前やおじいちゃんの名字になっている『望月』が何を表すか、知っているか?」  向かい合って正座した私におじいちゃんはいきなり聞いてきた。答えになりそうな返答こそ浮かんでいたものの、間違えて怒られることを恐れた私はガタガタ震えることしかできなかった。それでもおじいちゃんが「言ってみな」と言うので、消え入りそうな声で「おもちつき……」と返した。おじいちゃんは否定せず、ゆっくりと頷いた。 「正解はあれだ」  おじいちゃんが振り向き、窓の外を指差した。その先にあったのは満月だった。 「丸く輝く満月を、昔の人は『望月』と呼んだそうだ」 「おじいちゃんもそう呼ぶの?」  その時、初めて私はおじいちゃんに質問をした。ただただ純粋に疑問だった。振り返ったおじいちゃんは僅かに目を見開き、「……そのうち教える」とだけ答えた。普段は怖かったおじいちゃんの顔が、この時だけはお母さんよりも優しく見えた。その後、おじいちゃんは「これを食べておやすみ」と、私に桃を剥いて食べさせてくれた。  とはいえ優しく見えたのはその夜だけだった。熱が下がった次の日、おじいちゃんが車で家まで送ってくれたのだが、車内ではお互い一言も発しなかった。代わりに、寝かさんとばかりに大音量の演歌だけが延々と流れ続けていた。 ──────────  いざ思い出そうとすると、意外に詳細に覚えているものだ。なぜ私が今の出来事を思い出したのかというと、私に赤ん坊の頃の記憶などなく、ましてや私に子供がいるはずもないからだ。つまりはおじいちゃんの言っていた「寝付きの悪い赤ん坊に接するように」というお題に最も近かったのが、今の記憶なのである。  両手を合わせ、間隔を少しずつ広げていく。掌に形成されたシャボン玉は今の私の顔よりも大きく、人間の頃の私の顔よりも大きく、そしてついには大玉転がしの玉ぐらいの大きさにまで膨らんだ。そしてそれを掲げたまま、巨鳥に向かって跳躍した。 「これ食べて! おやすみーーー!」  当時のおじいちゃんの台詞をそのまま叫んだのは我ながらナンセンスだと思う。それでもなるべく笑顔で、声は明るくハキハキと、できるだけ近づこうと頑張った。  こちらに気づいて振り向いた巨鳥が大口を開け、けたたましい鳴き声を上げた。その様子がエサを待つ雛鳥に見えなくもないこともない。……うん、顔だけで私の身長ゆうに越えてるのに雛鳥はないわ。巨鳥が喰らいつく直前、私は体を捻ってシャボン玉と一緒に食べられるのを回避した。あれだけけたたましかった鳴き声が嘘のように止み、巨鳥のまぶたがスーッと閉じていくのが見えた。 「ホントに……ホントに成功した!?」  後でおじいちゃんに疑ってしまったことを謝らなければ。そう思ったのも束の間、空を飛ぶ手段を持たない私は頭からまっ逆さまに墜ちていった。胸のメダルが光って落下速度がゆっくりにならないかしら。この期に及んでそんなふざけたことを考えていた私を、何者かが優しく受け止めた。ここで私は人生初の『お姫様抱っこ』をされたわけだが、脳内に浮かんだ感想は「なんで着地のこと考えずに飛び出したんだろう……?」という、自身の軽率な行動に対する疑問だけだった。 「ようやくケリをつけてくれたか」  満月のように黄色くぼんやり光る目と、私の目が合った。 「おじいちゃんが言ってたこと、本当だったね」 「俺が嘘つくと思うか?」 「いやさっきのはだいぶ疑わしかったよ! 自覚無いの?」 「伝わったんだからいいだろう」  さっきまでの素直な気持ちはどこへやら。おじいちゃんの悪態から始まったいつもの言い合いをしているうちに、私はすっかり謝ることを忘れてしまった。  おじいちゃんは私を山の中腹で降ろし、この辺りで一番高い山の頂を指差して言った。 「よし。桃子、ハイキングに行くぞ」 「……はい?」 「この間話しただろう。ほれ、スケッチブックと鉛筆も持ってきたぞ」  おじいちゃんがどこからともなく取り出したそれらを、私は思わず二度見した。よく見たら、それは普段私が使っているものと同じ製品だった。奪い取って中身を確認するも、全て白紙。危ない危ない、さすがにこちらの世界にまで私の絵を持ち込まれたら、おじいちゃん相手と言えど何をするかわかったもんじゃない。 「おじいちゃん……まさか、そのためだけにあの鳥追い払ったの!?」  そう、私は気づいてしまった。恐らく元からこの山脈で暮らしていたであろう巨鳥は、年寄りの道楽のために攻撃され、挙げ句の果てに無理矢理眠らされたのだ。そういう意味では、事情を聞かされず巻き添えにされた私も共犯者というよりは被害者である。当の容疑者は自慢気に佇んでいた。 「動物虐待! 愛護団体が黙ってないよ!」 「俺は山に下見に来ただけだ。先に攻撃してきたのは向こうなんだから正当防衛だろう」 「縄張りにズカズカ入って来られたら誰だって怒るでしょ……!」  特大ブーメランだ。いきなりキックをかました誰かさんはもっとタチが悪い。 「ここは強い奴がルールの世界だ。それこそ不平不満を言うだけなら誰でもできる」  巨鳥と互角に渡り合ったおじいちゃんが言うと妙に説得力がある。どうせこれ以上責めても自分の首を絞めるだけなので、私はそれ以上言及しなかった。  ハイキングは三十分ともたずに終わってしまった。山道は岩だらけでとても道なんて呼べるものではなかったが、今の私達が通れないはずもなく。邪魔な岩を蹴ったり砕いたりしているうちに、二人の後ろには自然と道が出来上がっていた。まあ、おじいちゃんにとってメインは私がこれから描く絵の方だろうし、私も別に山登りが好きというわけでもなかったので、そこまで気にしなかった。  雪と氷に覆われた山頂に腰を下ろし、私はスケッチブックへと鉛筆を走らせた。せっかくだから、青空と夜空を一緒に描いてやろうと、二つの空の境をキャンバスに仕立ててみた。タイトルは『白昼の夜空』。さっきの表現、我ながら結構気に入っていたのよね。  寒さのおかげで頭も冴え渡り、あっという間に描き終えてしまった。時間もあるので、色々な角度から二枚、三枚と続けざまに描き続けた。描き終えたスケッチブックをおじいちゃんに手渡すと、おじいちゃんはそれら一枚一枚にじっくりと目を通し始めた。 「そう言えばおじいちゃん、人間の姿のおじいちゃんが入院してたなんて知らなかったよ。どうして教えてくれなかったの?」  絵を描き終えた私は特にすることもなかったので、久方ぶりに会えたおじいちゃんに積もる疑問をぶつけることにした。おじいちゃんは絵から目を離さずに答える。 「そりゃ聞かれなかったからな。俺の体はどうなった?」 「……ついこの前、息を引き取ったの。お葬式も済ませたけど、お母さん達はみんな混乱してた」 「そうか、やはりな」 「ねえおじいちゃん、私ね、おじいちゃんがまだ生きてることをお母さん達にも伝えた方がいいと思うの。直接おじいちゃんの声を聞けば、みんなも安心すると思うから……」  おじいちゃんは絵を全て見終わる前にスケッチブックをまた何処へとしまい、こちらへ向き直った。 「桃子、お前はそろそろ帰れ」 「え? 突然どうしたのおじいちゃん。私、このままおじいちゃんと一緒にこの世界に残るつもりだったんだけど」 「さっきも言っただろ、この世界は強い奴がルールだ。お前じゃここで生きるには力不足だよ」  散々私の手を借りておきながら力不足とは。おじいちゃんの掌返しも呆れたものだ。 「大丈夫だって! さっきもあんなに大きい鳥をやっつけたんだもん、私達が力を合わせればどんな敵が来てもへっちゃらだよ!」 「力を合わせれば……か。お前、俺が本当の『おじいちゃん』だと、まだ信じているのか?」 「……え?」 「考えてもみろ。人間の体は既に死亡、こちらの体に移った意識も、死にかけた際に一度途絶えている。そんな状態から進化し復活したこの体に、まだお前の言う『おじいちゃん』の意思が残っている確証がどこにある?」  私は言葉を失い、その場に呆然と立ち尽くした。そんな、それじゃあ今まで私が話していたのは…… 「『ダークマター』は新たな人格を目覚めさせた。俺がお前のことを知っていたのは、この体にこびりつくように残っていた『おじいちゃん』の記憶を読み取ったに過ぎない」 「……騙したの? 私を……」 「『騙した』? 人聞きの悪いことを言うねぇ。俺はただ『おじいちゃん』の記憶にケリをつけたかっただけさ。お前が俺の前から姿を消せば、俺は改めて『ダークドラモン』として新たな生命を謳歌することができる。しかしおかしいな、桃子はもっと素直に『おじいちゃん』の言うことを聞くもんだと思っていたが……。帰らないと痛い目に遭うぞ?」  おじいちゃんの声を持つ化け物は、右腕に装備された歪な形状の装置から伸びる槍をこちらに向けてきた。 「気安く……私の名前を出すな!」  おじいちゃん、前に言ったよね。家族に刃物を向けるのか、危ないから早くしまえって。あの時はおじいちゃんが化け物だって勘違いしてたけど、今度はそうじゃないって確信が持てた。私に凶器を向ける偽物のおじいちゃん、『ダークドラモン』は、私がこの手で倒す! おじいちゃんの尊厳は、私が守るんだ! 「ムーンナイト──」  技名を宣言しようとしたその時、いきなり視界がガクンと傾いた。後ろに回り込んだダークドラモンに足払いをかけられたのだと気づいた頃には、背中の突起を掴まれ蹴り飛ばされていた。突起は無惨に引き千切られ、ブチブチと音が鳴る。 「あぐっ……!」  背中に激痛を感じた私は呻き声を上げた。だがダークドラモンは、痛みに膝をつくことすら許してくれない。即座に目の前まで回り込み、今度は私の首を掴んで仮面を引き剥がした。 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」  紙を裂いたような軽い音が響く。今まで味わったことのない痛みに、私は耐えきれず絶叫した。焼けるように熱を帯びた顔に、極寒の大気を伴った強風が容赦なく吹き付ける。あまりの痛みに意識が飛びかけたが、ダークドラモンに首を掴まれたまま地面に押し倒され、半ば無理矢理に覚醒させられた。最後にダークドラモンは、右腕の装置から伸びる槍に巨鳥に放ったのと同じ闇を纏わせ真っ黒に染めあげると、それを私の眉間に突きつけた。 「反抗期は終わりだ、桃子」  抵抗しようと思えばできないことはなかった。グローブは無傷だし、両手はフリーだ。それなのに、私は「ムーンナイトボム」のムの字も言葉にできなかった。正確に言うと、目の前の化け物が放つ重圧に押し潰され、私の息が止まったのだ。呼吸を忘れたとか、首を絞められて息ができなくなったのではなく、自然と息が止まってしまったのだ。元々低かった体温がさらに冷たくなっていくのを感じる。  ダークドラモンはそんな私の様子に気づいたのか、首から手を離して、三歩ほど後ろに下がった。 「これで動けるな?」  「動く」。今の私にとって、その言葉が表す意味は一つだった。ダークドラモンに背を向け、一目散に駆け出す。大地を駆ければ脱兎の如し。途中、後ろからいつものおじいちゃんの声で「いい子だ」と聞こえた気がしたが、私は振り向かなかった。こんな時に幻聴なんて、それもおじいちゃんの声でなんて、どうかしてるとしか思えなかった。  麓まで降りたところで、私はその場に座り込んだ。動く気力すら湧かない。  怖かった、悲しかった、悔しかった。何よりも、あれだけ強い意志を持っていたはずなのに、ちょっとケガして脅された程度で逃げ出した自分が情けなくて、腹が立った。  おじいちゃんに会えないのなら、ここで野垂れ死んだって構うもんか。いっそ、岩に頭でもぶつけて死んだ方が良いのではないか。そんなことを考えていると…… 「桃子様ー!」  遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。ああ、そうだった。今の今まですっかり忘れていた。私、ネイビーさんの言うことを無視してここまで来たんだ。馬鹿だなぁ、ちゃんと素直に避難していれば、D-ブリガードの人達に任せておけば、こんな惨めな気持ちにならずに済んだのに。 「桃子様ー! どこですかー?」  相変わらず声は聞こえるが、まだ遠い。いい人だなぁ。緊急事態だっていうのに、おじいちゃんじゃなくて私なんかを捜してくれている。もう私の存在に価値なんて無いのに。 「桃子様!」  いつの間にか、声はすぐそこまで来ていた。 「ひどいケガだ……。早く手当てを!」 「ごめんなさい……」  隊員に指示を出そうとするネイビーさんを引き留め、私はポツリと謝罪の言葉を漏らした。 「いえ、こちらこそ到着が遅れてしまい申し訳ありませんでした。太陽が隠れた影響か周辺の気温が急激に下がり、車が雪に埋まってしまったので途中からは徒歩で……」 「そうじゃ、ないんです……」  嗚咽を上げる私を見て、ネイビーさんの言葉が止まった。 「私が、ネイビーさんの言うこと聞かなかったから……。私ならおじいちゃんを連れて帰れるって、うぬぼれてたから……」  「ネイビーさんが謝る必要はない」と言いたかっただけなのに、涙を堪えながら言い訳を並べるせいで支離滅裂になってしまう。 「……ともかく、今はご自身の体を大事になさってください。それに……」  まだ漆黒に覆われた上空を見上げ、ネイビーさんが続けた。 「『シクステッド・ブルー』を止めてくださったのは貴方でしょう? 我々には手の打ちようが無かったので、大いに助かりました」  その一言で、私はとうとう耐えきれずにわんわん泣き出した。そしてそれはネイビーさんを困らせてしまったようで、おろおろと慌てた様子を見せた後、考えに考えた末私の頭を優しく撫でてくれた。  怒られると思ってた。労ってくれるなんて思ってもいなかった。安心しきった私は、山頂にダークドラモンがいることを伝えるのも忘れ、ネイビーさんに頭を預けたのであった。
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wB(わらび)
2020年5月01日
In デジモン創作サロン
※本作は、2020年2月24日(月)~3月31日(火)まで開催されていたデジモン創作サロン内での企画「おまえのLAST EVOLUTION 絆を見せてくれキャンペーン」( #おまラス )に投稿『したかった』作品です。期限には間に合いませんでしたが、内容はそれに沿ったものであることを記しておきます。 また、自作の短編「私がご機嫌になったワケ」、及び「疑惑の小隊」のキャラクターが登場します。ネタバレも含みますので、ぜひ先にそちらを読了してから読んでくださると幸いです。 ・「私がご機嫌になったワケ」 https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/si-gagoji-xian-ninatutawake ・「疑惑の小隊」 https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/yi-huo-noxiao-dui  なお、「私がご機嫌になったワケ」は私wB(わらび)のYouTubeチャンネルにて朗読動画も公開しております(露骨な宣伝) https://www.youtube.com/watch?v=rCNzLM7atpM&t=27s 内容は変わりませんので、お好きな方でお楽しみください。 ************************************************** 好きなもの、ベリーとナッツのマフィン。嫌いなもの、ひきわり納豆と冷奴。それが私。 好きなもの、桃のコンポート。嫌いなもの、海外のあまーいチョコレート。それが私のおじいちゃん。  今日話すのは、そんな私とおじいちゃんのことについて。親孝行もろくにしたことの無い私が、おじいちゃんの最初で最後の望みを叶えるために奮闘した、その記録である。 ──────────  私はおじいちゃんがあまり好きではない。いつもムスッとしていて愛想が無いし、何より私が小さい頃に箸の持ち方を注意されたり嫌いなものを食べ残した時に怒られた経験もあり、はっきり言って顔を会わせるのも苦痛である。そういった経験から、夏休みやお正月に帰省する際、私はいつも出発の直前まで行きたくないと駄々をこねていた。高校生になってからは、長期の休みは何かと予定をつけて家族と別行動をとるようにしているため、おじいちゃんとはしばらく会っていない。 ……というのは過去の話。  家族の中でも私だけしか知らない秘密、私のおじいちゃんは化け物である。目が覚めたら姿が変わっていたという、どこぞの小説にありがちな展開で軍人姿の迷彩柄恐竜になっていたのだ。身長はだいたい一メートルぐらいで、防弾ベストやヘルメットに身を包み、ライフル銃と爆弾を所持している。すごいよね、目が覚めたらいきなり銃刀法違反。錬金術師もビックリよ。 でもこれも過去の話。  さすがに反省したのか、次に会ったときは姿が変わって武器がナイフ一本になっていた。オシャレに目覚めたらしく、アシンメトリーのゴーグルも身に付けていた。でもそのゴーグルで測定した私の体重とスリーサイズを堂々と発言しようとしたしたこと、今でも許してないからね。 やっぱりこれも過去の話。  おじいちゃんは今、『デジタルワールド』というパソコンの向こう側の世界でD-ブリガードという名の企業に就職し、セカンドライフを送っている。私も残り少ない高校生活を絶賛謳歌中なので、最近はおじいちゃんと会っていない。  私とおじいちゃんのおよそ半年ぶりの再会は思ってもいない形で訪れた。きっかけは、家族のもとに届いた病院からの電話。家族の誰もが耳を疑った、もちろん私も。 「おじいさまが先ほど息を引き取りました」  真っ先に疑われたのは私だった。毎月欠かさず会いに行き、元気であることを家族に伝えていたのは私なので、当然と言えば当然である。とはいえ私も、まさか人間の姿のおじいちゃんが意識を失って入院していたなんて聞いていなかった。結局、家族への弁明もそこそこに、一同は動揺と困惑を抑えられぬままおじいちゃんの死に顔を拝みに向かったのである。  あまりにも急だった葬儀もなんとか無事に終わり、それから早一週間が経った。もちろんその間におじいちゃんの家を訪れたが、化け物の姿の方のおじいちゃんはいなかった。今回はちゃんと鍵も掛かっていた。  いよいよおじいちゃんの手掛かりが無くなり、部屋で呆然とスマホを眺めていた私のもとに、一通のメールが届いた。件名の欄には『D-ブリガードのネイビーです』とある。いわゆる公文書的な文章で綴られていて、読むだけでも骨が折れる作業だったが、要約するとこうだ。 「シルバー准将がデジタルワールドにて突然行方を眩ましました。基地の中に、手掛かりとなるものは一切残されていません。そこで、孫娘であるあなた様にも是非とも捜索を協力していただきたく、連絡致しました。詳しくは追ってお話致します。まずは、下記のURLからこちらの世界にお越しください」  『シルバー』というのは、D-ブリガードにおけるおじいちゃんのコードネームである。後で調べたが、准将というのはめちゃめちゃ高い階級らしい。たった一年ちょっとでそこまで登り詰めるなんて、こっちの世界の軍人が聞いたらひっくり返るだろう。  本文の下には、とてもURLとは呼べないような雑多な文字列が並んでいた。だが私は迷わず指を伸ばした。今の私とおじいちゃんを繋ぐ手掛かりはこれしか無い。警戒心が強いと自負している私も、この時ばかりは行動が思考を凌駕したのであった。  スマホの画面が眩い光を発し、気づいた時には物々しい研究所の中。私の眼前には、かつてのおじいちゃんと同じ軍人姿の迷彩柄恐竜が10体ほど並んでいた。皆私の方を見て、安堵の表情を浮かべている。その中の一体が私に近づき、敬礼をした。 「お待ちしておりました、桃子様。クルール小隊の隊長補佐係、ネイビー中尉です。早速ですが、事の顛末をお話致しますので、こちらへどうぞ」  挨拶もそこそこに、私は応接室へ案内された。部屋のガラス扉を見て、私はすっとんきょうな声を上げた。 「え? ……何これ、ええ!?」  そう、私はここで初めて自分の姿が変わっていることに気づいたのだ。確かにいつもより視界が広いなとは感じていた。いつもより足取りが軽いなとも感じていた。だがしかし、まさか自分がおじいちゃんのように化け物の姿になっていたなんて、想像もしていなかった。  クリクリした大きな瞳。キメ細やかな肌は、新鮮な桃のような薄いピンク色。キュッと細いくびれとは対照的に、太いが引き締まった太もも。自分で発してみて気づいた、クラリネットのように透き通ったソプラノボイス。まるで私のコンプレックスを全て表現したかのようなその姿は、私を辱しめるには十分だった。 「これ、どういうことですか! よりによってこんな……ちゃんと説明してください!」 「お、落ち着いてください! その姿のことも含めて、これからちゃんとお伝えしますから!」  ネイビーさんは憤慨する私を宥め、私達は応接室のソファに向かい合って座った。顔と短い腕の付いた空飛ぶミサイルが、お茶の入った湯飲みをおぼんに乗せて持ってきてくれた。ミサイルが一礼して部屋を出ると同時に、ネイビーさんが軽く咳払いをした。 「まずは我々の連絡に迅速に応えてくださったこと、感謝致します。順を追って説明しますので、聞きながらで構いませんから、その体に少しでも慣れておいてください」  私は改めて自分の腕や足、背中から伸びる奇妙な触手をまじまじと眺めた。肩に掛かっている月の意匠が施された銀のメダルや、両手の指ぬきグローブはなかなかいいセンスしていると思う。 「そもそもあなたのおじいさま、すなわちシルバー准将がなぜ我々と同じ『デジタルモンスター』の姿になったのか、話は一年半ほど前まで遡ります」  一年半と言えば、私がちょうど化け物の姿のおじいちゃんと初めて会った高校二年生の夏頃だ。ネイビーさんの話に耳を傾けつつも、私の興味の半分は私自身に移っていた。 「我々の部隊でコマンドラモン、すなわち今の私と同じ姿のデジタルモンスターが一体、殉職しました。あるモンスターに魂を刈り取られたのですが、その話は割愛します。遺体の外部に損傷は一切見られず、当組織はそれをある装置の実験に用いることを決めました。それが転送装置、人間界とデジタルワールドを結ぶ架け橋たりうる、我らの技術の結晶です。あなたが先ほどこちらの世界にいらした際、用いられたのもこの装置です」  顔も触ってみた。『オペラ座の怪人』に出てくる人物のような金属製の仮面が付いている。そして額から伸びるアホ毛が一本。 「まだ不完全であった転送装置の稼働実験として、その遺体は最良の被験者だったのです。もちろん、我々にも倫理観は存在します。転送先は人間界で『生きたい』という強い想いを持つ者に決定しました。うまくいけば、遺体にその者の魂を宿らせることができると考えたのです。まさか本当に成功するとは誰も思っていませんでしたが」  ウサギのような耳がたくさん付いているが、多分上に伸びた一際大きなやつが本当の耳なのだろう。音もここから聞こえてくる。背中から伸びる触手はある程度の硬さがあり、どちらかというと突起に近い物に思えた。 「結果、御自身では身動き一つ取れなかったご老体であった准将は、魂のみをコマンドラモンの体に定着させました。あとは桃子様もご存知の通りです」  なるほど。確かにちょうどその頃、おじいちゃんからの連絡が急に増えたと家族は言っていた。心配させまいと気を使ってくれていたのだろう。 「ここからが本題です。シルバー准将は我々への恩返しとしてD-ブリガードに入隊しました。そこからの昇進ぶりは目覚ましく、シールズドラモン、タンクドラモンと着実かつ迅速に進化を重ねておられました。ですが先日の任務にて、准将は甚大な怪我を負った状態で基地に搬送されてきたのです」  化け物の姿を楽しんでいた私の手がピタリと止まった。ネイビーさんは一度深呼吸をしてから続けた。 「Bブロックと呼ばれる区画の駐在所を襲った敵、我々がコードネーム『BAN-TYO』と呼称しているそれを迎撃するために、シルバー准将をはじめとするタンクドラモン大隊が出撃しました。その際、仲間のタンクドラモンを庇って准将は『BAN-TYO』の必殺技を正面から受けたのです。我々の医療技術では回復が追い付かず、生存は絶望的と思われていた矢先、隊の一人が進化による体組織の再構成を提案しました。現に准将はタンクドラモン隊の中でも最も勝率が高く、究極体……すなわちこの世界における進化の終着点まで到達しうる素質を有していました」  ネイビーさんの神妙な面持ちを目の当たりにし、握りしめた私の手にも力がこもる。グローブからはシャボン液のような液体が染み出したが、今はそれを気にするどころではなかった。 「進化にあたって我々は、現在開発中の新エネルギー『ダークマター』を使用することを決定しました。デジタルモンスターへの投与は初の試みであり、理論上の成功確率は五割を下回っていました。ですが、このまま通常の進化を待つことの方が確率の低い博打であったため、使用に踏み切らせていただきました。桃子様をはじめ、ご家族の許可を取らなかったこと、この場でお詫び致します」 「いえ、むしろ最善の手を尽くしてくださってありがとうございます。私以外の家族に話したところでどうせ信じないだろうし、私自身最近は忙しくておじいちゃんに会えなかったから……。それで、結果は……?」 「……手術は無事に成功しました。准将の生命力、及び回復力は我々の想像を遥かに凌駕していたのです。准将は『ダークドラモン』と呼ばれる究極体に進化しました。解析したところ、その戦闘力はデジタルワールドの最高位セキュリティ『ロイヤルナイツ』にも匹敵し、D-ブリガードの最終決戦兵器になりうると結論付けられました。……それだけの戦闘力を有した状態で、准将は我々の前から姿を消したのです。恐らくは記憶の一部を喪失しているものと推測されます」  おじいちゃんが生きていることにはひとまず安心した。連絡も寄越さなかったということはよほどの事情があったのか、それとも家族の記憶すら無くしてしまったのだろうか。向かい合って桃を食べたことも、空き巣を追っ払ったことも、私のスケッチブックを勝手に見たことも、本当に全部……? 「我々は、准将が現在Bブロックに居座っている『BAN-TYO』を撃退するために向かったものと考えています。我々はこれからBブロックに向かうため、桃子様にも是非とも同伴していただきたいのです。危険が伴うことが予想されるため、この世界での生存力を高めること、そしていざというときに御自身で戦えるよう、誠に勝手ながらデジタルモンスターのフィジカルデータに桃子様の意識を移させていただきました」  『生存』や『戦う』といったワードが出てきたことで、私の不安は一層煽られた。何せここは恐竜が武装しているような世界だ。命の危険に晒されることなど日常茶飯事なのだろう。 「その姿は『レキスモン』と呼称されるデジタルモンスターです。レキスモンを用いた理由は三つ。一つは、桃子様と同じ人型、またはそれに準ずる構造であること。四足よりは二足の方があなた方人間にとって馴染み易いと考えました。二つ目は、万が一『BAN-TYO』との戦闘になってしまった場合を想定し、ワクチン種に有効なデータ種であること。そして三つ目は、機動力に優れていること。戦闘領域からの離脱や准将の捜索活動を考慮すると、この条件は必須とも言えました」  それで私をこんなコンプレックス丸出しの姿に変えたって訳ね。ケンカ売ってるのかしら。 「これより桃子様には、簡単にではありますが戦闘訓練を受けていただきます。実際にその体を動かしてみて、動きや攻撃方法を少しでも習得してください」  私は久方ぶりに口をあんぐりさせた。まさか本当にケンカを売ってくるとは。万年体育オール1の私に戦闘なんてできるわけ…… ────────── 「も、もういいでしょう桃子様!? そこまで動ければ十分、いやむしろできすぎです!」  室内演習場にネイビーさんの声が響き渡る。多少の疲れと覚めやらぬ興奮で軽く息の上がっていた私は、その呼び掛けに応じるようにファイティングポーズを解いた。 「すごい……頭で考えるのと同時に、いやもっと早く体が動いてる感じがする……! 軽いというか馴染むというか……とにかく最高の気分だわ!」  ネイビーさんが手加減していたとはいえ、思っていた以上に戦えたことに自分でも驚いていた。モンスターの本能によるものなのか、相手の動きをある程度先読みすることは容易であったし、そこから攻撃を避けたり逆に自分の攻撃を当てたりといったことは、『レキスモン』の脚力でほとんどどうにかなった。グローブからシャボン玉が出てきた時はさすがに困惑したが、前にお兄ちゃんの部屋に置いてあった漫画で読んだ、同じようにグローブから出すシャボン玉で戦うキャラを思いだしながら動いてみたところ、こちらもあっさりうまくいった。 「いやはやお見事です。レキスモンの基本戦法では、高い跳躍力で相手を翻弄しながら、氷の矢や催眠効果のあるシャボン玉での攻撃を得意としています。准将共々無事に生還できるよう、相手の攻撃をなるべく受けないようお立ち回りください」  元々頭で考えることは性に合っていたため、それに行動が追い付くだけで人はここまで変われるのかと感動すら覚える。もっとも、今は人間の姿ではないけれども。 「さすがは准将の孫娘。血は争えないということか……」  ネイビーさんがふと呟いた独り言を、私の大きな耳は聞き逃さなかった。 ──────────  Bブロックは東京ドームと同じくらいありそうな広大な土地に、居住地らしき建物がまばらに点在している場所だった。真ん中の開けた広場で仁王立ちしている学生服姿の獣が一人(一匹?)。多分あれが『BAN-TYO』なのだろう。遠巻きに双眼鏡で視認しながら、ネイビーさんが口を開いた。 「桃子様、奴が『BAN-TYO』です。これから奴に准将の居場所を聞き出すわけですが、桃子様はこちらで待機していてください。レキスモンの聴力をもってすれば、我々と奴の会話もここで聴くことができるはずです」  ネイビーさんは他のコマンドラモンに手早く指示を出し、『BAN-TYO』を取り囲むように互いに距離をとって配置した。話をするだけなのに、何をそこまで警戒する必要があるのやら。訝しげに双眼鏡で見守っていた私は、次の瞬間その考えを即座に撤回することになる。  武器を置いたネイビーさんが一歩前進し、『BAN-TYO』の方に向かって大声で叫んだ。 「『BAN-TYO』ー! 話があるー! 『ダークドラモン』というデジモンがどこにいるか知らないかー?」  なぜわざわざあんなに離れたところから話しかけるのか理解できなかった私は、それでも『BAN-TYO』の返答を聞き逃すまいと大きな耳に意識を集中させた。その時…… 「テメェら……誰に許可とって入りやがった……」  『BAN-TYO』の口から、明らかに機嫌が悪そうな声が発せられた。 「ここは! 俺の! シマだぁぁぁ!」  雄叫びを上げながら『BAN-TYO』が大地を踏みつけた。すると、地面から巨大な岩が幾重にも突き上がり、蛇行しながらネイビーさんに襲いかかった。 「うわぁぁぁっ!」  幸い、距離が離れていたためネイビーさんは避けることに成功した。 「……ダメか! 総員、第一戦闘配置!」  ネイビーさんの無線を皮切りに、他のコマンドラモンも武器を手に『BAN-TYO』へ立ち向かった。あらゆる方向からライフルが斉射され、爆弾が投げつけられる。だが『BAN-TYO』は意にも介さず、あくびをする余裕さえ見せつけてきた。 「つまらねぇなぁ。頭数揃えてこれかよ!」  そう言うと『BAN-TYO』は胡座をかき、両手で地面を叩き始めた。太鼓を叩くようなリズムに合わせ、地震と勘違いしてしまうほどの揺れがこちらにまで伝わってくる。 「ザコをいたぶる趣味はねぇ。死にたくなけりゃさっさと消えな!」 「ネ、ネイビー中尉! 照準が定まりません!」 「……ここまでか! 総員、一時撤退!」  ネイビーさんの一声で、Bブロックに集まったコマンドラモン達は蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。揺れが収まったのは、それからまもなくのことである。 「桃子様、申し訳ございません! 准将の居場所を聞き出すことができませんでした!」  コマンドラモンが揃って頭を下げるのを見て、私はいたたまれなくなった。『BAN-TYO』の方はというと、何事もなかったかのようにまたBブロックの中央で腕を組んで仁王立ちしていた。 「次は私が行ってきます」 「何ですって!? それは無茶です、桃子様! 『BAN-TYO』が我々の時と同様に見逃してくれるとは限らないのですよ!」  よほど打ちのめされたのか、既に私が負ける前提の弱気な発言が気に食わなかったが、私は自分の意見を曲げなかった。今のところ、おじいちゃんの居場所を知っているかもしれないのは『BAN-TYO』だけだし、何より話に耳を傾けようともしないあの態度が単純に気に入らなかった。  制止しようと伸ばしたネイビーさんの短い腕を振り切り、100メートルは離れているであろう崖からBブロックの中心に向かって私は思いっきりジャンプした。そして、挨拶代わりに『BAN-TYO』の顔面へキックを繰り出す。それは掌一つで容易く防がれてしまったが、反動を活かして私は後方へ二回宙返りしながら安全に着地することができた。……ホントにスゴいわ、この体。 「ザコ兵士どもの次はウサギちゃんか。『バンチョー』の称号を便利屋か何かと勘違いしてねぇか?」  『BAN-TYO』が肩を竦める。先ほどのようにいきなり怒って攻撃してくると予想しての行動をとっていた私は、少し焦った。 「便利屋というより情報屋ってところね。『ダークドラモン』がどこにいるか知らない?」 「その質問に答えるかどうかは俺が決める。お前が勝ったらなんでも言うことを聞いてやるよ。俺のシマに踏み込んだ上、蹴り飛ばしてきやがったんだ。タイマンの覚悟はできてるんだろうなぁ?」  『BAN-TYO』は羽織っていた学ランを脱ぎ捨て、指をポキポキと鳴らし始めた。……仕方がない。怒ってくれたら攻撃も単調になって読みやすかったのだが、こうなってしまっては相手の攻撃が届かないところからチマチマと攻め続けるしかない。更に大きく一歩後ろへ跳躍し、背中から伸びる突起に手をかけた、その時──── 「オラオラオラオラァ!」  氷の矢を取り出そうと振り向いた一瞬の隙に、『BAN-TYO』は私の眼前まで迫ってきていた。その見た目からは想像できないスピードに驚き固まってしまった私は、『BAN-TYO』に両手を掴まれ地面に押し倒された。空いている脚でキックしようと試みるも、体格差がありすぎてせいぜい爪をかすらせることしかできない。 「ライオンはウサギ一匹狩るにも全力を尽くすと言うからな。正面からケンカ売ってきたお前に対して手は抜かねぇよ」  完全に詰みだった。地を駆ければ脱兎の如し、宙を跳ねれば月面下の重力を得たように舞うことのできる今の私も、ここまで体格の違う相手に捕まってしまっては非力な女子高生の時と何一つ変わらない。 「だが俺はお前のような無謀な奴は嫌いじゃねぇ。俺の若い頃にそっくりだ。命までは取らねぇから、またいつでもかかってきな」  そう言いつつも、『BAN-TYO』が掴む力は強くなっていく。冗談ではない。このままでは命が無事でも手首から先はまず使い物にならなくなってしまう。なんとか脱出しようと手に力を入れたその時、握りしめたグローブからシャボン玉がポコポコと生まれてきた。 「……なんだ?」  『BAN-TYO』が間の抜けた声を発した。今の今まで忘れていたが、そういえばグローブからは催眠効果のあるシャボン玉を出すことができたのだった。最早神にもすがる思いで私は祈った。このシャボン玉で『BAN-TYO』が眠れば私の勝ち。効かなければ、私はこのまま両手を失った化け物として生きていくことになるだろう。 「最後の悪あがきにしては可愛いもんだな。お前俺をナメてんのか?」  呆れたように軽口を叩く『BAN-TYO』の前で、とうとうシャボン玉が割れた。 「なんだ、コレ……急に眠く……フニャァ……」 (勝った!)  『BAN-TYO』から子猫のような声が発せられ、私は勝利を確信した。だが私は嬉しさのあまり気づいていなかった。今の体勢で『BAN-TYO』が寝たらどうなるか……。 「zzz……」 (~~~!)  ……そう、『BAN-TYO』は私の上にのし掛かり、その分厚い胸板で私の鼻と口を塞いだのである。幸い、私の声にならない叫びを聞き付けてくれたコマンドラモン達がすぐに助けてくれたため、なんとか『BAN-TYOサンドイッチ』の具材にはならずに済んだ。 「ハアッ、ハアッ……死ぬかと思った……」 「桃子様、ご無事で何よりです。しかし、まさかあの『BAN-TYO』がこうも簡単に眠るとは……」  後から聞いた話だが、どうやらこの時の『BAN-TYO』はBブロックを縄張りにしてからというもの、ずっと寝ずに立ちっぱなしで見張っていたらしい。久しぶりに寝てスッキリした『BAN-TYO』は、今度はもう少し収まりのいい場所を縄張りにするためBブロックをD-ブリガードに返還するのだが、それはまた別のお話。 「ともかく今のうちに、『BAN-TYO』を取調室へ連行しましょう。総員、搬送準備!」  一応は私が勝ったということで、『BAN-TYO』はD-ブリガードに連れていき、目が覚めてからじっくり情報を聞き出すという方針で決定した。学ランを掛け布団代わりにスヤスヤと寝息を立てる『BAN-TYO』を見ていると、「可愛い」とか「いとおしい」とかいう感情より先に叩き起こしてやりたい気持ちが溢れてくる。さっさと目覚ましておじいちゃんの居場所を教えなさいよ。 「そういえば、ネイビーさん。もし『BAN-TYO』が何も知らなかった場合はどうするんですか?」  私はふと感じた疑問を口にした。これだけ苦労したのだから手がかりの一つも聞き出さなければ気が済まないが、必ずしもそう都合よく事が運ぶとは考えられない。 「もちろんその可能性も考慮しております。今後は……」 「あ、あれはなんだ!?」  ネイビーさんの言葉を遮って、コマンドラモンの一人が驚嘆の声を上げた。同時に、私にしか聴こえないほど遠くで爆発のような音が鳴り響いた。音のする方とコマンドラモンが指差した方向は同じ山脈の方であったため、私達は皆そちらへ振り向いた。 「ウソでしょ……」  その場にいた誰もが自分の目を疑った。太陽が出ている時間のはずなのに、その山の上空だけ真っ暗な夜空とオーロラが出ていたのだ。しかもそれは、爆発音が二度、三度と鳴り響く度に次第に広がっているのがわかった。 「……照合一致しました! コードネーム『シクステッド・ブルー』! 山脈上空にて識別不能のデジモンと交戦中!」  双眼鏡でその光景を見ていたコマンドラモンが震えながらネイビーさんに伝えた。 「ヴァロドゥルモンだと!? ……もう片方はわからないのか?」 「ここからでは遠すぎて確認できません! ですが、あの『シクステッド・ブルー』と渡り合える力を持っていることから、究極体ランク4以上は確実かと……」 「なるほど……それならばあれだけの現象が起きるのも納得だな。ともかく、まずはアンノウンの正体と戦闘の原因を突き止める! このまま放っておいたら被害はこの近辺にも及ぶ可能性がある! グレーとパープルは車の要請を! その他はオレンジとインディゴを中心に、近隣のデジモンの避難を急げ!」  ネイビーさんが部隊に指示を出す横で、私は二体が戦っている方へ意識を集中させた。よく耳を澄ますと、爆発音の合間に甲高い鳥の鳴き声と、それにかき消されそうなほど小さい舌打ちの音が聞こえてきた。そしてその舌打ちが、私の知っているとある人のそれに、とてもよく似ている気がした。 「桃子様も避難を……桃子様!?」  ネイビーさんが気づいた時には、私は白昼の夜空に向かって駆け出していた。 ************************************************** 後編へ続く……
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wB(わらび)
2020年4月28日
In デジモン創作サロン
※本作は、短編「私がご機嫌になったワケ」のキャラクターが一部登場します。ネタバレも含みますので、ぜひ先にそちらを読了してから読んでくださると幸いです。 https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/si-gagoji-xian-ninatutawake  なお、「私がご機嫌になったワケ」は私wB(わらび)のYouTubeチャンネルにて朗読動画も公開しております(露骨な宣伝) https://www.youtube.com/watch?v=rCNzLM7atpM&t=27s 内容は変わりませんので、お好きな方でお楽しみください。 **************************************************  俺の名はコマンドネーム「ネイビー」。……いや、別にコマンドネームって名前なわけじゃなくて、隊員一人一人に割り当てられる名前がコマンドネームだ。俺のことは気軽にネイビーと呼んでくれればいい。隊員と名乗ったからにはきちんと説明しなければならない。  機械化旅団「D-ブリガード」の第7支部、第2機動部隊のクルール小隊所属の火器管制等管理係、というのが俺の役職だ。平たく言えば平社員。火器管制等管理係なんて呼ばれちゃいるが、実際は前線で戦うことなく毎日武器のお手入れに励む雑用だ。やりがいは無いし、ぶっちゃけ割に合わない。俺達の仕事なんて、平和ボケしたデジモン共を立ち退きさせて新たな工場を建設するための土地を確保するだけだから、別にそこまで大変でもない。でも兵士として志願したからには、緊急時に戦地に赴いて戦うのがナンボってもんだろ?俺にはその役目すら与えられないってことだ。せめてもう少し待遇が良ければやりがいもあるんだが。    そんな俺にも、いやそう望んでる誰もにとって、平等に与えられるチャンスというのをこの会社は用意してくれているんだから、全く辞められない。……聞きたいか?言っておくが、決してホワイト企業ではないからな、D-ブリガードは。    俺達コマンドラモンにとって、一年に一度与えられる唯一の昇格チャンス、それが「セレクション-D」だ。倍率は100倍、つまり毎年100人の兵士が受験し、その中の一人だけが昇格できるってわけ。このアホみたいな倍率にもめげず、毎年ゆうに1000人は超える受験希望者が現れる。そこからクソ簡単な筆記試験を経て100人まで絞られるから実質的な倍率は1000倍だな。簡単って言ってもボーダーラインは満点だから、一問でも落としたらアウト。知識ってよりは読解力と判断力が問われる内容だ。  試験時間も短いから、切羽詰まった状況でも冷静に対応できるかどうかが試されるわけだな。俺は入社三年目にしてようやくこの筆記試験を通過し、晴れてセレクション-Dの本試験を受けられることとなった。    ……勘のいい奴なら気づいただろうな。そうだよ、俺はその本試験で不合格だった。言い訳をすると、今年のセレクション-Dは例年とは違っていたんだ。その物的証拠として、試験の内容やその時感じたことをなるべく思い出し、当時の状況を振り返ってありのままに綴っていこうと思う。もしこれを他の隊員が読んだなら、せいぜい来年度以降本試験を受ける時の参考にしてくれや。 ――――――――――  セレクション-Dの試験内容は三つ。基礎体力試験、実技試験、そして面接試験だ。筆記試験の合格通知は各自へ極秘に送られる。つまり合格者は本試験で初めて顔を合わせることになる。顔ぶれを見渡すと、今年はクルール小隊から多くの隊員が受験することがわかった。訓練の時、いつも俺と競うように行動していたライバルの「スカーレット」もいる。奴は俺と違って防衛係、つまり土地確保の際に武力を行使して抵抗する輩を鎮圧する、いわゆる戦闘員だ。理想の部署に就いたアイツには絶対に負けたくない。  俺は緊張感漂う試験会場でライバルへの対抗心を静かに滾らせていた。それはスカーレットの方も同じだったらしい。俺と奴は、挨拶を交わすことも話しかけることも、まして目を合わせることすらなかった。    ……とまあ、ここまで見れば普通の選抜試験だ。でも問題は他の奴等だった。クルール小隊の問題児共も今回の試験には参加していたのだ。    気は進まないが、イカれたメンバーを紹介するとしよう。まずはコマンドネーム「シルバー」。やたらと爺臭い言動が特徴で、昼休憩の時間にはいつも桃を頬張っている。いや別に、それはいいんだ、それは。  問題なのは、奴がこれまで幾度となく小隊長に楯突いていたにも拘わらず、いまだ組織をクビにされていないってことだ。シルバーは隊長補佐係、小隊長と共に作戦を取り決めたり、現場での指示を小隊長の代わりに伝達するのが仕事だ。だからと言って、この間の立ち退き作戦で小隊長の指示を丸ごと無視し、一部の隊員を引き連れて定時に帰ったのはさすがにまずかったんじゃないかと俺も思う。たぶん、小隊史上に残る最大の離反記録となるだろう。ところがシルバー含め定時で帰ったそいつらは一切のお咎め無し。シルバーは「働き方改革だ」とかほざいてたけど、アイツ結局職務時間中も現地のデジモンと桃食って世間話してただけだからな?今回の試験もどんなコネを使って受験したかはわからんが、あんなふざけた奴には絶対合格させるつもりはない。    シルバーも大概ヤバいが、もっとヤバい核弾頭が受験者の中でひときわ目を引いていた。……そう、目を引いていたんだ、文字通りな。コマンドネーム「イエロー」は黄色い体、頭にはボムモンの導火線、防御力など皆無に等しいであろうヒラヒラの防弾着、トリガーや銃口が見当たらない謎の形状のM16アサシンを持って……待て待て待て待て。いやそもそもコマンドラモンじゃねぇだろコイツ!顔とか体つきは似てるってだけでそれ以外は完全に別種族だぞ!あと眉毛太いな!極めつけは「拙者は超剣士でござる」とか意味不明な自己紹介してたしな!なんだよ超剣士って!もはや隊員でもねぇじゃねぇか!  前々からクルール小隊には変な奴がいると聞いていたが、部署が違ったためか実際に対面したのは初めてだった。そういえば筆記試験の時、ヒラヒラの白い防弾着着てヘンテコな四角い形のヘルメット被ってた奴を一瞬見かけたが、まさかコイツがそれか?イエローに明らかな違和感を抱いたのはさすがに俺だけではなかったようだ。各々が疑惑を抱え、いよいよ本試験が始まった。    試験直前に平常心を乱された割に、基礎体力試験の出来は上々だった。特に反復横跳びでは、俺とシルバーの記録だけが三桁の大台に乗った。シルバーは「この身体はよく馴染むな。いやはや、軽い軽い」とどこぞの吸血鬼みたいなセリフを発していた。前世の記憶でもあるのか?アイツは。  他の種目でも俺はかなりの高水準を叩き出した。一方、ライバルのスカーレットは珍しく不調だった。唯一いい勝負だったのは握力だ。俺が右98、左92だったのに対し、スカーレットは右89、左95。左で負けているのは奴が左利きだからだ。つまり実質俺の勝ちだ。アイツには、何で負けたか明日まで考えてもらうとしよう。    実技試験の方は試験内容から説明しよう。全部で三つの試験を行い、その成績が総合される。まずは大隊のタンクドラモンが試験官を担当する生存力の試験だ。この試験では装備を全て担いだ状態で、タンクドラモンの「ブラストガトリング」を30秒間避け続けなければならない。ブラストガトリングは1秒間に3600発が発射されるから、単純計算で108000発の弾が襲いかかることになる。発射されるのはペイント弾だからいくら当たっても死なないとはいえ、まともに喰らったら多分めちゃめちゃ痛いと思う。だがそこは試験、俺達は弾に当たらないようテクスチャの色を変え、迷彩パターンを表示することが許可されている。いかに周囲の状況を分析し、適応できるかが試されているってことだ。逆に一発でも当たればペイントが体に残り、狙われやすさは格段に上がる。  ここで目を見張る結果を叩き出したのは意外にもイエローだった。奴は迷彩を使用しなかったにも拘わらず、被弾を僅か7発に抑えたのだ。それも、目を瞑って。これには誰もが度肝を抜かれた。俺を含む今まで侮蔑の目で見ていた奴等は、イエローが本気でこの試験に臨んでいることを理解した。反対に、今まで良好だった俺の結果は芳しくなかったのだが、それについては後で話すことにする。    次の試験では作戦行動力が試される。受験者は全員一斉にスタートし、装備を担いだ状態で迷路を突き進む。途中にある幾多の障害物を抜け、最終地点の広場で無限に湧き出るバーチャルエネミーを一定数倒せば終わりだ。一見レースに見えるが、その実かなりのチームワークが必要となる。道中に出現する障害物の中には、離れた場所にあるスイッチを同時に押さなければならないなど、一人では絶対に攻略できないものが複数存在する。100人全員が自身の利益を省みず、それぞれの役割に徹することがこの試験のカギだ。  これは実際に受験した俺の体感だが、遅れる奴はともかく、独断専行するような奴は他の成績がどんなに良くても低評価を与えられているようだった。その根拠はイエローだ。アイツは迷路内の障害物を、俺がM16アサシンと勘違いしていた長刃の得物一本でなぎ倒して突き進んでいた。規定数のバーチャルエネミーを倒したのも一番早かったが、最後に表示された順位は下から両手で数えられるものだった。点数を見るに、この試験は障害物の正しい解除や迷路内での円滑な進行、バーチャルエネミーの攻撃を受けないといった点が加点方式で評価されるようだった。実際、背中合わせの銃撃でバーチャルエネミーを倒し続けた俺とスカーレットは高成績を収めていたのだ。    最後の試験で試されたのは情報力。一人ひとつのバーチャルエネミー隊を指揮し、二人組になった相手のバーチャルエネミー隊と戦わせる。制限時間までに敵兵を全て倒すことを目的とし、決着がつかなかった場合はより多くの兵を生存させた側が勝利となる。フィールドは森林地帯、砂漠地帯、海洋地帯の三つが存在し、どのエネミーをどこに進行させるか、相手がどのような戦略をとるのか等様々な事象を考えながら指揮しなければならない。少しでも命令が遅れたが最後、動きを止めたエネミーは確実に蹂躙される。  偶然か、はたまた運命か、俺の眼前に立っていたのはスカーレットだった。俺達は今日、この場でようやく顔を合わせることとなった。スカーレットが唐突に尋ねる。 「お前だろ、俺のアサシン直したの」  会場内に試験官の開始を告げる合図が響いたが、俺達は隊を指揮することなく互いの瞳を直視し続けた。よく見ると、スカーレットは口元を少し震わせている。 「そう思った根拠は?」 「根拠は三つ。一つ、俺はアサシンが不調なことを誰にも知らせていない。二つ、実技試験を境に今まで好調だったお前の調子がガタ落ちした。三つ、今回の試験で火器の些細な不調に気づける火器管制等管理係はお前だけ。大方簡易的な修理道具でも持ち歩いてたんだろ? いつもみたいに」  スカーレットは常に周りをよく見ている。同じ寮の部屋だからって、俺の癖まで見抜いているとは思わなかった。確かに、俺はスカーレットが不調なことを基礎体力試験の時点で見抜き、その原因が奴のアサシンにあることを突き止めた。そして直す時に集中力を使ったせいで、生存力の試験では本領を発揮できなかった。だがそれは奴と対等な勝負がしたかったからに過ぎない。俺は目を伏せわざとらしく大きなため息をついた。試験官がなぜか隊に指示を出さない俺達を急かす。 「お前な、試験前ぐらいしっかり手入れしとけよ」 「夜通し残業だったんだからどうしようもねぇだろ。お前と違って現場担当は忙しいんだよ」  相変わらず嫌味な奴だ。眉間に皺を寄せた俺を尻目に、スカーレットはまた減らず口を叩いた。 「それで、どうする? お前に借りができた俺はわざと負ければいいのか?」 「……そんなことしたらぶっとばすぞ。対等に競いたかったから直したんだよ」  俺は顔を赤らめ、言いたくもない本音を打ち明けた。スカーレットが小さく鼻を鳴らした。見かねた試験官がこちらに近づいてくるが、俺達はまだ動かなかった。 「後悔すんなよ。俺が上司になってお前をこきつかってやるからよ」 「言ってろ。その座を勝ち取るのは俺だ。もう一回恥かかせてやるよ」 「お前ら、いい加減に……」 「「勝負だ!」」  目と鼻の先まで迫った試験官のしかめ面を吹き飛ばすように、俺達は同時に叫んだ。俺は役割ごとに隊を三つに分け、近接部隊を森林へ、飛行部隊を砂漠へ、射撃部隊を海洋へ進行させた。俺は現場経験が無いため、試験前にできる対策は資料を読み漁るのみだった。今回の作戦も、実際の兵法を基に学んだ定石だ。 「やっぱそう来るよな、お前は!」  スカーレットが待ってましたと言わんばかりのしたり顔を見せた。今日初めて見る表情だ。俺がそうであるように、スカーレットも対等な勝負を楽しんでいるのだろう。各地帯の様子を確認すると、こちらの近接部隊と飛行部隊が大きく荒らされているのがわかった。 「砂漠に射撃部隊!? 森林に飛行部隊だと......!?」 「砂漠は見通しがいい、飛んでるやつらも容易に狙えるのさ。それに、そっちの飛行部隊は飛びっぱなしで大丈夫なのかよ?」  なるほど、だから足場が豊富な森林地帯に飛行部隊を配置したのか。だがそれだけじゃない。木々の葉が上空の見通しを悪くしている森林地帯で、俺の近接部隊に対して飛行部隊のヒットアンドアウェイが通常以上の効果を発揮する。奴は海洋を捨て、先に二つの地帯でアドバンテージを獲得するつもりなのだろう。見事だが感心している余裕は無い。幸い、各地帯はそれほど大きく離れていない。 「海洋の射撃部隊は他地帯を援護しろ!」  バーチャルエネミーは水中では動きが鈍るため、奴の近接部隊が遠くにいるうちがチャンスだった。森林の飛行部隊は常に木々の上を陣取っているため、離れた場所からでも狙わせるのは容易い。撃ち落とされた相手の飛行部隊を、待ち構えていたこちらの近接部隊がタコ殴りにする。咄嗟の対策としては上手くいったように思えた。 「砂漠制圧! 次だ!」  スカーレットの声に反応し、慌てて俺は砂漠地帯の方を確認した。こちらの飛行部隊が全て撃墜されている。さすがに見通しの良い砂漠で射撃を避け続けるのは無理があったらしい。その点に関しては奴の思惑通りだったようだ。互いに飛行部隊を失い、ここからは泥試合が予想された。というのも、近接、射撃、飛行は三つ巴の関係になっているからだ。じゃんけんに例えるなら、防御が高く能力のバランスが良い近接部隊はグー、機動力を犠牲に攻撃力を高めた射撃部隊はチョキ、機動力は最高だが防御が皆無の飛行部隊はパーだ。どちらもパーを失った今、決して長くない残り時間の中でこちらのグーがどれだけ相手のチョキを潰せるかが勝利に大きく響いてくる。  現在、奴の射撃部隊は砂漠地帯で待機中、近接部隊はそろそろこちらの射撃部隊を攻撃範囲に捉える頃合いだろう。先ほど俺はスカーレットが海洋地帯を捨てたと言ったが、どうやらそれは大きな間違いだったらしい。俺が対策を立てることを見越して、海洋地帯の射撃部隊を先に潰すつもりなのだろう。 「近接部隊は砂漠へ突入しろ! ここから先は狩り合いだ!」 「いいぞネイビー!そう来なくちゃな!」  近接部隊を海洋地帯に動かせば、最低でも引き分けに持ち込むことはできた。だがこの戦いに限っては守ったら敗けだ。互いの手数が同じであるため、後手に回れば回るほど勝ちは遠退く。対等に競うと豪語した以上、雌雄を決するのが筋というものだ。試験官が終了を告げる合図を鳴らしたのは、それから一分後のことだった。  残存兵16対18。微々たる差ではあるが敗けは敗けだ。スカーレットは近接部隊の一部を森林地帯に忍ばせていたのだ。木を隠すなら森の中、近接部隊を隠すなら近接部隊の中といったところか。挟み撃ちの形になった俺の射撃部隊は、こちらが砂漠の射撃部隊を減らすよりも早く撃破されていった。残り一体のところでタイムアップ。だが仮にこのまま続いていれば互いの射撃部隊は全滅していただろう。より先の戦況と制限時間を見越して作戦を立てていたスカーレットに軍配が上がったのだ。  俺達は対戦後に握手と抱擁を交わし、互いの健闘を讃え合った。ちなみにイエローとシルバーも対戦していたが、結果はシルバーの圧勝。イエローは個人スキルこそ高いが、集団行動やチームワークといった点が苦手と見える。なんでそんな奴がD-ブリガードにいるのだろうか。  スカーレットとの激闘で危うく忘れそうになっていたが、まだ面接試験が残っている。三人の試験官を相手に、心身共に疲弊した状態できちんと受け答えしなければならない。俺は危うく入室時のお辞儀を忘れそうになりながら、ぎこちない動作で椅子の左に立った。面接官は真ん中にタンクドラモン、その両端にシールズドラモンが構えている。タンクドラモンが小さく「座りなさい」と呟いたのを聞き逃さず、俺は会釈をして席についた。D-ブリガードの入社試験には面接が無かったため、実際の面接というものを体験するのは今日が初めてになる。何度も本を読み返し、訊かれる問いとその答え方は頭に叩き込んでいるが、この空気の中でそれらを遺憾無く発揮できるとは思わなかった。タンクドラモンはともかく、シールズドラモンは表情が読めないため何を考えているのかさっぱりわからない。だがまあ、基本的には訊かれたことだけ答えれば大丈夫だろう。  簡単に挨拶を済ませ、タンクドラモンが口を開いた。 「基礎体力試験と実技試験の出来はどうだったかな?」 「はい。緊張しましたが、練習したことを全力で出し切れたと自負しております」  俺が話し始めると同時に、タンクドラモンの左隣に座っているシールズドラモンが忙しなくペンを走らせる。この質問は何度もシミュレーションした内容だ。受験者の緊張を解きほぐすためにこのような質問を投げかけるのだと書いてあった。ここからは、昇格を志す理由、隊の在り方、自己PRといった本格的な質問が順番に飛んでくるのだろう。頷きながらまたタンクドラモンが口を開いた。 「ネイビー。君達の小隊で最近何か変わったことは無いかな? 例えば、隊員が命令違反を犯した、とか」  ……ん? 「っ、はい。我々の小隊にシルバーという隊長補佐係がおります。先日その彼が、勤務中にも拘わらず、数名の隊員を引き連れ勝手に帰還しました。私は彼が一切の罰則を与えられず今回の試験に臨んでいることを疑問に感じております」  思っていた質問とあまりにかけ離れていたため、本音が出てしまった。せっかくの面接だ、もっと自分のことを話さなければ。 「なるほど。その件についてだが、実はD-ブリガード全体に変革の時が訪れていてね」 「?」  俺のきょとんとした顔に気づいたのか、右隣のシールズドラモンが横槍を挟んだ。 「先日から、クルール小隊では試験的に『テイジタイシャ』というシステムを導入しています。これは希望者に限り、例え業務が残っていても残業をすることなく帰れるというものです。そしてそのアイデアを我々に提案してくれた者こそ、ネイビーさんが先ほど仰っていたシルバー隊長補佐なのです」 「シルバーが言うには、残業を減らすことによって作業効率はむしろ向上し、工場の回転率や兵器の納品スパンが改善されることによって売上が増すのだそうだ。さらに兵士達のモチベーションも高まるらしい」  言い忘れていたが、D-ブリガードで建設した工場では兵器の製造が行われる。そこで造った武器や防具は主にメタルエンパイアへ出荷し、重金属や加工食品との交換による取引が成り立っている。 「シルバーはこれを『ハタラキカタカイカク』と呼んでいる。昨日までは本当に効果的なシステムなのかどうか試している段階だったが、結果的に理論が証明されたため明日から晴れてD-ブリガード全体で実施していく予定だ」  『働き方改革』ねぇ。そういやあいつそんなこと言ってたっけな。でもなんで俺の面接でそんなこと話すんだ? 「本来彼の昇格が決まってから小隊全員に話すつもりだったのだがね。彼が『話せる奴には話しておけ』というものだから、今回のセレクション-Dに参加するクルール小隊の隊員には先んじて伝えておくことにしたのだ」 「……それは、つまり」 「我々はシルバーこそ昇格するに相応しい存在だと考えている。君はどう思うかな?」  なるほど。 「ハイ。ワタシモソノイケンニサンセイデス」  ガルルモンにつままれた気分だ。スカーレットも俺と同じように、ピヨモンが豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだと思う。  さっきの話を要約すると、今回のセレクション-Dはいわゆる出来レース、シルバーが昇格するための形式的な試験だったということだ。もちろん他の隊員は昇格ナシ。試験当初から俺が抱いていた疑惑の正体がようやく判明したわけだ。クルール小隊の隊員がやたら多かったのは、面接と称して新システムを導入したことを伝えるため。イエローが最後まで追い出されなかったのは、いくら成績が良かろうと昇格させる気はなかったため。スカーレットが前日まで残業していたのは、シルバーが『働き方改革』で連れて帰った隊員の分まで働いていたため。  どうやら俺の知らない内に、D-ブリガードはずいぶんホワイトな企業に近づいていたようだ。    騙されたというのが正しいのだろうが、それでも俺の気分は清々しかった。出来レースとはいえ、シルバーの成績は基礎体力試験、実技試験共にトップだ。同じ条件で競ったのだから、これに関して言い逃れはできない。一瞬だが試験ということを忘れ、ライバルとの真剣勝負に熱中しているようでは合格できなくて当然だ。  それに今回の試験で、昇格するためにはただ己を鍛えるのではなく、D-ブリガード全体の利益を考えなくてはならないこともわかった。上司たるもの、上の意見を鵜呑みにするのではなく、自分から良くしていくための提案をし、それを責任を持ってやり遂げねばならない。組織とはそういうものだと。 ――――――――――  試験を終えた次の日、俺のもとに一通の手紙が届いた。それは、またすぐにセレクション-Dを行うのかとワクワクした俺を落胆させたが、一度燃え尽きた心に再び火を付けるには十分だった。 『クルール小隊、ネイビーを本日付で隊長補佐係に任命する』  悪いなスカーレット、次の昇格は俺がいただくぜ。 ――――――――――  七月も既に一週間が経った頃、冷夏だった去年の代わりに暑さをそのまま持ってきて足したような日差しの中、明らかに人間とは思えないシルエットの生物が悠々と街中を歩いていた。通りすがりの人間に一切気づかれることなくマンションの一室の前まで来たそれは、スーパーの手さげ袋を持った方と反対の手で少し背伸びをしながらインターホンを押した。ドアを開けたのは、いかにも寝起きといった様子の寝間着の女子高生だった。 「おはよう、おじいちゃ……って何その格好!?」 「よう、桃子。『えぼりゅーしょん』したぞ」 「はぁ?」 「『いめーじちぇんじ』ってやつだ。これから俺は新たな『せかんどらいふ』を送るのさ」 「意味わかんない。まあいいや、上がって上がって! 最近ずっと会ってなかったし、どうしてそんな姿になったのか聞かせてよ!」 「俺もお前の学校生活とか色々聞きたかったんだ。桃ゼリーでも食べながら話そうや」  祖父を家に入れた少女は、お茶の葉を急須に入れ、ポットのお湯を注いでしばらく待ち、慣れた手つきで湯飲みに注ぐのであった。 おしまい
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wB(わらび)
2019年10月30日
In デジモン創作サロン
 彼の祖母が亡くなったのは神無月の二週目、残暑も終わり上着が恋しくなる頃であった。  彼が生前の祖母と最後に会ったのは、祖母が亡くなる二日前のことであった。病院の個別室で扉とは反対側を向いて横になっていた祖母の体には一本の点滴が繋がれ、その体は寝返りすら打てないほどに衰弱していた。家族が声を掛けても「アー」としか返せず、もはや会話などできなかった。  そんな祖母に彼がしてあげられることと言えば、ただただその手を握るだけであった。嗚咽を必死に堪える彼は祖母に話しかける余裕など無かった。両手で包み込んだ皺だらけの手は確かに温もりを持っていた。  亡くなった二日後には早々に葬儀が執り行われた。暖かかった手はすっかり冷たくなっていた。遺影に使われた写真は六十代の頃のものだった。まるで極道の妻のような凛とした威厳を持ち、口元は固く結ばれていた。対照的に、棺に納められた祖母の遺体は穏やかな顔つきであった。死化粧を施されたのが嬉しかったのか、口角はわずかに上がっているように見えた。  火葬場へ送る前の最期の別れには、たくさんの花が遺体に添えられた。棺には白と薄桃色の花も添えられたが、彼はそれらより一回り小さい青紫色の花に特別目を惹かれた。棺が窯の目の前まで来た時、他の親族と同様に手を会わせた彼はまた涙を流した。  祖母の入院から葬儀までの日数はわずか十日間。それは彼が心の準備をするにはあまりにも短すぎた。  一週間が経過した。大学四年生である彼は、大学のパソコン室で卒業論文に勤しんでいた。だがキーボードを打つ手はなかなか進まずパソコンに背を向ける。  彼は生前の祖母の様子を思い出していた。家族で外食に出掛けた際、彼は必ず祖母に歩幅を合わせて店まで歩いた。それでも彼の方が歩くのは速かったため、時折振り返ってはちゃんと着いてきているか確認した。その帰りに車から家まで送るのも彼の役目だった。だが、祖母は彼の自宅から徒歩20分圏内の場所に住んでいたにも関わらず、特に用事が無ければ会おうとはしなかった。彼はその事をひどく後悔していた。  そう、思い返すと彼は祖母と二人で会話した記憶がほとんど無かったのだ。病院では声を掛けられなかったため、最後に会話をした時期を探ると高校生まで遡る必要があった。その時はどんな話をしていただろうか。彼は当時を振り返りながら再びパソコンと向き合った。  ふと、彼は自分の目を疑った。ディスプレイに大きな裂け目が開いている。画面中央から左右に無理矢理こじ開けたようにその裂け目の周りの画面は歪み、向こう側は星が消滅した宇宙のような暗黒空間が広がっている。  他の人に相談しようにも、土曜の早朝に大学を訪れる者などそうはいない。別のパソコンを使えばいい話ではあるが、下手にUSBを抜いて卒論のデータが消えては困る。仕方なくディスプレイを叩いてみようかと彼が手を伸ばすと、突然指が長くなった。実際は指が画面の向こう側に吸い寄せられているのだが、まだ彼は気づかない。次の瞬間には視界がブラックアウトし、そこでようやく自分の体がだんだんとパソコンに吸収されていることを自覚した。  考える隙もなく壮絶な非日常を体験した彼の意識は、一度ここで途絶えることとなる。  目を開けると、いや正確には自分の目が本当に開いているのかどうかすら分からなかった。だが辺り一面真っ黒な世界に直面した時、原因として自分の視覚が失われたとは誰しも考えたくないだろう。皮膚の感覚は機能しており、とりあえず寒いという事だけは分かる。  そのうち目が慣れてきて、なんとか多少の明暗は判別できるようになった。……とはいえ先刻までと殆ど変わらない。見上げると青紫色の雲が視認できるようになった程度で、未だに一寸先は闇である。  彼は当てもなく歩くのは流石に危険だと判断し、体力を温存する意味でもその場に座り込んだ。死後の世界もこんな具合に真っ暗なのだろうか。そう考えながら真冬のような肌寒さをひたすらに耐え忍び続けた。  どうやら聴覚も失われていないらしく、何かの足音が聞こえてきた。恐らく四つ足の動物が走っている音だろう、少しずつ大きくなってくるその音の方向を彼はなんとか見定めようとした。だが見定めるまでもなく、足音の正体は既に彼の目前に鎮座していた。  犬だ。巨大な犬。前足から彼の太ももほどはありそうな鉤爪が三本ずつ伸び、双肩にも本体と同じような顔を宿している。全身はこの暗黒空間にも劣らないほど濃い艶消しのブラックで、三つの頭にある目が各々鋭い眼光を発している。神話に登場するケルベロスを彷彿とさせるその獣に睨まれ、彼の体は蛇に見込まれた蛙のごとく固まった。 「お迎えが遅くなり申し訳ありません。我が主はこちらでお待ちです。貴方のお婆様もこちらにいらしております」  犬がそう言って彼に背を向け歩き出した。外見に似つかわしくない紳士的な声だった。彼は犬が喋ったことと話の内容で頭がパンクしそうになったが、一先ず犬に着いていくことにした。祖母と会えるかもしれない。今の彼にはそれだけで十分理由になった。  体感で十分ほど歩いた先で、彼は巨大な城を目の当たりにした。灰色を基調とし、随所に金の装飾が施された西洋風の立派な城である。この辺りまで来ると比較的明るく、その城の後方は崖になっていることが伺える。敵に攻め込ませないためには有効な配置だ。そんなどうでもいいことを考えながら、彼は案内されるままに城へ足を踏み入れた。  シャンデリアや高そうな絵画は無く内部は決して豪華ではないものの、権威のある者しか入ることを許されない荘厳な雰囲気を感じる。 「主は二階の廊下を進んだ先の部屋にいらっしゃいます。くれぐれも粗相のないように」  犬は彼にそれだけ伝えると、足を揃えて深くお辞儀をし、足早に城を去っていった。そのお辞儀が彼に向けられたものではないことは彼自身も理解した。服装に乱れが無いか確認し、普段より背筋を伸ばして城内を歩き、犬が言っていた部屋の前に着いた。呼吸を整えノックを二回。失礼しますと声を掛けると重厚そうな扉はひとりでに開いた。  部屋に入ってまずは一礼。犬が主と呼んでいたであろう御方は、部屋の奥のデスクに腰かけて彼を見据えていた。デスクと言ってもパソコンではなく大きな天秤が置いてあり、デスク自体の材質は石のようであった。主が立ち上がり、扉とデスクのちょうど真ん中に位置するソファーに彼を導いた。  やはり顔は犬だった。古代エジプトの壁画に見られる特徴的な装いを纏い、背中からは自身の背丈ほどありそうな一対の黄金の翼が生えている。手足は細長く、身長は二メートルほどだろうか。歩くのではなく、僅かに浮き上がって滑るように移動している。  彼がソファーに腰掛けると、主はデスクに戻って天秤の片方に何かを乗せた。一枚の白い羽だった。 「私はアヌビモン。この世界で肉体を失った魂を導く者。だが今回は……少し想定外の事態だ」  主が唐突に自己紹介を始めたため、慌てて彼も名乗った。そして何が想定外なのかを訊ねた。 「そちらの世界の魂が意図せずこちらの世界に来た。私にはそれを正しく導く義務がある。貴方に来てもらったのもそのためだ」  訳が分からなかった。彼はここが死後の世界なのかを訊ねた。 「死後に世界など存在しない。現実と呼ばれる空間と、電脳と呼ばれる空間が、それぞれ世界と呼べるものを構成している、それだけだ」  ますます訳が分からなかった。 「案ずる必要はない。私は仏の教えも心得ている」  彼から見て左手にある本棚から、見えない糸に引っ張られるように一冊の本がアヌビモンのもとへ飛来した。 「死者の魂はまず、裁判をもって再誕の可否を決める。その後、可決された場合は四十九日の間このダークエリアに留まる権利を与えられる。否決の場合は魔王の糧となる」  アヌビモンは本を捲りながら説明するようにそう話した。四十九日という単語はなんとか彼にも聞き取ることができた。 「留まった魂は再びあるべき世界へと帰る。簡単なことだ。魂がこの羽より重ければそれで良い」  説明を終えたアヌビモンが、本棚とは反対側の壁に掛けられた額縁に向かって手招きした。額縁の中から、ぼんやり光る青い火の玉のようなものが現れた。恐らくこのふわふわと浮いている火の玉が魂なのだろう。魂は招かれるまま天秤の片方に着いた。先に乗っていた羽は動かなかった。  アヌビモンはそれを確認するや否や、突然魂を掴んで後ろの窓から外に放り投げた。魂は城を出た途端、重力を持ったように崖の下へ真っ逆さまに落ちていった。彼が青ざめた顔で立ち上がる。 「……では本番といこう」  仕切り直すように腰掛けたアヌビモンを見て、彼はほっと息をつきながら座り直した。作業的にアヌビモンが手招きし、先程同様に魂がやって来る。今度の魂は青紫色で、先ほどのものより二回りも小さかった。彼はその魂を見て、不安に押し潰されそうな気持ちを抑えながら祈った。  魂が天秤に乗ると、羽は勢いよく宙を舞った。さらに天秤が重さに負けデスクから転がり落ちた。彼とアヌビモンは互いに目を丸くして顔を見合わせた。 「……善い命だったのだな」  天秤を拾い上げたアヌビモンがそう言って、魂を彼に手渡した。 「これから四十九日、貴方にはその魂の世話をしてもらう。現実世界からの客だ、少しばかりのもてなしはさせてもらおう」  アヌビモンが指で宙に円を描くと、複雑な紋様が刻まれた白銀の門が姿を現した。門が開き、アヌビモンが中へ入るよう促す。 「後のことは私の使者に伝えてある。元いた世界と行き来する際はこれを使えばよい」  アヌビモンから天秤に乗っていた白い羽を授かると、門は静かに閉まり姿を消した。門が完全に閉まる瞬間まで彼はアヌビモンに頭を下げ続けた。  目を開け辺りを見渡すと、真っ白な空の下に明るい平原が放射状に広がる空間であった。百メートルほど進むと平原が途切れており、見えない壁にぶつかった。どうやら平原は大きな円の形になっているようだ。 「───―」  彼は名前を呼ばれた気がした。誰だと声を上げながら振り返ると、平原の中央に一匹の白い犬がいた。今度は普通のペットサイズで、見た目も普通の犬と遜色無い。 「主にここへ案内された方ですね? 私はラブラモン、貴方のサポートをいたします」  やはりと言うべきか、この犬も喋った。流暢な日本語でラブラモンが続ける。 「魂をここに置いてください。これより転生、すなわち失われた肉体を修復し最適化するための儀式を始めます」  ラブラモンが言い終えるより先に、彼の手から離れた魂がふわりと地に降りて淡い光を発し始めた。 ───キュアーリキュール  ラブラモンが目を閉じると、その体が魂と共鳴するように淡い光を抱いた。  魂の周りを様々な色彩のモザイクが包囲し、手足や頭を次々と構成していく。一つの生き物を象ったモザイクは皮膚の緑や瞳の黒が色づき、最後に帽子のように頭部に青紫の花を作り上げた。鋭い爪に大きな目を持つその姿は二足歩行の爬虫類のようだが、掌と思わしき部位は脈打ち、足の先は植物の根のように分岐している。その生き物は彼を見て「アー」と小さく産声を上げた。 「アルラウモンです。貴方の魂に対するイメージがこのデジモンの姿を創りました」  かがんで一部始終を見ていた彼には、ラブラモンの説明など殆ど耳に入っていなかった。彼はアルラウモンの手を両手で包み込んだ。脈打つその手は確かに温もりを持っていた。震える声で祖母の名を呼ぶとアルラウモンはきょとんと首を傾げたが、彼は構わずアルラウモンを抱き締めた。青紫の花からは、最後に祖母と話をした時の懐かしい部屋の匂いが香っていた。  ラブラモン曰くこの世界と現実世界の時間はリンクしているらしく、彼は一度現実世界に戻ることにした。目が覚めると目の前にはデスクトップ。卒論のデータは無事に残っていた。  時計は土曜の朝十時を示している。彼は壮大な冒険をした気分でいたが、実際その時間は一時間にも満たなかったようだ。ポケットに手を入れると、白い羽はしっかり彼の手に握られた。  それからというもの、彼は毎朝欠かさずアルラウモンのもとを訪ねた。ラブラモンに何か変わったことは無かったかと聞いた後、その日起きた出来事や家族の様子など、とりとめの無い話を嬉しそうに祖母に話した。アルラウモンはそれを聴いて時々「アー」と返すだけであったが、毎日必ず彼と手を繋ぎながら話に耳を傾けていた。  一日、また一日と時は過ぎていき、あっという間に四十九日目、つまり最後の別れの日がやって来た。 「今日が最後の日です。悔いの残らないよう」  ラブラモンが改めて忠告し、彼と祖母の会話が始まった。この日も話の内容は変わらず、最後に手を繋いだまま平原をぐるりと一周歩いて回った。やはり彼の方が歩くのは速いため、時々立ち止まってアルラウモンが追いつくのを待った。 「お疲れ様でした。これにて四十九日は終了しました。この後アルラウモンは新たな命となって、再びデジタルワールドに解き放たれます。貴方のお婆様の魂は現実世界へとお返し致します。本当にお疲れ様……」  ラブラモンが改めて彼を労ったその時、突如アルラウモンが眩い光に包まれた。彼とラブラモンはその眩しさに目を閉じた。彼らが目を開けると、そこには先程までとは比べ物にならない大きさの花が咲いていた。顔から直接青紫の花弁が広がり、体は刺が生えた無数の触手から成っている。 「ブロッサモン!? 信じられない……! このダークエリアで、しかも一度に二段階の進化をするなんて!」  ラブラモンが驚嘆の声を上げた。彼も驚きを隠せない様子だが、それは恐怖によるものではなかった。  ブロッサモンが触手の間から何かを取り出し、彼に手渡した。それは彼が祖母の棺に納めたものと同じ、そしてアルラウモンやブロッサモンと同じ青紫の花を束ねた花束だった。彼は花束を受け取ると、ブロッサモンと抱擁を交わした。彼の体に刺の付いた触手が絡み付いたが、不思議なことに痛みは伴わなかった。 「───―」  彼は名前を呼ばれた気がしたが何も言わなかった。四十九日の間会話を交わしてきた彼らには、もう言葉は要らなかった。  ラブラモンが一吠えし、デジタルワールドへのゲートが開く。ブロッサモンは予めそう決まっていたかのようにゲートをくぐり、ブロッサモンにとっての元の世界へ帰っていった。その後ろ姿に、もう祖母の面影は無かった。祖母の魂が無事に現実世界へ帰ったことを悟った彼は、ラブラモンに一礼し白い羽を放り投げた。彼の体を暖かい光が包む……  現実世界での四十九日は既に終わっていた。祖母の遺骨は、実家があった長野の霊園で他の先祖と共に眠っている。彼はブロッサモンから受け取った花束を持って、数年ぶりにその墓を訪れた。  墓石を掃除し両手を合わせ、先祖代々に身辺報告を終えると、持ってきた花束を墓の前に置いた。……が、少し考えた後、五十ある花の中から一本だけ抜き取って左の花立に挿した。他の花より一回り小さいたった一本の青紫の花は、他のどの花よりも凛とした威厳を醸していた。桶と柄杓を片付けた彼は、残りの花束を持って満足そうに帰っていった。  束ねられた四十九本の青紫一つ一つには、彼が祖母と過ごした日々が鮮明に刻まれている。いつの日かそれらが枯れてしまったとしても、彼がそれを忘れることは決してないだろう。
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wB(わらび)
2019年10月30日
In デジモン創作サロン
 思いがけない出来事がもし予想できるのなら、生きることはもっと退屈で、死の前日というのは遠足の前夜みたいにワクワクして眠れないものだったかもしれない。だからこそ彼はこうして今までぐっすり眠っていたし、目を覚ました瞬間には頭が真っ白になっていた。  目の前で無数の光が点いたり消えたりしている。彗星かな?と彼は思った。だが彗星であれば、もっとバーッと光るはずだ。残念ながら、それ以外に思い当たる何かを想像するためには、彼はこの世界を知らなさすぎた。  少しずつ目が慣れてくると、周りに異形の生物の存在を確認できる。よく見ると光の向こうにも異形の生物が群がっていた。皆一様に彼の方を見ながら、体の一部を叩いて音を出している。何かの儀式だろうか、と彼は思った。だとすれば自分はその生け贄であり、無数の光は生け贄たる自分にもたらされる最後の手向けとでも言うべきか。  これまで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼にも、いよいよ年貢の納め時が来たようである。そうしていよいよ儀式も大詰め、異形の生物の一体が今まさに、幅広の紐を彼の首に掛けたのである。  生まれながらに背負う宿命は、時に命すら脅かす。ウィルス種として生まれた彼も例外でなく、いや、むしろこの世界のあらゆる生物────デジタルモンスター、通称デジモン────の中で最も過酷な運命を歩んできたと言っても過言ではないかもしれない。  あるところに、アルラウモンという一体のデジモンがいた。便宜上は彼と表記するが、頭に青紫の花を咲かせた可憐な植物型であった。彼は周囲を森に囲まれたこじんまりとした花畑で、他のデジモン達と呑気に悠々と暮らしていた。そしてそれを咎める者もいなかった。  だが堕落した生活を送っていたからには、当然その報いもやって来る。ある時彼は姿を変え、ザッソーモンというデジモンに進化した。通常デジモンは成長に伴って姿を変え、より強い力や大きな体を手に入れる。だが彼の場合、体の大きさはさして変わらず、力に至ってはむしろ弱くなっていた。  それだけならまだ幸せだったのかもしれない。ぬるま湯に浸かっていた彼の一生は、ここから刺激に溢れたものとなっていく。  最初に彼を襲ったのはストライクドラモンというデジモンだった。ストライクドラモンは、「ウィルス……殺ス」と呟きながら彼の顔面に思いきり蹴りを入れた。突然理由のない暴力に見舞われた彼は、逃げ出すために初めて花畑の外へ出た。  当てもなく森をさ迷い、ようやく平原に出た頃には追い付かれて腹を抉られた。今まで感じたことのない苦痛に彼は顔を歪めたが、それでも逃げ続けた。  次に出会ったのはトゲモンというデジモンだった。彼はトゲモンと体色が同じであることを活かし、トゲモンに匿ってもらうことにした。おかげでストライクドラモンは諦めて去って行ったが、彼の体はトゲモンの全身から伸びる刺が刺さって穴だらけになっていた。刺を抜く度に激痛が走ったが、それでも彼は帰路についた。  道に迷って歩いているところを、今度はサイクロモンに襲われた。サイクロモンは「お前がレオモンか!?」と叫びながら、いきり立って異様に太い右腕を何度も彼に叩きつけた。自在に伸びる腕の攻撃は地面にヒビができるほどの強い衝撃で、彼の全身はグシャグシャにひしゃげた。視界を揺らされる感覚の中で、自分の伸びる触手もこのぐらい強ければいいのにと彼は思った。ようやく彼がレオモンでないことに気づき、サイクロモンがその場を去った後、彼は這いずりながらその場を後にした。  その後も彼は行く先々で散々な目に遭った。ある時はピヨモンに頭の葉を啄まれ、ある時はメラモンに挨拶と称して握手したばかりに全身が焼け爛れ、ある時は同じ植物型であるはずのペタルドラモンに共食いされ、ある時は空腹のあまりギロモンが投げた爆弾を食べて体の内部から爆発した。  森を歩けば木にぶつかり、山に登れば転落し、工場では漏電が原因で100万ボルトの電流を浴び、興味本位で海に入れば溺れ、うっかり砂漠に足を踏み入れれば枯れ、スカモンの村ではウンチに潰され窒息した。  あらゆる刺激を何度も経験してきたが、それらを予想することなどできず、また痛みに慣れることもできない。故郷の花畑の場所すら忘れてしまった彼は、とうとう立ち上がることに意味を見出だそうとしなくなった。  彼が常に笑顔を見せるようになったのは、ちょうどその頃からである。そうでもしなければ、どれだけ痛い思いをしても死ぬことのできない自分の体を、尽きることのないだろう怒りに任せていつまでも傷つけてしまいそうだったのだ。  進化するためにはあまりにも弱く、死ぬためにはあまりにも生ぬるい。そんな彼の前に、文字通り天からの手が差し伸べられたのは、彼がいつから笑い続けるようになったかすら思い出せなくなっていた時だった。  十枚の白銀の翼に身を包んだ天使は彼の運命を嘆き、彼の身を案じた。そして死ぬことができないのなら、いっそ別の世界に飛ばしてあげるべきだと考えた。天使にはそれを実現するだけの力があった。天使は門を開き、「望むならば」と彼に伝えて姿を消した。彼は迷わず門に飛び込んだ。それは、彼がザッソーモンに進化して初めて、痛みを伴わなかった日でもあった。……この世界では。  一色 緑(いっしき みどり)は、退屈な日常に飽き飽きしているごく普通の女子高生である。今日もいつも通りの時間に家を出て、交差点の横断歩道を渡り学校へ向かうはずだった。交差点と言ってもさほど大きなものではなく、近くに駅やバス停も無いため人通りは少なかった。前日の夜から未明にかけて雨が降っていた影響で、道はまだ濡れている。 「……んん?」  緑は自分の目を疑った。交差点の真ん中から草が生えている。あんまり珍しかったので、歩道の信号がちょうど青になったのをいいことに、交差点の方へ小走りで駆け寄った。その時、突然草がモゾモゾと動き出した。 「ひいっ!?」  緑は思わず後ずさった。草だと思っていたそれは、よく見ると顔がついている。細長い目につり上がった口角、口先は尖っていて白い歯がまばらに生えている。その人面草は白目を剥いていることから気絶しているらしく、もっと近くで観察して見ようと緑は距離を詰めた。 キキィー!  突然タイヤが道路を擦る音が響き渡った。緑が顔を上げると、目の前には軽トラック。見間違えていなければ、車道の信号は確かに赤を示していた。  残念ながら彼女は、目を瞑るには時間が足りず、神に祈るには信仰心が足らず、走馬灯が流れるには退屈した人生を送りすぎていた。ふと、彼女の視界の下から緑色の触手が二本、伸びてきたように見えた。軽トラックは緑の数センチ脇を通りすぎ、ガードレールに衝突して停止した。  その場に座り込んだ放心状態の緑が恐る恐る目だけ動かして道路を見ると、タイヤの跡がくっきりと残っているのが分かった。気絶していた人面草にもくっきりと。  程なくして数台のパトカーが交差点を封鎖した。近くの銀行に強盗が入ったらしく、金を積んだ軽トラックがこの交差点に信号無視で進入したとの情報が入っていたのだ。ガードレールに衝突した、ナンバープレート「93-87」の軽トラックからは、計三百万円相当の紙幣が回収された。  運転手と助手席に座っていた中年男性二人は、シートベルトをしていなかったため頭を強打したが、幸い一命は取り留めたようだ。  人面草は濡れた道路を四、五メートル引き摺られていた。緑は制服のスカートが前後共に濡れていたこと以外、全くもって無傷であった。  警察庁では、銀行強盗の動きを止め、一人の少女の命を救ったとして、人面草改めザッソーモンが表彰を受けていた。もし緑が事故の後ザッソーモンに駆け寄らなければ、誰も彼がまだ生きているということに気づかなかっただろう。もし緑が「この人が助けてくれたんです!」と警察に訴えなければ、彼は現場検証の際に「トラックを滑らせた雑草」という物的証拠として扱われていただろう。もし彼が警察庁でも気絶したまま目を覚まさなければ、報道陣は諦めて帰っていただろう。  緑をはじめとする人間達は、彼に惜しみ無い拍手と賞賛の言葉を述べた。彼からしてみれば、異形の生物が体の一部を叩いて音を出している儀式の一部に見えるかもしれない。また多くの報道陣が、彼の姿を号外に載せようといくつもの写真を撮った。彼からしてみれば、無数の光が点いたり消えたりしているように、もっと言えば彗星か何かに見えるかもしれない。最後に警視総監が、彼の首にメダルを掛けた。彼からしてみれば、生け贄として首を絞めて殺すつもりに見えるかもしれない。  どの世界でも自分の生き方を変えることはできないと痛感(勘違い)した彼は、それから暫くしない内にデジタルワールドへ帰ったのであった。  思いがけない出来事がもし予想できるのなら、生きることはもっと退屈で、死の前日というのは遠足の前夜みたいにワクワクして眠れないものだったかもしれない。だからそこ彼はこうして今まで刺激に溢れた生命を謳歌し、いつ訪れるともわからない死など考えずに毎日を過ごせている。  彼にとって最も過酷な運命は、彼がザッソーモンというデジモンであるばかりに、その価値に気づけないということだ。
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wB(わらび)
2019年10月30日
In デジモン創作サロン
 私はおじいちゃんがあまり好きではない。いつもムスッとしていて愛想が無いし、何より私が小さい頃に箸の持ち方を注意されたり嫌いなものを食べ残した時に怒られた経験もあり、はっきり言って顔を会わせるのも苦痛である。  そういった経験から、夏休みやお正月に帰省する際、私はいつも出発の直前まで行きたくないと駄々をこねていた。高校生になってからは、長期の休みは何かと予定をつけて家族と別行動をとるようにしているため、おじいちゃんとはしばらく会っていない。しかしその均衡も遂に破られる時が来た。 「桃子、あんた今日ヒマでしょ? ちょっとおじいちゃんの家にこれ届けてきてよ」  スマホのアラームが鳴り響く午前七時半。お母さんは扇風機の首だけが動いている私の部屋へ半ば強引にスーパーの袋を置いて行った。ドサッと重そうな音がしたその袋には、一ダースほどの桃が入っていた。  お母さんの実家が山梨にあり、桃は毎年この時期に欠かさず送られてくる。だからといって自分の娘に「桃子」なんて名前をつけるのはいささか安直すぎる気もするが。 「あんた最近おじいちゃんに顔見せてないんだから、近況報告ぐらいしてきなさいよ。じゃあ私は仕事行ってくるから。桃はすぐ傷んじゃうんだから必ず今日中に行くこと。いい?」  お母さんはしつこく念を押しながら靴を履き、そのまま流れるように外へ出ていった。いいと言った覚えはないが、たった今家の人間が私一人になってしまったので仕方がない。  重い腰を上げ、テーブルの朝食を三十分以上かけて胃袋に収め、中学の頃のジャージに袖を通すと、犬のストラップがついたキーと歪な形のレジ袋を持って外に出た。  七月もすでに一週間ほど経ったが今年は例年に比べて涼しいらしく、灰色に覆われた空も合間って去年のような不快感は鳴りを潜めている。  おじいちゃんの家は自転車で行けば二十分ぐらい。去年おばあちゃんに先立たれ、私の両親が世話をしやすいように実家の佐賀からこっちに引っ越してきた。家が近くなってからは両親もお兄ちゃんも度々会いに行っているらしいが、私は家族全員で行った一度きり、しかも家の中を見ただけで直接は会っていない。  本当なら今日だってお兄ちゃんが行けばよかったのに、昨日から彼女とお泊まりデートだ。直接言っていたわけではないが、やけに髪型と服装を気にしていたからあれは絶対デートだ。この間なんかその彼女を家に連れ込んできたせいで、私は三時間も近所のカフェで時間を潰す羽目になった。さっさと別れればいいのに。  どうでもいいことだがそのカフェはおじいちゃんの家に行く途中にあり、隣接する道が通学路に指定されていることから、おませな小学生が利用しているところをたまに見かける。だがその道も今日はほとんど人の姿が見当たらなかった。さすがに土曜日まで子供のやかましい声が聞こえてきたら、ストレスが溜まりに溜まった今の私が何をするかわかったもんじゃない。  風を受けながら自転車を漕ぐ爽快感と、おじいちゃんに会うという気だるさの両方を抱きながら、この日に限って赤信号に止められることもなく決戦の地にたどり着いた。モノクロに彩られた二階建ての小さなアパートも、今の私にとってはRPGに出てくる魔王の城と同じだった。  一〇一号室の玄関の前で何度も深呼吸をし、恐る恐るチャイムを鳴らす。しばらく待ったが返事は帰ってこない。不審に思いドアノブに手を掛けると、なんと鍵がかかっていなかった。もしやと思い三畳ほどの小さなキッチンへそっと入ると、襖を隔てたリビング兼寝室からお茶をすする音が微かに聞こえた。  おじいちゃんは今年で八十四歳だし、耳が遠くなっていてもおかしくない。こっちが言ったことを一々聞き返されることになるのか、面倒だなぁ。 「おじいちゃん、鍵掛けないなんて無用心だよ。っていうかチャイムの音聴こえてる?」  不満を惜しげもなく前面に押し出しながら襖を開けた私は石のように固まった。桃が支えを失い床に転がった。  お茶をすすっていたのはおじいちゃんではなかった。そもそも人間ですらなかった。まず目に入ったのはブルーの迷彩色。続いてとかげみたいな尻尾。黒いヘルメットにベスト。正座した足から伸びる白い爪。見たこともない生き物、いや化け物がおじいちゃんの家でのんびりとお茶を飲んでくつろいでいたのだ。さらにその化け物がたすき掛けにしているものを見て、私は息を飲んだ。化け物が背負っていたのは紛れもなく銃だった。それもただの拳銃ではなく、それこそ自衛隊が射撃訓練とかで使うような長いやつ。多分ライフルというのだろう。  化け物に気づかれないようゆっくり後ずさりする私の頭の中で、様々な考えが渦巻いた。そして一つの結論に至った。  化け物に気づかれないようゆっくり後ずさりする私の頭の中で、様々な考えが渦巻いた。そして一つの結論に至った。 (コイツはおじいちゃんを殺害したのでは……?)  事実、家の中におじいちゃんの気配はない。つまりコイツはおじいちゃんをライフルで射殺し、家を乗っ取った侵略者だ!……後から考えるとおかしい点は多々あるが、今はそう信じるしかなかった。  だがそう思うと急におじいちゃんのことが恋しくなった。愛想はなかったがお年玉はちゃんとくれたし、食事中は厳しいが帰る時は必ず駅まで見送りに来てくれた。そのおじいちゃんがもう、いない。  最後にあったのは中三の正月だ。夏休みは受験勉強で家か図書館にこもりきりだった。およそ二年半ぶりの再会になるはずだった。それなのに…… 「出ていけ!」  キッチンから包丁を手に取り、化け物に向かって後ろから叫んだ。さすがに気づいたのか、化け物が湯飲みを置いてこちらに振り向く。恐竜のような顔に一瞬怖じ気づきながらも、私は恐怖心を悟られないよう叫び続けた。 「ここは私のおじいちゃんの家だ! ここから出ていけ! さあ、早く!」  化け物は目を丸め、立ち上がって私に近づいてきた。背丈は一メートルあるかないか程度だが、腕や足は筋肉が盛り上がっており力ではとても敵いそうにない。呼吸はリズムを失い、歯はカチカチと鳴り、顔は涙でグシャグシャだったが、構わず私は震える手で力一杯包丁を握った。 「お前、もしかして……桃子か」 「ひっ」  化け物に突然名前を呼ばれたので、私は思わずその場に座り込んだ。もうダメだ、コイツはおじいちゃんの家族の情報も握ってる。なんとかしないとお父さん、お母さん、お兄ちゃんの命も危ない。自分にそう言い聞かせるも、包丁を握る手に力が入らない。観念して目を瞑った。 「お前は家族に刃物を向けるよう教わってきたのか? 怪我するからはよ仕舞え」  おじいちゃんの声が聞こえる。口調は悪いがどこか温かい、懐かしい声が。ゆっくり目を開けると、相変わらず目の前には化け物の姿。にわかには信じがたいが、おじいちゃんの声は確かに目の前の化け物から発せられていた。 「え? おじいちゃん?」 「久しぶりだな、桃子。元気にしてたか?」  多分この時の私の表情は、まさに『ムンクの叫び』そのものだったと思う。腕がだらりと力を失い床に吸い寄せられた。 「この時期に来たってことは幸枝に桃持ってけって言われたんだろ? 確かに桃は好きだが、一度に十数個も持って来られても困るんだよな」  ごく自然にお母さんの名前を出すと、おじいちゃんの声をした化け物は邪魔そうに私をよけながら奥のキッチンへ足を運び、もう一つ湯飲みを用意した。 「一人じゃ食べきれないし、ちょうどいい。お前はその包丁で桃の皮剥いといてくれや。そんで残りは冷やしとけ」  お茶の葉を急須に入れ、ポットのお湯を注いでしばらく待ち、慣れた手つきで湯飲みに注ぐ。一連の動作を苦もなくやってのける化け物の様子を見るに、どうやらおじいちゃんがこの化け物になっていることは本当らしい。  なんとか足が動くようになったので、とりあえずはおじいちゃんであろう化け物の言うことを聞くことにした。三つも切れば十分だろう。冷蔵庫の野菜室を開けたが特に変わったものは見当たらなかったので、空いたスペースに桃を袋ごと押し込んだ。  おじいちゃんは既に私の分もお茶を淹れ終え、奥の座布団に正座している。私は切り終えた桃につまようじを刺し、さっきまで化け物が座っていた座布団に腰をおろすと、改めておじいちゃんの顔を正面から見つめた。 「あなたがおじいちゃんだってことはひとまず信じるけど……いつからそうなっちゃったの?」 「あん? 先週だったかな確か。目ぇ覚めたらいきなりこうなってたのさ」  なんともあっけない返答に、私は再び口をあんぐりさせた。おじいちゃんは白く太い爪で器用につまようじをつまんだ。 「えっと……誰かに相談とかしなかったの? ほら、警察とか病院行くとか色々あるでしょ?」  おじいちゃんが頬張っていた桃を飲み込んだ。食べている姿はなかなかキュートだ。おじいちゃんのくせに。 「別に不便じゃねぇからなぁ。長いこと生きてりゃ色々あるだろうさ。それよか、お前はどうなんだ?」 「どうって……普通に高校行ってるよ」 「部活は」 「美術部」 「楽しいか」 「うん」 「そうか」  意外にも、すでに私は怪物との会話に違和感を覚えていなかった。聞くだけ聞くと、おじいちゃんはまた桃に手を出し始めた。すでに二つ分の桃がおじいちゃんのお腹に収まっている。意外と早いペースに焦った私も桃を頬張る。どうやら外れの部分を引いたらしく、味が薄い。おじいちゃんが一瞬ニヤリと微笑んだ。 「お前、まずいとこ食べたろ。顔見りゃわかる」 「見分け方とかあるの?」 「そのうち教える」 「意地悪」  厳密にはおじいちゃんの姿ではないが、何気におじいちゃんの表情が変わったのを見たのは初めてだった。こんなことで笑うんだ、と意外に思っている自分がいる。しばらく無言でお互い顔を見合せながら桃を食べ続けていると、一つの疑問が頭に浮かんできた。 「そのヘルメットとか背中の銃とか、なんでそんな物騒なもの持ってるの?」 「こうなった時にくっついてきたもんだ。何かしらの意味があるんだろうと俺はふんでいる」 「買い物とかもその格好で行くの?」 「ああ」 「誰かに見つかったり、通報とかされないの?」 「されないな。見つかりゃ世界中大パニックだろうさ」  そんなわけないでしょと言いかけたがやめた。実際にニュースでこの化け物が報道されたわけでもないし、少なくとも誰にも見つかっていないようだ。問題は、本人いわく今までどおり外に出ているはずなのになぜ見つかっていないのかということだが。 「ありゃ、もう無いな。桃子、お前が食べたい分だけ切ってきな」  気がつくと、もうお皿は二本のつまようじを残すのみとなった。半分以上はおじいちゃんが食べたくせに、よく言うわ。私は立ち上がって、冷蔵庫からなるべく柔らかそうな桃を二つ選んだ。ふとドアの方に目をやり、先程の問いを思い出した。 「そういえばおじいちゃん、鍵開けっぱなしだったよ。誰か来たら危ないじゃん」  言いかけてハッと体が強ばった。 (私、さっき家を出るときに鍵閉めたっけ……?)  顔が一気に青ざめ、一目散に部屋を飛び出した。自転車を飛ばし、信号も味方してなんと十分で家にたどり着いた。新記録だが喜んでいる暇はない。  自転車から降りようとした、その時…… 「よう、桃子」 「ぎゃぁぁぁ!」  突然目の前に化け物、いやおじいちゃんが現れた。誇張抜きに本当にスーッと現れたのだ。 「色を自由に変えられるらしくてな。気になったからついて来ちまった。『かめれおん』みたいだな」 「も、もうおどかさないで……。心臓がもたない……」 「それよりなんだって急に帰ったんだ」  突然現れたことにも驚いたが、何より本気で自転車を飛ばした私に息も切らさず平然とついてきたことが一番の衝撃だった。  自分の失態を手短に説明し、何度か呼吸を整え、首筋を伝う汗を拭いながら自宅の玄関に急いだ。やっぱり鍵がかかっていない。中に入ると、幸い私の部屋は手つかずだったが、リビングの方に何者かが荒らした形跡がある。 「やっぱり誰か泥棒が入ったんだ! どうしよう……」 「いや、まだ中にいるな」  戸惑う私をよそに、おじいちゃんが前に踏み出した。犬のように鼻をヒクヒクさせていることから、どうやらニオイで判断しているらしい。私はキーについた犬のストラップとおじいちゃんを交互に見てみた。うん、どっちもかわいい。 「こいつであぶり出す」  おじいちゃんが手に取ったのは、ちょうど桃ぐらいの大きさの爆弾だった。いや、その時は明確に爆弾だとわからなかったが、おじいちゃんの装備からしてそれ以外に考えられなかった。 「ちょ……ダメだよそんなの! ここ私の家なんだけど?」 「心配するな、煙を焚くだけだ」 「そういう問題じゃ……ゲホゲホッ」  私が止めるより早く、おじいちゃんが爆弾のピンを抜いてしまった。あっという間に白煙が家中を駆け巡る。この後家族になんて言い訳をすれば良いのだろうか。 「窓は閉めてあるよな。外で待機するぞ」  おじいちゃんの声とドアがバタンと閉まる音を聞き、一人取り残された私も慌てて外へ出た。しばらく玄関とにらめっこをしていたが、やがて激しくむせながら中年の黒服男が弾き出されるように飛び出してきた。  先程おじいちゃんから窓を閉めたか確認されたが、そもそもここはマンションの四階なので出るとしたら玄関しかない。開きっぱなしのドアから入ったとすればなおさらだ。男は手に通帳を持っている。 「真っ昼間から空き巣か。まったくヒマな野郎だ」  そう言うとおじいちゃんは背中のライフルを構え、鈍く光る銃口を男の方に向けた。中年男は産まれたての小鹿のように全身を震わせ、その場に尻餅をついた。ここだけ見ると洋画のワンシーンみたいだ。 「おじいちゃん! さすがに人に銃を向けるのは……」 「撃ちゃしないさ。ほれ、早く盗んだモン出しな」  中年男を見下ろしながらおじいちゃんが顎をクイと上げた。男は私の方を助けを求めるように見つめている。さすがにかわいそうだったので、私は警察を呼ぶことにした。  場所を伝え終わると特にする事がなかったので、空き巣を縛り上げると私はおじいちゃんと話の続きを始めた。我ながら肝が据わっていると思う。 「おじいちゃん、さっきチャイムの音聞こえてなかったでしょ。耳遠くなったんじゃないの?」 「いや、幸枝からお前が来ることは聞いてたからな。勝手に入って良かったのさ」  おじいちゃんが折り畳み式の古い携帯を取り出しながら言った。よくもまあその大きな爪でボタンが押せるものだ。 「親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん。それにもし他の人に見つかったらどうするの?」 「さあな。正直言うと、この格好を見たお前の反応が見てみたかったってのもあるかもな」  私は三たび口をあんぐりさせた。化け物になったことを気にしていないどころか、その姿で私を驚かして楽しんでいたのだ。 「最っ低」  私は顔をしかめた。おじいちゃんは気にせず続ける。 「こちとら二年半もほったらかしにされてたんだ。普通に孫の顔見たってつまらんだろ」 「だっておじいちゃん怖かったんだもん。全然笑わなかったし」 「ああ、そりゃ我慢してたからな」 「え?」 「初めてお前の顔を見たとき、笑顔で話しかけたら思いっきり泣かれてな。それ以来なるべくお前の前では笑わないようにしてた」  あまりにも可笑しかったので、私は吹き出した。 「あん? 何がおかしい」 「だっておじいちゃん……フフッ、それ私が赤ちゃんの時でしょ? そんなの誰でも泣くってば」 「いや、お前の兄貴の時は泣かなかったぞ」  しばらく私は一人笑い続けた。こんな簡単なことだったんだ。私がおじいちゃんを嫌いになる理由なんて無かったんだ。  十分も経つとマンションのエントランス前はパトカーでいっぱいになった。男は連行されながら「ここに銃を持った化け物がいたんだ!俺を脅してきたんだ!」と叫び続けていたが、私を除いて信じるものはいなかった。  おじいちゃんが姿を消す直前、私にあるものを渡してきた。それは煙でゴキブリを退治するタイプの殺虫剤だった。どうやら私の家にあったものをいつの間に持ち出したらしい。大胆にも家主の家族の目の前で窃盗をしていたとは驚きだ。だがそのお陰で証言には困らなかったし、私は空き巣を撃退し家族の財産を守った英雄として市から表彰されることとなった。煙を撒いたことは家族からは咎められなかったし、おじいちゃんに桃を渡して近況を報告するというミッションも無事こなしてきたので、鍵を開けっぱなしだったことも言わずにすんだ。  ただ、これからはおじいちゃんに私以外の家族を直接会わせないことにした。桃は毎年私が届けに行くし、それ以外にも月に一回おじいちゃんの家に行って元気かどうか確かめ、家族に報告しようと決意した。さすがにあの姿のおじいちゃんを家族の前に晒す訳にはいかない。  家族は私のおじいちゃんに対する態度を見直したが、まさかその私がおじいちゃんの一番大事な情報を握っているとは思ってもいないだろう。  私とおじいちゃんの間に秘密ができたことで、かつてのおじいちゃんに対する苦手意識は無くなった。いや、むしろあの一件以来おじいちゃんほど頼れるカッコいい存在は他にいないとさえ思うようになった。さて、それ以外はいつもと変わらない日常が続いて何日か経ったある日…… 「よう、桃子」 「お、おじいちゃん!?」 人間の姿のおじいちゃんが我が家にやって来た。ただ、かなり背が低い。 「色を変えられるって何かと便利だな。これなら怪しまれないぞ」 「いや、違和感ありすぎだから……」 おじいちゃんが満面の笑みを見せた。つられて私も笑顔になった。 おしまい
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wB(わらび)
その他