※本作は、短編「私がご機嫌になったワケ」のキャラクターが一部登場します。ネタバレも含みますので、ぜひ先にそちらを読了してから読んでくださると幸いです。
https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/si-gagoji-xian-ninatutawake
なお、「私がご機嫌になったワケ」は私wB(わらび)のYouTubeチャンネルにて朗読動画も公開しております(露骨な宣伝)
https://www.youtube.com/watch?v=rCNzLM7atpM&t=27s
内容は変わりませんので、お好きな方でお楽しみください。
**************************************************
俺の名はコマンドネーム「ネイビー」。……いや、別にコマンドネームって名前なわけじゃなくて、隊員一人一人に割り当てられる名前がコマンドネームだ。俺のことは気軽にネイビーと呼んでくれればいい。隊員と名乗ったからにはきちんと説明しなければならない。
機械化旅団「D-ブリガード」の第7支部、第2機動部隊のクルール小隊所属の火器管制等管理係、というのが俺の役職だ。平たく言えば平社員。火器管制等管理係なんて呼ばれちゃいるが、実際は前線で戦うことなく毎日武器のお手入れに励む雑用だ。やりがいは無いし、ぶっちゃけ割に合わない。俺達の仕事なんて、平和ボケしたデジモン共を立ち退きさせて新たな工場を建設するための土地を確保するだけだから、別にそこまで大変でもない。でも兵士として志願したからには、緊急時に戦地に赴いて戦うのがナンボってもんだろ?俺にはその役目すら与えられないってことだ。せめてもう少し待遇が良ければやりがいもあるんだが。
そんな俺にも、いやそう望んでる誰もにとって、平等に与えられるチャンスというのをこの会社は用意してくれているんだから、全く辞められない。……聞きたいか?言っておくが、決してホワイト企業ではないからな、D-ブリガードは。
俺達コマンドラモンにとって、一年に一度与えられる唯一の昇格チャンス、それが「セレクション-D」だ。倍率は100倍、つまり毎年100人の兵士が受験し、その中の一人だけが昇格できるってわけ。このアホみたいな倍率にもめげず、毎年ゆうに1000人は超える受験希望者が現れる。そこからクソ簡単な筆記試験を経て100人まで絞られるから実質的な倍率は1000倍だな。簡単って言ってもボーダーラインは満点だから、一問でも落としたらアウト。知識ってよりは読解力と判断力が問われる内容だ。
試験時間も短いから、切羽詰まった状況でも冷静に対応できるかどうかが試されるわけだな。俺は入社三年目にしてようやくこの筆記試験を通過し、晴れてセレクション-Dの本試験を受けられることとなった。
……勘のいい奴なら気づいただろうな。そうだよ、俺はその本試験で不合格だった。言い訳をすると、今年のセレクション-Dは例年とは違っていたんだ。その物的証拠として、試験の内容やその時感じたことをなるべく思い出し、当時の状況を振り返ってありのままに綴っていこうと思う。もしこれを他の隊員が読んだなら、せいぜい来年度以降本試験を受ける時の参考にしてくれや。
――――――――――
セレクション-Dの試験内容は三つ。基礎体力試験、実技試験、そして面接試験だ。筆記試験の合格通知は各自へ極秘に送られる。つまり合格者は本試験で初めて顔を合わせることになる。顔ぶれを見渡すと、今年はクルール小隊から多くの隊員が受験することがわかった。訓練の時、いつも俺と競うように行動していたライバルの「スカーレット」もいる。奴は俺と違って防衛係、つまり土地確保の際に武力を行使して抵抗する輩を鎮圧する、いわゆる戦闘員だ。理想の部署に就いたアイツには絶対に負けたくない。
俺は緊張感漂う試験会場でライバルへの対抗心を静かに滾らせていた。それはスカーレットの方も同じだったらしい。俺と奴は、挨拶を交わすことも話しかけることも、まして目を合わせることすらなかった。
……とまあ、ここまで見れば普通の選抜試験だ。でも問題は他の奴等だった。クルール小隊の問題児共も今回の試験には参加していたのだ。
気は進まないが、イカれたメンバーを紹介するとしよう。まずはコマンドネーム「シルバー」。やたらと爺臭い言動が特徴で、昼休憩の時間にはいつも桃を頬張っている。いや別に、それはいいんだ、それは。
問題なのは、奴がこれまで幾度となく小隊長に楯突いていたにも拘わらず、いまだ組織をクビにされていないってことだ。シルバーは隊長補佐係、小隊長と共に作戦を取り決めたり、現場での指示を小隊長の代わりに伝達するのが仕事だ。だからと言って、この間の立ち退き作戦で小隊長の指示を丸ごと無視し、一部の隊員を引き連れて定時に帰ったのはさすがにまずかったんじゃないかと俺も思う。たぶん、小隊史上に残る最大の離反記録となるだろう。ところがシルバー含め定時で帰ったそいつらは一切のお咎め無し。シルバーは「働き方改革だ」とかほざいてたけど、アイツ結局職務時間中も現地のデジモンと桃食って世間話してただけだからな?今回の試験もどんなコネを使って受験したかはわからんが、あんなふざけた奴には絶対合格させるつもりはない。
シルバーも大概ヤバいが、もっとヤバい核弾頭が受験者の中でひときわ目を引いていた。……そう、目を引いていたんだ、文字通りな。コマンドネーム「イエロー」は黄色い体、頭にはボムモンの導火線、防御力など皆無に等しいであろうヒラヒラの防弾着、トリガーや銃口が見当たらない謎の形状のM16アサシンを持って……待て待て待て待て。いやそもそもコマンドラモンじゃねぇだろコイツ!顔とか体つきは似てるってだけでそれ以外は完全に別種族だぞ!あと眉毛太いな!極めつけは「拙者は超剣士でござる」とか意味不明な自己紹介してたしな!なんだよ超剣士って!もはや隊員でもねぇじゃねぇか!
前々からクルール小隊には変な奴がいると聞いていたが、部署が違ったためか実際に対面したのは初めてだった。そういえば筆記試験の時、ヒラヒラの白い防弾着着てヘンテコな四角い形のヘルメット被ってた奴を一瞬見かけたが、まさかコイツがそれか?イエローに明らかな違和感を抱いたのはさすがに俺だけではなかったようだ。各々が疑惑を抱え、いよいよ本試験が始まった。
試験直前に平常心を乱された割に、基礎体力試験の出来は上々だった。特に反復横跳びでは、俺とシルバーの記録だけが三桁の大台に乗った。シルバーは「この身体はよく馴染むな。いやはや、軽い軽い」とどこぞの吸血鬼みたいなセリフを発していた。前世の記憶でもあるのか?アイツは。
他の種目でも俺はかなりの高水準を叩き出した。一方、ライバルのスカーレットは珍しく不調だった。唯一いい勝負だったのは握力だ。俺が右98、左92だったのに対し、スカーレットは右89、左95。左で負けているのは奴が左利きだからだ。つまり実質俺の勝ちだ。アイツには、何で負けたか明日まで考えてもらうとしよう。
実技試験の方は試験内容から説明しよう。全部で三つの試験を行い、その成績が総合される。まずは大隊のタンクドラモンが試験官を担当する生存力の試験だ。この試験では装備を全て担いだ状態で、タンクドラモンの「ブラストガトリング」を30秒間避け続けなければならない。ブラストガトリングは1秒間に3600発が発射されるから、単純計算で108000発の弾が襲いかかることになる。発射されるのはペイント弾だからいくら当たっても死なないとはいえ、まともに喰らったら多分めちゃめちゃ痛いと思う。だがそこは試験、俺達は弾に当たらないようテクスチャの色を変え、迷彩パターンを表示することが許可されている。いかに周囲の状況を分析し、適応できるかが試されているってことだ。逆に一発でも当たればペイントが体に残り、狙われやすさは格段に上がる。
ここで目を見張る結果を叩き出したのは意外にもイエローだった。奴は迷彩を使用しなかったにも拘わらず、被弾を僅か7発に抑えたのだ。それも、目を瞑って。これには誰もが度肝を抜かれた。俺を含む今まで侮蔑の目で見ていた奴等は、イエローが本気でこの試験に臨んでいることを理解した。反対に、今まで良好だった俺の結果は芳しくなかったのだが、それについては後で話すことにする。
次の試験では作戦行動力が試される。受験者は全員一斉にスタートし、装備を担いだ状態で迷路を突き進む。途中にある幾多の障害物を抜け、最終地点の広場で無限に湧き出るバーチャルエネミーを一定数倒せば終わりだ。一見レースに見えるが、その実かなりのチームワークが必要となる。道中に出現する障害物の中には、離れた場所にあるスイッチを同時に押さなければならないなど、一人では絶対に攻略できないものが複数存在する。100人全員が自身の利益を省みず、それぞれの役割に徹することがこの試験のカギだ。
これは実際に受験した俺の体感だが、遅れる奴はともかく、独断専行するような奴は他の成績がどんなに良くても低評価を与えられているようだった。その根拠はイエローだ。アイツは迷路内の障害物を、俺がM16アサシンと勘違いしていた長刃の得物一本でなぎ倒して突き進んでいた。規定数のバーチャルエネミーを倒したのも一番早かったが、最後に表示された順位は下から両手で数えられるものだった。点数を見るに、この試験は障害物の正しい解除や迷路内での円滑な進行、バーチャルエネミーの攻撃を受けないといった点が加点方式で評価されるようだった。実際、背中合わせの銃撃でバーチャルエネミーを倒し続けた俺とスカーレットは高成績を収めていたのだ。
最後の試験で試されたのは情報力。一人ひとつのバーチャルエネミー隊を指揮し、二人組になった相手のバーチャルエネミー隊と戦わせる。制限時間までに敵兵を全て倒すことを目的とし、決着がつかなかった場合はより多くの兵を生存させた側が勝利となる。フィールドは森林地帯、砂漠地帯、海洋地帯の三つが存在し、どのエネミーをどこに進行させるか、相手がどのような戦略をとるのか等様々な事象を考えながら指揮しなければならない。少しでも命令が遅れたが最後、動きを止めたエネミーは確実に蹂躙される。
偶然か、はたまた運命か、俺の眼前に立っていたのはスカーレットだった。俺達は今日、この場でようやく顔を合わせることとなった。スカーレットが唐突に尋ねる。
「お前だろ、俺のアサシン直したの」
会場内に試験官の開始を告げる合図が響いたが、俺達は隊を指揮することなく互いの瞳を直視し続けた。よく見ると、スカーレットは口元を少し震わせている。
「そう思った根拠は?」
「根拠は三つ。一つ、俺はアサシンが不調なことを誰にも知らせていない。二つ、実技試験を境に今まで好調だったお前の調子がガタ落ちした。三つ、今回の試験で火器の些細な不調に気づける火器管制等管理係はお前だけ。大方簡易的な修理道具でも持ち歩いてたんだろ? いつもみたいに」
スカーレットは常に周りをよく見ている。同じ寮の部屋だからって、俺の癖まで見抜いているとは思わなかった。確かに、俺はスカーレットが不調なことを基礎体力試験の時点で見抜き、その原因が奴のアサシンにあることを突き止めた。そして直す時に集中力を使ったせいで、生存力の試験では本領を発揮できなかった。だがそれは奴と対等な勝負がしたかったからに過ぎない。俺は目を伏せわざとらしく大きなため息をついた。試験官がなぜか隊に指示を出さない俺達を急かす。
「お前な、試験前ぐらいしっかり手入れしとけよ」
「夜通し残業だったんだからどうしようもねぇだろ。お前と違って現場担当は忙しいんだよ」
相変わらず嫌味な奴だ。眉間に皺を寄せた俺を尻目に、スカーレットはまた減らず口を叩いた。
「それで、どうする? お前に借りができた俺はわざと負ければいいのか?」
「……そんなことしたらぶっとばすぞ。対等に競いたかったから直したんだよ」
俺は顔を赤らめ、言いたくもない本音を打ち明けた。スカーレットが小さく鼻を鳴らした。見かねた試験官がこちらに近づいてくるが、俺達はまだ動かなかった。
「後悔すんなよ。俺が上司になってお前をこきつかってやるからよ」
「言ってろ。その座を勝ち取るのは俺だ。もう一回恥かかせてやるよ」
「お前ら、いい加減に……」
「「勝負だ!」」
目と鼻の先まで迫った試験官のしかめ面を吹き飛ばすように、俺達は同時に叫んだ。俺は役割ごとに隊を三つに分け、近接部隊を森林へ、飛行部隊を砂漠へ、射撃部隊を海洋へ進行させた。俺は現場経験が無いため、試験前にできる対策は資料を読み漁るのみだった。今回の作戦も、実際の兵法を基に学んだ定石だ。
「やっぱそう来るよな、お前は!」
スカーレットが待ってましたと言わんばかりのしたり顔を見せた。今日初めて見る表情だ。俺がそうであるように、スカーレットも対等な勝負を楽しんでいるのだろう。各地帯の様子を確認すると、こちらの近接部隊と飛行部隊が大きく荒らされているのがわかった。
「砂漠に射撃部隊!? 森林に飛行部隊だと......!?」
「砂漠は見通しがいい、飛んでるやつらも容易に狙えるのさ。それに、そっちの飛行部隊は飛びっぱなしで大丈夫なのかよ?」
なるほど、だから足場が豊富な森林地帯に飛行部隊を配置したのか。だがそれだけじゃない。木々の葉が上空の見通しを悪くしている森林地帯で、俺の近接部隊に対して飛行部隊のヒットアンドアウェイが通常以上の効果を発揮する。奴は海洋を捨て、先に二つの地帯でアドバンテージを獲得するつもりなのだろう。見事だが感心している余裕は無い。幸い、各地帯はそれほど大きく離れていない。
「海洋の射撃部隊は他地帯を援護しろ!」
バーチャルエネミーは水中では動きが鈍るため、奴の近接部隊が遠くにいるうちがチャンスだった。森林の飛行部隊は常に木々の上を陣取っているため、離れた場所からでも狙わせるのは容易い。撃ち落とされた相手の飛行部隊を、待ち構えていたこちらの近接部隊がタコ殴りにする。咄嗟の対策としては上手くいったように思えた。
「砂漠制圧! 次だ!」
スカーレットの声に反応し、慌てて俺は砂漠地帯の方を確認した。こちらの飛行部隊が全て撃墜されている。さすがに見通しの良い砂漠で射撃を避け続けるのは無理があったらしい。その点に関しては奴の思惑通りだったようだ。互いに飛行部隊を失い、ここからは泥試合が予想された。というのも、近接、射撃、飛行は三つ巴の関係になっているからだ。じゃんけんに例えるなら、防御が高く能力のバランスが良い近接部隊はグー、機動力を犠牲に攻撃力を高めた射撃部隊はチョキ、機動力は最高だが防御が皆無の飛行部隊はパーだ。どちらもパーを失った今、決して長くない残り時間の中でこちらのグーがどれだけ相手のチョキを潰せるかが勝利に大きく響いてくる。
現在、奴の射撃部隊は砂漠地帯で待機中、近接部隊はそろそろこちらの射撃部隊を攻撃範囲に捉える頃合いだろう。先ほど俺はスカーレットが海洋地帯を捨てたと言ったが、どうやらそれは大きな間違いだったらしい。俺が対策を立てることを見越して、海洋地帯の射撃部隊を先に潰すつもりなのだろう。
「近接部隊は砂漠へ突入しろ! ここから先は狩り合いだ!」
「いいぞネイビー!そう来なくちゃな!」
近接部隊を海洋地帯に動かせば、最低でも引き分けに持ち込むことはできた。だがこの戦いに限っては守ったら敗けだ。互いの手数が同じであるため、後手に回れば回るほど勝ちは遠退く。対等に競うと豪語した以上、雌雄を決するのが筋というものだ。試験官が終了を告げる合図を鳴らしたのは、それから一分後のことだった。
残存兵16対18。微々たる差ではあるが敗けは敗けだ。スカーレットは近接部隊の一部を森林地帯に忍ばせていたのだ。木を隠すなら森の中、近接部隊を隠すなら近接部隊の中といったところか。挟み撃ちの形になった俺の射撃部隊は、こちらが砂漠の射撃部隊を減らすよりも早く撃破されていった。残り一体のところでタイムアップ。だが仮にこのまま続いていれば互いの射撃部隊は全滅していただろう。より先の戦況と制限時間を見越して作戦を立てていたスカーレットに軍配が上がったのだ。
俺達は対戦後に握手と抱擁を交わし、互いの健闘を讃え合った。ちなみにイエローとシルバーも対戦していたが、結果はシルバーの圧勝。イエローは個人スキルこそ高いが、集団行動やチームワークといった点が苦手と見える。なんでそんな奴がD-ブリガードにいるのだろうか。
スカーレットとの激闘で危うく忘れそうになっていたが、まだ面接試験が残っている。三人の試験官を相手に、心身共に疲弊した状態できちんと受け答えしなければならない。俺は危うく入室時のお辞儀を忘れそうになりながら、ぎこちない動作で椅子の左に立った。面接官は真ん中にタンクドラモン、その両端にシールズドラモンが構えている。タンクドラモンが小さく「座りなさい」と呟いたのを聞き逃さず、俺は会釈をして席についた。D-ブリガードの入社試験には面接が無かったため、実際の面接というものを体験するのは今日が初めてになる。何度も本を読み返し、訊かれる問いとその答え方は頭に叩き込んでいるが、この空気の中でそれらを遺憾無く発揮できるとは思わなかった。タンクドラモンはともかく、シールズドラモンは表情が読めないため何を考えているのかさっぱりわからない。だがまあ、基本的には訊かれたことだけ答えれば大丈夫だろう。
簡単に挨拶を済ませ、タンクドラモンが口を開いた。
「基礎体力試験と実技試験の出来はどうだったかな?」
「はい。緊張しましたが、練習したことを全力で出し切れたと自負しております」
俺が話し始めると同時に、タンクドラモンの左隣に座っているシールズドラモンが忙しなくペンを走らせる。この質問は何度もシミュレーションした内容だ。受験者の緊張を解きほぐすためにこのような質問を投げかけるのだと書いてあった。ここからは、昇格を志す理由、隊の在り方、自己PRといった本格的な質問が順番に飛んでくるのだろう。頷きながらまたタンクドラモンが口を開いた。
「ネイビー。君達の小隊で最近何か変わったことは無いかな? 例えば、隊員が命令違反を犯した、とか」
……ん?
「っ、はい。我々の小隊にシルバーという隊長補佐係がおります。先日その彼が、勤務中にも拘わらず、数名の隊員を引き連れ勝手に帰還しました。私は彼が一切の罰則を与えられず今回の試験に臨んでいることを疑問に感じております」
思っていた質問とあまりにかけ離れていたため、本音が出てしまった。せっかくの面接だ、もっと自分のことを話さなければ。
「なるほど。その件についてだが、実はD-ブリガード全体に変革の時が訪れていてね」
「?」
俺のきょとんとした顔に気づいたのか、右隣のシールズドラモンが横槍を挟んだ。
「先日から、クルール小隊では試験的に『テイジタイシャ』というシステムを導入しています。これは希望者に限り、例え業務が残っていても残業をすることなく帰れるというものです。そしてそのアイデアを我々に提案してくれた者こそ、ネイビーさんが先ほど仰っていたシルバー隊長補佐なのです」
「シルバーが言うには、残業を減らすことによって作業効率はむしろ向上し、工場の回転率や兵器の納品スパンが改善されることによって売上が増すのだそうだ。さらに兵士達のモチベーションも高まるらしい」
言い忘れていたが、D-ブリガードで建設した工場では兵器の製造が行われる。そこで造った武器や防具は主にメタルエンパイアへ出荷し、重金属や加工食品との交換による取引が成り立っている。
「シルバーはこれを『ハタラキカタカイカク』と呼んでいる。昨日までは本当に効果的なシステムなのかどうか試している段階だったが、結果的に理論が証明されたため明日から晴れてD-ブリガード全体で実施していく予定だ」
『働き方改革』ねぇ。そういやあいつそんなこと言ってたっけな。でもなんで俺の面接でそんなこと話すんだ?
「本来彼の昇格が決まってから小隊全員に話すつもりだったのだがね。彼が『話せる奴には話しておけ』というものだから、今回のセレクション-Dに参加するクルール小隊の隊員には先んじて伝えておくことにしたのだ」
「……それは、つまり」
「我々はシルバーこそ昇格するに相応しい存在だと考えている。君はどう思うかな?」
なるほど。
「ハイ。ワタシモソノイケンニサンセイデス」
ガルルモンにつままれた気分だ。スカーレットも俺と同じように、ピヨモンが豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだと思う。
さっきの話を要約すると、今回のセレクション-Dはいわゆる出来レース、シルバーが昇格するための形式的な試験だったということだ。もちろん他の隊員は昇格ナシ。試験当初から俺が抱いていた疑惑の正体がようやく判明したわけだ。クルール小隊の隊員がやたら多かったのは、面接と称して新システムを導入したことを伝えるため。イエローが最後まで追い出されなかったのは、いくら成績が良かろうと昇格させる気はなかったため。スカーレットが前日まで残業していたのは、シルバーが『働き方改革』で連れて帰った隊員の分まで働いていたため。
どうやら俺の知らない内に、D-ブリガードはずいぶんホワイトな企業に近づいていたようだ。
騙されたというのが正しいのだろうが、それでも俺の気分は清々しかった。出来レースとはいえ、シルバーの成績は基礎体力試験、実技試験共にトップだ。同じ条件で競ったのだから、これに関して言い逃れはできない。一瞬だが試験ということを忘れ、ライバルとの真剣勝負に熱中しているようでは合格できなくて当然だ。
それに今回の試験で、昇格するためにはただ己を鍛えるのではなく、D-ブリガード全体の利益を考えなくてはならないこともわかった。上司たるもの、上の意見を鵜呑みにするのではなく、自分から良くしていくための提案をし、それを責任を持ってやり遂げねばならない。組織とはそういうものだと。
――――――――――
試験を終えた次の日、俺のもとに一通の手紙が届いた。それは、またすぐにセレクション-Dを行うのかとワクワクした俺を落胆させたが、一度燃え尽きた心に再び火を付けるには十分だった。
『クルール小隊、ネイビーを本日付で隊長補佐係に任命する』
悪いなスカーレット、次の昇格は俺がいただくぜ。
――――――――――
七月も既に一週間が経った頃、冷夏だった去年の代わりに暑さをそのまま持ってきて足したような日差しの中、明らかに人間とは思えないシルエットの生物が悠々と街中を歩いていた。通りすがりの人間に一切気づかれることなくマンションの一室の前まで来たそれは、スーパーの手さげ袋を持った方と反対の手で少し背伸びをしながらインターホンを押した。ドアを開けたのは、いかにも寝起きといった様子の寝間着の女子高生だった。
「おはよう、おじいちゃ……って何その格好!?」
「よう、桃子。『えぼりゅーしょん』したぞ」
「はぁ?」
「『いめーじちぇんじ』ってやつだ。これから俺は新たな『せかんどらいふ』を送るのさ」
「意味わかんない。まあいいや、上がって上がって! 最近ずっと会ってなかったし、どうしてそんな姿になったのか聞かせてよ!」
「俺もお前の学校生活とか色々聞きたかったんだ。桃ゼリーでも食べながら話そうや」
祖父を家に入れた少女は、お茶の葉を急須に入れ、ポットのお湯を注いでしばらく待ち、慣れた手つきで湯飲みに注ぐのであった。
おしまい
おじいちゃん!お元気そうで何よりです!
……前作から続けて読むと、つい桃を食べてる彼が気になってしまいます。
D-ブリガードの構成員が主人公となるこの作品、ドキュメンタリー或いはエッセイを読んでいるような臨場感で楽しませていただきました。出世を懸けた試験というシチュエーションは勿論、ライバルとの競争、クセの強い同僚たちなど、読んでいるこちらも色々と油断ならない濃密なストーリーでした。イエローの経歴が気になり過ぎますね……!
余談ですが、「ガルルモンにつままれた気分」といういかにもデジモン世界にありそうな慣用句が地味にツボっています。
前作『私がご機嫌になったワケ』のキャラが登場する、という前書きから「絶対おじいちゃんだ……!」と確信してはいましたが、まさかオチをがっつり持っていかれるとは思いませんでした。茶目っ気をそのままにシールズドラモンに進化したおじいちゃんにこれまたほっこり。お孫さんとの関係も良好と見え、セカンドライフが私生活・仕事ともに充実しているようで何よりです。
ネイビー達のキャリアアップや桃子の心境の変化など、個性豊かなキャラクター達の未来をもうちょっと見守りたくなりますね。
おまけ「私が上機嫌になったワケ」
**************************************************
「ほう、桃子、ずいぶん茶を上手く淹れるじゃないか」
「誰かさんが淹れたのを見てたからね。あ、でもゼリーにお茶は合わないかな?」
「構わん構わん。今日は暑いから湯飲みに氷でも入れておけ」
──────――――
「おじいちゃん軍隊に入ったの!? 見た目通りというかなんというか……」
「俺のところの小隊は色の名前で呼ばれてたんだ。『スカーレット』とか『ネイビー』とか『イエロー』とかな」
「おじいちゃんは何て呼ばれてたの?」
「『シルバー』だ」
「ぶっ、あはははは! おじいちゃんだからシルバーって、そのままじゃない! あはははは!」
「笑うな! これでも結構気に入ってるんだ」
──────――――
「桃子は美術部だったな。どんな絵を描いてるんだ?」
「今は風景画がメインかな。学校の裏山に行くとね、すごくいい感じの景色が見られるんだよ!」
「山か、久しく登ってないな。桃子、今度一緒にどこかの山へ登らんか?」
「あ、裏山って言っても標高300mぐらいだよ。あんまり高い山は私ムリでーす」
「これだからインドア派は……」
──────――――
「おじいちゃん、そのゴーグルってちゃんと見えてるの? なんか表情読めなくて怖いんだけど」
「見えるどころか色んな情報が映し出されてるぞ。ふむふむ、このゼリーの原材料と成分は……」
「すごーい! そんなことわかるの……って、それはパッケージに書いてあるでしょ! ねぇねぇ、他にはどんな情報が見える?」
「そうだな、身長151cm、体重50kg、スリーサイズは上からブヘァ」
「ちょっと! それ私の情報でしょ! なんで声に出すの、信じられない!」
「桃子、お前さては太ったな?」
「あー! 言ったな! 気にしてたのに! おじいちゃんのバカ!」
「こんな冷房の効いた部屋でぐーたらしてるからそうなるんだ」
──────――――
「なぁ桃子、そろそろ機嫌直そうや」
「うるさい! 誰のせいだと思ってるの? ドア絶対開けないでよね!」
「お、これは桃子のスケッチブックか?」
「ちょっと! それ捨てるつもりのやつだから勝手に見ないで……ギャアアア!」
「なんだ騒々しい。おっ、この絵は俺が『えぼりゅーしょん』する前の頃のやつか。あれからもう一年になるんだなぁ」
「……あの時のおじいちゃんの背中があんまり印象的だったから、思い出して描いてみたの。でもこんなの見せても誰も信じないし、見られたら絶対笑われるから捨てようと思ってて」
「よく描けてるじゃないか。この絵、もらってもいいか?」
「そ、そうかな? そんなに気に入ったなら、スケッチブックごと持っていってもいいよ」
「まあ俺は自分の背中なんか見たことないから上手かどうかなんてわからんけどな! ハッハッハッ!」
「最っ低」
──────――――
「あれ、おじいちゃんもう帰るの? まだゼリーいっぱい残ってるよ」
「そろそろ幸枝が帰ってくるみたいだからな。ゼリーは家族みんなで分けて食べな」
「そんなことまでわかるの!? やっぱそのゴーグルすごいハイテクじゃん!」
「欲しがってもやらんぞ、それじゃあ俺はこれで」
「うん、気をつけて帰ってね」
「ああそうだ、桃子。次来たときにはまた俺の絵を描いてくれないか? 今度は正面から」
「えー? ……しょ、しょうがないなぁ、じゃあ今度は私がおじいちゃんのワガママに付き合ってあげる!」
「良かった、楽しみにしてるよ」
──────――――
「ただいまー。って桃子、あんた顔真っ赤にしてボケーッと天井見上げてどうしたの。恋でもした?」
「へあっ!? おおおお母さんお帰り! こ、これはその、外があんまり暑かったから……」
「あんたパジャマじゃない。どうせ今日も一歩も外出なかったんでしょ?」
「うぐっ」
────────――
「ようネイビー、隊長補佐の仕事はどうだ?」
「小隊長、お疲れ様です。覚えることは多いですが、以前よりもやりがいを感じられる、素晴らしい業務ですよ」
「そうか、お前の昇格も近いかもな」
「そのつもりで臨んでいます。……小隊長、それは?」
「これか? 俺がまだ若かった頃のやつだ」
「素敵な絵ですね。暖かさを感じます」
「ああ、俺の宝物だよ」
今度こそおしまい