※本作は、2020年2月24日(月)~3月31日(火)まで開催されていたデジモン創作サロン内での企画「おまえのLAST EVOLUTION 絆を見せてくれキャンペーン」( #おまラス )に投稿『したかった』作品です。期限には間に合いませんでしたが、内容はそれに沿ったものであることを記しておきます。
また、自作の短編「私がご機嫌になったワケ」、及び「疑惑の小隊」のキャラクターが登場します。ネタバレも含みますので、ぜひ先にそちらを読了してから読んでくださると幸いです。
・「私がご機嫌になったワケ」
https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/si-gagoji-xian-ninatutawake
・「疑惑の小隊」
https://www.digimonsalon.com/top/totupupezi/yi-huo-noxiao-dui
なお、「私がご機嫌になったワケ」は私wB(わらび)のYouTubeチャンネルにて朗読動画も公開しております(露骨な宣伝)
https://www.youtube.com/watch?v=rCNzLM7atpM&t=27s
内容は変わりませんので、お好きな方でお楽しみください。
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好きなもの、ベリーとナッツのマフィン。嫌いなもの、ひきわり納豆と冷奴。それが私。
好きなもの、桃のコンポート。嫌いなもの、海外のあまーいチョコレート。それが私のおじいちゃん。
今日話すのは、そんな私とおじいちゃんのことについて。親孝行もろくにしたことの無い私が、おじいちゃんの最初で最後の望みを叶えるために奮闘した、その記録である。
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私はおじいちゃんがあまり好きではない。いつもムスッとしていて愛想が無いし、何より私が小さい頃に箸の持ち方を注意されたり嫌いなものを食べ残した時に怒られた経験もあり、はっきり言って顔を会わせるのも苦痛である。そういった経験から、夏休みやお正月に帰省する際、私はいつも出発の直前まで行きたくないと駄々をこねていた。高校生になってからは、長期の休みは何かと予定をつけて家族と別行動をとるようにしているため、おじいちゃんとはしばらく会っていない。
……というのは過去の話。
家族の中でも私だけしか知らない秘密、私のおじいちゃんは化け物である。目が覚めたら姿が変わっていたという、どこぞの小説にありがちな展開で軍人姿の迷彩柄恐竜になっていたのだ。身長はだいたい一メートルぐらいで、防弾ベストやヘルメットに身を包み、ライフル銃と爆弾を所持している。すごいよね、目が覚めたらいきなり銃刀法違反。錬金術師もビックリよ。
でもこれも過去の話。
さすがに反省したのか、次に会ったときは姿が変わって武器がナイフ一本になっていた。オシャレに目覚めたらしく、アシンメトリーのゴーグルも身に付けていた。でもそのゴーグルで測定した私の体重とスリーサイズを堂々と発言しようとしたしたこと、今でも許してないからね。
やっぱりこれも過去の話。
おじいちゃんは今、『デジタルワールド』というパソコンの向こう側の世界でD-ブリガードという名の企業に就職し、セカンドライフを送っている。私も残り少ない高校生活を絶賛謳歌中なので、最近はおじいちゃんと会っていない。
私とおじいちゃんのおよそ半年ぶりの再会は思ってもいない形で訪れた。きっかけは、家族のもとに届いた病院からの電話。家族の誰もが耳を疑った、もちろん私も。
「おじいさまが先ほど息を引き取りました」
真っ先に疑われたのは私だった。毎月欠かさず会いに行き、元気であることを家族に伝えていたのは私なので、当然と言えば当然である。とはいえ私も、まさか人間の姿のおじいちゃんが意識を失って入院していたなんて聞いていなかった。結局、家族への弁明もそこそこに、一同は動揺と困惑を抑えられぬままおじいちゃんの死に顔を拝みに向かったのである。
あまりにも急だった葬儀もなんとか無事に終わり、それから早一週間が経った。もちろんその間におじいちゃんの家を訪れたが、化け物の姿の方のおじいちゃんはいなかった。今回はちゃんと鍵も掛かっていた。
いよいよおじいちゃんの手掛かりが無くなり、部屋で呆然とスマホを眺めていた私のもとに、一通のメールが届いた。件名の欄には『D-ブリガードのネイビーです』とある。いわゆる公文書的な文章で綴られていて、読むだけでも骨が折れる作業だったが、要約するとこうだ。
「シルバー准将がデジタルワールドにて突然行方を眩ましました。基地の中に、手掛かりとなるものは一切残されていません。そこで、孫娘であるあなた様にも是非とも捜索を協力していただきたく、連絡致しました。詳しくは追ってお話致します。まずは、下記のURLからこちらの世界にお越しください」
『シルバー』というのは、D-ブリガードにおけるおじいちゃんのコードネームである。後で調べたが、准将というのはめちゃめちゃ高い階級らしい。たった一年ちょっとでそこまで登り詰めるなんて、こっちの世界の軍人が聞いたらひっくり返るだろう。
本文の下には、とてもURLとは呼べないような雑多な文字列が並んでいた。だが私は迷わず指を伸ばした。今の私とおじいちゃんを繋ぐ手掛かりはこれしか無い。警戒心が強いと自負している私も、この時ばかりは行動が思考を凌駕したのであった。
スマホの画面が眩い光を発し、気づいた時には物々しい研究所の中。私の眼前には、かつてのおじいちゃんと同じ軍人姿の迷彩柄恐竜が10体ほど並んでいた。皆私の方を見て、安堵の表情を浮かべている。その中の一体が私に近づき、敬礼をした。
「お待ちしておりました、桃子様。クルール小隊の隊長補佐係、ネイビー中尉です。早速ですが、事の顛末をお話致しますので、こちらへどうぞ」
挨拶もそこそこに、私は応接室へ案内された。部屋のガラス扉を見て、私はすっとんきょうな声を上げた。
「え? ……何これ、ええ!?」
そう、私はここで初めて自分の姿が変わっていることに気づいたのだ。確かにいつもより視界が広いなとは感じていた。いつもより足取りが軽いなとも感じていた。だがしかし、まさか自分がおじいちゃんのように化け物の姿になっていたなんて、想像もしていなかった。
クリクリした大きな瞳。キメ細やかな肌は、新鮮な桃のような薄いピンク色。キュッと細いくびれとは対照的に、太いが引き締まった太もも。自分で発してみて気づいた、クラリネットのように透き通ったソプラノボイス。まるで私のコンプレックスを全て表現したかのようなその姿は、私を辱しめるには十分だった。
「これ、どういうことですか! よりによってこんな……ちゃんと説明してください!」
「お、落ち着いてください! その姿のことも含めて、これからちゃんとお伝えしますから!」
ネイビーさんは憤慨する私を宥め、私達は応接室のソファに向かい合って座った。顔と短い腕の付いた空飛ぶミサイルが、お茶の入った湯飲みをおぼんに乗せて持ってきてくれた。ミサイルが一礼して部屋を出ると同時に、ネイビーさんが軽く咳払いをした。
「まずは我々の連絡に迅速に応えてくださったこと、感謝致します。順を追って説明しますので、聞きながらで構いませんから、その体に少しでも慣れておいてください」
私は改めて自分の腕や足、背中から伸びる奇妙な触手をまじまじと眺めた。肩に掛かっている月の意匠が施された銀のメダルや、両手の指ぬきグローブはなかなかいいセンスしていると思う。
「そもそもあなたのおじいさま、すなわちシルバー准将がなぜ我々と同じ『デジタルモンスター』の姿になったのか、話は一年半ほど前まで遡ります」
一年半と言えば、私がちょうど化け物の姿のおじいちゃんと初めて会った高校二年生の夏頃だ。ネイビーさんの話に耳を傾けつつも、私の興味の半分は私自身に移っていた。
「我々の部隊でコマンドラモン、すなわち今の私と同じ姿のデジタルモンスターが一体、殉職しました。あるモンスターに魂を刈り取られたのですが、その話は割愛します。遺体の外部に損傷は一切見られず、当組織はそれをある装置の実験に用いることを決めました。それが転送装置、人間界とデジタルワールドを結ぶ架け橋たりうる、我らの技術の結晶です。あなたが先ほどこちらの世界にいらした際、用いられたのもこの装置です」
顔も触ってみた。『オペラ座の怪人』に出てくる人物のような金属製の仮面が付いている。そして額から伸びるアホ毛が一本。
「まだ不完全であった転送装置の稼働実験として、その遺体は最良の被験者だったのです。もちろん、我々にも倫理観は存在します。転送先は人間界で『生きたい』という強い想いを持つ者に決定しました。うまくいけば、遺体にその者の魂を宿らせることができると考えたのです。まさか本当に成功するとは誰も思っていませんでしたが」
ウサギのような耳がたくさん付いているが、多分上に伸びた一際大きなやつが本当の耳なのだろう。音もここから聞こえてくる。背中から伸びる触手はある程度の硬さがあり、どちらかというと突起に近い物に思えた。
「結果、御自身では身動き一つ取れなかったご老体であった准将は、魂のみをコマンドラモンの体に定着させました。あとは桃子様もご存知の通りです」
なるほど。確かにちょうどその頃、おじいちゃんからの連絡が急に増えたと家族は言っていた。心配させまいと気を使ってくれていたのだろう。
「ここからが本題です。シルバー准将は我々への恩返しとしてD-ブリガードに入隊しました。そこからの昇進ぶりは目覚ましく、シールズドラモン、タンクドラモンと着実かつ迅速に進化を重ねておられました。ですが先日の任務にて、准将は甚大な怪我を負った状態で基地に搬送されてきたのです」
化け物の姿を楽しんでいた私の手がピタリと止まった。ネイビーさんは一度深呼吸をしてから続けた。
「Bブロックと呼ばれる区画の駐在所を襲った敵、我々がコードネーム『BAN-TYO』と呼称しているそれを迎撃するために、シルバー准将をはじめとするタンクドラモン大隊が出撃しました。その際、仲間のタンクドラモンを庇って准将は『BAN-TYO』の必殺技を正面から受けたのです。我々の医療技術では回復が追い付かず、生存は絶望的と思われていた矢先、隊の一人が進化による体組織の再構成を提案しました。現に准将はタンクドラモン隊の中でも最も勝率が高く、究極体……すなわちこの世界における進化の終着点まで到達しうる素質を有していました」
ネイビーさんの神妙な面持ちを目の当たりにし、握りしめた私の手にも力がこもる。グローブからはシャボン液のような液体が染み出したが、今はそれを気にするどころではなかった。
「進化にあたって我々は、現在開発中の新エネルギー『ダークマター』を使用することを決定しました。デジタルモンスターへの投与は初の試みであり、理論上の成功確率は五割を下回っていました。ですが、このまま通常の進化を待つことの方が確率の低い博打であったため、使用に踏み切らせていただきました。桃子様をはじめ、ご家族の許可を取らなかったこと、この場でお詫び致します」
「いえ、むしろ最善の手を尽くしてくださってありがとうございます。私以外の家族に話したところでどうせ信じないだろうし、私自身最近は忙しくておじいちゃんに会えなかったから……。それで、結果は……?」
「……手術は無事に成功しました。准将の生命力、及び回復力は我々の想像を遥かに凌駕していたのです。准将は『ダークドラモン』と呼ばれる究極体に進化しました。解析したところ、その戦闘力はデジタルワールドの最高位セキュリティ『ロイヤルナイツ』にも匹敵し、D-ブリガードの最終決戦兵器になりうると結論付けられました。……それだけの戦闘力を有した状態で、准将は我々の前から姿を消したのです。恐らくは記憶の一部を喪失しているものと推測されます」
おじいちゃんが生きていることにはひとまず安心した。連絡も寄越さなかったということはよほどの事情があったのか、それとも家族の記憶すら無くしてしまったのだろうか。向かい合って桃を食べたことも、空き巣を追っ払ったことも、私のスケッチブックを勝手に見たことも、本当に全部……?
「我々は、准将が現在Bブロックに居座っている『BAN-TYO』を撃退するために向かったものと考えています。我々はこれからBブロックに向かうため、桃子様にも是非とも同伴していただきたいのです。危険が伴うことが予想されるため、この世界での生存力を高めること、そしていざというときに御自身で戦えるよう、誠に勝手ながらデジタルモンスターのフィジカルデータに桃子様の意識を移させていただきました」
『生存』や『戦う』といったワードが出てきたことで、私の不安は一層煽られた。何せここは恐竜が武装しているような世界だ。命の危険に晒されることなど日常茶飯事なのだろう。
「その姿は『レキスモン』と呼称されるデジタルモンスターです。レキスモンを用いた理由は三つ。一つは、桃子様と同じ人型、またはそれに準ずる構造であること。四足よりは二足の方があなた方人間にとって馴染み易いと考えました。二つ目は、万が一『BAN-TYO』との戦闘になってしまった場合を想定し、ワクチン種に有効なデータ種であること。そして三つ目は、機動力に優れていること。戦闘領域からの離脱や准将の捜索活動を考慮すると、この条件は必須とも言えました」
それで私をこんなコンプレックス丸出しの姿に変えたって訳ね。ケンカ売ってるのかしら。
「これより桃子様には、簡単にではありますが戦闘訓練を受けていただきます。実際にその体を動かしてみて、動きや攻撃方法を少しでも習得してください」
私は久方ぶりに口をあんぐりさせた。まさか本当にケンカを売ってくるとは。万年体育オール1の私に戦闘なんてできるわけ……
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「も、もういいでしょう桃子様!? そこまで動ければ十分、いやむしろできすぎです!」
室内演習場にネイビーさんの声が響き渡る。多少の疲れと覚めやらぬ興奮で軽く息の上がっていた私は、その呼び掛けに応じるようにファイティングポーズを解いた。
「すごい……頭で考えるのと同時に、いやもっと早く体が動いてる感じがする……! 軽いというか馴染むというか……とにかく最高の気分だわ!」
ネイビーさんが手加減していたとはいえ、思っていた以上に戦えたことに自分でも驚いていた。モンスターの本能によるものなのか、相手の動きをある程度先読みすることは容易であったし、そこから攻撃を避けたり逆に自分の攻撃を当てたりといったことは、『レキスモン』の脚力でほとんどどうにかなった。グローブからシャボン玉が出てきた時はさすがに困惑したが、前にお兄ちゃんの部屋に置いてあった漫画で読んだ、同じようにグローブから出すシャボン玉で戦うキャラを思いだしながら動いてみたところ、こちらもあっさりうまくいった。
「いやはやお見事です。レキスモンの基本戦法では、高い跳躍力で相手を翻弄しながら、氷の矢や催眠効果のあるシャボン玉での攻撃を得意としています。准将共々無事に生還できるよう、相手の攻撃をなるべく受けないようお立ち回りください」
元々頭で考えることは性に合っていたため、それに行動が追い付くだけで人はここまで変われるのかと感動すら覚える。もっとも、今は人間の姿ではないけれども。
「さすがは准将の孫娘。血は争えないということか……」
ネイビーさんがふと呟いた独り言を、私の大きな耳は聞き逃さなかった。
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Bブロックは東京ドームと同じくらいありそうな広大な土地に、居住地らしき建物がまばらに点在している場所だった。真ん中の開けた広場で仁王立ちしている学生服姿の獣が一人(一匹?)。多分あれが『BAN-TYO』なのだろう。遠巻きに双眼鏡で視認しながら、ネイビーさんが口を開いた。
「桃子様、奴が『BAN-TYO』です。これから奴に准将の居場所を聞き出すわけですが、桃子様はこちらで待機していてください。レキスモンの聴力をもってすれば、我々と奴の会話もここで聴くことができるはずです」
ネイビーさんは他のコマンドラモンに手早く指示を出し、『BAN-TYO』を取り囲むように互いに距離をとって配置した。話をするだけなのに、何をそこまで警戒する必要があるのやら。訝しげに双眼鏡で見守っていた私は、次の瞬間その考えを即座に撤回することになる。
武器を置いたネイビーさんが一歩前進し、『BAN-TYO』の方に向かって大声で叫んだ。
「『BAN-TYO』ー! 話があるー! 『ダークドラモン』というデジモンがどこにいるか知らないかー?」
なぜわざわざあんなに離れたところから話しかけるのか理解できなかった私は、それでも『BAN-TYO』の返答を聞き逃すまいと大きな耳に意識を集中させた。その時……
「テメェら……誰に許可とって入りやがった……」
『BAN-TYO』の口から、明らかに機嫌が悪そうな声が発せられた。
「ここは! 俺の! シマだぁぁぁ!」
雄叫びを上げながら『BAN-TYO』が大地を踏みつけた。すると、地面から巨大な岩が幾重にも突き上がり、蛇行しながらネイビーさんに襲いかかった。
「うわぁぁぁっ!」
幸い、距離が離れていたためネイビーさんは避けることに成功した。
「……ダメか! 総員、第一戦闘配置!」
ネイビーさんの無線を皮切りに、他のコマンドラモンも武器を手に『BAN-TYO』へ立ち向かった。あらゆる方向からライフルが斉射され、爆弾が投げつけられる。だが『BAN-TYO』は意にも介さず、あくびをする余裕さえ見せつけてきた。
「つまらねぇなぁ。頭数揃えてこれかよ!」
そう言うと『BAN-TYO』は胡座をかき、両手で地面を叩き始めた。太鼓を叩くようなリズムに合わせ、地震と勘違いしてしまうほどの揺れがこちらにまで伝わってくる。
「ザコをいたぶる趣味はねぇ。死にたくなけりゃさっさと消えな!」
「ネ、ネイビー中尉! 照準が定まりません!」
「……ここまでか! 総員、一時撤退!」
ネイビーさんの一声で、Bブロックに集まったコマンドラモン達は蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。揺れが収まったのは、それからまもなくのことである。
「桃子様、申し訳ございません! 准将の居場所を聞き出すことができませんでした!」
コマンドラモンが揃って頭を下げるのを見て、私はいたたまれなくなった。『BAN-TYO』の方はというと、何事もなかったかのようにまたBブロックの中央で腕を組んで仁王立ちしていた。
「次は私が行ってきます」
「何ですって!? それは無茶です、桃子様! 『BAN-TYO』が我々の時と同様に見逃してくれるとは限らないのですよ!」
よほど打ちのめされたのか、既に私が負ける前提の弱気な発言が気に食わなかったが、私は自分の意見を曲げなかった。今のところ、おじいちゃんの居場所を知っているかもしれないのは『BAN-TYO』だけだし、何より話に耳を傾けようともしないあの態度が単純に気に入らなかった。
制止しようと伸ばしたネイビーさんの短い腕を振り切り、100メートルは離れているであろう崖からBブロックの中心に向かって私は思いっきりジャンプした。そして、挨拶代わりに『BAN-TYO』の顔面へキックを繰り出す。それは掌一つで容易く防がれてしまったが、反動を活かして私は後方へ二回宙返りしながら安全に着地することができた。……ホントにスゴいわ、この体。
「ザコ兵士どもの次はウサギちゃんか。『バンチョー』の称号を便利屋か何かと勘違いしてねぇか?」
『BAN-TYO』が肩を竦める。先ほどのようにいきなり怒って攻撃してくると予想しての行動をとっていた私は、少し焦った。
「便利屋というより情報屋ってところね。『ダークドラモン』がどこにいるか知らない?」
「その質問に答えるかどうかは俺が決める。お前が勝ったらなんでも言うことを聞いてやるよ。俺のシマに踏み込んだ上、蹴り飛ばしてきやがったんだ。タイマンの覚悟はできてるんだろうなぁ?」
『BAN-TYO』は羽織っていた学ランを脱ぎ捨て、指をポキポキと鳴らし始めた。……仕方がない。怒ってくれたら攻撃も単調になって読みやすかったのだが、こうなってしまっては相手の攻撃が届かないところからチマチマと攻め続けるしかない。更に大きく一歩後ろへ跳躍し、背中から伸びる突起に手をかけた、その時────
「オラオラオラオラァ!」
氷の矢を取り出そうと振り向いた一瞬の隙に、『BAN-TYO』は私の眼前まで迫ってきていた。その見た目からは想像できないスピードに驚き固まってしまった私は、『BAN-TYO』に両手を掴まれ地面に押し倒された。空いている脚でキックしようと試みるも、体格差がありすぎてせいぜい爪をかすらせることしかできない。
「ライオンはウサギ一匹狩るにも全力を尽くすと言うからな。正面からケンカ売ってきたお前に対して手は抜かねぇよ」
完全に詰みだった。地を駆ければ脱兎の如し、宙を跳ねれば月面下の重力を得たように舞うことのできる今の私も、ここまで体格の違う相手に捕まってしまっては非力な女子高生の時と何一つ変わらない。
「だが俺はお前のような無謀な奴は嫌いじゃねぇ。俺の若い頃にそっくりだ。命までは取らねぇから、またいつでもかかってきな」
そう言いつつも、『BAN-TYO』が掴む力は強くなっていく。冗談ではない。このままでは命が無事でも手首から先はまず使い物にならなくなってしまう。なんとか脱出しようと手に力を入れたその時、握りしめたグローブからシャボン玉がポコポコと生まれてきた。
「……なんだ?」
『BAN-TYO』が間の抜けた声を発した。今の今まで忘れていたが、そういえばグローブからは催眠効果のあるシャボン玉を出すことができたのだった。最早神にもすがる思いで私は祈った。このシャボン玉で『BAN-TYO』が眠れば私の勝ち。効かなければ、私はこのまま両手を失った化け物として生きていくことになるだろう。
「最後の悪あがきにしては可愛いもんだな。お前俺をナメてんのか?」
呆れたように軽口を叩く『BAN-TYO』の前で、とうとうシャボン玉が割れた。
「なんだ、コレ……急に眠く……フニャァ……」
(勝った!)
『BAN-TYO』から子猫のような声が発せられ、私は勝利を確信した。だが私は嬉しさのあまり気づいていなかった。今の体勢で『BAN-TYO』が寝たらどうなるか……。
「zzz……」
(~~~!)
……そう、『BAN-TYO』は私の上にのし掛かり、その分厚い胸板で私の鼻と口を塞いだのである。幸い、私の声にならない叫びを聞き付けてくれたコマンドラモン達がすぐに助けてくれたため、なんとか『BAN-TYOサンドイッチ』の具材にはならずに済んだ。
「ハアッ、ハアッ……死ぬかと思った……」
「桃子様、ご無事で何よりです。しかし、まさかあの『BAN-TYO』がこうも簡単に眠るとは……」
後から聞いた話だが、どうやらこの時の『BAN-TYO』はBブロックを縄張りにしてからというもの、ずっと寝ずに立ちっぱなしで見張っていたらしい。久しぶりに寝てスッキリした『BAN-TYO』は、今度はもう少し収まりのいい場所を縄張りにするためBブロックをD-ブリガードに返還するのだが、それはまた別のお話。
「ともかく今のうちに、『BAN-TYO』を取調室へ連行しましょう。総員、搬送準備!」
一応は私が勝ったということで、『BAN-TYO』はD-ブリガードに連れていき、目が覚めてからじっくり情報を聞き出すという方針で決定した。学ランを掛け布団代わりにスヤスヤと寝息を立てる『BAN-TYO』を見ていると、「可愛い」とか「いとおしい」とかいう感情より先に叩き起こしてやりたい気持ちが溢れてくる。さっさと目覚ましておじいちゃんの居場所を教えなさいよ。
「そういえば、ネイビーさん。もし『BAN-TYO』が何も知らなかった場合はどうするんですか?」
私はふと感じた疑問を口にした。これだけ苦労したのだから手がかりの一つも聞き出さなければ気が済まないが、必ずしもそう都合よく事が運ぶとは考えられない。
「もちろんその可能性も考慮しております。今後は……」
「あ、あれはなんだ!?」
ネイビーさんの言葉を遮って、コマンドラモンの一人が驚嘆の声を上げた。同時に、私にしか聴こえないほど遠くで爆発のような音が鳴り響いた。音のする方とコマンドラモンが指差した方向は同じ山脈の方であったため、私達は皆そちらへ振り向いた。
「ウソでしょ……」
その場にいた誰もが自分の目を疑った。太陽が出ている時間のはずなのに、その山の上空だけ真っ暗な夜空とオーロラが出ていたのだ。しかもそれは、爆発音が二度、三度と鳴り響く度に次第に広がっているのがわかった。
「……照合一致しました! コードネーム『シクステッド・ブルー』! 山脈上空にて識別不能のデジモンと交戦中!」
双眼鏡でその光景を見ていたコマンドラモンが震えながらネイビーさんに伝えた。
「ヴァロドゥルモンだと!? ……もう片方はわからないのか?」
「ここからでは遠すぎて確認できません! ですが、あの『シクステッド・ブルー』と渡り合える力を持っていることから、究極体ランク4以上は確実かと……」
「なるほど……それならばあれだけの現象が起きるのも納得だな。ともかく、まずはアンノウンの正体と戦闘の原因を突き止める! このまま放っておいたら被害はこの近辺にも及ぶ可能性がある! グレーとパープルは車の要請を! その他はオレンジとインディゴを中心に、近隣のデジモンの避難を急げ!」
ネイビーさんが部隊に指示を出す横で、私は二体が戦っている方へ意識を集中させた。よく耳を澄ますと、爆発音の合間に甲高い鳥の鳴き声と、それにかき消されそうなほど小さい舌打ちの音が聞こえてきた。そしてその舌打ちが、私の知っているとある人のそれに、とてもよく似ている気がした。
「桃子様も避難を……桃子様!?」
ネイビーさんが気づいた時には、私は白昼の夜空に向かって駆け出していた。
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後編へ続く……
「桃子とおじいちゃんの最終章」、と聞いてドッキドキで拝読いたしました。
まだ前編ではありますが、「おおっ!?」と驚かされる場面の連続でしたので堪らず感想をしたためた次第です。
全体的に「えらいこっちゃ……」という印象が強く、前作とはまた違った意味で油断ならない緊張感です。
人間としてのおじいちゃんが……という衝撃の事実に唖然とする一方で、彼がコマンドラモン/シルバーとして転生した経緯(加えて「この人どうやってD-ブリガードに就職したんだ????」という疑問の答え)に膝を打ちました。隊内でシルバーの扱いがやや特殊だったのも、そもそもの出自が特級のイレギュラーだったからなのですね……!
孫の桃子もデジモンとしてDWに降り立ち、同僚のネイビーから事の顛末を知らされるという……あれっ、中尉になってる! シルバーの元で着実に経験を重ねたであろうことが伺えて感慨深く、それだけに上司を失った彼の心境は察するに余りあるものがあります。最強クラスの戦力を野に放ってしまった不祥事の始末、と言ってしまえばそれまでですが、シルバー捜索の助っ人に桃子を選んだことや、桃子の身の安全を気遣っていたことなどから、ネイビーはこの捜索に特別な想いを以って臨んでいたのかも? と思わずにはいられません。
そして桃子/レキスモンの戦闘センスも早速明らかになりましたね。訓練で抜群の適応力を見せたとはいえ、それをいきなりバンチョーレオモン相手に行使できる度胸、「さすがは准将の孫娘」ですね。思えば、そういう素質はコマンドおじいちゃんとのファーストコンタクトで発揮していましたけれど。これは血ですね、間違いない。
前編の引きは、ヴァロドゥルモンと謎のデジモンの戦闘……前編ではこのシーンが一番好きです。白昼の空を暗黒に塗り変えてしまう高出力の攻撃と、桃子が戦闘音の中に聞いた馴染みのある舌打ち。再会の手掛かりがよりにもよってこんな危険地帯に……ッ!! 桃子をすぐにでも引き止めたいような、そうでないような。
完全に私事で恐縮ですが、アクセルの看板究極体が3体も出演していてかなりテンション上がっています。
過去作に散りばめられた要素がぴたりと嵌って物語を繋いでいく、そんな緻密さと壮大さに引き込まれました。
後編も楽しみにしております。