※このアーカイブ情報は参照専用です。現在、SCP-1064-EXに対しての封じ込め手段は講じられていません。
オブジェクトクラス:Keter
特別収容プロトコル
SCP-1064を完全に収容する試みは未だ成功しておらず、その地球に与える影響の甚大さからSCP-1064はKeterに分類されました。SCP-1064の成長過程を観測する場合は、Dクラス職員一名に無線通信機と赤外線カメラを携帯させ、水深六千メートル以上を確実に潜航可能な海底探査機に搭乗させてください。後述の放出期にはSCP-1064-Aの出現が予想されるため、海底探査機に少なくとも百メートル以上先の目標を照射可能なライトと計六発の小型魚雷を搭載し、観測中にSCP-1064-Aと対面した場合はこれらを用いて直ちに応戦してください。
SCP-1064に関する資料、及び情報はセキュリティクリアランスレベル三以上の財団職員のみ閲覧することができます。これらが万が一外部に漏洩、流出した場合、許可を得ることなくそれらを見た、あるいは見た恐れのある全ての人間に対して記憶処理を施します。
説明
SCP-1064は全長約三キロメートル、全幅及び高さ約一キロメートルと推測される鰐に似た形状の顎です。太平洋の■■■■海溝最深部、■■■■■■■海淵の岩壁から突き出る形で存在し、少なくとも観測中にその場から動いた様子が確認されたことはありません。一八■■年に行われた海底調査でその存在が認知され、現在に至るまで定期的な観測が行われています。SCP-1064を直接撮影した映像、写真等は存在しないため、赤外線カメラによる観測者の報告とソナーによる反射記録をもとにその大きさと形状が推測されています。■■回にわたる調査の末、呼吸をしていることからSCP-1064は生物であると結論づけられています。SCP-1064の呼吸は鼻孔と思わしき部位から海水を吸引し、同様の部位から二十から三十度ほど水温の上昇した海水を放出することで行われます。この放出された海水の成分を検証したところ、吸引した海水に比べて酸素量が減少し二酸化炭素量が増加していることが判明しました。また同様に、海水中のプランクトン量も減少していることが確認されています。この呼吸行動は吸引、放出ともに十五年を費やす計三十年周期で行われており、主に太平洋深層の海流に多大な影響を与えています。SCP-1064の呼吸行動は、世界的な海水温の上昇・氷河の融解による海面上昇、またそれらに伴う地球温暖化の原因であると考えられています。さらに、水質の変化によって海洋生態系も著しく変化していることが確認されています。またこの放出期に、SCP-1064-Aが出現することが一九■■年の調査で新たに確認されました。
SCP-1064-A
SCP-1064-Aは、SCP-1064の呼吸時に放出される海水中に存在する、二・五頭身ほどの人型の生命体です。多少の個体差は見られますが、体長はおおよそ一・二~一・五メートル、体重は五十五k~~七十キログラムです。個体間に共通する外見的特徴として、青色のウェットスーツを着用し、三股の矛と酸素ボンベ、水中ゴーグルを装備しています。一度の放出期に百体前後が出現しますが、吸引期にSCP-1064の鼻孔に再び吸い込まれる個体がいると想定されています。SCP-1064-Aは出現してからしばらくの間、海流に身を任せて海中を漂っていますが、水深六千五百メートル程度まで浮上した段階で突如活動を開始します。その後は人間のダイバーと同様の方法で海中を泳ぎ回り、魚や海藻を口部から体内に摂取します。SCP-1064-Aは非常に好戦的であり、人間や人工物を見つけ次第手にした矛で襲いかかります。一九■■年の調査で初めてその存在が確認され、この攻撃によって探査機に搭乗していたDクラス職員が頸動脈を刺突され即死しました。しかし、以降現段階に至るまでSCP-1064-Aの攻撃による死者は財団職員、民間人共に出ていません。SCP-1064-Aについて、財団はその生態を知るための捕獲実験を試みました。
実験-1064-A
一九■■年■月■日、アメリカの■■■■州西海岸で大規模な水質調査を偽装して行われた実験において、SCP-1064-Aを確保することに成功しました。海中を泳ぐSCP-1064-AをDクラス職員の乗った海底探査機で誘導し、上陸してまで追ってきた一体に麻酔銃を撃ち込み眠らせ、武装解除した後サイト■■に収容しました。彼らは陸上でも活動が可能のようですが、海中に比べて動きにぎこちなさが見られます。上陸した個体は日本語と思わしき言語を用いて罵声と恫喝をDクラス職員に浴びせました。確保した個体は目が覚めると施設内を暴れまわり、サイト■■の壁や天井を破壊しながら自分の装備品を探し始めました。SCP-1064-Aの生態調査を目的に日本からサイト■■を訪れていた田村博士の通報により即座に機動隊が到着し、やむを得ず射殺の判断が下されました。死亡したSCP-1064-Aの解剖を行った結果、その体は地球上のあらゆる生物とも相似しない生命機能を有していることが確認されました。皮膚と思わしき部位の中には筋肉や血液といったものが存在せず、半透明の赤いパネルをいくつも張り合わせたような球体状の物体と、それを取り囲むように緑色の網だけが血管のように張り巡らされていました。装備していた矛や酸素ボンベを構成する成分も、地球上の元素と相似性を持たないことが検証されています。SCP-1064-Aの検体は、身に付けていたものも含めた全てが解剖から約三十分後に質量を持たない粒子と化して消失しました。
補遺-1064-A
SCP-1064-Aの捕獲実験から十五日後、探査機による誘導を行っていないにも関わらず、アメリカ■■■■州西海岸に再びSCP-1064-Aが姿を現しました。確認された個体は一体のみでしたが、その個体の言動はこれまで確認された個体とは全く異なるものでした。出動した機動隊を目にしたSCP-1064-A個体は狼狽した様子で、恐怖に顔をひきつらせながらその場にひれ伏しました。収容後も暴れだす様子はなく、配給された魚を素直に食べる以外に特別な行動は見られませんでした。この個体であれば対話が可能と判断した田村博士は、収容されたSCP-1064-Aとのインタビューを試みました。以下はその内容です。
「こんにちは、突然だけど私と話をしないか?」
「うひゃあ!ビックリした……。アンタ、一体何モンだ?どっから話しかけてるんだ?」
「これは失礼、私のことは博士と呼んでくれ。この施設で君と話ができるのは私だけなのでね、少し付き合ってくれないかい?」
「そりゃ構わんけども。そんなら顔を見せてくれよ」
「残念だがそれはできない。なに、話と言っても私の質問にいくつか答えてもらうだけの簡単なものだ」
「俺を殺したりしないんだな?」
「ああ、リラックスして臨んでくれ。早速だが君、いや君達は何者なんだ?」
「俺たちは魔王様の命でリアルワールドの偵察に来ているモンだ。前にここに俺と同じ格好のヤツが来ただろ?そいつとの通信が途絶えたんで俺が現地調査に駆り出されたんだ。魔王様もひでえよなぁ、こんな仕事じゃいくら命があっても足りないや。こないだなんてよぉ──」
「悪いが質問に対しての答えだけ答えてくれるかな。次は君の名前を教えてくれ」
「おお悪いな。そっちは名乗ってくれたのに俺の方が忘れてたよ。俺の種族名はハンギョモン。名前は……特に無ぇや。魔王様は俺たちを番号で呼ぶから」
「ではその番号を教えてくれ」
「ナンバー1036だ。こないだ来たヤツはナンバー995」
「わかった。1036番と呼ぶのはあまりにも味気ないから名前を付けよう。『テンサム』というのはどうかな」
「いいね、気に入ったよ。さあ博士、いよいよインタビューの始まりだ、何でも質問してくれ」
「ではテンサム、君が先ほどから話している『魔王様』とは一体誰のことだ?」
「こちら側の海の底で眠っておられる方だ。魔王様は休暇をとられていらっしゃるんだ」
「あの顎のことを魔王様と呼んでいるのか。なぜ顎だけなんだ?」
「魔王様はこちら側を訪問されるには容量が大きすぎるんだ。だから俺たちが魔王様のお食事を調達している」
「『お食事』とは魚や海藻のことか?」
「いや、あれは俺たちの食事だ。俺たちはその日捕った量を競い合うゲームもしているんだ」
「テンサムの言う魔王様は呼吸をしているが、吐き出した海水を調べたところプランクトンの量が減っていたんだ。魔王様というのはプランクトンを食べているのか?」
「あれは魔王様があちら側の俺たちを育ててくださっているだけにすぎない。魔王様は寛大なお方なんだ。与えられた仕事さえこなせば、こちら側で自由に過ごすことを許可してくださったんだ」
「『こちら側』、『あちら側』とは何のことだ?」
「俺もよくわからんのだけれども、どうやら俺たちが暮らす世界とアンタたちの住む世界は違うらしいんだ。こっちで見かける魚や海藻は俺たちの世界のものとは全然違うし、今こうして話していても……何て言うか、息苦しさみたいなのを感じるんだ。……別に、決して悪口を言ってるんじゃないぞ!ただ、言葉にしづらいんだけどさ、キレイ過ぎるんだよ、ここの空気は。外の方がよっぽど気楽でいい」
「君達の世界はどのような環境なんだ?ここの空気が綺麗過ぎるということは、そちらの世界には我々のような文明を持った生命体は──」
「ああ、悪いけどパスパス!そういう小難しい話はわかんないんだ!俺は生まれてからずっと海の中で暮らしてたから。それにいくらこっちの世界のことを知ったって、アンタたちには関係のない話だよ」
「聞き捨てならないな。現在君達の言う『魔王様』はこちらの世界に侵食している。君達がこちらに来てこちらのことを知った以上、我々も君達の世界のことを知らなければ不公平だとは思わないか?」
「おいおい、俺たちをまるで侵略者みたいに思ってないか?言っただろ、魔王様は現在休暇をとっておられる。別に放っておいても人間に危害は加えないから安心してよ。俺たちハンギョモンだってそうだ、アンタたちが近づかなければ危害も加えないし、陸上にも上がらない」
「なぜわざわざこちらの世界に来てまで休暇をとる必要があったんだ?推測だが、そちら側にも広大な海はあるのだろう?」
「その質問はさっきの質問と繋がるよ。魔王様は人間から生まれる『あるもの』を摂取しておられるんだ。それはこちら側にもあるにはあるんだが、人間から摂取するのが一番効率がいいのさ」
「『あるもの』とは一体なんだ?テンサム」
「魔王様のお食事を言葉に出すのは憚られる。紙とペンを用意してくれよ。喋り続けるのも楽じゃない」
テンサムと名付けられたSCP-1064-A個体は、このあと配布されたボールペンとメモ用紙を用いて三字の文字列を書き記しました。この文字列が何を表すのか、解読班による調査が進められています。この個体はインタビュー後も暴れだす様子は見られませんでしたが、皮膚が極度に乾いた時のみ一部攻撃的な言動が見られたことから、現在では太平洋から直接汲み上げた海水で満たされた水槽に収容されています。田村博士は上層部に掛け合い、この個体に正式な名称とオブジェクトクラスを定めるための申請を提出しました。
補遺-1064
財団はSCP-1064-Aが人間と会話可能であったことから、その上位的存在であるSCP-1064も同様に対話が可能であるとの見解を示しました。その結果、田村博士の反対を押し切り、SCP-1064を本格的に回収するための作戦が立案されました。
回収作戦の詳細はAクラス以上の権限を持つ職員のみ閲覧することが許可されています。資料を閲覧しますか?
→はい
いいえ
1064回収作戦記録──日付一九■■年■月■日
《1064回収作戦》
作戦名:Envy
※上記の作戦名は、旧約聖書に海の怪物として登場したレヴィアタンがキリスト教で嫉妬を司る悪魔として扱われていることに由来します。この名は皮肉にも、我々人間の手が届かない場所で社会的な集団生活を営んでいるSCP-1064とSCP-1064-A達に対する人類の嫉妬ととることもできます。
目的:SCP-1064の回収、およびサイト■■への収容
組織:潜水艇 五十艇
回収班 四百五十人 五十チーム
特別回収プロトコル(簡易版):海底岩壁から突き出るSCP-1064を、潜水艇に搭載されたアームで引き抜き回収します。SCP-1064の胴体と尻尾は顎の約一・五倍の長さであると想定されたため、収容の際に尻尾と下半身を切断・海中で即座に止血し、それぞれの部位をサイト■■の特別大型水槽に収容します。SCP-1064-Aの出現が予想されるため、潜水艦に搭載された魚雷を使用して撃退を行います。
水深七千メートル付近でSCP-1064-Aによる襲撃が開始しましたが、各潜水艇はいずれも撃退に成功しています。しかし水深九千二百メートルを越えた辺りで海流が激しさを増し、全ての潜水艇が操作不能となりました。最大推力をもってしても激流層から脱出することはできず、そのままSCP-1064の鼻孔に吸い込まれていったと考えられます。奇跡的に一艇のみが激流層から脱出し帰還に成功しましたが、乗組員の内八名は死亡、あるいは精神崩壊を起こし事情聴取すら儘ならない状態でした。残りの一人も頭部含む全身を強く強打するなどして、全治一年の重症を負いました。後の結果報告で、乗組員は以下のように説明しています。
「あれはもはや生物などではなく意志を持つ自然災害だ。我々は災害を知ることはできても止めることはできない。少なくとも今の人類の技術では、奴の姿をこの目で捉えることすらできなかったのだから」
またこのような発言も残しています。
「地球温暖化の原因が奴であることは絶対に人々に知られてはならない。これから先も温暖化は進み続けるが、その原因が奴だとわかれば人々は絶望するだろう。手段を講じることもなくなり、人間の歴史は終焉までのカウントダウンを刻み始めるだろう。そうならないよう、我々は彼らに希望を与えなくてはならない。大切なのは問題を解決することではなく、そのために努力することで前に進もうと足掻き続けることだ」
※補遺-1064の結果を踏まえ、SCP-1064のオブジェクトクラスがKeterからExplainedに変更されました。地球温暖化の最大の要因は大気中の二酸化炭素量が増加していることであると結論付けられ、財団が作成した地球温暖化に関する報告書が一九九二年の国際連合会議で発表されました。その結果UNFCCC(気候変動枠組条約)が制定され、以降は財団においてもSCP-1064による地球環境への影響は考えないものとされています。
補遺-1064-EX
二〇一九年六月二十四日、高度三万三千フィート(一万メートル)でSCP-1064-EXに似た形状の顎が確認されたとの報告が入りました。成田国際空港十八時五十分発、ロサンゼルス国際空港十三時十分着のアメリカン航空AA170にて、偶然搭乗していた財団職員も含めた乗員乗客の内半数が、雲の切れ間から飛び出している鰐に似た形状の顎を目撃しています。三十秒もの間顎は上空を漂っていましたが、その後は機体が積乱雲に突入したため姿が見えなくなりました。職員は顎を目撃したと主張する全ての乗員乗客に記憶処理を施し、計器類に一時的なトラブルが発生し機内が騒然となったという内容のカバーストーリーを流布しました。また記録媒体も全て内容を確認し、顎を撮影したとされる写真や映像、スケッチ等は一つ残らず消去されています。
職員の報告が正しい場合、SCP-1064-EXは海底だけでなく上空にも現れる可能性があると考えられます。財団では現在、SCP-1064-EXのオブジェクトクラスを再び変更するか否かの選択を迫られています。
あとがき
本作はQLさん(@yarukidase99)主催のアンソロ作品『皇魔業臨書』に寄稿した作品となります。DIGIコレ9もう3年前になるんだってよ……信じられるか?
PCに保存したはずの挿絵データが見つからずなかなか投稿できなかったのですが、この度無事に見つかりましたのでお出しさせていただいた次第でございます(QLさん許可済み)
SCPはいいゾ