Episode ‐ ウンノ カンナ 6
実家は、それなりに裕福な家庭だった。
父は企業家で、そう大きな会社という訳では無いが、いち早くデジモン関連のビジネスに身を投じてそれなりの成功を収めていた。
それだけに――まあ、元々好きなのだが――デジモンという存在そのものに、父は常々感謝していて、母との出会いまでデジモン関係のボランティアに参加した事がきっかけだったので、ますますその思いが深まったのだと思う。
だから「5歳の誕生日までにデジタマが手元に届かなかったら、保護施設のデジモンをパートナーとして引き取らないか」と両親が勧めてきたのも当然の運びだったと思うし、アタシも別段、それを疑問にも、嫌だとも思わなかった。
むしろ、そうしたいと、思っていたような気がする。
その後、無事パートナーを得ないままに5歳の誕生日を迎えたアタシは、その時出来る精一杯のおめかしをして、父の運転する車に乗って両親の顔なじみが運営しているデジモンの保護施設に足を運んだのだ。
パートナーの怪我や病気。あるいは、死別等で離れ離れにならざるを得なかったデジモン達。
たまたまリアルワールドに迷い込んだのを保護され、そのままこちらに残る事を選んだデジモン達。
それから、パートナーに、捨てられたデジモン達。
それぞれに理由を抱えるデジモン達が、それでも、施設内で人間の子供と同じように遊んでいる姿をきょろきょろと見渡しながら、自分のパートナーになる子はどの子だろうと探している時――アタシはあの子を、見つけたのだ。
黄金色の、ウンチ。
姿かたちのせいなのか、成熟期だからか。他のデジモン達とは少し離れた部屋の隅で、少しでも目立たないようにと身体を縮こまらせているその姿が、不思議なくらい、鮮やかに目に入った。
その背中が、すごく、すごく寂しそうで
あの子だと
あの子を、助けなきゃと思って
一直線に駆け寄って、何の声もかけずに後ろから飛びついて
「この子にする!」
そう、叫んだのだ。
……そしたら、その子は何が何だかわからないといった顔で振り返って。その間に、アタシに追いついた母が「こら!」とアタシを咎めたのを見て、まるで、全てを理解したかのように、瞳に真っ黒な影を落としかけて――
「ダメでしょ、カンナ。急に抱きついたら、デジモンさんがびっくりしちゃうでしょ?」
――母の言葉を聞いて、今度こそ、驚きと混乱に目を見開いた。
「ごめんなさいね。えっと、スカモンさん……で、いいかしら。アタシ達、実は、この子のパートナーを探しに来ていて」
この子にする。と、もう一度。アタシは、母の言葉を遮った。
「カンナが良くても、デジモンさんが嫌がったらダメって言ったでしょ?」
確か、むくれたと思う。
でも、母の言う通りだとも思って、アタシは改めて、その子に向き直ったのだ。
「だめ?」
そしたら――あの子は、声を殺しながら、静かに泣き出したのだ。
その時、アタシはここで初めて後悔した。
きっと、嫌われてしまったのだと思ったのだ。
何せ、母の言いつけを破って飛び出して、不意打ちのように抱きついたのだ。
もしかしたら痛い思いをさせてしまったのかもしれないと、打ち寄せる波のようにそんな思いが湧いてきて、アタシの目から、噴き出した。
ごめんなさい。と、大声で喚いた気がする。
何で君が泣くの!? と、今度はその子が焦り始めて。
そうこうしている内に父までやってきて、母から事の顛末を聞くなり豪快に笑って
「そうか! カンナはこの子がいいか! いいじゃないか。最初から成熟期なら、こっちも安心して娘を看てもらえる」
と言って、アタシとスカモン、両方の頭を撫でたのだ。
「ほら、カンナ。……ちゃんとご挨拶、できる?」
まだ鼻をぐずぐず言わせるアタシの肩をそっと包んで、母はもう一度、アタシをその子の方へと向き直らせた。
アタシ達は、何だかお互いに気まずくって……しばらく、黙ってしまっていたのだけれど……
「カンちゃんのこと、きらいじゃない?」
やっとの思いで勇気を出して尋ねたところ――その子はぶんぶんと、顔の上半分をそのまま飛んでいきそうな程の勢いで横に振った。
だから、ようやくアタシも安心して――
「じゃあ、カンちゃんのパートナーになってよ!」
――笑顔になって、そう、言えたのだ。
「君は……オイラの事、気持ち悪く無いの?」
「?」
どうしてそんな事を聞かれたのだろうと思った。
どんな姿をしていても、デジモンは、デジモンだ。
デジモンは、みんな素敵な存在だって――アタシは、そういう風に、教わってきた。
そう教えてくれた両親の事を、今でも、誇りに思っている。
……こんな事になってしまった今でも――そう思わせてくれていた事だけは、ずっと。
「きもちわるくないわよ?」
「お、オイラ、こんな姿だヨ? もっとかわいいデジモン、ここにも沢山いるヨ?」
「??? ……あ! わかった! かわいくなりたいのね!」
「へ?」
「じゃあカンちゃんがかわいくしてあげる! カンちゃんのしゃべるのマネっこしたらいいわよ! ほら、カンちゃん、おひめさまみたいでしょ!」
「え、えええ……」
当時、百点満点にマセガキだったアタシの口調をマネさせられる羽目になり、それがすっかり板についたころには当のアタシ自身がそれを恥ずかしく思うようになって今の喋り方になってしまった――という未来を迎える事を、アタシ達は、まだ知る由も無かった。
あの時は、それで良かったのだ。
「ほ、ホントに……」
「?」
「オイラの……パートナーに、なってくれる?」
「うん!」
迷う気なんて、これっぽっちも無かった。
「アタシ、カンちゃん! デジモンさん、おなまえは?」
「……スカモン」
「じゃあ、いまからスカちゃんね!」
握手――というにはあまりにも強引に、アタシは右手で、スカちゃんの細く尖った黄色い手を掴んだ。
「よろしくね、スカちゃん!」
*
「……」
目を開けると、やはり、右手に指が無かった。
……幸せな、夢を見ていた気がする。
ずっと、小さいころの。
スカちゃんをパートナーにした後、苗字が『ウンノ』という事もあって、同年代の周りにはけっこう、嫌な弄り方をされたけれど――そん時は、ウンチ投げつけてやったりして、まあ、その辺も、色々と、愉快に過ごしていたような気もする。
面白おかしく、生きてきたような気がする。
アタシは……クリバラと出会う前から、あんなに、幸せだったのに。
幸せ、だったのに。
どうして、こんな事に、なったんだっけ。
なんで――まだ、生きてるんだろう。
「……」
全身が痛かった。
横たわっている地面の砂利は、小さいながらも容赦なくアタシに刺さっていて、不愉快だった。
生きている。
死んだことが無いから、解らないけれど――でも、死んでいて、ここがあの世だったとしたら……右手がこの状態だという事は、死んだ時の姿を引きずるという事で
アタシは、全身が焼け爛れている筈なのだ。
「……カンナ」
そしてアタシをあの炎――アルダモンの、『ブラフマシル』の炎から守れる存在なんて。
守ってくれる、存在なんて
「エテちゃん……」
この子しか、いる訳が無い。
「ウッソだろ」
ホヅミの声が聞こえた。
「まさか間に合うとか……んで、防ぐとか! 好いね好いねぇ。そんで、流石に全力の『ブラフマシル』だと『そうなる』か」
「……」
顔を上げる勇気が無かった。
「その様子だと、もう動けないんだろう? なら、小休止と行こう」
「あら……余裕ね」
「無いんだな~、それが。俺だって連続はキツいんだよ。別に『ブラフマストラ』で焼けばいいんだけど、それはつまらない。だから、ウンノ カンナと末期の会話でもしててよ。……今度は、一緒に焼いてやるから」
場所的に、最初に潰したブランコのあたりだろうか。腰を下ろしたのだと思う。
エテちゃんが、それを追撃する様子は無かった。
本当に、動けないらしい。
「エテ、ちゃん……」
枯れた、筈だったのに。
キョウヤマにあんな風に言われても、一滴の涙すら、出なかった筈なのに。
情けなさで――顔が、濡れていた。
「ごめんね、エテちゃん」
「……」
「アタシなんて、死ねばよかった」
復讐を諦めて止まれば、死んでしまうだなんて。それで、良かったのだ。
そうすれば少なくとも、エテちゃんまで、こんな目に
「死ねば、よかったのに……」
今更嘆いたって、遅いのに。
ああ、出来る事なら、5歳になったばかりのアタシの所に飛んで、殴り殺したい。
可哀想なこの子を助けたい、だなんて。そんな偽善的な感情で、アタシは、この子を、死なせるのだ。
アタシばっかり幸せにしてもらっておいて、この子の事は不幸にするだけして、死なせるのだ。
この子だけじゃない。
リューカちゃんの心に悪戯に傷をつけて、その上、アタシが1人で動いたせいで、あの子達まで死ぬのだとホヅミは言った。
……キョウヤマを、エンシェントワイズモンを倒すためにアタシを頼ったメルキューレモンに、余計な夢を見させた。
死ねばいいほどのクズなのに――死ぬ時まで、誰もかれもに、迷惑をかけて。
アタシは――
「ねえ、カンナ」
……エテちゃんの声は、静かだった。
「エテちゃん……ううん、スカちゃんね。センキっちゃんの気持ち、解るの。『ユミル論』を書いた、センキっちゃんの気持ちが」
そこには怒りも悲しみも感じない。
どこまでも、ただ、穏やかな。諭すような、声だった。
「カンナ。スカちゃんは、ここでカンナと一緒に死んだとしても――同じところには、逝けないの」
人間と、デジモンの差。
能力の違いよりも、もっと根本的な、差。
明確な寿命のある人間と
死ねば、受け継ぐ記憶や能力に差異はあれど、生まれ変わる事が出来るデジモン。
同じ時間を生きることは出来ても――同じ死を、迎える事は無い。
「それってすっごく、寂しいわ」
思わず、顔を上げる。
エテちゃんの顔は、思っていたよりも、ずっと近いところにあった。
しゃがんだ姿勢に隙間は無く、アタシを、あの炎から守れるようにそうしていたに違いなくて――
「だから、もう少し一緒にいましョうヨ。……センキっちゃんに会うの、それからでも、遅く無いと思わない?」
それから、エテちゃんの手の平には
小さな、光の塊があった。
「……え?」
それが何かは、知っていた。
むしろ――見慣れ過ぎて、そのせいで、一瞬、反応が遅れた。
エテちゃんが手に持っているのは、『進化コード』だった。
「それ――」
「ゴメンねカンナ。黙って持ってきちゃった。……結局、解析、終わらなかったアレヨ」
1ヶ月前、大学の方から解析を押し付けられて――でも、進化元がアグモンの究極体に使えるコードである事以外は進化先も何もかもがさっぱり解らず、以降は時間が空いた時に片手間で調べる事くらいしかしなかった――
「それから重ねてゴメンなんだけど、スカちゃん、コレ、何なのか、知ってたの」
「え?」
「って言っても、スカちゃんはコレを使えるデジモンだから、どう作用するのか直感的に判っちゃった、っていうのが正解なんだけど――」
「何? まだ何か隠し玉ある感じ?」
ざ、と、砂利を踏む音がした。
「それは好くない! メタルエテモンが強力なデジモンなのはもう十分に解ったから! これ以上は別にいいよ!」
また――ごう、と、火の点く音が、耳に届く。
「足掻く姿は綺麗だとは思うけれど、肝心のウンノ カンナは『そこ』止まりだからね――名残惜しいけど、これ以上は無いから!」
「ッ」
ホヅミが動き出すのに気付いて、エテちゃんは素早くコードを、握り潰すように拳の内側へと押し込んだ。
だけど、これじゃあ――
「あ――アタシの事なんてどうでもいい! 動けるなら逃げて!」
掠れた金切り声を上げても、それすらも間に合わない。
「もう遅い!」
進化コードが『書き換え』のためにエテちゃんの身体を覆っていくが――アルダモンの方が、速かった。
「『ブラフマシ」
「『オフセットリフレクター』――ッ!!」
速かったけれど――そっちは、あんまりにも唐突だった。
ストラビモンの姿のハリちゃんに抱えられたメルキューレモンが、アタシ達とホヅミの間に、割って入ったのだ。
「は……?」
「がっ!?」
ホヅミの顔が、苦痛の色を見せる。
「……「デジコアの燃焼を無理やり抑え込んだようなものです。それなりに効いたでしょう?」」
ハリちゃんが、自分の言葉と言うよりは、メルキューレモンの台詞を真似る……いや、言わされているかのように口を開く。
本来それを言いそうな方は、妹の肩の上で、ぐったりと、完全に動かなくなっていて。
「え……え?」
「キョウヤマの旦那……! それに、光と闇の……どうしてここに!? セラとモリツは? まさかしくじったのか!?」
ハリちゃんは苦しそうに胸を抑えるホヅミには応えようとはせず、くるりと、メルキューレモンを担いだままこちらを向いた。
そして
「バカンナさん」
「……ん?」
「バカンナさん。……マスターにそう呼ぶよう厳命されました」
「……」
「命令では無く、厳命でした」
いや、そんな事言われても。
予想だにしなかった乱入と、考えもしなかった呼称に疑問符の渦が脳内を駆け巡るアタシに対して、ハリちゃんは抑揚無く「マスターからの伝言を伝えます」と続ける。
それは無感情というよりも、呆れと、怒りを包み隠さず表現しているような。そんな静けさが成す喋り方だった。
兄妹同士――その感情を、共有したかのような。
「「バカンナはまだ序章だと思って下さい。貴女を叱るために、全員が貴女の帰りを待っていますから」……以上です」
「あ……」
何、て?
アタシの、帰りを――
「……じゃあ、さっさと戻らないとね」
呆気に取られるアタシの前で――エテちゃんが、立ち上がった。
……いや、エテちゃんじゃない。
身体の全てはグリーンのワイヤーフレームへと変貌していたが――そのシルエットは既に、メタルエテモンのものでは、無い。
「本当は、メタルエテモンのままで、勝ちたかった。……スカモンだった……ふふ。オイラを、カンナがここまで育ててくれたって、証だったから」
「っ」
二十数年ぶりに、その一人称を聞いた。
スカちゃんが、アタシに出会うより前に、使っていた
「でもね? 復讐者には、復讐するための姿ってモンがあるとも思ったの」
背中が、向けられる。
盾を、背負っていた。
「あれは、アルティメットコードif:アグモンバージョン。なんらかの要因で、今の姿とは別の進化の可能性があったアグモン系統の究極体デジモンが使えば効果を発揮する――まあ、普通であれば、何の効果も無いゴミ同然の進化コードヨ」
ワイヤーフレームが、色彩を纏う。
究極体にしては小柄な体躯。
全身がそうだったメタルエテモンとは違い、要所要所の鎧にしか、クロンデジゾイドが使われていない。
その上――皮膚も鎧も、同じ色をしている。
「だけど『オイラ』にはアグモンの過去があって! 『スカちゃん』にはカンナがいた!」
全身が、真っ黒だ。
「ブラックウォーグレイモン!」
名前を、叫ぶ。
ブラックウォーグレイモン。
選ばれし子供たちのリーダー格だった、八神外交官のパートナーが進化した姿――勇者・ウォーグレイモンの、ウイルス種の同型種。
……あるいは『暗黒の海』の産物『ダークタワー』から造り出された生粋の闇の存在でありながら、それでも卑怯卑劣を嫌い、自らの『正義』の下に生きた『黒き勇者』――!
「『センキっちゃんの仇討ちのために頑張り続けたカンナがアグモンの頃からスカちゃんのパートナーだったら』というイフ。その身を以って、味わいなさい!!」
「……何を、するのかと思えば」
その、黒き勇者と対峙して――ホヅミは、ほの暗く微笑んでいた。
ここに来て初めて見せた、小馬鹿にするような笑みに――ぞくり、と全身に寒気が走る。
「アルダモンは、火の魔神だぞ? アグモン系統の『炎の攻撃』なんて、効果があるとでも思ってるのか?」
攻撃を無理やり抑え込まれた衝撃からは、立ち直ったのだろう。
余裕綽々といった様子で、ホヅミは両腕を、翼を、大きく広げる。
「なら見せてみろよ! どうせコードでの進化なんて、一発分が限度だろう? 『復讐の炎』がどれだけ無力か理解したところで――俺が本物の火を見せてあげるから!!」
「カンナ」
対して
ブラックウォーグレイモンが――スカちゃんが見ているのは、アタシ1人だった。
「カンナの怒り、悲しみ、憎しみ……絶望も恐怖も諦めも何もかも、この姿なら、力に出来る」
兜の下にある金の瞳が、優しく細められた。
「全部全部、使ってあげる」
そのまま、勇者は飛び立った。
「スカ、ちゃん……」
立ち上がる。
少しでも、近くで見たかった。
いや。見なければ、ならなかった。
どんな結果であっても、目に『焼き』つけなければと
「だから」
だけどハリちゃんがアタシの事も抱えて、その場から離れた。
巻き込まれないように。
……でも、それでも、十分に見える位置へと。
「スカちゃん」
黒い『ドラモンキラー』を装着した両腕を、スカちゃんは、太陽に向けて、大きく掲げた。
刹那――『黒色』が現れる。
「スカちゃん!」
『黒色』は――アタシの抱えていた『全て』はまるで太陽を呑むかのように、膨れ上がった。
「だからカンナ。……明日からは笑って生きるのヨ?」
空が歪む。
一瞬とはいえ、確かに太陽を塗り潰したそれは――
「『暗黒の――ガイアフォース』!!」
――ホヅミただ1人に向けて、放たれた。
「は――はは、ははははは!」
ホヅミは嗤っていた。
その黒い炎に、何の意味も無いと。
火の魔神である自分には、何の効果も無いと――
だが
「は――あっ!?」
間近まで
もう、回避など考えられない程にまで迫った『暗黒のガイアフォース』を前に、彼は、ようやく気付いたのだろう。
それが、ただの火の玉では無いと。
火を模しただけの――怨念の塊だと。
その本質が『炎』では無く『闇』にあると、ようやく。
「あ……あっ、ああああアアア―――ッ!?」
そして、なまじ火には耐えられる分――それは、確かに地獄の業火でもあった。
炎すら、悲鳴すら、黒く黒く、焦げていく。
そうしてようやく、放火魔・ホヅミは生まれて初めて、理解したに違いない。
火とは、どれほど恐ろしいものなのかを。
「スカちゃんっ!」
だけど、アタシにはホヅミがどうなったかなんて、見届けている余裕なんか無かった。
宙に浮いていたブラックウォーグレイモンの身体は、あっという間に光に包まれて――そのまま、ゆっくりと、地上に落ちてきたのだ。
「スカちゃん……スカちゃんッ!」
ハリちゃんに放してもらい、駆け寄って――手を伸ばす。
もう、右手に指は無いのだけれど。それでも十分に支えられる程、小さくて、温かくて、柔らかい――アタシの髪より控えめなピンク色の丸になったスカちゃんが、腕の中に、降りてきた。
「スカ……ちゃん……」
「……いまは、コロちゃんヨ」
お腹のところに抱え込む。
細い、一般的に耳とされる部位がアタシを抱きしめるように、腹部へと絡みついた。
力を使い果たして幼年期にまで退化したスカちゃんは、それでも、まるでアタシのお姉さんであるかのように振る舞って。
ここまでずっと、酷いテイマーだったのに――それでもなお甘えた事に、アタシの頬を無茶苦茶な量の涙が伝っていた。
どうして泣いているのか、自分でもよく解らなくなるくらいに。
きっと、本当に。この子は、アタシの全てを、燃やしてしまったのだろう。
全てが、終わったのだ。
自分勝手に、沢山の人を振り回して来た、アタシの『全て』が。
だけど――何も、終わっていない。
これからアタシは雲野デジモン研究所にいる全員に単独行動を怒られて、多分、後々事情を知ったモモちゃんや両親にも無茶を怒られて、預かっていたコードの紛失を大学側に怒られて――いつかは、そんな色んなことを、クリバラにも怒られるかもしれない。
……その、いつかが来る、その日まで――
「スカちゃん……」
「コロちゃんだってば。……なあに?」
「アタシの事……嫌いじゃない?」
「こんなくらいでキライになるなら……とっくの昔に、そうしてたわヨ」
とっくの昔。
出会った、あの時に。
「おばかさん」
アタシは、この子と、生き続けても、いいのだろうか?
聞けない答えを掻き消すように――遠くから、サイレンの音が聞こえた気がした。