「なるほど、それが『Legend-Arms』の力か……!」
鈍い音を立てて砕けた水晶玉に、ミスティモンは歯噛みする。
眼前では、『Legend-Arms』の武器型デジモン・ズバモン――の着ぐるみを被ったベツモンの両足を柄代わりにして構えたダルクモンが、その頭頂をミスティモンへと向けていた。
「『コート』だったか。お前の水晶を操る術は」
「『コアダート』です」
傍で待機している、彼女の保護者であるピエモンがすかさずツッコむ。が、張り詰めた空気の中、彼の声はいささか控えめであった。
それもその筈、『Legend-Arms』は「天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす」との言い伝えが残るデジモン。
ダルクモンは、翼が無いとはいえ天使であり、そして彼女が今この瞬間対峙しているミスティモンは、悪魔の勢力に与する魔術師である。
世界の命運をかけた戦いを前に、さしもの道化も、固唾を飲んで見守る他無かったのだ。
そしてこの中の誰しもが、ズバモンがベツモンの化けた偽物だとは気づいていないのである。
「随分と翻弄されたが、ようやく見切る事が出来た。ここからは、剣の勝負だ。……私は負けない」
「天使だからか?」
「いいや、剣士だからだ」
ダルクモンは、ズバモン(※ベツモン)を天に掲げた。
それは(傍から見た絵面の酷さを除けば)神の啓示を受けた聖女さながらの姿であったが、彼女は戦場の女神である以上に、己が在り方を剣の使い手として定めていて。
「私は剣士の聖処女ダルクモン!」
名乗りを上げ、改めて、ダルクモンはズバモン(※ベツモン)の頭をミスティモンに向けた。
「略して、剣聖クモンだ!!」
「自分の名前まで略すんじゃないですよ」
こらえきれずにまたしてもピエモンがツッコんだのとほぼ同時に、ダルクモンは地面を蹴る。
「……面白い!」
ミスティモンもまた、剣を構える。水晶玉による攪乱という術を失った今、それが正真正銘、ミスティモン唯一の武器だ。
彼は悪魔に魂を売った魔術師だ。異世界『ウィッチェルニー』からこの地に渡り、闇の魔術に魅了され、世界の滅びに際してまで悪を是とした堕ちたる魔術師だ。
だが、同時に。己がただ純粋に、強さを求めた剣士であった事も、今この瞬間、ミスティモンは思い出したのだ。
それが『Legend-Arms』の伝説に立ち会ったが故か、その使い手となった天使の切っ先に中てられての事か。ミスティモンには、わからない。
ただひとつ確かなのは、皆気付いていないだけで、ダルクモンが握っている剣はズバモンではなくベツモンであるという事だけである。
「『ブラストファイア』!」
ミスティモンが己の剣に炎を纏う。通常の炎ではない。闇由来の黒炎だ。
水晶玉で頭を強打し、目を回していたベツモンは、たまたまこの時意識を取り戻し、ひゅっと鋭く、息を呑む。
「勝負だ、剣聖クモンとやら。私も今この瞬間だけは、『ウィッチチェルニー』の騎士として貴様と対峙しよう!」
「ダルクモンです、それ別に個体名じゃないんです!」
「クモンは知らない名だが、私が尋常に相手をするぞミスティモン!」
「あなたの事ですが!?」
「ちょ、待って、待っ--」
「「うおおおおおおおおおおお!!」」
結局こらえきれずに雰囲気とかかなぐり捨てたピエモンのツッコミと、ベツモンの制止はダルクモンとミスティモン、両者の雄叫びに掻き消された。
黄金の『Legend-Arms』(の着ぐるみを着たベツモン)と、豪奢な装飾と黒い炎を纏った剣が、交差する--!
「ぎゃあああああああ」
ベツモンの悲鳴は、鍔迫り合いの音として処理された。
*
話は3日前にまで遡る。
「緊急の短期アルバイト、ですか」
通行証発行への見返りの一つとして、ピエモンは『イリアス』での出来事を旧友・グランドラクモンに報告するべく、彼の城に訪れていた。
なお、吸血鬼王は道化の報告に、下手な笑い話よりも大変愉快そうな様子で耳を傾けていた。ピエモンが仮面の下からさえ滲ませていた苦労人の相が、愉しくてたまらなかったようである。
それで、話を終えた後。次のデジタルワールドに渡るための算段を立てていたピエモンに対して、グランドラクモンが提示したのが『短期アルバイト』の件である。
「そう。まあ平たく言うと傭兵の仕事、という事になる」
異世界のデジタルワールドでのね、と。吸血鬼王は艶やかに唇の端を歪めた。
窮地に陥ったデジタルワールドが、人間の世界に『選ばれし子供たち』のような救援を求めるように。
時にデジタルワールドは、他のデジタルワールドに対しても、助けを要請する事がある。
人間の力はデジモンを強化するのに有効な手段ではあるが、彼らはデジモンと比べてひどく脆弱であり、また、デジモンに対する知識が乏しい者がほとんどだ。その上、リアルワールドへの渡航はデジタルワールド間の渡航よりも制限が厳しい。
緊急性が高い場合は、同じデジモンを頼る事も少なくは無いのであった。
ただ、悲しいかな。デジタルワールドのホストコンピューターは、基本的に自分の世界の管理で精一杯である。他所にまで下手な介入を試みてキャパオーバーが起きると、最悪Xプログラムとか降らせかねない。
そこでこういった場合、少なくともピエモン達の属するデジタルワールドでは、白羽の矢が立つのがダークエリアの住人達なのである。
戦いに飢えた個体が多い。死んでしまってもあまり困らない。向こうで問題を起こしたとしても基本的には頼った側の自己責任。最悪の場合『コキュートス』を通じての回収が容易。……と、わざわざデジタルワールドの勇士を派遣するよりはコストが少ないのだ。
まあ、多少は他世界に恩を売りたいのだろう。ある程度良識の有るチョイスを期待してか、この手の仕事の仲介には、魔王級のデジモンが任命される事になっている。
今回の場合、グランドラクモンがその担当だったらしい。
ピエモンは「正気かイグドラシル」と思った。
「どうだろうか、兄弟。恐らくこの世界には、可愛い君の従僕(わんちゃん)が欲する素材が存在している。それに、私は君達の事を信用しているからね。冷蔵庫の君(イグドラシル)が望む仕事を十全にこなしてくれると期待しているのだよ」
「本音は?」
「私の愉悦センサーが君達をここに放り込むとめっちゃ面白い事になると訴えているんだ」
「そんな事だろうとは思いましたよ、全く」
だが、ピエモンは旧友の誘いを拒否はしなかった。
目的の品--ダルクモンの『ラ・ピュセル改』を強化するために必要なアイテムは、どれも伝説級の代物だ。
そんなものを回収する事を目的にデジタルワールド間を行き来するとなれば、尋常では無い量の提出書類が必要になってくる。ピエモンもその一覧に目を通して、つい先日辟易していたばかりなのだ。
だが、依頼を介しての渡航であれば、その制限は大きく緩和される。書類に関しても、仲介した王の眷属がある程度済ませてくれるという話だ。
……たかだか成熟期1体の望みなど捨て置けばよいのだが、結局、ピエモンがその選択肢を選ぶ事は無くて。
「律儀だなあ、兄弟は」
「何か言いましたか兄弟」
「いいや、何も」
下半身である双頭の獣、その片方の頭の上に頬杖を付いて、ピエモンが2名分の依頼への同意書を書き上げるのを見届けたグランドラクモンは、今一度、旧い友人へと笑いかけた。
「さて、では君達が次に赴くデジタルワールドについて、簡単にだけ、紹介しておこう」
グランドラクモンがぱちん、と指を鳴らす。と、2体の間にモニターが出現した。
画面に映るのは、石造りの街や、深い森。ダークエリアのものとはまた趣の異なる豪奢な城といった、人間の感性で言うところの、いわゆる「中世ヨーロッパ風のファンタジー世界」とでも呼ぶべき風景で。
「基本的には平和な世界らしいのだけれど、数年前? くらいから徐々に、悪魔信仰の勢力が力を持ち始めていたそうでね。ついにダークエリアからとんでもない化け物を引っ張り出してきてしまったらしい」
グランドラクモンは軽薄にからからと笑う。
「とんでもない化け物」など、あくまで下位の存在に合わせた物言いでしか無い。彼以上の怪物など、数多のデジタルワールドにおいてもそうは生まれやしないのだから。
「で? そのとんでもない化け物とは?」
「ガルフモンさ。ああ、恐ろしい、恐ろしい。彼は「巨大な獣の下半身に人型の上半身」と、いわゆる属性が被っているからね。この世界において、キャラ被り程恐ろしい概念があると思うかい? 兄弟」
当然本気で言っている風では無かったが、わざとらしく身を震わせるグランドラクモンに、ピエモンは「そうですね」と適当な相槌を合わせた。
もちろん、ガルフモンには「グランドラクモンと姿形が被っている」以上に恐ろしい要素があるのだが、吸血鬼王からすれば些細な問題で。
「対策用のアミュレットを、君と君の従僕の分、あともう1つ予備に渡しておこう」
「感謝しますよ兄弟。……ひょっとしたら、連れ帰る人数が、行きより増えるかもしれませんからね」
目的のデジタルワールドで手に入るものが何か。グランドラクモンの言動から、ピエモンは既に、ある程度目星がついていた。
そのアイテムだけは、他の品と違い、ひょっとすると物品では無くデジモンとして持ち帰る手続きが必要である可能性にも。
「さあ、兄弟。君達は、この世界に何を求める?」
「「天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす」……大いなるトゥエニストの『Legend-Arms』を」
「気を付けて行っておいで」
グランドラクモンは、ニコリ、と。
そこだけは友を見送るものとして、屈託なく微笑んだ。
*
そして現在。
「と、まあ。首尾よく『Legend-Arms』を回収し、その追手たるミスティモンを撃破した……と、ばかり思っていたのですが」
「……」
ダルクモンは珍しく押し黙り、おそるおそる指を仮面の下側の隙間--鼻先へと近付けた。
すんすんと微かに鼻を鳴らした後、共に暮らしているピエモンがなんとなく察せる程度のレベルで、ダルクモンは顔をしかめる。臭かったのかもしれないし、単純に自分が剣では無いなんか変なデジモンをぶん回していたという事実がショックだったのかもしれない。
こうしてみると、犬というよりは猫の反応に近いなとピエモンは思った。
ミスティモンは、ダルクモンの一撃によって消滅した。一応形だけはズバモンを模していたベツモンの着ぐるみの先端が胸を貫いたのである。
このダルクモンは100%の力が発揮できるのが『ラ・ピュセル改』だというだけで、それが剣でさえあれば、刃がガタガタに欠けたなまくら刀でも『バテーム・デ・アムール』で使いこなす事が出来るのである。そして最悪剣で無くてもいけるという事が今回確認できた訳だ。
……そのお蔭か、『Legend-Arms』の真実を知る事無くミスティモンは剣士として死ねたようなので、彼は幸運だったのかもしれない。
「それで、ベツモン」
ピエモンはまたふぅと息を吐いてから、すっかりただの布となったズバモンの着ぐるみの残骸で木に縛り付けたベツモンの方に視線を流した。
ミスティモンの消滅からワンテンポ遅れて、本来の用途をまるで無視した使い方をされたズバモンの着ぐるみは頭頂部が折れる、という形で壊れてしまった。
お蔭で特殊なダルクモンと格上であるピエモンさえ騙していた、強力な認識障害が消え去ったらしい。その場からへろへろの足取りで慌てて逃げ去ろうとしたベツモンに呆気にとられはしたものの、流石にそれを許すほど2体は甘いデジモンでは無い。こうして捕らえられたというワケである。
聞けば、彼もまた悪魔--ガルフモン信者の一体で、まずはズバモンに成り代わり彼を孤立させようと目論んだ結果がこの状態であるのだという。
「化けていた、という事は、本物のズバモンについては御存知なのでしょう。……彼は今、何処に?」
「……ほらよ」
ベツモンは肘から下を背中側でごそごそと動かしたかと思うと、ピエモンの足元へと小型のモニターのようなモノを投げた。
どこから取り出したのだろう、と思わなくは無かったが、とりあえずピエモンはそれを拾う。
「本物のズバモンに付けておいたGPSの追跡装置だぜ。壊れてなきゃアレの居場所はすぐに判るだろうぜ」
壊れてなきゃな、うけけけけ。
そう恨み言混じりに付け足して気味悪く笑うベツモンに、ピエモンはすっと目を細める。
「随分と素直に教えてくれましたね。立場を弁えているだけでしょうか」
「うけけけけ。アレがあろうが無かろうが、オレ達の勝ちに揺るぎはねぇのだぜ。「天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす」ぅ? そんな大層なもんじゃねーぜ。ただの剣に変わるだけの成長期デジモン。ガルフモン様への献上品にと思って目を付けちゃいたが、うけけ、とんだ骨折り損だったぜ」
「それは」
前掛けで手を拭きながら(そんなもので拭くんじゃありませんとピエモンは横からたしなめた)、ダルクモンがベツモンの前に立つ。
「お前が決める事じゃない。剣の力は、剣士が決める事なんだ」
略してつけめんだぞ、と。そう付け加えるダルクモンの眼光は鋭い。
多分ダルクモンは今、麺の気分だな。と、ピエモンは手持ちの携帯食料に即席麺があったかを確認する。
「つけ、めん……?」
「そうだ。お前も一瞬とはいえ剣だったなら、わかるだろう」
「いや、わかんねーよ」
わかる。何を言っているのかわからないよな。と、そこだけ心の中でベツモンに同意するピエモンなのだった。
ついでに即席麺はまだあった。
とはいえ、そもそもこんな風に悠長に会話している暇など無い。
ガルフモンは、既にこの世界の首都で暴虐の限りを尽くした後、他の地域にまで魔の手を伸ばしているという話だ。
ガルフモンの復活から、既に3日目である。
かのデジモンは、伝説を信じるのであれば、7日で世界を滅ぼせる存在。……完全に滅ぶのが7日であって、少しでも野放しにする期間が増えれば、世界が滅ぶに等しい壊滅的な被害は免れないだろう。
別にピエモンは、この世界の危機などどうでもいい。
だがここでガルフモンをどうにかできなければ、『Legend-Arms』を手に入れる機会は2度と訪れないだろうという予感があった。
「その辺にしておきましょう、ダルクモン。幸いあなたの剣技は追跡装置を壊すに至らなかったようですよ」
「む。私もまだまだ修行が足りないな」
「幸いっつってるでしょう。……急げば1時間ほどでズバモンを捕捉できるかと。行きますよ、ダルクモン」
「了解した、養父殿」
言うなり、2体は瞬時にその場を発つ。
後にはぽつん、と1体、木に縛り付けられたまま残されるベツモン。
……が。
「うけけけ」
ぶちん、と、ベツモンはその拘束を引き千切る。
自分のデータに由来する素材だ。自分でどうにか出来ない筈も無い。
「覚えたぜぇ、ダルクモンに、ピエモン……剣士だかなんだか知らないが、オレを虚仮にした代償は払ってもらわないとだぜ」
にやりと口角を吊り上げるベツモン。姿形こそコミカルではあるが、かのデジモンの世代はミスティモン同様完全体。けして、弱いデジモンでは無いのだ。ミスティモンの剣とのつばぜり合い(?)からも、その事実は見て取れるだろう。
「さてと、究極体はキツイから化けるならダルクモンだぜ。あのクモンとかいうヤツに化けて、ピエモンにオレの『つっこみパンチ』による真のツッコミ力を--」
一度解体したズバモンの着ぐるみをダルクモンの着ぐるみに構築し直し、ベツモンが身に纏おうとした、その瞬間
【ERROR ERROR ERROR】
「あん?」
突如着ぐるみと自分の隙間に表示される、赤いERRORの文字。
ベツモンは首を傾げる。なりすましは彼の種としての能力だが、こんな事は、今まで一度だって起きた事は無かった。
ダルクモンが別世界のデジモンだからか? 否、ベツモンの変身能力は、種の隔たりどころか、リアルとデジタルとの差まで誤魔化す事ができる筈なのだ。
「なんだってんだぜ……」
ベツモンは、そのエラーとやらの内容にアクセスする。
その時だった。
「!?」
どすっ、と、何か柔らかいが厚みのあるものを貫くような音がして。
それが自分の胸から聞こえたと気付いた時には、もう、全てが手遅れだった。
ベツモンの胸に、剣が突き刺さっていたのである。
柄の先には、三つ葉のマーク。この上なく解り易く、トランプのクラブのマークだ。
……最も、ベツモンが視認するなり、その剣はどこかへと消え去ってしまったが。
「あっ、がっ……」
急いでいるからと言って、修羅場を潜り抜けて究極体へと達したデジモンが、世界以前に自分達の脅威になりそうなデジモンを捨て置く筈が無かったのだ。
【警告、この着ぐるみは元になったデジモンの--が――なため--】
折角アクセスしたエラーの原因に対するアナウンスも、着ぐるみの主に異常が発生したためノイズが走り、切断される。
これに関してはピエモンに何か意図があっての事では無かったが、ダルクモンの、本人さえ知らない謎は、結局明かされる事にはならなかった。
「なんだっ、てんだ……ちく、しょうめ……」
略してだてんしじゃねえかと、何故かそう呟きたくなって
最後の最後に何をやっているんだと、ベツモンは自嘲気味にうけけと笑うのだった。
*
「養父殿」
木々の生い茂る悪路を高速で駆けながら、ダルクモンは先頭を行くピエモンに声をかける。
「何ですか、急いでいるんですから手短にお願いしますよダルクモン。……ああ、略すのは無しで。そういう意味の手短じゃないです」
「そうか。では。『トランプソード』のクラブことフロア盛り上げ丸が迷子になったように見えたんだが」
「人の武器に勝手に銘を付けないでもらえますかね? というか、そのクラブじゃないんですが??」
クラブこと、じゃないんだよクラブこと、じゃ。
そう思いつつ、ちらりとピエモンは背後を見やる。
「……」
背中のマジックボックスには、きちんと4本の剣が収納されていた。
「見間違いか、あるいはどこかのテクスチャ消失バグにでも一瞬引っかかったのでしょう」
「そうか。養父殿が言うならそうなのだろう。フロア爆盛りアゲアゲ丸はかしこいから、迷子になんてならないだろうしな」
「フロアを沸かすのは好きにすればいいでしょうけど、僕の『トランプソード』に変な設定を盛らないでくれませんかね???」
もちろんダルクモンは、ピエモンが一瞬とはいえ自分の剣だったデジモンを刺し殺したところで、気にするデジモンでは無い。
だが、なんとなく。ピエモンはその旨をダルクモンに告げなかった。
大した理由は無い。今はただ、残りのスペード、ハート、ダイヤにどんな名前を付けられているのか、そちらの方が、気がかりだった。
「っと、集中なさいダルクモン。そろそろズバモンが居る場所です」
「言われてみれば『ラ・ピュセル改』も反応している気がする。ぷるぷると小刻みに震えて、まるでお豆腐のようだ」
「……そんな機能あったんです?」
問いかけて、しかしすぐに、ピエモンは首を横に振った。
「いえ、無駄話をしている場合では無いですね。あなたも聞いている通り、ズバモンは成長期デジモン。相応に体躯も小さいと聞いています」
「ベツモンソードを持った時の感じからするに、前の『ラ・ピュセル』より少し大きいくらいだと思う」
「具体的な大きさを把握できているなら結構。引き続き森の中ですからね。隠れる場所はいくらでもあるでしょう。GPSの表示はあくまで大まかな位置ですから、手分けして注意深く探さなければなりません」
ズバモンは、『Legend-Arms』としてガルフモンの勢力に追われているデジモンだ。
悪魔が持てば世界を滅ぼす――そも、世界を滅ぼす力を秘めるガルフモンには無用の長物かもしれないが、「世界を滅ぼした悪魔」の証として、これ以上に相応しい品もまた、そう存在はしないだろう。
警戒されれば、ダルクモンは兎も角、暗黒の勢力の筆頭デジモンである自分が見つけ出すのは難しいかもしれないなと、ピエモンは軽く息を吐いた。
「了解したぞ、養父殿。略して「り」だ」
「いきなり普通の若者言葉を使うんじゃありません」
その上天使もこんな調子だもんなと、彼は軽く頭を抱えた。
ズバモンを同行させる説得の手札を、2体は「世界を救う天使」しか持っていないのでなおの事、である。
「しかし小さいデジモン探しか……そういうのは、あまり得意では無いな」
「まあ、何もチューモンやらティンカーモンやらを探せと言っている訳では無いのです。色も目立つ金色ですから、光の反射などで確認できるでしょう」
「金色か。ちょうどあそこにいるやたら大きなデジモンみたいな色だろうか?」
「そうですね。あのやたら大きいデジモンをちょうど小さくしたようなデジモンがズバモンですね。やたら大きな金色のデジモンがいるのは想定外でしたが、サイズが全く違うのでまあ、見れば判るでしょう」
「ふむ、了解した。では養父殿、また後程。あのやたら大きな金色のデジモンを小さくしたようなデジモンを見つけたらお互い合図をしよう。とはいえ『ラ・ピュセル改』も滅茶苦茶揺れてるから、ズバモンは近くに居ると思うぞ」
「うわ本当だ滅茶苦茶揺れてる。……『ラ・ピュセル改』とその素材同士で引かれあうなら、いっそ手分けせずそれを標にあのやたら大きいデジモンをちょうど小さくしたようなデジモンを探した方が良いかもしれませんね」
「それもそうだ。私も養父殿と一緒の方が心強いぞ。略してよいしょだ」
「そうですか。では行きましょうか」
2体は『ラ・ピュセル改』の導きに従ってやたら大きな金色のデジモンの居る方向に直進し、かのデジモンの隣を通り過ぎる。
そして4、5歩ほど進んで、すぐに引き返した。
「養父殿、大きいから気にしない事にしてみたのだが、これズバモンじゃないかな」
「奇遇ですね。珍しく僕もあなたと同意見です」
2体は『ラ・ピュセル改』が最も大きく震える場所――やたら大きな金色のデジモンの眼前で、足を止めた。
で、翼の無い天使と究極体の道化を前にしたやたら大きな金色のデジモンは――
「すぴー、すぴー」
--健やかに、寝息を立てていて。
ご丁寧な事に、見事な鼻提灯まで膨らんでいる。
「これが……伝説の……」
「……確かに、大物ではありそうですが」
流石に言い淀むダルクモンと、無理くりフォローするピエモン。
2人が一緒に困惑を浮かべてしまう程度には、なんというか、そのやたら大きな金色のデジモンは、所謂「野生を失った」ような雰囲気を醸し出していて。
と、
「んあ……」
2体の気配にようやく気付いたのか、やたら大きな金色のデジモンは目を覚ましたらしい。うーんと伸びをし始める。
……だが、彼が顔を上げても、2体に驚いたり、警戒したりする仕草は見せなかった。
「あー、追手かな。それとも何? ガルフモンと戦う勇士?」
「僕達は」
「いいよいいよ何でも。使いたければ使えば? 衣食住提供してくれるなら後はご自由にってカンジ」
「……」
それだけ言って、やたら大きな金色のデジモンはまた猫のように身体を丸めてしまう。
姿形は、四足の獣。頭と尾が鋭い刃になっている。……が、妙に腹が張り出しているし、メタリックな光沢のある足は、なのになぜだか、やたらむにむにとした印象で。
ようするに、太っているように見えた。
「ズバイガーモン……ですよね?」
疑問符交じりにピエモンが口にしたのは、ズバモンの進化した姿とされるデジモンの名だ。
たとえ進化しようとも、ズバイガーモンもまた、武器に変形する『Legend-Arms』デジモン。なの、だが……
「ん、そうだけど。だから好きに使ってねー」
そう言って、ズバイガーモンは確かに、剣へと変形した。
変形は、したのだが……
「じゃ、失礼して」
この際ダルクモンの空気を読まないスタンスが逆に助かるくらいだとピエモンは思った。
使って良い、と言われた以上、構わないのだろうと、ダルクモンは尾を刀身とする巨大な剣と化したズバイガーモンを持ち上げる。
持ち上がりはした。
持ち上がりはしたが。
「養父殿」
「何ですか」
「めっちゃ重い」
「でしょうね」
背負って持ち運んでいる『ラ・ピュセル改』も大太刀とはいえ、これはかの鍛冶神ウルカヌスモンがダルクモン専用に調節した剣。彼女がその重さを負担に感じている様子は無い。
だが、ズバイガーモンに関しては、傍目から見ても滅茶苦茶重そうである。
「う、腕がぷるぷるしてきたぞ。『ラ・ピュセル改』も引き続き震えているから、これではもはや食後のデザートがプリンとゼリーの欲張りセットだ」
「おっ、スイーツいいね! このへんのデジアップルも甘くて美味いんだけど、やっぱりフルーツとスイーツの甘さは違うからなぁ」
「養父殿、ひとつ弁明させてほしいのだが、本来であれば私はこのイガモンをうまく扱えていた……と思うんだ。なんだかそんな気はするのだけれど……」
「そこは疑いません。疑いませんからひとまず下ろしなさい、イガモンじゃなくてズバイガーモンを」
そんなんにイガモンのような忍者が務まってたまるかと、ピエモンは心では思ったが口には出さなかった。
ダルクモンはズバイガーモンを地面に下ろし、振動する『ラ・ピュセル改』も一旦外す。
ズバイガーモンは元の姿に戻り、くあ、と大あくびをかました。
「……あの、ズバイガーモン。このままだと、本当に膂力の有るデジモン……それこそガルフモン等くらいしか使えませんよ、あなたの事」
「じゃあガルフモンに使わせてやりなよ。俺は剣だから、持ち主とか一々気にしねーよ」
「本気で仰っているので?」
「養父殿養父殿、『ラ・ピュセル改』の鞘の飾り紐を引っ張ったら振動が止まったぞ」
「良かったですね。あと今大事な話をしているので少々お静かに」
「おお、そうか。ではお口チャックだ」
ズバイガーモンは器用に肘をついて、そのまま横向きに寝転がる。まるきりOYAJIの仕草である。
「俺も少し前まではさぁ、『Legend-Arms』らしく使命に燃えるズバモンだったよ」
面倒臭そうではあったが、説明しない限りは2体が納得しないと判断したのか。半ば微睡みながら、ズバイガーモンは口を開く。
「でも、ガルフモン信者のベツモンに成り代わられちゃってさぁ。俺を祀り上げてた村のデジモンたちも、まぁものの見事に騙されちゃって、本物の俺の事なんか知らんぷりときた」
「ですが、それはあくまでベツモンの能力。強力ではありますが、解除する手段や、そもそも精神干渉に強いデジモンも--」
「いうて最初は俺もそう思ったよ。でも……なんか、『Legend-Arms』だって認識されなくなった途端、なんというか……すっごい楽でさ。過度に期待されたりしないし、厳しい稽古も付けられない。太るといけないからって制限されてた食事も食べ放題だし、もう、これでいいかな~って」
言う割に、ズバイガーモンの吐き出す言葉は、どこか空虚にも感じられた。
自分を『Legend-Arms』としてしか求めていなかった周囲への失望と、『Legend-Arms』としての使命を疑似的に剥奪された事に対する安堵。この2つが入り混じった複雑な感情に対して、ピエモンはとても口出しなど出来なかったのだ。
彼にも、思うところが在った故に。
「実は進化したお蔭かベツモンの認識障害は解けてたんだけど、もうその頃にはベツモンが『Legend-Arms』だと思われて連れ出されてたし、じゃあ世界最後の日まで、ひょっとすると滅亡後の世界でも、悠々自適にくらしてやるかーって。で、今こんなカンジなワケよ」
成り代わった後でゆっくりズバモンを捕らえる、というベツモンの目論見は、しかし御存知の通り彼が『Legend-Arms』として扱われた事で逆に失敗に終わってしまった。
その後、別世界からの天使という事で戦場に出ていたデジモンからダルクモンがベツモンを譲り受け、今に至ったと言う流れになる。
巡り巡って剣は天使と出会ったワケではあるが……その因果が運命と呼べる段階は、当に過ぎていたなとピエモンは軽く頭を抱えるのだった。
と、不意につんつんと、ピエモンの肩をダルクモンがつつく。
「? 何ですかダルクモン」
振り返ると、地面に「話は聞かせてもらった。略してはかせだ」と書かれていて。
字の太さを見るに、『ラ・ピュセル改』の鞘、その鐺で書かれたのだろう。
なんかざりざり言ってるなとは思っていたが、いいのかそんな使い方して。……と、ピエモンはツッコミたかったが、黙っているように言った言いつけ自体は守っていたので、何も言わない事にした。
「……もう喋っていいですよダルクモン」
「話は聞かせてもらった。略してはかせだ」
「いやそこから言えとは言っていないのですが」
「ズバイガーモン、この世界のごはんがおいしいのは解った」
「ダルクモン、理解を示すところはそこじゃないでしょう」
「だが、これはベツモンにも言った事なんだが、剣の強さは、剣士が決める事だ。お前がそれでいいとしても、お前をお飾りの鈍と結論付けるのは、『ラ・ピュセル改』の素材として『Legend-Arms』を挙げたウルカヌスモンにも、……ここに連れてきてくれた養父殿にも、申し開きが出来ない」
「……」
「略してお開きだ」
「勝手に終わらせないでください」
とはいえ、剣に対してはやはりある程度真摯なのだな、と、ピエモンは僅かに表情を緩める。
……前回『イリアス』で剣よりも食べ物で頭がいっぱいになっていた有様は、思い出さなかったことにした。
「……だから、使う分には好きにすればいいじゃんって言ってるだろう?」
ただ、ダルクモンの台詞がズバイガーモンに響いた様子は無い。
仕方の無い話かもしれない。何せ、ダルクモンには伝説の武具を扱うだけの技量は(何故か)あっても、肥満体系のズバイガーモンを持ち上げるだけの膂力が無かったのだから。
「ああ、そうする。だからまずは、私がお前を振るうに相応しい剣士だと証明するところから始めようと思う」
「……はぁ?」
しかしダルクモンは、そんなズバイガーモンに対してまっすぐな視線と言葉を、投げかける。
「ようするに、俺がわざわざ「使ってほしい」って思う位、あんたがすごい剣士だって、そう言いたいワケ?」
「そうだ。手始めにガルフモンとやらを倒そうと思う。そこでお前を惚れ惚れさせられれば、きっと私が持てる剣になりたくなる筈だ」
「いやいやいや、何言ってるの? あんた、成熟期でしょ? そっちのピエモンなら兎も角、ダルクモンがガルフモンに勝てるわけないじゃん。なんなら俺を使ったって無理だよ」
ズバイガーモンの言う通りだ。……基本的には。
ピエモンはくすりと笑う。相変わらず、ダルクモンの言い分は滅茶苦茶だ。
ガルフモンはこれまでの敵とは違う。攻撃を見切っていたとはいえ、相手からの手加減を前提に対峙したマタドゥルモンとの模擬戦、一応は「チャンバラごっこ」だったミネルヴァモンとの打ち合い。所詮は残滓でしか無いタイタモンとの戦い、ひとつしか世代の違わないミスティモンとの一騎打ち。
だからもし、ダルクモンがここで、ガルフモンを倒す事が出来れば。
彼女は間違いなく本物の剣聖という事になる。
「お前の言う通りかもしれない。でも、ガルフモンの剣になるのは、私の剣技(『バテーム・デ・アムール』)を見てからでも遅くないだろう?」
「……」
言葉を失うズバイガーモン。
自分の使い手を志すデジモンは何体か見てきたが、こんなデジモンは、初めてだったのだ。
そんな2体の様子を口元に笑みを携えながら眺め--ふと自分の表情に気付いたピエモンは、こほんと咳払いを挟んでからダルクモンの方を見やった。
「水を差すようで申し訳ないのですが、ダルクモン。僕が思うにひとつ問題が」
「? 何だ、養父殿」
「ガルフモンとの戦いの場にまでは、ズバイガーモンをどうやって運ぶおつもりで?」
「……」
「あー、そうだそうだ。俺、あんまり長い距離動くの嫌だぞ」
ダルクモンが、ピエモンとズバイガーモンとの間で視線を行き来させる。彼なら持てないだろうかと、淡い期待を込めているようにも見えた。
ズバイガーモンが持ちやすいようにまた武器形態に変形する。その辺はやはり『Legend-Arms』として、彼は律儀なのであった。
「……」
ピエモンはズバイガーモンを持ち上げて
10秒ほどしてから、その場に置いた。
「養父殿の腕ももぷるぷるのところてんのようだったな」
「リヤカーか何か、借りに行きます?」
「それは名案だな養父殿。まるで屋台のラーメン屋さんのようだ」
「そういや麺はしばらくご無沙汰してるな。あんたら、麺屋に連れて行ってくれるなら、そこまでなら歩いてやっても」
ずどん、と。
地鳴りがしたのは、突然の事だった。
そして次の瞬間には、ズバイガーモンの輸送に悩む必要は無いと、ダルクモンとピエモンは悟る。
空には暗雲が立ち込め、地面が揺れるごとに、木々がめきめきと倒れる音も同時に鳴り響いた。
それらはあくまで、これから始まるこの世界への鎮魂歌の、前奏曲でしか無いのだが。
「ああ、これはいい。戯れに信者からの信号に応えてみれば、なかなかどうして、面白いものが」
1つの口から発せられた言葉は、しかしまるで不協和音だ。何層にも混じりあい、しかし重なってはいない。
悍ましい声。山のような巨体。翼のある四足獣の下半身に、大角を生やした魔人の上半身。
「ガルフモン……!」
信者からの信号、と、ガルフモンは言った。
ベツモンは追跡装置を2体に渡す直前に、先に主へと『Legend-Arms』の在り処を送っていたのだ。
最も、ガルフモンにとって信者の意見など些細なものでしかないが、だからこその気まぐれ。
どうせ世界を滅ぼすのだ。その順番など、どこからでも構いはしないのだろう。
そう気付いて、ピエモンは小さく舌打ちした。
「『Legend-Arms』。「天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす」だったかな。それで? そこにいるのは天使と、それからまあ、どちらかといえば悪魔だろうか。どちらが『Legend-Arms』の担い手かな? 我から世界を救うのか、我さえ打ち倒して世界を滅ぼすのか」
どちらにせよ自分の敵対者に違いないと、ガルフモンはただでさえ裂けた口の端を大きく吊り上げる。
愉快で愉快でたまらないのだろう。どうせ壊すなら、強く頑丈なものの方が、壊しがいがあるのだから。抵抗すらしない街や、自分に与する信者などよりも、ずっと。
壊す過程で生まれる怒りや絶望を尊ぶではない。壊す事こそが、この魔獣の悦びなのだ。
「まだ、誰のものではない」
だが、ダルクモンは気圧される事無く、いつもと変わらぬ調子で前に出る。
彼女の態度は、異形の魔獣を前にしても平常通りであった。「持ち手など気にしない」と宣っていたズバイガーモンでさえ、流石に実物を前にしては緊張を隠せない様子であるにもかかわらず、だ。
「だが、私のものにするつもりだ」
『ラ・ピュセル改』をすらりと鞘から抜き、その切っ先を翳してダルクモンは宣言する。
事実上の、宣戦布告。
ガルフモンは、そこだけはどこか慈愛さえ感じる程に、穏やかに目を細めるのだった。
「つまり世界を救うつもりなのかな。それは愉快だ、おもs」
「略してだがしだ」
「なんて?」
と、まあ。
結局、いつも通り締まらない形にはなったが、ダルクモン的にはバッチリキメたつもりなので、彼女は強く、地面を蹴る。
腰元で『ラ・ピュセル改』を構え、踏み込みからの一閃でガルフモンの胴を両断する心づもりだろう。
「『ブラックレクエイム』!」
対して、ガルフモンが取った手段は聞いた者を死に至らしめる得意技。
ピエモンはすぐさま、予備として持っていた分のアミュレットをズバイガーモンへと押し付ける。
刹那。荘厳な、しかしガルフモンの声同様耳障りでもある不協和音のコーラスが、空から降り注ぐように周辺へと響き渡る。
「……ほう?」
相手のデータを徐々に、しかし完全に破壊する技を前にしてもダルクモン達が影響を受けていないらしいとみて、ガルフモンは素直に感嘆を漏らした。
「声を聞かせる」という行為をトリガーに発現する必殺技を有するデジモンは少なく無い。
グランドラクモンもまた、必殺技でこそないものの、その声に誘惑の能力を持つ。
故に、対策となるアイテムもまた、デジタルワールドの市場では広く取引されており--何せグランドラクモンが用意したアミュレットだ。その防護は、ガルフモン相手にも十分に作用しているらしい。
「なるほど、我の技はしっかりと対策されているという訳か」
ガルフモンが呟く間にも、ダルクモンは彼に迫る。
地を蹴り、木の枝へと飛び上がり、またその枝を蹴る。
あと一呼吸で、『ラ・ピュセル改』の切っ先がガルフモンへと届く。
そこまで来て
「それはとても、面白い」
「!」
あくまで微笑を崩さないガルフモンを前に、不意にダルクモンは刀身の向きを変えた。
当然、刀の側面で相手を斬る事は出来ない。
だがそうしなければ、真っ二つになっていたのは『ラ・ピュセル改』の方であっただろう。
キィン! と甲高い音が割るのは『ブラックレクイエム』の音色ばかり。
その瞬間、『ラ・ピュセル改』とかち合っていたのは、ガルフモンの左手だった。
拳、と呼ぶには大きく開き、固く、鋭く尖った3つ指は文字通り手刀となり、『ラ・ピュセル改』と火花を散らす。
……だが腕である以上、もう片方。彼には振るう事ができる刃が残っている。
剣と手刀のつばぜり合いに、横から差し込まれるもう一太刀。
右の指先が狙うのは、『ラ・ピュセル改』の担い手、ダルクモンの胴だ。
「『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』!!」
ただ一方で、ダルクモンもまた、その追撃を冷静に対処する。
必殺技の宣言と共に『ラ・ピュセル改』の刀身から発生する衝撃波はダルクモンを大きく弾き飛ばし、ガルフモンの右腕を空振りさせる。
宙で1回転して体勢を整えダルクモンが木肌に着地したのと、ガルフモンの獣の脚が大きく大地を陥没させながら駆け出したのが、ほぼ同時。
巨体からは想像もできないような速度でガルフモンがダルクモンの眼前に迫ったのと、ダルクモンが『ラ・ピュセル改』の刀身で足場を2度突いたのは、その瞬きの後だった。
「『弐の太刀(バテーム・デ・アムール ドゥ)』!!」
黒い靄が、辛うじてデジモンの形を取ったような影が、木の根元から噴き出し、ガルフモンへと突撃する。
他ならぬ、『イリアス』で『ラ・ピュセル改』が取り込んだ、タイタモンの亡霊兵達だ。
「素晴らしい、さながら軍勢を率いる自由の女神だ」
亡霊兵の猛追をかわすがてら、ガルフモンは後ろ足だけで立ち上がる。
ただでさえ大きな身体が、天を突く塔のようにそびえ立った。
ガルフモンは獣の前脚で亡霊兵をあしらいながら、遅れて飛び出してきたダルクモンと、再び両の腕で打ち合い始める。
「そんなに良いものだろうか。自分で使ってみて思ったんだが、これやっぱり幽霊じゃないかなと思うんだが」
「違いますよダルクモン。彼らは戦場の女神たるあなたを慕う勇敢な兵士達です」
「まあ養父殿が言うならそうなのかもしれないが」
「そうだともそうだとも。何にしたって、君を慕う勇士達には違いない」
なんで敵にフォローされてるんだろうなと思いつつ、引き続き亡霊兵達について誤魔化しているピエモンは、ズバイガーモンの何とも言えない視線からそれとなく目を逸らした。
実際、女神が率いる軍勢としておいた方が、ダルクモンの能力としては説明がつくのだから。
ただ、『弐の太刀(バテーム・デ・アムール ドゥ)』はあくまで体格差のある相手や複数体との戦闘に際して利用する、いわば目くらまし。
そして巨体に加え、4本の腕を縦横無尽に振るうガルフモンにとっては、こんなこけおどし、ハンデとすらも感じられないだろう。
だが――
「うそだろ……」
思わず、ズバイガーモンも口からそんな言葉が漏れる。
世代。肉体。文字通りの手数。
何もかもが及ばない筈のダルクモンは、2本の腕が支えるひと振りの剣だけで、ガルフモンから一歩も引かずに、渡り合う。
……どころか、彼女の剣は、ほんの僅かずつではあるものの、ガルフモンへと迫っていた。
手刀を掻い潜り、時に『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』を利用しての方向転換を重ね。
びっ、とターバンの端にガルフモンの爪を掠めながら、ついに彼女は、ガルフモンの前脚は届かず、この瞬間は彼の腕が振るわれるにもラグが生じる、魔人と獣の身体の境へと肉薄する。
仕切り直しの刃。狙うは戦闘開始当初の横一閃。
『ラ・ピュセル改』が、今まさに、ガルフモンの肉体を分断しようと――
「『デッドスクリーム』!」
グランドラクモンの用意したアミュレットがある限り、ガルフモンの必殺技が、ダルクモンを死に至らしめる事は無い。
だが、音とは即ち、一種の衝撃波だ。
獣の下半身、その前方中央にからせり出した唇が、死者の悲鳴を、矢のように撃ち出す。
『デッドスクリーム』は、音波としてダルクモンを穿った。
もちろん、穿つとは言っても比喩表現に過ぎない。彼女の身体に穴が空いた訳では無い。
「っ!」
「卑怯とは言うまいな」
ただ、体勢が崩れただけだ。
……ガルフモンの手刀が降るまでの隙を、生み出してしまっただけだ。
ダルクモンはそれでも、どうにか無理矢理に身体を捻る。
体重で引っ張るようにして振られた『ラ・ピュセル改』は、辛うじてガルフモンの指先を捉え--しかし、『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』による防御は間に合わなかった。
翼の無い天使は大きく吹き飛ばされ、数十メートル離れた先の地面に叩き付けられる。
「ダルクモン!」
『ラ・ピュセル改』が届きそうになった時点で彼女の勝利を確信していたピエモンが、思わず声を張り上げる。
一瞬過った自分の行動に対する違和感は、すぐに些細な動揺によるものだと片付けて、彼はダルクモンが吹き飛んで行った方向へと駆け出そうとする。
が、
「心配は無用だ、養父殿」
ダルクモンもまた、ピエモンに向かって声を張り上げた。
「こんなものは、四捨五入すればかすり傷だ」
「むしろ不安しか無くなったのですが!?」
だが大声を出せる、という事は、少なくとも致命傷には至っていないのだろうと、そこだけは小さく息を吐くピエモン。
……その時、不意に。ガルフモンの笑い声がこだました。
腹の底からの不協和音は、道化の耳にも、不愉快に響く。
「良い、良い。面白い。なんと壊しがいのある。今まで色々な物を壊してきたが、こんなに愉快な対象は初めてだ」
彼はダルクモンへの行く手を阻むように隊列を組んだ亡者兵達を踏み潰しながら前へと歩み出る。
「我としたことが、こんな時間が、ずっと続けばいいのにと思ってしまう。7日で世界を滅ぼす我が、ふふ、永遠などと」
ガルフモンの言葉に嘘は無い。
その証拠のように、彼の歩みはゆっくりだった。
この戦いの終わりを、名残惜しむかのように。
……と、
「お前も、良い奴だな」
「?」
「略しておやつだ」
「なんて?」
おやつ、の意味が解らず一瞬困惑するガルフモンだったが――そも、その直前も。
良い奴、などと。よりにもよって、世界を滅ぼさんとする悪魔に。
流石にワケが判らなくて、ガルフモンは一度、足を止めた。
その間に、ダルクモンは今一度、立ち上がる。
かすり傷、と呼ぶには、その姿はあまりにも痛々しい。衝撃でテクスチャの一部が剥がれ、ワイヤーフレームが歪んでしまっているのだ。
だが――彼女は、どうにかこうにか。
剣を振るうために必要な身体のパーツは、守り切った。
「だってお前、私を成熟期だと侮らなかった。最初から全力で戦ってくれただろう」
「……」
それは、ガルフモンにとって当たり前の事だった。
彼は、目に映るものを、果ては世界を破壊するために存在する悪魔。
最後には全てを壊す以上、彼の破壊は、平等だ。
世代も種族も関係無い。ガルフモンは、全力を以って対象を壊す。
しかしそれは、ダルクモンにとっては当たり前の対応ではない。
世代差は絶対ではないが、1つの目安ではある。相手を侮る理由としては、ありふれた話だ。
「それに、お前のその『ガルフ徒手空拳』」
「勝手に名付けるんじゃありません」
「本当に見事だ。それこそ、養父殿の『シバイヌ』の次くらいにな」
「『武舞独繰(ブルドック)』です。せめて洋犬で統一できませんか」
ピエモンのツッコミが合間合間に挟まる中、ガルフモンはふと、視線を手元へと落とす。
鋭く尖った、3つ指の手。
得意技や必殺技の効かない相手をも、屠るために鍛え上げた手段。
侮る者との対峙、という意味では。
彼もまた、何度も経験してきた事だ。技が通用しないと高を括って、油断する相手など山ほど見てきた。
だから、ある意味で。
彼にとってのダルクモンもまた、ひょっとすると初めての、本気を出しても生きていた相手だったのかもしれない。
「……そうか」
所感を口にする上で、彼女自身、何かに気付いたかのように、僅かに声を弾ませる。
「お前も、『■■』なんだな」
その言葉を、正確に聞き取れた者は、この場にはダルクモンを含めて誰も居なかった。
だがその2文字を耳にした瞬間、ガルフモンは全身をぶるりと震え上がらせる。
未知の言葉に対する恐怖では無い。
勝手に同類にされた怒りでも無い。
歓喜。
破壊は、ガルフモンのレゾンデートル。そもそもの個体数が少ないとはいえ、ガルフモンという種であれば、誰しもが持つものだ。
だが、その『■■』という称号は、『自分』だけに与えられた物。
至る結果は同じでも、彼だけが得た、破壊の手段が生んだ物だ。
破壊装置にも等しい悪魔は、今この瞬間。『個』を得たのだ。
一方、その頃。
同じ言葉を耳にして、だが異なる理由で、ズバイガーモンもまた、身体を震わせていた。
彼の場合は、ガルフモンとはまるきり逆。憤りと、そして自らの存在理由を由来とする震えだ。
即ち、自分を握るに相応しい勇者を前にして、自分がとても振るえる剣では無いという、その現実に対しての怒りである。
ダルクモンと、ガルフモン。
担い手はそのどちらでも良い、という彼の意思は変わらない。どちらも同じように、ダルクモンの弁を借りるのであれば『■■』なのだから。
しかし今のズバイガーモンはダルクモンには重過ぎて、ガルフモンが扱うには小さ過ぎる。
……ただ、同時に。
ベツモンにアイデンティティを奪われた事によって逆に芽生えた彼の『個』は、2体の『■■』を「ついていけたものではない」と、呆れたように、笑い飛ばす。
結局伝説足り得ない己の存在に、安堵を覚えるズバイガーモンも、間違いなく自分自身なのだ。
「……よし」
なんだか可笑しくなって、ズバイガーモンは、心を決める。
ダルクモンとガルフモンの行く末を見守っていたピエモンは、ズバイガーモンが意気込んだ声に、彼の方へと振り返る。
丁度良かったと、ズバイガーモンは、角--刀身の先に引っ掛けられたアミュレットを、首を振って、ピエモンへと投げ渡した。
「! ズバイガーモン、これは」
『ブラックレクイエム』は、未だ鳴り響いている。
『■■』同士の決闘を、盛り立てるかのように。
だがそれは、聞いた者を死に至らしめる悪魔の歌声。対策抜きで耳にすれば、まず助からない「必殺」の技だ。
「わかってる。でも止めないでくれ。良い事思い付いたんだ」
案の定、ズバイガーモンの身体が分解され始める。
0と1の配列になって、彼は宙へと、溶けていく。
その、状態で。
「トゥエニストォォォ!!」
ズバイガーモンは、丸太のように膨らんだ足で、真っ直ぐに。
ダルクモンとガルフモンを結んだ直線、その中央目掛けて、駆けて行く。
真っ直ぐに、突き進む。
「天使が持てば世界を救って、悪魔が持てば世界を滅ぼすなら! 両方が持ったら、どうなるんだろうな!!」
目的地に踏み込んだのと同時に、ズバイガーモンの身体は完全に消滅し--
「あんたらで、決めてくれ。『Legend-Arms』の伝説を!」
――その粒子は2手に別れて、一直線に。
ズバイガーモンの行きたい所に、辿り着く。
片や、『ラ・ピュセル改』の刀身に
片や、鋭い3つ指の右手に
それぞれ吸い込まれ--両者は、黄金の輝きを纏った。
それ自体が、伝説の武具であるかのように。
「……」
「……」
ダルクモンとガルフモンは、どちらともなく、構えを取った。
ガルフモンのそれは、いわゆるファイティングポーズ。オーソドックススタイルと呼ばれる、次の瞬間には攻撃に移行するための構えだ。
対するダルクモンが取るのは、剣道で言うところの中段の構え。『人の構え』と呼ばれる事もある、こちらも基礎にして最も応用の効く姿勢である。
「我が名は、ガルフモン。世界を滅ぼす終末の魔獣。……そして、そうだな。拳士とでもしておこうか。……汝の名は?」
「私はダルクモン。剣士の聖処女、ダルクモン――略して、剣聖ダルクモンだ」
今度は名前は略さなかったダルクモンに、ガルフモンは、そうか、とだけ相槌を打って。
名乗りを終えた両者は、動いた。
いざ、尋常に。
「はあああああああっ!!」
数十メートルの間合いなど、あっという間に詰まってしまった。
獣の早駆けがダルクモンの元に辿り着く頃合いとぴったりと合わせて、ガルフモンは、右腕を振り下ろす。
ダルクモンは、その場から動いてはいなかった。
どころか、『ラ・ピュセル改』の切っ先は、この時、ガルフモンには向けられていなかった。
それは既に、地面を2度、突いている。
「!」
「卑怯とは言わないな」
ダルクモンは、3度目のタイミングを完璧にガルフモンに合わせた。
「『参の太刀・天守閣(バテーム・デ・アムール トロワ:シャトートゥール)』!!」
刹那、『ラ・ピュセル改』から発生した、『壱の太刀(バテーム・デ・アムール アン)』を遥かに上回る威力の衝撃波が、大地の形状すら変容させる。
その名の通り、打ち出され、盛り上がった地面はまるで城のようで--ガルフモンの下半身を僅かに浮かび上がらせる事さえ、可能にした。
「っ、言うまいさ!」
ガルフモンの貫手がダルクモンに届くまでに、若干の猶予が生まれた。
しかし彼も負けじと全体重を上半身に集中させ、その身で隕石でも再現するかのように、今一度ダルクモンに照準を合わせ、手刀を放つ。
「『死の太刀(バテーム・デ・アムール キャトル)』」
相対するダルクモンが次に選んだのは、『ラ・ピュセル改』の強化。
必殺技の宣言と同時に、そのほとんどがガルフモンに蹂躙され、ただ宙を漂う靄と化していた亡者兵の残骸たちが、『ラ・ピュセル改』の刀身に集結する。
『ラ・ピュセル改』が、変形する。
翼の形だった。ダルクモンが持たない、天使の黄金の翼の形へと。
歪な切っ先。
異形の指先。
2つの黄金が激突する。
矛と矛である以上、いずれその優劣は決まる。
強い者が勝つのだ。
この上なくシンプルな、この世の理である。
ダルクモンの足が、地面にのめり込んだ。
傍から見れば、それは体格差によるもの。ガルフモンの巨体に押されての当然の摂理だと映るだろう。それは間違いでは無い。
だが、それが全てでは無い。
ダルクモンは、踏み込んだのだ。
己も、『必殺』の技を放つために。
「我は戦場の女神。なれど是は手弱女の剣に非ず。是は、鬼の剣なれば」
『ラ・ピュセル改』が、眩く輝く。
それはズバイガーモン由来の黄金の光であり、怨念という名の闇でもある。
「お前の度肝も、ずきゅんと1発、抜いてやる」
「だから決め台詞!!」
「『鬼神突』!!」
直前までのシリアスな空気と、ピエモンのツッコミを置き去りにして。
ダルクモンは、『ラ・ピュセル改』を突き出す。
前へ。
前へ。
ただひたすらに、前へ。
それは、ズバイガーモンの在り方そのものであり――ダルクモンの剣だった。
「!?」
ついに、ダルクモンがその場から跳び出す。
ガルフモンの指を裂き、腕を貫き、その前進は、彼の胸を、デジコアを前にしても止まらずに--打ち砕く。
「……嗚呼」
『ブラックレクイエム』の歌声が止んだ。
「悔しいなぁ」
もはや、その魂を鎮める必要など無いからだろう。
台詞とは裏腹に、悪魔の不協和音は、揃って満ち足りた声音を奏でていた。
「でも、楽しかった」
それは、彼自身が壊れた音だったのだろう。
破壊よりも満たされるものを見つけた、魔獣の終焉。
獣の身体が横転し――地面に着くよりも前に、塵になって消え去る。
塵はいずれダークエリアへと辿り着き、世界を滅ぼす魔獣は、二度と生まれ変わりはしないまま、消滅する筈だ。
「さらば、拳士ガルフモン」
残されたダルクモンは、『ラ・ピュセル改』を納刀する。
異形の刃は再び元の刀身に戻り、こともなく鞘へと仕舞われて行った。
「なんでだろうな。私も楽しかったのに、勝利の味は、ちょっぴり苦いぞ」
*
「養父殿、養父殿」
「何ですか」
「あーんするから、食べさせてほしい」
「……」
ダークエリア某所。
帰還したダルクモン達は、彼女たっての希望で屋台のラーメン屋を訪れていた。
……とはいえダルクモンの負傷度合いはやはり「擦り傷」とはいかず、加えて最後に放った必殺技『鬼神突』の反動が出たのか、腕のワイヤーフレームのところどころに綻びが出たらしい。
治療に当たったデジモン医のスカルサタモン(医院の壁には『健康は骨から』という標語が張られていた)からは数日間武器の使用禁止を言い渡され、ダルクモンは今現在、女性型マミーモンとでも呼びたくなるような風貌になってしまっている。
それにしたって箸を使って食事ぐらいはしても良い筈なのだが、注文したラーメンが来るなり、ダルクモンはそう言ってピエモンに食事の介助をねだるのだった。
仕方なしに、麺を箸ですくって、レンゲを受け皿代わりにしつつ、ピエモンはそれをダルクモンの口元へと運ぶ。
しかし、ダルクモンはすぐには口にしない。
「?」
「養父殿、養父殿」
「今度は何ですか」
「ふーふーしてほしい」
「いや、自分でしなさいよ」
「何故だ。プロットモンの時はしてくれたじゃないか」
「成熟期にまでなって何を言っているのですか、全く……」
言いつつ、ダルクモンの要求通り、ピエモンは麺を息で冷まし始める。
「俺は何を見せられてるんだ……」
四足歩行のデジモン用にあつらえた鉢で一足先にラーメンを啜っていたそのデジモンも、思わず食べる口を止めてただ、呟く。
それな、と店主のディノビーモンも心の中で彼に同意するのだった。
最も、そのデジモンにとってダルクモンは、自分の力を譲った相手でもあるので、困惑もひとしおだった訳なのだが。
「僕だって何をやらされているんだって気分ですよ。代わってもらえるなら、あなたに代わってもらいたいくらいです、ヴァーミリモン」
「養父殿、そろそろメンマを頼む」
「ああもうはいはい」
「……」
いや、やる方もやる方なんだよと、デジモン――ヴァーミリモンは、言いたかったが口には出さないでおいた。
店主のディノビーモンは、なんとなく察してうんうんと頷くなどしていたが。
「そも、どうやって生き延びて、ましてや進化までしているのですか」
で、このヴァーミリモン、ガルフモンとの戦いで『Legend-Arms』の力をダルクモンとガルフモンに渡して消滅した筈のズバイガーモンである。
『ラ・ピュセル改』納刀後振り返ったダルクモンと、彼女に駆け寄ったピエモンの前に、この赤色の鎧竜はぐでーと伸びるように倒れていたのだ。
「……そう言われてもなぁ。俺も、なんとなく死なないんじゃないかな~っていう予感だけはあったんだけど、それはどっちかの『剣』として生き残る形で、だと思ってたし」
「その件、特別に教授してやろう」
と、突如ピエモンの隣の席に、一体のデジモンが腰かけた。
毒々しい紫の傘を持つ成長期デジモン――マッシュモンだ。
「誰ですか」
「ガルフモンの『ブラックレクイエム』は、相手を消滅させる技だと思われがちだが、同時に「相手のデータを修復できなくする」技でもある。……つまり、修復では無く変化によって乗り越える--進化・退化による消滅の回避自体は、不可能では無いのだ」
「いや、誰なんですか本当に」
「え、じゃあさじゃあさ、進化したから助かったって言っても、なんで進化出来たワケ? 俺は『Legend-Arms』の力を失ったんだから、むしろ退化しても良かった筈じゃん」
「君、食事という形で過剰にデータを蓄えていただろう。そういう意味では、一般的な完全体に進化できる条件自体は整っていたのだ。だが、伝説の『Legend-Arms』系譜を保ったまま進化できる程の研鑽は重ねていない。君の進化には、むしろ純粋な『Legend-Arms』としての因子が枷になっていたのだと思う。……『Legend-Arms』の役目を他者に渡して解放された以上、新たな進化もまた同時に、君の中に芽吹いたのだ」
「だから何者なのですかあなたは」
「養父殿、チャーシュー。半分に割って頼む」
「……」
結局ピエモンの問いに応えないまま、一応ヴァーミリモンの事は感心させて、「大将、頼んでいたテイクアウトのラーメンを」と、マッシュモンはディノビーモンから容器に入ったラーメンを受け取って、去って行った。
今度はレンゲですくって来たスープを冷ますついでに、溜め息を1つ。
『Legend-Arms』の力を吸収した『ラ・ピュセル改』は、ダルクモンを究極体に匹敵さ