第四節『一日目:片鱗、未だ眠りて』
ベアモン達がラモールモンと遭遇したりして四苦八苦している頃。
聖騎士ドゥフトモンと共に食料の再確保がてら樹海の下層を進み、合流地点として指定された場所へ向かっていくギルモンとユウキとエレキモンのトール。
彼等は彼等で、道中に野生のデジモンに襲われたりしていた。
当たり前と言えば当たり前の話で、樹海には温厚なデジモンもいれば『ウィルス』の影響など関係無しに元々凶暴な性質を有するデジモンだっているのだ。
そうしたデジモン達からすれば、ユウキ達もドゥフトモンも、あくまでも自らの縄張りを侵す侵入者でしか無い。
来てほしくない、そこにいるのが気にいらない、持ってる食べ物が欲しい――理由はそれぞれ似たようなもので。
生かすにしろ殺すにしろ、排除のために行動されるのは不可避だった。
とはいえ、こちらにはデジモンの進化の段階の最終到達点ともされる究極体、その最高クラスとも称される聖騎士たちの一人が同伴してくれている。
ので、とりあえず万事オッケーだろうとタカを括っていたのだが……。
「シザーアームズ!!」「うお危ねえ!?」「ぺトラファイヤー!!」
「シャドウシックル!!」「おおぅ!?」「プラズマブレイドォ!!」
「パンチ!!」「ギィィィ!!」「蹴り!!」「GUOOO!!」「尻尾っ!!」
「ブレイブシールド!!」「え――ぐへぇ!?」「ビークスライドォ!!」
ユウキがグラウモンに、トールがコカトリモンに進化をして。
殴って蹴って、斬られそうになったり挟まれそうになったり、体当たりしたりされたり、てんやわんやあって。
野生のデジモン達――主にウッドモンのような植物型、フライモンのような昆虫型のデジモン達の群れをどうにか追い払って。
深い息を吐き、光と共にそれぞれ成長期の姿に戻った二人は、ほぼ同時に後方へ声を飛ばす。
「「――って、アンタは手伝ってくんねぇのかよッッッ!!」」
二人の視線の先で、四足獣の姿の聖騎士は座りの姿勢を取って二人のことを見ているだけだった。
野生デジモンとの戦闘中、彼は一切の手出しをすることなく、いつの間にやら自分の手で採取していたらしい果実を前足で器用に掴んで食べていたのだ。
さながら見世物か何かのように扱われたことに憤った二人に対し、当の聖騎士は心外だという風な調子でこう返してくる。
「いや、そりゃキミたち。ロイヤルナイツが自然の出来事にまで過度に干渉するのはよくないし、戦いの経験をあんまり横取りするのもアレだと思うよ。望まない事だろうとちゃんとこなして、せめて成熟期の姿に一時的にじゃなくて恒常的になっていられるようにならないと、その方がよっぽど危険でしょ。大丈夫、本気で危険な事になったらちゃんと助けてあげるからもぐもぐ」
「高名な聖騎士様が下々の働きをサカナに肉リンゴつまんでるのはどうかと思うんですけどぉ!?」
「くそっ、本当に腹が太くなってデブになっちまえばいいのに。何でこんな怠けてるヤツが究極体にまで進化出来てんだよ!! 俺もちょっとぐらい楽して進化したいわー!!」
「つーかトール!! 何しれっと俺のこと身代わりにしてんだよこの悪党!! なぁにがブレイブシールドだお前うまい事言ったつもりか!! センスゼロ!!」
「うるせぇ悪党じゃねぇわ適材適所ってやつですぅー!! 大体ユウキこそなんで進化するとあんなに体がデケえんだよコカトリモンの俺の2倍はあるじゃねぇか!! そりゃ意図せずとも盾になるわ、ばーか!!」
「……えぇと、とりあえず本人というか持ち主の前ではそういう事言わないようにね? 特に黒い方はその手のイジりにも容赦無いぐらいには恐ろしいって風評だから……」
わーわーぎゃーぎゃーと憤りの言葉を漏らす二人の姿を見ながら、ドゥフトモンはドゥフトモンで内心で感想を漏らす。
(――うーん、戦闘能力自体はパッと見フツーの子達だなぁ。怪しいと感じたユウキについても特に変わったところは見当たらない。ニンゲン? というものを僕がよく知らないのもあるけど、ただのギルモンにしか見えないな……)
ユウキとトールに対して告げた理由も決して嘘では無いが、野生デジモンとの戦闘を傍観していた最たる理由は一つ。
もしかしたらデジモンではなく、ニンゲンと呼ぶべき存在である可能性を秘めた、不審者のギルモン。
同世代のデジモンとの戦いになれば、少しは普通のデジモンと異なる部分が見えるかもしれない――そう考えて見に徹してみたが、戦闘中の動きも発揮されている能力も、イレギュラーの域に達するほどのものではなかった。
強いて言うならば、進化後のグラウモンという種族については思いのほか理性的というか、過去に見覚えのあるそれ等と比較すると凶暴さは薄いように感じたが、ドゥフトモンはその点については異常とは捉えない。
個々が種族の風評通りに振舞わないといけないルールなど無いし、目に見えて知覚出来る善であることは間違い無く好ましいことであるために。
故にこそ、痛むものもあったが。
(……はぁ、自分で言っておきながらひどい口実だ。強くなる機会がどうとか、ロイヤルナイツの立場がどうとか、僕が言える事かよ……)
「……で? ロイヤルナイツから見て、俺達の戦いはどうだったんだ? 課題山盛りか?」
「……そうだね。技の精度とかはおいておくとして、複数の敵と向き合う場合、最低限角度は意識したほうがいいよ。さっきトールがユウキを盾代わりにしてたアレを、敵のデジモンの体でやるイメージ。味方の体でやるのは余程頑丈な相手でもない限り論外だけど、敵の体を盾にするのはそれなりに効率的だからね。そこさえ改善出来るなら、もっと上手に戦えると思うよ」
「あの、聖騎士とは思えないぐらい悪っぽいというか汚い戦法だと思うんですけど、あの」
「え、多勢で攻めてくる相手のほうが構図としてはよっぽど悪っぽく見えない? そもそも戦いで綺麗さを優先するのって、個としての強さが前提にある話でしょ。善性それ自体は褒められても、それで強弱が変わるわけじゃない。綺麗さを優先してカッコよく勝ちたいなら、それこそ鍛錬を重ねるとかして個として強くなることだね」
「うぅん、思ったよりドライな指摘でござった。もうちょっとこう手心をといいますかですじゃな」
「ユウキ、お前はお前で口調どうしたよ」
現実的に考えればドゥフトモンの言う通りなのだろうが、現代まで生き残ったニンジャが知らぬ間に手裏剣やくないではなくフツーに拳銃とか使い出したのを見て幻想をぶち殺されてしまったかのような錯覚に陥っておかしくなるユウキ。
夢見がちなヤツに変に時間を取られたくない、といった様子でトールが言葉を紡ぐ。
「で? メモリアルステラのある場所がひとまずの合流地点だって伝えたわけだけど、本当にこの道で合ってんの?」
「立場の都合、ここには何度か来てるから覚えてるよ。この先の崖を上がれば、後は直進するだけで到着出来たはず。そしてそこまで行ければ、夜になる頃にはあと少しで此処を抜けられるぐらい進めてると思う」
その言葉に、真っ先に驚きの声を上げたのはユウキだった。
元は人間、そして少なくともアウトドアな野郎ではない彼にとって、今でこそ多少慣れはしたが、数時間単位で継続して森を歩き続けることはとにかく疲れるものだ。
元より『ギルド』のリーダーであるレオモンことリュオンから五日は掛かると聞いていたが、それはそれとしてコンクリートジャングル在住の一般ピーポーメンタルのギルモンには堪えに堪える。
樹海って長く見積もっても二時間で抜けられるもんじゃないの? というかこれ最早ジャングルじゃない!? とでも言いたげな調子で彼は言う。
「夜になる頃って……えっ!? まだ全然日が照ってますけども!? 『ギルド』から出た時は準備込みでもまだ朝だったんですが!!」
「……いやいや、樹海なんてどこもそんなもんでしょ。走ってたわけでも、まして大木の上から飛んでいたわけでもあるまいし。町からここまでずっと、体力温存も兼ねて歩いて行ってる以上はどうしても時間が掛かるよ。ただでさえ、君達の歩幅って成長期相応なんだから」
「……っつーか、夜になったらヤバいな。此処って安全に眠れる場所とかあんのか? 寝首を掻かれるのは勘弁だぞ」
「まぁ、何処かで寝るにしても見張りはつけないといけないだろうね。夜行性のデジモンは此処にもそれなりにいるわけだから、場合によっては寝てる所をガブっと……」
「うおー!! 文字通りお先真っ暗じゃないですかやだー!! 明らか経験則っぽくて全然冗談に聞こえないから一睡も出来ねえ!!」
「ユウキ、君って情緒不安定とか言われたこと無い?」
「安心してくれ聖騎士サマ。こいつはいつもこんな感じだ」
「パニくりまくってる自覚ぐらいはあるが少なくともいつもじゃねえわ!!」
実際問題、ただでさえ視界の開ける場所の少ないこの樹海で夜を越すのはかなり危険だろう。
合流を果たしたら足早に動くことを意識するべきか、と考えていたユウキは、そこでふと何かを思い出したような素振りと共に口を開いた。
「そういえば、樹海を抜けられるのはいいけど、先に何があるのか俺達は何も知らないよな」
「確かに。初めて向かう方向だしな……聖騎士サマってばなんか知らねえの?」
「セントラルノースCITYへ向かう道のりでの話だよね? それなら、湖の上に築かれた町である『天観の橋』が次の経由先になると思う。そこで可能な限り道具や食べ物の補給をして、次は峡谷地帯『ガイアの鬣』を抜けることになる」
「……町で、橋……? てか次は峡谷!? え、もしかしなくても崖とかあったり……」
「そりゃまぁ……あるだろうね。局所的に強い風が吹く地でもあるし、幼年期のデジモンぐらい体重が軽いとあっという間に真っ逆さまじゃない? まぁ進化できるぐらい鍛えてるなら成長期でも最低限大丈夫とは思うし、なんなら成熟期に進化して進めばいいけど……」
「うわおー! ついさっき落ちたばっかなのにまーた落下のリスクあんのかよ!! 次また高高度から落ちる場面があったらどんな状況だろうとお漏らししちまうからな俺!!!!!」
「ぶっ殺してやるからなとでも言いそうな鬼気迫るテンションの割にめちゃくちゃ情けないこと言ってるんだけどエレキモンこの子ホントに大丈夫?」
「大丈夫、こいつはやるときにはやるし漏らす時には例えアンタの背の上であろうと漏らすだけのクソ野郎だ。安心していいぞ」
「……マジでそれやったらその場で振り落とすぞ君達……って、おや?」
若干の呆れを滲ませた言葉の直後、ドゥフトモンは何やら疑問符の声を漏らしていた。
ぎゃーぎゃー喚いていたユウキとトールもその様子に疑問を覚え、視線を追ってみれば、視線の先の倒木の影に鋼鉄で作られたと思わしき刀剣が野放しとなっていた。
およそ樹海という環境には似つかわしくない人工物。
それを見て、ドゥフトモンはこんなことを口にした。
「……珍しいな。アーティファクトじゃないか」
「アーティファクト?」
「あぁ、君達は初見になるのかな。僕が言ってるのはアレのことだよ、あの、倒木の影に落っこちてる剣のこと」
アーティファクト、と呼ぶらしいそれのことを、ドゥフトモンは興味深そうに見ながら説明する。
「僕を含めて、デジモンは進化する度に姿も心も変わって、基本的にはそこから元に戻ることはない……んだけど、そうした変化の際に進化後の自分にとって不要となるデータを無意識のうちに廃棄してるんだ。廃棄されたそれらは微小も微小なデータの粒に過ぎなくて、自然に溶け込むようにして消えるのが殆どなんだけど、稀に集ってカタチを得ることがある。武器や防具、それ以外にもデジモンの面影を宿した見た目であることが多いけど、そうしたものの総称を世間ではアーティファクトと呼んでるんだ」
「……ってことは、この剣も何らかのデジモンが進化の過程で棄て去ったデータの集合体ってことですか?」
「だと思うよ。デジモンの武器は持ち主が死ぬと後を追うように消滅するから、消滅せず野放しになってるってことは、少なくともこれはアーティファクトの類であるはず。構成の元になったデジモンが何なのかまでは判別出来ないけどね。鋼鉄の剣を使うデジモンなんて、それこそ数多くいるし」
進化の過程で棄て去られたもの、他ならぬ自分自身がもういらないと定めたもの、その集積体。
デジモン絡みの単語について『アニメ』の範囲でならば知っていたユウキにとっても、未知の領域にあるもの。
話を聞いて、ドゥフトモンと同様に興味深そうな視線を向けるユウキを横目に、武器というものに縁の無い体躯なエレキモンのトールはこんな事を聞いた。
「ふーん……ちなみにだが、見かけ通り武器として使えるのか? いやまぁ俺は無理だろうけどよ」
「使えるよ。都市や町で取引されてるような武具と同様に、技術的な適正さえあればね。僕は自分の剣があるからいらないし、使えなかったとしても価値を解ってる店にでも売れば足しにもなるわけだから、試しに使ってみれば? ユウキ」
「はぁ。剣とかロクに使ったことないんですけども……」
愚痴りながらも、ユウキは野放しの鉄の剣がある場所まで近寄り、言われるがままに右の三本の爪で掴み取ってみせる。
実のところ、ギルモンの前爪と人間の五指とでは物を掴む感覚も大きく異なってしまっているが、仲間と暮らす中で料理を作るようになって、その過程で得た慣れが地味に活きた。
料理で使う包丁や、図工のノコギリなどとは明らかに異なる規模の刃物。
ギルモンとしての自分の頭から足まではあるように見える長さと、腕の二倍はあろう太さの、どこか歪さを残した刀身。
デジモンの種族、そして個々が扱う武器についてはそれなりに知識を持つユウキだったが、この武器の基となった種族は自分の知識と照らし合わしても見当がつかなかった。
(……ディノヒューモンの剣か? いや、ムシャモンの……いや、うーん……?)
「ユウキ、考え込んでねぇでとりあえず振ってみてくれよ」
「――あ、あぁ。適当でいいよな?」
「すっぽ抜けて聖騎士サマの頭にブッ刺さらないようにしなけりゃ何でもいいよ」
「何なのエレキモンってば一日に十回は誰かイジらないと死ぬ病気なの???」
ともあれ一度握ったからには、一歩間違えると危険であると頭の片隅で察した上で、カッコ良い素振りをしたくなるのが男のサガである。
適当と前置きしつつも、ユウキは頭の中で今まで見聞きした『アニメ』や遊んだ『ゲーム』のキャラクターが剣を振るう様を想起させ、出来る限りそれっぽく形を寄せていく。
右の三本爪で掴んでいだ剣を腰の低さまで下ろし、右だけではなく左の三本爪も剣の塚を重ねて握り締めさせ、体の右側にて構えを取る。
思いの他しっくりとくる感覚を覚えながら、両の腕を振り上げ、身の丈ほどはある大きな剣を振り上げる。
その、むしろぎこちなさの薄い挙動にドゥフトモンが目を丸くしたことに気付くことなく、ユウキは掛け声と共に振り上げた剣で何も無い空間を斬り付けた。
「――てりゃぁっ!!」
本当に、ただ縦に振るっただけ。
覚えのある作品のキャラクターのそれをなぞる形で、ちょっとカッコつけてみたかっただけ、だったのだが。
(――えっ)
直後の事だった。
剣を振るった瞬間、突如として刀身が炎を帯び、剣の軌道そのものの形を成してユウキの眼前で飛び出したのだ。
ゴウッ!! と、真下にあった草花を焼き焦がしながらそれは一本の倒木に直撃し、若干深めの真っ黒な炭の傷跡を残すに留まった。
そんなつもりは無かった、といった様子で目を見開いたユウキは、ギギギとロボット染みた挙動で視線をドゥフトモンとトールの方へ向ける。
見れば、彼等も彼等で目の前で起きた出来事に目を見開いているようで。
数秒の沈黙のち、なんと言えば良いのかわからなくなった赤トカゲは以下のように述べた。
「――それでも俺はやってない。真実はそんなモンだと思うんですよ」
「いやいや通るわけないでしょ余裕で現行犯だよこれ」
「自分で適当っつっただろーが!! 何だよ今の明らかにぶっ殺す気満々の炎の斬撃!!」
トールの言う事はもっともであったが、何だよと聞きたいのはユウキの方でもあった。
ただ剣を振るっただけで、必殺技のファイアーボールと同等か――それ以上かもしれない熱量の炎が出た。
現実の物理法則では到底ありえない出来事だし、非現実がまかり通るデジタルワールドでの出来事であるという前提で考えても、疑問は浮かぶ。
これはアーティファクトと呼ばれる代物の秘める力なのか、それとも別の要因による出来事なのか――と。
「……あぁ!! そういえば流れ流れで言ってなかったね。アーティファクトの中には、元になったデジモンの技のデータが含まれているものもあるんだ。大方、その剣にはモノクロモン辺りのデータでも色濃く含んでたんじゃないかな」
「……モノクロモンと剣って、関係無くね?」
「そういう可能性が無いとは言い切れないでしょ? 形状がどうあれ、技のデータも内臓したアーティファクトがあるのは事実だよ。適性によっては自分の技として行使することも出来る。とにかく、火事とかにならなくて良かった良かった」
ドゥフトモンがアーティファクトについての追加の情報を口にするが、それを聞いたユウキはどこか安心出来なかった。
アーティファクトが、元となったデジモンの技のデータを内臓していて、持ち主はそれを自分のものとして引き出すことが出来る――という話は本当のことかもしれないが。
それはそれとして、ドゥフトモンの口ぶりに違和感を覚えたのだ。
それまでの言葉と比較しても明らかに強い、否定の色を含んだその言葉は、まるで、
(……なんか、無理やり理屈をずらずら並べて、不安に蓋をされたような気がする……)
気遣われていると、感じた。
それは裏を返せば、ユウキ自身に対して少なからず疑惑を覚えているということ。
ロイヤルナイツの中でも戦略家――つまり最も思考の冴えた騎士である相手に、疑われているということ。
ユウキ自身、ギルモンとしての自分の体のことについての疑問を拭えずにいる。
答えが出ないまま数秒が経ち、どこか重い沈黙に嫌気でも差したのか、トールが口を開いた。
「まぁ、強力な武器が手に入って、実際に使えるのなら、使うに越したことは無いんじゃねぇの? 今のやつ、敵に使えばファイアーボールよりも効きそうだし、運が良いと思っておこうぜ」
「……いいんかね、こんな物騒な武器持ってて。なにかの拍子に炎を吐き出す剣とか、よりにもよってこんなとこで持ち歩いて……」
「あのなぁ。今のが武器から引き出された力であれお前自身の力であれ、結局は使い方だろ? 誰かが傷付いたわけでもなし、お前含めて誰も予想できなかった事である以上、一度目は仕方ねえの一言で片付けていいだろ」
「流石に適当……というか無責任過ぎないか? 火事になったらごめんなさいじゃ済まないだろ」
「その時はその時だろ。お前、何にビビって何を悩んでやがんだ? 火なんて、料理の時に毎回利用してるだろうに」
「それとこれとではレベルが……」
「はい、二人共そこまで」
会話が言い争いのレベルに達しようとしたタイミングで、ドゥフトモンが双方の言葉を切る。
聖騎士として二名の成長期デジモンとは比べものにならないであろう経験を積んでいるのであろう先達は、僅かに沈黙してからユウキに向けてこんな言葉を投げ掛ける。
「所感を口にさせてもらうけど、どちらにせよ危ないと感じるのなら捨ててもいいとは思うよ。けど、それなら君は考えておかないといけない。成長出来る可能性を享受するのか、放棄するのかを」
「……成長……」
「それがどんな力であれ、使わないままじゃあ『自分のもの』にすることは出来ない。今の炎の出どころが、僕の予想通りアーティファクトにあるのなら棄てればそれで済むけど、そうじゃなくて君自身の能力だとするなら、剣を棄てたところでまた同じようなことが起きないとは限らない。制御する術を知らなければ、それこそ君の不安の通りになる確率は上がるよ」
「……それは」
「多分、そのデジタルハザードの刻印が示す通り、危険な力ではあるんだと思う。けど、ロイヤルナイツだからこそ言わせてもらうよ。平和のために使えている前例は、あるんだ。それは君も知っていることなんじゃないのか?」
ドゥフトモンが前例と述べているものが何を指しているのか、ユウキにとっては考えるまでもなかった。
(……デュークモン……)
「……解りました。とりあえず、しばらくは使ってみます」
「素直なのはいい事だよ」
方針が決まって、不思議と表情が柔らかくなったユウキを見て、ドゥフトモンもまた和らかに笑んでいた。
しかし内心では、喜びとは相反する感情がふつふつと湧き立ちつつあった。
(……普通のギルモンじゃない。そう確信できる部分を、見ちゃった……)
アーティファクトに秘められた力について語ったことは、嘘ではない。
実際、そうした前例をドゥフトモンは観測したことがある。
だが、
(今の炎の斬撃の熱量、成熟期レベルのデジモンが発揮出来るレベルじゃなかった)
放たれた炎から感じた熱量とそれによって倒木に刻まれた真っ黒な斬撃痕は、ドゥフトモンから見ても『強力』と評価せざるも得ないものだった。
ユウキは火事になったら大変だと言っていたし、実際その通りではあるのだが、この樹海の木々はそう安々と火が燃え広がったりはしない。
樹皮の表面が焼けることこそあれ、それがどこまでも燃え広がったりすることは無いし、時間が経てば燃え痕すら無くなっていることさえある。
それほどまでに強固なのだ、この樹海の自然環境は。
モノクロモンのヴォルケーノストライクやティラノモンのファイアーブレスを一発を受けたとて、それほど被害は広がらない。
そうでもなければ、縄張り争いの度に樹海の何割かが大火事に見舞われていることだろう。
その事実は、この樹海に何度も出向き、縄張り争いの類を遠目に眺めてきたドゥフトモンだからこそ理解していた。
そして、そうした前提を踏まえて考えれば、ユウキが倒木に炭化した斬撃痕が、どの程度の火力によって導き出された結果なのか、大まかに推理することは難しくなかった。
(剣の振り方だってそうだ。ぎこちなさこそ感じるけど、今のは明らかに誰かの剣術を真似しようとしている挙措だった。ゴブリモンやオーガモンのようにただ力任せに振ったんじゃない。わざわざ両方の手を使って足の配置にも気を配って構えも取ってたし、今のユウキの頭の中には型の参考に出来る何かがあった。今の今まで剣を振るったことが無い子なのは違いなさそうだけど、だったら尚更その知識はどこで手に入れたんだって話になる。まさか、一発目から我流を見い出したなんて偶然はないだろうし……)
このまま不信な点が見つからなければ、樹海を出るのを見届けてはいさよならで済んだ所に、思わぬ凶兆を目にしてしまった。
使って技術として会得することを勧めておきながら、反面勧めないほうが良かったのではないだろうかという思考が混じりこむ。
本当にこのまま、樹海を抜けると同時に関わりを断って良いのだろうか。
ロイヤルナイツとしての任務を放棄するわけにはいかないが、目の前の凶兆を黙って見過ごしても良いかと聞かれると悩む。
自分に出来ることは無いだろうか、とふと思考を回し、そうしてドゥフトモンは決断する。
(……きっと、これが今は正しい選択ですよね。先代様……)
「……うん、ロイヤルナイツは世界を護る騎士だからね。世界を滅ぼすかもしれない存在を、そうじゃない存在に成れるように手伝うのも務めだよ多分」
「「……多分?」」
突然独り言じみたことを口にしたドゥフトモンの様子を見て、ユウキとトールは揃って疑問符を浮かべた。
なにか、雲行きが怪しくなってきた。
そんな風に予感したユウキとトールの思考は、結果として正しいものだった。
ドゥフトモンは一度咳払いをすると、二人に向けていきなりこう切り出したのだ。
「じゃあ、そういうわけだから。本当ならこの樹海を抜けた後は赤の他人な関係になる所というかそうあるべきなんだけど、こうして世界規模のナントカに関わるかもしれない可能性に触れたからには、これからしばらくは気が向いたら特訓してあげるよ。君達にとっての先生として、ね」
「「えっ」」
「――何さその微妙な反応……」
「いや、いろいろ話が急すぎるんですけど……」
「つーか先生ってなんだよ。俺達は依頼で遠出してる真っ最中だぞ? ジュギョーなんて受けてられる暇は……」
「大丈夫大丈夫。依頼の後でもいいし、君達だって途中で休んだりする必要はあるでしょ? その時の時間を拝借すれば大丈夫だよ。それに、知識の補強だけなら運動は必ずしも必要じゃない。読み物一つ、最低でも会話の機会一つ用意するだけでも事足りるし」
「……要するに……勉強……ってコトですかぁ!? メンドクサ!!」
「こらっ!! 君らも子供なら学びの機会を逃さないの!! ちゃんと勉強して賢さを養わないと中身スッカスカのスカルグレイモンとかに進化しちゃうかもしれないんだからね!! そうなってから後悔したってお先は頭わるわる害悪なんだから!! もし本当にそうなったら僕は務めとして倒さないといけなくなるぞいいのか!?!?!?」
「うわあ急に荒ぶるな!!」
流石はレオパルドモードとでも呼ぶべきか、駆ける速度も疾ければ決断も早く、止まることを知らないらしい。
使命感とは別の、何か喜びに近い感情でも湧き出てきたのか、彼はどこかルンルンとした様子でこう続けてしまう。
「剣に力を纏わせたりするコツなら僕も色々教えられるからね。いやまぁ本当はあんまりなりたくない姿なんだけど責任をもって教えるためなら仕方無い。君をきっと、デュークモン先輩みたいに……はなれずとも立派な騎士に成長させてみせるよ!! ふふふ、ようやっと僕にもガンクゥモン先輩みたいに先達らしい役回りがやってきたぁ……!!」
「……ユウキ、責任はお前だけが取れよ。ベンキョーとか俺は付き合わないからな」
「そんなぁ、俺達は仲間だろ快く巻き添えになってくれよ!?」
ロイヤルナイツの獅子騎士ドゥフトモン氏、初対面の相手(子供)にいきなり先生を名乗る不審者となるの巻であった。
実のところドゥフトモンからすればそれなりに考えた末の決断なわけだが、そんな思考知ったことじゃねえユウキとトールからすれば何もかもが唐突で、向けられる視線には光栄さなど微塵も無く。
そんなことは知ったこっちゃねぇ、怪しさ抜け切らない謎のギルモンを監視する大儀名分が出来たぞぅ!! あと僕にも遂に先生としていろいろ教えられる生徒が出来たかもしれないぞぉ!! と勝手にお祭り騒ぎになっちゃってる聖騎士を前に、二人は揃ってこんな風に呟きあっていた。
(……つーか、教授してくれる分にはありがたいと思うんだが、何でそんな拒否ってんの?)
(……だって色々と恐縮だろ。迷惑かけることにもなるだろ。相手はロイヤルナイツなんだぞ……? アルスと鍛錬するのとはワケが違う……)
(……お前、つくづく変な所で畏まるやつだな……)