かくかくしかしか、ふにふにうまうま。
突然の遭遇に驚きながらも、ユウキとトールの二人は聖騎士ドゥフトモン(けもののすがた)に、自分達の素性を話せる範囲で話した―ー下手に嘘を吐いて不審を買うべきではないと判断したために。
自分たちが『ギルド』の構成員であり、護衛の依頼を受けて目指している場所があること。
その道中で野党の類と遭遇し、色々あってトンネル内に鉄砲水が生じ、結果としてこの樹海までぶっ飛ばされ、更には溺れかけたことを。
静かな様子で二人の言葉を聞いていたドゥフトモンは、僅かに考えるような素振りを見せた後、こんなことを言った。
「……なるほどな……」
「…………」
「『ユニオン』ほどではない小規模ながら、民間の組織があることは知っていたが……まさか君たちのような成長期の子供でも、困ってる誰かのために頑張っているとはな。立派なことだ」
ユウキとトールの二人にとっては意外なことに、ドゥフトモンは『ギルド』という組織とそれに所属する二人について称賛の言葉を吐いていた。
本当に、感心するように。
意外と話しやすい相手なのかもしれない? と思い、トールとユウキはそれぞれ言葉を紡いでいく。
「一応、俺もそこのギルモン……ユウキも成熟期までは少しの間進化は出来るぜ。まぁ、究極体……それもロイヤルナイツのアンタからすればだから何だって感じだと思うが」
「子供ならそのぐらいの力が当たり前。むしろ成熟期に一時的にでも進化できるなんてすごい事だろう。産まれて間も無いのに完全体やら究極体やらに進化してる子がいたら、それはそれで恐ろしい我が侭が現れるだけだ」
「……その、どうしてロイヤルナイツの戦略家さんがこんな所にいるんですか? しかもその姿って……もしかして魔王か何かと戦う前とか……」
「違う違う、姿については気にしないでいい。ずっと人型の姿でいないといけない理由が特別あるわけではなく、長距離を移動するのにはこっちの方が長けているからそうしているまでの事。……別にあっちの姿でいるのが嫌だとか気が重いとかそういう情けない理由ではないんだ。いいね?」
「何だどうしたアンタ自爆が趣味なの?」
「げふん」
何かを誤魔化すように咳払いをするドゥフトモン。
話しやすいのは望ましいことなのだが、それはそれとして『聖騎士』という存在とはどこか異なる印象を感じられてしまう。
本物か? などと疑ってしまう程度には。
((なんかイメージと違う))
「……言いたいことがあるなら言ってみたらどうかな?」
どうやら疑心が顔に出てしまっていたらしい。
思いの他厳しくはなさそうなので、ユウキとトールはそれぞれ正直に回答した。
「ぶっちゃけ『力こそが正義!!』とか言いながら見下してくるイメージはありました」
「だよな。なんかエラくて? 聖なる騎士で? 戦略家っつーんだから? まぁ『君たちは救いようも無いド低能だなハハハ』とか素で言うイメージはあった」
「これがいわゆるヘイトスピーチ……ッ!? え、最近の若い子ってロイヤルナイツのことそんな風に思ってるの? 憧れの存在とかじゃなくて? 斜に構えすぎじゃないかな流石に?」
「……えっ。自分で自分の事を憧れの存在扱いするとか、恥ずかしくならないんかねコイツ……」
「ちょ、ロイヤルナイツのデジモンは他にも」
「言うなトール。どんなにイメージと異なっていようと、ドゥフトモンである以上は偉大なるロイヤルナイツってことなんだ。どんなに現実に残念でも威厳を感じられなくてもそれを口に出したらいけない。こういうのもギャップがあって良いって思う程度には懐を深くだな……」
「出てるよ!! 口に思いっきり出てるよ!!」
成長期二名から受けた素直な感想に余程ショックを受けているのか、俯いて足元に『の』の字を書き始めるドゥフトモン。
戦略家の聖騎士にしては意外なことに、センチメンタルらしい。
威厳を取り繕うことすらやらなくなったのを見て、流石に言い過ぎたというか、可哀想になってきたのでユウキとトールは話題を切り替えることにした。
「ところでロイヤルナイツがこんな所で何を?」
「……調査だよ。最近、大陸中でデジモンの狂暴化とか色々起きてるのは知ってるよね? その原因が何にあるかを調べてる。まったく進展らしい進展は無いけどね」
「? ロイヤルナイツが出張るほどヤバいことなんですか?」
「君が言いたいことは解るよ」
デジモン達にとっての常識、そして人間の世界においてユウキが知り得ている『設定』の話において。
ロイヤルナイツとは、デジタルワールドにおける神もといホストコンピューターであるイグドラシルの命を受けて活動するとされている聖騎士達だ。
戦闘能力が全てのデジモン達の中でも抜きん出ている一方で、その力が実際に振るわれるケースはそう多くはなく、自らの正義を貫くためか、世界の危機を打破するためにしか表舞台で動くことは無い。
何故なら、その力はあまりにも強大すぎるのだ。
森や都市の一つや二つ、焦土に変えてしまうことなど造作もない。
進化の段階の話としては同じとされる究極体デジモンでも、太刀打ち出来る者はそうそういない。
そして、それ等を理解しているからこそ、彼等は無闇にデジモン達の営みに介入しようとはしない。
自らの行いによって、守ろうとしている『秩序』が乱れてしまわないように。
少なくとも、それがエレキモンからも伝えられた『このデジタルワールド』におけるデジモン達の一般の認識であった。
にも関わらずこうして調査に出向いているということは、デジモンの狂暴化はロイヤルナイツとそれに命令を下すイグドラシルからしても見過ごせない話であったりするのか……?
疑問に対し、ドゥフトモンは誤魔化しなどせずにこう返してきた。
「巷だと原因不明の自然現象みたいに語られてはいるけど、広範囲に人為的に引き起こされている以上、デジモンの狂暴化は一つの『技術』だよ。誰かが、何かのために、出来るようにしたもの。少なくともそれはイグドラシルが識るものではないし、使い方次第では未曾有の厄災を招きかねない。……何せ、要は一個体の怒りの感情を爆発的に増大させてるわけだからね」
「怒りの感情を……?」
「言い方を変えればストレスとも言うのかな。生きていれば誰もが背負うことになる負荷とそれに伴う感情……」
初めて耳にする情報だった。
ユウキとトールが『ギルド』の拠点の中でレッサーから聞いたのは、狂暴化の原因が『ウイルス』であり、人為的に引き起こされている事柄である以上は黒幕が何処かにいるという話だけで。
具体的に、デジモンが『ウイルス』によってどのような異常を引き起こされ、狂わされてしまっているのかまでは、把握していなかったはずだ。
やはりというべきか、ネットワークの最高位とされるだけあってロイヤルナイツの情報収集能力は並のそれを凌駕しているのか。
そんな風に思っている内に、ドゥフトモンはどんどん言葉を重ねていく。
「ここを含めた各大陸を調査していく中で、狂暴化してたデジモンを鎮めて、その後にどうにか一度話しあおうとしてみたことがあるんだ。口を利けないデジモンもそれなりに多かったけどね」
「……それで?」
「気狂いを起こしてたデジモンが言うには、いきなりムカムカして、暴れたくなったんだって。理由としてはありふれてるし安直だとは思うけど、複数の当事者がほぼ同じ事を言ってる以上は『それ』が気狂いの根本だろうと思ったんだ。どんなことをしてるのかは知らないけど、その『技術』を持っている者は、誰かを過剰に怒らせる事によって何らかの目的を果たそうとしてるんだと思う。理由も無しに『技術』は生み出されないからね」
「怒らせるのが……目的?」
「例えば、各大陸に存在する四聖獣の方々が怒りに狂ったら天災が巻き起こる。神域《カーネル》を守護する三大天使なら即墜天。ロイヤルナイツなら……まぁ、有名所を軽く例に挙げて雑に想像してみても、ロクなことにはならない事だけは断言出来るよ」
僕自身が受けたことは無いから、我慢出来るかどうかもわからないしね――とドゥフトモンは言う。
怒りの感情をピンポイントに増大させるもの。
それが、今ユウキやトールが歩いている大陸とは別の大陸でも誰かの手で利用されている事実に、ユウキは思わず身震いした。
確かにこれは、ロイヤルナイツが動いてもおかしくない案件であると。
「そこまで解ってて、進展が無いってことになるんですか?」
「現象だけが解っても、根絶に繋がるもの……例えば『技術』の持ち主とか、その居所とか。その手掛かりさえ掴めてないんだ。進展と言うには流石に不十分だよ。ちょっと前に怒り狂ったデジモンの近くに嗅ぎ慣れないニオイがあったから、それを辿ってもみたけど……何も見つけられなかったし」
「そう、なんですか」
自分に厳しい方なんだな、とユウキは思った。
どんな経緯でロイヤルナイツになったのかは知る由も無いが、言動に威厳を感じられない一方で、問題に対する意識の向け方には強い責任感のようなものを感じたから。
と、そんな風に考えていると、ふと隣のトールがこんなことを言ってきた。
「……なぁユウキ、俺も俺で色々一気に起こりすぎてすっかり忘れてたんだがよ」
「? 何だ?」
「ベアモン……アルス達と連絡取ってなくね? 俺達が無事……いやまぁ無事とは言い難いが、生きてるってことを伝えないとまずいんじゃね? 死んでると思われかねないぞ」
「あっ」
「……そういえば、仲間と一緒に来たと言っていたね。連絡を取れるなら早くしたほうがいいよ」
言われて、自らの首に巻かれたびしょ濡れのスカーフの存在を思い出すユウキ。
突然の鉄砲水、突然のフリーフォール、突然の桃太郎、突然のロイヤルナイツ――などなど。
短時間の間に多過ぎる出来事に直面したことで意識から抜けていたが、こうして分断されてしまった以上、最優先すべき行動はロイヤルナイツとの対話ではなく仲間との意思疎通であったはずだ。
我ながら有名人に会った時みたいに浮かれてたんだな、と自らを戒めつつ『ひそひ草』が仕込まれたスカーフにボソボソと囁き声を立てる。
(……アルス、そっちは無事か?)
(――っ――)
返事は、すぐには無かった。
六秒ほどが経って、何かあったのかと不安を覚えたそのタイミングで、スカーフ越しにチームメンバーの安否を示す言葉が返ってくる。
(――やっと出た……。ユウキこそ、大丈夫? トールもそっちにいるの?)
(ああ、俺もトールも無事だ。そっちに……みんないるのか?)
(――うん。レッサーも、ハヅキとホークモンも無事だよ。二人を探すのを兼ねて樹海を進んでるところだけど、二人は今どこにいるの?)
(どこに、か……ちょっと待て)
スカーフ越しに聞こえたアルスの問いに、ユウキは辺りを見渡してみる。
遥か上方にまで伸びる滝と、それによって形作られたと思わしき湖に、どこか熱気を帯びた巨大な樹木に倒木。
アルスが言う『樹海』と景色のイメージは合致する。
少なくとも全く異なる地域に墜落したなんてことは無さそうだが、滝から落ちているという事実がある以上、地面の高さについては同じではないのかもしれない。
(――そっか……滝から落ちた……って、それで本当に無事だったの? そこまで高くはなかったとか?)
(いやめっちゃ高い。そもそもここには空から落ちて滝からも落ちてきたわけだし)
(――え、空? ユウキ何言ってるの?)
(マジなんだって。俺だってあの時のことはうまく説明出来ないけど、事実だけを言うとロイヤルナイツのドゥフトモンに偶然助けてもらったんだ。だから無事)
(――は? ロイヤルナイツが、こんなところに?)
(ああ)
囁き声の形ではあるが、ユウキの語った事実にアルスは少なからず驚いているようだった。
実際、ユウキもトールもこれまでの出来事に十分驚かされているため、気持ちはわからなくも無かった。
が、今はビッグネームの存在にいつまでも注目している場合ではない。
その事を、あるいは二人を必死に探そうとしているアルスの方こそ理解しているのだろう――ドゥフトモンについての事より先に、今後の方針についてのことを口にした。
(――とりあえず、合流するために何か目立つところに集まろう。ユウキ達は僕達より低い位置にいるかもしれないんでしょ? だとしたら滝を探すのが一番ってことになりそうだけど……見つけたとして僕達がそこまで降りられるか、ユウキ達がこっち側に戻ってこられるかは正直難しい話だし……)
(だな……トールがコカトリモンに、俺がグラウモンに進化したところでこの崖を登りきることは出来ない。ドゥフトモンに運んでもらえないか頼んでみようとは思うけど……)
(――それがいいと思うよ。正義の味方なんだし、一度助けてくれたのなら二度助けてくれてもおかしくはないはず。助けてくれなかった時は……その時にまた考えよう)
そこまで囁いて。
少しの間を置いて、アルスはこんな言葉を付け足してきた。
心なしか、それまでの囁き声よりも更に小さな声で。
(――ユウキ、聞いたりしたの?)
(何を?)
(――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、人間の世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……)
(……それは……)
ユウキ自身、考えてみた事ではあった。
相手はネットワークの最高位、今の自分が知れないことも数多く知っているに違い無い。
しかし、同時の正義の執行者でもある。
デジモンでありながら、元は人間であると記憶しているユウキの存在を、果たしてどのような存在として認識するか。
不穏分子として受け取られたら最後、自分と繋がりを持つトールやアルス達がどうなるのかは解らない。
ユウキ自身、自分という個体がデジモンとして何の危険性も持たないという確証も無い。
フィクション上の存在として、作品のキャラクターとしてどれほど好きであっても。
今ここに在るデジモン達は、紛れも無いノンフィクションであり、自分の意思を持つ存在なのだ。
ここまで、思いのほか話が通じやすい相手だと感じられてはいるが、全てが理想通りなんてありえない。
得難い機会ではあるが、無視できないリスクがある。
――そうしたユウキの不安を知ってか知らずか、アルスはこんな言葉を紡いできた。
(――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない)
(……だけど……)
(――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから)
(…………)
その言葉に、ユウキは背中を押されているように感じて。
不安を覚えつつ『ひそひ草』のスカーフから耳を遠ざけ、その視線を(何やら興味深そうにこちらを見ていた)ドゥフトモンに向けた。
そして言う。
「……一度助けてもらっておいてなんですが、一つお願いと聞きたいことが……」
「……聞きたい事って?」
「人間の世界への……行き方とかご存知じゃないでしょうか」
その問いに。
ドゥフトモンは、疑心そのものといった表情でユウキの顔を見つめていた。
彼は答える。
「……ニンゲンの世界も何も……実在するの? そんなのが」
それは、ユウキからすれば重大な意味を含む回答だった。
この世界のロイヤルナイツ――全員が全員そうだと確定したわけではないが――は、アルスやトールと同じく人間という存在をフィクション上のものとしか認知していない、と。
現にドゥフトモンは、実在するという前提で問いを出したユウキに、珍種の生物でも見るような眼差しを向けてしまっていた。
「マジか。ロイヤルナイツも人間の世界のことは知らないのか」
「流石に、ロイヤルナイツであっても実在するかも定かじゃないものは知れないよ。僕も御伽噺の形でなら知ってるけど……実在のものとして聞いたことは無かったと思う。逆に聞くけどユウキとトール、君達は知っているのか? というか、何で知りたがっているんだ?」
「……人間の世界に興味があるから、です」
「あー、そういう感じか……まぁ、人間のパートナーになってみたいって言う子はたまに見かけるけどさぁ」
「俺達はチーム『チャレンジャーズ』なんで。何にでも挑戦するチームなんで」
「ヘーソウナンダー」
((あ、これ全然信じられてないな))
威厳もクソも無い棒読みボイスであった。
この様子だと、ユウキとトールの訴えも本気では受け取られていないだろう――最低でも、自分が元は人間であるという事実さえ察せられなければ問題無いので、これで良かったとも言えるが。
受け取られ方がどうあれ、聞くべきことは聞けたので、ユウキはドゥフトモンに改めて頼み込んだ。
「じゃあ、聞きたいことは聞けたので……崖の上までお願いします」
「はいはい。それはいいけど、荷物とかなくしてないのかい?」
「え?」
「空から落ちて、川でも流されて滝から落ちて……それだけのことがありながら手荷物が何もなくなってないなんて、余程の幸運の持ち主でも無い限りありえないと思うんだけどね。君達がどの程度の準備をしてきたのかは知らないけれども」
「「…………」」
うっかり忘れパート2であった。
連絡に用いる『ひそひ草』のスカーフが無事で、肌身離さず持ち歩いていた鞄も一見無事なように見えていたが、中身まではまだ確認していなかったことを思い出す。
というか、重量感が明らかに減っている事実に今更のように気付く。
慌てて中身を覗きこんでみれば、鞄の中身を食料どころかサバイバルキットの一部までも何処かに放流されてしまった事実を知るのにそう時間は掛からなかった。
ユウキとトールが持つ鞄は、人間の世界で販売されているそれと比較しても密閉が完璧ではない。
落下の慣性と空気の抵抗を考えれば、この損失は当たり前の話だったかもしれない。
わりと今後の生死に関わる損失を目の当たりにして立ち尽くすユウキとトールを哀れんでか、ドゥフトモンはため息混じりにこんな提案を出してくる。
「……はぁ。まぁ調査のついでとしてなら、食べ物探しぐらいは手伝ってあげるよ。ここで見捨てるのは寝覚めも悪いし……」
全体的に赤い二名は即座に食いついた。
この非常時に、プライドとか申し訳なさとかいちいち考えている場合なわけがねぇのだ。
「よっ!! 太っ腹ナイツ!!」
「デブ!!」
「そろそろ子供相手でも怒っていいと思うんだ僕」
◆ ◆ ◆ ◆
流れ流れで、民間組織所属の二匹と行動することになって。
途中途中、無知故に食べないほうがいいものを手に取ろうとした子に軽く指摘をして。
その度に、軽めの感謝をされながら。
不思議な子達だと思った。
ロイヤルナイツに対しての偏見がやけに強いのはさておいて。
過度な畏怖も尊敬も含まないある種『普通』の態度で会話を試みようとするその姿勢は、近すぎず遠すぎずで僕からすれば望ましい接し方だった。
僕のようなロイヤルナイツは、どの地域に姿を見せても向けられる感情は決まって極端だ。
彼等のように、会話が出来る相手として扱ってくれるデジモンはそう多くない。
これがイマドキの子供達なのかと思うと少しだけ心が和らぐ気はしたが、それとは別に大きな疑問が浮かびもした。
主に、コーエン・ユウキという個体名らしいギルモンが、首に巻いた『ひそひ草』のスカーフを介して仲間と囁き合っていた時の、その内容。
獣の姿を持つ騎士として発達した僕の聞き取る力は、それを確かに知覚していた。
望んで盗み聞きをしたつもりは無いが、僕にとって彼等の内緒話は筒抜けでしかなかった。
そして、聞き取った内容は彼等に対して疑いを抱くのに十分なものだった。
――ユウキ、聞いたりしたの?
――ドゥフトモンに、ユウキ自身が知りたいことを。ネットワークの最高位であるロイヤルナイツなら、ニンゲンの世界のことについて何か知ってるんじゃないかと思うんだけど……。
――当然、判断はユウキに任せるけれど。ロイヤルナイツと出会うなんて、滅多に無いことだよ。少なくとも僕は一度も会ったことが無い。聞ける機会は、もしかしたら今しか無いかもしれない。
――別に、相手がロイヤルナイツだろうと話したくない事まで話さなくてもいいでしょ。全部言わないといけないルールなんて無いんだから。
直感したことは軽く分けて三つ。
一つ目。
コーエン・ユウキが(実在も定かでは無い)人間の世界へ行こうとしている理由は、決して冒険心によるものではないということ。
二つ目。
コーエン・ユウキには、ロイヤルナイツである僕に対して『話したくない事』があるということ。
三つ目。
コーエン・ユウキにとって、ニンゲンの世界に行けるかどうかの話は深刻な『悩み』であるということ。
僕自身、ニンゲンの世界なんて説明した通り、空想の産物としか認識していなかった。
他のロイヤルナイツの方々にとっても、今のデジタルワールドに生きる一般のデジモン達からしても、大方同じ見解だと思う。
だが、目の前のギルモンは違う。
声の調子一つ取っても、それはニンゲンの世界が在ればいいな、などという願望ではないのが解った。
在るという前提で、ロイヤルナイツである僕に質問をしていた。
ニンゲンの世界への行き方を。
怪しい、と思った。
彼は、コーエン・ユウキは僕が考えるに少なくとも普通のデジモンでは無い。
何故なら、ニンゲンの世界というものが仮に実在するとして、そこに行きたいという考えは――即ち、デジタルワールドから出て行きたいという思いが確かに存在しなければ、浮かばないはずだからだ。
興味本位で、ちょっとした旅行感覚で人間の世界に行きたいと口にするデジモン達とは、考えの切迫さが違う。
でも、どうしてそんな事を考えるのだろう。
今の世界にそれほどまでの嫌悪感を抱いているのか、僕の考え過ぎで本当に単なる興味本位なのか、それとも――心の底から、人間の世界が自分のいるべき場所だとでも認識しているのか。
(……まさかニンゲン……って、そんなわけが無いよな……)
文献上の、架空の一例として。
僕が知るニンゲン関係の御伽噺の中に、ニンゲンからデジモンに進化をした個体というものは確かに描写されている。
伝説の十闘士のスピリットを継承し、ハイブリッド体のデジモン達に進化して世界の平和を取り戻す――そんな物語が、確かにこの世界にも存在はする。
このギルモンが実は元はニンゲンで、ニンゲンからギルモンに進化を果たした個体である、と言葉にすることは出来る。
だが、そもそもが架空の話であり、実際にそうした事実があった証拠などは何処にも確認されていない。
しかも、仮にその架空の話を現実の出来事とするなら、トンでもない可能性が生まれてしまう。
それは、伝説の十闘士のスピリットとは別に、ギルモンのスピリットとでも呼ぶべきものが発生していて、彼という元はニンゲンであった存在はそれを用いてギルモンに進化しているという可能性。
論外と言う他に無い。
スピリットと呼ばれるものが生じる条件自体が今なお不明であり、古代に死した十闘士と呼ばれたデジモン達の力を継いだものしか観測されていない。
そもそもの話、死んだデジモンのデータは次代としてデジタマに還元される。
仮にそうじゃない時代があったとしても、今はそういう時代であり、事実としてスピリットという例外が生じたケースはこの世界において観測されていない。
だが、事はニンゲンの世界に関係するかもしれない話だ。
そもそも僕が調査に出向くことになった理由、スレイプモン先輩も述べていた、次元の壁に残されていた【痕跡】の存在がある。
もし、本当にこのギルモンが元はニンゲンであったとしたら、どのタイミングでデジモンになったにしろ、彼の存在自体がニンゲンの世界からこのデジタルワールドにやってきた存在がいるという証明になる。
それも、複数。
別世界から別世界への移動なんて、普通に考えて【痕跡】の生じる理由としては十分だ。
無論、そもそも彼が元はニンゲンであるかもしれないという話の時点で、眉唾ではあるけれど。
何となく、無関係では無いような気がする。
近頃問題になっている例の『ウイルス』の話もあるし。
どうあれ確証が無い以上、この憶測を他のロイヤルナイツや一般のデジモン達に口外する気はないけど。
このギルモンの事を、ひいてはその仲間となっているデジモン達のことを、もう少し見ておいた方がいいのかもしれないと感じた。
(……悪い子たちでは無さそうなんだけどなぁ……)
もしも。
この子達に悪意が無かろうと、世界の秩序を揺るがしかねない存在であるとイグドラシルが判断したら、秩序を護るロイヤルナイツとして僕は彼等を処断する命を受ける事になるかもしれない。
こんな、まだ25年程度も生きていなさそうな子達を、生意気ながらもちょっぴり親しみが生まれつつある相手を。
そう考えると、途端に気が重くなった。
ロイヤルナイツが、悪ではないはずの者を殺す。
そんな出来事、もう二度と起きてほしくないと思っていたのに。
コーエン・ユウキがニンゲンか、それともデジモンか。
そして、秩序を揺るがしかねない異分子として、イグドラシルは判断するか。
頭が痛くなる話だ。
この憶測は妄想が行き過ぎた考え過ぎであってほしいと、僕は彼等の手伝いをしながら願うしか無かった。
《後書き》
自己評価クソ低い、メンタルも強くはない、威厳も無い、けれど推理力はズバ抜けている。
そんなドゥフトモン(レオパルドモード)との邂逅が、ユウキ達一行に何を齎すのか。そしてそもそもユウキ達はアルス達と合流して無事に樹海を突破出来るのか。
なんかメンタル不調っぽいアルスと一行に護衛されているホークモンは大丈夫なのか。
なんか色々増え過ぎたしそろそろキャラクター紹介ページ作ったほうがよくない? そんな風に進行していった第三節、いかがだったでしょうか。
久しぶりの後語り。余計な事書いてる気もするしぶっちゃけいらなくね? と思ってしばらく書いて無かったのですが、他の物書きさん普通にやってるし別にいいかなとなって再起動。
せっかく第三章になってデジタルワールド編に戻ったのに第一章の時ほど戦闘全然起きねぇなーと思わなくも無いのですが、まぁどんな道筋なぞろうと起きる時は起きるし挫折する時は挫折するので、ヨシ!! の感覚で書いてます。RPGの道中の雑魚戦みたいな扱いの戦いとかいちいち精緻に書いてられん。
今月25日発売のデジカ新弾『アニマルコロシアム』ではX抗体版がSRで実装されて、なんやかんやドゥフトモン。連打のレオパルドと値切り派遣にバウンスのX抗体、どっちもそれぞれ異なる強みがあるのでX抗体が出たからと言ってレオパルドはお役御免なんてことにはならなそうですが、同時実装のリヴァイアモンが完全にドゥフトモンというか緑メタになってるので、どう転ぶやら。
アニマルコロシアム、楽しみですねぇ。
ひとまずスーパーレアの12枠が『アポロモン』『ディアナモン』『メタルガルルモンX抗体』『ドゥフトモンX抗体』『メルクリモン』『バンチョーレオモン』『へヴィーレオモン』『ミタマモン』『メタルエテモン』『アヌビモン』『リヴァイアモン』『X抗体PF(プロトフォーム)』と埋まり、シークレットレアは『ファンロンモン』が確定している一方でもう一体は不明なままと(多分投稿日の夜八時に公開される)なってますが……無難にグレイスノヴァモンか、あるいは大穴でアポロモンウィスパードか。ウィスパード君、お前ここで出番貰えなかったら公式図鑑入りのチャンスはもう無いと思えよ。
今回の弾、いろいろデッキ組みたい連中は多いのですが特に注目しているのがリヴァイアモン。この作品においては味方な魔王の一体ですが、なかなかおもろいというかベルフェモンデッキに組み込んでも全然イケる性能で来たので、これはベルフェリヴァイアデッキ構築待った無しですぜぇ……もう未実装の魔王、バルバモンだけになっちまいましたな。お前ちゃんリナとブイブイにボコられたり超クロスウォーズでは敗北者ったりデジモンネクスト個体以外いろいろ散々だけど最近元気?
まぁ自分としては既に推し魔王が二体とも出ている現状があるのでヒゲジジィがどんなに出番遅れようと問題は無いのですが(ぇー)、デジカの販売ペースは本当に末恐ろしい。アニマルコロシアムの次はアポカリモンとかヴァンデモン新規とかダークマスターズ新規とかが実装のエクシードアポカリプス。こんなんじゃゆきさんの財布、ダークネスゾーンに突入しちまうよ……。
そんなこんなで、次回はアルス達の方のお話。なんか赤いのはひとまず放っておいて、樹海でのお話はもうちょっと続くんじゃ。
PS ディアナモンがあの性能で許されるのなら友樹の制限解除駄目すか。