プロローグ
「『あわてんぼうのサンタクロース』って歌、あるじゃないですか」
女は懐から長い電飾を取り出した。
一目見て解るような安物だが長さだけは十分にあり、胸元に忍ばせれば確実に不快感を付き纏わせるであろうそれをよりにもよってこんなところにまで携帯しているこの女の神経が、それだけでも窺い知れそうなものだった。
「あるね~。クリスマスよりも早く来ちゃったサンタさんの歌だっけ~?」
女に応えたのは、間延びした少年の声。、彼女が電飾をいじり始めてなお手放そうとしない、左手に握られた杭から発せられている。
杭。
ホームセンターなどで500円ほど出せば買えるような、打ち込まない側が円になっている金属製の杭だ。長さは女の腕より少しばかり長く、見た限りでは、本当に何の変哲もない杭である。
それが、言葉を話している。
「常々思うのですが、あの歌のサンタクロース、不審者極まりなくはありませんか? ……いえ、サンタクロースとはそもそも不法侵入者そのものではありますがそれはさておき、いくらサンタクロースとはいえ煙突から落ちてきて真っ黒くろけの状態で仕方なく踊り出す知らないジジイってどうですか? 嫌でしょう。わたくしが家主だったら殺しますよ」
口を動かしつつも、女は手を止めない。
……とはいえその作業ぶりはお世辞にも丁寧とは言い難い。対象に纏わせている電飾の螺旋はひどい不等間隔で、その上ところどころ縛りがゆるくなっている。
まあ、当然気にするような女ではないのだが。
「というか、そういった輩をついこの間殺したような、殺さなかったような」
「う~ん、そんなことあったっけ~? むしろぼく達が不審者の側って事ならよくあるけど~」
「ではわたくしの感覚は正常なのでしょう。事実としていつも殺しにくるじゃありませんか、『彼ら』。まあ、こちらも「みんなも踊ろうよ僕と」と言う程の器量も度胸も持ち合わせていませんから、そういったところがわたくしとサンタクロースの違いなのかもしれませんが」
「狩人さんも時々赤い服着てるのにね~」
「杭ちゃん、サンタクロースの服が赤いのは返り血ではありません。飲料会社の陰謀です。……っと、こんなものですか」
ようやく電飾を巻き付ける作業が終わったらしい。女は余ったコードの部分を引き、近くのコンセントにプラグを差し込んだ。途端、何の面白みも無いフィラメントが白熱しているだけの光が無数に浮かび上がる。
「メリークリスマス!」
「メリ~クリスマ~ス!」
女と杭が同時に叫ぶ。
安物故に点滅といった機能は持ち合わせておらず、ただ光るばかりの電飾では雰囲気も何もあったものではないが、1人と1本にはそれで充分らしい。
今まさに女と杭に『クリスマスツリー』にされている巨木は髭のように小さく生い茂った葉の下にある口からか細い息と体液らしき薄汚れた黄金色の液体を漏らしていたが、それも、1人と1本にとっては些細な問題で。
「いやぁ、我ながら良い出来ですね。如何せん電飾以外の飾りが《チェリーボム》くらいしかないので少々味気ないですが、これはこれで趣があるという物でしょう。贅沢を言えば『スターモン』か『スーパースターモン』が欲しいところですが、この辺には居なさそうですし」
「他の『ゾーン』から持って来れば~?」
「『ジュレイモン』の方がそれまで持たないでしょう。残念ですが、夢幻とは擦ったマッチの火に一瞬照らし出される程度が一番美しいのですよ杭ちゃん。まあわたくし、『マッチ売りの少女』そんなに好きじゃないんですけどね。ほら、あのお話の主人公、絵本だと大概赤い頭巾を被っているじゃありませんか。赤い頭巾の子が酷い目に遭っているのを見ると心が痛むのです」
「狩人さんは~、本当に赤ずきんが好きだね~」
狩人、と呼ばれた女はもう一度巨木――『ジュレイモン』のクリスマスツリーを今度は遠巻きに眺めて、それから腕を、杭を持ち上げる。
もはや彼女の目に映る『ジュレイモン』は、興味の対象ではなかった。
「杭ちゃん、本日はクリスマスらしくブッシュ・ド・ノエルを用意してみました」
「クリスマスツリーと兼用だなんて~、なんだかお得な感じだね~」
「料理は見た目も楽しむ物ですからね」
事実上の死刑宣告に、『ジュレイモン』の洞の瞳がぐらぐらと揺れた。
この『ジュレイモン』は通常個体。いわゆるこの世界では原始的な、理性の無い『怪物』の類に過ぎないが、それでも命持つ者として生み出された以上は備わっている恐怖の感情が、突き付けられた杭の切っ先を前に泡のように膨らんでいて。
最も、もはや彼に足の役割を果たしていた何十もの根を動かすだけの力は既に無く、腕に至っては、その全てが剪定された枝のように辺り一面に散らばっているのだが。
だが――女はやはり、『怪物』の心情など気にも留めない。
ぱきり、と『ジュレイモン』の腕だった物のうちひとつを踏みつけながら、彼女は杭を構えた。
「いっただっきま~す」
間延びした声が、食前の言葉を形作る。
その瞬間から、女の動作には遊びも一切の無駄も無かった。
滑るような足運びから繰り出された杭を用いた正確無比な一閃が『ジュレイモン』の幹を貫き、『怪物』達にとっての心臓――『デジコア』を砕く。
搾りかすのような断末魔が絶える頃には巨木の影は跡形も無く消え去り、唯一女の足元で、電飾が相も変らぬ明滅を繰り返すのみだった。
「ごちそうさまでした~」
「どうです? 美味しかったですか、杭ちゃん」
「うん~。思ったより硬かったけど~、その分『ウッドモン』よりもいい感じだったよ~」
「それは行幸。ここまで足を伸ばした甲斐があるというものです。さて……」
女は顔を上げる。
眼前には鬱蒼とした森が広がり、しかし木々の隙間から時折標札や電柱といった人工物が規則性も無く付き出している。女が今しがた利用していたコンセントにしても、木の枝からぶら下がっていたような代物だった。
そんな、精神を病んだ人間が描いたかのような現実味の無い森の風景に、低い羽音が、響き渡る。
「デザートと前後してしまいましたが、メインディッシュの続きが来たようですよ、杭ちゃん」
「昆虫型か~。高タンパクだね~」
「栄養分としてはあなたの身体に鉄以外の物が必要だとはとても思えませんが、昆虫、あれでいて美味しいらしいですね。よかったよかった。ライトトラップ作戦も無事功を制したようで」
「『ジュレイモン』は一石三鳥だったのか~。お得だね~」
改めて、女は杭を胸元で構える。
そうしながら、彼女は彼女を包む森の景色をもう一度眺めた。
女は杭の食事の際に一瞬だけ訪れる、『怪物』の居ないこの世界の景色が好きだった。
そんな、女にとっての美観を損ねるようにして、次の瞬間。暗い緑色を突き破り、赤い大顎が彼女の首目掛けて突っ込んでくる。
「……やれやれ」
女は杭を持っていない方の手で、巨大な赤いクワガタの顎の先を掴んだ。
彼女はそのままなお直進しようとするクワガタ――『クワガーモン』を身体を捻って自身の背後へと叩きつける。軽い地鳴りと共に、女が持っていた方の顎は無残に折れ、予想だにしなかった衝撃を今だ理解できない昆虫の頭は、ただぎちぎちと無残な音を立てながら各関節に対してあがくような蠢きの指示しか出せずにいた。
そしてそれ以上の事を、女は許容しない。
今度は『クワガーモン』の胸に飛び乗ったかと思うと、女は『ジュレイモン』の時同様、杭の一刺しで『クワガーモン』の『デジコア』を破壊する。
「行きましょうか杭ちゃん」
比較的よく見つかる獲物故か、先程のように味の確認等はしなかった。
杭の方も、「うん~」とやはり間延びした声で、女に同意する。
「美しい景色に、美味しい食事。わたくし達のクリスマスは完璧ですね」
「いつもと変わらない気もするけどね~。確かに、ごはんはおいしいけど~」
「では我々の日常は常に特別な日のように素晴らしいという事でしょう。良い事です。それはいかなるクリスマスの贈り物よりもかけがえのない尊いものだと言っても過言ではありません」
「なるほど~。良い事言うね~、狩人さん~」
「でしょう?」
杭と話ながら、女は足を進める。
夜の森は暗いが星座を描かない星々はその分眩く、やはり彼女の目に映る世界は、彼女にとっては、よきもので。
「さあ、観光を続けましょう」
女は微笑んだ。
杭の他には、『宿』で彼女達の帰りを待つ家政婦にしか見せない笑みだった。
*
この世界――『デジタルワールド』が生み出されて、もう十数年程になる。
各々の目的を持って訪れる者は後を絶たないが、それでも観光客は、相も変わらず1人と1本だけだった。
第1話あとがき
か わ い い ア ン ド ロ モ ン は お 好 き で す か 。
というわけで、こちらでご挨拶と言う形の投稿でははじめましてとなります。快晴という者です。何卒お見知りおきを。
本作は数分前に投稿したばかりだと思われる前作『デジモンプレセデント』とはがらりと雰囲気の変わった、変わってると思う、多分変わっている感じの作品となっております。チート気味女主人公と喋る杭、そしてイケメン(重要)少年によるハートフル観光物語『0426』第1話、いかがでしたでしょうか。
Twitterの方でちょっとした予告的な物は投げたのですが、本作は元々自分が数年前にオリジナル小説として書いていた作品を、デジモン小説としてアレンジし直したものとなっています。
なので、『デジモンアドベンチャー02』の最終回後の世界をモチーフにした『デジモンプレセデント』と比べるとどうしてもオリジナル色が強く、作者としても好き嫌いが別れそうかな、というのが1話を書いてみての感想です。
もちろん前作同様登場するデジモン達の特徴は大切にしていきたいと考えていますし、前作と繋がりが全く無い訳では無いのですが、まあそれはまた追々……今はただ、読んでい下さった方々に少しでも楽しい時間を提供できていればと、そればかりを祈りつつ戦々恐々としております。お手柔らかにお願いしますね……?
さて、次回予告です。
次回はいわゆる説明パートとなります。『この世界』こと『デジタルワールド』とは何なのか。女の強さの秘密とは。そして、少年のお名前と目的とは? あたりが適度に明かされる予定です。
完結済みの状態で投稿していた『デジモンプレセデント』と違い、今作は書き次第投稿という形なので明確に次はいつ、という提示は出来ませんが、なるべく短いスパンで投稿できるように頑張りますので、どうか今後とも『0426』をよろしくお願い申し上げます。