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2020年7月25日
  ·  最終更新: 2020年7月26日

X-Traveler Episode.5 "特異点F"


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Episode.5 "特異点F"





 真魚から作戦の連絡が届いたのが三日前。そのメッセージは渡から水曜日特有の中弛み感を振り払うには十分で、その日の帰宅前にカインの餌やりに勤しんだ程だ。

「いらっしゃい」

「こんちわ」

「おう元気か」

「まあぼちぼちです」

 一週間前の顔合わせからパトリモワーヌに二度ほど顔を出したおかげでコミュニティの面々との距離も多少は短くなったように感じる。特に射場一道には初対面のやり取りからは想像できない程に気に入られていた。

 その一方で先週からあまり距離を詰められていないメンバーが居るのも事実。そして今回組むことになったのは半分以上がその部類だった。

「よう」

「椎奈、準備できた?」

「私は特に問題ありませんけど」

「おお渡君ちょうど良いところに来た。最近夏根市で私の布教の邪魔……怪しい動きを見せてる新興宗教についてだね」

「あ、ども。いつものことなんで聴かなくて良いですよ」

「そうするよ真壁(マカベ)」

 一週間前の会合以来口を利いてくれなくなった小川真魚。二面相が得意で一線を引いているようにも見える綿貫椎奈。スイッチが入らなければ穏やかな天城晴彦。死んだ魚のような目と濃い隈を標準装備している真壁悠介(ユウスケ)。

「これまた濃い面々のチームだね」

「ブーメラン発言って知ってます、逢坂さん」

「いやいや君が言えた義理でも……まあいいや」

 おまけに一番性分を把握している相手は逢坂鈴音ときた。彼女にはああ言ったものの、渡もそれ以外にこの現状を表現する言葉を持ち得なかった。

「巽さん、この人選はどういう意図で?」

「真魚さんと椎奈さんは本人たっての希望だよ。ぜひ渡君と組みたいと言ってね」

 これは意外だ。同年代の女子二人から直々に指名を受けていたとは思わなかった。特別好印象を与えるようなことをした記憶もなく、指名を受けたという割に態度はあまり柔らかくない気もするが。寧ろ冷めた対応をされてる気がするのだが。

「後はまあ色々なすり合わせの結果で」

「特定の人物は押しつけられた訳ですね」

 どうせなら将吾とまとめて欲しかったところだが仕方ないだろう。将吾は将吾で寧子との同行を希望したはず。寧子を含めた四人で半分に分けるならこの分け方が妥当だ。

「文句を言うのはそこまでにしようか。揃ったことだし出発と行こう」

「そうか。俺が最後なのか。これは悪いことしましたね」

 割り切りや開き直りは時に重要だ。疑問や不安がないと言えば嘘になるが駄々をこねる程のものではない。何かしら情報を掴んだ上で全員生還できれば良いだけの話。

 覚悟を決めてX-Passを取り出す。今から旅立つのはどのような言い訳も許されない魔境だ。





 転移座標15F-555。一週間前に訪れた場所から大きく外れたその地点は瓦礫の山が積み上げられた平野。景観は事前連絡で抱いたイメージ通り。調査目標はこの中にあるのだろう。

「随分趣のあるところですね」

「別にここで言葉を選ぶ必要はないでしょ」

 他の面々もほぼ同じタイミングで転移済み。当然彼らの契約相手も本来の姿を取り戻している。

「ぶんめいしゃかいのあわれなまつろです」

「流石にそれは言葉を選ばなさすぎですよ、ピーコロさん」

 椎奈の掌から現れるのは、羽の着いたボールのような妖精。人語を介する点についてはアハトと同じような経緯なのかもしれない。体躯以上に小さな槍でも人を単独で殺めることくらいはできるだろう。

「また勝手に動くないでくれよ、シド」

 悠介の背後に佇むのはシルクハットを被った白布の浮遊体、いや浮遊霊か。シルエットだけ見ればまだ可愛らしい部類だが、尖った歯が規則正しく並ぶ口元のおかげでホラーさを隠しきれていない。

「本日も我が聖女は大変麗しい」

 晴彦の傍らに寄り添うのは四枚の白翼と金の仮面が特徴的な女性。これまで見てきたモンスターの中で最も人間に近いが、これでも他の契約相手と同じ怪物だ。その意識を強めると、いやそうでなくとも晴彦の振る舞いにはこの世界に存在しない公僕の力を借りたくなってしまう。

「そろそろ行きましょうか。アハトは周囲の警戒にここに置いておきます」

 一週間前に見たのと似たものはいくつかあるが、これらすべてを一つ一つ見ていくのは時間が掛かる。そのため連絡の段階である程度目的の建造物は絞られていた。

 比較的原型を留めている建造物の中でも二番目に高いもの。現代日本の建築物と同じ感覚で見るなら三階建て相当か。周りの住居が跡形もなく崩れている中で残っているあたり他とは造りが違うのだろう。

「お邪魔しますよっと」

「あらまあ。酷い有り様ですこと」

 歪んで開けられない扉をアキの超音波で壊して侵入した先はピーコロさんが口にした言葉通りの空間だった。モンスターか何かに荒らされたのか、十二畳ほどのスペースに雑貨や器物が転がり足元の障害になっている。特に邪魔な横長のL字物体を壊してみれば、その奥に上の階層に繋がる階段があるのが見えた。

「上に行けるようですね。ここで分かれましょうか」

 階層ごとに分担すれば早々に片付く。モンスターが隠れている可能性もあるが、この周辺には自分達で対処可能な種族しか居ないことは確認済みだと聞いた。

「じゃあまず私と弟切がこの階見てくる」

「あ、おお」

 真魚に手を引っ張られながら奥へと進む。不意の行動に思考は柔軟に働かず足を動かすのが限界。この時間だけは律儀に後をついてくるカインとアキの方が頭を使っていただろう。

「ちょっと待てって」

「何よ。文句ある?」

 思考力を取り戻して足を止めたのは階段を通り過ぎた直後。真魚は振り払い方が荒かっただけが原因とは思えない不機嫌さで、なおさら渡は彼女の真意が分からなくなる。嫌われてるのかそうでもないのか。あまりに行動が矛盾し過ぎてその二択ですら答えを出せない。

 結局直接聞いてみないと分からない。まともな答えが返ってくる態度とも思えないがどんな反応でもたいしたマイナスにはならないだろう。

「文句はない。でもなんで」

 俺の手を引いていったんだ、とは続けられなかった。

 頭に石粉が降りかかる。ほぼ同時に遥か上方でぴしりとヒビが入る音が聞こえた。老朽化が過ぎた建物ならよくあること。だが何か余計な音が紛れている。何か良くないことが起こりつつある。

「走れッ!」

「え」

 直感に従い今度は渡が真魚の手を取り床を蹴る。その二秒後に爆ぜるような音とともに石粉とは比べ物にならない建材の塊が降り注ぐ。渡が振り返った時には既に他の面々の姿は瓦礫の奥に隠れてしまった。

「アキとカインは?」

「憎らしいほどに大丈夫だ」

 モンスターは渡よりも防衛本能に優れ、強靭な身体と対抗手段を持っている。自己判断で自分に降る瓦礫だけ押しのけて逃げるなどお手の物で、二人よりも先に前方に逃げ出した後は悠々とこちらを見物していた。

「そろそろ手離して」

「あ、ああ……いや先に引っ張ったのそっちじゃ」

「あと、ありがと」

「む」

 冷たく突っぱねたと思った直後に感謝の言葉。やはり意図が分からない。これは女心が分からないとかそれ以前の問題だろう。そう断じて渡は目の前の状況に意識を向ける。

「壊して出るのは難しいか」

 瓦礫は予想以上に多く落ちていて、局所的に固まるそれは壁と大差ない障害になっていた。力ずくでこじ開けようにも頭上で崩落を免れてる部分まで巻き込みかねない。

「二人とも大丈夫か!?」

「なんとか無事ですよ」

 心配そうな晴彦の声にそう返したのはけして強がりではない。相方の食費を次回のツケにすれば安全な日常に戻ることはできる。無事に戻るという点においては十分余裕があった。

「ハルさん、せっかくなんで私らはこのまま先に進んでみます。ね、あんたもそれでいいでしょ」

「まあ出鼻挫かれて収穫なしってのも嫌だからな」

「分かった。こちらでも合流を目指しつつ探索を進めるよ。でもくれぐれも無茶だけはしないように」

 モンスターに遭遇でもして余裕が無くなるまでは多少冒険しても問題ないだろう。慢心だとしても何の成果も得られずに相方の腹を空かせるのはあまりに割りに合わない。

 アクシデントに巻き込まれても探索はまだ始まったばかり。せめて何か一つくらいは掴んでから帰還したいところ。

 そう意気込んで進んでみたものの、五分経っても周囲の環境にたいした変化はない。三回ほど進路を曲げたところで目に入るのは塗装が剥げてところどころ穴の空いた壁と埃や石片が転がる床だけ。あまり変わり映えしない背景では集中も切れるもの。そこに沈黙が重なるとなおやりにくい。

「少しいいか」

「なに?」

 それは真魚も同じだったのか、久しぶりに比較的素直な反応が返ってくる。今日まで気にかかっていることを尋ねるには今しかないだろう。

「お前はいったい俺のことどう思ってるんだ」

「は?」

 繊細な男子高校生のハートを抉るには十分な一音だ。こちらの切り出し方から間違えた気がするのでその反応も仕方ない。反省というかたちで割り切り、渡は心を強く持って続けることにした。

「顔合わせの日から今日まで俺をずっと無視してたろ」

「そうだっけ?」

「少なくとも俺はそう感じた。けど、さっきは俺を連れ回そうとしただろ。しかも今回の面子決めるときお前が俺を指名したって聞いた。流石に態度がどっちつかずだろ」

「そうかもね」

 どれだけ渡が鈍かったとしても分かるほどに、真魚の渡に対する扱いに一貫性が無さすぎる。距離を詰めたいのか離したいのか。こちらを探るにしても動きがわざとらしすぎる。揺れるような動向では余計に気になってしまう。

「なあ、俺が何か気に障ることでもしたか」

「あのさあ、それは流石に自意識過剰ってもんよ。でもそうね……あんたが何もしてないから私がそんな動きをしてるのかも」

「何だよそれ」

「さあね。……なら望み通り普通に口を利いてあげる。それでいいでしょ」

 結局得られたのは真意を読み取るのが困難な返答とこれ以上ヒントは与えないという意思表示。そっぽを向かれた以上は詮索する余地はなく、また周囲の環境に意識を向けるしかない。

「そろそろ出るな」

「何が?」

 どれだけ進んでも劣化が激しすぎて周囲の環境には目ぼしいものは見つからない。だが、ここまでの道中で成果がなかった訳ではない。少なくとも渡にとっては収穫と呼べるものがあった。

「俺達がだよ」

 終着点はガラス扉の残骸とその奥に広がる外界。侵入時とは異なる出口まで辿り着いたのは偶然ではない。渡が自分の記憶と判断に従って動いた結果。つまるところ、渡はこの建物を知っていたのだ。

「なあ、少し寄りたいところがあるんだけどいいか」

「ふうん。ま、いいんじゃない」

 その理由も既に分かっているから、次に行くべき場所も導き出せる。さらに言えば、それらをいちいち口で説明する必要が無いことも今の渡は理解していた。





 崩落により塞がった通路には階段の手前に抜け道があった。現在、渡と真魚以外の面々は階段ではなくその通路に進路を取っている。渡との合流を目指す以上、上階の探索は諦めた。仮に分断されていなくとも、先ほどの崩壊の影響が他の部分に出ている可能性があったのも理由の一つではある。

「二人はああ言いましたけど大丈夫でしょうか」

「真魚ちゃんも無茶はしないだろう。渡君は……どうなのかな?」

「無茶はしますけど馬鹿ではないかと」

 合流は急ぐが焦って冷静さを欠いては意味が無い。今は二人を信じて目を凝らし足を進めるのみ。

 視界に転がるのは瓦礫と端材が大半。原型を留めていなければそこから価値を見出すことはできない。

「ふむ」

「逢坂さん、どうかしました」

「いえ。別段話すようなことではないので」

 例外があるとすれば鈴音だけ。何度か瓦礫を拾って眺めてはいるが、何に思いを馳せているのかは話さなかった。また、それを少し冷たいと感じられるほどには鈴音と他の面々の距離は詰まっていなかった。

「ここ入ってみませんか」

 鈴音が思わせぶりに頷くこと三度。悠介が指差したのは盛大に大穴が空いた扉とそこから繋がる一室。穴は人一人通る分には十分で、入ってみれば比較的保存状態がましな物品が並んでいた。

 右方には対面するように並べられた椅子。その横に書類と機材が折り重なった机。左方にはズタズタに裂かれたシーツが申し訳程度に被せられたベッド。その奥には右半分の戸が紛失して中の容器をベッドと床にまき散らしている戸棚。

「逢坂さん、これが落ちていたんですが」

 椎奈が鈴音に見せたのは一枚の板きれ。大きさはX-Passと同程度で形状も同じような長方形。表面に何かしらの加工がされているのか保存状態がよく、描かれている画像を認識し文字を読み解くこともできた。——これは町立八塚病院の医師が使用していた認証カードらしい。

「この方は恭介さんのかかりつけの先生だと伺いました。もしかして私達より先に来て、そして既に……」

 この医師がトラベラーでこの世界で死亡した。その遺品がここに転がっている。その可能性に至ってしまったのか、椎奈は悲痛な目で鈴音を見つめる。

「そんなものよりもこれの方が重要な物証ではないのかな」

 お返しのように鈴音が椎奈に見せたのは認証カードと同じ大きさのカード。診察券と印字されたそれにはデザインが異なる以上に重要な違いがある。それは所有者の名前が表記されていないこと。つまりこの診察券はまだ誰の所有物でもない。当然、志半ばで命を落としたトラベラーの物でもない。

「これは一番最初の部屋で束になっていたものから拝借したもの。予めこの建物の中にあったもので間違いないだろうね。もちろん、君が持つそのカードも。——さて、私を試すような茶番はそろそろ辞めてくれないかな」

 物証と推察を提示した上で、鈴音はこの場全員を糾弾するようにねめつける。彼女にとってここまでのやり取りはそれほど癪に障るものだった。

「私は既に理解しているよ。ここは――『特異点F』は未来の世界。そして君達はこの事実を予め知っていた。違うかな」

 この世界は転移前に鈴音達が日常を謳歌していた現状の未来である。その事実を渡と鈴音以外の面々は知っていた。後者に関しては、先程のわざとらしい素振りを思い出せばすぐに気づく。そもそも今回の探索にこの場所を選んだことも身を持ってこの現状を認識させるためだろう。

「あらあらまあまあ」

「ばれてしまったか。そのわりには衝撃的な事実に対するリアクションが薄いようだが」

「そのリアクションを奪われたことが癪なんですよ、天城さん」

 モンスターが跋扈する異界が実は未来の地球だった。それは本来驚き震えるべき事実なのだろう。

 文明が崩壊した理由は何なのか。人類を含む動物はどうなったのか。そもそもモンスターは何処から現れてこの世界で我が物顔に振る舞うようになったのか。

 新たな疑問は尽きることはなく、鈴音の感性も十分に刺激したことだろう。ただ今回は余計なお節介の結果、真実を知る過程に余分な感情が付着してしまっただけの話だ。

「なるほど。なるほど。それはまた変わってるね。……本当に変わってる」

 それは他の面々には少々理解しがたい彼女だけの拘り。晴彦達からすれば恭介の指示もあって仕掛けた誘導で、彼らは彼らで鈴音の反応に思うところもあった。この場においては渡達と分断されてしまったのは悪く働いたようだった。

「バレてるならバレてるで仕方ないでしょう。さっさと小川達と合流しましょうか」

 悠介の一言でそれ以上刺のある言葉は飛び出さなかったが、雰囲気が良くなった訳でもない。特に年長者二人の間は妙に冷たい空気が流れていた。

「渡君から連絡だ。既に外に出たらしい。近くに寄りたいところがあって、今はそこに居るらしいよ。あと、先に戻ってくれて構わないだって」

 そのメッセージが鈴音の口から出たのは、椎奈を先頭にして探索を進めて五分経った頃。特に目ぼしいものが新たに見つかることはなく、合流の目処も立たない状態で届いた吉報には余計な気遣いが含まれていた。

「追いかけますか」

「壁ぶち破りますか」

 侵入当初とはモチベーションと疲労感のバランスが逆転していたところに十分な火種ときた。わりと物騒な提案すら出ても仕方ない。

「座標からしてそこまで遠くないみたいだね」

 萎えかけた意欲に火をつけて再出発。しかし、彼らが本来生きるべき時間に戻るまで渡達との再会は叶わなかった。





 建造物の出口から徒歩二分。そこにはあばら屋という言葉ですら誇張表現になる、民家の成れの果てがあった。

「こんなところに何があんのよ」

「まあ待てって」

 既に生活の痕跡は消えて久しく、がらくたと埃が大半を占めている。これならばまだ先程の建造物の方がましだったかもしれない。

 真魚の不安をよそにして渡はあばら屋の側面にまわる。不信感を拭えないまま真魚も後を追ってみると、渡は石畳に腰を下ろして蓋のように埋め込まれていた金属板をめくり上げていた。露になったのは梯子が壁に埋め込まれているだけの入口。

「一人ずつなら入れるな。カインはここに置いておくけどそっちはどうする?」

「アキにも見張りをやらせる。ここがモンスターの住処ならあんたが開けることも無かっただろうし。……そんなところに降りるなら連絡しておいた方が良いんじゃないの」

「さっき逢坂さんに送っておいた。何なら先に帰っていいとも書いた」

「ならいっか」

 梯子を使って地下へと降りる。最初は渡。時間を置いて真魚が続く。

 慣れている渡が万が一のフォローに入れるための順番だったが、真魚がショートパンツ姿だったこともあり特に揉めることもなかったのは幸いだ。

「クッションになれるかと期待した?」

「そんな性癖は持ってない」

 万が一も無く無事に降下。暗がりをライトで照らしながら少し進むと重厚そうな鉄扉にたどり着く。ドアノブには0~Fまでのボタンで構成される暗号式の錠が備え付けられている。

「流石に錠そのものは変わってるか。暗証番号は……寧ろ変えておけよ」

 物は試しとボタンを押してみれば、最後の一桁を押した直後にちょうど鍵が外れる音が聞こえた。安心と落胆が入り交じった渡の顔を見れば、敢えて詳しく聞かなかった真魚でも渡の思惑は分かる。

「あんたもしかしてここに来たことあるの」

「ああ。だってここ元々は俺のじいちゃんが作ったシェルターだから」

 答えを告げると同時に扉を開ける。掘り下げたい疑問や単語も吹き出す突風に飛ばされる。ひとしきり噎せた後に二人の目に入るのは長らく晒されなかった人類の痕跡だった。

「電灯はここか」

「何ここ。自家発電設備でもあるの」

「空気浄化装置もな。……それでも流石に完全無事とはいかないか。そもそも色々変わってるみたいだし」

 先の建造物と違って荒らされた形跡が無いため、まだ内部の把握はしやすく風化の脅威から逃れられているものも多い

 まず目に入ったのは、人間が居ない今この場の主役は自分だと言わんばかりに鎮座するデスクトップパソコン。いつの時代のモデルかは分からないが、マンマシンインターフェースはキーボードにマウスなど渡にも使えるものが揃っている。だが電源を入れようとしても反応はない。電源供給があっても環境や耐用年数による負荷が積み重なって既に限界を迎えていたようだ。

「こっちはまだ使えそうね」

 次に目に入ったのは積み重ねられた新聞の山。保存状態の良いものを適当に捲っていけばそこに記載された情報はすべて記憶にないことばかり。当然といえば当然で、最も古いものでもその日付は二○四○年、最も新しいものに至っては二○六○年で、嫌でもこの異界が未来の世界であることを突きつける。

 他にも用途が不明なもの含めて日用品や雑貨などがいくつか確認できた。ただ避難のために籠っていたにしては未使用品が多く、生き残りも居なければ遺体も見つかることはなかった。

「これは……小川、ちょっといいか」

「何それ?」

 新聞から顔を上げた真魚は渡が目の前に置いた箱に注目する。何の変哲もない金属の缶。果たしてこのタイムカプセルにいったい何が入っているというのか。

「中身はこれだ」

 開封の瞬間は既に逃していたらしい。渡が箱の上に置くその中身の正体はファイルの束。それは誰かが記したメモや日記をまとめたものだった。

「字が汚い」

「読めないほどでもないだろ」

「いや無理」

 記述されている内容を読めるのは渡だけ。渡は分担して読もうと思っていたがそれが出来ない以上、概要だけ摘まんで説明するしかない。理解できた範囲では以下の三点にまとめられた。

 一つ。モンスターは本来この世界とは別の次元で活動する電子生命体であること。どうやら鈴音が立てていた仮説はあながち間違っていなかったらしい。

 二つ。「セル」というナノマシンを開発する研究が行われていること。その名の通りデータで定義された存在に仮初の肉体を与えることができる代物。また「神の触覚」と呼称されるものの研究を応用した結果、「デジタルシフト」という現象を局所的に発生させて、セルの演算結果を周辺の空間にまで反映させる機能を持つという。応用性と拡張性に優れるだけでない、物理法則を超えた現象を起こす可能性も秘めているという代物らしい。

 三つ。「セル」によるモンスターの顕現(リアライズ)とそれが齎す影響。電子生命体であるモンスターにとって、セルによる肉体は物質世界に干渉するには格好の媒体(メディア)だった。本体が電子生命体であるが故に物理的にセルの肉体を砕いたところで間を置かずに再生するため、大気がセルで満たされた領域ではモンスターは不死身の怪物と言っても過言ではない。

「モンスターの研究者が書いたメモってところか。一時期匿ってたのかもな」

「大当たりじゃないの!」

 真魚が驚くのも無理はない。なぜそんなものが渡の祖父が造ったシェルター内に存在するのか。話が出来過ぎていていっそ背筋に寒いものを感じる。

 だが、どんな背景があったにしろこれは貴重な情報源だ。現代に持って帰ってじっくり読み解きたいところだが、特異点Fの物品を持って帰ることはできない。カメラで撮っても何故かデータが破損して正常には読み込めないことも確認済み。精々できることは別のメモか自分の記憶に書き込むことくらいだ。それでも他の面々に嘘と笑われないようにまとめ直すことはできる。

「——アアアッ!」

「アキ!?」

 その悲鳴は二つ目のドキュメントを開いたところで割り込んできた。声質は一週間前に渡が助けられた歌声と同じ。だがその音色は歌と呼ぶには程遠く、最も原始的な欲求に基づく声だった。

 慌ててシェルターから抜け出し、梯子を伝って地上へ出る。そこにはカインよりも格上なはずのモンスターが悲鳴を轟かせるに相応しい状況が出来上がっていた。

 待ち構えていたのは全長三メートル近くのモンスター。強靭な腕と一対の白い翼、二対の薄羽と感情の見えない複眼。それらを持って敵対者を潰す殺戮者。そいつは緑の昆虫と青い竜による合成獣(キメラ)と形容するのが相応しい。

 その合成獣がアキを足で圧しつけ、カインの身体を右手で握りしめていた。

「なんなの、これ」

「カインまで……あいつどこから出てきた」

 ここまでの道中ではモンスターの気配すらなかった。それなのにオオクワモン以上の怪物が急に現れた。そしてそのモンスターによってこちらのモンスターが窮地に追い込まれている。知らぬ間に状況は急転し、最悪のものへと変わっていた。

「——こいつは俺の契約相手。ディノビーモンのクロムってんだ。以後よろしく」

 渡達を待っていたかのように、一人の男が合成獣の背後から現れる。外見上の特徴はアロハシャツと迷彩柄のカーゴパンツ、そして下手に染めた金髪とサングラス。渡の記憶に該当する人間は一人。最初のトラベルで渡を襲ってきた柄の悪い男だ。

「黒木場秋人!!」

「おお、覚えてくれてて何よりだ。弟切渡」

 それは想像しうる限り最悪の展開だった。思惑は分からずとも渡を敵視していることは確実な男。その秋人がカインとアキを窮地に追い込んだモンスターの契約相手。ならば穏やかに逃げおおせることなど叶いはしない。

「足をどけさせろ。カインを解放させろ」

「つれねえなあ。そら、こいつは返してやるよ」

 言葉通り投げ飛ばされて地面に叩きつけられるカイン。傷は多いがまだ立ち上がる気力も怒りによる戦意も十分残っている。渡が真っ先にしたのは逸るその感情と行動を押さえつけることだった。

「アキも解放しろ」

「そこの女の契約相手か。そうだな……なら一つくらい条件を聞いてくれよ」

 残るアキは圧しつける力自体は抑えられているが、未だ自由に動くことは許されない。アキが条件とやらを通すための人質であるのは明白だ。

「お前とタイマンが張りたい。だからよ。そこの女はおとなしく帰ってくれないか」

「何のつもりだ」

「同じことは何度も言わねえよ。安心しろ。帰れるだけの体力は残してあるからな」

 予想以上に正々堂々としたシチュエーションを望む提案。だがそれは秋人の目的が渡にあるが故のもの。最初からアキも真魚も眼中にない邪魔な存在だったのだろう。乱入されるくらいなら自ら引っ込んでもらおうという魂胆か。

「ふざけるなよ……そう言いたいが乗ってやる」

「ちょっとあんた勝手に」

「後で言い訳だって何だってしてやる。だから今は頼む」

 カインとクロムの戦力差はおそらく前回以上に大きいだろう。だが、背を向けて逃げることはそれこそ命取り。ならばせめて秋人の望み通り部外者には離れていてもらう。

「なんであんたが頼むのよ。……分かった。くたばんじゃないわよ」

「分かってる」

 エールを受けた後すぐに真魚とアキの姿が消失する。他の仲間が先に戻っていれば増援を期待できる。それまで踏ん張り、今度こそ秋人に洗いざらい情報を吐いてもらう。

「ヒュー、アツイねえ」

「誰かさんのおかげでな」

「ハッ、言ってくれる」

 何なら自分達の力だけで仕留めて、余裕ぶったその顔に一発くれてやる。無謀と言われようとも構わない。痛めつけられた上に挑発するような真似をされておとなしくしているほど、渡は賢く理性的ではなかった。






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