7-1 Rebirth the Sword
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暗域を魔女の毒釜で千年煮詰めたところで、彼の胴体の闇と狂気は再現できないだろう。燃える三眼を視界に入れた時、否応なく頭に流れ込んでくる言葉たち。闇にさまようもの。月に吠えるもの。黒人の神父ナイ。太古のファラオ。這い寄る混沌。目の前の相手を表す、歴史に刻まれ、この者自身により巧妙に隠された先人たちの無念! 異神トートやアステカのテスカポリトカですら、この外様の神の繰る千貌の一つに過ぎない――!
「ぁ……うぁ、き、様っ、は……っぁああああああ! ガルルっ、キヤノンッッヅ!!!」
隣でJが狂乱に陥っている。無理もない。対峙するだけで流れ込んでくる異界の知識。奴から暗黒の気配と共に垂れ流されているそれを真っ向受けてしまえば、あくまで人間に過ぎないJや定光ではそうそう耐え切れまい。前世がデジタル・モンスターである俺だからこそ、手にしたLegend-Armsの尽力を踏まえ辛うじて正気を保っている。
血走った眼で、金切り声の如き叫びと共に放たれた冷気凝縮弾を造作もなく受け止めて、奴は大仰な身振りで名乗りをあげた。
「まずは自己紹介と洒落込もうか。私はナイアーラトテップ――Noir-Lathotep。そこな二代目Jには"大いなる理"などと名乗ったかな?」
Noir-Lathotep。俺の脳味噌がチクタクチクタクと音を立てながら推論を立てていく。ヒントは既に得ていた。アスタロト――Astarotに、歴史の流れのどこかで無音のhが追加されていた可能性。で、あるならば。
Noirはフランス語で「黒」。Noirから「i」が抜ければnor――等位接続詞で「否定」を示す。それこそ神代の時代から暗躍していたとあれば、その名から「i」の一文字程度が抜けることなど無数にあっただろう。
そして彼の者の最も著名な名は「Nyarlathotep」。
別の方向からのアプローチになるが、アルゴリズム――algorismが否定されれば、nor-algorismだ。
「nor-algorism」と「Ny-arlathotep」すなわち「Nor-arlathotep」。類似性のあるものは呪術的にみれば同一であるのだから、"大いなる理"を名乗り遍く生命の記憶を改変した彼の神性にとって、その二つの相似性を繋ぎ合わせることなど造作もなかろう。
そう、即ち――。
デジタル・モンスター・アルゴモンがナイアーラトテップの新たな化身に選ばれたとして何の矛盾があるというのか。
何故なら、無限の姿と慄然たる魂をもつ恐怖こそ、ナイアーラトテップであるのだから。
「私の正体に察しの一つもついたかね。楽しかったよ、お前たちとの友情ごっこは」
然るにJの策略は、この忌々しき邪悪の化身を一つ増やしただけに他ならす――。
「……。……」
目立つ形での発狂を見せず沈黙を貫く定光の、本来のパートナーを奪ってしまったという事に他ならない。
「遥か昔にン・カイの森を焼かれたときから、私はアレが、クトゥグアがダメになってしまってなァ! お前たちには感謝しているよ。この惑星の法則に縛られ"地"の属性に縛られた私も漸く忌々しき"火"を滅ぼせた」
「だま、れ……」
ナイアーラトテップ自身の深淵の口裂より語られる事実。よもや彼自身の属性が"地"であろうとは――。それはともすれば、ツァトゥグアとナイアーラトテップ二柱の邪神がこの地球に存在していたように、他属性の神格ももう一柱ずつ存在しているという驚異すら示唆している。
「アレが残っていれば、或いは地球は炎熱地獄に変わり果てながらも永らえたやもしれんのにな。あぁ、労しくて涙が出そうだ」
「黙れ……」
怒りか、恐怖か。肩を震わせながらJがかけた静止も意に介さず。流れる水は止められない。放たれる毒は止まらない。耳朶に触れるだけで世界を侵す文言は、他の邪神と変わらない。
「"大いなる理"は確かに存在する。だがそれは私などではなく、お前達は御方の無聊を慰めるためだけに存在して」
「黙れと言っている――ビフロストォォオッ!!!」
錯乱していても情報は聞き溢していない。彼が"地"の神性でクトゥグアを恐れているのだから、ならば有効なのは"火"。ムスペルヘイムの業火が真正面から千貌を襲う。
「やれやれ、無粋な娘だ。歳月を経ようとその矮小さは変わらぬようだ。寧ろ、地球の情報統合樹の叡智に触れた分だけ正気を失ったか? いやはや、無意味なデバッグに勤しむ姿は実に愛らしかった。お前たちの尺度で言うなればハムスターが滑車を回し続けているようだった。なにせ、私が意図的に作り出した綻びを縫い直すのだから、見れば見るほど賽の河原に石を積み上げているようだった! あぁ、獄卒になる日をどれほど心待ちにしていたことか!」
されどアルゴモン・ヒュプノスであった彼には些かの痛痒も与えられない。デジタル・モンスター化することで異界の邪神を傷付けられるというのは、散々奴らを屠ってきた事実からも確実な筈なのに。おそらく奴の言葉通り、Jの掲げたデジタル・モンスター化という主戦略さえ誘導されたものだったのだろう。
「我らが主はご満悦だ。我々が未だに存在していることがその証明」
「主、だと……? この期に及んで、お前は先兵でしかないと?」
「先兵という言葉は正しくないな。私は宮廷道化だよ。正直、君達と役割はあまり変わらない。違いはそれを福音ととらえているかどうかと、脚本家を兼任しているかと言った所で――」
「――話が長い。疾く去るがいい」
そしてナイアーラトテップと対峙していた俺たちの側からも絶望が降ってくる。
「……お前もか。あぁ確かに、お前は一言も術技の名前も言わなければ、本来の棲家である"ダークエリア"という言葉も口にしていない。ましてや『ツァトゥグア』を滅したとも」
嫌悪感と、そして少しの喜悦を滲ませた声色で、ベルフェモンの声帯が震えている。
即応するように、定光が射貫く様に目を細めた。ああ確かに、違和感はあった。何故、レイジモードがこれ程穏当な性格でいたのか。何故、力尽き弱った筈の怠惰の魔王がツァトゥグアを打倒などできたのか。なるほど、つまり俺たちは謀られており――。
「なあそうだろう、ツァトゥグアさんよ」
――クトゥグア討伐に手を貸そうという意図は、真実だった。だが、その目的はこの惑星を旧支配者の恐怖から救い出すことではなく。
「その通りだ。まんまと引っかかってくれたではないか。まったく、遠き祖の傍仕え風情がうまくやったものだ」
「お褒めに預かり恐悦至極ですよ、坊ちゃん――とでもいえば満足かな」
「要らん。それよりも早ういね。貴様の貌は見飽きんが、好んで見たいかと言うとそうでもない」
天敵を滅ぼし、万が一にも消滅の憂き目に遭うことを回避するため。"地"属性に縛られた共謀者二柱が笑い合っている、認め難き光景。それを目の当たりにして、Legend-Armsを握る手に力がこもる。
ナイツの攻撃は通らない。アルゴモン・ヒュプノスも、嘗て味方だった怠惰でさえも敵だった。それでも、この2体を放っておける筈もない。
「さて、では私は別の惑星で種を蒔いた物語の萌芽を確認に行くとしよう」
――太陽系第三惑星は、約定通り君にあげよう。
アルゴモン・ヒュプノス――ナイアーラトテップは万物を嘲弄する貌で宙に浮かび上がる。
「うむ、よきに計らえ。時々ニンゲンにちょっかいかけにくるぐらいなら見逃してやろう」
「逃がすかよ! トゥエニストよ――斬り裂――っ!?」
剣身を伸ばし、宇宙へと飛翔する元アルゴモンへと繰り出した刺突。それは突如俺とナイアーラトテップを隔てるように展開したランプランツスの射出ゲートを介し異空間に飲み込まれる。
「どういうつもりだ、ベルフェ――ツァトゥグア」
咄嗟に剣を退きながら、見知った姿に思わず呼びかけた名前を封印する。今となってはそんなものでさえも懐かしい。七柱の魔王型は、皆それぞれに敬意を抱けるほどの猛者であった。その姿を弄ぶというのなら――。
「まずはお前から殺すぞ。テメェの同胞がどうなったか、知らないわけじゃないんだろう」
ハスターは斬った。クルウルウもだ。そして目の前でクトゥグアをも両断した。奴らには何かしら思い入れなどなかったが、その存在自体が俺たち――人間にとっても、デジタル・モンスターにとっても害悪でしかない。だから斬った。斬れた。そしてそれ以上に、お前だけは許し難い。
「二人とも下がってろ、コイツだけはすぐに殺す」
「人間風情が一丁前に我を滅ぼすつもりか――!」
幾らベルフェモンがツァトゥグアを滅ぼしたと思っていたのは思い違い。事実は正反対だったからと言って、しかし奴が用いる攻撃は氷の火柱だった。ベルフェモンの術技と遜色ないそれだが、どちらも怠惰をその特質とするだけはあると言える。そしてそれならば、過去に幾度となく対処した程度のものでしかない。
四方八方から飛来する炎を纏った鎖、だがデュランダモンの記憶が最適な対処法を導き出す。一直線に千年魔獣の体躯に近付く。
「さっさと死んどけ――!」
「ッチィ、ほざけぇ……っ!」
巨体がふわりと浮遊し、三対の翼を動かすこともなく空中に逃れた。羽根を動かすことすら億劫だというその姿勢は、いま尚その姿に見出せる郷愁を誘って最早腹立たしくさえある。
空中は今生の俺にとっての鬼門だ。それを先の攻防で理解したか否か定かではないが、奴は滞空したまま咆哮した。弱きモンスターを即死させる魔王の一喝。これもベルフェモンの能力だ。
そんなものが、窮極のLegend-Armsたるこの俺に効くものか。
「地底で眠ってただけのヒキガエル風情がァ――!」
「エイボンにも劣る家畜が調子に乗るなよ……ッ!」
大地から跳躍した俺には目もくれず、ツァトゥグアは我が物顔で怠惰の王の力を振るう。万象遍く王を煩わせるものを粉砕する氷の火柱が、最早只人に過ぎなくなったJと定光に襲い掛かる。
「だからお前は、世間知らずなんだよ。ベルフェモンならそれが悪手だと知っていた」
俺が焦って射線に割り込むとでも思ったのだろうか。幾らJが混乱していようとも、今や俺たちは二人ではない。ウェンディモンの時は判断を誤って防御半径の狭い魔楯アヴァロンを展開したが――。
「Vブレスレット!」
「ああ――テンセグレートシールド」
――定光の指示で、アルフォース能力が構築する球形の力場が彼らを護る。最早後方を確認するまでもない。目の前に俺ごと呑み込まんと展開された異空間ゲートを、空間の裂け目ごと切り裂いてツァトゥグアに肉薄する。
「ダークエリアでベルフェモンに詫びるんだな! トゥエニストよ――斬り裂けぇッッ!!」
窮極のLegend-Armsが、今更時代遅れな旧支配者の一柱ごとき、斬れぬものか。
●
ツェーンが振り抜いた一閃は、怠惰の王の毛皮に一筋の傷を着けることすらできなかった。
「は――?」
彼の端正な輪郭が驚愕に歪む。
ツァトゥグアの体表を斬りつけた一瞬がやけに長く感じられる。ツァトゥグア自身この状況は想定していなかったのか、一瞬呆けたように口を広げ――それを直ぐに醜猥なものに変貌させた。
「や、べ――マズ……っ」
「惜しかったなァ……。神に刃を向けた不遜を、しかし我は赦そう。褒美に受け取れ――!」
剣閃の衝撃が大気に霧散するまでの僅かな一瞬。その間に、先にも解放された闇の賜物が猛威を振るう。ベルフェモンのものだった魔爪が叩き込まれてツェーンの身体が地面に叩き込まれる。まるでスローモーションで或いはコマ送りで再生されるムービーの一幕のようだった。一拍遅れて地面に肉がぶつかる音を耳が認識して、更に一拍遅れて邸宅の庭に生じたクレーターを目が捉える。
「ツ――「十三ッッ!!」」
私が叫ぶよりも一段と早く、宮里定光がツェーンに駆け寄る。今更彼を想う深度で負けたなどと言うつもりはなく、単にVブレスレットを抱えていたから、或いは彼の痛ましい姿に初めに抱いたのがショックか憤りかという違いでしかない。宮里定光は有羽十三の掛け替えのない友だ。私が居なければ、人間とデジタル・モンスターの間に存在する言葉でなく定義上のパートナーという言葉であれば――有羽十三には彼こそが相応しい。
「おいっ、十ぞ……っ。 ……しっかり、しろよ……!」
その証拠に、真っ先に彼に駆け寄り助け起こそうとする宮里定光の姿は彼の相棒としてこれ以上ない程完璧だ。インスマスの海岸で見せた彼らの友情は敬意を払うべきそれであり、ツェーンとデュランダモン、二つの好意の狭間で雁字搦めになっている私が介入するべきではない。最も素晴らしき友の手に導かれ、陥没した大地から再び黄金の輝きが溢れ出すだろう。
けれど、それを理解した上で。
「ツェー……ン……?」
私の身体はまるで幽鬼のようにフラフラとクレーターに近付いて、宮里定光を押し退けていた。ツァトゥグアは陰湿な雰囲気を漂わせたまま、宙空に静止して私たちを観察していた。都合がいい。舐め切っているのならば反撃を見せてやろうじゃないか。ねえそうだろうツェーン。だからほら、演技はもういいんだ。胡散臭いムーヴは私たち二人とも大好きだけれど、油断を誘うためならもうこれ以上ない程成功してる。
「おい、やめろ――っ、見るな!!」
どうして宮里定光はこんなに焦っているのだろう。有羽十三に相応しいのは彼でも、ツェーンの真意を理解できるのは私だけだ。その証拠に、クレーターの中を覗き込めば不屈の笑みを浮かべたツェー、ン…が……。
「ツェーン……? 嘘、だろ……ぅ」
膝から崩れ落ちる。クレーターにのめり込みそうになり、宮里定光に支えてもらう。
嘘だと言って欲しかった。ツァトゥグアの言葉でもよかったし、ヒュプノスの魅せる悪夢だったとしても構わない。誰でもいい。宮里定光でもいい、邪神でもいい。どうか目の前の光景を否定して欲しかった。
「いいや、事実だとも」
この光景は幻覚などではなかった。魔王の姿を奪った邪神の濁った瞳にも、無残にも引き千切られた肉塊と、砕け散った黄金が写り込んでいる。
「しかし気の多いことよ。ネクロフィリアだけでは飽き足らずナルシズムか? 随分節操がないな、少しは慎みと言うものを持ったらどうだ。これではまるで色欲だ」
「アァ?」
私の腕を掴んで身体を引き上げながら、ツァトゥグアに対して威嚇する宮里定光。それを有り難いとは思うけれど、私の身体はもう自力で立つ事もままならないほど力が入らない。
分かってはいた。理解してはいた。私たちは上位の究極体に等しい火力を持つものの、肉体的には人間に過ぎない。ツェーンは空を飛べず、私は盾を手放せない。彼の得物は攻防一体のLegend-Armsだが、斬り払いという無敵の防御が通用しなければ待っているのは敗北だ。
「どうだ二代目Jよ、貴様の愛を差し向ける代替品はこの手で粉砕してやったぞ。」
「おい落ち着けよ。耳を貸すな、取り乱すな。まだだ、まだ終わっちゃいねぇ」
「いいや終わりだ。貴様らの魂はサイクラノーシュの理に呑まれ、永劫我らの無聊を慰めるために用いられるのだ」
世界が遠い。薄いガラスを隔てたような感覚どころか位相が違うようにすら感じられる。何か会話するような囀りが聞こえて、しかしその囀りの片方がどうにも忌々しくて仕方ない。皮膚の上を這いまわる蟲のように、この声の主に魂が汚されていく。
「なぁ、二代目よ。この肉に宿る記憶が教えてくれることは多いが、分からぬことも多い。一つ教えて貰おうか。気になって夜も眠れんなあ、怠惰たるこの我が」
獣欲を滲ませた嘲笑に思わず耳を塞ごうとするが、物理的な遮蔽は意味を為さず脳が犯される。それは全てが真実でこそないが一端の真実は紛れていて、私がツェーンを愛する資格がないことが浮き彫りにされる。私の心の海から浮上してルルイエさながらに世界を圧迫してしまう。
「先代――死体の具合はどうなのだ? 腐汁に塗れ蛆に乳を吸われ、それで貴様は喜悦を漏らすのかぁ? おお悍ましや汚らわしや。まるで月棲獣かの様ではないか。はっははははははははははは――!」
「テメェ、言わせておけば図に乗りやがって……!」
「ん? ハハ、威勢の良いことだ。貴様に用はない、死ね」
隣の彼が、憤りも露わに食って掛かる。とても嬉しいことだけれど、悪手に過ぎる。邪悪な神格を前にして人類にできることなど、震えて慈悲か気紛れを祈るしかないのだから。
獣の剛爪が軽く振るわれただけで、彼の肉体が砕け散るビジョンを幻視した。デジタル・モンスターの特殊能力が意味をなさない以上、アルフォースでは『技』を防げても攻撃は防げないかもしれないと頭の中の狂っていない部分が即座に判断して――。
「宮里君、ダメ……っ!」
――彼の親友まで喪わせてなるものか! 身体が反射的に動いて、イージスを両腕で構えて受け止めた。
「あぐっ、あ゛ぁあ゛っ!!!?!?」
けれど防ぎ得たのは一撃だけ。両腕がへし折れ、もうイージスは掲げられない。ナイツ随一の山羊皮の盾は見事に物理障壁として機能してくれたがやはり担い手の脆弱性が足を引っ張った。激痛と骨の折れる衝撃は神経線維の伝達速度で考えれば深部感覚である衝撃の方が先に脳に達している筈だがそんな事を考えている余力もなければ速度差を知覚している暇もない。
「依存先がなくなれば次の男に媚びを売るのか? いっそ健気とさえ言えるが――とんだ淫売だ」
こんなもの地の旧支配者にとっては手遊びに過ぎないと分かっている。その程度の力に懇親の防御を為さねばならぬ現状はどう考えても詰んでいるけれど、それでも私は彼を守り抜かねばならない。ツェーンの親友。私の恩人。彼がいなければアメリカ東海岸で私はパートナーと真に再会を喜ぶことはできなかったし、ツェーンと本当の意味で分かり合うことはできなかっただろう。代償行為に過ぎぬと分かっているけれど、イグドラシルの職務などあって無きが如しと分かったとしても、最早打開策の一つも浮かばなくなったとしても、諦められるものか。
「あぐっ、ギ、ぃ――ゴッド・ブレス!」
魔楯アヴァロンの全方位防御シールドは通用しない。案の定二回目の攻撃はいっそ小気味よい音を立てて結界を破壊した。だがアヴァロンそのものは実体楯で、ゴッド・ブレスの発動時には輝きながら空中で制止してくれる。本来のベルフェモンが全力を出して破壊できるかどうかという代物は、二撃目も十分に防いでくれた。
けれど、これでお終いだ。ナイツの武装にはまだ聖盾ニフルヘイムもあるが、腕が動かなければ使えない。ここで戯れにツァトゥグアが手を止めなければ私たちに待っているのは死以外には存在しないし、そんな甘い考えを抱いてなんとかなる状況じゃない。
「愉快な出し物だ。その盾は識っているぞ、三秒しか使えんのだろう。さぁ、次はどう凌ぐ」
「決まっている――」
左肩にブレイブシールドを形成、半身になって彼の前に躍り出る。その時見た宮里定光の表情はどんなものだろう。恐怖? 嫌悪? 呆然?――違う、赫怒か。こんな私に……先代に依存してそのガワを纏わなければ戦えなかったような無様な女にそれほどの価値を見出してくれて、本当に嬉しく思う。
迫り来る魔爪、死の恐怖はない。ツェーンも、デュランダモンも死に、その魂はリアルとデジタルのどちらに行くのだろう。それともツァトゥグアの言ったように土星に引きずり込まれるのだろうか。どれでも構わない、私もこの後すぐ、後を追うから……だけど。
「――宮里君。無責任だけど、どうか無事で……!」
だけど、せめてこの身を彼の残した何かの為に捧げないと、私はツェーンに顔向けできない!
●
無機質な直剣としての黄金も、有機質の五体も魂魄だけとなって周囲の状況を認識している。魔王の爪で引き裂かれたものはダークエリアで彼の血肉となる。その大原則に則れば、ツァトゥグアに殺された俺たちは土星という奴にとってのパンデモニウムに引きずり込まれるのだろう。そしてそれはJも、定光も同じだ。
――許せるか。 肉を喪ったデュランダモンが囁く。
――許せない。 霊魂となった俺は答える。
当然だ。俺たちのふがいなさが、奴を断ち損ねた。顔向けできないのは俺たちの方だ。デジタル・モンスターでないから斬れないだと? ふざけるな、下らぬにもほどがある。
ああ、だが、最早身体は動かない。俺たちはあの旧支配者を斬り損ね、Jと定光を守り損ねた。それが現実。世界は地の旧支配者に支配され、この宇宙はアルゴモンだったあの忌々しき神性に支配される。
義憤か、嘆きか。果たして何なのか自分でもわからない感情が総魂を渦巻いている間にも、場面は進んでいく。今、ちょうどJがブレイブシールドを肩に装備したところだった。
最後の最後まで、Jは目を瞑りもしなかった。定光を優しげな瞳でみて微笑んだ後、確とツァトゥグアを睨みつけていた。
『――宮里君。無責任だけど、どうか無事で……!』
霊魂となったことでパートナーへの感受性も強化されたか、その思考までなだれ込んでくるようだった。バカな奴だ、この状況に責任をとるべきは俺たちだ。
なぜならば、俺たちは勘違いをしていた。調子に乗っていた。為すべき事を為さず、Jとの邂逅に浮かれに浮かれていた。
お前に顔向けできないのは、俺の方だよ。
――パートナーの影に隠れるデジタル・モンスターなど、ぶっちゃけクソダサいだろう。
●
目の前で、信じ難い光景が繰り広げられていた。
銀髪の美少女は我が身を守ろうと矮躯を絶望に晒し、黒髪の青年と至高の黄金は奇跡を起こした。
死者蘇生と、融合。
担い手と剣が同一であることが理想などとは、口が裂けても言えるものではない。やはり剣とは、担い手と武器が揃ってこそ。
――目映いまでの漆黒が、闇を微塵も匂わせぬ清廉な赫怒を纏っていた。銀髪の愛すべき彼女を庇うように、我が主の子ヨグ=ソトースとシュブ=ニグラスの双子の子ナグとイェグ、その息子であるツァトゥグアの腕を斬り裂いた。
「パートナーの影に隠れるデジタル・モンスターなど、ぶっちゃけクソダサいだろう」
あぁ、羨まんばかりの光景だ。私は眩しさに思わず目を細めて彼らを見つめる。アレも羨んでいるようだったが、人間にだけ許された特権はあまりにも多い。
特権――奇跡を目の当たりにして、私も己のなんたるかを思い出した。あぁそうだ、思いも寄らなかったが、宮里定光――私もまた神。人として生を受け、人として17年の時を過ごしたナイアーラトテップの千の化身の一。遙か昔より旧神ヒュプノスに化けていたあのナイアーラトテップと引き合うのは当然で、そして目の前の彼らが言うパートナーの情というものが理解できなくても当然だ。何故なら根源を同じとする二人だったのだから。
だが、間近にそれを触れて、確かに心地よいと思った。
こんなにも胸をうち響かせるものがあったというのか、私は真理に至ったと確信できる。
なにせほら、その証拠に――。
「っ。き、みは――!」
「ありがとうレイラ、お前のお陰で間に合った」
――聖剣デュランダルは、更に進化した!
これほどの感動、これほどの充足。感謝しかない。二度の死を尚越えて、再び彼らは惹かれ合うのだ。やはり、あの私は間違っている。雛鳥は既に卵から孵った。雛は私のゆりかごの中で育ち、巣立ちの日を迎えるべきなのだ。
二度の再臨を果たした彼は、白亜に輝く直剣を誇らしげに掲げた。
――では今宵、忌々しき交響曲の幕引きと行こう!
7-2 I am a Legend-Arms
グレイダルファーが手に馴染む。
思えば俺はずっと不完全な姿fだった。デュランダモンの姿も、ツェーンの姿も。そもそもLegend-Armsが誰かのパートナーになるという事自体が狂っている。そんな当たり前のことに気がつかないなんて、窮極のLegend-Armsを自称しておきながらなんたる体たらく。
俺はこれまで魔を断つ剣でしかなかった。だが、剣であるならば聖も魔も断たねば片手落ちだろう。天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼすのが俺なのだから。
斬り飛ばした前腕に目もくれず、レイラの身体を抱き寄せる。細い身体だ。無惨に砕けた両腕に、守れなかった自分のふがいなさに殺意さえ覚える。アルファインフォース能力で傷を癒やし、彼女を庇うようにツァトゥグアの前に立つ。右腕を落とされた奴は腕の断面を呆然と見つめた後、苦悶を浮かべるでもなく激怒していた。
「貴、様ァ――! 脆弱な生物の分際で……!」
大方、先ほど傷ひとつ付けられなかった筈の矮小な生命が自分に傷を付けたのが許せないのだろう。まったく、これだから神性というやつは。傲慢が過ぎると言うものだ。
「カミって奴は、怠惰の称号には似合わないぜ」
目の前の邪神は、嘗て死闘の末に討ち果たした傲慢の超魔王に後する力を持っていただろうことは想像に難くない。だが、更なる進化を遂げた俺にとっては最早敵じゃない。グレイダルファーを突き出し、溶けかけたバターを斬るようにツァトゥグアを薙ぎ払った。
「――っふぅ。ざっとこんなものか」
怠惰の肉を奪って復活したツァトゥグアの消滅を見届け、俺は手を数度握っては開き、五体の状態を確認した。四肢は壮健な活力に満ち溢れ、背にはサファイアを思わせる深い蒼色のマントを靡かせる俺の姿。総身を漆黒の鎧に包み、手には真なるLegend-Armsグレイダルファー。
「ツ……デュラ……アルファ、モン」
背に、おずおずと伸ばされた指先が触れた。新生した俺のことを、なんと呼べばいいのか分からないようだ。本当は、真の姿に立ち戻っただけなのだが。
「ツェーンでも、デュランダモンでも構わない。俺はそのどちらでもあるし、どちらでもない。お前の好きなように呼べ、レイラ」
振り向いて、愛しいパートナーの前に跪く。
「俺はお前の為にある。レイラ・ロウは俺の全てなんだ。
Legend-Armsである俺は、ただ一振りの剣に過ぎない。当然だろう。天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす、それが俺だ。担い手こそが俺の指向性で、担い手なくして俺は存在意義を果たせない。けれど――俺は同時に、デジタル・モンスターでもあった」
パートナーなきデジタル・モンスターなど、世界の命運を決める戦いに拘わりようもない。
「レイラ・ロウは、俺というモンスターに意味を与えてくれた。だが同時に、それはお前に俺を振るわせたくないと思わせるには十分な関係性だった」
「……その結果がデュランダモン。聖剣デュランダルの伝説を下地にした姿」
「そうだ。俺はお前のことを大事に思っている。そう思うがゆえに、Legend-Armsであるにも拘わらず自分で戦い続けた。アルゴモン=ヒュプノスに化けたナイアーラトテップの差配で人間界に転生させられたとき、人間の姿になったのも、きっとその一環だろう。担い手と剣が同一であればLegend-Armsが完成するなどと、馬鹿な思い違いだった」
レイラの手が、俺の頬に伸びる。続く言葉は、頭の真上から降ってきた。
「あぁ……馬鹿な男だよ、君は」
薄く細い体躯が俺の頭部を抱きしめていた。体温こそ高くない身体だが、何よりも暖かかった。
「私が、そんなことで喜ぶわけないだろう……。Jと、彼のパートナーの姿を、覚えていないのかい……?」
「覚えているさ、しっかりと。あの男は俺たちの道標だった……」
どこまでも強く、誇り高く、捻くれてこそいたが誰よりも善意に満ちていたJという男。そんな男と並び立ち、時に戦い、時に彼を支えたパートナーデジモン。彼の旅路は道半ばで終わってしまったが、脳裏にしっかりと焼き付いている。
「だからこそ、俺はお前を守りたかった、前線には立たせたくなかったんだ」
「だが私は、Jにならざるを得なかった。イグドラシルの端末となってからはレイラ・ロウとしての自分に戻ったけれど、それは私たちの受け継いだJの旅路が終わったからで、私がJに縋らなければ自分を保つことすらできなかったのはツァトゥグアの言うとおり事実だ」
微かな嗚咽と同時に、頭に一滴の滴が落ちるのを感じた。
「ごめんよ……私が、弱かったから……君にそんな役割を背負わせてしまったんだね……」
「それは違う! これは当時の俺が弱く、そしてお前を信じきれていなかったのが原因であって……!」
泣かないで欲しいのに、言葉を尽くせば尽くすほど彼女が涙ぐんでいってしまう。レイラの涙を引かせるためにどう言葉をかけたらいいものかと焦っていると、傍らの定光から助け船が出された。
「二人とも、お互いのことを大切に思っていたということだろう。ほら、泣きやむとい――泣きやみなって」
レイラの事で頭が一杯で気がつかなかったが、そもそもこの男もパートナーを邪神に奪われているはずだ。深い悲しみに身を落としていてもおかしくないのに、そんな様子をおくびにも出さない。強い男だ――弱い俺なんかと友であってくれて、本当にありがたいと思う。だが、少し様子が変わったか……?
「ああ、そうだね……宮里君も、ありがとう。君がいてくれたから、私は最後までJでいられた」
翠瞳から流れ出る液体を拭いながら。そしてそんなレイラを見て、定光はどこか以前のアルゴモン・ヒュプノスさながら鷹揚に頷き、まるで狂言回しであるかのように、残る問題を提起した。
●
「礼を言うのはこちらの方さ。だが……アイツを倒さない限り、この世界に平和は訪れない。日常の裏に、怪異はともかくあんなモノが潜んでいては枕を高くして眠れやしないだろう」
本当は、あの私を倒し、最後に我が君の眠りを覚まさねばこの世界は解放されないのだが……。けれど次の戦いで、彼らはそれを識るだろうし、識った以上彼らは絶対に呪わしきオルケストラを止めにかかる。なにせ同じ自分のことな上、あれほど近くにいたのだ。その衒学趣味は手に取るようによくわかる。そう信じて、私は無言のまま彼らを送り出す。
「分かってる。当然好きにさせるつもりはない。この惑星を玩弄する邪神だ。Jの後継としても、十三番目のナイツとしても見逃す理由はどこにもない」
「アルファモン……。でも、奴はもうこの星に興味はないと言っていた! もう君が戦う必要は……」
「あるさ。役割や使命以上に、俺はお前を弄んだアイツを決して許せそうもない。もしレイラ・ロウを戦う理由とするのが不満だというのなら――」
アルファモンは言葉を切り、宇宙を見上げる。宙の果てにいるナイアーラトテップに宣戦布告するように、その澄んだ殺意が研ぎ澄まされていく。
「――俺自身、さんざ虚仮にされてキレてるんだ。着いて来いレイラ、一緒にアイツをぶん殴りに行こう」
嗚呼、もう大丈夫だ。彼らは遂に同じ所に並び立った。
「十三!」
輝かしい男の名を呼びかける。思えばこのまるで数字のような名も、きっと彼の意志があの私の意志を越えた証左だった。
アルファモンと言う、彼の真の姿を表す真の名。
有羽十三とデュランダモン、同一にして別個の存在が高次元に融合を果たした姿――空白の席の主、十三番目のロイヤルナイツ。
彼はイグドラシルの暴走――即ち神と、残り十二の騎士の相手取る存在であるのだから、必ずや世界を蝕む悪神を滅ぼせる。同じ神である以上、最早逃れることはできんぞ、私よ。
できれば私も一緒に行って直接手助けをしてやりたいが、馬に蹴られる趣味もない。
「お前は勝てるよ、行ってこい。わた――俺の分まで、宜しく頼むわ」
●
――『お前は勝てるよ、行ってこい。わた――俺の分まで、宜しく頼むわ』。
突き出された拳。その一人称から、彼の中で何らかの覚醒が起こったことを悟るが、自分から言い出さないのならば追求はすまい。言わなくていい事と判断したのだろう。
激を飛ばす定光に、究極体の力で粉砕してしまわぬよう繊細に力を調節して拳を合わせた。
「任せとけよ――さあ、レイラ」
「私たちなら、絶対に負けないよ。行こう」
カレドヴールフを身に纏うレイラと連れだって飛び上がる。背中の黄金の翼を広げ、蒼白のマントを風に靡かせて、瞬く間に小さくなっていく定光から視線を切り、宇宙へと飛び出す。
何処だ、何処にいるナイアーラトテップよ。雪辱戦と行こうじゃないか。
答えは直ぐに訪れた。
「星に縛られた存在が、無謀にも星を飛び出し私を追ってきたか!」
闇に彷徨う漆黒が、宇宙の暗闇と錯覚するほど昏いままに顕れる。シルエットこそアルゴモンに似ているが、その燃える三眼の猥雑さは最早デジタル・モンスターとは言えまい。ヒュプノスとしてのコイツと融合させられたアルゴモンに、僅かな憐憫と共に黙祷を捧げた。
「生憎と、舐められっぱなしは性に合わないんだよ」
グレイダルファーの切っ先を向ける。
「見くびられても下を向いて受け入れるのがお前たち人間ではないか。遊び飽きた玩具に用はないが、手向かうならば絶望をくれてやろう――」
邪神の掌に、星々が凝縮していく。その数実に数万を越えており、それはこの邪神に玩弄された惑星の数をも表している。そして、この術技には既視感がある。なぜなら、俺はサタンモードとの戦いの後も同じように、これを食らったことがあるから。死角より飛んできたこの熱波を、この魂が覚えている。
凝縮された幾つもの銀河が、音も振動も発さないままに破壊の業火として弾け飛んだ。その威力、速度、共にダークエリアの業火が児戯にも等しく、けれど。
「テンセ――グレートッ、シールドォオオオッッ!」
幾ら破壊力が高かろうが、これは邪神の理ではない。たかが超新星爆発、たかがスーパーノヴァ。エンシェントボルケーモンの放つそれと同質の物理現象でしかない。ならば防げぬ道理などあるものか。レイラが必死の形相で張り続けるアルフォースの盾が、超速で崩壊と再生を繰り返す。
「砕け散ってたまるものか。今度こそ、今度こそ私は最後まで戦い続けるッ!!」
彼女もまた、既視感と、それによる著しい恐怖に苛まれているはずだ。何故ならあの時、魔王戦役の最終決戦の後。俺たちは生き残ったナイツと共に外宇宙より飛来したこの一撃を受け切ったものの、続く攻撃には耐えられなかったのだから。その時も、アルフォースブイドラモンのこの盾が俺たちを守っていた。レイラの頬を汗が伝って落ちる。
「任せろ――こんなところで終わりはしない!」
あれだけの星々が集まれば当然、太陽にも劣らぬ恒星の一つや二つあるだろう。超新星爆発に続いて起こる事象、極限の自己収縮によって全てを飲み込むに至った暗黒天体。即ち…光をも逃がさぬ暗黒の超重力。時の歩みをも許さぬブラックホールが、今度はレイラだけを見逃したりはせず俺たちを呑み込もうと渦巻く。いかなる攻撃も喰らい尽くす暗黒の渦に、前回はナイツのどんな攻撃も通用しなかった。
「暗黒天体がなんだってんだ。こっちには二回の死を越えてなお俺を愛する重い女がいるんだぜ」
だが、そんなものでは最早終わらない。グレイダルファーを一振りすれば、寸刻の内に膨張し続けるブラックホールよりも長大な剣になる。渾身の力を込めLegend-Armsを振るえば、複数銀河を滅亡させた人為的な暗黒天体創造が終了した。レイラが俺の発言にひっかかりふくれっ面を晒す余裕すらある。
「ちょっと、それ私のことだよね。私やっぱり重いの? ねえ。ねえってば。目を逸らすなよ」
「知ってる。知ってる。一切ご承知ずくだ。お前が自分を重いと認識してないのはな」
「これが終わったら覚えておけよアルファモン……! 一日中べったり抱きついてやるからな……!」
やべえよ先代Jの台詞なのに通用しない。
「足掻くか! だがその献身、絶望が深まるだけと知れ!」
「次はどう出るよ。得意技は効かないって分かっただだろ」
「後悔するなよ……ッ!」
安い挑発に乗ってくるナイアーラトテップ。人間を玩弄しすぎて、自分が虚仮にされる経験がないのだろうか。だがここからは未到領域、初見クリアを求められる以上、気を引き締めて意識を怜悧に研ぎ澄ます。
奴が細長い触手を指揮棒のようにかざすと、スペースデブリから惑星まで、大小様々の飛来物が猛然と迫ってくる。同時に顕れる無数の異形の者ら。異形の中にはデビドラモンやハンギョモン、レアモンと言った見知った者らに似た姿もあった。これらこそが、邪神共の奉仕種族なのだろう。となれば成る程、次なる手筋は――。
「――眷属召還と流星群か。ちょうどいい、それなら見せてやるよ」
剣を構えぬ左腕を前に突き出す。それだけで、レイラはこちらの意図を察してくれた。
「Access――Yggdrasil.SEVENTH SIN's, Code:Envy!
いと壮大なる五番目の子。されど汝は、あらゆる全てを羨んだ」
銀縁のモノクルの奥で、左眼が激しく動く。既に地球から遠く離れてしまっているが、イグドラシルに接続し、俺たちが戦った偉大なる魔王の記憶を呼び起こす。彼女から伝えられるコードに従って、目の前に巨大な魔法陣を描いた。脳裏に鮮明に残るピンク色の大鰐が笑いかけてくるようだ。当時は忌々しかったが、今となっては敬意すら抱いているし、礼賛の言葉すら自然に口をつく。
「如何なる者も汝を傷つけること能わず。
――Digitalize of Soul! ロ・ス・ト・ル・ム……!」
俺たちを遙かに上回るサイズの魔法陣から魔顎が飛び出し、流星群と異形共を飲み干し喰らう。ありとあらゆる全てを奪い尽くす嫉妬の極点。俺の魔術によって模倣し、複製された存在ながら、先の暗黒天体にも劣らぬと確信できる。
「これが七大魔王だ。アレはベルフェモンを名乗るには些か以上にお粗末だった」
「ほざけ! 所詮ツァトゥグアなど血の薄れた格落ち品に過ぎん、あの程度の者を殺せたからと思い上がるなよ人間……ッ!」
月に吼えるかのような激昂。そして次なる神の御業がもたらされる。数千、数万の星々が奴の指揮通り踊り、その配列を組み替えてゆく。やがて十字架のごとくクロスして、1999年8月に起きたそれに比して数億倍規模の潮汐力を引き起こし、一挙にそれが押し寄せる。
「ぐ、ぁ……っぐ、舐めるなよ……!」
全身の血液が沸騰するかのように暴れ回る。流石に堪えるが、まだまだこれから。あのド腐れ邪神に、地球の底力を見せつけてやらねばなるまい。
「あぁ。地球原産のグランドクロスを見せてやろう。
Access――Yggdrasil.Kerner――Seraph, Cherub, Ofanim.CODE:Lucifel!
アッシャー、イェツィラー、ブリアー、アティルト――」
フォールダウンしたルーチェモンが、王国より王冠までセフィロトを辿り至高天として再臨する。
「いと気高き熾天の君よ、汝の愛を我は識る。
――Digitalize of Soul! グランド……クロス!」
顕現した傲慢の天使が10個の超熱光球を産み出す。
十字に配列されたそれらはセラフィモンのセブンヘブンズを児戯に貶める魔技だ。たかが自然現象の数億倍程度に負ける道理などなく、俺たちの身体を歪めようとする超級の重力差を打ち消し、押し返し、そして源たる幾万の邪星を打ち砕く。
奴ら自身の理に定められた攻撃でもなければ、最早俺たちには届かない。魔王も、神に等しいデジタル・モンスター達も。旅の途中で嘗て出会い、共に在り、対峙した全ての存在が俺たちに力を貸してくれている。この星を愚弄した邪神を赦すな――と。
ナイアーラトテップの炎の瞳の下、昏い暗黒が広がる口裂が憤るように歪められた。
「どうした、終いか? ならば聞きたいことがあるんだよ、答えてくれないか無貌の神」
「ほう、何かね。大宇宙の叡智でも知りたいのか? 私は知っているぞ、世界の始まりも、終わりも。不老の術も、栄光の科学も魔道の秘奥も!」
釣り針に獲物がかかったとでも言わんばかり。会話を仕掛ければ邪神は愚かにも、饒舌に語り始めた。
7-3 Noir-Lathotep
グレイソードとグレイダルファーで切りかかる俺たちを無数の触手でいなしながら会話は続く。
「幾つ惑星を滅ぼした。幾つの知性体を弄んだ。教えてくれよ、気になるな」
「ハッ、ハハハハハハハ――"幾つ"だと!? 浅はかだな地球の生物、悠久の間舞台を紡ぎ続けた私が、今更描いた作品の数を覚えていると思うのか。貴様らとて物語を紡いでいただろうに!
あぁそうだ、お前たちは創作者であったな。面白い事を教えてやろう」
無音であるはずの宇宙に響き渡る哄笑が耳障りだが、一理ある。創作者としてのツェーンの頭の中に生まれては消えていった世界も無数にあることは否定できない。
「――"サロン・ド・パラディの管理人"は私だよ」
「なに……っ」
「つまりお前たちの行動は、策略は初めから私の掌の上に過ぎなかったということさ! どうだ二代目J、苦し紛れの反逆の一手が徒労に終わった気分というものは」
レイラの麗貌が苛立ちに歪む。あぁ、自分を客観的に見ることができれば、俺も同じ表情をしていることだろう。なにせ、今俺たちは思い出を汚濁に浸された。臓腑の底から腹立たしさがこみ上げてくる。
「そうか」
だが、それだけだ。精々が「あ、そう」と言うレベル。Jにデジタルワールドの真実を突きつけられたツェーンでもあるまいし、その程度で揺らぎはしない。お前に弄ばれていたことなど、お前が言葉と計略で相手を惑わせることなど百も承知。今更そんな事実を突きつけられたところで遅すぎる。
「どこまでもムカつく野郎だ、続きの出し物がないと言うならここで――」
追いつめられた状況で出てくるのが口撃とはな。聞く価値もなしと判断して、攻め手を苛烈にする。既に二人合わせて千本は触手を斬っただろうか、斬り飛ばす傍から再生する触手だが、ならば再生しなくなるまで斬り伏せるのみ。
「――無論、否だ。私を誰と心得る。お前たちに贈る絶望に、二の矢があるに決まっているだろう」
面食らう。殲滅の決意を固めたところでのこの言葉だ。まだ何かあると言うのか、それとも時間稼ぎでもしているつもりか、内心警戒度を跳ね上げ、目の前だけではなく周囲にも知覚範囲を広げるが、それは徒労に終わった。
「有羽十三――アルファモン。貴様、自分の記憶がどこまで本物だと考えている」
一度、剣を止める。
「おかしいとは思わなかったのか。高校生にして一軒家に一人暮らし、両親が干渉してくることはなく、成績は優秀な割にチンピラ属性かつ陰キャラで、怪異騒動に頻繁に巻き込まれるフィクションのような日常」
ナイアーラトテップは愉快そうに語る。ネタばらしが愉しくて仕方なさそうだ。
「およそまともな人間像ではあるまいよ! 父と母の記憶はあるか、愛されていたか、心許せる友はいたか満たされていたか?
応ともそうだろうよ、なにせ私が"そういう記憶"を植え付けたのだから!」
「は――はははっ。つまり、あれか。お前はこう言いたいのか。俺の記憶にある有羽十三としての記憶は偽物だ、と。有羽家も、これまでの記憶も、全てが」
「そうとも! お前の中身は空っぽだ。もし有羽十三という存在があったとして、それは精々がここ数年のものでしかない。どうだった、学校生活は馴染み辛かっただろう? それもその筈、デジタル・モンスターの分際で人間に混じって暮らすなどおこがましい! 尤も、何やら奇異な人間の一人や二人はいる者だ。お前の隣にいるアレも、中々以上の変人のようだな」
「アルファモン……大丈夫だ、君には私がいる。ずっと傍にいる。もう二度と、君を見失ったりはしない。宮里君だっているじゃないか、私たちはずっと君の傍にいる」
レイラが俺の手を握りながら早口で告げる。真っ白な手のきめ細やかさに目を奪われた。
「レイラ・ロウ。まるで自分が関係ないような素振りだが――そもそも疑問に思わなかったというのか? 何故、有羽十三という人物が己がパートナーデジモンの転成先だと臆面もなく信じきれた? 日本で暮らす私の玩具有羽十三は、その時点で生を受けてより十数年が経っていなければおかしいだろう。イグドラシルの根本でお前が目を覚ましたのが、魔王戦役の十年後だったとでも――自分で言っておいてなんだが、これはナンセンスだな。ともかくお前が見ている有羽十三が本当にデュランダモンだったと、どうして確信できる。目の一つも逸らしていたのか、どうなのだ。イグドラシルのログを閲覧すると言い訳して左目を塞ぎ、右目は都合のいい幻想だけを見つめ続けたか! だとすれば愚か、実に愚かだ。その十数年は空虚な幻想に過ぎん。有羽十三の個我を尊重しようという貴様の葛藤も、決意も、全てが絵に描かれた幻想に対する一人相撲だったと知れ!」
「ク――ハハ、ハハハハッ」
「ふっふふ、あっは、あはははっ」
突然笑い出した俺たちを、気に入りの玩具を見るような視線が舐める。燃える三眼に愉悦が宿る。
大方、気が触れたとでも思っているのだろう。そう思われていると分かっていても、笑いが止まらない。
「アッハッハッハッハ――つまり、俺たちはずっと騙されてきたと。偽りの記憶、偽りの人生、そんなモノを尊んでいたと」
「ふふ、ふふふふっ、あははっ――あぁ可笑しい、あんなにも幸せだったから、笑いが……くふっ、止まらない……っ」
ほら、笑いが止まらない。
馬鹿らしくって、笑う他ない。
笑いすぎて、涙さえ出てきた。
「ああ――面白すぎて、笑うしか……ハハッハ、ない。馬鹿みたいだ。実に、実に滑稽じゃないか……」
なあそうだろう――ナイアーラトテップ!
愚かな邪神に宣戦布告。剣の切っ先を向ける。
「そんな事、この姿になった時点で気付いていたさ!」
「さぞや滑稽だと思って私たちを見ていたのだろうが――それはこちらの台詞だよ、実に詰まらない事をぺらぺらと話すじゃないか」
本当に、この邪神はお粗末だ。既知をなにやら重大そうに告げられたところで、寧ろその姿が滑稽なのはお前の方なのに。
「――そうか」
ナイアーラトテップの表情から、遊びが消える。
奴の身体から流出する悍ましい気配が強まり、四方八方から同質のそれを感じるようにさえなった。
「「「「「お前たちを見くびっていた。謝罪しよう」」」」」
「無貌の神の面目躍如、化身全てのお出ましか?」
「そのようだね――邪神セト、疫病神パズス、月に吼えるもの、双頭の蝙蝠に膨れ女、赤のクイーンと言ったビッグネームからジャックランタンまでオールスターだ。ここまで来るといっそ壮観だ」
愉快なカボチャから一見普通に見える黒人、果ては方程式や機械まで。その中には、どこか見知ったデジタル・モンスターに似ているモノもいる。人間界だけでは飽きたらずデジタルワールドにまで手を出していたか。義憤の一つも湧くべきなのだろうが、それでも目の前のナイアーラトテップたちの真剣さに気圧される。
「「「「「しかしそれはそれとして、私はお前たちを滅ぼさねばならない。脚本を外れられると困るのだよ、我が主が退屈あそばされてしまう」」」」」
老若男女バラバラな人間の声帯に始まり、獣の唸り声や無機質な機械音声まで。幾千のナイアーラトテップが寸分違わず同一の言葉を放つ。
「「「「「この世界は夢なのだ。我が主が微睡みの中で夢見るゆりかご。今やお前たちは私と同じ位階にあると認めよう。夢の中で個我を獲得し、遂には私の脚本を逃れ出た――アザトースの世界から解脱に至った。それは手放しに賞賛しよう」」」」」
今、コイツは教えてくれている。世界の真実を――余人が理解すれば、じわじわと迫り来る終焉に怯え狂気に陥るだろうそれを。
即ちこの世の全ては、アザトースなる"ナニカ"の夢見。彼ないし彼女が覚醒し次第、世界はもう二度と続きを紡ぐことはないのだと――いや、この表現も正確ではない。何せ前例はなく、知覚もできず。もしも再度アザトースが眠りに入れば何事もなく世界が続くのかも知れないが。その間、この世界は全ての歩みを止めている以上、どうあってもそれを判断することすらできず、ナイアーラトテップ自身にも分からぬのだと。
「「「「「故に。最初の解脱者であった私が彼の君の眠りを安らかに持続させるため動いているのだ。その観点で考えると、お前たちの存在はいかにも不味い。他の解脱者の存在により、シナリオにアドリブなど加えられてみろ、どうなるか分かったものではない。
……今、アザトースの宮殿で彼の君を慰めるオーケストラを奏でる化身すらこの場にいる。この意味が分かるかレイラ・ロウ、アルファモン。私はお前たちに最大限の敬意と警戒を払っている。最短でお前たちを押し潰し、直ぐにでも戻って舞台を紡ぎ続けたい所をこうして化身総出で語っているのは、お前たちに対する敬意の表れと知るがいい」」」」」
忌々しげな感情と、率直に礼賛する視線の双方が同時にぶつけられる。解脱――成る程アザトースの夢の登場人物である以上、意識的にしろ無意識的にしろ、その思考や行動も全てそう在るよう必然的に生じるものであると。それはあの強大な旧支配者たちでも同様であり、その差配から真っ先に抜け出したのがナイアーラトテップ。二番目が俺たち。
地球一つとっても二千年以上コイツが絡んでいる。あれだけの星々を愉悦の種にしてきたのだ、それは気の遠くなる時間でもあっただろう。そう考えると、世界の存続に貢献したナイアーラトテップに対して憐憫も、感謝も湧きそうになる。だが、俺の感情がどうあってもこの者を見逃したり、この者と協力したりさせようとしない。
「そうか……話は理解できた。だが、俺には許せないことが一つ――いや、二つある」
レイラ・ロウがJの口調を借りて宣告する。
そう、そうなのだ。そして問いたいこともある。彼女もJの外殻を纏ったということは、考えている事は同じ筈だ。
その返答次第によっては、何をさしおいてもコイツを滅ぼす。その後世界が、俺たちがどうなるかはまだ分からないが――ここで完全なる決別だ。
「まず、これは貴様に言っても仕方のないことだが。俺たちの旅路が、人間の、デジタル・モンスターの全ての営みがアザトースによって定められていた、だと? ふざけるな、運命論者やノルニルなどより余程質が悪い」
「「「「「気持ちは分かる。だが、事実d――」」」」」
「待て。二つ目と、それに伴う質問に先に答えてもらうぞ」
俺は掌を突き出して、ナイアーラトテップの返答を遮る。一斉に押し黙ったのを肯定と捕らえ、記憶を反芻するようにしながら尋ね始めた。
「レイラ・ロウがデジタルワールドに落ちたこと、デジメンタルを巡る争い、メタルエンパイア及び四大竜の暴走、ワールドブレイカー共の出現に魔王戦役、そして先代Jの死。あの旅路には無数の嘆きと犠牲があったが……これらも、アザトースにより定められていたことか?
いや、婉曲的だったな。問い方を変えよう。あれらの始まりや結末は、流れは、お前の差し金か?」
「「「「「その通りだ」」」」」
一も二もなく肯定される。予想の範疇内だ。これは思考の片隅に芽生えた希望の芽を自ら摘むための儀式でしかないのだから。
「ならばそれは何故だ。何故、お前は物語のレールを変更できる立場にありながら、悪趣味な脚本ばかりを用意する。アザトースの趣味なのか? それとも……」
解脱者はアザトースの支配から逃れ得る。故にナイアーラトテップは脚本家として、舞台を演じさせ続けたという。ならば、介入の仕方によっては胡蝶の夢の胡蝶が満足するエンディングを向かえる事もできた筈だ。そうしなかったのは、何故だ。
「「「「「私の趣味に決まっているだろう。お前たちに敬意を払いこそするが、所詮他の知生体など弄った時の反応が面白い玩具に過ぎん。世界は広く、その玩具が予想もつかぬ、あるいは私好みの反応を見せれば見せるほど、悠久の時の無聊の慰めとなったよ。無論、今の状態に至るまでのお前たちもその一つだった」」」」」
半ば予想できたことだが、その言葉が聞きたかったのか聞きたくなかったのか分からない。分かることは、俺たちの間に和解の芽は潰えたと言うことのみ。
「「「「「第一、アザトースの好みなど私に分かる筈がないだろう。彼の君の意識は紛れもなくこの世界に身を置いているし、私が介入しないままの世界はともすれば彼の君の望みを反映したものかもしれないが、夢見たことが必ずしも願望の反映であると言う訳でもなかろう」」」」」
そうか、ならば――。
「ならば――貴様が解脱できたことが間違いだったんだ!
最早救われぬ哀れな邪神よ、お前の為してきた悪徳の報いを受ける時が来た!」
Legend-Armsを構え、左手を天高く掲げる。ナイアーラトテップの化身全てよりも高い位置に、特大の魔法陣を描いた。
「そうだ、ここで全てを終わらせるぞ!
Access――Yggdrasil.
Royal Knights,CODE:OMEGA!」
「暗黒時代の終焉だ! Digitalize of Soul――」
魔法陣より召還されるは、レイラも愛用している勇気の竜剣の所有者――終末の究極融合聖騎士オメガモン。
だが、表れ出でたるその姿は俺たちの識るそれとは異なる。白い体躯は黒く染まり余りにも巨大で、何故か白馬に跨がっている。白馬はスレイプモンでもユニモンでもなく、何故その様な姿を取っているか分からず困惑する。だが、その正体は直ぐに露見した。
「「「「「――カルキ、だと……!?」」」」」
漆黒の獣砲を向けられたナイアーラトテップが呆けたように呟き、次の瞬間激昂した。
「「「「「ハ――ハハハハハハハハ! カルキ、カルキと来たか! よもやお前たち、自分が何を喚んだか理解していないというのか!?」」」」」
泣き笑うような声色が四方から浴びせられるが、その音声も冷気凝縮弾の極大爆発に呑み込まれ瞬く間に少なくなっていく。異界の理そのものであるナイアーラトテップに攻撃が通用しているのは、あのオメガモン――カルキが、もはやデジタル・モンスターを超えているからか、それとも俺たちが解脱者同士だからかはわからない。だが、奴の言いたい事は理解できる。
インド神話において、創造神ヴィシュヌの最後の化身である未来王カルキ。暗黒時代カリ・ユガを終わらせ、世界を次のステージクリタ・ユガに進める終末の騎士。つまり、そのカルキがオメガモンの姿を借り、世界をナイアーラトテップの支配から解放せんとしているのか。
「「「まさか、惑星そのものまでがお前たちの味方をするとは畏れいった。そうか、私の脚本はカリ・ユガだったと言いたいのだな、お前たちは」」
世界に無数に偏在していた筈のナイアーラトテップの化身は、もう一割も残っていない。広大な宇宙を瞬間移動で暴れ周り、オメガモン・カルキは撃ち漏らしを殲滅していく。
「「ならば仕方あるまい――解脱者同士、尋常の決戦と行こうではないか」
最後の一体――初めから最後まで俺たちと戦い続けた闇に彷徨うものだけになったところで、オメガモン・カルキは黒外套を翻して飛び上がり、上空でガルルヘッドを構える。その砲塔に、世界を終わらせるに相応しい莫大なエネルギーが集められる。
対する闇に彷徨うものは先だって放った超新星爆発を放たんと星々を凝縮する。
瞬間、衝突。刹那の間すら無く二つの極大エネルギー同士がぶつかり、周囲一体を灰燼に帰す。グレイソードに両断され無惨に散らばっていた化身共の残骸も、欠片も残っていない。
オメガモン・カルキはこちらを一度見つめると、再び外套を翻して俺たちの描いた魔法陣の中に消えていった。
残るは闇に彷徨うものただ一体。超新星爆発で天地を廻す終極の星を迎え撃ち、無傷のままこの場に質続けている原初の解脱者。
だが、大勢は既に決している。
「まだだ、まだ私が居る以上、この世界は終わらん」
担い手と、武器と、パートナーの三位一体。それこそが――真なるLegend-Arms。
天使が持てば世界を救い、悪魔が持てば世界を滅ぼす――。
「構うな、やってしまえアルファモン!」
それならば――。
「自分以外に解脱者がいないと嘆き、趣味の悪い作品を作り続けたのがお前の敗因だ!」
真なるLegend-Armsの前に――。
「理解っているのか――私を滅ぼせば、お前たちだけではない! この世界の全てが滅ぶぞ! 宮廷道化の演劇なくして、アザトースが微睡みに揺蕩うことはない!」
たかだか邪神。
たかだか先代の解脱者。
たかだか外宇宙の支配者ごときが、敵う道理などどこにもないのだ。
「胡蝶の夢のエンディングの希望は胡蝶に聞くことだ!
一足先に、舞台から退場しろ――!」
燃える三眼を、Legend-Armsが両断した。
●
見事……見事、アルファモンとレイラ・ロウは成し遂げた。
「一応、礼だけは言っておく。ここまで世界を存続させてくれて有り難うよ」
少しだけしんみりとした空間に割って入ると、二人はまるで予想していたかのように私を出迎えた。
「よう、遅かったな定光」
「また、何か持ってきてくれたんだね」
きっとこの二人は、私の正体に気付いている。
それでも構わない。彼らの選択を最後まで見届けられればそれでいいと、私の中の宮里定光だった部分が言っている。ナイアーラトテップそのものである私もそれに同意している。
「ああ。アザトースの宮殿につながる鍵、さ」
私は抱え持った30センチメートルほどの香木の箱を手渡す。中には装飾過多な銀色の鍵が入っている。
「知っての通り、もうナイアーラトテップはいない。アザトースの眠りを守る解脱者はもういない。となればお前らが取るべき行動は二つに一つ。
第二の解脱者として、今度はお前が脚本を描くか――」
「いいよ、最後まで言わなくて」
躊躇い無く銀の鍵を取り出すアルファモン。
「君は来ないのかい? 宮里君」
そして、さも当然と言わんばかりに私を共連れにしようとする。その眩しさに眼を焼かれそうで、私は思わず視線を逸らした。
「い、や……俺は、いいよ。最後のデートだ、二人で楽しんで来なよ」
宮里定光には彼らと共に歩む資格があるが、ナイアーラトテップにそれはない。
「そうか」
「残念だけど、そういう事なら」
寂しげな表情に心が痛む。だが次の瞬間、二人は破顔して「鍵」を使った。
「じゃあ、待っててくれよ。必ず勝ってくるからさ」
「君が待っていてくれれば、私たちもきっと戻って来れそうな気がする」
「ああ……待ってるぜ」
目の前から二人が消える。
フルートの音の止んだあの宮殿で、最後の戦いが始まるのだ。
「頼む……頼む、どうか……!」
この世界が終わっても、彼らが共に在れますように。
祈る神など白痴の君しかいない身なれど、初めて心の底から何かを祈った。
●
無限の宇宙の最奥、既に我らが青き星すら見えなくなったこの宮殿にこそ、アザトースの意識は在る。沸き立つ渾沌が螺旋状に渦動するこの領域は、即ち盲目にして白痴たる神の脳内世界に他ならない。
解脱に至る前であれば、このもの凄い原子核の渾沌世界に一切の道行きを見出だすことはできなかっただろう。
目を凝らせば、漆黒の霧の中、心を圧し折りにかかってくるグロテスクな宮殿と玉座への階段が見える。知性ある者ならば耐えられまい悍ましさ。
「準備はいいか、レイラ?」
「恐怖などないさ、私たちはずっと一緒だ」
「世界が終わるまで?」
「この世界が終わっても、永遠に」
階段を駆け登ると、眼、耳、鼻に舌、そして皮膚と、ありとあらゆる感覚器官を持たぬ、顔だけの異形の存在が鎮座していた。その輪郭は常に流動していて一定に定まらず、無限に膨張したかと思えば次の瞬間にはあたりの空間ごと吸い込みながら収縮していく。
「だけどね、私はこうも思うんだ。解脱というのは、卵から雛が孵ることなんじゃないかって」
「雛鳥は俺たちか? アザトースが夢から目覚めることで卵の殻は割れ、真実、この世界は世界として成立する、と」
だとしたら、うん――素敵なことだ。
そう在ってくれればいいと願いながら、グレイダルファーを抜く。レイラが手を添えてきた。
目の前には、この世界を維持し続ける創造主。とは言え、頭蓋を破壊して尚有り余るこの露出した脳味噌は、いつ覚醒を迎え世界を終わらせるのか分からない。
「「では、輝ける新世界の到来を願って」」
無防備に眠り続ける白痴なる創造主に、Legend-Armsを突き立てた。
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ニャル野郎てめえ……!!!!!そんな、ちょっと似てるだけでそんなスムーズに繋がリーヨできるならマタドゥルモンとマクドナルドだって繋げられちゃうだろ……!(これはショックのあまり滅茶苦茶な事を言い出す羽化石)
裏切る事は想定していましたがそれでもやはりショックが……
ブルータス、お前もか……!!!怠惰というワードに「ん?」と思ったきりすっかり忘れていた自分が恨めしい……。
絶体絶命の状況。しかし、どうでしょう。ツェーンは、十三は、諦めることをしなかったのです。彼は黄金の剣で怠惰の魔王の皮を被った余所者の神を切り裂き……ゲェ!効いてねえ!!効いて……嘘だ……。
やめろよ……やめてよぉ……。丸腰の定光くんが逃げ出さずに十三くんに駆け寄ったのも、これもツェーンの手の内だと僅かな希望を持ってそれすら打ち砕かれたのに、定光くんを守ろうとするJ……。やめろよ……なんでそんな事言うんだ旧支配者……。
Jと定光くんの間にも友情が生まれている……。俺たちは最強チームだ……。(ここら辺は衝撃のあまり読みながら書いてるのでまた実況形式になってます)
そこからのリバース・ザ・ソードが最高に熱い。「ぶっちゃけクソダサいだろう」が逆に格好いい。「J」ではなく「レイラ」と本当の彼女の名を呼ぶのが最高。
みんな大好きナイツにも魔王にも対応できる虎の子アルファモンだぁ!!
は?定光???は???
そうかあ、だから十三だったのか……。全ては繋がっているんだね……(?)
「愛する者を弄ばれたから許さない」と、愛という感情のために剣を振るうアルファモン=十三に、それに糞重い愛で応えるレイラ。
愛よ、愛……。羽化石世界においては愛が重い奴が強いので君たち二人に敵などないのだ……!ニャル野郎もあまりにスケールの大きな技を放ってきますが、それにも臆さない彼らが頼もしい。覚悟を決めた恋人二人の前にはそんな攻撃児戯にも等しいのだっ……!
からのロストルム……!熱い……!かつての強敵に敬意を表してその技を使う、熱くない筈がない……!
ま、マルクトからケ、ケテルへ、あ、あああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
今明かされる衝撃の真実ぅ!など、結ばれた2人を揺るがす事などできず、千の化身など烏合の衆でしかなく、ナイアーラトテップの企みや働きなど知らんこっちゃないのです。
これこそ愛の物語。
カルキだああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
世界は大いなる存在とその取り巻きの掌の上とか言ってるラブクラフトおじさんと愉快な作家仲間たちプレゼンツの神話に、とんでもないスケールの数字をバンバン使った挙げ句世界を終わらせて新生しにかかる別の神話をぶつける、最高だぜ!!!!!(クトゥルフファンにぶち殺されそうな発言)
定光……定光ぅ……二人の幸せを最後まで祈ってくれて……ありがとう……。
前作がアダムとイブっていたので今作はデビルマンったりエヴァ旧劇ったりする事を覚悟していたのですが、なんだか……希望を感じる……。本当にあの幸せな世界が真なるものになると、信じられる……。
寂滅アケイディアもそうでしたが、世界が滅びかけていても、どこまでも信じられる希望がある……。
ここまでを7話単体の感想として、これからは総括とさせて頂きます。
パラ峰さんの得意とする人間世界の伝承や神話とデジタルモンスターの融合、今回はそれにクトゥルー神話が加わり教養と発想力のダブルパンチに終始圧倒されてしまいました。
しかし、ストーリーを見てみればどうでしょう。謎が謎を呼び、誰を信じていいのかも分からない時のあのドキドキ感。激しく、迫力があり、そして熱いバトル。親友との友情。そして見ているこっちが恥ずかしくなるほどの真っ直ぐで純然なラブ・ストーリー!物語の王道を堂々と胸を張って歩いているようなストーリーに胸が躍らないはずないのです。躍りました。花輪ばやしよりも激しく躍りました(ローカルネタ)。
王道を卓越された技術で書かれてしまっては、読者の心はそのメジャーリーガー並の豪速球を受け止める以外に道はありません。何を言ってるのか自分でも分からなくなってきましたが、要するに「最高だったぞ!!!オフ会でこの感情という感情を語らせてください!!!!!」ということです。
愛と希望と友情の物語をありがとうございました。
レイラと十三の愛は、十三と定光の友情は、ぼくは不滅だと信じています!!!!!トゥエニストよ、斬り裂けぇッッ!!