Epilogue
「この世はアイドルで満ち溢れているっ!!」
あまりの興奮にスマホ片手にドンと叫んだ俺を眺めながら、ハリちゃんがじゅろろろーとミックスジュースが文字通り底をついた事を主張している。
自宅から持ってきたタライに身体を半分以上浸けながら今日も今日とて俺のミューズは夏の暑さも和らぎそうな冷たい視線をこちらに向けていて、仕草は違えど2人とも呆れている事自体は程度の差はあれ伝わって来た。
そういうのはね? 君たちが世にもマジェスティックなアイドルだからこそ許されるんだぜ?
誰が何と言おうが俺が許すのだが。
一応、それらしくこほんと咳払いしてから、俺はもう一度自席に腰を下ろした。
……あの目まぐるしい1ヶ月間――『ユミル事件』からさらに騒々しい1ヶ月と少し。
今年も、8月3日がやって来た。
とはいえ、この日になれば大々的に報道されていた『お台場霧事件』の特集は少々鳴りを潜めている。当然と言えば当然だろう。何せ、『お台場霧事件』を引き起こしたのはヴァンデモンだが、『ユミル事件』を解決したのも、ヴァンデモンだ。
全く違う個体なのに、同じ種類のデジモンだというだけで世間は好き勝手な事を言う。
それが良い意味であれ悪い意味であれ――『彼女達』を振り回している事には、変わりない。
最もあの『最後の進化』以来、『彼女達』は、そういうもんだと完全に吹っ切れている節もあるけれども。
『ユミル事件』の〆……カンナ先生の「忙しくなりそうだ」という予感は必要以上に的中し、もう、なんというか、本当に、色々あった。
説明を「色々あった」の一言で片づけてしまいたい程度には、色々あった。
しかしそういう訳にも行かないので、簡単にだけ、紹介しておこう。
とりあえず、まずは件のカンナ先生。
十闘士のスピリットやエンシェントワイズモンの存在そのものを伏せていた事もあって、研究者界隈からは結構な事も言われたみたいだ。
でもそんなの先生はどこ吹く風で、あの事件で得た資料を手早く纏め上げたかと思うと文句を言ってきた相手全員の前に突き出して、あっという間に黙らせてしまった。
そのくらい――先生が得た物は、デジモンの関係者たちにとっても信じられないくらいに価値のあるものらしかった。
それから、コロモンになっていたスカモンも、いつの間にか黒いアグモンに進化していて。
本人曰く、「普通のアグモンになる筈だったんだけど、ウイルス種だった期間が長すぎたのかもしれないわね」との事らしく。……このままいけば、というか、カンナ先生なら間違いなくきちんと育てきるだろうから、女性口調のブラックウォーグレイモンとかが正式に爆誕してしまうのだろうか……。
……口調は軽いけどどことなく陰のある金髪色黒女勇者系美女、か……。
「もしかしてやけどカジカの奴、またアホな事考えとるんちゃうか」
「ゲコ。ラーナモンも大体解ってきたゲコね。もしかしなくても考えてるゲコ」
未だに俺のスマホに居ついてる関西弁水の闘士と俺のミューズからの視線が痛いけれど、次行ってみよう、次!
……エンシェントワイズモンの周囲に居た『人間』達の事だ。
炎の闘士と土の闘士の人は警察に逮捕されて、風の闘士と雷の闘士の人は、一応、行方不明という扱いになっている。
エンシェントワイズモンの集めた闘士の器達は全員、エンシェントワイズモンが引き起こそうとしていた『世界の終わり』に関しては何も知らされていなかったらしい。とはいえ彼らが単体でやらかした事もかなりの量がある上、世界を滅ぼさないまでもばっちりエンシェントワイズモンと協力関係にあったのは事実なので――少なくとも、逃亡中の放火魔として罪状を重ね続けた炎の闘士の人は、もう一生、塀の外には出られないだろうとの事だった。
もちろん、最終的にはこっちに協力してくれたって言ったって、マカドだって、例外じゃない。
ただ、本人も言っていた通り非戦闘員だったらしいマカドは一応、直接人に危害を加えた様子は無いらしく。加えて、数年前の事件にしても法的な制裁は既に受けた後だとの事で、なんか、思ったより早く、出てくる、らしい。
今でも時々手紙でやり取りしているものの、相変わらず鬱陶しい奴なので割と本気で返事を書くのを止めようと思ったりもしつつ、『マカドが現在面倒を見ているデジモン』の事が気になってしまい、結局、つい数日前にポストに手紙を突っ込んだばかりだ。
マカドが、面倒を見ている、デジモン。
幼年期Ⅱとはいえ度を越えた傍若無人っぷりが半端ないタネモン――ピノッキモンの、生まれ変わりだ。
事件が終わって、カンナ先生が事後処理をしている間に出向いたデジタルワールドの森の館に、もう、ピノッキモンの姿は、無かった。
代わりに、やって来た俺とオタマモンを出迎えるように、玄関前の広間の中心にぽつんと、緑色のデジタマとUSBが、置かれていた。
中に入っていたのは老人の昔話のように長い手紙で、俺達に向けての今回の事件に関するお礼や謝罪やら、ゼペット爺さんの身元に関する情報やら、自分のデジタマの処遇についてやら――『蝙蝠姫の子守歌』への、感想なんかが、書かれていて。
で、その自分のデジタマについて。ピノッキモンは、「マカドに面倒を看させるように」と書き添えていたのだ。
どんな人間だとしても、それでもやっぱり、氷の闘士だった訳だから――心配していたのだろう。
かつての『片割れ』まで巻き込んで転生しているように見える事まで計算してだったのかは今となっては判らないけれど、一応、マカドとタネモンは、上手くやっているらしい。
「ユミル進化はさせない」と、マカドもそれだけは、約束してくれた。
「ピノッキモンさんにそんな事をしたら今度こそ殺される」と、まあ、そんな理由では、あるけれど。
あと、ゼペット爺さん――本物の『京山幸助』さんは、手術で無事胸元のスマホを取り除いた後、高齢過ぎるという理由で、塀の中じゃなくて介護施設で暮らしている。
元々は有名な『伝説のハッカー』だったらしく当然お尋ね者でもあったらしいのだが、結局、警察からは逃げ切った――という事になるのかもしれない。
……1回、マカドの代わりにタネモンを連れて会いに行ったんだが、『伝説のハッカー』なんて言っても誰も信じないだろうなって思ってしまう程度には、普通のおじいちゃんしてたけれども。
そして、忘れちゃいけない子がもう1人、目の前に。
「ハリちゃん」
飲み物も空にしてぼうっと窓から外を眺めていたハリちゃんが、俺の呼びかけに答えてこちらを向いた。
「身体痛いのは、もう大丈夫なんだよね」
「お蔭様で」
コラプサモンを還した後――ハリちゃんは、しばらく寝込んだ。
全身が軋むように痛い。との事で、あれだけの大仕事をしたという事もあってみんな随分と心配したのだけれど――その痛みが治まったと聞いた時には、もう、『こう』なっていたのだ。
カンナ先生が出来る限り確認した後、先生からの報告で事情を知った研究者や医者に診てもらったのだけれど、何1つとして、おかしなところは見当たらなくて。
ハリちゃんに施された『調節』云々なんて、まるで最初から無かったみたいに――異常は、1つも。
「きっと、マスターが『イロニーの盾』に細工を施していたのでしょうね。私がマスターの盾を使うような事態に陥った場合まで、最初から、想定していたのでしょう」
左腕。
手のひらサイズにまで縮まった『イロニーの盾』をブレスレット風にカモフラージュしたものを見下ろして、ハリちゃんがぽつりと呟いた。
俺の一言で、彼女もまた、この2か月を思い返したのだろう。
「私の中にあったデジモンに近い特異性は、消えて、無くなってしまいました」
『オフセットリフレクター』が『反転』のためのデータとして引っ張り出したのは、ハリちゃんの中の、デジモンとしての特徴だったのだ。
特異性が消えて
ハリちゃんは、スピリットによる進化が、出来なくなって。
その代わりみたいに――成長を、始めた。
びっくりするくらいの勢いで。
身長が、ぐんと伸びた。もうリューカちゃんより背が高い。俺も抜かれそうで怖いくらいだ。
体型は一応スレンダーなままだけど、それでもどことなく女性的な線が目立つようになった気がする。
もう、お兄さんが化ける必要も、無いからだろう。
ハリちゃんはコラプサモンとの対峙の時にカメラに映ってしまっていたのだけれど、今となっては言われでもしなければ――ひょっとすると、言われたとしても、同一人物だとは思えないかもしれない。
色んな意味で、メルキューレモンは、最後まで妹を護りきったのだろう。
……と、ハリちゃんはその左手を喉元へと持ち上げる。
顔には、お兄さんそっくりの、唇を片側だけ吊り上げる笑みを浮かべながら。
「この声以外は!」
……そう。
ハリちゃんの声は、相変わらず機材を通しても何ら変化を起こさない――デジモンの声のままだった。
歌を教えている事自体には感謝していると、言ってたっけか。
俺の興味が失われないようにと、苦心していたのかもしれない。
2ヶ月前ならともかく、今となってはハリちゃんの声質が変わったくらいで――いや、どうだろう。絶対に以前と変わらないくらい全力でレッスンに取り組めていたかと聞かれると、ちょっと解らない。
うーん。やっぱり妹の事となると頭の回転の仕方が変わってるような気がするというか、何というか。
まあ何にせよハリちゃんはマジェスティックな声をそのままに、レッスンもものすごい勢いで頑張って。
本日、めでたく、デビューする事になりました。
いっえーい!
……いや、まあ、とはいっても会場は俺の知り合いばっかりが集まった小さなライブハウスで、歌うのもソロではなくオタマモン……ラーナモンと、1曲目を除いて一緒になんだけれども。
だけど確かに――ハリちゃんは、ここから世界への1歩を、踏み出して行くのだろう。
「……カジカP」
「ん?」
「少し……心配です」
「ゲコ? ハリさん緊張してるゲコか?」
「していない訳ではありませんが、カジカPにお伝えしたい心配は、その事ではありません」
突然の「心配」とやらに疑問符を重ねる俺に、ハリちゃんは言いにくそうに、口を開いた。
「私は今から、アイドルを始めるのですよね?」
頷く。
「確かに、マスターは私にこの声を残しては下さいましたが……カジカP。マスターが貴方が私をアイドルにする事を、許可した記憶が見当たらないのです」
俺は、頷かなかった。
許可は――最後の最後まで、貰っていない。
「マスターは帰還後、カジカPを、どうしてしまうのでしょう」
「……」
「私の見当が正しければ、カジカPは連続で殴られた後上空に蹴り上げられて、頭部からの落下をさらに加速させるような形で身体を固定されたた上で地面にのめり込まされてしまうのではないかと……」
「んんん? 何? 俺のパラダイス、がらんどうになってロストしちゃうのかな??」
「っていうか何ゲコかその技」
「……真面目な話、覚悟しといた方がええかもしれんで」
不意に、やけに神妙な調子がスマホから聞こえて来て。
「……ラーナモン?」
「しつこいで、鋼の闘士は。古代の方で十分解っとるとは思うけどな? ……骨の5、6本は、あり得る」
「……」
「知らんけどな?」
言いつつ、直接面識があった訳でも無いっぽいのに、ラーナモンの声には妙な実感がこもっている。
古代鋼の闘士は古代水の闘士に振り回されがちだったけれど――それと同じくらい、古代水の闘士は古代鋼の闘士から理不尽なレベルの説教をくらう事も多かったとか、そんな話を、ピノッキモンが、していたような……。
……うん。
あまり、深くは考えないようにしよう。
……っと、古代鋼の闘士の名前が出たから、その事も、少しだけ。
エンシェントワイズモンは、確かにこの世界を滅ぼそうとしたけれど――それはそれとして、古代デジモンの研究者・キョウヤマとしては、結構真面目に研究データを残していたそうだ。
重要な資料として、既に沢山の研究者達に、情報が共有されているらしい。
その辺、なんだか無駄に律儀で――そういうとこやっぱり、お兄さん父親似だったのかもしれない。
「まあ……大丈夫だよ、うん」
そんな律儀なメルキューレモンが最後に俺に残した「震えて待て」の一言をとりあえずは振り払って、改めて、俺は俺のミューズ達を見た。
最高の歌姫である我がパートナーと
これから至高への階段を駆け上がる、アイドルの卵。
そしてこの2人でさえ、始まりに、過ぎない。
俺の、事。
あの後、雲野デジモン研究所の一員として良くも悪くも時の人となった俺は、メディアからもファンからも別にそうでも無い一般人からも質問攻め状態になって。
おめーのでしゃばるような場面じゃなかっただろと、俺を責める人達も当然居て、SNSは炎上気味にもなって、ちょいちょい凹んだりもしたけれど――
――そんな中でも理解を示したり、励ましてくれるファンも友人達も、当たり前みたいにちゃんといて。
俺は、そんな人達と一緒に、あるプロジェクトを立ち上げる事にしたのだ。
今回のオタマモンとハリちゃんによるライブの直後に、本格的な企画を集まってくれたメンバーと共に始める予定でいる。
名付けて、『デジモンアイドル育成プロジェクト』!
人間では無く、デジモンの有志ばかりを集めて1から歌の基礎を教えていこうという企画だ。
「この世にアイドルなんかいねえ」とふて腐れ続けてきた俺だったけれど、この2ヶ月、俺の知らない世界と触れ合って、それから、ハリちゃんに歌を教える内に――改めて、「アイドルなんて、自分で創ればいいじゃないか」という結論に至ったのだ。
この世界には、まだまだ魅力的なデジモンがたっくさんいる。
試しにツブヤイタッタワーで呼びかけてみたところ、冷やかしもそこそこあるだろうけれど、予想以上の反響が集まった。
故に――「世界はアイドルで満ちている」、と。
もしも本気でアイドルを目指すデジモン達が、俺を頼ってくれるなら――何が何でも、俺は全力で応える所存だ。彼ら彼女らを、この世の至宝に育て上げて見せる。
何と言っても俺は若き天才音楽クリエイター・カジカなのだから。
曲も歌い手もひっくるめて、俺は『音楽』を作るのだ!
と、そんな風に脳内も盛り上がってきたところで、ガチャリ、と控室の扉が開いて、隣にバケモンを連れた友人が、俺のアイドル2名を呼びに来てくれた。
「おっ、出番か!」
いつもの様に、オタマモンが水のヒューマンスピリットを纏い、闘士の精神の方は、ビーストスピリットの方に移動したらしい。
「頑張って来いや! ウチもカジカと見とるさかい!」
「あ、それなんだけどカルマーラモン」
「ん?」
「俺、ちょっと連絡したいところがあるんだ。スピリットの方リアライズさせるから、先行っといてもらえるかな」
そう言うと、直ぐに察してくれたらしい。
最初はキャラが濃すぎると思っていたけれど、それはどうやらお互い様らしくて、それからお互い、少しずつ、慣れてきた。
水のスピリットは、両方ともずっと、俺のところに有り続けるらしい。
ハリちゃんがデジモンへの進化を失い、他の器達からスピリットが取り上げられた今。
俺とオタマモンは国公認の『サンプルケース』として、これからも水の闘士として、やって行く事になっている。
で、その水の闘士そのものであるカルマーラモンは、「ははーん」とわざとらしく、何故かウキウキしたような声音で返して来たのでそれを合意だと判断し、水のビーストスピリットをリアライズさせて、友人に渡す。
ラーナモンもハリちゃんも、俺へと笑って見せた後、先に控室を後にして行った。
「……」
久しぶりに、1人だ。
1人で一度、向き合ってみるべきだと、思ったから。
ドット絵も『水』の文字も無くなった待ち受け画面で、ただ時計を確認する。
あの子はきっちりしてるので、まだ、出発はしていない筈だ。
あの子――リューカちゃん。
彼女は今日、パートナーと一緒に、『暗黒の海』の調査に出発するのだそうだ。
こちらでは初めましてです
読了致しましたので、短いですが感想を書かせていただきます
デジアドの世界線で進む物語が面白かったです
作中でデジアドの設定や本編の話が出てきてわくわくしました
ヴァンデモンに進化する、ただそれだけで迫害されてきたリューカちゃんとピコデビモンくん…カンナさん達に出会って本当に良かった…
カジカPとオタマモンさんの、お互いに理解しあっている関係性がすごく好きです
ハリちゃんが少しずつ人間として成長していくのがいいですね
カンナさんとコウキさんの関係も読んでいてついニヤニヤしてしまいました
リューカちゃんとピコデビモンくんが新しい「前例」となる物語…明るい未来があると強く思える物語でした
「もしもし」
どうしたのだろうと思って、私は急いで博士から受話器を受け取った。
もうすぐ、ハリとオタマモンさんのライブが始まる筈なのだけれど。
【あ、急にごめんね、リューカちゃん。大した用じゃ無いんだ。……俺も、ちゃんと「いってらっしゃい」言いたくてさ】
思わぬ用件に、眼をぱちぱちと瞬いてしまった。
直ぐに気を取り直して、電話越しとはいえ小さく頭を下げる。
「ありがとうございます、カガさん。……でも、大袈裟ですよ。まずは3日くらいで、帰ってきますから」
【うん。でも、やっぱり声かけたくてさ】
それに、と、カガさんは続ける。
【リューカちゃん、もうちょっと時間ある?】
「時間、ですか?」
ちらり、と視線をピコデビモンに向ける。
相変わらず、時間帯相応の眠そうな瞳だったけれど――アグモンさんの頭に止まらせてもらいながら、こくりと頷いてくれた。
元々、出発の予定は私が勝手に決めたものだ。
この子さえ許してくれるなら、別段、気にするような事じゃ無い。
【じゃあ……ちょっとだけ、聞いていってよ】
「え?」
【音大きかったら、ごめんね】
次の瞬間。がちゃん、と重そうな扉が開く音がして――
【それでは、聞いて下さい! カジカPの新曲、『蝙蝠姫の子守歌』!】
電話口だろうと、まるで隣にいるみたいに聞こえるハリの声が――響き渡った。
あの日はオタマモンさんの歌声だけで存在しなかったイントロが、流れ始める。
私は急いでピコデビモンを呼び寄せて、2人して受話器にぴったりと耳を押し当てて――本当の意味で完成したその曲を、聞かせてもらった。
ラーナモンさんでは無く、ハリが歌っている状態で。
【――――――】
「……ハリ、上手だね」
ピコデビモンがそっと挟んだ言葉に頷く。
毎日、真面目に練習してきたハリの、成果だ。
――どんな形であれ、マスターが私を見つけられるように。
……ハリが教えてくれた、『頑張る理由』だ。
こんなに綺麗な声で、そして大きな声で、歌っているのだから――コウキさんの事だから、私達が探し当てるまでも無く、この声を頼りに、帰ってくるかもしれない。
そんな風に思えるくらい、素敵な歌声で。そして、こうしてきちんと向かい合ったカガさんの新曲は、本当に、私達の背中を押してくれる――
「――『マジェスティック』な曲でしたよ、カガさん」
歌が、終わって。
拍手の代わりに、私はそう、呟いた。
また扉の音がして、それに混じって照れたような笑い声も耳に届く。
【そう言ってもらえると光栄だよ。結局あの後は感想、聞けず仕舞いだったし】
「すみません……」
【いやいや、無理だって、あのタイミングで!】
「……ハリにも、すごく良かったって伝えてもらえますか?」
【うん、言っとく。でも帰ったら直接言ったげてよ?】
「はい」
返事の後。少しの間、沈黙が続いた。
何となく、カガさんには言いたい事がある風で、でも、切り出すべきか悩んでいるようでもあって――
気が付けば、私の心臓の音ばかりが、大きく響き始めていた。
「……」
ちらり、とピコデビモンへと視線を動かす。
それに気づいて、まるで肩を竦めるみたいに、ピコデビモンは軽く羽を持ち上げた。
……私が言うべきだと、『あの時』を再現するみたいに。
「か――」
喉から
「カガさん!」
声を、絞り出す。
【! ど、どうしたのリューカちゃん】
「あの、ご迷惑でなければ、なんですが……」
この1ヶ月で、自分で言うのも何だけれど、すごく饒舌になった気がするのに――カガさんを前にすると、どうしても、こうなってしまう。
そんな私が。とは、やっぱり思ってしまうのだけれど。でも、その感情を上回ってしまうくらい、私自身が『そう』してみたかった。
だって私、雲野デジモン研究所の『みんな』の中で、カガさんにだけ、『そう』していないのだから。
「カガさんの事……ピコデビモンみたいに「ソーヤさん」って……名前で呼んでも、良いです、か……?」
また、沈黙が訪れた。
熱が、出る。
2ヶ月くらい前に出たものとは、全然違う。こっちの方が、死んでしまいそうなくらいに、苦しい。
そんな思いをするくらいなら、取り消した方が良いかもしれない。
そう思って、もう一度、口を開こうと――
【……嬉しいよ】
――した、のに。
そんな言葉が、帰って来て。
「あ、あの……えっと……?」
【すげー嬉しい。ちょっとさっきの「マジェスティック」並にグッと来た】
「グッと……?」
【うん。グッと】
カガさんは――ううん、ソーヤさんは。
いつも、不思議な事ばかり言う。
不思議な事ばかり言って――私の心に、潤いを与えてくれる。
ああ、もう。
「……ソーヤさん」
【おっ、早速! 何なに?】
「好きです」
【え?】
がちゃん、と。
とても返事を聞く勇気を持てなくて。
耳にソーヤさんの呆けたような声をこびりつかせたまま、だけど真っ白な頭で受話器を電話本体へと押し付けた。
やめておけば、良かった。
顔が、爆発してしまう……!
「リューカ」
「……」
「それは、良くないよ」
「……」
「世界征服より良くない」
「よくなくない……」
「良くないよ」
「か、帰ったら」
ピコデビモンから、目を逸らす。
でも、逸らした先にもにやにや笑うカンナ博士の唇と、アグモンさんの温かい眼があって。
「ちゃんとする……!」
言い訳のように、消え入るように、そう言って。
私はいそいそと研究室のパソコンの前に移動して、ポケットからもう1つのスマホ――あの、『暗黒の海』に浸食されている方のデジヴァイスを取り出した。
「……いってらっしゃい、リューカちゃん」
深呼吸をしてから、振り返る。
コウキさんは、今は居なくて。
ソーヤさんは、自宅に戻って。
ハリは、今日は居ない。
約3ヶ月ぶりの、カンナ博士とアグモンさん、そして、私とピコデビモンしかいない、雲野デジモン研究所。
この赤い顔を見せないように、このまま、行こうと思ったけれど――それを思うと、こうやって博士に甘えられる機会も、もう当分は、無いような気がして。
「カンナ博士」
「うん、何?」
「行く前にまた……」
言い切るよりも早く、カンナ博士は私を抱きしめてくれた。
薬品と――コーヒーの、匂い。
「……すみません。ちょっとの間だけ、コーヒー、自分でお願いします」
「解ってるよ。そりゃあ、リューカちゃんの淹れたやつの方が美味しいけど、クソ不味いやつ淹れられる程器用でも無いからね」
お互いに、離し合って
気が付けば、ピコデビモンもアグモンさんにハグしてもらっていたらしい。「ぎゅー」と幸せそうに言い合った後、私の肩に、戻って来た。
「いこっか、リューカ」
「うん」
そしてこの子と、笑い合う。
帰る場所があって
……帰ったら、やらなきゃいけない事もあって。
でも、だからこそ、安心して飛び込んでいけるのだ。
どんなに暗い『海』だろうと――新しい、広い『世界』には、変わりない。
「「いってきます!」」
「「いってらっしゃい!」」
ゲートを、開く。
そのまま、あっという間に私達は『目的地』に降り立って。でも、デジヴァイス自体は、そのままにしている。
何せ、ここは『暗黒の海』。
コラプサモンの、向こう側。
歪んだ世界という条件は、最初から満たされているに違いなくて。
「行くよ、……ヴァンデモン」
「うん」
到着するなり完全体に進化したこの子ともう1度手を繋いで、私達は、真っ暗な水平線を見渡した。
私が歩き回るには広すぎて、だからと言って、ヴァンデモンが私を抱えて飛ぶのも負担が大きすぎる。
何より、重なるくらい傍に居た方が、お互いに心強いのだ。
「「マトリクスエヴォリューション・ユミル!!」」
この『先』にある一歩を一緒に踏み出すために、『闇』の紋章が輝いた。
*
20××年。
全ての人間にパートナーデジモンがやってくるようになって、もう20年近くになる。
しかしかつてデジモンがこの世界に落とした影は未だ色濃く残り――人類の側も、デジモンに対して全てが寛容とは、とてもとても、言えなくて。
だがそれでも、お互いに傷つけ合って、振り回し合って。何度もそんな事を繰り返してでも、彼らの世界は留まる事無く広がり続けていく。
辿り着く『先』は誰にも解らないけれど、少なくとも誰もが、明るかろうが暗かろうが、美しい『未来』を待ち望んでいるのだ。
これは、そんな『未来』へとどんな形であれ『前例』を残して行く人とデジモン達の、ほんの一例を切り取っただけの物語で
当然、まだまだ話は続くのだが、ひとまずは、ここを区切りとさせてもらう事とする。
『デジモンプレセデント』 The END
電話が鳴ったのが聞こえて急いで研究室に戻ってくると、既にリューカちゃんが受話器を取っていた。
しばらく、リューカちゃんは相槌すら挟む事無く、通話相手の話を聞いていて――しかし突然、にこりと微笑むと。
「私、もう2度とそっちには帰りません。お元気で。さようなら」
そう言って
こっちにまで幽かに何かを喚くような声が届いた気がしたけれど、リューカちゃん本人はかちゃり、と何事も無く、受話器を元の位置に戻した。
そこで、私が戻って来た事にも気付いたらしい。「あ、博士」と、彼女は、笑顔の種類を変えた。
「……誰だった?」
「母です。何でも、地元の市議会議員さんが『私達』の活躍を見てたとか何とかで、是非お孫さんに話を聞かせてあげて欲しいと――まあ、平たく言うとお見合いの話です」
「……」
「どんな顔で、どんな言葉で断るつもりでしょうね」
可笑しそうに言うけれど、とても笑う気分になれるような話じゃない。
この子の親御さんは――本当に、リューカちゃんを何だと思っているんだろう。
「次かかってきたらアタシ出るから」
「すみません博士、お願いします。……というか、多分私、その時は居ないと思うので……」
「あー。そうかもね」
8月3日。
クーラーの効いたこの部屋の中からじゃ実感が湧かないけれど、コラプサモン出現の日とその前日の日差しさえ生易しく感じるような、猛暑日。
アタシも、そしてリューカちゃんも、とても好きにはなれそうにない天気だ。
1999年のその日のお台場も、『霧』さえ無ければそんな天気だったと、記録が残っている。
そんな日を選んで――リューカちゃんは、再び『暗黒の海』へ向かうらしかった。
と。
「はぁい、お待たせ~」
開けっ放しにしておいた研究室の扉から、大きな爪の目立つ手でカップアイスとチューペットアイスを2つずつ抱えた黒いアグモン――コロちゃんが進化した姿であるクロちゃんが入ってきた。
「ん。ごくろーさん」
一緒にソファに腰かけてから、アタシは1つずつをまず『右手』で取って、リューカちゃんへと手渡した。
「ありがとうございます」
嬉しそうに受け取るリューカちゃんに微笑み返してから、私は自分の分を手に取った。
ついでに、右手を見下ろす。
残された自前の手と『それ』の間にはうっすらと境目があるのだが、傍目から見れば何も言われない限り、まず意識はしないだろう。
何より自分自身、異様な程に馴染んでいて怖いくらいだ。
アタシの視線に気づいたのだろう。新調した方のスマホを取り出していたリューカちゃんもまた、アタシの手の方をじっと見ていた。
「リューカちゃんも気になるかい?」
「あ、えっと、はい。……本当に、良く出来ているな、と思って」
「そうだねぇ……」
残念ながら失われた指が生えてくる技術はまだ発明されていないので、当然、これも義手なのだが――素材が、特別なのだ。
ひんやり冷たいアイスのカップを太ももの上に置いて、アタシは胸元のペンダントを玩ぶ。
チェーンの中心には、『アイツら』がくれた指輪を通してある。
一応、デジモンの装甲を元に作られているので興味本位で解析してみたのだが――まあ、よくよく考えたらアイツ、人に化けていた訳だから――クロンデジゾイドとも異なる未知の金属データという結果が出たそれは、大概のものに『加工』できる特性を兼ね備えていた。
試しにエテちゃんの時にやったみたくコピー&ペーストで増やしてみた所、それによる劣化すらものともせず、専門という訳でも無い私でも簡単に前とほとんど変わらない5本の指を作り出す事に成功してしまったのだ。
……今はまだ信頼できる研究者にしか明かしていないけれど、将来的に実用化に漕ぎ着けられるよう、慎重に扱っていくつもりでいる。
そして使い方次第では、いつか戻ってくるアイツの『ベース』作りも、そう困難では、無いのだろう。
全く……
「どこからどこまでが想定内なんだろうね」
「そりゃあ、全部ヨ、全部! その方が、マスターのカンナも鼻が高いでしョ?」
「……あんまり高くなると平気で圧し折りに来るだろうから、保留にしとくよ、その辺は」
素直じゃないんだから、とクロちゃん。
肩を竦めるアタシを、リューカちゃんも可笑しそうに眺めながら、今度こそ彼女はスマホを前へと掲げた。
「ピコデビモン、リアライズ!」
途端、スマホから小悪魔型デジモンが飛び出して――そのままへろへろと墜落する紙飛行機のように着地して、床にへたり込んだ。
「うう……やっぱり夏は嫌だようリューカ……」
当然、それは時間帯の影響によるものだ。
リューカちゃんはアイスを置いて立ち上がると、いつものように優しくピコちゃんを抱きかかえる。
「でも、アイス食べるんでしょ?」
「食べる……」
「じゃあ、頑張って」
「頑張る……」
座り直したリューカちゃんは膝の上にピコちゃんを乗せて、先にポキン、とチューペットアイスを半分に折ってから、ピコちゃんの足に片方ずつ握らせた。
うちのクロちゃんはというと、上の部分を噛み切って1本の状態のまま、器用に挟んで牙で中身を押し出しながら先に食べ始めている。
アタシとリューカちゃんもカップアイスの蓋を開けて、備え付けの小さなスプーンを雪原のようなアイスの表面へと突き立てた。
ほどよく柔らかくなっていたので、そのまま口に運ぶ。
「おいしいですね、博士」
「うん」
いつもよりちょっとだけいいアイスだ。助手の門出という事で奮発した甲斐は、あったと思う。確かに、普段食べている物よりも、おいしい。
……ここ最近、リューカちゃんに付き合って毎日のように食べている物よりも。
「ほら、ピコデビモンもちょっと食べる?」
「! うん、食べる!」
「はい、あーんして」
「あーん」
リューカちゃんは大きく口を開けているピコちゃんへと運びかけたスプーンを、さっと自分の口へと持って行った。
「ふふ、おいしい」
ピコちゃんは、その姿勢のまま、凍り付いてしまう。
改めて、リューカちゃんはアイスを掬い直して、今度こそピコちゃんへと差し出した。
「冗談冗談。はい、どうぞ」
「むー、リューカのイジワル」
言いつつ、ぱくっとアイスを食べるなり、ぱあっとピコちゃんの金色の瞳が輝いた。
それを見て満足そうに、リューカちゃんも自分が食べるのも忘れて、ピコちゃんへとアイスを食べさせ続ける。
「ピコデビモン。ピコデビモンも、アイス、おいしい?」
「うん! おいしい!」
「……そう。良かった」
ほんの少しだけ――リューカちゃんの瞳に、罪悪感の影が差す。
……それだけで、いくら『闇』と向かい合っただなんていっても、リューカちゃんが悪い子じゃ無いっていうのが、伝わってくる。
最も、ピコちゃんがそれを指摘しないんじゃあ、アタシが口を出す様な事でも無いのだけれど。
「……ごちそうさんでした」
「ごちそうさま~」
しばらくして、全員が食べ終わって。
ちょっとの間だけソファに身体を深く預けてから、リューカちゃんは、立ち上がった。
「……何だい」
アタシとクロちゃんのゴミまで預かってそれを捨てに行くリューカちゃんと、彼女の肩に乗ったピコちゃんへと声をかける。
「もう行くのかい?」
「はい」
もう、そんな時間か。
「もうちょっとくらいゆっくりしていってもいいんじゃない?」
「うーん。夕方だったら考えるんですけど……日中なので。向こうなら時間帯がいつでもこの子が活動できますからね。何より、涼しいですし」
「『暗黒の海』を避暑地みたいに使うんじゃないよ」
一応、軽くは咎めるアタシに、「あはは……」とばつが悪そうに笑い声を漏らすリューカちゃん。
この子は、随分と笑うようになった。
あの事件の解決後、最終的にこの子達がコラプサモンを追い払ったにもかかわらず、それでもヴァンデモンが悪いんじゃないかと何かにつけてリューカちゃん達を詮索しようとする奴らもそれなりに、居た。
でも、それすらも笑顔で受け流すようになっていたのだ。リューカちゃんは。
負の感情との向き合い方を理解したからだと、彼女自身は言っている。
でも――申し訳ないけれど、それだけには、見えない。
口には、出さないけれど――今のリューカちゃんを支えているのは、絶対的な自信から来る余裕だ。
誰に何と言われても、その誰かよりも自分達の方が絶対に強いという、確信。
前からパートナーの強さには一定の信頼を置いていたリューカちゃんだけれど、今の彼女が抱いているのは、それ以上の物だ。
下手をすると、慢心――傲慢にもなりかねないだろう。
そしてそれは、かつて選ばれし子供達が戦った『闇』のデジモン達にも、それなりに顕著に表れていた特徴だ。
……まあ、とはいえ。
リューカちゃんとピコちゃんは、『闇』を司る存在ではあっても、けして『悪』って訳じゃ無い。
愛と、美。
デジタルワールドにおける『闇』が本来そんな意味を持つからか、それを紋章として輝かせたリューカちゃんは、あの日以降、信じられないくらい綺麗になった。
元々可愛い子ではあったけれど、佇まいそのものが違ってきて――
――一応、年長者として。自分ももうちょっと身だしなみどうにかしないとなーと、そんな風に、思い知らされる程度には。
……再び伸ばし始めたアタシの髪は、毛先がピンク、根元が黒色と、どっちつかずのままある意味前以上に、パンクな事になってしまってはいるけれども。
「アグモン、お土産何が良い?」
「あるのかしらねえ、お土産……」
「『ダークタワー』なんかは元々『暗黒の海』産の物らしいし、サンプルとしてはそこそこ気になるもんもあるけど……ちょっと、ねえ?」
気にはなるが、基本的にこっちに持ち込んで良い物じゃない。
そんな事したら、今度こそ学会から総スカンだ。
「じゃ、お土産話を楽しみに、って事で。コウキちゃん連れて帰ってくれたら、それに越した事無いけどね?」
「……うん。わかった」
彼女達が、また『暗黒の海』へ向かう、その目的。
1つは鋼のヒューマンスピリットの捜索。
それから、もう1つは――
「……博士」
「何だい」
「きっと……いつか、見つかりますよね? 『闇』のデジモン達でも、『光』と一緒に、生きていける方法」
「……」
『暗黒の海』捜索の、もう1つの目的。それは、人の昏い感情を糧に広がり続けるあの『海』に、今なお時折デジタルワールドに牙を剥く『呪い』の残滓とさえ向き合えるようになる方法があるのでは、という――リューカちゃん自身が抱いた、『希望』を探しに行くためだ。
……そりゃあ、簡単に見つかるもんじゃあ、無いだろうさ。
でも。
「アンタ達っていう『前例』が、あるじゃないか」
ぽん、と。
リューカちゃんとピコちゃんの頭に、手を置いた。
アタシの言いたい事なんて、当然、クロちゃんもお察しなのだろう。
「リューカちゃんとピコちゃんは、『人とデジモンのジョグレス進化』なんてすっごい事をやり遂げたのヨ? 『光』と『闇』くらい、繋いじゃえるに決まってるじゃない!」
ニッと笑って、隣でアタシの言葉を引き継いだ。
……それに――
「『光』と『闇』だけじゃない」
2つの頭を撫でながら、今度はアタシが、口を開く。
「人とデジモンを繋いだアンタ達の『前例』があるんだ。近い将来、デジヴァイスを介さなくても、人間とデジモンが、当たり前みたいに友達同士に――家族にだって、なれる日が来るかもよ?」
今はまだ、ただの予感に過ぎないけれど
数十年前は『選ばれた』人間の隣にしかいなかったデジモン達が、今は、全ての人々と一緒に居る。
エンシェントワイズモンの望んだ滅びなんかじゃ無く、もちろん、かつて『闇の王』が企てた融合でも無く。真の意味でこの世界がデジタルワールドと境無く混じり合っていく『未来』を、この子達が、思い描かせてくれるのだ。
アタシが約1ヶ月前にやらかした事の数々を償うには――そして、いつの日かセンキッちゃんへの自慢の種を用意するには、そんな『未来』を匂わせる彼女達を少しでも手助けしていくのが、一番なのだろうから。
そんな思いを託して、生まれつきアタシにくっついてる手と、最近アタシにくっつけた方の手で1人と1体の頭をぽんぽんと叩くと――リューカちゃんとピコちゃんは、揃ってにこりと、笑ってくれた。
「カンナ博士、アグモンさん」
「ん」
「うん」
リューカちゃんが、今度こそ『それ』を言いかけた、その時――
電話が、またしても鳴り響いた。
「……」
まさか、また、かけてきたのだろうか。
だとしたら冗談じゃ無い。
旅立つリューカちゃん達に水を差そうっていうなら、今度こそ訴訟も辞さないくらいのつもりでつかつかと電話に歩み寄って、受話器を取って――
「もしもし?」
半ば威嚇するような声で出てみると
【か、カンナ先生? なんか怒ってます?】
相手は、カジカPだった。
……勝手に勇んで、申し訳ない。
「いや、ちょっとね。……何でも無いよ」
用件を聞いて。
それを言いたい相手は、アタシじゃ無くてリューカちゃんだと判って。
それなら門出の言葉には丁度いいだろうと、クロちゃんやパートナーと一緒にアタシの反応を伺っていたリューカちゃんに向けて受話器を差し出した。
「リューカちゃん、カジカPから」