Episode タジマ リューカ ‐ 6
「『フィールドデストロイヤー』!」
「『ナイトレイド』!」
天さえ穿ちそうなレーザーを飲むようにして、膨大なコウモリの群れが、晴天を舞った。
昼間だからと言って、『ナイトレイド』の特性自体が変わる訳じゃない。
データを食い潰す、凶悪なウイルス。
攻撃すらも実質はデータの塊で出来ているが故に、ヴァンデモンの放ったコウモリたちは、問題無く、跡形も無く、稲妻のレーザーを飲み込んだ。
特性も、威力も、変わらない。
……必殺技を出すために必要なエネルギー量が、変わるだけで。
「う……」
もう一度地面に降り立ち私を下ろしたヴァンデモンが、苦痛に顔を歪める。
降り注ぐ日光から身を守る遮蔽物さえ無い『校庭』という環境の中で、間近で見るヴァンデモンの青い皮膚は、既にじりじりと薄い煙を上げて焼け始めていた。
だが
「『フィールドデストロイヤー』!」
相手――ボルグモンは、まだ必殺技を1発、放っただけなのだ。
まだ、打てる。
装填、というべきかは解らないけれど、連発自体は出来ないのだろう。先程の攻撃から若干の間があった。
だけど、その隙を突ける程の余裕なんて、こっちにも、ある訳が無い。
「『ブラッディーストリーム』!」
ヴァンデモンは、今度は赤い鞭を手の平から伸ばした。
それは一瞬で身体をしっかりと地面に固定しているボルグモンの片腕に絡みつき、体勢を崩させる。
「!」
私達を狙った光線は大きく狙いを逸れ、今度こそ、空へと伸びた。
「『アルティメットサンダー』!」」
ただし、ボルグモンからの追撃は終わらない。
今度は宙に浮いた腕の部分――そこも、ガトリング砲のようになっている――が高速で回転し始め、見た目通り、雷属性の弾丸が連続で放たれた。
ヴァンデモンは、やっぱり、『ナイトレイド』で防ぐしか無い。
それでも、そのコウモリの壁を展開したままヴァンデモンは地面を蹴り、両腕をボルグモンに向ける構えを取ったかと思うと
「『デッドスクリーム』!」
最初に雷の闘士と戦った時と同じ、コウモリのマークに見える光線を、今度は相手の脚部にでは無く攻撃を放つことができる頭部へと向けた。
だが――
「スライドエヴォリューション!」
ビースト形態から、ヒューマン形態へ。
対象がその変化を経て縮んだ事によって、ヴァンデモンの石化光線は校庭を囲むフェンスの一角を石に変えるだけに留まる。
と同時に、姿が変わった事によって先の攻撃も止みはしたけれど――
「っ!」
『デッドスクリーム』の構えを戻す暇も無く、距離を、詰められた。
「『トールハンマー』!」
再び、雷を纏った両腕という名の槌が、ヴァンデモンへと、振り下ろされた。
「ヴァンデモン!」
私は構えていたスマホをさらに前に出し、緊急時用のコマンドを使ってヴァンデモンをその中へと引き寄せる。
殴る相手を失って大きくブリッツモンが空振りした瞬間を見計らって――
「リアライズッ!」
――私の掛け声と同時に、ヴァンデモンが再び飛び出して、飛び出した勢いのままにブリッツモンを殴り飛ばした。
「!」
距離と、隙。
その両方が、ようやく、出来た。
「『ナイトレイド』!」
雷のヒューマンスピリットという『鎧』を食い破るべく、もう一度、アンデッドの王の号令に従ってコウモリの群れが放たれる。
……だけど、それに対してブリッツモンが咄嗟に手を向けたのは――
「『ミョルニルサンダー』!」
――学校の、校舎の方で。
「な――目標変更! あっちに!」
ヴァンデモンの指示を受けたコウモリたちが帯を描くように対象を変え、今まさに稲妻が降り注ごうとしている校舎をガードする盾と化す。
……ただ、それは
「『ミョルニルサンダー』!」
「あ――」
ヴァンデモンの守りが手薄になる事も、意味していて。
「だめっ!」
スマホを構えるが、今度は、届かない。
「ぐああっ!!」
単純な、マントを使った防御しか出来ずに――ヴァンデモンが、雷に打たれた。
「ヴァンデモン!」
落ちて、地面に叩きつけられそうになるのをなんとかこらえて。ヴァンデモンは、どうにか両足を砂地の上に付けた。
……もう、真っ直ぐには立てないでいる。
「大丈夫……まだやれる……!」
ぜえぜえと肩で息をしながら吐き出される台詞も、もちろん、強がりでしかない。
でも、逃げる事すらもう叶わないと理解している以上、私に出来るのは、この子に駆け寄って、少しでも傍にいて――この小さなスマホ型デジヴァイスで、ほとんど無いに等しいサポートをする事だけだ。
と……
「はっ、芝居は止めたらどうだ化け物め」
いつでも必殺技を放てるよう構えたまま、静かに、しかし奥底に煮え滾るマグマのような殺意を湛えたまま、ブリッツモンがこちらを睨む。
「芝居……?」
「本当は、苦しくもなんとも無いのだろう。この程度の攻撃、何の脅威にもならないのだろう? ……さっさと本性を現したらどうだ」
「何の事を、言っているんですか」
ヴァンデモンの、前に出る。
私なんか、きっと盾にもならないし、戦力的にはこの子の足を引っ張るだけのお荷物でしか無い事は重々理解している。
でも、時間稼ぎが出来るとしたら、それは、私の仕事だ。
……だけど、ブリッツモンはあくまで、ヴァンデモンしか眼中に無いらしい。
全く、私を見ていない。
「お前は『アレ』と同じデジモンだ。……『ミョルニルサンダー』!」
そうやってブリッツモンが攻撃を放ったのは――またしても、校舎の方で。
「っ、『ナイトレイド』!」
マントを私の盾にもなるように広げながら、再びヴァンデモンはコウモリ達に校舎の盾になるよう命じる。
追撃は、今回は来なかった。
来なかったけれど――ブリッツモンの瞳は、先ほど以上にどす黒い感情を沸き上がらせていて。
「まだ随分と余裕がある証拠だ。『アレ』と同じ化け物であるお前が、人を庇う訳があるまい。……そんなに楽しいか。俺を虚仮にして」
「虚仮になんかしてない! お前の攻撃、すごく痛かった。もう二度とくらいたくない」
「……ッ! 『ミョルニルサンダー』!」
蒼天の稲妻が、今度こそ、ヴァンデモン目掛けて落ちてくる。
『ナイトレイド』でガードした結果身動きが出来なくなった事を覚えているのだろう。ヴァンデモンはまた素早く私を抱きかかえ、降り注ぐように襲い掛かる雷の連撃を回避する。
……真横で聞くヴァンデモンの吐息は酷く乱れていて、金色の目は、それこそ蜂蜜のように、今にも溶けだしそうな程輪郭がぼやけて見えた。
と、その時だった。
また、ブリッツモンが私達の眼前に迫り、必殺技では無い代わりに鋭く、素早い、単純な拳をヴァンデモンに振り下ろしたのだ。
「ぐうっ!」
マントのかかった肩でガードするものの、十闘士の攻撃が単純な殴る蹴るであっても十分な威力を発揮する事は、ユミル進化体ですらないコウキさんが証明済みだ。
ただでさえ弱っているヴァンデモンは大きくよろけて、グラウンドの上を、転がった。
「う、うう……」
それでも私にだけは怪我を負わせまいとしてしまったのだろう。
いつの間にか、私の身体はあのマントに覆われていて、衝撃はあったけれど、それだけだった。
「ヴァンデモン……!」
「リューカ、大丈夫……?」
頷いて、見せようとした。
それすらも、間に合わなかった。
「がはっ!」
ブリッツモンが、ヴァンデモンの腹を蹴り上げたのだ。
「!」
被さっていたマントに引きずられるようにして校庭に投げ出される私と、砂煙に塗れて吹っ飛んでいくヴァンデモン。
ブリッツモンは私を完全に無視して、ヴァンデモンの方へ足を進めていく。
私は急いで立ち上がって、ブリッツモンの前に躍り出た。
どけろ、とすら言わずに、ブリッツモンは、軽く蜘蛛の巣か何かを払うような仕草で、だというのに十分に力強く、私を突き飛ばす。
「きゃっ」
――その瞬間
「『ブラッディーストリーム』!」
赤い鞭が、倒れる私の真上を薙いで、ブリッツモンを、弾き飛ばした。
「っ!」
「リューカに……酷い事するな……!」
向こうで倒れていた筈のヴァンデモンが、荒い息交じりに唸りながら、倒れた私の身体を抱えてくれた。
尖った犬歯を剥き出しにして、あの日と、同じ事を言う。
……あの時だって、この子は、知っていた筈なのに。
私を、私なんかを、私と違って両親の寵愛を一心に受けていた兄に、こんな事をして、そんな事を言えば――どうなるかなんて、解り切っていた筈なのに。
その後本当に、もう少しで死んでしまうかもしれなかったのに――
いつも、この子は
「ヴァンデモン」
肩を支えられながら、この子の頬を撫でる。
内側の熱など有る筈も無いアンデッドの肌なのに、容赦ない陽の光に焦げていて、ひどく、熱い。
私の手に気付いたヴァンデモンは当然の様にブリッツモンの飛ばされた方向を睨むのを止めて、私に、微笑みかけた。
「今日はリューカの方が……冷たくて、気持ちいいね」
「ごめんね。……こんな事しか出来ない」
「居てくれるだけで、幸せだよ?」
それは、私が言うべき事で。私は、それだけを望んでいれば良かったのに。
本当に――今は、ほんの少しだけ、この子の頬から熱を奪う事だけしか、出来ない。
ブリッツモンは、少し、ダメージを受けただけに過ぎないのに。
「化け物め……。少しは『らしく』振る舞ったかと思えば……!」
苛立たしさを隠す事もせず、怒気に震える声で吐き捨てながら、ブリッツモンが立ち上がる。
今度は――本当は、ほとんど役に立っていないに違いないけれど、それでも――私がヴァンデモンの身体を支えながら、もう一度、こちらもブリッツモンを、睨み付ける。
「もう一度言います。さっきから、何を言っているんですか?」
「逆に問うが、お前は先ほどから何をしている?」
ようやく、ブリッツモンの視線が私へと移った。
ヴァンデモンに向けていたものとは違う。今になって初めて、きちんと存在を認識されたようで、それでもなお、私を何とも思っていない視線ではあるけれど――強いて言うなら、困惑に近い感情が含まれているように思える。
「何って――」
「思えば、そうだったな。俺がウンノ カンナ殺害の依頼を受けて出向いた時も、そうだった」
殺害、という言葉に、解ってはいたけれど、背筋に氷のような冷たさが走る。
やっぱり、この人、あの時カンナ博士を――
「アスファルトの破片を投げていたな。俺に。あれはむしろ」
ブリッツモンが、私のヴァンデモンを指さす。
やはり目には悍ましいものが蠢いていて。
「それに投げつける方が相応しい物だろうに」
「だから、それが何を言っているのか解らないと言っているんです! 私はこの子のパートナーです! この子を助けるのは、当然の事じゃないですか!」
「それは間違った思想だ。人間はデジモンが居なくても生きられる。そも、『アレ』の出現までは、ほとんどの人類はデジモンなど知らず、生きてきた」
さっきは私なんて見向きもしていなかったけれど、今は、そうでは無いらしい。
戸惑ったフリをして(実際に、そういう感情も無い訳じゃないのだけれど)、ヴァンデモンに目配せする。
私が、時間を少しでも稼ぐ、と。
この太陽の下じゃ、回復なんてとてもできないに違いないだろうけれど――このまま雷の闘士と交戦を続けて、必殺技を放ち続けて疲弊するよりは、ずっと、マシには違いなかった。
「その当時の事は、生まれてもいないので、解りません。……私がこの子と出会った頃には、もう、人間にデジモンのパートナーがいるのは、ほどんど当たり前でしたから」
「なるほど。お前はまさにその思想を植え付けられ始めた世代だという訳か。……哀れだな。お前は、お前達は。……被害者だ」
ブリッツモン――いや、その中にいる『器』の人は、台詞に全く嘘が無い事を証明するような眼をこちらに向けていた。
「どういう……意味ですか」
「少し考えれば解る事だ。そも、人とデジモンが明確に接触したのは――流石に、知ってはいるだろう? 1999年8月3日、『お台場霧事件』だ。違うか」
『お台場霧事件』
大嫌いなその名称に、心臓が、跳ねた。
「世間的には、あの事件は「『選ばれし子供達』という英雄が、パートナーのデジモン達と共に人間とデジタルワールドの危機を救った」物語だとされている。だが」
徐々に、ブリッツモンの口調が強くなっていく。
「冷静に考えろ! そもそもデジモンなどいなければあの事件は起きなかった! 百歩譲ってデジタルワールドに引き籠って生きている分にはまだ許しもできるがなあっ! 『アレ』が、デジモンの分際で分不相応にも人の世界に踏み込まなければ――!」
『アレ』。
化け物。
……それから、私のヴァンデモンに見せる、異常なまでの敵意。
怖がられるのも、嫌われるのも、いつもの事だけれど――この人のものは、格別だ。
何を指し示したいのかが、嫌でも、伝わってくる。
「『あの場』に、居たんですか」
「忘れるものか」
ヴァンデモンを睨む暗い眼の激情、その奥底に……恐怖が、混ざったのが見えた。
「化け物。やはり、『アレ』のコピーだ。同じ瞳をしている」
この人が睨んでいるのは、この子じゃなくて、『お台場の霧』だ。
「貴方、何も見ていないんですね」
思わず、そんな言葉が口をつく。
悔しくて、悔しくてたまらなかった。
この人のものは、今までに受けてきたものよりもことさら激しいけれど
だけど変わらず、全く同じ、『世間の目』だ。
「私のヴァンデモンの瞳は、金色です」
「それが何だ」
いつもと、同じだ。
唇を噛み締める。
この人だけじゃない。
私達を好きなように『見』てきた人達全員、これっぽっちも、解ってくれない。
図鑑で見たヴァンデモンの画像の瞳が、ヴァンデモンの外観について説明している文章の描写が、いつも、いつも青色なのに。
この子の瞳がヴァンデモンに進化してもピコデビモンのままの金色だと知った時、私が、どれだけ嬉しかったか。
それだけが、この子が私の、世界で一番愛おしい、優しいヴァンデモンの証だって――それすらも、誰も、知ろうとすらしてくれなかった!
「何も解ろうとしないクセに、土足で踏み荒らすんですね」
「何も解っていないのはお前たちの方だ。いずれ、全ての人間がパートナーを持ったように……必ずいつかは、全ての人間が理解する。させてみせる」
ブリッツモンが、構えた。
ヴァンデモンも、気付いたのだろう。
ぎゅっと。だけど絶対に痛くは無いように、私の肩に寄せられていたヴァンデモンの手が、力を帯びる。
「その日が来れば、送り付けられたデジタマなど、皆がこぞって、叩き割るだろうさ」
「貴方は、そうしたんですね」
「もちろんだとも」
その人は、まるで誇るように言った。
「最低」
私の言葉を掻き消すように宣言された『スライドエヴォリューション』によって、ブリッツモンの姿が、ボルグモンへと変わる。
同時に、ヴァンデモンが、私の背後から飛び出した。
私から、離れてしまった。
「っ!」
『ナイトレイド』も『ブラッディーストリーム』も『デッドスクリーム』も、ここからでも十分に展開できる技だ。
なのにそちらへ向かって行ってしまった理由は明らかで。
ボルグモンは――雷の闘士はまたしても、校舎に、砲身を向けていたのだ。
「多くの人間が見ているぞ! 化け物、お前の姿と――俺の姿を!」
ハッとして、振り返る。
とても十分とは言い難いけれど、それでも戦いの余波に巻き込まれないように離れた位置には、警察が、マスコミが、さらにその先には野次馬がいて――
こんなに、たくさん、人がいるのに
人がいる以上、同じ数だけのデジモンが居て、もしかしたら、ヴァンデモンよりずっと戦える子だっているかもしれないのに――
みんな、見ているだけだ。
「あ……」
あんまりにも、今更、気付いてしまった。
「教えてやるさ。デジモンが、どれだけ恐ろしい存在かを――忌々しい事にナイフや銃よりずっと強い、この、『デジモン』の!」
言葉を失う私の前で、腕で身体を固定したボルグモンの頭の砲身が輝き始める。
「雷の闘士の、力でな!!」
ヴァンデモンはただ1体、ボルグモンと校舎の間に、身を投げ出す。
「『フィールドデストロイヤー』!」
「『ナイトレイド』!」
光線が放たれ
コウモリの群れが防ぐ。
「ヴァンデモン!」
少しでもあの子の傍に居なければと、グラウンドを蹴って走り出す。
足の裏に伝わる感覚は、10年以上前と変わらない気がして、嫌なものが、込み上げた。
学校は、大嫌いだ。
教室にいる同年代の子は殴る人か無視する人の2種類で、教室に来る先生達は私を子供達以上に嫌そうな目で見ながら、家だけは地元の名家という事もあって、結果全員が無視する人で、接しなければならない時は、腫物のように私を扱う人達だった。
そんな場所を、ヴァンデモンに守ってほしいだなんて、これっぽっちも思わない。
だけど、それでも、この子が戦うのを止めないのは――私のヴァンデモンを『お台場の霧』と一緒くたにして、雷のスピリットを纏った自分自身さえデジモンという存在へのプロパガンダに使うこの人に
「違う」って叫びたい、私の気持ちを――護るためだ。
「ヴァンデモンッ!」
家が、怖かった。
学校が、嫌いだった。
でも、だけど――デジモンの事は、好きだ。
パートナーデジモン達は、ヴァンデモンだけじゃない。みんな、パートナーの事を、愛している。
私の兄のパートナーでさえ、兄を愛しているから、兄に愛して欲しくて、あの人の命令を聞いて私に襲い掛かったのだ。
それだけは。この子が、私を愛してくれたから、知っている。知っていた。
だから、少しでもあの子の傍に。
近くに居ても、離れて居ても、雷の闘士の攻撃は一瞬だ。狙われれば、同じように足手まといになる。
だったら、微小でもデジヴァイスでの援護が出来て――嬉しいと、言ってくれる、あの子の傍に
「え?」
近くに居ても、離れて居ても、雷の闘士の攻撃は一瞬だ。
だけど、私は間違えていた。
それから、きっと、心のどこかで油断もあったのだと思う。
何十人もの子供達と、私1人。
命の価値は、当然、子供達の方が重くて――デジモンの脅威を宣伝したいなら、より重要度が高いのも、そちらに決まっている。
でも、別に、1人だけだって。デジモンが人間を殺せば、それは、十分に事件足り得て。
それに、噛み合わなくとも、会話は、成り立っていた。
成り立ってしまっていた。
だから、大丈夫だと。勘違いが、あったに違い無い。
ガシャ、と、音がして。
光線を放ち終わった余波で両腕を持ち上げたボルグモンは
その先端にあるガトリングを、私に向けていて
その距離は――
「リューカ!」
――ヴァンデモンが、自分の防御を何も考えなければ、私を庇える距離だった。
「――」
叫んだような気がする。
叫ぶ事すら出来なかったかもしれない。
必殺技ではなくとも、人1人殺すには十分な量の雷の銃弾が――やがて、ヴァンデモンのマントに、穴を空けた。
「ヴァンデ、モン……?」
攻撃が止んだ瞬間地面に落ちたヴァンデモンの前で、膝を付く。
「リューカ……」
少しでも、蔭になろうと、顔の所に覆い被さる。
「けが、してない……?」
「してない、してないよ、ほら」
よかった、と、ヴァンデモンは無邪気に微笑む。
私なんか、死ねばよかったのにと思った。
だけど恥知らずにも生きている私は、少しでも安全なスマホの中にこの子を戻そうと
「きゃあっ!」
骨の髄まで痺れるような激痛が、右手から全身に走って――思わず閉じていた目を開けると、右手が、焼けていた。
「あっ」
ただそれ以上に、そのせいで落としてしまったスマホが目に入って、急いで、拾おうと
「っ!」
どん、と、また、突き飛ばされて
ぐしゃり、と、スマホが――デジヴァイスが、踏み潰されて
呆気にとられる私の目の前で、いつの間にかブリッツモンに変わっていたその人が――ヴァンデモンの顔を粗暴に掴んで、持ち上げた。
「や――やめて!」
懇願など、聞き入れられる筈も無かった。
「『ミョルニルサンダー』!」
色んな神話で神の怒りと例えられる稲妻が、何も悪い事をしていない私の大好きなヴァンデモンに、落ちた。
脳天から、焼かれて、
叫ぶ事すら、出来ないで。
嫌な臭いと、焦げた時の黒い煙が、青空に向けて、立ち上って。
腕が、足が、力なくだらりと、垂れ下がって。
「まだ死なないか。やはり頑丈だな、化け物」
「離して!」
立ち上がって、ブリッツモンに殴りかかる。
何度殴ったって、羽虫が止まる程にも感じられないだろう。
でも、他に、出来る事が無い。
「離して! ヴァンデモンを離して!」
叩きつける度に右手が悲鳴を上げるけれど、そんなの、罰としては足りないくらいだった。
この子の痛みすら、私は、1つも受け持ってあげられない。
「離――」
「流石に五月蝿い」
ヴァンデモンを掴んでいない左手が、私の方に伸びた。
「っ!」
なのに、ブリッツモンの手は、私を掴む前に引っ込められた。
驚いて見上げると、『使い魔』であるあのABCDEの5匹が、それぞれに、ブリッツモンの左手に噛み付いていて。
「みんな……!」
主であるヴァンデモンを差し置いて、この子達まで、私を助けに来た。
来てしまった。
「鬱陶しい!」
そのせいで、一瞬で――軽く放ったれただけの稲光に、焼き殺されてしまった。
「あ――あ……!」
今度こそ、ブリッツモンの左手は私を捕まえて――光った。
視界が、全て極彩色に変わって、歪む。
全身の筋肉が無茶苦茶な方向にバラバラに動いて、痛い、という感覚すら理解しない内に、大嫌いな学校の、大嫌いな校庭に崩れ落ちる。
私は、自分の身体が、そのまま溶けたのだと思った。
でも、そうじゃなくて。
五月蝿いくらい、心臓の音はちゃんと聞こえていて。
私は――まだ、生きていて。
「次に目が覚めたら」
私に意識がある事に、ブリッツモンは気付いているのだろうか。
……多分、そんな事、どうでもいいのだろうけれど。
「お前の世界も、変わるだろう」
どこかで歌が聞こえた気がした。
世界の終わる音だと思った。