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ユキサーン
2021年4月01日
最終更新: 2021年4月02日

デジモンに成った人間の物語 第一章の一

カテゴリー: デジモン創作サロン

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 月が太陽に置き換わり、自然の摂理のままにデジタルワールドの時は朝へと転じる。

 夜明けの光がベアモンの家の中を穏やかに照らし、それによってユウキは目を覚ます。


「……朝か」


 外の明るさを確認すると気だるそうに体を起こし、両手を上げて背伸びすると共に大きなあくびが出る。

 それらはユウキにとって、普段通りの動作で普段通りの日常の始まりを意味するものだった。

 ほんの、昨日までは。


「……夢じゃない、か……」


 夢ならば、今自分を取り囲んでいる状況にも納得する事が出来ただろう。

 だが、これは夢ではなく現実。

 ふと自分の後ろを見れば、自分に寝床を与えてくれたデジモンである、青み掛かった黒色の熊のような外見をした獣型デジモンのベアモンが、平和そうに鼻先からちょうちんを出しながら眠っているのが見える。

 思わず、深いため息が出た。


(至近距離に怪しい奴が居るってのに、バカっぽい奴だな……)


 ユウキはそう内心で呟くが、そんな事は幸せそうに笑顔まで浮かべて寝ているベアモンには関係無い。

 ふと、自分とベアモン以外この場に居ない事を思い出すと、ユウキは自分の体をじっくりと確認する。

 指はニンゲンのように肌色の五本指ではなく、三本の白く鋭い爪の生えたもの。不思議な事に、指のように細かく自分の意志で動かせる。

 試しに握り拳を作ろうと意識してやってみると、まるで百円で遊べるUFOキャッチャーのアームに少し似た形になった。

 殴打に使えるかどうかは実際にやってみなければ分からないが。

 足は前に三本、後ろに一本の爪が生えていて、尻尾に関してはまだ慣れていないが多少は動かす事が出来るようだ。


(……とりあえずは、何とかなるもんだな)


 人間としての記憶による補助もあって、身体の動かし方は本能的に分かった。

 問題点があるとするなら、まだデジモンとしての『攻撃手段』が格闘ぐらいしか使えない事だ。


(にしても、何でこうなったんだ? 昨日は色々ありすぎて考える余裕が無かったけど……)


 自分が何故デジモンと言う、人間からすれば架空上の存在に成ったのか。

 それに関しては現状だと調べようが無く、持っている知識から作り出される想像ぐらいしか手がかりと呼べそうなものは無かった。

 もしユウキの記憶にある『アニメ』と同じ理屈ならば、この世界に来た理由は『選ばれたから』で説明はつくだろう。

 だがその『アニメ』の中には必ず、ある『アイテム』が存在していた。


(……デジヴァイス)


 架空の設定上では、デジタルワールドに選ばれし者の証。

 闇を浄化する、聖なる力を秘める――という『設定』の情報端末。

 それが今自分の手元に無い以上、自分が『選ばれて』来たわけで無い事は明確だった。


(そもそも、俺は公園であの青コートの奴に気絶させられたんだったよな。それが何で、異世界に転移なんて結果を招いてるんだ?)


 分からない、未知の部分が多すぎる。

 手がかりになりそうなのは、やはり最後に出会った人物ぐらいだが、青いコートを着ていたという事と肌が恐ろしいほどに冷たかった事ぐらいしか覚えていない。


(……訳が分かんない)


 自分は何故ここに居るのだろうか。

 この世界で何をすればいいのだろうか。

 両方の前足で頭を抑えながら自問自答するが、やはり納得のいく答えは得られない。


「……クソッたれが」


 ユウキはベアモンを起こさないように静かに、それでもキリキリと奥歯を噛み締めながら、苛立ちに満ちた声で呟く。

 その言葉に、自己満足以外の意味は含まれていない。

 続けて呟いた言葉が、彼の現状を物語っていた。


「やれる事が無い……」


 

 一方、エレキモンは赤色と青色が混ざった体毛を早朝の風に靡かせ、朝の眠気を残した呆け顔をしたまま、ベアモンの家に向かって哺乳類型デジモンの特徴とも呼べる四足を進めていた。


「ふぁ~、ねみ~……」


 まだ起きたばかりだからか、やはりまだ眠いようだ。


(……ったく、昨日面倒そうな奴を拾っちまったせいで面倒な事になったなぁ。村に来る事を提案したのは俺だけどよ……)


 内心で自分の行いに後悔しつつも、四足を止める事無く考える。


(確か、アイツの種族名はギルモンっつ~言ってたな……んで、個体名はコーエンユウキねぇ……)


 種族としての名前だけでなく、個体としての名前も持っていて。

 自身の事をニンゲンと言い、何処かデジモンとしての違和感を感じる怪しいデジモン。

 村に来るように提案したのは単に助けるためだけでは無く、その危険性を実際に確かめるため。


(個体名を持つって事は、どっかの組織に所属してたって事なのかね……)


 デジタルワールドにおいて、個体名――言うところの『コードネーム』とは、組織や友達など信頼関係を持つ相手との間で一個体としての自身の存在を示す物である。

 自分自身の種族としての名前は、デジモンならば誰もが生まれた時から知っている。

 だが自分の姿を見て、それを信じられないような反応を見せる相手を見たのは、エレキモンにとって初めての光景でもあった。


(……アイツ、マジでニンゲンなのか……?)


 先日ベアモンの言っていた通りならば、彼は本来デジモンではなく人間だったと言う事にもなる。

 だがエレキモンの知る限り、人間がデジモンに成るなどと言う話は、伝説や神話などの御伽噺が書かれた文書でも見た事が無い。


(デジモンに『進化』する話が載った文書なら知ってるが、デジモンに『変わる』なんて出来事は文書ですら出て無いぞ……?)


 進化と変化。

 頭の文字以外は一致している似た言葉ではあるが、その意味はまったく異なる物だ。


(ベアモンは割とマジに、アイツの事をニンゲンだと信じちまってるが……判断材料が少なすぎる)


 疑問の原因となっている者が悩んでいるのと同じように、デジモンとしての常識を持つ彼も悩みに悩んでいた。

 だがその疑問を解決する事が出来るわけも無く、やはり答えは出ない。


(……とにかく、この事は町長にも聞いてみるか)


 内心でそう呟きながら、エレキモンは四足をベアモンの家に進めるのだった。



 


 ユウキはベアモンが起きるまでの間、ベアモンの家の中にある物を興味本位で見てまわる事で暇を潰していた。

 結局の所、一匹で考えていても何も解決しない事を悟ったのだろう。


(場所が場所なだけあって、自然の物から作られた物しか無いな……)


 周りにあるのは木で作られた物ばかりで、家の中というのにまるで外に居るような錯覚すら覚える。

 扉が無いのは単に素材不足なのか、それとも別の意図があるのか、はたまた面倒くさいだけなのか、元は人間だったユウキには分からない。

 そしてその家に住んでいるベアモンの心境も、全く理解する事が出来ない。


「……ハァ」


 思わずユウキは、この世界に来てから何回目になっただろうか覚える気も無いため息を吐いていた。

 そんな時、まるで救いの手を差し伸べるようなタイミングで家の入り口から一匹のデジモンが顔を見せる。

 それはエレキモンだった。


「う~っす、どっかのバカと違ってお前は早起きだな」

「心配事とか色々多すぎて、安眠出来なかったんだよ。正直あと一時間は寝ていたい気分だ」

「ふ~ん……ま、そういう気分になってるところ悪いけど、ちょいと俺と一緒に来てほしいんだが」

「……何でだ?」


 エレキモンの発言に対して、ユウキは率直な疑問を投げかける。


「お前がいつまで住むつもりなのかは知らないが、町に住む以上は町の長に顔を見せとかないとダメだろ」

「……要するに、顔合わせか」


 デジタルワールドでの足がかりとなる物が現状では無いため、しばらくはこの町にお世話になる。

 だが勝手に住まう事は流石に拙いのだろう。ユウキは面倒くさそうに思いながらも納得し、エレキモンの言う町の長の家へと向かう事にしたようだ。


「ところで、このベアモンはどうするんだ? まだ寝てるけど」

「あ~そっか、コイツは寝てるんだったな……まぁいいだろ」

「いいのか?」

「いいんだ。コイツを起こすだけでも時間が掛かるし」


 いまだに眠りの世界でお花畑な夢でも見ているのだろうベアモンをよそに、ユウキはエレキモンと共に家の入り口と出口を兼ねた穴から外に出て行く。


「で、町の長の家ってのは何処に?」

「いちいち教えるよりは実際に行って見た方が早いと思うぜ。何より、滅茶苦茶分かりやすい目印があるからな」

「?」


 

 ベアモンの家から出て、早数分後。

 二匹は発芽の町で最も大きな木造の家の前に来ていた。

 誰でもここが町長の家だという事が解るようにするためなのか、入り口の左側には大きく『ちょうちょうのいえ』と書かれた看板が設置されている。

 ひらがな表記なのは、まだ子供のデジモンにも解るようにするためなのか、それともこの町の町長の知能レベルがそういうレベルからなのか、ユウキには分からない。

 と言うか元は人間だったのだから、デジモン達の常識にツッこみを入れるだけ無駄だろう。

 内心で不安になりながら、エレキモンと共に町長の家らしき建物の中へ入り口から入る。

 中はベアモンの家と比較するとかなり広く、机や本棚といった人間界にも存在する木造の生活用品が揃いに揃っている、住む事に不足している要素が見当たらない家のようだ。

 二匹の視線の先には、大きな樹木に腕を生やし顔を付け足したような姿のデジモンが居た。


「町長」


 エレキモンは早速、数歩前に出てそのデジモンに声を掛けた。

 この発芽の町の町長と思われるデジモンはその声に反応すると、その手に持った木の杖を使って器用に体の向きを二匹の方へと向ける。

 後ろ姿だけでは分からなかったが、黄色い瞳の目を持った不気味な人面がそのデジモンには存在していた。


「……っ」


 ユウキにはそのデジモンの姿に覚えがあった。


(……ジュレイモン!?)


 町の長と言うだけあって強いデジモンである事はユウキにも予想出来ていたが、実際そうだったらしい。

 彼はベアモンやエレキモンといった『成長期』のデジモンより二段も上の位に位置する『完全体』のデジモンだ。

 その姿をユウキは『アニメ』ぐらいでしか見た事は無いが、実際に目にしてみると存在感が明らかに違っていた。

 体の大きさもあるが何より、自分とは生きた時間のケタが違う事を、目にしただけで理解出来るほどの風格を放っていたからである。

 もっとも、外見からして老人くさいのだから当然なのかもしれないが。

 ユウキは思わず息を呑むが、ジュレイモンはエレキモンの姿を見ると共に老人のような口を開いた。


「お主は……あぁ、ガレキモンじゃな」

「エレキモンです。ホントに居そうなのでその間違いはやめてください」

「……おぉ、そうじゃったな」


 外見通りにお年なそのジュレイモンが言い放った天然染みた発言に対して、エレキモンは電撃の如き早さで指摘を入れる。

 遅れて間違いに気付いたジュレイモンだったが、エレキモンは流れでコント染みた会話になってしまう前に自分の方から口を開く。


「今回はちょいと野暮用で来たんです。主に、俺の隣に居るコイツの事で」

「……む?」


 エレキモンはそう言うと共に振り向き、自分の斜め後ろで緊張した目をしていたユウキを前足で指差す。

 植物型デジモンは疑問の声を上げつつ、視線をエレキモンからギルモンのユウキへと向けた。


「そこのギルモンの事かの?」

「はい。個体名があるらしくて、コーエン・ユウキって言うらしいです」

「ふむ……それで?」

「ちょいと事情があって、コイツをベアモンの家で住まわせてほしいんです」

「……何故じゃ?」


 スラスラと並べられたエレキモンの言葉に、植物型デジモンは町長として当たり前の疑問を返す。


「コイツは昨日、俺達が海で釣りをしてた時に、溺死しかけの状態で偶然見つけたデジモンなんです。何とか救助したんですが、コイツは行く宛も帰る宛も無いらしく……一応怪しい奴では無いんで、ひとまずこの町で住まわせてやりたいんです」

「ふむ……それで、何故ベアモンの家を指定したのじゃ?」

「コイツを助ける事を真っ先に決めたのが、ベアモンだからですよ。アイツ自身もコイツを自分の家に迎え入れる事に異論は無いはずですし……」


 エレキモンの証言を聞いたジュレイモンは、一度目を閉じて思考をするような仕草を見せると、返答が決まったように目を開き言葉を発する。


「……深くは聞かないでおこうかの。良かろう、そのギルモンがこの町で暮らす事を許可する」

「あざっす」

「……ふぅ」


 ひとまず住む場所が確保出来たユウキは、安心したように胸を撫で下ろし、緊張感を吐き出すように深くため息を吐いた。

 尤も、まだ問題は山積みなのだが。


「……町長さん」

「……む? 何じゃ?」


 それ故に、ユウキは勇気を出してジュレイモンに声を掛ける。

 少しでも手がかりを得るために。


「『人間』について何かご存知無いですか?」


 

 一方、ユウキとエレキモンが町長と話をつけていた頃、新たに一匹を迎え入れる事となる予定の家の持ち主はと言うと。


「いない……?」


 自分と一緒に眠っていたはずのデジモンが、家の中から消えている事に対して疑問形で呟いていた。

 眠そうにたれ下がった目蓋のまま、理由を予想するために思考を働かせる。


(……もしかして、エレキモンが連れていったのかな。僕も起こしてくれたら付いて行ったのに)


 眠っている間に物事は進んでいた事に気付いたベアモンは、不服そうにほっぺたを膨らませながら内心で呟く。

 当の本人達が町長の家に向かった事をベアモンは野性の勘で予想出来ていたのだが、だからといって自分が今向かった所で後の祭りだろう。

 ならば今の自分に出来る事とは何か。

 それを考えようとしていた、その時だった。


「……おなかすいた……」


 まるで思考を断ち切るように、ベアモンの腹から空腹を意味する効果音が鳴る。

 それと共にベアモンの視線は、昨日帰ってから部屋の隅に置いて放置していたバケツの方へと向けられる。


「…………」


 食欲のままにバケツの中を覗き込むと、眠そうにたれ下がっていた目蓋が一気に開かれた。

 思わず無言になったベアモンは、右手を自身の額に押し付けてから一言。


「……お~……」


 釣っておいた魚が昨日の帰り道で、自分の分だけではなく赤色の大飯喰らいの分まで消費したおかげで、もうバケツの中から先日釣った魚の八割が消費されてしまっていたのだ。

 また海に向かい、釣りをすれば魚を手に入れる事は然程難しい事では無い。

 だが、その海岸は発芽の町から一時間近くの時間を必要とする距離があり、現在ハングリーなお腹をしているベアモンには、そこまで向かおうと思える気力は存在していなかった。

 ベアモンはひとまず、バケツの中に僅かに残っていた雑魚を一匹、また一匹つまみ取り、少しでも空になった腹を満たす事に専念する。

 しかし、雑魚ではたった数匹食べた所で腹八分目にすら届くはずもなく、バケツの中に残っていた魚を全部食べたベアモンは自分のお腹に左手のひらを当てていた。


「……う~ん」


 困ったように声を出しながら、この事態をどうやって解決するかを考える。

 また空腹の脱力感が襲ってくる前に。


「……よし、昨日は海に行ったんだし、今日はそうしよう」


 やがて、ベアモンは方針を決めたように頷くと右手の爪を一本だけ地面に突き立て、何かを画くようになぞり始めた。

 気分をラクにするためにか、鼻歌まで漏らしながら。

 やがて土をなぞり終えると、ベアモンは普段通りにベルトを両腕と肩に巻き、五文字のアルファベットが書かれた愛用の帽子を後ろ向きに被り、一度体慣らしをした後に家を出た。


「……美味しいのがあればいいな~」


 願望を呟きながら、腹ペコ子熊は食料を確保するために町の外へと出るのだった。



 


「人間について、じゃと?」

「はい。何かご存知無いでしょうか?」


 ジュレイモンはユウキの問いに対して、当然の反応を見せていた。

 しかし、何か事情があるのだろうと察したジュレイモンは、特に考える事もなく即座に言葉を返す。


「存じているも何も、それはおとぎ話で活躍する伝説の勇者の種族の事じゃろう? それがどうしたのじゃ?」


 ジュレイモンの返答を聞いたユウキは、特に素振りを見せずに内心で思考を練ると、自分の最も聞きたかった質問をぶつける。


「……それじゃあ、その人間がデジモンに成った話とか、記録とかは無いんですか?」


 またもや意外な問いが来た事に大して、素直に疑問ばかりが脳裏に浮かぶジュレイモンだったが、返す言葉を選ぶとそれを淡々と告げ始める。


「……ふむ、面白い事を言うのう。じゃがワシは長生きした中でも、人間がデジモンに成ったという記録が記された書物を見た事も無ければ実際にそういう事があったと言う話も聞いた事が無い。『進化』した話ともなれば話は変わるがの。仮にそのような事が出来る存在がおるとしても、それは神様ぐらいじゃろう」

「神様……?」

「そもそも、人間と言う生物自体が多くの謎に包まれておるのだから、ワシには理解しかねるのじゃよ。実際に会えるのならば、生きている内に一目見てみたいものじゃな」

「……そうですか」

「ワシから言える事はこれだけじゃ。ワシの家には色々なおとぎ話の書物が置いてあるから、気が向いたら読んでみるとよいじゃろう」


 そこまで言った所で、ユウキとジュレイモンの会話は終わった。

 エレキモンも家に来た時には町長であるジュレイモンに質問をしようと思っていたが、先に問いを出したユウキが自分の聞く予定だった事を大体聞いてしまっため、わざわざ自分も話題を出そうとは思えなかった。

 兎も角、この家に来た当初の目的は全て終えたため、二匹はもうこの家に居る必要も無い。


「それじゃあ町長、今回はありがとうございました」

「うむ。また何時でも来るといい」


 エレキモンは一度ジュレイモンに声を掛けた後に、ユウキは礼儀正しくおじぎをした後に、町長の家から外へと出た。

 望みどおりの回答も得られず、自分が人間からデジモンに成ってしまった原因を知る手がかりは大して掴めなかったが、ユウキの表情はそこまで暗くなってはいなかった。

 早々に手がかりが掴める事など無いと、薄々気付いていたからだ。


(……まぁ、生きている限り何か手がかりは掴めるだろ……生きている限りは)


 内心でそう呟いたユウキだが、やはり多少は残念なようで深いため息を吐く。

 そんなユウキに、同行者であるエレキモンは声を掛ける。


「なぁ、とりあえずベアモンの家に戻らないか? そろそろアイツも起きてるだろうし」

「……だな。用も済んだし、戻ろう」


 そう返事を返し、ユウキはエレキモンと共にベアモンの家へと戻っていった。

 そして、それから約五分が経ち。


「……なんだこりゃ」


 ベアモンの家に戻ったユウキとエレキモンが目撃したのは、土の床に画かれた複数の記号だった。

 細長い四角の上に大きめの三角を乗せただけの物が複数書かれた、その単純な印の意味は、元人間のユウキにすら理解出来るほどに簡単で、何より自分の向かった先の事を示しているのならば、それ以外に思いつく場所は存在しなかった。


「「……森?」」


 

 此処は、発芽の町から十分ほどで到着する小さな森の中。

 前後左右に茶色の木々が多く並び、風が吹くと心地よい音が耳にささやき、緑色の落ち葉が低空を舞う。

 ベアモンは一匹、視界に映る緑色のグラフィックを楽しみ、鼻歌を交えながら歩を進めていた。

 獣型のデジモンである自分に最も適した環境に居るからか、とてもご機嫌な様子だ。


「ん~……やっぱり森の中はいいなぁ。気分が落ち着くし、果実は美味しいし」


 彼の掌の上には、森の中で拾ったのであろう赤色に熟された林檎が、一部欠けた状態で存在していた。

 視界を左右に泳がせて、食料となる果実を探しながら、彼は林檎を一口かじる。

 瞬間、林檎特有の甘酸っぱさが舌を通して味覚へ伝わり、それによる発生する満足感に表情を柔らかくしながらも「むしゃむしゃ」と食べ進める。


(早起きしてたらよかったなぁ。そしたら、ユウキやエレキモンも一緒に来れたかもしれないのに)


 つくづく自分の睡眠時間の長さに心の中でため息を吐くベアモンだが、睡眠という生理現象に対する解決策など、あるとすれば早寝早起きか、この世界には存在するかも分からない目覚まし時計というアイテムを使うぐらいしか存在しないだろう。

 寝なければいいじゃん、などという回答は当然ながらノーサンキューである。

 そのような事をしてみれば、きっと今は純粋な青少年の心を持っているベアモンが、昼型から夜型に変わってグレてしまうかもしれない。

 もしくは「寝ない子だぁれだ」と何処からか不気味な声が聞こえて、そのまま幽霊の世界に招待されてしまうかもしれない。

 前者はともかくして後者はとても考えられないが、何しろ物理法則も常識もひったくれも無いのがこの世界なのだから、もしかするともしかするのかもしれない。

 まぁ、それはどうでもいい事なのだが。

 ベアモンは自分の手に持つ林檎を芯ごと噛み砕いて飲み込み終えると、ふぅ、と一息を入れる。


(そういやあの二人、もう僕の家に残しといた『アレ』を見てくれたのかな?)


 心の中でひっそりとベアモンは呟くが、彼自身は既に町長との会話を終えたユウキとエレキモンが、家の中に残された暗号を目撃している事を知らなかったりする。


(まぁ、ユウキっていうギルモンにはエレキモンが一緒に居るんだろうし、危険な所には行ってないでしょ)


 自分で出した問いに、自分なりのプラス思考で答えを出して解決させると、ベアモンは一度周囲を見渡し始めた。

 周りには樹木が並んでいるが、その殆どには食料となる果実が成っていない。

 空は普段通りに蒼く果てしなくて、白い綿のような雲が気ままなほどにゆったり流れている。

 平和だなぁ、とベアモンは内心で呟いていた。

 きっと自分が今まで見てきた青色の先には未知の景色が存在しているんだろうなぁ、と夢を描きながら。


(……そういえば、ニンゲンの世界ってどんな世界なんだろうなぁ……)


 ベアモンは思う。

 先日出会ったギルモンが本当に人間だったのなら、デジタルワールドとは別の、人間が住んでいる世界は実在するのだろうと。

 想像のままに風景や状況を妄想するだけでも、彼の好奇心は強く刺激される。


(帰ったら、あのユウキって子に色々聞いてみよっと)


 彼はゴム風船のように想像を膨らませながら、緑と茶の色が広がる森の中を進んでいった。


 次話へ


4件のコメント
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夏P(ナッピー)
2021年4月18日

 遅くなりまして申し訳ございませんが、今回から感想を書かせて頂きます、夏P(ナッピー)です。


 序章から濃密! 結構前に書かれた作品と聞き及んだ気がしますが(テイマーズのアニメが“十年ほど前”扱いなので2010年代前半かな……)、ちょうど勇輝と雑賀がプレイしていたゲームはドラゴンボールのZENKAIみたいな感じでしょうか。Butter-Flyの歌詞も出てきたので、デジモンアニメが存在する世界観ということかしら。新デジモンカードが出てくる前に書かれた小説だろうにデジモンカード云々の話が出てくるとは出来る! そして謎の男性は何だ……?

 ここまでで序章! 濃密! というわけで1話まで読ませて頂きましたが、戸惑いながらもテンポよくまた心地良くストレスなく進んでいくのでスムーズに読み進めることができました。デジモン化して釣り上げられるところを敢えて描写されなかったおかげかしら……何はともあれ、ベアモンは最後「一緒に強くなろうよ」と言ってくれましたがオメー現時点で十分つえーだろと私は言いたい。フライモンに怯まず足止めしようとしたエレキモンも腕っぷしは大したこと無いと言及されてますけど絶対強いって! フライモンはかつてマヒ効果でミレニアモンをも封殺した凶悪デジモンだぞ!? というのはともかく、テイマーズを下敷きにしているのかグラウモンは「成長期に戻れるのか?」ということにも焦点を置かれていてニヤリ。ウルトラマンより制限時間短いのか初進化……。

 まだ現時点でデジモン化の謎どころか、何が起きてるのかも判然としませんがこのテンポの良さだと既に投稿されてる分で判明するかしら……?


 またこの続きも近々読ませて頂き感想を記します。

いいね!
ユ
ユキサーン
2021年4月19日
返信先

ほわああああああああああ!!!??? めっちゃ濃密な感想!! 夏Pさんありがとうございます!!

序章が2013年の8月4日に始まって、一章の完結が2014年の8月1日と何にせよ随分前の頃の文章となっており、拙いところも多々あるので所々手直ししながらの投稿となりました。気付けば連載開始からめっさ経っとる……。

勇輝と雑賀がプレイしていたゲームについては、随分前……大体セイバーズが放送されてた頃にあったデータカードダスの”バトルターミナル”の発展系、という感じのものをイメージしてました。復活しねぇかな……(届かぬ願い)


自分的には凡長になってないかなと不安だったりしたのですが、ストレスフリーに読み進められたのでしたら本当に安堵です……まぁ今後どんどん文章量は増えていくと思うので本番はまだこれからですが(ぇー

ベアモンもエレキモンも強い、と受け取ってもらえたのならしっかり戦闘描写を書き込んだ甲斐があったというものです……グラウモンの件については当時の自分が何を考えてたのかまでは読み取れないのでアレですが、序章のアレといいテイマーズのアレは少なからずリスペクトの対象だったはずなので多分そうであるはず。今なら視聴も可能!!(大好き)


デジモン化の謎とかについては、少なくとも当人達が知るのはまだまだ先の話になりますね多分。ただ、読者の視点からはそう遠くない内にある程度の推理が出来るよう物語を組んでるつもりなので、お楽しみに。まずはここまでのお話の感想、ありがとうございました!!


いいね!

ユ
ユキサーン
2021年4月01日

 グラウモンが発芽の町への進行を始めてから、早くも数時間の時が過ぎた。

 町に戻るまでの距離は、体長がギルモンだった頃に比べて遥かに大きくなり歩幅が広くなったからか、それともドスドスと地面に鳴る音のテンポが速いからか、視界が前へと進む速さも普通に歩く事と比べるとかなり速かった。

 ベアモンは出血と毒が残っているが意識を保っており、生きる事をまったく諦めていない。

 相変わらずタフな野郎だ、と呟くエレキモンの視界には、自分達の住む町の入り口が見えて来ている。

 一方で、グラウモンの口からは言葉としての意味を持たない唸り声しか出ない。

 獰猛な獣のように瞳孔が縦になっていて、理性はまったくと言っていいほどに感じられず、少しでも敵意を向けられれば直ぐにでも牙を剥くような殺気染みた雰囲気を纏っている。

 そんなデジモンの頭の上、正確に言えば髪の毛にしがみ付いているエレキモンの心情は、そんな雰囲気に当てられていても何処か安心感を得られていた。

 コミュニケーションを取れない事は問題だが、このグラウモンが自分とベアモンを襲ってくる事は無い。

 そう確信していたと言うより、エレキモンはそう思いたかった。

 自分の敵わなかった相手を瞬殺したデジモンが、自分やベアモンを襲ってくる事など考えたくも無いからだ。

 そんなエレキモンの疑問は、現状一点に絞られている。


(コイツ、元に戻れんのか?)


 本来、デジモンの『進化』とは存在の核である|電脳核《デジコア》から引き出される情報によって発生する、肉体や精神も含めた構成データの書き換えの事を指す。

 進化の引き金となる要因は『経験』か『感情』のどちらかである事が多い。

 『経験』による進化はデジモンの『成長』そのものであり、一度それを遂げると滅多な事が無い限り、進化後の姿から進化前の姿に戻る事は無い。

 進化の要因となる経験は、生活の仕方や住まう環境の違いに戦闘経験など様々だ。

 その一方で『感情』による進化は時に戦闘の経験が無くとも誘発されるものだが、その消耗は激しく、進化後の姿を長時間維持する事はそれに見合う経験を積んでいないと難しい。

 何故なら『感情』を引き金とした進化は、本来なら戦闘経験などによって成長するという過程を無視して、デジモンのポテンシャルを今以上に発揮させるという手段だからだ。

 それ故に『感情』による進化は一時的な物でしか無く、成長とは呼べないイレギュラーな進化である。

 エレキモンの知る限りでは、ユウキは会ってから一度も戦闘を経験した事が無い。

 そのユウキが初の戦闘で進化を遂げ、今に至るまで進化は解除されていない。


(まさかだけど、コイツ実はかなり戦闘を重ねてたり……してないよな。あんなビビリな奴が戦闘をしてたら、命がいくつあっても足りやしねぇ。何か別の理由があんのか……?)


 疑問を解決したくて問い正そうとしても、その問いに対する返事は当然返ってこない。

 そして、頭の中に色々な疑問を浮かべていると、突然グラウモンの足が止まった。

 エレキモンが何事かと思いグラウモンの目線の先を見てみると、既に町の入り口へ到着している事が分かった。

 ベアモンの体を蝕んでいる毒も、まだ手遅れな領域にまで進行してはいない。

 これなら、まだ間に合う。

 そう、エレキモンが思ったその時だった。


「ん、なんだ……!?」


 突然グラウモンの体が赤く輝き出すと、地に倒れこみながらその体が小さくなり始める。

 まるで巨大な風船から空気が抜けていくように縮んでいき、五秒も経たない内にグラウモンの姿がギルモンの姿へと戻った。

 当然ながらグラウモンの頭の上に居たエレキモンは、ギルモンの姿に戻ったユウキの頭の上に馬乗りになっていて、ベアモンは背中合わせに倒れこんでいる。

 ユウキは瞳を閉じたまま気を失っていて、それを確認したエレキモンは呆れるように言う。


「……やっぱり、無理を通してたのか」


 予想通りと言わんばかりの出来事に、エレキモンは深くため息を吐く。

 それと同時に、町の方から自分達の事を心配に思ったのか、一部のデジモン達が駆け寄って来る。


「だけど、今回ばかりは本当に……ありがとな」


 気絶し、指一本も動かせないユウキに対して、エレキモンは感謝の言葉を伝える。

 まだ昼間の発芽の町は、三匹の成長期デジモンを治療するために早くも大忙しだった。



 


 それから数時間後。


「……つまり、そういう事があってアンタ達はボロボロな状態で発見されたってワケね」

「まぁ、つまる所そういう事だな」


 発芽の町にある一軒の家の中にてエレキモンは、黄緑色の体をしており、頭の上には南国の島を思わせる花が咲いていて、外見的にはどちらかと言うと爬虫類的に進化をしている植物型デジモン――パルモンに事情聴取をされていた。

 家の中には一部の箇所に、パルモンの趣味であるガーデニングによって植えられた色取り取りな花が咲いていて、椅子やテーブルといった家具の姿は見えていない。

 天井の一部分からは太陽の光が差し込めるように大きめの穴が空けられていて、何気にかなり工夫が成されているのが伺えた。

 エレキモンはそれらの何度か見た事のある風景には特に反応を見せず、パルモンとの話を続ける。


「アンタ達は運が良いのか悪いのか……野生のフライモンから逃げて、生きて町まで帰ってくるなんてね」

「まったくだ。最近の野生のデジモンが、やけに凶暴化しているって話はマジだったなんてな……」

「アンタ達が何か手を出したって事は無いわよね?」

「馬鹿を言うなよ。たかだか成長期のデジモンでしかない俺が、成熟期のデジモンに自分から喧嘩をふっかけると思うのか?」

「そうね。思わないけど……」


 パルモンはそう言って、部屋の隅っこで死んだように眠っているギルモンを指刺すと、質問の内容を変える。


「それよりもそこで眠っている赤色のデジモンはいったい誰なワケ? ここらでは見ない顔だけど」

「ギルモンっていうデジモンらしい。昨日、海で釣った」

「ごめん、状況が全然理解出来ないわ。その子明らかに海で見るような外見をしてないもの。何か隠しているわね?」

「隠している事があるのは事実だが、大した事でも無いし、コイツは野生のデジモンじゃあない」


 その『大した事でも無い事』と言うのは、ユウキが実は人間(なのかもしれないの)だと言う事だったりするのだが、その事に気付いているはずの無いパルモンは怪しい物を見るような目でエレキモンを見ている。


「突然地鳴りの音が聞こえたと思ったら、森の方から見慣れない大きなデジモンが来ていて、みんな驚いてたわよ? で。入り口まで来たら急に退化したし」

「一時的な進化だったみたいだからな。エネルギー切れって事だろ……そもそも初進化っぽいのに五分近くも進化を維持出来てた事が既に驚きだ」

「五分!? それは凄いわね……普通なら、二分も保てないはずなのに」


 ちなみに、数時間前の時には右肩部分に大きめの痛々しい刺し傷が刻まれ、右半身が麻酔にかかったように動けなかったはずのベアモンはと言えば。


(……やっぱりあのクネモン達に攻撃したのが原因なんだろうなぁ……)


 刺し傷のあった部位には薬草から作られた薬が塗られ、その上に包帯を巻き付けており、今は安静にするために家の隅っこで横になっていた。


 よく見ると、口元に何かを飲んだ跡が残っている。


(結果的に助かったからいいけど、二人には申し訳の無い事をしちゃったな……今度、何か詫びを入れないと)


 今に至るまでの過程を内心で呟いていたが、普段から口数は多い方であるベアモンが喋れる状態なのにも関わらず、口数が少なくなっている事に対して不思議に思ったエレキモンは、とりあえずベアモンに声を掛ける事にした。


「おいベアモン。珍しく無言になってるけど、どうかしたのか?」

「何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」

「珍しいな。お前にも考えるという行動は出来たのか」

「君は僕の事を何だと思ってるのさ……一応、真面目な事を考えてたのに」

「頭の中が青空とお花畑で、寝返りに見せかけて俺の毛皮でモフッとする事を狙っているド変態デジモン」

「とりあえず僕はフザけた事をほざいている君を割りと本気で泣かせたいんだけど良いよね。というか今泣かせる絶対泣かせる」


 そう言って左腕の力だけで強引に体を起こすと、麻痺して動かせない右腕の事は気にも留めず、器用にも左手からパキパキと音を鳴らし出す。

 その一方で、発言者のエレキモンはベアモンの明らかにまだ痺れが取れていない右足を見て、こう言った。


「へッ!! たかだか片腕しか使えない今のお前じゃあ、俺を捕まえるなんて一週間かけても無理だっつ~の」

「残念だけど、右腕が動かしにくくても右足は何とか使えるんだよね。というわけで逃がさないから大人しくさっきの発言を撤回してもらおうかな」

「やなこった」

「アンタ達さ、アタシの家で暴れようとしないでくれないかしら」


 パルモンの言葉を無視して、二匹はドタドタと走り回り出した。

 綺麗な花があちこちに植えてある、草原のような家の中を。


「………………」


 家の持ち主の額に青筋が立った数秒後。


「「ぎぃゃぁあああああああああああああああああ!?」」


 パルモンの家の中から断末魔のような悲鳴が響いた。

 そして、それから更に数分後。


「……ぅう……?」


 騒音に堪らず意識を取り戻し、気だるそうに欠伸を出しながら、目を開けたユウキが見た物は。


(……は? てか、クサッ!? 学校のマトモに掃除されていないトイレが可愛く思えるぐらいにクセェッ!!)


 白目を向き、口から白い泡を吹き出し、瀕死の昆虫のようにビクビクと痙攣した様子の、ベアモンとエレキモンの姿だった。

 状況を飲み込めず、両手で鼻を摘みながら内心で『訳が分からない……』と呟いていると、現在進行形で家に充満している空気を換気しているパルモンが、ユウキに対して話しかけてくる。


「やっと目を覚ましたね。調子はどうだい?」

「………………」


 現在の状況と、今の心境を掛け合わせ、初見の相手に対してユウキは発言する。


「凄まじく最悪な気分だよ……」


 元人間のデジモンがデジタルワールドの現実に順応するには、まだまだ長い時間を要するようだった。


 

 まず、目が覚めたら辺りに色んな意味での死臭が漂っていた。

 それを認識した直後、初見の相手に突然声を掛けられた。

 返答したが、家の中に充満していた臭気が鼻の中に入ってくる事を本能的に恐れたために、両手の位置はしばらくの間固定されていた。

 換気が完全に終わり、少し前まで家の中の空間に漂っていた臭いとは別の甘い香りで上書きした所で、ようやくマトモに喋れるようになったユウキは、とりあえず目の前にいるこの家の持ち主であるパルモンに対して自己紹介……をしようしたのだが、どうやら気を失っている間にエレキモンから既にユウキの事は聞いていたらしく、自己紹介はあっさり終了した。


 その後、気絶しているバカ二匹を無視しつつ、ユウキとパルモンの間で情報交換が行われた。

 自分が行く宛も帰る宛も無いデジモンである事。

 偶然自分の事を見つけたベアモンの家に居候させてもらえる事になった事。

 そして今日、家の中から居なくなっていたベアモンを探しに森の中へと入り、フライモンに襲われた事など、ベアモンとエレキモンが自分を見つけてからここに至るまでの経緯をほとんど話した。

 話していない部分があるとするなら、自分が元は人間だったという事ぐらいだろう。

 しかし、その経緯を聞いたパルモンは何か引っかかるような疑問を覚えたように首を傾げると、ユウキに対して質問をした。


「今の口ぶりで気になったけど……アンタ、自分がフライモンを撃退してから町まで二人を運んで来た事を覚えていないのかい?」


 思わずユウキは『は?』と聞き返していた。


「エレキモンの話によると、アンタはフライモンとの戦闘で殺られそうになった時、突然一時的に進化を発動させて圧倒したらしいよ。アタシは見ていないから知らないけど、本当にアンタは自分がやった事を覚えていないのかい?」


 まったく記憶に無い出来事に対する言及だった。

 ユウキ自身、フライモンとの闘いで起きた事は途中までしか覚えておらず、進化したなどという実感は湧いていない。

 しかし、目を覚ましてからユウキは身に覚えの無い疲労感と頭痛を感じている。

 それが何よりの証明なのかもしれないと思ったが、やはりとても信じられない事だった。

 返す言葉に困っているユウキの反応を見たパルモンは、何かを確信したのか言葉を紡いでいく。


「覚えてなかったのね……町の入り口付近でアンタを目撃した時、アンタが進化したと思うデジモンの目に理性は感じなかった。多分その時のアンタは無意識だったか、本能的にやっていた行動だったんでしょうね。そんな状態の中でも、自分を助けてくれたそこの二人を助けたかった……勝手な推測だけど当たっているかしら?」


 その回答が本当に正解なのかは、言ったパルモンにも言われたユウキにも分からない。

 そもそも、進化後の自分の体を動かしていた意思が自分の物だったのか、それすら分からないのに誰がその答えを知っているのだろう。

 正しい答えを探そうとして、結局返事を返す事は出来なかった。

 そんな様子を見たパルモンは一度浅くため息を吐くと、一度仕切りなおしてから言葉を紡いでいく。


「まぁ、無理に考えなくてもいいと思うわよ。それよりもアンタはベアモンの家に居候するらしいけど、何か行動の方針は決まっているワケ?」

「それは……」


 その質問に、ユウキはまたもや言葉が詰まってしまう。

 ユウキの目的は『自分が人間からデジモンに成ってしまった理由』の解明だが、それを話すという事は、自分が元人間だという事に関する説明が必要となる。

 しかし、それを話すと余計に事が面倒な方向へと移行してしまうのが容易に想像出来る。


(……どうする。話すべきでは無いけど、下手に言い訳しても疑われそうだしな……)


 んー、と喉から音を鳴らしながら考え、ユウキは言葉を紡ぐ。


「とりあえず、この町で働いていこうと思う。いつまでになるかは分からないけど、どの道行く宛も無いから……」

「なるほどね。そういう事なら歓迎するけど……」


 ユウキは、ひとまず話題を切り抜けた事に内心で安堵した。

 その一方でパルモンはユウキの回答を聞くと、気絶しているベアモンとエレキモンの方へ視線を向ける。

 そして、何を思ったのか突然両手の先に見える爪をツタ状に伸ばし出した。


「まず、あのバカ二人を起こした方が良さそうね」


 そう言った次の瞬間。

 パルモンは両手から生えているツタを鞭のように扱い、ベアモンとエレキモンへと振り下ろした。


「ブバッ!?」

「ぎゃふんっ!?」


 バチィン!! と手のひらで頬っぺたを叩いた時のような乾いた音と同時に、本日二度目となる悲鳴のデュエットが家の中に響き、多少強引だがベアモンとエレキモンは意識を取り戻した。

 二人は叩かれた時の痛みで反射的に体を起き上がらせると、視線をそれぞれユウキとパルモンの方へと向かせる。


「パルモン……マジで痛いからその起こし方やめてくんねぇかな。額がマジでヒリヒリするんだわ……」

「ホントだよ。てか僕は怪我してるんだから手加減してもらっていいんじゃないかな?」

「確かにそうね。でも私は謝るつもり無いから」


 ひどっ!? と見事に二人の声がハモる。

 実際の所、数分前に二人が下らない動機で喧嘩を始めなければこんな事態にはならなかったとも言えるので、結局は二人の自業自得だったりするのだが。

 二人の弁解を無視してパルモンは話を進める。


「まぁそんな事は今はどうでもいいんだけどね。それより、彼の事でアンタ達と一緒に考える必要が出て来たから、真面目に話を聞きな」

「……ん? いや、僕達は話を聞けてないんだけど」

「だな。何を一緒に考える必要が出て来たんだ?」

「彼……ギルモンが、この町で暮らす上で行う仕事の事よ」


 その言葉にエレキモンと、珍しくベアモンが文字通り真面目な表情になった。


 この|世界《デジタルワールド》の事を全然知らないユウキには、パルモンの言う『仕事』がどんなものかも想像がつかない。

 そして、ユウキが疑問符を頭の上に浮かべていると、先にエレキモンが口を開いた。


「森に向かう途中で言ったよな? 『手が無いわけじゃない』って」

「ああ……でも、それが何なのかは結局聞けてない。いったい何なんだ?」

「………………」


 エレキモンは一度無言になると、ベアモンに何かを耳打ちした。

 すると、エレキモンの代わりに怪我人であるベアモンが口を開いた。


「『ギルド』って言ってもユウキは分からないよね?」

「……ギルド?」


 思わず呆けた声でそう返してしまったが、ベアモンにはその反応が予想通りだったのか首を縦に振り、そのまま声を紡ぐ。


「ギルドって言うのはデジタルワールドに何個も別々に存在する組織の名称なんだけど、目的を具体的に言えば何かで困っているデジモンの依頼を受けてそれを遂行したり、時には町の資源となる物資を獲得するために冒険したり……まぁ、自由度の高い組織だよ。情報もかなり入ってくるし、行動する範囲はかなり広がると思う」


「………………」


 ユウキはベアモンの言う『ギルド』の内容を聞くと、表情を強張らせる。

 ベアモンは話を続ける。


「ただね。この組織に入るためには条件もあって、集団での行動を主にするからまずは『チーム』を作らないといけない。最低でも三匹のデジモンで構成された、実力もそれなりにある三匹によって構成されたやつをね」


 そこまで聞いた所で、ユウキは思った。

 チームを作る必要があるのは分かったが、よもやそんな組織にあっさり入れるはずが無い、と。

 考えた事をそのまま口にすると、ベアモンからは予想通りの答えが返って来た。


「その考えは間違っていないよ。確かに、『ギルド』に入るためにはその実力を知るための『試験』を突破しないといけない」


 だけど、とベアモンは言葉を付け加え、話を進める。


「実力と言っても色々あるからね。知識力に行動力に精神力に……戦闘力。野生のデジモンが横行する場所に向かう事が多いんだから、一番最後に言った部分はかなり重要だよ」

「……俺には無理なやつじゃん……」

「そんな事ないよ」


 呟いた言葉をベアモンはバッサリ切り捨て、正直に思った事を次々と言葉にして放つ。


「確かに、森での闘いの時はハッキリ言って足手まといだったよ。だけどね、ユウキにとってはアレが初めての実戦で、しかもその相手が成熟期のデジモンだったんだし、仕方が無いでしょ」

「でも、俺があの時に動いていたら……ベアモンは右腕をやられたりしなかった」

「こんなのちゃんと治療すれば治るよ。肩から先が無くなってるわけじゃあるまいし」

「あのままだと右腕だけに留まらず、毒に体を蝕まれて死んでいたかもしれないんだぞ……」

「その時はその時だよ。そもそも、あの森が今危ないって事を知っていたのに向かった僕が悪いんだし……君が居たおかげで、僕もエレキモンも助かったんだよ? むしろ感謝するのは僕の方だよ」

「………………」


 ベアモンの優しさと自身の不甲斐無さが合わさり、思わずユウキは歯軋りする。

 優しさが心を癒すどころか、むしろ自身を惨めにしているようにすら思ってしまう。


「……ふざけんな」


 そして、ユウキはベアモンに向けて苛立ちを含んだ声で言った。


「何でだよ。何でベアモンはそんな風に、自分より他人の事ばっかり考えられるんだよ!! 俺はお前にとってそんなに価値のあるデジモンか!? 何も恩を返せて無いのに、こっちは与えてもらうだけで何も出来て無いだろ!! それに俺はお前の友達でも何でも無いんだぞ? ただの居候予定のちっぽけなデジモンだろうが!! 何でそんな俺のために命まで賭けられるんだよ!?」


 その言葉には苛立ちと悔しさしか含まれていない。

 正論かどうかなんてどうでも良くて、言う度に余計に苛立ちや悔しさは増えるばかりだ。

 そんなユウキの言葉に対して、ベアモンはかくも当然のように返す。


「……あのさ、じゃあ逆に聞くけど。恩とか価値とかが無いと、誰かを助けちゃ駄目なワケ?」

「それは……」

「そういう物が無いと何もしないの? 目の前に見える、自分が助けたいと思った誰かを助けちゃ駄目なの?」

「…………ッ」


 ベアモンの言葉は冷たく、鋭くユウキの苛立っていた心に突き刺さり、反論を許さなかった。

 言葉に詰まるユウキに構わず、ベアモンは言葉を紡ぐ。


「僕は『助けたい』と思ったから助けた。君はどうなの? 僕等の事を、恩とかそういう理屈抜きで本当に『助けたい』と思ったからでこそ、進化出来たんじゃないの?」

「……分からない」

「僕にも分からないよ。ユウキが何を考えているかなんてね」


 ベアモンがそう言った時、流石に喧嘩ムードとすら思える重い雰囲気に耐えかねたエレキモンが、改めて口を開いた。


「ったく、ベアモンお前言い過ぎだ。お前の性格は理解してっけどコイツの言う通り、お前は自分自身の被害を気にしなさすぎだ」

「……ごめんごめん。熱くなりすぎたよ」


 エレキモンはベアモンを宥めると、すっかり落ち込んでいるユウキに声を掛ける。


「わりぃな、ベアモンはこういう性格なんだ。お前の気持ちも分からなくは無いけどよ、落ち込んでても仕方が無いだろ」

「……まぁ、そうだけどさ」

「結局、どうする? 『ギルド』に俺達と一緒に入るか?」

「………………」


 ユウキは黙り込み、ベアモンが言っていた『ギルド』の事を考える。

 情報が集まりやすく、行動範囲が広がる事はユウキにとって、プラス以外の何者でも無い恩恵だ。

 しかし、ベアモンの言葉から察するに、これから闘いが頻繁に行われる事は確定だろう。

 そんな中で、自分は生き残る事が出来るのだろうか。

 そして何より、こんなにも自分より強いベアモンやエレキモンと一緒にやっていけるのだろうか。


「ユウキ」


 そんな事を考えていた時、ユウキはベアモンから改めて声を掛けられた。


「自分の弱さを気にしているのならさ、一緒に強くなろうよ。それでも力が足りないのなら、互いに力を合わせようよ」


「……!!」


 それは独りでしか考えなかった故に、至らなかった答えだった。


「それとも、僕等はそんなに頼り無い? 確かにエレキモンは腕っぷしも弱いけどさ」

「おいちょっと待て。何気に酷い事言って無いか」

「事実じゃん」

「ちょっと電撃でも食らわせてやろうか」

「あんた等……どうやら懲りてないみたいだね?」

「「ひっ!?」」


 ユウキは不思議と思った。

 彼等のようなデジモンと一緒なら、どんな困難な道でも一緒に歩んでゆけるかもしれない、と。


「……ははっ……」


 思わず笑みがこぼれる。


 最早、迷いはほとんど無かった。


 ユウキは、パルモンに現在進行形で『お願いだからその臭いだけはー!!』と懇願している二人が気付くように、わざと大声を上げる。


「ベアモン!! エレキモン!!」

「ん?」

「何?」

「俺決めたよ。『ギルド』に入る。色々不安だけど、立ち止まってたら何も始まらないしな。だから……」


 一度言葉を区切り、ユウキは二人に向かって言う。


「こんな俺でも良いのなら、仲間に入れてくれ。頼む!!」


 対するベアモンとエレキモンは、その言葉に笑みを浮かべて返答する。


「断ると思う? これからよろしくね!!」

「右に同じくだ。コイツだけじゃ色々不安だし? お前の事は少なくとも信用出来るからな」


いいね!

ユ
ユキサーン
2021年4月01日

 ベアモンが食料調達をしているその一方で、帰宅後に質問ラッシュと言う名のイベントが待ち受けている事を一切知らない、赤色の大飯喰らいトカゲのユウキはと言えば。


「ベアモンの奴……昨日、森が最近物騒だって言った矢先に森に向かうなんてな……」

「対面して一日の俺が言うのもなんだけどさ、アイツって頭が悪いタイプなのか?」


 ベアモンの家で目撃した暗号と、エレキモンの思い当たりを宛にして森へと向かっていた。

 少しでもデジタルワールドでの知識を確保しておくために、自分とは違って生まれつきデジモンであるエレキモンと会話をこなしながら。

 実際のところ、家の持ち主が居ないとユウキがベアモンの家に住む事になった話とか、食べる物が無い自分はどうすればいいだとか、他にも色々と話さなくてはならない事がそれなりに多いため、仕方なくベアモンを捜索しにエレキモンと共に村の外へ出たというわけだ。

 ちなみに現状の話題は聞いての通り、これから同じ家で寝る事になるベアモンについての話題だったりする。


「いや、頭が悪いっつーか……どうだろうなぁ。アイツの考えてる事は俺にも理解出来ない時があるし」

「まぁ確かに、初対面の相手を即自宅に受け入れるなんて思考は理解出来ないな」


 ユウキのベアモンに対する第一印象は、それほど良いものとは呼べなかった。

 まぁ、初対面でいきなり躊躇する事も無く自宅に連れ込んだ上で、無防備に不審者を至近距離に寄せて寝るなどという人間からすれば非常識としか思えない行動を取られれば、そう思うのも仕方ないのだが。


「だろ? まったく苦労させられるよ……って、今回の場合は原因の一端にお前も居るんだが」

「そんぐらい自覚できてる。でもさ、それならお前の家に住まわせてくれれば良かったんじゃ?」

「あのな、俺はアイツほどお前の事を信用してねぇんだ。信用出来ない奴を、自宅に入れたりしたくない」

「ふ~ん、まぁ予想出来てたけど」

「予想出来てたんなら、わざわざ聞くなや……」


 そんな会話を交わしていたが、そのうち話題の内容に飽きを感じてきたのか、二人とも無言になる。

 あまり良いものを感じられない空気が流れる中、別の話題を出そうと先に口を開いたのはエレキモンの方だった。


「あのさぁ、お前は結局の所……これからどうすんの?」

「どうするって言われても、何の事を聞かれてるんだそれは」

「これからの事だ。俺の予想だけど、お前は多分……自分がデジモンに成った手がかりとかを探すつもりなんだろ?」


 エレキモンの問いにユウキは「当然だ」と即答する。

 その返事を聞いたエレキモンも「やっぱりか」と言うと、そのまま言葉を紡ぐ。


「でも、俺が言うのもなんだが……町長でも解決出来なかったんだし、少なくともあの町の中では手がかりを掴む事は出来ない」

「……だろうなぁ。でも、だからって他に行く宛も無いし……独り旅をするのは流石に無謀だし」


 まだろくに戦う術も持たないのに、一匹でこの世界を渡り歩いていたら命がいくつあっても足りないだろう。

 強くなれば話は別だが、生憎一日前まで平和な世界で過ごしてきたユウキに戦闘経験などあるわけも無いので、トレーニングやら何やらで体を鍛える以外に出来る事は少ない。

 更に言えば、そんな事を毎日繰り返しているだけだと、一匹で最低限の安全を確保しながら旅するには何日かかるか分かったものでは無い。


「まぁ、そうだろうな……俺が言うのも何だが、無謀な独り旅は死に急ぐのとそう変わり無いと思うぞ」


 何より……仮にこの広大な世界を旅をしたとして、手がかりを掴むまで何ヶ月かかるのだろう。

 独りで手がかりを掴める確率など、アニメや漫画でライオン顔のイケメンキャラが生き残る確立に等しいのだから、わざわざバッドエンドが予想出来る未来を選択しようとは思えない。

 だが、それなら何をどうすればいいのだろうか。

 今のユウキには、現状の打開策を思いつく事が出来ない。

 そんなユウキに、エレキモンの言葉は希望とすら思えた。


「だけど、手が無いわけじゃない」

「……何?」

「これはアイツと一緒の方が話しやすいから、今は言わないが……少なくとも、独りで旅するよりは数倍マシな手段だと思う」

「………………」



 


 それから数刻が経ち、現在進行形で森の中を食料調達という目的のために進んでいるはずのベアモンはと言うと。


「……あれは、もしかして?」


 またもや道端で拾ったのであろう緑色のキノコをもぐもぐと食しながら、およそ数十メートル先に見える樹木を見て静かに声を漏らしていた。

 ベアモンはキノコを一気に口へと放り込みながら、いち早く確認するために進行速度を歩きから走りへと変える。


(やっぱり……これはデジブドウの木だ)


 その木の枝の先には、紫色の小さな実が一つの房に大量に集まっている果物が多く見られ、それの味を知るベアモンにとっては素直に喜べる出来事だったりするようだ。

 ベアモンはどうやって、木の枝に成っている果物を採ろうと考える。

 木を登って採るというのも一つの手だが、彼は木登りがそんなに得意ではない。

 そんでもって下手をした結果、頭から落ちて痛い目を見るのも嫌なので。


「……よぉし、一発強いのをブチかますかな!!」


 そう言ってベアモンは一度深呼吸した後に自身の右手に握り拳を作り、そのまま腰を深く落とす。

 そして、木を貫くイメージを頭に浮かべながら、拳を前へと突き出した。


「子熊……正拳突きぃ!!」


 ドスッ!! と鈍い音が周辺に響き、正拳突きの威力で樹木が揺れる。

 それによって木に成っている果物の一部が根元近くに落ち、ベアモンはそれを一本回収……しようとした時だった。


「キィィィ!?」

「ん?」


 ベアモンの近くに、果物とは違う何かが悲鳴と共に落ちてきた。

 それは全身に稲妻の模様が刻まれた、幼虫のようなデジモンだった。

 どうやら枝の上に居たらしく、果実を取ろうとしたベアモンの行動のとばっちりを受けたようだ。


「………………」


 昆虫型デジモンの視線が、ベアモンを視界に捉えた。

 よく見ると、顔の部分にある稲妻の模様の形が少しずつ変化している。


「え、え~っと……」


 明らかにマズイ事をしたなぁ、と状況を察したベアモンが考え付いた謝罪の言葉は。


「……キィィィィィィィ!!」


 次の瞬間に響いた、昆虫型デジモンの悲鳴とも呼べる奇声によって掻き消されていた。

 そして、その奇声に反応したのだろう。

 周りの茂みや木から、まるで不法侵入者を見るような視線を一斉に感じる。


「……マジで?」


 周りの木から多くの視線を感じたベアモンは、自分自身に起きている危機的状況に冷や汗を流していた。


 

「ところでさ、ちょっと聞きたかったんだけど」

「何だ」

「お前、戦闘は出来るのか?」


 エレキモンがユウキにそんな問いを飛ばしたのは、森に入って数分ほどの時が経過した頃だった。

 突然の問いの内容に対して、少し考えてからユウキは返事を返す。


「殴る蹴るぐらいの事しか出来ない。マトモに戦ったことも無いし、あまり戦力にはならないと思う」


 嘘は吐いていない。

 ユウキ自身もギルモンという種族の持つ技を知っているため、戦闘における攻撃手段は理解している。

 だが、格闘ゲームを取扱説明書を見ずにプレイするのと同じように、技の『出し方』が分からないため、自分の意志で技を繰り出す事は出来ない。

 そして、彼自身が覚えている限り、実際の生物同士の戦いなど一切経験が無い。

 それ故にあまり期待されても困るので、ユウキは自分が『弱い』事を強調して返答した。


「そうか、最低でも格闘戦は出来るって事だな」

「何でいきなりそんな事を聞いたんだ? 大体の理由は察するけど、何か訳があるなら教えてくれないか」


 意味深な事を呟くエレキモンに、今度はユウキの方から問いを飛ばす。

 返事は、意外と直ぐに帰ってきた。


「いや、野性のデジモンに襲われた時とか、わざわざ俺が護ってやる必要があるのかと思ってな。格闘戦が出来るんなら、自衛ぐらいは出来るんだろ?」

「……まぁ、多少は」

「それならいい。自分の身ぐらいは最低限自分で守ってくれよ? オレは知り合いのために命張れるほど、お人よしじゃねぇんだから」


 エレキモンはそう言って話を閉めようとしたが、疑問に思う事があったのか、ユウキは自分から別の問いと飛ばす。


「……そういや、大丈夫なのか?」

「何がだ」

「この森の事は知らんけど、野性のデジモンが生息しているんだよな? もし仮にあのベアモンが、一度に多数のデジモンに出くわしたら、そんでもって戦いに発展したら、アイツは大丈夫なのか?」


 実際、現在進行形でそういう事態になっていたりするのだが、質問したユウキ自身も質問されたエレキモンにもそれは分かっていない。

 実際にあり得る事態とも思ったのか、その問いに対してエレキモンは、う~んと声を漏らす。


「……まぁ、大丈夫だろ……多分な」



 


 で、そんな二匹に不安を抱かせている主な要因であるベアモンはと言えば。


(う~ん、どうするかな。なんか僕の事を明らかに『敵』と認識しているみたいだし、話し合いとかでどうにかできる状況じゃあないよね……)


 意外にも、すごぶる余裕を持っていたりする。

 自分に敵意を向けて鳴き声を上げている幼虫型のデジモン――クネモン達に対して罪悪感を感じ、攻撃を躊躇う程度には。

 無論、そんな心情をまったく知らないクネモン達は、容赦無く『味方ではない』ベアモンに対して攻撃の態勢をとっており、一匹が自身のクチバシから幼虫らしく糸を吐き出そうとする。


 ――エレクトリックスレッド!!


 だが、その放たれた糸は帯電しており、糸というよりは一種の電線に近かった。

 ベアモンは素早く横に動く事でそれを避けるが、今度は別のクネモンが木の上から避けた方向へと糸を放つ。


「くっ!!」


 咄嗟に地面を転がってそれをかわすが、逃がさないと言わんばかりに別のクネモンが時間差攻撃で糸を放つ。

 そのサイクルが連続して行われ、何とか避けているベアモンだったが、最早戦闘行為は避けられない状況に追い込まれていた。

 放たれた糸は地面にしつこく電気と共に残っており、足場を少しずつ狭めている。

 クネモンという種族が必殺技として吐き出す糸が帯びている電気には、成長期レベルのデジモンなら確実に気絶させる電力が備わっている。


 普段から日常生活の中でエレキモンの電撃を浴びているベアモンだが、触れてしまえば意識を刈り取られてしまう可能性のほうが高い。


(このままだとマズイなぁ……戦うのは嫌いだけど、甘い事を言えるラインは既に過ぎちゃってるし……やっぱり、戦闘力を奪う以外に安全策は無いか。逃げる事はこの状況だと厳しいし)


 ベアモンは糸を避けながら目を泳がせ、自分自身に敵意を向けているクネモンの数と位置を見直しだす。


(木の上には三匹、地上には四匹かぁ……)


 視界に映る合計七匹のクネモンが、時間差攻撃で自分に襲い掛かっている。

 それを知ったベアモンは、最早背中を見せて逃げる事は難しい事を察する。


(……仕方が無い)


 徐々にその目は闘志を示し始め、握る拳にも力が入り始める。

 視線で最初の標的を定め、短時間で戦闘を終わらせるために頭の中で戦術を練る。

 そして、ある程度の未来設計を整えると、ベアモンは右足に力を入れ、一気に前方へと駆け出す。


「子熊正拳突き!!」


 視界に入っている帯電した糸を掻い潜って回避すると、ベアモンは上にクネモンが乗っている木の一本に向かって拳の一撃を放つ。


「キィィィ!!」


 デジブドウを採った時以上の揺れが発生し、木の上にムカデのようにしがみ付いていたクネモンの一匹が、悲鳴を上げながら落ちてくる。

 ベアモンはその落ちてきたクネモンの頭部に向かって「ごめんね」と呟きながら拳骨を決めると、目と思われる部位のすぐ上にある触角らしき部位を両手で掴む。


「……悪いけど、相手の力量も理解せずに、本能のまま襲い掛かった君達にも非はあるからね?」


 頭の上でヒヨコがぐるぐる回っている状態のクネモンを、ベアモンは鈍器でも扱うかのように軽々しく振り回しながら、今度は地上で今起きている状況に戸惑っているクネモン達に向かって突撃を開始する。

 クネモン達もそれに気付いて反撃しようとするが、直撃コースの糸のほとんどはベアモンが鈍器代わりに使っているクネモンの方へと絡まっていく。

 彼等自身はその電気を帯びた糸の上を進行出来るように、体に電気に対する耐性を持っているが、この場合は彼等自身にとって利点にはなっていない。

 電気を帯びた糸がベアモンの方に届く前に、自分達の同族が盾のように使われているせいで全く電気が効いていないのだから。

 振り回されている幼虫の稲妻模様が涙を表すようなカタチへと変化しているのは、きっと気のせいだろう。


「ほいさぁっ!!」

「ギィッ!?」


 両手でとにかく振り回し、ベアモンは地上にいるクネモン達をボカスカと無双感覚で蹴散らす。


「ちょいさぁっ!!」

「ギィィィ!!」


 そこから更に、ベアモンは両手に思いっきり力を入れると、木の上から攻撃しているクネモンの一体に向かって鈍器代わりにしていたクネモンを投げた。

 見事に縦回転を描きながら激突し、二匹のクネモンは茂みの中へと落ちる。

 ベアモンは地上でのびている別のクネモンを、再び鈍器代わりに掴むと、次の狙いを絞り始める。

 まさに、クネモン達にとっては地獄絵図だった。

 少し前まで自分達の方が優勢だったのに、いつのまにか狩る側と狩られる側が逆転していたのだから当然なのだが。

 ベアモンにクネモン達の心境は詳しく分かっていないが、少なくとも自分に恐怖している事だけは理解出来た。

 故に、確かな威圧感を含んだ声と視線でもって、ベアモンはクネモンに告げる。


「……まだやるなら、君等もこの子みたいにやってあげるけど、どうする?」


 既に戦闘可能なクネモンの数は最初の半分以下にまで減っており、残りは三匹。

 そして、ベアモンの手にはまた別のクネモンが鈍器として触角を掴まれている。


「キ、キィィ……」


 思わず、数少ない地上に残っていたクネモンが後ろにたじろぐ。

 流石に、逃げようとする相手に追い討ちを仕掛けるほどベアモンも鬼にはなれない。

 故に、立ち向かってこない限りは自分から手を出さない。

 だが、野生の世界はそう甘くない。


『キィィィィィィ!!』

「!?」


 追い詰められたクネモン達は突如、遠吠えのように奇声を発し始めたのだ。

 突然の高音量に思わず、ベアモンは耳を両手で塞ぎ目を細める。

 だが、クネモン達は奇声を発した後、ベアモンに背を向けて一目散に逃げていった。


「? 逃げた……?」

 

 ただの威嚇行動だったのか、それとも何か別の意図があったのか。

 ベアモンは疑問を覚えたが、ひとまず戦闘が終わった事に対して安堵のため息を吐いた。