夏休みの少年が廃神社でえらいものを見つけ、神様が転職する話です。
夏休みにじいちゃん家に泊まりに行った時だ。
漫画もテレビゲームも何も無い田舎の家。都会っ子な俺は初日から既に暇を持て余していた。ひたすらスマホで動画を見るのにも飽きた俺は、仕方なく近所を探検しようと外に遊びに出かけた。
カバンにスマホと、小銭入れと、あとさっきばあちゃんから貰ったキャラメルの箱を詰めていると、なんとなく冒険心が湧いてワクワクとした気分になった。
真っ青が突きぬけていく、高い空だった。
キャップ以外に日をさえぎるものもない畦道をふらふら歩き続け、ふと視界に入ったそれに目が止まった。
赤い鳥居だ。
朽ちかけた細い注連縄に、ビリビリに破れ辛うじて引っかかっている紙垂。
朱色の塗装も剥げかかった鳥居に、幼い俺は薄ら寒い何かを感じて、でも目が離せなかったのだ。
明後日に夏祭りを控えた別の大きな神社とは違う、寂れた神社だ。
近づいては行けない、とは聞いてはいない。
俺は興味本位で木々の影が差す薄暗い石段の先へと歩みを進めてしまった。
うるさいくらいの蝉の鳴き声が遠く聞こえるくらいに、何故か緊張していた。
長い長い石段の先、駆け上がってようやく見えてきたのは小さな社だった。
境内は草だらけ。
社は屋根が崩れ、周りの廊下みたいなところなども腐って穴だらけになっていた。
参道の石畳の隙間からもぴょんぴょんと雑草が生えて石畳の整列を歪ませている。
刺すかどうかも知らない訳の分からない羽虫が飛ぶ中、すっかり寂れて物静かな雰囲気の社に俺は、息を飲んだ。
空気に飲まれたかは知らないが、その時俺は「お参りしとかないと祟られそう」という謎に考えてしまった。
小銭入れから50円玉を1枚、朽ちかけた賽銭箱にカラリと投げ込む。
よく分からないが仏壇に参るばあちゃんの真似をして、手を合わせ頭を下げた。
……何かいる。
頭を下げている最中、突然視線を感じて、ゆっくり顔を上にあげる。
視線の主は、社の中にいた。
「……こんにちは。暑いね。もう夏なんだね」
穏やかな口調で語りかけてきたそれに、
ぎゃあ、と俺は叫ぶ余裕もなく、腰を抜かして雑草だらけの石畳に尻をうちつけてしまった。
光が木漏れ日しかない鬱蒼とした境内だ、社の中はよく見えない。
「ふわぁ。ごめん、びっくりしただろう。俺はここに住んでるものだ。カテンサマと呼ばれている。よく寝てた……久しぶりに人間に会ったから嬉しくて声をかけてしまった。取って食ったりはしないから安心してくれ」
少し慌てた様子のそれ……カテンサマは、俺を落ち着けるように優しく言葉をかけてきた。
暗い闇の中に唯一輝く青い目に、敵意とか悪意がないことを感じた俺は、尻もちをついた体勢でとにかく返事をしようと首を縦にふった。
「ありがとう。俺はすっかり忘れ去られたかと思ってた。よかった、ちゃんと覚えてくれていて」
嬉しそうな声音で、穏やかに語るカテンサマ。
社の中にいるから神様……だが、話しぶりから神様のイメージは微塵もなく、なんとなくほっとけないような空気を醸し出している。
賽銭箱の隣にまで近寄り、カテンサマの話を聞く。
「村のみなは元気かい。こんなに暑いから稲が心配だ。ここから出られたなら手伝いでもできるのに。……そうだ、カツヒコくんは無事に帰ってきたか?若い女の子が、カツヒコくんが無事に帰って来れるようにと祈願していたから」
饒舌なカテンサマの口から出てきた名前に、俺は聞き覚えがあった。
じいちゃんちの仏間に飾られた、凛々しい若者の遺影に書き添えられたそれだ。
「……カツヒコは俺のひいじいちゃんだよ。じいちゃんから聞いた。戦争に行って若くに死んだって」
「……ひいじいちゃん……か」
俺の言葉を聞いて、カテンサマは言葉につまりながら返事をする。
「いま、年号は?昭和?」
「……令和」
「……令和か、うん。良い年号だ。昭和の次?」
「違うよ。昭和の次が平成で、次に令和だよ」
「あはは、そっか。ありがとう。……カツヒコは生きて帰らなかったんだな。……ごめんね、お願いされたのに、それを叶える力すらなくて。守れる力もないのに、こんな場所でカミサマをしているのはむなしいな……フフ、冗談だ。すまない、弱音を吐いて……」
俺はその時胸がぎゅう、と痛くなる感覚を感じた。多分、切ないとか、可哀想だとか思ったんだと思う。
「じゃあ出ればいいじゃん、こんなとこから」
思わず口をついて出た言葉に、俺もびっくりした。暗い向こうにいるカテンサマも、小さく声を上げたが、その声の纏う雰囲気も困惑したようなものだった。
「……それは無理だ。俺はカテンサマだからここにいろと、村の皆に言われたんだ」
「でもこんなに荒れ放題で、ずっとひとりぼっちだったんだろ。ならどっかいっても誰も分かりやしないよ」
境内に転がっていた適当な大きさの石を拾い、格子窓のある扉にかけられた錆びた南京錠に勢いよく振り落とす。
錆を超えて腐食した南京錠は打ち付ける度にボロボロと崩れていく。
「待って、」
「人を助けたいなら自分から動くしかないじゃん!父ちゃんも言ってた!」
バキン、と南京錠が腐りかけた床に落ち、社の扉が開いた。
今まで薄暗い中にいたカテンサマの全貌がハッキリと俺の目に映る。
破れかけた掛け軸や五色の垂れ幕。
くすんだ鏡。
埃とかび臭い、荒れ果てた狭い社の中。
尻もちをつくカテンサマは青い目を見開いて俺を見つめていた。
「俺、お前が活躍できそうなとこいっぱい知ってるよ!だからさ、行ってみようよ!」
手を差し伸べた俺は、躊躇いや戸惑いが滲ませ、彷徨わせるカテンサマの大きな手を掴んだ。
◇
「お疲れ様〜」
「おつかれ〜」
オレンジのジャケットをロッカーに収め、ようやく一息つけると休憩室の椅子に腰掛ける。
深く息を吐く隊員の隣で、シャコモンが自販機で買ったオレンジジュースに口をつけていると、1人と1体の前を2体のデジモンが通った。
救助隊所属のバウトモンと、アグニモンだ。
仲良く話しながら通り過ぎる2体に、思わず隊員は口角をほころばせる。
「もうカテンくんが来て3年経つんだよね」
「はやいよねえー。カテンくん馴染めててよかったあ」
3年前の夏の終わり。
とある隊員の一人息子が突然消防署に連れてきたアグニモン……自称「カテンサマ」は、その隊員の地元にある廃れた神社に取り残されていた神様だったらしい。
昔話や伝承に出てくる妖怪や神様の一部が、「ケモノガミ」と呼ばれていたデジモンだという研究も進む中、正に研究にドンピシャな存在が現れたことで消防署よりも歴史資料館なり博物館なりに行くべきでは?と皆が思った。
病院での検査を受けた時には、研究者がこぞって彼を訪ねてきていた。
結局色々あったが、「助けを求める人を救いたい」という本人の強い希望で消防署で引き取られることになった。
本当は隊員の息子がパートナーとして引き取りたかったらしいが、人が多くいる中にいる方が安心するだろうとのことで話は通らず、がっかりしていたが。
カテンは自分のことを多くは語らないが、隊員の息子曰く、調べてみれば古くて明治以前から神様をしていたよう。
それを聞いたシャコモンが「これ"がら外の世界でぇ!自分のやりたいことお"を"!!!!がんばっでぇ!!!!オエッ」と泣きすぎてゲロった。
その時ですら嫌な顔ひとつせず、心配しながら片付けを手伝ってくれ……彼は本当に良い子である。
多少時代的なブランクはあったが、穏やかな性格と勤勉な態度、そして解き放たれた好奇心で知識をグングン吸収していき、今や前線で活躍する消防署救助隊班のエース。
火中に飛び込み命懸けで救助し、優しく語りかけて人々を安心させる。
まさに消防署の適材適所と言ったところか。
救助班のリーダー隊員のパートナーであるバウトモンともすぐに打ち解けており、先程見た姿から多分今からトレーニングにでも行くのだろう。
談笑する際の笑顔がそれを物語っていた。
「来た時はなんか……笑顔だったけど怖かったもんな」
「なんか浮世離れした雰囲気だったもんねえ。ようやく生きてる感じになったよね」
シャコモンがぷへー、と一息ついて、ストローを口から離す。
「今度先輩としてしじみの味噌汁でもおごらなきゃねえ」
「渋っ」
柔らかい身体を伸ばして、胸を張るようにシャコモンが先輩風を吹かす。
神様という職業を、人間である隊員はよく理解は出来ない。しかし、カテンが今楽しそうに仕事をしている姿を見ると心が温かくなるような不思議な気持ちになるのだ。
「カテンくんくらい頑張らなきゃなー」
「おーうがんばるぞ!」
◇
少年
父が消防署勤務。カテンサマに対しては「俺がパートナーになればよかったー!吾妻(クラスの女子)といい勝負できたかもしれねー!」とちょっと後悔している。
カテンサマを連れて帰った日、じいちゃんから社を破壊したこと他を死ぬほど怒られ、帰省が終わるまでばあちゃんにべったりくっついて離れなかった。
カテンサマ(アグニモン)
元廃神社の神様。朗らかで人畜無害。
記録によると、飢饉の際に村の青年が神様の依代になったのがカテンサマの始まりだと記載があったが、実状を知るはずの本人は当時のことをよく覚えていない。忘れていた方がいいのかもしれない。
消防隊員
消火班。シャコモンのパートナー。カテンサマを連れてきた少年の父に当たる隊員の部下。
シャコモン
消火班。涙脆くて泣きすぎるとすぐ戻す。自販機の飲み物が好き。夏はオレンジジュース、冬はしじみの味噌汁。
ひゃっほー! またしてもケモノガミ! 夏P(ナッピー)です。
よく考えるとデジモンサヴァイブの世界観自体は優秀だったのではと思えてきた今日この頃(UIは死んでる)。民間伝承を紐解くとデジタルモンスターは遥か昔からいたという設定はそれだけでワクワクするし、数多の都市伝説と結び付けて遊んだりもできる奴!
少年はどう考えても田舎のジジババに「あそこに行ったんか!?」と怒られて死ぬ奴だと思いましたが、神様の方がいい人だった。カテンサマ半世紀以上の時間の流れも気にせず社の中にいたのか……と思ったら、ラストの登場人物紹介で闇の歴史がチラっと触れられていて戦慄。ああ……Fateのアンリマユみたいな奴かな……現代で楽しくやれているならそれでいいとも考えられますが。
野々村シャコモン。世の中を……変えたい!!
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。