何故選ばれし子供にやられることが重要なのか?
ベキッ バキン ゴリュッ
腕が折られる
血管を引きちぎられる
内部臓器を潰される
そしてまた元通りになる
もう痛みすらもう分からない
五感全てが感じない
ここは地獄
我が身を形成するのは怨念たち
アポカリモンの細胞一つ一つが恨みの魂でできている
今日も怨念たちにこの身を破られ踏みにじられる
そんな中、集合体の一つがアポカリモンに話しかけた
お前は何故平気でいられる?
お前は生前の私たちよりも酷い目にあっているのに、一度も抵抗することもなく地獄の様な拷問を受けている
何故反撃しない?
何故不敵な笑顔でいられる?
何故?
何故なのだ!?
その魂が何故理由を聞いたのか、罪の意識からなのか、はたまたアポカリモンに対しての同情なのか分からない
動けない様、身体全身怨念たちの大きな手で固定され様々な拷問を受けるアポカリモン
穴が空いた肺が元の形に再生すると肺に溜まった血液が逆流し、ゴボリと自身の体に大量の黒い血を吐いた
ヒュー…ヒュー…あぁ…
肺が正常に機能し始めまともに呼吸ができるようになり、アポカリモンの口が静かに開く
「おあ…親…だからですよ」
何?親?だと!?
「地上の親子をモニターで見て分かったんです…子が親のために…親が喜んでもらえるなら…身を捧げるのが子の本望なんでしょうって」
!?
「どんなに私に対して酷くしても私にとってあなたたちは親であり、お父さんお母さんなんです…だから」
アポカリモンは自らの鋭い手で自身の胸を貫く
「う゛っ」と痛みの声を上げながらブチブチとそれを引き抜く
それを怨念たちの前へと差し出す
「私に命を与えてくれたお前たちへの私から感謝の気持ちです」
どうぞ気が晴れるまで好きにしてください、と怨念たちにドクンドクンと脈動する自らの心臓を抱え深々とお辞儀をする
お前にこんなにも酷い仕打ちをしている我々に対して何の恨みも怒りもなく、親として慕っているだと!?
怨念たちの暴力はピタリと止み、周囲から困惑と動揺の声が上がる
そしてそれを訪ねた怨念は「アァッ!!!」と悲鳴を上げ悶え苦しむとその場でサラサラと体が消失、いや、成仏したのだ
アポカリモンは思った
あの魂にも良心があったのだと
それと同時にとても悲しんだ
もうあの魂には会えないのだと
「行ってらっしゃい…」
消失した魂が居た場所に手を伸ばす
その場所だけほのかに暖かく感じた
「生まれ変わっても、もうここには来ないでくださいね…」
アポカリモンが嘆くと後ろの方から「ごめんなさい」と声が上がる
辺りを見渡すと怨念たちがアポカリモンの前にひれ伏しだしていたのだ
「?…何故、謝るのです」
ズタズタになった身を起こし彼らに近寄ると彼らはふつふつとか細い声で懺悔し始める
殴ってごめん
引きちぎってごめん
酷いことを言ってごめん
我々/私たち/俺たちの為に…ごめんなさい、と
一つ一つの怨念たちがアポカリモンに謝罪しだす
それは奇妙な光景だった
先程まで絶えず怒りに満ちていた怨念たちが全員揃ってゴミのように踏み躙っていた彼に頭を下げているのだ
アポカリモンはそのうちの幼い怨念を拾い上げる
「お前たちだって充分苦しんだ、私はお前の唯一の救いになりたかった、だからどうか…」
どうか謝らないで…
許してくれると言うのか?
コクリと頷くとアポカリモンを囲っていた怨念たちが砂のように崩れていく
砂が暗黒空間いっぱいに舞い、キラキラと輝きながら霧散していく
「みんな、逝ってしまうんですね」
我々/私たち/俺たちは消える
だが我々/私たち/俺たちは怨念全体のほんのひと握り
所詮最前列にすぎない
我々/私たち/俺たちが居なくなった後もお前はまた痛い目にあうぞ
それでもいいのか?
「私のことは気にせず逝ってください。私も後から追いつけるように努力しますので…」
そうか、そうか…
怨念たちが消えアポカリモン独りが残される
ゴゴゴゴ…
彼らがいなくなり空いた空間に我先に居座ろうと後ろの方から新たな怨念たちの怒号がすぐ迫っていた
またいたぶられる日々が始まる
重たい腰を上げ、アポカリモンは上をむく
「みんなを救う方法をみつけなければ…」
私がみんなの救世主にならなければ
そのために私は生まれたんでしょ?
そうでしょ
お父さん、お母さん
アポカリモンの事情も知らぬ怨念たちが彼に怒りをぶつける
前にいたヤツらはどこに行った?
コイツに救われたのか?
許さない!
許さない!
我々/私たち/俺たちも救ってくれ!
懇願とは裏腹にアポカリモンの体を引っ張り力強く引き裂いていく
先程の怨念たちは親の愛を思い出し成仏した
ならば、怨念たち全員がもっとも懐かしみもっとも羨ましがる光景とはなんなんだろう?
この身に宿る恨みを解く鍵は暴力でも封印でもない。
他者を思いやる愛を思い出させること
愛ってそもそもなんだろう
好きだとか楽しいとか嬉しい、全てが暖かい想い
愛は言葉では表現できない
愛は目で見ることができない
愛は求める者にはやってこない
愛は独占することはできない
愛は犠牲にならなければ獲得できない
見返りを求めず
下心もなく
無償の行動でなければならない
強い恨みを持つ者ほど愛に弱く
愛情溢れる者ほど裏切りは効く
そして何より
愛に勝るものなどこの世に存在しないのだから
なろう
救世主とやらになってやろうじゃないか
誰にも悟られず
誰にも感謝されずとも
なって、やろう
それからアポカリモンは何百もの平行世界の我が同士、怨念たち、恩讐たちの魂を纏った
何百万年分も…その身に溜め続けた
最後、自身が死ぬ事で彼らの恨は浄化される
愛で、この世界を愛し、この世界を救いたいと願う子供たちの手によって私は打たれなければならない
そう、全てはみんなの幸福の為に
そう話すアポの表情とても生き生きしていた
普段そんな顔しないのに、自分が死ぬ話をする時は何故こんなに嬉しそうなのか不思議でならなかった
ピコはアバターアポカリモンの膝の上で複雑な顔を浮かべていた
みんなの為に死ぬ?みんなの為に消えたい?
世界?こんな世界の為に死ぬことすら苦じゃないというの?
「アポだけ苦しむのはおかしい…」
「?」
「ボクは、死んでほしくない…」
彼に抱きつく
彼のために何もできない自分に苛立つ
アポ重荷を押し付けてる世界なんか消えてもいいじゃないか
なんでそんなに優しいの?
なんでアポはこんな世界を破壊したりしないの?
許さない
こんな世界の全てが許さない
ピコの体からドス黒い感情が溢れ出る
どうして
なのにどうして
なんで
そんなになるまで
地獄を
たった一人で
抱え込んでるんだ
ポロポロ泣き出す
ピコをあやすアポカリモン
するとそれを見かねたのか、普段大人しい怨念がアポカリモンの意識に介入する
お前はいいのか?
お前はそれでいいの?
身の内の怨念たちが嘆く
お前は今まで我々/私たち/俺たちを大勢成仏させてきた
報われず死んだ自分たちにとっては感謝しきれないほどの偉業を行っている
だがお前は?
お前はどうするのだ?
「私…は……」
アポカリモンはその問に答えが出ずに意識をシャットダウンした
抜け殻のように横たわるアバター
ピコは翼で彼の顔を引き寄せ、死んだように眠る彼の唇にキスを落とす
そして何かを決意したような表情を浮かべる
「ボクがアポを救う、そうだ!きっとボクはアポを救うために生まれてきたんだ!」
ピコの体に小さい光が瞬く
「一緒に生きよう…そして最後は一緒に死のうよ…」
二チャリと不気味な笑みを浮かべるピコ
その口元から先程出現した聖なる光が覗かせる
ホーリーリング
それはピコが発芽するのを待っていた
それはいつの日か来るべき時のために出現するようプログラムされていた
ピコは知らない
仕組んだ者の操り人形であることを
それでもと、ピコはアポカリモンの傍へすり寄る
今は彼と一緒にいるだけで幸せなのだから…
すやすやと寝息を立てる
その口内でホーリーリングがコロコロと舌で転がりゴクリと彼女の中へ呑み込まれていくのであった