はじまりの街手前の森で野宿をするアポカリモン達
結局子供は誰一人はじまりの街に滞在しておらず、怪しまれる前に何もせず森に戻ってきたのであった
木に寄りかかり項垂れた態勢で横になるアポカリモンとその懐で彼の眷属となったピコデビモンが寝ている
暗い森の中、焚き火もせず黒い男とコウモリが互いに身を寄せ合いながら眠る光景は微笑ましく見えるも同時に彼らから放たれる異様なオーラが普段騒がしい野良デジモン達を寄せ付けず、風と木々の揺れる音以外しない不気味な静かさであった
今宵は新月だった
ピコデビモンは気がつくと冷たく呼吸がままならない不気味な場所にいた
そこはとても騒がしく、目を瞑りたくなるような殺伐とした空間であった
闇の中に蠢く怒鳴り声、奇声、悲しみと恨み辛みを嘆くたくさんの魂たち
自分を殺した相手をなぶり殺す者、最愛の者の名を呼びながら泣き散らす者、また別の者は金切り声を上げるなど魂の姿形は違えど皆生者に対して激しい憎悪を抱いて喚いている
常にマグマの様に吹き出す怨念
常人がそばにいればすぐに狂ってしまうであろう
そんな彼らをその身一つに収めるアポカリモン
彼には食べる器官もなければ涙を流す器官も備わっていない、ひとつの心を持った器に無限大数の怨恨の魂が詰め込まれ生まれた悲しき生き物
ただ声を漏らし、体内で嘆く亡者達の恨みを一心に受けながら自死できぬ体を持ったまま永劫の時を生きるしかない
悪霊は囁く
早くこの世界を終わらせよう…
早くこの世界を終わらせてよ…
全てを無にして、私たちを楽にして
我々は恨むのも怒るのも泣くのも疲れた
我々は生者もいない死者もいない無の世界を望む
あぁ…我らの終焉の王よ
我々を屠ったこの憎き世界を消しておくれ
殺到する無数の亡者達の手によってアポカリモンは全身を引き裂かれ再生し、元通りになる度にまた引き裂かれまたバラバラにされる
彼らに許されるまで、相手の気が済むまで、懇願されながら悲鳴一つ上げずなすがまま彼は殺され続ける
ここはアポカリモンの深層心理なのだろうか
ピコデビモンは何故自分がこの様な夢をみているのか理解できなかったが、悲惨な目に遭っている彼の姿に目が離せなかった
その時ピコデビモンの前世がフラッシュバックする
ピコデビモンは何度生まれ変わっても悪として生まれ必ず正義によって殺される負の輪廻を繰り返すデジモンの一匹であった
だからなのだろう
アポカリモンをいたぶる群集の中に痛みも苦しみも憎しみ、悲しみ、怒りを持つかつての前世の自分のデータも混在していた
後から何体、何十体、何百体の自分がアポカリモンを蹂躙する
デジタマに還る際、浄化されなかった不純物は全てアポカリモンに常に注ぎ込まれているのだろう
消えることなく淀みアポカリモンの中で沈殿し続ける
「この世界があるのも、今のボクがこうして恨みもなく生まれ変われたのも、あの人が、アポがいたからなのに…」
悪霊達が怖くて隠れながらその様子を見ている自分に対して怒りでワナワナと震える
「アポも一番苦しくて本当は誰よりも助けてほしい立場なのに、なんで、よりによって死にかけのボクを助けたんだよ…」
ボロリと涙が溢れる
「あれ、なんで?ボク、痛くないのにこんなに泣いてるの?」
拭っても拭っても溢れ出る涙
ピコデビモンは生まれて初めて他者のために涙を流した
他者への思いやりや愛し方は誰にも教わってないのに、こんなボクやアポ、全ての生き物、皆の心(データ)に宿る様に刻まれている
神様ってほんと酷いやつだよ
こんなもの初めから創らずにボクらを産んでほしかった
ブチブチッ
「ヴッ…アガッ…....ッ!!!」
アポカリモンのうめき声が聴こえる
首と胴体が血切れ無惨に踏み潰される
「こんなの独りで、ずっと…っ…酷すぎるよ…」
助走つけながらピコデビモンは飛び立つ
その行動に恐怖はなかった
ピコデビモンは亡者の群集を掻き分けながらバラバラになったアポカリモンの頭部を抱きかかえ、亡者達に奪い取られぬ様必死に守りながら暗黒の空を飛び立つ
だがすぐに亡者達に追いつかれ、翼を取られバランスを崩しそのまま地面に叩きつけられる
夢の中なのに痛みがある
「こんな痛み、彼が受けた痛みよりちっぽけなもんだ」
そう自分に言い聞かせ、押し寄せる亡者の群集の中ピコデビモンはアポカリモンの頭部におでこを付けて優しく声をかける
「アポ、安心して…ボクがいるよ。ここにいるよ。ずっと、ずっとアポの味方だから!抱え込まないで、一緒に背負っていこう…ね!」
傷だらけの顔でニコリと微笑む
ピコデビモンの声に頭部だけとなったアポカリモンの瞳に僅かながら光が灯り、ギョロリと己を抱きしめるピコデビモンを凝視する
ドンッ
後から来た群集に押しつぶされる
ほんの僅かだったがピコデビモンはアポカリモンの頭部を離さずにいた
しかし悪霊の手によって力づくで引き離され、離れ離れにされる
ピコデビモンが離れていく姿に伸ばす手がないのに関わらず、思わず手を伸ばす動作をする
見えなくなる、消えてしまう、私はひとり
またひとりになってしまったのだ
「ワタ…シを…ヒトり…に、スる…な」
長い年月忘れていた、孤独と恐怖、そして温もり
それら全ての感情が一度に押し寄せ辺りは一面暗黒の炎に包まれる
本体のアポカリモンが目を覚ます
暗黒空間に浮かぶ暗黒デジモン
無音の世界で荒い呼吸をしながら自らを抱きしめ、ガタガタと先程見ていた夢を思い出そうとするが、靄のかかったように思いますことができずもどかしくいた
「久方ぶりの夢に、我は何を必死になっているのだ…」
意識をアバターへ接続する
目を開くとデジタルワールドは朝を迎えていた
さわさわと冷たい風がアバターの体を優しくなで、前髪がふわりと持ち上がれば懐で寝ているピコデビモンの存在をくっきりと映す
「ふわぁ〜、アポォ…おはよ…」
ピコデビモンは目をゴシゴシ擦りながらアポカリモンの腹の上で起床する
「お前、夢を見なかったか?」
「夢?…そういえば見たような見なかったような」
「やはり覚えてない…か」
うーんうーんと頭を抱えてる様子からするとどうやらあの夢のほとんどを覚えていないらしい
謎の落胆を覚えながら横になっていた体をゆっくり起こす
すると突然ピコデビモンに引き止められる
「待って、アポ!何処か痛いの?」
「?、何処も損傷はしていないぞ」
この体は偽物で人間ベースに創られていようと多少の痛感は私にしてみれば無痛に等しいもの
「けど、じゃあさ、なんで…」
なんでそんなに泣いてるの?
「え」
ポタリと目から暖かい水がアポカリモンの頬を濡らす
やがてポタポタとそれがとめどなく溢れると同時に自分でも分からない感情と苦痛が込み上げてくる
突然の喪失感と悲しみに襲われ身体全身が熱く沸騰する
「うぅ…なんだ、なんだこれはァ?何故これは、うっ…止まらないんだ!?」
ボロボロと止まらない塩っぱい水
顔面を手で押え、声を荒げてパニックになるアポカリモン
それを見ていたピコデビモンは不思議と優しい気持ちになり、ぴょん、とアポカリモンの額に飛びつき彼の頭を翼で優しく撫でる
「アポ、泣いていいよ。泣いちゃっていいんだよ。」
「…っ...!?」
その声にアポカリモンの混乱は少しずつ落ち着いていくも、涙は止まることはなかった
「ピコ…デビモン、これを、ぐすっ!これはァっ…ひっ…どうやったら、止メ、られるんだ…ッ!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でピコデビモンを見つめる
不死者と生後1ヶ月未満のデジモンが見つめ合う
「たくさん出せばいいよ、ここにはボクしかいないから」
「ピコ…あ゛あぁ…ぴコぉ…うあ、ア゛ァッ…アアア━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!」
断末魔に近い咆哮が森に響き渡る
その後、鼻水をすすり泣く声と「大丈夫、大丈夫」と男を介抱する小さなデジモンの声が森の風と共にかき消されていった
木漏れ日の薄明光線が祝福するかの様に2人を暖かく包み込む
アポカリモンは涙と鼻水でカピカピに乾いた顔を拭き取り、ピコデビモンを前に膝を着くような姿勢で語りかける
「ピコ、私の行く先は地獄となる。離れず私と共についてきてくれることを約束してくれ」
「アポ、地獄じゃないよ、まだ始まったばかりのアポとボクの夢の冒険だよ」
ぴょこん、と彼の肩に飛び乗りアポカリモンの頭におでこを擦り寄せる
「そうか…お前にとってこれは冒険、なのか」
「そうだよ!ボク、許さないんだ。アポを苦しめるこの世界が…」
憎悪に満ちたピコデビモンの様子を見る限りもしや夢見たことを覚えている?
もしくは無意識に理解したのか?
「まぁ、どうでもいいか」
その言葉にカチンと来たピコデビモンは頬を赤く染めながら大声でアポカリモンに突っかかる
「どうでもよくないやい!!ボクがアポを幸せにしてみせる///!!!」
「ふふ…そうか、なら早く出発しないとな」
あれ、ボクの告白軽く流された?
泣き腫らした瞳を前髪で隠し、お互い血を飲ませ合いながら2人は歩き出す
進むにつれて見えてくるのは寂れた大量の標識、並ぶ公衆電話、電柱、野原に立つ電車の踏切、そしてでこぼこの道路
その先に死が待ち受けていようと2人なら怖くない
「おい!そこの人間の姿をしたデジモンよ、大人しく投降せよ」
ピコデビモンと人の形をした終焉の王、歪な形で結ばれた2人を待ち受けていたのはロイヤルナイツのデュークモンであった
つづく