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―――
――
―
「……おい。おい! 聞いてるのか、新人!」
肩を叩かれその衝撃に、ハッと頭を上げる。
視線を上げてみれば、そこに居たのは今日から正式に彼の上司となるその人。愛用しているグレネード・ランチャーを片手に弾帯を纏い、厳しい表情を浮かべながら彼の顔を覗き込む。
「えっと、山之内戦闘官……?」
「おいどうした、緊張でおかしくなっちまったか?」
ぼうっとした様子の彼の声に、禿頭の厳つい男――山之内班長の表情が心配そうなものへと変わる。
「おいおい、本当に大丈夫か。今日から正式加入で緊張してるんだろうが……」
「――いえ、もう大丈夫です。少し緊張してはいますが」
「なら上等だ。とりあえずそのエモノを持って、5分後にブリーフィングルームに集合だ。いいな?」
「はい、了解です」
よし、と満足そうに頷くと、山之内戦闘官は彼の肩をもう一度軽く叩いて去っていく。
彼はパン、と顔を一つ叩いて立ち上がると、傍に置いてあったバヨネット付きのアサルトライフルを手に取り、なんとはなしに鏡を見る。
その胸にあったのはD.C.Hの徽章と、第八戦闘班の文字。
今日から特殊電脳生命体――デジモンと戦い、人々を守る役目についた、その証だった。
●
人々の生活は、様々な側面で技術的な発展を遂げ、飛躍的に進歩を遂げていった。量子コンピュータやAIの進化は、その代表例と言えるだろう。
そうした中で人々は義肢技術も発展させた。機械技術やAI、生体研究の進展によって、自在に動く義肢、或いは体内器官の機械への代替は、もはや夢物語ではなくなった。
――だがそれが仇になる日が来るとは、誰も思わなかった。
特殊電脳生命体――通称、デジモン。
それは、人類が技術的発展を遂げていく中、突如として現れたある種のウィルス……そして、それにより変異させられた『モノ』の名だった。
発生源は未だ明らかに明らかになっていないそのウィルスは、義肢や機械のコアに感染すると、接続されているものを変貌させ、後に『デジタマ』と呼ばれる形態をとった後、異形の『モンスター』へと生まれ変わらせるという前代未聞の特徴を有していた。
だが何よりも最悪だったのは、そうして生まれたデジモンはありとあらゆるモノを喰い、より強力な形へと姿を変える――進化する、という特徴だった。
ありえないような能力を持ち、あらゆるものを喰らうデジモン達の対処にあたった既存の兵器は瞬く間に感染しデジモン化。
そして義肢を導入していた人々や市中の様々な機械も徐々にデジモンへと変貌していった。
その結果、地上は瞬く間に荒廃することとなる。
これがウィルス、それもコンピュータウィルスによるものだという事は、すぐに突き止められた。俄かには信じられないことだったが、それ以上に脅威は差し迫っていた。
人々はデジモンの脅威から逃れるため、既存のネットワーク網は廃棄。
そしていずれデジモン達を駆逐し、生活圏を取り戻すため、当時災害対策用として建設が進められていた、地下都市へと逃げることを余儀なくされた――。
●
「――こんなところでしょうか、東海林戦闘官」
「うん。今度の新人クンは優秀みたいだねぇ」
デジモンについての基礎的知識と、現在に至る歴史を簡潔に説明した彼に、隣の女性戦闘官がゆるやかに笑う。
あれから後。第八戦闘班としてブリーフィングをこなし、初任務として地上の哨戒任務へと出ていた。哨戒とはいっても、専用の装甲車で移動しながら行うというものだ。
特に問題も起きなかったのだが、それが退屈だったのだろう。女性の戦闘官――東海林戦闘官が、暇潰しとばかりにテストと称して基礎知識を問うてきたのだった。
「北っちなんか、こういうの説明すんの苦手だもんねー」
揶揄うような口調の東海林戦闘官の言葉に、班長の隣、助手席に座った男性の戦闘官――北山戦闘官が苦い顔で振り返る。
「うっせ。無辜の民の剣たれ。俺らはそれだけわかってりゃ十分だっつうの」
「えー? そんなんだから報告書、毎回分析官に突っ返されるんじゃないの?」
「毎回じゃないだろ毎回じゃ! てか新人が優秀ならこれから報告書は新人の役目にすりゃいいんだからそれでいいだろ!」
「いやまぁ、自分は構わないですが……」
そんなやり取りをしていると、突如、山之内班長がブレーキを掛け、車を停めた。その瞬間、先輩二人の表情が切り替わる。脇に置いたそれぞれの武器を手に取り、即応できるよう態勢を整えていた。それを見て、慌てて彼も武器を取る。
「新人、お前も哨戒中は常に対応できるようにしておけ、いいな?」
「はいっ」
「よし、それでいい。お前達、降りるぞ。先日までなかった破壊痕が見られる。調査だ」
了解、と斉唱で返し、全員で荒れ果てた都市部へと降り立つ。そこは、旧東京都の行政機関が置かれていたという、ビルの近くだった。
そのビルを傍らに見ながら少し進んだ先で、俄かに班長の体に緊張が走る。
「この匂い……分析官、聞こえるか」
『はい、山之内戦闘官。多少ノイズはありますが通信に支障ありません』
声を落とし呼びかけた班長の声に、体内通信に声が流れる。ブリーフィングでも顔を合わせた、第八戦闘班担当の分析官の声だった。
「この区域は通信状況悪いからな……とにかく、先日までなかった破壊痕を調査する。周囲にデジモンの反応は?」
『走査する限り見られませんが、通信状況もあり……』
「引っ掛かってない可能性もある、か。了解、調査を続行する」
『了解しました。こちらも視覚情報を共有し、類似の破壊痕等がないか調査します』
破壊痕自体は、常識はずれの存在であるデジモンであれば珍しいことではない。だが、そこには異常が一つ。
『……うっ』
視覚情報を共有していた分析官のうめき声が通信に乗る。
それだけ、その場は凄惨だった。明らかに人とわかるものもそうでないものも含めて、赤黒い肉塊がそこかしこに散らばっていたのだ。
「さっきの匂い……まず間違いなくコレだな」
「そうですね。それにしても一体、どれだけ……」
餌場なのか、狩場なのか。どちらにしても、相当の人間が犠牲になったのだけは間違いなかった。
「あ、班長、分析官。こっちっス。この植え込みの部分、足跡が」
声の方に顔を向けてみれば、いつの間にか少し離れた場所にいた北山戦闘官が手招きしていた。おそらくはビルの中庭部分だったのだろう、吹きぬけになっていた。
全員でそちらに移動すると、長い期間で枯葉や苔が積もり厚くなった中庭の土は、かなり柔らかなものだった。それゆえだろう、注意してみると、周囲には確かにいくつかの足跡が見られた。
まるで猫や犬に似たような、だがそれよりも遥かに巨大で人に似た足跡だった。
「分析官、ハッキリ残ってる足跡を視覚情報からスキャンして検索してくれ」
『了解です』
検索の間、他にも何かないかそれぞれがざっと捜索するも、特に見当たらない。そうしている間にも、すぐに分析官から連絡が入る。
『検索完了しました。おそらく獣人型のレオモンかパンジャモンかと。ですが……』
「何かあるのか?」
『……少し、妙なんです。皆さんの付けた足跡の深さから、デジモンの重量の概算を出してみたんですが、軽すぎるんです』
「軽い? どういうこと?」
『レオモンとパンジャモン、その何れだったとしても、分類は成熟期か完全体に分類されるデジモンです。質量も、それに違わない記録が残っています』
その言葉に、それぞれが軽く頷く。
デジモンは同族以外の全てを喰らい、一定の質量を獲得したところで『進化』する。ある程度、重量には共通性があった。
『ですが、この足跡から概算される質量はどう計算しても成長期程度。足跡はレオモン等と酷似していますが、そうなると新種の可能性も考慮されるかと』
「……イヤな感じだ」
分析官の言葉に、班長がボソリと呟く。
「新しい破壊痕に血の海、それに新種の可能性のある不可解な足跡、か」
「班長……?」
「コレは唯の、まぁ勘みたいなもんだ。だがこうも妙なことが重なってるのはどうも、な」
その言葉に、ああ、と東海林戦闘官が頷く。
「『勘に囚われる勿れ。されど無視すること勿れ』でしたっけ?」
「元は俺の昔の上官の、だがな。とにかく分析官、このまま辺りの詳細な調査に移って――」
班長が言葉にできたのは、そこまでだった。
突然、咆吼が響き渡る
自らを捕食者だと、そう主張する咆吼が。
『あっ……!? デジモンの反応が出現! 位置、直近です!!』
「……ッ! 総員戦闘態勢!!」
班長の言葉に、全員が即座に銃を構えて陣形を組む。デジモンを視認はできない。だが反応がある以上、どこかにいるはず。
咆吼以上の動きはなく、あるのは静けさのみ。陣形を組みながら、周囲を見回す彼らの足音のみが、ビルの吹きぬけに響く。
その時、ぴちゃりと音を立て、何かが彼のアサルトライフルに垂れてくる。
「え……?」
彼が思わず手で拭ってみれば、それは紅く、僅かに粘つくような液体。
その様子をたまたま目にしていた班長が顔を強張らせ、グレネード・ランチャーの銃口を持上げ叫ぼうとする。
「上方注、」
だが、遅かった。
ふと吹き抜けに影が差し、わずかな風切り音と共に何かが降ってくる。それが何かを確認するよりも早く、飛来物は――いや、デジモンは凄まじい衝撃と共に彼らの前へ降り立って、そして。
「班、長……?」
班長の体を、手に持った巨大な剣のような何かで、真っ二つに割っていた。
一拍遅れて血が溢れ、二つに割れた班長の体が地面へと倒れる。まるで信じられないような光景の向こう、剣のようなものを振り下ろした姿勢のまま固まってたデジモンが、立ち上がる。
人に似たシルエット。だが、決して人ではないとわかる異常。
まるで胴着のようなズボンを履き、剣を構え、筋骨隆々とした体躯を晒すその頭部は。
黄金の鬣に彩られた、獅子の頭だった。
「ッああああぁあ――!!」
まるで皆が呆けたかのような静寂を破ったのは、東海林戦闘官の叫びとサブマシンガンの破裂音だった。誰よりも早く現状を正しく認識したのだろう彼女は、自らを奮い立たせるように叫びながら銃弾を獅子頭の獣人へと叩き込む。
その音に、彼らもようやく正気に戻る。彼と北山戦闘官は一瞬の目配せの後、銃の引き金を引く。フルオートのアサルトライフルから吐き出された弾丸は、余すことなく標的へと吸い込まれていった。
三種類の銃声が途切れることなく鳴り響き、明滅する銃火があたりの壁に影を躍らせる。積もりに積もっていた埃が一斉に巻き上がり、まるで煙幕のようにあたりを覆う。だが、誰も撃つことをやめなかった。
まるで何分にも感じられたような十数秒の後。彼と東海林戦闘官の弾倉が尽きたのを機に、銃撃が止む。次第に晴れていく煙幕の向こう、デジモンはきっと穴だらけになっているだろうと、そう確信していた。
だが。
「んなバカな……!?」
北山戦闘官のうめき声が、全てを表していた。
煙が晴れた先、いつの間にか剣を腰へと納めた獣人は、静かにそこに佇むのみ。その体はほぼ無傷だ。
彼らの驚愕をよそに獣人が構えを解き、再び腰の剣へ手を掛ける。マズいと、誰もがそう思った瞬間、自然と彼の体が動いた。
「下がってください!!」
戦闘衣の内側に収納してあったコンカッショングレネードのピンを抜き、デジモンのすぐ後ろ――班長の死体のあたりへと投げる。
彼の意図を素早く察した東海林戦闘官が、北山戦闘官の腕を引きながら素早く体を翻してビルの出口へと向かう。彼も、グレネードを投げた次の瞬間にはそれに追随する。
彼らがビルの出口から飛び出し、壁へと身を寄せるのとほぼ同時。強烈な閃光と轟音を伴って爆発が巻き起こり、ビルの硝子や瓦礫を吹き飛ばした。
●
「……これで、なんとかなったでしょうか」
中の柱が崩れ落ちたのだろう、その崩壊音が鳴りやんだ頃。もたれかかっていたいたビルの外壁から背を放し、彼はビルの方を見やる。
「……どうだろうね。班長の装備を誘爆させたわけだし、流石になんとかなると思いたいけど……分析官?」
『……はい。反応は消失しています。デジモン――呼称名レオモン、沈黙したようです』
その言葉に、全員が息を吐きだす。
「了解。それじゃ、この音で他のデジモンも寄ってくるかもしれないし、哨戒任務は中断の上で一旦撤退、他の班に引き継ぐ。それでいいよね?」
『了解しました。今日は第一戦闘班と第三戦闘班が詰めていますので、そのどちらかに引き継ぎます……ですがその、班長の、遺体は……』
その言葉には、いや、と北山戦闘官が首を振る。
「この状況だ、回収は難しい。それにそもそも、な」
『……了解しました。その捜索も含め、引き継いでおきます』
「……あっ」
思わず、膝から力が抜けて崩れ落ちそうになる。
極限状況下で、班長が目の前で死んだという事にどこか現実感がなかった。だが一旦そこから脱して急に、目の前で人が死んだのだという、その事実が襲い掛かってきたのだ。
そんな彼の様子に気付いたのだろう。北山戦闘官が、彼の肩を軽く叩いて装甲車の方へと歩き始める。
「今日は助かった、新人。キツい初日になったな」
「……はい。ありがとうございます」
「さ、私たちは素早く帰投準備。運転は……北っちでいい?」
「あいよ……愛車、運転させてもらいますよ、班長」
二人の背中を追い、彼も歩き始める。装甲車まではほんの僅かな距離。初めての任務で死の危険に晒されて、何とかそれを脱したという事実は、どうしても精神を弛緩させる。
――だからこそ、それに反応が遅れた。
何かが崩れるような音を聞いたと思い振り返ろうとした彼の横を、オレンジ色をした何かが飛んでゆく。僅かに彼の髪を揺らして飛んでいったそれは、装甲車へとぶつかり、そして。
「……えっ?」
今まさに乗り込もうとしていた北山戦闘官の目の前で、轟音と熱風を伴って装甲車を爆発させた。爆風に煽られ、北山戦闘官が彼の傍にまで転がってくる。そんな北山戦闘官を助け起こしながら、恐る恐る背後を振り返った。
そこにあったのは、煤けて汚れながらも傷一つない獣人の姿。拳を振りぬいた姿勢のまま、敵意と戦意に満ちた視線でこちらを睨む、レオモンだった。
「クソが……! エネルギー体の拳圧ってか!? つくづく何でもアリだなデジモンってのはホントに!」
「そんなの今更でしょ! それより北っちに新人クン、体は?」
「義肢にも深刻なエラーは出ちゃいない。戦える」
「私も問題ありません」
「よかった――分析官! 反応は消失したんじゃなかったの!?」
それぞれ弾薬を詰め、マガジンを交換し、応戦の姿勢を整えようとする。彼もその動きに同調し、三人で陣形を作る。もう逃げられないことなど、言葉にせずともわかっていた。
だからこそ、分析官に聞きたいこともあった。にもかかわらず。
『わ、私にも分かりません! 確かに反応は消失して……――』
突然、分析官の狼狽えたような声が突如途絶える。視界の端を確かめれば、offlineの文字。もともと通信が悪い地域だとは言っていた。だがそれでも、あまりにタイミングが悪いと言わざるを得ない。
「嘘でしょこんな時に……!」
忌々し気にそう言いながらも、しかし東海林戦闘官の反応は速かった。ゆっくりと歩いてくるレオモンに対して先制攻撃とばかりに、グレネードを投げつける。
だがレモンは、それに即座に対応してみせた。拳を振り抜き、オレンジ色のエネルギー体で撃ち落とすが、余波で砂煙が巻き上がり視界が煙る。
その好機を、逃すような彼らではない。
「……ッ!」
砂煙の向こうの影に、彼は銃弾を叩き込む。フルオートで吐き出される弾丸が、しかし通じないことはわかっている。彼の銃撃は、あくまで足止め。
その隙に、義肢の能力をギリギリまで引き出し、人の域を超えた速度で北山戦闘官が迫る。視界がふさがれている隙に横へと回り込み、射程圏内に収める。先ほど込めた弾はスラッグ弾。散弾とは比べ物にならない威力を持つそれを、構えると同時に遅滞なく撃った――ように見えた。
「あ、え……?」
ごとりと、北山戦闘官の手からショットガンが落ちる。
彼は何か、信じられないものを見るような目で自分の胸を眺めていた。何か棒のようなものが生えている……否、剣が貫いている、自らの胸元を。
崩れ落ちる北山戦闘官の姿に、悲鳴を上げる間すらなかった。銃火で動きを封じているつもりだったレオモンが、再びこ拳圧を放つ。彼と東海林戦闘官はそれを何とか躱すも、レオモンはその隙に信じられない俊敏さで駆けて、死体に突き立つ剣を引き抜いた。おそらくは銃火に晒されながらも投げたのだろう、自らの剣を。
レオモンは剣を一振りして血を払うと、再び彼らへと視線を向け、駆ける。
「よくも……よくも!!」
言葉にならない悲鳴をあげながら、それぞれの銃の引き金を引く。だが、どの銃弾も傷つけることは叶わない。獣人は、浴びせかけられる銃弾をものともせず駆け寄り、無造作に剣を振るった。
「……ぐっ!?」
彼は咄嗟にバヨネットで受けるも、次の瞬間には視界が回転した。あまりの力に吹き飛ばされたのだと、廃墟の壁にぶつかった衝撃で初めて理解する。
視界に踊るのはいくつもの警告表示。衝撃に頭が揺れて足が立たない中、必死に頭を上げる。視界の先では、一人取り残された東海林戦闘官が戦い続けていた。繰り出される剣撃をギリギリで躱しながら、僅かな隙にサブマシンガンを放つ。なんとか戦っているが、早々に限界が訪れるのは、火を見るより明らかだった。
「くそっ、立たないと……!」
先ほどの衝撃で歪んだライフルを杖に何とか立ち上がる。銃弾は放てないが、バヨネットは無事だ。それを手に、エラーを吐き出す義肢を無理矢理動かし、駆ける。
東海林戦闘官とレオモンが踊る中、無意識に叫び声をあげながらバヨネットを振り下ろす。だがそれも通じない。片手でライフルの銃身を受け止め、彼ごと無造作に投げ捨てられた。
宙を舞い、再びビルの壁へと叩きつけられる。蓄積したダメージに、義肢の関節は完全に機能を停止した。
銃弾が切れた東海林戦闘官は銃をうち捨て、義肢のリミットを解除して肉弾戦を挑んでいた。誰が見ても勝ち目のない戦い。だがそれでも彼女は、彼を守るように果敢に立つ。振われる剣を受け流し、撃ちだされる拳を往なし、時に合気の要領で一撃を見舞ってみせた。銃弾すら通らなかったレオモンの体は自らの勢いを利用した一撃を喰らい、揺れる。その攻防は、倒れ伏す彼の目に美しくすら映った。
だがそれもほんのひと時のこと。限界を超えた稼働により義肢へ蓄積されたダメージは動きを鈍くし、ついにレオモンの一撃を受け流し損ねる。
「あ、あぁ……!」
そこにレオモンが一歩踏み込み、装甲車すら破壊した一撃が彼女の体に炸裂する。
叫びもなく、オレンジ色の閃光と共に彼の間近へと吹き飛んでくる彼女の体――いや、彼女の上半身。
もう残る獲物は彼のみ。ゆっくりと、レオモンが剣を片手に歩み寄ってくる。さながら古の時代の、死刑執行人のように。
そうして彼の前へと歩を進め、剣を振り下ろそうとした、その時だった。
その剣を、防ぐ影が現れる。
「北山、東海林……くそっ、間に合わなかったか。だけどアンタは無事だな?」
突然現れたその影は、身長ほどはあろうかという長大な刀で、あのレオモンの一撃を受け止めていた。影が――その男が纏っているのは、D.C.Hの戦闘衣。
ちらりと見えた襟元の徽章は、D.C.Hの第一戦闘班、その次席のもの。自然と、男の名前が口から洩れる。
「嵩山鷹也、次席戦闘官……」
「おう。片づけるから、少し待ってろ」
「ま、待ってください! 次席でも、一人では……!」
「大丈夫。一人じゃないから……なッと!」
そう言うやいなや、男――嵩山次席は剣を受け流しつつ体を捌くと、よろめいたレオモンを思い切り蹴飛ばす。態勢が崩れたところへの一撃は、さしものレオモンも耐えられず、横合いのビルへと吹き飛んだ。
すかさず嵩山次席は地面を蹴り、膝を付いて立ち上がろうとするレオモンへと斬りかかる。しかし。
「刀が通らないか……!」
剣で受け止めるでもなく、レオモンはその斬撃を片手で止めてみせた。そして片手に力を篭めると、身を震わせるような咆哮と共にあの拳圧を放つ。至近距離から放たれるエネルギーを咄嗟に危険と判断し、掴まれた刀を放棄して大きく飛ぶ。その代わりとばかりに、彼が手放してしまっていたバヨネット付きのアサルトライフルを手に取る。
そして。
「こっちこいよ、なぁ?」
そういって、まるで挑発するように大通りの方へと手招きする。それが通じたのかは定かではない。だが、レオモンは既に嵩山次席のことを獲物としているのだろう、再び咆哮すると、地面を蹴って剣を振い躍りかかった。
だがデジモンのその手から、派手な金属音と共に突然剣が吹き飛んだ。
「通信ないとやりにくいけど……ま、ここならやっぱ射線が通るな。流石姐さん」
そう言って嵩山次席がにやりと笑うのに対し、レオモンの腕が空を切る。突然のことに、レオモンは――感情があるのなら、だが――困惑しているように見えた。
そしてそれは、第一戦闘班の次席の目の前では、大きな隙となる。
「山さん達の分だ――喰らっとけ!!」
そう叫ぶと、恐らくは義肢のリミットを外して、銃剣をレオモンの足へと突き立てる。銃剣はそれまで一度も刃が通らなかったレオモンの皮膚を初めて貫き、地面へと縫い付ける。
レオモンは銃剣を抜こうとあがくも、奇しくもグリップがかえしのようになり、そう簡単に抜ける気配はなかった。
その様子を見て、嵩山次席は彼の下へと飛びずさる。
「じ、次席……?」
「いや、もう大丈夫。ここは姐さんの――主席の間合いだから」
「主席、って、まさか」
その言葉に、さきほどレオモンの剣が吹き飛んだのが何故なのかをようやく理解する。
現在の第一戦闘班の主席。それは、数多の戦闘官たちのトップに立つ存在だが、殆ど前線に立つことのない孤高の狙撃手だという。
レオモンが抜けない銃剣に業を煮やし、その場から拳圧を放とうと拳を握る。だがその動きは、何かが弾けるような湿った音と共に、突如止まった。そして崩れ落ち、銃剣にもたれかかるように崩れ落ちる。一拍遅れ、遠くから響く微かな銃声。見れば、レオモンの胸には、拳大の大きな穴が穿たれていた。
長距離からの、狙撃による一撃。それまで、ほぼすべての攻撃を通さなかったレオモンの体は、ついに運動エネルギーの暴力によって食い破られ、その動きを止めた。
それまでのレオモンが振り撒いた暴威からは、信じられないほどの静かな終焉だった。
「電脳核停止、かな。流石は姐さんだ」
『タカ。姐さんって言うなって言ってるでしょ』
「え、うわ、通信戻って……!」
『いいから早く、そこの新人を回収して帰投。不審点はあるけど……あとは回収班と技研に任せるよ。北山や東海林たちのことも』
「了解、姐さん――じゃなかった。篠宮天音首席戦闘官」
その言葉に、ああ終わったんだと、彼は思う。
それが限界だった。今度こそ意識を保つことはできなくて、視界は、即座にブラックアウトした。
―――
――
―
「……そうか。これが」
「兄さんの昔の戦闘記録見てて、偶然見つけたの。これ、私が配属になる前だよね?」
「ああ。あの時は結局通信の不具合で報告したんだが……」
「うん。多分『所長』の実験体だったのかもって。ジャミング個体を生み出すための」
「こんな前から準備してたのか――しかし懐かしいなぁ、姐さん」
「ね。バックアップガンなのに、拳銃の扱いも一流だったなぁ」
「そのうち、会えるといいんだけどな……っと、今日からどこに向かうんだったか」
「えーっとねぇ……うん、旧北海道支部だね。うわぁ、寒そう」
「へぇ。これも巡り合わせかね」
「え?」
「ああそうか。知らないんだったか。ま、行けばわかるって」
「ふぅん? まぁいいや。さ、兄さんもさっさとベヒーモスの後ろ、乗って」
「はいはい。運転、頼んだぞ」
「任されましたよ、特任戦闘官殿」
This story is the end.
Thank you for reading!
【後書き】
ギリギリ1万字弱。正直すんごく削りました。
ここまでお読みくださり誠にありがとうございます。
湯浅桐華です。
今回は #1推し の企画に参加させて頂きました。
デジモンの魅力。それは、数々のメディア作品のように、パートナーとの絆の物語や、進化し戦う姿など、色々あると思います。私も大好きです。
ですがその一方で、やはりデジタル『モンスター』である以上、人知の及ばない強さで暴れまわる姿もまた魅力、だと思うのです。
数々の特撮作品などで、怪獣や怪人などの圧倒的強者に、絶望しながらもどこか興奮した覚えのある諸氏も多いのではないでしょうか。
昔のデジモンのアニメでも、強い敵役にカッコよさを覚えた自分がいたのも確かです。
そんな絶対的な強者の恐怖と格好良さを、少しでも私の大好きなデジモン、「レオモン」で表現したかったのです。
デジモン図鑑に曰く、レオモンの鍛え上げた肉体はあらゆる攻撃に耐えるのだとか。それを地でいった感じにしてみました。少しやりすぎた感もありますが。
アニメなどの派生作品では、皆さんご存じの通り、レオモンは強者でありながらも、途中で倒れる、という役が非常に多いです。
主人公たちと協力をしながらも、最後には倒れてしまう……そういった部分に格好良さがあることも事実です。
ですがやっぱりレオモンの魅力というのは、剣と拳のみで戦うその姿。
剣と拳のみで、体を機械化し、銃を用いる人間たちを圧倒する……そういうかっこいいレオモンもあっていいじゃないかという、そんな思いを篭めました。
まぁ最後は、運動エネルギーの暴力の前に屈させざるを得ませんでしたが。こういう敵役は倒れてこそ、かもしれません。
ちなみにこの作品のコンセプトは『FPSゲームのキャンペーンモード第1話』です。
ゲームをやる人にはわかっていただけるかもしれません。無名の新人を操作しながら画面を見ている感じを、記録映像という形にしています。
上手く表現できてればいいのですが。
なおこの作品は、お察しの方もいる通り、以前私が投稿した作品の世界観に連なるものでもあります。
ですが、企画の規約通り、この短編の中で全てを完結させ、この話の中だけで物語が分かるように致しました。
分かる人にはわかる……という内容もありますが、そこはご愛敬、ということでお許しください。
それではまたどこかで。
うっひょおアレじゃん! ダーティーなアレじゃん! 夏P(ナッピー)ですというか興奮した!
セイバーな方の世界観だというのは最初の数行で理解しつつ意外ながら湯浅さん+1推しという時点でアイツだろと確信がありましたが、マジでアイツだったので隊長達が奇襲であうううんした直後ながら正直笑いました。でもデータ上レオモンやパンジャモンにしてはやたら軽いって言われた時は「成長期か……? 誰だ……?」と思っていたのは内緒。先輩方気さくないい奴らだったのに彼らもまた敢え無くあうん。555パラダイスロストの木場さんみたく銃撃+手りゅう弾の中をシュッとソード投擲して刺さってあうんは芸術。オイ美人っぽいお姉さんテケテケ化したぞ。なんて時代だ。
どっちかというとFPSよりホラーゲームで突出した部隊が正体不明の敵に全滅させられるシーンを見ているような気分になりましたが、んあああああああああ最後の会話ああああああああ。……読み返すか、久々に。
というか湯浅さんがレオモン殺したんですけど!? 馬鹿な!? リザ・ホークアイ中尉を呼べええええええええ。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
『推し活1万弱』にご参加いただき本当にありがとうございます! 快晴です。こちらでははじめましてになりますでしょうか。
『戦闘官交戦記録:B-3345』、ハラハラドキドキ、大変楽しく読ませていただきましたので、拙いながら、感想の方書かせていただこうと思います。
まず読み始めてもう「まさか、あの作品の……!」と大興奮だったのですが、予想が当たっていたようでにっこり。一応作者様に倣って名前は挙げないでおきますが、あの物語の前日譚にして後日譚をこの企画で拝見出来た事、本当に嬉しく思うばかりです。
まあ新人君の配属された部隊は全然嬉しく無い事になってしまったわけなのですが……。
班長という現場のトップの死から始まり、次々と惨たらしく死んでいく仲間達……普段ならば通用する手段が通じず、移動手段も速攻で断たれとパニックホラーの化身がごとく暴威を振りまくレオモンの姿は熊嵐ならぬ獅子嵐といったところでしょうか。お、おっかない……。
デジモンが完全な人類の敵として描写される世界観の容赦の無さが光りますね。あとがきで仰っていた通り味方陣営の印象が強いレオモンというデジモンのチョイスも、定石を知っているだけに読者の絶望感を煽ると言いますか。
拳と剣のみで武装した人間を圧倒するレオモン……私も存分に堪能させていただきました。
そして嵩山次席登場の頼もしさと安心感! 主席との連携は見るも鮮やかで、これまで淡々と強調されてきたレオモンの恐ろしさもあって凄まじいカタルシスを感じました。新人君本当にお疲れ様……でも君の日常は、ここから始まったんでしょうね……。
とある物語の続きを思わせるエピローグで、このお話自体は幕、と。
1万字以内の作品でここまでのボリュームというか満足感を出せるとは。冒頭にアーカイブとあったように、脳内で「映像化できる文章」の魅力に恐れおののくばかりです。本当に面白かった……。
改めて、企画への参加ありがとうございました!
拙い物ではありますが、こちらを感想とさせていただきます。