ホワイトデー編:もやしと無限えのきと缶ビール
「……」
「……」
「……もやし、おいしいデスネ」
「ソウダネ」
「ビールにもよく合いますネ」
「ソウダネ」
いつになくどんよりとした空気の中、俺とピエモンは鶏がらスープの素で和えた茹でもやしを1本1本ちびちびとつまみながらビールの缶を傾ける。
別に、嫌なことがあっただとか、喧嘩をしただとか、そういう訳じゃない。
単純に、2人して懐が寒いのだ。
ようやく暖かい季節がやってきたというのにーーいいや、出費が激しくなったのは、今月が3月だからに他ならないのだが。
3月14日。
俗に言う、ホワイトデー。
人間(ピエモンはデジモンだが、まあ今は人間の世界のルールで生きているって意味で)、もらった贈り物にはお返しを用意しなくてはならない。
幸い。正直これを幸いと言い張るのも虚しいのだが、幸い。俺もピエモンも、もらったチョコの数はお互い4個ずつ。数だけなら大した問題ではないのだ。……幸い。
内2つはサーカスの先輩と団長の奥さんが新入りである俺達に施してくれたものなので、あまり気を張った贈り物をすると逆に失礼になるだろうと、貰ったものと大体同じくらいの値段のものを用意した。
俺がワルダモンから貰った分はピエモンのついでみたいなもんだし、ピエモンが施設の職員から貰ったのも所属デジモン全員に配られたものらしいので、こちらも「それなり」で良いだろうというのが俺達の出した結論だった。
なので、問題は残りの1つずつである。
俺がフウマモンから貰った分と
ピエモンがワルダモンからもらった分
「もうすぐホワイトデーじゃの〜楽しみじゃなあ。妾の可愛い可愛いバカ弟子は、妾にかようなお返しを用意してくれるんじゃろうなぁ。ホワイトデーのお返しは3倍と言うものなあ? ……いや、5倍じゃったかのお?」とこいつのデバイスから漏れてきた妖艶なお強請りボイスと、ピエモンのただでさえ白い顔が更に蒼白になっていく様は、聞いているだけで見ているだけで、思い出すだけで気の毒になる程で。
コイツのチョコを「母チョコの部類」と分類したのは、なるほど、確かに間違いではあった。
師匠チョコ。その力関係も含めてなんて恐ろしいチョコなんだ……。
で、俺の方はと言えば、シンプルにフウマモンがくれたチョコがかなりいいヤツだったのである。
値段を調べて軽くひっくり返った。少なくとも、ピエモンと同じ給料を貰っている奴が気軽に手を出せる値段ではなかった。デジモン同士でもこれだけ格差があるものなのかと、俺はこの悲しみを背負った宮廷道化が重ねて可哀想になるのだった。
まあそれはさておき。
何にせよ、最初に言った通り、貰った以上は返すのが筋だ。
聞けばワルダモンもフウマモンもロードナイトモンの直属らしく、角を立てないためにも被らず、それでいて同じくらいのお返しにした方がいいだろうと共に返礼品選びに出向き、帰る頃にはすっかり財布の中身とお別れする羽目になった哀れな安月給達は、こうしていつもよりも安い肴でいつもより更に安いビールを煽って、紙幣に描かれた偉人達に向けた少し遅めの送別会を開催するのだった。
もやしはいい。
なんだかすごく節約している気になれるので、金が無いならそもそも飲まなければ良いのでは? という理性の声も誤魔化してくれる。
「いや、やっぱりよく無い」
「え?」
しゃくしゃくと言葉数少なくもやしを食んでいた俺は、しかしいよいよ我慢できなくなってその場から立ち上がる。
「もう1品……もう1品、作る!!」
ピエモンが目を見開きながら、つるんと今咥えていた分のもやしを吸い込んで、数回噛んで飲み込んだ後「落ち着いて下さい」と口を開いた。
「ここでもう1品作ってしまったら、何のためにもやしだけで済まそうとしたのかわからなくなってしまいます。ホワイトデーのホワイトとはもやしの色。そう思う事にしたじゃないですか」
普段ならむしろ自嘲混じりの軽口を叩いて薄い懐を笑うピエモンが、何も言わずにホワイトデーのホワイトはもやしホワイト論に同意したくらい、今回の出費は痛手だった。
ホワイトデーだけではない。季節の変わり目は、何かと入り用なもんなのだ。
だけど、だけども。
「節約は必要だろうけど、酒の席に哀しみを持ち込むのは……違う。違うんだ。これじゃ酔ってるのは酒じゃなくて貧乏になっちまう。せめて……せめてもやしを卵と一緒に炒めるくらいはするべきだった……!」
「待って下さい。今、卵結構お高いじゃないですか。それにもやし、普通においしいですよ。だから、今日はこれでいいんじゃないですか?」
「あとここでホントにおつまみをもやしだけにすると、後で小腹が空いて夜食が欲しくなるなりして、最終的にむしろ高くつきそうな気がするんだ」
「そういう所、無駄にクレバーですね。安心しました」
魔法学校一の天才だったピエモンにお墨付きをもらったところで、俺は台所へと移動する。
なんだかんだ言って、おつまみにもう一声欲しかったのはアイツも同じなのだろう。俺の分を残しておこうという気遣いがうかがえる謙虚な速度でもやしを咀嚼しつつこちらを見やる赤い瞳には、ちょっとした期待も感じられて。
「さて……」
まあ引き続き金をかけていられないのは事実、というか現実だ。なので、選択肢は自動的に、冷蔵庫の中身で作れる物に絞られていく。
俺は野菜室から、もやしほどでは無いにせよ家計の味方には違いない白いキノコ、えのきを取り出した。
「それから、っと」
ついで手に取るのはピーマンの袋。数日前にも料理に使ったので開封済みだ。早く使うに越したことはないだろうと自分に言い聞かせる。
後は流し台の下の缶詰スペースから、ツナ缶を1つ取り出せば材料は以上だ。
鍋にツナ缶の中身をオイルごと空けて、火を点ける。
油が十分に温まってぱちぱちと音が聞こえてきたら、根本を切り落としたえのきと細切りにしたピーマンを投入。ツナとしっかり絡めて、えのきが軽くくたっとなるまで火を通したら、酒と鶏がらスープの素、少しだけ醤油を垂らしてもう一度よく混ぜれば、あっという間に完成だ。
「お待たせ。ホワイトデーおつまみ第2弾、無限えのきだ」
無限ピーマンだとかキャベツだとか、誰がいつからどういう定義で言い出したのか。実のところよくわかっていないので本当にこの料理の呼称がこれで合っているのかよくわからんのだが、個人的にお気に入りの、酒でも飯でも箸が進むレシピなのでとりあえずそう呼ばせてもらう事にした。
食卓に置くと、おお、とピエモンも顔を綻ばせて感嘆を漏らす。
「では、早速」
いただきます、と、改めて口にしてから、ピエモンが箸でえのきを摘む。
もやしよりも歯応えを感じるしゃくしゃく音の後、道化はさもご機嫌そうにビールを傾けた。
「味付けはもやしとそう変わらないのですよね?」
「まあな」
「食材で随分と雰囲気が変わるものなのですねぇ。美味しいです」
俺もピエモンに続いて無限えのきを口に運ぶと、えのき特有のとろみにツナと鶏がらスープの素がよく絡んでいて、風味がより豊かに感じられる気がする。
ピーマンを混ぜたのも正解だった。彩りにも食感にも、アクセントを与えてくれている。
「食感の違いが楽しめるからですかね? 心なしか、もやしも先程より美味しく感じられるような」
いや、元々もやしも美味しかったのは本当ですよ? とピエモン。
そりゃもちろん、もやしは優秀な食材だ。安くて調理に手間がかからなくて、その上で美味い。
だからこれは気分とかノリとかそういう問題で、俺が今日ケチるべきじゃなかったのは、きっとそういう部分だったのだろう。
「まあしばらく酒も肴も節約気味になるとは思うけど、工夫できなくはないからな。どうせ宅飲みは今月中もまたやるんだろ? じゃあ、次回はもやし料理リベンジって事で」
「やれやれ、薄給も極めると芸事に繋がりそうですねぇ。頼もしい事です」
「からしと一味と山椒、好きな辛みを選ばせてやろう」
「……あの、できればピリ辛くらいで留めておいて欲しいのですが」
お互いの軽口が、いつもの調子を取り戻す。
財布の中身は重くあってみたいものだが、酒の席の空気はこんなものでいいのだ。
次の献立や来月から本格的に再開するサーカスでの公演。そんな話に花を咲かせながら飲むと、いつもより安いビールの喉越しも、なんとなしに爽やかに感じられたりするのだった。
あとがき
滅茶苦茶気に入っていたおつまみじゃがりこ麻婆豆腐味がついに近所のスーパーでは出回らなくなり、静かに涙を流すアカウントはこちら、快晴です。
はい、というわけでこんばんは。『宅飲み道化』の春編まとめをご覧いただき、誠にありがとうございます。
冬に比べるとわかりやすい行事が少ない印象で、その分若干更新頻度が減っていた気がするのですが、代わりに1話が長めになっている印象ですかね。
春でこんな感じだと夏、どうすっかなと、思わなくは無かったり……海? 海行っちゃう?
実はありがたい事に超DIGIコレに参加させてもらう機会を得て、恐れ多くも無配ペーパーなるものまで『宅飲み道化』で作らせてもらったのですが、今回はTwitter限定話がその無配の公開版になります。
地味〜にサロン限定版のお話とも連動しているので、よければチェックしてみてください。
さて、宅飲み道化もいよいよ折り返し。
次の夏編が終わると、秋編で締めくくりに入ります。
次回のTwitterでの公開は、多分5月の後半、遅くても6月の前半くらいになるでしょうか。またいいレシピが思いついたら、その時に。
では、改めてここまで読んでくださり、ありがとうございました!
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。
ゴールデンウィーク明け編:変わり種そうめんとカップ酒/そうめん衣の林檎春巻きと緑茶
「では、連休「明け」を祝して……」
「かんぱ〜い……」
カップ酒を掲げ合う姿も音頭にも、今日ばかりはお互い力が入らない。
5月8日、月曜日。大型連休明け初日。
SNSじゃ「ゴールデンウィークまだやれます」の声が散見される1日ではあるが、休みの日こそ稼ぎ期のレジャー業にとっては、むしろ超多忙な一週間ちょっとだった。
公演の回数が毎日休日仕様だし、単純に客が多くて売店も混み混み。演者・裏方共に大忙しで、加えて入社2年目ともなれば、新入社員の頃のように先輩が側についてくれたりはしてもらえない訳で。正直ちょっと、俺らは「もうやれない」って感じだ。
仕事中は涼しい顔で華麗な演技を魅せていたジェスターも、擬態を解いてただのピエモンになると、ご覧の有様である。
あと、暑かった。
毎日めっちゃ暑かった。着ぐるみの中で蒸し焼きになるかと思った。
人生で一番、地球温暖化防止について考えたみどりの日を過ごした気がする。
「……あれ? 地球温暖化について考えるのって、みどりの日だっけ? アースデイ? そもそもアースデイっていつだ?」
「何ですか藪から棒に。特定の日だけ気にするようなものでもないでしょうに」
「それはそう」
ちなみに4月22日らしいです、と、疲れているせいか一周回ってスマホ風端末で律儀に検索してくれるピエモン。
ニアミスだなぁと、自分でも何言ってるのかわからないままに、俺はそんな事を呟いていた。
「ま、ぬるくならない内に食べようぜ。何はともあれ、お互いお疲れさん」
カップの日本酒を軽く傾けてから、鍋に乗せたザルから自分の椀へ。そうめんをいくらか取り上げて、麺つゆに浸すといっきに啜った。
まずはシンプルに、薬味も無しで。
鰹の出汁の風味が、細い麺がつるんと喉に落ちていくのと同時にダイレクトに鼻を抜けて、爽やかな幸福感が胸の内を駆けていく。
「本当に、トノサママメモンには頭が上がりませんね……」
「全くだよ」
お中元には随分と早いでごじゃるが、大型連休中に人々を楽しませるそなたらに褒美を賜るでごじゃる。
そんなメッセージを添えて、俺とピエモン、両者に送られてきたそうめんのギフトセットを見て、俺たちは送り主であるトノサママメモンを拝んだ。比喩表現でもなんでもなくマジで拝んだ。
それだけでは何も伝わらないのですぐさまお礼の電話を入れると、曰く、自分も半分レジャー業に関わっているようなものなので、この時期は忙しかろう作るのに手間がかからずツルッと食べられるそうめんをもらったら嬉しかろうと、ガチの気遣いで親しい相手全員に送っているものらしい。
この殿様、デジモンが出来すぎている。
小学校くらいの頃は、夏場になると毎日のように出てくるこの素朴な麺にげんなりしていたものだが、この年になるとそのありがたみが今更のように身に染みる。偏食家の親父でさえ黙って食べてたんだから、本当に、相当な食品だ。
そして子供だった俺には判らなかっただろうが、シンプルであるという事は、いくらでも応用が効くという事だ。
「トマトもらっていいですか?」
「おう、好きなの取れよ。他にも具を合わせるなら、俺的にはツナとか大葉がオススメ」
「いいですね! どれどれ……。なるほど、さっぱりしていますが、ツナが加わるとかなり食べ応えが出ますね」
「オリーブオイルを入れると冷製パスタっぽくなるし、生姜を足すとまた違う和風になるぞ。まあ、オリーブオイルは入れ過ぎるとツナの油もあるからくどくなるし、そこは注意な」
「めんつゆの量は少しずつにして、色々試すのが良さそうですね」
連休の(俺達にとっての)中休み日にもそうめんを食べたのだが、その時はねぎとツナ缶、そしてごまたくあんしか用意していなかった。
ので、今回は思い切って、合いそうな食材を色々用意してみたというワケだ。
基本の薬味に、トマトに大葉。ツナやキュウリ。各種油の類まで、思いついてそんなに手間がかからないものを、片っ端から。
今俺が試しているのはミョウガで、癖はあるが歯応えと風味のいいミョウガは、そうめんに入れてもなかなかの名脇役だ。
「そういやもっと変わったヤツだと、麺つゆに牛乳を入れる、なんてのもあったな」
「牛乳??」
一度食べる手を止めて、怪訝そうに首を傾げるピエモン。俺も試した事は無いけど、と前置きして、以前聞き齧った内容を話す。
「なんか、ちょっと坦々麺風になるんだとさ。ごまとラー油を足すとよりそれっぽくなるとか」
「ん〜、まあ色は近くなりそうですが、どうなんですかね? というか、あなた辛いもの好きなのに試してないんですか?」
「いや、坦々麺食べたきゃカップ麺のストックめっちゃあるし」
「それはそう」
でも最近はなんかどこも辛さ控えめなんだよなと肩をすくめる俺に、大丈夫です? 舌まで馬鹿になってません? とシンプルに失礼な心配をしだすピエモン。いや、本当に失礼だな??
「まあいいや。折角だし試してみるか。一応牛乳も買ってあるんだ」
「やりましょうやりましょう。ピリ辛ぐらいなら私でも大歓迎ですから」
「辛味が欲しいなら、チューブの唐辛子もあるぞ」
「ピリ辛までっつってんでしょうが」
今日も今日とてやいのやいの言いながら、俺達はサーカスの天幕の中にも負けない賑やかさで酒を酌む。
そうめんのレシピも、今のうちに何かと試しておこう。
もうすぐ、夏がやって来る。
*
……と、我々のところにもそうめんが届いている以上、彼らのところにも同じ物が届いている筈です。
さて、ご無沙汰しております。拙者はフウマモン。この国で暮らすデジモン達の頂点に立つ偉大なる騎士の王、ロードナイトモン様の懐刀でございます。
……ところで懐刀ってなかなか刺激の強い言葉ではありませんか? 懐の刀。すなわちロードナイトモン様の胸元に、拙者。
あーッ、いけません拙者!! これは従者としてはあまりにも破廉恥な思想!! だからと言って右腕は一体化したようで最近ちょっと恐れ多すぎやしないかと思い至り、はわわ、拙者、一体どうすれば。
「トノサママメモン。気持ちはありがたいものとして汲むが、本部に連絡も無しに直接送って来るのはやめろ。仮にも究極体が発送してきた郵便物ともなれば、我々も相応の手続きをする必要が」
「そなたは特に毎日頑張っておるし、口も肥えておると思うてのう。麻呂イチオシのひねものでごじゃるぞ〜」
「ええい、ものの良さはわかっている! だからこそ正規の手続きを行なったものをーー」
閑話休題。
現在我が主・ロードナイトモン様は、贈答品の取り扱いについて、送り主であるトノサママメモン殿と通信で会談中であらせられます。
トノサママメモン殿。ロードナイトモン様をも翻弄し、気紛れでかのお方を困らせるという意味ではいただけない方ではございますが、やはり為政者のデータを持つだけあって、目の付け所は大変によろしい。
そう、ロードナイトモン様はその立場と美しさ故生まれついての完璧の体現者、大天才、スーパーハイスペック騎士長と思われがちで実際それは何ら間違いではないのですが、同時に滅茶苦茶努力家であらせられます。頑張り屋さん……いえ、頑張り屋様といったところでしょうか。
はぁ〜、これほどの高みに登り詰めてなおブレない姿勢……騎士の鑑……。
まあそれはさておき、リアルワールドにおいてロードナイトモン様を対等な目線で評価出来る方は、現状トノサママメモン殿だけでございます。
ロードナイトモン様自身、一見するとトノサママメモン殿の振る舞いに腹を立てておられるように見えますが、こう見えて彼からの贈り物を、大変喜ばしく思っていらっしゃいます。こうやって自分から通信を繋いでいるのがその証拠です。
「話せばわかる」と、信用しておられるのです。これでも。
……トノサママメモン殿は兎も角、同じく国内で数少ない究極体であり我々の管轄であるピエモン殿にも、その辺、伝わっていると良いのですが。
……と、そうこうしている内に、菓子休憩の時間が迫っておりますね。
とはいえお電話はもう少し続きそうですから……。
「通信中に失礼、ロードナイトモン様。拙者は一度席を外しまする。そうめんの箱も、一緒にお下げしても?」
「ああ、すまんフウマモン。菓子の準備か。……いつもありがとう。今日も楽しみにしている」
ああ"〜!?!?!? お聞きになりましたか!? 通話中にもかかわらず部下に対しても慈悲深い神対応!! 労いの言葉!! プラス柔和な笑み!!!!!
もうほんとしゅき……いっぱいしゅき……ノーベルめちゃめちゃ素敵で賞、ロードナイトモン様……。
「おお〜、フウマモンも息災かのう? 菓子を好むのであれば、今度城下町の金平糖も贈るでごじゃるからな〜」
「お気遣い、痛み入りますトノサママメモン殿」
「繰り返すようだが、気持ちには感謝する。だが貴様はまず荷物申請の窓口のデータを記憶するべきだ。兎に角今から言うURLをーー」
擬態姿(顔が良い)の眉間にこの世で一番セクシーな皺を寄せながら、申請窓口のURLを再度トノサママメモン殿に伝えるロードナイトモン様に名残惜しみつ背を向けて、部屋を出るなり
「おっ、フウマモン。ロードナイトモンの奴はまだ通話中かえ?」
……ワルダモン殿が扉の付近に控えておられました。
「なんじゃなんじゃ? 馬鹿弟子といいオマエといい、妾の顔を見ると嫌そうな顔をしおってからに。妾、かなしい、よよよよよ」
「……ロードナイトモン様に何かご用ですか?」
「いや? そろそろ茶の時間じゃろうと思って、妾も便乗休憩に来ただけじゃが?」
「休憩は仕事さえしてくださればいつ行なっても構いませんから、ロードナイトモン様のお部屋でくつろぐのはおやめください。拙者がワルダモン殿を苦手に思っているのはそういうところです」
「ふふ、そういう正直なところ、妾は愛いと思っておるんじゃがなぁ」
妖艶に微笑むワルダモン殿。
くっ、ロードナイトモン様とはまた違う形でピンクが似合ってるのが一番腹立ちますね……!
と、この辺は流石に私怨になってしまうので閉口していたところ、ふと拙者の手元を覗き込むワルダモン殿。
「どうかなさいましたか」
「うん? 今日の菓子にはそうめんを使うのかと思ってのう」
は? と思わず疑問符が飛び出る拙者。
そんな訳ないでしょう。竹で流しそうめんの台を作ることがあったとしてもそうめんで甘味だなんて……とじと目でワルダモンに訴えかける拙者。なのでしたが。
「以前、何やら「そうめんで作るチュロス」だの、ハイカラなものを見かけた事があるでな。その類かと」
ワルダモンの唇が紡いだのは、そんな、予期しなかった『そうめんスイーツ』の種類で。
「……そうめん……チュロス??」
「うむ。茹でたそうめんを再び束ねて揚げた後、砂糖やシナモンをかけて食べるそうじゃ」
人間、面白いことを考えるのう、と、ころころ笑うワルダモン殿。
……ワルダモンという種は策謀に向いたデジモンではありますが、だからこそ、そんなしょうもない嘘を吐く者でもありません。
確かに、考えてみれば、そうめんとは小麦で出来た麺。少なくとも『揚げる』という工程と、さほど相性は悪く無いでしょう。
「……もう少し、詳しい話を聞かせてもらえますか?」
「ん? なんじゃ、興でも乗ったのかえ? ええぞ」
妾の分も作ってくれるならのうとワルダモン殿が微笑んだので、仕方ありません。必要な調理だと割り切りましょう。
*
「おう、あったあった。これじゃな」
そう言ってワルダモン殿が差し出したスマホ風端末の画面には、テレビ番組で紹介されたという『そうめんチュロス』を実際に作ってみた、いわゆるレビュー記事が書かれておりました。
「ふむ……「食感はなかなかだが、チュロスというには中身が柔らか過ぎる」……それ、本当においしいのでしょうか」
「カリカリした部分は好評なようじゃが。……いっそ平たく作ってクッキー風にするのも……いや、それだとあんまりそうめんでやる意味が無いような」
興味こそ出たものの、やはりいただいたものでロードナイトモン様の口に合わないお菓子を作るわけにはいきません。
せめて自宅等でいくらか試作してからと考え直し始める拙者の傍ら、しかしワルダモン殿は諦めてはいないようで、しばらくの間端末を操作し続けーーやがて。
「おおっ、これならどうじゃろうか?」
新しいレシピを見つけてきたようでした。
見れば、レシピと一緒に掲載されている写真には、赤い林檎が写っていて。
「そうめんを衣にした、林檎の春巻き……ですか」
それはそれで、また珍妙なものを……。
「そうめんの製造会社の調理例紹介ページじゃから、ある程度信用はおけるじゃろう。時期が合うなら柿でも良いらしいが、ま、今回はレシピ通り林檎じゃな」
工程はいたってシンプル。
茹でたそうめんを、8当分にして砂糖とシナモンをふった林檎に巻きつけ、そうめんが狐色になるまで揚げるだけ。
糸状のものを巻きつけた衣、というのが、まあ見た目的にはなかなか面白い仕上がりになってはいますが……肝心の味の方は、果たして。
「……ロードナイトモン様よりお先に、というのは畏れ多いですが、毒味は忍者の仕事でもある故……」
「堅苦しい事考えんでも、あやつ、先に菓子を食った程度で目くじらなんぞ立てんじゃろうて」
まあそれはそうです。ロードナイトモン様の御心は、お厳しい故に分かりにくくはありますが、その実海よりも深いので。
「では」
「いただきますなのじゃ」
というわけで、いざ、実食。
兜の中に春巻きを入り込ませ、咀嚼すれば、まずはカリッとこ気味良い歯応え。
続く林檎は火が通っているために柔らかく、甘みがしっかりと感じられます。
「なかなか美味いのう! 春巻きとあるが、簡易アップルパイのようじゃ。マ○ドのアップルパイ。アレ。アレも美味いよのう」
「シナモンをもう少し効かせるか、洋酒を振るのもよいかもしれませんね。なんにせよ、ロードナイトモン様にお出ししても問題は無さそうです」
「まずはただ己で楽しめば良いものを……オマエも律儀よのう」
「仕事ですから」
さて、これに合うお茶は……と思案しつつ、ふと、改めて目につくワルダモン殿のピンクの装束。
「……」
「ん? なんじゃ?」
……彼女の事は、本音を言えば、気に食いませんが。
しかし彼女がいなければ、そうめんを使ったスイーツなど考えもしなかったのも、また事実。
我が主であればーーきっと、きちんと筋は、通すでしょうから。
「礼を言いますよ、ワルダモン。……調理を手伝ってくださり、ありがとうございました」
きょとん、と金の瞳を見開いて。
ワルダモン殿は、またにこりと笑うのでした。
「妾、やっぱりオマエのその、素直なトコロ、好きじゃなあ」
「はいはい。……さて、試食を踏まえて、改めて。ロードナイトモン様にお出しする分を作らねば」
「どれ、引き続き妾も手伝ってやろう。菓子用の酒はこっちの棚かえ?」
デジモンと人だけでなく、デジモン同士。
そこに集まりがあれば、繋がりはできていくもののようです。
身内同士の小さな積み重ねも、いずれロードナイトモン様の理想の礎になるかもしれないと、そう思えばーーま、ワルダモンとも同じ主に仕える者同士、少しくらいは、仲良くしてやりましょう。
新年度編:白ワインと鰆のマッシュポテト乗せ焼き
雨も無く、今年の桜は案外保っているなと思ったのも束の間。4月に入るなりトノサママメモンが扇を振らなくても桜の雨が降るようになり、遠くから眺めた桜並木は、色褪せが目立つようになっていた。
あの花見の夜の約束通り、3月が終わるまでに俺とピエモンはトノサママメモンと何度か遊びに出かけたし、トノサママメモンも実際にサーカスに遊びに来た。
その時の団長の焦りようと言ったら!
普段は威張り気味に踏ん反り返っているだけに、俺やピエモン以外の先輩団員達も愉快だったらしい。
舞台終わりに楽屋にやって来たトノサママメモンはサーカスのロゴが入ったお菓子をしこたまプレゼントされ、上機嫌で自分の城へと帰っていった。
まあ、それに比べればついででしかないだろうが、俺とピエモンも、その日の帰りにはビールのパックと安いおつまみの詰め合わせを持たされた。「新規の客を取り込んできたご褒美兼入社2年目突入の前祝い」だそうで。
「全く、随分と安上がりな祝いの品ですね」と肩を竦めつつ、ジェスターの整った顔でも誤魔化しきれない程変に口角の上がったピエモンを、俺や先輩達は生意気だと軽く小突いてやったりするのだった。
……去年の6月ごろに俺が声をかけるまで、食堂でぼっち飯してた奴と同じデジモンとは到底思え……いや、実際付き合っているとかなり面倒臭い奴だから、一周回って同一デジモンとしか思えないところだらけだが、まあ、彼がこっちの世界に来てまで欲しがったものは、少しずつ、形になってきてはいるのだろう。
それは、きっといい事だ。
ピエモンだけじゃなく、「人とは違う世界」を求めて地元を飛び出してきた俺にとっても。
そんな感じで、4月。
俺達の入社2年目の春が、やって来た。
「ふぅ。やっている事はいつもと変わらないというのに、なんだか気疲れしてしまいますね」
4月3日。
ほとんどの企業では新年度の仕事始めになる訳だが、俺達の場合は休日が稼ぎ期の娯楽業。
土曜日から4月が始まった今年は、新入社員には1日2日の公演では見学に回ってもらい、そして本日から演技指導や業務説明を含めた、俺達にとっての『通常業務』を始めてもらった形だ。
……そう、新入社員。
俺達にも、後輩ができたのだ。
ピエモンが気を張ったのも無理は無いだろう。俺だって似たような気持ちだったし。
洒落にならない怪我の可能性が付き纏うサーカス業での新人の指導は、若手ではなくベテランの仕事だ。……いやまあ、俺、未だに裏方メインだし、ピエモンは地力が違う上に直感的に何でもこなせてしまう天才肌なので、そういう意味でも演技指導なんて大役が回ってくるのは、当分先の話だろうが。
それでも、「後輩が見ている」というあの感覚はなかなかにプレッシャーで、それこそ、俺達の方も徐々に慣れていく他無いだろう。
……そんなだし、今日の肴にしたって、この前貰った分の残りで簡単に済ませてしまっても良かったのだが。
だけどやっぱり、お互いなんやかんやで1年やってこられた記念日だと思うと、もうちょっとくらいは気合いいれて頑張ってやるかという気持ちも無くは無く。
「なので同期のお前にもちょっと手伝ってもらう。これ、いい感じに混ぜながら潰しといてくれ」
俺は皮を剥いてレンジで加熱したじゃがいもにシュレッドチーズをまぶしたものが入った熱々のボウルを、一足先に居間に腰を下ろしてくつろいでいたピエモンのところに持って行った。
「えー」
「うわ、シンプルにふてぶてしい」
「いやまあ冗談ですよ。このくらいなら力仕事の内には入りませんからね」
「むしろお前が力仕事って呼べるレベルの仕事って何だよ。アスファルト素手で割れるんだろ?」
「魔力特化の分、デジモンの中では非力な方なんですよ? これでも。まあこれまでの経験で言うなら、ちょっと山麓地帯で好戦的なデジモンに襲われて、岩山一つ分ごと地割れに飲み込まれそうになった時は、ちょっと大変でしたけれどね」
「大変なのはそれをちょっとで済ませるお前の神経だよ」
そんな奴が「疲れる」なんて言う職場で一緒に働いている以上、俺だって十分そう考える権利はあるなと一種気楽に鼻を鳴らしながら、次の工程に取りかかる。
とはいえ、後キッチンでやる作業は、先に塩胡椒しておいた魚ーー鰆の切り身を、さっと焼くだけなのだが。
鰆。魚に春と書くこの魚は、しかし春が旬なのは関西だけなのだそうで。
まあ、スーパーで「今が旬」と安めに売り出されていた以上、春の日の肴として、消費者は勝手に楽しませてもらうだけだ。
両面と皮目に軽く焼き色を付けたらアルミホイルを敷いた皿の上に取り出して、食卓へ。
「おや、今日はマッシュポテトと鰆の2品ですか?」
「いや、今から一品にする」
お馴染みとなったオーブントースターをコンセントに繋いで卓上に置き、ピエモンに潰してもらったチーズ入りじゃがいもを鰆の身の上に敷いていく。
少しこぼれてしまったが、食べる分には問題無い。アルミホイルごと持ち上げてトースターの中へ入れれば、後は数分待つだけだ。
チン、と小気味良い知らせが届く頃には、今日の酒、やっすい白ワインも、形だけは相変わらずお洒落な百均のグラスに準備済みである。
「ほい、鰆のマッシュポテト乗せ、完成だ」
「おぉ〜!!」
フリとはいえポテトのマッシュを渋っていたとは思えない感嘆が、ピエモンの赤い唇から漏れる。
チーズの混ざったマッシュポテトは盛り上がった部分がほんのりと狐色に染まっていて、見ているだけで食欲をそそる。
鰆の銀色が残る少しだけ焦げた皮も、こうして見るとまるで上品な器のようだ。
「まあ相も変わらず、食器に関してはアルミホイルをそのまま利用する形なのですが」
「洗い物にまで気ぃ回してられるかっつーの」
お馴染みのやり取りも終えて、熱々の内に。
「いただきます」
俺達はほとんど同時に、鰆のマッシュポテト乗せを頬張った。
……うん、やはり美味しい。
「淡白な白身がチーズのコクとじゃがいもの甘みを引き立ててくれますねぇ。これはワインにも合う。こんなレシピ、どこで見つけてきたんです?」
「病院だよ病院」
「え?」
上機嫌で白ワインを傾けていたピエモンが目を丸くする。
まあ、その時食べたのは、ここまで美味いもんでもなかったのだが。
「昔骨折して入院した時に、入院食で鰆にポテトサラダを乗せたやつが出たんだ。あの時は人参も入ってたかな? 味はうっすかったけど、組み合わせは悪くなかったし、チーズとか混ぜて焼いたらもっと美味いだろうな〜、って。後日試したら案の定でさ」
「ふむ……定命の者の非力さも、案外面白い出会いに繋がったりするものなんですね」
「うわ〜、出た、上位存在の物言い」
なんて軽口を叩きながら、ふと脳裏をよぎるのは、俺が今の職場、サーカスの運営会社で面接を受けた時の事。
ーーあー、ところで君。デジモンとか、大丈夫な人?
そこだけ妙に歯切れが悪く問いかけてきたその質問に、俺ははい、と、ごく模範的な就活生らしく、そう返事をした。
このサーカスは、デジモンに対しても娯楽を提供する形に事業を展開していくのかと思ったのだ。デジモン、それも究極体と働く事になるだなんて、そんな事、夢にも思わなかった。
ましてや、その究極体と、頻繁に宅飲みするようになるだなんて。
「ま、不思議な縁ってあるもんだよな」
俺も白ワインを口に運ぶ。ピエモンと違って様になんてなりはしないのだが、口の中で感じる爽やかさは同じようなもんだろう。
さて、と。今年の新入りはちゃんと先輩について聞かされているみたいだし、俺もコイツも、上手く打ち解けられるといいんだが。
……ま、そんなに心配しなくてもいいだろう。何だかんだで、あれだけ拗ねてたコイツも最終的にトノサママメモンと打ち解けていたしなと昨年度最後の思い出を振り返りながら、俺は今年度最初の宅飲みを楽しむのだった。
お花見編:花見弁当と缶チューハイ
唐揚げと春巻きは両方とも冷凍食品だが、これが案外バカにできない。というか、揚げ物は基本的には家で作るより出来合いを頼った方が、味的にも後片付け時の精神衛生的にも良い結果になりがち、というのが俺の持論だ。
ソーセージは既に一仕事終えている卵焼き機に薄く水を張って、そこで茹で焼きに。
それから、千切りにした生姜とゴボウ、糸蒟蒻を加えて酒・砂糖・醤油の日本食三種の神器で炒め煮にした牛しぐれ煮も、カップに詰めて、と。
こうして見事に茶色一色となったタッパーに、申し訳程度の差し色として卵焼きを2切れ。おにぎりは先に拵えていたから、これで料理自体は完成だ。
彩りの代表、プチトマトすら入っていない。大人だからこそ許される、子供舌全開の「好きなものだけ」花見弁当である。
日暮れが近くなると流石に肌寒さを感じなくはないが、それでも数週間前程じゃ無い。食中毒にはいくら用心してもいいので、タッパーの蓋を閉じる前に粗熱を取っておく。
と、そうしている内に約束の時間になったらしい。
インターホンの音に扉を開けると、エコバッグを腕から下げた人間姿のピエモンが、見るからに機嫌の良さそうな面を覗かせた。
「こんばんは。ご準備の方はできていますか?」
玄関から上がっても、ピエモンは擬態を解かなかった。すぐに出るつもりならいちいち変身し直さない方が楽なんだろう。
「ん。袋出してくるから、それだけちょっと待っててくれ」
「了解しました。ではでは……」
「?」
外で待っているつもりかと思ったらむしろ奥へとやって来たピエモンは、狭い通路で壁際に貼り付くようにして俺とすれ違い、冷蔵庫の前に立つ。
「ビールも買って来たんですけど、これ」
そう言ってピエモンが袋から取り出したのは、期間限定のさくらんぼ味の缶チューハイだった。
缶の表面では、さくらんぼ以上に桜の花がこれでもかと目立ちまくっている。
「お花見だと思うと、どうもこのデザインと期間限定の文字に踊らされてしまいましてねぇ。という訳で、今日はこちらにしませんか?」
「おう、いいぞ。今日のラインナップなら甘い酒でもいけると思うし」
確かに普段あまり飲まないタイプの酒ではあるが、普段しないような事をする訳だし、ちょうどいいだろう。
「ではビールは冷蔵庫に仕舞っておきますね」と弾み気味の声音で言うピエモンに適当な返事をしながら、俺もそれぞれのタッパーに蓋をして出してきた袋の中で重ね、上におにぎりと箸を2つずつ乗せる。
さあ、出発だ。
*
アパートから徒歩15分程。
河川敷の桜並木はまさに今が満開、見頃を迎えていて、その上で日没後ともなれば人もほとんどおらず、照明が近くの建物頼りでちょっと心許ない事を除けば最高の穴場スポットだった。
「その照明代わりの建造物のひとつが、あなたとは実に縁遠そうなタイプのホテル、といのがちょっとなんとも言えない気持ちになりますがね……これもまた、侘び寂びなのかもしれません」
「大きなお世話だし適当言ってんじゃねーよ」
まあ建物そのものから目を逸らせば、あの手のホテルの派手なネオンはライトアップとしては優秀な部類でもあるので、俺達は桜だけに視線を集中させながら、しばらくの間、夜の河川敷を歩いた。
「綺麗ですねぇ。桜だけではなく、菜の花も見事です。ウィッチェルニーや私の知るデジタルワールドの区域では、花の咲く木自体はあったとはいえ、同じ種類を一列に並べて、という光景はあまり見なかったので。なかなか圧倒されるものがあるというか」
「デジタルワールドの植物……植物? といえば、肉畑だっけ? あれの方が、俺らからしたら衝撃的なんだけどな」
「よく聞く話ですね。デジタルワールドの擬似体験が出来るメタバースなんかだと、既に人気のスポットになっているんでしたか」
「なんかそういう特集あると毎回紹介されてるよ。もし実際に一般人がデジタルワールドに渡航できるようになったら、観光地になる肉畑も出てくるんじゃないかって」
「どうでしょうねぇ。そもそもデジモンは、観光という概念に疎い者がほとんどですから。そういった利用方法を理解する事自体に時間がかかりそうなものですが」
「ころんころんころんころん」
「今し方転がっていったデジモンは例外ですけどね。観光好きというか、大分物好きの類です」
「それお前が言うのかよ。でも、知ってるよ。わざわざ観光地で暮らしてるデジモンなんて、日本広しといえどアイツくらいのもんじゃーー」
談笑の中、ここまで言ったあたりで俺達は顔を見合わせ、バッと『ソイツ』が転がっていった方を見やる。
そのデジモンは近くのフェンスにぶつかって既に動きを止めており、なんとも言えない笑みを浮かべながら、身体を起こしていた。
そうして、絶句する俺達に気付くなり、ばっ、と右手に、ピンクの日の丸模様が入った扇子を広げる。
「あっぱれ! あっぱれ! 天晴れ桜!! 今宵の桜も、あっ、見事でぇ〜ごじゃる!!」
「トノサママメモン!?」
見栄を切るそのデジモンを前に、思わず声がひっくり返る俺。
トノサママメモン。
日本に4体しかいない究極体の1体。
ロードナイトモンをして「まともに相手をするのは嫌がった」とかいう……
呆気に取られていると、ピエモンがさり気なく俺を背に回すようにして前に出た。
「……どうして、あなたのようなデジモンがこんなところに?」
心なしか、声も低めてある。
……あれ? 俺今割ととんでもない状況に置かれてたりする?
困惑する俺と警戒するピエモンに対して、トノサママメモンは一切気にする素振りを見せず、むしろ、こっちの感情が馬鹿馬鹿しくなるくらい、にぱっと猫口を大きく広げた。
「お花見でごじゃる! 麻呂と同じ究極体が住まう街の桜はいかほどのものか、一目見たいと思うたのじゃ!」
そうして、あっけらかんと、そんな事を言う。
他意なんてまるで感じない。本当に、それだけのためにやって来たとしか感じられない無邪気な笑顔には、こちらも思わず毒気を抜かれてしまうというか、なんというか。
それでも、本人の弁を借りれば「修羅場慣れ」しているせいか、あとコンマ1秒あれば戦闘に移行出来るとばかりに身構えているピエモンの背を、俺はつんつんとつついた。
「……なんですか」
「落ち着けピエモン、向こうからしたらむしろ、お前だって「なんでここに」案件だと思うぞ」
「……」
「うん? 麻呂はそなたらに会いに来たのじゃ。そなたらがここにおる事には、何も驚いておらんでごじゃる」
「え?」
まあそれはそう、と思いかけていたっぽいピエモンが、再び表情を引き締める。
俺の頭上にも、再度疑問符が浮かびかけた、その時だった。
「トノサママメモンの特異性に、広範囲に渡る察知能力がある。デジタルワールドでは敵対者の発見に使用されていると考えられていたが、どうやらこの様子だと対象は選ばんようだ。我々の目を頼らずとも、貴様らをいとも簡単に見つけ出したところを見るとな」
声の主を見止めるなり、げえっ、と俺とピエモンの声が重なった。
桜のピンクとはまるきり趣きが異なる、派手派手ピンクスーツが恐ろしいほどよく似合う股下超高層ビル男ーー人間の姿に化けたロードナイトモンが、怪訝そうに眉を吊り上げた。
「げえっ、とはなんですか、げえっ、とは。感嘆であろうと濁点が付くといささか品がありませんよ」
「うーむ、感嘆かのう? 今の。妾にはそのようには」
「ウゲェ」
「感嘆じゃな! 妾に会えて嬉しそうじゃのう、うん? バカ弟子や」
続いて、方や音もなくロードナイトモンの背後に、方やどこからともなくふわりと降り立った影は、それぞれフウマモンとワルダモンだ。
いよいよピエモンの顔が、尋常じゃないくらい引き攣っている。……いや、ワルダモンに対してだけの表情かもしれないが。
……あれ? 国内の究極体ってあとは防衛用の半人工デジモンだって話だから、もしかしてアクティブな究極体、ここに全員揃ってる?
やばくね??
「全く。勝手に動き回るなと言った筈だぞトノサママメモン」
「勝手になどしておらぬでごじゃる。麻呂はやんごとなき身分故、好きな時に好きな所に行っていいのでごじゃる」
「良い訳が無かろう。それを勝手と言うのだ。こちらの世界に来た以上は人間の定めたルールというものが」
「まあ堅苦しい事を言うでないロードナイトモンよ。このように桜が見事なのじゃ。険しい顔をしておっては損、損でごじゃる」
誰のせいで……と腕組みするロードナイトモンを、可笑しそうに唇を歪めながら宥めるワルダモン。
ピエモンがふう、と息を吐きながら戦闘体制を解き、頭を振った。
「そもそも皆さん、揃いも揃ってどういった用向きで?」
「我々はトノサママメモンの監視だ。いや、知っての通りフウマモンは貴様の担当だが、究極体同士が接触する以上、私も出向く他に」
「みんなでお花見でごじゃる!! 麻呂は麻呂と同じように人間と仲良うしておるもう1体の究極体と、一緒に花を愛でたかったのでごじゃる!」
会えて嬉しいでごじゃる、とこちらに寄って来たトノサママメモンが、ピエモンに手を差し出した。
ピエモンが、戸惑うように手を握り返しながらも、こちらへと振り返る。
「いや、俺の方見られても」
「そしてそなたがこのピエモンの友でごじゃるか!」
「おわっ」
油断してたら、俺の方にも手を出してきた。
慌てて握り返すと、やはりトノサママメモンは人懐っこく目を細める。
こう……このデジモン、住まいにしている世界遺産の城で半分ゆるキャラみたいになってるから、ネットニュースで見たことはあったけれど、本当に一頭身なんだな……。
「うむ。善き。善き人でごじゃる。デジモンを恐れぬ、その瞳……まこと天晴れでごじゃる」
「はあ、どうも……」
「貴様のような、人との距離感を間違えているデジモンが居るから一般人にデジモンの脅威度が正しく理解されんのだ愚か者」
言いつつ、ロードナイトモンの語調に以前ほどの刺々しさは無い。……疲れてるだけかもしれないが。
……まともに相手をしたがらなかったって、まさか、そういう。
「麻呂は人間と楽しく過ごすのが大好きなのでごじゃる。故に、そなたらの話も色々聞かせてほしいのでごじゃる」
「……すみませんが、私達は」
「今宵はそなたら2人で花見を楽しむつもりなのじゃろう? そこなる水破から聞いておる」
「私の事です」
ロードナイトモンの背後でフウマモンが手を上げる。
うーん、いつもの事だけど、プライバシー。
「なので、今日はただの顔見せでごじゃる。そなたらの「さあかす」にもまた遊びに行くでごじゃるから、その時は一緒に遊ぶでごじゃる」
なので、今宵はこれのみ、選別に、と。
トノサママメモンはまたしても扇子を開いたかと思うと、それを左右にゆったりと振った。
「『天晴れ桜』!!」
「!」
途端、咲き誇る桜の花とは別に、虚空から薄ピンク色の花びらが、雨のように、しかし舞うように、ひらひらとこぼれ落ちてくる。
あまりに幻想的な光景に、俺は思わず息を呑んだ。
「き、貴様……いくら攻撃性能は無いとはいえ、必殺技の使用許可は……」
「無理に怒ろうとするでないロードナイトモン。技の性質上、咎めるだけの気力を持つのは難しがろう? 周囲の目は妾が誤魔化しておく故、多めに見てやるがよい」
「っ……」
「うむうむ。話も纏まったところで、また会おうぞ、軽業師とその友よ! 麻呂はあそこの城のような宿に泊まりに行くでごじゃる!」
「な……ま、待て! トノサママメモン!! 宿はこちらで用意してある! おい、待たないか!」
「失礼、ロードナイトモン様。トノサママメモン殿をお止めする前に、先程お伝えしていた広報用のお写真だけ、撮らせていただきたく」
「……」
一瞬だけ擬態を解いたピンク色の鎧の騎士を、同じく一瞬で、忍者がなんかものすごいゴツいカメラに納める。
花の嵐の中に佇む細身の騎士は、なんというか、異様に様になっていた。
……本当に、広報用なのだろうか。
「……どうもお騒がせしました。こちら、本日のお詫びです」
なんて思っていたら、撮影を終えたフウマモンが一瞬でこちらと距離を詰め、プラスチックのパックを差し出してきた。
中には立派な三色団子が2本、仲良く並んでいる。
「口止めじゃなく?」
「何を仰る。拙者、何もやましい所はございません。今の写真を広報にも使うというのは本当です」
「……そっか」
「納得していただけたなら結構。では、これにて御免」
一瞬で姿を消したかと思うと、次の瞬間には、フウマモンはトノサママメモンを追いかけて行ったロードナイトモンの背後に控えていた。
先程事後処理を申し出ていたワルダモンが、虚空で指を動かしながらからからと笑う。
「愉快な奴らじゃろう? 妾、なかなか楽しくやっておるぞ」
「そりゃああなたはどこにいても楽しくやるでしょうよ……」
「そうとも限らんぞ? ……今は、バカ弟子に対する心配もひとつ減ってしもうたからのう。前よりも随分と気が楽じゃ」
「……」
「とはいえしゃかりき働かねばならんからのう。そこは忙しないわ。……さて、操作も済んだ故、後は2人で花見を楽しむがええ!」
またのう、バカ弟子、そして人の子や。と、ようやくワルダモンも姿を消して、その場には俺達だけが残された。
嵐みたいだったなぁ……花吹雪は、まだ降り注いでいるけれども。
考えていることは同じなのか、ピエモンも長々と息をついて、近くのベンチへと腰を下ろした。
「全く……とんだ花見になってしまいましたね」
「なんだかとんでもない体験をしてた気がするよ」
「実際していたんですよ」
ちょうど良いかと俺も腰を下ろして、ピエモンに弁当を差し出した。
げんなりしていたピエモンも、暗黒属性の好物と名高い米の塊を見止めると、僅かに頬を緩めるのだった。
「おっ、待っていましたよ。……あのまま「みんなでお花見」とやらになったら、どうしようかと思いました」
「ロードナイトモンはそんな柄じゃないだろうけど……トノサママメモン? アイツ、ようは俺達と仲良くしたいって話なんだろ? お前も仲良い奴増えるなら、それに越した事、無いんじゃねーの?」
「まあそうかもしれませんが……全く、ロードナイトモンの弁ではありませんが、警戒されにくいフォルムのデジモンは得ですね。少しくらいは警戒してくださいよ、あなたも」
コイツ……ひょっとしてちょっと妬いてるのか?
「まあ、万が一アイツがヤバいデジモンでも、お前なら守ってくれそうだったし」
「……そしてあなたは、口が上手い」
やれやれ、と肩をすくめてから、用意しておいたウェットティッシュで手を拭いたピエモンは、「いただきます」と早速おにぎりを頬張った。
「……おお、焼き鮭ではありませんか」
「しかもハラスだぞ」
「いいですね、脂が乗っていて、少ししょっぱいのがむしろ幸せな味です。……で、おかずは……ふふっ、見事に茶色ばかりですねぇ。まあ、桜が美しいので、ちょうど良い塩梅でしょう」
飯となるなり、ピエモンの機嫌が目に見えて良くなってきた。
俺も唐揚げを1つつまんでから、コイツが持って来たさくらんぼのチューハイを傾ける。
思いの外ある酸味がさっぱりと脂を流してくれて、甘いのは甘いが、なかなか美味い。
「……私は」
ふいに。
ぽつり、とピエモンが口を開く。
人間の青年に化けた魔人は、赤い目で舞い落ちる桜を追って、微笑んでいた。
「あなたと2人で居るのが、自分で思っている以上に楽しいようです。……新しい出会いを見つけるのが、少し不安になる程度には」
「……しゃーねー奴だなお前も」
はぁ、と今度は俺が息をついて、ピエモンの事を軽く小突く。
「別にお互い友達が増えようが、今更お前と酒飲んで不味くなる事なんて無いっつーの。桜だって、どうせ来年も咲くんだから。何回も見に行けば、そんな特別なもんでもなくなるって」
「……」
あと1週間もしたら、コイツと出会って丸1年だ。
そうして実際、想像もしなかった職場の同僚は、たったの1年で、時々一緒に酒飲むのが当たり前の友人になってしまった訳で。
「……しぐれ煮も美味しいですね」
「だろ? 自信作だ」
いつものように肴をつまんで、酒を飲む。いつもと違って桜が綺麗で、それからこの後三色団子もあるけれど、いつもと同じで、コイツと食べれば、きっといつもより美味いに違いない。
そう思える出会いが、お互い増えるなら。
それはきっといい事だから……なんだかんだ、あのさっきの嵐みたいなトノサママメモンとの再会も、案外楽しみになってきたりしているのだった。
春分編:生姜入り常夜鍋と日本酒
春の気温は極端なもので、このところ朝は冬で昼は初夏、みたいな日が何日か続いている。
暑さ寒さは彼岸まで、と言うくらいなんだから、来週くらいには外気も懐も安定して欲しいモンだと、俺は冬の侘しさの具現化みたいな財布を片手にスーパーの中を歩き回っていた。
ただ、まあ、冬の終わりが少しだけ寂しく感じる部分も無いでは無い。
白菜や大根が安くておいしい季節がそろそろ去っていくのは、やはり多少は、名残惜しくて。
「……」
ほうれん草、1袋98円。
この値段設定で拝めるのも、それこそ彼岸が終わるまでかもしれない。
「今日はこれにすっか」
ちょうど豚肉も安かった筈だ。豆腐は品質に拘らなければ今日も手頃な価格。生姜……は別に安く無いが、必要経費だ。
少し悩んでしいたけ、諦めきれずにくずきりも買い足して、節約節約言っている割には埋まった買い物かごと共にレジを抜ける。
スーパーを出ると、昼間雨模様だった天気と日没間近の時間帯のせいか、ややまだ冬寄りの空気が薄手のジャケットの隙間に入り込んでくる。
俺は軽く身体を震わせたりしながらスマホを取り出して、連絡先ではなく履歴の欄から、一番よく使う電話番号を選択した。
「もしもし?」
数回のコールの後、聞き慣れたピエモンが耳に届く。
電話の声は本来人の声を模倣した電子音らしいのだが、デジモンは声もデータだからなんだとかで、本人の声そのままなんだそうだ。
「よう。俺。常夜鍋作るんだけど、一緒にどうかと思ってさ」
「ジョウヤナベ?」
「ほうれん草の、アレだな、水炊きみたいなもんだよ。ポン酢で食うタイプの鍋」
「ほうれん草の鍋ですか、それは珍しい。やれやれ、今日は飲まないものと思っていたので私、今季最後になるかもしれないコタツを堪能していたのですが、そういう事ならお伺いしましょう」
俺とは違う形で冬の終わりを謳歌? していたらしいピエモンだったが、案の定鍋と聞くと食いついてきた。
「30秒後くらいにお家でいいですか?」
「バカ、はえーよ、まだ外だわ。下ごしらえもあるから、そうだな……」
*
集合時間も決めたので、帰宅後早速下ごしらえにとりかかる。
大きめの鍋に水と料理酒を張って、火にかけている間に生姜の皮を包丁でこそいで、千切りに。
沸騰したら切った生姜と顆粒出汁、豚肉とちょうどいい大きさに切ったほうれん草としいたけを投入。
ちなみにアク抜きは別個にやらないレシピだ。生姜のおかげなのか、これが案外気にならないのだ。
具材に火が通ってきたら、水を切った豆腐とくずきりも入れてひと煮立ち。
ちょうど出来上がるかというタイミングで、アパートの俺の部屋のインターホンが鳴った。
「こんばんは、お酒持ってきましたよ」
「よっ。こっちももう出来るところ」
擬態を解きながらウキウキと跳ねるように(本当に跳ねると天井にぶつかるくらいデカいので、ホントにそれっぽくしてるだけだ)部屋に入ってくるピエモン。
「なんだよ、機嫌いいな。酒、安く買えたのか?」
「もう引ける値が無いレベルの安酒ですよいつも通り。……まあそれはさておき、常夜鍋。ここに来るまでに調べたのですが、毎晩食べても飽きないくらい美味しいというのが名前の由来だそうじゃないですか。楽しみにもなりますよ」
「へぇ、変な名前だとは思ってたけど、そんな由来が」
諸説あり、ですけどね。と付け足すピエモンに、まあ毎日食える程かは別として、美味いは美味いぞと言ってやれば、ピエモンはさらに赤い目を輝かせながら食器や酒の準備を始める。
多少せっかちな感じもするが、なんだかんだ言っても働き手がいるのはいいもんで、料理さえ作ってしまえば、あとは運ぶだけというのはなかなか助かる。
「ほい、お待たせ。常夜鍋だぞ」
「ほうれん草で、いつにも増して鮮やかなお鍋ですねぇ。見た目からして食欲をそそります」
ピエモンが表情を綻ばせる。適当な言動が多い割に食べる前から律儀に褒めてくるのはなんだか未だにこそばゆいが、やっぱり、悪い気はしなくて。
「いただきます」
手を合わせた後、ピエモンが先に鍋の具材を取り箸で器に盛って、その間に俺は酒をお互いのコップに注いだ。
「ありがとうございます。では……」
ピエモンがくたくたになったほうれん草と、豚肉を一緒に口に運ぶ。
自分の分を取りながら動向を見守ると、道化の口角が勤務中とはまた異なる形で上がっていくのが解った。
「名前の評判通りの美味しさですね! 生姜が効いてるのがすごくいいです」
「千切りだから生姜自体も普通に食えるぞ。苦手じゃないなら食べてみてくれよな」
「では……ふむ、もっと辛いかと思いましたが案外イケますね。これならくずきりと一緒に啜ってみるのも……」
始めての鍋に試行錯誤を繰り返すピエモンを見ていると、自分自身はよく食べていた鍋も、なんだかいい意味で違った料理に見えてくる。
そういえば、月が明けたら、こいつと出会って丸1年になる訳か。
一緒に飲むようになったのは初夏に差し掛かる手前くらいだから、春の酒の肴は未体験な筈ではあるが。
「あのさ、ピエモン」
ある程度お互い食べ進めたあたりで声をかける。
なんですか? と、箸では取りずらい豆腐に苦戦していたピエモンが顔を上げた。
「週末? 週明け? どっちになるかわかんねーけど、予定空けられたりするか?」
「? いつになくアバウトですね。ただまあ、ご存知の通り。あなたが暇な時は私も大抵暇ですよ」
「うんまあそうだろうな。……いや、一緒に花見とかどうかなと思ってさ」
「花見、ですか」
そういうのは女性でも誘うものでしょうし、とおどけるように肩をすくめるピエモンだったが、あからさまに嬉しそうなのは仮面では隠しきれていない。
実際のところ、俺だって花見なんて意識してやるような人種でも無かったのだが……異世界からの友人に、そういう景色を見せてみたいだなんて、柄にも無い風情はいつの間にか持ち合わせるようにもなっていて。
「花見弁当、楽しみにしていますよ」
「花より団子って言葉、こういう時に使うんだなぁ」
ま、どこに出かけようがやる事は一緒だ。
外でも手軽に食べられる、缶ビールのお供になりそうな肴。
一体何を作ったものかなと頭をひねって、とりあえず今は常夜鍋の出汁の中に溶け込むくずきりを取り箸で探し求めるフリをしながら、俺もこいつとの花見が楽しみなのをそれとなく誤魔化したりするのだった。