「いらっしゃいませー!」
活気盛んな居酒屋に店員の腹一杯の声が響く。
そんな居酒屋で、府内は軟骨の唐揚げが置かれたテーブル席でメガ盛りのハイボールを一人で飲んでいた。
「君がそれを飲むなんて、相当な情報の様だね」
そう言って、府内の席にショートヘアの女性が座る。
その女性は店員にウーロン茶を注文して、彼を見つめた。
武藤稲菜。
府内とは大学からの仲で、ディルビットモンの超越者であり、超越者のコミュニティEULErのリーダーだ。
「まぁな。まず初めに、運営は限りなくクロだ」
府内の発言に、武藤は一瞬言葉を失った。
運営が怪しいというのは、最初から分かりきっていた事だ。
そんな事を、わざわざここに呼び出して言う。
しかも「限りなく」という不確定な状況で。
そこで彼女は頭を回し、すぐにある結論に至る。
「問題はその情報元だね」
府内は唐揚げを一つ口にし、飲み込んだ後に「その通り」と答えたのであった。
◆ ◆ ◆ ◆
府内の話を聴き、武藤はしばらく考え込む。
シリウスモンの影響で全身麻痺になっていた筈の人間が、何故かゴーストゲームに参加していた事。
そしてその人間が「スーツェーモン」という超越者となった事。
それを手引きしている様な言動をしていたマクラモンが自らを「デーヴァ」と名乗った事。
そして、そのスーツェーモンとマクラモン両方の頭上に、ユーザーネームが全く表示されていなかった事…など、とにかく話を頭の中で整理するのは流石の武藤でも時間を有した。
しばらくして、武藤は整理を終えたのか口を開く。
「なるほど。思っていた以上に大きな収穫だね」
「大き過ぎて抱えきれん」
「だから私を呼んだんだろ?」
そう言い、武藤は唐揚げを一つ口にする。
「大体、君も物好きだね。超越者を調べようなんて」
「別に良いだろ」
ハイボールをぐっと飲む府内。
相当思い詰めているなと感じた武藤は、冗談混じりに口を開く。
「ただ、君が調べてくれているおかげで、こっちも色々と集中できるよ。自分が究極体となってる状況を自然と受け入れられているとはいえ、本音を言うと多少は気にはなっているからね」
「………もっと気にしろよ…」
府内は小声を漏らすが、武藤には聞こえていなかったのか彼女は「さて」と話を進める。
「実は私も話があってね。恐らく、そのシリウスモン騒動にいた一人だと思うんだが……それが超越者となった」
「あぁなるほど。君とシリウスモン以外の超越者の存在は聞いていたが、そいつは新入りだったって訳か」
空になったハイボールの前で、府内はメニュー表を睨み続ける。
「それで? そいつも勧誘したのか?」
「当然。良い返事を貰えそうだよ。でも、それよりもそのツレが気になるんだ」
「ツレ?」
府内の視線はメニュー表から武藤に映った。
武藤はその反応を待っていたと言いた気に頬を緩めて、話を進める。
「彼はただの人間だが、超越者誕生の瞬間を認知していた」
「一応言うが、さっき言ったスーツェーモンも誕生の瞬間を多くの人間が認識している」
「意地悪なことを言うね。君も薄々気付いているんだろう?スーツェーモンとやらは他の超越者とは違う」
武藤の言葉は正しかった。
府内はスーツェーモンと他の超越者とは別種であるとして考えている。
理由として、他の超越者は上部に文字化けしたユーザーネームが表示されているのに対し、スーツェーモンはそのユーザーネーム自体が表示されていないことだ。
どちらかと言うと、スーツェーモンは同じくユーザーネームが表示されていないマクラモンと近い存在なのではないかと府内は予想している。
だからこそ、スーツェーモン誕生の瞬間を多くの人間が認知していること自体はある意味納得できた。
スーツェーモン自体がイレギュラーな存在だと考えれば、イレギュラーな事態が起こるのはごく自然なことだ。
しかし武藤の話によると、一人の人間によって誕生を観測された超越者は、スーツェーモンの様にユーザーネームが表示されていない訳ではなかったらしい。
それはつまり、その観測された超越者は現段階では別種では無いということだ。
その誕生を唯一観測した人間。
「あぁ…そいつは、またレア物だな」
「だろう?超越者を認知…いや、観測した……観測者といったところか」
「新たな超越者と観測者…そして謎の別種」
「ふふ…問題が多くなったね」
「何楽しそうなんだよお前は」
それを追う側の身にもなって欲しいと、府内は心の中で嘆いた。
その嘆きをハイボールで洗い流そうとするが、ジョッキが空になっていたことを思い出す。
「君が大変なのは理解しているよ。だから微力ながら、私も協力しようと思う」
「別にいいさ。そっちもそっちで大変だろう?あとこれは俺の勘だが…少なくともその観測者とやらは、俺らのところに来ない方がいい」
そう、極力その観測者は、府内達とは関わらない方が良い。
それが府内の一旦の答えだった。
理由はどうあれ、観測者はイレギュラーな存在だ。
そして、そのイレギュラー代表の様な存在デーヴァ。
デーヴァは少なくとも自分達より詳しいことを知っている筈だ。
デーヴァに観測者のことを訊けば、すぐに答えは見つかるだろうが、その観測者がデーヴァにとってどういう立ち位置になるのかはまだ分からない。
もしかすると、デーヴァは観測者のことを探しているのかもしれない。
そんな観測者を連れて、デーヴァの真相を突き止めようとしたら、一体どうなるのか全く分からない。
観測者がデーヴァに殺されるかもしれない。
或いは、飛鳥というユーザーの様に超越者もどきへと変えられ、その観測者も敵になってしまうかもしれない。
現段階では、あまりに情報が無さすぎる。
観測者のデーヴァとの接触で、大きな収穫を得る可能性もあるが、今はまだそこまで急ぐ時ではないだろう。
観測者の件は、もっと情報を収穫してから考えるべきである。
この物語は、まだ始まったばかりなのだから。
「それには同意だね。だが、協力したいのは本当さ。まずは……あ、すみません」
武藤は途中で通りすがりの店員に声をかけ、注文を開始する。
「ハイボール……は、またメガ盛り?」
「いや、普通ので」
「じゃあそれとあと……ウーロンハイで」
武藤の最後の注文に、府内は目を丸くした。
自分もそうだが、武藤はあまり酒は飲まない方だった筈だ。
注文を終えた武藤は、残った少量のウーロン茶を一気に飲み、それを店員に渡す。
そして府内の方に向き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「話を戻そう。協力してあげるよ。とりあえず、一緒に気が済むまで飲んであげる」
武藤の言葉を聞き府内は固まるが、しばらくして府内と同じ様に笑みを浮かべる。
そして、彼は一言だけ。
「メガ盛りにしとけば良かったな」
◆ ◆ ◆ ◆
ブルースクリーン第3区
ここに立ち並ぶ多くの店舗の一つにモスバディという店がある。
正確に言うと、モスバディ 第3地区店。
モスバディはブルースクリーンを主に拠点と置くパソコンショップだ。
その第3地区店のガジェット担当として働いているのが、米咲である。
「お疲れ様で~す」
今日のシフトを終え、米咲は早々と職場を跡にする。
「結局これのこと誰にも訊けなかった…後で武藤さんに訊いてみようかな…」
米咲は自分のデジヴァイスを見つめながらそう言った。
だからだろうか、その人物に全く気付きもしなかった。
「おい」
後ろから声をかけられ、米咲は振り返る。
そこにいたのは、耳あての部分が金色の縁に囲まれた黒のヘッドホンを首にぶら下げた同年代ほどの男性だった。
「えっと…何か…」
「アヴェンジキッドモン」
その名を聞いて、米咲は思わず身構えた。
超越者としての米咲の名前。
その名は、普通の人間は知らない筈だ。
「超越者…か…!」
「そう構えるな。俺は芝入健真(しばいり けんま)。EULErのメンバーだ」
「EULErの…?ってことは…」
「そっ、リーダーにお前のお召し付け役を任された、可哀そうな先輩様さ」
◆ ◆ ◆ ◆
『ようやく私の話になります~?ヒカリちゃん待ちくたびれちゃった』
米咲のデジヴァイスに、青色のとんがり帽子と青色のファーマフラーといった青を基調とした衣装を身に包んだサポートAI ヒカリちゃんの姿だった。
自身が超越者となった時に破壊した筈のデジヴァイス。
それが何故か無傷の状態で手元にあり、しばらく「アップデート中…」と黙っていたままだったのが、今朝遂に目を覚ましたのだ。
見覚えがあるコスプレをしたヒカリちゃんと共に。
『一応言っておきますけど、アップデート中も会話は聞こえてたんですよ?何ですかアレ、姿変わった後、しばらくキャラ変した様に不思議ちゃんな雰囲気出して。作者でも変わりました?』
「何かいきなりの事で気が動転して逆に落ち着いてたんだって…。それよりこのヒカリちゃんの服って…確かゴースモンの…」
「そう、お前が覚醒した時に使用していた成長期のホログラムゴースト」
米咲の前に立つ芝入がそう言い放つ。
二人は今、地下鉄に続くエスカレーターを降りている途中だった。
どうやらEULErのアジトに案内される様で、この際気になっていたこのヒカリちゃんの話をしようと米咲がデジヴァイスを開いたという状況だ。
「何でヒカリちゃんが俺のデジヴァイスにいるんですか?こんなコスプレまでして」
『こんなって、何か嫌な言い方ですね炭水化物サマ?』
「ごめん」
反射的に謝る米咲。
つい「こんな」と言ってしまったが、本音を言うとそんなに悪くないコスプレだとは思っている。
「そりゃ、あんたが覚醒したからさ。ヒカリちゃんは『ゴーストゲーム』のサーバーから戻れず、超越者のデジヴァイスの中に永遠に宿ることになる。ヒカリアビリティを備えてな」
「ヒカリアビリティ?」
知らない言葉に、思わずそれを反復する。
しかし芝入はそんな反応は予想通りだったのか、動揺せずに話を進める。
「超越者が手に入れるさらなるチートだよ。ただ、当たり外れは激しいし、クールタイムは10時間っていう酷く使い勝手の悪いものだがな」
「クールタイムが10時間って…一回使うと10時間は使えないってことですか!?」
「そういうこと。そしてそのアビリティ内容は、超越者として覚醒した時に使用していた成長期のホログラムゴーストと関係がある。正確に言うと、そのホログラムゴーストに対する使用者のイメージが関係するってことだ」
芝入が話し終わると同時に、エスカレーターは彼らを目的地に到着させる。
芝入はそのまま歩き続け、米咲は一旦デジヴァイスを閉まってその後を追う。
「イメージ?例えばどんな?」
「例えば鳥のホログラムゴーストが使用していた成長期だとしたら、その見た目の鳥のイメージが反映された能力が使えるって訳だ。ちょっと飛べるとか…視力が良くなるとか…」
「何か能力地味過ぎね?」
「そんなんばっかなんだよヒカリアビリティは。だから使わずに戦いが終わるなんてこともある」
芝入の何気ないその言葉に、米咲は思わず歩を止める。
「ん?どうした?」
「…いや、戦いって…やっぱりその…-aって奴らとの戦いってことですか?」
「大体はな。戦いが嫌だなんて今更なこと言うなよ?超越者になった時点で遅かれ早かれ…」
その時だった。
『デジタルウェーブ確認しました!』
『ケンくんケンくん!敵いるよー!』
米咲と芝入のデジヴァイスから少女の声が響く。
言わずもがなヒカリちゃんの声だ。
「デジタルウェーブ!?」
「近くで超越者が現れたってことだ。どうせロクな奴じゃねぇ。ったく、こんな時に…!」
芝入はそう言って、デジヴァイスを取り出した。
一瞬、そのデジヴァイスに雷が流れたと思うと、バキン!という音と共に右上と左下に黒色の禍々しい形のシェルが現れる。
「えっ…!それ何…」
「お前もデジヴァイス取り出してヤル気になれ!そうすりゃなる!」
芝入に言われた通りに、米咲はデジヴァイスを取り出してそれをジッと見る。
すると、芝入のと同様の黒のシェルが雷と共に現れた。
「うおマジか」
驚く米咲に特に反応せず、芝入はデジヴァイスのゴムバンドを伸ばして頭に装着する。
米咲も慌てながら芝入同様にデジヴァイスを装着して、その瞬間に視界一杯に「ULTIMATE DIGIVOLUTION」という文字が浮かび上がった。
米咲の意識が、装着したデジヴァイスへ吸収される。
そしてデジヴァイスから飛び出す様に、米咲は姿をアヴェンジキッドモンへと変えた。
「おぉ…こうやって超越者になるのか…」
超越者への変身のメカニズムに感心しながら、米咲は隣の芝入を見る。
すると芝入がいた場所には、前屈みの機械仕掛けの青い肉食恐竜と、それに乗る様に下半身が恐竜と一体化した黒い騎士の姿であった。
「えっ…何その…なに?」
『あれはグレイナイツモンですね〜。あれ?何で私、データにない筈のホログラムゴーストの名前が分かるんでしょう?まぁいっか、炭水化物サマが超越者になった影響ですね、どうせ』
「何か投げやり感凄くない?」
グレイナイツモン。
それが芝入の超越者としての姿なのだろう。
そして同時に、武藤や芝入が本来ゴーストゲームにいない筈の超越者の種族名を知っている疑問にも何となく答えが見えてきた。
使用者が超越者として覚醒したことで進化したヒカリちゃんが、一々教えてくれたのだろう。
まぁ、何故ヒカリちゃんがそんな事を知っているのか、それは当の本人も全く分からないらしいのだが。
「とにかく、超越者のところに行くとしよう。危険分子なら我々が止める」
「カミクダイテ、イキノネ、トメル!」
グレイナイツモンの騎士の方がそう言った直後に、恐竜部分が片言で言葉を発した。
確かに一人の人間だった筈だが、芝入的にはこの変身はどう思っているのだろう。
恐らく人間寄りの意識は騎士の方だと思うのだが、その騎士の方も口調や雰囲気が芝入のものとは異なっている。
「あ、あの〜…顔二つとも喋ってるけど、それどういう…」
「? そんなもの、役者たるもの気にする事ではない」
「役者だったんだ」
「カオ、フエル。ヤクシャナラ、テキオウ、トウゼン!」
「そうかなぁ!?」
いまいち釈然としないが、今はそんなことに時間を費やしている場合ではない。
アヴェンジキッドモンとグレイナイツモンは、ヒカリちゃんの指示に従い、超越者の現れた場所へと向かった。
向かう途中に気付いたが、今アヴェンジキッドモン達がいる空間は、ゴーストゲームのゲーム空間と同等のものだそうだ。
その為、配信エリアに行かない限り、非プレイヤーの普通の人間は超越者の存在を認識できない。
さらに言うと、あの謎のデジヴァイスの変化。
アレを行った直後に、周囲の人間は超越者のことを認識出来なくなるようだ。
その超越者が例え人間の姿のままで、さっきまで話していた相手であろうとも。
(分かってはいたけど…本当に何なんだろうな超越者って…)
アヴェンジキッドモンは、そんな事を考えながら現場へと向かっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ハッハー!ホントのこと言っちゃうと、俺様サイキョーかもなぁ!?」
からくり人形の姿をした超越者・ピノッキモン。
周囲には様々な完全体のホログラムゴーストが隠れており、各々がピノッキモンの様子を伺っている。
どう考えても勝てない相手だ。その反応が当然だと言えるだろう。
「う〜ん…でも相手がいねぇのは、つまらねぇよなぁ〜?よし!じゃあ適当に決めるか!」
多くが怯える中で、ピノッキモンは飄々とした態度で言葉を紡ぎ、隠れているホログラムゴーストを一人一人指差していく。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な? か・み…」
「クダイテ、コロス!!!!!」
ピノッキモンが言い終わる前に、彼の頭上に文字通りグレイナイツモンが降ってきた。
ピノッキモンはそれを避け、グレイナイツモンと遅れて現れたアヴェンジキッドモンを睨む。
「んだよ危ねぇなぁ!まだ遊んでる最中なんだけどぉ!?」
「それはすまないね。だが、こっちもまだ用事が済んでいないのだよ。お互い様という奴さ」
グレイナイツモンの言葉が気に食わないのか、ピノッキモンは舌打ちをする。
「お前ら見ない顔だな?何者だ?」
「俺達はえ〜と…」
「EULErだ」
困惑するアヴェンジキッドモンの代わりに、グレイナイツモンが軽く答えた。
その名を聞き、ピノッキモンの眉間に皺が寄る。
「ほう…お前らがボスの言ってた馬鹿共か。こんなサイキョーな力を手に入れたってのに、俺達の邪魔をする…」
「その口振りからして、君は-aの一員だね?」
「そうだが……どうするってんだ?」
「カミクダクッ!!!!!」
グレイナイツモンは一直線にピノッキモンに向かう。
そのあまりに速い突進は、いくらピノッキモンでも対応出来なかった様で彼はすぐに吹き飛ばされビルに激突する。
「ぐっ…!面倒な奴だなぁ…。ホントのこと言うと、そういうのは大ッ嫌いだ!」
ピノッキモンは激突したビルを蹴り、その勢いでグレイナイツモンの方へ向かっていく。
「来るか…」
槍を構えるグレイナイツモン。
だが、ピノッキモンの目的は違った。
方向が少し、グレイナイツモンからズレていたのだ。
「お、俺か!?」
そう、狙いはアヴェンジキッドモン。
「どう見たって、お前は初心者。お荷物だろ!」
「舐めるな!」
確かにアヴェンジキッドモンの実戦経験はまだ1回しかない。
だが、それでも本能のままに戦える自信はある。
アヴェンジキッドモンは指先から放つエネルギー弾で狙い撃つ為、ピノッキモンの方へ指を向けた。
だがその瞬間、背後に何者かの気配を感じた。
「!」
咄嗟に振り返るアヴェンジキッドモン。
だがそこには誰の姿もない。
「かかったな。ブリットハンマー!」
思わず余所見をしてしまったアヴェンジキッドモンの頬に、ピノッキモンのハンマーが炸裂する。
そのあまりの勢いに、アヴェンジキッドモンはコンクリートの地面を何度も転がりながら倒れてしまう。
「アヴェンジキッドモン!」
「タクサンノ、ケハイ!モウ、ナイ!」
アヴェンジキッドモンが感じた気配は、グレイナイツモンも感じていた。
しかもそれは一つではない。
数え切れない大量のものだった。
それが今やもう存在しない。こんな不可解な現象、グレイナイツモンには心当たりがあった。
「ヒカリアビリティか…!」
「ホントのこと言うと、正解だ」
ピノッキモンはグレイナイツモンの方を向き、ハンマーを肩にかける。
すると、ピノッキモンの隣に手作り感のあるレザージャケットを羽織り、最低限の部分は布切れを着て隠す赤いモヒカンの生えた木製のヘルメットを被るヒカリちゃんの姿が映る。
「【百体気配《ゴブリモン》】。これが俺のヒカリアビリティ。10秒間、周囲に数え切れない気配のみを出現させる。俺も気配を感じるから、鬱陶しい部分もあるがな」
「ほう…わざわざ教えてくれるとは優しいね…」
「ヒカリアビリティを使えば、どうせこのサポートAIは現れる。だったら話しちまった方が良いだろ?それに、確かにこのアビは当たりだが、俺はこんなもの無くても勝てるんだよ」
「フットンダ、クセニ」
「うるせぇ!ホントのこと言うと油断しただけだ!もう負けやしねぇ!」
ピノッキモンはそう言って、グレイナイツモンに飛びかかる。
結論から言って、ピノッキモンの言葉は間違いではなかった。
グレイナイツモンはその体の構造上、前方に走るのは得意ではあるが、それ以外の機動力はあまり良いとは言えない。
しかしピノッキモンは、人と近い体型をしていることもあり前方以外の機動力はグレイナイツモン以上だ。
ピノッキモンも先ほどの戦いでそれに気付いたのか、動き回ってグレイナイツモンに攻撃の機会を与えようとはしていなかった。
「くっ…中々学習したみたいだね…」
「ビュンビュン、ムカツク!トマレ!!!」
「止まれと言ってホントに止まる奴なんていねぇよ!」
ピノッキモンは背中のX字のパーツを外し、それをグレイナイツモンへ向けて投げる。
俊敏に動きながらの飛び道具に、グレイナイツモンの反応は遅れてしまい、ピノッキモンの技が命中した。
「うっ!」「グオォッ!」
倒れるグレイナイツモン。
勝ち誇ったのか、その前に立ち止まるピノッキモン。
「これで終わりだ」
ピノッキモンはハンマーを大きく上げる。
絶体絶命
正にそう表現するしか無い状況だ。
グレイナイツモン一人であれば。
「ギリギリだったな」
背後から声が聞こえたと思った瞬間、ピノッキモンは何者かに背中を踏みつけられた。
彼を踏みつけた張本人は、フェードアウトした筈のアヴェンジキッドモンであった。
「て、てめぇまだ生きて…!いや、それより何時から!」
気配は全く感じなかった。
それどころか、アヴェンジキッドモンは完全に意識の外にいた。
倒しきったと思って油断していたと言われれば話は終わりだが、あまりにも気配を感じ無さすぎた。
それに疑問を感じていたピノッキモンだったが、答えはすぐに浮かび上がった。
アヴェンジキッドモンの隣に、青を貴重とした魔女の様な格好をしたヒカリちゃんの姿がいたのだ。
「ヒカリアビリティか…!」
◆ ◆ ◆ ◆
「現場に来る前に、一度自身のヒカリアビリティを確認した方が良い」
現場に向かう途中、アヴェンジキッドモンはグレイナイツモンにそう言われた。
「正直、我々のアビリティは戦いに役立つものとは言えないのでね」
「ダカラ、ツカワズ、カミクダク!」
「な、なるほど…確かに手札を知るのは大事ですね。ヒカリちゃん!」
アヴェンジキッドモンは、頭の中にいるであろうヒカリちゃんに話しかける。
ヒカリちゃんは「はーい」と返事をして、さらっとアヴェンジキッドモンのヒカリアビリティを話した。
【霊存在感《ゴースモン》】
それがアヴェンジキッドモンのヒカリアビリティ。
内容は一言で言うと、5秒間、相手の自身に対する認識能力を調整する。
この「相手」というのは、アヴェンジキッドモン自身が定めたものなら何でも良く、決して「戦闘相手」という事ではないらしい。
なので別に味方を対象としても良いのだが、注意点としては選べる「相手」は一人だけであること。
現実的ではないが、その5秒間で「相手」を変更することは可能なのか問いてみたが、それは不可能だと解答があった。
認識能力の調整というのはどういう事なのかを問うと、要は極端に影が薄くなったり、極端に存在感が増したりするとのことらしい。
だが、相手の自分に対する認識能力を「調整」するのであって、0やMAXにする訳ではない。
さらに言えば「調整」なので、自然と他の事情に対する認識能力もそれに合わせる形で変化する。
その変化は相手の意識に依存するので、どれがどのぐらい認識能力が上下するのかは全く分からないという。
分からないことを講義しても仕方ない。
重要なのは、認識能力を0やMAXに出来ないという点だ。
認識能力を0に出来ないという事は、謂わば透明人間になることは不可能だということ。
どれだけ自身に対する認識能力を低下させても、視界内に入っていればそれは「認識」される。最も、その認識したものに意識が向くかは相手次第にはなるが。
なので、極端に音を立てたり目の前に現れば、いくら認識能力を低くしてもバレてしまう恐れがある。
だから、認識能力を低くさせても5秒間絶対に安全という訳とは限らない。
そんな面倒な条件と5秒間というあまりに短い時間制限に、アヴェンジキッドモンは最初は微妙と思っていたが、戦闘に役立つ可能性がすぐ見つかるだけで大当たりだとグレイナイツモンは言ってくれた。
そこまで言われると、自分でハズレと言っているグレイナイツモンのヒカリアビリティが気になるところだが、そこでアヴェンジキッドモンはピノッキモンの場所へと辿り着いた。
だが、自身の能力の件はもう十分だ。
重要なのは、その能力を発動するタイミング。
それを発動するのに適切なタイミングが出てくれれば良いのだが…。
◆ ◆ ◆ ◆
「完璧なタイミングだったよ」
ピノッキモンの背中に片足を乗せたアヴェンジキッドモンはそう言葉を紡ぐ。
「あんたは俺を完全に意識の外に置いてくれた。おかげで、多少の行動は容認してくれた。このヒカリアビリティを使った上でな」
「てめぇ…!まさかやられたのも計算の上で…!」
「さぁな」
ピノッキモンの言葉にわざと曖昧に答え、アヴェンジキッドモンは足に力を込める。
「デストラクショントリッガー」
「ぐわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
ピノッキモンを踏みつけたアヴェンジキッドモンの足から、爆発弾が放たれる。
そのゼロ距離からの攻撃により、攻撃を受けたピノッキモンはもちろん、攻撃をしたアヴェンジキッドモンも吹っ飛ぶ。
「良い位置だ」
「カミクダケナイノ、ザンネンダ!」
空中では自由に身動きが出来ない。
少なくとも、ピノッキモンはそうだった。
「ま、待って…!」
「「デスデストロイヤー!!!」」
恐竜の前足に当たるであろう部位に付いた2本のキャノン砲から、暗黒弾が放たれる。
それはピノッキモンの体に直撃し、体は暗黒弾に押される形でより天に上がっていった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
暗黒弾は遂に貫通し、ピノッキモンの目前に、黒いシェルの付いたデジヴァイスが現れる。
そしてその画面に、一つの文字列が浮かび上がった。
【DROPOUT】
その文字列が音としてデジヴァイスから鳴った直後、デジヴァイスは音を立てて砕け散る。
そして同時に、ピノッキモンの体は大きな爆発を起こした。
「死んだ…のか?」
「シンデナイ、ヒトニモドッタダケ」
「最も、超越者になってからの記憶は消えているがね」
死んでいない。
その言葉に少し安堵したが、その後に言われた事実にアヴェンジキッドモンは少し冷や汗を掻いた。
死にはしないが記憶を失う。
超越者になってからの記憶と言われても、もし仮に超越者になってから数年経っていれば、その分の記憶を丸々失うという事になるのだろう。
死ぬよりマシ。
そう言われればそうなのだが、どうしてもアヴェンジキッドモンは…いや、米咲は一人の人間として恐怖した。
「何はともあれ、戦いには勝てた。君のヒカリアビリティのおかげだ」
「ツカエルヤツ、カンゲイ!」
「えっ…い、いやぁ…」
一瞬気を取られていたアヴェンジキッドモンに、グレイナイツモンは励ましの言葉をくれる。
もしかすると、自分の不安な顔を見て気遣ってくれたのだろうか。
そんな事を考えているとアヴェンジキッドモンは一つ、ある事を思い出した。
「そういえば俺がアビリティ使おうとした時、目合ってましたよね?その後にあいつが貴方に攻撃当てて、油断して止まったから俺も近づけた訳ですけどもしかして……」
この場から立ち去ろうとしたグレイナイツモンは、そのアヴェンジキッドモンの言葉を聞いて立ち止まる。
そして振り返り…
「さぁな」
第三話『Starting Point』完
〜〜〜〜〜
あとがき
本当は令和6年4月7日22時までには投稿したかった話なんですよね。
理由はこの時間に「アクマゲーム」という漫画原作のドラマが始まるんですが、今回初登場のヒカリアビリティがそのアクマゲームに出てくる「悪魔の能力」が元ネタなんです。
「異能力だけど肝心のその能力がショボいし、めっちゃ限定的」というところがアクマゲームの悪魔の能力の好きなところで、ヒカリアビリティのクールタイムが10時間というのも、「悪魔の能力はゲーム中1回しか使えない」という酷く限定的なところを再現しているつもりです。
なのでせめてドラマ版のアクマゲームが始まるまでに投稿したかったんですが……ヘヘッ間に合いませんでしたぜ。
ってな訳で駆け足の展開でしたが、今日はここまで。
ありがとうございました