21世紀には絶滅していそうな探偵を意識した帽子にマント、口に咥えたパイプ型のチョコ菓子とポニーテールを揺らしながら事件を解決した女の子、綾野悠鷹(アヤノ ユタカ)。あだ名はアヤタカ。
パートナーのドクネモンと一緒に世界的事件を解決してきた『選ばれし子供』、美少女探偵(自称)。
メディアでの年相応の発言から探偵としての能力はちょっと間抜けな印象を与えつつも、彼女は『選ばれし子供』となった九歳から十二歳の三年間の間に先達の『選ばれし子供』やロイヤルナイツも解決できなかった事件を解決したのは本当だと思われていた。
世界の注目される人物百選にも選ばれ、知らない人はいないほどだった。
でも、それは過去の話。
「はい、おはようございまぁす! 本日の企画はぁ……大人気企画! 世間を騙したあの人は今! 仕立て上げられた美少女探偵! 傀儡として『選ばれし子供』! そう、視聴者の皆さんのリクエストから選ばれたのはアヤタカでしたー!」
大学の正門前でどんちゃどんちゃと騒ぐ大柄な男と黒っぽいフードのデジモンを見て、悠鷹はリュックを下ろし、近くのベンチに座って本を手に取った。
「……14:45の電車、乗れるかな」
14:35を告げる時計を見ながらそう呟くと、素知らぬふりをしつつ顔を隠し通り過ぎろと心で祈る。
「『選ばれし子供』システム存続のために過剰に持ち上げられたのがアヤタカ! みなさんご存知ですよね? 大人の『元選ばれし子供』達の手柄を自分のものとし、世界を救ったと成果を捏造! 当時子供だった故に彼女は裁かれず、のうのうとこの大学に通っているという事です!!」
大柄な男とフードのデジモンは大学中に聞こえる様な大声でそう騒ぎながら、門の内側へ入っていく。
「誰か事務室に連絡しろよ……」
誰かが口にする、しかし、実際に事務室に連絡はしない。
それを見て、悠鷹は今の時間校舎内にいるだろう友人の一茶織(ニノマエ サオリ)に変な配信者がいるから事務室に連絡して欲しいとメッセージを送る。
先々月までは穏やかなキャンパスライフだったのに、今月になってもう三回、先月から数えれば片手では足りなくなってしまった。
メッセージを送信した時点で時間は14:37分。大学併設の駅までは5分前後、走るぐらいなら急行は諦めて鈍行に乗る。
「じゃあここで今回のゲスト! アヤタカの幼馴染で小学校からの大親友で大学も一緒だというゲストさんです! 個人情報保護の為、顔出しNGで出て頂いてまーす」
門から校舎への道、悠鷹が座っているのと逆側にあるベンチの方へと女とデジモンは歩いていく。
デジモンの背中にはコードが二本、人間界に適応したデジモンという触れ込みのアプモンという括りのデジモン。
他のデジモンより生まれながらに人間に好意的なこともあって、ここ数年で爆発的に人間界での数を増やした。
とはいえこの大学がある地方都市では、まだ日常的に見かけるような存在ではない。
「……初めて見る大親友だ」
その顔には全く見覚えがない。そもそも小学校は後半三年間ほとんど悠鷹は通っていなかった。
親友と言えるのは、パートナーを除けば茶織ぐらいだろう。
「……じゃあ、アヤタカは好きな男子の気を引くためにあんな恥ずかしい格好を!?」
あることないことくだらないこと、好き放題言いながら通り過ぎて、校舎に入り、もう戻ってくる気配もないのを確認して、正門の方へと歩いていく。
一年に一度か二度こういうのが悠鷹の元に来るのだ。今年はやけに多いが。
「恥ずかしい格好だけど、探偵スタイルちょっとかっこいいだろ……」
呟きながら眼鏡に触る。あの頃がよかったとは思わない、確かに歪んだはいた。その自覚はある。
そして、歪みは悠鷹本人ではなく周りに襲いかかった。
ほとんどの親戚と縁を切られた。高校生になる春に、悠鷹はメディア出演で得た金銭の半分を使い切られたのを確認して、遠縁の親戚の家を出た。
もし、過去をやり直せたらきっと同じようにはしないだろう。
「あの、綾野さんですよね」
正門前で、黒いスーツに黒いネクタイを不恰好にしめた青年がそう悠鷹に声をかけてきた。
気温が高い訳でもないのに彼はひどく汗だらけだった。
「……人違いです。弟さんに連絡先確認した方がいいですよ」
「あ、待って、怪しいものじゃ。というか、覚えてないかな? 太陽……野間太陽(ノマ タイヨウ)の兄、野間てちやッ……哲也(テツヤ)です」
太陽は『選ばれし子供』の同期、あの頃は仲間同士それぞれの家を行き来したから、哲也ともよく会った。もう七年会ってない。
「誰か近親者でも殺されての犯人探しですか? 太陽から、もう探偵はやめたって聞きませんでしたか?」
悠鷹はそう呆れたように言った。
「え!? いや、なんでそれがわかって……」
「格好が明らかに喪服。告別式か何かあるんですよね? 私にそれに普通に出て欲しいならもっと早く連絡が来るはず。あなたは突発的な用があって私に会いに来た」
ネクタイの結び目の汚さと顔の汗が、元々の予定の間を縫ってきて時間に余裕がない証拠と悠鷹は続けた。
「自称探偵だった人間に向けて、喪服を着た人間が持ってくる、急ぐべき用件。死に方に何かしらきな臭いところがあって、現場が片付けられる前に調べて欲しいのではないか。と、そう考える訳です」
「……すごい、まるでフィクションの探偵みたいだ」
哲也はそう笑みを浮かべたが、悠鷹にはあまり嬉しくなかった。
「……そういう探偵に憧れていただけで、身内の死で心が弱っている訳でもなければ誰でもできます。お兄さんが頼るべきは私じゃなくて警察ですよ。一応、知ってる刑事さんの連絡先なら教えられますし」
「いや、でも……」
「つきまとうようならば警察を呼びます。どっちの警察を呼ばれたいですか?」
悠鷹が携帯を取り出すと、不意にそこに茶織からの電話がかかってきた。
「どうしたの、茶織」
『助けて! 校舎に入ってきた配信者が死んで、事務員さんが疑われてる!』
「……深呼吸」
『何!? それどころじゃないんだけど!!』
「私を信じて。一度だけ、ゆーっくり深呼吸して」
電話口の奥で、茶織の呼吸音と共に、周囲の喧騒が聴こえてくる。
西棟の学食で流れてるBGMと、事務員さんの僕じゃないと叫ぶ声、バシャバシャというカメラのシャッター音と、人殺しと叫ぶ声。
既に騒ぎになっているし、人目にも触れている。これはかなりいただけない。
「茶織、今どこにいる?」
『西棟一階、学食の前の階段のところ』
正門前からだと少し遠い、何分か待たせてしまうなと悠鷹は心の中で舌打ちした。
「わかった、今正門にいるからちょっとかかる。誰も救急車を呼んでないなら急いで救急車を。あと、適当に足早そうな男子を指差して学校に常駐してる医者も呼ばせて」
『わかった。早く来てね? いつも対応してくれてた事務員さんだし……絶対犯人じゃないんだよ!』
「大丈夫、私は世界を救った探偵だった女だよ」
通話を切って、何言ってんだかと悠鷹は自嘲する。しかし、そう俯いてる時間もない。
「……哲ちゃん、そっちの用に首突っ込める状況じゃなくなった」
悠鷹がそう言いながら哲也に振り向くと、哲也は女子の学生二人と話をし、二台の自転車を受け取っていた。
「聞こえてたよ。こっちの子達が自転車貸してくれるって」
「乗り捨ててくれていいから!」
「ありがとう、今度なんかお礼するね!」
きらきらと太陽のような笑顔を見せる男に、悠鷹は一度目を閉じこめかみをぐりと押して、湧き上がる苛立ちを抑え込んだ。
「……ありがとうございます、コミュ力お化け」
「そう? 褒められると嬉しいなぁ」
「皮肉が通じないのは太陽と一緒か……」
自転車にまたがって、本当は自転車で通ると怒られる道を爆走する。一番食堂に近い西棟の入り口に自転車をつけて、悠鷹は思い切り走って食堂を目指した。
それがどこかはすぐにわかった。
「だから! 僕じゃないんでずってぇ!」
「落ち着きなさいッ! 宝(ダカラ)くん! まずはそのナイフを下に置くんだ!!」
食堂の方から慌てた人が逃げてくる、叫び声ももう直接聞こえる。
階段の下には血溜まりがあってその中に動く女が一人、動かない女が一人いた。
その前に手元が血だらけのワイシャツを着た男が一人いて、その少し後ろにどうすればいいかわからない様子で血まみれのハンカチを持つ茶織がいる。
そして血まみれの男と対峙するように小太りの壮年の男が一人。
「悠鷹!」
茶織の声にその場の人々の目が悠鷹に向く。こうなってはもう、躊躇してはいられない。
悠鷹は、小太りの男の方に向かうと、いきなりその脇腹をくすぐった。
「うひっ!? な、にをするんだ君はッ!! 状況がわからんのか!!」
怒鳴られながら、悠鷹はパンと大きな音を立てて猫騙しをした。
すると、にわかにその場がしんと静まり返った。そして、悠鷹は手元が血まみれの男に向き直る。
「私はちゃーんとわかってます! 宝さん! 宝さんが犯人じゃないってことも、鏡月さんは宝さんを疑ってる訳じゃないのも、ちゃーんとわかってます」
カツカツと、わざとらしく床を鳴らすように悠鷹は歩いて、宝という名札を首から下げた手元が血まみれの男の元へ行き、ハンカチを広げて差し出した。
「宝さん。ナイフは犯人を捕まえる重要な証拠です。よく確保してくれました。警察に渡すまでそうやって抜き身でずっと持ってるのは危ないですよ」
宝は自分の手に持っているナイフが何であるかをやっとわかったようだった。
「鏡月さんも、それでひとまず置くようにと言ったんですよね?」
鏡月と苗字の書かれたネームプレートが壮年の事務員の胸元で揺れるのが哲也にも見えた。
宝がちらりと鏡月を見ると、鏡月はうんうんと強く頷いた。
「大丈夫。あなたが犯人じゃない証明は簡単です」
悠鷹はそう言いながら、さらに近くまでハンカチを出した。すると、宝は静かにそのハンカチの上にナイフを置いた。それを悠鷹は綺麗にくるんで受け取った。
「遠目に見ても彼の血は勢いよく噴き出た筈。上半身全体に血飛沫がかかっておかしくない。だというのに宝さんについているのは手元ばかり、これは、彼が刺された後、抜かれて血まみれのナイフを手にしただけだからです」
「そう、俺は刺してなくて、気がついたらナイフが……」
「だからおそらく宝さんは犯人じゃない。あとは、警察に任せれば自然と……」
「嘘よ! 私見たもの! 男が彼に馬乗りになって首を切ったの!」
血まみれの女がそう叫ぶ。隣の男は言葉通り首の辺りを中心に血まみれで、もう死んでいるように見えた。
どうしたものかと悠鷹は周りを見回した。一度静かになったことで、ちらほらとギャラリーが戻りつつある。これ以上目立つのは望んでいなかった。
「……警察が調べれば、どうとでもなるんだけど……」
ちらとギャラリー達を見ると、何人か無遠慮にカメラを回しているのが見てとれた。
宝も一度落ち着かせたが、落ち着き切ったわけではない。刺激すればまたかっとなって何かしでかすかもしれない。好き放題にさせておくのは危険に見えた。
「鏡月さん、この時間空き教室になってて一番近いとこどこですかね?」
「あー……いや、でもあんま動き回られると血が……」
「ずっと映像撮られて配信されるよりは、大学の立場的にもマシだと思います。教室さえ教えてもらえたら、私と、目撃者三人はその部屋で大人しくしてますから、ね?」
「うーん……そこの、教室2-102なら空いてると思うよ。さっき授業だったから鍵も開いてるはずだ」
では、と悠鷹は教室へ向かいざま、哲也にウインクをして、死体の方は任せたと合図をした。哲也は、たっぷり考えたあと、こくこくと頷いた。
教室2-102に入り、内側から鍵をかける。入り口の窓から覗こうとするやつもいたので、とりあえず教科書をテープで貼り付けて目隠しにした。
「さて、そちらの……アヤタカの大親友さん」
「……」
「アヤタカの大親友さん?」
「え、あ、わたし!?」
「そうです、名前知らないので……」
もちろん違う訳だが、自称していた自覚もないらしい。
「糸石檸檬(シイシ レモン)です」
「あなたが被害者と正門の辺りにいたのは知っています。あなたは、どういう経緯でここに来て、何を見たんですか?」
悠鷹がそう聞くと、糸石はじろっと宝を睨んだ。
「私は、彼と一緒に配信用の動画を撮っていて……そうしたら、その男が許可も取らずに何やってるんだって怒鳴ってきたから逃げ出して。それでも追いかけてきて、表情ももうまだほとんど何もしてないのに鬼気迫る感じで恐ろしくて……それで、このままだと追いつかれると思ったから階段の陰でやり過ごそうとしたのよ。そうしたら、そこまで押し入ってきて、ナイフを出したかと思ったら彼を引きずり倒して、いきなり首元に刺したの」
「僕はそんなことしてない!」
「静かに。落ち着いて、ちゃんと宝さんの話も聞きますから」
「……それで、私も殺されると思ったら、その後から追いかけてきたそっちの子が来て、血を見て叫んで、人が集まってきて……」
「今に至ると。なるほどその時、糸石さんはどちらに? 今みたいに配信者の方の横に? それとも、襲ってきた誰かから遠い奥に?」
「奥、だけど……」
悠鷹は糸石の服の、あまり血に濡れてない部分についた細かい血の痕を見た。
「ありがとうございました。では宝さん。あなたはどういう感じで?」
「僕は、変な配信者がいるっていう電話が事務室に来て、そっちの子も事務室に相談しに来るし。今月だけでも何回も来てるし、今までの奴らは下手に出てると調子に乗ってくるような奴らだったから、がつんと言ってやろうと思って」
「それで怒鳴った」
「そう、そしたら逃げたから追いかけて……一瞬見失ったけど見つけて。でも、なんか血まみれになっていて、デジモンもいなくて……そう、なんか手元にナイフがなんか、あってで、気が動転してる内になんかすごいことに……」
「嘘よ! ナイフが飛んでくるってなに!? 適当なこと言ってるわ、そいつ!」
糸石がそう怒鳴る。それに、宝も反応しそうだったので、悠鷹はパンと手を叩いた。
「次、茶織」
「え? 私?」
「そのハンカチ、どうしたの?」
「え、あー……多分、拾った? ごめん、パニックになっちゃってよく覚えてないの」
覚えていてくれるととても楽だったんだけど、とは思ったが、口に出すことは流石にしない。
「なるほど了解。預かっとくね。で、一番この場で客観的に見てたっぽいのは茶織だし、色々聞かせて」
ハンカチを受け取り、血の跡を見る。血のつき方は垂らしたようなつき方じゃない。血で濡れた棒状のものをくるんだようなつき方だった。
「えっとー……悠鷹に言われて事務員さん呼びに事務室に行って、それから事務員さんと一緒にここまで来た感じ。あ、でも、走り出してからは追いつくまでにちょっと時間かかったかな?」
「うん、わかった」
さて、と悠鷹はまた宝の方を向いた。
「じゃあ、最後に宝さんに質問、配信者への苦情の電話、何時何分に来たかわかりますか?」
「えと……14:32分」
「確かですか?」
「え、あ、はい。職場用の携帯からも出られる仕組みになってて……」
そう言って、宝は携帯の着信履歴を悠鷹に見せた。やっぱりと頷いた。
そして、茶織を手招きして、ちょいちょいと宝のそばに行かせた。
「……それで、誰が犯人なんですか。僕が追ってた時にはいたのに今ここにいないデジモン?」
「んー……私の推理でいいなら、話しますけれど。警察がどうせ捜査するしあんま意味はないですよ?」
「人を集めて証言聞いといてそれはないでしょ!」
「悠鷹……推理したくないのもわかるけど、アヤタカを取材するって言ってここに来た配信者なんだから、アヤタカであるあんたがある程度ケリつける義理ぐらいはあるんじゃない?」
茶織に言われて、悠鷹は渋々頷く。
あの場を収めただけでも赦されていいのではと思うものの、茶織を巻き込んだのは確かに悠鷹自身だから、茶織に言われたら何もしないわけにはいくまい。
じゃあと、話はじめようとしたら、コンコンとノックされた。
「悠鷹ちゃん、僕だよ。他の事務員さんとか教授とかが野次馬をどかし始めたから、こっちの様子を見に来たんだけど……」
「……じゃあ、そのまま外で警察来るまで聞き耳立ててる人とかいたら退けたりしててください」
「任せて!」
よし、厄介払いできたとその場で頷いて、話し出す。
「犯人は、糸石さんです」
「なんで!? その男は、ナイフ持って突っ立ってたし、刺したとこ私も見たのよ!?」
「なんでと言われたら色々ありますが……血飛沫の具合から宝さんが犯人ではなさそうだ。という話はしましたよね?」
「だから、私が犯人だって?」
「一番気になったのは、あなたが階段の奥の方、つまりは犯人と被害者を挟むような位置にいたはずなのに、返り血を浴びていることです」
「これは、彼の首をなんとかしようとしていた時に……」
「腕についてる血の痕、その痕の中に小さな線のような血痕がありますよね」
「……これが?」
「飛沫血痕といって、その血痕は血が飛び散った時にできた血痕……わかりやすいのは刺した時とか、ナイフを抜いた時、動脈から血が溢れる時。その時に正面にいなければつかない血の形です」
「そ、それは……記憶違いよ! あの時にどこにいたか、記憶違いしてただけ! それに、正面から刺そうとしたって、私じゃ抵抗されるだろうし……」
「デジモンは、死ぬとデータに還ります」
「な、何を言って……コソモンは逸れただけよッ!!」
「それは調べればすぐわかります。人間界にいるデジモンにはチップの装着義務があるので、いつまで生きてたがわかる」
「だ、だとしてそれがなんの関係があるの!? 私が彼を刺し殺せた事にどう繋がるのよッ!!」
「死んでデータの塵に還るそのデジモンを目眩しの盾に使った。傷口から肉体が薄れて、背中側から刺せば反対の胸側の表面が最後まで残る。その皮ごと首を突き刺し、押し返されたら抵抗せずにとにかく手だけ力を込めてそのままナイフを抜く」
「そ、ん……」
茶織がショックを受けたような顔をする。
「そ、そんなの、私にもできるってだけで、私が犯人って話じゃないでしょう!?」
「あとは、事務員さんところに連絡が来た時間の14:32。私は冒頭の撮り初めの時にたまたま正門前にいたので知ってるんです」
悠鷹はあの時に電車を気にして時間を見た。
「撮影開始は14:35、その前の14:32に通報できたのは、そして、通報する場合に撮影開始を待てないのも、冒頭から動画に出る被害者とあなただけ」
冒頭から動画に登場するには、糸石は動画の前に通報してなければいけない。
「撮影しているところに事務員さんが来て都合がいい理由、犯人だから以外に何があるんでしょう?」
「こ、このクソ女! 子供の頃は大人におんぶに抱っこの傀儡だったって話だったのにぃ! なんで私が犯人ってわかるのよぉッ!」
糸石は怒って近くの椅子を持ち上げ、悠鷹に襲い掛かる。
それに対して、悠鷹はナイフを机の上に置くと、椅子を振り下ろそうとする手を掴んで止め、脚を思いっきり踏んだ。
「ぎゃっ!?」
思わず糸石の片手が椅子から離れたのを見て、悠鷹はその腕を捻り上げながら後ろに回り、糸石を床に引き倒した。
「……警察に任せないとこういうことになるわけ。わかった? 茶織」
「あー……ごめん」
「後でチョコパフェね」
五分もすると警察が来て、ひとまず全員連れて行かれた。私が犯人だと叫ぶ糸石の発言の録音データを渡し、解放される頃には日が暮れていた。
「……哲也さんは何しに?」
「僕も事情聴取されてたんだよ」
「早く終わったのに待ってたでしょ」
「まぁね。悠鷹ちゃんの勘違いも正したかったし」
「……勘違い?」
「僕の近親者が死んだのは合ってる。殺されたんじゃないかと疑ってもいる。でも、依頼のために来たんじゃないよ」
その言葉に、悠鷹は自分が考えない様にしていた可能性に思い当たって、嘘でしょと呟いた。
「太陽が死んだんだ。告別式だけでも来てほしくて、ここ一ヶ月にアップされた君がこの大学にいるらしいって動画を見て、大学に行ったんだ」
「……コロナモンは、何してたの?」
「五年ぐらい前からデジタマのままだったけど……太陽が死んだら、ね」
「そう、なんだ……」
悠鷹は、仲間達のムードメーカーだった一歳年下の栗毛の男の子とそのパートナーを想って俯いた。
「……ねぇ、もう一回、もう一回だけ探偵をしてみるつもりはないかな?」
「告別式に出て欲しいだけじゃ……」
少し困惑しながら悠鷹は哲也を見上げ、その視界の滲みに気づいて、涙を見せない様にとすぐにまた俯き直した。
「うん、そのつもりだったけど、今日の悠鷹ちゃんを見てて思ったんだ。君ならきっと、太陽を殺した犯人を突き止められる」
「そんなことないッ! あんなの全部詭弁!!」
そう言うと、悠鷹は自分の推理がいかに適当かと熱弁し出した。
「飛沫血痕は宝さんがナイフぶん回して辺りに飛び散ってたし……デジモンの盾だって元からわかってた風でカマかけながらその場で推理したし……動揺してれば記憶が曖昧なのは当たり前……事前の通報も、『アヤタカ』と本当に知り合いなわけじゃないから事務員に追いかけられて断念した。とか、そうやって追いかけられるシーンが臨場感あって面白いからみたいな、動画の演出の為とか、その配信者が嫌いだから嫌な目に合わせようと思ったとか、頭に血が昇ってなければ簡単に言い逃れできる……」
「でも、そんな君を太陽は信じてたよ」
哲也は、そう言って一枚の紙を悠鷹に渡した。端っこにもう参加した血の赤黒いシミがある、小さな紙。
「太陽の残したメッセージだよ。今朝、僕の部屋のゴミ箱で見つけたんだ。警察に渡すか君に見せるか迷ったんだけど……推理を聞いて、君に見せる事にした」
【ぼくは殺される 犯人は狙ってる ユタカに伝えて 選ばれたのは アヤタカ で した】
「これは……」
「あとこれ……その紙に包まれてた。太陽がこれを絶対に捨てるわけがない。犯人に処分されない様にゴミ箱に隠したんだ。僕なら気づくと信じて」
「……これは、デジヴァイス」
確かにこれはダイイングメッセージだろう。
悠鷹達のデジヴァイスは皆一斉に輝きを失った。液晶には元より何も映らない。でもそれを包んだ。捨てるわけがないものだから、だけではない筈だ。
紙に書かれた文章も謎だ。ユタカと呼んでいるところは太陽が悠鷹を指しているのだろう。では、何故アヤタカと書くのか。不自然な文字間の空白もある。書きかけて、止まったのか、これで完成の暗号文なのか。
「……車で来てますか?」
「うん! じゃあ、来てくれるんだね?」
「そうですね、選ばれたのがアヤタカなら、私はもう一度、アヤタカとして探偵しましょう。とりあえず、大学近くによく行く駄菓子屋があるので、そこに行きましょう。ソフトマドロス、この辺だとあそこでしか売ってないんです」
「……それ要る?」
「絶対要ります。棒キャンディだと推理力半減、何も咥えてないと七割減です」
悠鷹は、そう言って哲也の背をぐいと押した。
マダラさんに書いて頂いた二話はこちら【https://www.digimonsalon.com/top/dezimonchuang-zuo-saron/zabike-xuan-baretanohaayatakadesita-er-kou-mu 】
ザビケの正当後継者、Pネバ・ラオ・ザビ殿下である。夏P(ナッピー)です。
いきなりのキャラ付けと口調の時点で冒頭から来たぜへりこさんの女性主人公やッッ感溢れて興奮冷めやらぬ開幕でしたが、コイツらが姫芝枠かと思った男と女が即刻殺され&逮捕されて退場してしまった。いつもの超絶鈍い俺でも、今回ばかりは14:35と事前に提示されてたおかげで電話の時間で速攻気付きましたぜ!
探偵ものか~トリック考えるの難しいよな~と思っていたら、明確に「次に何をするか」が現時点で投稿されているザビケにおいて最も如実に示されているので、これはダイイングメッセージさえ解ければ2話が書けるぞ! なお解けん模様(デジャヴ)。お兄さんてっきり便五君ばりに「実は僕、綾鷹さんのことが……///」的なことしてくると思ったのに騙されましたぜ! そして綾鷹と聞いた時点で「あ~アヤタカね、わかるわかるつまりドクネモンってアイツに進化するんだな!?」と予想していたアイツがアヤタラモンだった罠。ライバルの女探偵にいろはすの登場はまだか!
悠鷹サンは死神キラのライバルの如く形から入るタイプなのか、「ちゃんと! ちゃーんとわかってます!」辺りの手馴れた感とかまずソフトマドロス用意するのとか口ではああ言っていても体は正直だぜ?(探偵が天職過ぎる的な意味で)。よく考えたら女子大生主人公じゃないかと気付いて俺歓喜。
謎を解き明かす為、探偵学園Pを設立してきます。
あとがき
https://x.com/2jpekf4b0y39atj/status/1697262978700365955?s=46&t=a9r3MOzJKotG5iph2I4mAg
※こちらに、ダイイングメッセージなどの挿絵あります。後日、記事に直接アップします。
一話だけ書いていい、最高の企画ですね。シル子さん、ありがとう!
というわけでへりこにあんです。
意味深なダイイングメッセージを投げっぱなしにしていい! 明らかに縛りがきついキャラの名前も使いやすいとこからほぼモブに使っていい!! 最高です。
この世界におけるアプモンとデジモンとは? ドクネモンは何故いないのか? 選ばれし子供を辞めた七年前に何があったのか? アヤタカは本当に世間を騙していたのか? コロナモンに五年前何があったのか? 悠鷹が明らかに哲也さんのことを忘れてなかったくせに他人のふりしようとしたのは何故なのか?
真相が知りたい方は続きを書いて下さい。私は何もわからないし何も考えてない、完全投げっぱなしです。辻褄合わせなくていいの、めっちゃ楽しかったです。
二話を書く上で、ここどういうことかよくわからないんだけど、とか、こういうのってどうかなとかあればお尋ねください。
では最後に、ここまで読んでいただきありがとうございました。