#ザビケ
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吾輩は猫(MAO)である。名前はまだ無い。
今日もダークエリアには多くの魔王や悪魔が出入りしている。それを眺めるのが我が趣味の一つであった。
「時に諸君、我らの汚名回復にはどうしたら良いだろうか」
ふと思い付いたように、憤怒の名を持つ魔王が呟いた。
「いや待て狂ったのかデーモン」
「儂は最高に冷静だ」
「うるせえ!」
とにもかくにも、魔王らしからぬ言葉を紡いだ憤怒に居合わせた傲慢が食って掛かる。
しかし傲慢の怒りもご尤も、魔王とは世界を苦しめて何ぼであり、そもそも汚名とは即ち名誉ではないか。
「でも一理あるわね。私達の汚名を濯がなければ若い子とも遊べないわ」
「錯乱したのかオメーら」
「私は最高に冷静よ」
「うるせえ!!」
気付けば色欲も憤怒の隣に来ていて、ふよふよとダークエリアを漂っている。
どちらも過去には大罪を為してこの暗黒空間に封じられた者達だ。むしろ光とか善とかを統べる者達への復讐と反逆を企てて然るべき立場であるはずなのに。
「いやー、嫌われるのも案外辛いもんだよ?」
「オメーは強欲。何だよ、オメーも狂ったのか」
「僕は最高に」
「うるせえ!!!」
続々と集まってくる七大魔王達。しかし何故か今日は傲慢を除く全員の様子がおかしいと見える。
「折角だ。他の三人も呼んで今日は緊急会議とシャレ込もうではないか」
「まさか議題は」
「第一回、どうすれば七大魔王は嫌われ者から脱せるか、だ」
「もうこの世は終わりだ、いやむしろ我々が終わったら始まるのか平和」
呆れて付き合っていられず虚空を仰ぐ傲慢に、後ろから憤怒が一言。
「傲慢、貴様まさか狂ったのか」
「うるせえ!!!!」
吾輩は猫(MAO)である
第1話「天使ゲーム」
闇貴族の館。かつて文字通り闇の貴族が住んだと言われる屋敷は、今ダークエリアの中に転移しており、憤怒の居城となっていた。
誕生日席に座らされて、というか置かれて永久に近い眠りに落ちている怠惰を見やる。彼が再び目覚めて暴れ始めるのはいつになるのか。
とはいえ、果たして七大魔王はこの黒き会議室に集結している。右には憤怒と色欲と強欲。左には傲慢とパソコンが二つ。Web上からの参加が二名ほどいるとはいえ錚々たるメンバーである。流石にデジタルワールド開闢以来、彼ら高名な魔王が七体揃うことなど滅多に見られるものではないので不覚にも興奮した。地上に暮らす者にとっては恐怖の光景でしかないだろうが。
『お久し~、聞こえますか~?』
海底からの楽しそうな嫉妬の声が会合の開幕を告げる。ところで嫉妬って何だっけ?
「嫉妬、そういえば貴様は封じられず海の底だったか! Shit!」
「うるせえ!!!!!」
「喧しいわよ傲慢。あとは暴食ね」
色欲がローブから醜い長腕を伸ばして正面のパソコンを操作するが、暴食はTeamsの参加表明こそしているがカメラがオンにならない。
「アイツさては会議の時間忘れてツーリングしてるな……」
「放っとくと平気で餓死寸前までバイクで走ってるからなぁ暴食は。暴食って何だろうな」
「そんなもの何かを某所で喰──」
「うるせえ!!!!!!」
会議前に傲慢の体力は既に八割が吹き飛んでいる気がする。
「さて今回お集まり頂いたのは他でもない。此度は皆の意見を聞きたいのだ、ズバリ我々七大魔王はこのまま悪行を重ねていいのだろうか」
「オメー我らのグループ名もっかい言ってみろってばよ」
「七大天使」
「勝手に増やすな! というか反転させるな! 魔王が悪行しなくなったら終わりだろう!?」
当たり前のことだと騒ぎ立てる傲慢であったが。
「甘いわね傲慢、実に甘い。リプトンティーより甘いわ」
「いやそれそんな甘くなくないか色欲。つまり余も別に甘くなくない?」
「時代はいつまでも止まっていないのよ。伝統は重んじるべきだけど古き理に延々と縋るなど愚の骨頂。私達七大魔王とてそれは同じ、延々とダークエリアに引き篭もってないでそろそろ外の世界に目を向けるべきだと提唱するわ。むしろいつでも会いに行けるグループを標榜するまである」
数名の拍手。憤怒に至っては「賛成! 大賛成! 会議終わり!」とまで騒いでいる。
「なるほどな。読めたぞ色欲、つまりノコノコ会いに来た者どもを洗脳して忠実な手駒に──あいたっ!」
パカンと小気味いい音は、傲慢の側頭部を強欲が杖で叩いたそれだった。
「バカモノ。君はそれだから旧時代の生き物だというのだよ傲慢ちゃんよ。色欲ちゃんが言うように、新時代の僕らは親しみやすいグループを目指すべきなんだ。今後出すCDには全て握手券を付けよう。なぁに僕に任せておけ、ノウハウは現実世界の歴史から数多学んできた」
「誰がいつCD出した!? あと握手会って何?」
「ああ、それなら私の腕が放つ毒みたいな強烈な匂いの──」
「悪臭かい? ハハハハ」
「もう。先に言わないでよ、ハハハハ」
「うるせえ!!!!!!!」
呆れて二の句が告げない。魔王ってこんなバカばっかなの?
「よし。では色欲の発案通り、DKB48の結成をここに宣言するぞ!」
「我ら神セブンしかいねえ! いや待て我らが神と呼ばれたら終わりだわ世界、いや我ら的には終わっていいのか世界!?」
「さっきから一番うるさいのあなたよね傲慢」
ご尤も。
『あん? もうお開きになったのかよ?』
パソコンの向こうからぶっきらぼうな声。その暴食の声は数分ほど沈黙を保った会合に響いた久々の声だった。
「暴食、貴様今まで何をしていた」
「雨に打たれた子犬を助けていただけだが」
「は? 貴様それでも魔お──」
「素晴らしい!」
咎めようとした傲慢は後ろから後頭部を掴まれて机に叩き付けられて「ふげえ」と情けない声を上げた。
「やはり貴様だ暴食! 貴様こそ新時代の七大魔王として相応しい姿!」
『お、おう……え? 何? 何の会議してんだテメーら?』
「新時代の我らの在り方を模索していたのだ! それを既に貴様は実践している!」
身を乗り出して興奮した憤怒がパソコンに向かって叫び散らしているのをどこか遠くに感じている傲慢。
左拳で顔を拭えば鼻血が出ていた。
「よ、余が……こんなところで余が、気高い血を……」
「それフリーザじゃなくてベジータなのよね。……でも素晴らしいわ暴食、私達も彼を見習わなければ」
「でも如何様にするというんだ色欲ちゃん。暴食ならともかく僕達には子犬など寄ってこないよ」
強欲の言葉に色欲は「そうね」と考えて。
「この際だしどうかしら、天使ゲームをするというのは」
「「「『『……天使ゲーム?』』」」」
「そーいう卒業式みたいなのやめてくれる?」
卒業式知ってるんかい。
「七大魔王皆で行った、修学旅行」
「「『『修学旅行』』」」
「うるせえ!!!!!!!」
まあ冗談はそこまでにしておいて。そう告げて咳払いする色欲。
「要するに一日一善運動ね。悪戯して遊ぶ悪魔ゲームの逆、皆で良いことをして遊ぶの」
「もう好きにしてくれ、終わりだよ我ら」
傲慢は最早付き合ってられんとそっぽを向いているが、色欲はそれを無視して続けた。
「私達が世界に愛されるべき存在になるには一番の近道だと思うけど?」
「一理あるがな色欲ちゃん。だが世界の皆は僕らを恐れている、僕らが善行を為したとして果たして目を向けられるかどうか」
「そこは忍耐よ強欲。汚名を濯ぐ為の道、一朝一夕で成るとは思っていないわ」
素晴らしく主人公みたいな台詞だが、魔王としてそれでいいのか。
「気の長い話だが、容易く忘れ去られる悪行ではないということか。誇らしくも悲しい話だ」
「魔王が悪行を恥じ始めたら終わりでは……?」
「あなたは黙ってなさい傲慢。では考えていきましょう、我らにできる善行をね」
気付けば色欲は眼鏡をかけている。面接官にでもなったつもりだろうか。
CASE1.怠惰の場合
「Zzz……Zzz……Zzz……」
「いや人選間違い過ぎだろ」
「Zzz……Zzz……Zzz……」
「うるさくねえ!!!!!!!!」
CASE2.憤怒の場合
「例えば儂がその昔、幼き頃、捨てられて凍えている子犬を助けたことがあるとしよう」
「でも死ね」
「殺すな! 儂を殺すな!」
「いや完全に暴食のパクリだしそういう前フリだとばかり」
「それは確かに否定できぬが、子犬を助けるぐらい儂にだってできるぞ」
「大きく出たわね憤怒。では言ってみなさい、あなたはどうやって捨て犬を助けると言うの?」
「フレイムインフェルノで温める」
「死ぬわ!」
「儂は強すぎた」
「うるせえ!!!!!!!」
CASE3.嫉妬の場合
『オイラは善行なんて考えたこともねーなぁ』
「流石よな嫉妬、存在するだけで危険と謳われた最大の魔王のことだけはある」
『へへ、サンキューな傲慢。でも最近、ディープセイバーズの幼年期や成長期がオイラの口の中で暮らし始めたんだよ。なんか居心地がいいとか言ってさ』
「……は?」
「チョベリグよ嫉妬。未来ある幼き命をその身に住まわせ守る、これぞ我らが目指すべき善行の形だわ」
『え? オイラまた何かやっちゃいました?』
「うぜえ!!!!!!!!」
CASE4.強欲の場合
「次は僕の番か。後世の為にあらゆる知識や情報を含む財宝を蓄えている僕なんて善行の塊ではないかな~?」
「それは全て我欲だろう。後世の為にというのがそもそも後付け過ぎる」
「君はやはり甘いね傲慢。後付けだろうとその意思こそ善行だよ、僕の宝とは僕が保管しなければ世界から失われていたものばかりだ」
「何故だろうな……余はお前達の善行とやらに興味は無いのに、何故か強欲の言葉を認めるのは駄目な気がする……」
「初めて意見が合ったな傲慢」
「憤怒、まさか貴様も未来のことを考えて」
「儂にも財宝を寄越せェ!」
「うるせえ!!!!!!!!」
CASE5.暴食の場合
『へっ、七大魔王が善行なんぞ始めたら終わりよ。お前らもバカなこと言ってねえで悪さしろよ』
「初めて意見が合ったな暴食。……と言いたいところだが、馬鹿! お前が一番馬鹿! 自分の普段の行動見返してから言え! 我らの中で嫉妬とお前だけダークエリアにいないのおかしいからな! お前の世界には雨も傘も段ボールも子犬も要らぬわ!」
『……なんか傲慢、悪いモンでも食ったのか?』
「気にしたら負けだわ」
CASE6.色欲の場合
「そう言う色欲ちゃんはどうなのさ? 誰かを助けたり守ったりしたことあんの?」
「そうね……その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるわよ」
「色欲ちゃんは相変わらず脳味噌まで色欲だねー」
「それ誉め言葉の要素0%じゃないのよ。……いやね、私こう見えて力持ちじゃない? だから私の城の改築工事しに来たナイトモン達を手伝ってあげようと思ったんだけど」
「ん? 色欲、お前城なんて持ってたか?」
「黙って聞きなさい。そしたらうっかりナザルネイルの方でナイトモンの肩掴んじゃったのよね」
「ひでえ」
「それでナイトモンの肩溶けちゃって『あ、ごめん! 大丈夫!?』って間近で声をかけたら、私の吐息ってよく考えたらファントムペインでさー」
「テメエ魔王か」
「魔王よ」
「……なんで善行の話で自分の悪行の自慢してんだコイツ?」
「秘密よ。女は秘密を着飾って美しくなるのよ」
「うるせえ!!!!!!!!」
CASE7.傲慢の場合
「いやだから別に余は、善行なんて興味は無いって……」
「だが傲慢は元々天使族の長だったのだろう? 善行をすべくして生まれた存在ではないのか?」
「フッ、確かにこう見えて余の治世も初期はデジタルワールド誕生以降、最大の善政と呼ばれているのだ」
「なんで自慢げなのよ。でもその頃ってあなた今の姿じゃないわよね?」
「そうだな当時の余は成長期だった。だが人も獣も等しく愛したぞ、元より生まれにも種族にも貴賤など無い故な」
「一番立派なこと言ってるぞコイツ、傲慢なのに」
「もっと褒めてくれ」
「褒めとらんわ」
「そういえば、あなたが何で堕天したのか聞いたことは無かったわね」
「圧政を敷いたということになっているな。それで十闘士どもに討たれて今このザマだ」
「あー、増税したんだ傲慢ちゃん。増税してそれから、やっぱり増税したんだー」
「それは今の我が国だろうが。まあ確かに年貢の取り立てを少し厳しくしたり、逆らった者は処刑したりはしたな。あと面白半分でインフラ破壊したり、三大天使のゲームのセーブデータを仕事中にこっそりデリートしたり、十闘士どもが大事に録画していたVHSの中身をこっそりアニメから今期一番つまらんドラマに変えておいたりはした気がするな」
「悪魔かよ。悪魔だったわ」
「そうね。コイツは今ここで倒さなきゃダメかも」
「え、ちょっと待って何それ。貴様ら何をギャアアアアアアアアア」
砕け散った傲慢をチリトリで集めてゴミ箱に捨てるとTeamsはお開きとなり、他の魔王達は去っていった。
『……で、結局今日は何だったんだよ』
『気にしたら負けだよ暴食~』
パソコンの向こうにいる暴食と嫉妬だけはそんなことを言っていたが。
とはいえ、憤怒はどこか満足げである。
「実に有意義な会合だった。我らの善行を世界が知る日も近いな」
何を以ってそう思えるのか知らないが、我が主人(ほんにん)が満足したなら別にいいのだろう。
今日の実に下らぬ会合に何の意味があったのかなど彼ら本人にしかわからない。このダークエリアに七大魔王が封印されて久しく、暴食と嫉妬こそ悠々自適に暮らしているが地上世界は平和そのもの。逆に長らくこの暗黒空間に生きる中で魔王達も疲弊してどこかおかしくなり始めていた。よって悠久に近い寿命を持つ彼らは代替わりを起こすこともなく、いつまでも七つの罪の座に居座っている。
それが不愉快だ。実に不愉快でこの上ない。
「みゃーご」
鳴く。それだけで主人(ふんど)は破顔した。
「おお空腹か。待っておれ、今夕食の準備をするでな」
「みゃーご」
「全く可愛い奴よなブラックテイルモン。いずれ儂らが地上に出た暁には共に地上を散歩しようではないか」
そんなことを言いながら、我が夕食を取りに部屋を出ていく憤怒。
夕飯も確かに大事だが、今最も欲するのはその命だ。別に憤怒だけに拘りがあるわけではない、その座を空けてくれるのなら色欲でも傲慢でも暴食でも嫉妬でも怠惰でも強欲でも構わない。日々くだらぬ馬鹿をやるのはいいが、いつまでもダラダラと生き永らえる老害どもには一刻も早く退場して頂いて、その大罪の座を譲ってもらわなければ。
もう一度鳴く。
「みゃーご」
吾輩は猫(MAO)である。
名前はまだない。
もう一度言う。
「みゃーご」
吾輩は魔王(MAO)となる者である。
座すべき大罪(なまえ)は、まだない──
【解説】
・ブラックテイルモン
本作の主人公、【猫】。テイルモンってハツカネry
憤怒の飼い猫であり主人には「みゃーご」としか鳴かないが、本心では魔王のどれかに取って代わる野心を持つ。
・七大魔王の皆さん
封印されて長らく経っており、なんかトチ狂っている皆さん。時々ダークエリアで顔を合わせては思い付きでくだらないことを駄弁っている。一応、傲慢だけは地上世界の制覇を未だに諦めていない常識人枠。
暴食と嫉妬だけは封印されておらず地上世界にいるので壊れていない。
【後書き】
今回も企画をご立案頂きましてありがとうございます。
完全に冒頭とラストの一文考えて「アカン俺は天才や」となってノリで一気に書き上げました。完全にアホやる話を書いたのは結構久し振りな気がしますが、当時と比べるとかなり照れが入っている気がして我ながら照れる。ネタにするのをブラックテイルモンと七大魔王かテイルモンと三大天使のどっちにするかで迷いましたが、三人でアホやるより七人でアホやった方が楽しいかなと思って前者を選択しました。ところでNARUTOとサムライ8好き過ぎだろ俺。
というわけで、本作は七大魔王が毎日集まって優雅にお茶飲みながらアホなことを駄弁る話となります。思い付きでいくらでも書けるのでまた閃いたら書くかもです。
以上、#ザビケ一作目を投稿させて頂きました。
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