【第一話:禁断の果実】
ある村の山中の神社にて。
その日、大きな地震が起きた。
そこで遊んでいた双子は揺れが収まるまで身を寄せ合いお互いの身を守っていた。揺れが収まり辺りを見渡す二人。神社の倒壊や地割れなどは見受けられず二人が安心したのもつかの間、祠から突如、瘴気が溢れ、そこからぬらぬらと植物のツタのような触手の化け物が現れた。
「な、なんだよアレ!姉さん、逃げよう!」
双子の一人の少年は、自分の片割れの少女を連れてその場を大急ぎで離れようとした。
しかし…
「…あ」
片割れの少女はその触手の化け物に釘付けになってしまい動けずにいた。まるで見知った誰かと久しぶりに会ったかのように少女は危機感もなくぼんやりと立ち尽くしていた。
「姉さん!」
少年の声かけにハッと正気に戻る少女。
しかし、気づいた頃には遅すぎたのだ、少女は触手の化け物に絡め取られていた。
「あ、あ、イヤッ!ヨウちゃん!ヨウちゃん!!」
「姉さん…!姉さん!!」
少年の伸ばす手は虚しくも虚空を切り、少女はあっという間に祠の中に連れ去られてしまった。その後を追うように少年は祠の方へ駆けて行った。
「ヨウちゃん!助けっ…!」
少年が最後に見たのは自分に手を伸ばす片割れの少女が触手に引きずり込まれるように、光の中に消えていく様子だった。
「姉…さん…」
少年はただ、己の無力さに打ちひしがれながら祠の前へ立ち尽くしていた。
間もなく大人たちが少年を保護しにやってきた。思い出したかのように、少年が片割れが祠から現れた化け物に連れ去られたと大人達に伝えると、その中の年寄り達はざわつき、ヒソヒソと話し出した。
「祟りじゃ…ひゃくめ様の祟りじゃ…!」
「おいっ!」
「しかし…これで暫くは…」
ボソリと、連れていかれたのが巫女の方で良かったと聞こえた気がした。
あれから数日、居なくなった少年の片割れの少女は初めからいなかった者とされた。
少年は深く、深く、村の人間と人ならざる存在を恨んだ。
199X年、世界は大災害に見舞われ、大混乱に陥った。
ある原初の選ばれし子供同士の戦いが原因だったらしい。
世界、と言ったら規模が小さく見えるので訂正しておく。厳密に言うとリアルワールドとデジタルワールド、二つの世界が融和しかける程の大災害が起きたのだ。おそらくその戦いの余波だろう。
それからというもの人間とデジモン間の中で、多くの事件が起きていた。主に肉体的に弱い人間が被害者としての事件だが、中には幼年期の力を持たないデジモンが別のデジモンの被害を受けた人間に攻撃される、熊に襲われる、人間がDWに迷い込む等があった。
暫くは天使系デジモンたちが対応をしていたのだが、それでもカバーし切れず、遂にはDWの中枢機関のロイヤルナイツまで話が回ってきたのだった。
「…わし書類苦手なんだけど」
「まぁまぁ、現地調査はお得意でしょう?その為の資料です。絶対に目を通してくださいね?ガンクゥモン」
ロイヤルナイツの拠点では、その一員のガンクゥモンとドゥフトモンがとある報告書とにらめっこをしていた。
「リアライズを超えて受肉ができる果実?本当にそんなものがあるのかァ?」
「あるからこうなっているのでしょう?実際にデジモンなのにも関わらず死亡時にデータダストが散るのではなく、遺体が残るという事例が増えています」
彼らが見ていた報告書は、RWにてリアライズを超えた受肉、リアルワールドの実態のある生き物のようにデジモンがなってしまうというものだった。それだけでは無い、DWに戻ってもその状態は続き、肉体が残り続ける為、転生出来ない個体も増えてきている。
その原因として、報告書によると受肉したデジモン達は皆、ある果実を食べたとあった。その果実はどこかRWにある『柘榴』という果実によく似ていた。
「近頃では訳も分からずそれを食べてしまう幼年期のデジモンが増えています、デジモンの生態系にも関わる案件です」
「まぁ…あの大災害に比べれば地味だがこっちの世界の危機っちゃ危機だよなぁ…しかし、出元がわからん事には何も出来ないぞ」
「それが、こちらの資料によるとRWのある村の座標から出荷されているのが確認されたのです」
どれどれ…とドゥフトモンの手元の書類を見に行くガンクゥモン。
「百々芽村ァ?座標は…あの大災害の国のド田舎じゃねぇか」
「はい、災害の余波が大きかったせいか、それとも元々DWとRWの境界が薄い国だったせいなのかは分かりませんが、ケモノガミ信仰のある奥まった地域ですね」
「あぁ…そういえばそうだな、あの国結構長いこと電子機器が無くてもDWの認識出来てたもんな…」
これは面倒な事になったとふたりは頭を抱えていた。
というのも、もとより日本という極東の国は割と最近…と言っても、江戸後期までだがデジモンの存在を神や妖怪という形として認識をできていた。それもデジモンの存在そのものをいい意味でも悪い意味でも歪ませるレベルの認識能力だった為、あちらとこちらの境界線が非常に脆い土地でもあったのだ。
しかし、明治時代辺りからはそれができるのは一部の奥まった地域のみとなり、他の国と変わらない程度の認識能力に落ち着いていた。
「稀にデジモンと子を成す人間もいたそうだよ」
「あぁ…クズハモンか…ってあれは昔むかしの伝説扱いだろう!…っと話が脱線したな…とにかく今回はその例外の一部の地域が元凶の可能性が高いのか」
「そうなりますね…そういう訳なので、人間に形が近く、よくRWにも修行に行ってるガンクゥモン、君に出向いてもらおうという訳です」
「…マジか」
「貴方はその果実の出元の詳細な解明と生産を断ち切って帰ってきてください、それが今回の任務です。上手いこと人間に擬態してくださいね」
ニコりと微笑むドゥフトモン。帰ったら美味い飯奢れよ〜とドゥフトモンに言いながら、ガンクゥモンは準備の為、報告書を持ってその場を退出した。
これは想像以上に面倒な案件だと後頭部をボリボリと掻きながらため息を着くガンクゥモンだった。
「今回は弟子を連れて行けない案件になりそうだな…」
パラりと報告書のある項目を確認する。
そこにはその土地のある風習について書かれていた。
「へぇ、あんな辺境の地に旅行とはねぇ」
「まぁな、ちと神社巡りが趣味でな」
人間に化け、タクシーを捕まえて百々芽村へ向かうガンクゥモン。道中は、なかなかに入り組んでいる山道で、偶然にもタクシーの運転手の運転技術の高さが高くて良かったと少し安堵していた。
「変な人もいるもんだね〜まぁあそこは野菜が美味しいから宿の食事の精進料理とかオススメだよ」
「精進料理かぁ…いいねぇ」
ネーミングがわし好みだ、なんて思いながら印刷した村の報告書を見返す。それは弟子を連れていかないことを決めた、ある風習の頁だった。
どうにも10年に一度、人身供養があったのだとか。山の神『ひゃくめ様』に若い巫女を捧げ、豊穣の実を産んでもらうことを祈る儀式…だったのだが、最近では代表する若い巫女が舞を舞って巫女に似せた人形に木の実を詰め込み、祠に奉納するというものになっているらしい。しかし、それもあの大災害があってからは全く行われていないのだとか。
「最近じゃあお祭りとかはないのかい?」
「あぁ〜ほら五年前に大地震があったろ?…そのせいでお祭りに使う神社の祠が崩れてしまったとか何とか…本当なら神主の娘が巫女役だったんだが、今じゃ地盤が不安定だから村人含め神社への立ち入りも禁止なんだと」
「…そうか」
これは調査が少し難航しそうだ。そうガンクゥモンが頭を抱えていると、タクシーが緩やかにブレーキをし停車した。
「着いたよ、そこの道をまっすぐ行けば『百々芽村』さ」
「早いなぁ〜さすがプロだ」
「ははっ、何年仕事してると思ってるんだい?帰りはそこのバス停のバスを使って降りてきな。三日に一本だから気をつけてな」
「ありがとう」
それじゃあいい旅を、と言い残しタクシーの運転主は来た道をUターンして戻って行った。
いい旅、か…そう呟きながら、ガンクゥモンは木々に囲まれた道に歩みを進めた。
「結構な山道だな…地図でもわかるがまるで山が村を囲ってるようだ」
トンネルとかは作らなかったのかとぼやきながら歩みを進めるガンクゥモン。すると、
「おい、止まんな」
頭上から声がした。声のするほうを見てみると、背格好からして齢14程の少年が木の上から話しかけてきた。片手にはスリングショットを持っており、明らかにこちらを警戒している。
「物騒な坊主だな、わしゃただの観光旅行なのに」
そう言いながらガンクゥモンは少年に応対する。
「……なら今すぐ帰れ、ここは化け物が出るぞ」
そう言い終わると少年は木と木の間をジャンプして去っていった。
「化け物が出る…なァ…」
思わぬ所でいい情報が手に入ったとガンクゥモンは少し満足気にしていた。あの少年、おそらく村の子供だろう。もし少年の言う化け物がデジモンであったのなら、この村に何かがいるのは明らかだ。
「それにしてもあの少年の身のこなし、忍者か何かか?」
と少しワクワクしながら村へ向かうのを再開した。
山道を抜けると、なかなかに風の気持ちいい場所に出た。辺り一面見渡すと田畑があり、なかなかに見応えのある広さだった。
さて、宿を探そうとあぜ道の方へ向かうと、畑仕事をしていた村人に声をかけられた。
「ほー珍しい、お客人かね」
「ははっ、観光旅行にちょっとな」
「そうなのかい?いやぁ前まではお祭りなんかあったんだけどねぇ〜」
「地震で神社の祠が崩れてしまったんだって?非常に残念だよ」
「そうなんだよ、でもまぁここは外じゃ言われてないけど、昔から柘榴が名産でね。畑もあるんだけど、その辺にも自生してるんだよ」
「柘榴…」
「おや、苦手だったかい?」
「いやいや、外部に宣伝していないのは珍しいなと思って」
「そうなの?あ、宿はあっちの道だよ」
助かる、と村人に礼を言ってガンクゥモンは宿へ向かった。
道中、柘榴の木が何本かあり、実の成分を確認したところ普通の柘榴だということがわかった。
「さすがにこんな道端にある訳ないか…」
まだ調査は始まったばかりだ、そう自分に気合を入れてガンクゥモンは当分の拠点になる宿へ歩みを進めた。
宿に部屋を借り、荷物を起いたガンクゥモンはそこそこの長旅に一息つきながら、持参したぬるくなった茶を飲んでいた。
「さて、到着したはいいが何から始めるかね」
荷物をまとめていたカバンから、RWで言うノートパソコンのような端末を取り出し起動させた。ドゥフトモンに現地に到着したことの連絡をするためだ。
しかし…
「あ?なんだこれ…」
端末の画面は植物のツタのようなものに覆われているような表示になっており、デスクトップにたどり着くことすらできなくなっていた。
ならばと思い、携帯端末を使い連絡を取ろうとするも圏外になってしまっている。いくら電波の通りの悪い田舎とはいえロイヤルナイツの使用する端末までそうなってしまうのは、明らかにデジモン側の目に見えない何かが働いているとしか考えられなかった。
「……マジか、連絡取れないじゃないか」
困ったぞ、と独り言を零しつつ持参した茶をすするガンクゥモン。
しかしこういったイレギュラーは稀によくあるので彼は非常に落ち着いていた。
弟子のハックモンに見せたい事例だな等と思いながら端末の電源を落とし、なるべく人目につかないようにカバンの奥の方にしまい込んだ。
「まぁ、指示なしで歩いて回るのはむしろ得意分野だからな!先ずはこの足で情報収集だ!」
そう言って、ある程度の貴重品を持ち宿を出た。先ずは神社付近を見てみるか、と宿で村の地図を書いてもらい、神社の参道入口まで行くことにした。
道すがら、やはり柘榴の木が自生しているのが目に付いた。
神社の参道入口に着いた。
入口には『地盤変化により危険な為、立ち入り禁止』との看板があった。近くには注連縄がかけられており、人に化けたガンクゥモンならばまたげば入れる高さではあった。しかしわざわざ注連縄で封鎖しているので無理に通るのも気が引けてしまう。
「ここから見える範囲だと上の鳥居までしか見えないな…」
そう参道入口を覗き込むようにして見ていると、辺りが騒がしいのに気がついた。
「こいつ!神社には入るなと…!」
「……っ!」
何だ何だ?喧嘩か?と思いながらガンクゥモンは騒ぎの元になっている場所に駆けつけると、そこには、そこそこ歳の行った村人複数人が少年を囲むように集まっていた。少年は村人達にぶたれたのか頬が赤く腫れている。
「今は落ち着いているが、この状況で『ひゃくめ様』の神域に男が入ってはならん!何度言えばわかるんだ!」
「…あんなもんが神であってたまるか」
「不敬じゃぞ貴様!いくら神主の息子とはいえ『ひゃくめ様』をあんなもの呼ばわりなど!」
激高した老人のひとりが少年に向かって杖を振り上げた。打たれるのがわかっていたのか、少年は目を瞑って受け身の体制をとる…が、覚悟していた衝撃は来ることはなかった。
ガンクゥモンが老人を止めていたからだ。
「まぁまぁ落ち着いてくださいよ、乱暴は良くない。ましてや子供相手に大人複数人とは情けないとは思わないのか?」
老人の振り上げた杖を掴み、そのまま片手で制止するガンクゥモン。宥めるように村人達に声をかけるが、村人達は彼を冷たい目線で彼を見つめていた。
「なんだいアンタ、見ない顔だね」
「観光旅行で来たんだ」
「よそ者かい、アンタには関係ないからどっかに行ってくんな」
「そう言われてもなぁ…子供への暴行を見ちまったんだから止めるのが常識ってやつだと思うんだが…それともなんだ、わしが相手しようか?」
そう言ってガンクゥモンは警察証を取り出した。任務の前に、RWではある程度の身分証があると便利だぞと、同僚のオメガモンが渡してきたものだ。当然偽物なのだが正直びっくりするほど出来のいい代物だ。
村人達は人に化けたガンクゥモンのガタイのよさと偽の警察証にすっかり騙されたのか、舌打ちをした後、少年に捨て台詞吐いてそそくさと去っていった。
「大丈夫か?ってお前さん…」
傷の手当をしようと少年に駆け寄ったガンクゥモンだが、少年の顔に見覚えがあった。
「村の入口前ぶりだなァ!坊主!」
村への山道で出会った少年との再会にガンクゥモンは少しテンションが上がっていた。そのせいか、勢いで少年の背中を同僚にするノリでバシバシと叩いてしまっていたのだが…
「…痛い」
「す、すまん…」
割とキレ気味に少年が返したので、すごすごと引き下がっていた。小さい身体で傷だらけでも覇気のある少年に、どことなく黄金の鎧の同僚を思い出していた。
「アンタ…帰らなかったのか」
「まぁこっちにもこっちの事情があるからなぁ」
立てるか?と少年が立ち上がるのを手伝うガンクゥモン。
少年は小さく礼を言いながらも、相変わらず警戒心剥き出しの顔で見つめてくる。しかし、そこに敵意が無いのをガンクゥモンは気が付いていた。おそらく敵かどうかを見定めているのだろう。無理もない、先程まで大人から暴行を受けていたのだから当然だ。普通ならば憐れみすら覚えるだろう。
が、そんなもの程よく無神経が生きて歩いているようなガンクゥモンには関係無かった。あることを閃くと少年に目線を合わせるようにしゃがみこみ、逃がさんとばかりに両肩に手を置くとニィッと笑いかけ、こう言った。
「よし坊主、ちと話を聞かせて貰うぞ」
「は?えっ?」
ガンクゥモンはヒョイと子猫を摘むように少年を持ち上げ、俵担ぎにすると悠々と歩き出した。向かう方向は部屋を借りた宿方面。
「ちょうど現地民から詳しい話を聞きたかったんだ、神主の息子と聞いたからには色々聞きたいことがあるからなァ!」
「お、おい!離せ!離せよ!!こんのクソオヤジ!!」
ジタバタと暴れる少年の抵抗は虚しく、ガンクゥモンに俵担ぎにされ連行されていった。
途中、少年は思い切りガンクゥモンの後頭部に肘打ちをしたのだが、石頭すぎて暫く腕が痺れ悶絶していた為か少し大人しくなった。そんな少年の様子をガンクゥモンは元気な人の子だとガハハと笑っていた。
「安心しなさい、少なくともわしはお前さんの敵じゃない」
「……」
先程までの豪快な話し方と打って変わって非常に落ち着いた声で少年に声をかけると、少年は暴れることをやめた。
その代わりに
「…村の中じゃ話せないことが多い、あの山道かバス停まで向かって欲しい」
そう小さく耳打ちしてきた、どうするかは好きにしろと吐き捨てながら。
どうやら自分は少年の信用を少しは買えたようだと少し安心したガンクゥモンだった。
「ここでいいか?」
「うん、ここなら…」
着いたのは、ふたりが出会った山道だった。
ガンクゥモンが少年を下ろすと、少年はキョロキョロと辺りを見回したあと、迷うことなく道を外れて雑木林の中を歩き出した。
「お、おい坊主!」
「道だとまだ誰かに出くわす可能性がある、いつもなら木と木を伝って移動するんだけどおっさん重くて無理だろ」
そう言ってどんどん先に進んで行く少年。仕方ない、とガンクゥモンは少年について行くことにした。
しばらくすると、ちょっとした切り通しの洞穴にたどり着いた。遠目から見ると分からないような細工が施されていた。おそらく少年が手を入れたのだろうと予想が着く。
「入って、中は意外と広いから」
「おぉ…わしにはちと狭いが…」
そう言いながら少年は小さなランプをつけた。
洞穴の中はそこそこの広さがあり、少年が持ってきたであろう道具がいくつか置かれていた。床には段差をつけた部分の上にシートが引かれており、そこには座布団、廃材で作ったであろう机や古びた本が何冊もある。壁には村の地図や色んなメモが貼ってあった。
弟子たちを連れてくればはしゃいだだろうなと感じる程のよくできた秘密基地だ。
「さて、『敵では無い』って言葉を信じてここまで連れてきたが…おっさんは何をしに来たんだ?」
気だるげに座布団の上にドカりと座り、もう一つの座布団を取り出し座れと言わんばかりに指さす少年。
ガンクゥモンが座るのを少し躊躇っていると、
「…なんだ、あれは方便だったのか?」
少し何かを諦めたかのように、少年は嗤った。
「いや、どこから話したものかと考えていたんだ」
そう言ってガンクゥモンは指さされた座布団に座った。
小さな洞穴の中にはピチャりと水滴の落ちる音が響いていた。
先に話を切り出したのは少年の方だった。
「さて、おっさん、アンタ何者だ?少なくとも人間じゃないだろ」
いきなりかと感じたが、ガンクゥモンは回りくどいことは非常に苦手である。彼としては少年の話の切り出し方は非常に好感の持てるものだった。
「…どうしてそう思ったんだ?」
「勘だ、まぁもっと分かりやすく言うと俺の一族はそういうモノと交流があったらしいから何となく分かるんだ」
どうやら、この村のケモノガミ信仰は本物であり、この少年が神主の息子というのも間違いはないようだ。思わぬ情報源にこれは調査が進むやもしれんとガンクゥモンは感じていた。
「ふむ、なら隠す必要も無いな…そうだ、デジモンと言うお前さんらとは違う実態を持たない生き物だ。今は一時的に仮の姿を使っている状態だな」
「…デジモン?」
「この地域だと『ケモノガミ』と言うんだったか?わしらからすれば同じ生き物だな」
「ケモノガミだと…!テメェ…あの化け物の仲間か!!」
どうやら少年はケモノガミ、もといデジモンに深い恨みがあるらしい。ケモノガミと聞いた途端、先程の落ち着いた表情とは打って変わって憎しみと憎悪に歪み、冷静さを失っている。どうやら地雷だったようだ。
「落ち着け、少なくとも外部から来たわしからすればお前さんの言う化け物が本当にデジモンかもわからん、せめて懐に隠した得物を使うのはわしの話を聞いてからにせんか?」
そうガンクゥモンが言うと、少年の殺気はピタリと止まった。深く溜息を着くと少年は自分の頬を叩き、ガンクゥモンと向き合うように座り直した。
「……わかった、話は、聞く」
「助かる」
コホンと咳払いをした後、ガンクゥモンは自身の身の上、そして目的を少年に話した。
自分はガンクゥモンといってロイヤルナイツというDWの中枢機関の聖騎士であること、この村にやってきたのはDWで問題になっている果実を探していることを包み隠さず伝えた。そうでもしないと、ケモノガミに対して嫌悪感を持っている少年を信用させるには難しいと感じていたからだ。
「受肉させる果実…と言うべきか、生態系がおかしくなる前に切除せにゃならんのだ…これで信じて貰えるだろうか?」
「ガンクゥモンのおっさんの事情はわかった、敵じゃないってのもわかった。アンタ個人はまだ信用出来ないが…話は信じるよ」
「ありがとう」
信用はされなくとも、話を信じてくれただけでもありがたいとガンクゥモンはホッと息をなでおろした。
すると少年は何かを思い出そうとするかのように少し黙り込んだのち、記憶を辿りながらポツポツと話し出した。
「…もしアレがアンタの言う木の実なら食べない方がいいな、アンタの場合、最悪ハリガネムシに寄生されたカマキリみたいになる」
──ハリガネムシ
カマキリやカマドウマなどの昆虫類に捕食されることで腹に寄生する寄生虫。陸の昆虫に寄生した場合、生殖機能を奪い、抜け出す際は尻から抜け出すのだが、脳を操り水に飛び込ませることもある。
「え、ヤダそれ怖っ…待て待て、それは初耳なんだが」
「実態のない者に肉体を与える実って伝承が神社にある、生きたものでしか得られない苦楽を味わえる代物なんだとか…その代わりあの神社の祭神の眷属になるって話さ」
事前に見ていた報告書の情報に含まれてない情報だった。もし必要とあらば食べるつもりではいたのだが、何者かに寄生されるとなるとそうもいかない。
「果実は巫女と…神の子ともされているな、そして柘榴に似てる…うちにあった書物だと、光に中の実をかざすと赤色の実から透き通った緑色の光が見える柘榴がそうらしい」
「マジでか、えー…マジかぁ」
あまりにも探していたものの大当たりすぎて、これは早めにドゥフトモンに連絡を入れたいと感じていたが生憎、携帯端末しか手元にない。こんな木の生い茂った山の中だと、宿に置いてきたノートパソコン型の端末でないと連絡を取るのが難しい。
「どうしよう、宿に仲間に連絡する為の電子機器置いてきちゃったんだよね…」
「…村の中で電源つけてないだろうな?」
「え」
「つけたんだな、その機械もう使い物にならないだろうから諦めた方がいい、画面が変なことになってただろ」
まさか、わしやらかした?というような表情で少年を見つめるガンクゥモン。呆れたという目付きでこくんと少年が頷いたので、嘘だろと呻きながらガンクゥモンは頭を抱えていた。
「なんでか知らないけど、この村、パソコンとか大型のものだと何かにすぐ乗っ取られるんだ。ケータイとかなら電波が弱いからそうはならないんだけど、こんな山奥じゃ基本圏外だからな」
「外部通信手段が無くなっちまった…いや、待って、それ間違いなくデジモンの仕業なんだけど!?」
「どうやって連絡とってるかは知らないけど、バス停横の公衆電話じゃだめなのか?少なくともあそこなら土地の影響受けずに済むよ」
「本当か!?あ、でも小銭を使いたくない…」
「ケチか!!いや、両替をしょっちゅうしてたら怪しまれるな…それにここじゃテレカは売ってないし…」
うんうんと唸りながら思考を回転させるガンクゥモン、少年も何かを考えているのか押し黙ってしまっている。
しばらく沈黙が続いた。
ふと少年は思い出したかのように、置いてある本を漁り出した。まるで間に挟んでいたものを探すかのように、本を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。
「ぼ、坊主?」
ガンクゥモンの声も無視してあるものを探す少年。目的のものを見つけたのか、ピタリと動きを止めた。手にあったのは封筒だった。少年はその中身を確認すると、真剣な顔でガンクゥモンに向き直り、見つけ出した物を見せながら取引を持ちかけてきた。
「…ここにテレカが五枚ある、しかも未使用だ」
「えぇ!?」
「…おっさん、俺はアンタにこれをくれてやってもいいと思ってる、もちろんタダじゃない」
ゴクりと息を飲むガンクゥモン、少年から発する緊張した空気と真剣な面持ちから彼自身も緊張してしまっている。
「条件はなんだ」
「…俺の捜し物を手伝って欲しい」
ふるふると震え、怒りを憎しみを悲しみを噛み殺すように、今まで誰にも頼れなかった子どもが勇気振り絞り、ようやく頼りにできるかもしれない『大人』に少年が告げたのはこうだった。
「俺の名前は一軸ヨウ、俺の姉を…この村の巫女を…探すのを手伝って欲しい…!」
続く
【第一話 登場人物】
・ ガンクゥモン
ロイヤルナイツの一員
DWにて問題になっているとある果実の調査にRWの辺境の村までやってきた。弟子のハックモンやシスタモンを連れてよくRWに修行や任務に行くのだが、今回は弟子の同行はパスした。
熱きオヤジだが、割と冷静に話しも聞ける。
・ 一軸ヨウ
村在住の少年
村の神主の息子であり、跡継ぎ。とある大地震にて双子の姉と生き別れる。村で祀っている存在を快く思っておらず、むしろ恨みさえある。木と木を渡れる程のフィジカルお化けだが攻撃力は至って並の人間です。
大人が信用できないため、冷静でいようと心がけているが根はカッとしやすく熱い少年。
・ ドゥフトモン
ロイヤルナイツの一員、ガンクゥモンの同僚。
DWにて問題になっているとある果実の調査にRWに割と慣れがあるガンクゥモンを送り出した。案件としては彼の担当だった。
みんな大好き因習村、いやあまりに流行り過ぎている。夏P(ナッピー)です。
後書きでも言及されてましたが、まさしく冒頭はサヴァイブ冒頭を思わせる展開。姉さん眷属にオアーッされてしまったのか……まさしく巫女とまで言われてますし。ヨウ君スリングショット持ってましたが、ガンクゥモンの言う「懐の得物」ってのもスリングショットで良かったのかしら。いやデジモンすら祓える超絶ソードがいきなり破ァーッと出てくる可能性も警戒していました。寺生まれって凄い。
面白いのは、こういった場合人間側がケモノガミを調べたり巻き込まれたりして行く展開が王道かと思いますが、そこを敢えて(?)デジモンであるガンクゥモンのおっさんがメインの視点で進んでいたことでしょうか。ロイヤルナイツなら必殺「あそこへ行ったんか!?」が来ても怖くない。
でも実際はドゥフトモンの案件と明言されてダメだった。超強い敵が出てきたタイミングで「フフフここで真打登場ですよガンクゥモン私が来たからには百人力(後ろからドス)あうううん」と戦死する奴だ。そういえば村の名前は百々芽(どどめ)村でいいのでしょうか。
ふーん、クズハモンがかつて人間と子を……クズハモン!? つまり千年前に安倍オノレ晴明ェーッを成した葛の葉って……。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
〜 あとがき 〜
ドゥフト「そういう訳で君には最近流行りの因習村RTAをしてもらう」
ガンクゥ「最近流行りだからってノリでするもんじゃねぇ!!」
そういうわけで、因習に苦しむ現地民の少年と聖騎士のおっさんの因習村RTAが始まりました。
某ゲゲッとする謎と、最近私がさべぇぶ二周目をクリアしたせいです。
気持ちTRPG的なそれをイメージしており、PL1がガンクゥモン、PL2が少年(一軸ヨウ)、みたいなイメージです。第1話は導入パートと言った感じですね…
エンディングも脳内でルート分岐結構思いついちゃいるんですけど、ろくなものがないのでこちらに投稿させていただいた次第です。
初投稿がこんな感じでいいのか…という気持ちはありますが、読んでいただけたなら幸いです。