光ある所に影がある。
文明の発展はとどまる所を知らず、されども心の闇を狙う妖魔は人の歩みについて回る。
そんな怪異に対抗すべく、日々奮闘する一族の姿あり。
その名も鶫崎一族!
悪魔カイムと契約した先祖(と秘伝の巻物には書いてあるが真偽不明)より力を受け継ぎ、その力を怪異に悩まされる人々のために役立てる正義の一族! 読み方は「つぐみさき」一族! 「岬」という字が入ってないから読んでてなんだか混乱する一族!
「最近ずっと肩が重くて、整体に行っても治らないんです……」
「それは貴方様の肩に、めっさごっつい悪霊が憑いているからでございます。こちらの霊視ゴーグルをお使いくださいませ」
「胡散臭いアイテム出てきたな。……うっわ、めっさごっつい悪霊いる」
『ゲゲゲ、まさか俺の姿が見えるとはな。こうなったら貴様ら全員呪い殺してくれる!』
「きゅーきゅーにょりつりょー! 悪霊退散ビーム!」
『ギャワー!』
「すげえ! 悪霊が消えて肩が軽くなった!」
一目でたちどころにお分かりいただける通り、凄腕霊媒師の一族である。そうったらそうなのである。
しかし! 新たなる怪異が鶫崎一族を悩ませる!
「やややっ! これは初めて見る怪異!」
「先生、このキイロデカトカゲが突然パソコンから出てきたんです。なんとか追い出せませんか?」
「ボクはキイロデカトカゲじゃないよ~。アグモンだよ~」
鬼、妖怪、魔物、妖精。怪異だって生き物(時々死に物)だ、新種も時には現れよう。
トイレの花子さん、口裂け女、八尺様にアクロバティックサラサラ。そうした新種に混じって現れたのは、電子の世界で生まれた怪物『デジタルモンスター』だ。
「なんと、喋る怪異! 意思がはっきりしている強力な(※当社比)怪異と見ました。先手必勝、食らえ聖水! 破魔のお札! 悪霊退散ビーム! ふう、ここまでやればどれか一つは効くでしょう」
「うわあ~、ビショビショでベタベタだぁ~」
「やや! どんな悪霊や魔物もたちまち浄化する超強力な品々が効かないですと!」
「そりゃそうだよ~。だってボクはデジタルモンスター、略してデジモンだもの」
「なぬっ、初耳」
デジタルモンスターは、人間が発明したコンピューターネットワークから生まれた存在。
先述した新種の怪異でさえ「人間の噂や疑心暗鬼」、あるいは「それ自体が元人間」といった具合に、既存の怪異と同じルーツを持つ。
だが、デジモンは発生源そのものが今まで人類の歴史に無かった新しきもの。鶫崎一族が伝えてきた「怪異退散メソッド」は(あんまり)通用しなかった。
「これは我らには太刀打ちできませぬ」
「えっ、なんとかならないんですか?」
「パソコンは専門外でございます。電気屋さんかプログラマーさんにお頼みくださいませ。あ、前金はそのままいただきますぞ。現場には馳せ参じました故。現場には馳せ参じました故! では、さらば! スタコラサー」
こうして鶫崎一族は、デジモンを業務の対象から外した。別にデジモンが台頭し始めたからと言って他の怪異がいなくなった訳ではないし。忙しいんだし。
「うるせえ!!! これも怪異の一種なんだからなんとかしろ、このすっとこどっこいめ!!」
が、クライアントがそれに納得できる訳も無く。
怒られた鶫崎一族は、しぶしぶ対デジモン機構を新設した。その名も――
「はい! こちら鶫崎霊能事務所、デジモン対策室でございます!」
◆◆◆
ホラー漫画の金字塔に倣って場所は伏す。とある公立高校とだけ知っていただければよろしい。
放課後、西日が作り出す橙と黒の二色の中、生徒たちは帰宅や部活の準備で慌ただしく動く。
その流れに逆らうように、腰を落ち着け“商談”に耽る女生徒が二人。
「ふむふむ。それは間違いなくデジモンでございますな」
「なんとかなりそう?」
「なりますとも、なりますとも!」
方や今時珍しい黒髪のおかっぱ頭で、常に不気味な笑みを湛えている少女。
方や色素の薄い髪を太い三つ編みにまとめた、不安げな顔の少女。
三つ編みが持ち掛けた相談事を、おかっぱが意気揚々と自信満々に請け負う。さながら怪しげなセールスマンのように。
「大切な紗雪(さゆき)様のお願いを無下になどできませぬ。この鶫崎かむいが、不届きにも紗雪様のパソコンデスクを占拠するデジモンを成敗して見せましょう!」
“鶫崎”を名乗るおかっぱの少女は、どんと胸を叩いて高らかに宣言するのであった。
期待の超大型新連載!
『ぬえっと参上! 電脳霊媒少女かむい』
Case1.あざらしのケガは痣らしい
かむいと紗雪、二人の少女は帰路についていた。今回の舞台、紗雪の家へと向かうために。
小鳥のようにちょこちょこ歩くかむいの歩幅に合わせて、紗雪はゆっくり歩いた。
ゆっくり歩くついでに、おさらいと称して被害状況を告白した。
「ほんとに突然現れたんだ。何もしてないのに。変なところ押してないのに」
「そんな、『何もしてないのに壊れた』みたいに言わなくとも」
「パソコンも壊れてないし、ただちょっと画面が固まってたけど……」
これデジモンの件とは別件でパソコン壊してるな。と、かむいは思ったが、話の腰を折らないように黙っておいた。
「壊れてはないけど思うところがあって、パソコンを持ち上げたら……。画面から『ごろん』って出てきたのそれが! ごろんって!」
紗雪は縄のような三つ編みを振り回して、その時感じた驚きを身体全体で表現する。
当たればただでは済まない凶器のような三つ編みを躱しながら、かむいは「うんうん」と頷いた。
「それは大変驚かれた事でしょう。しかし、もう大丈夫。かむいがついていますよ」
「うおおん、持つべきものは怪異に詳しい友達……。サンキューかむいちゃん……」
紗雪は感動にむせび泣くジェスチャーをした。あくまでジェスチャーであり実際には泣いていないが、とにかく感謝の気持ちでいっぱい、という事だ。
「昨日の晩の話だけど、どうにも出来なくて寝ちゃったし、今朝は時間なくてそいつ放置して家出てきたけど、かむいちゃんがいるなら大丈夫だよね!」
「わりと余裕ありますね」
「マジでヤバかったら、かむいちゃんのお家の方に相談するし」
鶫崎かむい――彼女はそう、読者諸君もよく知っているだろう「鶫崎一族」の一員だ。彼女の一家もまた、力持つ者の責任を果たすために怪奇現象の解決を生業としている。
「私はまだ経験も実力も足りておりませぬ。『霊力があまり関係ないデジモン相手に場数を踏んで修行をせよ』と当主は仰せです。つまりおじいちゃんの言いつけです」
「霊力関係無いのに修行になるかはさておき、頼りにしてるぜ、かむいちゃん~!」
紗雪は感極まって、かむいの頭をぐしゃぐしゃと激しく撫でた。
かむいの首も紗雪の手の動きに合わせてガクガク揺れる。かむいの表情も併せて不気味な挙動の怪異にしか見えない。
話を弾ませていると、あっという間に紗雪の家に到着した。ごく普通の一軒家でしかなく、怪異の出現場所と化しているとは到底思えないような家であった。
「ふむ。悪霊や妖怪の気配はありませぬ。であれば、現れた怪異はデジモンで間違いないでしょう」
(どさくさに紛れて別の怪異の存在が判明したらどうしようかと思ってたけど、セーフ!)
紗雪は家の鍵を開け、扉を開く。中から瘴気が漏れ出るという事も無く、そこには何の変哲もない玄関があった。
「ここが紗雪ハウスでーす。どうぞ、ごゆっくり」
「お邪魔いたします。そう言えば、紗雪様のお家に入れていただくのは初めてですね。うふふ」
「うふふ」
ごく普通の女子高校のような会話を交わし、二人は家に上がった。
紗雪はかむいを引き連れ、二階へ続く階段を上る。
「デジモンの気配がして参りましたね」
「やっぱ、プロはそういうの分かるんだ」
「ごめんなさい出まかせを言いました」
やがて辿り着くは紗雪の部屋。
特筆すべき事も無い扉を開け、特筆すべき事も無い少女の部屋に足を踏み入れる。
敷居を跨ぐという事はすなわち境界がなんちゃらかんちゃら~、といった出来事も特に起こらなかった。
「あれです、かむい先生」
紗雪は正面から右斜めに向かって指をさす。その先には本日初めての怪異の姿が見えた。
呑気にもすやすや眠っているそれを見るや否や、かむいは感嘆の声を上げた。
「やややっ! これは存在自体は面妖ではあるも見た目はそれほど面妖ではない!」
「長え感嘆だな」
あざらしの子である。
紗雪の机の上、ノートパソコンの前で寝息を立てているのは、あざらしの子であった。
赤毛のたてがみと触角状の耳、人を殺せそうな鋭い爪を除けば、概ねあざらしであった。
「んにゃ……。むにゃ……」
「あら可愛い」
二人から歓声が上がった。あざらしは「ちゃむちゃむ」と口から音を立て、なんと人語で寝言を喋り始めた。
「こんたにいっぺえのデジサカナ、おら食いきれねえだよ……」
「うっすら東北訛りですな」
「いなかっぺなの可愛い~」
二人はしばらくあざらしの観察に夢中になっていた。
だって、こんなに間近であざらしを見る機会なんて、ないんだもの。ねえ?
「おっといけない。こやつはただのあざらしではありませんでした」
不意に現実を思い出す。
いかに可愛かろうと、対峙している相手はデジモン。油断をしてはならない。いかに寝言がほのぼのしていようと。いかに無害であろうと――
「……つかぬ事をお聞きしますが、こやつ無害なのでは?」
「専門家がそう思うならそうなんじゃないすか?」
「引っかかれたり噛まれたりとかは?」
「してない。昨日も一緒になってあわあわしてただけ」
「あわあわ」
紗雪とあざらしが二人あわあわしている姿は想像に難くない。
慌てているのは本人達だけで、至って緊急性の無い状況がありありと思い浮かぶ。
そうしている内に、なにやらあざらしに動きがあった。
「あんれ、人間さんお帰りなすってただかー?」
むくりと起き上がるあざらし。
あざらしは寝起きの目を前足でこすりつつ、わざわざ敬語で「紗雪の帰りを待っていた」と発言した。
一定レベルの人間に近い常識を持ち、友好的な存在であると分かる。
「どうやら、会話ができる相手のようです。話を聞いてみましょう」
以下は世にも珍しい、デジモンへのインタビュー記録である。
「おらはゴマモンだ。北の海でデジサカナを獲って暮らしてるだ。昨日もサカナを追っかけてたら、どうも潮の流れがおかしくなってきて……。気が付けば、おらは海でねくて、暗くて変なとこの空中を泳いでただ」
「ふむふむ。他のデジモンの証言と通じる部分がありますな」
かむいには思い当たる節があるようで、一人頷いている。ゴマモンは続けた。
「戻ろうにも空気の流れがあって逆らえねえし、どうしたもんかと思ってたら、急に『放り出された』だ。んで、出てきた先が人間さんのお部屋だっただ」
紗雪はパソコンからゴマモンが現れ、目が合った瞬間を思い出す。今思い返しても心の臓が飛び出しそうになる。
「おらも人間さんも、何がなんだか訳が分からねえで『ぱにっく』になっちまって、話もできねえし、どうしようもねえから昨日はそのまま寝ちまっただ」
「似た者同士ですね」
「人間さんはお忙しいみたいで、おらが起きた時にはもういなくって。いつまでもお邪魔してる訳にもいかねえし、んだども急に消えたら消えたでご迷惑だべと思って、とりあえずお帰りになるまで待ってただ」
紗雪はこっそり「正直いなくなられてたら、かむいちゃんと気まずくなってたから」と地味に酷いことを考えていた。
かむいはじろりじろりとゴマモンを観察し、それから彼女なりの仮説を述べる。
「恐らくゴマモン様は、他の多くのデジモンと同じく、人間の世界へ向かう磁場? 電波? の流れに乗ってしまったのでしょう」
かむい曰く、デジモンは本来、ある種の異界と化した電脳空間に住んでいる。しかし、時折龍脈的サムシング・不思議パワーにより、現実世界に実体化してしまうという(※諸説あります)。
「しかし、人間の世界からデジモンの世界へ戻る方法は見つかっておりませぬ」
しかし、流石のかむいも肝心の部分は分からぬまま。申し訳なさそうな態度を声色に滲ませる。かむいの顔には感情が滲まないので声に込めるしかないのだ。
「お、おら帰れねえだか!? そんなぁ~。人間さん、ご迷惑をおかけして申し訳ねえ……」
「そっ、そんな、ゴマモンのせいじゃないんだし謝らなくても……」
ゴマモンは己の境遇よりも、己のせいで紗雪が迷惑を被ってしまう事を嘆いた。雪のように清らかな心が紗雪の胸を打つ。
紗雪は誰にも言っていないとはいえ、自分勝手に「ゴマモンが帰っていなくて良かった」と思ってしまった事を恥じた。
「ゴマモン様のように無害なデジモンの場合、往々にして人との共存の道を探りまする」
「共存。ちなみに聞くけど、有害なデジモンの場合は?」
「ぶちのめしまする」
紗雪はゴマモンを見た。未だに申し訳なさそうにこちらを伺うゴマモンを、「ぶちのめしまする」せずに済んでほっとする。
しかし、未だ安心はできず。理想を叶えるためには乗り越えねばならぬ壁がある。
「共存できるならしたいよ。でもさ、生き物と暮らすって、こう、あらゆる諸問題? がある訳じゃん。例えば、デジモンって何食べるの? 場所だって、家でアザラシ飼って許されるのは少年ア〇ベだけだよ」
少年〇シベは父方の実家が太いからなんとかなっているという話はさておき、紗雪が住んでいるのはごく普通の一軒家だ。あざらしの飼育にはとてもではないが適さない。
「食べ物は人と同じもので大丈夫です。デジモンはなんか、そういう怪異なので」
「雑だな専門家」
「住まいについてもご安心ください。例え紗雪様が悲しきホームレスであっても、とあるアイテムがあれば住居問題は解決です!」
そう言ってかむいが取り出したるは、女子高生のマストアイテム。
「スマートフォンでございます」
「そっか! パソコンを出入りできるんだから、スマートフォンでも同じことができるんだ!」
「元の世界には帰せずとも、電子機器を仮住まいにする術はあるのです。見ませい! そいや!」
かむいはスマートフォンの画面を下にして、ぶんと振る。液晶画面の奥に広がる世界より、物理法則を無視して大きな黒い塊がぼろんと落ちてきた。
「いたい!」
ぼてりと床にぶつかった塊は、痛みを訴えてからそのままの姿勢でうずくまった。やがて痛みが治まると、のそりのそりと起き上がり、紗雪と目が合った。
それは端的に言えば「忍者装束を着た猛禽」であった。ガッ○ャマンではない。
艶黒の羽根、顔には羽角、鋭……くはない目つきの鳥が、当たり前のように忍びの装いをしている。しかも丈はかむいの膝ほどもあり、鳥の中では巨大な分類に入る。
見るからに怪異の類、話の流れからしてこれもデジモンで間違いない。
「私の相棒デジモンです。名を『公爵』といいます」
「どうも、公爵です……」
公爵を名乗る巨大鳥は、おずおずとお辞儀をした。
「おお~、ファルコモンさん。おら初めて見ただよ。よろしくお願いしますだ」
同じデジモンのゴマモンは何か知っているのだろうか、「公爵」とは別の名を口にした。
忍者なのにファルコンで公爵ってなんだよ。しかし、そのちぐはぐさこそに、いかにも純和風です! みたいな顔して先祖が外国の悪魔カイムと契約し、悪魔パワーではなく霊能力を駆使するかむいと重なる部分があると、そう紗雪は思う。
「出会いの話はCace.2以降に回すとして」
「かむいちゃん、なんて?」
「私と公爵は出会ってからというもの、私の霊媒パワーと公爵のデジモンパワー、2つのパワーを合わせパワーをパワーし、数々のデジモン事件をパワー……ではなく解決してきたのです! ねえ公爵!」
「うん、まぁ……そうだね……」
公爵くん、なんだか煮え切らない奴だなぁ。と紗雪は思う。何かにつけて酷いことを考える紗雪であった。
「ですから、紗雪様とゴマモン様もきっと、良きご友人になれる筈ですとも! かむいが保証しましょう!」
人間と妖怪のバディは少年漫画の鉄板である。まさか友人のかむいが、そして――自らも妖怪と友達になり、苦楽を共にする仲になるなどと。紗雪は夢を見ているような気分であった。
「これからよろしくね、ゴマモン!」
「ふつつかもんですが、こちらこそよろしくお願いしますだ」
沙雪の人間の手と、ゴマモンの獣の手が触れ合った。
こうして、紗雪と不思議な生き物ゴマモンとの生活が始まった。
第1話・終
◆◆◆
――なんて、そうは問屋が卸さない。『ぬえっと参上! 電脳霊媒少女かむい』の第1話が斯様なほのぼの路線であるものか。
突如として家の外から鳴り響く爆音。その激しさたるや、大怪獣が町を破壊するが如き。コンクリートが崩れ鉄筋が折れ、大地が割れる音が紗雪邸を揺らす。
が、しかし。窓から辺りを見渡しても、壊れた建物等は見当たらない。どこもかしこも平常である。
その代わり、紗雪ハウスの裏で、ラジカセから物体が破壊されるSEを爆音で流している不審者を見つけた。
「なにあれ」
怪異よりよほど不気味な不審者であった。
しかもなんと、かむい達と同じ年ごろの少女ではないか。かむいとは対照的な金髪のおかっぱに、これまた対照的な勝気な表情をしていた。
かむいと紗雪にがっつり目撃されたにも関わらず、不審少女は二人に向かって笑いかける。見られたいタイプの不審者か、己の行いを不審とは思っていないかのどちらかだろう。
「私のお名前が気になるのね……」
しかも喋った。素性を明かして大丈夫なのかと問いたくなる。それはそれとして、通報に役立つのでぜひ知りたいと紗雪は思った。
「音に聞け!音に見よ!そして音にお問い合わせなさい!」
「いくら何でも音が多すぎ」
「最後の“お問い合わせ”はちょっと余計ですね」
不審少女は大仰な身振り手振りを交え、舞台女優の如くに高らかと名乗りを上げる。
「私の名は『八武 帝(やたけ てい)』! 覚えたわね? 覚えましたわね!? おテストに出るから忘れないように!」
「や、八武生まれのてぃーさん!?」
かむいと紗雪は衝撃を受けた。まさか「八武」の名をこんな女から聞くとは、夢にも思わなかったのである。
「や、八武と言えば、えげつない富豪の一族で、農業から宇宙開発に至るまで大抵の分野で第一線にいる企業の経営もしてるあの!?」
「そう! えげつない富豪の一族で、農業から宇宙開発に至るまで大抵の分野で第一線にいる企業の経営もしてるあの八武ですわ!」
「へぇ~。八武さんって、すげえ人だすなぁ」
天下の大財閥一族の出現(と奇行)に未だ驚きを隠せぬ紗雪。何も知らないゴマモンは隣でのんきに解説を聞いている
かむいと公爵も確かに驚愕していた。しかし、紗雪とは違い、「なぜ八武一族がここにいるのか」という謎に関しては。心当たりがあるようだ。
「表向きにはそうなっておりますが……実は、八武には裏の顔があります」
「え!? 人んちの裏で騒音流す以外にも裏の顔が!?」
「我々鶫崎一族が悪魔カイムと契約した一族なれば、彼奴らは悪魔ザミエルと契約せし一族! 二つの一族は言わば、安倍晴明と蘆屋道満のような関係!」
紗雪の驚きが限界を超えた。
あの八武一族が悪魔と契約していたなどと、誰が信じようか! ……いや、悪魔と契約して金持ちになったと考えると普通に信じてしまいそうな気がしてきた。
「晴明と道満……かむいちゃんがドーマンか」
「ンン~?」
「じゃあ、どっちもドーマンか」
「ンンンンンン~?」
紗雪の言う事が引っかかるが、かむいは八武一族の真実を話し続けた。
「鶫崎一族が霊媒パワーで人助けをしている間、八武一族はせっかくのパワーをお金儲けに使っているのです! なんという事でしょう! ご先祖が泣きますよ!」
「お霊媒パワーで稼いだお金で慈善事業をしているのっ! 人聞きの悪い事は言わないでくださいますっ!?」
紗雪は「なんで日本人のご先祖が外国の悪魔と契約して霊媒パワー手に入れた家系が二つもあんだよ」と言いたくて仕方が無かったが、黙っておいた。
「お風のウワサで聞きましたわ。最近の鶫崎一族は、デジモンとかいうパチモンお怪異にうつつを抜かしているようね」
「ぐうの音も出ませぬ」
「反論したれよ」
幸いにもゴマモンは「パチモン」の意味が分かっていないようで、傷ついてはいないようだった。公爵は哀れにも「どんより」とした影が顔にかかっている。
「そこで私は鶫崎一族が一人、鶫崎かむいの潜伏先を探し出し、無視できない騒音でおびき寄せたのですわ」
「うーむ。ツッコミどころしか無くて逆にツッコミづらいですな」
かむいを誘き出す作戦自体は成功しているのは褒めてやりたいと、紗雪は上から目線でこっそり思う。
「同じ悪魔の力〜♪身に〜着〜けた〜♪正義の一族のよしみで、退魔の使命を思い出させてさしあげますわ! 先着一名様に強力なお怪異をプレゼント!」
「え、要りません帰ってください」
「かむいちゃんのインチキ商人口調が消失している」
かむいのアイデンティティを犠牲にした最大限の拒絶は、帝に通用しなかった。
帝は「エレガント・霊媒・おポシェット」に手を突っ込んで、霊媒アイテムでぐっちゃぐちゃに散らかっているそこから何かを引き出した。
「出なさい! お母さまが昨日封印したのをパクってきた、強めのお怪異!」
引き出したのは霊媒アイテムの代表格、お札だ。帝は金箔でできたお札を地面に叩きつける。庶民二人が金箔のお札に戦慄する暇も与えず、着地地点から黒いもやが勢いよく噴出した。
もやを目にした瞬間、かむいの顔色が変わる。
「あれは……ガチ怪異!」
「が、ガチ怪異!?」
「デジモンとは違うガチの怪異でございます。洒落怖とかでよく出る人を呪うやつですな」
「デジモン小説に出てきていいヤツじゃないじゃん!」
「紗雪様、なんと?」
ガチ怪異と呼ばれた黒いもやは、やがて形を取るようになる。形と言っても、元がもやのためにしっかりと定まってはおらず、時に胎児のような、時にやつれた老婆のような姿へと変化を続ける。
「さかおぺ、ぺりおか」
「生きている人間には理解できない言語で何か言ってるよ、かむいちゃん!」
「理解出来たら呪われるアレと思われます。『死んだザコがなんか言ってらあ、ガハハ』くらいの気持ちでどんと構えていてください」
かむいちゃんがそう言うならと、紗雪は恐怖に染まった心を奮い立たせて死んだザコを見据える。
死んだザコから溢れ出る瘴気が、お隣の塀に触れるのが見えた。丈夫なブロック塀が黒く染まって朽ちていく。
紗雪はどんと構えるのを諦めた。
「むむむ、困り果てましてございます。このレベルの怪異は父や祖父でなければ対応できませぬ」
「かむいちゃんにそっくりな顔の、パパとおじいちゃんか」
「せめて犬を連れて来ていれば、いくらかマシだったのですが……」
「『夜に絶対会いたくない』と噂の、かむいちゃんにそっくりな顔の犬か……」
ここで紗雪は公爵の方を振り返った。
公爵は新しき怪異・デジモンである。顔が面妖なだけのかむい犬よりももしかすると、古い怪異に強いかもしれない。
「僕を食べてもおいしくないよ。僕を食べてもおいしくないよ……」
「すごく分かりやすく怯えている」
公爵はうずくまって、膝と頭を抱えながらぶるぶる震えていた。紗雪の指摘の通り、古典的な怯えの姿勢を取っていた。
かむい犬の方が頼り甲斐があると紗雪は思い直した。
それを見た帝は大爆笑。笑い過ぎてしゃちほこもびっくりなほど反り返る。
「なぁ~んて情けないおデジモンなのかしら! しっかーし! 私のデジモンにかかれば、こんな怪異はちょちょいのちょいですわっ!」
「おや?」
「なんか話の展開が斜め上に行ったぞ」
さっきデジモンの事「パチモン」と言っていた癖に、自分もデジモンを使役しているのは矛盾ではないか。しかし、帝は変人なのでそういう事もあるのだろう。
「私はお変人ではないっ! お怪異のパチモンである事と、私のお下僕として有用である事は両立しますわ! しかし、ちょちょいのちょい過ぎて私のザミエールモンを出すのは勿体無いの極み! 今日はお見せいたしましぇ~ん!」
「おお。次回以降へのフック、クリフハンガー、お楽しみですな」
「かむいちゃん、なんて?」
話が斜めに進みそうで進まなかったので帝の発言は置いておくとして、状況に変化が無いという事は、絶体絶命の危機は続行中という事。
ゴマモンも手立てが無いようで、「ぐぬぬ」と歯ぎしりしながらもしかし、怪異をまっすぐ見据えている。それだけで公爵の百倍は頼り甲斐がある。
「おらの必殺技じゃ、手も足も出ねえだ。物が溶ける技なんてェ、暗黒の女神さんが使うような大層なもんだぞ」
「ゴマモンの必殺技? ってか技なんて使えたの?」
可愛らしいゴマモンから「必殺技」なる物騒な単語が出てきてぎょっとする。
どうもデジモンは技で戦う生き物らしいと、紗雪はここで初めて知った。
「おらの技はマーチングフィッシーズ……サカナを呼び出して、敵さんさ、けしかける技だよ」
「ええ!? そんな技あるなら無限に魚食べられるじゃん!」
「そう思って餓死したゴマモンが後を絶たねえだ」
「すごく意味深な事を言うじゃない」
「私のお怪異を前にして何の話をしてるんですのっ!? 晩ご飯の時間はまだ先ですわよっ!」
うるせえ! 金持ちに庶民の懐事情が分かってたまるかよ! と思わなくもなかったが、帝の方が正論なので何も言えなかった。
「ひとつ、方法がございます」
紗雪家の晩ごはんの話は一切合切無視して、かむいは思いつめたように呟く。
「そ、その心は」
「公爵を、“進化”させるのです」
紗雪は目が点になった。進化とはいったいなんぞや。
「良いですか。怪異とは人の心より生まれ、人の恐怖を糧に育つもの。それはデジモンも同じ事なのです。我々が公爵を怖いと思えば思うほど、公爵の力は増大するのです」
なるほど進化とは、怪異として成長する事であったか。となれば話は早い。
紗雪はかむいと声を揃えて、公爵に抱く恐怖を叫んだ。
「公爵怖い!」
「公爵こっわ〜い!!」
「ねえ本当にそれ怖いって思ってる?」
しかしというべきか、やはりと言うべきか、上っ面の恐怖は毒にも薬にもならなかった。公爵に一切の変化は無い。
だが、読者諸君は安心せよ。かむいには実は秘策があった。
「公爵! 紗雪様に武器をお見せするのです!」
「え、これでいい?」
公爵は戸惑いつつも、懐から細い物体を取り出す。
それは忍者のマストアイテム、くない。しかも鳥の羽根で出来ているにも関わらず、金属の刃物と遜色無い切れ味があるように思えた。
「うわ刃物だこっわ」
「ねえそれ僕への恐怖じゃなくない!?」
しかし公爵への恐怖として判定されたらしい。
公爵の周辺に黒い光――矛盾しているが、こうとしか表現しようがない――が出現し、ぐるぐる回りだす。
「なにこれ、エクトプラズム?」
「紗雪様、意外とお詳しいですね」
やがて公爵自身もぐるぐる回り出し――なぜ?――、やがて公爵の姿を誰も視認できなくなる。
ガチ怪異までもが律儀に見守る中、やがて黒い光の繭がヒビ割れ、我々が良く知る眩い光が漏れ出した。
「ファルコモン進化〜!」
さっきから陰気な声で喋ってた癖に、そんな声どっから出てんだよ。そう思いたくなる陽気な声で公爵が叫んだ瞬間、繭は弾け飛ぶ。
そこにいたのは猛禽忍者ではない。真っ赤な体の悪魔である。尖った耳に鉤鼻、餓鬼が如く腹だけ飛び出た体型を無数の入れ墨が覆う。正に、悪魔である。
「おお~。ブギーモンさんだ、おら初めて見ただよ」
ゴマモンが、公爵の新たな姿の名を口にした。
新たな姿になったとて、彼は確かに公爵である。その証拠に、ファルコモンの姿と全く変わらない陰気な表情。覇気の無いだらしのない立ち方。正に、公爵である。
本当にさっきの「進化〜!」はなんだったのだろうか。
「これが、進化……」
「すごいでしょう、すごいでしょう」
紗雪が思わず呟いたのに、かむいが自慢気に返す。公爵本人は一切自信が無さそうなのが気になる。
「これでパワーアップしたんだよね? 何が出来るようになったの?」
「なんか呪文とか使えます」
「それ、かむいちゃんとどう違うの」
「……」
公爵どころか、かむいも押し黙ってしまった。
「それは……そうなのですが……」
(やば。余計な事言っちゃったな)
紗雪としては、普段から悪霊退散ビームだの、エコエコ急急にょりつりょー! だの、かむいも普段から変な術を使っていると思って、軽く聞いたつもりだったのだ。
もしかしたら、このままノリで突っ込んでおけば勢いで勝てたかもしれないのにな、と後悔する。
「ええい、お客様を不安にさせては霊媒少女失格です! こちらとしても確実を期すため、更なる進化を目指しますよ公爵!」
「こういうパワーアップ展開で、強化形態が1ミリも活躍しないまま次に行く事ってあるんだ」
かむいはひとつ、深呼吸。普段どこで息継ぎしているのか分からぬ勢いで喋り倒すかむいが、深呼吸をしているのは新鮮な光景であった。
「紗雪様は“鵺”という怪異をご存知ですかな?」
ぬえ。名前だけなら紗雪にも聞き覚えがあった。確か、そう、強力な怪異だ。
「アバウトな把握ぶりですな。ええ、鵺は京の都を恐怖に陥れた怪異。夜な夜な不気味な声で啼き、時の天皇は恐れるあまりに病に伏せた。……しかし、その声の正体は現代でもよく見られる鳥、“トラツグミ”と言われています」
ツグミ。それは悪魔カイムが取る姿でもあり、かむいの一族もその名を冠している。
ツグミの鳴き声は洋の東西を問わず、人々の恐怖を掻き立ててきた。
逆に言えば、人の恐怖などツグミの鳴き声ひとつで際限無く膨れ上がるもの。
「そう、誰の心にも、紗雪様の心にだって鵺はいるのです。さあ、鶫の夜鳴きに耳を澄ませて、そして夢想してくださいませ。かつて鵺(わたし)を生み出した者たちのように、大層恐ろしく人の手になど負えぬ怪物の姿を!!」
◆Case.2へ続く...