両親が家庭教師派遣会社に相場がわからないまま適当な金額を積んで講師を依頼したところ、ドゥフトモンが来てしまって往生している。
そもそも自分はあまり家庭教師を雇うことに乗り気ではなかったのだ。ただT大(日本国内で最高峰と謳われる大学。入試がとてもむずい)を志望しているということもあり、両親に説得されて渋々了承しただけで。それなのになぜそもそも家庭教師の名簿に名前が載っていてはいけないようなデジモンに教えを請わねばならない羽目になってしまったのか。両親はいったいどれだけ適当に金を積んだんだ。
「こんにちは。君が井ノ本くんでよかったね?」
「ああ、はい。そうですが」
「はじめまして。この度、井ノ本くんの家庭教師を務めることとなったドゥフトモンといいます。どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんなさも当然というように来られても、というのが本音だったが、まあしかし来てしまったものは仕方がないので、当たり障りのない挨拶をした後にドゥフトモンを適当な愛想笑いを交えながら自室に案内し、予め段取りしておいたお茶菓子(千疋屋のフルーツタルト。とてもうまい)を可及的滑らかにお出しした。
「ところで先生、訊きたいことがあるのですが」
勉強机の隣にドゥフトモンを掛けさせて、自分はどうしても初めに訊いておかなければならないことを訊ねた。
「先生はロイヤルナイツでとても忙しいと思うのですが、家庭教師なんてしていていいのですか?」
「ふむ。もっともな質問だね」
確かにもっともさを尺度にするのであれば最高ランクのもっともさの質問であろう自覚はあった。妙な前置きをせずにさっさと答えて欲しいものである。
「大丈夫か大丈夫ではないかで言うとあまり大丈夫ではない寄りだ」
「大丈夫じゃない寄り」
「大丈夫じゃない寄りだ」
それはつまり自分が原因で世界が滅ぶなんてことだってありうるということなのかもしれないと思い、取り急ぎ少なくとも今日のところは早々にドゥフトモンにお引き取りいただかないといけないななんて頭の中で段取りをしていると、ドゥフトモンは「安心したまえ」と腰の浮きかけた自分の旋毛を覗き込む程度の上から目線で私を落ち着けようとしてきた。
その眼差しによって落ち着きを取り戻した自分に、ドゥフトモンはややばつが悪そうに説明した。
「本来はロイヤルナイツは兼業禁止なんだが、まあ、色々あって、大丈夫なんだよ」
それはなんだか説明になっていないじゃないかとは思ったが、まあ、ドゥフトモンの言う通りのような気もしてきたので黙っておくことにした。
「ところで、井ノ本くんは確かT大志望だったね?」
「はい、そうですね」
「もう試験当日まで1週間を切っているけれど、勉強はどんな感じかな?」
そう。もう大学入学共通テストの試験日まで1週間も無く、だから自分は家庭教師を雇うのに乗り気でなかったのだ。今から!? となるから。
「勉強は、まあ、ぼちぼちですかね」
「ふむ。まあ、このドゥフトモンの力で、今からでも井ノ本くんをB判定程度にまでは引き上げてみせよう」
「あ、ちょっとそれは無理かなと」
「案ずることはない、井ノ本くんよ。この私を誰だと思っている? 他のロイヤルナイツでさえ一目置く屈指の戦略家、ドゥフトモンだぞ?」自分でそれを言ってしまうのはちょっとどうなんだと思う。あと有能な戦略家であることと有能な家庭教師であることの相関は恐らくそんなに強くないのではないか。「私の手にかかればA判定すら夢ではない。このドゥフトモンを信じたまえ!」
「あの、いや、そういうことじゃなくて。自分、もうバチバチのA判定なんです」
「バチバチのA判定」
「バチバチのA判定」
そう。自分は独学だけでT大の模試でもA判定以外出したことがなく、だから自分は家庭教師を雇うのに乗り気でなかったのだ。必要!? となるから。
「だから、申し訳ないんですが、先生の力で自分がA判定に引き上げられるなんてことはないんです」
ドゥフトモンには申し訳ないが、これが事実だ。家庭教師として呼ばれたのに教え子に教えることが特に無いというのもちょっと同情するが、それは自分の責任というわけでもないのでどうにもならない。
「ふむ」
ドゥフトモンは顎に手を当てて何かを考えるような仕種をした。考え事をする時にそのような仕種を実際にする人(人ではなくデジモンではあるが)を初めて見たことに感動していると、ドゥフトモンは頓に何かを閃いたように手を打った。
「私に素晴らしい考えがある」
その仕種も初めて見るやつだとダブルで感動している私を尻目に、ドゥフトモンは朗々とその素晴らしいアイディアを語った。
「井ノ本くんの成績を一旦D判定程度まで落とすんだ。その後私の指導で井ノ本くんを再びA判定まで引き上げてあげよう」
言っていることがあまりにも荒唐無稽だったものだから、自分はカッとなって思い切りドゥフトモンの頬をはたいてしまった。ドゥフトモンは農業用機械で収穫されていく馬鈴薯のごとくゴロゴロと椅子から転げ落ちて涙目である。
涙ぐみながらドゥフトモンは喚き立てた。
「なぜだ! 何の問題もないじゃないか! 私は井ノ本くんの成績を引き上げてあげられる、井ノ本くんはT大のA判定を勝ち取る。WIN-WINでしかない完璧な作戦だろう!?」
洟を啜りながら主張するドゥフトモンを見るとついつい同情してしまい、なんだかドゥフトモンの言う通りのような気もしてきたので、とりあえず謝ることにした。
「ごめんなさい」
「わかってくれればいいんだ。わかってくれれば」
ドゥフトモンは器用にも被害者ぶりながら上から目線で起き上がると、そのまま流れで千疋屋のフルーツタルトを添えられたフォークで掬い取ると、ぱくりと一口で食べてしまった。どんな流れだ。それにもっと味わって食べて欲しい。
「美味いね、これ」そんなことを言いながらドゥフトモンがもう一切れのタルトまでぱくりと食べてしまったものだから、自分はやにわに激怒した。片方はドゥフトモンのフルーツタルトではない。自分のフルーツタルトだったのだ。
「なんてことをしてくれたんですか! それは先生のフルーツタルトじゃないんですよ!」
こうなってはもはや相手が家庭教師だろうが何だろうが関係ない。さっきより更に強めにドゥフトモンの頬を叩こうとしたところ、ドゥフトモンは指示棒のような感覚で手にしていた剣を構えて応戦してきた。自分はその剣をむんずと奪い取ると、ドゥフトモンに馬乗りになってその顔をばしばしと滅多打ちにした。食べ物の恨みは大きいのだ。
「痛い、痛い、やめてよ」
しばらくドゥフトモンをぶっていると、ついにそう言ってドゥフトモンが泣き出すものだから、自分は堪忍して攻撃をやめた。
さめざめと泣きながら、ドゥフトモンはぼそりと呟いた。
「……今日はもう帰ります」
「そうした方がいいと思います。お互い」
「明日もよろしくお願いします」
「明日も来るんだ」
とりあず今日はこれでお開きの流れのようだったので、ドゥフトモンの上からどいて剣を返し、玄関までエスコートして、忘れずに予め用意しておいた菓子折り(とらやの羊羹。とてもあまい)も持たせてお見送りした。
両親は案外お金をケチったのかもしれないななんて思いながら、イグドラシルホットライン(両親のコネでイグドラシルと繋がっている電話回線。とてもすごい)にドゥフトモンの兼業についてタレコミの電話をかけるのであった。
◆あとがき◆
お久しぶりの方はお久しぶりです。はじめましての方はごきげんよう。ナクルです。
連載作品の第一話っぽくなくね!? と思われた方。貴方の思考回路は正常です。
今回は「一話だけでも読めちゃうSSを繋げて連載にするやつ」の第一話をイメージして書きました。短いのは仕様です。け、決して筆力の低下に伴うものではごにょごにょ。
SSということで、短文になる宿命の為、物語の展開以外にもパンチが必要ということで、シュール系に舵を切ったわけですが。大やけどをしている気がする。舵(かじ)だけに……ね!(ここで会場が爆笑の渦に呑まれる)
……深傷を負ってしまったので、この辺りで早々に退場したいと思います。
最後に。シル子様、この度はステキ企画の立案、運営、ありがとうございました!
ではでは。
ナクルでした。
後書きのダジャレが天才やないかと思いつつ正常な思考回路をしていた。夏P(ナッピー)です。
いや待て家庭教師がグリフォモンじゃねーんだけどと思いましたが、終わってみればしっかりドゥフトモンである意味があった……のか!? 後書きの舵取りってのはアレかぁドゥフトモンの剣はなんか指揮棒みたいだし、風のタクトで風を操ることで舟を進めるのと掛けたギャグかぁというのはともかく。
実際には割と兼業をしている奴が多いと思うんだロイヤルナイツ、レオモン殺されたら怒りで四大竜側に走る奴おるしな。しかし御両親込みでホットラインで垂れ込まれたので、次回はドゥフトモンの謝罪会見から始まるしかない。私はこうして殴られました(顔面に包帯)。ロイヤルナイツにマウントポジション取って滅多打ちの暴行、もしや井ノ本クン、強いのか……? T大A判定の上に腕っぷしまで強いとは許されない、我ら庶民の立つ瀬がない。
ドゥフトモンよく考えたらフルーツタルト喰い漁ってたら殴られて土産持って帰っただけな気がしますがそれでいいのか。そのまま流れで⇒どんな流れだのコンボが腹筋に悪い。
これ続き考えるのめっちゃ難しそうなんですけどォーッ! とりあえず井ノ本クンが良く見たら一人称“私”なので実は女の子説から考えていこうと思う。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。