
八人乗りのワゴン車の中は、エアコンがついているにも関わらずじめじめと重い空気が漂っていた。
空気そのものに問題はない、ただ、乗っている七人の空気が悪いのだ。
「……一体、いつになったらつくのかしらね?」
後部座席二列目の右端に座った、白いワンピースに黒い長髪の女がいらだち交じりにそうつぶやいた。
「えーと……もう着く予定なんですけど」
運転席に座るシャツにカマーベストの茶髪の青年は、気まずそうにそう言った。この一時間で三度目だった。
「まぁ、有村(アリムラ)くんが言うならもう着くのでしょうね。じゃあこの楽しい楽しいドライブもあと少し、永遠に続くのかと思ったわ」
有村と呼ばれた青年は鬱蒼とした森の中に続く眼前の道を見て、助手席の黒いおかっぱ頭の女性が広げた地図と見比べ、泣きそうだった。
「あたしたちは永遠に続いてもいいんだけどぉ、ねー♡」
「なー♡ 三雲(ミクモ)はカリカリしすぎだよ。今日はそもそも移動日で撮影もないんだ、気長に行こうぜ気長に」
三雲と呼ばれた白ワンピの女の隣に座った茶髪の女と金髪の大柄な男が、そうべたべたお互いの身体を触りながらそう言う。
「……隣でバカップルがいちゃついてなければここまでカリカリしないわよ」
三雲はそう呟いたが、当のバカップル達には届いていないようで、完全にお互いしか見ていなかった。
「なぁ、羽鳥(ハトリ)。猪野(イノ)と蛇塚(ヘビヅカ)、サークルのメンバーでもないし、連れてきたの間違いだったんじゃない……?」
有村が小声で隣の女性に話しかける。
「ボクらホラー研に、あんなに序盤で死ぬカップル役にふさわしいバカップルがいるならそれでよかったんだけどね。猪野の本当に無駄にでかい筋肉を見なよ、あれが心霊現象に蹂躙されることでゴーストの恐ろしさが描写される訳だ」
それにと、ちらりと羽鳥は自分の後ろ、真ん中の列に座る二人を見た。
一人は我関せずとスマホに目を落とす赤毛に浅黒い肌の女、もう一人は台本を読んでいる暗い茶髪の冴えない雰囲気の男。
「八井(ハチイ)には霊能者役があるし、ボクはキミや根谷(ネダニ)くんとバカップル演技なんてできる気がしないね。監督もあるし」
そう言われて、後ろに座っていた根谷は少しむっとして眉をひそめたが、何も言えなかった。目端にそれをとらえ、ヘタレだなと思いながら八井はまたスマホに目を落とした。
それからさらに十五分、森の中を走り続け、ようやく目的地が目に見えた。
「あれが三雲の用意してくれたっていう、失踪事件があって営業開始前に放棄されたホテル?」
なかなか雰囲気があるし、予想よりでかいなと羽鳥は興奮した調子で言った。
「そうよ、つぶしてゴルフ場にしようとかいろいろ計画がされてるけれど、企画段階で撮影期間中は何も予定はなし。世話係の男の人も一人頼んだのだけれど……サークル長の有村くんと連絡取りあってるのよね?」
羽鳥の調子に機嫌を良くして、三雲はそう言った。
「うん。とりあえず主要なところや泊まるのに使う部屋は掃除して、食材とかも買い込んであるからこっちで準備は必要なし。あとは……ホテル内広いから駐車場についてから連絡うけてもすぐにはいけないから、駐車場にカートを置いておくって」
駐車場にポツンと置かれたカートを見つけて、有村はその近くに車を止めた。
「よーし! じゃあ乗り込むぞー!」
羽鳥の言葉に、唯一の部外者の猪野と蛇塚がいぇーいとテンション高く返事をする。
「じゃあ、カートに荷物を……」
お言葉に甘えて―と、カートを持ってきた有村に次いで猪野と蛇塚が荷物を置き、さらに三雲がヴィンテージものらしい革張りのトランクを上に置いた。
「アタシはそんな重くないからいい」
八井がそう言って自分の荷物を持ちあげ、根谷も大丈夫と肩に担ぐ。
「羽鳥は?」
「ボクは撮影機材も入っているから遠慮しておくよ。しかし、その格好だとキミちゃんとホテルの従業員みたいだね」
「でしょー? よくできたからつい着てきちゃったんだよね」
有村が楽しそうに言って、カートを押していく。
「それはいいけど、明日から撮影だから、今日の内に洗濯乾燥しなよ」
そう言って、羽鳥はがらがらとトランクを引いていく。
「げ……」
「おーい! 有村早く早く! 俺達管理人さんの顔知らないんだからさ!」
すでにホテルへ向けて足早に向かっていた猪野と蛇塚に呼ばれ、有村は急いでカートを押して追う。
それから少し距離を取って三雲が日傘を指して歩いていく。
「……どうかした?」
なぜか動こうとしない八井に、根谷はそう声をかけた。
「……なんか、今変な感じしなかった?」
「え!? そんなこと言わないでくれよ八井……僕、怖いの苦手なんだから……」
そのやりとりを、先に行ったはずの三雲は面白くないという調子で見ていた。
三雲、三雲奏(メロディ)は生まれながらの金持ちである。
その三雲から見て、根谷は一般的には面白くないだろう男だった。ビビリで、オタクとしても中途半端で、少し微笑みかければ落ちるようなちょろさもある。
でも、彼氏として捕まえておくのはアリだなと思う男でもあった。
サークルに持ち込んでいた鞄からは公務員試験の本が覗いていて堅実だし、最低限ホラー映画好きと趣味も合わなくはない。顔面も許容範囲であるし少し微笑みかければ顔も真っ赤になるから、フラれる心配もない。
行きの山道、長く揺れる山道を根谷の隣に座ってさらに意識させるつもりでいた。
しかし、それもバカップルに割り込まれて失敗、イライラし過ぎて遠巻きにされた上、一人で行動できないチキンな根谷は別の女の顔色を窺う始末である。
「……一日でも早く縁を切りたいパパにおねだりしてまでホテル用意して、むしろ距離空くってどういうことよ」
苛立ちながら三雲はそう呟く。
三雲が自然に根谷に近づけるように歩くのをゆっくりにすると、根谷と八井も歩みを緩める。
時間をおいて、自分の中のイライラも落ち着けないと根谷(小動物)は狩れないと三雲(肉食獣)は学んで、途端に早足にホテルに向かった。
別に、手は他にも用意してある。先に来させている人間にはホテルのマスターキーを渡すように伝えてあるし、監督の羽鳥のつまらない脚本の中で距離が近づくシーンができるように圧もかけた。
ロビーに着くと、カウンターにはワイシャツにパンツスタイルの中性的な女性がいた。
「よくいらっしゃいました。明月大学ホラー映画研究サークルの皆様ですね。私、皆様のお世話を任されました、向手です。よろしくお願いします」
向手と少し低い声で名乗ったその人の言葉に、皆がそれぞれに頭を下げたりよろしくお願いしますと返す。
「それと、奏(メロディ)お嬢様、社長から皆様でとプレゼントを預かってます」
そう言って、向手はラッピングされた酒瓶を取り出した。
「メロディ?」
しかし、そのお酒よりも、皆はメロディと呼ばれたことに反応した。
「……向手さん、ありがとうございます、父には私からお礼しておきます。ところで、大学では奏(カナデ)で通しているので合わせて頂けますか?」
額に血管を浮き上がらせながら、三雲はそう微笑んだ。
「失礼しました。以後その様にします、奏(カナデ)お嬢様」
「メロディの方が可愛いのに」
蛇塚が何気なく呟き、三雲はバカップルのバカの方がと思わず言いたくなったが、ぐっと堪えた。
「まぁ、それは、ねぇ……」
「え〜? 根谷くんは可愛いと思うよね? ね?」
猪野が三雲の様子を見て同意しかねていると、蛇塚は根谷に振った。
「えっ、まぁ……うん、可愛いと、思います」
とりあえず根谷が同意しただけなのは流石に三雲も察したが、それでも悪い気はしなくて、少し三雲の態度が柔らかくなった。
成り行きを見ていた有村はほっと胸を撫で下ろした。
「向手さん、部屋のカードキーって……」
「はい、こちらですね。掃除してない状態を撮影に使いたいと言われた部屋のキーはこちらにまとめてあります」
向手は片手に七枚、もう片手に八枚のカードキーをゴムでまとめたものを取り出して有村に渡した。
「……掃除してない部屋とか使うの?」
「蛇塚くん、一応台本渡したはずだけどさては読んでないね? 綺麗に見えたホテルは幽霊のお嬢様の見せた幻で本当は放置されたホテルだったってシーンを撮るのに相似されてない部屋がいるのさ」
「へー……まぁ、私はプールとか使えればいいけど」
「プール使えるのも明日掃除してからだよ」
有村が申し訳なさそうに言った。
「えー!?」
「今日の夜、掃除してないプールで藻に絡まって浮いてる猪野くんの死体を撮るんだ。その後、綺麗にして綺麗なプールで遊ぶ君達と、プールに引き摺り込まれる猪野君を撮影する。本気で台本読んでないなぁ〜?」
羽鳥はまぁその方がバカのヒステリー女役にはいいかと口にした。
三雲には、その言葉に猪野が一瞬眉をしかめたのが見えた。しかし、その一瞬だけだった。
「いや〜、悪いな! ちゃんと俺が責任持って台本読ませとくよ!」
猪野はすまんすまんと笑顔でそう言いながら、蛇塚の肩を抱いた。
「有村様がサークル長でしたね。撮影はもうされますか?」
「いえ、今日は僕と羽鳥で昼間の内はホテル内を見て回るつもりなんです」
有村は羽鳥を手で指してそう答えた。
「お二人だけですか?」
「そう、お嬢様はメイク担当、根谷はCG担当、八井は大道具担当。私が監督で脚本、有村は助監督、下見は基本は私達の仕事さ」
羽鳥はそう言って、薄い胸を張った。
「なるほど、ではこの館内マップをどうぞ。少し色褪せてますが中身は問題ありません」
「ありがとーございます」
羽鳥が浮かれているのは目に見えて明らかだった。とはいえそれを誰も諌めもしない。
大学から予算の出ていないホラー研サークルに活動実績を求めることはなく、羽鳥が呼びかけるまでは、ただみんなでホラー映画を鑑賞して感想を言い合っていただけ。
ホラー研のほぼ全員が大なり小なり自分達で作品を作ることにワクワクしていた。
「そうでしたか、他の皆様はどうしますか? 遊戯室等もこのホテルにはありますが。ビリヤードやダーツなどができますよ」
「いいホテルって感じ! 行こう!」
「おーい、台本読むの忘れないでくれよー」
大丈夫、ちゃんと読ませるからと蛇塚の代わりに答えた猪野も連れていく。
「皆様は行かれませんか?」
「私はパス。荷物を部屋に置いてくる」
「……僕もそうしようかな」
八井と根谷はそう言って有村の手からカードキーを受け取り、エレベーターに向かった。
「私はもう少しラウンジにいます。ところで向手さん、お願いしていたものは……」
「あぁ……こちらに。では、私は猪野様方を遊戯室に案内して参ります。カードキーもお二人、受け取るのお忘れになった様ですし」
三雲は向手からマスターキーを受け取り、猪野と蛇塚を追う背中を見送った。
「有村くん、行くなら私のカードキーだけもらえる?」
「はい」
「ありがとう」
「じゃあ、予定にないメイクとかやりたくなったら連絡入れるねー、メロディお嬢様」
「そんな意地悪言われると……うっかりメイクの時に筆が滑ってしまいそう」
三雲は本気で言っていたが、羽鳥にはあまり通じてない様でケラケラと笑っていた。
ラウンジのソファに腰を下ろし、持ってきた水筒の紅茶を飲みながら、そういえばと三雲は違和感を口にする。
「世話役、荷物もあるから男性をってお願いしてなかったっけ……」
「お気づきになられましたか」
「きゃっ!?」
思わぬ返答に、三雲の口から小さく悲鳴が上がる。
「……向手さん。もう、脅かさないでください」
「失礼しました。私の話をしていた様だったもので……」
「……そう、ですね。確か私は男性を一人と頼んだはずなのですけれど……」
「実は、私の名前は向手湊(ミナト)と言いまして……声も低いので、社長がどうやら男性と勘違いされていた様です」
でも、サッカー部だったので体力はありますよと向手は力こぶを見せた。
「そうでしたか……父がすみません」
「いえいえ、そういえば奏お嬢様。夕飯のリクエストなどはありますか?社長の指示で和洋中、肉も魚も一通り対応できる様にはしてありますが……」
そう言われて、三雲は少し辟易した。世の中はフードロスを懸念して動いているが、三雲の父はどこ吹く風、米粒に七人神様がいるならば、数えきれない神に恨まれているだろう。
「余ると食材がもったいないので、なるべく傷みやすいものから……」
「その点は心配いりませんよ。皆様がいらっしゃる間、天候が荒れて買い出しに行けない可能性も考え、冷凍できたり日持ちする食材を中心に買ってあります。日持ちしないのは生の野菜ぐらいでしょうか?」
ふと、三雲はその言葉に引っかかった」
「大量の冷凍食品なんてキッチンの冷凍庫に入るの?」
「ホテルのキッチンなので、入るとは思いますが……キッチンのものは使ってはいません。別に冷凍倉庫があるのでそこを」
「どうしてですか?」
「……このホテルは営業一歩手前で頓挫したので、シェフが使うつもりだった冷凍品は、処分するには量が多く、とりあえず冷凍倉庫に入れっぱなしになっているのです。流石にその食品をお出ししませんが、電気代がもったいないので今回用意した分もそこに入れてあるのです」
なるほどと頷いて、ホラーだとそういう倉庫って定番の場所だよなと三雲は思った。
「じゃあ、せっかくなので倉庫を見てもいいでしょうか?」
「倉庫を、ですか?」
「もしかしたら後で撮影に使いたくなるかもしれないですから」
「そういうことでしたら、どうぞこちらへ」
向手の案内に従ってついていくと、建物の地下に小部屋サイズの倉庫が三つあった。
「一つは常温用、一つは冷蔵用で、ホテル準備時の冷蔵品は流石に処分されましたからこちらは今は電源も入ってません。三つ目が冷凍倉庫です。中に入られますか?」
「……扉の開け方は鍵ですか? それとも番号?」
「番号です。0840、これさえ覚えておけば撮影中にうっかり閉じ込められても出ることができます」
おはようの語呂合わせ、一日の始まりと入力することを考えてつけられたのかもしれないと思うと、少し寂しい語呂合わせだなと三雲は思った。
どうぞと向手に促されて、三雲は扉横のキーパッドを押す。
すると、がごんと重い音を響かせて冷凍倉庫の扉が開いた。
「寒い……」
当たり前だが庫内は寒い。壁の温度計は-15℃となっていた。
「長時間入る様なところではありませんからね。一応、作業用の上着はあります」
入り口付近にかけられていた上着を向手が差し出し、三雲は頭を一度下げてそれを羽織った。喋るにも寒すぎた。
入り口付近の棚には霜が降った段ボール箱やビニールの様なものに包まれた何かが置かれている。
箱に印字された日付を見るにこれがどうやら過去に置いて行かれた食材らしい。
「私が新しく買った分はこちらに」
そう言って、向手は奥の方に置かれたがらんとした棚の中段に置かれたダンボールや塊の肉を指差した。
「……私達の滞在日数で食べ切れる量ではなさそうですね。余ったら好きなだけ持って帰って頂いていいですよ」
「ありがとうございます。ところで、見た食材の中にお好みのものはありましたか?」
そう言われて、改めて食材を見る。言葉通り、肉も様々魚も様々という様子だ。
根谷の食べ物の趣味でもわかればいいのだろうが、何も知らない。
「お肉、ですかね。男性ってどんな料理が好きかとかわかりますか?」
「そうですね……男子大学生の好きそうな料理、バーベキューなんか好きそうですが、今日は移動もありましたし……カレーとかですかね。お嬢様の食材を無駄にしたくないというのも合わせると、ごろっとしたお肉入りのカレーに、素揚げした夏野菜をたっぷりトッピングする。なんてどうでしょう」
そう尋ねられても、三雲はわからないから聞いた訳で、とりあえず頷くしかなかった。
「では、よろしくお願いします」
もう出ようと振り向くと、ふと、入り口近くの棚に置かれた段ボール箱に入ってくる時は気が付かなかった破れがあるのが目に入った。
どんな食材を使おうとしていたのかぐらいちょっと見てみようかとその破れを少し広げてみる。
すると、その隙間から小さな赤みがかった人の腕の様なものがのぞいていた。
「ヒッ……」
「奏お嬢様、どうかなさいましたか!?」
「そ、その中に小さな人の腕みたいなものが……」
三雲の言葉に、向手は段ボール箱のテープを剥がし、中をおそるおそる確認する。そして、ほっと一つ安堵のため息をつくと、中に手を入れた。
「奏お嬢様、ただの奇形の人参です」
そう言って向手が取り出したものは確かに奇形の人参だったが、それを見ても三雲は首を横に振った。
「まだ、隙間から見えてる……それじゃない」
そう言われて向手はもう一度箱の中を覗き込んで、一瞬驚いた後、さらに二、三本の全く同じ、人の手が生えている様な形の人参を取り出した。
「私は農業に詳しくありませんが、四角いスイカや星型の胡瓜なども作れるそうですし、これもきっとそういう形の人参として売り出されたものではないでしょうか」
「そう、ですか、不気味ですけれど、そういう商品なら……」
「ひとまず出ましょうか」
「そうですね……私は一度、部屋に。シ部屋のシャワーは使えますか?」
生温く、普段なら不快な空気が今は心地いい。今日は散々な目に合っている。
「はい。お部屋に新しいタオルも用意してあります」
「ありがとうございます」
「少しお待ち頂ければ大浴場にお湯を張ることもできますが……」
いい、と三雲は断り、自分のトランクを持って部屋に行こうとする。
「トランクは私が……」
「大丈夫です。エレベーターもありますから」
自分の部屋に着いて、改めてはぁと三雲は大きくため息をついた。
「……シャワー、浴びよ」
ワンピースをベッドの上に脱ぎ捨てる。一瞬、片付けてからシャワーを浴びようかとも思ったが、面倒になって下着も全部放り投げた。
ユニットタイプの狭い部屋の中、シャワーの水音が耳に心地よい。
ふと三雲が鏡を見ると、髪を濡らした色っぽい美人が映っていた。髪は深い黒で艶があり、白い指は細く長く、長いまつ毛の下から、物憂げな黒目が覗いている。
「若い頃のママそっくり……」
見た目だけは良かった、アイドル希望で悪い業者に捕まってグラビアアイドルになるも見た目だけで撮影されると固くなるという致命的欠点のせいで写真映えせず鳴かず飛ばずAVに転向か引退かを迫られて成金の社長に養われる道を選んだ。
「見たくないわ」
シャンプーを泡立てて鏡を隠す。
見た目と金だけ、それ以外の才能を三雲は自分に感じられず、しかし母と父から一つずつ受け継ぐそれしかないのが嫌いだった。
両親が苦手だった。
「いっそ、私が私じゃなければいいのに」
そう口にして、髪についたシャンプーを流していると、何かぶよとしたものが指に触れた。
なんだろうと思って三雲がその手を見ると、手の皮が浮いていた。
少しだけではなく、まるでその手が手袋でもつけているようになっていたのだ。
「きゃああああ!」
手の先から、腕の方に向けて徐々に皮が浮いてくる。それを見て、訳もわからないまま三雲がユニットバスから出ようとする。
すると、何かにつまずいた。
足の皮も浮いている。立とうとすると、余った皮で足が滑ってうまく立てない。
ヤケクソで、最初に浮き始めてしまった手の皮に噛みついて千切る。
中に普通の手があってくれれば、そんな三雲の願いは届かない。
元より白く、元より大きく、元より先端が鋭い異形の指先、それが一度空気に触れると、そこから皮は今度は自然と破れ始めた。
誰かが引っ張っているかのように皮が破れ、全ての指先と手の甲が現れる。その手の甲には宝石と金色の紋章さえあり、それが元の自分とはかけ離れた生き物のそれであることは目に見えていた。
「いや……ッ!」
足先も破れ、足や下半身が異形に変わって現れる。六本の足、それに支えられたボールのような丸い胴、捲れた皮が、そのまま顔にまで迫る。
「根谷くん……パパ、ママ……ッ!」
懇願は虚しく部屋に響いて、頭まで皮が剥がれると黒髪の代わりにこれまた艶やかな銀髪が生えた。
そして、三雲は化け蜘蛛になった。
うおっほ、ホラー! …………またこのパターンかッッ! 夏P(ナッピー)です。
これぞミステリーサークルといった展開。というか殺してくれと言わんばかりの行動を取る各員。一話の間に全員が何らかの形で死亡フラグブッ立てておられる。名前及びモチーフとしてはハトの羽鳥さんとイノシシの猪野君がめっちゃ浮いてるのでここ使って何かできそう。そしてお嬢様から思いを寄せられているはずなのに根谷君=ダニ(直球)でダメだった。あと羽鳥さんは「うっひょおへりこさん女子だーっ!」感あるがハト……ハトか……。
三雲お嬢様がシュルパサした時はムムッとなったのに特に色気無くこの展開かよ! そりゃ無いぜ! というかシレッと地の文でとんでもないこと言及された気がするお嬢様。メロディお嬢様とか呼ばれることがもうなくなってしまう! ムカデさん1話にして主君を失ってしまった。
特に有村君が主人公って確定しているわけでもない形かな……? 扉絵で「何!? なんかポニテの女が!?」と戦慄した八井さんはハチ。
なんとなく最初からデジモン化してる人がいたら面白くなるのかな……なんて考えました。
ちょっくら2話考案してきます。
あとがき
一話だけ書くの最高!万歳!というわけで企画二作目の参加のへりこにあんです。読んでいただきありがとうございます。
周りから嫌われるには十分めんどくさいし沸点も低いけど、別に悪い子じゃないお嬢様書くの楽しかったです。
タイトルの意味は『ホテル変身』ですね。カフカの変身の原題(らしい)単語です。
そんなわけでキャラの名前は害虫害獣縛りにしてみました。毒虫縛りは続けるのも難しそうなので。
三雲→クモ
有村→アリ
羽鳥→ハト
八井→ハチ
根谷→ダニ
猪野→イノシシ
蛇塚→ヘビ
向手→ムカデ
みたいな感じですね。
この後は元お嬢様に襲われてデジモン化して……みたいなパンデミックホラー路線が順当なとこかなと思っていますが、せっかく性格悪い監督キャラとかストレス溜め込んでそうなサークル長とか用意したんで、お嬢様に襲われる恐怖を前に人間同士が殺し合う展開もいいと思います。他にも色々できるんじゃないかなぁとは思ってます。
三雲お嬢様視点が多いのは、二話から視点役を変更する時にキャラが変わったから地の文も雰囲気変わっていいよね。というアレです。アヤタカよりは書きやすい……書きやすいかなぁ……
そうそう、人の手が生えた様な形のニンジンは挑戦ニンジンです。
では、改めて読んで頂きありがとうございました。この続きを誰か書いていただけましたら、幸いです。