「いらっしゃいませー」
自動ドアが開き、店員が挨拶をする。奥で他の客に出す料理をこしらえている様子だ。
「小銭ねぇわ」
券売機に立って財布を出す。今日の気分は……明太子マヨネーズ入りの牛丼だな。1000円札を入れ、ボタンを押し、食券を店員に渡して釣りを財布に入れ、カウンターの席にどかっと座る。首に縛り付けられたネクタイを緩めると、ふぅーっと思いがけず息が漏れた。
(…………)
携帯を取り出して電源を入れ、ロックを解除する。見るのは、もっぱらニュースサイトなどだ。企業の経営破綻や、痴情のもつれからくる殺人事件など……よりどりみどりだ。自ら見に行っているとはいえ、もっと気分が明るくなるニュースはないのか。猫の奇妙な言動などの愉快なニュースが見たい。
(これは……)
ふと目に留まる、子どもを中心に多発しているという誘拐事件。場所がこの牛丼屋の近くだ。現に、外はパトカーのサイレンでうるさいし、テーブル席に座ってるカップルがその事についてひそひそと話をしているのがわかる。まだ牛丼が出てくるまで少々時間がかかるだろう。夜風に当たってくるとする。
店の外に出ると、月がまんまると輝いている。思わず一瞥した。
「ん?」
何か細長い影が、月を横切ったように見えた。
「ギヘヘヘヘヘ。今日は楽だったな」
昆虫のオニヤンマというにはいささか巨大な生物が、小学校低学年ほどの気絶した女児を、6本の脚で抱えて汚い笑みを浮かべながら空を飛行していた。
「でもまだ足りねぇ。人間のサンプルはまだまだ……あれ? あと何体だっけか」
どうやらその生物は、この女児と同じような人間の子どもを他に何人も攫っている様子だ。丁寧にも攫った子どもの数を最初の子どもから思い浮かべて数を確認する。
「ごお、ろく、なっ、ギャ!」
7人目を数えたとき、一瞬の痛みが生じる。腹を狙われた!
痛みに耐えきれず、たちまちふらふらと落ちてゆき地面に墜落する。何が起きたのか。辛くも体勢を立て直すものの、腹に抱えたはずの女児の姿は無かった。見上げると、満月を背景に、背広を脱いでワイシャツにネクタイの姿の男が、女児を腕に抱きかかえていた。
「なんだお前! 貴重なサンプルを横取りしやがって」
辺りを見回すが、人間の姿しか見えない。この俺を攻撃してきたのだから、そいつも同じデジモンであるはずだ。兎にも角にも、この男からサンプルを奪還するしかない。
「子は希望の塊。未来の宝。そんなことも知らないのか?」
「うるせぇなぁ。さっさとそいつを返せ!」
何をぬかすか。こんなひ弱な人間に構ってる暇なんざ無い。技を使わずともこの爪でひと裂き……行動を開始しようとした次の瞬間、男の身体の節々から煙が噴出しだした。
着鋼
男がその言葉を発すると、噴き出した煙が男の周りを包む。姿も何も見えなくなる。
「なんだ?」
様子を伺いつつも、オニヤンマは煙に包まれた男へ前肢の鋭い爪を突き出しながら肉薄する。しかし、ガチンという音でオニヤンマの攻撃は阻止された。煙が晴れて、男の姿が浮かび上がる。
「!?」
そこには男の姿は無かった。
機械を全身に散りばめたメタルボディに、剥き出しの配線が垣間見える。男どころか人間としての面影すら無く、まるでサイボーグのような物体が鎮座していた。しかしてそのサイボーグは、先程の男と同じように、女児を抱えていた。つまり、男がこのサイボーグなのだ。
「ちぃっ!」
まさか、先の攻撃はこいつが? オニヤンマは前肢を引っ込め、2メートル以上はあるだろうそのサイボーグよりも高い場所で翅を動かし浮遊する。
「お前がヤンマモンだな? デジタルワールドからの無断渡航、及び児童誘拐の罪で……」
「サンダー、レイ!」
電撃を帯びたレーザーを、ヤンマモンはすかさずそのサイボーグに放った。しかし、サイボーグの鋼鉄の体には効かない様子だ。
「消去する! スパイラルソード!」
サイボーグは腕を振り払い、エネルギー状の刃をヤンマモンに向けて放つ。
「インセクスオーム!」
ヤンマモンは翅を素早く動かして刃を避け、強力な電磁波をサイボーグに放ち、動きを数秒止めた隙に瞬く間に上空へ飛び、サイボーグから逃避することに成功した。
「大丈夫、まだサンプルはごまんといるんだ。逃げるが勝ちってね……」
サンプルの誘拐はまたの機会にしよう。疲労は溜まったが、
「逃がしはせぬ。ガトリングミサイル!」
サイボーグの胸部が開き、ミサイルが発射された。最初の攻撃と同じく、ヤンマモンをめがけて狙う。
「!」
自分に向かってくるミサイルを、今度は体を傾けて回避する。すると今度はエネルギー状の刃が続けざまに自分を襲う。
「そんなハッタリが効くかよ……っ!?」
上空から見れば豆粒ほどの大きさのサイボーグのこけおどしを見破り、さらに遠くへ去ろうと方向を変えた瞬間、目の前にもう一つのミサイルがヤンマモンへ直撃した。
「ぐわぁぁぁぁ!!!」
ミサイルは胸の左と右から2つ発射されていたのだ。それに気づかなかったヤンマモンは敗北した。サイボーグは胸部を閉じ、腕に抱えた少女に視線を向ける。少女の命は守られたのだ。
「もう安心だぞ」
牛丼屋に停めた自分の車のわきに少女を降ろす。次に
車の陰からサイボーグが姿を見せると、牛丼屋で牛丼を頼んだ後に行方を眩ませたワイシャツ姿の男が再び現れた。
何事も無かったかのように、長い散歩から帰ってきた男は、明太子マヨネーズ入りの牛丼が置かれていた席に再び座る。丼に両手を合わせると、出来立ての熱さは感じられなかった。
「……冷めたとしても、美味しかろう」
美味い美味いと口から言葉をこぼしながら飯を口にかき込む。意識を取り戻しつつある少女がじっとその光景を見ていることに、その男は気づいていない。
男の名は、西宮アキラ
サイボーグの名は、アンドロモン
彼は、デジタルワールドという異世界からやってくる、人間界にはびこる事件の裏で暗躍するデジタルモンスター……すなわちデジモンたちを、人間とデジモンの2つの姿で調査する、デジモン特捜刑事である。
ーあとがきー
まずは、第一話を書いて上げるという画期的な企画を立ち上げて下さりありがとうございます。
デジモン創作サロンに初投稿致しました。
ブイレと申します。
良い企画だなぁ投稿したいなぁと思いながらも、話を書くという行為から何年も遠ざかっていたので、文章が初々しいというか、これだけかよ文章短いなぁと思われるかもしれませんが何卒……何卒……
僕はデジモンに変身したいとずっと考えながら生活しているですが、それって自分が好きな特撮ヒーローとかに絡めると相性が良いのでは?と思っていて、今回のようにメタルヒーローシリーズを踏襲してるとしか思えない雰囲気になってます。人物像や今後のストーリーとかはあいにく何も考えていないので、今回上げたものは一種のサンプルストーリーということにしてください(?)
夏休みの宿題を直前になってやるかの如く、最後の一日で書いたのでざっくばらんとはしていますが、それでもやっぱり書いて上げることに意義があるのだと自分に言い聞かせながら書きました。意見や感想があれば嬉しいです。
良きスパーダモンを
こちらでは初めましてになりますでしょうか、夏P(ナッピー)と申します。
ヤンマモンの台詞と着鋼なる表現の時点で燃えろ冴えろ輝け魂の兄弟達よでしたが、後書き読むに本当にメタルヒーローでした。そういえばカブテリモンが大甲神カブテリオスだったわけだし、アンドロモン自体そもそもメタルヒーローのオマージュ入っていたりしたのだろうか……? レッダー! ブルース! キース!
非常にコンパクトに纏めつつもインパクトのある一話、というか牛丼頼んで来るまでに一仕事終えてくるのは歴戦の仕事人感ある。ガトリングミサイル強いぜ! ●●の罪で~という文言が出た瞬間、「デリート許可!」が浮かんでしまったがこれは戦隊である。
しかし割と普通の街中でサラッとヤンマモンによる児童誘拐が起こったりと、この世界の治安はどうなっているのでしょう。途中で強化されてハイアンドロモンかボルトモンになるのだろうか……。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。
どうも、久しぶりのブイレさんの作品だー!! というわけで感想を書きにきましたユキサーンです。
まず第一に――(文章量的に)内容詰め詰めのドカ盛り気絶部だらけなイメージの他のザビケ作品と比較するととてもコンパクトに内容が押さえられていて、すんなりと頭に入ってくるのでかなり好感触でございまする。こういうので良いんだよ感と言いますか、なんというか。
そして肝心の内容ですが、タイトルの時点でイメージソース元が察せられるのもあり、偶然にも最近その作品のゲームを知り合いのVの方がやっていたのもあり(!?)、件の作品の根強い人気というものを改めて感じさせられましたね。相棒に絶対クソ強い女ァ!! がいるぜー!!(確信)。
着鋼!! という変身用のワード、ヤンマモンに対して発せられた台詞、デジモン特捜刑事という立場、などからもアキラさんことアンドロモンのキャラ付けも作中の空気感もわかりやすく、これはちょっと簡易的にでも思いついている世界観の設定を追記してもらえれば第二話が十分書きやすいなと感じられました。ちょっとこちらでも考えてみまする。
短く、故にシンプル。
”だからこそ”面白かったです。久々にブイレさんの文章を読めて良かった。
簡易なものになりますが、今回の感想はここまでに。
PS これ絶対やべークスリでギャングをデジモン化させる悪役の研究者キャラとかいるぜー!!!!!(偏見)