
タイトルのイメージ
Shin Megami Tensei: Devil Survivor - Reset VocalYouTube · Slyzer2009/08/03
「ボス、アイツです!」
「あの家の子か。明らかに妖獣を従えているな。まだ未熟なようだが……。彼らは我々の目的に必要な存在だからな。早いところ回収しなくては」
◇◇◇
昭和七年、十歳の春。帝都は日進月歩の勢いで進んでいっている。少し行けば百貨店や劇場があるし、そうでなくても家や尋常小学校の近くには駄菓子屋さんがある。九年前の大地震からの復興にはまだ遠そうだけど、それでも私はこうして生きている。あの地震のせいで母はいないと聞いたが、私は覚えていない。無理もない、私はまだ赤ん坊だったから。父は忙しなく国内外を飛び回っていて、年に二、三回しか帰ってこない。学校が終われば、私は少しだけ寂しい思いをしながらも、お小遣いを握りしめて友達と一緒に駄菓子屋さんに行っていた。そのあとに紙芝居屋さんが来て、そこで飴を買うことも珍しくはない。一通り楽しんだ後は夕食が出来上がるまでに帰り、自分の部屋で宿題をしたり、読書をしたり、おもちゃで遊んだり、ラジオを聴いたりしていた。私に兄弟はいない。歳の離れた姉はいたが、十五歳も歳が離れているので遊んだことはない。茜色の夕陽は嫌いだ。楽しい時間を私からどんどん奪い去ってひとりにするから。
楽しい時間は過ぎるのが早いのに、つまらないと思えば思う程に長い時間がいつまでも続くような気がした。少し前に父が帰ってきて、百貨店に連れて行ってくれた時に買ってくれた熊のぬいぐるみを抱きしめつつ、私はラジオから流れてくる音楽を聴いていた。ノイズ混じりとはいえ、私の耳に飛び込んで来るそれは、静かに、けれども少しだけ寂しさを紛らわせてくれた。音楽そのものは外国の歌で、何処の国の言葉か分からなかったけど。
元々私の家は大きな製紙会社をやっていて、製品は海外にも輸出している。品質はよく、丈夫で破れにくいと評判だった。金持ちの宿命なのか、私は学校から帰ってくるといつも一人。ウチには三人のお手伝いさんがいるけれど、一人は今買い出しに行ってていないし、もう二人は来る日と来ない日がある。二人とも来ないということはあり得ず、大抵はどちらかがやってきて、家の掃除や洗濯をしてくれる。ごく稀に二人とも来る時があった。そういう時は大体特別な日で、父もこの日だけは帰って来てくれる。私はそれがたまらなく嬉しかった。
柱時計の鐘が六回鳴る頃、窓の外は朱色から藍色に変わりつつあった。カラスがゆっくりと空を駆け、子供達の姿も疎らになっていく。恐らくあと一時間くらいで晩御飯になるのだろう。台所からはお肉とお野菜のいい匂いが漂ってくる。
「今日のご飯はなんだろうな……」
匂いも気になるが、もう少しだけラジオを聴いていたい。数分だけという枷をつけてから、食堂に行くことにした。
私が今いる居間には、西洋風のソファーやローテーブルが備え付けられているほか、部屋の奥にある棚の上にはラジオがある。それ以外に目立ったものは何もない。フランス人形や花瓶の一つでもありそうなものだが、ここにはない。美しく映るものは全て客間にある。滅多に使われないせいか、埃を被っているけれど。黒いアップライトピアノもあるが、私がたまに触って演奏しているのもあって黒く輝いている。ご飯のことを考えつつも、私は何故か客間が気になってしょうがない。ラジオのスイッチを切り、廊下へ出た。
金メッキが施されたドアを開けると、そこにはいつもと変わらない部屋がある。いや、違う。大きな長方形の鏡から眩い光が溢れているが、鏡の中の私はいつもと変わらない。切り揃えられた短い髪に亜麻色のワンピース。橙色の眼。
「コレ、ただの鏡だよね……?」
次の瞬間、鏡の中から真昼の太陽よりも眩しい光が放たれる。白い水晶のような温かい光の中からは、人間の頭くらいはありそうな大きな卵が現れた。卵の色は薄い黄緑色で、模様は描かれていない。もう少しで孵るからか左右に揺れている。私は戸惑いつつもソレを撫でてみた。すると、一度撫でる度にヒビが大きくなっていく。限界までヒビが入った卵の中からは、どの図鑑にも載っていない未知の生き物が現れた。私の掌の中にいるその小さい子は、円な瞳でこちらを見ている。感触はぷにぷにしていて不思議な感じだ。薄緑の丸っこい子は大きく口を開けて、
「ぼく、ゼリモン!キミは?」
「私は美千代!そうだ、あなたに名前を付けなくちゃ。あなたはノルデ!昔、お父さんが買ってくれた絵本にいた人がそんな名前だったの」
「……ノルデ?」
「そう、あなたはノルデ!これからよろしくね」
その日から私はノルデと暮らすことになった。彼の姿を見たお手伝いさんは最初こそ驚いていたけど、素直で人懐っこいノルデはすぐに受け入れられた。私はノルデと一緒に散歩に行ったり、駄菓子を買ってやったり。簡単な曲をピアノで弾いた時には、
「美千代って何でも出来るんだね!すごいね」
「何でもって程じゃないよ」
「でもでも!ぼくには出来ないことばっかりだよ」
「ありがとう」
不思議なことに、ノルデと遊んでいると私の心が温かい何かで満たされていく。もう一人で泣いて眠ることもないし、憂鬱な気分になることもないだろう。私は彼を抱きしめながら、そんなことを思っていた。
朝になりベッドから起き上がると、ノルデには耳と胴体が生えていた。何だかてるてる坊主のように見えるが、名前を呼べばちゃんと寄ってくる。いつものノルデだった。けれど、外の様子がおかしい。小鳥の囀り一つ聴こえてこない。柱時計の音は確かにした筈なのに。カーテンを開けて、窓の外を見ると空が灰色の分厚い雲で埋め尽くされている。それだけならまだ良かったのだが、外には見慣れない紺色のコートを着た男がいた。その隣には人間には見えない黒い何かがいる。西洋の鎧を纏った竜人のような姿をした彼は、黄燐のような色の眼で窓の方を見ている。見るからに怪しい彼らには、早く去っていって欲しい。お手伝いさんが、
「お嬢様、お食事の時間ですよ」
と呼びにくるまで、私はずっとノルデと部屋にいた。着替えこそしたが、本当は一日中部屋の中にいたい。私はノルデと一緒に、重い足取りで食堂へと向かった。
階段を降りると、テーブルには私とノルデの朝食が用意されている。私のティーカップには紅茶が注がれているが、ノルデの分はただの水だった。アルミの皿に澄んだ水が満たされているのだ。白い円形の皿には焼きたてのロールパンと二、三本のソーセージと目玉焼きが盛られ、少し小さめのサラダボウルには手の込んだサラダがある。ノルデのご飯は切られたソーセージが入った、じゃがいもとにんじんのコンソメスープだった。サラダ以外はどれも温かく、まだ湯気が立ち上っている。
「……いただきます」
私は手を合わせてそう呟いた。ノルデはまるで犬か猫のようにご飯を食べている。美味しそうに食べてはいるが、ベロを火傷したのか一生懸命に水を飲んでいた。その様子を見た私は、少しだけ安心出来たので、パンを千切ってから口に運んだ。バターを塗らずとも優しい甘さが口に広がっていき、思わず笑みが溢れる。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
遊びに行こうと家を出た私とノルデは、いつもの大きな通りを歩いて映画館に向かおうとしていた。ほんの少しのお小遣いを握りしめて。だが、街の様子がおかしい。世界の終わりとしか思えないくらい静まり返っているのだ。静かな世界の中、私以外の足音が聞こえ、振り向いてみると、
「やあお嬢さん、こんにちは。君のことをずっと探していたんだよ」
地の底から這い寄ってくるような不気味な声と紺色のコート。傍らには黒い鎧の竜人。私とノルデは一目散に逃げ出した。全速力とはいえすぐに追いつかれそうだ。漸く振り切れたと思いきやそこは行き止まり。ノルデも私ももう限界だった。
「こっちへ来るんだ」
黒い竜人が私の手を強く引っ張り、コートの男のところへ連れて行こうとする。それでもノルデは、
「美千代を離せ!」
と体当たりをしたが、竜人は意にも介さない。コートの彼は誰に向けるでもなく、
「お前たちさえいれば………」
と呟く。
「美千代、美千代!」
ノルデが私のところに駆け寄ってくる。そのまま私に抱かれると泣いてしまった。
私とノルデは黒い車に乗せられた。扉はすでに閉められ、動き出してしまったのでもう逃げることは出来ない。鈍色に映る景色をぼうっと見ながら、そのうち私は眠りへと落ちていった。
キャラクター紹介
美千代
裕福なお家に住む尋常小学校四年生(今の小4。ちなみにこの時代、今の中学は高等小学校と呼ばれていた)の女の子
いつも寂しい思いをしているからか、ノルデがやってきた時には人一倍喜んだ
ノルデ(ゼリモン→グミモン)
鏡の中からやってきた幼年期デジモン ノルデという名前は美千代が大好きな童話のキャラクターから取られた
幹部の男
車で美千代とノルデを連れ去った男
モデルは及川だが、あちらとは違い雇われの身
ブレイクニューワールドにおける時代について
作中の時代は少なくとも昭和初期であり、デジモンという言葉は存在せず「あやかし」「妖獣」と呼ばれていた
人間が「境界」と認識したところから現れるが、逆もまた然り
「神隠し」と呼ばれる現象がまだ信じられていた時代のお話
まだテレビもパソコンもないが、デジモンはひっそりと人々の傍にいた(デジモンサヴァイブの解釈と、02での解釈を元にしているため)
また、美千代をグミモン(ノルデ)ごと連れ去った、ブラックウォーグレイモンを連れた男の正体は悪の秘密結社の幹部