なんというか。期待されちゃいないんだろうな。っていうのは、生まれた時から解っていた。
顔も知らない父親の、そのもうひとつ父親が辛うじて結果らしい結果を出したってハナシだけれど、それにしたって大して輝かしい成績でも無いらしい。
そういう訳だから、なんというか。ボクはつまるところ、二本足の彼らの「おなさけ」で、この世に生を受けたらしかった。
ブラッド・スポーツ。
ボク、というより、ボクらがそのうち駆り出されるという「かけっこあそび」には、そんな異名があるらしい。ようするに、血統が大事。ってコトだ。
まあボク、馬だから。難しいコトなんてわかんないんだけどさ。
何にせよ、おなさけで生まれてきた以上は、それからだってしばらくはおなさけも続くらしい。ボクは他の、同世代の馬達と、おんなじように育てられた。
乳離れと同時にボクらは母親から物理的に離されて、仔馬だけの生活(いうて、二本足達はけっこういるんだけど。「言葉のあや」って、こういう時に使えばいいのかな?)を始めることになった。
やることといえば、基礎体力作りだ。何も特別なコトをするワケじゃない。広い牧場を、ただただ歩き回ってさえいれば、それでいいらしかった。楽なもんだよ。
でもあれは嫌だったね! 二本足は「追い運動」って言ってたかな。オトナの馬に乗って追いかけてくるんだ!
今思えば、それも体力作り。ボクらを走らせたかったんだろうね。でもボクにだって、走りたい気分の時と、走りたくない気分の時がある。追い立てられて走るのなんて、なんだか莫迦みたいじゃないか。
だから、最初はびっくりしてみんなに混ざって逃げていたけれど、別に体当たりしてくるワケでもないって解ってからは、毎回無視してやることにしたんだ。
そうやって悠々と牧草を食んでいるボクを見る二本足の顔ときたら! 生意気! ってそう書いてあるんだ。はは、傑作だったね。
って言っても、ボクは走るのが嫌いだったワケじゃない。なんなら、他の仔馬達よりも好きなぐらいだったんじゃないかな。
それで、ボクがいつ、二本足がそうして欲しいと思っている通りに走り回っていたのかというと、それは夜の時間帯。
普通の仔馬は、暗くなると不安になって歩き回るものらしいのだけれど、ボクだけはそうじゃなかったのだ。
ボクは、この時間に。空を見上げながら走るのが、特別好きだった。
だって暗闇の中だと、昼間には見えない空のきらきらが見えるんだ。それが、すごく綺麗でさ。何度も試したから、届かないっていうのはもう解ってるんだけど、それはそれとして、追いかけてみたくなるのが牡馬のサガってものだろう?
きっと、それはボクの毛並みが、あのきらきらに似ていたからだと思う。
二本足達がコソコソ言っていたのは知っているんだ。追い運動の時もちょっとやそっとじゃ動じない大物のボクは、だけど毛色が格好悪いから、ジョーバクラブやらなんやらにも売り出せやしないって。
全く、あいつらセンス無いよね。
大きくなるごとにとどんどん目立ってきた、青毛(青っていうのは昼の空の色だけど、馬の毛並みの場合、真っ黒のコトを言うらしい。変なの)に連なる白色の斑点。
見たことが無いってみんな言うんだけど、その枕詞に「こんなみすぼらしい馬は」って付けるもんだから、本当に失礼しちゃう。きっとあいつら首が短いから、前と地面ばっかりしか見えてないんだね。もったいない。
つまり、ボクは、走る夜空なんだ。
背中にお天道様からこぼれたきらきらを背負って、走っているのさ。
そういうワケだから、ボクは追い運動には参加しないのに、他の仔馬たちと同じくらい、ひょっとするともっと元気に、すくすくと育った。
何も知らない二本足達は、そんなボクを見てよく首をかしげていたっけか。
そうこうしている内に、季節がひとつ過ぎていった。
ちょっとずつ緑の牧場は黄色や茶色、時々赤色が目立つようになって、外の空気がひんやりとしてきて。……そんな頃だったと思う。
ボクが、ヨシダと出会ったのは。
*
遠目に見てもびびっと来たよ。アイツ、普通の二本足じゃなかったから。……って言っても、アイツの気配に関しては、ボク以外の馬も、みんな気付いてたけれどね。オトナの馬達がいる厩舎からも怯えたいななきが響いていて、ちょっとした騒ぎになっていた。
ほとんど夕暮れ時だったと思う。太陽が山の向こうに沈んで、お空はほんのり薄紫色だけれど、雲の色にはまだ赤色がこびりついている。そんな時間。『逢魔が時』なんてオシャレな名前があるんだっけか。何にせよ、その牡の二本足は、「そういう時間帯」がピッタリなヤツだった。
ようするに、夜行性ってヤツ。
アイツを怖がっているのは、何も馬ばかりじゃなくって。いつもはエラソーにしている二本足達のボスも、四本足デビューをするのかなってぐらいに腰を低くしてぺこぺこ頭を下げながら、アイツの後ろをついて回っていた。
時々牧場に訪れる、仔馬を買いに来た二本足だっていうのはその様子から解った。
バヌシ、だったかな。オカネとかいう、二本足がごはんを手に入れるための道具を使って、食べるんじゃなくかけっこあそびをさせるために、ボクらをもらっていく変な奴ら。
ごはん以外にもオカネを使えるっていうのは、いわゆる生き物としてのステータスなんだろうけれど。それにしたって、物好きな連中だ。
でも、同じ『変』でも、あいつはとびきり。
まず、頭髪の色が違うんだ。ボクが見たことのある二本足は、大体が青毛。年を取っているヤツは葦毛。たま~に鹿毛とか栗毛がいるんだけど、アイツは干し草みたいな黄色っぽい毛色をしている。
それから、なんと言っても肌の色! 青っていのは、あの色のコトだ。でも、こうやって見ていると、確かに夜に紛れ込むみたいな色に見える。なるほどな。だから二本足は黒色を青って言うのか。少し勉強になった。
そんな、比喩でもなんでもなく真っ青な顔に、真っ赤なお面――よく夜空でせわしなく羽ばたいている、コウモリとかいう生き物に似ている――を付けていて、それも他の二本足とは違う変なところだけど、まあこの辺はホンニンのシュミってヤツだろうし。
「……変、とは失礼な奴だな」
なんて、変な二本足をつぶさに観察していたら、そいつはボクらでも躊躇するような高い柵を軽々と跳び越えて、放牧地の中へと入ってきた。
背中の黒と赤の布がぱたぱたとはためいて、それも、ちょっとコウモリみたいだなとボクは思った。
「こ、困ります、ヴァンデモン様!」
潜めた声で、二本足のボスがソイツを呼び止める。だけど「ヴァンデモン」と呼ばれたソイツは、ただ、ふんと鼻を鳴らして。
「我々デジタルモンスターは、リアルワールドのあらゆる生命体に対して病原菌を持ち込むようには出来ていない。……馬を怖がらせる、と言いたいのなら、今更だろう」
すぐに済む。と、二本足のボスには取り付く島もない。
イイ神経してるぅ。
「貴様もな」
気がつくと、ヴァンデモンなる二本足は、つかつかとボクの方へと歩み寄ってきていた。
近づいてきて判ったけれど、こいつ、瞳も本物の青色だ。肌とは違って、こっちは明るい、昼間の空の色をしている。
「そら、そうやって逃げもしない。他の馬達は、とっくの昔に厩舎に帰ったぞ」
そうは言うけれど、ボクだって、そんな風に具体的に話しかけてくる二本足は初めて見た。……いや、二本足とは違う生き物なんだっけ? さっきの言い方だと。
「ああ。私は、デジタルモンスター。その中の、ヴァンデモンという種族だ」
まあ、別にどっちだって良い。ようするにアンタは、とびきり変で、珍しい生き物ってコトでしょう?
それなら、怖がって見もしないだなんて、みんな損してる。
それに、これから夜が始まるでしょう? 夜は、ボクの一番好きな時間だ。アンタぐらいのアクシデントじゃ、すごすご厩舎に帰る気になんて、なれないよ。
ヴァンデモンは、またふん、と鼻を鳴らした。
鳴らしたけれど、さっきとは全然音が違う。
「変わり者だな」
夜に声があるとしたら、きっとこういう声だと思った。
果てしなく暗くて、それでいて、穏やかで、優しい声。
お互い様。
とボクはヴァンデモンを笑ってやったけれど、そう言ってやった割に、ボクはなんだかこの変な二本足が、とびきりお気に入りになっていた。
軽く鼻を寄せてやると、ヴァンデモンも、くすりと笑ってボクの額を撫でて返す。
「背中に乗っても良いか」
いいよ。と、ボクはヴァンデモンが跨がりやすい位置に移動する。
二本足がボクらに追い運動をさせる時(まあボクはノってやらないんだけれど)は、色々と馬に道具をくっつけて、それでようやく飛び乗っているけれど、ヴァンデモンときたら、やっぱりぴょん、と。ひとっ跳びでボクの背中の上だ。その割に、どすんと衝撃を感じたりもしないし、見た目よりも、ずっと軽い。強いて言うならちょっとひんやりするけれど、気になるところと言えばそのくらいで。
「頼んでおいて何だが、嫌がらないんだな」
何で?
背中に二本足を乗せるなんて、なんていうか、オトナになった感じがするじゃん。
実際、すごくえらくなった気分。ここに他の仔馬たちがいたら、アンタと一緒に追いかけ回してやるのに。
「やめてやれやめてやれ。……だが、そうだな。走るのは良い。走ってみろ。貴様がどんな走りをする馬か、私に見せてくれ」
ボクはぶるん、と首を振るう。二本足だとコレは「嫌」の合図になるらしいのだけれど、ボクの場合は気合いを入れる仕草。
言ったね? ヴァンデモン。
ふるい落とされても、文句はナシだよ?
「貴様こそ、誰にものを言っている」
とん、とヴァンデモンがボクの横腹を軽く蹴ったのを合図に、ボクはいつものルートを思いっきり駆け巡った。
言うだけはある。大したヤツだ。ヴァンデモンはボクの首の付け根に手を添えるだけ添えて、身体の軸がちっともブレる事がない。
背中に他の生き物を乗せているのに、何故だか、いつもより脚が軽いくらいだ。
それに、瞬き始めた空のきらきらが、普段よりぐっと近付いて見える。
「きらきら?」
不意にヴァンデモンが問いかけてくる。
いくら首の短い二本足って言ったって、ボクの背中にいるなら見えるでしょう?
ほら、アレだよ。空にある、さ。
「ああ……」
ようやく気付いたヴァンデモンの感嘆に混ざって、二本足のボスと二番目のボスが、ひそひそ話しているのが耳に届く。
――バケモノだの何だの言っても、馬に関しては何も解っちゃいない。
――大した血統でも無い。
――見てくれもひどく悪い。
――これで売れるなら、儲けものだ。
――後で文句だけ言われないように、逆恨みだけはされないように。
「天の河の事か。……成程、美事なものだ。あれは、貴様の背中に似ている」
へえ? アンタ、センスあるね。
ボクがそう言ってやると、ヴァンデモンは大口を開けて笑った。
ボクも力一杯いなないて返す。もう、余計なおしゃべりは何も聞こえない。浮かれたヴァンデモンの笑い声と、浮かれたボクが蹄で土を蹴る音だけ。ボクらが征くのを邪魔するものは、何一つとして存在していない。なんて気持ちの良い夜なのだろう! なんだか、たまらなくえらくなった気分だ。
「そうだ、貴様。ナイトロードと名乗れ」
興奮気味に、笑うのの延長みたいな声音で、ヴァンデモンがボクの肩を叩きながら言う。
……ナイトロード?
「私の必殺技から取った名だ。ナイトは夜。ロードは、この国の言葉を用いて表記すれば、支配者であり、道を指す言葉にもなる」
夜の支配者。
夜の道。
……それってひょっとして、きらきら、ってこと?
それが、ボクを指すコトバになるって?
「ああ、そうだとも!」
だから、私の馬になれ。と。ヴァンデモンは、ダメ押しのようにまたボクの肩を軽く叩く。
いや、まあ。
決定権、有って無いようなものでしょう? オカネを使えば、アンタはボクが何と言おうが、ボクを連れて行けるんだから。
「それはそうだ」
でしょ?
「不服か?」
いや全然。
「ふむ。だが言われてみれば、一方的なやり方である事は否めんな」
ならば、こうしよう。と。
何か提案があるようだったので、落ち着いて聞くためにボクは一度脚を止める。
ヴァンデモンもボクの意図を察して、ボクの背中を軽く手で押して文字通り飛び降り、すっ、と音も無くボクの目の前に着地した。
「貴様も、私に名前を付けるといい」
アンタの名前?
首をかしげる(疑問がある時は、こうやるのが二本足流らしい)ボクに、ヴァンデモンは仰々しく胸に前足を当てながら、大きく頷く。
「丁度良いのだ。固体名は持ち合わせていなくてな。貴様からの命名を以て、我らの契約としよう、ナイトロード」
ケイヤク。
「約束の事だ。人間……貴様の言うところの『二本足』風に言うと、この先私がお前の『パートナー』である、とのな」
貴様の好きな名で私を呼べ、と。にやりと紫の唇を吊り上げるヴァンデモン。
でも……好き? 好きな名前?
でも好きなものの名前を付けると、それは少しややこしい。ボクの好きなものもヴァンデモンも、同じ名前になってしまう。例えば彼を「夜」と呼び出したら、時間帯のことを言いたいのか、ヴァンデモンの事を言いたいのか、わかんなくなっちゃう。それは面倒くさい。
うーん、
うーん。
……ああ、そうだ。
散々頭を捻って、ボクはようやく思いつく。
夜や柔らかい干し草以外に、好きなもの。
いや、ものっていうより、好きなコト。もっと言うなら、好きなコトに続く合図。
ヨシ、ヨシ。って言うんだ。二本足。ボクらの世話をしたり、褒めたりする時に。
というワケで、ヨシダ。
アンタの名前は、ヨシダでどうだろう?
「ヨシダ……」
青い目を丸く見開き、ボクのコトバを繰り返して。
「ヨシダ、ときたか!」
次の瞬間、ぷふっ、と盛大に噴き出して、ヴァンデモンはこの日一番の大笑いを見せる。
……何? ひょっとして、嫌だった?
「いや、いいや! そうも人間じみた名前を付けられるとは思っていなくて、逆に驚いたのだ。だが気に入った。気に入ったとも。……くく、ヨシダ。ヨシダかぁ。長らく悪性の存在と定められてきたこのヴァンデモンに、〝ヨシ〟ダとは……っくふふ」
よほど面白いのか。ヴァンデモン改めヨシダはくつくつと肩を揺らし続けている。
気に入ったのならそれこそヨシだけれど、多分端から見ると――いや、実際に喋っているボクから見ても結構アブナイ奴になっている。
だけれど、そんな奴でも。
いや、そんな奴だからこそ。
どうやらヨシダが、ボクのバヌシ。コイツ風に言うなら、パートナーというコトらしい。
実際気分は悪くなかった。なんたって、今日からボクは、あのきらきら。
夜の支配者。夜の道。アマノガワ。――ナイトロード。
「ああ」
ようやく腹を抱えるのをやめて、ずい、とヨシダはボクの鼻先に立つ。
「よろしくな。我が愛馬、ナイトロード」
よろしく。ボクのパートナー、ヨシダ。
ボクらはそうして、お互いの額をこつんとぶつけ合った。
*
それから、3つ程季節が巡った。
しっかり食べてたくさん動いて。すっかり大きくなったボクは、オトナらしく身体にたくさんの道具を付けて、他のオトナの馬達の背中を追いかけている。
今日は、初めての『かけっこあそび』の日。
狭く区切られたゲートに、二本足を乗せた馬がお行儀良く並んで、一斉にスタート!
もちろん、ボクの背中にはヨシダが跨がっている。色合いだけはいつもの服に似せたぴちぴちの衣装(勝負服って言うんだって。見た目はともかく、名前はかぁっこいい~)を着て、紺のヘルメットと、目の周りをゴーグルに改造した赤いコウモリの仮面を装着したヨシダが。
ここに来るまでに、そういう訓練もしてきたのかもしれない。牧場に居た時みたいに、目に見えてヨシダを怖がる馬は、いなかった。
先陣を切っている7番のゼッケンをつけた、赤みがかった鹿毛馬だけは怯えている風だけれど、それはむしろ、この馬の強み。事実として、まだ前半なのに、7番の馬はぐんぐんと後列を引き離していく。
……ボクらの走る芝生のコースを囲むたくさんの椅子。そこにまばらに腰掛けた二本足達のほとんどが、ボクとヨシダを見てくすくすくすくす、莫迦にしたように笑っていた。
みすぼらしい馬だとか。
バケモノの道楽だとか。
今だってそうだ。かけっこあそびに参加している馬の中で、最後尾につけているボクらを「やっぱりな」だとか、「なってない」だとか。
久しぶりに聞いたけど、やんなっちゃうよ。
全くさぁ。ホントのホントに、センスが無いんだから。
「言わせておけ」
お尻を浮かせた、馬の姿勢をマネするみたいな格好でボクの背に跨がるヨシダが呟く。
いやまあ。最初からそのつもりって言うか、ボクにどうこう出来るハナシでも無いんだけれど。
それよりヨシダが大丈夫? なんか焦げ臭いんだけど。
「太陽光で皮膚が焼けているからな」
痛そう。
「はっ。言っている間に、お前も尻に火を付けてもらう事になるぞ」
ヨシダの言った通り、その時はすぐにやって来た。
ぱちん、と黒い鞭で、ヨシダがボクの尻を叩く。そんなんじゃホントに火は付かないけれど、仕掛けるタイミングだって意味なのは今更聞くまでも無い。
戦闘との差は、馬9頭分かな。馬身って言うんだっけ? なら9馬身。
最後のカーブに向けて、列がわぁっと縦にも横にも広がる。一番後ろからは、それがとってもよく見えた。
ヨシダとケーヤクして。
かけっこあそびに向けた練習をたくさんしている内に、ヨシダがこんな事をボクに言った。
ボクには、フツーの馬が持っている『臆病さ』が欠けているって。
例えば、かけっこあそびで最初から最後まで先頭を走り続ける馬は、その臆病さのおかげで、ずっとすごいペースで走り続けられる。らしい。……疲れそうで、大変だ。
でも、ボクにはその臆病さ(強み)が無い。
だからと言って、馬群に紛れて相手と牽制し合う程、他の馬と一緒にいるのもあんまり好きじゃ無い。
じゃあ、どうするか。
「最後尾に付けて力を温存し、最後に全員追い抜いてしまえ」
……なんて、ヨシダは簡単に言いやがったのだ。
でも、ああ。
実際にやってみると、ヨシダの言っていた事がすごくよく解った。
力を溜めていた脚で、蹄を叩き付けるようにして地面を蹴る。
ここに来るまでに観察し続けた、他の馬の癖。
隙間に割り込んで、隣をすり抜けて。ヨシダの鞭(合図)に合わせて、1頭、また1頭に、燃えてはいないボクのお尻を拝ませてやる。
そうするのが、全然怖くないのだ。
「4番、上がってきた。4番、4番は――ナイトロード! ナイトロードだ! 史上初のデジモンのジョッキーが駆る牡馬、ナイトロード、一番人気、7番、フレアフラワーに並ぶ――」
鹿毛馬以上に、鹿毛馬の上に居るジョッキーが動揺した隙を突いて、ボクとヨシダは彼らがずっとキープしてきた先頭(ハナ)へと躍り出る。
――ああ。天気は晴れ。真っ昼間。空はヨシダの瞳の色。
それなのに、牧場で見上げていたときよりも、きらきらがずっと近いところに、くっきりと見える。
「ナイトロード! 1着は4番、ナイトロード! 2着フレアフラワーとおよそ2馬身差!!」
ゴールの目印になっているアーチを横目に走り抜け、それから、ボクは少しずつ速度を緩めた。
客席のあちこちから聞こえてくる。言い方はバラバラだけど、言っている事は大体一緒。ズルをしたんじゃないか。って。そんなハナシ。
するとヨシダが身体を起こし、つば付きのヘルメットを外して太陽光に皮膚をさらし、二本足達を見渡しながら恭しく一礼する。真後ろは流石に見えないけれど、臭いは解るし、ぶすぶすぢりぢり、嫌な音は耳元に届いている。……顔からうっすらと黒煙を立ち上らせているヨシダの「誠意ある」パフォーマンスに、連中はうっ、と押し黙った。
愉快愉快。
……愉快だけれど、大丈夫? ヨシダ。
「大した問題じゃあ無い」
じゃあいいか。
「そうだ。それよりも、貴様の今後の事だ」
ええっと。
このかけっこあそびで一等賞になったら。
確か、もっと速い馬がたくさん出るレースにも、出られるようになるんだっけ?
「ああ」
ヨシダがボクの背に腰を落として、ヘルメットを被り直す。
……やっぱりそんなに大丈夫じゃ無かった感じ?
「大丈夫だ。……と。強がれる内に、言っておこうか」
フン、と鼻を鳴らして。強がりなんてとても思えないくらい穏やかに、夜の声で、ヨシダが囁く。
「獲りに行くぞ、冠(クラッシック)を。名実ともに、支配者(ロード)たるを目指してな」
イイね、とボクも、鼻を鳴らす。
やっぱりアンタ、センスがあるよ、と。
*
その昔、あるいは現代。何も知らない夢想家達が言った。
「全ての争いに、スポーツで決着が付けばいいのに」と。
奇しくもデジタルモンスター、縮めてデジモンの登場によって、まるで現実味の無かった夢物語は、現実味を帯びた方が良いかもしれないハナシとなる。
何せ、デジタルモンスターがその気にさえなれば、国も人種も身分も、そもそも人間の意志なんてまるで関係なく、誰もが『兵器』を持てる時代が到来したのだから。
そうして、やっぱりリアリストじゃなく、何も知らない夢想家達が言った。
「生き物を。例えば馬を介したスポーツならば、人間はデジモンとも互角に勝負が出来るのではないか」と。
言ってみるもので、そうすると。それに乗っかる物好きも現れた。
そいつはボクの背中にも乗っかって、デジモンが――いや。自分が一番強くて偉いと、証明してみせる心積もりらしい。
『ブラッド』・スポーツで、吸血鬼が負けるワケがないだろう。って。
まあ、「実際のところ」なんて知らないけどね。
なんたってボク、馬だから。難しいコトなんて、わかんないのさ。
つづく
私とてザビケの男だ無駄時にはしないイイイイイイ。夏P(ナッピー)です。
いい話だった!
なに、「つづく」!?
というわけで、あまりに一つの話として完成度◎過ぎて「いい短編だった!」と心に踏ん切りを付けていましたが、これはザビケでした。ヴァンデモンと馬の出会いと研鑽の物語できれいさっぱり纏まっている! ちゅーか、快晴さんホンマにヴァンデモン好きっすね! みたいな変な部分でニヤニヤしていたら続き!? 続くのかコレは!?
ナイトロード自身は人を喰ったような物言い(というかモノローグ)しつつもヴァンデモン様の日焼け気にするなど決して悪い奴ではございませんでしたが、時折見せる言い回しにはちょいちょい黒いものを感じる……でも少なくとも第1話時点では“普通のお馬さん”ってことで間違いないんですよね……? ミルキーウェイはしゃーない。
競走馬自体、もう10年ぐらい離れてしまっているので全然詳しくないのですが、命名シーンはキチンと己の必殺技とかぶせる辺り憎いヴァンデモン様。例によってピンク色の聖騎士の顔が浮かびましたが、アイツも進化前時点の愛馬メイルドラモンを駆って参戦していたりするのでしょうか。……なに、ここ人間界!? 人間とデジモンが普通に共存している世界だったのか!?
ヴァンデモン様ラストのスタンディングオベーションで満足してチリチリ灰と化して消滅するものかと思いましたが、そんな感動的なシーンは(まだ)早かった。
それでは2話目考えてきます。綺麗に一つの話として終わっているので、何するんだコレはと上では言いましたが、何でもできますねコレは。
あとがき
編集担当ぼく「お前、動物に擬人法使う話苦手っつってなかった? てか馬主と飼い主と調教師とジョッキー全部兼任って設定、いくらデジモンのジョッキーが初とか付けても無理あるんじゃない? 第一放牧場への侵入ってやっぱりダメだし、あとただでさえデジモンだから馬を怖がらせるのに走りながら焦げ臭いにおいをまき散らすってやっぱり妨害行為に該当するのでは?」
ぼく「それらを全て「まあボク馬だから難しいことわかんない」で誤魔化そうと思うんです」
編集担当快晴「じゃあいいか……」
はい、というワケでこんにちは。好きな愛バはセイウンスカイ。快晴です。それはそれとして9月3日の新潟記念で拙作の登場人物と同じ名前の馬『サリエラ』が走りますから応援しなさい。(謎告知)
そういうワケで、こいつがみなさんの愛馬です。後は頑張って下さい。
……と、冗談はさておき、今回はデジモン創作サロン公式企画『THE BEGINNING フリーマーケット』に参加させてもらっています。『ブラッディ☆ロード』、いかがでしたでしょうか。
ナイトロードくんは当初美しい青毛馬にする予定だったのですが、なんかそれでは盛り上がらんだろうと色々とサラブレッドの毛色を調べた結果、イギリスで活躍したザテトラークという馬に行き当たりまして。
このザテトラークという馬、葦毛にぶち模様と非常に奇妙な毛色で(まあ現代にもブチコという斑模様の競走馬が活躍していたのですが)、セリにかけられた時はあまりのみすぼらしさに嘲笑されたにもかかわらず、生涯7戦全てを勝利で飾り『20世紀最強の2歳馬』とまで呼ばれるようになった……という話を聞き、これだ、とモデルにした形です。(なお走りはウマの娘のゲームでゴルシちゃんを周回して参考にしました)
まあ実際に『青毛にベンドア風の異毛斑』という競走馬は、自分が調べた限りでは見つからなかったので(多分)実質オリジナル毛色です。遺伝子上そうなる事は無いとか言われても快晴わかんないのでよろしくお願いします。
名前に関しては競走馬のデータベースを検索して被らないものをつけました。最初はミルキーウェイかアマノガワにしようと思ってたんですが、いらしたので……。
ちなみにヨシダは「まあヨシダかなあ」って感じでヨシダにしました。最初はヴァンデモン以外にしようと思っていたのですが、皮膚を焼きながら馬に乗って駆け抜ける吸血種デジモン、エモくない? となったのでヴァンデモンにしました。妨害行為とか言われても快晴わかんないです。がんばれヨシダ。お前に本作のデジモン要素が(少なくとも1話時点では)全てかかっている。
まあこんな感じで、キャラクターのざっくりとすらしていない紹介でした。続きを書くと言う方は彼らをご自由に解釈して、このままクラッシックを走らせるなり、諦めて地方で賞金稼ぎに行くなり、いっそ競馬をやめて2体でデジタルワールドに行くなり、もっと快晴の思いつかない路線に切り替えるなり、好きに書いてあげて下さい。わかんないところはナイトロードくんに「馬だからわかんない」と言わせて乗り切りましょう!
と言うわけで、改めて『ブラッディ☆ロード』をお読みいただき、ありがとうございました! うちの愛馬を、どうかよろしくお願いします。
ザビケ企画、楽しんでいきましょう!