必ずキミを迎えに行く
大切なパートナーに約束した想いを胸に
私は完全体ヴァンデモンへと進化を果たした
しかし私はピエモンから逃げられない
何故なら
この日、私はピエモンに吸収されてしまうのだから
過去
デジタルワールドでもない、人間界でもない狭間の空間でピエモンが作った城がシャボン玉の様にふよふよと漂っていた
シャボンの中を覗くとピエモンに無理やり連れて行かれ玩具と化したデジモン達が人形の姿に変えられたまま牢屋という玩具箱に入れられている
中にはナイフでズタズタに切断された人形が冷たい石タイルに無惨に投げ捨てられていた
城の内部は監禁する部屋がたくさんある
その中で一際広い独房に鼻歌を歌いながら道化がスキップをしながらガチャンと厳重にかけられた鍵やチェーンを外し足を踏み入れる
『はぁい♡ヴァンデモン!今日はアナタの進化記念日にしてアタシたちの誕生日よ!
これからアタシとジョグレス進化しなさい』
これは命令よ
ねっとりとした口調でピエモンが話しかけるその目線の先、手足首を太い鎖で固定され壁に張り付けられたヴァンデモンの姿があった
『嫌だ、と言ったら?』
『あら酷いわ!アタシの言う事今までなんでも聞いてくれたのにぃ!』
『ああ、そうさ!これまでお前の言う通り何でもしてきた!家事から教育、お前のご機嫌とりの拷問や罪もないデジモンの殺人まで!』
『今でも覚えてるわ!幼年期を殺めたあの時のアナタの顔、アタシ覚えてるわ!』
『改めて言う、お前なんかとジョグレス進化はしたくない!!』
『何度言ったら分かるの!!
アタシのことは"ハニー"とお呼び!!』
バシンッとヴァンデモンを殴る音が暗い独房から響き渡る
『がはっ…!』
ピエモンに殴られた衝撃でヴァンデモンの首の骨は一回転捻れたままポキリと折れてしまった
しかしヴァンデモンは自然治癒能力、不死の体な為、たちまち180度曲がった首の向きはぐるりと元通りに戻る
『相変わらず素晴らしい肉体ね!
けど勿体ないわ!アタシと一つになれたら最強な体になれるのにぃ!』
『死んでも…お前をハニーとは呼ばないし
一つになんかならない』
唇から血が流れ、乱れた前髪越しでピエモンを睨みつける
『もぉ!やだぁ!その余裕な顔、目つき、そそるわぁ///』
ニヤニヤと笑みを見せたつかの間、ピエモンのトラン・プソードがヴァンデモンの胸元に突き刺ささる
『ぐぁっ!』
『さぁ、アタシに見せてちょうだい』
この世で稀に見るアナタの宝石のデジコアを
ブチブチブチッと縦上に切開しヴァンデモンの赤い宝石デジコアをさらけ出す
『いつ見てもアナタのデジコアは美しいわね』
ピエモンはうっとりと大きく溜息をつきながら馴れ馴れしくヴァンデモンのデジコアに触れ、頬擦りしだす
ヴァンデモンはその光景に思わず瞼を閉じる
愛するパートナーに触れてほしかった
ピエモンに何度デジコアを暴かれて何度汚されたか
私はピエモンの所有物じゃない
ピエモンはデジコアをコレクションとして掻き集めている、そして私というルビーを見つけたのだ
終いには取り出そうとしたことさえある
いずれにせよかれこれ20年以上ピエモンの好きな様にされ、完全体へと進化したことでこれまでに溜まりに溜まった怒りが爆発した
しかし、ピエモンは強い
そしてこのザマだ
独房に閉じ込められ、死ねない体だということを理由にろくに食事も与えられない
屈辱的だ
ピエモンがデジコアに触れる度にゾワゾワと悪寒が襲い気持ち悪くなり吐き気がする。心臓を直接撫でられるに等しい感触がヴァンデモンを襲う
ピエモンは身悶えするヴァンデモンの様子を楽しんでいた
『これ以上、私に触れるな!!!』
拒絶するヴァンデモンを無視し、ピエモンは悪い表情を浮かべながら彼のデジコアを舌なめずりしペタペタと触れだす。『やめろ!』と拒絶の言葉を叫ぶほどピエモンの手の動きを止めない
抵抗しようにもアンデッド捕獲用の聖なる鎖のお陰で動けば動くほど力が抜けてしまう。虚しくジャラジャラと音が鳴り響くだけである
唾液まみれとなったデジコア
てらてらと更に輝きを増すと同時に屈辱的な怒りの感情が湧いてくる、がそれすら鎖によって打ち消されてしまうのでただ目をつぶることしかできなかった
そうしてただ時が経つだけだった
朝なのか夜なのか分からないくらい長い時間ピエモンの手で
傷が塞がらないよう4本のトランプ・ソードで胸元をこじ開けられデジコアを暴かれた状態だったのでヴァンデモンはぐったりしていた
何よりその姿を楽しむピエモンに心底嫌で嫌で仕方がなかった
『気持ち…悪っ…』
『オホホ!アタシのお陰で更に綺麗になって良かったじゃないの!』
『私にこんな気色の悪いことをして、ジョグレス進化なんてできるわけないだろ!』
『えぇ、確かにそうね』
笑を作っていたピエモンの顔がスンッと真顔になる
大丈夫、安心してアタシの"ダーリン"
ジョグレス進化はただの信頼関係で成り立つものではないのだもの
『ねぇ知ってる?人間はオスとメスで"交尾"というお互いを愛し合う行為をするらしいわよ』
今からするのはその"愛の儀式"というやつよ
ザクッ
ピエモンは自らの胸にナイフを突き立てヴァンデモンと同じ様に胸元からデジコアをさらけ出す
『お前!?何を!?』
『何って?ジョグレス進化する為に今ここでアタシとスるのよ』
アタシを見てヴァンデモン
その目に焼き付けなさい
これがアタシの美しいデジコアよ
血を吹き出しながらピエモンの胸元から現れたのは青く輝くサファイアの宝石
しかしその輝きは邪悪なオーラを放っていた
ピエモンは自らのデジコアに触れ、その輝きに酔いしれる
『赤と青が混ざったらどんな色になるかご存知かしら?』
コアをヴァンデモンに押しつけ馬乗りにながらピエモンが迫ってくる
獲物を狙う獣の様な眼差しに思わず弱気になったヴァンデモンは悲鳴を上げ、泣き出した
『嫌だぁ!お前なんかと一つに成りたくない!!!!』
彼女と出会った日のことを走馬灯のように駆け巡る
約束したんだ
必ず迎えに行くって
そうだ!私のハニーは彼女だけなんだ!
こんなヤツなんかと溶けたら彼女に会う顔がない
いや、それでも彼女以外私に触れるな!
『さぁ、ヴァンデモン』
今夜はアタシと楽しみましょう?
『いやだぁあああああああああ!!!!!』
コツンとデジコア同士がぶつかり合う
その瞬間黒い光が溢れ出し、赤と青のデジコアが黒に近い紫色へと変色する
意識が、体が、何もかも溶けていく
ぐちゃぐちゃと闇が体を覆い目の前が見えなくなる
ヴァンデモンの意識を手放した
ヴァンデモンとピエモンは当たりを侵蝕する深淵の闇へ呑まれ、ボルトバウタモンへとジョグレス進化を果たした
ボルトバウタモンの意識はほとんどピエモンが主導権を握っていた。その為ヴァンデモンは闇のまどろみの中でぼんやりとボルトバウタモンの意識を垣間見るしかなかった
そして現在
時計の針が夜中の2時を指す頃
「うわあああああああ!!!!!!」
涙を流しながら棺桶から飛び起きる
息を切らし、頭を抱えながら見覚えのある周囲を見渡す
ここは野薔薇の部屋
決してあの暗く冷たい独房じゃない
ああ、そうだ
私はもうあの変態サイコパスピエロから自由の身になったんだ
時々アイツが夢に出てくる
様々な拷問をされたこと
ピエモンの望む返答をしなければ暴力を振るわれたこと
体をバラバラにされ一部を捕食されかけたこと
その時のことを思い出すだけでも吐き気を催す
手で顔を覆い、深い溜息をつくと隣で寝ていた野薔薇が目を覚ましベットから起き上がる
「どうしたの?」
「野薔薇…いや、ハニー!」
涙目だった目を擦りヴァンデモンは野薔薇に抱きつくように覆い被さる
「うわっ…!いきなり抱きつかないでよ!」
「ご、ごめん!ちょっと昔の夢をみちゃって…」
「昔?」
どんな夢?と聞こうとしたが
カタカタと体を震わせ青ざめた表情のヴァンデモンの姿に野薔薇は口を閉じ、黙って彼のの頭を撫で自らの胸に抱き寄せた
「ハニー!?」
「いいから聴いて、私の心臓の音」
少しは落ち着くはずよ
野薔薇は目を閉じヴァンデモンの頭部を優しく腕で包容する
「これがハニーの心臓?」
野薔薇の胸に耳を澄ますとトクントクンとリズミカルな心臓の音が聞こえてくる
ヴァンデモンは冷たい耳を野薔薇の胸に押し当てたまま恐怖心が退くまで暫く聞いていた
以前野薔薇を元気づけようとデジコアを見せた時と同じことをされているのか
他者にデジコアを見せる
それは特別な相手にしかやらない
我々デジモンの急所であり弱点でもある
傷がつけば転生した際重要なデータ情報が欠けてしまう場合がある
それにしても不思議だ
不安が嘘のように消えてしまった
これもハニーの、野薔薇のお陰なのだろうか
「落ち着いた?」
数分ほど野薔薇はヴァンデモンの背中を摩っていた
「ありがとう」だいぶ落ち着いたよ、と返すと野薔薇はヴァンデモンに素敵な笑顔で微笑んだ
「良かったー!じゃあ仕上げに血をあげまーす!」
「えっ、ちょっ!?」
ちょっと待って!!とヴァンデモンの静止も聞かず肌着を脱ぎだし下着姿になると、真っ白な肌首筋を彼に見せつけるように誘惑する
「ダメだよ!この前痛がってたし、これ以上負担をかけたくないよ!!」
「え、飲みたくないの?」
「うぅ…本当は…ものすごく飲みたいさ、けどぉ」
「飲んでよ、ダーリン」
「!?」
その呼び名にヴァンデモンはビクンッと体を震わす
「ハニー…今、私のことダーリンって」
「言ったよ、もう一度言うよ」
ああ、ダメだ
これ以上聞いてしまえば抑えられなくなる
しかし全細胞が彼女の声に耳を傾けざるを得ない
ピエモンにあれだけ呼ぶように毎度強要されては暴力を振るわれ嫌だった大嫌いな単語、それがこんなに嬉しくトキメク日が来るだなんて夢にも思わなかった
ダーリンか
悪くはないな
もし呼ばれたら
彼女の頼みは絶対に断れない
『飲んでくれる?』
MY DARLING
ドクンッ
喉がものすごく渇く
ヴァンデモンは彼女の願いに応えるべく手を取り中世の証として甲にキスを落とす
穏やかな表情を浮かべ落ち着いた声で承諾のセリフを述べる
「YES MY HONEY」
ヴァンデモンの言葉を最後にブツンッと室内を照らしていた電気が切れる
真っ暗な寝室で2人の影が重なり合う
聞こえてくるのは咀嚼音と小さな声
彼女の肩の皮膚を食い破り、溢れ出る血と甘酸っぱい香りが2人を包む
血を飲み込む度に野薔薇の温もりを感じる
自身を焼き殺す太陽以上に熱い命の脈動
改めて野薔薇と共に入れることに嬉しさのあまり涙を流しながら彼女に存分に甘える
「ヴァンデモン…」
野薔薇はヴァンデモンの大きな手を取りゆっくり握りしめ、ヴァンデモンも強く握り返す
「ハニー…ありがとう、美味しかったよ」
「不味くなかった?」
「?とても美味しかったけど…」
「よかったー!実は午前中から会社の健康診断でさ、血液検査で血がドロドロしすぎって前回お医者さんに注意されちゃったんだよね」
「え」
「これで安心して眠れるわ!ありがとね!」
「ま、まさか…」
その為に私に血を吸わせたというのか?
「ヴァンデモンが美味しいって言うなら今年は大丈夫そうね!」
「ええ…」
「あ、あと4時間寝れるね!おやすみ!ダーリン!」
安心したのか、それとも血を吸って貧血を起こしたのか、野薔薇はそのまま掛け布団を被りスヤリと眠ってしまった
ヴァンデモンの高ぶった想いは何処へやら
野薔薇のペースに毎度振り回されながらもどことなく愛おしくてたまらない気持ちでいっぱいになってる自分がいる
キミと一緒にいれるだけで
私は幸せだ
寝入った彼女の額にキスをし、ヴァンデモンも寝ようとベットから立ち上がる
ふとまだお互い手を繋いだままであったことに気がつく
手を離そうとすると手を強く握り返されてしまい、これでは棺桶で寝れそうにないな、とヴァンデモンはやれやれと眠る野薔薇に寄り添う形で横になり共に眠りにつくのだった
道化がこちらを見ている
せっかく手に入れた宝石をみすみす逃すはずがない
彼らに近づこうとすると何故かいつも邪魔が入る
大方検討はついている
家政婦として雇われたピコガキ娘ともう一人
「アタシとダーリンの仲を引き裂いた元凶が今度はあの小娘を守っているだなんて、ほんと腹が立つわ!!!!!」
得意の瞬間移動も、ハッキングも全て無効にされる。アイツは一体何者なの?
「いい事思いついた!」
流石のヴァンデモン達も彼女の勤め先の社内事情までは知らない、ならそれを逆手にとればいい
「それにしても、毎日嫌がらせを受けても先輩としての責任は放棄せず優しく対応したり難しい案件にもめげずに仕事してるのだから全く、お人好しすぎる子と契約したわね」
道化が人間の姿へと変えていく
オシャレを好み面倒な仕事は全て野薔薇先輩に丸投げす、嫌がらせを楽しむ倉道海香という女に成る
そう彼女の正体はピエモンだったのだ
「また会社で会えるのを楽しみしてますよ」
先ぁ輩♡
ピエモン、またの名を倉道海香は瞬く間にその場から姿を消す
アタシは狙った獲物は簡単には消さない
赤い宝石と共にお前の大切な人間の命を飾ろう
誰もいなくなった道路にトランプのスペードのカードがヒラヒラと地面に落ちる
スペードのカードの意味は『死』
「悪趣味なやつだ」
キャップを被った黒い男がどこからともなく現れ、落ちたカードをその場で拾い破り捨てる
懐で眠るピコデビモンとヴァンデモン達が寝ている寝室の窓に目を向け「幸せな時間がいつまでも続きますように」と呟くと男もまた風の様に姿を消す
この日から
私達の日常に亀裂が入る
██████が死ぬまであと███日前
〖つづく〗