瞳を閉じれば蘇る
ヴァンデモンが戻れたらやり直したいと願う一番辛い過去がある
遡ること25年前
大人たちの悲鳴と逃げ惑う患者たち
破壊され瓦礫と化した院内
舞い上がる砂埃
そして暴徒化したウイルス種デジモン
これの光景は嫌というほど夢にみる
彼女と離れ離れになったあの日
私たちの運命の起点となった日
『だぁだぁ…』
危険をいち早く察知した私はひとり座りとハイハイが辛うじてできる彼女を安全な場所へ移動させようと病室から抜け出した
しかしアイツらの目的は私だった
炎に反応した院内のスプリンクラーが作動し水浸しになる
火災報知器がうるさく鳴り響く中、赤ん坊が手を伸ばす先、病院内を無差別に暴れるデジモンとそれを従え操る道化の姿がいた
そして道化の手には赤ん坊とパートナーデジモンである幼い私の姿があった
『あら、この小さい人間がアナタのパートナー?』
道化は彼女の存在に気がつくと手に持っていた剣を彼女へ向け歩み寄る
幼い幼年期の私は抜け出そうと必死にもがくが道化の手はガッチリ掴まれて逃げることができない
『はなちて!ボクのハニーに手をだちしたら承知しないぞ!!!』
『おほほ!威勢がいいわね!ますます気に入ったわ!』
『ギャッ!!!』
口から血が吹き出す
道化の指の力でボキッと私の体の内部が潰れる音がする
それでも自身の生まれ持った自己再生力のおかげですぐに崩れた体は元に戻る
その様子を見ていた道化は更に喜びだす
『素晴らしい再生能力!やっぱりアナタ只者じゃないわ!!うふふ、ここ人間世界に来た甲斐があったわね!』
『どゆこと?』
『最初アナタのデジコア目当てに襲撃したんだけど決めたわ!アナタ、アタシの恋人になってちょうだい♡』
『な、なんだって!?』
『幼年期でその再生能力!不死に近い体を獲得している!ああっ!!!将来アナタはアタシよりも強くなれる!今から育てればアタシの理想のダーリンになれる!でもそうね、アタシに着いてきてくれればこの餓き…いえ、大切なパートナーの命は奪わないであげるわ』
人間って生き物はね、デジモンの様に一度死んだら蘇らないのでしょう?
どうする?今生の別れになりたくないでしょ?
ねぇ?
剣先を赤子の首に向ける
しかし幼い彼女はそんな現状を理解出来ておらず「キャッキャッ」と無邪気にこちらに笑いかけている
その笑顔が冷たい屍になってしまうのだけは想像するだけでも背筋が凍りつく
『わ、わかったよぉ…その代わりハニーに、彼女に手をだちゃないで…』
『良い子で助かったわ♡』
『あとハニーにお別れさせて、お前と行ったりゃ、もうあえなくなるんでちょ』
『えぇ!そうね!そうね!
今生の別れになるんだもの!アタシだってそこまで残酷なクラウンじゃないわ!』
さぁどうぞ!と道化に床に下ろされた小さな幼年期デジモンは直ぐに彼女の元へ跳ねて行く
『ごめんねハニー、ボク、キミとは一緒にいらりぇないみたい…』
『うー?』
『けど約束すりゅよ、ボクは必ずキミを迎えに行くかりゃね』
カプッ
小さくて柔らかい彼女の小指に幼年期デジモンが噛み付く
歯がまだ生えてないから血は出ない、だから痛みもない
ただ再会を願うおまじない(呪い)をかけた優しい甘噛み
そのおまじないの代償は己の血
離れている間に彼女を守るための結界
死ねない体、アンデッドとして生まれた幼い私は全身の血を彼女に捧げた
全身の穴から吹き出す血を彼女にぶち撒けマーキングを施す
血の流しすぎでよろよろと彼女の胸に擦り寄りながら私は微笑む
『またねハニー』
デジモンの血を浴びた彼女はキョトンとした顔で私を見つめるが、私は彼女を見つめ返すことなく道化に連れ去られ人間世界から姿を消した
その後彼女は後から来た大人たちに保護された
全身に浴びた血は拭き取られデジモンの匂いも自身にデジモンがそばに居たという記憶も時間と共に無くなった
それでも私が噛んだ指、中指は時間が経つにつれて赤くくっきりと歯型が浮かび上がる
それはまるで婚約指輪のよう…
現在
私の名前は野薔薇 愛花
25歳 独身 趣味はオタ活とコスプレ
最近、デジモンを飼い始めた
朝6時
ジリリリリッ…!!!
ピピピピッ!ピピピピッ!ピピ…
「うーん」
大嫌いな目覚ましとスマホのアラームが鳴り響く
私、朝は苦手
現実は辛いことばかりだし
皆だってずっと夢を見ていたいじゃない?
起きること、目を覚ますことが嫌い
だけど
「推しのコスプレするためには資金が必要なのよぉ!!!!!」
オタ活が私を活かしてくれた
いわば、推しの為に私は動くし、仕方なく働いてるの!
慌てて寝巻きからスーツに着替え、顔を洗い化粧をする
いつもならこのまま焼いてないパンを食べて家を出るのだが…
「…え?」
リビングルームに入ると目の前の光景に愕然とする
出勤日トースト一枚で朝食をすましていた私の食卓に贅沢に更に盛られたポテトサラダ、綺麗に焼かれただし巻き玉子、生ハムと玉ねぎのマリネ、焼きたてのロールパンとコンソメスープがテーブルに用意されていた
「おはようハニー!キミの健康の為に作ってみたのだけれどどうかな?」
エプロン姿で台所から現れたのは昨日から同居することとなったデジモン、私のパートナーと名乗るヴァンデモンだ
花嫁だとか運命の人だとか色々訳分からないヘタレで変態吸血鬼
昨晩は人の話を聞かず拉致る始末だし
とまぁ彼への愚痴は置いといてだ
テーブルにあるそれってまさか…
「わぁー!ありがとう…じゃないわよ!!それお酒のおつまみ用に買っといた私の生ハムじゃない!勝手に使わないで!!」
「えぇっ!?賞味期限昨日までだったんだよ!!!生モノだから早く食べなきゃ…」
「アナタがやって昨日来なきゃ食べてたの!!
楽しみに取っておいたのにー!!!」
「そ、そんなぁ…」
「料理のことは事前に言ってから…って!?会社遅刻しちゃう!!!」
「あっ、待って!せめてスープだけでも…」
野薔薇はロールパン一つ頬張って玄関を飛び出す
朝7時始発の電車に乗らなきゃ会社に遅れる
あれ?
あの吸血鬼が外まで追いかけてこないことに気づく
野薔薇は家方面を振り返る暇もなく慌ただしく出勤して行った
ガタンゴトンと電車に揺られながらキョロキョロと周り見渡す
結局アイツ追いかけて来ないな…
あ、吸血鬼って朝日駄目なんだっけ?
てか、今日課長に書類提出しなきゃいけない日じゃん!
その頃ヴァンデモンは野薔薇が慌てて会社に向かっている様子をコウモリを使って見守っていた
「無事に着いたならそれでいいか…」
ヴァンデモンは陽の光に弱いため野薔薇が帰る時間帯まで棺桶に戻りしばらく熟睡をするのであった
そんな彼が寝ていると窓側に怪しげな人影がニコリと笑みを浮かべながら立ち去っていく…
時間は流れ
野薔薇は終電間近まで仕事していた
正確に仕事と言っても上司たちとの飲み会である
時刻は深夜1時過ぎ
酔っ払った野薔薇が帰ってきた
「おかえりハニー…うわ、お酒くさっ!」
「うぅ…ヴァンデモォン…」
「あらら、ベロンベロンに酔っちゃってる。アルコールは肝臓に悪いよ」
ヴァンデモンが野薔薇の肩を支えながら寝室に向かうと、突然歩きながら彼女はグスングスンと泣き始めたではないか
「ヴァンデモン…わたしぃ…しにたい…」
「はっ!?いきなりどうしたというんだ!?」
もしや会社で嫌なことでもあったのかい?
ヴァンデモンはひとまず彼女にお冷を飲ませ一旦落ち着かせた
「一体何があったんだ、よければ私に話してごらん」
うぅ…とポロポロ泣きながら野薔薇はヴァンデモンに今日起きた出来事を話し始めた
社内
『私が?教育係ぃ?!』
『そうだよ野薔薇くん!今日から君には新人教育を担当してもらう!倉道くんだ』
『倉道海香です!よろしくお願いします先ぁ輩♡』
嫌な仕事はいつもは淡々とこなしてきたが新人教育はマジで苦手
しかもぶりっ子ときた
厄介だ、実に厄介
その後ももっと最悪!
仕事を学ぶといいつつ倉道ちゃんの分も私に押し付けられ散々だった
仕事終わりの彼女の新人歓迎会では浴びるように上司や倉道ちゃんにお酒を注がれて一気飲みを勧められたのだ
「お酒は結構です」と断ると周りから茶々を入れられるし、仕方なく飲む羽目になり見事に泥酔状態に
その様子を倉道ちゃんは「ざまぁwwww」と言わんばかりの人を見下す笑みで私を見て楽しんでいた
最悪な子を引き受けちゃったなぁ…
まぁ、そこまでは良かったんだけどベロベロに酔った私を介抱するフリをして彼女は耳元でこう言ったの
『そういえば先ぁ輩は昨日のネット見ましたか?』
ネット?私昨日色々あって見てないから…
倉道ちゃんが見せたのは写真
昨日ヴァンデモンと私が空を飛んでいるところ
昨日の夜、誰かに撮られていたのだ
そして不気味な笑みで倉道ちゃんは耳元で囁く
『デジモンってあの噂の化け物のことですよね?
もし社内で先輩がデジモン飼ってることバレたら即クビになっちゃいますね!』
あなた、一体何が目的なの
『別に、何も?ただ先ぁ輩は私の分の仕事をやってくれればいいんです!あっ!このことを上司やみんなに話せば…分かってますよね?』
その時の私は泥酔していた
だから仕方なく承諾してしまった
それから他のことは…覚えていない
その時のことを思い返すだけで悔しい!!
いつもなら無性に腹が立ってするのに、何だか辛くなってきたのだ
明日から会社に行きたくない…
あんな写真がある限り何処にも行けない
辛い
苦しい
死にたい…
「ハ…ニ…ィ…」
もう消えてなくなりたい
「ハニー」
ヴァンデモンの声で野薔薇は我に返る
「ハニー、いや、野薔薇…君は強い子だ。だから本当に、本っっっ当によく頑張った」
なによ…別に慰めてほしいとかそんな理由で話したわけじゃないんだから…
「野薔薇、君に見せたいものがあるんだ」
見せたいもの?
ヴァンデモンは突然自身の服を脱ぎ始め胸元を野薔薇に晒す
「ちょっ!?いきなりなんで脱ぐの!?」といつもなら突っ込むところだが、今の野薔薇にツッコミを入れる余裕すらなかった
「野薔薇、さっき君は死にたいと言ったね」
そう言うとヴァンデモンは胸元の中心部分に自ら爪を立て、ジュグジュグと内部を開くように引き裂いていく
「これはデジモン全員が持つデジコア、君たち人間でいう心臓だ」
ヴァンデモンが自ら切開した胸の中から赤く宝石のような物がキラキラ輝きを放ちながら現れる
「体切り裂いて痛くないの?」
「私はアンデッドだからね!さぁ…野薔薇…」
「触って」とヴァンデモンが野薔薇の手を取り自らのデジコアに触れさせる
コアの中心部分に触れると野薔薇の手を伝って体の隅々へと暖かい何が行き渡る
「な…に?…この感覚は?」
「君に私の精神エネルギーを分けてあげたんだ、少しは楽になっただろう?」
それって大丈夫なの?
精神エネルギー…この温もりはアナタの想い?
するとコアを通じてたくさんの思いが流れてくる
『好き』『生きて』『君が大切』『唯一無二の野薔薇』などなどたくさんの感情、言葉では言い表せない思いがヴァンデモンのデジコアから溢れて出てくる
そういえば少し気持ち悪いのが無くなった気が…
するとコアに触れていた野薔薇の手をヴァンデモンはもっと触れて欲しいばかりに押し付ける
「私が生まれてきたのは君と生きたいと思ったからだ。私がここにいるのは君のおかげだ。そんな君が、生まれるきっかけを、動機を作ってくれた君が生きることを手放すというのは私にとって死を選ぶことに等しいんだ」
デジコアの輝きが増す
鼓動のように熱く真っ赤なコアが野薔薇に向かって思いを、エネルギーを注ぎ続けられるにつれて力が段々漲ってくる
「死にたいなんて言うな、私にできることならなんでもすると言ったよね?」
これからは私を頼っておくれ…マイハニー
野薔薇はデジタルモンスターがどういう生き物なのか知らない
けれどコアを通じて彼が心から私の生存を望み、私の為に何かしたいという強い想いがあるのだけは分かった
私はそんな彼に謝りもせず拒否してばかりなのに…
「ヴァンデモン…」
赤く目を晴らした顔で彼に抱きつき謝罪をする
「朝ごはんせっかく作ってくれたのにごめんね
私、アナタに文句しか言ってない…酷いことばっか言ってアナタを傷つけたのに…」
謝らないでいいんだ…
野薔薇は上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外し始める
「は、ハニー???」
「ヴァンデモン、私の血、吸って」
これは謝罪の証よ、と髪を持ち上げ隠れていた首をヴァンデモンに晒す
「これでアナタは満足するかしら」
「なっ!?…っ!!!」
突然の行為に思わず野薔薇の首元を凝視する
ゴクリと唾を飲み込み、無意識に彼女の肩を掴む
ヴァンデモンの吐息が野薔薇の耳にかかる
はぁ…と舌をだらしなく垂らし、彼女の首に歯を立てようとした瞬間
「やっぱダメ」
とヴァンデモンは即座に野薔薇の首から離れる
どうして?と心配する野薔薇を他所に壁に向かって頭をゴツンッとぶつけ、ぶつけた額を赤く染めながらズカズカとヴァンデモンは野薔薇に近寄り怒りだした
「ハニー、勘違いしてはいけないよ!
私は泥酔して酔った君の血なんて吸いたくない!ていうか私が吸いたいのは君がもっと健康で綺麗な血になってからだからね!!!!」
それまで吸わないから!フンッと腕を組むヴァンデモンの姿に野薔薇は思わずフフッと笑う
こいつ変態吸血鬼かと思ってたけどめちゃくちゃ真面目でアホかわいいな…
「さぁハニー、今夜はもう遅い!早く休まないと!健康でなきゃ絶対ハニーの血なんか吸わないからね!」
そう言ってヴァンデモンは私をバスルームまで押して行く
お風呂は温かい湯で満たされ柚の香りがする入浴剤が溶けていた
脱衣場のカゴには下着や寝巻きが丁寧に畳まれて置かれていた
デジモンってみんなこうお節介なのかな?
それとも彼が特別変なのかな?
独身生活ライフとオタ活を満喫すればいいと思ってた私をこんなにも思ってくれる人、というかデジモン生まれて初めて…
なんだろ、少し胸がきゅぅとなった
「早くお風呂入って寝るんだよ!!」
バタンッと浴室のドアが閉まり彼は配慮してリビングルームへ向かっていった
別に吸われても良かったんだけどなぁ…とふと脱衣場の鏡に目を移すと、はだけたブラウスに下着が丸見えの自分の姿に思わず恥ずかしさのあまり脱いだ上着に顔を埋める
こんな姿の私を見て血吸わないとかありえないっしょ!!
絶対アイツ我慢してる!
でも私のためを思って我慢してくれたんだよね、きっと
「ありがとう、マイ…ダーリン///」
誰も聞こえない小さな声で野薔薇は頬を赤らめながらそう呟くのであった
「昨日あれだけ拡散した写真や記事が全て消されてる…」
野薔薇宅の外にて
電柱の上でスマホを弄る道化がいた
「人間の方の心を折ろうとしたのに、ヴァンデモンめ…デジコアを使って回復させてやるとはよく考えたじゃないの」
デジコアは普通そんなやわなことに力を使わない
もっと有効に使えば強力な力になるというのに、相変わらずお人好しで甘いわね
昔から全然変わってないわ
「それにしても、アタシが撒いた炎上ネタはきっと他の奴の仕業だろうし」
投稿元のデータすらこのアタシをかいくぐって消去するのだからとんでもないやつだということは確か
「これじゃあ迂闊に社会的に追い詰められないわね」
ここはもう穏便に暴力でやるしかないわね、と道化は両手に剣を取り出す
「けどアタシは諦めないわよヴァンデモン
アナタはアタシのモノ、例えパートナーの元に戻ろうと必ず連れ戻してやる!!!」
そして…
道化が手に持っていた可愛らしいスマホがバキンッと音を立て真っ二つに折れる
「もう一度アタシに取り込んで二度と変な真似できないようじっくり、じっっっくりいたぶってあげるわ」
オホホホと高い声が夜の住宅街に響く
闇夜は再び静けさを取り戻す
夜空に光る星たちがランランと瞬く音だけが寝静まった街を静かに照らすのであった
アナタのハートはパパラチアサファイア
〖つづく〗
あとがき
【パパラチアサファイア】
宝石言葉は一途な愛、信頼、運命的な恋
不死王産なので特別なデジコア持ちの
ヴァンデモンという設定 です
1話を大勢の方々に読んでいただき誠にありがとうございました!
今後とも野薔薇ちゃんとヴァンデモンをよろしくです!