どこかの高層ビルの屋上。うさぎはフェンスの外に腰掛け、足をぶらつかせながら夕暮れの街を見ていた。その黒いガラス玉のような瞳に沈む太陽が映り、きらきらときらめく。けれどその夕日は、空に突き刺さるように先端の見えない塔の、黒くのっぺりとしたシルエットによって、真っ二つに切り分けられていた。かつて日本で最も高いとうたわれた電波塔たちも、どこか肩身が狭そうに、その不完全な橙色の光を浴びていた。
”塔京”は10年前とずいぶん変わった、と人はいう。建物自体にはそこまで変化はないが、”塔”に最も近い新宿付近から人は離れていったし、地下鉄も”カンパニー”が導入したトレイル・ラインに取って代わられた。
うさぎは泥を浴びる豚のことを考える。東京という名前の大きな泥沼に彼らは集まって、めいめい勝手に泥をすくい上げて、これ俺んだ、と言う。つっかえずに、これは私のだ、と言えた賢い豚にみんなうなずいて、その沼は賢い豚のものだ、ということになる。それが続いているだけなのだ、とうさぎは思った。
「それが、続いているだけなんだ」
凛とした少女の声が夕暮れの空に落とされる。ちっとも気分は晴れなかった。
うさぎの後ろで、かさり、とビニール袋の音が鳴る。それに続いて、彼女の隣のフェンスの手すりに人影が降り立った。
「もしかして、センチメンタルかい、ヒナノ」
「そんなの、わたし全部捨てちゃった」
「まったく。ボクに買いだしさせておいて暇つぶしとはネ」
「ちゃんとうどん買ってきてくれた?」
「ハイハイ」
トラファマドールと名乗る道化師は、テイクアウトしたうどんと天ぷらの弁当の入った箱を三つ重ね、”少女”に手渡す。彼女はそれをもぎ取るように受け取ると、ずるずると音を立ててすすりだした。
「まったく、ボクを使い走りにして、ひどいものだよ」
「ふぉんなふぉほいっふぁっふぇ……」
ものをほおばりながら話す少女をトラファマドールが見下ろせば、彼女はもう一つ目の箱を空にして、二つ目に取り掛かろうとしていた。彼の視線に含まれた非難を感じたのか、ごくん、と口の中の物を飲み込む。
「そんなこと言ったって、しょうがないでしょ。わたしがお店に行ったら大騒ぎだし。一度うどんの味を覚えたわたしに、またごみ漁り生活をしろなんてひどいこと。トラさんは言わないよね?」
「だったらもうすこーし、感謝をしたまエ」
「ありがとう。あしたはココイチのカレーがいいな」
淡泊な礼だけ言ってうどんとの格闘に戻った少女にため息をついて、トラファマドールは夕日を見つめ、それからまた──幾分か声を鋭くして──口を開いた。
「ソメノ・ハルキに接触したね?」
少女はうどんをたぐっていた箸を止め、唇をとがらせる。
「だからなに。トラさんには関係ないでしょ」
「いいや、困るネ。ボクは彼のことを出来るだけ自然な環境で観測していたいんだ」
「わたしに彼を助けさせたじゃない」
「出来るだけ自然な環境においた上で、生きててはもらいたいんだ。それに、彼の動きが鈍っていたからネ。”うさぎ”は彼の新たな目標にはちょうど良かった。君が姿を見せて、物事が全部動き出した。でもそれ以上の干渉は困る。君を巡るレースは公平でなくちゃ面白くない」
「何それ」
少女は眩しい夕日に不快そうに目を細め、視線を真下にそらす。高層ビルの屋上からは、人はひどく小さい胞子の群れに、デジモンはそれより少し大きい塵に見えた。
「わたしを巡るレース?」
「そうだヨ。ヒナノ。或る一日を経験した人にとって、君は全てだ。そしてこの街では、誰もがその日を通過してここに居る。人も、デジモンもネ」
「だからみんながわたしを探す?」
「そうだ。だからボクもここにいる。ここが一番の特等席だからネ」
「ばっかみたい」
”うさぎ”は首を振って、3箱目の弁当に意識を向けようとして、ぽつりと呟いた。
「無理だと思うよ」
「なんだい?」
「ハルキくん。きっとわたしにたどり着けないよ。何にもたどり着けない」
「そうかイ?」
「普通に考えて無理でしょ。よわっちい人間のくせに、誰の手も借りずに何が出来るわけ? 助けてくれる人がいるのに、彼はそれを知らないフリしてる。バカなんだよ。おかしくなっちゃってるの」
「案外、君の方から会いに行ったりなんかするかもヨ?」
「ありえない」
「どうして? 事実君は一度彼に会いに行っている」
「見てみたかったからだよ。あの人が好きだったひとが、どんな人か」
「ソレダ」トラファマドールは右手に掛けた傘をくるりと回して、笑った。
「彼は唯一君を理解できる人間かも知れない。同じ孤独を共有できるかもしれない。だからキミは──」
ぶん、と音がして、トラファマドールの派手な帽子が宙に舞った。道化師の頭をかすめた腕を今度は彼の眼前に突き付け、うさぎは首を振る。
「そんなこと、二度と言うな。彼にわたしのことが分かるわけないし、半分こできる孤独なんてわたしは要らない」
「バカだネ。ヒナノ。そんなことをして、誰がキミを褒めてくれる? 人もデジモンもキミをよそ者だと断じる。それがしようがなかったとしても、キミがそんな態度じゃあ、救ってはくれないよ」
「わたしが救われるかなんてどうでもいいくせに」
「そう思っているのはキミだヨ。ヒナノ」
返事をするのもばからしい、といわんばかりにそっぽを向いたうさぎに、トラファマドールは苦笑して、それじゃあまたね、と言って、消えた。
「そうだよ、どうでもいい」
うさぎはまた、ビルの谷間に沈むオレンジを眺める。
「世界には、研ぎ澄ました孤独でしか殺せない生き物もいるってだけ」
それだけ、とうさぎは呟いた。
*****
「あんたには、サイハラヒナノを探してもらう」
ナノモンの言葉は素晴らしく簡潔だった。僕はサイハラヒナノを探せばいい。それだけで、罪が許され、夜は明け、小鳥は歌い、象たちがダンスを踊る。そんな調子だった。
僕は壁に映されたうさぎの写真をたっぷり60秒見詰めてから。ナノモンの小さな体の向こうを見た。薄暗がりの部屋で、巨大なモナリザが「どうして?」と言っていた。
「やめろ」
不意にナノモンが鋭い声で言ったので、僕は驚いた。
「何をだい」
「今考えていた全てをだ。質問を吟味するのをやめろ。アタシから何かを引き出そうとするのをやめろ。自分を利口だと思うのをやめろ。自分らしい態度を探すのをやめろ」
僕は言うとおりにした。モナリザの方を見たが、彼女はもう何も語らなかった。
「あんたが言うべき言葉はもう決まっている。アタシをがっかりさせるのをやめろ」
僕は黙っていた。
「おい、沈黙も禁止だ。探偵ってのはべらべらしゃべるものだろう」
「さっき、”サイハラ”って言ったかい?」
僕が声を裏返らせて、なるべく間が抜けて聞こえるように言うと、ナノモンは満足そうに指をくるくる回した。
「アタシを馬鹿にしているね。でもいいだろう。あんたは自分を実際より利口だと思っているが、人間はみんなそうだ。そしてあんたは実際、多少利口だよ」
「評価をお願いしたつもりはない。僕はただ”サイハラ?”って聞き返したんだ。ここのところその名前を聞きすぎる」
「アタシもだ」
そう言いながら、彼女は手元で何かを操作した。壁に映れたうさぎの写真が消え、代わりに動画に切り替わる。ニュース番組の録画だ。画面の中はどこかの病院、作務衣のような格好に身を包んだ細身の男が、入院患者と笑顔で話している。患者は老いた女性だが、男の方がずっと痩せていて小柄なものだから、どちらが病気なのか分かったものではなかった。短く刈り上げた髪も相まって、男の姿はどこかひどく寒い国で、終わりのない刑に服しているように見えた。
「サイハラ・ゼンキ」僕は呟いた。
「”選友会”の会長にしては平均的な顔だ」ナノモンは呟いた。「そして平凡な顔にしては、幅を利かせすぎている」
ナノモンの評価を聞き流し、僕は画面を注視し続ける。やせっぽちの教祖と、その施しを受ける入院患者。テレビの画面の中でその両者以上に目立っているのが、教祖の傍らで報道陣ににらみを利かせている黒めがねの巨漢だった。
「その男が気になるのはあんただけじゃない」ナノモンが言う。
「誰もがそうだ。ネットのニュースでは誰もが彼の話をしている。教祖より目立つ謎の側近。名前も経歴も公開されず、一体どういう肩書きで教祖の隣にいるのかまるで判然としない」
「”先生”だ」僕は言った。
「そいつは先生をしていた」
ナノモンは何も言わなかった。僕の知っていることなんか何でも知っているのだ。
「あのうさぎもサイハラなのか。”選友会”の会員?」
「分からない」
「分からないはずがない。きみはこの街に張り巡らされた監視の網の真ん中に座っていて、あのうさぎは、街を堂々と跳び回ってるんだぞ」
僕が三度ブランデーに口を付けるまでまって、ナノモンはやっと沈黙を破った。
「アタシたちが最初にあのうさぎを観測したのは、半年前だった」
彼女は一定のペースで指をくるくると回す、その律儀な仕草はアンドロモンにも見受けられたが、彼女の癖はただ僕を苛立たせるだけだった。
「デジモンについて調べている奇矯な生物学者が、”カンパニー”にも”コレクティブ”にも属さない特徴を備えたデジモンを見つけたと言ったんだ。おそらくもっと前から街に居たはずだ。分かるだろう。デジモンだけで構築された監視網には、サイハラヒナノは引っ掛からない」
「やっぱりそうなんだな」
僕は呟いた。
「人にはデジモンに、デジモンには人に見える。それがあのうさぎ、ってわけだ」
「骨が折れたよ。訳が分からない。光学迷彩か、それとも認知をゆがめるデジモンの技か。人間、、ランダマイザ手術を受けた人間、”カンパニー”のデジモン、”コレクティブ”のデジモン。多くのサンプルに何に見えるか聴取したいのに。肝心のうさぎが見つからない。そもそもの潜伏能力も高いうえ、デジモンが探している限りはただの人間に見える。ただのデジモンと仮定したとしても、白銀のアンティらモンなんて誰も知らない。この調査のためだけに多くの人間を用意して、金を無駄にしたが成果は薄かった」
「骨折り損なんて、カンパニーらしくもない」
「成果がなかったとは言ってないよ」
ナノモンがとげのある声で返す。
「アタシたちはうさぎを収めた写真を入手した。今あんたがコピーを持ってる奴だ。それを使って検証を重ね、そのうさぎがおそらく”サイハラヒナノ”だと断定した」
「それは誰だ」
ナノモンは答えなかった。僕が知るのはきっと禁止されているのだろう。
「それで? ”カンパニー”の予算をさらに食いつぶしてまで、僕を使おうという理由は?」
「それだな」
ナノモンは強い口調で言った。そんなに声を張ったら回路がはじけて寿命が縮んでしまいそうだと思った。
「あんたが現れたのは僥倖だった。ソメノハルキ。あんたがここに来てくれたおかげで、アタシは水っぽい脳の役立たずどもをまとめて解雇できる」
「僕が僥倖?」
「そうだ」
ナノモンはなおも指を回す。機嫌がいいのだ、とその時初めて気付いた。ビッグ・ブラザーさえも”気分”から逃れられないという事実は僕を少なからず絶望させた。
「あんたは例の殺人事件に関わったね。ウチの”塔”を研究している研究者の人間が死んだ奴だ」
「依頼人候補だった」僕は言った。
「僕に何かを頼みたかったらしいが、その前に死んだ」
「嘘をつくなよ。探偵」ナノモンが指の先同士を打ち合わせる。かちかちという金属音がひどく耳障りだった。
「あんただって隠せると思っていたわけじゃないだろう。あんたがあそこでソウルモンを殺したことは分かっているんだ。銃は今も持っているのか?」
「あるよ」
「出せ」
「いやだ」僕は言った。「僕はあんたたちの腹の中まで来てやったんだ。これ以上自分の立場を追い込む気は無いね」
「勘違いするな。いつでも撃てるように出しておけっていったのさ」
「なぜ」
「銃が好きでね」
僕は鞄に手を突っ込んだ。その中で、手の中にしのばせていたつばめの羽を一枚装填し、机の上に銃を置いた。
「いい銃だ」ナノモンは呟いた。
「既存の銃じゃない。でも、かなりシグのP230に寄せて造っているね。あんたが警察の訓練を受けたと知っている誰かによるオーダーメイドだ」
「由縁は聞くなよ。僕もよく知らないんだ」
彼女は愉快そうに喉の奥で電子音を鳴らしたが、それはすぐに引っ込んだ。
「その場の様子は見たよ。射撃の腕前も見事なものだった。しかし油断はダメだ。背後を取られてうさぎに助けられる羽目になる」
そう言いながら、ナノモンはぎょろりとそのレンズがむき出しになった目を剥いた。
「そうだ。あんたはうさぎに助けられた。サイハラヒナノはあんたを助けたんだ。アタシたちの記録の中で、あんたはサイハラヒナノが自発的に接触した唯一の人間だ」
「だから、僕を雇えば、自然にサイハラヒナノに近付くと」
「単純な話だ」
僕は背もたれに身体を預けて、深く息をついた。
「報酬は?」
「金なら──」
「不要だよ」
「馬鹿だね。だが賢明でもある。アタシたちだって、あんたを金で雇えるとは思っていない」
ナノモンはブランデーのグラスを引き寄せ、その琥珀色ごしに僕の顔を見据えた。
「アンタには、サイハラツバメがどうして死ななければいけなかったか、それを教えてあげる」
*****
「断る」
──え、そうなの?
僕の脳の裏側で、つばめが素っ頓狂な声を上げた。間髪入れずに僕が発した返答に驚いたのはナノモンも同じだったらしい。指を回す仕草を止め
「あんたは一も二もなくこの条件をのむと思っていたけどね」
「買いかぶりだ。僕はそんなに情熱的じゃないよ」
「それでもだ。どうせ放っといたってあんたはサイハラヒナノを追うだろう。それなら、そのついでにアタシたちと協力して何の不都合がある。”カンパニー”の後ろ盾と、あんたには知り得ない情報は魅力的だろう。なのに、なぜ?」
「そこだよ」僕は彼女の前をして指を絡ませた。
「どっちを選んでもやることは変わらない。それなら、どんなおまけが付いたって、僕はあんたたちに口出しされるなんてごめんなんだ」
「意地かい? 自分らしく在ろうとする無駄な試み?」
「冷静な判断だよ。あんたはなぜ”カンパニー”がサイハラヒナノを探すのか話さなかった。そもそも彼女が何者かもね。そんな相手と協力関係は結べない」
「間違っている」
「何を言われようと──」
「ちがう。今のは馬鹿だったな。探偵。『協力関係』ってのだよ。ここまでは上手くやってたが、あんたはセリフを間違った」
その言葉と同時に、僕の背後で扉が開き、複数の飛行音が近付いてくる。テーブルの上の銃のことを考えるまでもなく、僕はあっという間に4、5体のホバーエスピモンに囲まれた。
「あんたはあの路地で得体の知れない銃を使った。そしてソウルモンを殺した。理由が例え正当でも、警察に嘘の証言をしたのは事実だ。アタシはここで、完璧に合法的にあんたを捕縛できる。そら、リテイクのチャンスをあげる」
僕はオリジナルの悪口を言った。おれのけつをなめろ、を機械の身体にに当てはめて表現を変えたのだ。なかなかの完成度だったが、誰も笑わなかった。ホバーエスピモンのアームがしたたかに僕の肩を殴りつけて、ばきり、という音がした。
「そうか」ナノモンが言った。
「なあ探偵。頭を使えよ。アタシたちが穏当にあんたを抱き込もうとしたことに感謝をしろ。いいか? うさぎは前、あんたの命の危機に現れた。アタシたちは今からそうする」
「……」
僕は何かを言おうとしたが、隣の機械が僕の腕をねじり上げる。今し方殴られた肩が不自然に曲がるのが分かる。
そのまま僕は巨大なガラステーブルに押しつけられた。ナノモンが身動きの取れない僕の顔のそばまで歩いてくる。
「愚かだったのはあんただ。不可解だったのもあんただ。こうなることは分かっていただろう? なぜむざむざサイハラツバメの手掛かりにそっぽを向いて、死ぬことを選ぶ?」
そう言いながら、彼女は僕の目をのぞき込んだ。きっと息づかいや瞬き、瞳孔の収縮から、僕をプロファイリングしているのだろう、と思った。
「ああ」 果たしてナノモンはあざけるように息をついた。「そうか、あんた、そうか」
「……僕の何が分かったって言うんだ」
「それを教える義理はないよ。やれ」
その言葉とほぼ同時に、風を切る警棒が、僕の頭目掛けて振り下ろされた。
*****
ばりり、世界が終わるような音がして、一面の窓ガラスが割れた。
僕のすぐ頭上で、警棒よりもずっとずっと重い物が空を切る音がして、居並ぶホバーエスピモンが塵になって吹き飛ぶ。
それの正体を確認するより先に、僕はテーブルの上の銃に飛びついた。痛みにうめきながら立ち上がり、一発だケ装填された弾丸を前方に撃つ。
手応えがあった。ぱりん、という音がして、ナノモンの巨大な頭部の一部が削れたのが目に入る。
「……舐めたまねをするね」
ぞっとするほど冷たい声、しかし彼女の意識は次の瞬間には、僕の背後に居た”それ”に向けられた。
「おまけにハズレときた。ああ、腹が立つ」
『ソメノハルキ! いいからさっさと退避しなさい! 状況は少しも変わってないわ!』
その声と、ホバーエスピモンとは違う浮遊音が、僕にその名前を思い起こさせた。
「才原あひる、だね。助かった」
『はぁ!? 別にソメノハルキを助けたつもりなんて無いんだけど!』
そうドローンに話し掛ける僕の横を、巨大な影が通り過ぎる。仮面の悪魔──ネオデビモンが想像を絶する素早さで、ナノモンにつかみかかったのだ。
「共同研究の成果物が、こんなところで何をしている」
ナノモンが指を鳴らすと。彼女の椅子からアームが飛び出し、悪魔のかぎ爪を受け止めた。一瞬動きが封じられたところに、彼女がどこからか取り出した爆弾を、いくつも悪魔の胴体にたたき込む。
『深追いの必要は無いぞ。ネオデビモン』
そんな風にドローンから聞こえた声に、僕は眉を上げた。
「……夜鷹?」
「春樹さん、貴方はつばめの友人なんです。どれだけ死にたがろうが、俺たちには助ける理由がある」
その言葉と共に、ごつりとした巨大な手が僕の胴体を摑み上げた。ネオデビモンに手加減が出来たことに僕は感謝したが、いささか加減の程が足りなかった。腕に痛みが走り、僕はまたうめく。悪魔は僕を摑んだまま窓辺へ歩み寄り、僕は眼下に広がる光景から溜まらず目をそらした。
「優しく頼むよ」
『保証はできかねます』
「なあ、おい、逃げられないぜ」
と、ナノモンの声が僕の混乱する思考に割って入った。
「あんたは指名手配される。女研究者殺害の真犯人としてだ。”カンパニー”と警察が、総力を挙げてあんたを追う。──よかったじゃないか。まだ冒険が出来て」
その言葉に、僕はわずかに身をよじり、彼女を振り返った。
「そりゃあ、サイハラツバメの死についてなんて、何も知りたかないはずだ。あんたはまだサイハラツバメを殺せてない。あんたは、アタシたちが最初に観測した9年前から何も変わっていない」
「つばめは死んだ」
「捜査員に通達しておくよ、容疑者は気が触れている、注意されたし、ってな」
そう言いながらナノモンが再び爆弾を放つと同時に、ネオデビモンが割れた窓から”塔京”の空へと飛び立った。
*****
次に気が付いたとき、僕はどこかの路上に転がっていた。体中が痛む。思えばナノモンに会う前から傷だらけだったのだ。死んでいないのが奇跡だった。
あたりには誰も居ない。ネオデビモンは僕を放り出し、”選ばれし子どもたちの会”は一言も残さずに引き上げたらしい。
空にパトカーのサイレンが響いた。一台や二台ではない。僕を追っているのだと思った。警察に捕まれば、ナノモンの部屋よりは人道的な扱いを受けられるだろうか。目がかすんでいる今の僕なら、指で2と2を足したら5になりそうだな、と思った。
と、自動車の走行音がこちらに迫る。パトカーが迎えに来たのかと思う。でもサイレンが鳴らないのが妙だ。それなら秘密警察に違いない。僕は黒服に捕まって、大陸へと移送されるのだ。そして──。
「染野くん! 大丈夫!?」
僕の目の前に止まったのは、白い軽自動車だった。運転席から飛び出した日浦風吹が、僕を助け起こした。
「風吹? どうしてここに……」
「君の運転手君が教えてくれたの」
「ブギーモンが?」
「ええ。それよりどうしたの、これ、ひどいじゃない。すぐに病院に」
「構うな!」
ぼくは喉を振り絞って声を上げた。黒い血が地面にしたたり落ちた。
「僕は指名手配犯だ。君は僕を捕まえなくちゃ。キャリアを棒に振ることはない」
「……大丈夫よ」
「何が」
「警察はここには来ない。しばらくはね」
風吹が道路の先を指さす。おりしも、角を曲がったパトカーとエスピモンがこちらに迫ってきている。
けれど、僕の意識を引き付けたのは、それらから僕たちをかばうように立った、どこか寂しげなアンドロイドの後ろ姿だった。
「あんどろさん……」
「アンドロモンの命令を彼らは無視できない。私のことも大丈夫。だから、まずは治療を……」
「いや、いらない」
「染野君! 意地を張る必要ないわ!」
「張ってないよ」僕はよろよろと、彼女の自動車の助手席に乗り込んだ。
「ただ、行き先が別だ。”ヴァリス製薬”へ」
「それって、あの研究者の」
「そうだ。さあ、早く!」
幾つもの言葉を飲み込んで、運転席に乗り込んだ風吹がエンジンを掛けた。
あ、あひる……とは前に言った気もしますが、夏P(ナッピー)です。
どうなってんだハルキだけじゃなくて我々まで才原という苗字を聞き過ぎてる。うさぎなのにうさぎは鳥じゃないからウサギじゃなくてヒナノじゃんと憤りましたが、そーいやうさぎも一羽二羽と数えるんだったななどと。いきなり顔面飛びそうになる煽り魔トラさん、煽り続けていずれは額に張り付けた米粒だけを斬らせる高等技術を身に付けそう。塔京タワー重要施設ってことぉーっ!? スカイツリーは死んでそう。何故だ!!
てんぷらとうどんとココイチでは速攻で若年性高血圧だぞ!!
ナノモン氏(女史?)はやはり頭がキレる(が顔もキラレた)らしく、しかもソウルモン死んだことまで把握してしっかり覚えていた(私は忘れていました)。しかし待て! 一人で「そうかなるほど」と勝手に納得しおって、説明しろ!!
ホバーエスピモンが4、5匹~という表現、完全に頭の中で想像していた光景がワァ~と群がるエスピモンだったので、コイツら数匹だったら人間でもなんとかなるか……と思ったら成熟期だった。流石に死ぬな……!
冒頭、うさぎが言っていたのを象徴するかのように、見ないフリして振り払ったはずの周囲の人々から助けられるハルキ。次々と救援が来る辺りモテ期か……そのおかげかつばめの台詞が一つしかない!
ここまで考えてサブタイトルが凶悪だった。スケープゴートってつまり……。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。