「王にも死ぬより恐ろしいことってあるんですか?」
臣下の一人が新しいワインを補充し終えたあと、寝室でくつろぐグランドラクモンに尋ねる
「なんでそんなこと聴くの?」
「初めてできた親友にくらいたまにはプライベートな話でもと思いましてね」
「キミィ…私の他に友達いないでしょ」
「アナタだって」
何ぉ…と喧嘩腰になりかけたが臣下の真剣な眼差しの前にグランドラクモンは一旦落ち着くことにした
「キミを見てると好きな人を思い出しちゃうよ」
「好きな人とというのはどなたの事で?」
「あっ、好きな人っていうのは恋人とかじゃなくて育ての親、つまりお母さんのことで…」
お母さんの名前は言えないけど
私のお母さんは大きくて優しくて厳しくて
何よりそこら辺で偽善を唱える暇なヤツ以上のイカレた目標掲げててね
世界を救う救世主になるんだって
笑えるし頭おかしいだろ?でも本気なんだ
お母さんは本気で救世主になろうと数万年もずっと努力してる
「一緒にいたのはたったの100年だったけど、お母さんに抱かれながら眠る生活はなかなか良かったよ」
だからさ
世界がお母さんの懐に抱かれるようになったらそれこそ真の平和がやってきてもおかしくない。寧ろお母さんが世界を支配すれば何もかも上手くいく、絶対に。
「そこまで言うのであればもうちゃちゃちゃっと救世主になればいものを…実現出来ていないのは何故ですか?」
「簡単には上手くいかないからさ
だから自らが悪にならなきゃいけない。これが手っ取り早い世界の救い方だからだってよ」
自分がヒーローになれば別の誰かが悪役を背負うことになる
だから自らが悪を演じて倒されれば全て丸く収まるとか言ってるんだよ。酷い考えだろ?
やめろって言ったんだ。どうしてそんな悲しい末路を進んで選ぶんだろう
「養子である私の願いで今の所変なことはしてないようだけど」
「もしや母君のために不死の研究を?」
寝室の足元は散乱した資料の山と培養エキスに浸ったデジタマ。不死として生まれた自分自身を解剖したり薬学を用いての人体実験
様々な拷問器具を試してみたり、瀕死になった部下を何人か使ってみたりとそんな物騒なことばかりするもんだからお陰様で周りから部下の遺体ですら弄ぶ恐ろしい王として恐怖されるようになってしまったわけだが
全て母のため
「誰でも不死になることが出来れば…不死を取り除くことも出来たなら…私はお母さんの力になりたいんだ」
「叶うといいですね」
友との何気ない会話
それでも母のことボクのことを応援してくれるこの先現れることは無い唯一無二の私の友
その友がこの後、寿命で倒れ伏せてしまう
息絶え絶えのなか、友は死に間際にグランドラクモンに最後の願いを言った
「どうか母君のために私の体を使ってください…」
「さぁ…」と重たい石のような身体を這いながら友は自ら手術台の上で横になる
その時も母に似た真剣な眼差しを向けられていた
「キミの体大切に使わせてもらう」
「ありがとうございます」そう言うと友は永遠の眠りについてしまった
今でも鮮明に覚えている
私は友の体をデータを隅々までズタズタに解体し不死について研究を続けたが結局なんの成果も得られず、度重なる研究のせいで大切な友の体は耐えきれず消失してしまった
友の亡骸を前に私は三日三晩泣いた
それからしばらく部屋に籠った
「ああ…」
ベットの上で体を丸ませながら赤子のように泣き出す。孤独になるのは母から離れた時以来だ。友というのはただの話し相手とばかり思っていたのがこんなにもいなくなってしまうと寂しいと思ったことはない。
何より遺言通りにいかず自らの手で体とデータごとなくなってしまうのは流石に落ち込む
私の母はこれ程の苦痛を生き長らえながらずっと体験し続けてきたのか?
母との思い出が蘇る
あれは定期的に苦しみ悶える母を心配した時だ
「お母さん、何処か痛いの?」
「何処も損傷はない、我には再生能力があるからな」
「でもどうして辛そうなの?」
「グランドラクモンよ、お前もいずれ長く生きていれば分かる。忘れぬな、お前が愛した者たちはお前が覚えてさえいれば決して消えてしまうことはない…」
昔お母さんに言われたことを思い出す
ぐっしょり濡らした枕から顔を離し、だらしなく垂らした鼻水を腕でゴシゴシと拭き取る
そうだ、私は不死王なんだ
お母さんの友だちは皆嫌な役割を押し付けられても必死に頑張ってるんだって
「皆の犠牲を無駄にしないために私は何としてでも不死を解明するんだ!」
グランドラクモンは寝室に保管されていた割れたデジタマにケーブルを繋げ、自身のデジコアと接続する
壊死したデジタマに自身のデータを送り、数値を測りながらアンデット化になる傾向を観察する
「私のデータだとどうしても負荷がかかり過ぎてデジタマを全部ダメにしてしまったけど…」
このデジタマは特別だ
何故ならコレはかつて犠牲となって散っていった臣下たちのデータの集合体でできている
ダークエリアに堕とされたデジモンは転生できない
消える運命が待っている
だが憎悪を持って死んでしまえばその想いがお母さんに流れていかぬようにしなければならない
「私のデータを移植すれば誰も死なない、負の連鎖も怨念も生まれない…お母さんもこれで辛くならないはずだ」
グランドラクモンのデータを注入されたデジタマが徐々に赤黒く染まっていく
少しずつ中から幼年期デジモンの姿が形成され、ゆらゆらと小さな鼓動が響き渡る
死んだデータが生命活動を開始したようだ
しかしそれは長くは続かない
デジタマの表面だけ熱が上がっていく
このままでは表面の熱でゆで卵の様に沸騰し、中の生命も死んでしまう
「ダメだ、データは完璧でもこの子が生まれたい、生きたいと思える動機を植え付けなければ不死は愚か誕生することさえ拒絶してしまう。何かきっかけがあれば…」
頭を抱える
もうどうすることもできない
ねぇ、お母さんならどうする?
「我は他の世界線を行き来できるが、我らが生まれたこの世界は他よりもやや異なった世界のようだ」
「へぇ、一体どんなところが?」
「異常にまでに愛と人肌の温もりに飢えている、いや、正確には愛なくしては生きられない生物、愛情と純心の紋章がより強く反映された世界」
親子の愛に魅入られ自らを犠牲にするアポカリモン
皆を愛せても自分自身を愛せないルーチェモン
子供たちにまやかしの希望を与え残酷な現実を魅せる社会を憎むバグラモン
意志と心を神に剥奪され、ただひたすら暴れ破壊することだけのために生み出されたオグドモン
皆の共通点は一つ
自分の幸せより他人の幸せを臨んで生きている
「グランドラクモンよ忘れるな、光の対義語が闇ならば、愛の対義語は無関心。我々はこの世界に対して誰も無関心で動いてはいない。例え悪意を持って作られ、他者からそれは悪だと言われようとも我はこの世界を心から愛している、だから生きることを止めないんだ」
なにそれ難しい話
訳が分からないや
「それじゃボクも?ボクもお母さんの愛の範囲に入ってる?」
当たり前だ…そう言ってわしゃわしゃとグランドラクモンの頭を撫で珍しく優しい微笑みをうかべる母
「愛は求めてばかりではダメだ、与えなければ始まらない」
例えそれが生命であろうと…
ふと過ぎった母の言葉にグランドラクモンは咄嗟に人間界を映すモニター画面をランダムに開く
「私も助けてほしくて泣いていた頃があった、あれも振り返れば愛が欲しくて泣いていたっけ…」
お母さんは私のその想いに答えてくれた
だから生きたいと思えたし、生きる理由もやりたいこともこうしていることも全て全てお母さんのため
誰に何とも言われずとも自分で選んだこと
それならば!
ランダムに流れる画面の一つにデジタマがコロコロと近寄る
「いた、キミの運命の人…キミが生きたいと思える人間が」
開いたモニター画面をデジタマに近づけると激しく点滅し始める
「私だけではお前を生かすことは出来ないはずだよ、だってお前が…共に生きて愛したいと心から思える相手は私じゃないから…」
さぁ、おゆき
グランドラクモンがデジタマを画面に押付け、画面の向こう側の世界、人間界へと転送する
「次会う時は私のことをお母さんと呼ばなくていいからね!元気にパートナーと達者に暮らすんだよ」
約束だぞ
画面の向こうは人間の医者と大きな腹を抱えた人間がいる
人間のお腹の中にいる子がキミのパートナーなのかい?
しばらくするとモニター越しに誕生したばかりの人間の赤子に寄り添う同じく誕生した幼年期デジモンの姿が映し出される
よかった…無事生まれた
安心したと同時にグランドラクモンの頬を涙が流れでる
「そうか、分かったよお母さん…」
不死はただ不滅な存在なんかじゃない
誰かのために生きたいと願うから不滅なんだ
でも、だからといって強い思いの力で不死が付与できたわけじゃない
もっと解析しないと分からない
ああ…それでも今後が楽しみだ
「我が友であり私の試作品であるヴァンデモンのデジタマから生まれた命よ」
キミの生が幸福でありますように
それからというものグランドラクモンの臣下たちは不死を持った者で構成されますますダークエリアは恐ろしい場所へと変貌してしまった…がしかし、グランドラクモンは何もしない
かつて親が自分自身にやったように生み出したアンデットデジモンたちをただただ見守り導き、時たまに微笑みかける
死ねない者を作った責任
愛してしまった責任をとるために
今日も不死の研究、基観察を続けているだろう
飽きないのかって?
飽きないよ
だって、愛した者を見限り裏切ること
それは死ぬより恐ろしい
そんなこと身をもって知っているからこそ私はそんな彼らを愛しながら生きたいと思えるのだから
【完】
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回お母さん想い(?)の不死王が不死デジモンを生み出そうとする話です
その過程でお母さんに言われたことを思い返していくうちに、段々お母さんの言った言葉や親の立場を理解し始め、不死である自身が誰かを愛することを恐れたこと、生きる目的とは誰かを愛したい=生きたいという動機無くして生まれることすらできないことを理解し結果、他者を想いやれる気持ちを持つことが出来た内容でした
あとオリテイマーのヴァンデモンの誕生秘話回でしたね
つまりアポカリモンが祖母
不死王がお母さん
ヴァンデモンが息子、アポからしたら孫ポジションということになりますね(笑)
今後ルーチェモンやバグラモンといったデジモンたちのサブストーリーもちまちま書いていこうかと思います!
お付き合い感謝申し上げます