1話完結の短編です。
デザイナーの一般女性(ショタコン疑惑)と自己肯定激強ルーチェモンのおはなし。
誰もが電子デバイスを経由して、"デジモン"と共に生きる時代。
私が"運命(パートナーデジモン)"と出会ったのは大学生1年生の時である。
……一般的には小学生からパートナーデジモンと出会う事が多いのだが、私の場合たまたま……特にデジモンが嫌いとか好きとかではなく、興味がなかったのだ。
アグモンとか、ガブモンとかを連れた、同級生達が放課後に行なっていたテイマーバトルは確かに話題に上がっていたが、それほどでもなく。
……野球とか、サッカーとかに興味が無いくらいの興味の無さだ。
デジモンは近くて遠い。そんな存在だった。
被服系の大学に通い始め、忙しさに慣れてきた頃。一人暮らしのアパートのベランダに"運命"がいた。
真っ白で柔らかそうな体。
ぱっちりとしたくりくりの大きな目。
ふわふわの翼。
「か、可愛い……!」
思わず零れた私の第一声に、"運命"は私の顔を見てにっこりと笑ったのだ。
その瞬間、ベランダの戸を開けて私は両腕を広げ、食い入るようにその"運命"を向かい入れる。
腕の中に収まった"運命"は、私の胸へと擦り寄り微笑んだ。
「ぼく、キュピモン!」
「きゅ、きゅぴちゃま……♡」
それが、キュピモン……世界一可愛い私の"運命(きゅぴちゃま)"との出会いだった。
その日に市役所のHPからパートナーデジモン登録申請書を送信し、きゅぴちゃまは私のパートナーデジモンになった。
「可愛い服を作る」という漠然とした私の夢は「きゅぴちゃまの為に可愛い服を作る」という、具体性を帯びたものへ一歩前進したのだ。
◇◇◇
「暁美〜、ね〜え〜おきてよ」
それから数年。
大学を卒業した私は子ども服の会社でデザイナーとして日々忙しく働いていた。
相変わらず派手さのない、しかし大学時代より多少小綺麗になった私だが、大きな変化があった。
「暁美、仕事遅れちゃうよ?るちぇ、暁美のつくった朝ごはん食べたいよぉ」
寝起きの私の手を引っ張る、超絶絶世の美少年。
そう。私のキュートな天使ちゃんだったきゅぴちゃまが進化したのだ。
「ルーチェモン」。そう、世界一キュートで可愛くて麗しく美しい大天使るちぇちゃまだ。
「ありがとうるちぇちゃま〜起こしてくれて助かるよ〜今日も可愛いね〜♡」
「当たり前じゃん、だってるちぇだもん。それよりはやくしてよ。コーデの時間無くなっちゃう〜」
あ〜可愛い。
ふわふわの金髪。マシュマロみたいに柔らかくて白い肌。透き通る空みたいな碧眼。無垢な純白の翼。
大天使すぎる。BIGLOVE。
可愛いるちぇちゃまの為なら様々なことが苦じゃない。
朝食にパンケーキが食べたいなら朝からパンケーキ焼いちゃうし、髪の毛のセットもしちゃう。
そして最後は私のデザインした服のコーディネート。
私のデザインした子ども服はほぼるちぇちゃまの為に作っているようなものだ。
「今日は暑いから、パフスリーブのシャツにショートパンツ。いかがでしょう?」
「ふぅーん。パフスリーブねー。いいじゃん。るちぇ可愛い」
「可愛い〜♡♡」
「まーねー」
可愛い〜!可愛い子は多少手がかかって自慢げなくらいがちょうどいいのだ。
急いで身支度をし、化粧を済ませれば玄関で待っていたるちぇちゃまと一緒に出社する。それが私の日常だった。
◇◇
「宵山さんってさーデジモン進化させないの?」
「へ?」
お昼休み。同期の言葉に私は箸を止める。
るちぇちゃまは先にお弁当を食べ終えて散歩に出かけたところだった。
「なんで?」
「聞いてみただけ。最近可愛い成長期とか、成熟期とかで進化を止める人が多いからさ。宵山さんもそうかなーって」
究極体デジモンをパートナーにすることは、テイマーとしては育成の誉れではある。
しかし、究極体を維持するための経済力や、進化する究極体によっては市役所への申請義務も発生する。
近所に住む小学生の女の子(なんだか凄いテイマーらしい)がベルゼブモンを連れてはいるが、その手の魔王型や聖騎士型等……特殊な力を持つデジモンは逆に脅威になる為だ。究極体に関する事故用の保険すらある。
るちぇちゃまことルーチェモンも、成長期でありながら申請義務の発生するデジモンであり、ちゃんと市役所に書類提出済だ。……私から見れば、危険度は無いも同然なんだけどなあ。
まあそういうこともあり、成長期や成熟期、ギリギリ完全体で止めるテイマーや一般人もいた。
「ルーチェモンって何に進化するの」
「えー……とね、ミミックモンとか、エンジェモンだって」
「え〜!ごつい!やだよ〜!るちぇちゃまは今がベスト!完璧だもん」
「ダルクモンとかは?」
「るちぇちゃまはるちぇちゃまじゃなきゃヤダヤダ〜」
「……ショタコン」
「ララモン、事実を述べちゃダメ」
「ララちゃん?!違うってば私ショタコンじゃない!」
天然水を飲んでいた同期のパートナーデジモンのララモンが静かに吐き捨てた言葉等を否定はするが、どうにも響かずガックリと肩を落とした。
「でも、私、あのまま綺麗な姿でいて欲しいんだ……。私の作った服を着てくれる、可愛いるちぇちゃまがいい……」
進化するるちぇちゃまなんて有り得ない。その時はそう思っていた。
◇◇
「やっほーおねいさん、仕事帰り〜?」
夜8時。
仕事帰りにスーパーに寄ると、近所のテイマーの小学生、アコちゃんがいた。
カートを律儀に押すベルゼブモンの隣にくっついている。いつもこの2人はなかよしだ。
「こんばんは。こんな時間にお買い物?」
「そー。あー、ベルちゃんアイス買おアイス。アコねチョコのアイスねー」
「買わないよ。冷凍庫いっぱいじゃん」
「帰りに食べるんだよー」
「ダメ」
「ちぇーベルちゃんのけちー」
アコちゃんはマイペースでなにかとゆるい性格の女の子だが、反対にパートナーのベルゼブモンはしっかり者ながらも口調が穏やかだ。
ベルゼブモンは見た目や戦い方がスタイリッシュでかっこよく人気がある反面、扱いにくいデジモンだという。
荒々しい性格で、数年前にそれを題材にしたスプラッタホラー映画がバズっていた。(確かタイトルは『悪魔の人柱』だった気がする)
それに、ベルゼブモンに撃ち殺された、食い殺されたテイマーの事件は後を絶たない。
……少し怖いのが正直な気持ちだ。
「おねいさーん、今日るちぇさんいないじゃーん。どしたのー」
「今日は先に帰っちゃったの。あの子最近お昼からずっと散歩行くこと多くって。まあ気まぐれだから」
数日前から、お弁当を食べ終えたるちぇちゃまは「お散歩行くー」とだけ言って長い間出かけることが多くなった。
夜には帰ってきて食事はするが、たまに夜中にも出かけているみたいで。
内心何かあったら……という不安を抱えていた。
「へー」
「……あのさ」
上から降ってきた声に、肩が震える。
自分と視線を合わせるベルゼブモンの緑の目に、思わず身構えてしまう。
「ルーチェモン、多分野良デジモン狩りしてるとおもう。進化したいんだって」
「え」
寝耳に水。まさにこの事だったと思った。
「な、なんで?知ってるんですか?!」
「なんでって言われても。ルーチェモンが進化したいならそうなんじゃないかな。進化したくないデジモンも最近多いけどさ、やっぱり進化してパートナーを守りたいとか、強くなりたいって思うデジモンもいるもの。ルーチェモンがどうしたいか何考えてるか分かんないけど」
小首を傾げるベルゼブモンの視線から逃れるように、私は目線を落とした。
……私は、るちぇちゃまに進化を望んでいない。
紅顔の少年であってほしい。
かわいい服が似合う、今の姿のままでいてほしい。
そう思っていたが、私はるちぇちゃまの気持ちを考えていなかったのかもしれない。
「……そっか……ありがとうございます」
「おねいさんさあー。まーさー、なんとかなるよー。新しい見た目もびっくりかもだけどー、おねいさんはるちぇさんがきっとすきだからさーだいじょーぶだよー」
買い物カゴに3袋ほどアイスを放り込みつつ、アコちゃんは笑う。
『こんなにかわいいのに、分かってないよねえ。会社はさ。これ、暁美が着た人が幸せな気持ちになるよう祈りを込めて作ったデザインなのにね。だからるちぇが着てあげるね。凹むなよ、暁美はるちぇの専属デザイナーなんだから』
提案したデザインがボツになりすぎて凹んだ時。
泣いている私の前で型紙を当てて笑ってくれたるちぇちゃまの言葉が蘇る。
私はるちぇちゃまの専属デザイナー。
どんな姿になったって、私はるちぇちゃまが幸せであるように服を作ってやるんだ。
それに気づいて、使命感が湧いてきた。
「ありがとう!……あ、アイス奢ってあげるね!」
「え!そんないいですって!」
「やったー!じゃーねーアコねーファーゲンデッツのバニラがいいー」
「アコちゃん欲張らないの」
ベルゼブモンとアコちゃんのアイスを自分の買い物カゴにがさりと入れて、私は急いで会計を済ませ渡しすぐスーパーから飛び出した。
るちぇちゃまに、進化しても私は大丈夫だよって伝えるために。
アパートへの暗い道を走り抜けた。
「あのさー、おねいさん送ってあげた方が良かったかなー」
「同じ方向だもんね」
◇◇
スマホのデジヴァイスアプリを起動して、るちぇちゃまの通信を待つが、返事は来ない。
暗い夜道、スマホの灯りを頼りに歩く私は肩を落とす。
夜中に帰ってきてしまったら、ゆっくり話もできない。いったいどこにいるんだろうか。
ふと、顔を上げるとアパートまですぐの距離だった。
アパート前の電柱の電灯がチラつく下、柱の影になにかいる。
影を覗き込むように道の隅へ寄ると、黒ずくめの男が鈍く光る何かを持ってそこにいた。
"不審者"
頭の中にその単語が過ぎると同時に、手に持つそれが刃物である事に気づいてしまった。
ひゅ、と気道が鳴る。
カバンを握りしめ後ずさるのと反対に、男は刃物を握りしめてこちらに距離を詰め始める。
私は背中を向けて走り出すが、恐怖で脚が動かない。もつれてしまいそうだ。
なんとか走って近所の公園へと逃げ込むが、そのまま腰を抜かしてしまって、その場に座り込む。
それでもミュールが脱げるのも、スカートが汚れるのも構わずに後ろへ下がるが、背中に固いものがぶつかる。ジャングルジムだ。逃げることもできない。
追いついて血走った目がこちらを見下ろす。
振りかざされる刃物。
頭によぎる、るちぇちゃまの笑顔。
走馬灯。
「るちぇちゃま」
震える唇が名をどうにか紡げたが、もう遅い。
頭を守るように、腕を前に翳して身をかがめた。
「ガアア!」
「るちぇの専属デザイナーに何するのさ」
予感していた激痛の代わりに聞こえた男の叫び声と、もう1人の男の声。
どしゃああ、と何かが地面に擦り付けられる音に身体を震わせると、肩に何かが触れた。
手だ。
「大丈夫?暁美」
名を呼ばれ、顔を上げた。
その瞬間、恐怖とかその他もろもろの感情が吹き飛んだ。
「ミ゜」
公園の乏しい光源の中でも鮮やかに輝く金髪。
陶磁器の様な美しい肌。すらりと通った鼻筋。
透き通る空の青い目。長いまつ毛。
紫のリップを引いた形の良い唇。
自分を軽く抱き上げる逞しく美しい肉体。
心配を滲ませた切ない表情。
輝く白い羽と艷めく黒いコウモリの羽。
超絶好みの絶世の美男子がそこにいる。
しかも自分の名前を知っている。
えっめっちゃいい匂いするんやが。
「……暁美、るちぇの顔忘れた?ま、進化したんだけどね。可愛いし美しいでしょう?」
ルーチェモン・フォールダウンモード。
以前ネットで検索したことがある。
確かに美しい顔立ちのデジモンで見惚れたことは記憶に新しいが、まさかあの超絶可愛いるちぇちゃまが。
「るちぇちゃま、まさか私が検索したのを覚えて」
「だって暁美がやれエンジェモンは嫌だミミックモンは嫌だとか言うくせ、ルーチェモンFMがカッコイイっていうもんだからさあ。るちぇは下僕の期待を裏切らない素晴らしい努力家なのです」
胸を張って誇る姿も美しい。
私にはもったいないくらい。
「……るちぇちゃまぁ……」
涙腺から涙が溢れ出す。
私の勝手な願望を叶えるためにるちぇちゃまは努力していたのに、進化して欲しくないかわいいままでいてほしいと、ダブルスタンダードな態度を押し付けていたのだ私は。恥ずかしい。
泣き出した情けない私を抱きしめて、ルーチェモンは笑う。
「ね、暁美。るちぇ綺麗でしょ」
「うん……うん……!とってもきれい……!るちぇちゃまごめんね……!進化おめでとう……!」
◇◇
「おねいさんちゃーす。この前大変だったねー」
「あの時は本当にごめんなさい、帰る方向が一緒だったから乗せて帰ればよかったのに」
不審者騒動はニュースに取り上げられ、静かな街がざわめいたのは一瞬だった。
あの後、偶然帰宅中だったアコちゃんとベルゼブモンが私とるちぇちゃま、地面に倒れ気絶した不審者を見つけて通報して、事件は解決した。
(バイクから降りてきたベルゼブモンを、ちょうど目が覚めた不審者が見てまた気絶した)
「ほんとだよ、気が利かないねえ。ま、そんなことよりさ今日のるちぇかわいいでしょ」
「るちぇちゃま、失礼でしょ」
るちぇちゃまはと言えば、「羽邪魔なんですけど」という理由でさっさと退化して、今はいつものコーディネート自慢な愛らしいるちぇちゃま(成長期)だ。
「こちらこそ先日はありがとうございました」
「いーえー。あとさー、よかったねーるちぇさん進化してーかっくぃかったねー」
「あ、あはは……ちょっとかっこよ過ぎてお姉さんちょっと心臓もたないかも」
「あとルーチェモンは特定危険デジモン届出が必要だから、早めに行った方がいいよ。保険の見直しとかもね」
「ありがとうベルゼブモンさん」
「るちぇ美しすぎるからね」
「はいはいそうだね」
「そんじゃまたねーアイスありがとー」
ブルル、とエンジンを蒸かす。
大型バイクにまたがって、2人は去っていった。
「ねえ暁美」
「なあにるちぇちゃま」
「今度、完全体のるちぇの服作ってほしいなー。暁美とデート用のカッコイイやつね」
「ミ゜」
考えただけで心臓が止まりかけた。
無邪気に笑う愛らしいるちぇちゃま尊すぎんだろ!……一瞬逃避しかけた。
でもあの時、私を助けてくれた美しいるちぇちゃまへ、特別なお召し物を作りたいと思ったのは事実だ。
「……頑張ってデザイン考えます」
「ふふ、楽しみにしてるね」
答えはそれひとつ。
大好きな、運命のパートナーデジモンのるちぇちゃまの為ですもの。
どうも地水です。感想書かせていただきます。
デジモンと人間が共存する世界にて、ルーチェモンをパートナーとする女性の暁美さんの話。ほんわかとしていて中々に面白く、胃に優しい話となって好きですね。
こんな話もできるんだというのが驚きですね。凄い。
またの機会にお会いしましょう。さらば。
世界観がほのぼのとしていて良い! 夏P(ナッピー)です。
何だかんだ言って02最終回後の全世界にパートナーデジモンがいる設定というのも魅力的なのだなと再認識したわけなのでした。保険とか届け出とかの生活に密着した要素がフラッと話の中で出てくるのも面白い。いやベルゼブモン連れのアコちゃんってアイ&マコがジョグレスしとるやんけ!?
ミミックモンはともかくエンジェモンもダメとはなかなか難儀な暁美サン。てっきりフォールダウンモードを目にして速攻で「オアー! フリーザ!?」になると思ったのにむしろ好みだったとは不意を突かれた。そして更に退化も可能とはもう一つオマケに不意を突かれた。子供用と大人用のコスチュームどっちも対応できるとは流石は七大魔王デジモン。るちぇちゃまもめっちゃデレてる締めが実に良い。パートナーの思いに反して進化したいのではなく、パートナーが願った姿に進化したいというどんでん返しはまさしくデジタルモンスターでございました。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。