
幽谷の姿は熱と光を放ちながら異形へと変わっていった。
それは二対の翼を持つ黒い蛇の様だった。顔に数多の瞳を持つ黒い蛇、その蛇の暗い身体のところどころから熱と光が溢れ、多すぎる熱量を放出しきれずに持て余している様にさえ見えた。
背中の二対の翼やその胴から発する熱が空気を熱し森をさらに燃やしていた。尾池は七美の脚に掴まれて避難したが、先に火夜の作ったクレーターに収まり切らない巨体で、それは七美にも匹敵するものだった。
言葉も出ない尾池のスマホにふと着信が来た。
『尾池ちゃん! 雅火は!?』
電話の相手は黒松で、尾池はこの状況を自分の言葉でどう伝えたらいいかわからず、テレビ通話にして大蛇と化した部長の姿を映した。
『……ニーズヘッグモンだな。見覚えがある」
聞きなれない声に尾池が画面を見るも、そこには知った顔しか映ってはいなかった。黒松に硯石姉弟、二見に水虎将軍、そして重忠。
『ニーズヘッグ、怒りに燃えてうずくまる者、世界樹の三番目の根を噛む蛇……蛇……尾池ちゃんもしかしてそれって……』
「……そうです。部長です」
黒松の言葉に尾池は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら答えた。
そうして尾池がニーズヘッグモンから目を離していると、ふと身体が揺さぶられ、不意に七美の身体ごと尾池は地面へと投げ出された。
「な、七美?」
尾池が立ち上がりながら七美を見ると、その尾の先をヤスリの様にびっしりと並んだ歯を持った口でニーズヘッグモンが咥えていた。
起き上がった七美は、尾池の身体を掴んでいる余裕はないと判断したのか、ニーズヘッグモンに噛まれたままその身体を持ち上げると、隣の山に向けて尻尾を振って叩きつけた。
尾池はその様をぽかんと口を開けて見ているしかなかった。
「え、だって……七美はこの世界の力を与えられていて……幾らなんでも普通のlevel6なら、多分どうにもできない筈なのに……」
『それは多分相性の差だ。通常現れるニーズヘッグモンはあくまで少し強いlevel6に過ぎないが……そのチンロンモンが世界そのものと繋がっていて、ニーズヘッグが世界を蝕む者であるならば、そのチンロンモンにのみ特別に強い可能性がある』
地面に転がったスマホから聞こえてくる声に、尾池がスマホを拾い上げると重忠が口を開いてしゃべっていた。
「へ?」
『……改めて自己紹介が必要か。私がロードナイトモン、重忠というのは天悟が私の正体をうっかり口走らない為の偽名に過ぎない』
画面に映っていた重忠の姿が一瞬光に包まれると、次の瞬間そこに尾池の知る重忠の姿はなく、流麗なピンクの鎧に身を包んだ騎士がいた。
『場所は把握している、すぐに向かう』
その言葉と共に、通話は切れた。
「重忠がロードナイトモン……でも、部長はもう分離できない……」
そういえば、将くんと呼ばれていた水虎将軍が重忠はやたら強いと言ってたっけと尾池は一人ごちる。
火が燃え盛る音と雷の音は隣の山からも尾池の耳にはひどく大きく聞こえてくる。叫んでも声も届かないだろう。
「……これ、私もう何もできないのかな」
黒い蛇と青い龍が山を崩しながら戦っている。尾池はそれを見ても、普段の様に面白いものを見ているとはとても思えなかった。
普段ならば、尾池はこの争いを涎を垂らして目を見開き植えた獣の様に見ていただろう。
ニーズヘッグモンという種はその見た目一つ取っても単なる蛇ではない。顔についた赤い目は顔のこめかみに当たる部分と逆のこめかみに当たる部分を線で結ぶかのうように並んでいる。
その場合、トンボのように広い視野があるのではないかとか今でも尾池は思うが、それがわかったら幽谷をどう助けられるのだろうと考えてしまう。
翼の色が少しずつ赤くなっていくのも、最初と比較した時に徐々に体を肥大させていっているように感じるのも、面白いと感じるよりも先に悲惨だと感じてしまう。
それは大抵の生物の面白い特徴というのは、考える時に基準に人間があるからかもしれないと尾池は思った。
例えば、犬は赤色が見えていない、なんて表現がまさにそうだ。能力を素直に表そうとするならば、その表現はイヌは明るさや色の明暗ならば認識できる。というような表現が適切という事になる。でも実際にはそう表現することは少ない。
人間と他の動物を比較し、自分の知っている範囲のなにがしかと比較する。尾池が面白いと思う時、そこにはよく知る比較対象が存在する。
目の前のニーズヘッグモンの事を考える時には当然、尾池の知る人間の幽谷と比べてしまう。面白いと普段なら思える部分は、それだけ人間から逸脱した部分。人間ならあり得ない部分で、幽谷自身が黒松に見せたくないと思っただろう部分。
お守りを握りしめても何にもならない。それも当然のこと、お守りに貯められた力はこの世界から力を引き出す呼び水に使えるぐらいには莫大だったが、直接七美とこの世界がつながった今となっては世界から引き出した方が余程多くの力を引き出せる。
それでも力が足りないならば、それは七美の限界。あくまで一介の、それも生まれて間もないデジモンの体を改造したとしても受け止められる力には限界がある。
「せめてもう一体いれば……」
尾池がぼそりと呟くと、ふと肩にぽんと手が置かれた。
轟雷と爆音で気が付かなかったが、硯石と黒松、そして、見たこともない煌びやかで豪奢な剣を持ったロードナイトモンがいた。
「……尾池、二見先生から大体の話は聞いた。リリスモンの目的は人間性を保ったままデジモンとすること。そうだな」
硯石の言葉に、尾池はなんで今そんなことをと思いながらも頷いた。
「なら、まだ可能性はある。ニーズヘッグモンというのはあまりにも人から遠い、あの巨体の中で人間の部分だけが腫瘍の様になっている可能性がある」
「……なんでそんなことわかるんですか」
あまりに都合のいい様に感じる硯石の言葉に、尾池は思わずそんなことを言ってしまった。
「姉さんもそうだったからだ。最終的には安定したが、デジモンの部分と人間の部分はそう簡単に馴染むものじゃない。その為にリリスモンはスプラッシュモンに調整役をさせたんだ」
「……それに、ああして姿を変える時、デジモンは人の感情に影響を受けるのよね?」
硯石の言葉に続いて、黒松がそう話し出した。
「雅火……迷ってたでしょ。やることは決まっているのにだらだら喋ったりしてなかった? ペラペラとこれからやることについて説明してなかった?」
「してましたけど……」
「雅火はね、尾池ちゃんのことを頭がいい後輩だって言ってた。自分の考えに追いついて間違いがないか考えられる子だって」
「そう、なんですか?」
黒松の言葉に、意外だなと尾池は思った。
「その尾池ちゃんに、だらだら喋ったのはね、間違っている気がしていたからよ。迷っていて、尾池ちゃんに話しながら自分を納得させてた。ならね、今の雅火の性質にもその揺れ惑う様な人間を辞めようと開き直りきれない部分が反映されている筈よ」
だから、と硯石は尾池の肩を掴んだ。
「尾池、まだお前にもできることが二つある。まずは、あの巨体のどこに部長の人間部分が固まっているかを推定する事だ。どこかがわかったらロードと姉さんが取り出してくれる」
え、と尾池は戸惑った。
「二見先生のとこの水虎将軍は……?」
「あいつは調整の仕方も知らなかった。部長の姿を見ていて、他のデジモンになろうとしていた人間の姿も見ていた尾池が頼りだ」
そう言われて、尾池は今までのデジモンへの馴化の仕方を思い出していた。
すると、ふと、まず右目にその変化が表れる様にされているとメリーだか将くんが言っていたことを思い出した。
これは裏を返せば、自然に馴化していった場合は目や目に繋がっている脳は後回しになる場所なのではないかと思うと、途端にそれで合っているような気がしてきた。脳の欠損で性格がガラリと変わる人のエピソードは数知れないし、人間らしさをリリスモンが見出しているのは恐らくはその性格の部分。であるならば最もデジモンになるのを避けたい部位も決まって来る。
「脳……多分脳です。あの頭の中のどこか、右目側からデジモンになっていっていて、視神経は交差しているのでおそらく右脳側だと思います」
「……ロード、いけますか?」
硯石が聞くと、ロードナイトモンはこくりと頷いた。
「幽谷雅火の頭を押さえつける役目と摘出後に残ったニーズヘッグモンの肉体を破壊する役目を任せる」
そんな話をしていると、急に周囲を黒い虫の群れが覆い、火夜がその姿をぬうっと現した。
その姿を見て一瞬ロードナイトモンの指がピクリと動いたが、すぐに火夜はその姿をlevel3の幽霊のものに戻すと黒松の胸へと飛び込んだ。
「……雅火が火夜に尾池ちゃんや私を襲えなんて言うわけないものね」
黒松がそう言って火夜の頭を撫でると、火夜は事態を理解できてないような無邪気な笑みを浮かべた。
それを見て硯石は一度目を細めると、尾池に向けて手を差し伸べた。
「……俺がスピリットを使うのは言っただろ? スピリットを使い、自然の力や世界の力を借りるのが俺のやり方だ。この世界から力を引き出すなら……きっとスピリットより尾池の方が力を引き出せる。ただ手を掴んでいてくれればいい」
疑問に思いつつ手をのせる尾池に、硯石はそう説明した。
「……部長のこと、ちゃんと止められますよね?」
尾池が不安そうに呟くと、硯石は大丈夫と微笑んで手を握った。
「部長のセクハラ止めるよりはきっと簡単だ」
スピリットエボリューション。そう硯石が呟くとその体が光り、一瞬小さくずんぐりとしたシルエットになった後、その姿はあっという間に大きくなって全身を機械か鎧のようなもので覆った二足歩行のドラゴンの姿になった。
ただ、尾池は知る由もないのだがその姿はアルゴモンを倒した時のそれとは異なる姿だった。全体の色はより赤く、背中の機械翼は吹き出す炎に包まれてもはや見えなくなっていた。
姿の変化が変わる頃には尾池の手はもう離れていたが、不思議ともう不安には思わなかった。指先には熱が残っていたし、その熱は硯石に繋がり幽谷にも伝わる。そう感じていた。
龍と蛇の争いにドラゴンが突貫していく。二体に比べれば硯石は子供の様だったが、その全身でもってニーズヘッグモンの頭にぶつかれば、七美の尾を離させることができた。
ニーズヘッグモンから逃れて七美は天へと一度退いていった。その姿を追ってニーズヘッグモンが鎌首をもたげるが、その頭に向けて両腕に溢れんばかりの炎をまとってハンマーの様に打ち下ろした。
硯石はニーズヘッグモンより小柄だったが、自身も高熱をまとってなお戦えるデジモンである故にニーズヘッグモンの身体から発する高熱をものともしなかった。
木々をなぎ倒しながら振るわれる尻尾の一撃も、両腕と両足がある故か経験値か、硯石はさばいて見せた。
業を煮やしたニーズヘッグモンが目から光線を出すも、硯石は腕から出した炎を盾の様にしてそれを防いだ。
そうすると、いよいよ先に倒さなくてはとニーズヘッグモンも考えたのか、口をがぱりと開いて硯石の方を一瞬向いた後、その顔を街の方へと向けた。
顔の向きを変えさせるには硯石の位置は遠く、口から噴き出した光線を炎の盾でもって受け止める他に選べる避け方はなかった。
背中から炎を噴射して身体を支え、爪を地面に突き立てて、盾の角度も調整して全てを受け切るのではなく光線を空に逃すことに終始してなお、硯石の身体はいつ押し込まれてもおかしくない。そんな状態へと追い込まれたものの、硯石は焦ってはいなかった。
硯石は独りではないからである。
ニーズヘッグモンに天から大量の青い雷が降り注いだことで光線は止まり、その巨体が一瞬固まった。
その隙に、硯石はニーズヘッグモンの舌を掴んで引き倒すと、口の先端を炎の剣で突き刺して地面に張り付けにした。
「ロード!」
硯石の声に、どこに潜んでいたのか黄金の剣を携えて現れたロードナイトモンは、ニーズヘッグモンの頭の上に着地するとその剣を一振りした。
「天悟、頭を持ち上げてくれ」
ロードナイトモンがニーズヘッグモンの頭から飛び降りると、硯石はニーズヘッグモンの頭を蹴り上げた。
すると、ロードナイトモンの振るった剣がニーズヘッグモンの頭を貫通していたのか、顎の一部に穴が開き、そこから幾らかの肉塊がぼろぼろと落ちだした。
剣を手放すと、ロードナイトモンはその肉塊の中から一つの肉塊を受け止め、何かを確認した。
「幽谷雅火は確保した。後は任せた」
そう告げたロードナイトモンに硯石は頷いて、黄金の剣へと手を伸ばした。剣の側も一度その姿を黄金の全身鎧の様なデジモンに変化した後、硯石の手元まで飛ぶとまた剣へと姿を変えた。
ロードナイトモンは幽谷を傷つけずに取り出すことに終始したらしく、頭の上から顎の下まで貫かれたにも関わらず、少しバランスを崩したのみで、硯石をかみ砕かんと襲い掛かった。
硯石は黄金の剣の周りに炎をまとわせると、自分に届く前にまっすぐ上段から振り下ろした。
ニーズヘッグモンの体は縦に真っ二つに割れながら発火し、持ち上げられていた頭が地面につくよりも早くその身は崩れて光の粒となっていった。
硯石が尾池達の元へ戻ると、地面に幽谷が横たえられていた。
右目と両腕に、腰から下。level5相当になった時点で人の形を保っていなかった部分の体がない幽谷だったが、その身体は青い光に包まれていて、その失われている箇所も少しずつ回復しているのが見て取れた。
「……これは、大丈夫なのか?」
「そうです。今、七美が治してます……正確に言うと、この世界に記録された人間だった部長の情報を元に失った箇所を補っている。とかいうやつなんですけれど」
青い光に包まれた幽谷の上には七美がいて、幽谷の上だけ雲が晴れ、空から小さな青い光が降り注いでいた。
よくわからないですよね、と尾池は硯石に向けて笑いかけた。その笑顔には心からの安堵がにじんでいた。
その後、幽谷が目を覚ますと、事態はとんとん拍子で進んでいった。
まず、リリスモンからこの世界の運営権限を奪取すrために残りの四神を用意した。火夜を朱雀に、黒松のところにいたアリが玄武に、そして、メリーのところにいたもう一人のメリーが白虎になった。
リリスモンから世界の実権を奪うと、服屋に行ってもうすぐlevel6に至るだろうという状態の店長の身柄を確保した。ロードナイトモンがいたこともあって、スーツのスプラッシュモンも抵抗はしなかった。
尾池のこの第三の世界を残したいという要求を、幽谷はこの世界にも尾池に助けを求める意思があることを思えばリリスモンの被害者たる無辜の民であると主張。そこに尾池のこの事件への貢献を加えてロードナイトモンに交渉した。
リリスモンへの交渉は幽谷や尾池ではなく、合意済みという事でロードナイトモンに任せた。
幽谷曰く、リリスモンが二見のあり得た姿ならば、その精神は人間としては破綻しているから、人間が交渉するべきではないだろうとのことだった。
尾池はロードナイトモンが自分達の要求を無視してしまわないかが心配だったが、硯石がそういう結末は醜いとロードナイトモンなら判断すると断言した。
果たして、二見を人間の世界に送り込むことと、服屋の店長の身柄をリリスモンの元へ届けること、二つを条件にリリスモンは第三の世界に対し今後干渉しない事と、人間の世界から大勢の人間を攫ったことについても可能な限りの補填をすることを決定した。ロードナイトモンはリリスモンを罰することよりも人間の世界に対しての影響を小さく収める事と尾池の希望を受け入れさせることに力を入れた。
最も貢献したものこそが報われるのがあるべき美しい姿だと、ロードナイトモンはそう言った。
かくしてリリスモンに目的を果たされる形で事件の大枠は終了した。
四神を揃え、第三の世界自身の機能を扱える様になったことで、第三の世界の中で亡くなった人ならば世界に記録された履歴から再生されて人間の世界に戻されることになった。
野沢の家族に友人もそうであるし、他にもデジモン関係なく親が家に帰れなくなって死んだ赤ん坊や子供なんかもいたが、その全員が再生された。
ただ、これが過去の本人であっても自分が殺した両親や友人そのものは帰ってこないし、アイズモンのこともあるからと野沢はがデジモン達の世界へ渡ることを希望。
リリスモンが家族を迎え入れたことでどの程度戦力が増強したか確かめる為にはサンプルが必要ではと持ちかけ、それをロードナイトモンも了承した為、過去の何も知らない状態の野沢も再生されて家族と共に人間界へ返されることになった。
但し、旧科学部の面々は、唯一リリスモンの指示でこの世界から存在を追放したものであった為、再生もできず、生死も確認できなかった。
スプラッシュモン達やグラビモンは事態収集はリリスモン側も負担させると決まったので、その作業に駆り出された後にデジモン達の世界へ返されることになった。
メリーは自分もデジタルワールドに行った方がいいのではないかと思っているようだったが、尾池の希望で結局人間の体に戻された。
七美達、四神になったデジモン達は、他の人間もデジモンもいなくなったあと、第三の世界がどうなるかを住人として見届ける立場になることになった。
人間の世界では県一つに渡る神隠しにひどく困惑しているということで、聖騎士の一人、ドゥフトモンは第三の世界の機能を用いて可能な限り人間達を連れ去られた当時の状態に戻したのち連れ去られた当時の人間の世界に戻すことを提案した。二見だけは一年後の三月に自分がデジモンの世界に拐われた筈の時間からもう一度やり直すことになった。
幽谷はタイムパラドックスの存在を憂慮していたが、ドゥフトモン曰くデジモン達の世界では前例があるということで受け入れた。
そんなわけで、大抵の人にとって、この第三の世界であったことはなかったこととなる様だった。
人間の世界に戻る者で記憶を残さことを許されたのは解決に貢献したとされる者達で、二見は記憶を持つと魔王のデータが体内に僅かでもある場合危険であると記憶を持ち越すことは許されなかった。
幽谷、硯石姉弟、メリー、黒松、尾池は記憶を残すことにした。
それでもみんな髪色などは大抵戻したが、尾池だけは髪の色も目の色も戻さないとわがままを通した。
人間の世界に戻って約一年、尾池の緑色の髪は根本から黒髪に侵食されて黒蜜をかけた抹茶プリンの様になって、オレンジの瞳は少し暗い色に変わっていた。
高校に入学してもいないの高校一年の春は過去の出来事として尾池の中にある。
ただ、記憶にはあっても七美の為に買った大きな水槽もない、床には水をこぼした後もない。
部屋の窓を開けると、三月の冷たい風が尾池の頬を撫でる。
高校の見学会で幽谷との再会は済ませたが、科学部の部員は彼女だけではなくて、部長でさえなかったのは尾池には驚きだった。旧科学部の面子がいなくてついた臨時顧問も、まだ二見ではなかったし、二見が臨時顧問に着くかも最早わからない。
尾池の知る科学部になることはもうないだろう。
硯石からは定期的に第三の世界関連で襲われていないか連絡が来るものの、住んでいるのは県内とはいえ自転車で行ける距離ではないので顔はあまり合わせない。
黒松とは入学したらという話はしているが、やはりそれほどという感じである。
メリーは元々半ば引きこもりだったが、転入試験を受けて尾池と同じ高校に今年の四月から入る事が決まった。尾池よりは一学年上で、今のところ科学部に入るかは未定とはいえ、尾池とは一番よく会う仲である。
なかったことと割り切るには、それが尾池の人生に落とした影は大きく、しかしだからといって永遠に毎日が怪奇現象だらけでもない。
少し寂しくなった時、尾池は小指にはめた赤い指輪を抜いて覗き込むことにしている。
それは人間の世界に一つだけの、第三の世界の覗き窓。
「七美、最近はどう?」
通信機ではないので尾池の問いかけに七美が答えることはない。けれど、指輪の向こう側で健在であると示すかのように青龍は虹のかかる空を優雅に飛んでいた。
感想ありがとうございます。
ロードナイトモンは副部長の上司ですからね、かっこ悪くては困ります。描写の規模的には実際副部長の方が強そうなんですよね……バーストモードは尾池ちゃんがいることでブーストかかっているのもありますが。
部長の内心に関しては黒松さんや火夜が代弁してくれてますからね。ほとんどしゃべってもらうタイミングがありませんでしたね。
尾池ちゃん以外は勝手に体を弄られていたという不快感の方が強かったんでしょうね。抹茶プリンと化した尾池ちゃんも、地毛は黒だからいずれは黒髪になってしまいますが、今度は趣味としてまた緑色にする未来もあるのかも。
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
本来でしたら一話毎に感想を書かせて頂く予定でしたが、気付いたら十三話からそのまま最終話まで読ませて頂いておりましたので、一気にこちらの方に感想を書かせて頂きます。そんなわけで夏P(ナッピー)です。
おおおおお大分引っ張られたがやっぱロードナイトモン! しかも出番と活躍的にかなり美味しい! 名前の由来が関東一の武士(もののふ)というのも燃える。というか最後の最後まで一切格を落とさない前作主人公っぽかったな副部長! 正直、三竦みと言われても硯石クン>尾池クンのイメージだったのは内緒だ!
部長はラスボス化自体は予想通りでしたが、まさか最終話においてほぼ人間としての台詞が無かったとは……しかしギャルゲーばりに皆カラフルな頭髪してたのを最後に戻してしまうのは惜しい。尾池クンも戻さなかったけど時間経過で珍妙な色になってしまっているような。
エピローグ! 戻ってこなかった者もいたとはいえ、とんとん拍子に進みましたが最後の台詞と一文最高! これぞという奴!
それでは遅くなりましたが完結お疲れ様でした!
あとがき
えー、こんな感じでこのお話はおしまいになります。まずは最終話まで読んでいただき、ありがとうございました。
事件の最後がダイジェストみたいになりましたが、その間は尾池ちゃんほとんどはえーとかほえーとか呟いたり鱗めっちゃ観察していたりとかします。それはそれで面白いんですが、物語としては余談ですからね。
本来ならばこの作品はこういう作品で―と総括していきたいところなんですが、尾池ちゃんが診断メーカーから造られたキャラで、尾池ちゃんの設定からとりあえず三話話を書こうとはじめ、その三話から全体の話を広げていった感じなので、割と全体的にノリですし、結局は読んでいる人の受け止め方次第だよねと元も子もないことを言っておきます。
ちなみに、重忠というの前の由来は畠山重忠という清廉潔白さで坂東武士の鑑と言われたらしい人から取っています。武士の鑑で検索したら名前が挙がったんで、ロードナイトモンにぴったりだなと。副部長のロードナイトモンへの尊敬が名前から漏れていますね。
タイトルは運命の赤い糸を意味するよという話はいつかしていたと思うんですが、恋愛的な意味というよりも基本的に誰の目にも見えないけれど確かに存在する繋がり、という意味で捉えていただければと思います。
例えばそれは最後に尾池の指にはめられた指輪の先、七美とのつながりであったり、尾池と第三の世界との間の繋がりであったり、人と人の絆的なものであったりします。
部長を七美が治療できるという点に関しては、勘のいい人ならば土神将軍が追放された時点で察していたかもですね。彼の説明では、ロードナイトモンが分離させてグラビモンが調整するという話だったのですから、尾池がグラビモンを追放したのは別で治せる手段がある為であると推測自体はできなくもないですし。
とはいえ、犠牲者自体は結構な人数が出ています。旧科学部以外の大抵の人は再生されてはいますし、過去に戻ってやり直してもいますが、その人達が死んだ事実があるからこそ再生された訳なので、本当になかったことになった訳ではないのです。部長の体だって再生はしましたが失われたことも間違いないです。
ちなみに、本編後の野沢さんはドゥフトモンのところでめっちゃ秘書してます。この世界観では基本的にデジモンはモチーフが群れで生きる生き物でもない限り協調性とかほぼほぼないので、人間という集団生活に慣れた生き物で且つスペックも高いし小柄で場所も取らないしアイズモンの能力で立体模型とか出せるのも会議に便利。
二見先生は今度こそまっとうな教師生活を送りますし、部長が顧問に圧力かけたりもしないので、
今更なんですが、第三の世界とか世界そのものが尾池ちゃんに助けを求めてくるって辺りがうまく呑み込めない人は、クロウォのワイズモンがゾーンとゾーンの狭間にいたじゃないですか、あんな感じでリリスモンに首輪をつけられた状態でエルドラディモンかセフィロトモン辺りが漂っているような感じと思ってください。
あ、そうそう。科学部は最初から三すくみなんですよね。部長は尾池ちゃんに強く、尾池ちゃんは副部長に強く、副部長は部長に強い。今回の場合は、世界特攻キャラのニーズヘッグモンなのでチンロンモンに概念的に強く、世界と繋がっているチンロンモンは世界を構成する自然から力を借りないと力が出せないシャイングレイモンでありバーストモードな副部長に強い。副部長は熱に強いしまっとうに攻撃力も格闘能力もあるのでニーズヘッグモンに強い。そんな三すくみでした。
これで大体語りたいことは語りつくせましたね。ここまで全部読まれた方は本当にお疲れさまでした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。