「骨折とかはとりあえずなくて、たんこぶはあるけど脳内出血とかもなさそう、らしいです。でも手首は捻ってたので、固定してもらいました」
一度病院に行って戻ってきた尾池は、口でそう言っているのとは裏腹に至るところに包帯を巻いていた。
「本当に手首捻っただけなのか?」
「あ、はい。擦りむいた範囲が広くて、その場所にはこうラップみたいなの貼って固定のため? の包帯は巻かれましたけど……CTとかも撮りましたけど大丈夫らしいですし、大丈夫だと思います」
「……尾池、今度一緒に下着買いに行くか」
硯石は尾池の包帯姿をみながら、とても真剣な顔でそう言った。真剣な顔でセクハラをする硯石に尾池は困惑しきりだった。
「副部長……いや、私はわかるけどさぁ、君それは説明不足でセクハラだよ? スカート履いてたって男子だと自分で言うからには守らなきゃいけない一線があると思うなぁ」
私が許してもアメリア・ジェンクス・ブルマーが許すかなと決めポーズを幽谷が取ると、硯石は確かにと頷いた。
「ブラジャーはパッド入りのものも珍しくないだろう。そして、元々ワイヤーや多少硬めの素材を使う事で胸が邪魔にならない様に固定している為、色々仕込んでも比較的違和感がない。鉄板仕込んだ上着とかに比べて重くなるといってもたかが知れてるし、体に密着するから重さに振り回されにくいんだ」
「えぇ……」
理屈は尾池にもわかる。硯石がふざけていたりましてやセクハラ目的で言ってるわけではないのもわかる。だけども、それはそれ。
部活の異性の先輩と一緒に普段使いするブラジャーを選ぶのは抵抗があるし、まして尾池には金属加工の技術はないので、おそらく硯石に鉄板入りパッドの作製を頼むことになる。付き合ってるわけでもない異性の手が加わった下着をつけるのは流石に気持ちが悪い。
尾池は父親のパンツと一緒に服を洗濯されても怒らないが、心中では分けてもらえると嬉しいなぁと思っているタイプなのだ。
「うん、尾池くんの反応が正常だと思うよ。下着が仕込みやすいし服装の組み合わせとか選ばないのはわからんでもないけどさ……気を使うポイントがズレている」
「……じゃあ、せめて丈夫な生地の上着を、デニムのジャケットとか羽織ってくれ。尾池がダサTに長ズボンを基本にしているなら、ある程度無難な組み合わせになる筈だから……」
「え……ダサいですか、お魚Tシャツ」
「……とにかく、もっと慎重になった方がいい」
ダサいんだ。何も言わないってことはダサいんだと尾池は呟いたが、硯石は聞かなかったことにした。なんとか取り繕おうにも、適切な褒め言葉も思いつかなかったのだ。
「そういえば、今日は地層見に行く予定だったけれども、私有地だし整備とかされてないし、いざという時手をつけないのは危なくないかしら? 下手するとそのまま川まで滑り落ちそうなところとかもあったと思うし」
硯石の姉がそう言うと、尾池はそれは嫌だと呻いた。
「なんとか生痕化石とか見たいんですけど……」
「まぁ、少なくとも今日は諦めた方がいいだろ、脳の出血は時間が経って脳内で血が溜まってから始めて症状が出ることもあるらしいし」
「……それは病院でも言われました。数日様子を見た方が云々って……でも、数日は待てないですよ。家にも三泊四日の合宿って言ってありますし」
「生痕化石は逃げないし、また次がある」
「確か、おじじの部屋にもこの地域で採掘された化石とかあったと思うし、それで我慢しときましょ?ね?」
硯石の姉にまで言われて、尾池は渋々引き下がった。
仕方なく残った筈の尾池は、五分もすると機嫌を直していた。
硯石の姉によるとおじじと硯石が呼んでいる親戚のおじいさんは子供がおらず、硯石姉弟を実の孫の様に可愛がっていて天悟が喜びそうなものとして化石に目をつけたらしい。
尤も、想定したのは恐竜だとか古代のサメだとかが好きになるものと思っていたらしいが、とうの硯石は地層や石の模様、化石そのものよりも生物の死骸が石に置き換わる現象に興味を持ったらしい。
「ここにあるサメの化石とかもそこの地層で?」
「いや、そこらへんは違うね。おじじが天悟が喜ぶと思って買ったやつ。二枚貝とかそこら辺の化石がここら辺で出たやつで……確か、コーキチュウシンセイの地層で泥がなんとかとか言ってたかしら」
「後期中新世ですね。えーと……1500万年前から500万年前ぐらい? 既に哺乳類の時代で、ヒト科が出てくるかどうかぐらい? 泥の層に貝だから海底だったんですね」
「そうなのね」
私は知らないけどと硯石の姉は黙った。藪を突けば蛇が出る、というかもう頭が出ている。人は自分の分野になると自然と話しやすくなるものだ。
幸いにも尾池は無言になるタイプだった。解説を求めれば喋り続けるだろうが、硯石の姉は話を聞きたいわけではないので解説は求めなかった。
「じゃあ、私はちょっと、昨日できなかった倉庫の整理してくるから。部活がんばってね」
そう言って尾池の側を離れた。離れてから一度エンジンか何かの様な音も聞こえたが、すぐに止んだので尾池はまた観察に戻った。
そうしてしばらくの間尾池は化石を普通に見ていたが、部屋の隅に顕微鏡が置かれているのを見つけると、今度は顕微鏡で観察し出した。
そんなこんなで数時間経ち、そろそろお腹も空いてきたなと気づいた辺りで一度その場を離れた。
なれない家であるし、広い家でもある。うろうろとしている内にどこかわからなくなり、尾池は一度縁側に出る事にした。
縁側に出ようとすると、庭に不審者らしい人影があった。
最初に見た尾池の感想は、変態の類だった。
その人影は、白いジッパーのついた全身タイツに見える服を着て、うねる紫色の前髪ともみあげをその隙間から出している成人男性の様に見えた。
少し考えて、その前髪が液体の様に波打っているのに気づくと、全身の毛穴が開いた様な気がした。
七美は顕微鏡と共に化石のある部屋にいる。尾池のそばにいた方がいいと判断したから、しかし、それでも遠い。尾池が気づいたわけで向こうが尾池を認識していない訳がなかった。
逃げようと尾池は思い立ったものの、次の瞬間にはその頭を液体が包み込んだ。
液体は頭から体へと広がっていき、やがて尾池の全身をも飲み込んだ。
「違うな。これではない」
白タイツがそう言うと、尾池の体を包んでいた液体は途端に重力に引かれて下に落ち、そのまま芋虫の様に蠢いて白タイツの足元までいくと、スポンジが水を吸う様にその体に取り込まれていった。
何と違うのか、なんで喋っているのか、喋っていることはただ繰り返しているだけのそれか意味を成しているものか、どんな生き物なのか、これは助かったのか。
激しく咳き込みながら酸素を取り入れた尾池の頭は急速に物事を考え始めたが、考えてもわからない以外の回答は出てこない。刺激したら死んでしまうというそれだけが尾池にも唯一わかっていることだった。
「俺を呼ぶのは誰だ……?」
ふと、白タイツは尾池から目を離すと何かを見上げた。
尾池がそれに気づいて上を見上げると、キラキラと陽光を反射しながら何か金属光沢を持つ金色のものが降ってきて、ズンと砂煙を立てながら着地した。
「……俺を呼んだのはお前か?」
白タイツがそう尋ねると、金色のものは違うと即答した。
「通りすがりの……緑髪ヒロインが負けヒロインになりがちなのに反対する会の者です。緑髪の子が咳き込んでいるのを聞きつけて助けに来ただけ、なんてどう?」
「ふざけているのか?」
「そりゃあふざける。君には自己紹介しても意味がないし、この子と会うにはまだ早い、というか現時点でこの子達は巻き込まれ過ぎているし、君に会うなんてイベントも起きてほしくなかった」
そうふざけた調子で言う生き物は、尾池から見てあまりにも異様な生き物だった。
全身は眩い金色の金属で覆われ、頭に肩に腕に尻尾らしいところまでもが剣の様になっている。足の指は三本で獣か何かの様だったが、ここも金属で覆われていて、しかも全身を覆っている金属にはそうあつらえたかの様な模様まで付いている。中に別の生き物がいるにしては、外せる様にも見えない。成長に伴って体に纏ったものが同時に大きくなると見た場合には、徐々に成長した跡があまりにも目立たな過ぎる。
ある意味ではその剣の獣はそれらしい生き物だった。頭の先からつま先までもが、いわゆる普通の生き物ではない、そういう存在だと受け入れる他ない生き物。
「……俺を知っているのか?」
白タイツが剣の獣にそう問いかけると、剣の獣は首を一つ傾げた後何かに納得して頷いた。
「ん……あぁ、成る程ね。君は本体じゃないやつか。これだから水虎将軍は困る。相性良くないと究極体ぶつけようがまず倒せないし、相性が良くても特性と技術を組み合わせれば幾らでももどきが増やせる。それぞれがお山の大将気取って仲間割れでもしていてくれればまだいいものを、色狂いが上にいるから統率も取れている」
まぁ敵じゃないけどと、剣の獣が大剣と化している腕を振り上げると、水虎将軍と呼ばれたそれは、ハッとあざける様に笑った。
「そんなもので俺を切っても無駄だぞ」
「生憎だけどそうでもなくて。切りたいものは切れるのが聖剣なんだ」
剣の獣が腕を横に振ると、水虎将軍の胸の辺りに横一文字に線が入った。
「俺は水だぞ? かき分けて進もうがたちまち元の形に戻る」
はぁと剣の獣がため息をつくと、水虎将軍の上半身は下半身の上からずるりと滑って落ちた。
「ね? この子達の考え方を借りると、そうなっているからそういうもんなのよ。切りたいものを聖剣は切る。切られたもの同士はくっつかない。そういうもの」
何言ってるんだろうと尾池は思ったが、それ以上に自分達の事を把握されているのが恐ろしかった。
「んー……ミスグリーン、プラナリアの殺し方って知ってる?」
「……えっと、それもしかして私ですか?」
そう尾池が聞くと、剣の獣はそうそうと笑いつつ、水虎将軍の顎に向けて腕を振って、発声ができない様にした。
「えーと、絶食させておかないと切られた時に自分の消化液で溶けて死ぬし、栄養環境が悪いと再生できなくて死ぬし、切り口が潰れてても死ぬから多分潰しても死ぬし、消化液の例でわかる様にタンパク質が変成すれば死ぬから熱を加えても多分死ぬし……」
水虎将軍は恐怖にも声を出せず、剣の獣を見るしかできなかった。
「え、そんな色々簡単に死ぬの?」
「あ、はい」
尾池の言葉にプラナリアってもう少し死なないもんだと思ってたと剣の獣が返すと、尾池はクマムシと混同してるのかもと言った。
「まぁいいか。とりあえず、この水虎将軍は……なんか響きがかっこいいのがムカつく。なんかいい悪口ない?」
「え? えーと……もみあげグレープゼリー?」
下顎と共に切り取られて地面に落ちてプルプルしている水虎将軍のもみあげを見ながら尾池はそう答えた。
「いいね、それ採用。もみあげグレープゼリーは、プラナリアみたく大抵の場所は再生する。でも、プラナリアと違うのは、部分の影響をめちゃくちゃうけるところ」
剣の獣は腕についた剣の先を使って水虎将軍の体をさらにさくさくと切り分けながらそう話し続けた。
「頭を潰せば記憶が維持できない、コアは破壊されたら再生できない。なので、もみあげグレープゼリーを倒す時は、頭と切り離して動きを制限した後」
こう、と剣の獣が呟くと胸に当たる部分が光り、ビームが照射された。
あっけに取られる尾池の前でビームの当たった水虎将軍の頭はジュッという音だけ残して消え失せて、その後に爆発的に生じた水蒸気によって爆発が起きた。
やっべ久々で加減間違えたと余裕で呟く剣の獣と違い、尾池は爆発の勢いに立ってられず尻餅をつき、ガラスはビリビリと揺れた。
「あー……ごめんね、ミスグリーン」
「だ、だいじょぶです……」
この手だから助けてあげられないんだという剣の獣の方を見ながら立ち上がると、尾池は少し痛む尻をさすった。
「ところで、多分こうやって話す機会もそんなないし、これは忠告なんだけど」
剣の獣はそう言うと、尾池の方にずいっと近づいて顔を寄せた。
「もみグレの末端はさっき言ったように本体の記憶を維持できない。だから、作られた分身が近くに撒かれているならば当然本体も近くに来ている。今回は対応してあげられたけれど、あんなにアホでも完全体……つまり、level5。部活の子達だと相性も地力も倒すには足りない。いざとなったらお魚ちゃんを手放してでも逃げるといい、君は今のところ色狂いが固執する理由もない筈だからね」
「……えと、手放すのはしないと思います」
尾池がそう答えると、剣の獣は縁側に上がってさらに顔を近づけた。それこそ顔に息がかかり鋭い歯列が見える程に。
「死ぬとしても?」
そう問われても尾池は目を背けなかった。怖さは感じていたが、それ以上に心臓は喜びに満ちて興奮していた。
鋭い牙が肉を裂くものだとわかっていてもそれが自分を裂くかもしれないという事よりも、未確認の生物を近くで見られる悦びが勝っていたのだ。
「多分……」
白蛇の時や烏賊の時、外は暗くて近くにいてもまともな観察を尾池はできなかった。
新しい事を知ることは人が根源的に持った快楽のひとつである。命の危険に本来勝るものではないし、尾池も恐怖に揺れる時の方が多いが、会話が通じて振る舞いは明らかに好意的。どれだけすごもうと恐ろしく振るまおうと、剣の獣は脅威である前に味方であり、味方である前に魅力的な観察対象だった。
「理由を聞いてみてもいい? 前から疑問だったんだよね。君は何の為に危険に身を晒すの? デジ……こういうのに関わったって、戦わないように引きこもっているという選択肢もあった筈なのに」
ただ、剣の獣はそんなことには気づかず至極真面目にそう問うた。尾池の鼓動が早くなって呼吸が荒くなっているのも、目を見開いてよく見ようとしているのも恐怖故の反応と捉えていた。
「……えと、保護しなきゃいけないから?」
「保護?」
「希少な生物は、まずは保護して、それから観察研究……っていうのが、なんか、当然かなって」
それ、君がやらなきゃ駄目?と剣の獣が言うと、代わりに頼れる人もいないしと尾池はへらっと笑った。
「その、保護が君の命よりも大切なの?」
「え、だって……この県だけで見てもヒトは115万体ぐらいいるけど、七美は1体だし……命の価値が基本的にみんな同じなら、個体数が少ない方が大切かなって」
「うーん……なる、ほど、ねぇ……君もしかしてアレかな? 熊が人を殺したとしてもその熊を殺したら嫌だなぁと思うタイプ?」
「あ、いえ、それはまぁ生存競争なので仕方ないかなって……熊を殺すのも殺されるのも……」
なるほどなぁ善悪の概念で判断しないタイプかぁと言いながら剣の獣は目を閉じた。それを見て尾池はこれ幸いとちょっと首を傾げたりして別の角度からの姿を目に焼き付けようとしていた。
「そういえば、色狂いってなんなんですか?」
ふと、尾池が聞くと、剣の獣は目をパチパチと瞬かせた後、どこまで言っていいんだったかなと呟いた後答え始めた。
「あー……それはね。ミスグリーンは知らないままでいて欲しい様な存在。強いて一言で表すならば、頭ピンクの魔王」
「魔王?」
「そう、魔王。お魚ちゃん達の卵とか、多分それを管理する立場の水虎将軍達とかを、なんて言えばいいかな……別の世界から送り込んできたのがこの頭ピンクの色ボケババア魔王」
「別の世界から……えと、外来種の卵を海外に送りつけている、みたいな感じの理解でいいですか?」
「んー……大体はそう。送りつけてくる外来種が武装した工作員みたいな感じのも混じっている点を除けばね」
「……それで、一応確認しておきたいんですけど、聖剣さんは、こう……人類の味方的なアレなんですか?」
「そこはそうでもない。なんと言えばいいかな、特定人物の味方というかなんというか、とりあえずは緑髪ヒロイン愛護の会とでも思って貰えばいいかな?」
尾池が不満そうな顔をすると、そろそろ爆発音を聞きつけて赤い髪のお姉さんがやってくるだろうし、と言い残すとパッと胸から強い光を放った。
眩い光に尾池が目を閉じ、恐る恐る開くともうそこには剣の獣はいなかった。
尾池がぱちくりと目を瞬かせていると、廊下の奥から硯石の姉が顔を覗かせた。
硯石の姉は尾池の方を見た後、周りを二度三度と確認すると、駆け寄ってきて尾池の手を取った。
「大丈夫? 怪我とかない? 今、安全?」
腕を取ってがくがくとゆさぶられながら、尾池は矢継ぎ早にされた質問にひたすら頷いた。
「とりあえずはよかったけど……何があったの?」
「えぇと……もみあげがグレープゼリーで、聖剣がケダモノで、切ったらくっつかなくてプラナリアは爆発処理して、色ボケ魔王は頭ピンクの外来種、緑髪ヒロイン愛護の会が聖剣で、もみあげグレープゼリーは外来種で……」
「一個ずつお願い」
「えぇと、じゃあ……紙に、書きますね」
尾池が紙に一つ一つ書きながら説明すると、硯石の姉は一言二言独り言ちてから硯石へと急いで帰ってくるようにとのメッセージを送った。
それを見て、そんな急がなくてもと尾池が呟くと、硯石の姉はポリポリと頭をかいた。
「尾池ちゃんは実感がわかないかもだけど……levelⅤっていうのはね、生きてる武装装甲車みたいなものなのよ。言葉も理解しているとなれば、さらに危険なのは、わかる?」
尾池は正直よくわからなかった。
まず装甲車だって実感が湧かない。それが武装したとしてよくわからないし、それが言葉を理解しているとさらにどうだというんだという感じである。なんかすごいのがさらにすごくてすごいんだなとぼんやりわかる程度、つまりはわかっていなかった。
「うーん……なんで科学部に他の部員がいないのかとか考えたことあるかしら?」
それは硯石の姉から見てもわかったらしく、
「一度副部長に聞いたことはありますけど、そういえば答えてもらった記憶はない……です、ね」
「……天悟が言わないようにしてるなら、私も言わない方がいい、かな」
ごめんね、でも気をつけてとそう言われたのが尾池には少し気になった。
それからしばらくして、尾池も一緒に軽トラに乗って山道の途中まで迎えに行き、二人にもそのことを説明した。
「水虎将軍か、元来の水虎といえば中国の、膝頭が虎の爪に似ているという特徴を持つ人の子供のような感じの姿の妖怪であるが、日本に渡って河童と混同されて河童の亜種という扱いを受けるものであるけれど……」
「もみあげグレープゼリー」
硯石が相槌を打つ。
「というのは聞いたことがなかったなぁ!」
幽谷はオーバーに笑いながらそう言うと、お腹痛いと引き笑いしながらうずくまってしまった。
「笑い事じゃないですけどね、level5ってなると」
自分もそれなりに笑った後、硯石はそう言って遠くを見た。
「まぁしかし……この地域は恐ろしいね。二日で四体だ。おそらくこの地域に由来するのが三体、聖剣に関しては本人の言を信じるならば尾池君に付き纏ってることになるかな?」
「俺は信じない方がいいと思いますよ、それ。昨日の夜も尾池は危ない目に遭っていますし」
「でも、眠ってただけかもしれない」
それはわからんよと幽谷が言うと、それもそうだと硯石も尾池も頷いた。
「さて君達、この地域に水神を祀る神社があるのは知ってたかな?」
「まぁ、一応」
幽谷の問いかけに、硯石はそう返し尾池は首を傾げた。
「そこの祀っている神が白蛇であることは?」
「いや、それは……」
続いての言葉には硯石も知らないと首を横に振った。尾池に至ってはそも存在さえ知らなかったのだから知るわけがない。
「私はね、こいつらは伝承や物語に惹かれる性質もあるんじゃないかと思うんだ。高橋君の事を尾池君は覚えているね?」
尾池が考えこみだすと、まだ一週間ぐらいなんだけどねと言いながら幽谷は話をつづけた。
「まぁ、高橋君は焼却炉の幽霊騒ぎについての話を持ってきてた子なんだが……彼が興味深い話をさっきメールしてきてね。それによると、焼却炉の幽霊に関しての噂が捏造されたのは、目撃証言よりも前らしい。それが特に広まったのは目撃証言の後からだけどね」
「つまり、噂が作られた事で、焼却炉の幽霊となり得る存在が集まってしまったのではないかって話ですね」
高橋の顔はうまく思い出せていなかったが、尾池はもう思い出すのをやめていた。種の判別よりも同種内での個体の判別の方が大抵は難しい。
「そういうこと。ここには水神の話があったから白蛇は来た。くねくねと水神の関係は論文だって存在する話題であるから、話に実体が引き寄せられ、実体があるから誰かが目撃してまた話が展開する。そういう構造さえ考えることができる!」
幽谷はそう面白い話でもしているかの様に言った。
「でも、この辺りに水虎とかイカの伝承はないでしょう」
「そこは、尾池君の領分……なんじゃないかな。サメが数キロ先の血の匂いをなんとやらというやつだ」
……それは、実際にはそんなでもないと言われてはいますけどと尾池は前置きして話し出した。
「確かに、匂いを辿ってということはあるかもしれません。アレらは特にアレらを食べようとする。という性質や、明らかに私達の知っている生き物とは異なる点を踏まえると、川の下流にいる個体が微物から存在を察して上流に移動、その移動の痕跡を追ってまた別の個体がと……次々に寄ってくるのはあり得るかもしれません」
まぁそれならあるかと硯石も頷いた。
「それで、どうするんですか? スライムみたいなlevel5やそれが従う魔王とその思惑について。部長の考え方が正しければ、もしかすると、こうして話している事で私達が一番危険な目に遭うかもしれない」
尾池がそう言うと、幽谷は一瞬きょとんとした顔をした。
「……ふむ、そうだね。でも、私達は今までと同じ事を繰り返すだけだよ。魔王の目的もわからない、なにやってるかもわからない、聖剣とやらは多分魔王と敵対してるんだろうが、それも実態がよくわからない。首を突っ込めば一瞬で死ぬのが目に見えている。そうだろう?」
「俺もそれがいいと思います。少なくともlevel5がいなければlevel5は相手にできない。しかも、その水虎将軍というのはさらに相性がよくないといけない。噂を広めれば実体が現れる、その仮説が正しいならば準備が整ってから誘き出すこともできる」
硯石の言葉に幽谷も頷いたし、尾池も次いで頷いた。ただ、どことなく落ち着かなかった。
魔王という荒唐無稽な存在も、この二人は当たり前の様に受け入れている。
剣の獣と話している時は尾池も大して気にしていなかった。しかしそれは、話の内容よりも目の前の存在が面白かったからだ。
でも、魔王や水虎将軍の話だけを考えると話は別になる。目的がわからないということは繰り返す可能性もある。尾池が知るだけでも数回科学部は戦っているが、尾池が知らない時期にも当然戦っていた訳であるし、現状でさえ手が回っているとはとても言えない。
人間にもいつ被害が出るかわからないどころか既に出ていてもおかしくないし、それに、ひどい環境汚染だって引き起こしかねない。在来の謎生物なら尾池や人類の知らないところで生態系の歯車であった可能性があるが、持ち込まれた生物となれば、環境への影響は計り知れないのである。
幽谷は簡単に話をこの地域の話に持っていったし、硯石も特にそれを止めもしなかった。尾池にはそれが、魔王やlevel5についての対応はもう決まっているとばかりの結果ありきの誘導に思えた。
科学部の過去について、少し調べてみよう。尾池はそう決めた。
あとがき
第四話でした。次回からはまた学校に戻ろうと思います。
魔王と言っておきながら魔王の出番がほとんどないどころかちょっと言及されるだけにとどまりましたが、ご容赦ください。
今回もお付き合い頂き、ありがとうございました。