廃ビルの中でトグロを巻く、下半身が蛇になるとトグロを巻く体勢がどれだけ落ち着くかがよくわかる様になった。
きっと尾池に伝えたら喜ぶだろうと幽谷は思い、自嘲気味にどう伝えればいいんだと笑った。
この身体になって、少し落ち着くと幽谷はこの県が異常なことがわかる様になった。
デジモンの体の成長は断続的、Levelが上がる際に一度リセットが掛かる様なものだ。それによってか、そもそも人間の体にデジモンという異物が混じったからか、自分にかけられていた洗脳の影響が弱まった。幽谷はそう解釈した。
黒松や学校の人間が洗脳されているのだと幽谷は思っていた。それは間違いではないが、それだけではなかったのだ。
去年の三月と今年の三月、魔王が二回に分けてデジモン達を送り込んだのはわかっている。だけど、去年の三月と今年の三月では規模も違えば他にも多くが異なっている。
幽谷のいる廃ビルは、美容関係の専門学校が入っていたらしい。責任者がいなくなり、訳の分からない負担の増えた講師達も去り、生徒はどうしていいか分からず通えなくなった。
そんな場所だから、生徒が置いていったのか、それとも授業で使う資料だったのか、ファッション雑誌がかなりの数置いてあった。幽谷はそれを見て、違和感に気づいた。
その雑誌に載っている日本人の髪は基本的には黒や茶色、せいぜい赤か金銀ばかりなのである。時折そうでない髪色の人間もいるが、それはどちらかと言えば珍しく、幽谷はそうした赤系でない色素の混じった髪色を珍しいものだと当たり前のように捉えている自分に気づいた。とうの自分の髪がまさにその赤系でない青色なのに。
幸い、電気料金は口座引き落としになっているらしく、その建物は電気もパソコンも生きていた。
そうして調べていると、幽谷は境目に気づいた。急に日本人の髪色や目の色がカラフルになった日がある。その日も去年の三月中。魔王と関係がないとは考えられない。
幽谷はそれを見て考えた。これはもっと大規模な改造・洗脳実験だったのではないかと。
髪の色と目の色、パッと見て気づく部分に手を加えて且つそれを隠す洗脳を施す。それでも人々は気づいてしまうのかをここで試した。
だとすると何の為に行われたのか。何かが気づかれてしまわないか試す目的だったのではないか。
何をと考えれば、髪の色や目の色と同程度に気付きやすく、それでいて気づかれてしまったら騒ぎになるだろうぐらいには大規模な何かとそれを隠す洗脳が、だろうというとこまでは幽谷はわかった。
でも、そこからがわからない。これが、何かを起こしてしまったからそれに洗脳で蓋をしたことがバレないか検証したのか。それとも、後に大規模なことを起こして洗脳して蓋をしようとして起こしたことなのか。
ふと、幽谷は学校の洗脳の時期と、それが洗脳された当人でさえ自覚さえできれば破れる杜撰なものであったことを思い出した。
「もしも、あの洗脳が、もっとわかりやすい筈の事柄の隠蔽がうまくいったからこそ杜撰に行われたのだとしたら……いや、そもそも杜撰なのではなくて元来大規模なものに適用するものであるからこそ大雑把な形でしか洗脳、いや髪色を考えると事情を問わない改変か? とにかく、九月のそれもリリスモンやその勢力による介入ならば……」
ある突拍子もない仮説を思いつくと、幽谷はその場で叫び出したい気持ちに駆られた。
「確かめなくちゃ……」
そう呟くと、幽谷は夜を待ってそのビルを後にした。
「……君は、自分が異常である自覚はあるか?」
土神将軍にそう聞かれ、尾池は目を丸くした。
「え、なんの話?」
「君の話であり、君がデジモンと出会う頻度の話だ」
そう言って土神将軍は話し始めた。
「水虎将軍はロードナイトモンとその部下達から一年間隠れ通していた。しかし、君は偶然出会い、友好的な関係を結び、他の候補とも出会い、その時点で既にロードナイトモン側とも出会っている。加えて、水虎将軍のついていないイレギュラーな幽谷雅火や黒松細工とも出会っている。野沢ともなんだかんだと友好的で、知性がない個体以外とはほぼ友好関係を築いている」
これは異常ではないか、と言われたら尾池も異常な様には思う。
「でも、そもそもデジモンを探していた部長達がいて、そこで何かあって副部長がそのそばにいる様になって、私が後からそこに入って周りを調べてる形だから……」
「部の活動記録を確認した。幽谷雅火は自分の手元と部室と二冊のノートに部としての範囲のみだがデジモンに関わる活動の履歴を残している。そこを参照すると、ただ最初期に散布された卵からlevel4になる個体が出てきたから、だけでは説明がつかない」
「そんなこと言われても……」
「何かないのか? 例えば、家族が神職であり、なんらかの加護を受けているとか」
「サラリーマンだし……神様とか言われても」
土神将軍はまだ疑っている様だったが、尾池に本当に心当たりがないのもわかったらしい。
「……そういえば、私少し疑問に思っている事があるんだけど、聞いていい?」
「……まぁ、いいだろう」
「副部長達ってさ、元から人間の世界にいたわけでしょ? で、そこにロードナイトモンが来てる……みたい。この認識でいい?」
「そうだな、来ているみたいだ。というより間違いなく来ている。我々が先に開いたゲートを追跡して閉じる前に割り込んで乗り込んできたは確認している」
土神将軍はそう言いながらもまだ尾池のことをじとっと見ていた。
「そうなんだ。じゃあさ、なんでロードナイトモンの部下のおかわりは来ないの? 魔王側は一回目も二回目も結構大規模だし、広がりまくった卵を回収するのならそれこそ人海戦術がベタだと思うんだけど……」
「……ふむ、その理由ならば簡単だ。それどころではないからだ。リリスモンは別の事件にタイミングを合わせて今回の件を実行した」
土神将軍の返答に、尾池はぴくりと眉を動かした。
「嘘はついてないけどなんか隠してない? なんか。そう……ロードナイトモン以外の聖騎士が出てこない理由にはなるけど、ロードナイトモンには他に部下とかいないの?」
「……私の核が体内にあるからか察しがいいな。我々は自分達でも陽動の為に事件も起こしている。ロードナイトモンがこちらを、部下達は関連している事件と捉えてその関係ない別の事件を解決しに動いているのだろう」
その言葉に、尾池はじとっと土神将軍を睨みつけた。理屈は定まっていないのに尾池には変な確信があった。
「岩海苔将軍、嘘、吐いてるでしょ。関係ない別の事件ってところがなんか嘘っぽい……本当はここでのことに関連する何かなんじゃない?」
尾池がそう言うと、土神将軍は黙って片手を上げた。すると尾池の胸元からびゅっと緑色の核が飛び出して手の中に収まった。
「問答は終わりだ……デジモンと巡り合いやすい理屈が分からん内は手を加えすぎたくないから手を出さんと理解して大人しくしろ」
それに、日曜でもお前は餌やりに科学部に行かねばならんのだろう、早く準備しろと土神将軍はしっしっと手で払う様にした。
尾池はケチと言った後、ふと鏡が目に入った。見慣れた筈の自分の姿、緑色の髪にオレンジの目がなんだか本来の自分ではない様な違和感を覚えたが、土神将軍のせいだなと無視することにした。
放課後になって、尾池が二見に会いに旧校舎の化学準備室に向かうと、そこには二見の代わりに野沢がいた。
「野沢さん、なんでここにいるんですか?」
「るり先のところ泊まってるし、他に行くところないからさ、とりあえず今度はアルゴモン殺そうと思って」
あんた達ならなんか知ってるでしょと野沢が続けると物騒ですねと尾池は返し、それにお前も大概だぞと野沢は尾池のおでこをピンと弾いた。
「……野沢さん、アルゴモン殺した後はどうするんですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「……部長がいなくなって寂しかったので、野沢さんがいなくなっても寂しいんじゃないなと」
部長と過ごしたのはたった一ヶ月、時間の長さは関係ない様に尾池は思った。
「……メリーはいいの?」
「え?」
「あんた高一でしょ? 一ヶ月ぐらいしかいなかった部長にそれだけ入れ込んで、私でも寂しいと思うなら……例えば、あのメリーがいなくなったら寂しいとは思わないの?」
「え、と……多分寂しいとは思いますけど。野沢さんとそう変わらないですよ、会ってからの期間」
あんな仲良しこよしみたいだったのにと言われて、尾池ははいと当たり前の様に返した。
「……私ね、リリスモンは嫌いよ。大嫌い、元を辿るとあいつのせいで私の家族も友達も死んでるんだもの」
「はい」
「だけど、アルゴモンを殺した後、リリスモンのところに行くのも全く考えてないわけじゃないの」
「そうなんですか?」
尾池は驚いてそう聞き返した。
「るり先はいい人だけど先生だし、私の繋がりはやっぱりアイズモンぐらい。でも、駅でアルゴモンを切ったやつから逃げ切るなら、リリスモンを頼るしかないと思っている」
それに、洗脳もちゃんとした設備がないと完全には解けないみたいだしと野沢は言った。
「副部長はそんな何でもかんでもって人じゃないと思いますけど……」
「じゃあ、デジモンがこっちで生活するのを見過ごしてくれる人なの?」
「それは……」
どうなんだろうと尾池は思う。硯石の姉、示剣のことを思えば、デジモンの存在ぐらいは許されそうにも思うが、デジモンの混じった人間は許されてもデジモンそのものはどう捉えられるか。
「七美も、このままだとお別れかもしれないわ。殺されないけど向こうの世界に強制送還。そんなとこが妥当なラインじゃない?」
確かにそれが妥当だろう。部での駆除だって、本来の生態系に戻せるなら、戻していい状態ならその方がいい。戻す場所も知らずわからず戻せる手段もないだったからこうだった訳で。
「リリスモンの思惑通りだと思うと正直癪だけど……家族亡くして孤独になって唯一の繋がりはデジモンとなると、結局リリスモンの側につく方が良さそうなのよ。私も、メリーももしかしたらそうかもしれないし、他の候補達もなんらかの形で孤独なんだと思う。気を許せる家族や友人恋人がいたら……得体の知れない魔王の家族になろうとは普通思わない。少なくとも人間関係を期待してはならない」
で、と言って野沢は尾池を指さした。
「今は良くても将来的にはあなた達、特にあなたは、魔王にとっても聖騎士側にとっても多分厄介者になるわよ」
「え?」
指差されて尾池は思わずそんな声を漏らした。
「メリーはあなたをめちゃくちゃ気に入ってるし、他にもデジモンを所持している人間達をなぁなぁで繋いでる。デジモンを拾った時点で魔王の家族候補とも取れるけど……なる気がないって言ってもいる」
「……えと、つまり、魔王側は私がここにいることでメリーさんがリリスモンのところに行くのをやめたりするかもしれないと思うし、聖騎士側としてはデジモンは回収していきたいけど私中心に組織だって抵抗されると思うかも、みたいな?」
まぁわかんないけどねと野沢は言いながらアイズモンの頭らしい部分を撫でた。
「……とにかく、身の振り方は考えた方がいいわよ、ほんと。どっちつかずの第三勢力ではその内いられなくなってくる」
「それで、野沢さんは魔王につくんですか?」
「考えてはいる。けど、実際どうするかはわかんないかな。多分私の体内に水の精霊は仕掛けられて監視されてるから、魔王に敵対の選択肢はないんだけどさ」
そう言いながら野沢はここにいるのよと自分の腹に親指をブスブスと刺した。
「野沢さん……話変わりますけど、とりあえずスピリット返してください」
「……急に変わったわね」
「なんか、あんま面白い話でもなかったので……」
「面白くないからでキャンセルしないでよ。もう少しなんかあるでしょ、まともな理由」
「で、スピリット……」
またそう言う尾池に、野沢ははぁとため息を吐いた。
「……デジメンタルは返したじゃない。というかもう一個はあんた持っていったままだし」
「でも……多分体に悪いですよ」
「だとしてよ、これないと戦力不足なんだけど。アイちゃんも小ちゃいし」
「でも、ミキサーとかなら出せるでしょ?」
「出せるけど……アイちゃんって基本的に再現したものの形と重さと速さで殴るしかないし、そもそも見つけるのもスピリットないと手間なのよ」
車とか電車とか戦闘機に大型重機、今は出せない切り札達よと言った。
「……スピリットあると見つけるの楽になるんですか?」
「なるわよ? 感覚も鋭敏になるし……風のスピリットだもの。使っている時は風が色々教えてくれる」
「風が? なんかファンシーですね」
ファンシーじゃないわよと野沢は言って話し出した。
「そなんて言えばいいのか……ものに意思があるのか、ものに存在してる知性を私がわかる形で受け取るから意思のように感じるのかわからないけど、風のスピリットを使っている時、私はそれを風を通じて感じることができる。風と話し合うことで、デジモンとしての能力も高くなるし、鋭敏になった感覚でも届かない範囲で何が起きているのかを風が教えてくれる」
「……じゃあ、野沢さんがスピリットを使えば、アルゴモンの場所も風に教えてもらえるんです?」
「ある程度近ければ……そうね。やってみないとわかんないけど、三日以内に十キロ圏内ぐらいにいたならば多分わかる。風だからずっと留まってないのよね……」
ちょっと遠くを見る様な顔をする野沢に
「なら、そっちは返してもらって、もう一個の方使うのはどうですか?」
「それは先輩にあげちゃったんでしょ?」
「そうですけど……副部長もアルゴモンは追ってるはずですから」
そう言うと、尾池はメリーに野沢を聖騎士側の人間に会わせていいかとメッセージを送った。
するとすぐに電話がかかってきた。
『もしもし? 礼奈ちゃん?」
「メリーさん? メッセージ見てくれました?」
『見たけど……どういうこと?』
「まだ潜伏しているっぽいアルゴモンを倒そうと思ってて。それで、そっちの人を頼ろうかなって……」
『そっか……私が万全だったら手伝ったんだけど……』
「まだ調整中ですか?」
『ううん、調整は終わってるの……でも、今日は母の日だから、去年急に失踪した両親を思い出して、冷静じゃいられなくて……デジモンは感情に伴って産まれるエネルギーに影響されるから、情緒がぐちゃぐちゃだと私自身のデジモンの部分もうまく制御できなくなるの』
「……去年失踪したんですか?」
『そう、去年の三月、将くんに会う一週間ぐらい前だったかな。うちの両親は元々同じ会社の同僚だったから……会社の後輩の結婚式に二人揃って隣県に行ったの……そして、帰ってこなかった』
尾池は黙っていた、何かおかしいんじゃないかという気がしたのだ。
『他にも結婚式に行った会社の人みんないなくなって……訳が分からなかった。会社に置いてかれたらしい血走った目の人がうちに来て、お父さんとお母さんが来たら連絡をって名刺置いていったりもした。電話をかけてもメッセージを送ってもメールを送っても……全く返事がなかった』
余計なこと喋ってごめんねとメリーは尾池に謝ったが、尾池はむしろもっと話を聞きたかった。もっと話を聞けば何かがわかる気がした、でも、それで何がわかるのかは尾池にもわからなくて、何を知りたいかわからないから何を聞けばいいのかわからなかった。
結局辛い思い出を深掘りすることもできず、尾池はそのままメリーとの通話を終えた。
ひゃっほう! ブログに時系列まとめまで作ってくれてる! こーいうの大好き! というわけで夏P(ナッピー)です。
ちょっと離れてる間に一気に二話も進んでいたッ! 前回感想書いた時にはまた素敵な噛ませが登場したもんだなぁと思っていましたが野沢さん寝返ったと見せかけ表返ってドウモンに突然ミキサー地獄突き噛ますお役立ちキャラじゃないですか。尾池クンに親しくされて困惑する様とか逆に遅れてきた主人公のようだった。副部長と並んでライノカブテリモンと対峙するところか主人公とヒロインみたいじゃないか!
隙間女⇒赤い部屋のコンボは燃える。アルゴモンすぐ倒されるかと思えばめっちゃ粘ってくれたような……いや最後は副部長の手で惨死だから目立ってたとはいえ幸せだったかはわからないけど。シャイングレイモン!? ま、マジか……土にダブスピ無いのでどうすんだと思ってたらこんなことに。というか、割とサクッと姉弟でデジタルワールド関わってたこと明かしてくれましたね。名実ともに前作主人公だったんだ……。
旅立っていった部長がどうなったのかを考えつつ、次回もお待ちしております。
ちょっと、尾池ちゃんがなんでその結論に至ったか追いついてもらえるよう、判明している事柄の時系列的なものを用意したりもしたんですが……
ちょっとそのままこっちに持って来れなさそうなので、ブログのURLを貼ることをお許しください。
https://ameblo.jp/parottomon/entry-12681529175.html
こちらになります。ではでは……伝わるかしら……
あとがき
最近長くなりがちなのでなるべく短くまとめようと頑張りましたが無理でした。へりこです。
副部長は科学部にて最強と言っていたのは(あとがきでは言ってなかったような気もしますが)こういうことです。お姉ちゃんソードをぶん回していたのもスピリットの力です。とはいっても土が出ているところ限定の強さなので、街中のコンクリ地面だと究極体まではなれてもジオグレイソードがスグオレルソード状態になったりしますし、アルゴモン瞬殺できる火力のジオグレイソードを召喚する場合は結構時間がかかります。
副部長が地層とか好きだったのは薔薇輝石につながるあれで、、土のスピリットなのもそこからの連想ゲームだったんですね。副部長が一人で戦えるならば、じゃあ重忠って何なの……というのはもうみなさんお分かりかと思います。
ちなみに副部長が薪割りの為に斧振ってたり、見た目にこだわったり、ゴーレモンが黒松さんを乗せて副部長の元から勝手に走り出したり、金属加工はしても最終的に洋服に行き着くのは、土のスピリットの適性がギリギリで微妙にズレているっていうアレなんですね。
このスレDでのスピリットは、適性×自然に対するスタンスでハイブリッド体の出力が決まる感じです。
副部長はハイブリッド体のままだと最大出力は完全体程度、自分に適したシャイングレイモンの姿に進化する事で始めて強い力を使える感じです。スピリットなくてもある程度使えるのは技術の問題です、人間のまま力を行使することでデジモンに特化した索敵から逃れつつデジモン並の戦力を発揮できるというステルス的な役目を果たせる、適性が高く普通にスピリットを使えば戦力になれる人には不要な技術です。こうしないとロイヤルナイツとか戦っている戦場でスピリットの適性も低い小学生の人間が戦果を上げられなかったんですね。
一方の鎌倉さんは、適性がめちゃめちゃ高いのでダブルスピリットできるわけですが、ダブルスピリットで出せる最低保証のエネルギーしか出せないので完全体程度、野沢さんシューツモンと同程度の力しか出せてなかったりします。それはそれとして肉体の強度でビーストとの差が出るので野沢さんよりかは強いのです。
ちなみになんですが、野沢さんのアイズモンでの切り札は小松航空自衛隊基地で見学させてもらった戦闘機です。野沢さんが学習した動き、離陸、飛行の動作が幾つか、着陸という一連の動作でしか動かせず火器は使えませんが、愚幻で出すそれは繰り返し出せるので……なお、ドウモンの結界は上下方向が狭いので離陸時のエンジン点火のバーナーで炙るぐらいしかできないし、横も割と狭いので自分達が安全圏に逃げられなくて使えなかったんですね。
では、あと数回でスレDは終わりですが、種明かし編になってくると結構複雑なのがさらに増していきますので、なんとかお付き合いお願いします。私自身があれ?どうだったっけってなるぐらいには面倒です。
「尾池、お前本当な……」
硯石はそう言ってため息を吐いた。姉と重忠と手分けしてアルゴモンの手がかりを探していたところ、尾池から野沢を紹介したいとメールを受けた。
それで硯石は人目につきにくい廃屋で待っていたのだが、いざ野沢を連れてきた尾池は、なんとも呑気な顔をしていたのだ。
「しかもスピリット使わせろって……」
「えと、だってそれが早いと思ったので……」
なんで怒ってるんだろうと尾池は思ったが、野沢はまぁこう思うよなと納得して見ていた。むしろ想定内の反応で安心していた。
二見や尾池だったら会って三秒後にはよろしくと言ってスピリットを渡していそうだ。
「あ、もしかして副部長もスピリット使えるんですか?」
「……いや、俺が使えるのは土のヒューマンスピリットだけ。同じ様なことをやっても地面はあまり動かないからな、風程の情報収集はできない」
へー……と言いながら尾池は硯石が手に持った風のスピリットを見た。
「……言っとくが、適性ないやつがスピリット使うのは本当に危ないからな。絶対使うなよ」
そうなんですねと尾池は引き下がったが、今度は硯石の方をじっと見た。
「今回は俺もならない。なった後の見た目が好きじゃないんだ」
「好きじゃない?」
「なんというか……美しくない」
「えー……」
「ロードの正義の方針は美しさだからな。まぁロードのそれはどうしたって正義は理屈で突き詰めることができないから理屈だけでなく自分がどう感じるか直感も重視しろという教えなんだが……」
滅茶苦茶喋るなと野沢は思ったし、声を聴いて男子だと気づいてからはずっと、なんで女装してるんだろうとも思った。
「とりあえず、始めませんか?」
「……そうだな。あと、尾池はこれ着とけ」
尾池の私的にそう言って、硯石は自分の着ていたパーカーを被せた。
「なんです、これ」
「フードの内側に鉄板とクッションが仕込んである。ヘルメット代わりだ」
「うわ重……」
「仕方ないんだ。土のスピリットのおかげで金属加工は多少なんとかなるが……ヘルメットに使われる樹脂とかはうまく扱えないからな」
「その割には服に仕込むの好きですよね」
「縫い物は趣味だからな」
ふーんと言いながら尾池は硯石の手からスピリットを取って野沢に渡した。
野沢はなんで奪う様なことをと思ったが、硯石がやれやれという顔をしていたので、少し困惑しながらスピリットを構えた。
「スピリットエボリューション」
野沢の身体が光に包まれ、妖精の姿が露わになる。
「……ちょっと外で風と話してくるけど、風が出るからフード被っといて。転んで頭打っても知らないわよ」
尾池はその言葉に理科室から勝手に持ってきたらしいゴーグルをつけフードを被り、野沢の足元の地面に這いつくばった。
それを見て野沢は静かに目を瞑って額に手を当て、硯石ははぁとため息を吐いて、マスクを付けた後、剥き出しの地面に向けてお守り袋を投げた。
お守り袋はまるで水に沈む様に地面に沈んでいき、数秒すると巨石でできたゴーレムがその地面から現れた。
「尾池、こいつを椅子がわりにしていいから……スカート覗くみたいな格好はやめろ」
尾池がゴーレムに寄りかかると、硯石はどこからか取り出した長大なトゲ付きのハンマーを地面に刺して体勢を支えた。
それを確認して、野沢は蝶の様な羽根を広げると少しうつむいた。すると、野沢を中心にビュービューと音を立てて風が巻き起こり、野沢の身体は数十センチばかり宙に浮いた。
それから野沢の唇が何か呟いた様に動くと、その度に風は方向を変えながら渦を巻く。尾池には何も聞こえなかったが、なんとなく、野沢を中心に小さな子供達が行ったり来たり報告している様だなと思った。
「キ、ヅイテ」
ふと、尾池は風の中でそんな声を聞いた。それはゴーレムの口から漏れたものらしく、尾池が見上げるとゴーレムもまた尾池を見ていた。
「レイ、ナ、ワタシ、ニ、キヅイテ」
「え……と、このゴーレムでは、なく?」
「キヅ、イテ……ワ、タシ、ニ……」
ふと、風が止んだ。するとゴーレムの視線は不意に途切れ、口も動かなくなった。尾池には何が起きているのかわからなかった。ただ、他の二人に聞こえないタイミングを狙ったのだろうことはわかった。
「どうだった? アルゴモンは見つかったか?」
「……一応、何日か前にいたっぽい場所はわかったけど、それだけね。そこに移動してまたやってって辿ればそれなりに見込みあると思うけど」
「いたらしい場所とはどういうことだ?」
「人間の肌感覚だと感じないやつ。デジモンから出てるなんか気配みたいなのを感じるアレ、アレでアルゴモンだと確認したの。風に教えてもらうって言っても私の感覚の延長だから……土の上から離れられると痕跡が薄くて辿れなかったわ」
尾池は正直話については行けていなかったが、とりあえずメリーがドウモンの結界に気づいたみたいなものかなと理解した。
「副部長もそういうの読み取れるんですか?」
「読み取れるけど精度は低いな。土のスピリットを使うと触覚系は全般鈍くなる」
「ところで、このゴーレムって喋るんですか?」
「いや、基本的に声を出しているのを聞いたことはないな……」
それ今聞く質問かと硯石は思ったが、尾池の場合はいつも通りだなと不自然な質問も流した。
ゴーレムは硯石の能力、普通に考えればまず呼びかけるのは硯石だ。しかし呼びかけたのは尾池で、名指しだった。聞こえないよう配慮していたのもおそらくは間違いないそこに意味があるならと、尾池はそのことを話さないことに決めた。
その時、ふと尾池のスマホに着信が来た。それは黒松からだった。
「もしもし」
『もしもし尾池ちゃん、硯石くんでもメリーでも、とにかく早く連絡取って! 大変なことになってるわ』
黒松の声はかなり緊迫していて、尾池はとりあえず通話をスピーカーモードに切り替えた。
「副部長なら今一緒にいます。どうしたんですか?」
『赤い部屋よ!』
「赤い部屋?」
『ポップアップブロックがなかった時代に創られた創作怪談! ネットでページを開いた時に勝手にページが開かれるポップアップを利用した広告が多かった時代、ネット上で広まった怪談よ! ポップアップで表示される、あなたは好きですか?という広告を消すと消した人は殺されるという噂、それを検証しようとした学生二人の話!』
「落ち着いて下さい、黒松さん、それがどうなってるんですか?」
硯石が問いかけると、画面の向こうで黒松が深呼吸した音が聞こえた。
『その赤い部屋が、再現されてSNSで拡散されているわ』
「再現……っていうのはどういうことです?」
尾池はそう聞きながら、嫌な予感がしていた。
『元のそれは、結論から言うと、自殺させられるのか、それとも殺されるのかはわからないけど、動脈を掻き切られて部屋を真っ赤に血で染めながら死ぬ。それが元の話。今回のそれは、動画に挟まる広告の形式で現れ、広告を消した人間は自分で手首を切ったり、ペンを突き刺す』
その凄惨な内容に、尾池は思わず眉根を寄せた。
『今の拡散のきっかけはネット上に投稿された呟き。赤い部屋を見てしまった人が口だけは動くらしく、音声入力でSNS上で実況したの。それを、真に迫った創作と思った人達が拡散、そのツイートを見た端末でも赤い部屋の広告が出現する様になっている!』
「副部長、これは……?」
「アルゴモンだ。あいつの演算能力ならクラッキングは容易い。ドウモンが呪符でも残していたのか、それともアルゴモンが抱え込んでいる別のデジモンか、異界や幻覚を見せるなら鋼のスピリットもあり得るか、リリスモンが今所有しているはずだしな……とりあえず、なんらかの形でネットを介して催眠術をかけ、現象を起こしたのだろう。SNSは餌だ。この現象に畏怖した人間達の感情は当然『赤い部屋』を通じてアルゴモン達に向き、エネルギーになる」
硯石の言葉に、野沢の表情が少し険しくなった。
『既にシャミ研の子が二人被害に遭ってる、尾池ちゃん達が会ったことある子も。傷は深くないし健康な子だからよかったけど……傷の深さの割にすごく疲れてもいる、多分ただ催眠してるだけじゃない。体が弱い人や今弱っている人がもし見たら……多分、命に関わる』
「アルゴモンは植物のデジモンで分裂もできるし、デジモンはネットと相性がよく、スマホの容量ならLevel3ぐらいまでのデジモンなら中に入ることさえできる。催眠や幻覚で誤魔化している間に、Level2以下のアルゴモンが直接行って吸い取っているかもしれない」
『硯石くん、追える?』
黒松の言葉に、硯石は冷静な顔のまま静かに首を横に振った。
「……正直難しい。パソコンには疎いから罠にかかるような事もできない、幼年期の個体を追ってネットに入るのも厳しいです。アルゴモンと戦える個体がネットに入るのは厳しいし、できたとして向こうが回線を切ったら追いつくことはできなくなる。何かの端末に入った状態で電源を切られたらそこに閉じ込められてしまうしな」
「野沢さん、感情に伴って生じるエネルギーって、野沢さんなら追えますか?」
尾池の言葉に、野沢は少し考えた。
「他のそれと混ざったらもう識別は難しいわ。比較的落ち着いている今だって少なからずあんた達から出ているのは自然に感じる。幸いここはスペースがあるからまだ個々を識別できるけど、多くの人のそれが集まっているところからアルゴモンに向かうそれだけを見分けるのは無理。できるとすれば感情の発生するところから追跡する形よ」
「なら、人気のないここで、赤い部屋が起きればいいんですよね?」
「尾池、それなら俺が……」
ここで赤い部屋が起きればという言葉に前に出た硯石を、尾池は押しとどめた。
「副部長は野沢さんと一緒にアルゴモン倒しに行かないと。私には七美もいるし、健康なので大丈夫です」
も、と言ったことで硯石は土神将軍の存在を思い出したが、わかっていてもそれはひどく気が進まなかった。
止める理由を硯石が考えている内に、尾池は通話を切り、赤い部屋についての実況ツイートを確認するとすぐに動画サイトにアクセスし、CMの入る部分まで飛ばした。
そうして出てきたのは真っ赤な背景に白い文字で『あなたは 好きですか』と書かれ、あからさまな電子音声でそれが読み上げられる動画。
尾池はその動画広告を躊躇わず消した。
しかし、広告はもう一度現れる。何度か消していると、あなたはと好きですかの間に画面を縦に分割する様に引かれていた黒い線から、少しずつ別の文字が出てくる様になり、尾池が消さずとも勝手に消えて勝手に新しいのが現れる様になった。
それを見て、尾池は鞄からメスを取り出すと使い捨てのアルコールティッシュで簡単に除菌して、そばに置き、パーカーと制服のブレザーとワイシャツを雑に脱いで、中に着ていたティーシャツだけになった。
そうしている内にあなたはと好きですか間から出てきた文字は『赤い部屋』。
『あなたは赤い部屋、好きですか』
その言葉が読み上げられると、パッとスマホの画面が全面真っ赤になった。さらにその画面には人名がずらずらと何十人分も並んでおり、尾池はその中にふと、赤頭という名字を見つけた。
「口裂け女の時のシャミ研の人と同じ苗字……ということはこれは被害者リスト、ですね」
そう口にした尾池の手がふと、視線も向けていないのにメスに伸びた。
「あ、これは……怖いですね。動かしたくないのに無理やり動かされてます」
尾池は冷静にそう口にしたが、ふと、今朝グラビモンが自分の身体から核を撤収させていたのを思い出すと、途端に恐怖が襲ってきた。
ふと、頭が急に重くなった様な感覚を尾池は味わったが、それはすぐに消えた。
尾池が顔を上げると、硯石が、ウミウシとクラゲを足して二で割った様なシルエットの緑色の虫を鷲掴みにしていた。それはアルゴモンのlevel2の姿だった。
一瞬、尾池はその苦悩している硯石の顔に安心したが、次の瞬間手首にメスが深々と刺さった。
尾池はここで痛みに耐えかねてメスを抜くとひどい出血になるとわかっていたが、尾池の意思と無関係に腕は傷の中でメスをぐりと回し、広げた傷口からメスを勢いよく引き抜いた。
思わず叫び声を上げそうになった尾池だったが、それを我慢して呻き声で堪え、動く側の手で傷口に強く押し当てて野沢の方を見た。
野沢は、尾池の方を見てバイザーのついた妖精の姿でもわかるほどに顔を歪めたが、捉えたと呟くと硯石を抱えて飛び上がった。
「尾池……ッ」
最後にそう呟いた硯石に、尾池は青ざめた顔でにへらと笑いかけた。
野沢に硯石が連れて来られたのは、山だった。
「つくづく山が好きな奴らだな……」
「馬鹿だから人がいるところに潜伏できないのよ。ここまで来ると雑踏に入ったみたいにエネルギーが溜まっているけど……」
硯石は鷲掴みにしていたlevel2のアルゴモンを手から離した。
すると、そのアルゴモンはふらふらとしかし真っ直ぐにある方向に向かった。
「……ん、メガソーラーがあるみたい。感じるエネルギーの中心の方でもあるし、おそらく間違いないわ」
野沢がそう言ってメガソーラーの方に向かうと、六角形のパネルで作られたようなデジモンが待ち構えていた。
それを見ると、硯石は舌打ちした後、野沢の手を離れて飛び降りた。
地上にいたそのデジモンは硯石に向けて雷を放って応戦した。それに対して硯石がトゲのついたハンマーをどこからか取り出して放り投げると、それはそのデジモンの頭に当たり、動きが止まって、硯石が着地するすぐにぐらりとバランスを崩して倒れ、頭が粉々になって崩れた。
「……しれっと生身で着地しないでよ」
「生身じゃない。スピリットの使い方に慣れれば、人間の姿のままでも力が出せるだけだ」
「このデジモンは倒してよかったの?」
「問題ない。こいつは透明なパネルでできた羽と手足を持つ人造デジモン。パネルを鏡と化して幻惑すると聞いている。おそらくこれで……自傷行動と、気づかずにlevel2のアルゴモンに襲われることは防げる。既に役目を終えているからここにいるなら意味もないかもしれないが……」
なるほどと呟くと、硯石達はまだどこかへ向かうlevel2のアルゴモンを追いかけた。
「見つけた。アルゴモンだ」
メガソーラーを一望できるように造られたらしい高台にそれはいた。
十メートルあるかないかという高さの蔦でできた奇妙な円錐形のもの、至る所から赤紫色の水晶が出ている点なんかパッと見れば何かしらのモニュメントかアートのようにも見えるが、蔦が脈動していることから作り物ではなく生き物であるとわかる。
それにlevel2のアルゴモンがふらふらと寄っていくと、蔦が伸びて捕まえて、幾重にも絡まった蔦の中へと引き摺り込んでいった。
「きもいわね。風を通じてでも二週間出してない生ゴミみたいな不快さを感じるわ」
「そうだな、大地からも無理矢理に力を吸い上げている……腫瘍か膿みたいだ」
野沢の言葉に硯石はそう返し、早足でアルゴモンへと向かおうとした。
「あれ、紫那乃さんじゃない」
ふと、そんな声がかけられて二人は足を止めた。その人影はアルゴモンの側、高台から二人を見下ろしていた。
「……美久ちゃん? 鎌倉美久ちゃんなの? 信じられない……だってあなたは……」
野沢はそれが誰かわかると、バイザーで目が隠れていてもわかるほどに狼狽していた。
「私がきさらぎ駅に連れ込んで殺したはずなのに、かな。なんでもあなたの思った通りになるわけじゃないってことよ」
その女は野沢が着ていたのと同じ様な高校の制服を着ていた。
暗い青紫色の髪に金色のメッシュを入れていて、眼鏡の奥の目は丸くて大人しそうな顔立ちに見えた。硯石はそれを見て、ちょっとやんちゃしてるグループに間違って連れ込まれた冴えない子みたいだと思った。
「……そうか、きさらぎ駅に誘い込んでからの案内役はアルゴモンだったから……」
「そう、あなたにきさらぎ駅に連れていかれた私は、そこで雷のスピリットに適性があるかアルゴモンに試された。適性があった私にアルゴモンは取引を持ちかけてきた」
鎌倉は笑っていて、適性があると言った時の口調は自慢げに聞こえた。
「取引?」
「野沢さんを見返したくないかって。そうしたいなら協力しろと。私はあのグループだと一番パッとしなくてみじめだった……それが、アルゴモンにもわかったみたいね。それで……ちょっと、何進もうとしてるの」
野沢達が話しているのを硯石はしばらく聞いていたが、話が長くなりそうと見るや高台に向かってまた歩き始めた。
「……あぁ、そうだな。今の内に雷のスピリット二つを渡してくれれば手は出さない。命と協力を天秤にかけられた事情も考慮すれば、君は被害者だ」
硯石がそう言うと、鎌倉はふざけんなと叫びながら手を硯石に向けて振り下ろした。
すると空から雷が落ちて、硯石に向かった。しかし、それを硯石は避けもせずにどこからか取り出したハンマーで受けた。明らかにハンマーから肉体に電気が伝播しているようで、服から煙も上がっていたが硯石は平気そうだった。
「ついでみたいな対応をしたのは悪かった。しかし、アルゴモンのことを先にどうにかしたい」
硯石は涼しい顔でそう言ったが、それが余計に鎌倉には癪に触る様だった。
「お前も紫那乃と同じタイプか! 顔も要領も頭もよくて、いつもこっちを見下してやがる!!」
「別に見下したつもりはないが……」
「普段は大人しくて常識的な人だった。多分、美久ちゃんも洗脳を……」
野沢は狼狽し、冷や汗が今にも垂れ落ちそうに顎からぶら下がっていた。
「されてねぇよッ!」
今度は野沢に向けて鎌倉は雷を落としたが、硯石がハンマーを野沢の方に伸ばして代わりに受けた。
「あたしはッ、そうしないとあんた達の友達でいられなかったんだよッ! 役割がなかった! あんたみたいに顔も頭も性格も要領もいいやつがいて、他の子もみんな私よりかわいいし、話が面白かったり、メイクが上手かったり! なのに、私には取り柄なんてなくて、真面目に勉強しても遊び呆けてる筈のあんたに軽々ぬかされるッ!」
「そんな風に思ってたなんて……」
野沢の感情はぐちゃぐちゃにされていた。他の友人達を犠牲にしたことを思う罪悪感と、鎌倉だけでも生きていた安堵、その鎌倉から妬まれていたことに加えてその妬みの為に人をたやすく傷つけられる人であった衝撃、どれも正面から受け止めるには重く、一度に受け止めるなんて尚更だった。
「あんたが憎かった……」
鎌倉はそう喉の奥から絞り出した様な声で訴えた。
「……すまない。それでも今は時間がない」
硯石が申し訳ない様な声を出しながら進もうとすると、鎌倉はまたキレた。
「だから、そんなに進みたいなら私を倒してから行けっつってんだよ!」
そう鎌倉が叫ぶと、その身体は光に包まれながら肥大化していき、アルゴモンより少し低いぐらいの高さに二十メートル近い長さを伴ったカブトムシの化け物の様な姿になった。
「私にもあったんだよ才能がッ! 本来ならなんの役にも立たなかったスピリットの適性という才能が! それを知ってからはすーっと気が楽になった……アルゴモン経由で洗脳されて思考力も制限されて馬鹿の上嫌な奴になったあんたの話を聞くとすやすや眠れた……」
「そんな、こと……」
鎌倉が声を張り上げると、その分野沢の足からは力が抜けていくようだった。
「あんたはlevel4相当だったけど、スピリットってのは一体のlevel6の力を二つに分けたもの、それを二つ同時に使ってる私も当然level6相当!」
「……スピリットエボリューション」
がなりたてる鎌倉と対照的に、硯石はそう静かに呟いた。
呟いた硯石の身体はその言葉と共に縮み、ずんぐりとした丸い鼻の妖精に姿を変えた。
「スピリット一つで私に対抗しようっての!? やっぱり舐めてるじゃねぇかクソが! 私は本気を出すに値しないっていうのかよぉっ!」
「……悪いが、舐めているわけじゃない。ビーストスピリットを使えるほどの適性が俺にはないんだ」
また怒鳴る鎌倉に対して硯石がそう言うと、なんだよ雑魚かよと鎌倉は罵倒した。
「だけど、お前よりスピリットを理解している。スピリットは自然からエネルギーを取り込む性質がある。これは十闘士がlevel5までしか存在しない世界でその壁を破る為に自然のエネルギーに同調し取り込んだことに由来する」
そして、と言いながら硯石が地面に手を付くと、硯石の身体が発光し出した。
「スピリットを使っている時の俺達はデジモンなんだ。サイズは可変になるし、他のデジモンがする様な断続的な成長……進化も可能とする」
そう言った硯石の姿は輪郭を変えながらみるみる巨大になり、アルゴモンと並ぶ高さになった。
その姿は全身を機械か鎧のようなもので覆った二足歩行のドラゴンの様だった。背中には六枚の機械の翼が一対、三本の角を頭部から生やしていた。
「……これが俺のlevel6の姿だ。とりあえずこれから一発本気で殴る。受け止められたら本気で戦うが、受け止められなかったら素直に負けを認めてスピリットを渡して欲しい。野沢もそれでいいか?」
「私は構わないけど……」
鎌倉の表情はもう窺い知れるものではなかった。甲虫の化け物の様な姿では表情も何も声に出さないことは何もわからない。
硯石は返答を待たず、翼を広げて鎌倉達のいる高台に飛び移ると、三本の鉤爪が生えた足で地面を踏みしめ、右の拳を思いっきり振りかぶるって角に向けて思いっきり突き出した。
鎌倉のなったカブトムシの化け物の様な姿、ライノカブテリモンという種は、その身体にまとった重厚な甲殻に加え、周囲に特殊な磁場を作り出す。鉄壁の状態での突進やその防御力で耐えながら相手に雷撃を浴びせるという戦い方をする種だった。
それを硯石は知っていて、同時に突進にしても地盤の制御にしても角が起点となることも知っていた。
見届けようと空に飛んだ野沢は、硯石が拳を握った瞬間に二人の差に気付いてしまった。一つしかスピリットを使っていない筈の硯石の身体は大地に支えられ、その後押しさえ受けている様であったが、十闘士そのものの力を扱っている筈の鎌倉は、メガソーラーという周囲に幾らでも電気がある状態で孤独だった。
拳は磁場の壁などないかの様に突き進み、鎌倉の角は折れて後ろで物言わぬオブジェとなっているアルゴモンの身体に突き刺さった。
角が折れると鎌倉はそのまま人の姿に戻り、ペタンと座り込んだ。
そこに野沢が駆け寄るも、鎌倉は野沢の手をパンと払い除けた。
「……野沢、スピリットを回収してくれ。俺はアルゴモンを倒す」
野沢は何も言えず、鎌倉の足元に転がった二つの人形を拾い上げた。
硯石はそれを横目で確認すると、右手を地面に置いた。そうすると、地面がぐらぐらと揺れて熱を持ち出した。
たまらず野沢は、嫌がる鎌倉を抱えてその場から飛び上がって少し離れたところに着地した。
熱は地面を赤く光らせる程の高温になり、それを確認して硯石は地面の中へとずぶりと手を沈めた。
「……ふふ、まさか足止めにもならないとは思わなかった。人間にしては使えると思ったのだが、見込み違いだった様だ」
ふと、それまで無言だったアルゴモンがそう言葉を発した。それに伴って刺さっていた角がツタの中にずぶずぶと飲み込まれた。
「そうでもない。こんなすぐに暴走せずにダブルスピリットを使える人間はそういない。出力が足りなかったのはお前がアルゴモンだからだ」
「……どういう意味かな?」
アルゴモンの身体を構成していた蔦がそれまでより激しく蠢き、地面から抜け、光りながら新しい身体を形作ろうとしていた。
「お前は寄生するデジモンだ。自然と調和し力を借りるスピリットとは生態が合わない。人間社会で電気を扱い力にできるというのは凄まじい脅威だ。野沢は少なからずそうした力の使い方をしていたから、彼女がドウモンの元で力の使い方を学んでいたら彼女は一人で今の彼女とお前を足した以上の力を持ち扱うことができただろう」
硯石の淡々とした言葉の端々にはぬぐい切れない怒りの様なものがあった。
「ふん、そうは言うが、お前は今の私の力を性格に把握できているのか? 人の恐怖の対象となり、さらには直接集めもした。level6になるに足りるだけのエネルギーを得て尚集め続けた! 今もまだ私の力は高まり続けている!」
アルゴモンの身体は硯石のそれを超え、頭一つ分高い巨人となっていた。それが真にlevel6相当であるのは硯石も野沢もみんな感じていた。
「……リリスモンの手のひらの上で踊るのがさぞ楽しいみたいね、アルゴモン」
空から硯石の手元をちらりと見て、野沢はそう口にした。
「……なんだと? ドウモンも死んで便利な道具と使われている下等種に何がわかる」
「ドウモンに雷のスピリットを扱わせれば好転してたってことは、リリスモンは裏切るにしても互いに協力できないだろうと最初から見ていたということだ。他者に寄生し、手が足りなければ自分自身を増やす、お前の在り方をよく理解した上で、裏切ったとして構わないと考えた」
「高い演算能力があっても、それをどう向ければいいのかわからない他人に従う形じゃないと活躍できない、持ち腐れの馬鹿よ。美久ちゃんには、こんなものじゃなくてもいいところはいくらでもある、そのはずなのに……お前が、安易に力なんか与えたから!」
野沢の手の中で、鎌倉はこの期に及んでその手から逃れようとしていた。手を離されて死んでもかまわないという様子で、野沢自身自分が言っていることの歪み具合はわかっていた。その才能がなかった場合はアルゴモンはきさらぎ駅で殺していただろう、野沢の性で死んでいたのだろう。だが、それでも口をついて出てしまった言葉だった。
「……終わらせよう」
硯石はそう言って、地面から手を引き抜いた。その手には、黄金に輝く異形の剣が握られていた。持ち手は太陽を象った様な円形の意匠の真ん中に配置され、そこから二本の剣がそれぞれ全くの逆方向に伸びている。黄金の剣には血管の様に赤い線が刻まれて、模様は脈打つ様に薄く光っていた。
その剣が構えられると、アルゴモンは動けなくなった。その剣は今のアルゴモンの攻撃では破壊できないし、防ぐこともできないと悟ってしまった。
それでもアルゴモンは動き、足や胴から光線を硯石に向けて放った。その光線もまた凄まじいものであった筈なのに、硯石は剣を一払いしただけでそれを霧散させた。
そして剣を持ち上げると、アルゴモンの腹に深々と突き刺し腹から肩にかけて切り裂くと、手元で剣をくるりと回転させながら首を横に断ち、さらに振り下ろして逆の肩から胴までを裂いた。
斬られた傷は一瞬の後に発火し、アルゴモンの身体はその熱量に光の粒となって消えていく前に真っ黒になって崩れた。
「……とりあえず、一度黒松さんに電話してから尾池のところに戻ろう。洗脳されてないっていうのが本当なら、そいつの扱いは野沢に任せる」
そう言うと、硯石の手の中で剣は光に溶けて消えて地面へと吸い込まれていき、次いで硯石自身も光を放ちながら元の人間の姿へと戻った。
「無茶をしたものだ」
尾池の身体から核を回収しながら土神将軍はそう呟いた。
「……ありがとう、グラビモン」
「なんだ急に、気持ち悪い」
「……グラビモンがいなかったら、多分私は答えに辿り着けなかった」
尾池はそう言いながら、携帯電話についたお守りに手を伸ばした。
「……聞いておこうか。答え、とはなんだ」
「この世界で……いや、今回の事件で何が起きているかの答え。リリスモンは何がしたくてなにをして、なにがどう動いてこうなったのか。大体のことがわかった。そして、私がなんでデジモンと巡り合うかも多分これで説明がつく」
「ふむ、自信があるようだ、核を埋め込み言葉を縛るのは簡単だが……ぜひ聞かせてもらいたいね」
「全部は話さない。話すべき人は、多分、きっと、別にいる」
「……まぁそれも、核を埋め込めばわかることだ。喋らせることだって簡単だからな」
尾池の手の中でお守りが強い光を発した。その光に、土神将軍は七美の方をチラリと見て、七美になんの変化もないことに驚愕し、ゴーレムが姿形を変えようとしていることに気づくと狼狽えた。
「それは意思持たぬゴーレムで、しかも作ったのはお前ではない筈だ……何故パスが繋がっている?」
ゴーレムは緑色のドラゴンになった。翼の代わりに一対の大きな腕を背中に持ったドラゴンとなった。
「然り、形を取ったは土尊ぶ子との約定故である。しかしこれは選ばれし子に願われた故」
「選ばれし子とはなんだ……?」
ドラゴンの言葉に土神将軍は困惑しながらそう問いかけた。
「多分、ですけど……選ばれし子というのは、この世界に選ばれた子という意味だと思います。この、人間の世界でもデジモンの世界でもない世界に」
尾池が自信なさげに言うと、ドラゴンは然りと応えた。
「やっぱり……この世界は私が産まれた人間の世界でもデジモン達の世界でもない、ドウモンの結界の中の様な異界。そうだよね、グラビモン」
尾池の言葉に、土神将軍は舌打ちをした。