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へりこにあん
2021年7月09日

Threads of D 第十三話 メリーさんの電話

カテゴリー: デジモン創作サロン


「……副部長は野沢さんが離脱したので遅くなりそうだし、黒松さんは病院にいるのかメッセージに既読つかないし……」


「ねぇ、そんなに焦らなくても……」


準備室でそわそわする尾池に、二見はそう笑いかけた。


「焦りますよ。部長ですもん、多分今頃仕組みに気付いて、国道沿いに県外に出るルートを確かめていてもおかしくない……既に確かめ終えた後かも」


「なんでそんなに幽谷さんを警戒するの?」


二見の言葉に、尾池は当然のことでしょうというような顔をしていた。


「薔薇騎士は……多分話せばわかります。リリスモンがわざと気づかせなければ追えない構造を考えると、ばれたとしても交渉の余地がある相手を選んでいる筈です。なので、なんかこう……薔薇騎士に上手い感じにリリスモンと交渉してもらうみたいな……で、どう交渉してもらうかとか最終的にどんな交渉を目指すかとかは部長に丸投げしたいですし……」


やっぱり部長は脅威なのでと尾池は呟いた。


「部長は頭いいですからね。ここに来ずにみんな諸共世界を壊す方法とか思いつかれていたら……」


「そんなことできるの?」


頭いいにも限度があると思うけれど、という言葉を二見は飲み込んだ。


「多分……この世界を維持するか、自立しているこの世界をコントロールする何かはリリスモンの元にあるはずです。それとこの世界は繋がっていないといけない。副部長がこの世界の土をゴーレムしたみたいに、野沢さんの持つ風のスピリットや雷のスピリットを通じてとか、そういう『自然と感応するデジモン』とか『世界に干渉するデジモン』みたいなのになられたら……そこからこう、なんかうまいことできたりするのかもしれません」


デジモンの成長は断続的で、それまでとは全く違う姿になる。小さな幽霊の様だった火夜が、


「ふむ、尾池ちゃんはなんかそういう手を持ってるの? なんか具体的だけど」


二見の言葉に、尾池は微妙な顔をした。


「うーん……持ってるというか、持たされているというか、この世界の存在を知覚したら力を貸してくれる様になったというか……」


「ちょっとよくわからないかな、ごめんね」


「えーと……なんていうか、私は昨日今日選ばれたんじゃなくて、少なくともこの前ワニ肉バーガー食べた時にはすでに選ばれていたんだと思います」


「ワニ肉?」


なんで今その話をと二見は思ったが、無関係ってわけでもなさそうなので黙って聞くことにした。


「はい、この世界にこの県の外は無いけれど、この県の外が産地の食べ物は溢れてますよね? そういうのは、この世界の側がなにかしらの形で用意している筈です」


途切れた国道に急に食料を積んだトラックが現れる様な様を想像しながら尾池はそう口にした。


「それはまぁわかるわ。私の東京から持ち込んだ荷物とかもそうじゃないとおかしいし」


「で、あのワニ肉、多分県外から通販で買ってる筈なんです。で、値段が高いのでほとんど私が食べた分だけしか買ってない……なので、多分あのワニ肉は、この世界が私だけに何か繋がるためにリリスモンの目を避けて干渉できる最も小さな単位のものだったんじゃないかなって……」


「んー……それは、ワニ肉と断定まではできない気がするけど」


そう言われても、県外から入っていそうで家族も誰も関係なく、尾池だけが食べた様なものはワニ肉の他には思い当たるものがなかった。しかし、そもそも食べ物の形で繋がったのかと言われるとなんとも言えないのも確かなので、尾池はあまり強気には出なかった。


「まぁ多分ですけど、そんな感じで……」


そう尾池が呟くと、ふとスマホから着信音が流れた。それを見て、尾池は表示も確認せずにすぐさま出た。


「もしもし?」


『私……メリー……今ね、礼奈ちゃんの高校の最寄駅にいるの。そっち行っていい?』


メリーの声は静かで、しかし尾池にはどこか恐ろしく感じた。


「……じゃあ、近くの緑地公園で会いましょう」


『……わかった』


ブツッとメリーは通話を切った。これを聞いて、尾池は不安に駆られた。


二見を襲う動機のあるメリーと会うならば二見のそばを離れなければならない、しかし、二見のそばを離れれば幽谷が来た時に対処できない。


幽谷の策とは尾池には思えなかった。一瞬しか会っていないが二人の相性は悪そうに見えたからだ。


「……二見先生、黒松さんと副部長と合流するまで部長とまともに向き合ったらダメですからね!」


尾池は七美をバケツに移して高校を出た。


黒い雲が空を満たし始めていて、公園に着く頃にはもう降り出しているかもと尾池に思わせるような状態だった。


傘を持ってくるべきだったかなと少し考えていると、電話が鳴った。


『今、公園のそばのコンビニまで来たよ』


「私ももうすぐ着きます、先に公園に入っててください」


尾池は公園に着くと、ふと立ちくらみに襲われて、バケツをその場に置いて地面に座り込み、手首に残る痕を見た。赤い部屋解決の為に血を流してからまだせいぜい二時間しか経ってない、土神将軍に止血してもらったとはいえ、尾池が思うよりも血を流していたらしい。


そうして少し休んでいると、また電話がかかってきた。


『もう公園にいるよ』


すると、今度は尾池が言葉を返す前にぶつりと通話が切れた。


やっぱりいつものメリーさんじゃないと思いながら尾池は公園の中まで進むも、パッと目に見えるところにメリーはいなかった。


五月のぬるい風が、急いで公園まできた尾池の汗ばんだ肌を撫でた。


街灯にポツポツと明かりが灯っているが、既に日はほとんど落ちていて暗く、一体どこにとメリーが見回してもその姿をどこにも見つけられなかった。


そしてまた、スマホが鳴った。


「メリーさん?今どこに?」


『ここ』


「ここ」


声が二重に聞こえて、尾池が振り返ろうとすると、身体がなにかにぶつかった。そうして倒れかけた尾池の身体を後ろから伸びてきた手がスッと抱え上げて支えた。


『今、礼奈ちゃんの後ろにいるの』


「今、礼奈ちゃんの後ろにいるの」


そう言って電話は切られた。後ろから回り込んできたメリーの腕は、尾池の身体をそのまま抱くようにして離れず、服の肩から肘にかけて開かれたファスナーからは黒い鎌がずるりと伸びていた。


「メリー……さん?」


「礼奈ちゃんは、私のこと、好き?」


「えと、まぁ……好きですけど」


吐息が頬に触れるほど近い距離で、メリーはそう尾池に問いかけた。


「……私も好き。ねぇ礼奈ちゃん、この世界が人間の世界じゃないって知ってた?」


「……今日、気付きました」


そっか、良かったと言ってメリーの手が緩んだ。


「あの、メリーさん、これって……」


「私ね、もう礼奈ちゃんしかいないの。お父さんとお母さんから私を引き離したのはリリスモンだったし、将くんはリリスモンの部下、こんな身体じゃもう私、お父さんとお母さんの前には戻れない……」


鎌がバチバチッと音を立てると、地面にざくっと突き立てられた。


「もう、礼奈ちゃんしかいないの。多分、礼奈ちゃんの好きは私の思う好きとは違う、それでも私からそう思える人はもう礼奈ちゃんしかいない」


チラリと見えたメリーの目は、今までに尾池が見たことのない目だった。縋り付く子供の様であり、襲いかかる獣の様でもある。


言葉こそ恋する乙女の様だったが、恋慕で応えるべきものではない。もちろん、尾池の知的好奇心が主だってさえ思える好意で応えること等はもっての外に思えた。


「……私ね、この世界をズタズタに引き裂きたい。リリスモンの目論見をぐちゃぐちゃにしてやりたい」


「それは、応援できないです。私はこの世界を守りたいから」


「……なんで? 大体全部リリスモンのせいなんだよ? 私に起きたことも、礼奈ちゃんの学校に起きたことだって、ばら撒かれたデジタマだって、みんなリリスモンのせいなんだよ?」


「でも、それはこの世界のせいじゃないですし、この世界を無理に壊した時、今この世界にいる人達がどうなるかわからないんですよ?」


「……それは、そうだけど」


「メリーさんは、暴走もするけどなるべく正しいと思うことをしてきたじゃないですか」


尾池がそう言うと、メリーはやめてと言いながら尾池を突き飛ばした。


思わぬ強い衝撃に受け身も取れず倒れ、背中や尻は打ったものの、頭と地面の間にはメリーの手が挟まっており、尾池はメリーに押し倒されたような形になった。


「……背後から話しかけてきたのも、なんとなく負い目があったからじゃないんですか?」


「本当はね、礼奈ちゃんの言うことはわかるの……だけどね、だけどね、それじゃ気持ちがおさまらないんだ。正しいことをしたいと思う気持ちと別に私はリリスモンを私刑にしたい。痛めつけて殺してやりたい。この手と鎌で力任せに引き裂きたい」


前に私が暴走したのもそういうこと、とメリーは尾池の目を見ながら続けた。


「……正しいことがしたかったんじゃなくて、誰かを救いたかったんでもなくて、誰かの為になれたら……そうしたらだよ? 私が生きていていい気がしたの」


メリーは一言一言噛み締めるように言葉を口にした。


「お父さんとお母さんに捨てられたと思ったら、私という人間にはなんの価値もないように思えて、生きていていい理由を探してたの。誰でもできることをしたとしても、幾らでも代わりがいるってことになるから、私だけにしかできないことを考えていた……」


メリーの目に涙が溜まっていくのが尾池には見えた。


「最初っから私は感情でしか動いてない。いい人にもいい子にもなれない。正しいことをしようとしてもそれを一貫なんかできない」


その言葉と共に零れ落ちそうな涙を、尾池は指で拭った。


「……生き物ってそんなものですよ。前にも言いましたけど、追い詰められたら、極限状態に陥ったら、異常行動を取るんです。今のメリーさんがそうです。去年の三月からずっと、異常な状況にいる中でもメリーさんは動機がどうあれ方法は社会に寄り添って、不意に私を突き飛ばしてしまっても頭を打たない様に手を回してくれる」


それでいいじゃないですかと尾池が言うと、メリーはダメだよと笑った。


「辛いもの、死んだ方がマシだって思うぐらい」


ぎぎぎとメリーの鎌が地面を引っ掻いた。何かを堪える様に深く深く。


「礼奈ちゃんは優しいよね。根拠ない楽観的な見方じゃなくて、根拠があっていい風に捉えてくれる。でもね、正しいけれどそれで私は救えないの」


土を少し巻き上げながらメリーの鎌が持ち上げられて、首の高さでピタリと止まった。


「この世界がリリスモンのものなんだって思うと、自分のバカさとか全部全部思い出しちゃう。リリスモンを殺す為に何かやろうとしていれば、その間だけは、ただ泣き寝入りしてるんじゃないんだって自分を慰められるけど……」


メリーの涙がぼろぼろと溢れて尾池の顔に落ちた。


「メリーさん……」


「礼奈ちゃんは、この世界の味方。それを変える気は、ないんだよね」


メリーの言葉に、尾池はこくりと頷いた。それは変わらないし変えない。尾池は自分の望みは妥当だと思っているから。


「でも、私はメリーさんの味方でもあるつもりで」


「やっぱり、こうするしかないよ。私はリリスモンが憎いけれど、それよりも礼奈ちゃんの邪魔をしたくない。でも、何もせずに生きているのも辛過ぎる」


そう言った顔を見て、尾池は止めないとと思った。


メリーの鎌に赤い電撃が走り、鎌が振りかぶられた。


「……ごめんね」


尾池はスマホに繋がったお守りを手に掴み、天を仰いだまま叫んだ。


「止めて! 七美!」


瞬間尾池の掴んだお守りは強い光を発し、メリーが思わず手を止めて目を細めた。するとお守りは一泊空けてさらにもう一度、全てが真っ白になって思えるほどに強く発光した。


光が消えても十数秒、メリーの視界は戻らなかった。その間に、ごろごろごろと空が雷を抱える音が鳴り出し、何か軽いものが転がるような音もした。


目が慣れてくると、メリーは転がっていたものが七美の入っていたバケツであることがわかった。


何が起きたのかとメリーが狼狽えていると、急に地面に寝たままで目を押さえている尾池の周りがパッとスポットライトで照らされた様になって、メリーが体を持ち上げて空を見上げると、雷をまとった黒い雲が渦を巻いており、その中央に、ぽっかりと穴が空いているのが見えた。


その穴からふと、全身に鎖を巻き付け光る球を伴って身体を青く光らせた龍が現れた。その四つ目の龍は稲妻模様の仮面の奥から尾池達の事を認めると、青い雷と共に降ってきた。


「……よかった。メリーさんちゃんと生きてる」


公園に収まりきらないような巨大な龍にメリーが困惑していると、やっと目が慣れたらしい尾池は、無傷のメリーを認めてそう呟いた。


「え、いや……何が……」


困惑しながらもう一度自らの喉にメリーが鎌を向けると、空から青い雷が一条落ちてメリーの意識を奪っていった。


尾池に向かって力が抜けたメリーの身体が倒れ込み、ぐぇと声を上げると、尾池は青龍をじとっと睨んだ。


「……七美、ちゃんと手加減した?」


龍の顎に蓄えられた伸びやかな髭を引っ張りながら尾池がそう青龍に聞くと、青龍はこくりと頷いた。


「……これしかなかったけど、まだ、これをやりたくなかったな」


尾池はぼそりと呟いた後、茂みの方を睨みつけた。しかしそこには何もなかったので周囲をぐるりと見渡して、七美の方を困った顔で見た。


七美は合ってる合ってる大丈夫と言うように、家屋を丸呑みできるほど厳つくなった顔でこくこくと頷いた。その際に起こった風が尾池の顔に砂を巻き上げて被せる。


その砂を払い、自分の上着を枕にメリーを仰向けに転がして目元の涙の痕を拭うと、尾池はその場で立ち上がった。


「部長? どこかで見てるんです、よね!?」


尾池が疑問系で叫ぶと、公園の入り口の方からずるりずるりとわざとらしく音を立てて蛇体を引きずりながら幽谷が現れた。


「……確かに、見てたよ。尾池くん」


「早速ですけれど、これはひどいと思います。セクハラとかのレベルじゃないです」


頬をわざとらしく膨らませて怒る尾池に、幽谷はうっすら笑みを浮かべた。


「ふむ、尾池くんは勘違いしているようだ。尾池くんは私がどこまでわかっていたと思う?」


「大体全部。私がこの世界と繋がった事を知ってメリーさんをけしかけて、最終手段を出させるまで全部です」


部長の関与に気づいたのはメリーさんが第三の世界だと気づいていたからです。と尾池が言うと、幽谷は表面上穏やかに笑った。


「それは大いに買ってくれたものだね。でも、私は生憎ほとんど知らなかった。細工も君も、私をどうしてそんなに評価してくれるかな……」


「でも、全く予想してなかったとは言わせないですよ。私が加わってからやたらデジモンと遭遇するようになったことなんかは、この世界が第三の世界だと気づいた部長は疑ったはずです。私がリリスモンに用意された舞台装置かもしれないと」


「……そうだね、それは疑った。二見先生のことも疑った。自覚のあるなしに関わらず、リリスモンに操作されていておかしくないと思ったよ。でも、誓って言うがメリーくんの自殺までは私は予想してなかった」


私だってそんな非人道的な方法を好んでとれないさと幽谷は言った。


「じゃあどこまでは予想してたんです?」


「君を必死に説得するところまで。それで君がこっちになびいてくれればと思った。この世界が第三の世界だと、最初は気付いてないかもしれないとさえ思っていたからね。彼女の話を聞けば、リリスモンの側より私達の側についてくれると思った。リリスモンの味方ではないがこの世界の味方なんて、考えに至るとは私は思えなかったよ。私からは出ない考えだ」


「今、一つ嘘を吐きましたよね」


「……うん、吐いたね。この世界が第三の世界と気づいたら、君はこの世界を守りたがるとは思っていた。でも、それはそれとして、君を説得できるとも思っていた。砂浜に作った砂の城はどんなに惜しくても波に削られ雨に打たれいずれ壊れてしまうものだ。メリーくんを優先すると思っていた」


そして、私はその間二見先生を襲う気だったんだ。なんの障害もなければねと部長は続けた。


「でも水虎将軍がいた」


「そう、アレは倒せなくはないが、倒す為に今の私達の取れる方法は爆発的な熱を加えるぐらいしかない。私の見立てでは、やつはちょっとした盆地なら水没させられるぐらいの水を身体に溜め込んでいる。倒せたとして二見先生から話を聞くことはできなくなる。だから困って先にこっちに来たんだ。驚いたよ」


そう言って、幽谷は七美の巨体を見上げた。


「……私の見込みが正しければ、私が勝つにせよ負けるにせよこれがこの世界最後の戦いだろうね」


「戦わない方法は?」


「無いよ。メリーくんも言ってたろ? 理屈ではわかっているんだ。君がしたいことも理解したし、今の私はデジモンの力量も大分わかるようになった。火夜もlevel6まではなんとか辿り着いたけれど……今の七美は次元が違う。君のやりたいことはきっとできるし、私は多分君の持っている情報全部聞けばアドバイスぐらいはできるだろう。でもね、私はこの世界の存在を認めたくないんだ」


包丁で襲われて先端恐怖症になった人に襲った人が悪いのであって包丁は悪くないと言い聞かせる様なものだと幽谷は言った。


「部長らしくないです」


尾池の表情はひどいものだった。その言葉も理屈ではない、幽谷にそうあって欲しくないとわがままを言っているようにしか聞こえなかった。


「かもしれないね。じゃあせめてもの抵抗として場所を変えようか。気絶しているメリーくんを巻き込みたくはないからね」


幽谷がそう言って手を挙げると、十六枚の翅を激しく震わせて飛んできた火夜が幽谷を抱えて山の方へと飛んでいった。


尾池はメリーを屋根のあるベンチまで引きずっていくと、七美の脚に掴まれて幽谷を追いかけた。


幽谷が降りたそこは誰のものともわからない山中で、木々のひしめき合う場所だったが、先に降り立った火夜の身体を中心に爆発が起きて、ちょっとした公園が入りそうなサイズのクレーターが造られた。


「……部長!」


「周囲に人がいないのは火夜の能力で確認済みだよ。この木も草も虫達も、全て紛い物だしね」


木々に燃え移った火が大きな篝火となり、クレーターの中央に降りた尾池と幽谷を照らし出した。


「時間をかければ私の場合、正論は受け入れられるだろう。でも、今の私は君の正しさを受け入れられない。だから戦う必要があるんだ」


「……でも、黒松さんのことも危険に晒しますよね、きっと」


「そうだね。そう、だから私のしている事は全くもって正しくない。私は、いや、達はメリーさんの電話と同じさ、愛されたい人形は元の持ち主を怖がらせるべきではない。しかしまた愛されたい人形は捨てないでと訴える方法としてそれを取ってしまう」


寂しそうに幽谷は続ける。


「他の方法なんて幾らでもあるだろうに、考えついたとしても単純明快で感情に寄り添う安易な方法の誘惑に抗えないんだ」


そう言って、うっすらと微笑んだ。


「でも、メリーさんは受け入れられなくともそれで本当に世界を破壊しようとはしませんでした。結局選ぼうとした自殺という方法は部長の言う安易な解決策と大差ないかもしれないですけど、メリーさんは、目良愛凛さんはその誘惑に抗いました。苦悩して……自分を満足させることよりも他人を苦しめないことを選んだ」


尾池の言葉に、幽谷は確かに彼女も一まとめにするのは失礼だったなと言った。


「うん、君の言うことは間違いない。彼女は私より強く彼女自身が思うよりも誇り高かった。でもね、私は彼女程強くなく、しかも、その安易な方法は目の前にある」


幽谷の視線が七美に向いた。


「青龍、四神だね。中国神話の四方を守護する神。細かい御託は……やめておこう。尾池君の役割は、そのお守り……ロードナイトモンの力の欠片を呼び水に、この世界の力を引き出して、リリスモンの支配下にない、この世界自身がこの世界の為に力を振るえる状態を作り出す事。リリスモンの支配領域からこの世界の実権をこの世界自身に移す事」


つまりは、と幽谷はまた尾池に視線を戻した。


「今の七美を通じてならば、私もこの世界の理に干渉できるということだ」


「……でも、それがわかっただけじゃ……」


「そうだね、どうにもならない。でも、デジモンは断続的に成長を遂げる。その姿は人の考えや想いに影響を受ける。散々そういうのと出会ってきたんだ、知ってるね? そして、この道具はどうやら特定の感情を増幅しつつ力を得るものらしい。尾池くんは私の想像を超えて来たけれど、私は君の手を見て後出しジャンケンできるわけだ」


そうは言っても火夜は既にlevel6である。それ以上の成長はないはず、と尾池は考えて幽谷のやろうとしていることに気づいた。


「……待って、部長、それやったらもう人間には戻れないんですよ!」


「そうだね、でも言ったろ? もう理屈では脚を止められない、私を動かすのは正に筆舌し難い感情だ。文字にさえできないとなったら客観的に扱うことは全くできない……」


科学部としては、最低だ。そう自嘲気に幽谷は呟いた。


「細工へのメッセージは一言では済まないから、スマホに入れておいたんだ。パス四桁は細工の誕生日なので細工なら簡単に開けられると思う。尾池君から届けてくれるね」


「嫌です、届けないですよ! 届けませんからね!」


いや届けるよ君はと言って幽谷はスマホを尾池に向けて投げた。革のケースに包まれたスマホは土の上を二、三度跳ねて尾池の足元に転がった。


幽谷の手元で赤と白、二色の光と共に凄まじい熱量が溢れ出し、尾池は思わず目を背けた。


その熱に尾池は思わず逃げ出したが、その際にスマホを拾う事も忘れなかった。そのスマホを置いていけなかった。



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へりこにあん
2021年7月09日

あとがき


今回も読んで頂いた方はありがとうございます。多分次回でThreads of Dは最終話です。とは言っても、長さ次第でエピローグも用意するかもしれませんけれど。ここ二話が短めにまとまっているので、多分まとまると思いますが、まとまらないかもしれません。


これは尾池ちゃんの物語なので、この世界について解決の目処が立てば終わるのです。最終的な解決は、尾池ちゃん自身が部長にぶん投げるつもりであった様に、部長戦を終えたら尾池ちゃんが頑張るパートは終わるので、ほぼほぼモノローグで終わっていくことでしょう。この物語の黒幕はリリスモンなんですが、ラスボスは部長です。


まぁちなみになんですが、七美の進化先はチンロンモンですね。鯉の滝登りなんて言いますし、完全体がワルシードラモンまでは決まってたのもありますから、ここら辺がいい落とし所かなと。


あと、ついでなんですが、部長の黒松さんはのメッセージは一時間ぐらいの動画と、二万字ぐらいの文章で残されています。動画撮ってメッセージ書いてなかったら尾池ちゃんより先に二見先生に辿り着いてたかもしれない……そういうとこだぞ。


最終話、『運命の赤い糸』はまた二週間後……23日とかに出せたらいいなと思っています。

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