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へりこにあん
2021年5月22日
  ·  最終更新: 2021年5月22日

Threads of D 第九話 姦姦蛇螺

カテゴリー: デジモン創作サロン

「ねぇ将くん、この結界はどういうものなの?」


メリーはそう自分の手のひらに向けて話しかけていた。手の中にはスライム状の生き物が乗っていて、メリーの質問に対して水虎将軍の声で答えた。


将くんと呼ばれる個体はメリーに通信用にドリッピンという水の精霊を持たせており、電話の通じないこの結界内でもドリッピンならば連絡が取れたのだ。


「そうですね、その結界はドウモンというデジモンの結界でしょう。ざっくり言うと、出口のない迷宮です。結界の主人に会って開けてもらうか、外から開けるのが基本的なやり方……今、そのドリッピンの反応を探ってそちらに向かっていますから、数時間あれば解放できるかと」


「その、ドウモンっていうのは一体どんなデジモンなんですか?」


尾池が尋ねると、ドリッピンの向こうで水虎将軍は少しだけ言い淀んだ。


「そうですね、陰陽師で二足歩行する狐。生得的な能力よりも技術的な面をうまく使う類だと聞いています」


あ、そうですかと尾池が残念な感じになるのにも構わず、そしてとさらに将くんは続けた。


「おそらくは、今年の三月になっても、つまりは当初の計画では既に終わっていてもおかしくない一年経った状態になっても計画が終わっていないので送り込まれたデジモンでしょう」


「……え、でも将くんに話した時そんなこと言ってなかったよね」


「そうですね。墨の匂いと聞くまではわかりませんでしたし、てっきり別の私がついた人間とデジモンか、まだ場所のわからない勇気のデジメンタルを持っている人間とデジモン辺りかと思っていましたから……」


しかし、今は伝えなければいけませんとさらに続ける。


「ドウモンが味方の場合、無駄な争いを避けなければいけません。逆に、ドウモンが王に反旗を翻した場合、何も知らなければ姫達はあまりに不利です」


「そう、なの?」


「陰陽師というのが何かは正直私よく知りません。ですが、側から見ている分にはわりとなんでもありなのかなと見えるのが陰陽師です。式神に好きな姿を取らせたり、札を爆発させたり、直接的な格闘能力や真っ直ぐな火力の様なものはありませんが、判断を惑わす様なことが非常に得意です」


「加えて、自分の結界内というのは彼曰く自室の中の様なもので、違和感には即座に気づく様ですから姫の得意の隠密行動もあまり意味を為さないでしょう」


「……そうなると、もし敵対しそうなら将くんを待った方がいい?」


「そうですね。せめて結界をどうにかしないことには不利です。結界の維持に力を使わせるには大規模破壊をするか、複数の方向に高速で走って結界を広げさせるのが有効ですが、それをするには能力も合わないし人数が足りない。なにより姫のお友達が死んでしまいます」


「あの、というかなんで敵対するかもしれないって話になるんですか……?」


「王はこの計画に大変心を砕いております。故に、手柄を独占したいと考えるものにとっては、私が担当している姫は邪魔者でしょうね」


なるほどと尾池は頷いた。


「……あとは、そうですね。基本的にはじっとしていて欲しいですね。結界を張り続けることは消耗しますし、要件があれば向こうから接触してきます。そして、分断されると単に探したとしても合流は難しい」


駅の待合室の様なスペースにメリーが座ると、尾池はその横に腰掛けた。


「黒松さんを探したいけど、見つけられないとなると……やっぱり待ってるしかない、ですかね」


「うん、そうだね……」


ふと会話が無くなって、メリーがどうしようと焦っていると、尾池はそんなメリーの顔を下から覗き込んだ。


「え、と、何?」


「いや、メリーさん両眼で瞳孔の色とか形違うんですよね?見えないかなって……」


そんなことならとメリーが左目を隠している髪を退けると、灰色に十字に瞳孔の入った右目と違い髪色に近い水色で丸い瞳孔の目が露わになった。


尾池はメリーの顔を両手でわしっと掴むとじーっと両目を見比べた。


「視界……視界はどうなってるんですか? 右目」


「え、いや……ちょっとよく見えるけどわりと普通……」


なら瞳孔の様に見える部分の中心は本物の瞳孔だけどその周りの虹彩に黒い模様があるってことかな、よく見たら境目もわかるかななどと言いながらさらに目をじとっと覗き込んだ。


「ちょっと、スマホのズーム機能で目を見てもいいですか?」


「え、うん……いいけど……なんか照れるね、これ……」


尾池はメリーが少し恥ずかしそうにするのも構わず、スマホを使って目をさらに覗き込んだ。少し恥ずかしくてメリーが止めようと手を出すと、尾池は動かないでと言いながらその手を掴んで下げさせた。


なるほどなるほどと言いながら尾池はメモを取りながら、さらにじーっと見つめた。


その後も尾池は、メリーに色々質問をしたり、髪の毛を一本抜いて舐めてみたり、場所によって体臭が異なるか嗅ごうとしてメリーを困らせた。


「楽しそうで大変結構ですが、自分がなるというおつもりはないのですか?」


ドリッピンごしの将くんの言葉に、尾池は少し考え込む様な仕草をした。


「興味がないと言えば嘘になりますけれど」


自分自身のことだからわかる様な感覚とかもあるだろうし、他人に見せたくない場所もプライバシー気にせず観察できるしなどとぐちぐち言いながら、でもとさらに続けた。


「もし私が、何か生き物の生態とかを知って面白いなと思える気持ちまでなくなる様なら、それは嫌だなって」


尾池がそう言うと、メリーの目は少し座ったようになった。ドリッピンの方を向いている尾池は、それに気が付かなかった。


「あとは、客観的に分析できないのがアレだなって。元々どうしたって主観は入るんですけれど、条件が同じ相手をどちらも私が観察するなどして条件を整えることはできますけれど、私自身を観察するように他者を観察できないですし、他者を観察するように私自身を観察できない。となると、他の生き物と素直に比較して楽しめないところが出てくる……自分自身がなるというのはめちゃくちゃ面白そうなだけに、ケチがつくのは嫌だなって……」


そこまで言って、ふと尾池はメリーの様子に気づいた。


「……メリーさん?」


メリーは、尾池の頬に両手を伸ばすとそのままスッと下に持っていき、首を両手で包み込むようにした。


「礼奈ちゃんは、私のこと怖くない? 人殺したんだよ、私。暴走した時だって話はしたけれど、その時が本当の私だとは思わない?」


尾池の滑らかな肌にメリーの指が少し食い込む。気道を圧迫する程ではなかったが、その目は完全に座っていた。


そんなメリーに、尾池は少しムッとした顔をした。


「私、異常な状況下での事を本当のとか本質的なみたいに言うの嫌いなんですよね……」


尾池の声はいつもより低く、あからさまに先程までのそれを考えると不機嫌に聞こえた。


「だとしても、私の本性が今みたいに大人しくしてる姿じゃなくて醜い人殺しかもとは思わないの?」


「……インフルエンザにかかっている人が、うわごと言いながらベランダから飛び降りようとした時、それがその人の望みだったんだって思う人いますか? 暴走状態でそれをしたからって、その人が醜いとはならないです」


「で、でも……なんかこう色々鈍ったりするとして、自制心みたいなそれより傷つけるそれが上回るなら、それをなんか……潜在的に望んでいるみたいな……」


メリーの言葉が徐々に勢いを失っても尾池はムッとしていた。


「科学で扱えるのは表に出てるものだけですけれど、その自制心とか、物事のデメリットを考える機能が抑制された状態が暴走状態なんじゃないんですか? 潜在的にとか、本質的にとか、表に出ていない部分でさらに確かじゃないものをふわふわ突き詰めたつもりになるのはよくないと思います」


尾池は、ブロブフィッシュが今もなお世界一醜い魚として紹介されるのがあまり好きではない人間だった。ブロブフィッシュは底引網でかかることが多くやわらかな皮が擦れて剥ぎ取られた状態で見つかることが多い。その為、ぷよぷよとした醜い姿になるのだ。全身の皮膚を剥いだら人間だってそりゃ醜かろう。


「ひどい飼育環境下で自分で羽毛抜き続けて禿げたインコと、野生下で悠々と翼を広げて空を飛ぶインコ、どっちがメリーさんのいう本質的状態ですか?」


「え、いや……それは……野生下?」


「ですよね。ならそういうことです。メリーさんの本質を考えるならばメリーさんの普段の様子が基本です。さっき自分で醜いと表現していた、その人殺しに対しての捉え方がメリーさんの基本なのでは?」


ブロブフィッシュの皮を剥いた姿を本来の姿かのように見せるのは駄目。名前がつけられた経緯の一つとしてやるブロブフィッシュにまつわる話として紹介するのはOKと、尾池が一方的に続けると、メリーはそっかと嬉しそうに微笑んで手を緩めた。


「あ、でも暴走してる時に関しては実際に一人殺してるんですし、危険なのも怖いのも確かなので、そうなりそうな時は教えて下さいね」


「……結局怖いの?」


「暴走状態を危険視してメリーさん本人は危険視せず、そんな感じです」


メリーは一瞬首を傾げたが、そうかなそうかもと少し考えるとまた笑みを浮かべた。


「まぁ、私は実際メリーさんの本名も知らないんですけどね。姫って呼ばれているのは……名前に姫がつくんですか? メリーさんだから……姫李とか?」


美姫とか姫花とか、 と尾池が問うと、メリーは違うよと笑った。


「私の本名はね、目良 愛凛(メラ アイリ)って言うの。名前の愛をメって読み替えてメリー……名前はあんまり好きじゃないから、今まで通りメリーって呼んで欲しい、かな」


「そうなんですね、じゃあ、姫っていうのは……」


「教えてあげよっか?」


尾池がそう尋ねようとすると、壁の向こうからそんな声がして、それを聞いてメリーは咄嗟に尾池の頭を掴んで下げさせた。


なんでと尾池が抗議をする前に、駅舎の壁を紫色のブーツに包まれた脚が蹴り破って破片を辺りに撒き散らした。


メリーは尾池の頭から手を離し、ギターケースから杭を一本抜き取ると足を壁の奥へと押し戻すように足の裏へと突き刺した。


「ぎゃあッ!」


壁の奥へと足が消えると、尾池は体を起こしてすぐ七美の姿を探した。


破片にバケツを倒された七美は地面でピチピチとはねていて、尾池は急いで携帯についたお守りのストラップを握りしめて七美の無事を願った。


すると、七美の姿は合宿の時に見せたトビウオの様な姿になった。


「駅舎から出るよ礼奈ちゃん。将くんはなるべく急いで」


「了解しました」


一連の動きは、尾池に壁の裏から話しかけて頭の位置を誘導し、そこを蹴り抜いて一撃で殺そうとした様にメリーには見えた。


「何よ……どうせいずれ別れることになる相手でしょ? 守って何になるのよ」


駅舎から尾池達が出ると、台座と一体になった人形の様なものを手に持った明るい紫色の髪をした制服の女子高生がいた。


メリーは紫髪の女子高生の言葉には応じず、出てくる時に拾っておいた壁の瓦礫片を投げつけたが、破片は突如紫髪の女の陰から伸びてきた、赤い目の複数ついた三つ指の影に止められた。


「話をしろよ! 私の足にもすぐなんか刺しやがってさァ!」


紫髪の女は怒りの形相でそう叫んだ。


自分は不意打ちした癖に何を言っているんだとメリーは思ったが、ふと尾池の方を見ると影から出てきた手をひどく興味深く見ていたので、仕方ないかとメリーは刀を構えながら、一つ息を吐いた。


「……あなたが、きさらぎ駅を再現したの?」


「そうだよ、ドウモンとアルゴモンが言うには、人間が強い感情とかなんかを感じると、めちゃくちゃ都合いいエネルギー源として働くんだと」


その言葉に、尾池はもうちょっと詳しい事を聞きたくなっていたが、自分で喋りそうなのでにやけそうな口元を隠していた。


「それでさ、エネルギー源として使うなら、邪魔されない様に適当に誘い込めて攫えてさ、ある程度ぬか喜びとかもさせられてさ、その後、恐怖させたりとか、仕組まれたものとわかって絶望させたりとかもできそうだし……なにより、探されることになっても警察とかが聞いたら馬鹿馬鹿しいと思うものとしてきさらぎ駅を使おうって思ったんだよ」


そしたらさぁと、紫髪の女が頭ばりばりとかくと彼女の影から全身に無数の目玉を持つ竜かトカゲの様なデジモンが立ち上がってきた。


「まだ二桁も餌にしてないってのに、まだ会う予定になかった魔王の家族候補がやってくるわ、アルゴモンは殺されるわで最悪よ。最悪」


「……魔王の家族候補?」


あまりに思ってもいなかった言葉に尾池がそう呟くと、紫髪は視線をちらりと尾池に向けると、口元を押さえる尾池が怯えて吐きそうになっている様にでも見えたのか、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あん? あァ……お友達に話してないんだったっけ? 魔王様の目的が、自分と同じ様に人間からなったデジモンを作って家族ごっこすることだってさ」


家族ごっこ、と尾池が復唱するとメリーは少し眉根を寄せた。


「ばっかみたいだよな。アルゴモンとかドウモンが言うにはさ、この計画のそれは向こうの世界でも一流の戦力を作れるって話なのに……魔王にとってはそれは副産物でしかないんだって」


紫髪はそう吐き捨てる様に言った。


「……それで、あなたは人を集めてより強くなろうと、こんなところに人を連れ込んで……最後はどうしたの?」


メリーの声色は冷たくて、思わず尾池の頭に人斬りメリーの言葉が浮かんだ。


「殺したけど? 生かしとくと維持費かかるし……思ったより強くなれなくてドウモンとアルゴモンは不満げだったけど」


「……ねぇ、礼奈ちゃん。こいつの話聞いてどう思った?」


メリーにそう問いかけられて、尾池はえと思わず零した。


「えっと……メリーさんをデジモン化する過程では道具を使ってデジモンと繋がりを作ってやっていた訳で、多分私と七美の間を繋ぐお守りもそういう役目を果たしているから意味があるんだと思うから……何も考えずにとりあえず人を拉致して怖がらせるみたいなことやってたなら、考えが足りないんじゃないかなって……」


「……礼奈ちゃん。そっちじゃなくて、その、魔王が私達に求めているのは家族である事とか……礼奈ちゃんも馬鹿らしいって思う?」


「……え、なんで?」


「なんで? だって……馬鹿でしょ? 既にめちゃくちゃ強いとしても、戦力が増えればできることもめちゃくちゃ広がるし、好き放題できるじゃない! それを戦力として見ないって話よ?」


「えと……既にめちゃくちゃ強いから、こんな好き放題してまで自分の望みを叶えようと動いているんじゃないですか?」


戦力を増やすのとかはあくまで手段でしかないし、目的にしてもと尾池が言うと、理解できないと紫髪は続けた。


「だ、だとしてもよ? 家族が欲しいとかちっちゃ過ぎない!?」


「良し悪しもないとこですし……あ、もしかしてみんなに自分の考えを理解して欲しいんですか?」


「人をかまってちゃんみたいに言ってんじゃねぇ!」


言ってないのに突然キレたと尾池が呟くと、紫髪の女は台座と一体になった人形を高く掲げた。


「スピリットエヴォリューション」


紫髪の女の身体が光に包まれると、尾池は興味を引かれて身を乗り出し、メリーはそんな尾池に笑みを浮かべながら刀を構えて走り出した。


目玉の竜がメリーの前に立ちはだかると、メリーはそのまま刀を振り下ろそうとした。


その瞬間、不意にきさらぎ駅の駅舎が消えた。


代わりにメリーの目の前に突然何本もの電柱が盾の様に現れた。


それでも構わずメリーが刀を振り下ろすと、その半分が斬れ、竜の肩口にも半ばまで刀が食い込んだがそこで止められてしまった。


竜が苦悶の声を上げ、力任せに腕を伸ばしたものの、メリーは既に切り終えた電柱を竜の方向へと倒してそれを防いだ。


その光景を見ながら、尾池はなるほどなと頷いていた。


ドウモンが作ったのは結界だけ、駅舎を用意していたのはこの目玉だらけの竜のデジモンだったのだ。


尾池が書いている限り登場人物は四人、目の前の女、駅舎を用意したデジモン、結界を用意したドウモン、そしてアルゴモン。


この女の提案できさらぎ駅を模倣することが決まり、駅舎と、最初のホームの時点でメリーが反応していたのだから、おそらくは電車も竜のデジモンが用意したもの。場所となる結界とモブはドウモンの術。この女がネットに体験談を書き込む役目も果たしていたということだから、アルゴモンはこの世界に誘導した人間の恐怖や何かを煽ったりする役目だったのだろうと、そう尾池は推測し、実際に大体その通りの役割分担であった。


「あ、七美もほら、メリーさんを……こう、なんかいい具合に助けて!」


尾池にそう言われて七美はいい感じとはと言うように一瞬首を傾げたが、とりあえず竜が庇っている紫髪の女へと腹部からミサイルを発射した。


「ちょッ」


ミサイルはとかに防がれることなく、紫髪の女の悲鳴が聞こえると、尾池は変化見届けた方がよかったかなとぼそりと呟いた。


「変身中に攻撃するんじゃねェッ!」


ふと風が吹くと、紫髪の女がいたところには彼女の持っていた人形と同じ服を着た妖精の様にも見えるデジモンがいた。背中には、爆発を直接食らったせいか折れてはいるものの蝶の様な翅があり、その脚は先程駅舎の壁を抜けて尾池の頭を狙ったものと同じ脚だった。


「……あぁ、もうふざけんなよ! 一度人の姿戻らないと傷治らないんだからな!」


紫髪の妖精のその言葉を聞いて、尾池はピンと来るものがあった。メリーが刺した傷がなかったのはそういうことだったのだ。


「ねぇ、七美、こう……なんとか指の一本ぐらい切り落としてくれない? 髪とかでもいいんだけど、変身前後で長さが変わっているから……」


尾池の発言に、メリーは魔竜を追い込みながら、ちょっとまずいかもと思っていた。


一応、メリーは、多分紫髪の妖精の腕を切っても紫髪の女は無傷だろうとは思っていた。でも、やり過ぎると尾池を人殺しにしてしまうかもしれないとも思ったのだ。


その根拠は自身の馴化に伴って将くんからされた説明にある。デジタルモンスターの最大の特色はデジタルなつまりは断続的な成長過程なのだと。


デジモンは進化や退化と呼ばれる成長や変身度に、芋虫が蛹の中で体をドロドロに溶かして全く異なる蝶になるのに似たような突飛な変化をする。


普通の人間の成長は0から1へと移行する時に0.1や0.2といった間を徐々に移動して1になるようなものであるのに対して、デジモンの進化は、0の次は1であり間の過程は存在こそするものの数直線上には存在しない様なものなのだ。


アイテムを使ってもそう、0から飛ぶのは必ず1であり、少し足りていない0.9にはならない。あるべき姿が五体満足な姿である限り、進化や退化に伴ってそれは五体満足な姿に再構成される。


とはいえ、それにも限界がある。進化や退化に伴って五体満足な身体に再生できるだけの質量が失われている場合は、進化退化自体ができなくなってしまうことがある。


つまり、尾池が七美に切断させまくったり身体を欠損させ過ぎると死んでしまうのだ。


「……尾池ちゃん!あんまりやり過ぎると死んじゃうから、プラナリアみたいにしたらダメだから、ね!?」


メリーはそう言いながら、電柱で防げないと知ってメリーの横から激突する様に電車を出してきた竜の顎を掴んで自分と位置を入れ替える様に投げ、電車にはねさせた。


竜が空を舞い、地面に横たわると、紫髪の妖精はムカつくと一つ呟くと、空に向かって叫び出した。


「ドウモン! 援護しなさいよドウモン! アルゴモンも死んだし、確実にこいつら潰さないとあんたも殺されるわよ!」


紫髪の妖精がそう叫ぶと、ふっと宙に急にカラスが湧いて出て妖精の肩に止まった。


『私もlevel5の人間に狙われている。迂闊に動けばそいつも引き連れて行くことになる。これを使え』


カラスがふっと消えると、紫髪の妖精の手元には先程彼女が使ったのと似たような台座に乗った翼の生えた人形の様なものが残った。


「暴走するかもって言ってたのに、これ使うしかねぇのかよッ! スライドエボリューション!」


紫髪の妖精がそれを手に取り叫ぶと、また光に包まれ出した。


それを見て七美は攻撃しようとしたが、尾池はそんな七美を変化した姿見たさに手で制した。


それからは一瞬だった。七美が突風と共に飛んできた蹴りで吹き飛ばされ、ついで尾池の首をとても人間のものとは思えない爪が掴んだ。


「あー……ダメね、ダメダメ。ダメダメダメダメダメダメメメメ、なんか残酷な気分っていうかさぁ、授業中に今日の放課後友達と遊びに行く約束がチラついてるみたいな、そんな感じがひどいわ」


人間の時からその声は変わらないままだったが、髪は翼の様になって水色に、背中からは茶色い鳥の翼もはえて、顔の下半分をマスクで隠してはいたものの両手両足の鋭い爪に凶暴性が滲み出ていた。


「礼奈ちゃん!」


メリーがそう言いながら近づこうとすると、有翼人と化した女は尾池の身体を盾の様にメリーに向けた。


「お前が死ねばこいつは助けてやる。アルゴモンはいないけど、アルゴモンの持ってきたスピリットはあるからな。ちょうどいい候補は探してたんだよ」


尾池は喉を押さえられて、まともに喋れなかったが、有翼人が言っていることが本当な訳がないぐらいはわかった。


「わかった」


メリーはそう言ってすぐに刀を手放した。嘘だとはわかっていたが、じゃあ何ができるのかといえば何もできなかった。隙を作ることもできないし、将くんが来るまではまだ何時間かある。素直に従って、本当にそうしてやろうという気になるのに賭けるぐらいしか思いつかなかった。


電車にはねられた衝撃で、全身の潰れた目玉から血をぼたぼたと垂らしながら這ってきた竜がメリーを丸呑みにしようと口を開いた。


それを見てもメリーは動かず、竜はメリーをそのまま呑み込んだ。


「……最後までムカつくわー、裏切ったりすればいいのに育ちがいいのかな? きっと素敵な両親に愛されて幸せに育ったんだろうに」


「あ、なたは、ちがうん、ですか?」


尾池が首を絞められながらもそう尋ねると、有翼人はいや全然と首を横に振った。


「パパもママも私のこと愛してたと思うよ? でも、それはそれ。私がデジモンと相性いいのが遺伝の影響ならさ、パパとママも相性いいはずじゃん? それで、結界連れ込んだんだけど、役に立たなかったしめんどいからってアルゴモンが殺したんだよね」


そう言って、有翼人は笑った。


「まぁ、とりあえずあんたも殺すんだけどさ。あの間抜けなお友達に恨み言の一つでもない?」


尾池が黙っていると、有翼人は首から手を離して地面に転がし、尾池の脚の上に自分の足を置いた。


「口汚く罵ってくれるだけでいいんだけど」


「げほっ……なんで?」


尾池がそう言うと、有翼人は尾池の左手を取ると薬指の爪を自身の爪で掴み、思いっきり引っ張って剥がした。


腕を掴まれた時点で予想はしていたものの、あまりの痛みに尾池は涙を溢しながら絶叫した。


「いや、本当はね。私もこんな事したくないのよ? ドウモンの方も危ないって言うしさ、魚も倒せてないし。他にもやばいの結界内にいるみたいだしさ。遊んでいる暇なんてないんだろうなと思うんだけど……やめられないなぁ、楽しくて」


有翼人がそんなことを言い、また笑った。


それを見ながら七美はどうしたらいいのだろうと困惑していたが、ふと、竜に起きた変化に気付いた。


竜がゲップの様なしゃっくりの様なものをし始めたのだ。


「何よ、ゲロはやめてよね」


有翼人がそう言っていたその時、竜の体内ではメリーが食道に爪を立てていた。


会話の内容も、尾池の悲鳴も、鮮明に体内にまで響いていて、メリーは己の安易な選択をひどく後悔していた。


まただ。また取り返しがつかなくなってから気がつく。


両親が一年と少し前に突然蒸発した時も、慈善活動じゃなくて単なる人殺しなのだと気づいた時も、そして今も、頼ってもらえたとしても何もできず何も役立たず空回りしかできない無能。


そして、ふと、メリーは自分の身体が熱く形容し難い不快感と高揚感に襲われるのを感じた。それは既に二度経験したものだった。それは体内のデジモンの部分が進化を遂げる感覚。


次の段階へと過程を飛ばすその瞬間、人間の細胞との同期は外れ、体は安定と充足を失い不快感を和らげようと脳内麻薬が異常に分泌され辛いということを理解できない様にと思考能力も奪われていく。


それはさながら雪崩の様に尾池を助けなきゃという小さな想いがきっかけであったのに、そんなきっかけさえわからなくなるほどの暴虐の限りを尽くしていた。


「れ、い……グァッ!」


体内の不快感だけが収まると、メリーにはもうまともな思考能力はなく、さらなる変異を遂げた肉体と飲み込まれている状況に対しての不快感しかなかった。


鋭く尖った形になった爪を体内から竜の肉に突き刺し、それでも破れないので、さらに両の前腕に折りたたまれていた黒い鎌を引き出して突き立てた。


狭い空間から上半身を解放し、胸に新鮮な空気を思いっきり吸い込むと、ほんの少しだけメリーの意識はそこに戻ってきた。


「……なによ、それ」


有翼人の呟きにメリーが目を向けると、七美が有翼人に体当たりをして突き飛ばしたところだった。


突き飛ばした後、尾池を守る様に覆い被さる七美と、七美の下で目に涙を浮かべて指から血を垂らす尾池、そして、自分を突き飛ばした七美の方を睨みつける有翼人。


それを見たメリーは、興奮し過ぎていることもあって、七美に隠された尾池が、その実見えている指のみしか傷ついていないとは到底判断できなかった。腹部からどこかに大きな傷があるのではないか、七美はそんな尾池を庇っているのではないか。


守らなきゃとメリーは思った。それを尾池から遠ざけなければとメリーは思った。


すぐに駆けつけようとメリーは身体を竜の肉体から引き出そうとしたが、腰の辺りが引っかかった。それで、仕方なく竜の身体ごと引き摺る事にした。


倒れたままの尾池が見たのは、パニック映画の一場面のような光景だった。


竜の身体は半ばから切り裂かれているものの傷口は治ろうと蠢き、傷口から上半身を出しているメリーの顔はどこか虚で、前腕の付け根から分かれた腕についた鎌を地面に突き立てながらズルズルと音を立ててにじり寄ってくる。竜はその動きを止めようと地面をひっかくがメリーの方が力が強く、その動きが止まることはない。



有翼人はまるで蛇に睨まれた蛙の様だった。逃げたいのに、制御しきれない身体の興奮と恐怖とが翼をびくびくと震わせ、飛ぶことを不可能にさせていた。


辿り着いたメリーは両の腕で有翼人を突き倒し、両手の鎌を両翼に突き刺して地面に縫い留めると、背中から伸ばした第三の鎌を有翼人の喉に突き刺した。


その傷の深さに、有翼人がスライドエボリューションと言おうとすると、喉から出た血に空気が混じってがぷがぷと音を立てた。


それでもその道具は十分効果を発揮できるらしく、有翼人の体が光に包まれ始め、身体の再構成が始まった。


それを見て、メリーが両手を胸の前で合わせると、手のひらと手のひらの間に赤い稲光が走り、空気を切り裂くバチバチという音やヂヂヂという音が鳴り出した。


有翼人から妖精への変身が終わると、メリーは即座にその両手を妖精の胸へと押し当てた。


光と音が爆ぜ、妖精の身体が激しく痙攣する。


電撃が収まってすぐ、妖精はもう一度有翼人へと変わろうとしたが、鼓動に合わせて全身の火傷がズキズキと痛むのみならず、電気が走った場所から肉をヤスリで削られる様な痛みが走っていた。


痛い、痛い、痛いと、声に出そうとすることすら痛く、他のことを考える余裕も到底ない。自主的に進化を解くことさえできず、当然姿を切り替えることなどできる訳もない。メリーの三本目の鎌がまた喉に突き立てられ、妖精の体が維持できなくなったことでやっとその姿が解除され出した。


それを見て、メリーはぼんやりとした意識の中でまだやらなければと胸の前で手を合わせた。


「メリーさん」


尾池から呼びかけられて、メリーの手が止まった。


「もう大丈夫です。多分」


七美の下から這い出た尾池は、妖精が女子高生の姿に変わると、その横に転がった二つの人形をとりあえず思いっきり蹴り飛ばした。


「七美、それとりあえず口の中入れといて」


尾池に言われて、七美は一瞬困惑する様な顔をしたがとりあえず二つの人形を加えて口の中に含んだ。


「……あ、礼奈ちゃん」


また少し意識がはっきりしてきて、メリーが見たものは、自分の下半身が血だらけの竜の身体から生えており、押し倒した形になっている女子高生そのものは無傷に見えるもののその下には血溜まりがあり、自分の両腕は変異し背中には今までになかった感覚がある。


額にも少し重さを感じて、触れてみると髪に隠れてはいるが角が生えていた。


もしかして暴走していたのではないか、そう思うとメリーの呼吸は浅くなっていった。


「れ、礼奈ちゃん……」


私はどうなっていたのとそう聞こうとすると、ふと遠くからどすどすという音がした。


次第にその音は近くなり、そして現れたのは、岩で組み立てられたゴーレムの背中に乗った黒松とアリだった。



5件のコメント
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へりこにあん
2021年5月22日

「二人ともダイジョブー!?」


おーいと、ゴーレムと一緒に手を振りながら迫ってくる黒松に、尾池は黒松さんの方こそ何があったんだろうと思ったが、実際に近づいた黒松はメリーの姿を見てぎゃあと悲鳴をあげた。


「メリーさん血塗れじゃない!?」


「黒松さん、多分大体返り血なので大丈夫ですよ」


丸呑みにされてましたけど噛まれてなかったし服がボロキレになったくらいでと、代わりに尾池が答えて初めてメリーは自分が上半身裸な事に気づいた。


よくみるとパーカーの残骸が腰にまとわりついていたが、鎌を出す時に切り裂かれたのか尾池の言う様にボロキレ同然だった。


「その腰からしたの目は……? 出血してるけど」


「そっちはメリーさんじゃなくてメリーさんを飲み込んだ害獣なので大丈夫です」


「大丈夫じゃないと思うんだけど。デジモンって死んだら消えるのよね? ならまだ生きてるって事じゃない?」


確かに、と言われて尾池はそこそこの距離をとりながら竜を観察しスケッチを描き出した。


「ねぇ、尾池ちゃん。トドメ刺さなくて危なくないの?」


「でも、ここまで無力化された状態でスケッチ取れるのなかなかないと思いますし……それを言ったら黒松さんの方はそれ、なんなんですか? アリは別にいますし」


スケッチを描きながら、尾池がそう聞くと、黒松は少し返答に困った。


黒松が尾池達のところに駆けつけた経緯は簡単に言うと、駅や線路が消えたのを見て動揺した硯石達から逃げてきたという事になるのだが、硯石のことを話すべきか迷ったのだ。


そこで、尾池達と合流しないと硯石が決めた後に聞き出したゴーレムの説明だけをする事にした。


「ゴーくんは」


「ゴーくん?」


ゴーレムでゴーくんヨと黒松が言うと、メリーはくすっと笑った。


「ゴーくんは、ゴーレモンっていうデジモンらしいんだケド、なんかこう……私を助けてくれた人の能力みたいなのでネ、この世界の大地の意識的なものに核となる人形を中心に形を与えて一個の生き物として成立させた。みたいなことを言ってたわ」


「……えと、よくわからない概念的なものがいっぱいあるんですけど」


尾池が困った様に言うと、黒松も確かに明確じゃないわよねと頷いた。硯石から聞いた時、黒松はそういうものだからそういうものと受け入れたが、科学は現象の存在を否定はしないがその説明には文句をつけるものである。


「うーん……八百万の神、みたいな万物に神が宿っていて人格がある。という考え方がベースにある、そういう現象。と、受け入れるしかないやつだと思うワ」


「この世界、ドウモンってデジモンが作った結界らしいんですけれど、そんな世界でも意識みたいなのあるんですか?」


「そこはおかしなことじゃないワ。付喪神っていう道具に神が宿るみたいな概念が日本にもあるシ……まぁ、なんというか、作った人が縛りを甘くしてるからめちゃくちゃ自由意志があるっぽくて、私が二人のとこに駆けつけたいなー、大丈夫かなーと思ってたら連れてきてくれたのヨ」


尾池が首を傾げながら納得している側で、とりあえず味方で優しい子なのかなぐらいですぐ受け入れていたメリーは、いつまで私は下半身こうしてなきゃいけないんだろうと考えていた。


そして、倒れている女子高生は気絶したフリをしながら、なんでこいつらこんな和気藹々としてるんだおかしいだろと心の中で毒づいていた。


「……それにしても、見た目だけなら姦姦蛇螺ネ」


「なんか名前は聞いたことありますけど、それなんなんです?」


「きさらぎ駅とかと同じ怪談系の都市伝説ヨ。ざっくり言うと、ワルガキが姦姦蛇螺という化け物の封印に立ち入って封印を解いてしまい呪われるという話なんだけど、怪談としてのポイントは、置いてある爪楊枝の位置を変えてしまうだけで封印が解けてしまう呪われるハードルの低さと、今も清める為に全国の霊的に力のある場所を巡っている。という案外身近にあるかもしれないというハードルの低さね」


へぇーと相槌を打ちながら尾池がスケッチを描き終えたのを見届けて、とりあえず殺しておこうと竜の方に顔を向けると、メリーはふとそれまでにない衝動に駆られた。


本能のままに衝動に身を任せたい気持ちを理性でなんとか抑え込み、鎌で竜の身体を一部切り取ると、メリーはそれをこっそりと隠す様に食べた。


そして、それを尾池が見ていないか確認しようと見ると、尾池はそれを見て目を丸くしていた。


「メリーさん、なんで食べたんですか……?」


そう聞かれて、メリーはひどく怯えた。明らかにこの行動は普通の人から見たら異常で、幾ら尾池でも引かれて仕方なく思えた。


「な、なんかつい……」


その返答を聞いた尾池の目は爛々と輝き口角は上がったまま下がらず、ずずいと近寄ってメリーの口元を覗き込んだ。


「そういうデジモンとしての本能? みたいなのを獲得したって事ですかね……それとも消化能力? 食べられるとわかっているものを食べたくなるのは人間も同じですし、食べ方は生でいけそうなんですね? 味はどうですか? いや、でもアレかな……既にメリーさんの味覚が変わっていたとしたら聞いても参考にならないかも……黒松さん、お菓子とか持ってません?」


「ピクルスならあるわヨ。アリのおやつ」


メリーはそのやりとりを聞いて、モグモグと顎を動かしながら、黒松の慣れた対応に感嘆していた。


「実験計画はざっくりこう。メリーさんに人間時にも食べていた様なものを食べてもらい、人間時には感じなかった味覚や逆に感じなくなった味があるかを自由に述べてもらい口述筆記。また、そこの……増えるわかめみたいなトカゲの味も自由に述べてもらって記述。最初の口述筆記を元に今のメリーさんと人間時の差について考察し、その考察を元に増えるわかめみたいなトカゲの味も考察しましょう」


「というか、それなら尾池ちゃんも食べッ……いや、なんでもないワ」


「食べていいなら食べたいんですけど、どうなのかなぁ、生で食べるしかないからなぁと思うと、流石に危険な気がするんですよね……いや、でもこんな経験は二度とできないだろうし、食べるべき、食べたいな、食べよっかな……」


メリーは尾池の様子が怪しいのを見て、尾池の手からメモを取って竜の味を記述すると、竜の頭にざかざかざかと鎌を振り下ろして、その身体を崩れさせた。


嗚呼と嘆く尾池を少し困った笑顔で見ながら、メリーは破れたパーカーを布巾がわりに、死体と一緒に消えていかなかった分の血や体液を拭き取った。


「……ところで、これからどうするかのあてってあるカナ?」


「将くんが、多分結界の主のドウモンは外にいるから交渉なりなんなりで開けさせるって、言ってたので、それまでは固まっていようかと……」


メリーに言われて、なるほどと黒松は頷いた。


硯石達は中を探すと言っていた。将くんは外を探すと言っている。となればどちらにせよ黒松達は待っていればそれでいい、という事にはなる。


「ふむふむ、そうなると……どうするカナ……」


「あの、さっき言