salon_logo_small.jpg
▶​はじめての方へ
デジモン創作サロンは​、デジモン二次創作を楽しむ投稿サイトです。
▶​サイトTOP
この動作を確認するには、公開後のサイトへ移動してください。
  • すべての記事
  • マイポスト
へりこにあん
2021年5月14日

Threads of D 第八話 きさらぎ駅

カテゴリー: デジモン創作サロン

「科学は他者と共有できるものでなくてはならない」


暗闇の中に青い炎が揺れていた。


「客観的なデータ、妥当性のある論理、再現性のある現象、それで構成されるものが科学。故に他者と共有できないものや一度きりしか起こらない事に関しては科学では扱いきれない事も受け入れなければならない」


幽谷は真っ暗な部屋の中で火夜の灯りに照らされた一枚の新聞の切り抜きを見ていた。


映っているのは幽谷と五人の生徒、そして白衣を着た性格の悪そうな教師。


「……私のこの気持ちは科学では扱えない。私が文字で示したとしても、脳波を測定したとしても、それは感情を別の形に焼き直したものや感情に伴うものであってそのものじゃない。気持ちに寄り添うことはできたとしても、私の気持ちそのものを体験することは、誰も、できない」


雅火は切り抜きを和紙で挟み、木箱に入れるとさらにそれを金庫に入れた。


「だから、だから、独りでやるのも仕方ないのだろうね……」


火夜にそう幽谷が言うも、火夜は首を傾げるだけだった。産まれて一年と少しでは理解が及ばないのだ。


ぱんと幽谷は一度手を叩いた。


「……考えよう。新しい情報を得るまでは、手持ちの情報で考えるしかできることはない」


言葉に出せば、静けさから感じる孤独が和らぐ気がした。


「硯石天悟と硯石治剣、姉は十歳から十四才の時に弟は十一才の時に半年行方不明になっている辺りが怪しい」


幽谷の頭の中には、調べさせた県警由来の記録がある。


尾池礼奈とその家族に目立った記録はなし。二見瑠璃もそうだが東京やそれ以前の記録は県警からは調べられなかった為怪しさはある。


「神隠しが起きた主な場所は二箇所。科学部の集まっていた理科室と黒木先生の知人がいた国立大学。こっちも周囲の人間は違和感を覚えていなかった。推測される時間帯は放課後、その時間、大学では研究室に一部のゼミ生が集まる日だった。科学部は平日なら毎日集まっていたから……大学の都合に合わせたのだろう。家族も大半は失踪しており、放置された家には食べかけの昼食が放置されていたり、泡が乾いた洗い掛けの食器が散見された。先生の家族だけは先生が一人暮らししていた為か無事」


幽谷は目を瞑りながら呟き続ける。


「……私達は科学部だった。だからこそ、先生は三年がいなくなる前にはあれらの存在を公表する準備をしていた。もし、それを妨げるのが目的であった場合、今の科学部は秘匿しているから放置されているとも捉えられる」


でも、と幽谷は考える。それをした犯人がどうしてもわからないのだ。


「向こうから来ているのは最低二陣営、大量に持ち込んだ魔王側が人目に付くのを嫌がるとは思えない。でも、魔王に対抗する陣営は基本的に後手に回っている筈で……事態を内々に収めたいとしても、人間の行動にまで手が回るとは考え難い。そこまで手が回る情報網があるならば、人間を抑えるより先に魔王側を押さえに行けた筈だ。元々の警戒網にたまたま引っかかったとすれば……同じ大学に通っている硯石治剣」


ここまでは尾池が水虎将軍に会った日から考えられている。でも、そこからが続かない。


「……そもそも、洗脳ができるならば、何故失踪させる必要があるのか」


「単に大ごとにしたくないと考えた場合、集団失踪は避けたい筈。考えられる一つは、幾らでも抜け道があるとか強制力が足りないなどの洗脳能力に不安がある場合。二つ目は別の目的を兼ねている場合。水虎将軍と繋がっている人斬りメリーは人と共にあるし、卵と一緒にばら撒かれたらしい道具も人が使えるもの……魔王が人を必要としているとは考えられるけど」


結局のところ、幽谷から見たら魔王も薔薇騎士側も動機はあるけれど、実現できるかといった点やその方法に違和感がある。


「私の敵は誰なんだろう……」


誰かに全て打ち明けたい、一緒に考えたり一緒に悩んだりして欲しい。でも、その打ち明けられる場所を幽谷は失ったのだ。


すぐに思い浮かぶ親友は洗脳されていた。


科学部が消え、尊敬していた教師が消えた。


幽谷の両親との仲は険悪だ。父とまともに話した記憶はここ三年の内にはないし、母は爆発物を扱う様にしか扱ってこない。


さて、誰が頼れるだろうと考えると、もう幽谷には頼れる相手がいなかった。


幽谷は元々結構孤独なつもりでいた。黒松以外の友人は部活に入るまで一人もいなかった。


でも、いざ独りになると耐えられなかった。耐えられないから、こんな状況にした相手が憎かった。


科学部としての活動を続けたり、情報を集めて叩きに行ったり、幽谷なりにできることはしているつもりではある。でも犯人はおろか結局その日起こったことがどんなことであったのかすらわからないのだ。


「硯石君から情報を引き出すのは多分無理、重忠は明らかにlevel以上に強い。どうにか人斬りメリーかそれ以外の魔王側の人間と接触するべきかな……魔王側による人間の利用法はどんなものか、それがわかれば拉致に意味があるかがわかる。そうなれば、洗脳に問題があって拉致したのか拉致そのものに目的があったか推測が立つ様になる」


幽谷は机の上に置かれた二つの卵型の置物に視線をやった。


「話が通じるなんて期待しない……絶対に、聞き出してやる……」


そう言いながら幽谷は前髪で隠れた右目を押さえた。少しズキズキと痛んでいた。








「部長、休みなんですか?」


「……そうみたいなのヨ。調べたいことがあるから休むって」


早朝の理科室で、黒松は尾池の前で少し目元に隈を作りながらそう言った。


「……あの話は?」


「まだしてないワ、雅火は、あの生き物達なら素の身体能力の延長で電話ぐらい傍受できておかしくないからって、混み合う話は直接しか聞いてくれないの」


なるほどと尾池は頷いた。形を変え数を増やし陸地で溺れさせることも可能とする水虎将軍なんか、まさにめちゃくちゃの代名詞の様なものだし、いてもおかしくはないのかもしれない。


「……今日はどうしますか、きさらぎ駅とか行きます?」


尾池としては、現象はともかくとして、デジモンがいるならとりあえず観察したい。


「そうネ……雅火がいつまで学校休むつもりかもわからないシ、噂の解決じゃなくて確認に留めテ、あわよくば雅火の場所を探すというそれならアリかもネ」


そんな会話を朝にして、放課後、尾池と黒松は二見に車を出してもらうことに成功した。


「さて、車を出すのはいいんだけど、どこに行けばいいの? 隣県とかだと流石に困るんだけど……」


大丈夫と言って、黒松が指定したのは尾池達の最寄りから二駅程離れた駅だった。


「……そういえば、県内ばっかだけど県外にも同じように出るのかな」


二見の呟きに、尾池はどうでしょうと首を傾げた。


「デジモン達が互いに引き寄せ合う性質を持っていて集まっているとしてもよく遭遇するので……散っている範囲が県内に限られているんじゃないかなと。動物の行動範囲は私達が思うより広いですけれど、level3ぐらいの内は道路の横断にも危険が伴う筈ですし、頻繁に空を飛んだりしていれば目立つ筈、ある程度の制限を受けている状態にあると考えると、そんなに散らばってないんだと思います」


尾池の言葉になるほどねと二見も納得したらしかった。


「で、きさらぎ駅なんだケド、着く前に概要を説明するわネ」


お願いしますと尾池が言って、黒松が話し始めた。


「まず、よく知られたきさらぎ駅は2004年、実況形式の怪奇現象報告として行われたのが最初。その時の投稿から静岡県の遠州鉄道沿線又はそこから繋がる場所にあると考えられるワ」


「めちゃくちゃここから離れてますね」


こっち日本海側ですよという尾池に、黒松は頷いた。


「そうネ。その投稿の後、各地で同じきさらぎ駅であったり表記違いの話がいっぱい出てきた。名前が違うパターン等も合わせて、異界駅という一つの怪談ジャンルを成立させたと言える都市伝説ネ」


「じゃあ今回のもその一種……?」


「そうなるわネ。元々のそれは、ハスミという女性が電車に乗っていると、気がついたらどこの駅にも停車しないおかしな状態になっているという始まりなのだけれど、私達が調べるそれは、きさらぎ駅への行き方というものが先にあり、それを実際に試したら謎の無人駅に辿り着いてしまった。というものヨ」


ちなみに、その行き方を知った経緯は噂でとなっているけれど私が知る限りそんな噂は流行ってないわ。と黒松は続けた。


「その駅に着いた人からの報告はどんな感じだったんですか?」


「ホームの決まった蛍光灯の下で決まった便が来るまで待ち、決まった扉から乗るというのがルールヨ」


「その後は?」


「その後は……とりあえず、ハスミと同じように線路を伝って帰宅を試みたみたいだケド、そこで途切れたようよ」


電話していたら急に切れたらしいわと黒松は捕捉した。


「その、最初はハスミは線路を伝って帰宅しようとしたんですか?」


「そうネ、ハスミは駅の方から聞こえてくる太鼓の音を無視しながら線路を伝って帰宅を試みたけれど……片足しかない老人に注意されたワ。それでも振り切っていくと伊佐貫というトンネルがあり、そのままトンネルの中へ……トンネルから出るところには人が立っており、その人は親切な人だったらしく、その人の車に乗って近くのハスミが勝手を知っている別の駅まで送ってもらえる事になるワ。しかし、その親切な人の言動が怪しくなってきたので車からの脱出を決めるノ。でも、携帯の充電が怪しくなってきたからと書き込みはそれが最後になってしまう……という感じヨ」


「帰ってきた報告がないって事は……」


うまく逃げ切れなかったか、逃げ切れたとして帰ってこられなかったか。


「というのが最初のきさらぎ駅、そのあと、さらにはすみを名乗る生還者の書き込みがされていてちょっと事情も違うノ。とはいえ、それは本人かは疑わしいと言われてるシ、知名度も元の話程はない。今回のも元のそれと同じ、脱出しようとするがうまく行かず、そのうちに充電切れかなんかで連絡が取れなくなったという話ヨ」


見分け方として、ハスミはハンドルネームであって本名とは限らないしカタカナである点と、漢字表記が葉純であるらしいことを教えておくわと黒松は言った。


「となると、怪談としての肝は……帰って来られない異空間が身近にあり、自分達も知らず知らず迷い込んでしまうかもしれない。という点にあるわけね」


二見に黒松は頷いた。


「そういうことだと思いますケド、そのあとは怪談で異界駅ものが増えるに従って、その異界駅でのルールみたいなのが付け加えられるパターンもあったり」


今回のそれはベタな分何があるかわからないけどと黒松は話を締めくくった。


「これがもしデジモンだとしたら、一体どんな性質なの……」


ふと、尾池はどこからか視線を感じた気がした。


走る車の中、当然外からの視線でもなく、運転中の二見や黒松というわけでもなく、膝で抱えたバケツの中の七美や黒松の膝に乗っているアリでもなかった。


「尾池ちゃん?」


「あ、はい。これがもしデジモンだとしたら、私は認識能力に影響をもたらすエルフさんに近いタイプだと思うんです」


ふむ、と黒松は頷いた。


「つまり、普通の駅に降りているのにも関わらず普通の駅であるとうまく認識できなくなる。という事です」


「なるほど、そう考えるとあれカナ? 会話ができていたのが線路上で、駅構内や車内で異常を覚えているから……やっぱりガスや花粉?」


服屋に甘い匂いが充満していた事を思い出しながら黒松はそう聞いた。


「元の話だとそうですけれど、今回の噂のそれだとどうなっているんですか? ハスミみたいに誰かと話したんですか?」


「ハスミのそれを警戒して、駅から出たあと線路沿いに歩いていた筈ヨ。その時に電話してた筈」


「となると……密閉空間も関係なく何か錯誤してるわけですから、寄生虫みたいなものですかね。薬とか毒の持続時間が長くなるにはある程度量があることが必須です。デジモンならその限りではないとしても……何かしら虫に刺された自覚みたいなのもないようですし、車内やホームに充満してたならば、被害者はもっと多くて大々的な騒ぎになっている筈、だと思います」


「……聞いてて思ったんだけど、本当に異世界への扉を開いているみたいなのはないの? 別の世界からの外来種、みたいな事言ってたし」


二見の言葉に、尾池は少し困った顔をした。


「それは……もしそうだった場合どうしましょう? それって、なんかそういう空間って話にしかならないやつですよね? メリーさん呼んどこうかな……」


「そんなポンポン呼んでいいノ?」


黒松が呆れた様にそう聞くと、尾池はなぜと言いたげに首を傾げた。


「まぁ、デジモンをなんとかしたいって目的は共通してますし……」


尾池がざっくりとした経緯を説明するメッセージを送ると、メリーからの返信はあっという間に返ってきた。


暇なのかなと尾池が呟いてすぐ、車は目的の駅に到達し、三分も待つとメリーも到着した。


「この駅からきさらぎ駅に行けるの?」


メリーに言われて、黒松はアリを抱えたまま頷いた。


「……教育者としては、ついて行きたいのが本音なんだけど。連れてきた責任あるし」


「今回のそれも話の通りならば、電話やメールはできる筈なのデ、先生にはいざという時に助けを連れてきてもらわないと……」


教育委員会に怒られそうと呟いた二見を車に置いて、尾池達は普通に改札を通り、ホームに出た。


「別に件の照明も……なんか変なところはないですね。メリーさんは何か感じます?」


「灯りの下に来た瞬間だけ何か感じた気もしたけど……今は特に何も……」


そう返されて、尾池はバケツの中の七美を覗いても見たが、七美も特に何も感じてはいないようだった。


「まぁ、電車に乗るまでは何もなくてもおかしくはないのカモ?」


黒松に言われて、それもそうかと頷いて電車を待った。


何事もなく電車のアナウンスが鳴り、ホームに電車が到着し、扉が開いた。瞬間、メリーは太刀の入ったギターケースに手をかけた。


「メリーさん?」


「何か、変な感じがする……」


メリーは、少し困惑の色を声に滲ませながらそう答えた。


「何かって……?」


「なんか、潮風に当たった後みたいなベタつく感じに似てるんだけど、本当にベタついているんじゃなくて……表現が難しい……」


メリーの言葉を聞いて尾池も黒松もこのまま電車に乗っていいか少し躊躇した。


「……ここで引き下がるっていうのも手じゃないカナ?」


「でも、まだ結局何がどうなってるのかもわかってないですし、メリーさんのことを伏せたまま部長に説明するには足りないかなって……」


幽谷は硯石達が人斬りメリーを逃した事に対してあってはならないことと見ていたし、黒松にも人殺しである事までは尾池は伝えていない。


単にこの世界にデジモンが溢れた事に対しての加害者である魔王側の人間だから、という以上に尾池はメリーのことを伏せたかった。幽谷にも硯石にも絶対怒られると確信していたし、怒られたくないのである。


尾池はそう言うと、七美の入ったバケツを持っていない方の手をメリーに向けて伸ばした。


「……えと、これは、どうすれば……?」


「意識や認識がおかしくなる場合、離れちゃうと怖いので……手を繋いでようかなと」


困惑するメリーに、尾池は当然でしょうと言わんばかりの顔をした。


「先に紐とか用意しとけばよかったわネ。私はアリ抱えているから……リュックを掴んでもらっていい」


黒松はそう言ってメリーに背中を向けた。メリーは、それを見てパーカーで手をぐしぐしと拭うと尾池の手と黒松のリュックをそれぞれ掴んだ。


尾池達は、手を繋いだまま真っ直ぐに噂で指定された扉から入り、数十秒待つと電車のドアが閉まった。


尾池がまず観察し始めたのは他の乗客の様子だった。何か不自然なことはないか、扉が指定されているのだから特に同じ車両の中に気を向けたが、同じ車両に他に乗客の姿はない。


「あ、あの……すごい手汗かいてる気がするんだけども、大丈夫?」


「大丈夫です。普段から動物のフンとか触れるし洗うので、汗ぐらいはなんとも」


尾池はそう言いながらメリーの手を握り直した。その言い方はどうなんだと黒松は思ったが、メリーはえへへと照れ臭そうに笑っていた。


それから少しの間、尾池にとっては拍子抜けするほどに穏やかな時間が過ぎた。


その間、メリーはずっとベタついたものを感じると言っていたが、尾池にも黒松にも何も感じられなかったし、七美もアリもあまり気にしていないようで、尾池はそれが少し気になった。


大体二十分ぐらい経ち、ふと、電車が速度を緩め始めた。


止まった電車の窓から見える駅は完全に山奥の中で、きさらぎ駅と書かれた看板の脇に、どこか奇妙な印象を受ける集団がびっしりと立っていた。


尾池達が降りようとすると、駅に立っていた集団は電車の中に三人を押し込めるように正面から向かってきた。


困惑しながらも尾池がなんとか七美の入ったバケツを盾に人混みを通り抜け、誰もいなくなったホームで一息吐くと、メリーが手を繋いでいた筈のところにはリュックのパーツだけが残っていて、黒松の姿はなかった。


「……黒松さんは? もしかして電車の中に……?」


尾池は背筋が凍るようだった。


「それは、違うと思う。その、リュックのパーツが切られた時、分断はされていたけれどホームにいたのは見えたから……」


メリーの言葉に尾池は慌てて周囲を見たが、黒松どころか黒松の金髪の一本も見当たらなかった。


「……あと、その、信じてもらえるかわからないんだけど……」


「なに?」


「今の人達、一律に同じ匂いがしたの……墨と紙の匂い。普通の人間にあるような皮脂の臭いとかがしなかったし、ブレもなかった」


尾池は、そう言われて初めて匂いを嗅いでみたが、よくわからなかった。


「……メリーさんは、やっぱりデジモンなの? それとも人間なの?」


尾池がそう問うと、メリーは少し目を伏せた。


「今はまだ、人間。でも、服屋の人みたいに馴化……人間の体にデジモンの体を加えていって馴らす工程は結構進んでいるから……五感の中では嗅覚と聴覚はかなりそっちに寄っている」


それで、とメリーは話を続ける。


「二人の匂いは、このホームの上から袋の中に一瞬で詰め込んだみたいな消え方している……このきさらぎ駅のデジモンは、本当に異世界か何かへの道を開いているんだと思う。何らかの形でそこに黒松さんを連れ去ったから……においが途切れているん、だと思う」


「そうなると……逆のパターンもあるのかな」


「逆のパターン?」


「えと、仮にその存在が異世界と私達の世界を繋げたとした場合、黒松さんを連れ去ったのは私達をきさらぎ駅に連れてきたのとは逆の方法、一時的に元の場所に戻す。という方法だったのかなって……」


「それは……あるかも。でも、繋がる世界が二つだけとも限らないとは思う」


尾池はメリーの言葉に頷いたが、十中八九そうだろうと考えていた。


元のきさらぎ駅の怪談の肝は日常から前触れなく迷い込むところにある。迷い込んだ後で気づくのである。だから、電車に乗っている時間の長さを重要視しなかった。


一方、今回はメリーのおかげもあり、電車に乗った時だろうと見当がついている。そうなると、元の怪談を模倣している以外の意味合いも考えられる。


例えば、元いた世界と地理的に同期する部分がある場合。線路が元の世界の路線をなぞっているかもしれないし、なぞっていなかったとして別の路線や廃線なんかへと繋がっている事が考えられる。黒松を一度元の世界に出したのが、逃がすつもりでないのだとすれば同期している場所が逃げ場のない場所である可能性は大いにある。


「あと、自分の世界の中だと好きに動かせるとかもあり得なくはないと思う。将くん達の世界ではそうやって移動することもあるらしいから」


「……なるほど、とりあえずメリーさんは墨と紙の匂いだけの人がいたら教えて下さい。黒松さん見つけないと帰るわけにも行かないですし……」


「二見先生への連絡は……?」


「……圏外です、ね」


「そこは元のきさらぎ駅とは違うんだ……」


元のきさらぎ駅ではハスミはネットに書き込みを行っているし警察にも電話している。当然、電話は通じる筈だ。


「そう、ですね。つまり今回のそれには人間の協力者がいる……メリーさんと同じ側、とか?」


今回の噂でさえもそうなのだから、本来は通じないところを通じると書き込んだ協力者がいるのは自明だった。


「……だとすれば、まだこの噂を本当に試した人はほとんどいないかも。将くんも、服屋のスーツさんも、基本的に人間一人に担当が一人って感じだから」


デジモンの側の数に対して人間の数が合ってないのかも、とメリーは言う。


「それは、さっきの馴化に関係が?」


「うん……私にも礼奈ちゃんの七美みたいな存在がいるの。完全にデジモンの、メリーが……デジメンタルを使ったり、将くんの作る水の精霊を間に挟んで繋がって、私の適正に合わせて成長してもらう。そして、同時に私の肉体の方へ少しずつ取り込んでいく」


そうして馴化は行うのとメリーは言う。


「……最終的には融合でもするんですか?」


「ううん、人のままで完全なデジモンになれるように……輸血みたいな? そんな感じで取り込んでいくの……でも、それでも管理する側の将くん達は、体調が急変したり暴走するかもしれない存在を抱え込まなきゃいけない……服屋の店長さんの暴走みたいに、人の倫理観ではアウトな暴走を見逃してしまったのは、そもそも言動が支離滅裂になったりとかの暴走を経験しているから、なんとなく正気に見えたんだと思う」


何が言いたかったんだっけと言うメリーに対して、尾池はなるほどと頷いた。


「いっぱい人が既に来ているならば、メリーさんみたいな対象者はもう見つかっている筈で、見つけたならばこれを続ける意味もないんじゃないか。みたいな……」


「そ、そう!」


確かに、水虎将軍が複数体いて、それが大体みんな同じ考え方ならばそうかもしれないと尾池は思った。生き物の飼育だってどうしたってちゃんとやろうとすれば手間がかかるのだ、人をやたらめったら集めても持て余してしまう。


でも、そうじゃないかもしれないとも尾池は思った。


水虎将軍はメリーを尊重しているから人間に闇雲に危害を加えないのだとすれば、人間に危害を加えたい人間と組んだならばその限りではないかもしれない。例えばそれは、メリーが人を殺したように。


「……魔王の目的って聞いちゃダメですか?」


「えと、それは……将くんから、礼奈ちゃんが暗黒のデジメンタル使うまで話しちゃダメだよって……」


あれがデジメンタルだったのかと、尾池はこの前去り際に渡され黒松達に見せたあとはそのまま鞄の底に横たわっているトロフィーみたいなものを思い浮かべながら頷いた。


ふと、それならば幽谷が使っているものはどうなのだろう、それもデジモンとの馴化の為の装置なのだろうかと思った。


「メリーさん、これもデジメンタルですか?」


尾池はそう言って、携帯に付いているお守りをメリーに見せた。


「いや、将くんの話ではデジメンタルは大体が卵型か球体、または球体の部分が付いてるって話だし……もっと大きい筈だから、違うと思う」


少し、尾池は不安になった。メリーは左目を隠した髪型である。幽谷は右目を隠している。


メリーはデジメンタルをデジモンになる為の装置であるといい、幽谷はおそらくデジメンタルを使っている。


「……メリーさん、もしかしてその目って」


「え、うん。実はこの右目、内臓とか脳まで影響が到達した証拠らしくて……もう一人のメリーと同じ瞳になったこっちだけ出してるの」


遠くでちょっと顔出してただけだから見えなかったかもだけど、店長さんは右目に眼帯して隠してたよと、メリーが続けると、尾池は思わず面白いと思って口角が上がりつつある口元を押さえた。


「それって、絶対右目からなんですか……?」


尾池が抑えようと思っても興味が声色に漏れて聞こえ、メリーは少しその様子に困惑した。


「え、うん……将くんが言うにはね、内臓とか見えない場所の馴化の程度がわかりやすい様に、でも人間社会からすぐに逸脱してしまわないように右目だけに出る様に調整してあるんだって」


「デジメンタルってどれくらいあるものなんですか?」


「将くんが言うには、担当の水虎将軍がつかなかった場合やつけても弱りきっていて馴化を促進する能力がない時の補助具として用意したものらしいから……勇気のと、光のと、暗黒のとをそれぞれ二つに分割していたって……」


「分割してある理由は……?」


「それは、わからないけど……礼奈ちゃんに渡した理由を考えると……割ってある時よりも、すぐにサポートが必要な状態まで進行するとか、そんなじゃないかな……」


これは、早く黒松や幽谷に伝えて状態を確認しないとと尾池は思ったが、その黒松が今行方不明なことを思い出してスンと落ち着いた。


「……とりあえず、駅舎の中を探しましょうか」


ただ怪現象を解明するよりも幽谷の右目はどうなっているのかが気になって、尾池はもうきさらぎ駅のことはどうでもよく、黒松を見つけてすぐ帰りたい気分だった。

4件のコメント
へりこにあん
2021年5月14日

「はぐれた、というか移動させられた、わね」


黒松は線路の脇にいた。少し行ったところに駅が見えるが、声が届きそうなほど近くはない。本来ならば線路を辿るなら公道を辿りたいのだが、黒松のいる場所は侵入を防ぐ金網の内側だった。


黒松がここに移動させられた直後は、近くに移動に巻き込まれたのかスーツの人がいたのだが、アリがどこからか取り出したピクルス型のフリスビーを投げつけると、胴が破かれる様に両断され、紙でできた人型に変わったのだ。


「うーん……雰囲気としては陰陽師の式神って感じ。とすると、きさらぎ駅はさしずめ結界みたいなものなのかしら……雅火も気にしている神隠しが、このきさらぎ駅みたいな本物みたいな場所に移動させられたならば、抵抗したあとみたいなのがないのも納得だけど……」


メリーしか違和感に気づかなかったしと黒松は一通り考えたあと、足りないわねと呟いた。


「陰陽師や式神のできることについて考えると、位の低い神や妖怪を式神として使う。という特性上、なんでもできるみたいなところあるし、実際に洗脳されてる人の存在を確認したいな……」


黒松は尾池とメリーの心配はしていなかった。自分と比較した時、戦いになっても慣れているだろうし、科学的なものの捉え方や分析も得意。


黒松にあるのは、文化としてのそうしたものについての知識や大元のきさらぎ駅の知識ぐらい。あまり戦いの中では役立ちそうにはない。


「とりあえずは駅に戻るのがいいかな。二人もどこかに飛ばされていたとして、戻ろうとしたらやはり駅を目指す筈」


黒松が線路を辿って歩こうとすると、ふと、金網フェンスの外にスーツ姿の二十代ぐらいの女性がいるのに気づいた。


「すみませーん、もしかして、あなたきさらぎ駅に迷い込んでしまった人ではありませんかー?」


そう声をかけられて、黒松は思わずアリを抱える手に力が入るのを感じた。


「あの、警戒しないでください。私は……アレです、ハスミです」


「ハスミって言うと……遠州鉄道に乗っていたという……」


黒松の言葉に、ハスミは頷いた。


「そうです、そのハスミです」


「名刺ありますか?」


黒松の問いかけに、ハスミは金網フェンスをよじ登って超えて来ると、蓮実 純と書かれた名刺を出して渡した。


「……ハスミさんは、ずっときさらぎ駅にいるんですか?」


黒松が聞くと、ハスミはそうですと頷いた。


「私の体験談を知っていますか?」


それに黒松が頷くと、なら話は早いですねとハスミは話始めた。


「例の……親切な人、から逃げることはできたものの、私はどこにいるかもわからず、必死で線路の方へと向かいました。そうする内にお腹が空いて、喉も乾いて、線路を見つけてようやく見つけた駅がきさらぎ駅だった時にはがっかりしましたが、それ以上に水道があることを喜び、そこで水を飲んだんです」


「ヨモツヘグイ……」


「その通りです。水を飲まなければ死んでいたとは思いますが、水を飲んだことで私はこの世界の住民となってしまい、帰ることができなくなったんです」


「なるほど……帰り方はわかりますか?」


「私がやっていたそれを続ける事です。線路の先に行けば戻れます。太鼓は駅に戻らせる為の罠、注意してくる老人は引き返せというメッセージ、トンネルを抜けた先にいた親切な人もさらに先まで行かない様に、駅まで連れ戻す為の刺客だったんです」


なるほどと黒松は頷いた後、カバンから十字架を取り出した。


「ハスミさんは帰れないみたいですけれど……せめて祈らせて下さい。目を瞑ってもらっていいですか?」


「え、まぁ……いいですけど……」


ハスミが目を瞑ると、黒松はアリに向けて目配せをして地面に降ろし、カバンからひき肉の入ったタッパを二つ取り出すと、蓋を外してそれでハスミの頭を挟み込んだ。


そして、アリがちょっとした嬌声を上げると、ハスミの首から上はばらばらの細かいミンチ状になり、一呼吸の間にひき肉に練り込まれてしまった。


首がなくなったハスミの胸を黒松が蹴って押すと、ハスミの身体は背中から倒れ、一呼吸置いてその身体は無数の蔦でできた塊と半ばから切り取られたなんらかの札に変わってしまった。


「ふぅ……」


きさらぎ駅の話がネットに書き込まれた時、ハスミはハンドルネームとしてハスミを使っていたものの、途中で一度だけ葉純という表記があった。それも本名とは限らないが、仮に本名であるならばおそらくは予測変換で出てしまったのだろう葉純が本名。音だけ合う蓮実と書かれた名刺はどうとっても不自然だった。


加えて、ハスミの年齢が若すぎた。件の書き込みが2004年と15年以上前であり当時23時40分発の電車にいつものように乗っていたハスミは当時少なくとも18歳以上、現在は30代半ば以上である。


さらに言えば、少なくとも今回の魔王由来でデジモンがこちらの世界に来たのはつい最近のこと、当然きさらぎ駅の成立よりも後。百歩譲って本当にきさらぎ駅が存在するならばともかく、本物でないならば偽物であるし、偽物が行き先を誘導する意図はと考えると、罠である。


そう黒松は考えた。


「と、いうことは駅に戻るのが正解ね。あと、多分食事や水を摂るのも問題ない。または、それをすることでなんらかの形でこの世界に不都合なことが露呈する」


黒松が、蔦が混じった分質量が増えてしまったひき肉をタッパごと用意しておいた不透明のゴミ袋に詰めていると、ふとしゅるりと音がして地面から蔦が伸び、黒松の首に絡み付いた。


「よくもやってくれましたね……」


先程のハスミの声をそのまま少し低くしたような声と共に、線路脇の森から仮面をつけた人のようにも見える。ただ、光沢のある黒色を元にやや目が痛い明るい黄緑の意匠や黄色い目玉模様といった常人の考えの外にあるような風体や青白い肌に緑色の髪は、黒松から見て明らかな異常でありそれが人ではない証左に感じられた。


「やばいかな」


自分の首に絡み付いた蔦と自分の首との間に手を捻じ込みながら、黒松は自嘲気味に笑った。触った感じ、簡単に切れるものではないばかりか、かなり形を保つ力も強い、体重をかけたとしても先に音を上げるのは自身の首の骨だろうことは想像に難くなかった。


アリがピクルスの形のフリスビーを投げるも、蔦はあっさりと弾いてしまう。


「全く、自身よりあまりに脆弱な生き物が我が物顔で暮らす中で潜伏しなければならないだけでも屈辱的だというのに……」


ハスミを演じていたデジモンは、黒松が爪先立ちを余儀なくされる程度に首を絞める蔦を持ち上げると、また新しい蔦を数本出して黒松の前でゆらゆらと揺らした。


「アルゴモン!」


そう大きな声がして、地面が揺れて黒松の前を突風が過った。


首に巻きついていた蔦が地面と一緒に縦に一文字に切り裂かれ、地面に転がった黒松は突風の来た方向を見た。すると、少し離れたところに身の丈を大いに超える三メートル近い長さの金色の剣を持った硯石がいた。


硯石が全身を使って剣を振り上げ、重さに任せて地面に叩きつけると、地面や金網もまとめてアルゴモンと呼んだデジモンの左腕と左脚を切り飛ばした。


アルゴモンはチッと一つ舌打ちをすると、蔦で即座に義手と義足を作り、硯石に向けて残った片足から光線を放った。


硯石は、それを剣の峰で反射してアルゴモンの肩に命中させると、片手を剣から離してこっちに来いと手招きする様なジェスチャーをした。


「……全く、度し難い。そんな安い挑発に私が乗ると思われたならば心外ですね。引き離そうという魂胆が丸見えですよ」


「だろうな。だからお前はそこから動かない」


アルゴモンの言葉に硯石がそう返すと、地面から巨石でできた拳が突如突き出され、アルゴモンの顎をかちあげた。


突き出された拳に続き、ゴーレムとでも言うべき巨石が積み重ねられてできた巨大な人形の全身が出て来ると、黒松とアリを掴んでその場からどすどすと走って遠ざかり始めた。


「動いていたら当たらなかっただろうな」


そう言って、くすりと笑いながら硯石は大きく身体を使って金色の剣をまた一振りした。


それは蔦でガードした上からアルゴモンの残っていた片足を見事に切り飛ばした。


べちゃりと情けない音を立ててアルゴモンが地面に落下するのを見ながら硯石は剣を引きずって走り出した。それはとても速いとは言い難く、そんな鈍足で追って追いつけると考えられているのだと思ったアルゴモンの自尊心は傷ついた。


この時、アルゴモンは逃げに徹することは可能だった。蔦で義足を作り、一度山中へと身を潜める。そうすれば多少は逃げられる目はあった。


しかし、アルゴモンは今こそ勝機があると思った。相手は油断して見えたし、人間が身の丈以上の金属塊を振るっている為動作は遅い。


狙いもわかりやすい、避けなければいけない回数はほんの数回、持ち上げるのがやっとという動作から考えて横に薙ぐのはできないだろうとも考えられた。


蔦で義足を作り、距離を図りながら走る。


一度避け、二度避け、そのまま蔦を伸ばせば硯石に届きそうでもあったがアルゴモンはあえて少し走る速度を緩めた。次の空振りの瞬間を狙った方が余裕を持って攻撃ができる。


迎え撃つ為に硯石は鋭く強く息を吐きながら剣を振り上げ、落とした。鋭い刃は空を裂き、しかしアルゴモンを捉えられなかった。


勝ちを確信し、アルゴモンは数本の蔦を槍のように振りかぶる。


ただ、その蔦を突き刺す前に硯石の腕は素早く振り上げられ、肩から腰にかけて真っ二つにされたとアルゴモンが理解すると、さらに追撃され今度は首が胴と別れさせられた。


アルゴモンの口から言葉となるにはか細い空気が漏れた。


離れたところから黒松が見たのは、身の丈以上あった剣が硯石が振り上げる瞬間、急速に縮んだ姿だった。


デジモンは姿を自在に伸縮できる。小さくなるということは出力が小さくなるという事でもあるし、脆くなるという事でもある。加えて、個体によって落ち着くサイズというものがある。サイズを変えていることは大きな負担であり、まともな身動きもできないので激しく戦っている最中にする事ではない。


そもそも、硯石はデジモンではないからアルゴモンはそんなことを頭に入れてはいなかった。


「……さて、黒松さん。もう大丈夫ですよ」


硯石はナイフサイズの剣をアルゴモンの頭に向けて投げつけ、そう声をかけた。