
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
星の数ほどの命の中。出逢えたことはきっと、ひとつの奇跡なのだろう。
それが良いものであるか否か。どんな結果をもたらすか。
────そんなことは、さて置いて。
*The End of Prayers*
第二十六話
「Hello,Hello,Hello」
◆ ◆ ◆
迫り来る足音。地響き。空気を震わせる雄叫び。
ダークティラノモンと呼ばれた個体は──子供達が知るところの“恐竜”と、非常によく似た姿をしていた。
「……すっげー……そーちゃん見てよアレ! ティラノサウルスだ!」
恐竜好きの誠司は目を輝かせた。だが、蒼太は青ざめた顔で言い放つ。
「あんなティラノいてたまるかよ! っていうかデカすぎない!?」
悲しいかな、この遠目からでも分かってしまう体長の大きさ。今まで出会った生き物の中で最大だろう。
そんな黒い巨体が、発達した腕と尾を振り回しながら驀進してくるのだ。デジモン達も流石に顔を引き攣らせている。
「……ウチ、踏み潰されないかなあ」
テイルモンの心の声が漏れた。大きな溜め息を吐き、それでも気だるげにナイフを構える。
「あー、ちなみに作戦とかあんの?」
『腕と尾による攻撃は必ず回避を。あとは、これまで通りにお願いしマス』
「だってさ。じゃあユキアグモン、お先にどうぞ」
「ぐぎゃー!」
ユキアグモンは気合十分に両手を上げ、誠司と叩き合う。デジヴァイスの画面から溢れた蒲公英色の光が、小さな体を包み込んだ。
そのまま荷台を飛び降りる。光と共に着地する瞬間、ユキアグモンはシードラモンへと姿を変えていた。
「き、気を付けてね、テイルモン……!」
手鞠の声に、テイルモンはナイフを掴んだ片手を挙げて答えた。彼女もまた飛び降りて──背後に広がる氷の道を滑走する、海色の尾に飛び乗った。
「コロナモン、俺たちも!」
「ここからだけど……私たち、一緒に頑張るから……!」
「……ありがとう。行ってくる!」
蒼太がデジヴァイスを掲げると、紅色の光が放たれる。コロナモンを包み込み、そしてファイラモンとなって馬車を飛び立った。
仲間を送り出した荷馬車は速度を変え、ダークティラノモンと一定の距離を保つように移動を続ける。離れすぎてはデジヴァイスが媒介としての役割を果たさず、接近しすぎれば巻き添えを喰らうからだ。
故に、ガルルモン達は後方からの援護射撃を担う。子供達も拙いながら、与えられた武器を使用しフォローする。──しかし数に限りがある為、柚子達からの指示があるまでは使わず待機だ。子供達はデジヴァイスを握り締め、少しでもパートナーに力が及ぶよう祈った。
『対象、射程圏内に突入しマス。三、二……』
そして────ダークティラノモンは、シードラモンが張り巡らせた氷の大地に踏み入った。
摩擦を失った地面に足を滑らせ、割れた氷に足を取られ、巨体が横転する。
その瞬間、先陣を切ったシードラモンが氷柱の矢を発射させた。
「アイスアロー!!」
降り注ぐ氷柱の雨。しかし殆どが尾に振り払われ砕け散った。むなしく舞う氷片の中、今度は上空から火炎弾が抜けていく。
「ファイラボム!!」
二発の火炎弾はダークティラノモンの顔面に直撃した。皮膚が焼け、黒い煙が立ち上る。
──ひどい臭いだ。間近で吸えば嘔吐しそうな、毒の焼ける臭い。眼球に染みて涙が出そうになる。
かといって離れるわけにもいかない。煙が視界を遮る中、ファイラモンはそれでも接近し火炎弾を撃ち込んだ。……どこに命中したのかもわからない。ただ、煙幕の向こうに黒い影だけが浮かぶ。
黒い影が揺れ、大きく動く。
ファイラモンの存在を捉えると、彼の頭上めがけて腕を振り降ろした。
「! ──ッ!」
「アイスキャノン!!」
刹那──馬車の方角から、ガルルモンによる氷の砲弾が放たれた。
ダークティラノモンの肩に落下し、腕の照準が後方にずれる。ファイラモンはその隙に距離を取り回避した。
強靭な腕、巨大な尾。圧倒的な重量とスピードを以て振るわれる物理攻撃。直撃すれば、たった一撃でも致命傷になりかねない。
それは明確な脅威だった。同時に、真っ先に対処しなければならない部位でもある。
『──このままでは攻撃が深くまで入らない。やはり腕と尾から潰すしかないでショウ。
ガルルモン、彼の気をできるだけ引き付けて下サイ。その隙に……』
「俺とテイルモンで腕を!」
「おれとウィッチモンで尻尾を切る!」
氷弾が再びダークティラノモンを狙い撃つ。
鈍い音、砕ける音。不愉快そうな叫び声。ぐるぐると激しく回る眼球は、狙撃位置を懸命に探しているようにも見えた。しかしダークティラノモンの照準が固定されないよう、ガルルモンもまた馬車を移動させていく。
『シードラモン。尾の先端、五メートル部位を凍結!』
「────コールドブレス!」
使い魔の視界は、尾の一部が僅かに破損している事を見逃さなかった。
彼女はそれを、毒の腐食によるデータの欠落だと推測する。であれば、その腐食は周囲にも広がっている可能性もある。
叩くべきはそこだろう。ウィッチモンの指示のもと、シードラモンによって破損部位が凍結された。
『『バルルーナゲイル!』』
使い魔達の風の刃が巻き込み、チェーンソーのような音を立てて尾を切り刻んでいく。ダークティラノモンは抵抗してみせるが、彼の背後にぴたりとくっ付く使い魔達を振り払う事はできなかった。
やがて凍結部は見事に砕かれ、巨大な尾は本体から切り離される。地面に落下すると、打ち上げられた魚のように大きく跳ねた。
『……成功デス。次は腕を!』
ダークティラノモンはバランスを崩し、僅かに前のめりになっていた。
何かに攻撃された、その認識はある様だ。しかし尾が切り落とされたことに気付いていない。────痛覚が無い以上、見えない場所は傷ついても認知できないのだろう。
『ガルルモン、彼の気を正面に向かせ続けテ。二人は静かに移動シテ下サイ』
ファイラモンはテイルモンを乗せ、ダークティラノモンの背後へ飛び上がった。
氷の砲弾が間近で砕けていく。ダークティラノモンは二人に気付かぬまま、その意識は氷弾のみに向けられていた。相変わらず。役立たずの眼球を回転させている。
「あの様子なら行けるんじゃないの?」
「……いいや」
まだ早い、と。ファイラモンは息を潜め、彼の背後に滞空し続けた。
完全に隙が出来るまで粘る。気付かれれば、テイルモン共々薙ぎ払われて終わりだ。
ガルルモンの咆哮が上がる。三度、氷弾は連続してダークティラノモンの頭部に直撃した。ダークティラノモンもまた雄叫びを上げ、ようやく氷弾の狙撃位置を把握した。
一歩前に踏み込む────背後への警戒がゼロになった瞬間、ファイラモンとテイルモンが飛び掛かった。
「ファイラクロー!!」
炎の爪は首から肩、そして腕にかけて、汚染された肉を切り裂いていく。そのまま腕に喰らい付くと、今度は肘の部位に集中して爪と食い込ませた。
しかし腕には元々のデータ破損もなく、骨を断ち切る事までは叶わない。……せめてもう一度、同じ場所を狙わなければ。
体勢を立て直すファイラモンの下では、テイルモンがクロンデジゾイドのナイフで手首から先を切り付けていた。
ダークティラノモンの巨体に対し、テイルモンはあまりにも小さい。そんな彼女が短刀を振るったところで、その手を切り落とせるわけも無かった。
「ちっ……!」
テイルモンは舌打ちしながら着地し、黒い巨体を見上げる。ナイフを握り直し、再び狙いを定めて──
「!?」
自身がつけた傷口から、黒い血液が噴出するのを見た。
「────」
毒に汚染された血液が、雨のようにテイルモンに降り注いでくる。
ああ、この量の毒を浴びたら死ぬ。間違いなく。
頭で判断できても、回避が間に合わない。まずい。
視界が暗くなる。身体が────
「────……あれ?」
────数秒後。
彼女は、未だ意識が存在していると自覚する。
困惑しながら周囲に目をやった。自分のいる場所は確かに、黒い毒が飛散し汚染されていた。
だが、生きている。
「……」
自分だけ液体が付着していない。焼けずに、溶けずに残されていた。
それは彼女の身体が、やわらかな水のベールで覆われていたからだ。
「テイルモン!!」
駆け寄ったファイラモンが、テイルモンを咥えて退避する。
背によじ登ったテイルモンは、彼の全身も同様のベールで纏われている事に気が付いた。
そして──大地で交戦するガルルモンとシードラモンにも。
「……ちょっと。ねえ、何が……」
「……ネプトゥーンモンだ。俺たちを助けてくれた……!」
それは、ネプトゥーンモンが彼らに授けた加護。
彼らを黒い毒から守る、聖なる水の結界だった。
「……随分、便利なものをくれたもんだね」
「ああ。これなら奴の血でまみれても死なない。首にしがみついたまま戦えばきっと……!」
「馬鹿言わないで。毒は防げても攻撃は防げないんだ。無暗に近付けば潰されるよ!」
ダークティラノモンは全身を地面に打ち付け暴れていた。先程の攻撃で、どうやら尾を失ったことに気付いたようだ。
不規則に暴れる今のダークティラノモンは、振り回される巨大な鈍器そのもの。狙いを定めた攻撃をされるより厄介な状態だ。気を引くことも出来ず、接近すること自体が自殺行為となる。
かと言って、ただ呆然と見ているわけにもいかない。ウィッチモンは頭を悩ませ、他に集中して狙えそうな場所を探していく。
『どこか、他に損傷部位は……』
『……だめ。さっきの尻尾の他は、どこも壊れてないみたい……!』
『地道に潰していくにも限度がありマス。今のうちに少しでも……せめて首元か胸にダメージを……!』
「 ぐ 」
その時。
どこからか、小さな唸り声が漏れた。
「 ぇ 」
同時に、ダークティラノモンの動きが止まった。
『…………ウィッチモン。今のは?』
『────』
突然の事態に、一行は思わず目を見張る。
そのまま、黒い巨体はぴくりとも動かなくなった。隙だらけだ。しかし誰もが警戒して、手を出すことが出来なかった。
それから一分ほどが経過した後。ダークティラノモンの頭部だけが、僅かに動く。
「 ぅ、ぉ え ぇえっ 」
──聞こえてきたのは嘔吐く音。
巨大な喉元が大きく波打つ。口が開かれる。そして────鋭い牙の隙間から、大量の黒い液体が溢れ出る。
黒い吐瀉物が荒野に広がる。
周囲に、灯油を零したような臭い漂った。
────自身が撒き散らしたそれを見て、ダークティラノモンは絶望する。
「! !! !!!! !!!!!!!」
そして、絶叫した。音圧で空気が震える程だった。
叫ぶ。叫ぶ。大切なものを目の前で失くしたかのように叫ぶ。唯一まともに動かせる片腕で、吐瀉物が広がる地面を抉っていく。
けれどそんな行為が意味を成す訳もなく、ダークティラノモンもそれに気付いたのだろう。すると彼は────なんと、自らの腕に喰らい付いた。
馬車から見ていた子供達は、何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。しかし事態を認識できた途端、花那と手鞠が悲鳴を上げる。
見るも無残な姿。これが映画であれば、確実に年齢制限が付いたことだろう。
ダークティラノモンの濁った両目が、質量を減らしていく自身の腕を映していた。
「────も、っと────」
吐き出した分を取り戻す為。
喰わなければ。
そう、喰わなければ。もっと喰わなければ。
「た 、──」
頭の中で、声が聞こえた。
「────────べ、さ セて」
そして────その言葉を最後に、ダークティラノモンは沈黙した。
◆ ◆ ◆
口から、鼻から、目元から。
耳穴から、爪と肉の間から、傷口から。
黒い液体が漏れ出していく。
溢れて、溢れて、その身を包む。
実に異様で凄惨な光景。テイルモンは事態を飲み込めずに困惑している。誠司と手鞠は生理的な恐怖感に怯えていた。フェレスモンの城の中にいた三人は、ダークティラノモンの異変が意味する事を知らなかった。
しかしその他、全員。
かつて同様の事態を目にした彼らは知っている。だからこそ、全身から血の気が引く感覚が止まらない。生きた心地さえしなくなった。ダークティラノモンの肉体は、みるみるうちに巨大な黒い塊へ変貌していく────
『アクエリープレッシャー!!』
行動を起こしたのはウィッチモンだった。
『今すぐ対象の破壊を! 急いで!!』
ウィッチモンは叫ぶ。その声が彼らの目を覚まさせ、突き動かした。
ファイラモンとシードラモンがありったけの技を撃ち込んでいく。ガルルモンも絶え間なく氷弾を放った。
溶解した皮膚が焼け落ちていく。しかしその下から、次々と粘性の液体が溢れて固まっていく。
『止めなければ……止めなければ!!』
それは、彼らが初めてデジタルワールドに──ダークエリアに降り立った日に見たものと同じ。
あの時のタスクモンと同じだ。全身に黒い毒を纏い、そして────濁った光の帯が、巨体の周囲に浮かんで覆う。
「僕のハーネスを外してくれ!」
ガルルモンが声を上げた。……此処からでは攻撃の威力が甘い。子供達から離れるのと、ダークティラノモンの進化を止めるのと────どちらが危険か。理解していた蒼太と花那が即座に馬車を降り、ガルルモンからハーネスを外していく。
「は、早く! 蒼太そっちまだ!?」
「あとこれだけ……! ────よし、外れた!」
「行ってガルルモン! あのデジモンを止めてあげて!」
「俺たちは大丈夫だから!」
「……ああ!!」
ガルルモンは全速力で駆けて行く。ありったけの青い炎を、ダークティラノモンの形をした塊に浴びせていった。
「フォックスファイアー!!」
「アイスアロー!!」
「ちょ、ちょっと何なのさ! あいつ一体……」
『説明は後デス! テイルモン、貴女はなるべく距離を取ッテ!』
「ファイラボム!! ……くそ! 足りない……ッ!!」
急げ。急げ。急げ!
早くあの巨体を砕かなければ! 自分達の手で止めなければ! あの時とは違う。此処にはラプタードラモンもピーコックモンもいないのだから────!!
煙が上がる。焼けたにおいが立ち込める。
焼け焦げた毒の塊。固まっていた表皮が、ボロボロと崩れていく。
その下に、水銀色の皮膚が見えた。
『…………ウィッチモン……』
眼球が、ぐるりと動いた。
『────』
肉は溶けて落ち、骨が露出する。その上を血管のごとくケーブルが這う。
機能を奪った筈の尾と腕は、黒い粘液を垂らしながら再生する。
変色した皮膚の上、硬化した毒がそのまま張り付き──それは強靭な装甲となった。
『────────対象の反応が、新たに観測されまシタ』
力が抜けた声で、ウィッチモンは静かに告げた。
『個体名、メタルティラノモン。……完全体……』
そして────メタルティラノモンは、灰に濁った空を仰ぐ。
◆ ◆ ◆
不覚にも二話分遅れてしまいましたが夏P(ナッピー)です。
や、やりやがった……アイツ。いや今まで城の主とか指導者とかリーダーとかのレベルが違う猛者とばかり相対してきたので、この「皆で協力すれば勝てるかも!?」みたいな戦闘はもしかしなくても初めてなんじゃないのみたいな感覚さえある。なおry
初期から完全体とのレベルの違いが<b>もう絶望的なぐらい</b>描写されてきましたが、今回はどう見ても負けイベントじゃない……これアレだよ、あーハイハイ強制負けイベントね(コントローラーぽいっ)したら真っ暗な画面にGAME OVERと表示されて「何ィ!?」となる奴だ。いや待て無理やろどうやって勝つねん。あと相変わらずテイルモンの姉御は進化した後もエグいことをさせられるのだった。最早血飛沫担当である。
ベルゼブモン、今までニアミスめいた箇所は多々ありましたが、ようやくハッキリと交錯する二つの物語に興奮! の前に「そりゃ戦いの場に留まってるんだから子供だろうと被弾するよな」ぐらいのノリで馬車が撃たれて<s>バッシャーン</s>大ピンチ。解説役及び「何ですって!?」担当ウィッチモン様の胃は既にボロボロ。
>作者はオフ会にて「流石に小学生には酷いことしない。怪我もさせない」などと申し上げておりましたが、それが嘘になってしまったことをお詫びいたします。
普通に自覚しててダメだった。
作者あとがき
皆様こんにちはこんばんは、作者のくみです。
第26話、お読み下さりありがとうございました!
気合の年内投稿!!
本当は2話分をひとまとめに書いちゃって、大量の文章がそこには在ったのですが……区切りをつける為にまず1話分のみ投稿させていただきました。
2話目(27話)は微調整の後に年明けあたりを目指して投稿したいと思います!
さて、前回に引きの通り今回はダークティラノモン戦です。
こいつは物理的にデカい。それでもまだ成熟期ですので、このままいけばゴリ押しで倒せたんですよね。
しかし残念ながらそうはいきません。問屋が卸しません。一行は残念ながら、毒による進化を許してしまうこととなりました。
毒による進化といえば第10話でのタスクモンが懐かしい所です。進化ギリギリまで行けましたね。ラプタードラモンとピーコックモンがなんとか食い止めて事なきを得ましたが、今回は彼らもいませんでしたのでこの結果です。(メトロポリスの生き残りは強い)
ダークティラノモンから見事にメタルティラノモンへ進化したわけですが、相変わらず物理的にデカい。そして完全体なので硬い。
しかし毒による歪な進化なので、ベルゼブモン同様に本来の個体よりは弱体化していたと思います。同じ完全体でもフェレスモンやアスタモン、全盛期アンドロモンやホーリーエンジェモンの方が断然お強いです。恐ろしい話ですね。
完全体が明確に敵として登場し、かつ戦闘をするのは今回が初めて。フェレスモンの所に行こうとしてるのですから肩慣らしさせておかないとですよね?
なのでめちゃくちゃ苦戦させました。
だって簡単に勝てるわけないじゃん?
そんなこんなでティラノに大した傷を付けることも出来ず、気付けば新たな熱源反応も出てきてしまって。
ガルルモンとファイラモンは都市での打ち合わせ通り動いてくれないし言う事も聞いてくれないし、もうウィッチモンも限界です。この子はそろそろ胃カメラしておいた方がいい。
そして反応の正体は裏ルートの彼。
ここに来てようやく、表ルートと裏ルートの邂逅となります。
しかし出会い方が最悪。馬車も壊されガルルモンもモグモグされて、都市へ転移するしか本当に逃げる手段がなくなりました。
前門のメタルティラノモン、後門のベルゼブモン。どうなる選ばれし子供たち! 次回、エンプレ第27話! デュエルスタンバイ!!
……といった感じで、どうぞお楽しみにしていただければ幸いです。ありがとうございました!
(ところで作者はオフ会にて「流石に小学生には酷いことしない。怪我もさせない」などと申し上げておりましたが、それが嘘になってしまったことをお詫びいたします。でもこれで最後!)
◆ ◆ ◆
叩きつけられ、薙ぎ払われ、傷付いていくパートナー達の姿。
馬車に隠れて見守っていた、子供達は息を呑む。
「…………皆、あんなに攻撃してるのに……」
蒼太の声は震えていた。そこには恐怖よりも悔しさが勝っていた。
自分達の力が及ぶなんて、子供達の誰一人思っていない。けれど少しでも、仲間達を助けられるなら、役に立てるなら────ただ、それだけを願っていた。
しかし現実は見ての通りだ。自分達の無力さを、痛感せずにはいられなかった。
「言ってる場合じゃないよ、そーちゃん! もっと投げて止めないと! シードラモンたちが……!」
「誠司くん待って、もう少ししか弾、残ってないんだよ! 無暗に投げたら無くなっちゃうよ!」
「でもさ……!」
「……っ」
蒼太は思わずデジヴァイスに目を向ける。──成長期から成熟期へ進化を遂げる際のみ光り、普段は媒介として機能しているかもわからない。紋章に至っては一度も、兆しさえ見せない有様だ。
フェレスモンは言った。進化に必要なのは、『回路を伝う電流の励起』だと。
コロナモンを救おうとした蒼太の祈り、誠司を救おうとしたユキアグモンの祈り。──強い気持ち、感情の昂り。
それがあれば、彼らを強くすることが出来るのだろうか。でも、そんなことが意図的に出来たら苦労しないのだ。
……今はただ、無力さがひたすらに悔しい。そんな気持ちで彼らを強くなんてできない。それが、余計に悔しかった。
「……わたしたち……どうして、皆みたいに戦えないの……?」
『……それを言っても、仕方ないんだよ。私たちは人間で……人間に出来ることは、限られてるんだから』
「でも、柚子さん……そんなこと言ったら……」
『だから、やれることをやるしかない。今はここで出来る限りの援護をするの。私たちには、それしかないんだよ。
……弾はあと七つだよね。村崎さんが言ったように無暗には使えないし、今の距離じゃ風で運んでも効き目が弱くなっちゃう。だから、待ってて』
焦っているのは柚子も同じ。結界のタイムリミットを知っているから尚更だ。それでもなんとか冷静であろうと努めていた。
『それに、きっと大丈夫だよ。死ぬまで戦う訳じゃない。本当に危なくなったら都市に逃げて────』
そう言って励まそうとした、柚子の声が止まる。
『……』
「……ゆ、柚子さん?」
『ごめん、待って。……嘘、やだ。また反応が出てる!』
その言葉に誰よりも驚愕したのは、傍にいるウィッチモンだ。
『! そんな……本当デスか!?』
『ま、間違いじゃないよ! 凄く小さいけど、これって……』
『ワタクシ……今、手を離せまセン……! ユズコ、検知された情報と、視覚情報からデータベースとの照合を!』
『わかった!』
ウィッチモンは空間維持と戦闘に殆どのリソースを割いており、新たな反応を確認する余裕が無い。
柚子は慌てて新たな反応の詳細を確認する。──もし成熟期以下ならば、自分がウィッチモンの使い魔で戦うしかない。そんな覚悟さえ心に決めていた。
だが────
「や、山吹さん、またオレたちと戦うデジモンですか!?」
『待って! 今見てるから……!』
────おかしい。
反応が小さいとは言え、この状態なら──進化段階と属性だけでも判別できる筈。ネプトゥーンモンの時でさえ、究極体であることは表示されていたのに。
メタルティラノモンとは異なるデジモン反応。
少し離れた場所からゆっくり接近する様子が、確かに映し出されている。それなのに、何故
『……“ unknown ”……!?』
その文字しか表示されていないのか、柚子には理解できなかった。
『何これ……何で出てこないの……!? これじゃウィルス種かどうかも分からない!』
『見せて見せてー! おねーさんが一緒に調べてあげるよ!』
横からみちるが割り込んで画面を覗く。柚子は何度操作しても表示されるエラー表記に苛立ちを見せていた。
『調べるも何も、情報がひとつも出てこないんですよ……!』
『ステイステイ。落ち着きたまえ柚子ガール。んー、ウィッちゃんのシステムがバグってるとは思えないけどねえ』
『もちろんです! それに今この距離にいるなら、なんでもっと前から検知されなかったの……!?』
『ユズコ、メタルティラノモンの情報はきちんと表示されテいマスか!?』
『してるよ! だから余計に分からない……!』
『ほんとだー、アンノウンだって! ねーワトソンくん、これってさあ』
みちるが笑顔で振り返る。ワトソンが後ろから画面を覗いて、
『あー。うん。これマズイな』
珍しく、表情を歪めて声を上げた。
『退避だ退避。すぐ逃げて。腕輪使って帰った方がいい。それか天使達に言って今すぐゲート作らないと』
『わ、ワトソンさん? あの……』
『今すぐやって。皆の戦闘も止めさせて』
『────貴方達……』
直後、乾いた音が響く。
激動の荒野を揺らす、それは一発の銃声だった。
◆ ◆ ◆
空気が震えた。
たった一瞬の出来事。
何処からともなく響いた、誰のものでもない筈の音。
全員──メタルティラノモンでさえ、自らの動きを止め、周囲を見回した。
『────今のは?』
ウィッチモンはそこで初めて────戦線をモニターする黒猫の視界から、熱源探知のウィンドウに目を向けた。
うっすらと巻き上がる煙。そのせいか、接近してきているであろう“反応”を目視できない。
「──!」
「────!!」
柚子の使い魔から、子供達の叫ぶ音声が届く。
「────り……手鞠!!」
「宮古さん……!」
「ゆ、柚子さん! ウィッチモン!! 宮古が怪我した! 馬車が……!」
亜空間の二人は青い顔をする。使い魔の視点を変えると──
「馬車がやられた……!!」
馬車の後輪が砕け散っていた。
車体は後に大きく傾き、子供達が地面に投げ出されていた。
その拍子に手鞠が足を挫いたようだった。他の子供達も皆、地面や木の破片で皮膚を擦りむいていた。
『な……何で……何が……!?』
柚子は狼狽えた。──メタルティラノモンは馬車に向けて攻撃していない。仲間達の攻撃が飛ばされたわけでもない。
『あーあ、どーするのよこれ』
『どうするも何も、ねえ』
『んー』
みちるとワトソンが、意味の分からない会話を交わしていた。
『いざとなったら、覚悟を決めなきゃかもだねー。やだわぁ』
◆ ◆ ◆
馬車が襲われた。子供達が襲われた。
デジモン達は血相を変えて、子供達のもとへ駆け付けようとする。
それをウィッチモンが大声を出して止めた。全員がそちらに動けば、メタルティラノモンの敵意がデジモン達ごと子供達に向かうからだ。
『皆様どうか落ち着いテ! 彼らはユズコの使い魔が────』
「……だめだ、だめだ駄目だ……そんな!!」
『! ガルルモン待ッテ! 待ちなサイ!!』
ガルルモンは制止を振り切り駆け出した。追おうとしたファイラモンが薙ぎ払われた。メタルティラノモンはそのままシードラモンの尾を掴み、岩肌に叩き付けた。
「僕が……僕が、離れたから……!」
仲間達の悲鳴を聞きながら、それでもガルルモンは駆ける。
既にボロボロになった身体で、けれど子供達を守る為に。今度こそ守り抜く為に。
「皆────」
そして、もう一度。
先程と同じ、乾いた音が鳴り響いた。
「────」
子供達は目を見開く。
こちらに駆け寄って来るガルルモンが、跳ねるようにして倒れたからだ。
「────?」
ガルルモンの視界が大きく傾いた。しかし、それを咄嗟に認識することが出来なかった。
倒れた。何故?