※3,500字いかないぐらいの短編です
出てくるのは邪神ではありません、救済の女神です
「神に祈るのです」
クソッタレな教義を信者に信じ込ませる為、大袈裟な装飾で着飾った教祖が、オーバーアクションで身振り手振りを交えてご高説垂れる姿。それをありがたそうに聞く、つけ込まれた弱者も合わせて、馬鹿みたいなままごとだ、と笑う。その弱者の献金とやらで食い繋いでいる、この馬鹿なままごとに付き合わされている身の上であっても滑稽だった。
演説場から少し離れた場所にいる自分も、大概馬鹿な装いをしている。教祖のような装飾過多ではないシンプルな黒の修道服だが、一点問題がある。性差があるような服を採用していないにせよ、一応は女性用に分類されるものを身につけているのだ、馬鹿らしい。男か女かわかりにくい見た目で、敵を油断させられるから問題ないとしたのも自分自身ではあるが。そもそも興りとして、このジャシン教は、男はこうあれ、女はこうあれ、そういう古臭い考え方は捨て各々好きなように振る舞えるようにという考えから来ているので、それにも合うから良しとした訳だが。
……そう、ただのままごと、だったんだ。ままごとのはずだったのに、目の前のこれはなんだ?
「あ〜、私の名前を勝手に使って、テキトーな教えを振りまいて、私腹を肥やした罪の重さわかってる?」
突然現れたのは黒髪の巨女。ぶくぶくと肥えた教祖を大きな左手で摘んだそれは、この世のものと思えぬ絶世の美貌で。一瞬、見惚れそうになるが、あまりの巨躯に加え、頭に生えた角で、冷静に悪魔の類だと理性が告げてくる。そもそも、だ、丸々と太った豚畜生とはいえ人間の教祖を見下すその目の冷たさに肝が冷える。あれは、受け入れちゃ絶対にいけないものなのだと、身に沁みて理解する。修道服の中に隠した銃器に手を取って、向こうの対象がこちらに移った場合に備える必要がある。
「お、おい、助けろ、何のための用心棒だ!」
豚が、近くに控えてるはずの俺を求めて声をあげるが、無視をする。自分の命以上の価値がもはやここにはない。目の前に現れた化け物を前に無事にやり過ごせば、こんな組織とはもうおさらばだ。貴重な収入源だったが、別の仕事をまた探せばいい。じっと物陰で息を潜めるに限る。
「……罪には罰をあげなきゃいけない、勝手に私の名前を使って好き勝手にしたことにはきっちりとね。でも私は寛大だから、貴方にはチャンスをあげましょう」
そう言った化け物は、金色に覆われた右手と合わせ、教祖をまるで粘土かのようにこねくり回す。最初は呻いていた教祖の声が、途中から聞こえなくなったかと思えば、何故か、女の声が化け物の手の中から聞こえた。
「こんなとこかしらね」
「助けろ、だr……え?」
化け物が合わせていた手を離すと、受け手となっていた左手から現れたのは、ピンクの豚の着ぐるみのようなものを付けているが、胸部から腹部にかけては、アンダースーツのようなものを着用した女だった。教祖の面影はどこにもない。
「この、えーっと、ジャシン教だったかしら? 『ジャシンリリスモンを崇め、自分の好きなように、あるがままの姿で生きよ、真にあるがままの自分を受け入れる為に、惑わす俗なる物は捨てよ』っていつものように言ってたのよね? そう言って集め得たもので、肥えてたあなたの肉を全て変換してその姿にしてあげたわ。感謝して欲しいわね、元の醜い姿を愛らしいカタチにしてあげたんだから」
あるがままに振る舞うと暴走して我を忘れてしまうタイプのデジモンだしとてもお似合いね、などと化け物は続ける。理解の限界を超えたからか、教祖は既に気を失っており、そんな言葉は届いていない。
しかし、改めてまずいことになったと自覚する。デジモン、はるか昔にこの世に存在したという幻獣、今はもういないそれの中でも神に近き存在の名前として、この地に残っていたのがリリスモンという名前だ。デジモンなるものの中でも、魔王と言われるほど強大だと聞く。ただの伝説と侮り、その記号を使って、新興宗教を立ち上げた報いがこれか、と。
いっそ自分も教祖のように気を失ってしまいたいと思うところであったが、そうはいかない。感じてしまった、視線を。既に手のひらの上の意識を失った豚に興味はなく、周囲の者を玩具にしようと考えたのだろう、悪魔の目を。
「あら、面白い子もいるじゃない? きちんと身体を鍛えている、自己管理ができてる戦士って感じなのに、格好は全然違う……」
完全に狙いをつけられた。演説する教祖とその信者どもをこちらから視認できても、向こうからは見えない死角に身を隠していたというのに。教祖を弄ぶ一部始終を目撃しても、邪神と崇める信者どもで、遊んでいればやり過ごせると考えたにも関わらず、完璧にこちらにしか意識を向けていない。騙されていた小羊なぞ眼中になく、騙していた側、つまりは自分の名を軽んじた存在だけを、ピンポイントで狙っているのだろう。片棒を担いだ時点で俺もターゲットということか。クソッタレ。
「バケモンがァ!」
「私リリスモンだけど?」
場所が割れてるならもう構わないと声を張り上げ、せめてもの抵抗で拳銃を化物・リリスモンに向けると、キョトンとした顔で当然のようにそう返される。何を言っているのだろうというその様子にこちらも困惑し、トリガーをひく手が一瞬遅れる。その結果、弾丸は放たれることなく、身体をリリスモンに掴まれてしまう。
「ふぅん?貧民街で生まれて、生きていく為に、恵まれた容姿を使って権力者に取り入って生き長らえて、ある程度の年齢になったら人を殺して金を稼いだと」
抵抗も意味をなさず、手に掴まれたまま持ち上げられる。そんな中で、リリスモンは独り言を言う。内容は、俺自身の過去。
(こいつ、読んでやがる……)
恐らく教祖のジャシン教としての振る舞いもそうやって認識し、罰としてあの姿を与えたのだろうと理解する。恐怖に身がすくむ。俺もあんな変な姿に変えられてしまうのかと思うと、涙が出そうだった。
「ん?変? 本当に貴方そう思ってる?」
リリスモンがさも不思議そうに言う。何を言うのか、元の醜悪な肉の塊のようなおっさんの姿も大概あれとはいえ、ヘンテコなコスプレのような姿に変えられたのだ、変以外の何者でもあるまい。
「嘘はいけないわ、可愛い、そう思ったんでしょう?」
確かに、顔は愛らしいかもしれないが、元と似ても似つかぬあんな姿に……。
「そう? ……いいえ、貴方もそういう姿になりたい、今の男として髭も生える大人ではなく、かつて支配者たちに可愛がられたあの頃が、本当は忘れられない……」
そんな訳がない。他人に厭らしい視線を向けられ、触られる愛玩動物のような扱いなぞ。
「ゲスはお断りだけど、それでも賞賛の言葉を、愛らしいと認めてもらいたい、だから、自分を偽って、仕事の為ならそういう格好をするということにした?」
そんな訳、ない。
「ぷ、ははは、なぁんだ、このままごとの教に一番救いを求めてたのは貴女自身なんじゃない。あるがままに振る舞いたいから、その姿になりたいから、だから、こんな仕事を選んだ。そうでしょう?」
そんな、いや、俺は……。
「銃器を持つ自分も好き、誰かに可愛がられる自分も認めたくない、認められなかっただけで、本当は大好き、それが貴女の本質。わかりました」
違う、と否定する声は出てこなかった。自分を挟んだ手がゆっくりと身体を揉むかのように、先程の教祖同様、粘土をこねるかのように蠢く。声をあげることなく、受け入れて。しっかりと鍛え上げた筋肉が削げ落ちて、でも、まるっきりなくなるのではなく、必要最低限残って。顔の角ばりが落とされ柔らかみを帯びていき。身体にあるべきものが失われ、何かが膨らむ感じがして。最後に決定的な何かが、身体の内側が丸ごと入れ替わる感覚がしたかと思えば、内側と外側を形づくる皮膚が何か違うものに切り替わったのだと理解した。
「貴女はそうね、真に私のシスターとして、騙されていた彼らを導いてあげなさい? 可愛く笑顔で、時にはその銃を使って脅すことも赦すわ。だって、私の可愛い黒猫だもの、貴女はね」
そう言う、リリスモンの声は慈愛に満ちていた。意識を失いたくないのに、微睡み、溶けていく。……でもきっと、それは新しい自分の始まりで。恐怖も不安もどこにもなかった。
終
一言だけ
宗教団体の名前を真面目に考える気がない時、某国民的漫画でもジャシン教って単語だしいいやと思えたありがとうだってばよ
先に文字数明示されてたのもありサクッと読めました。夏P(ナッピー)です。
ハァーーーーーー!!
このザ・フジミと呼ばれたジャシン教の飛段が……こんな小僧に……ば、馬鹿なアアアアアアアア! 飛段達がやられたようだな……だが奴らは暁の中で最弱……木の葉如きに負けるとは暁の面汚しよ。
というわけで、教祖と言うからてっきりハガレン一話のハゲみたいな末路を辿る羽目になるのかと思ったら速攻でチョ・ハッカイモンにされてしまった。今更だけどリリスモン好き過ぎやろという本音はともかく、教祖サマは“貴女”の独白を見なくても四流野郎だったことが伺えるのが酷い。正月の餅を捏ねるノリでデジモン化が起きまくって困る。一人称の人物は実はベルゼブモン(もしくは進化前のバアルモン辺り)だったりすんのかなと予想してましたが話的にも間違いなく人間だったようで。わかりやすくシスターと言ってくれる悪魔は紳士いや淑女やで。
それでは今回はこの辺で感想とさせて頂きます。